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2006.07.06

小野小町とカツオの煮物

相変わらずお金が無くて、ギリギリガールズのあたしだけど、それでも、無い無いとは言いながら、とりあえずは、2000円とか3000円とかは、いつでもお財布に入ってた。それくらいは持ってないと、出先で有料パーキングを使う時とか、何かあった時に困るからだ。首都高速を使う時には、金券ショップで買ってる安売り券を使ってるし、それ以外の高速は、ポイントのためにクレジットカードを使ってるんだけど、有料パーキングだけは現金しか使えないからだ。だから、どんなにお金が無いって言っても、多少は持ってたんだけど、今月に入ってからは、マジでお金が無くなって来て、ついに、全財産が500円を切った。だけど、お金は無くても、先月の終わりから今月にかけて、素晴らしいものが次々に届いて、あたしのお家はパラダイス状態になったのだ。

まず初めに、俳句仲間の人から、本場の「カツオのタタキ」が届いたんだけど、それも、普通の「カツオのタタキ」と「カツオのトロのお刺身」のセットで、それぞれが真空パックの冷凍になってて、食べたい時に解凍すればいい、すごく便利なものだった。それが、1本ずつとかじゃなくて、「タタキ」が3本、「お刺身」が2本、大きな冷凍パックで届いた。そして、その次の日には、やっぱり俳句仲間の人から、巨大な「焼酎」が届いた。それから、お仕事関係の人から「ビール券」が届いて、次の日には「焼酎」を送ってくれた人から、別便で「ぶどう」が届いた。さらに、去年、結婚式のヘアメークを担当したご夫婦から「商品券」が届き、そのあと、俳句仲間から、自家栽培の「お野菜セット」が届いた。これがまたワンダホーで、ジャガイモだけでも「男爵」「メークイン」「北あかり」の3種類が入ってて、他にも、タマネギ、ナス、キュウリ、エダマメ、インゲン、アスパラ、ピーマン、シシトウ、ニンニク、ニラ、プチトマト、アオジソが入ってて、何も食べるものがなかった我が家は、アッと言う間にパラダイスになった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、小さいきっこたちと、「魚ダンス」を踊ってお祝いをしてから、さっそく、カツオを食べることにした。それで、タタキとお刺身を1本ずつ、説明書の通りに流水解凍しながら、タマネギのスライスをたっぷりと作り、ニンニクのスライスも作り、お刺身用にアオジソの葉っぱも洗った。それで、大きなお皿2枚に盛りつけたんだけど、とにかく、ものすごい量だった。タタキかお刺身か、どっちかにすれば良かったんだけど、母さんに両方を食べさせてあげたかったから、両方を解凍しちゃった。

それで、ラップをして、車で母さんのとこに運んで、一緒に食べたんだけど、これがまた、美味しいの美味しくないのって、「どっちなんだい!」って上腕二頭筋に聞きたくなっちゃうほどの美味しさで、母さんもあたしも、ご飯もお酒も何もなしで、カツオだけをパクパクと食べ続けた。だけど、とにかく、量が多かった。カツオのタタキ1本が、約500グラムもあって、だいたい4人前くらいで、トロのお刺身のほうは、ひとまわり小さいんだけど、それでも400グラムくらいはあって、とても2人で食べきれる量じゃなかった。だから、今日はカツオのタタキ、明日はカツオのトロのお刺身って感じで、2日に分ければ良かったんだけど、ここんとこ、ずっと質素な食生活だったから、その反動で、ゼイタクをしたくなっちゃったのだ。

それでも、本場の土佐の1級品だし、ちゃんと藁(わら)で焼いた本物のタタキだし、お刺身も死ぬほど美味しいし、ワサビ醤油につけたお刺身をアオジソで巻いて食べてもバツグンに美味しいし、全体の8割くらい、信じられないほどの量を食べて、お腹がパンパンになった。何しろ、カツオを2割とご飯を8割で満腹になったんじゃなくて、カツオ10割での満腹だから、ゼイタクなこと、この上ない。

で、カツオのタタキとお刺身が、4切れずつくらい残っちゃって、どうしても食べられなかったから、持って帰って来て、煮物にすることにした。何しろ、お野菜がマウンテンだから、何でも作れるのだ。それで、あたしは、ジャガイモとタマネギとインゲンを使って、肉ジャガの肉の代わりにカツオを入れたものを作ることにした。ジャガイモは、丸ごと使える小さなものを10個ほど選び、タマネギ1個とインゲン10本ほど。これを煮て、8割ほど火が通ったとこで、カツオダシとお醤油とタカノツメを入れて、それから、カツオのタタキとお刺身を入れて、最後にお酒を入れた。それで、お酒のオツマミにするために、ちょっと濃いめの味つけにした。それで、お腹がパンパンなので、タッパーに入れて冷蔵庫に仕舞って、次の日の楽しみにした。。

せっかくのカツオを煮ちゃうなんて‥‥って思うかも知れないけど、世界三大美女のうちの1人、小野小町は、カツオの煮物が大好物だったから、世田谷三大美女のうちの1人のあたしも、カツオの煮物を食べるのだ。でも、この世界三大美女って、ニポン用のもので、ホントは、「クレオパトラ」と「楊貴妃」と、あとは、ギリシャ神話に出て来る「ヘレネ」っていう美女なんだよね。だけど、クレオパトラと楊貴妃が実在の人物なのに対して、ヘレネは神話の登場人物だから、それぞれの国で、このヘレネの部分を自分の国の女性に代えて、「世界三大美女」って言ってるだけなのだ。たとえば、フランスだったら、「クレオパトラ」と「楊貴妃」と「マリー・アントワネット」が、「世界三大美女」ってことになってる。

そりゃそうだよね。いくらなんでも、クレオパトラと楊貴妃は世界的に有名なのに、それに対して小野小町っていうのは、レベルが違いすぎる。世界三大珍味は、「キャビア」と「トリュフ」と「フォアグラ」だけど、ここに小野小町を入れちゃうと、「キャビア」と「トリュフ」と「ツナピコ」って感じになる。ちなみに、あたしは、ツナピコが大好きで、中身はおんなじなのに、なんとなく銀色のよりも金色のほうが美味しく感じる。さらに、ちなみに、あたしがツナピコをオツマミにして飲んでる時には、銀色と金色の包み紙を1枚1枚ていねいに指で伸ばして、1ヶ所に積み重ねてる。だけど、それで、ツルを折ったりはできないし、やろうとも思わない。

‥‥そんなワケで、小野小町が、いくら絶世の美女だって言っても、それはニポンの中だけの話だし、時代背景だって現代とは違うから、今、小野小町がいたとしたら、ぜんぜんモテないかも知れない。だって、小野小町は平安時代なんだから、今とはぜんぜん美人の基準が違ってたからだ。昔のニポンの美人の条件は、一重で切れ長の目とか、鼻筋は通ってても低くて小さな鼻とか、今とは反対だった。今は、二重の大きな目や、高い鼻が好まれるけど、現代のニポンで美女って呼ばれてる女性が、もしも平安時代にタイムスリップしたら、絶対に「醜女」って言われちゃうと思う。

ちなみに、クレオパトラは何人もいて、世界三大美女に挙げられてるのは、その中でも一番有名な「クレオパトラ七世」のことだ。好物はイチジクで、39才で自殺しちゃう。楊貴妃の好物はライチで、38才で処刑されちゃう。だから、この2人に共通してるのは、美しさや数々の男性をトリコにしたことは当然として、その他に、果物が好物だってことと、若くして亡くなってるってことだ。それに比べて、小野小町の場合は、好物はカツオの煮物だし、すごく長生きしてる。実在の人物だったことは確かなんだけど、出生地、出生年、没年など、ハッキリしたことは分かってなくて、全国に色んな説がある。小野小町のお墓も、全国のあちこちにあって、中には、100才で亡くなったなんて書いてあるお墓もある。ま、それはデタラメだとしても、複数の文献を総合すると、少なくとも80才までは生きてたみたいだから、クレオパトラや楊貴妃とはぜんぜん違う。

だけど、ものすごいフェロモンを振りまいて、たくさんの男性を夢中にさせてたって部分に関しては、クレオパトラや楊貴妃にも負けず劣らずの小野小町だった。有名な話だと、室町時代の猿楽師、観阿弥(かんあみ)が書いた、「通小町(かよいこまち)」っていう「能」の演目がある。これは、連日、たくさんの男性に言い寄られてた小野小町が、その中の1人の深草少将(ふかくさしょうじょう)に、「あたしのとこに100日通ってくれたら、あなたと付き合ってあげるわ」って言った話だ。それで、深草少将は、雨の日も風の日も雪の日も、来る日も来る日もラブレターを書いて、小野小町のとこに届けに通ったんだけど、あと1日で夢が叶うっていう99日目に、雪の中で倒れて、そのまま凍死しちゃった。だけど、小野小町のほうも、深草少将のことをもてあそんでたワケじゃなくて、好きだったから、この死を嘆き哀しみ、今までもらった99通のラブレターを燃やして、深草少将のことを弔ったのだ。

ちなみに、深草少将ってのは、正式な名前じゃなくて、京都伏見区の深草って場所に住んでた少将ってことで、実際に誰だったのかってことは、いくつかの説があるんだけど、出家して遍照(へんじょう)になった良峰宗貞(よしみねのむねさだ)だっていう説が、一番有力だ。ついでに書いとくと、「小野小町」ってのも正式な名前じゃなくて、「小野家の美女」っていう意味のニックネームで、アルトゥール・アントゥネス・コインブラ監督のことを「ジーコ(やせっぽち)監督」って呼ぶようなもんだ。つまり、「ジーコ・ジャパン」てのは、「やせっぽち日本」て意味で、見るからに弱そうな名前だったってワケだ。

で、話はクルリンパと戻って、深草少将だけど、それにしても、小野小町はこんなに大変なことをさせといて、死んでから嘆き悲しむくらいなら、なんで、こんなにもったいぶったことをしたの? もっと早く付き合ってあげれば良かったのに‥‥なんて思うのは、出会ったその日にラブホに行っちゃうような、味もソッケもない現代の女の子の感覚で、命がけで恋愛ゲームを楽しんでた平安時代には、この話みたいに、わざとじらしたりして、お互いの気持ちが燃え上がって行く過程を大切にしていたのだ。男性は、毎日毎日、何キロも離れた女性の家まで歩いてラブレターを届けに行き、そっとポストに入れて、また、何キロも歩いて帰って来る。女性は、そのラブレターを読みながら、その男性への思いを募らせる。そして、100日が過ぎたところで、やっと結ばれる。これが、平安時代の恋愛ゲームなのだ。現代のカップルで、10キロ離れた彼女の家まで、毎日歩いてラブレターを届け、何もしないで帰って来るってことを100日間続けられる男性が、果たして、どれくらいいるだろうか?

‥‥そんなワケで、これは、数々ある小野小町の恋愛話のひとつなんだけど、小野小町のスゴイとこは、数多くの恋愛が、すべて、「思い」だけで終わってて、セックスまで行ったものがひとつもないのだ。そのために、小野小町には、「穴なし伝説」ってのがある。ようするに、小野小町には女性器が無かったんじゃないのか?‥‥っていうトンデモナイ説なんだけど、たくさんの男性から言い寄られながら、生涯、誰とも交わらなかった小野小町だから、こんな説が出るのも宇奈月温泉だ。で、お裁縫に使う針には、みんな糸を通す穴があるけど、「まち針」だけは穴が無い。それで、この「まち針」ってのは、「小町針」がなまったものだって説までが出て来ちゃった。

他にも、昔の硬貨はみんな穴が開いてるんだけど、何千枚、何万枚に1枚とかって割合で、穴の部分がふさがっちゃってるエラー硬貨がある。こういうのは、古銭コレクターの間では、とても高く取り引きされるらしいんだけど、これを「小町銭」って呼ぶそうだ。これは、「まち針」みたいなマユツバっぽい話じゃなくて、ちゃんと「小野小町には穴なし伝説があるから、穴のない古銭を小町銭って呼ぶ」ってことでつけられた呼び名なのだ。

それにしても、ぜんぜんモテなかった女性ならともかく、モテモテだった小野小町が、生涯、誰ともセックスしなかったなんて、あたしには、どうも信じられない。だって、平安時代と言えば、恋愛に関してはものすごく自由で、一夫多妻も当たり前だったし、結婚しても、相手に対する愛情がなくなったり、別の人を好きになったら、ソッコーで離婚して、また別の相手と結婚してって感じで、生涯に何度も結婚をするのが普通の時代だったのだ。だから、そんな時代に生きていた、引く手あまたの絶世の美女が、誰ともセックスをしなかったなんて、どうも怪しい。だけど、小野小町の伝説は、ほとんどが、ずっとあとにテキトーに作られたものが多いから、何を信じていいのか分からないことも事実だ。実際には、小野小町が詠んだ歌が残っているだけで、後世の人たちが、その歌から受けたイメージや、六歌仙の中の唯一の女性ってことなどから、「きっと絶世の美女だったに違いない」って想像したのかも知れない。たとえば、小倉百人一首のすごく有名な次の歌。


 花の色は移りにけりないたずらにわが身世にふるながめせしまに  小町


この歌の意味は、「長雨が降りつづく間に、桜の花の色は褪せてしまった。虚しく人生を過ごし、もの思いにふけっている間に、私の容姿もすっかり衰えてしまった」って意味に解釈されてる。つまり、この歌の「虚しく人生を過ごし、もの思いにふけっている間に」って部分を「どんなにたくさんの男が言い寄って来ても、相手にしなかった」って解釈して、「私の容姿もすっかり衰えてしまった」って部分を「昔は絶世の美女だった」って解釈すれば、伝説通りの小野小町像が見えて来る。

でも、残されてる歌だけから、ホントの小野小町像を推測するのは、なかなか大変なことだ。たとえば、「小野小町集」には、100以上の歌が収められてるけど、専門家によると、後世に編集されたこの歌集には、色んな人の歌が混在してて、確実に小野小町の作だと言える歌は、たった18首しかないって言われてる。歌しか手がかりがないってのに、その歌もこんなアリサマじゃあ、サスガの迷探偵キッコナンも、お手上げのままゴールテープを切ることになっちゃうホノルルマラソン状態だ。

何しろ、小野小町に関しては、あまりにも色んなことが言われてて、どれもそれなりに納得できちゃうから、始末におえないのだ。たとえば、小倉百人一首の小野小町の絵は、後ろを向いてる。それが何でかっていうと、「ホントの小野小町は、世間で騒がれてるほどの美女じゃなかったから、顔を描くとイメージダウンになっちゃうので、後ろ向きの絵にした」とか、「あまりに美しい小野小町の顔を描くと、女性たちが嫉妬しちゃって、百人一首を買わなくなるから、後ろ向きの絵にした」とか、他にも色んな説がある。そして、どの説も、そうだって言われれば、そんな気がして来ちゃう。

だけど、これらの説を一蹴する、もっと強力な説もある。それは、小野小町が生きていた9世紀は、まだ遣唐使の廃止前だったから、唐(中国)の影響が強い時代だった。だから、当時の貴族の女性たちは、百人一首に描かれているような十二単(じゅうにひとえ)なんか着てなくて、それまでの奈良時代と同様に、もっと唐の影響を受けた天女みたいな衣装を着てたハズだ‥‥って説だ。そうなると、顔がどうこう言う以前に、着てるものからして違って来るワケで、百人一首の絵から小野小町像を推測すること自体に、信憑性がなくなるってワケだ。着てたものすら分かんないのに、ホントの小野小町が美女だったのかどうかなんて、分かるワケがない。だから、小野小町に関しては、あれこれと詮索せずに、絶世の美女だったってことを信じて、色んな伝説の中から、それぞれが好みのものを信じて楽しめばいいと思う。

‥‥そんなワケで、能の演目で、「卒塔婆(そとば)小町」ってのがあるんだけど、これも、「通小町」と同じ観阿弥の作品だ。どんな話なのかって言うと、卒塔婆に腰掛けてる乞食の老婆を見かけたお坊さんが、「そんなとこに腰掛けるとバチが当たりますよ」って、老婆を叱るとこから始まる。だけど、その老婆は、お坊さんに逆らって、色々と難しい仏教の道を説いて、ついにはお坊さんを言い負かしちゃう。それで、感心したお坊さんが、その老婆に名前を訪ねると、小野小町の成れの果てだってことが分かる。そして、小野小町は、美しくてみんなからチヤホヤされてた昔のことを語り出して、しまいには、今の落ちぶれ具合を嘆き出して、半狂乱みたいになっちゃう。実は、これが、かつて、100日間の「通小町」をさせて死なせちゃった深草少将の霊がとり憑いてのことなんだけど、それから、そのお坊さんに物乞いをして、烏帽子だの長絹だのを身にまとって、深草少将に成りきり、「通小町」のマネを始める。だけど、最後には、ようやく正気に戻って、仏道に入ることを願う‥‥ってストーリーだ。

これは、もちろん、能の演目として書かれた作り話で、もともとは、ある若者が野原でうたた寝をしてたら、夢の中に小野小町が現れて、「吹きむすぶ風はむかしの秋ながらありしにもあらぬ袖の露かな」って歌って、若いころは男性たちからモテモテだったって伝えたので、ハッと目を覚ましたら、その若者が寝てた場所が、小野小町が野たれ死んだ場所で、小野小町の卒塔婆があった‥‥って話がモトになってる。だけど、このモトの話にしたって、あまりにも非現実的で、作り話っぽい。

そして、この「卒塔婆小町」を現代風に書き直したのが三島由紀夫なんだけど、三島作品では、舞台は夜の公園で、乞食の老婆とお坊さんが、99才の乞食の老婆と酔っ払いの詩人て設定になってる。それで、乞食の老婆が、タバコの吸殻を拾ってるとこに、酔っ払いの詩人が現れて、なんだかんだとストーリーが展開してくんだけど、小野小町の成れの果ての老婆が、若いころの小町を演じて、詩人が深草少将を演じて、2人でワルツを踊るシーンがある。もちろん、2人の姿はそのままだから、あくまでも見た目は、醜い老婆と酔っ払いの詩人であって、気持ちの上での若いころの小町と、気持ちの上での深草少将ってワケなんだけど、「通小町」では、結ばれることのなかった2人が、時空を超えた現代に蘇って、ワルツを踊るってイメージだ。だから、それは、とてつもなく美しい世界だ。


「小町の美は、まつたく主観的な美であつて、客観的な美ではない。老婆はそのまゝで美しく見えて来なければならない。すべての幻影のめざましい変化は、詩人の主観をとほして表現されなければならない。」


これは、この作品に関する三島由紀夫の言葉なんだけど、ようするに、「小野小町の美しさは普遍である」ってことを言ってるんだと思う。つまり、若いころの外見の美しさなら、誰が見ても「美しい」って分るけど、それは単なる姿形だけの客観的な美しさであって、本質的な美しさじゃない。だけど、小野小町の美しさは、小野小町を愛する者が、小野小町を美しいと思い込む主観的な美しさだから、たとえ外見が老婆になろうとも、美しく感じる者には、いつまでも普遍の美しさを感じさせる‥‥ってことで、老婆とワルツを踊る詩人の目を通して見れば、美しい姿に見える‥‥ってことだ。

これは、なかなか、的を射た解釈だと思う。だって、ホントに美女だったかどうかも分らなくて、死んだあとにあれこれと話が作られて、後世の人たちが勝手に「絶世の美女」に祭り上げちゃったかも知れない小野小町なんだから、もしかして、美女じゃなかった場合には、数え切れないほどの人たちが、ガクッとしちゃう。だけど、三島由紀夫の捉え方なら、たとえ客観的な美女じゃなかったとしても、主観的な美女ってことになるから、小野小町が美女だったって信じてる人たちは、それぞれが理想とする美しい小野小町像を想像して、そのイメージを信じればいいってことになる。なんてワンダホーで都合のいい考え方なんだ。サスガ、三島由紀夫だ(笑)

‥‥そんなワケで、あたし的には、小野小町よりも、ダンゼン、クレオパトラのほうが理想なんだけど、そのクレオパトラにしたって、ホントは大して美女じゃなかった‥‥って言うか、つまり、現代の美女とは違ってたみたいだ。ちょっと前に、テレビで、クレオパトラの特番をやってたんだけど、その中で、クレオパトラの顔をコンピューターで再現して、立体映像みたくして紹介してたんだけど、それを見たら、なんか、ベッド・ミドラーみたいな顔で、ぜんぜん美女じゃなかった。その上、あの美しいストレートの黒髪も、実はウイッグで、ホントは天然パーマのヘンテコなヘアスタイルだった‥‥なんて聞かされちゃったから、あたしは、アララララララ~ッて感じになっちゃった。だから、科学が進んで、何千年も前のことが分るのはスゴイことだと思うけど、三島由紀夫みたいな感覚を持ってない人にとっては、知りたくないこともあると思った今日この頃なのだ。


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