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2007.01.18

地震百句

今日、1月17日は、6434人もの人が亡くなり、数え切れないほどの人たちが被害に遭った阪神淡路大震災から、12年目の日だ。それで、あたしは、5時46分に黙祷をして、それから、日記を書き始めた。だけど、実際に被災してないあたしが、何を書いたとこで、あんまり意味がない。それよりも、ある1人の俳人の作品を紹介しようと思った。

この俳人は、神戸に住む渡辺夏紀(なつき)さんと言って、あたしは面識がないんだけど、あたしの俳句仲間の俳句仲間の俳句仲間くらいの感じの人だ。渡辺夏紀さんの団地は、倒壊はまぬがれたけど、それでも、娘さんのご一家をはじめ、多くの知り合いが被災して、とてもご苦労なさったと聞いた。そして、震災から100日目に、「地震(ない)百句」と言う手製のミニ句集をまとめられた。自分でコピーしたものをホチキスで閉じた簡単なものだけど、そこには、実際に被災した人にしか分からない命の声があった。あたしは、この、俳句仲間の俳句仲間の俳句仲間から回って来た「地震百句」を読んで、しばらく涙が止まらなかった。今、手元にあるのは、それをさらに、あたしがコピーしたものだけど、一般には売られていないものだけに、ぜひ、1人でも多くの人に読んで欲しいと思う。

だから、今日の日記は、その渡辺夏紀さんの「地震百句」を紹介しようと思う。地震を詠んだ句だから、中には季語のないものもあるし、字余りや破調のものもある。だけど、だからこそ、被災した人たちの気持ち、極限の中での恐怖、悲しみ、そして、喜びが、読む者にダイレクトに伝わって来る。

それから、あたしは、渡辺夏紀さんに連絡を取る手段がないため、ご本人には無許可で、ここに掲載する。だから、ご本人か、ご本人に連絡を取れる人がここを見ていたら、事後承諾で申し訳ないけれど、1人でも多くの人に読んで欲しかったから掲載したということをご理解して欲しい。

 「地震百句」    渡辺夏紀


 何事ぞ寒暁の地震(ない)の太ト地鳴り

 縦揺れや五時四六分の時計飛ぶ

 手さぐりでセーターの袖通す余寒

 蝋燭(ろうそく)のゆらめく影におびえつつ

 うろうろとして停電の日の寒さ

 寒風にとぶ長田区の火事の煤

 握り飯運ぶ夫の気負い立つ

 着膨れてスーパーマーケットの列にゐる

 寒の水ボトルに受けて三つの子

 配られしボトル三本の名水

 大寒や出ない蛇口の頭を叩く

 激震のあと蝋梅のぽつねんと

 冬満月犬にもつきし脅えぐせ

 真夜中にかかる電話や「生きとるかあ」

 (田荷軒は永田耕衣氏の家)
 「田荷軒」は手のつけようがない全壊

 悴む手に豚汁という熱きもの

 炊き出しの豚汁立ちて食う余寒

 立春や線路をみんな歩いて行く

 枕木に泥の布団のなだれ落つ

 頭上注意足元注意春が来た

 生きていてよかつた節分の豆噛る

 沈丁花じりじりふえる死者の数

 無くなつてしまつたデートの街よ三の宮

 紙コップで配る「あつあつの味噌汁をどうぞ」

 代替のバスや斜景の街の凍て

 (若者はボランティアをボラと)
 屈託のないボラ達の引くリヤカー

 明日帰るボラの生徒にカレー炊く

 ボランテイアが残して行つた嗽薬(うがいぐすり)

 明け暮れの地震の話や地虫出づ

 地虫出づ敦盛塚の首が無い

 十日振りのお風呂ですと髪の湯気

 「冬物のシャツですがんばって」と太字

 李さんをたずねたずねて春の雪

 李さんの涙腺ゆるぶ春焚火

 焼芋を抱いてテントに入る李さん

 千年に一度といえる地震の凍て

 春の雪地割れの底に消えて行く

 風花や仮設トイレにすくむ足

 避難所に遅日の毛布干されある

 日脚伸ぶ避難テントに煎じ薬

 永き日の避難テントを留守にする

 たんぽぽや避難テントに靴そろえ

 地震のあと人の恋しき桜餅

 避難所にとどく千個の桜餅

 紅梅や化粧忘れて避難所に

 ヴアイオリンだけ持ち出して避難すと

 厄神の鳥居の失せし落椿

 春一番瓦礫(がれき)の山にある便器

 しわしわの芋に芽が出る瓦礫山

 (被災したAさん、湯の郷に招待される)
 たんぽぽや家は無くとも旅できる

 横浜より地震見舞に雛(ひいな)の絵

 たくさんのやさしさにふれ柳の芽

 風花やしやがみて洗う米二升

 炊き出しの薯(いも)の煮くずれ春隣(はるどなり)

 ミニコンサートあり「百万本のバラの花」

 どこまでも地割れの続く彼岸道

 花韮(はなにら)やドミノ倒しの須磨の露地

 リユツク背に餃子ほおばる春節祭

 春光や解体ビルに腑をさらし

 日脚伸び鉄道が延び水が出た

 水温む「使つて下さい洗濯機」

 未だこわいので「冬服のまま寝ています」

 一枚の瓦が墓標柳絮(りゅうじょ)飛ぶ

 手を合わせ通る焼け跡弥生尽(やよいじん)

 焼け跡の供華に春雨傘かざす

 焼け跡の仮設の駅や春嵐

 焼け跡に大型冷蔵庫立つてゐる

 片側を焼かれ芽吹きぬ銀杏の花

 てつぺんだけ生きて今年の棕櫚(しゅろ)の花

 濁声や仮設市場をはみ出す蕗(ふき)

 花過ぎのユンボ首振る瓦礫山

 解体の空地のふえる春の海

 解体の空地をよぎる孕猫(はらみねこ)

 解体の埃まみれや春の蝿

 記憶のない空地がふえるミモザの黄

 地震の傷しばし忘れて土筆(つくし)つむ

 いかなごを炊く復興のガスの炎よ

 乗り継いで乗り継いで来し卒業生

 見なれたる瓦礫の山をぬけ卒業

 溜池の底がぬけしと蕗の薹(ふきのとう)

 避難テント出て李さんが春日浴ぶ

 傾ぎたる門をささえて辛夷(こぶし)の芽

 ことばより泪が先に楠若葉(くすわかば)

 さくら蕊(しべ)一階はもう住みたくない

 春疾風(はるはやて)避難テントを飛ばすまじ

 春雷やブルーシートの裾の石

 さくら散る避難テントの浅い溝

 傾ぐ家にはなびらつきし靴のまま

 避難所に今日は何日何曜日

 さくら蕊茶碗でご飯食べたいと

 断層の土塊どかり揚(あげ)ひばり

 揚雲雀(あげひばり)野島断層日ざらしに

 断層の深きに澄める春の水

 葉ざくらにしやがみて避難百日目


 「あとがき」

神戸には地震がない、と信じていただけに、一月十七日未明の直下型地震は、本当に今もって信じられない程のショックでした。
さいわい、私の住む団地は活断層からそれていたのか、建物の崩壊をまぬがれることが出来ました。
当初、避難してきた娘一家六人の食べることに追われましたが、孫達も五階まで懸命に水を運んでくれたりしました。
得がたい体験をさせてもらった救援のボランティア活動も一段落したので、たくさんの励ましやお見舞いいただいた方に、神戸の様子を知っていただきたいと、地震百日目(四月二六日)をめどに百句まとめようと決め、できるだけ神戸の街を歩きました。
建物が撤去された空地や焼け跡に花が供えてある風景は口惜しいものです。長田区では、焼け跡の銀杏が半分だけ芽を吹いているのに驚き、思わず幹をなでてやりました。須磨区で全焼したOさんの家の棕櫚の木のてっぺんに咲いた黄色い花を見たときも泪が出ました。消火の水がなくて、二四時間目にOさんの家は焼け落ちました。
避難所に暮らしている方からも、たくさんの辛い話を聞きました。天災プラス人災といえる今度の震災に、国はもっと援助の手をさしのべ、避難している人が一日も早く落ち着ける家を建てて欲しいと願わずにはいられません。
大変もどかしい百句ですが、ささやかなお礼にかえさせていただき、これからも元気で頑張ってゆきたいと思います。

一九九五年四月二六日   渡辺夏紀


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