2014.04.18

わらしべ長者的馬券作戦

日本には日本ならではの昔話や民話がたくさんあって、日本で生まれて育った人なら、誰でもみんな、いくつかは知ってると思う。たとえば、「桃太郎」や「金太郎」や「浦島太郎」、「花咲か爺さん」や「こぶとり爺さん」、「舌切り雀」や「さるかに合戦」、「一寸法師」や「かぐや姫」、「打ち出の小づち」や「ぶんぶく茶釜」、「かちかち山」や「おむすびころりん」など、他にもたくさんのお話がある。ここに挙げたお話の題名は誰でも知ってると思うし、詳しい内容までは覚えてなくても、ザックリとした内容くらいは覚えてると思う。

そして、これらの昔話は、「鬼などの悪者を退治に行くお話」、「動物が主人公のお話」、「嘘つきや泥棒などが出てくるお話」など、いくつかのパターンに分けられるんだけど、その中に、「鶴の恩返し」とか「笠地蔵」とかに代表される「恩返しのお話」がある。「鶴の恩返し」では、ワナに掛かって苦しんでる鶴を見つけたおじいさんが、その鶴を助けてあげると、その鶴が若い女性の姿になっておじいさんの家にやって来て、自分の羽を抜いて美しい織物を織り、貧乏だったおじいさんとおばあさんは、その織物を売って生活が楽になる。「笠地蔵」では、歳の暮れに、おじいさんが町に売りに行ったのに売れなかった笠を、帰り道、雪が積もっていたお地蔵さんたちに被せてあげたら、そのお地蔵さんたちが、お餅など、お正月に必要なものをたくさん届けてくれた‥‥っていうお話だ。

この「恩返しのお話」の場合、必ず決まってるルール的なことが2つある。1つは「主人公が貧しい」ということ。主人公が最初からお金持ちだったら、このお話は成り立たなくなっちゃうからだ。そして、もう1つは「主人公がしてあげたことよりも、お礼のほうが大きい」ということ。ワナから鶴を助けてあげただけで、高価な織物を何枚も織ってもらえる。売れ残りの笠をいくつかあげただけで、お餅などのご馳走をたくさんもらえる。どちらも、お礼のほうが遥かに大きい。

ようするに、たとえ貧しくても、正直に真面目に生き、困っている人などを見かけたら親切にしてあげるやさしい心を持っていれば、いつかそれが何倍にもなって返って来ますよ~っていうお話なワケだけど、ここでのポイントは、お礼を目当てにした親切だとダメってことだ。見返りなど何も期待していない「無欲の親切」だからこそ「恩返し」の対象になるワケで、最初から欲にかられて行動を起こすと、「花咲か爺さん」の隣りに住んでる欲の深い爺さんのようなことになっちゃう今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、これらの「恩返しのお話」は、「自分がどんなに困っていても、他に困っている人を見かけたら親切にしてあげましょう」ということを教えてくれてるワケだけど、ホントに自分が困ってる時に、アカの他人に親切にしてあげられる人なんて、実際にはメッタにいない‥‥ってなワケで、働けど働けど我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る。マメだらけの自分の手を見て、男は深く溜息をついた。来る日も来る日も朝から晩まで、1日も休まずに畑を耕して働いているのに、男の暮らしは少しも楽にならない。やっと収穫したお米は、1粒残らず年貢に取られてしまい、自分のために作っていたアワやヒエも底をついてしまった。

多くの庶民が大雪の被害で苦しんでいる時でも、自分たちだけは昼間から高級料亭で豪華な天ぷらを食べてドンチャン騒ぎをしているバカ殿は、庶民に重税を課して自分たちだけがいい思いをする「アベノミクス」という経済政策を強行していた。物価の高騰に加えて年貢まで引き上げられたのに、男の収入はスズメの涙のまま。もう3日も何も食べていない男は、空腹でフラフラになりながら、最後の手段の「神頼み」をした。


「神様、このままでは私は死んでしまいます!どうか私を助けてください!」


すると、男の目の前に、全身が金色の光に包まれた観音様が現われて、微笑みながら、こう言った。


「あなたは、とても真面目で正直な人ですね。これからすぐに家を出て、最初に手にしたものを持ったまま、西へ向かって真っすぐに歩いて行きなさい。そうすれば、あなたはきっと幸せになれるはずです」

「あ、ありがとうございます!」


男は、すぐに家を飛び出て、西へ向かおうとした。しかし、あまりにも慌てていたため、戸を開けて外に飛び出たとたんに、つまづいて転んでしまった。男は、戸の脇に積んでおいたワラの山の中に倒れたので、幸いにもケガはなかった。むっくりと起き上った男は、自分が1本のワラを掴んでいることに気づいた。


「観音様の言っていた『最初に手にしたもの』って、これのことかな?」


そして、男は、その1本のワラを持ったまま、西へと歩き出した‥‥ってなワケで、賢明なる「きっこのブログ」の読者諸兄はすでにお気づきのように、これは「わらしべ長者」だ。もうネタバラシをしちゃったので、あとは簡単にポイントだけ書いてくけど、男がしばらく進むと、1匹のアブがブンブンとまとわりついて来た。男はそのアブを捕まえてワラを結びつけ、ワラの端を持って先へ進んだ。

町まで来ると、お母さんの背中で大泣きしていた赤ちゃんが、そのアブを見て泣きやみ、ケラケラと笑い出した。お母さんは、赤ちゃんをあやすために、そのワラに結んだアブが欲しいと言う。男がワラを渡すと、お母さんはお礼にミカンをくれた。

男は町を抜け、西へ西へと進んだ。しばらく進むと、道端にしゃがみ込んでいる娘さんがいた。どうしたのかと尋ねると、喉が渇いて動けなくなったと言うので、男は持っていたミカンをあげた。娘をミカンを食べて元気になり、お礼にきれいな絹の反物をくれた。これは、「娘さん」の他にも「おばあさん」だったり「商人」だったり、いろんなパターンがあるんだけど、「喉が渇いてる人にミカンをあげて、お礼に絹の反物をもらった」って部分はおんなじだ。

で、次に男は、馬が弱ってしまって難儀しているお侍さんと出会う。お侍さんは、この馬とその絹の反物を交換してくれと言い、男が応じると、絹の反物を持ってどこかへ行ってしまう。男は弱った馬に水を飲ませてやり、一晩、付き添っていると、翌朝には馬は元気になる。そして、男は馬に乗って先へ進んだ。

男が城下町までやって来ると、1人の長者さんが男の馬をたいそう気に入り、男を自分の屋敷に招いた。すると、男にお茶を持って来た娘さんが、あの、喉が渇いて道端にしゃがみ込んでいた娘さんで、改めてミカンのお礼を言われる。男の親切に感動した長者さんは、男に自分の娘との縁談を持ち掛け、男はこの大きな屋敷で幸せに暮らすことになりましたとさ。めでたし、めでたし‥‥ってのが1つのパターン。

喉が渇いて道端にしゃがみ込んでたのが「商人」だった場合は、長者さんが「私は急ぎの用事があるので、どうしてもその馬を譲ってほしい。その代わり、私が3年間、この屋敷に戻らなければ、この屋敷をあなたに差し上げよう」と言って、男の馬に乗ってどこかへ行ってしまう。そして、3年経っても戻って来なかったので、男はこの大きな屋敷で幸せに暮らすことになりましたとさ。めでたし、めでたし‥‥ってのが別のパターン。

他にも、最初にワラを手にする過程が違ってたり、ミカンが複数だったり、弱った馬とお侍さんの他に家来がいたり、いろんなパターンがあるんだけど、どのパターンの「わらしべ長者」にも共通してるのが、「ワラを結んだアブ」→「ミカン」→「反物」→「馬」→「屋敷」という、男が「お礼」としてゲットしたものの流れだ。ただ、この「わらしべ長者」の場合は、途中から「お礼」というよりも「物々交換」の様相を呈して来る。

「鶴の恩返し」で、おじいさんがワナに掛かった鶴を助けてあげたのも、「笠地蔵」で、おじいさんが雪の積もったお地蔵さんに笠を被せてあげたのも、完全に「親切心」からの行動であり、何らかの対価やお礼を期待したワケじゃない。だけど、この「わらしべ長者」の場合は、最初のころの「ワラを結んだアブ」や「ミカン」のあたりは、まだ「困ってる人を助けるため」という前提があったけど、「反物」と「馬」の交換からは、人助け的な要素よりも物々交換的な要素のほうが大きくなって来る。そして、ラストの「屋敷」を手に入れる段に至っては、「最後に大きな屋敷を手に入れて幸せになる」という結論ありきで、その結論に到達させるための無理やりな展開と言ってもおかしくない。


‥‥そんなワケで、「鶴の恩返し」や「笠地蔵」などの「恩返しのお話」からは、あたしたちは「自分がどんなに困っていても、他に困っている人を見かけたら親切にしてあげましょう」という道徳的なこと、倫理的なことを学ぶワケだけど、この「わらしべ長者」から学ぶべきことは、ちょっと違ってくる。それは、「少ない元手をいかにして大きく増やすか」という資産運用術であり、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な処世術、自分が苦労せずに右のものを左に動かしただけで利益を得て資産を増やして行く世渡りの方法だ。

だけど、もしもあたしが「ワラを結んだアブ」を持って歩いてたとしても、そんなに都合よく泣いてる赤ちゃんをおぶったお母さんに出会うワケはないし、それ以前に、あたしは飛んでるアブを捕まえてワラを結ぶなんていうワイルドなことは絶対にできない。だから、あたしは、この「わらしべ長者」の教えを「競馬」で実践してみたいと思う。

まず、最初の1本のワラに該当する「100円」を用意して、この100円で、日曜日のJRAの1Rの1番人気の複勝を買う。ここでのポイントは、3ヶ所の開催地の1Rの中で、単勝オッズの高い1番人気を選ぶことだ。単勝オッズが1倍台から2倍台だと、複勝は的中しても2倍以下なので、こういう馬は買わない。単勝オッズが3倍以上の1番人気を狙う。3ヶ所の開催地の1番人気が3頭ともダントツの人気だったら、1Rは買わずに2Rを狙う。

これで、うまいこと的中すれば、最初の100円は200円以上になる。つまり、「ワラ」が「ミカン」になったってワケだ。そして、お次は、この200円で、ダントツの1番人気のいるレースで、2番人気と3番人気の馬連とワイドを100円ずつ買う。早い時間の未勝利戦で、1番人気がコケることはよくあるので、うまいこと2番人気と3番人気がワンツーを決めてくれれば、馬連もワイドも両方とも的中して数千円になるし、押さえのワイドだけの的中でも1000円前後になるから、次へと繋げることができる。

そして、お次は、フタを開けるまで分からない新馬戦はパスして、中盤の500万円条件のレースの中から、牝馬戦など、プラスアルファの条件が付いたレースを選ぶ。条件が多いほど、狙いが絞りやすくなるからだ。そして、そうしたレースの中から、単勝オッズが1倍台のダントツの1番人気がいるレースを選び、2番人気から6番人気までの5頭から1番人気への馬単を200円ずつ買う。

毎週の全レースの結果を見れば分かるけど、競馬で1番人気が1着になる確率は3割以下なので、どんなに人気のある馬でも、1着にならない確率のほうが高い。だけど、単勝オッズが1倍台の馬なら、1着になれなくても2着に入る可能性が高い。そこで、1番人気を2着に固定した馬単で狙うってワケだ。これなら、2番人気が1着でも1000円以上になるから、200円の馬券は3000円近くになる。もしも5番人気や6番人気が1着になれば、オッズにもよるけど万馬券になるケースもある。そうなれば、200円の馬券が2万円以上になる。これは、もはや、「ミカン」が「反物」に化けたような話だろう。

そして、予算が2万円以上になったら、ここからは普通の馬券は買わない。普通の馬券じゃ、「わらしべ長者」の「屋敷」に該当するほどの配当金をゲットすることは不可能だからだ。で、あたしが何で最初に「日曜日のJRA」って限定したのかって言えば、それは主要5レースの1着を予想する「WIN5」があるからだ。「WIN5」なら、100円の馬券が最高で2億円になるし、6月からは上限が引き上げられて6億円になる。これなら、十分に「屋敷」と呼べるだろう。

で、その日の「WIN5」の5レースの単勝オッズを見て、最初のレースから最後のレースまで、3頭ずつ選んで行くんだけど、ここでのポイントは、「1番人気は絶対に選ばない」ということだ。5レースのうち1レースくらいなら1番人気が来てもいいけど、2レースも3レースも1番人気が来ちゃったら、的中したとこで「屋敷」にはならない。だから、ここでは「勝ちそうな馬」を選ぶんじゃなくて、「的中したらものすごい配当になる馬」を選ぶってワケだ。

麻雀には、1・4・7の「イースーチー」、2・5・8の「リャンウーパー」、3・6・9の「サブローキュー」の3つの「筋」があるけど、たとえば、この中から「サブローキュー」の「筋」を選ぶ。そして、「WIN5」の5レースすべて、3番人気、6番人気、9番人気の馬を選んで買う。こうすると、「3×3×3×3×3=243」てワケで、2万4300円で243通りの組み合せが買える。もしも的中した場合、最低の配当は5レースとも3番人気が来た場合で、これは大した配当にはならない。でも、5レースとも9番人気が来れば、2億円は無理でも数千万円になる可能性もある。

もちろん、これは一例なので、もっと上を狙って、9番人気、11番人気、13番人気の3頭買いで2億円を狙ってもいいし、予算が2万円以下なら、7番人気と11番人気の2頭狙いの「セブンイレブン馬券」とかにすれば、3200円で済む。また、人気の順位で選ぶんじゃなくて、馬番で選ぶって方法もある‥‥ってなワケで、これが、あたしが「わらしべ長者」から思いついた作戦だ。「そんなの当たるワケないじゃん!」て思った人も多いだろうけど、前々回の4月6日の「WIN5」は、1レース目が7番人気の「7番の馬」、2レース目も7番人気の「7番の馬」、3レース目が8番人気の「7番の馬」、4レース目が2番人気の「7番の馬」、5レース目が4番人気の「2番の馬」だった。

つまり、1レースから4レースまで、ずっと「7番の馬」が勝ったのだ。それも、4レース目の2番人気以外は、3頭とも勝ちそうもない人気の馬ばかり。普通に予想して買ってたら、こんなの当たるワケがない。だけど、もしもあたしの考えた方式で、馬番で買ってたとしたら‥‥。たとえば、この日の朝にテレビか何かで「ふなっしー」を見たとして、それにちなんで2番と7番と4番の3頭を選んだ「ふなっしー馬券」を買ってたとしたら、ミゴトに的中してたのだ。ちなみに、この日の的中は全国で20票だけで、配当は2700万円だった。2万4300円が2700万円になれば、これは「馬」が「屋敷」になったようなもんだろう。


‥‥そんなワケで、自分のお財布からお金を出して、2万4300円もの馬券を買うのは勇気がいるし、自分が一生懸命に働いて得たお金だと思うと、なかなか冒険はできない。もしも、ホントに「WIN5」で1レース3頭ずつ、合計2万4300円ぶんもの馬券を買うとしたら、絶対に押さえとして1番人気を入れちゃうだろう。だけど、これは「わらしべ長者」なのだ。最終的に買うのは2万4300円ぶんの馬券だけど、わずか数時間前には100円だったのだ。ハズレて全額が水泡に帰したとしても、所詮は1本のワラを失ったことにしかならない。だから、今後、さらに「アベノミクス」の被害が拡大して日々の生活が苦しくなり、ホントにニッチもサッチもどうにもブルドッグ状態になったら、あたしは、ワラにもすがる思いで、この「わらしべ長者的馬券作戦」を試してみようと思ってる今日この頃なのだ。


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2014.04.12

火星の最接近と皆既月食

あたしたちの住んでる地球は、皆さん、ご存知の通り、太陽の周りをグルグルと回ってる惑星だけど、他にも太陽の周りをグルグルと回ってる天体はたくさんある。それで、その中の主要な惑星が、太陽に近い順から「水・金・地・火・木・土・天・海」なんて暗記させられたと思うけど、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星の8つだ。昔は最後に「冥王星」ってのがあったんだけど、これは惑星より下の「準惑星」ということになっちゃって、このグループから仲間ハズレにさせられちゃった。

で、これらの惑星は、自分自身もグルグルと回転しながら、太陽の周りをグルグルと回り続けてるんだけど、自分自身が回ることを「自転」、太陽の周りを回ることを「公転」と呼んでる。地球の場合なら、平均して約24時間で1回の「自転」をして、約365日で1回の「公転」をしてる。だから、1日は24時間で、1年は365日ということに決められてる。

だけど、この「約365日で太陽の周りを1周する」ってのは地球だけの話で、他の惑星は、それぞれがそれぞれの「公転」をしてる。たとえば、太陽に一番近い水星の場合は、地球よりも遥かに速くて、約88日で1周してる。次の金星は、約225日で1周してる。これは、地球よりも太陽に近いから、つまり、1周の距離が短いからだ。

逆に、地球よりも外側の惑星になると、1周の距離がグーンと長くなる。地球の隣りの火星は、太陽の周りを1周するのに約687日も掛かってる。でも、こんなのはまだまだ序の口で、その次の木星なんて、約11.8年だ。木星が太陽の周りを1周する間に、小学校に入学した子が高校を卒業しちゃうのだ。さらには、その次の土星なんて約29.5年、天王星に至っては約84年、一番外側の海王星なんて約165年だ。

だから、地球よりも太陽に近い水星と金星は、「公転」の過程で地球を追い越してくワケだし、地球よりも外側にある火星や木星や土星は、「公転」の過程で地球のほうが追い越してくワケだ。水星の場合なら、1年間に地球は4回も追い越されちゃうし、木星の場合なら、1年間に地球が12回も追い越しちゃう。そして、この「追い越し」の時には、しばらく併走するワケだから、地球からはその惑星がよく見えることになる。つまり、水星なら、1年間に4回ほど、よく見えるチャンスが巡ってくるワケだし、木星なら、1年間に12回、ほぼ毎月、よく見えるチャンスが巡ってくる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、これらの惑星の中で、一番、見るチャンスが少ないのが、意外なことにも、地球のお隣りの火星なのだ。火星は、約687日で太陽の周りを1周してるから、約365日で1周してる地球が追い越すのは、約780日に1回、約2年2ヶ月に1回なのだ。もちろん、天体望遠鏡を使えば、1年の大半、見ることができるけど、肉眼でハッキリと見えるのは、この約2年2ヶ月に1回のチャンスしかない。

で、そのチャンスが、あと数日でやってくる。4月14日の夜から、深夜0時をまたいだ15日にかけてだ。さらに今回は、約2年2ヶ月ぶりに地球に最接近する火星が、お月さまのすぐ近くに見られる上に、お月さまも満月を迎える。正確に言えば、月齢的には15日の夜が「満月」なんだけど、14日の夜でも「ほぼ満月」なので、お天気さえ良ければ、14日の夜には、満月のすぐ上にオレンジ色の火星が輝いているという、素晴らしいランデブーを見ることができる。

そして、ここがポイントなんだけど、4月14日は「月曜日」で、15日は「火曜日」なのだ。つまり、月曜日の夜から深夜0時をまたいだ火曜日にかけて、お月さまと火星の競演が見られるという、曜日的にもバッチリの状況になったのだ。一番いい時間帯は、14日の夜11時ごろなので、もしもお天気が良かったら、14日の夜は、外に出てお月さまを探してみてほしい。そして、まん丸のお月さまが見えたら、そのすぐ上の少し左にあるオレンジ色の星が火星で、お月さまの左下の少し離れた場所にある白い星が、おとめ座の1等星スピカなので、メッタに見ることができない夜空の競演を楽しんでほしい。

でも、地球は太陽の周りをほぼ「円形」に公転してるけど、火星は「楕円形」に公転してるので、約2年2ヶ月ごとに地球に接近すると言っても、火星の楕円形の軌道のどの位置で接近を迎えるかによって、地球との距離は大きく違う。今回は、残念なことにワリと距離があって、約9200万kmもあるので、最接近の中でも離れ気味な「小接近」だ。でも、火星はマイナス1.4まで明るく輝いてるので、他の小さな星が見えない程度の薄曇りでも、お月さまが見えれば、火星も肉眼で見ることができると思う。

ちなみに、今回を逃すと、次回は2016年5月31日、約7500万kmまで近づく「中接近」、その次は2018年7月31日、約5800万kmまで近づく「大接近」だ。だから、火星の最接近だけで言えば、約4年4ヶ月後の「大接近」のほうが楽しめるんだけど、今回は「満月との競演」という嬉しいオマケが付いてるから、何とかお天気になってほしいと思ってる。


‥‥そんなワケで、今回は、さらに大きなオマケがある。これは、火星の最接近とは別なんだけど、15日は、ナナナナナント!「皆既月食」なのだ!‥‥ってなワケで、あたしがダラダラと文章で説明しても分かりにくいから、ここからは「ウェザーニュース」の美人キャスター、山岸愛梨ちゃんのツイッターでの解説を紹介させてもらう。


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【4月15日は皆既月食】
月食の説明その1。月食は月が地球の影に入り、欠けて見える現象☆


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【4月15日は皆既月食】
月食の説明その2。地球の影に入り欠けて見えるお月様。新月のように見えなくなるわけではなく、赤銅色になります(^ω^)


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【4月15日は皆既月食】
月食の説明その3。皆既月食の月が赤いのは、夕陽が赤く見えるのと同じ散乱という現象が関係している。太陽が地球の大気を通過する時、波長の短い青い光は散乱してしまうが、波長の長い赤い光は通り抜けることができるため。


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【4月15日は皆既月食】
日本では月が欠けた状態でのぼるため、皆既月食の全経過を楽しむことができません。と、いうことで、SOLiVE24ではハワイから皆既月食を生中継!4月15日15時〜17時、特別番組を行います☆ぜひ、見て下さいね☆
http://weathernews.jp/s/star/eclipse2014/?fm=sw&fmdotop=1


‥‥そんなワケで、サスガは痒いところに猫の手が届くウェザーニュース!今回の皆既月食は、日本ではお月さまが上る前から月食が始まってて、全行程の最後のあたりで上って来るので、「SOLiVE24」では欠け始めからぜんぶ見られるハワイからの中継を配信してくれるそうだ。それに、日本では、最後のあたりだけでも見られるのは大阪より東の地域だけで、大阪より西は、お月さまが上って来た時には、もう月食は終わっちゃってる。だから、あたしは、14日の夜は火星の最接近とお月さまとの競演を楽しんで、15日の午後には、ウェザーニュースの「SOLiVE24」で皆既月食の中継を楽しもうと思ってる今日この頃なのだ♪


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2014.04.07

水平線の彼方に

ずーーーーーーーーっと忘れてたことを、何かの拍子に思い出すことってあるよね?あたしは、何日か前のラジオの深夜放送で、某お笑い芸人のコンビのトークを聴いてて、片方が片方に「これじゃあ、いつまで経っても話が平行線だから」って言った瞬間、25年以上も前の高校1年生の時のことを思い出しちゃった。

「話が平行線」なんて表現は、ものすごく一般的だから、ここ10年だけを見ても、テレビやラジオ、小説などで、絶対に何度かは目にしてきたハズだ。だけど、その時には高校1年生の時のことは思い出さなかった。それなのに、数日前、ラジオの深夜放送で、お笑い芸人のコンビのボケ担当の人が、ツッコミ担当の人に一方的に罵倒されてて、さんざん罵倒されたあとに、ボケ担当の人が「これじゃあ、いつまで経っても話が平行線だから」って言った瞬間、「あっ!」って思い出した今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、25年ちょい前のあたしは、東京の区立の中学校から都立の高校へ進学したんだけど、学区域の問題とかもあって、あたしは極めてマイノリティーだった。新入生の7割から8割が地元のA中学かB中学からの子たちで、あたしと同じ中学から来たのは1割以下だった。その上、高校1年生のクラスで、あたしと「オナチュー(同じ中学)」だった5人のうち、4人は中学の時に他のクラスの子でほとんど知らない子だったし、唯一、中学の時に同じクラスだった女の子、T美も、中学の時には何かの授業で同じ班になった時に、必要最小限の会話しかしたことのないような子だった。

だから、あたしは、高校で新しいお友達を作ろうと思ったんだけど、マジョリティーなA中学やB中学から来た子たちは、初日からワイワイと仲良くグループを作っちゃって、あたしみたいなヨソ者が入り込む余地なんかない。で、しばらくは様子を見ようかと思ってたのもトコノマ、あたしと同じくヨソ者感がマンマンだったT美が、急になれなれしくあたしに話しかけて来た。T美にとって、この異国情緒あふれるクラスの中で、あたしだけが「言葉の通じない海外で見つけた、たった1人の日本人」だったんだろう。

で、中学時代はほとんど話したこともなくて、彼女はあたしのことを苗字に「さん」を付けて呼んでたハズなのに、ここではショッパナから「きっこちゃん」と来たもんだ。中学時代、あたしのことを「きっこ」と呼んでたのは数人の親友だけだし、「きっこちゃん」と呼んでたのも限られた身内だけだったのに、彼女にとって「異国で出会った日本人」のあたしは、ナニゲに「昔からの親友」に昇華しちゃったみたいだ。

でも、あたしもそれなりに心細かったので、中学時代には苗字に「さん」を付けて呼んだことしかなかったT美のことを「Tちゃん」なんて呼んじゃって、あたしとT美は、高校の初日から「中学時代から仲の良かった親友」を演じるハメになった。ま、それがキッカケで、T美とはホントに仲良くなったんだから別にいいんだけど、そんなことよりも何より強烈だったのが、あたしのクラスに、A中学で勉強もスポーツもトップクラスのモテモテ男がいたことだ。

25年以上も経って、もう完全に時効だと思うから、今回は本名で書いちゃうけど、その彼は「栗林くん」て言って、今で言うと、顔は俳優の反町隆史とかジャニーズの亀梨和也みたいな感じのワイルド系で、でもメガネを掛けてるインテリ系で、勉強がメッチャできるのに、高校でも中学からやってたテニス部に入って、まさに少女マンガのヒーローみたいな男の子だった。当然、A中学から来た女の子たちは、栗林くんと同じクラスになれたことで狂喜乱舞してたし、B中学から来た女の子たちも騒いでたし、女の子だけじゃなく、男の子たちも我れ先に栗林くんの取り巻きになろうとしてた。栗林くんと仲良くなれれば、自分もオコボレにあずかれるとでも思ったんだろう。


‥‥そんなワケで、高校1年生の1学期、あたしのクラスは「栗林くんフィーバー」が吹き荒れた。休み時間のたびに、栗林くんの席の周りには何人ものクラスメイトが取り囲み、昼休みにはヨソのクラスから栗林くんを見に来る女の子たちまでいた。部員が少なかったテニス部も、栗林くんが入部したとたんに、一気に20人以上も部員が増えた。何よりもぶっ飛んだのは、栗林くんがお昼に購買部で焼きそばパンを買ったら、それからと言うもの、焼きそばパンが人気になって、連日、アッと言う間に売り切れるようになったことだ。

で、あたしはと言えば、今だからこそクールな書き方をしてるけど、当時は、あたしもミーハーの1人だった。さすがに、自分から積極期に声を掛けることなんてできなかったけど、T美と2人になると、いつも話題は栗林くんのことだった。何の授業でも、先生に指されると落ち着いた口調で理路整然と回答する栗林くんのことを、あたしはマジでカッコイイと思ってた。でも、その反面、勉強もスポーツも万能で、その上、外見もカッコ良くて異性からも同性からも憧れられてる栗林くんのことを、どこか面白くないと思ってる自分がいることにも気づいてた。

そして、1学期が終わって夏休みに入り、あたしはバイト三昧の生活が始まり、しばらくの間、栗林くんのことは忘れてた。あたしは、中学生の時に続けてた新聞配達のバイトを高校生になってやめたから、高校では夏休みと冬休みに重点的にバイトをして、それで自分の学費を払い、残りをぜんぶ母さんに渡してた。今だから言うけど、年齢をごまかして夜のバイトもやった。毎日、朝早くから夜遅くまで働きづめの母さんに、少しでも休んでほしいと思ったからだ。


‥‥そんなワケで、2学期が始まると、ナニゲに面白い授業が始まった。今なら「ディベート」って言葉を多くの人が知ってると思うけど、25年前のあたしたちは「はあ?」って感じで、最初は何のことだか理解できなかった。先生が言うには、アメリカの高校などでは普通に行なわれてる授業で、毎回、1つのテーマを決めて、それについて「賛成」と「反対」で討論するというものだそうだ。今では多くの高校でやってると思うけど、当時は斬新で、あたしの高校では、「試しに一時的に導入してみる」的な感じで、月に2回、2週間に1回の討論会だった。

クラスをAからFまでの6つの班に分けて、その中から2つの班を選ぶ。たとえば、今回、A班とB班が選ばれたら、C班からF班までは傍聴に回る。で、たとえば、今回のテーマが「日本の成人年齢の20歳を18歳に下げるべきか」っていうのだったら、A班は「下げるべき」、B班は「下げるべきではない」ってことに決められて、その前提で討論して、相手を納得させなきゃならない。だから、自分の意思や考えとは関係ない。あたしが「成人年齢は下げたほうがいい」って思ってても、あたしがB班なら自分の考えとは逆の「下げるべきではない」ってことを力説しなきゃならないのだ。これが今で言う「ディベート」ってワケで、当時のあたしたちは「討論会」と呼んでた。

で、今ならインターネットがあるから、パソコンがあればその場でいくらでも情報やデータを集めることができるけど、当時はインターネットなんかない。だから、事前にテーマが出される。その回の討論会が終わると、先生が次回の2班を決めて、次回のテーマを発表する。今回、A班とB班が「成人年齢の引き下げ」について討論したとしたら、先生が「次回はC班とD班、テーマは『原子力発電を今後も推進すべきか』です」って発表する。

ここでのポイントは、次回のC班とD班のどちらが「賛成」でどちらが「反対」になるのか、この時点では分からないということだ。だから、C班のメンバーもD班のメンバーも、自分たちが「賛成」になった場合と「反対」になった場合を想定して、両方のパターンの情報やデータを2週間後までに収集しなきゃならない。図書館に行き、原発関連の書籍をカタッパシから読んで、原発の長所と短所をそれぞれノートに書き写し、どちらの立場になっても相手を論破できるだけのネタを仕入れなきゃならない。

だけど、ここからが「ディベート」の面白いとこで、条件的には明らかに劣勢な立場であっても、相手がモノゴトを理論立てて話すのが苦手な人で、こっちが立て板に水の屁理屈野郎だったりすると、うまいこと相手を言いくるめることができちゃうのだ。あたしの高校の討論会では、最終的には傍聴に回ってた4班の人たちが挙手をして優劣を決めてたから、ようするに「口が達者な人がいる班」に軍配が上がることが多かった。


‥‥そんなワケで、高校1年生の2学期から、突然、始まった「討論会」なんだけど、ようやくみんなが慣れ始めた4回目、とうとうあたしの所属するF班に順番が回って来た。相手は、ナナナナナント!あの栗林くんがいるB班だった。あたしたちF班は初めてだけど、B班は最初に討論してて、その時は、B班のエースである栗林くんが、立て板に水の大演説で相手を論破して、ミゴトに勝利してたのだ。つまり、相手は2回目で、あたしたちは初めてで、すでにハンデがあったワケだ。

あたしたちに出されたテーマは、「死刑制度の是非」という重たいもので、今ならともかく、高校1年生のあたしにとっては、自分とは無関係の遠い世界の話だった。でも、あたしは、同じ班だったT美と何度も図書館に行き、学校の図書館じゃ足りないから区の図書館にも行き、死刑に関する本を読みあさった。そして、死刑制度の長所と短所を箇条書きにして、班のメンバーを半分に分けて、「賛成」と「反対」とで討論会のシミュレーションまでやった。

討論会は、班のメンバーが好き勝手に発言するんじゃなくて、代表同士が順番に主張して、決められた質問タイムに相手に質問する形なので、とりあえず、あたしたちF班の代表を決めなきっゃならない。相手のB班は、絶対に栗林くんが代表だから、あたしたちは栗林くんに負けないような口の達者な代表を選ばなきゃならない。だけど、あたしのF班は、言っちゃ悪いけど、クラスでも地味な人たちの集まりだった。だから、必然的に、あたしが代表にならざるをえなかった。


‥‥そんなワケで、ついに決戦の時が来た!‥‥ってのは大ゲサで、あたしたちF班のメンバーも、相手のB班のメンバーも、他の班の人たちも、誰も大して何とも思ってなかったけど、討論会の日がやって来た。最初のクジ引きで、あたしたちF班は「死刑制度に賛成」で、相手のB班が「死刑制度に反対」になった。ま、どっちでもいいんだけど、あたし的には「死刑制度に賛成」だったから、あたしは自分の思ってることを素直に主張をすることになった。

さすがは栗林くん、あたしたちが調べたことはすべて調査済みで、ノートを見ながら、先進国の中で死刑制度を廃止した国々を挙げ、その理由や現状などを述べて行き、死刑制度がいかに非人道的であるか、死刑制度が国家による殺人であることなどを淡々と話して行き、自分の持ち時間ピッタリに着席した。それを受けてのあたしは、ある程度は言うことを準備してたのに、栗林くんの主張があまりにも素晴らし過ぎて感心しちゃってたから、すでにヘビに睨まれたカエル状態だった。

今、思い出しても赤面しちゃうほど噛みまくり、自分でも何を言ってるのか分からなくなり、隣りのT美から「落ち着いて!」って言われたことで、さらに焦りまくっちゃって、ここ一番に用意しといたオヤジギャグで大スベリして、もはや絶体絶命!あたしはワケが分からなくなり、「とにかく死刑は必要です!何が何でも必要です!必要だったら必要です!」とか言っちゃって、もうボロボロの支離滅裂!

そして、クラス中の誰もが、あたしたちF班の大惨敗だと確信した瞬間、静かに立ち上がった栗林くんが、人差し指でメガネをスッと持ち上げて、勝ち誇った顔で、こう言ったのだ。


「このままじゃ議論が水平線なので、この辺で決を採りましょう」


えっ?「水平線」って?‥‥あたしは席に座ったまま、反射的に言っちゃった。


「水平線って何だよ!それを言うなら平行線だろ?」


一拍おいて、クラス中が大爆笑!先生まで大爆笑!数秒前まで勝ち誇った顔をしてた栗林くんは、顔を真っ赤にして下を向いてる。結局、議論ではあたしたちF班が完全に負けてたんだけど、最後の「水平線」のバカ受けで、F班の勝ちに挙手してくれた人が少しだけ多くて、あたしたちは討論会に勝っちゃったのだ!


‥‥そんなワケで、この討論会に勝ったとか負けたとかはどうでもいいんだけど、そんなことよりも、気の毒なのは栗林くんだ。栗林くんは、この言い間違いが原因で、翌日から「ホライズン栗林」というアダ名を付けられてしまい、わざわざ廊下や体育館や校庭で、彼のことを大声で「おーい!ホライズーン!」なんて呼ぶ男子まで現われて、彼の恥ずかしい言い間違いは、他のクラスの女の子たちにまで知れ渡っちゃった。男子の中には、勉強もスポーツもできる上に、二枚目で女の子にモテモテの栗林くんのことを、内心、面白く思ってなかった子も少なくなかったのだ。結局、栗林くんは、卒業するまで「ホライズン」と呼ばれ続け、風の噂によると、大学でも「ホライズン」と呼ばれてたらしい‥‥ってなワケで、たまたま聴いた深夜放送をキッカケに、こんなバカバカしい出来事を、25年ぶりに思い出しちゃった今日この頃なのだ(笑)


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2014.04.04

百害あって一利なしのアベノミクス

こないだ、たまたま用事でコンビニの近くの知り合いの家まで原チャリで出掛けたので、ついでに「プリキュア新聞」を買うためにコンビニに寄った。入口の脇の新聞ラックから「プリキュア新聞」を一部取り、それを持ったまま店内をグルリと見て回ると、お菓子のコーナーに大好物のかっぱえびせんの期間限定商品的な「エバラすき焼きのタレ味」ってのを発見した。ふだんは節約のためにガマンするんだけど、ここんとこ、ずっとオヤツなんて買ってなかったし、4月になったら消費税が増税されるのでお菓子なんてメッタに買えなくなっちゃうから、増税前の最後の贅沢ってことで、思い切って買うことにした。

で、2つの商品を持ってレジに行くと、お会計が「444円」だったから、あたしは「確変じゃないけどフィーバーした!」って思って、ちょっと嬉しくなりつつ、原チャリを飛ばしてお家に帰って来た。そして、お茶を淹れて一服しながら、お財布からレシートを取り出して、ジャポニカ学習帳の「れんらくちょう」を横向きにして利用してる家計簿に、買ったものを記入した。


「え~と、かっぱえびせんのエバラすき焼きのタレ味が124円で、プリキュア新聞が‥‥‥‥えっ?ええっ!」


「プリキュア新聞」は300円のハズなのに、レシートには「320円」て書いてある!ビックリしたあたしは、慌てて買ってきた「プリキュア新聞」を見ると、一面の上部の新聞名の左に、ピンク色で大きく「320円」て書いてあった!第1号の2013年の「春号」は300円、第2号の2013年の「秋号」も300円だったのに、今回の第3号、2014年の「春号」は320円に値上がりしてる!


Ps3


百歩ゆずって、これが4月1日以降の話なら、消費税の増税のセイだと思って諦めもつくし納得もできる。でも、この時は、まだ3月だ。つまり、消費税の増税とは関係なく、ただ単に値上げしたワケだ。全体のページ数も、カラーの割合も、真ん中に全面開きの付録が入ってる点も、すべて前号や前々号と同じだから、これはどう考えても、アベノミクスによる円安の進行によって、輸入パルプの価格が高騰したシワ寄せだ!ふざけんな!天ぷら野郎!‥‥って感じの今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、もともと高値の花‥‥じゃなくて、高嶺の花の高級ブランド品なんかがいくら値上げしようが、あたしには関係ない。だけど、こうした身の回りのものが値上げされると、たとえ5円、10円でも腹が立つし、大迷惑だ!それも、こともあろうに、あたしの愛読してる唯一の新聞、「プリキュア新聞」が値上げするなんて、ホントにホントにホントにホントに腹が立つ!

念のために書いとくけど、あたしが腹を立ててるのは、あくまでも無能な経済政策で物価をカタッパシから引き上げてくれた天ぷら野郎に対してであって、間違っても「プリキュア新聞」や発行元の「日刊スポーツ新聞社」じゃない。「プリキュア新聞」を作ってる人たちや発行元の「日刊スポーツ新聞社」に対しては、こんなに素晴らしい新聞を作ってくれてることに感謝してるし、さらに言えば、発行元だって、値上げせざるをえない原因を作ったアベノミクスに腹を立ててるハズだ。

さっきも書いたように、これが消費税の増税による値上げであれば、他のものも一緒に値上げになるワケだから、あたしは、まあそれなりにガマンできる。だけど、経済音痴の天ぷら野郎が周囲のウケウリで始めた時代錯誤の政策のシワ寄せで値上げされるなんて、マジで大迷惑だ!‥‥ってなワケで、「毎日使うもの、毎日買うものならともかく、1年に2回、春と秋に発行される新聞が20円値上げしただけで、1年にたった40円なのに、何でそんなに怒ってるの?」って思った人もいるかもしれないけど、これは、あたしだけの問題じゃない。

たとえば、1ヶ月のお小遣いが300円の女の子が、今月は「プリキュア新聞」が発行になる月だからと、食べたいお菓子もガマンして、1円も使わずに大切に取っておいた百円玉3枚を握りしめて、発行日にコンビニに買いに行ったとする。そこで、初めて320円に値上がりしていたことを知り、お金が足りなくて買えずに、ガックリと肩を落としてトボトボと帰って行く。半年間も楽しみにしてたのに、これほどかわいそうなことはない。

もちろん、お母さんに話して、特別にあと20円もらって、次の日に買いに行くことはできるかもしれない。だけど、「値上げ」という大人の勝手な事情によって、半年間もワクワク楽しみにしていたものが買えなかったという事実は、幼い女の子の純粋な心に深い傷をつけることにもなりかねない。人一倍、想像力が豊かなあたしは、今回、こうした女の子が全国に何百人もいたんじゃないかと思って、天ぷら野郎への憎しみが燃え上がっちゃうのだ。


‥‥そんなワケで、実際の話、極めてマニアックな「プリキュア新聞」が300円から320円に値上がりしたところで、世の中的には特に変化はない。あたしが1人で頭から煙を出して活火山のごとく怒ってるくらいで、世の中には、こんな新聞があること自体、知らない人のほうが圧倒的に多いだろう。だけど、そうした人たちは、いつも食べに行ってる、お気に入りのお蕎麦屋さんのメニューが、軒並み値上がりしたらどうだろう?いつも買いに行ってる、お気に入りのパン屋さんのパンが、軒並み値上がりしたらどうだろう?

あたしがタマに買いに行く手作りのパン屋さんは、ここに越して来てから初めて買いに行った1年ちょっと前には、アンパンやカレーパンが140円、食パンとフランスパンが320円だったんだけど、その時点では、「この店は今年でちょうど10年目になりますが、パンの値段はすべてオープンした時のままで、一度も値上げしていません」とのことだった。そして、「できるだけ今のままの値段でやって行きます」と言ってた。

だけど、アベノミクスによる円安の進行で、小麦粉や植物油を始めとした原材料の価格が高騰し続けたため、去年の夏、仕方なく値上げを断行した。春に小麦粉などが値上がりした時は、何とか踏みとどまったんだけど、その後の二度目の値上げで、もう、どうしようもなくなったそうだ。そして、アンパンやカレーパンが160円になり、食パンとフランスパンが360円になり、他のパンもすべて、20円~40円の値上げになった。

ご主人いわく、「これは原材料や光熱費など、すべて原価の値上げぶんを価格に上乗せしただけで、利益はまったく乗せていません。それどころか、商品によっては、以前よりも利益率が低くなったものもあります」とのことだった。この説明がホントなら、ある程度は値上げによって売り上げ個数が減るだろうから、そのぶん利益が少なくなる。原材料の高騰による小売り単価の値上げは、あたしたち消費者だけでなく、小売業者も大きな負担を強いられるのだ。

そして、今回の消費税の増税だ。このパン屋さんのパンの値段は、今までは5%の消費税を含んだ「内税」だったから、160円のアンパンなら160円、360円の食パンなら360円、あたしたち消費者は値札通りの値段で買うことができた。だけど、4月1日からは消費税が8%に増税されたから、増税ぶんの3%を上乗せすると、160円のアンパンは「164.57円」になり、360円の食パンは「370.28円」になる。そして、1円以下の硬貨はないから、アンパンは「165円」、食パンは「370円」に値上げするしかない。

でも、パン屋のご主人は、今回は値上げはしないと言う。去年、値上げしたばかりなのに、こんなに連続して値上げするなんて、とてもじゃないけどできないと言う。つまり、今回の増税ぶんは、自腹を切って、少ない利益の中から捻出すると言うのだ。あたしが「物価の高騰と消費税の増税について世の中の動向を調べるために、個人商店の人たちの話を聞いて回っている」と説明したら、パン屋のご主人はいろいろなことを話してくれたので、ザックリとまとめてみると、次のようになる。


「コンビニやスーパーに行けば、大手メーカーの安いパンがいくらでもあります。それでもうちに買いに来てくれるお客様は、多少値段が高くても、添加剤などを極力使っていない安全で美味しい手作りのパンを食べたいと思う人たちです。中には、開店当初から、1日置きに、週3回も食パンを買いに来てくださるお客様もいます。うちのような小さな店は、そうした常連さんたちに支えられて成り立っているのです。それなのに、開店からずっと据え置きでやってきた価格を、去年、仕方なく値上げしたばかりなのに、今回また値上げして、来年の10月にもまた増税されて値上げすることにでもなったら、完全に商売が成り立たなくなってしまいます。かと言って、原価を抑えるために原材料の質を落としたり、量を減らしたりすることもできません。これ以上、負担が増えたら、もう店を畳むしかありません」


‥‥そんなワケで、マスコミの多くは「消費税が5%から8%になった」ということしか報じず、あたかも「いろいろな商品の価格がわずか3%だけ高くなった」という印象を広めてるけど、このパン屋さんの例を見れば分かるように、4月1日に消費税が増税される前に、すでにいろいろなものが大幅に値上がりしてるのだ。あたしが買ってるキャットフードにしても、628円だったものが去年の時点で698円に値上がりして、今回の増税で730円に値上がりした。比率で言えば、増税前にすでに10%も値上がりしてて、その上でさらに3%値上がりしたことになる。こうした傾向は、利益率が大きな高級品よりも、薄利多売の日用品に多く見られるから、お金持ちよりも、あたしたち庶民が大打撃を受けてるのだ。そして今日は、資金繰りに行き詰まっていた新潟県のスーパーが、消費税率の変更に対応できる新型のレジに買い替えることができずに倒産した、というニュースが伝えられた。あたしたち消費者だけでなく、小売店や中小企業にとっても「百害あって一利なし」のアベノミクスだけど、時代錯誤の金融政策の被害がどれほど拡大しても、昼間から赤坂の高級店で1万5000円もする天ぷらを堪能してるような総理大臣には、どうせ他人事なんだと思う今日この頃なのだ。


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2014.03.30

冤罪事件と原発事故

1966年に起きた4人の殺害事件で死刑を言い渡され、死刑囚として長期間拘置されていた袴田巌さん(78)が、3月27日、48年ぶりに釈放された。だけど、これは、無実が証明されたワケじゃなくて、再審が認められた、つまり、袴田さんを有罪とした判決が100%正しいとは言えないので裁判をやり直す‥‥ってことが、ようやく認められたということだ。だから、袴田さんがホントの意味で自由になれるのは、今後の再審で無罪判決を勝ち取り、自分を有罪とした判決が誤りだったと証明できた時ということになる。

で、袴田さんの事件に関しては、あたしは以前から「冤罪だ」と言い続けて来たし、事件の概要から現在の状況まで、いろんな媒体で報じられてるので、今回はすべて割愛する。過去に書いたことや他でも書かれてることを繰り返しても、意味がないからだ。それよりも、あたしは、袴田さんの無実が確定されたあとのことを考えてみようと思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、袴田さんは、1966年の事件発生の直後、30歳の時に逮捕されて、78歳の今まで48年間も自由を奪われてた。こんなこと書くと「不謹慎だ!」って言われちゃうかもしれないけど、これは、死刑囚が拘置され続けた期間としては「世界最長記録」だそうだ。終身刑や無期懲役なら、もっと長い記録があるけど、死刑囚の場合は、これほど長期間、刑が執行されないケースは珍しい。

で、話はクルリンパと戻るけど、袴田さんの無罪が確定されれば、袴田さんには、この48年間という時間に対する補償金が支払われる。日本では、冤罪で身柄を拘束してしまった場合の補償金として、1日あたり1000円~12500円という金額が刑事補償法で定められてる。

1991年に逮捕されて2009年に釈放されて再審で無罪が確定した「足利事件」の菅家利和さんは、この場合、「満額」という言葉が適当かどうか分からないけど、法で定められた最高額、1日あたり12500円×17年半=約8000万円が支払われた。だから、袴田さんの場合も、再審で無罪が確定すれば、法で定められた最高額が支払われると思われる。48年間だから、約2億2000万円だ。

あなたは、これらの金額をどう思う?もしもあなたが、まったく身に覚えのない罪で逮捕されて、ずっと無実だと叫び続けてるのに17年半も自由を奪われて、あとから無実だったと分かったからって、8000万円もらって納得できる?48年間も自由を奪われて、2億2000万円もらって納得できる?

さらに言えば、菅家さんは17年半だから8000万円、袴田さんは48年だから2億2000万円‥‥と言っても、この2人には大きな違いがある。菅家さんの場合は「無期懲役」の判決を受けて刑務所に服役していたのだから、他の受刑者たちと一緒の雑居房で生活をしていた。昼間は決められた作業をして、夜はわずかでも他の受刑者と会話をしたり将棋を楽しんだりする自由時間があった。一方、袴田さんの場合は「死刑囚」なので、48年間、ずっと誰とも会話のできない独房に閉じ込められていたのだ。そして、何よりの違いは、来る日も来る日も「今日、死刑になるのか?」という恐怖と向かい合わせで生活していたということだ。

日本では、死刑の執行は「平日の午前10時ごろ」に行なわれるけど、本人には当日まで知らされない。当日の朝9時ごろに知らされ、その1時間後に執行される。だから、日本のすべての死刑囚は、毎週月曜日から金曜日まで、毎朝8時半を過ぎると耳を澄ませて、コツコツという足音が近づいてくると恐怖を感じ、その足音が自分の独房の前を通り過ぎるとホッとして、「ああ、今日1日、生き延びられた」と思うそうだ。

死刑囚が、唯一、少しだけリラックスできるのが、金曜日の午前9時過ぎからの3日間だと言う。金曜日の朝に執行されなければ、土曜日と日曜日は執行がないから確実に生きられる。だから、この3日間だけは、少し心に余裕ができるそうだ。だけど、この3日間が終われば、また、恐怖と向かい合う5日間が始まる。こんな状態で、何年も何十年も独房に閉じ込められていたら、どんなに精神力の強い人でも、頭がどうにかなってしまうだろう。本当に何人もの命を奪った凶悪犯であれば、これは自業自得だから仕方ない。だけど、どこかの誰かが犯した凶悪犯罪の濡れ衣を着せられ、無実の罪で「死刑囚」にさせられた人にとって、これほどの地獄があるだろうか?

刑務所に服役した場合、「懲役何年」という有期刑であれば、あと何年で仮釈放が付く、あと何日で出られる、という希望を持って日々を送ることができるし、「無期懲役」であっても仮釈放が付いて出られるケースもある。だけど、「死刑囚」の場合は、真っ暗な部屋に差し込んで来る、糸よりも細い「再審」という光しか希望がない。それも、来る日も来る日も死と隣り合わせの日々を送りながら、その光が差し込む日を待ち続けているのだ。

つまり、同じ「冤罪」でも、「懲役刑」を受けて刑務所に服役したケースと、「死刑」を受けて拘置所に長期拘置されたケースでは、精神的な重圧が大きく違うということだ。それなのに、どちらのケースも最高で1日あたり12500円という一律の補償金は、あたしは絶対におかしいと思う。つーか、1日12500円なら、ちょっと時給のいいバイトで稼げる金額だし、年収にすれば456万円だ。これは、現在の公務員の平均年収、663万円よりも遥かに低い。間違った捜査や取り調べをした警察や検察、間違った判決を下した裁判所、これらの加害者たちの収入よりも、被害者への補償金のほうが低いのだ。これほどふざけた話はない。


‥‥そんなワケで、アメリカのニューヨーク州の南東部にあるロングアイランドに住んでいたマーティン・タンクレフさん(42)は、17歳だった1988年、自宅に押し入った何者かによって両親が殺害されてしまった。17歳の少年にとって、これほどショックな出来事はないだろう。それなのに警察は、このマーティンさんを犯人として逮捕し、裁判所が実刑判決を下したため、マーティンさんは長い刑務所生活を送らされることになった。

逮捕時から無実を訴え続けていたマーティンさんの声は届かず、辛く苦しい刑務所生活が続いていたけど、逮捕から19年目、服役してから17年目の2007年、新たな証拠が見つかったことで再審が認められて無罪が確定、マーティンさんはようやく触れ衣を晴らすことができたのだ。この時、マーティンさんは36歳になっていた。

そして、無罪が確定して自由の身になってから7年後の今年1月、マーティンさんと弁護団が州政府に対して起こしていた「冤罪による服役に対する補償」の訴訟が和解して、州からマーティンさんに337万5000ドル(約3億5000万円)が支払われた。

「足利事件」の菅家さんは17年半で8000万円、マーティンさんは17年で3億5000万円、いくら国が違うとは言え、この金額の違いを見れば、日本の刑事補償法で定められてる金額が、いかに低いか、いかに時代に即していないか、よく分かると思う。でも、金額だけで言えば、日本でも特殊なケースがある。たとえば、「郵政不正冤罪事件」の村木厚子さんのケースだ。元厚生労働省局長だった村木厚子さんは無実の罪で逮捕、勾留されたけど、164日の勾留に対する賠償金として、国は村木さんに3770万円を支払ったのだ。

1日12500円なんだから、ホントなら164日で205万円しか支払われないハズなのに、それより3500万円も多く支払われてる。菅家さんは17年半で8000万円だけど、村木さんは約5ヶ月間で3770万円、この違いは、いったい何だろう?これは、刑事補償法による「補償金」ではなく、村木さんが国に対して起こした損害賠償請求の訴訟に対する「賠償金」なので、正確に言えば性質の違うものだからだ。

だけど、それなら、5ヶ月間勾留された村木さんの42倍の17年半も服役した菅家さんが、国に対して損害賠償請求の訴訟を起こしたら、国は3770万円の42倍の15億8340万円を菅家さんに支払うのだろうか?村木さんの115倍の48年も拘置された袴田さんが、国に対して損害賠償請求の訴訟を起こしたら、国は3770万円の115倍の43億3550万円を袴田さんに支払うのだろうか?もちろん、絶対に支払わないだろう。


‥‥そんなワケで、村木厚子さんのような特殊なケースを除けば、冤罪被害者への補償や賠償は、とても十分とは言えないと思う。村木さんは、3770万円の賠償金だけでなく、職場に復帰して元通りの幸せな生活に戻ることができたけど、菅家さんや袴田さんのように服役や拘置が長期間に及んだ場合は、元の生活に戻ることはできない。長期間、自由を奪われた冤罪被害者にとっては、何よりも「奪われた時間を返してほしい!」というのが本音だと思う。だけど、それは現実的に無理なので、代わりにお金で補償するワケなのだから、それなら、もっと手厚く補償すべきだと思う。

さっきあたしは、日本の公務員の平均年収は663万円だって書いたけど、これはあくまでも全国の様々な公務員の平均年収であって、間違った判決で無実の人間に濡れ衣を着せた「加害者」である裁判官たちは、みんな数千万円もの年俸をもらってる。一般的な判事でも年収は1000万円以上、東京高裁なら3000万円、最高裁なら5000万円以上もの年俸をもらってる。総理大臣や東京都知事よりも、最高裁の判事のほうが高額の年俸をもらってるのだ。

そして、この5000万円以上という最高裁の判事の年俸も、冤罪被害者に支払われる1年に456万円という補償金も、どちらも原資はあたしたちの納めてる税金だ。あたしは、この金額を逆にすべきだと思うし、冤罪が分かった場合には、国民の税金ではなく、その判決を下した裁判官や、間違った捜査や取り調べをした警察や検察の担当者が自腹で賠償するのが筋だと思う。


‥‥そんなワケで、冤罪事件の場合、加害者は警察と検察と裁判所なのに、これらの加害者には被害者への賠償責任はない。賠償どころか、被害者への補償金でさえも国民の税金で賄われ、加害者たちは何のオトガメもなしだ。あたしは、これって、今の原発事故と同じだと思う。福島第一事故の責任は、原発を推進してきた政府と東京電力なのに、政府も東電も誰1人として責任を取っていない。そして、莫大な除染費用や汚染水対策費用の大半は、国民の税金で賄われてる。被害者である国民が、加害者である東電の尻拭いをさせられてるのだ。こんなバカな話ってある?警察と検察と裁判所が寄ってたかって無実の人を有罪にしても、安全対策が不十分の原発を強引に稼動させて大事故が起こっても、すべて国が税金を使って後始末をしてくれるなんて、まるで「加害者救済システム」だ。あたしは、冤罪事件にしても原発事故にしても、まずは責任の所在を明らかにして、加害者にちゃんと責任を取らせるのが、どちらも「再発防止」への最善策だと思う今日この頃なのだ。


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