1分の重さ
25日の午前9時18分、兵庫県尼崎市のJR福知山線の快速電車が、塚口駅と尼崎駅の間で脱線し、線路脇のマンションに激突した大事故は、発生から20時間近く経った現在、59人の死亡が確認されていて、負傷者の数は440人を超えている。でも、まだ車両内には、たくさんの乗客が閉じ込められていて、それも、もっとも破損のひどい1両目なので、死亡者の数はまだまだ増えるだろうと言われている。各テレビ局は、午後からのドラマやバラエティーを特別報道番組に切り替え、ワイドショーやニュース番組は軒並み予定を変更して、1日中、この事故の様子を伝えていた。時間が経つたびに、救助活動が進むたびに、死亡者の数は、5人、10人と増えて行く。
こう言う大事故が起こると、各テレビ局は争って専門家を呼び、あーでもない、こーでもないって、事故の原因やら改善策やらを論じ合う。それはそれで大切なことなのかも知れないけど、湾岸戦争の時に引っぱりダコだった軍事評論家とか、飛行機事故が起こるとお呼びが掛かる航空専門家、地震のたびに出て来る大学教授なんかと同じで、何の役にも立たない口先番長たちにモットモらしいことを述べさせるのは、もっとアトからでもいいような気がする。まだ、たくさんの人たちが閉じ込められていて、今、この瞬間にも苦しんでいるって言うのに、電車の模型を手に持って、「今の電車はタテの力には強いけど、ヨコの力には弱いんです!」なんて力説されても、何だか違うような気がする。
それで、助け出された人たちのインタビューや、専門家たちのコメントを聞いてたら、今回の事故は、たった1分30秒の遅れを取り戻すために、運転士がスピードを出し過ぎたことが原因らしいって言う。線路に石が置いてあったとも言われてるけど、そんなことくらいで脱線なんかしないだろうから、やっぱり、一番の原因は、スピードの出し過ぎなんだろうか。そして、この運転士は、事故を起したひとつ手前の駅までの間で、1分30秒の遅れのうち、30秒を取り戻していたそうだ。F1のサーキットは、1周が5km前後だけど、たった1秒のタイムを縮めるだけでも至難のワザだ。それなのに、この運転士は、F1のサーキットの半分ほどの距離しかない1駅区間で、30秒ものタイムを縮めている。これは、通常よりも、4割から5割も速いスピードを出していたことになるそうだ。
テレビでは、この運転士が、まだ1年にも満たない経験しかないことや、以前にも駅の停止位置を行き過ぎてしまった前科などを何度も繰り返して伝え、運転士ひとりに罪を着せるようなニュアンスの発言をする人たちが多かった。だけど、この運転士だって、まさか事故を起そうとして運転してたはずもないだろうし、たった1分かそこらの遅れくらい、別に構わないと思うのに、なぜ、こんな無謀な運転をしたのだろうか。
実は、その原因が、JR西日本やJR東海に根付いている恐怖の体質なのだ。JR西日本やJR東海には、ずっと前から、異常とも言える職員管理体制があって、多くの運転士たちを苦しめて来た。それは、たった30秒でも、1分でも、規定の時間に遅れるようなことがあると、その運転士は、指導助役と言う役職の古株から、連日、教育と言う名の陰湿な嫌がらせを受け、徹底的にいじめられ続けるのだ。その中でも、特に酷いとされているのが、今回の事故が起こった「尼崎電車区」なのだ。
2001年8月31日、この尼崎電車区を担当していた服部運転士は、車掌から、「P電源が点灯している」と言う連絡を受け、その処置を済ませてから電車を発進させたために、1分ほど遅れてしまった。たったこれだけの理由で、服部運転士は、乗務停止処分となり、それから連日、「日勤教育」と言う名の嫌がらせが始まったのだ。服部運転士は、過去に一度も事故を起したことのない優良運転士だったのにも関わらず、日勤教育担当の山口指導総括助役は、「過去に起した事故についてレポートを書け!」と命令し、服部運転士が、事故を起したことはないと告げても、「レポートを書かなければ認めない!」と、現実的に無理なことを強要し続けた。そして、無理なレポートを何とか書こうと努力している服部運転士に向かって、「座ってるだけで給料がもらえるなんてうらやましいな」「この役立たず!」など、連日、朝から晩まで暴言で罵り続けた。片山指導助役は、「お前など首を吊っても知ったことか!」と言い放ったと言う。しかし、どんなに酷いことを言われても、たったひとことでも言い返そうものなら、乗務停止処分は永久に延長されて行くため、何を言われても、じっと耐え続けるしかなかったのだ。
この、人を人とも思わない山口指導総括助役たちのイジメが、5日間続いたあとの9月6日の朝、服部運転士は、体調不良を訴えて、休みを申請した。そして、その日の午後、心配した同僚の運転士が自宅まで様子を見に行き、自殺した服部運転士の遺体を発見したのだ‥‥。
たった1分、電車を遅らせただけで、それも、自分には何の非もなく、車掌の連絡を受けて適切な作業をしていたために遅れたのに、自殺するところまで精神的に追い込む「日勤教育」と言う名のイジメ。そして、服部運転士が自殺したことに対して、会社側は自分たちの過失を認めるどころか、「服部は借金苦で自殺したんや」とデマを広め、すべてをウヤムヤにしたのだ。
この尼崎電車区における人権を無視した「日勤教育」と言う名のイジメは、もちろん現在でも続いており、労働組合が何度も本社へ掛け合っているのにも関わらず、本社は、「調査をしたがそのような事実は無い」と言って、本当はすべて知っているのに、何年もこの事態を放置して来た。そして、同じ尼崎電車区における今回の大事故。たった1分の遅れを取り戻そうと、運転士にアクセルレバーを引き続けさせたのは誰なのか、本当の事故の原因は何なのか、真実は、誰の目にも明らかだろう。
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