2018.06.22

妖怪が信じられていた時代

子どもの頃って、現実と非現実、ノンフィクションとフィクションの区別がつかないから、現実に起こったことと同じように、非現実的な創作の世界にも興奮していた。もっとも分かりやすい例を挙げるとすれば、「恐竜」と「怪獣」だ。ティラノザウルスやトリケラトプス、ブロントザウルスやプテラノドンなど、地球上に人類が誕生するずっと前、今から2億3000万年前から6550万年前までにかけて地球上を支配していた恐竜たちは、実際にいた生物なのだから「現実」だけど、映画やテレビに登場するゴジラやラドン、ガメラやギャオス、バルタン星人やガラモンやレッドキングなどは、どう考えても実在しないフィクションだ。

でも、幼稚園の頃のあたしたちって、この違いが分からなくて、ティラノザウルスとゴジラ、プテラノドンとラドンの区別がつかなかったと思う。ティラノザウルスが実在したのならゴジラもどこかにいるんじゃないか、プテラノドンが実在したのならラドンもどこかにいるんじゃないかって思っていた。子ども時代にリアルタイムで『ウルトラQ』や『ウルトラマン』を観ていた世代の人たちだって、さすがにお金に執着する人がお金を食べるカネゴンになってしまうなんて信じた人は少なかったと思う。でも、その一方で、夜の誰もいない遊園地に行くと、不気味なケムール人がスローモーションで走っていて、そのケムール人の流した液体を踏むと自分が溶けて消えてしまうということを、けっこう本気に信じてビビッていた人もいたと思う。

これって、子どもならではの感覚で、同じ妖怪でも、ぬりかべや一反木綿やカラカサは実在しないと思っていても、座敷わらしや河童ならどこかにいるかもしれないと思っちゃうのだ。ようするに、大人にもあるリアリティーの判断なんだけど、子どもだから判断の基準が大人よりも低くて、ワリと何でも実在すると思っちゃう。たとえば、妖怪なんて怪獣と同じで人間の創作なんだから、いるわけないと思っている大人でも、幽霊や霊魂は存在すると信じている人も多い。そして、もっと言えば、幽霊はいないと思っていても霊魂は存在すると思っている人もいる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、妖怪はともかくとして、幽霊や霊魂に関しては、まだ現代の科学では立証できない未知のことだから、「いる」とも「いない」とも言い切れない。だけど、あたしは幽霊の存在を信じている。理由は簡単、実際に見たことがあるからだ。それも、あたしが1人で見たのなら目の錯覚とかの可能性もあるけど、何人もで一緒に見たワケだし、それも、けっこう長い時間、みんなで同時に見たから、これは間違いない。ま、あたしの話は置いといて、現代の日本で妖怪の存在を本気で信じている大人はメッタにいないと思うけど、遥か昔の時代には、日本でも中国でも他の国々でも、妖怪や幽霊や妖精などの存在が普通に信じられていた。

日本では、江戸時代くらいまで、病気や自然災害などは妖怪や呪いなどが原因だと信じられていた。たとえば、台風は風神が起こすもの、雷は雷神が起こすもの、雨が降らずに日照りが続いて凶作になるのは日照り神の仕業、洪水は大蛇の仕業、山の土砂崩れは土蜘蛛(つちぐも)の仕業、峠越えの山道での落石は天狗の仕業‥‥などなど、他にもたくさんある。また、もっと小さな規模の日常での不思議な出来事も、その多くが妖怪の仕業だと信じられていた。

たとえば、川で誰かが溺れたら河童の仕業、歩いていて何にも触れていないのに腕や足に切り傷ができたら鎌鼬(かまいたち)の仕業、川の近くでシャカシャカという音が聞こえてきたら小豆洗いの仕業‥‥などなど、これまた他にもたくさんある。狐や狸に化かされたなんてのは日常茶飯事だった。そして、こうした妖怪たちの存在が本気で信じられていたからこそ、歌舞伎や浄瑠璃などで『番町皿屋敷』や『おいてけ堀』を始めとした演目が、子どもだけでなく大人たちにこそウケていたのだ。

漫画にしろアニメにしろ実写にしろ、怪獣モノや妖怪モノが作られ始めた当初の作品の大半は、子ども向けに作られていたから、ある意味、出落ちのような作品も多かった。『大怪獣ホニャララ』という子供向けの実写映画があったとしたら、子どもたちはその大怪獣が観たくて映画館へ行くワケだから、大怪獣ホニャララが登場した時点で、その作品の最大の見どころは終わってしまい、あとは人類たちが知恵をしぼって大怪獣ホニャララを倒すだけだ。『ウルトラマン』などのシリーズにしても、最終回を除いて、最後にウルトラマンが怪獣と戦って勝つことは決まっているので、子どもたちの最大の興味は、ストーリーじゃなくて、「今回はどんな怪獣が登場するのか」という点だったハズだ。

つまり、こんなことを言ったら語弊があるかもしれないけど、かつての子供向けの怪獣モノや妖怪モノの大半は、ストーリーにはそれほど重心は置かれていなかったことになる。それよりも、いかに強そうな怪獣を創作するか、いかに不気味な妖怪を創作するか、そっちのほうがストーリーよりも遥かに重要だったのだ。それは、子供向けだからというだけじゃなくて、最初からフィクションだと分かった上で観てもらう作品だと分かっていたからだ。だけど、妖怪や幽霊が本気で信じられていた江戸時代までは、妖怪や幽霊を登場させても出落ちは成り立たなかった。当時の人たちの多くが「本当にいる」と信じていた妖怪や幽霊は、その他の登場人物である武士や町人たちと同じで、ちゃんとした出演者の1人だったのだ。


‥‥そんなワケで、江戸時代までの妖怪話や幽霊話は、ストーリー自体がとてもよく練られていて、物語性という点では、妖怪や幽霊が登場しない普通の物語と何ら変わらないクオリティーだった。ようするに、大人の読者でも十分に楽しめる‥‥と言うか、大人の読者こそが楽しめる妖怪話や幽霊話が山ほどあったのだ。そして、その最高峰とも言えるのが、中国で清の時代にまとめられた『聊齋志異(りょうさいしい)』だ。妖怪や幽霊などの不思議な物語が好きな人は「おおっ!」、興味のない人には「はぁ?」って感じだと思うけど、作者は蒲松齢(ほ しょうれい)、モンゴル貴族の末裔の作家だ。清の時代なので、西暦で言えば1600年から1700年にかけてで、日本は江戸時代の初期だ。

不思議な話、奇怪な話が好きだった蒲松齢は、20歳ごろから旅人が訪れる宿場町の道端に腰掛けて、いろいろな地方からきた旅人に声をかけ、その人の地方に伝わる不思議な話や奇怪な話を聞き出し、それを自分で脚色して短編小説に仕上げる、ということをずっと続けた。そして、それをまとめたのが『聊齋志異』だ。ちなみに「聊齋(りょうさい)」というのは蒲松齢のペンネームで、「志異」とは「異なるものを志す」、つまり「聊齋が普通とは異なる物語を志してまとめた本」というニュアンスになる。とにかく、ものすごい量の短編集で、全12巻に収められている不思議な話、奇怪な話は、全部で490篇以上にも上る。

日本には江戸時代の後期に伝えられたけど、当時の日本では、海外の小説をそのまま翻訳するよりも、原作のおおまかなストーリーはそのままにして、細かい部分を日本人が読んでも分かるように改編する「翻案」が多かった。現代なら、そのまま翻訳しても読者は理解できるけど、当時の人たちに中国の地名や人名などは分かりにくかったし、中国ならではの食べ物や習慣などもピンとこないので、日本の地名に変え、日本の人名に変え、日本での出来事に改編したのだ。そのため、日本の江戸時代に起こった幽霊話だと思っていたものが、実は、当時の作家が『聊齋志異』の中の1篇を日本向けに改編した翻案だったりすることも多い。

そして、江戸から明治へと時代が変わっても、この『聊齋志異』に収められた短編を元にして翻案を書く作家がいろいろと続いていた。たとえば、森鴎外の妹で翻訳家の小金井喜美子は、『聊齋志異』の第1巻に収められている美しき妖怪の物語「畫皮(がひ)」を元にして「革一重」という短編を書き、ちゃんと「聊斎志異より」という但し書きを添えた上で自身の短編集『しがらみ草紙』(1890年)に収めている。ちなみに「畫皮」の「畫」は旧字体なので、現代では「画皮」と書く。他にも、芥川龍之介は第5巻に収められている「酒蟲」を元にして「酒虫」(1916年)という翻案を発表しているし、太宰治の「清貧譚」(1941年)や「竹青」(1945年)なども『聊齋志異』の中の短編を元にした翻案だ。

さらに時代が進むと、こうした翻案も現代風になってくる。たとえば、手塚治虫による漫画『新・聊斎志異』だ。これは、1971年に『少年キング』に「女郎蜘蛛(じょろうぐも)」と「お常」の2篇が発表され、16年後の1987年に「叩建異譚(こうけんいたん)」が発表されているけど、今でもネットで検索すれば公式サイトで最初のページを読むことができる。たとえば、「お常」は、ある大学の研究施設で猛毒の化学兵器を開発していて、動物実験のためにいろんな動物を飼育している。そして、その動物の世話係が孤児の少年なんだけど、ある日のこと、新たに狐が運ばれてきた。少年が狐を可愛がると、その狐も少年に懐き、それからというもの、不思議な女性が現われるようになる。しかし、少年には研究所の魔の手が伸びていた‥‥というストーリーで、ようするに妖狐の物語なんだけど、原作とはまったく違う作品に仕上がっている。ちなみに、この「お常」と「女郎蜘蛛」の2篇は、手塚治虫の『タイガーブックス』の第4巻に収められているので、今でも全編を読むことができる。

こんなふうに、日本では、長年にわたって、芥川龍之介から手塚治虫に至るまで『聊斎志異』の翻案が発表されてきたけど、日本でもこんな感じなのだから、本家の中国ではもの凄いことになっている。でも、中国の場合は、日本のように『聊斎志異』の中の短編を短編として改編するよりも、短編を大きく膨らませて壮大な作品に仕上げてしまうパターンが多い。そして、香港では、それを映像でやってしまう。有名なところでは、1987年に公開されたレスリー・チャンとジョイ・ウォン主演の『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』がある。これは『聊斎志異』に収められている「聶小倩(じょうしょうせん)」という幽霊話を元にした翻案作品だけど、そもそもが、この映画って、1960年に公開された『真説チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』という映画のリメイク版なのだ。つまり、香港では、手塚治虫が漫画で取り上げる10年以上も前に、すでに映画化していたってワケだ。

また、先ほど紹介した森鴎外の妹の小金井喜美子が翻案にした「画皮」は、とても人気のある作品なので、中国では2011年に『画皮 千年の恋』、2013年に続編の『画皮2 真実の愛』というテレビドラマになり、日本でもBSジャパンで放送され、今はDVDも出ているので、このブログを読んでいる人の中にも、観たことがある人がいるかもしれない。そして、このドラマの元になったのが、2008年に公開された映画『画皮 あやかしの恋』なのだ。ジョウ・シュンとヴィッキー・チャオが主演したこの映画は大ヒットしたので、これを元に連続テレビドラマを作ることになり、映画の製作スタッフが集められたというワケだ。


‥‥そんなワケで、さすがに全12巻もある『聊齋志異』を読破するのは無理でも、面白い短編を抜粋した日本版の『聊齋志異』なら、文庫本で気軽に楽しむことができる。そして、その中の1篇を元にして製作された映画『画皮 あやかしの恋』は、とっても素晴らしい作品なので、ぜひ観てほしい。妖怪が姿を現わすシーンはほんの一瞬だけど、妖怪の存在が信じられていた時代に書かれた原作が元になっているから、とにかく最初から最後までストーリーが楽しめるし、最後にはウルウルしちゃうほど感動する場面もあるし、大人が楽しめる作品だと思った。DVDは1000円くらいで買えるので、興味を持った人は、ぜひ観てほしい今日この頃なのだ♪


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