2016.07.21

ラムネ瓶のロケットとビー玉の地球

1カ月くらい前の文化放送「飛べ!サルバドール」で、「子どものころにどんな遊びをしたか」という話題から、吉田照美さんが「俺はベーゴマが得意だった」と言い出し、実際にスタジオでベーゴマをやってみることになった。で、何とか回すことができて面目を保つことができた照美さんだったけど、後から来たアーサー・ビナードさんから「何でベーゴマと言うか知ってる?」と聞かれると、照美さんを始め、誰も答えられなかった。

そして、アーサーさんが、「もともとはバイ貝をコマにして遊んでたから『バイゴマ』、それが訛って『ベーゴマ』になった」と正解を教えると、照美さんは「本当?バイ貝なんて回るの?」と、最初は疑ってたけど、「でも日本語に詳しいアーサーさんが言うんだから、きっと正しいんだろうな」と、しぶしぶ納得した様子だった。

ちなみに、あたしは、ベーゴマで遊んだことはないし、オモチャの博物館の「昔のオモチャのコーナー」みたいなとこで見たことしかないけど、ベーゴマの語源がバイ貝で作った「バイゴマ」だということは知ってた。何でかって言うと、「ベーゴマ」は俳句の季語になってて、あたしが30年も愛用してる俳句の歳時記には、次のように解説されているからだ。


「海蠃廻し(ばいまはし)」
昔は重陽の日の子供の遊びであった。海蠃の殻に蝋や鉛をつめ、それを海蠃独楽(ばいごま)、訛ってべい独楽とも言う。独楽を回しあい、相手の独楽をはじき出した方を勝とする。今は重陽の日に限らず、独楽も海蠃に似せて鉛だけで作る。海蠃打ち。
海蠃打ちや灯ともり給ふ観世音 秋桜子
負け海蠃やたましひ抜けの遠ころげ 誓子


「重陽(ちょうよう)」というのは陰暦9月9日のことで、昔は、1月1日、3月3日、5月5日、7月7日と同じように、お祝いをした。3月3日は「桃の節句」だけど、9月9日の「重陽」は「菊の節句」なので、菊をお供えしたり、菊の花びらを入れたお酒を飲んだりした。九州では、今も長崎の諏訪神社を始めとした各地で「くんち」「おくんち」が行なわれてるけど、これは「9日(くにち)」が語源だ。もともとは9月9日に行なわれてたものが、新暦に変わったため、今は10月に行なわれてる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今から半世紀以上も前、東京の下町の小学校に通っていた吉田照美少年は、9月9日だけじゃなく、一年中、ベーゴマで遊んでたワケだけど、何でベーゴマと呼ばれてるのかは知らなかったようだ。だけど、ベーゴマの由来がバイゴマだと知ってたあたしも、実のところ、あんまり納得してない。だって、バイ貝とベーゴマはぜんぜん似てないからだ。

バイ貝は、よく居酒屋さんのお通しとかで出てくるけど、小さな巻貝だ。あたしの歳時記の解説に書かれてるように、食べ終わったバイ貝の殻の中に、ローソクの蝋や鉛を溶かして流し込めば、たぶん回ると思う。バイ貝は縦長の貝なので、口までいっぱいに鉛を流し込むんじゃなくて、3分の1とか半分とかだけ流し込めば、尖った先っちょのほうが重くなるから、きっと安定性がよくなってクルクルと回ると思う。

だけど、こうして作ったバイゴマと、吉田照美少年が夢中で遊んでたベーゴマは、やっぱり似てない。どっちかって言うと、マツバガイのほうが似てる。海に行くと、防波堤の波の当たる部分とか、テトラポッドの下のほうの波が当たる部分とかに張りついてるアレだ。真ん中が少し尖った、傘のような形の平べったい貝なので、身を食べたあとに鉛を流し込んで固めれば、それこそベーゴマになると思う。

だから、これはあくまでもあたしの想像だけど、もしかしたら、バイゴマが生まれた時代くらいまでは、バイ貝のことをマツバ貝、マツバ貝のことをバイ貝と、今とは逆に呼んでたのかもしれない。もしもそうだったとしたら、バイ貝の殻に蝋や鉛を流し込んだバイゴマは、見た目としてもベーゴマのルーツになりえる。

「そんなことあるワケないじゃん!」て思うかもしれないけど、たとえば昔は、コオロギのことをキリギリス、キリギリスのことをコオロギと、今とは逆に呼んでいた。アサガオにしても、昔はキキョウのことをアサガオと呼んでいた。昔はサメのことをワニと呼んでたし、今でもサメのことをワニと呼んでる地域もある。こうした例があるんだから、どっちも小さな食用の貝であるバイ貝とマツバ貝が、今とは逆に呼ばれてたことだって十分にありえると思う。


‥‥そんなワケで、こうした語源には怪しげなものも多いんだけど、怪しげなものに限って、いかにも真実のように広められてるケースがある。たとえば、ベーゴマと並ぶ昭和の子どもたちの遊び、ビー玉だ。これはもちろん、ビードロ(ガラス)の玉だからビー玉なんだけど、このビー玉に、怪しげな語源の説があるのだ。

ビー玉はもともと、ラムネの瓶に入ってるガラスの玉を取り出して遊んでたことから、ラムネ玉と呼ばれてた。ここまではホントだ。で、ラムネの瓶に入ってるのは栓の役目なので、少しでも歪んでたり欠けてたりすると役に立たない。それで、ラムネの栓に使える精度の高いガラス玉を「A玉」と呼んだの対して、栓に使えない失敗作のガラス玉を「B玉」と呼び、子どもの遊び道具として安価で売り出した、という説だ。

初めてこの説を聞かされると、多くの人は「へえ~」ってなっちゃうけど、普通に考えてみれば、これが誰かの考えた「いかにもありそうな作り話」だということが分かる。だって、ラムネの瓶の口には、内側に薄いリング状のゴムがあって、そこにガラスの玉が炭酸の圧力で押しつけられて栓になってるんだから、よほど歪んでたり欠けてたりしてない限り、ちゃんと栓の役目を果たす。

つまり、この怪しげな説が事実だったとしたら、子ども用に売られてた「B玉」は、普通に転がして遊ぶことも難しいほどの欠陥品だったことになる。だけど、あたしが子どもころ、まだギリギリで売られてたガラス瓶のラムネに入ってたビー玉も、駄菓子屋さんでおはじきと並んで売られてたビー玉も、どっちもちゃんとした球形で、歪んだものや欠けたものなんか1つもなかった。

だから、これまたあたしの想像だけど、どこかの誰かがビー玉という名前から「B玉」というアテ字を思いつき、そこから「A玉」へと発想が進み、こんな「いかにも」な語源を創作したんじゃないかと思う。そして、学校や職場で話すネタとしてはなかなか面白いから、ナニゲに広まっちゃったんじゃないかと思う。


‥‥そんなワケで、ベーゴマは秋の季語だけど、ベーゴマじゃない普通のコマはと言うと、「も~いくつ寝ると~お正月~~お正月には凧揚げて~独楽を回して遊びましょ~~♪」って歌われてるように、お正月の季語、新年の季語になってる。だけど、コマと一緒に歌に登場してるタコはと言えば、これが、新年の季語じゃなくて、春の季語なのだ。

お正月の遊びの中で、ちゃんと新年の季語として分類されてるのは、羽根つきの「羽子板(はごいた)」、「独楽(こま)」、「歌留多(かるた)」、「雙六(すごろく)」、「福笑い」、「手毬(てまり)」などで、他にも、「毬打(ぎちょう)」、「ぶりぶり」、「ぽつぺん」、「穴一(あないち)」、「十六むさし」など、今ではほとんどの人が知らない遊びや玩具が、歳時記の中だけで生き続けてる。それなのに、「凧揚げ」だけは春の季語なのだ。

ちなみに、この中の「ぽつぺん」というのは、現代仮名遣いで書くと「ぽっぺん」、ガラスでできた玩具で、細い口から息を吹き込むと、先端の平らなガラス面が「ポッペン、ポッペン」と音を出す。喜多川歌麿の美人画「ビードロを吹く娘」は、切手になったことでもお馴染みだけど、アレが「ぽっぺん」だ。


Bo1


この歌麿の美人画は、もともとは「玩具を口にする娘」、「ビードロを吹く女」、「ポッピンを吹く女」など、複数のタイトルで呼ばれてたけど、昭和30年(1955年)に切手になった時に「ビードロを吹く娘」と解説されたため、その後は「ビードロを吹く娘」というタイトルが定着した。歌麿の時代にも「ぽっぺん」や「ぽっぴん」という呼び名もあったけど、まだまだガラス製品を「びいどろ」と総称していたことから、当時の日本郵便は、この「ビードロを吹く娘」というタイトルに決めたんだと思う。

それから、これまた新年の季語になってる遊びの「穴一(あないち)」、これはビー玉を使った遊びで、江戸時代に始まったものだ。もともとは大人たちが賭博として行なってた平安時代の「銭打ち」がルーツで、相手の銭を自分の銭ではじき出すと貰うことができる。だから、ビー玉遊びだけでなく、女の子の遊びだった「おはじき」も、同じルーツなんだと思う。

もちろん、江戸時代にはガラスは高価だったから、子どもたちはガラスのビー玉で遊ぶことなんてできない。だから、堅いムクロジの実を使ったり、泥ダンゴを使ったりしてて、ガラスのビー玉が登場するのは、ずっと後の明治30年ごろだったと言われてる。

一方、日本に最初にラムネの元祖である炭酸飲料が登場したのは、江戸時代の末期、嘉永6年(1853年)、浦賀に来航したペリーが持ち込み、武士たちに振る舞ったのがルーツだと言われてる。その後、日本でも作られるようになり、「レモネード」が訛って「ラムネ」と呼ばれるようになった。だけど、ペリーが持ち込んだラムネの元祖は、今のシャンパンやスパークリングワインのように、コルクの栓で、それが飛ばないように針金がグルグル巻きにされているものだった。つまり、ガラスの玉で内側から炭酸の圧力を利用して栓をして、それを中に落として飲むという方式は、日本発の画期的なアイデアだったのだ。


‥‥そんなワケで、ラムネの瓶に入っていたのは「A玉」で、「A玉」になれなかった欠陥品が「B玉」だという説には懐疑的なあたしだけど、ガラスの玉を使ったラムネの栓に関しては、「下町ロケット」で佃製作所が開発したバルブシステムのような、「下町ロケット2」で開発した人工心臓弁ガウディのような、日本の「物づくり」の熱い魂を感じた。そして、ひさびさに登場した「小さいきっこたち」が、それぞれラムネ瓶のロケットに乗り込み、炭酸の圧力で大気圏外まで飛んで行き、緑のビー玉のような美しい地球を見おろしてる気分になった今日この頃なのだ♪


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