2016.04.27

マリー・アントワネットは「お菓子を食べればいいじゃない」と言ったのか?

あたしは、マリー・アントワネットのことが大好きなので、とても残念に思ってることがある。それは、多くの人たちが、マリー・アントワネットと言えば「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」とか「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」というトンデモ発言をしたと思い込んでいることだ。ちょっと調べれば、これは根も葉もないデマだと分かるのに、多くの人たちは、その「ちょっと調べる」ということもせず、マリー・アントワネットと聞けば、条件反射的に、このトンデモ発言を口にする。

何しろ、あの世界的なロックバンドのクイーンでさえも、代表曲の1つ、1974年の『キラー・クイーン』の中に、「"Let them eat cake" she said just like Marie Antoinette. (「ケーキを食べさせてあげなさい」とマリー・アントワネットのように彼女は言った)」という歌詞を使ってるくらいだ。ちなみに、この曲は作詞も作曲も故・フレディ・マーキュリーだから、フレディも、このデマを信じ込んでいたんだと思う。そう思うと、この「クイーン」というバンド名が皮肉のように感じられる。

この言い回しが最初に登場した文献は、ルソーの自伝的な小説『告白』で、パンがなくて困っていると訴える農民たちに、たいへん身分の高い女性が「それならブリオシュ(パン菓子)を食べるがよい」と言った、というクダリだ。ようするに、たいへん身分の高い女性は、庶民たちの実情がまったく分かっていないという風刺的な小噺のようなものだ。

これが書かれたのは1765年、マリー・アントワネットはまだ9歳で、オーストリアにいたのだから、まだ、マリア・アントーニアだった。フランス語の読み方でマリー・アントワネットと呼ばれるようになるのは、後のルイ16世と結婚するためにフランスへ行ってからのことだ。それは、ルソーの『告白』の、この巻が書かれた5年後の14歳の時なのだから、この本に出てくる「たいへん身分の高い女性」をマリー・アントワネットだとする説は、時系列的にアリエナイザーということになる。また、マリー・アントワネットが14歳で後のルイ16世と結婚してから、37歳でギロチンにかけられるまで、このような発言をしたという記録も証拠も何ひとつない。

その上、実際のマリー・アントワネットは、とても慈悲深い女性で、貧しい人たちに心を痛めていた。ルイ16世の在位中、フランスで大規模な飢饉が起こったことは一度もなかったけど、小麦粉不足は二度ほど起こっている。その時、マリー・アントワネットがオーストリアの実家に送った手紙には、小麦粉不足に苦しむ人たちへの思いや、その人たちのために自分や王が今まで以上に働かなくてはいけないと綴られている。こういう手紙を書く女性が、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」などと言うワケがない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、実は、この「パンがなければお菓子(ブリオシュ)を食べればいいじゃない」という言葉は、かつてはルイ16世の前のルイ15世の娘たちが言ったと流布されたことがあった。そして、その前のルイ14世の王妃マリー・テレーズが言ったと主張する人もいた。つまりは、「君主制の国で庶民が苦しむのは王族のせいで、中でも王族の女たちの贅沢三昧が庶民を苦しめている元凶だ」という固定観念が常にあり、それを批判する雛形として、この言葉がいろいろな場で使われてきたということになる。そして、その中でも最も有名で、フランス革命という背景からも、マリー・アントワネットの発言として、このデマが定着してしまったのだ。

でも、これがマリー・アントワネットの発言だというデマが流布されたのは、マリー・アントワネットがギロチンにかけられたずっと後のことだ。フランス革命前夜、君主制に反対する革新派の人たちは、少しでも王室のイメージを悪くしようと、あることないことを吹聴し、出版し、歌にして歌い、王室を、特にマリー・アントワネットを批判し続けた。それは、マリー・アントワネットが、かつての敵国であるオーストリアから来た王妃だったからだ。君主制には反対しておらず、王であるルイ16世に敬意をはらっている人たちを革新派に取り込むためには、かつての敵国であるオーストリアから来た王妃に対しての敵意を煽るのが、最も簡単な工作だったからだ。

そのため、マリー・アントワネットに関するいろいろな誇張やデマが流布された。たとえば、『マリー・アントワネットの愛人一覧』のような本まで作られて、十数人もの貴族の名前が書き連ねられた。さらには、マリー・アントワネットが仲良くしていた夫人たちの名前を「愛人」として挙げ、「マリー・アントワネットはレズビアンだ」というデマまでが、あたかも事実であるかのように広められた。有名な「首飾り事件」の時も、主犯であるラ・モット伯爵夫人と被害者であるマリー・アントワネットが「レズビアンの関係だ」とデマが流されたため、この事件はマリー・アントワネットが企てたものだという事実無根の噂が巷に広まってしまった。

マリー・アントワネットに関するすべての文献を検証しても、マリー・アントワネットの恋人は唯一、フェルゼン1人だけなのに、こうしたデマ記事やデマ本には、マリー・アントワネットが声すら掛けたことがない貴族までもが、肉体関係を持つ愛人として列挙してあったのだ。そして、次から次へと出回ってくる数々のデマ記事やデマ本が、庶民の不満や怒りに燃料を注ぐことになり、君主制に反対する革新派のリーダーたちの演説を聴きに集まる人たちが増え続け、そして、フランス革命へと進んでいった。

ようするに、共和制の確立を目指す革新派としては、1人でも多くの庶民が王族を憎んで君主制を問題視するように、王室の政策のミスを大ゲサに誇張して吹聴するだけでなく、根も葉もないゴシップまで拡散し続けたのだ。そして、これほど「何でもあり」の状況だったのにも関わらず、この時期には、マリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と発言したというデマは流されなかった。もしも実際にマリー・アントワネットがこんな発言をしていたら、革新派にとってこれほど美味しいネタはないのだから、アッと言う間に広められていただろう。この事実ひとつを見ても、マリー・アントワネットがこんな発言などしていないことの証明になる。


‥‥そんなワケで、マリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と発言したというデマを信じ込んでいる人たちの多くは、フランス革命に至る歴史的事実にも疎いから、マリー・アントワネットの湯水のような散財によって庶民の生活が困窮し、怒った庶民たちが革新派の革命に参加したと思っている。でも、さっきも言ったように、ルイ16世の在位中、大規模な飢饉は一度も起こっていない。それに、王妃の贅沢は、マリー・アントワネットだけが特別だったのではなく、その前の王妃も、その前の王妃も、みんな同じように贅沢をしていた。

確かに、マリー・アントワネットは歴代の王妃と同じようにお金を使いまくっていたけど、それは、男性器に問題があって結婚してから7年間もセックスができなかった後のルイ16世に対する不満、未来の王子を産むことができない焦燥感からのもので、後のルイ16世が治療を受けて、無事に子どもを産むことができてからは、マリー・アントワネットのお金の使い方はずいぶん変化している。そして、もちろん「上から目線」ではあるけど、庶民に対する慈悲の心も、より深くなった。

オーストリアとフランスが手を組めば、その軍事力は強大になり、周辺国は戦争を仕掛けて来られなくなる。そのための人柱として政略結婚させられた少女がマリー・アントワネットなのだから、生まれた時からギロチンにかけられるまで、そのすべてが敷かれたレールの上を走るしかない人生、自分に選択肢のない人生だった。特に、ルイ16世の王妃となってからは、君主制打倒を目論む革新派に利用され、優柔不断で責任感も決断力もない無能な王の犠牲になったのだから、晩年、どんなに屈辱的な状況に置かれても、最期まで気高いプライドを捨てなかったことだけが、マリー・アントワネット自身の選択した生き方だったと言える。


‥‥そんなワケで、この「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」に似ているのが、1950年の吉田茂内閣の時に大蔵・通産大臣だった池田勇人が言ったとされている「貧乏人は麦を食え」だ。これにしても、実際の答弁は次のものだ。


「所得に応じて、所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則にそった方へ持って行きたい」


ま、要約すれば「貧乏人は麦を食え」ということにはなるけど、この要約が元の発言のニュアンスを正しく伝えているとは、とうてい思えない。「所得の低い人」を「貧乏人」に言い変え、「麦を多く」を「麦を」に省略し、トドメは「食う」を「食え」という命令形に変えたもの、それが「貧乏人は麦を食え」だ。これは、どう見ても「悪意ある要約」としか言いようがない。

でも、多くの国民は国会など見ていないし、現代のようにネットで議事録を確認することもできなかったから、翌朝の新聞の「貧乏人は麦を食え」という言葉だけがひとり歩きしてしまい、65年以上が過ぎた現在でも、池田勇人が言った言葉だと思い込んでいる人がたくさんいる。もちろん、根も葉もないデマを流布されて、死後200年以上が過ぎても濡れ衣を着せられたままのマリー・アントワネットと、自分で種を蒔いてしまった池田勇人ではまったくケースが違うけど、マリー・アントワネットも、根も葉もないデマだけでなく、元ネタを誇張されたり悪意ある改編をされて流布されたりもしたので、喧伝する側の目的意識は、古今東西、同じなんだと思う。


‥‥そんなワケで、多くの人に誤解されているマリー・アントワネットだけど、観劇や仮面舞踏会や賭博などで遊びまくっていたことや、ファッションや宝石や自分のプチ宮殿などにお金を使いまくっていたことは事実なのだから、悪意ある人たちの手によって、その事実が誇張されたり改編されたりして流布されたことに関しては、池田勇人と同様に、ある意味、自業自得の部分もある。だけど、根も葉もないデマである「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」に関しては、あまりにも悪質すぎるし、マリー・アントワネットが気の毒すぎる。だから、あたしは、尊敬するマリー・アントワネットの濡れ衣を晴らすためにも、大好きなマリー・アントワネットの名誉を守るためにも、これからもずっと「これはデマだ!」と言い続ける。それが、フェルゼンの代わりにあたしができる、唯一の愛情表現だと思った今日この頃なのだ。


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