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2005.08.17

プーさんの教え

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佐賀県警は16日、暴走族をあおったとして、佐賀県暴走族追放条例違反の疑いで、同県久保田町の無職少女(16)と、佐賀市の高校1年の少女(15)を佐賀家裁に書類送致した。同県警は「あおり行為への罰則は19道府県が条例で定めているが、適用は初めて」としている。調べでは、少女2人は4月24日午前1時40分ごろ、条例で重点禁止区域に定められている佐賀市愛敬町で、アニメの「とっとこハム太郎」と「くまのプーさん」の着ぐるみを着て、暴走族に対して手を振って声援を送るなどした疑い。当時、約100人の見物人がいた。県警は16人を補導したが、様子をビデオで確認できたのは2人だったという。

‥‥って言う共同通信のニュースを見て、あたしは、すぐに、「佐賀県は九州」ってことが分かった。これは、はなわのオカゲだ。はなわが出て来るまでは、佐賀県と滋賀県の区別がつかなくて、どっちかが琵琶湖のある県で、どっちかが九州にある県だってことは分かってても、どっちがどっちだってことになるとイマイチ不安で、いちいち何かで確認するって感じだった。それで、地図とかを見て、その時は「ふむふむ‥‥」って感じになるんだけど、普通に生活してると、佐賀県や滋賀県について考えることってほとんど無いから、何ヶ月後かに同じような状況が訪れると、また、どっちがどっちなんだか分かんなくなる。

そんな感じで30年以上も生きて来たあたし的には、「たぶん一生、佐賀県と滋賀県は曖昧なままなんだろうな‥‥」って、あきらめかけてたとこに、突然、はなわが登場して「佐賀県」をヒットさせてくれたおかげで、ちゃんと区別できるようになった。これで、あたしが不安になるのは、あとは島根県と鳥取県だけになった今日この頃、皆さん、いつまで経ってもどこにあるのか覚えられない県ってありますか?(笑)


‥‥そんなワケで、たとえば、小学校の時とかに、佐賀県から転校して来た子がいて、その子と仲良くなったりしてれば、「佐賀県は九州」ってことを覚えたと思うし、そうなれば、逆算的に、「滋賀県は琵琶湖」ってことも導き出せるようになってただろう。これは、「天才バカボンの法則」って言って、太陽が東から昇るのか西から昇るのかイマイチ不安な人でも、「西から昇ったお日様が〜東へ沈む〜」って言うバカボンの歌を知ってれば、「この歌の逆がホント」ってことから、「太陽は東から昇り、西へ沈む」って言う正解を導き出せる。そして、「もしも間違えてたらどうしよう‥‥」なんてオドオドしながらじゃなくて、堂々と胸を張って、みんなの前で、「太陽は東から昇るんだからさ〜」って言っても大丈夫なのだ!なのだったら、なのなのだ!(笑)

ちなみに、あたしは、自分がこのタイプだから、逆の立場で、誰かが太陽の昇る方角や沈む方角のことを話す時に、ほんの一瞬でも会話に空白があると、「おおっ!きっと今、頭の中でバカボンを歌って確認してるな!」って想像しちゃって、ミョ〜な親近感を覚えるとともに、おかしくて噴き出しそうになっちゃう。

‥‥なんてことも言いつつ、あたしが佐賀県に対して持ってるイメージのほとんどは、はなわの「佐賀県」によって確立されてるから、「とんでもない田舎」だと思ってる。もちろん、はなわの歌はコミックソングだから、面白くするために大ゲサに作られてるんだろうけど、佐賀県に行ったことのない人があの歌を聞けば、「とんでもない田舎」ってイメージが脳に刷り込まれる。そして、「佐賀のアリはでかい」とか、「登下校する子供たちは歩きなのにヘルメット」とか、「車なんてメッタに通らない」とか、「ヤンキーがマジでモテる」とかって情報が刷り込まれる。

そして、あたしの感覚だと、アリがでかいことよりも、子供がヘルメットをかぶって登下校してることよりも、車がメッタに通らないことよりも、何よりも「田舎」だと感じるのは、「ヤンキーがマジでモテる」って部分なのだ。今どき、ヤンキーとか暴走族なんて言う時代遅れの化石みたなもんは、少なくとも都会にはいない。東京でも、下町のほうに行くと多少は生息してるみたいだけど、少なくとも、渋谷には1人もいない。渋谷にいるのは、IWGPの影響で急に増え始めた子供のギャング団みたいなのだけど、それにしたって、今じゃ笑われちゃうから、あんまり見かけなくなった。それに、そう言う子たちって、渋谷が地元の子たちじゃなくて、地方から電車を乗り継いでワザワザ渋谷までやって来る子たちなのだ。

だから、ずいぶん遠回りしちゃったけど、冒頭のニュースを読んだあたしは、話半分に聞いてたはなわの「佐賀県」の歌詞の内容が、それほど大ゲサなんじゃなくて、ホントなのかも知れないって思うようになった。だいたい、今どき、暴走族がいるってことだけでもビックルを一気飲みしちゃうくらいスゴイことだけど、それを応援するギャラリーがいるなんて、あまりにも気の毒になる。きっと、若い子たちのレクリエーションが何もないんだろうな‥‥って思っちゃう。挙句の果てに、「とっとこハム太郎」と「くまのプーさん」の着ぐるみだなんて、おいおいおいおいって感じだ。東京でも、3年くらい前だったら、池袋とかに上京して来るプチ家出ムスメとかの中には、ピカチュウとかの着ぐるみを着た女の子もいたけど、サスガに、今は目にしなくなった。

それにしても、「とっとこハム太郎」と「くまのプーさん」てとこが、何だか泣かせる。時代遅れの着ぐるみはいいとしても、せめて、もうちょっと新しいキャラにしてくれればいいのに‥‥。たとえば、「ケロロ軍曹」とかだったら、あたしも、「おおっ!」って思ったのに‥‥。それで、暴走族に手を振っただけで補導するなんて言うワケの分かんない県警に対して、敬礼でもしながら、「自分は何も悪いことはしてないであります!」って言ったんだったら、さらに、「おおっ!」って思ったのに‥‥。

‥‥そんなワケで、せっかく「くまのプーさん」を着てた子がいるんだから、ちょこっと「樸(あらき)の原理」について書いてみようと思う。今までも何度か書いたと思うけど、あたしは、中国の思想の中では、老子の「道教(どうきょう)」って言う思想が一番好きで、できる限り実践するようにつとめてる。道教は、英語で「タオイズム」って言うんだけど、「タオ」って言うのは、楽天ゴールデンイーグルスの監督のことじゃなくて、「道」って意味だ。そんなタオイズムをすごく解りやすく説いた本で、「タオのプーさん」て言う、ベンジャミン・ホフの名著がある。この本は、「くまのプーさん」の物語の中の出来事を例に引きながら、自然の摂理や、その中で人間がいかに生きるべきかってことを説いてるんだけど、ホントに良く書かれてる。あたしは、タオイズム関係の本をずいぶん読みあさったけど、この本のクオリティの高さはダントツだと思う。

それで、この本の中では、主人公のくまのプーさんのことを「樸」に喩えてる。「樸」ってのは、「自然のままの木」「彫られていない木」って意味で、中国語の読み方で「プー」って発音する。チョー簡単に言っちゃうと、「人間が手を加えたりしてない、自然のままの木が一番いい」ってことなんだけど、この本の初めのころに、「くまのプーさん」から、こんな一節が引かれてる。


「プーは両手をじっと見た。片方が右だということは知っていたし、片方が右ときまったら、そのときはもう片方が左だということもわかっていた。ただ、どちらから始めたものか、いつも思いだせないのだ。」


これが、何よりも単純だけど、何よりも純粋で、何よりも自然な、「樸の原理」の基本構造だ。つまり、あたしの考えた「天才バカボンの法則」ってのも、煎じ詰めればタオイズムなのだ。文章が「なのだ」で終わると、どうしても「なのなのだ!」を書きたくなっちゃうんだけど、ここはグッとガマンして先に進むけど、「くまのプーさん」を読んだことのある人なら、プーさんが歌う「カトルストン・パイの歌」を覚えてる人も多いだろう。


カトルストン、カトルストン、カトルストン・パイ
ハエはとびるが、トビははえない
なぞなぞ出すなら、ぼく答えたい
カトルストン、カトルストン、カトルストン・パイ

カトルストン、カトルストン、カトルストン・パイ
魚もぼくも、口笛吹けない
なぞなぞ出すなら、ぼく答えたい
カトルストン、カトルストン、カトルストン・パイ

カトルストン、カトルストン、カトルストン・パイ
ヒヨコがどうしてなんて、知ったこっちゃない
なぞなぞ出すなら、ぼく答えたい
カトルストン、カトルストン、カトルストン・パイ


「タオのプーさん」では、この「カトルストン・パイの歌」から、タオイズムの原理を引き出している。まず、1番の「ハエはとびるが、トビははえない」、ちゃんと言い直せば、「ハエは飛ぶけど、トンビは生えない」って意味だけど、「ハエ」と「トビ」とをかけるために、わざと変な言葉づかいにしてある部分だ。これは、「ものごとは、あるがままにあるべき」って言う「樸の原理」のことだ。だけど、現実には、あまりにも多くの人たちが、四角い棒を丸い穴に入れようとして、自然に逆らって生きている。心を穏やかにして、自分自身の「内なる自然」の声に耳を傾ければ、自分の本来の居場所は誰にでも分かるのに、情報操作された周りの騒音に惑わされて、間違った思想を持ち、間違った仕事に就き、間違った相手と結婚し、間違った人生を送っている。そして、死ぬ間際に、「自分の人生は本当にこれで良かったのか?」って思いながら、死んで行く。

そして、2番の「魚もぼくも、口笛吹けない」は、「自分の限界を知る」と言うこと。「木」は「木」であって、それ以上でも、それ以下でもないって意味だ。「くまのプーさん」の中に出て来るトラのトラーは、「ぼくは空を飛べるよ。ただ、飛ぼうと思わないだけさ。」って言うような負けず嫌いで、自分の限界を知らない。そして、本当は木登りが苦手なクセに、「ぼくはプーよりも木登りが上手だよ。プーよりも高くまで登れるよ。」って言って、大きな木の上のほうまで登ってしまい、恐くて降りられなくなっちゃう。結局、クリストファー・ロビンとロバのイーヨーがやって来て、木の下に網を張って、トラーは何とか助かるんだけど、つまりは、「樸の原理」に逆らって生きている愚か者ってことだ。

‥‥そんなワケで、ホントは木登りなんかできないクセに、大ミエを切って登り始めちゃって、結局、降りて来れなくなって、周り中に大迷惑をかけるなんて、まるで、今のコイズミを見てるようだ。自分の限界を超えた「できないこと」ばかりをワメキ続け、たった4年間で、国の借金を300兆円も増やした最悪の男。これは、国民ひとり当たり、赤ちゃんからお年寄りまで全員が、1人250万円もの借金を背負わされたことになる。4人家族なら、1000万円の借金なのだ。そして、その借金を今度は増税で穴埋めしようとしてる。その上、最後の最後も自分のワガママで、あたしたちの税金を750億円も無駄づかいしてのヤケクソ選挙。「カトルストン・パイの歌」の3番は、「ヒヨコがどうしてなんて、知ったこっちゃない」って歌ってるけど、「樸の原理」に逆らい続け、自分の限界を知らない愚か者、コイズミの場合は、「拉致被害者なんて、知ったこっちゃない」ってとこだろうと思う今日この頃なのだ。

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