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2006.03.06

春の宵にはぶらんこを

いよいよ、気象庁から今年の桜の開花予想が出て、東京は3月25日だって言うんだけど、民間の気象情報会社「ウェザーニューズ」のほうは、東京は3月30日だって言う。で、25日でも30日でも似たようなもんじゃん‥‥なんて思う人も多いと思うけど、梅と違って桜は、パッと咲いてパッと散るから、たった5日のズレで大きく状況が変わることもある。桜の開花期間って、わずか10日間くらいだから、もしも、気象庁のほうの予想が当たって、25日に開花したとして、28日とか29日ころにお天気が荒れて強風が吹けば、30日には、ほとんど花の残ってないような状況もアリエールなのだ。

そうなると、「ウェザーニューズ」のほうの予想を信じて、30日にお花見を予定してた人たちは、桜が散ったあとのサップーケーな公園とかで、ただモクモクとお酒を飲むことになる。そして、「ウェザーニューズ」のほうの予想が当たれば、気象庁の予想を信じて25日にお花見に行った人たちは、まだ桜が咲いてないサップーケーな公園とかで、ただモクモクとお弁当を食べることになる‥‥なんてことはなく、お花見に行く人たちの多くは、ホントに桜の花を愛でに行くワケじゃなくて、桜にかこつけてバカ騒ぎをしたいだけなんだから、桜が咲いてようが散ってようが、何も変わらない。ハンディーカラオケで歌いまくるオッサン、酔っぱらって池に飛び込むバカ、花火まで始めるアホ、ダレカレ構わずにケンカをふっかけるガキ、挙句の果てにはそこらじゅうにゴミを撒き散らして帰って来るんだから、あたし的には、幕府が「お花見禁止令」を出してもいいと思うくらいだ。

とにかく、「今年の夏は猛暑か冷夏のどちらかです」なんて言う、あまりにもオッぺケペーな無責任予想を発表しちゃった気象庁としては、今回の開花予想がハズレちゃったら、いよいよ本格的に信用を失うワケだし、その上、「ウェザーニューズ」のほうの予想が当たっちゃえば、どっかの民営化好きの単細胞が、今度は「気象庁民営化」なんて言い出しちゃって、またまた自分の仲間たちのために新たなる天下り先を作っちゃいそうな気がする今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ニポンで一番早く桜が咲く伊豆半島では、もう、河津桜や熱海桜が満開だけど、寒い地方では、桜どころか、まだ梅も咲いてないような場所もあるし、タテに長いニポンには、春は時間差でやって来る。桜ひとつとっても、アッチもコッチもソッチもドッチもグルグルニャーなんてことはなく、アッチが五分咲きでもコッチはツボミも膨らんでない、ソッチは三分咲きだけどドッチに行ったら満開なの?ってことになる。だから、「全国共通の春の訪れ」はないのか?って思っちゃうけど、そんなこたーない。俳句の歳時記を見ると、春の季語のページに、梅や桜と並んで、「ぶらんこ」ってのが載ってる。ぶらんこなら、1年中おんなじ場所にあるんだから、北海道に住んでても沖縄に住んでても、立春を過ぎたら公園に行ってぶらんこに乗れば、それが「全国共通の春の訪れ」ってことになる。

だけど、1年中ずっとあるぶらんこなのに、なんで俳句だと春の季語になってんだろう? それに、すべり台もジャングルジムも季語じゃないし、パンダの形してて、またがって漕ぐやつも季語じゃないのに、ぶらんこだけが季語になってるのは、ナゼなんだろう? もしかすると、ぶらんこを漕いだ時に感じる風の爽やかさとかが、春っぽいイメージだから、それで春の季語に決められたんだろうか?‥‥なんて、ショッパナから、「?」を3連発しちゃったけど、アシスタントの小さいきっこが、チョチョンチョンチョンチョーーーーン!って、拍子木を打てば、「きっこ座」の歌舞伎の始まりだ。

京都は南禅寺山門の楼上に、悠然と姿を現わした大盗賊の石川五右衛門は、長いキセルを片手に、「春宵一刻値千金、あ、絶景かな、絶景かなぁ〜」って言いながら、お得意のポーズであたりを見まわす。とっても有名な歌舞伎、「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」の名場面だ。歌舞伎を観たことのない人でも、石川五右衛門の名前くらいは知ってると思うし、次元大介も知ってると思うし、銭形のとっつぁんも知ってると思うけど、峰不二子バリのナイスバディーのあたしが主催する「きっこ座」の歌舞伎に登場するのは、ソッチの石川五右衛門じゃなくて、今から400年以上前の安土桃山時代に実在した盗賊のことで、1594年に、仲間の盗賊たちと一緒に、釜ゆでの刑になった。そして、死刑になる前に、こんな辞世の歌を詠んだ。


 石川や浜の真砂(まさご)は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ  石川五右衛門


うんうん、それから400年も経った今でも、国民の血税を盗み続けてる国会議員や官僚たち、投資家の資金を盗み続けてるホニャララ団のフロント企業、信者の財産を盗み続けてる新興宗教の教祖と、世の中は盗人ばっかだから、石川五右衛門の予想は、少なくとも、気象庁の予想よりは当たってる‥‥なんてことも言ってみつつ、この石川五右衛門の名ゼリフに出て来る「春宵一刻値千金(しゅんしょういっこくあたいせんきん)」てのは、蘇軾(そしょく)の漢詩の代表作、「春夜」から拝借したものなのだ。サスガは天下の大泥棒、金銀財宝だけじゃなくて、セリフまで盗んでたのだ。

蘇軾は、蘇東坡(そとうば)とも言って、こっちの名前のほうが一般的だけど、居眠りしないで、ちゃんと学校の授業を聞いていた人なら、名前くらいは聞き覚えがあると思う。「そとうば」って言っても、墓地に立ってるスキーみたいなアレのほうは「卒塔婆」って書いて、まったく別のものなんだけど、あたし的には、蘇東坡のお墓にも卒塔婆が立ってんだろうか?‥‥なんてことが気になったりしつつも、学校の授業を聞いてなかった人のために、簡単に蘇東坡のことを紹介しとく。

蘇東坡(1036〜1101)は、中国北宋の詩文の大家なんだけど、詩文だけじゃなくて、書道家でもあり、政治家でもあり、美食家でもあり、中国歴史上、有数の天才のひとりって言われてる。朝鮮王朝の初期の名筆家、安平大君(アンピョンテグン) の書に、「詞翰蘇黄後」って言う、あたしにゃ読めない作品があるんだけど、この中の「蘇」が蘇東坡のことで、「黄」は同じ時代の蘇東坡と並ぶ大家、黄山谷(こうさんこく)のことで、「文学と書画は、すべて蘇東坡と黄山谷から始まった」って言う意味の書だそうだ。こんなにもホメタタエられちゃってて、みんなからリスペクトされてたスーパースターの蘇東坡なんだけど、お酒が一滴も飲めないって言うカッコ悪い一面もあったから、もしかしたら、付き合いにくいヤツだったかも知れない(笑)

‥‥そんなワケで、この蘇東坡の漢詩、「春夜」の「春宵一刻値千金‥‥」の「春宵(しゅんしょう)」ってのは、俳句の季語の「春の宵(よひ)」のモトになった言葉でもある。それで、蘇東坡の漢詩から、まず、「春の宵」って季語が生まれて、ここから「夏の宵」「秋の宵」って言う季語が、連鎖的に作られて行ったってワケだ。だから、夕方から夜になったばかりの早い時間帯を指す言葉としての「宵」じゃなくて、俳句の季語としての「宵」をイメージする場合には、「春の宵」の持つ風情を基本として、そこから、「夏の宵」とか「秋の宵」とかの、他の季節の「宵」を感じなくちゃならない。

たとえば、電車通勤してる人なら分かると思うけど、駅からお家まで帰って来る帰り道、寒い冬の間は足早に通り過ぎてた夜道も、少しづつ日が伸びて来て、暖かくなって来た春の宵に歩くと、まったく違った雰囲気を感じると思う。この時の感覚が、「春の宵」の本意なのだ。だから、何も考えずに、ただ夕方から夜になったばかりの時間帯だったからって理由で、安易に「春の宵」とか「夏の宵」とかの言葉を使うんじゃなくて、毎日、同じ時間に同じ道を歩き続けてる人が、ふと季節の到来を感じた時に使ってこそ、「宵」って言葉の本意が生きて来るってワケなのだ‥‥なんてダッフンしつつも、これだけ前フリしたんだから、ここで、蘇東坡の漢詩、「春夜」を紹介しとく。もちろん、痒いとこに手が届く「きっこの日記」だから、ちゃんとあたしの名訳も添えておく(笑)


 「春夜」

 春 宵 一 刻 値 千 金

 花 有 清 香 月 有 陰

 歌 管 樓 台 聲 細 細

 鞦 韆 院 落 夜 沈 沈


 「春夜」  きっこ訳

 この春の宵は
 何ものにも変えがたいひととき

 やわらかい花の香
 月を渡りゆく雲

 どこかの屋上からは
 微かな歌声が流れてくる

 街角の小さな公園には
 誰かが揺らすぶらんこ
 ゆるやかに夜がやって来た


‥‥で、お待たせしました!って感じだけど、やっとここで「ぶらんこ」が登場した。そして、これは、偶然に登場したんじゃなくて、中国ではぶらんこは春の遊具だから、春の詩に出て来るのは当たり前のことなのだ。こっちも俳句の季語になってるんだけど、冬至から105日目、つまり仲春の最後の日を「寒食節」って言って、中国では、火を使わないで冷たいものだけを食べる「寒食祭」が行なわれる。この「寒食祭」は、ニポン人にはナジミのないものだけど、中国ではすごく昔からあるメジャーなイベントで、この時に、ぶらんこに乗る競技が行われてた。現在の「寒食祭」は、冷たいものを食べるだけで、ぶらんこに乗る競技はあんまり見られなくなったそうだけど、それでも、この歴史あるイベントによって、中国では、「ぶらんこと言えば春」、「春と言えばぶらんこ」ってイメージが定着した。

他にも、春分から15日後の「清明節」にも、宮中の女官たちがぶらんこに乗って遊んだって言う記述が残ってる。だけど、実は、冬至から105日目の「寒食節」と、春分から15日後の「清明節」ってのは、2日続きの行事なのだ。「寒食節」が仲春の最後の日で、「清明節」が晩春の最初の日だから、歳時記には、仲春のページに「寒食」、晩春のページに「清明」って、別々のページに載ってるけど、この行事をやってる中国では、ひとつの行事の1日目と2日目ってことになる。そして、1日目にはぶらんこに乗る競技が行われて、2日目には女官たちがぶらんこに乗って遊んでたってワケだ。

‥‥そんなワケで、ニポン人が、春にお花見をしたり、秋にお月見をするように、古い中国の人たちは、ぶらんこに乗ることによって、春を感じてたのだ。だから、中国からニポンへとぶらんこが伝わって来た時には、最初から「春の遊具」として伝わって来てたってワケで、ニポン人が、あとからテキトーに春の季語にしちゃったってワケじゃなかったのだ。ま、せっかくお花見に行っても、桜も見ずに、酔っぱらって大騒ぎしてゴミだらけにして帰って来るような人たちには、春の風情なんか分からないと思うけど、ホンのちょっぴりでもニポン人の心が残ってるのなら、桜が咲いてなくても、春らしい日に、童心にかえってぶらんこを漕いでみると、何か大切なことを思い出すかも知れないと思う今日この頃なのだ。


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