2017.01.19

エゾイタチの女神

北は北海道から南は沖縄まで、日本には数えきれないほどの神話がある。一番メジャーなのは『古事記』や『日本書紀』に収められてる神話の数々で、イザナミとイザナギによる「国造り」を始め、スサノオによる「ヤマタノオロチ退治」、オオクニヌシノミコトによる「因幡の白うさぎ」、アマテラスオオミカミによる「天孫降臨(てんそんこうりん)」、『浦島太郎』のルーツと言われてる「ウミサチとヤマサチ」、三本足のヤタガラスに導かれての神武天皇の「東征建国」など、他にもたくさんの神話がある。

日本の神話の面白さは、これまたあたしの大好物のギリシャ神話と同様に、登場人物の大半が「神様」だという点だ。日本には「八百万(やおよろず)の神」がいると言われてるように、人間の神だけでなく、海の神、山の神、木の神、花の神、鳥の神、獣の神、魚の神など、すべてのものに神がいるので、本来は文字通りに神々しいはずの神様たちが、神話の中では欲望を剥き出しにして、神様同士が私利私欲のために奪い合いや殺し合いを繰り広げてる。とっても人間くさい神様たちの「何でもあり」の神話の数々は、ある意味、童話やお伽噺よりも面白いと思う。

そんな日本の神話の中でも、とりわけ面白いのが、北海道に伝わるアイヌ民族発祥の神話と、沖縄に伝わる琉球民族発祥の神話だ。『古事記』では、天の神が「国造り」のために地上へ降ろした神はイザナミとイザナギだけど、北海道の神話では「コタン・カラ・カムイ(国造神)」だし、沖縄の神話では「シマコーダ・クニコーダ(島建国建)」になってる。天から降りてきた神様が、長い棒状のもので泥を搔き回して島を造るという基本的なストーリーは全国共通なんだけど、登場する神々の名前だけでなく、細かい枝葉の部分が、それぞれの土地や民族に根差したものになってる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、北海道や沖縄に伝わる数々の神話の中には、このように『古事記』に残されてるメジャーな神話とルーツを同じにするものもあるんだけど、北海道ならでは、沖縄ならではのマイナーで土着的な神話も多い。あたしは、こうした地方色の強いマイナーな神話が特に好きで、いろいろと集めてるんだけど、今回は、その中でもあたしの大好きな神話の1つ、北海道に伝わる『エゾイタチの女神』という神話を紹介したいと思う。ただ、原典に忠実に紹介すると、とても長くなってしまうので、あたしが枝葉の部分を端折って半分くらいの長さにまとめた「短縮バージョン」で紹介したい。


『エゾイタチの女神』(きっこ短縮バージョン)

空には、五つの空があるんだよ。
一番低い「霧の空」、その上の「架かっている空」、その上の「星をささえる空」、その上の「高い雲の空」、そして、「一番高い空」。
この「一番高い空」には、大きな鉄のお城があり、すべての神様の中で一番偉い神様が住んでいるんだよ。


さて、エゾイタチの女神は、一番低い「霧の空」を守る神様でした。エゾイタチの女神は、お日さまの光から集めた金色の糸、お月さまの明かりから集めた銀色の糸、虹から集めた七色の糸を使って、来る日も来る日も趣味の刺繍(ししゅう)をしていました。時折、刺繍に飽きて下界を眺めると、春なら山へ百合の根を掘りにいく若い娘たちの楽しそうなおしゃべりが、秋なら山へ葡萄(ぶどう)を摘みにいく若い娘たちの明るい歌声が聞こえてきて、エゾイタチの女神も楽しい気持ちになりました。

ある日のこと、エゾイタチの女神が淡い紫色の綿雲の刺繍を縫い上げると、その刺繍は布地から浮き上がり、ふわふわと空へ漂っていき、本物の綿雲になりました。続いて、銀色の筋雲の刺繍を縫い上げると、その刺繍は布地から浮き上がり、きらきらと空へ流れていき、本物の筋雲になりました。エゾイタチの女神は楽しくなり、これまで以上に刺繍に夢中になりました。下界の様子を見ることもなく、来る日も来る日も刺繍に没頭していました。

さて、どれくらいの月日が経ったでしょうか。エゾイタチの女神のもとに、下界からイナウ(木幣)の神が訪ねてきました。イナウとは木製の祭具のひとつで、人間が神事を行なう時の神様への捧げものであり、また、神様へ伝言を伝えるための道具でもあります。イナウの神は、大きな金杯をなみなみと酒で満たしてエゾイタチの女神へ捧げ、人間からの伝言を伝え始めました。


「私は浦士別村(うらしべつむら)の長(おさ)からの伝言を伝えにやってまいりました。低い空を守る女神よ、どうかお聞きください。これまで下界は、山にはシカが、川にはサケが豊かで、人々は満ち足りて幸せに暮らしておりました。ところが、どうしたことでしょうか。突然、恐ろしい飢饉(ききん)がやってきたのです。山にはシカどころかウサギの1羽もおりません。川にはサケどころか雑魚の1匹もおりません。草花は黄色く枯れ果て、葡萄も桑も葉を落してしまいました。人間は弱い者から次々と倒れ始めました。低い空を守る女神よ、どうか人々を飢饉からお救いくださいませ。今はこの酒しか捧げられませんが、人々が飢饉から救われたら、さまざまなご馳走を捧げ、心やさしい女神を村の守り神として祀らせていただきます」


伝言を終えたイナウの神がひらひらと下界へ帰っていった後、エゾイタチの女神が下界を眺めてみると、なるほど、自分が刺繍に夢中になっている間に、人間の村には飢饉が訪れていて、人々の苦しむ声が聞こえてきました。エゾイタチの女神は何とかしなくてはならないと思い、他の神々の力を借りるために、酒宴をひらくことにしました。

酒宴の招待を受け、ミソサザイの神、ミヤマカケスの神、トガリネズミの神、シギの神など、多くの神々がやってきました。自慢の刺繍を施した着物で美しく着飾ったエゾイタチの女神は、神々に酒を注いでまわりました。神々は喜び、酒宴は賑やかに始まりました。そして、宴もたけなわになると、エゾイタチの女神は静かに舞い始め、美しい声で歌い始めました。


「シカの神よ~どうか下界へシカを降ろしてください~サケの神よ~どうか下界へサケを降ろしてください~人間の村が飢饉に襲われています~子どもたちはお腹が空いたと泣いています~弱い者から死んでいっています~神々よ~どうか助けてあげてください~皆さんが飲んでいる酒は~浦士別村の長からお願いのしるしに届けられたものなのです~」


神々は、エゾイタチの女神の舞いを見ながら美しい歌声にうっとりと聞き入っていましたが、シカの神とサケの神だけは目を閉じたまま、静かに歌だけを聞いていました。そして、エゾイタチの女神が歌い終わると、シカの神は目をひらいて話し始めました。


「女神よ、その訳を話そう。昔は人間たちもつつましく、どんな獣を殺すにも礼儀があった。人間たちは礼儀をもって、イナウの飾り矢でシカを殺したから、殺された俺の仲間たちは、その飾り矢をくわえ、喜んで天に帰ってきた。でも、人間は悪くなり、腐った木でシカを叩き殺すようになった。殺された俺の仲間たちは、その腐った木をくわえ、泣きながら天に帰ってくるようになった。だから俺は下界からシカの根を絶ったのだ」


シカの神が話し終ると、今度はサケの神が目をひらき、話し始めました。


「シカの神の言う通りです。昔の人間たちは礼儀をもって、イナウの飾り棒でサケを殺したので、殺された私の仲間たちは、その飾り棒をくわえて、ぴちぴちと跳ねながら天に帰ってきたのです。でも、人間は礼儀を忘れ、腐った木でサケを叩き殺すようになりました。殺された私の仲間たちは、その腐った木をくわえ、泣きながら天に帰ってくるようになったのです。ですから私は下界からサケの根を絶ったのです」


シカの神とサケの神の話を聞き、エゾイタチの女神はようやく飢饉の意味が分かりました。2人の神の言うことはもっともです。しかし、人間もバカではないのだから、きちんと理由を話せば分かること。そして、エゾイタチの女神は、また歌い始めました。


「シカの神よ~サケの神よ~お話はよく分かりました~お怒りはごもっともです~ですがもう一度~思い直してくださいませ~このまま飢饉が続くと人間は死に絶えてしまいます~そうなれば誰が私たちに~かぐわしい酒や美味しい食べ物~そして美しい飾りのイナウを捧げるのでしょうか~人があっての神であり~神があっての人なのです~シカの神よ~サケの神よ~どうか人間たちを許してやってくださいませ~シカを下界へ~サケを下界へ~どうか降ろしてやってください~」


すると、他の神々も声をそろえて歌い始めました。


「そうだ~そうだ~許してやれ~許してやれ~」


エゾイタチの女神の歌と、他の神々の歌を聞いたシカの神とサケの神は、なるほどと思ったのでしょう。シカの神は静かに立ち上がると、6つの蔵の扉を開け放ちました。すると、数えきれないほどのシカの群れが飛び出して下界へと降りていきました。次に、サケの神が立ち上がり、6つの蔵の扉を開け放つと、数えきれないほどのサケの群れが下界へと降りていきました。

その様子を見ていたエゾイタチの女神と他の神々は、手を叩いてシカの神とサケの神を祝福しました。エゾイタチの女神はようやくホッとすることができ、また、趣味の刺繍を楽しめるようになりました。そして、平和な日々がしばらく続いたある日のこと、また下界からイナウの神が訪ねてきました。イナウの神は、大きな金杯をなみなみと酒で満たしてエゾイタチの女神へ捧げ、人間からの伝言を伝え始めました。


「低い空を守る尊い女神よ、あなたのおかげで村は救われました。子どもたちはお腹いっぱいになって走り回り、病人たちも元気になりました。わずかではございますが、浦士別村の長からのお礼のしるしを持参しました」


エゾイタチの女神が大きな金杯を受け取ると、美しく飾られたイナウの神がずらりと並び、海の幸と山の幸が次々と運び込まれました。エゾイタチの女神はとても喜び、また神々を招待して酒宴をひらき、神と人とが助け合っていく喜びを歌いました。そして、エゾイタチの女神は、浦士別村の長の夢の中に現われて、長に獣を殺す作法、魚を殺す作法を教えました。浦士別村の長は、この作法を村人たちに伝え、それからというもの、殺されたシカは美しい飾り矢をくわえ、殺されたサケは美しい飾り棒をくわえ、喜んで天に帰ってくるようになったのです。


空には、五つの空があるんだよ。
そして、その一番低い空で、エゾイタチの女神は、来る日も来る日も刺繍をしながら、人間の村を守ってくれているんだよ。

【おしまい】


‥‥そんなワケで、実際の神話は、エゾイタチの女神のところで酒宴が始まってから、いろんなことが巻き起こり、神様同士がケンカを始めちゃって、それを仲裁するために他の神様を呼びに行ったりと、けっこう長いドタバタがあるんだけど、そのクダリはスパッと省略させていただいた。ちなみに、この「命に対する礼儀を忘れた人間に罰を与えるために、獣の神と魚の神が人間界から獣と魚を消してしまい、村が飢饉になった」というシチュエーションは、アイヌ民族発祥の神話の定番の1つで、他にも何パターンもの類似した神話がある。その中でも、あたしはこの『エゾイタチの女神』が一番好きなので、今回は短縮バージョンで紹介させていただいたけど、北海道には他にもアイヌ民族発祥の面白い神話がたくさんあるので、興味を持った人は図書館で探してみてほしいと思う今日この頃なのだ。


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