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2007.03.04

二月の川

Ryuta1
1週間ほど前の2月25日に、あたしの大好きな俳人、飯田龍太さんが亡くなった。86才だったので、大往生と言えるだろうけど、数えるほどしかいない本物の俳人が、また1人、旅立ってしまったかと思うと、本当に惜しまれる。そして、あたしは、ものすごく悲しい。あたしは、自分の体調の悪い時に訃報を聞いたから、なおさら悲しさが募ったんだけど、簡単に「尊敬」なんて言葉じゃ言い表せないほど大好きな俳人だったから、悲しくて悲しくて涙が止まらなくなった。それで、大好きで暗記してる龍太さんの句を書き出していったら、100句以上もあった。

あたしは、龍太さんの俳句が大好きで、どうしても会いたくて、今から十数年前に、あたしの所属してた俳句結社の主宰にお願いして、会いに行ったことがある‥‥って言うか、主宰が龍太さんに会いに行くって言う話を聞いたので、頼み込んで連れてってもらったことがある。龍太さんの家は、山梨県東八代郡の境川村ってとこにあって、細い坂道を上って行った上の、木々に囲まれた立派なお屋敷だった。江戸時代から300年も続く庄屋さんの家系だそうで、お庭には立派な松の木があって、とても風格のあるお家だった。今は、口も根性も曲がってるフロッピー麻生が音頭をとった売国政策、国民から故郷を取り上げるための市町村合併で、「笛吹市」って名前になっちゃって、何百年もの歴史があった地名は消滅させられちゃったけど、当時は、まだ、東八代郡の境川村だった。

それで、あたしにとっては雲の上の人だから、気難しい人だったらどうしようかと思って、最初はすごく緊張してた。だけど、あたしが、「先生の大ファンで、どうしてもお会いしたくて、今日は無理を言って着いて来てしまいました」って言ったら、すごく喜んでくださって、いろんなお話をしてくださった。それで、最初はお茶をいただいてたんだけど、龍太さんがセブンスターを吸ってたので、あたしは、場の空気も読まずに、「あたしもセブンスターなんです!」って言ったら、「あなたも吸いなさい」って言って、ご自分のタバコをすすめてくださった。


‥‥そんなワケで、今日は話題が話題なので、「いかがお過ごしですか?」は使わないで行くけど、龍太さんからタバコをすすめられちゃったあたしは、雲の上の人からタバコをもらうのは失礼だし、だからって、目の前に出されてるタバコを断わるのはもっと失礼だし、ホンの1~2秒の間に、いろんなことが頭の中を駆け巡った。それで、チラッと横を見たら、主宰が「いただきなさい」って感じの目をしてたから、あたしは、龍太さんの差し出したセブンスターを1本いただいたんだけど、そしたら、火までつけてくださった。それで、あとから、いろんな俳句関係者にこの話をしたら、みんな呆れてブッ飛んでた。

だけど、恐いもの知らずのあたしの暴走モードは、まだまだ止まらなかった。舞い上がり気味で、調子に乗り始めたあたしは、龍太さんの句の中で、特に好きなものを何句も何句も暗唱して、「この句も好きです!」「この句も好きです!」「この句は特に大好きです!」って言ってたら、ニコニコして聞いてた龍太さんは、突然、「今日は遠くから来ていただいたのだから、まだ早いけど、ビールでも飲みましょう」って言い出して、ビールが出てきちゃった!

それで、しゃべりすぎてノドの乾いてたあたしは、コップに注がれたビールをククーッて一気飲みしちゃった。でも、龍太さんも、とっても良くしゃべる人で、いろんなことを話してくださった。その中で、何よりも心に残ってるのが、「俳句は自分の目の高さで詠め」ってことだ。これは、それからのあたしにとって、俳句だけじゃなくて、生き方そのものにも大きく影響してる言葉となった。だけど、この「自分の目の高さ」ってのはあたしの言葉で、龍太さんの言葉を正確に言えば、「自分の丈(たけ)で詠め」って言ってた。さらに正確に言うと、「内容の無い人間ほど高級な物を身につけたがるが、自分の丈を超えた物を身につけても意味が無い。俳句も同じで、20代、30代の者が、自分の丈を超えて、50代、60代のような俳句を詠んでも意味が無い。20代には20代の自分の丈、30代には30代の自分の丈があるのだから、その丈で詠めば良い。」って言ってた。

今でこそ、当たり前のように感じられる言葉だけど、若くて背伸びしてた当時のあたしにとっては、まさしく、目からウロコの言葉だった。そして、それから、あたしは、上手に見える俳句や俳句らしい俳句を詠むのはやめにした。ようするに、背伸びした俳句を詠むのはやめたってワケだ。そして、どんなにヘタクソでも、どんなに稚拙でも、その時のあたしの目の高さで、その時のあたしにしか詠めない俳句を詠むように心掛けた。そしたら、それから1年後に、結社の大きな賞をいただくことができた。そして、あたしは、俳句に限らず、どんなことでも、自分の丈で見て、感じて、考えて、選択して、そうして生きて来た。だから、今回の龍太さんの訃報は、あたしにとって、言葉にならないほど悲しいものだった。

‥‥そんなワケで、龍太さんの父、飯田蛇笏(だこつ)は、もちろん、大俳人の中の大俳人だったけど、息子の龍太さんも、それ以上に素晴らしい俳人だ。それも、大俳人だった父とは別の、自分だけの世界を開拓したんだから、これこそ本物だと言える。政治家の場合は、コイズミやアベを見れば一目瞭然のように、2世、3世になるほど、どんどんダメになって行く。それは、親の七光りで何でも手に入る世界だからだ。だけど、俳句の世界は、どんな大俳人の息子だろうと、実力が無かったら誰からも認めてもらえない。だから、大俳人の息子でありながら、そのプレッシャーに負けずに、才能と努力で実力を身につけ、新しい世界を開拓した龍太さんは、ホントに素晴らしい。そんな龍太さんの代表句って言うと、多くの俳人が、次の句をあげると思う。


 一月の川一月の谷の中  龍太


この句は、昭和44年に発表された時に、絶賛する俳人と、「こんなものは俳句じゃない」っていう俳人とに分かれて、俳壇に一大論争を巻き起こした句だ。今でこそ、不動の名句として認められてるけど、その時代には、新しすぎたんだと思う。もちろん、あたしも大好きな句なんだけど、俳句ってタテ書きだから、この句も、正式にはタテ書きにして鑑賞する。そうすると、ミゴトに文字が左右対称になるんだよね。その姿が、まさしく、深い谷の底を一筋に流れてく川のようで、雪解けを待つ山間の澄んだ空気までが感じられて来る。だけど、あたしがもっと好きな句は、次の句だ。


 どの子にも涼しく風の吹く日かな  龍太


一部の欲深い人間が作り出した格差社会なんて、どこ吹く風って感じで、大自然は、お金持ちの子にも貧乏な子にも、平等に涼しい風を届けてくれる。もちろん、こんな読み方をするのは、あたしがヒネクレて解釈したからであって、この句を詠んだ時の龍太さんは、少年のような純粋な目をしてただろう。そして、「風」を詠んだ句と言えば、あたしは、次の句も大好きだ。


 遠くより風来て夏の海となる  龍太


この句は、あたしの理想としてる俳句の姿で、この17音だけで1本の映画が撮れるほど、言葉の向こう側にストーリー性を秘めている。あたしは、龍太さんから、俳句だけじゃなく、人生においても大きな影響を受けたんだけど、やっぱり、俳句を詠む上で、大きな指針となった。だから、多くを語るよりも、あたしの大好きな龍太さんの句を挙げようと思う。


 甲斐駒のほうとむささび月夜かな  龍太

 水澄みて四方(よも)に関ある甲斐の国  〃

 梅漬の種が真赤ぞ甲斐の冬  〃

 甲斐の春子持鰍(こもちかじか)の目がつぶら  〃

 かたつむり甲斐も信濃も雨の中  〃

 かがんぼの音のなかなる信濃かな  〃

 大粒の雨が肘打つ山女釣(やまめつり)  〃

 短夜の水ひびきゐる駒ケ岳  〃

 野火遠し仔鹿の耳がぴぴと揺れ  〃

 芋虫が肥えて気儘な空の艶  〃

 貝こきと噛めば朧の安房の国  〃

 湧きたちて羽蟻まぎるる相模灘  〃

 夏星に海も日暮れの音展く  〃

 恋猫に夜闇の火の気いつまでも  〃

 花店の十歩にしぶく春の潮  〃

 鰡(ぼら)さげて篠つく雨の野を帰る  〃

 梅を干す真昼小さな母の音  〃

 月夜茸(つきよだけ)山の寝息の思はるる  〃

 はんざきの水に鬱金(うこん)の月夜かな  〃  ※「はんざき」とは「山椒魚」のこと。

 塩鮭に鶏とほく鳴きにけり  〃

 朧夜の孕雀(はらみすずめ)が山へ飛ぶ  〃

 海鼠(なまこ)噛む遠き暮天の波を見て  〃

 春分の湯にすぐ沈む白タオル  〃

 裏富士の月夜の空を黄金虫  〃

 大寒の一戸もかくれなき故郷  〃

 白梅のあと紅梅の深空あり  〃

 父母の亡き裏口開いて枯木山  〃

 黒猫の子のぞろぞろと月夜かな  〃


‥‥甲斐の国を愛して、一生を甲斐で過ごした龍太さん。山を愛して、川を愛して、生き物を愛して、四季の移ろいを愛して、そして、俳句を愛して、大自然の懐で眠りについた龍太さん。

最後になりましが、心よりご冥福をお祈り申し上げます。


 龍太逝く二月の川の真つ直ぐに  きっこ


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