2014.09.22

スコットランドの代わりに独立したUB40

スコットランドが独立するとかしないとか話題になったことで、今までボンヤリとしか理解されてなかったイギリスのことが再確認されることになった。中には「イギリスは1つの国」だと思ってた人もいたみたいなので、思いっきりザックリと説明しとくけど、まず、「イギリス」とか「英国」とか言うのは、あくまでも通称で、正式には、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国 (United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)」って言って、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという4つのカントリーから構成された「連合国」だ。


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イギリスのロックを「UKロック」なんて言うのは、この「United Kingdom」の頭文字だし、イギリス車に「GB」なんてステッカーが貼ってあるのは、この「Great Britain」の頭文字だ‥‥なんて小ネタも散りばめつつ、今回は、この「連合国」からのスコットランドの独立の是非を問う住民投票が行なわれたワケで、結果は、約55%対約45%で否決されちゃったけど、半数近い住民が独立を望んでることから、今後、イギリスは、スコットランドに対していろいろな面で優遇した政策を余儀なくされることになった。

イギリス全体の面積は、約24万平方キロメートル、日本が約38万平方キロメートルだから、日本の約3分の2だ。そして、人口は約6400万人、日本の半分ほどだ。北海道、東北、北陸、関東、中部と下りてきて、日本のおへその岐阜県くらいまで、これがイギリスの大きさだ。イギリスの中で一番大きいイングランドは約13万平方キロメートルだから、東北、北陸、関東、中部の大半を占めるほど、ウェールズは約2万平方キロメートルなので、青森県と秋田県を足したくらい、北アイルランドは約1万3000平方キロメートルなので、福島県よりちょっと小さいくらいだ。

で、スコットランドだけど、これは、ちょうど北海道と同じくらいだ。北海道の面積は約8万3000平方キロメートルで、人口は約540万人、スコットランドの面積は約7万8000平方キロメートルで、人口は約525万人、だから、イギリスからスコットランドが独立するということは、面積と人口だけで言えば、東日本から北海道が独立しちゃうような話だったワケだ。

今回のスコットランドの独立問題に関しては、多くの著名人が早いうちから「賛成」か「反対」かを表明してた。まず、「独立には反対だ」と表明したのは、「ハリーポッター」の作者でスコットランド在住のJ・K・ローリングさん、ミック・ジャガーさん、デビッド・ボウイさん、ロッド・スチュワートさん、スティングさん、ポール・マッカートニーさん、スティーブン・ホーキング博士、デビッド・ベッカム選手、スーザン・ボイルさんなど。

一方、「独立には賛成だ」と表明したのは、ショーン・コネリーさん、フランキー・ボイルさん、ジェラルド・バトラーさん、アラン・カミングさん、「トレインスポッティング」の作者のアービン・ウェルシュさん、「フランツ・フェルディナンド」のボーカルのアレックス・カプラノスさん、ビョークさん、「モグワイ」のメンバーたち、エイミー・マクドナルドさんなど。

こうして見ると、「反対派」のほうがゴージャスな顔ぶれだよね。あたしはビョークも大好きだけど、さすがに、ミック・ジャガー、デビッド・ボウイ、ロッド・スチュワート、スティング、ポール・マッカートニーがズラリと顔を並べちゃうと、もう完全に勝ち目はない気がする今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今回、スコットランドは独立できなかったんだけど、この騒ぎの裏で、実はコッソリと、もう1つの別の「国」が、イギリスから独立を果たしていたのだ。それが、あたしの愛してやまないUKレゲエバンド「UB40」だ‥‥ってなワケで、まず、このバンド名だけど、これはそのまま「ユービーフォーティー」と読む。イギリスの失業者の給付金制度「Unemployment Benfit , From 40」のことで、失業者はこの専用書類に必要事項を記入して給付金を受け取る。彼らのファーストアルバムのジャケットは、この書類を模したデザインになってる。


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1978年に、イギリスはロンドンのバーミンガムで結成された「UB40」のメンバーは、イングランド、スコットランド、北アイルランド、イエメン、ジャマイカと出身地もいろいろで、白人と黒人の混じった8人組だった。イエメンとジャマイカを抜かせば、まさしく今回のスコットランド独立騒動の「連合国」ってワケだけど、「UB40」ではカバー曲以外のオリジナル曲はすべて、誰が作詞したものでも、誰が作曲したものでも、すべての印税を全員で均等に分けるために、オリジナル曲のクレジットは「作詞・作曲 UB40」になってる。そのためなのか、レコード会社とかのバイオグラフィーでは、全員の出身地が「ロンドン・バーミンガム」と記されてる。


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でも、実際には、確実にバーミンガム出身だと分かってるのは、メインボーカルのアリ・キャンベルと兄のロビン・キャンベルだけだった。ナゼかと言えば、彼らのお父さんのイアン・キャンベルは、妹のローナ・キャンベルと一緒に、60年代を中心に活躍した「イアン・キャンベル・フォーク・グループ」を率いてて、その本拠地がバーミンガムだったのだ。つまりは、生まれながらにして「音楽一家」だったワケだ。その証拠に、長男のロビンとアリの間にいる次男のダンカン・キャンベルもシンガーだし、もう1人の兄弟のデヴィッド・キャンベルもフォークシンガー、つまり、4人の息子が全員、シンガーなのだ。


‥‥ってなワケで、あたしが「UB40」を知ったのは、多くの人たちと同じように、ニール・ダイヤモンドの「Red Red Wine」のカバーからだった。それも、原曲を知らなかったあたしは、あまりにも素敵なこの曲のトリコになり、アリ・キャンベルの甘くて切ない歌声に夢中になり、2~3ヶ月してから、ようやくカバー曲だったということを知ったほどのテイタラクだった。


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そんなあたしが、最初に「UB40」を観たのが、高校1年生の時だった。前にも書いたことがあるけど、あたしは小さいころに大きな病気をしたせいで、みんなより1年遅れて小学校に入学した。だから、高校を卒業するまで、ずっとクラスのみんなよりも1歳年上だった。だから、この時は、ホントは高校2年生の年齢だった‥‥ってなワケで、待ちに待った1989年の2月6日、あたしは無理に誘った女友達と2人で、三軒茶屋にあった会場の昭和女子大の人見記念講堂へ向かった。

記憶がサダカじゃないんだけど、この時は、どこかの大きなホールで2月7日と8日の2日間のライブが予定されてて、発表の直前になって、前日の6日に昭和女子大の人見記念講堂のライブがプラスされたような感じだった。当時、二子玉川に住んでたあたしは、新玉線1本で行ける人見記念講堂が大好きだった。地理的に便利ってだけじゃなくて、上品な女子大の中にある雰囲気も好きだったし、勝手知ったる三茶だという安心感もあったし、意外にも音がいいホールだった。

もともとはクラシックのコンサートとかに対応するように設計されたのか、素晴らしい音響設備で、「アフリカン・フェスティバル」で初めてラッキー・デューベを観たのも、初めてギターデュオのゴンチチを観たのも、あたしはこの人見記念講堂だった‥‥なんてのも織り込みつつ、ステージに登場した「UB40」のメンバーは、モノトーンを基調にした全体的に地味な衣装だった。そして、あたしが何よりも驚いたのが、センターの2本のスタンドマイクの前に並んだアリとロビンのキャンベル兄弟が、2人ともサウスポーだったことだ。アリがピックガードまで真っ黒のテレキャスで、ロビンも真っ黒のムスタングで、2人ともサウスポーで、最高に素敵だった。

まだ、日本では「知る人ぞ知る」的な位置づけだったので、会場は7~8割くらいしか埋まってなかった上に、あたしたちの席の周りの人たちの多くは、「UB40とかいうイギリスのバンドがライブを行なうらしいから、試しに観た」って感じの家族連れが多かった。みんな上品な服装で、上品なお嬢さんが一緒だったから、たぶん、昭和女子大の学生と家族だったんだと思う。

だから、ラスタカラーをふんだんに使ったレゲエファッションで踊りまくってたあたしとお友達は、完全に浮きまくりだったけど、これが人見記念講堂のいいとこで、専門の警備員とかを雇ってなかったから、空いてる通路で踊りまくってても、よほどハメを外さない限りは、誰からも叱られなかった。

待ちに待った「Red Red Wine」では、アリの甘くて切ない歌声にメロメロになった。アリが両手を広げてカモメが飛ぶようなジェスチャーをしたので、あたしもアリのマネをして、カモメが飛ぶように踊りまくった。ふと気づくと、アリもロビンの他のメンバーたちも、ステージ上のみんなが順番にあたしたちのほうを見てニコニコしてることに気づいた。

全体的に、通勤電車のサラリーマンたちみたいな地味でグレーな感じの客席で、大半のお客が着席したまま手拍子でしか反応してない中、レゲエっぽいファッションのお客なんか数えるほどしかいなかった。そんな中で、全身をラスタカラーにした女の子が2人、一番目立つ客席の真ん中で踊りまくってるのだ。客席はお互いの顔がハッキリ見えるほど明るかったから、ステージ上からも良く見えたと思う。

そして、「Red Red Wine」はアストロのトースティングのパートに入った。ヒップホップなら「ラップ」って言うんだろうけど、レゲエの場合は「トースト」とか「トースティング」って言う。アリのメインボーカルに乗せて、まったく別のパートを韻を踏みながら棒読みして行く。「ラップ」と言うよりは、ダブに乗せて詩を朗読していく、リントン・クウェシ・ジョンソンの「ポエトリー・リーディング」に近いスタイルだ。

アストロは、背が高くて黒人でドレッドだから、ある意味、「UB40」の「もう1人のフロントマン」的な役割を担ってた。背広を脱いでネクタイを外したサラリーマンみたいな地味なファッションのアストロが、これまた地味に足踏みを続けながら唱え続けるお経のようなトースティングと、それに絡み合うアリの甘いボーカル、ハッと気づくと、知らないうちに会場の半分くらいの人たちが立ち上がり、気持ち良さそうに体を揺らし始めていた。おじさんも、おばさんも、小さな子どもたちも、みんなとっても気持ち良さそうで、ホントに夢のような光景だった。

最初から計画してたのか、アドリブなのか分からないけど、アストロのトースティングが終わると曲調が変わり、突然、スレンテンになった。「スレンテン」てのは、レゲエのリディムの1つで、裏打ちが基本のレゲエで、あえて頭のほうを叩いて盛り上げる「お約束」だ。長くて単調なレゲエの「箸休め」的な存在で、たいていは盛り上がって来た「ここ一番」てとこに持ってくる。

時計を見て計ってたワケじゃないけど、何度も何度も何度も何度も聴きまくって来た曲だったから、この時の演奏は、いろんなスペシャルなアレンジを織込んで、CDよりも2分近くも長く演奏してくれた‥‥ってなワケで、あたしは、「UB40」に夢中になった。特に、アリ・キャンベルに夢中になった、当時、あたしはレゲエのライブに行きまくってて、この年と翌年だけでも、マキシー・プリースト、マイティー・ダイヤモンズ、ジギー・マーリィ & ザ・メロディメイカーズ、フレディ・マクレガー、ココ・ティー、ビッグ・ユース、他にもずいぶん行ったけど、みんなドレッドの黒人だった。

だから、白人で、背が低くて、ひと昔前のアイビーカットみたいなヘアスタイルで、どこからどう見てもレゲエのミュージシャンには見えないアリ・キャンベルが、黒人もビックリの甘い声で歌うレゲエが、あたしにとっては新鮮で、都会的で、オシャレで、何とも言えないカッコ良さだった。あまりにも夢中になって、バイトを掛け持ちして黒のテレキャスまで買っちゃったほどだ。


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‥‥そんなワケで、25年も前のライブのことをダラダラと書き続けててもジンジャエールだから、「UB40」のライブの内容に関してはこれくらいにするけど、あたしは、この時、すごく無理して追加公演にも行き、翌年1990年のメルパルクホールでの来日公演も、本公演と追加公演に行った。


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あたしが行った「UB40」のライブは、この4回がすべてで、この後も2回くらい来日してるけど、あたしはもう社会人になってて、時間的にも余裕がなくなってたし、「UB40」への熱も冷めてた‥‥ってなワケで、いよいよ本題に入るけど、この時点までの「UB40」のメンバーは、まず、ボーカルとギターのアリとロビンのキャンベル兄弟、サックスのブライアン・トラバーズ、パーカッションのノーマン・ハッサン、ベースのアール・ファルコナー、ドラムのジェームス・ブラウン、キーボードのマイケル・バーチュー、トランペットとトースティングのアストロ(テレンス・オズワルド)の8人で、これがオリジナルメンバーだった。今は全員が50代後半だ。

ちなみに、ドラムのジェームス・ブラウンは、あの「ゲロッパ」のおじさんと間違えちゃうため、ジミー・ブラウンと呼ぶことが通例になってる。また。キーボードのマイケル・バーチューは、これはあの「マイケル」との差別化というよりも、愛称としてミッキー・バーチューと呼ぶことが多い。これが原因の1つになっちゃったのか、それとも、もっとディープなアレやコレやがあったのかは分からないけど、バンドの顔でありメインボーカルのアリ・キャンベルが、バンドを脱退しちゃったのだ。

当時は、「ソロ活動に専念するため」なんていう取ってつけたような説明をしてたけど、実際にはメンバー同士の金銭絡みの内輪もめが原因で、レコード会社と所属事務所が倒産しかけてたのだ。そして、アリのアトガマには、一度、マキシー・プリーストの名前なんかも上がったけど、結局はアリの1歳年上の兄、ダンカン・キャンベルがメインボーカルとして参加することになった。

ザックリと言っちゃえば、30年間も続けて来た愛するバンドだったけど、ここに来ての金銭関係や人間関係でのイザコザにうんざりしちゃったアリ・キャンベルが、アトガマを兄にゆずって身を引いた‥‥ってのが真相のようだ。そして、バンドの中で一番、アリと仲の良かったキーボードのミッキー・バーチューも、アリを追うようにして脱退してしまった。

8人のメンバーのうちの2人とは言え、メインボーカルのアリ・キャンベルとサウンドの要のキーボードのミッキー・バーチューが抜けてしまったのだから、これは大きな痛手だ。サザン・オール・スターズから、桑田さんと原坊が抜けてしまったことを想像してみてほしい。ちなみに、翌2009年になってから、海外の音楽ニュース紙に小さく、「UB40からアリ・キャンベルとミッキー・バーチューが脱退したのは、酷すぎるマネジメントへの耐え難い不満が原因」だと報じられた。

そして、「UB40」は、イマイチのバンドになってしまったワケだけど、続いての事件が起こったのが、2011年だ。これは日本でもそれなりに報じられたから、覚えてる人もいると思うけど、最初にアリ・キャンベルが破産宣告を受けて、次いで、ブライアン・トラヴァース、ジミー・ブラウン、アストロ(テレンス・オズワルド)、ノーマン・ハッサンの4人も破産宣告を受けた‥‥というものだ。

もともとは、マネジメント会社が破産して、その火の粉をかぶらされた形だけど、お金を使い続けたのはバンドのメンバーたちだ。アリ・キャンベルは早いうちから「このままじゃバンドは破産する」って危惧してて、節約できるところは節約しようと言い続けてたそうだ。でも、長年、スターとしての贅沢な生活を続けて来たメンバーの多くは、今さら宿泊するホテルのランクを下げるなんてことには同意しなかった。そして、来るべき日が来てしまったってワケだ。


‥‥そんなワケで、こんな状態だから、バンドの中もうまく行くワケはなく、2013年には、アストロが脱退した。でも、これは、アリ・キャンベルに声を掛けられて脱退したっぽい。ようするに、「また俺たちとやろうぜ!」ってことだ。そして、2014年、ついに、アリ・キャンベルとミッキー・バーチューとアストロの3人は「UB40の本当のサウンドを再現するため」という名目で「新生UB40」を旗揚げした。「新生UB40」の正式名称は「Ali Campbell, the legendary voice of UB40 reunited with Astro & Mickey」、直訳すると「UB40の伝説的なボーカルのアリ・キャンベルがアストロとミッキーと再会した」って感じだ。

脱退したアリ・キャンベルの代わりに、兄のダンカン・キャンベルをメインボーカルに置いた「UB40」も現役なので、ダンカン&ロビンの「UB40」が「加勢大周」なら、新しくできた「UB40」は「新加勢大周」みたいな位置づけだけど、サウンドを聴く限りは、新しくできたほうこそが、紛れもない本物の「UB40」と言えるだろう。何しろ、アリ・キャンベルの甘いボーカルとアストロのトースティングという「UB40」の二枚看板が揃ってるんだから。


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とにかく、まずは、下のリンクから3人が9月11日付で公開した「新生UB40」の「Silhouette」を聴いてみてほしい。30年以上も前の「Red Red Wine」から、まったく遜色のないどころか、さらに円熟味の増している、まさに「これぞUB40!」と言わんばかりの素晴らしいサウンドだ。

Ali Campbell - Silhouette
https://www.youtube.com/watch?v=KqFZyujElB8#t=113


‥‥そんなワケで、この「新生UB40」のアルバム『Silhouette』は、10月6日にリリースされる。新曲やオリジナル曲だけでなく、例によって名曲のレゲエアレンジも収録されるそうで、今回は、ビートルズの「Anytime At All」やボブ・ディランの「I Want You」などもレゲエアレンジされているそうだ。もう二度と聴くことができないと思ってた本物の「UB40」のサウンドが聴けるなんて、あたしにとって、これほど幸せなことはない。スコットランドは独立できなかったけど、ベルリンの壁が崩壊した1989年に初めてライブを観た「UB40」が、25年の時を超えて、今度は「Ali Campbell, the legendary voice of UB40 reunited with Astro & Mickey(UB40の伝説的なボーカルのアリ・キャンベルがアストロとミッキーと再会した)」という名前になって再登場してくれるなんて、もはやこれは「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)」をも超えた王国の独立と言っても過言じゃないと思った今日この頃なのだ♪


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2014.09.13

シングルマザーの貧困率と少子化問題

7月に厚生労働省が発表した2013年度の「国民生活基礎調査」(PDF資料 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/dl/03.pdf )によると、最新の国民の「相対的貧困率」は16.1%で、これは前年の16.0%と大きくは変わらなかったんだけど、子どもの貧困率が16.3%になり、調査以来、初めて全体の貧困率を子どもの貧困率が追い抜いてしまった。厚生労働省が発表した次の表には、30年前の昭和60年(1985年)からの「貧困率」の推移が記してあるんだけど、これを見ると、全体の貧困率も子どもの貧困率もジョジョに奇妙に悪化し続けてきたことが分かる。


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(表はクリックすれば大きくなります)


そして、30年前も現在も、両親がそろってる世帯と比べると、「大人が一人」のシングルマザーやシングルファザーの世帯のほうが、何倍も貧困率が高いことが分かる。たとえば、最新のデータで見ると、子どもの貧困率は16.3%だから、ザックリと言えば「6人に1人の子ともが貧困」ということになるけど、「大人が一人」のシングルマザーやシングルファザーの世帯になると、これが一気に54.6%に跳ね上がる。つまり、「2人に1人以上の子どもが貧困」ということになるのだ。

これは、30年前からまったく改善されてなくて、多少の上下はあっても、「大人が一人」の世帯は常に50%以上が「貧困」だ。一方、両親がそろってる世帯のほうは、30年前には9.6%だったものが、現在は12.4%に悪化したんだから、両親がそろっていても「貧困」と判断される子どもが増えた、と言うことになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、日本で「少子化」が問題になって久しいけど、2013年度の出生率(1人の女性が生涯に生むとされる子供の人数)は、1.43人となり、前年の1.41人から、ホンの少しだけ改善した。でも、カンジンの「子どもを産む女性」の数が減ってるから、実際に生まれてきた子どもの数は過去最低の102万9800人、前年より7400人も減ってしまった。つまり、この出生率の微妙な改善は、日本の「子どもを産む環境」が良くなったワケじゃなくて、単に分母が減ったことによる数字上の変化ってワケだ。

そして、1年間で生まれてきた子どもの数が102万9800人なのに対して、1年間で亡くなった人の数は126万8400人、これは前年度から1万2000人も増えてる。ま、高齢化が進んでるんだから、亡くなる人の数が増えるのは自然の摂理だけど、今の状況が続けば、日本の人口は着実に減り続けることウケアイだ。このまま減り続けると、2050年には9500万人に、2100年には4700万人にまで減ってしまうと試算されてる。

あたしは、日本て人口が多すぎると思うから、少しは減って1億人くらいになるのがいいと思ってる。だけど、それは、子どもからお年寄りまで平均してて、20代から40代までが多いという理想的な人口バランスでの話であって、子どもがいなくなって高齢者ばかりになったら、国家として成り立たなくなっちゃうから困る。このまま減り続けると、2050年には9500万人になるって書いたけど、これにしたって、全年齢層が平均的に減るワケじゃない。0歳から64歳までが3000万人減り、65歳以上の高齢者は逆に増えるのだ。


‥‥そんなワケで、世界各国の出生率を見てみると、最高がニジェールの7.0人で、以下、ソマリアの6.3人、ザンビアの6.3人、アフガニスタンの6.2人、マリの6.2人、東ティモールの6.1人‥‥って感じで、上位50位くらいまでは、アフリカの国々と中東の国々、あとは東南アジアの国々が占めてる。一方、日本を始めとした先進国は軒並み100位以下で、その中でも高いのが、103位のニュージーランドの2.2人、114位のアイスランド、アイルランド、アメリカの2.1人、122位のオーストラリア、フランスの2.0人、130位のデンマーク、フィンランド、スウェーデン、イギリスの1.9人で、日本は最下位から3番目の179位だ。

ちなみに、その国の人口を維持するために必要な出生率は「2.08人」て言われてる。だから、今挙げた先進国の数々は、人口が極端には減らずに何とか横ばいしてる国ってことになる‥‥ってなワケで、これらの先進国の中で、現在2.0人のフランスは、かつては1.6人まで減少してた。現在1.9人のスウェーデンも、かつては1.5人まで減少してた。今の日本と変わらないほど低い出生率だったフランスやスウェーデンは、どうやってここまで回復させたのだろうか?

それは、婚外子を認める社会、シングルマザーが普通に暮らせる社会、同性婚を認める社会を作ったことだった。日本では、婚外子は全体の2%しかいなくて、結婚してない女性が子どもを産むということは、周りから特別な目で見られてしまう。その上、社会的な保障なども完備されていないため、女性が1人で子どもを産み、働きながら育てるということはとても難しい。だから、結婚して出産したあとに離婚してシングルマザーになってしまった女性はたくさんいるけど、最初から「結婚はしたくないが子どもは欲しい」という考え方で子どもを産む女性はほとんどいない。

でも、フランスやスウェーデンでは、結婚していないカップルやシングル女性が子どもを産んでも、同性婚のカップルが人工授精や養子縁組で子どもをもうけても、男女の夫婦に準ずる社会保障が受けられるようにした。シングルマザーが働きながら子どもを育てられる環境作りを行なった。その結果、「結婚はしたくないが子どもは欲しい」という女性たちが次々と子どもを産むようになり、結婚していない男女のカップルが次々と子どもを作るようになり、同性婚のカップルが次々と子どもをもうけるようになり、20年弱で出生率が2.0人にまで回復したってワケだ。

現在の婚外子の割合は、スウェーデンが55%、フランスが53%、つまり、2人に1人以上の子どもが婚外子なのだ。だから、婚外子だからって特別な目で見られないし、両親が結婚してる家庭よりも、両親が結婚してない家庭やシングルマザーの家庭のほうが普通みたいなもんなのだ。ちなみに、他の国を見てみると、デンマークが46%、イギリスが44%、オランダが41%、アメリカが40%、アイルランドが33%、ドイツが32%、スペインが31%、カナダが27%と続いてる。これを見れば、日本の「2%」が、いかに低いのかが分かると思う。


‥‥そんなワケで、もちろん、あたしは、男性と女性が結婚して、子どもを産み、家庭を築くことを否定してるワケじゃない。それで、男性も女性も子どももみんな幸せなら、それに越したことはないと思ってる。でも、恋愛にはいろんな形があるワケだし、人生にもいろんな人生があるワケで、男性同士や女性同士で愛し合って結婚したいと思う人たちがいて、そのカップルが子どもを欲しいと願うことも、1人の女性が結婚をせずに出産をして自分1人で子どもを育てる道を選択することも、すべては自由だと思ってる。

でも、日本の場合は、最初に挙げた厚生労働省の表を見れば分かるように、「大人が一人」の世帯では、54.6%もの家庭が「貧困」だ。この「大人が一人」の世帯には、便宜上はシングルマザーもシングルファザーも含まれてるけど、現実的には大半がシングルマザーの家庭だろう。あたしは、この54.6%という「貧困率」をゼロにしろとは言わないけど、せめて両親がそろってる世帯の12.4%と同じにして欲しいと思ってる。シングルマザーの家庭の「貧困率」が両親のそろってる家庭と同じ水準まで下がれば、女性が1人で働きながら子どもを育てていくという生活スタイルを選択肢の1つとして選べるようになる。「仕方なくシングルマザーになった」のではなく、自分の理想の生き方としてシングルマザーを選択できるようになる。

女は結婚するものだ。結婚して子どもを産むものだ。結婚もしていないのに子どもを産むなんて言語道断だ‥‥って、こんな「生きた化石」のような考え方の男が未だにウヨウヨと生息してる精神的後進国の日本だから、フィギュアスケートの安藤美姫さんが赤ちゃんをお披露目してシングルマザー宣言をした時には、「おめでとう!」じゃなくて罵声と好奇の目ばかりが集まった。「相手の男は誰だ?」と最低な記者たちが嗅ぎまわった。こんな時代遅れの男性社会なのに、形だけの女性大臣を並べて「女性の活躍」って、バッカじゃないの?


‥‥そんなワケで、マジで今の日本の少子化はヤバイと思うから、あたしがもしも総理大臣なら、国民との約束をちゃんと守って、消費税の引き上げぶんはすべて社会保障に回す。そして、シングルマザーの「貧困率」を下げるための政策を行なう。もちろん、福島第一原発の放射能汚染によって被曝し続けている子どもたちの救済や、放射能汚染食品による内部被曝から子どもたちを守るための政策も並行してやってくけど、これは今回の問題とは別の話だし、財源も別になる。今回の少子化の問題については、現実に成功したフランスやスウェーデンにならって、婚外子を認める社会、シングルマザーが普通に暮らせる社会、同性婚を認める社会を作ることこそが、あたしは、唯一の解決策だと考える今日この頃なのだ。


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2014.09.08

桃色は幸せの色♪

「桃色」と言えば、今どきは「ももいろクローバーZ」なんだろうけど、あたしが子どものころは、「桃色」と言えば「桃色でんぶ」だった。こうして久しぶりに文字にすると、ナニゲに「桃色臀部」って感じで、エッチなお姉さんのお尻を想像しちゃうけど、これは橋本治さんの『桃尻娘』のイメージによるものだと思う。あたしが言ってる「でんぶ」は、食べ物の「でんぶ」、ご飯に乗せて食べるピンク色のやつだ。

正式には「桜でんぶ」って言うんだけど、あたしの家では「桃色でんぶ」って言ってた。最近はメッタに見かけなくなったけど、あたしが子どものころは、いつも家に「桃色でんぶ」があった。小型のタッパーに入れてあって、ご飯の時に冷蔵庫から出してくる。キュウリやナスの糠漬けは、ご飯の時に糠味噌から出して洗って刻んで器に盛り付けるけど、買ってきた東京タクアンや壺漬けや柴漬けなんかは小型のタッパーに入れてある。あと、昆布やシジミの佃煮とか、塩昆布なんかも小型のタッパーに入れてあった。

そして、ご飯の時間になると、冷蔵庫から小型のタッパーをいくつも出してきて、フタを開けてテーブルの真ん中に並べるのがあたしの役目だった。今、思い出したけど、亡くなったおばあちゃんは、まっ黄色の東京タクアンを薄く切って、それを重ねて細い千切りにして、そこに金ゴマをふりかけて混ぜたのが大好きだった。だから、それが入ってる小型のタッパーは、いつもおばあちゃんの席の前に置くようにしてた。

そんなこんなで、あたしが子どものころは、メインのおかずがなくても、ご飯を炊いてお味噌汁を作るだけで、これらのタッパーを並べれば食事ができた。もちろん、母さんもおばあちゃんもいろんな美味しいおかずを作ってくれたけど、美味しいおかずがあっても、あたしはご飯に「桃色でんぶ」を乗せるのが好きだった。だから、幼稚園の時の遠足や運動会、小学校に上がってからも、母さんが作ってくれるお弁当には、必ずご飯の一部に「桃色でんぶ」が乗せてあった‥‥って、ここまで引っぱっちゃったけど、「桃色でんぶ」の「でんぶ」は、お尻の「臀部」じゃくて、漢字だと「田麩」って書く今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、「田麩」の「麩」は「お麩」の「麩」だけど、「お麩」とは関係ないと思う。「お麩」は小麦のグルテンで作るものだけど、「田麩」の原料は白身のお魚だ。東京のおでんの具の中で、あたしが一番好きな「ちくわぶ」の場合は、漢字で「竹輪麩」と書くけど、これは小麦粉を練って作るので、「竹輪の形をしたお麩」と理解することができる。でも、「田麩」の場合は、どう考えても「お麩」の一種とは思えない。

たとえば、世界三大珍味にも数えられる「キャビア」、あれはチョウザメの卵だから動物性の食べ物だ。それに対して、単に見た目が似てるというだけで、ホウキ草の実で作る「とんぶり」のことを「畑のキャビア」と呼んでるけど、これは「アリ」だ。だから、普通の「お麩」がお魚とかを原料にしてる動物性の食べ物だったとして、それ対して「でんぶ」が植物性の食べ物だったとすれば、これなら「畑のキャビア」と同じに「田のお麩」という意味で「田麩」と表記しても意味が通じる。

だけど、実際は逆だ。お魚を原料にして作った食べ物に「田」の文字を当てるのはおかしい‥‥ってなワケで、あたしは、何で「でんぶ」と名づけられたのか?何で「田麩」と書くのか?いろいろと調べてみた。そしたら、こういうのって必ず「諸説ある」って結果になるけど、やっぱり、良い意味のと悪い意味のと、正反対な感じの説が見つかった。

まず、良い意味のほうから紹介すると、古来から日本では秋の豊作を祈念するいろんな神事が行なわれてきたんだけど、その中に「田植えの時に舞いを踊る」というのがあって、これを「田舞(たまい/でんぶ)」と呼んでいた。で、この神事の時に振る舞う料理に使う色鮮やかなモノのことを「でんぶ」と呼ぶようになった。でも、「田舞」と書くと神事そのものとゴッチャになっちゃうので、食べ物であることが分かるように「舞」を「麩」に変えた‥‥っていう説。

そして、悪い意味のほうは、「田夫野人(でんぷやじん)」という四字熟語があるように、古来は人をバカにする表現として「田夫」と「野人」が使われてた。「田夫」とは農夫のことで、「野人」とは庶民のことなんだけど、相手がホントの農夫じゃなくても、ホントの庶民じゃなくても、「この田舎者!」みたいな感じで使われてた。田舎くさくてダサい人、教養がなくて礼儀を知らない粗野な人、そんな意味だ。で、せっかくのお魚の身をボロボロにほぐして作った食べ物なんて田舎くさくて野暮ったいってことで、「田夫」の「夫」を「麩」に変えて「田麩」と呼ぶようになった‥‥っていう説。

う~ん、あたし的には、やっばり前者だなあ。だって、「田麩」の作り方を調べてみたら、ものすごく手間の掛かる工程で、大半が機械化された現代でも大変なのに、これをすべて手作業でやってた時代に、まさか「田舎くさくて野暮ったい食べ物」だなんて言うワケないもん。

ザックリと説明すると、まず、タイとかタラとかイシモチとかヒラメとかの白身のお魚を三枚におろして、コトコトと煮るかセイロで蒸す。それから、身の小骨や皮を丁寧に取って完全に身だけにして、それを圧搾して水分を絞る。その身を細かくほぐして、擂鉢で擂ってから、今度は残ってる水分を飛ばすために焙煎する。ようするに、フライパンみたいなもので乾煎りするワケで、これも付きっきりで木ベラとかで混ぜ続けてないと焦げちゃうから大変だ。

そして、ようやくパラパラの身になったら、次は味付けだ。お魚の身の量に対して、約7%のお砂糖、約1%のお塩、あとはミリンや日本酒やお醤油などの調味料を加えて、茹で汁を少し加えて、食紅で色を付けて、また水分がなくなるまで炒っていく‥‥ってワケで、これを読んで、スーパーでお魚を買ってきて自分で作ってみようって思った人いる?いないよね(笑)


‥‥そんなワケで、これほど手間の掛かる上に、見た目はきれいな桃色なんだから、まさに「特別な時の食べ物」であり「おめでたい席にこそピッタリの食べ物」だと思う。いつも冷蔵庫のタッパーに入ってて、食べたい時にはいつでもご飯に乗せることができた子どものころのあたしだけど、それでも、運動会や遠足の時、お弁当をひらいて「桃色でんぶ」の色がなかったら、きっとガッカリしてたと思う。

「桃色でんぶ」の色には、食べる人をおめでたい気分、幸せな気分にしてくれる力があるんだと思う‥‥って言ったのもトコノマ、せっかくこれだけ持ち上げてきたのに、ここでものすごく悲しいお知らせをしなきゃならない。それは、江戸時代の寛文年間の終わりから延宝年間の始めにかけて、1670年~1674年ころに書かれた『古今料理集』の中に、次のような記述があったのだ。


「田夫は、色々を鍋に入れて、酒をひたひたにさして、甘味の付程にとっくと煮て、この汁をよくしため、(中略)汁のなきやうに煎付て用いること也」


のあーーー!ハッキリと「田夫」って書いてあるじゃん!‥‥ってワケで、これが農夫のことだったら仕方ないけど、それでも、せめて「田舎くさくて野暮ったい食べ物」って意味じゃなくて、「お米や野菜を作ってくれる農夫のような素晴らしい食べ物」って意味であってほしい。「田麩」の語源が「田夫」で、それが「田舎くさくて野暮ったい食べ物」なんて意味だったとしたら、いっそのこと「臀部」に表記を変えてもらいたい。こっちのほうが「形と色がセクシーなお尻」って感じで、まだマシだ。


‥‥そんなワケで、ネーミングの語源はどうであれ、きれいで可愛い「桃色でんぶ」のおかげで、あたしは幸せな子ども時代を送ることができた。3月3日の「雛祭り」に、母さんやおばあちゃんが作ってくれたちらし寿司にも、必ず「桃色でんぶ」が散らしてあった。錦糸卵の黄色と、さやいんげんの緑色は、「桃色でんぶ」のピンク色があってこそ際立つのだ。華やかで、温かくて、食べる人にハピネスをチャージしてくれるプリキュアみたいな食べ物、それが「桃色でんぶ」なのだ♪


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2014.09.03

イスラム国による2人目の処刑

イラクとシリアに勢力を拡大し続ける「イスラム国」は、8月19日、イラクから米軍を撤退させるために、米国人捕虜のうちの1人、シャ―ナリストのジェームズ・フォーリー氏(40歳)を処刑した。生きたままナイフで首を切断し、横たわった遺体の腹の上に切断した頭部を乗せるという残虐な映像は、瞬く間に世界中を駆け巡った。そして、その動画の中で予告していた通りに、9月2日、今度は別の捕虜の米国人ジャーナリスト、スティーヴン・ソトロフ氏(31歳)を処刑する残酷な映像が公開された。説明するまてせもなく、極めて残酷でショッキングな動画なので、観る人は自己責任で観てほしい。

【閲覧注意】
https://www.youtube.com/watch?v=l4SqD7R0DA8


今回、処刑されたスティーヴン・ソトロフ氏は、フロリダ州マイアミ出身で、昨年2013年8月にシリア北部のアレッポで身柄を拘束されていた。ジェームズ・フォーリー氏と同じにオレンジ色の服を着せられ、生きたまま首を切断され、横たわった遺体の腹の上に切断した頭部が乗せられた。

「イスラム国」は前回の動画の中で、米国のオバマ大統領を名指しして、「イスラム国に対する空爆をやめなければ、次はソトロフ氏を処刑する」と宣言していた。しかし、オバマ大統領はこの警告を無視して、空爆をやめるどころか、「テロには屈しない」というお約束のセリフを口にして、逆に空爆を拡大させた。そのため、今回、スティーヴン・ソトロフ氏が処刑されたのだ。スティーヴン・ソトロフ氏は、今回の動画の中で、処刑される前に「イスラム国」が書いたと思われる原稿を読み上げていた。


Yt2


「米国が警告を無視して軍事介入をやめなかったため、その代償として私は処刑される。米国が軍馬介入をやめない限り、多くのアメリカ人の捕虜が次々と処刑されるだろう」


ちなみに、今回の動画でも、次回の処刑の予告がされた。処刑されたスティーヴン・ソトロフ氏の動画のあとに、1人の男性が映っている。「イスラム国」の戦闘員は、「米国がイラクから撤退しなければ、次はこのデービッド・ヘインズ氏を処刑する」と宣言している。


Yt1


デービッド・ヘインズ氏は、アメリカ人でなくイギリス人だ。昨年3月、シリア北部のイドリブの難民キャンプで支援活動をしていたところを武装グル―プに拉致されたまま行方不明になっていたが、デービッド・ヘインズ氏を知る人物によると、この動画の男性は、間違いなく本人だそうだ。だから、米国が空爆をやめない限り、近い将来、この男性が処刑され、その動画がアップされるだろう。


‥‥そんなワケで、今日は「いかがお過ごしですか?」は割愛して先へ進むけど、「イスラム国」には、とても多くの欧米人の捕虜がいると思われる。身代金を要求したりもしてるんだから、「捕虜」と言うよりは「人質」と言うべきかもしれないけど、あたしが映像上で確認しただけでも、少なくとも十数人はいる。

米国防総省は「米国人の捕虜は2人」だなんて寝言みたいなことを言ってるけど、これは完全に自国民向けの嘘だろう。だって、今年になってからだけでも、米国人の捕虜は2人も解放されてるのだ。もしも捕虜が6人しかいなかったら、2人を処刑して、2人を解放するだろうか?実際、解放された米国人の捕虜の1人も、自分が拘束されていた部屋には、少なくとも「18人の捕虜がいた」と証言してる。

あたしは、約1年くらい前から、「イスラム国」の前身である「ISIS(Islamic State of Iraq and Syria)」のYOU TUBEの公式チャンネルをチェキしてきた。あまりにも残虐な映像の数々に、思わず目を覆いたくなるものも多かったけど、中東の情勢を知るための情報源の1つとして、なるべく観るようにしてた。だから、あたしは、彼らがシリア兵や他教徒を捕まえると何の躊躇もなく殺害する一方で、欧米人を捕まえると「有益な切り札」として大切に生かしていることを垣間見てた。

米非営利団体の「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」によると、シリアが内戦状態に陥ってからの約3年間で、少なくとも80人を超える海外ジャーナリストが武装勢力に拉致されたが、生死が分かっていないケースが大半だという。こうした情報からも、多くの欧米人の捕虜が今も拘束されていると見て間違いないだろう。

「イスラム国」は、敵の兵士や他教徒の男性は容赦なく殺害する。女性は強姦して売り飛ばすか改宗させて自分たちの仲間と結婚させる。そして、欧米人は米国との取引のための「有益な切り札」として生かしておく‥‥ってことだ。「イスラム国」は強大な勢力だから、他の武装勢力からも一目置かれている。できることなら「イスラム国」とは対立したくない。そう思ってる武装勢力は、「イスラム国」への忠誠を誓う代わりに、自分たちが拉致してきた欧米人を「イスラム国」へ差し出す。

8月19日に処刑された米国人ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏も、もともとはシリアを取材中の約2年前に、「イスラム国」とは敵対していた武装組織「ダウード旅団」に拉致された。「ダウード旅団」は約1000人規模の小さな組織で、日本人の湯川遥菜氏が同行していたと言われている比較的穏健派の「自由シリア軍(FSA)」などと共闘していたが、ここ数ヶ月で組織の方向性が変わり、過激になった。それまで共闘していた穏健派と袖を分ち、急激に「イスラム国」へと接近するようになった。

シリア内だけでも6万人以上の戦闘員を持つ「イスラム国」は、シリアのアサド政府軍でさえも脅威を感じている。数日前にも、アサド政府軍の兵士160人以上が「イスラム国」に拘束されて処刑されたばかりだ。だから、わずか1000人規模の「ダウード旅団」としては、「打倒アサド政権」という目標のためなら、より強大な「イスラム国」の傘下に下ったほうが話が早い。日本と同じで「寄らば大樹の陰」ってワケだ。

そして、この「ダウード旅団」が「イスラム国」への忠誠を誓うために利用したのが、米国人ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏だった。「ダウード旅団」は捕虜のジェームズ・フォーリー氏を「生け贄」として「イスラム国」へ差し出し、その見返りとして「イスラム国」と行動をともにすることになった。


‥‥そんなワケで、あたしが不思議に思ってるのが、「イスラム国」に拉致された日本人の湯川遥菜氏の救出のために、日本の外務省が交渉を依頼してるのが、「ムジャヒディン軍」のメンバーだってことだ。「ムジャヒディン軍」てのは、現在の「ダウード旅団」のことなんだよ。つまり、過去に何人も米国人ジャーナリストを拉致してて、今回も「イスラム国」に取り入るためにジェームズ・フォーリー氏を差し出したグループであり、完全に「イスラム国」サイドの勢力なのに、そこと交渉って、あたしには意味が分からない。

最初にリンクした、スティーヴン・ソトロフ氏が処刑された今回の動画の中で、「イスラム国」の戦闘員は、次のように釘を刺している。


「オバマよ、お前のミサイルが我々の民を攻撃し続けるのであれば、我々のナイフは米国人らの首を切り落とし続けるだろう。そして、米国による悪の連合に加わっている国も同様だ。今すぐに手を引け」


この警告のポイントは「米国人ら」という部分だ。これには当然、「英国人」も含まれている。だから、次の処刑の予定者は英国人の「デービッド・ヘインズ氏」なのだ。そして、この警告の後半の「米国による悪の連合に加わっている国も同様だ」という部分には、もちろん「日本人」も含まれているだろう。集団的ナンタラで自衛隊がイラクやシリアで出掛けて行かなくても、資金面などで日本が米軍の軍事介入を支援するようなことがあれば、日本人の捕虜も、ジェームズ・フォーリー氏やスティーヴン・ソトロフ氏と同じ運命をたどることになるだろう。

その時、安倍晋三首相は、10年前の小泉純一郎首相と同じに、「テロには屈しない!」と連呼して自国民を見捨てるのだろうか?たしか、5月15日の集団的ナンタラの記者会見では、安倍晋三首相は「今や海外に住む日本人は150万人、さらに年間1800万人の日本人が海外に出かけていく時代です。その場所で突然紛争が起こることも考えられます」と前置きした上で「内閣総理大臣である私は、いかなる事態にあっても、国民の命を守る責任があるのです!」って力説してたよね。

だけど、実際には、「日本人がシリアで武装勢力に拘束された上に安否は不明」という連絡が入っても、安倍晋三首相は秘書とのゴルフをやめなかった。夕方まで予定通りにゴルフに興じ、夜は晩餐会でワインを楽しみ、翌日も早朝からゴルフ三昧だった。シリアで「イスラム国」に拘束された日本人、湯川遥菜氏のことは、汚染水と同じく「丸投げ」だった。そして、日本人が拘束されて2週間以上が経つのに、未だに何のコメントも出さない。

ちなみに、10年前、当時24歳だった日本人青年を人質にして「自衛隊の撤退」を要求した武装勢力「イラクの聖戦アル=カーイダ組織」に対して、当時の小泉純一郎首相は「テロには屈しない!自衛隊は撤退させない!」として要求を拒否。日本人青年は首を切断されて虐殺された。いくら「人道的支援」だ「後方支援」だと言っても、そんなものは日本国内でしか通用しない屁理屈で、敵から見れば自衛隊は「軍隊」であり、米軍と同列なのだ。

そして、2006年、この「イラクの聖戦アル=カーイダ組織」の指導者であるザルカーウィー氏が米軍に殺害されたため、アブー・アイユーブ・アル=マスリー氏が新しい指導者になった。組織は加速度的に大きくなり、「ISIS」になり、現在の「イスラム国」になったってワケだ。細かい合流や分派はいろいろあるけど、フランク・ザッパに言えば、現在の「イスラム国」は小泉純一郎の時代から連綿と続いているのだ。

「イスラム国」の最大の特徴と言えば、欧米人がヤタラと多いと言う点だ。さっき、シリア国内だけでも約6万人の戦闘員がいるって書いたけど、このうちの5人に1人以上、約1万2000人が欧米人だと言われてる。しばらく前には、オーストラリア人の戦闘員が、切断したシリア兵の頭部を自分の子どもに持たせた記念写真をツイッターに投稿して批判されたけど、とにかく欧米人が多い。

今年、解放された米国人の捕虜は、メンバーの顔は覆面で分からなかったが「英国訛りの英語で会話している戦闘員が多かった」と証言している。米国人シャ―ナリストのジェームズ・フォーリー氏を処刑した戦闘員も、「聖戦士ジョン」というコードネームで呼ばれている英国籍の男で、1年前までロンドン西部の高級住宅街に住んでいて、「L Jinny」という名前で活動していたヒップホップのアーティスト、アブデル-マジェド・アブデル・バリー容疑者(23歳)だと報じられた。


Yt3


‥‥そんなワケで、「イスラム国」の戦闘員の中に多くの欧米人がいるということは、米国や英国でテロを行なう上では非常に有利だろう。そして、「イスラム国」の広報のツイッターアカウントは、今回の日本人拘束の件で日本人からのアクセスが殺到したため、今や日本語でツイートを始めた。生きた人間の首を平然と切り落とす集団と、日本のアニメヲタクや軍事ヲタクが普通にツイッターでやりとりをしてる様子を見て、あたしは、近い将来、日本人の戦闘員が日本人の人質の首を切り落とすような日が来ないことを祈るばかりの今日この頃なのだ。


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2014.08.26

野沢雅子さんが語ったプリキュアの伝説の真相

ラジオでは年に何回か、テレビの「視聴率」にあたる「聴取率」を調査する週間があって、その週になると、AM局もFM局も「スペシャルウィーク」とか「パワーウィーク」とか銘打って、賞金や賞品などのプレゼントを通常より豪華にしたり、ゲストに大御所を呼んだりするようになる。だから、リスナーとしても楽しい1週間なんだけど、8月25日からの1週間がコレにあたるため、文化放送でもゴージャスな企画がメジロマックイーンになった。

午後3時30分からの「吉田照美 飛べ!サルバドール」でも、各コーナーがパワーアップされ、ゲストコーナー「サルのアトリエ」では「世界に誇る声の職人芸、聞かせます」ということで、25日(月)は小林克也さん、26日(火)は野沢雅子さん、27日(水)は坂上みきさん、28日(木)は窪田等さん、29日(金)は山寺宏一さんと、「声」を生業とした各ジャンルの大御所が勢ぞろいした。5人とも大好きな人たちなので、こりゃあ1日も聴き逃せないな‥‥ってワケで、あたしは前の週からワクワクと楽しみにしてたんだけど、それより何より、2日目のゲストが野沢雅子さんじゃーーーん!!

野沢雅子さんと言えば、「ドラゴンボール」のシリーズでの孫悟空を筆頭に、悟空の息子の悟飯や悟天、悟空の父のバーダック、悟空の6代あとの孫悟空Jrの声まで1人で演じてるけど、他にも数えきれないほどの作品で主役を演じてる。「ゲゲゲの鬼太郎」の鬼太郎、「いなかっぺ大将」の風大左衛門、「ど根性ガエル」のひろし、「ドロロンえん魔くん」のえん魔くん、「銀河鉄道999」の星野鉄郎、「怪物くん」の怪物太郎、「釣りキチ三平」の三平三平、「プロゴルファー猿」の猿丸、他にも挙げたらキリがないほどだ‥‥って、なに?「ど根性ガエル」の主役は「ひろし」じゃなくて「ピョン吉」だろ!って?まあまあ、細かいことは置いといて、とにかく、ここに挙げただけでも凄いラインナップだと思う。

で、どんな声優さんでも、自分に与えられた役柄に成りきって演じるのは当然だと思うけど、野沢雅子さんの成りきりぶりもハンパなくて、数々の伝説になってる。たとえば、有名な話では、野沢雅子さんは「ドラゴンボール」のシリーズのアフレコの時には、スカートじゃなくて必ずパンツスタイルで臨むそうだ。ナゼかと言うと、悟空が「かめはめ波」を撃つ時に、自分も足を開いて画面の悟空と同じポーズを取って、「か~め~は~め~~~波ーーーー!!」って声を出すためだという今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、マクラで挙げた役柄の数々を見れば分かるように、野沢雅子さんと言えば「元気な男の子の声」ってワケだけど、「プリキュア」を愛してやまないあたしにとっては、「ふたりはプリキュア」と続編の「ふたりはプリキュア Max Heart」で雪城ほのか(キュアホワイト)のおばあちゃん、雪城さなえを演じたことが何よりも強く心に残ってる。お父さん、お母さん、弟と4人でワイワイガヤガヤと暮らしてる美墨なぎさ(キュアブラック)と違って、ほのかはひとりっ子だし、両親は仕事で海外を渡り歩いててメッタに帰ってこない。だから、ほのかにとっては、やさしいおばあちゃんが親代わりみたいなもんだし、ゴールデンレトリバーの忠太郎が兄弟みたいなもんなのだ。

数々の名作の主役をつとめてきた、名実ともに声優界のレジェンドのような大御所の野沢雅子さんが、脇役だし、自分の持ち味とは違う「おばあちゃん役」をやるなんて‥‥って思うかもしれないけど、「ふたりはプリキュア」と続編の「ふたりはプリキュア Max Heart」を全作観れば分かるように、ほのかのおばあちゃんは、とっても重要な役なのだ‥‥ってなワケで、前にも書いたから知ってる人もいると思うけど、今年で11年目を迎えた「プリキュア」のシリーズには、誰も真相を知らない野沢雅子さんの「伝説」がある。

2004年の最初の「ふたりはプリキュア」が制作されることになった時、当初は「プリキュアは1年だけ」という予定だった。まだ海の物とも山の物とも分からない新作なので、ストーリーも半年分しか考えていなかった。放送がスタートして、あまりにも人気が出なければ、半年で打ち切るためだ。だから、それなりに人気が出たとしても、1年で終了する予定だった。だけど、第1話のアフレコが終わると、野沢雅子さんは、他の声優さんやスタッフが全員いるところで、こんなことを言ったのだ。


「絶対に10年は続くシリーズにしようね!」


その場にいた人たちは、みんな驚いて、一瞬「ポカ~ン」としちゃったらしい。だけど、「あっ、そのくらいの心意気でがんばろうね、って意味なのね」って理解して、それぞれが納得したそうだ。そして、第1話の放送が始まったワケだけど、「ふたりはプリキュア」は予想を遥かに超えた大ヒットになり、人気のひとつのバロメーターでもあるバンダイの関連玩具の売り上げも、年間で100億円を突破した。これは、前作「明日のナージャ」の約30億円の3倍以上、大人気だった「おジャ魔女どれみ」のシリーズの平均約58億円の2倍近い数字で、まさに「大成功」となった。

当初は1年で終了する予定だったけど、この結果を受けて、当然のことながら続編が制作されることになった。中学2年生だったなぎさとほのかは中学3年生になり、また新たな敵が現われた「ふたりはプリキュア Max Heart」は、前作以上の大ヒットになり、バンダイの関連玩具の売り上げも120億円以上を記録した。そして、翌年も、翌年も、翌年も、「プリキュア」はリニューアルを繰り返しながら続いて行き、2013年の「ドキドキ!プリキュア」で10年目となり、野沢雅子さんの言葉が現実になってしまったのだ!‥‥ってなワケで、この野沢雅子さんの「伝説」について、プリキュアの生みの親である鷲尾天(たかし)プロデューサーは、次のように述べている。


「(野沢さんが)「10年続けましょう」と言い切ったことは覚えています。役者さんもスタッフもいる前で言ってくださって、みんなビックリして、一瞬、ポカンとしたんですよ。そして「あっ、そういう心意気を持たなきゃね」という気持ちにみんながなったのは確かです。ただ、まだ1話のアフレコが終わった後ですから、放送もされてないし、周囲のリアクションもまったくない状態で言い切った。それが凄かったですね。野沢さんは(プリキュアの)西尾(大介)監督と「ドラゴンボールZ」でも一緒にお仕事をしていたし、この作品に込められている何かを感じ取っていただけたのかな、ということを推測するしかない。ご本人にお聞きしたいんですけど、怖くて聞けないです(苦笑)」
※「プリキュア新聞」2014年3月17日号より


‥‥そんなワケで、「プリキュア」を愛してやまないあたしは、野沢雅子さんが「絶対に10年は続くシリーズにしようね!」と言った意味を知りたくて仕方なかった。だけど、そんなことを知るすべなんてない‥‥と思ってたのもトコノマ、ここでマクラの部分にクルリンパと戻るんだけど、「2日目のゲストが野沢雅子さんじゃーーーん!!」ってワケだ。

こんなチャンスは二度とない!ここはひとつ、ロバ仙人‥‥じゃなくて、吉田照美さんにお願いして、野沢雅子さんがゲストに来た時に質問してもらうっきゃない!だけど、限られた1コーナーの時間内なのに、数々の名作の主役をつとめてきた野沢雅子さんに、こんな「脇役」についての質問などしてもらえるだろうか?‥‥とか言いつつ、あたしのプリキュア愛は完全に「暴走モード」に突入しちゃったから、ダメモトで吉田照美さんに伝えてみることにした。あたしは、長い文章が書ける「ツイットロンガー」に要望を書き、吉田照美さんにツイートした。


Tt3

きっこ @kikko_no_blog
@tim1134 照美さん、こんにちは。野沢雅子さんにぜひ質問してほしいことがあり、こちらに書きました。お時間のある時にお読みください。よろしくお願いいたします。→ http://www.twitlonger.com/show/n_1s4sdgf?new_post=true
2014.08.20 11:42


Tt4

吉田照美 @tim1134
@kikko_no_blog いつも、ありがとうございます。了解しました!必ず、伺いますよ。
2014.08.20 12:00


あたしの無理なお願いを快く引き受けてくださった吉田照美さんに感謝しつつ、あたしの脳裏をよぎったのは、「まだ6日もあるし、照美さんのことだから絶対に忘れるだろうな」という失礼な心配だった。だから、あたしは、「26日(火)の「飛べサル」のゲストの野沢雅子さんに、照美さんがプリキュアの伝説についての質問をしてくれる」ということを、ナニゲにチョコチョコとツイートして、予防線を張っておいた。これもひとつの「プリキュア愛」だ(笑)


‥‥そんなワケで、いよいよ26日がやってきた。あたしは、radikoを録音できるradikaをセットして、ワクワクしながら「サルのアトリエ」を待った。そして、野沢雅子さんの登場なう!‥‥ってなワケで、野沢雅子さんは、「あらいぐまラスカル」でラスカル役をやった時に、ラスカルは鳴き声だけでセリフはないから、台本の「ラスカル」の部分は空欄になってるんだけど、スターリング・ノースの「ラスカル、何が食べたい?」というセリフに対して、台本の自分のセリフの空欄に「角砂糖が食べたい」と書き込んで、その気持ちになって「キー」という鳴き声を出してたという話をしてくださった。なんてワンダホーなんだろう♪

そして、事前に用意してあった質問や、野沢雅子さんにやっていただくメニューもたくさんあったのに、吉田照美さんは、怒涛のマクリを炸裂させて、あたしの質問を無理やり捻じ込んで聞いてくださった。あたしの書いた長い文章を、きっと何度も読んでくださったんだろう。巧いこと要点だけを分かりやすくマトメて、聞いてくださった。野沢雅子さんも、すぐに理解したようで、「ああ、その件ね」みたいな感じになって、すぐに答えてくださった。


Tt5

おおっ!ロバ仙人が聞いてくれた!
2014.08.26 16:31


Tt6

野沢雅子さん「たぶん私の勘で、主役の2人が可愛いんですよ、女の子って好きでしょ?可愛い女の子が、それでヒットする予感があったんですよ、何となく」(文化放送「飛べ!サルバドール」8月26日)
2014.08.26 16:35


Tt7

野沢雅子さん、感激した!もしも「そのくらいの心構えでがんばろう」という意味で言ってたとしたら、ちょっとガッカリだったんだけど、ホントに「ヒットの予感」を感じての言葉だったと知って最高に嬉しい!うわ、このツイート打ちながら涙が出てきた!質問してくれたロバ仙人に感謝!
2014.08.26 16:39


「ふたりはプリキュア」の第1話では、なぎさとほのかは仲良しじゃない。中学1年の時には別々のクラスだった、なぎさとほのか。ラクロス部で活躍するボーイッシュで女の子たちに人気のあるなぎさと、科学部に所属して成績優秀でフェミニンな男の子たちに人気のほのかは、ある意味、正反対の存在だった。そんな2人が、中学2年生のクラス替えで同じクラスになった。そんな背景から始まるのが「ふたりはプリキュア」の第1話だ。

2年間にわたって野沢雅子さんがつとめた、ほのかのおばあちゃんは、この第1話には顔を出さない。ほのかが帰宅して、ゴールデンレトリバーの忠太郎がワンワン鳴いてて、ちょっと変な雰囲気の時に、野沢雅子さん演じるほのかのおばあちゃんは、障子の向こうから声を掛けるだけなのだ。


おばあちゃん 「ほのか、帰ったのかい?」

ほのか 「ただいま、おばあちゃま」

おばあちゃん 「忠太郎、どうかしたのかい?」

ほのか 「うん、たぶん大丈夫」


そして、ほのかは、忠太郎に導かれて蔵の中からプリキュアに変身するためのアイテムを見つけるんだけど、この第1話で、野沢雅子さんのセリフは、たったこれだけなのだ。姿も見せずに、障子の向こうから「ほのか、帰ったのかい?」「忠太郎、どうかしたのかい?」と声を掛けるだけ。たったこれだけの出演なのに、野沢雅子さんは、この作品から「ヒットの予感」を感じ取ってくれてたのだ!この「ふたりはプリキュア」の第1話、まだ観てない人がいたら、ぜひ観てほしいので、最後に無料配信のURLをリンクしておく。


‥‥そんなワケで、あたしは、PCの前で狂喜乱舞して、気がついたらティッシュで目頭を押さえてた。あたしの愛するなぎさのことを、ほのかと同じように可愛がってくれたおばあちゃん役の野沢雅子さんから、あたしが期待してた通りの言葉を聞くことができるなんて、これ以上の幸せはない。だって、鷲尾天プロデューサーでさえも真相を知らなかったんだから、今回の野沢雅子さんの言葉は、全国のプリキュアファンにとっても「宝物」になったと思う。野沢雅子さん、本当にありがとうございました!そして、こんな無理なお願いを聞いてくださったロバ仙人にも、心から感謝してるので、いつか「ぱふぱふ」してあげようと思った今日この頃なのだ♪(笑)


「ふたりはプリキュア」「ふたりはプリキュア Max Heart」「ふたりはプリキュア Splash Star」「Yes!プリキュア5」の第1話が無料で観られるチャンネルです!
http://gyao.yahoo.co.jp/special/precure/


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