銀座の街路樹たち
あたしは、ここ数年、週に1回は、銀座に行っている。連続のお仕事が入ったりすると、1週間、毎日行くこともある。デパートのお仕事だったり、ショップのお仕事だったり、ブライダルのお仕事だったり、モデル事務所に用事があったり、広告代理店に用事があったりと、その内容は色々だけど、青山、六本木に次いで、良く行く場所だ。
だけど、青山や六本木なら30分以内で行けるし、どんなに渋滞してても1時間は掛からないんだけど、銀座に行くのは時間が掛かる‥‥って言うか、銀座辺りまでは順調に着いたとしても、そこから目的地までが大変なのだ。細い道路はすべて一方通行だし、ヘタな時間に行くと、タクシーと恐い人の乗ったベンツの大渋滞になってて、ぜんぜん前に進まない。あたしの行きたいビルは、もう目の前に見えてるって言うのに、そこまで辿り着くのに30分、パーキングの順番待ちに30分、なんてことも日常鮭茶漬けだ。だから、お仕事の時は重たい道具があるので、車で行くしかないけど、打ち合わせとかの場合は、電車で行くことが多い。
どんなお仕事でも、遅刻は絶対に許されないだろうけど、あたしのお仕事の場合は、特に時間には厳しい。先方が、分刻みで動いてたりするから、遅刻はもちろんのこと、早過ぎるのも厳禁なのだ。だから、あたしは、必ず、30分以上は早く着くようにして、どこかで時間を潰して、約束の時間の5分前に到着するようにしてる。
だけど、この、時間を潰す場所が問題なのだ。先方の事務所の前で待つワケには行かないし、ちょっと離れた場所だったとしても、そのビルに面した道で待ってたりすると、その事務所の人と出くわす可能性がある。そうなると、こっちはバツが悪いし、先方にも気を使わせちゃう。だからって、あんまり離れた場所で時間を潰してると、ハッと気づいた時には5分前で、ハイヒールダッシュで駆け込むってことにもなりかねない今日この頃、皆さん、待ち合わせの時間には早めに行くタイプですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、ものすごく疲れてる時には、車の中で時間を潰すこともあるんだけど、車の中でボーッとしてて、ついウトウトしちゃって、「ヤバッ!」ってパターンが、今までに何度もあるので、できるだけ車から降りて時間を潰すようにしてる。だけど、1ヶ所でボーッと立ってるのもおかしいし、それじゃあなかなか時間が経たない。それで、あたしは、お散歩をすることにした。
お散歩コースは、駐車場の場所や先方の場所によって変わるだけじゃなくて、30分コース、45分コース、1時間コースって感じで、時間によっても変わる。たいていは、先方の場所から離れ過ぎないように、先方の場所を中心にして、その周りを大きく四角く歩くようにしてるんだけど、銀座は、碁盤の目のように道路が走ってるから、いくらでもコースに変化をつけられる。
それで、去年の春ごろから、このお散歩を始めたんだけど、いつでも歩き続けてるワケじゃなくて、あまりにも暑い夏の日は、涼しい本屋さんの中で立ち読みをしたり、あまりにも寒い冬の日は、カフェでコーヒーを飲んだりもする。そして、気持ちのいい春や秋の日には、ゆっくりとお散歩をしたくて、2時間も早く銀座に行くこともある。
‥‥そんなワケで、あたしは、銀座のお散歩を1年間続けて来て、気づいたことがある。それは、銀座の街路樹についてだ。銀座の街路樹って言えば、有名なのは、何と言っても「柳」だろう。「銀座の柳」って言う言葉もあるし、歌にも歌われている。だけど、1年間、広い銀座を隅から隅までお散歩してみて分かったことは、銀座には、「柳」以外にも、色んな街路樹があったってことだ。
銀座って、大まかに言うと、西銀座通りと中央通り(銀座通り)が横に平行に走ってて、その真ん中を縦に晴海通りが走ってる。これらは、片側が3車線から4車線ある大きな道路で、カタカナの「キ」の、上の横棒が西銀座通り、下の横棒が中央通り、縦の棒が晴海通りって感じだ。そして、この3本の道路を中心にして、みゆき通りや並木通り、銀座柳通りなどの有名な道をはじめとして、たくさんの道が碁盤の目のように走ってる。そして、基本的には、大きな道路には大きな街路樹、細い道路にはそれなりの街路樹が植えてある。
まず、銀座の真ん中を縦に走る大きな「晴海通り」には、大きな「欅(けやき)」が、街路樹として植えられている。ケヤキは、原宿の表参道や、東京ドームなど、東京では色々な場所に植えられているポピュラーな街路樹のひとつで、広がった枝ぶりから、クリスマスシーズンになると、電飾でライトアップされることが多い。今の時季は、青々とした新緑が目に涼しく、意識して見るようにすると、とてもバランス良く並んでいることが分かる。
「西銀座通り」には、背の高い「槐(えんじゅ)」が植えられている。エンジュは、マメ科の木で、マメ科の花に良くある、左右対称のチョウチョみたいな形の白くて可愛い花を咲かせる。でも、遠目に見ると、白い房のように見えるだけなので、木のそばに行って、道路に落ちている花を拾ってみると良く分かる。ちょうど、今、咲いているので、銀座のソニービルとか、有楽町マリオンとかに出かけた際には、歩道の脇に並ぶエンジュにも目を向けて欲しい。そして、花期が終ると、今度は、マメ科の植物ならではの、可愛らしいマメのサヤがぶら下がって来る。ちなみに、「西銀座通り」って言うのは、昔は「外堀通り」って呼ばれてて、その他にも、あたしの業界だと、「電通通り」って呼んでいた‥‥って言うか、今でも「電通通り」って呼んでいる。
あたしの一番好きな「並木通り」には、「リンデン」の並木が続いている。リンデンはシナノキの一種で、図鑑を見ると、「菩提樹(ボダイジュ)」って書いてあるものもあるけど、お釈迦様が瞑想したことでオナジミの菩提樹とは、種類が違うらしい。並木通りのリンデンは、説明板を見ると、「リンデン(シナノキ科、落葉樹) 和名、西洋しなのき。5月〜8月に白い色の花を咲かせ、甘酸っぱいレモンの香りを放つ。良質の蜜がとれる蜜源植物でもある。」って書いてあった。
他にも、「みゆき通り」には「辛夷(こぶし)」、「交詢社(こうじゅんしゃ)通り」には「唐楓(とうかえで)」、「花椿通り」には「花水木(はなみずき)」、そして、「銀座マロニエ通り」には、その名の通り、「マロニエ」の街路樹が続いている。マロニエは、和名だと「トチノキ」だけど、銀座だから、やっぱりマロニエって呼びたい。
これらの道をお散歩して気づくのは、たくさんの人が歩いてるのに、誰ひとりとして、街路樹なんか見てないってことだ。道を行き交う人たちは、立ち並ぶお店のウインドウを覗きながら歩いてる人と、わき目をふらずに真っ直ぐ歩いてる人の2種類しかいなくて、この街の人たちにとって、街路樹は、空気みたいな存在なのだ。桜並木だったら、満開のシーズンには眺める人もいるかも知れないけど、銀座は、まわりの建物が目立つものばかりだから、普通の並木は、意識して見ないと、花が咲いてることにも気づかないのかも知れない。もしも、ヒマな女性が何人か、マロニエ通りを歩いてたとしたら、たぶん全員が、マロニエよりもカルティエのお店のほうを見るだろう。
‥‥そんなワケで、あたしは、銀座中の街路樹が分かったので、ただ、ヤミクモに歩きまわるんじゃなくて、その時季に一番楽しめる道をお散歩コースにするって言うワザまで身につけてしまった。たとえば、今の時季だったら、新橋駅で降りて、ガードに沿ったコリドー通りを歩いて行く。そして、泰明(たいめい)小学校があるとこが、みゆき通りの西の端っこなので、みゆき通りを曲がる。泰明小学校は、島崎藤村や北村透谷の出身校で、前に1本の柳の老木があり、「銀座の柳二世」って書かれてある。そして、「島崎藤村 北村透谷 幼き日 ここに学ぶ」って言う石碑が建てられている。
ここで、ちょっとダッフンして、銀座の柳について簡単に書いておくけど、「銀座柳通り」にある柳は、実は四代目の柳なのだ。銀座って、もともとは海だった。それで、慶長8年に、神田の土を運んで来て埋め立てたんだけど、土中の水気が多くて、潮風の影響もあったので、桜や松や楓(かえで)などは根づかない恐れがあった。それで、こんな悪条件でも根づくのは柳だけだろうってことになって、明治10年ころに、最初の柳が植えられた。だけど、その柳は、道路の拡張工事のために撤去されてしまい、昭和7年に植えられた二代目の柳は、昭和20年の空襲で焼けてしまい、昭和23年に植えられた三代目の柳も、昭和43年に撤去されてしまった。だから、現在の銀座の柳は、柳通りのものも、御門通りのものも、全部、昭和50年に植えられた四代目のものなのだ‥‥ってなワケで、泰明小学校の前にある柳は、昭和7年に植えられた柳の生き残りで、他の並木の柳とは歴史の重さが違うのだ。
さて、泰明小学校の柳を見たら、そのまま、みゆき通りを進んで行くんだけど、この「みゆき」って言うのは、銀座の高級クラブのママの名前じゃなくて、「天皇陛下がお出ましになる」って言う意味の古語で、漢字だと、「行幸」「御幸」って書く。これは、明治天皇が、皇居から築地の海軍学校へ行く時に、この道を通ったことから名づけられたものだ。そんなウンチクも傾けつつ、西銀座通りを渡り、そのまま、コブシの街路樹を愛でながら歩いて行くと、すぐに、文芸春秋の看板が見えて来る。この「文芸春秋ビル」があるのが、並木通りとの交差点だ。そして、あたしのお散歩コースは、この、みゆき通りと並木通りの交差点が、重要なポイントになる。
このまま、みゆき通りをまっすぐに進み、中央通りにぶつかったら右折して、しばらく歩いてまた右折すれば、それが交詢社通りだ。ようするに、みゆき通りと交詢社通りは平行に並んでるので、行きはコブシの街路樹のみゆき通り、帰りはトウカエデの街路樹の交詢社通りって言うお散歩コースだ。そして、コリドー通りにぶつかるT字路まで戻るのが、Aパターン。オプションとしては、T字路の角にスタバがあるので、ここでカフェラテのトール(320円)を買って、シナモンをたっぷり入れて飲む。もちろん、夏はアイスカフェラテだ。
みゆき通りと並木通りの交差点を左折して、ぽつぽつと立つリンデンの街路樹を見ながら歩いて行くと、大きな晴海通りにぶつかる。ここにはマツキヨがあるので、晴海通りのほうから並木通りに向かう場合は、このマツキヨを目印にする。晴海通りを渡って、そのまま並木通りを歩いて行くと、左手にプランタン銀座が見えて来る。そこが、マロニエ通りだ。そして、マロニエ通りを右折して、中央通りのほうまで、マロニエを愛でながらのんびり歩くパターン、左折して有楽町のほうへ行くパターン、直進して銀座柳通りまで足を伸ばすパターンなど、このプランタンを第2の分岐点とするのが、Bパターンだ。オプションとしては、プラ地下(プランタンの地下)に行って、ミルグラースで、カエルシュークリーム(250円)を買う。カエルシュークリームは、シューの上にカエルの顔が描いてあって、カスタードの他に、チョコと紅茶があるんだけど、あたしは絶対にカスタードだ。だって、カスタードって、何となく、ゲロゲーロに似てるから(笑)
ちなみに、プランタンの前を素通りして、そのまま並木通りを進んで行くと、5分ほどで右手に小さいお稲荷さまが見えて来る。ここは、「幸(さいわい)稲荷」って言う名前で、前足の間に子狐をはさんだお狐さまがいて、すっごく可愛い。そして、このお稲荷さまのとこの細い路地の奥に、「卯波(うなみ)」って言う小さな割烹があるんだけど、ここは、俳人の鈴木真砂女(まさじょ)さんのお店で、おととしの3月に、真砂女さんが96才で大往生したあとは、お孫さんの今田宗男さんが、お店をやっている。そして、今でも、真砂女さんと親交のあった俳人や文人など、著名な人たちが通って来る。ちなみに、お店の名前は「卯波」だけど、店名のモトになった真砂女さんの句は、「あるときは舟より高き卯浪かな」って言う作品で、「卯浪」って書かれている。これは、お店を始める時に、「卯浪」は画数が悪いので、「卯波」に変えたのだそうだ。
あたしは、10年以上前に、真砂女さんに会いに行って、一緒に写真を撮らせてもらったことがある。とても80才を過ぎてるとは思えないほど若々しくて、とってもステキで、とっても可愛い人だった。この路地とともに、約半世紀を生き抜いた真砂女さんのことは、「お稲荷さんの路地」(角川文庫)って言う真砂女さんの本に詳しく書かれている。とっても素晴らしい本なので、興味のある人は読んでみて欲しい。
さて、話は戻り、みゆき通りと並木通りの交差点を右折して、去年の秋にリニューアルしたルイヴィトンのほうへ進み、一歩足を踏み入れたら大変なことになっちゃう高級ブランド店には目もくれずに、リンデンの街路樹だけを見ながらのんびりと歩き、しばらく歩いたら、左、右、左、右と路地をジグザグに進みながら新橋駅のほうへと戻って行くのが、Cパターンだ。オプションとしては、新橋駅の近くの美容整形外科の十仁病院の並びにある立ち食いそば屋さん、「ゆで太郎」の新橋店で、キツネそば(300円)を食べる。
ここまで書いて来て気づいたんけど、あたしのオプションて、あたしの1日のお小遣いの範囲で考えられてるので、すごくショボイかも?(笑) だけど、コリドー通りと交詢社通りのT字路の角にあるスタバのラテは、他のスタバよりも美味しい気がするし、プラ地下のミルグラースのカエルシュークリームは、青空球児好児ファン、及び、ケロロ軍曹ファンなら、一度は食べなきゃならない逸品だし、「ゆで太郎」の新橋店は、どこの「ゆで太郎」よりも茹で加減が絶妙で、お客の少ない時間なら、頼めば茹で立てを出してくれるから、老舗のおそば屋さんにも負けないほどの味と腰が楽しめるのだ。
‥‥そんなワケで、他にも色んなお散歩コースがあるんだけど、あたしは、お仕事に行く場所や潰す時間の長さ、そして、それぞれの街路樹の見ごろによって、色んなコースを歩き続けてる。これから夏が過ぎれば、西銀座通りのエンジュが可愛らしいマメのサヤをぶらさげるようになり、秋が深まって行けば、どこかの名所みたいなキレイな色にはならないけど、交詢社通りのトウカエデが、それなりに紅葉し始めて、それなりにあたしの目を楽しませてくれる。もちろん、ほとんどの人たちは、エンジュのマメのサヤにも、トウカエデの紅葉にも気づかずに、その下を足早に通り過ぎて行くだけだけど、あたしは、そんな銀座の街路樹たちに会いに行くことが、とっても楽しみな今日この頃なのだ。
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