昔から「きっこの日記」を読んでくれてる人や、書籍版の「きっこの日記」を読んでくれた人にはオナジミだと思うけど、今から1000年近く前の中国に、蘇軾(そしょく)っていうスーパースターがいた。蘇軾は、別名を蘇東坡(そとうば)っていって、こっちの名前のほうが有名だと思うけど、あたしが蘇東坡を取り上げるたびに、「お墓に立ってるギザギザのスキーみたいなアレとは違うけど」ってネタを使って来たから、それで覚えてくれてる人もいそうな気がする。で、この蘇東坡は、立派な政治家で、漢詩の大家で、すごい書道家で、有名な画家で、魯山人(ろさんじん)や「美味しんぼ」の海原雄山みたいな美食家で、中国の歴史上、有数の天才の1人って言われてた。だけど、そんな天才の蘇東坡にも、たった1つの弱点があって、それが、「お酒が一滴も飲めなかった」ってことなのだ。
で、そんな蘇東坡が、お天気のいい冬のある日、久しぶりに美しい景色でも写生しようかと、絵の道具を持って家を出た。蘇東坡のお屋敷は、都の中の一等地にあったから、美しい景色を見るためには、町の中を抜けてかなきゃなんない。それで、しばらく町の中を歩いてたら、ある街角に、人だかりができてた。それで、蘇東坡は、近くにいた人に声をかけた。
蘇東坡 「おいおい、あの人だかりはナニゴトだい?」
町人 「これはこれは、先生! 今日はお出かけですか?」
蘇東坡 「ああ、天気がいいから写生でもしようかと思って‥‥って、そんなことは置いといて、あの人だかりは、いったいどうしたんだい?」
町人 「実はですね、先生。昨日、どこからともなくやって来た不思議な老人が、居酒屋を見つけるたびに中へ入って行き、その店の酒がなくなるまでガブガブと飲み続けているんですよ」
蘇東坡 「ほほう、それで?」
町人 「1軒目の居酒屋の酒を飲み干すと、次の店、次の店と飲み歩き、もう何軒もの店の酒を飲み干しているのに、いっこうに酔っぱらう様子もなく、次の店へと入って行くんです」
蘇東坡 「それで、今はあそこの居酒屋で飲んでいるのだな?」
町人 「ええ、それで、あの人だかりは、居酒屋の中で飲み続けてる老人を見るために、野次馬が集まって来たってワケなんです」
自分はお酒が一滴も飲めない蘇東坡は、その老人に非常に興味を持ったようで、フラフラと人だかりのほうへと近づいてった今日この頃、皆さん、これからどうなると思いますか?
‥‥そんなワケで、蘇東坡は、人だかりを掻き分けて店の中を覗き込もうとしたんだけど、人垣が何重にもなってて、とても中を見ることなんてできなかった。それでも、どうしても見てみたいと思った蘇東坡は、人垣の外で、その老人が出て来るのを待つことにした。すると、30分も経たないうちに、人垣が前のほうからザワザワし始めて、そのスキマを縫うように、子供のように小さな老人が、長い杖をついて、ヒョッコリと現れた。
年は、90才か100才か、見当もつかないほどの老人で、子供のように背が低いのに、顔は福々しくて、白くて長い眉が垂れ下がっていた。そして、オデコだけが普通の人の2倍以上も長くて、福田総理のようだった。服装は仙人のようで、長いオデコの上には、奇妙なズキンをかぶってた。ま、どんなに長いオデコでも、かぶってたのが「ズキン」だったから良かったけど、「ズキン」の濁点のないものをかぶってたとしたら、あまりにもオカモト株式会社って感じになっちゃう。
で、この不思議な老人に、野次馬たちは次々に声をかけたんだけど、誰が何を話しかけても、この老人は言葉が話せないのか、それとも言葉が通じないのか、ニコニコと笑っているだけで、ひと言も話さなかった。そして、もう何軒もの居酒屋のお酒を飲み干しちゃってるのに、いっこうに酔ってる気配もなくて、また次の居酒屋を目指して歩いて行っちゃった。その悠々たる様子が、あまりにも不思議に見えたので、人々は口々に、「きっとどこかの山から降りて来た高名な仙人に違いない」って言い出して、そこにいた蘇東坡も、「そうだ! あのお方は間違いなく名のある仙人だ!」って断言した。
それで、不思議がる町人たちは、その老人のあとをゾロゾロとついて行ったんだけど、蘇東坡も負けじと追いかけて、荷物の中から写生帳と筆を取り出すと、急いでその老人の絵を描きとめた。そして、老人が次の居酒屋へ入るのを見届けた町人たちは、また口々に、「朝から何升も飲んでいるのに、まだ飲み足りないんだな」って言って、お互いの顔を見合わせた。
‥‥そんなワケで、町から一段高い道の馬上から、この一部始終を見てた大臣がいたんだけど、この大臣は、宮殿へ上がって、当時の皇帝だったシューマッハ‥‥じゃなくて、仁宗(じんそう)皇帝に、さっそく、この不思議な老人の話をした。そしたら、皇帝は、とっても喜んで、こう言った。
「それはまさしく名のある仙人に違いない。仙人がワシの都へと降りて来て、町中の酒を飲んで歩いているとは、なんともメデタイことじゃ。大臣、すぐに町へ行き、その仙人を丁重に案内して来い。そして、ここで、タップリと飲ませてやろう」
で、大臣は、ソッコーで町へと戻ると、その老人は、ちょうど、さっきの店から出て来たとこだった。それで、大臣が、皇帝に言われた通りに丁重な言葉でお招きすると、その老人は、言葉が分かったのか分からないのか、とりあえず、ニコニコしながら着いて来た。そして、無事に、皇帝のいる宮殿まで連れて来ることができた。
その老人の不思議なイデタチを見た皇帝は、これは仙人に間違いないと、たいそう喜んで、立派なイスへと案内した。そして、いろいろと話しかけてみたんだけど、やっぱり、その老人は何も答えずに、ニコニコと笑ってるだけだった。それで、皇帝は、用意しておいたお酒と料理を運ばせて、老人の前にズラーッと並べてみた。すると、老人は、何も言わずに、1番大きな朱塗りの大盃を手にとって、またニコニコと笑いだした。それを見た皇帝は、すぐにお付きの侍女に酒を注ぐようにと命じ、侍女は、大盃にナミナミと注いだ。この大盃は、1升のお酒が入るんだけど、老人は、アッと言う間に飲み干してしまった。
それを見た周りの大臣たちは、みんなビックル一気飲みだったけど、皇帝だけは大喜びで、「なるほど、ミゴトな飲みっぷりじゃ! これはメデタイ! どんどん注いで差し上げろ!」って言って上機嫌だった。そして、それから数時間が過ぎ、夜になっても、老人はまだまだ飲み続けてた。だんだん心配になって来た皇帝は、近くにいた大臣に耳打ちして、「もうどれくらい飲んでいるのだ?」と聞くと、大臣は、「酒は10斗(約180リットル)ほど用意しておいたのですが、もう7斗ほど飲んでしまいました」って答えた。ようするに、ドラム缶1本ぶんのお酒を用意しといたのに、もうその7割を飲んじゃったってことだ。でも、それを聞いた皇帝は、また嬉しくなって来た。
「ほほう! クジラのように飲むことを鯨飲(げいいん)と言うが、これぞまさしく鯨飲じゃな! 愉快、愉快! こんな家来が5~6人もいたら、ワシの酒蔵もたちまちカラッポになってしまうな! ワッハッハッハッハ~!」
‥‥そんなワケで、不思議な老人を名のある仙人だと思い込んだ皇帝が、その飲みっぷりに感心してると、そこに、天文学者がやって来た。当時の中国では、星を観察して吉兆を占ったり、作物の出来高を予想したりしてたので、皇帝はオカカエの天文学者を仕えさせてたのだ。で、その天文学者は、皇帝の耳元で、「大事なお話がありますので別室へ来てください」って囁いて、皇帝を離れた部屋へと呼び出した。そして、こう伝えた。
「ゆうべ、夜空の星を観察していましたところ、皇帝を象徴する帝座(ていざ)の星に、南極老人星がだんだんと近づいて行き、今夜は、すぐそばに輝いているのです。ですから、皇帝のところに来ている不思議な老人は、きっと、この南極老人星の精霊かと思われます」
「なに! それは本当か!」
「はい、間違いないと思います」
なんてやりとりをしてたら、不思議な老人がお酒を飲んでた部屋のほうから、大臣たちの騒ぐ声が聞こえて来た。それで、皇帝と天文学者が急いで駆けつけると、あの老人の姿はどこにもない。大臣たちに聞くと、突然、目がくらむような赤い光が老人を包み込み、その光が消えると、老人の姿も一緒に消えていた、と言うのだ。それを聞いた天文学者は、「やはり、南極老人星に間違いありませんね。南極老人星は、赤い星なのです」って言った。
「そうか! 昔から南極老人星が良く見える年は天下泰平の年と言われているが、その星の精霊がワシの都に降りて来て、ワシの宮殿にまで来て酒を飲んでくれたとは、これぞ天下泰平の証じゃな!」
皇帝は、そう言うと、たくさんの家来たちを勢ぞろいさせて、庭にお香を焚いて、全員で南の夜空を拝んだ。そして、この、「皇帝の宮殿に天下泰平の証である南極老人星の精霊がやって来た」って話は、アッと言う間に都中に広まった。すると、居酒屋をハシゴしてた老人の姿を見た人たちは、精霊の姿を見たと言って、みんな、大喜びした。そして、老人の姿を見られなかった人たちは、蘇東坡が描いた老人の絵に群がった。蘇東坡は、同じ絵を何枚も描き、それは、飛ぶように売れたと言う。めでたし、めでたし。
‥‥そんなワケで、落ち着いて考えれば作り話に決まってるけど、このお話に登場した蘇東坡も、仁宗皇帝も、2人とも実在した人物だから、ナニゲにホントっぽい感じもするし、1000年近く前の話だから、このくらいの不思議なことは、実際にあったのかもしんない。ただ、1つだけ言えることは、この南極老人星ってのは、すべての星の中で1番明るいシリウスに続いて、2番目に明るいカノープスのことなのだ。秋から冬に入り、南の夜空にオリオン座がみえるようになると、そのオリオン座の左のナナメ下のほうを見て行くと、どの星よりも明るく輝いてるのが、おおいぬ座のシリウスだ。
そして、シリウスを見つけたら、そこからまっすぐに下りて行けば、地平線や水平線ギリギリの低い空にボンヤリと赤く光ってるのが、りゅうこつ座のカノープス、つまり、仁宗皇帝の宮殿に飲みに行った南極老人星ってワケだ。やっぱ、飲みすぎてっから赤く光ってんだと思うけど、すべての星の中で1番明るいシリウスが煌々と輝いてるのに対して、2番目に明るいハズのカノープスは、薄暗くて見つけにくい。オリオン座のベテルギウスやリゲルのほうが、よっぽどハッキリと見える。これは、大気の影響によるもので、上のほうにある星は、大気の層が薄いからハッキリと見えるんだけど、地平線に近い位置の星は、大気の層を横から見るワケだから、そのぶん、薄暗くなっちゃうのだ。だから、ニポンよりも、もっと南の国に行って、カノープスが上のほうに見えるような場所まで行けば、シリウスに負けないくらいハッキリと見えるんだと思う。
だけど、逆に、東京からどんどん北のほうに行くと、今度は見えなくなっちゃう。それは、南の空の低い位置に見える星だから、北のほうに行くと、地平線に隠れて見えなくなっちゃうからなのだ。ちなみに、平地だと、だいたい福島県や新潟県あたりがギリギリで、それよりも北に行くと見えなくなっちゃう。だけど、福島県や新潟県より北に行っても、高い山に登ったりすれば、見える場所もある。
で、このカノープスは、ホントは青白い星なんだけど、ニポンからは南の空の地平線に近いとこに見えるために、夕日が赤く見えるのとおんなじ原理で、赤く光って見えるのだ。だから、ニポンよりもハッキリと高い位置に見える南の国に行けば、ハッキリとは見えても、色は青白くなっちゃう。つまり、いくら見えにくくても、赤く見えるニポンはラッキーってワケで、見られる時に見といたほうが得だってことだ。それで、蘇東坡の時代に都があった中国の洛陽や長安でも、ニポンとおんなじように南の空に低く見えるため、カノープスは赤く見えた。そして、中国では、南の方角をオメデタイ方角、赤い色をオメデタイ色としてるから、オメデタイ方角に見えるオメデタイ色の星ってワケで、こんなにもオメデタイ星はなかったってワケだ。
だから、中国では、このカノープスをとっても大切な星としてて、南極老人星の他に、寿星(じゅせい)って呼んでた。それで、この星からやって来た精霊だと信じられてた大酒飲みの老人のことを「寿老人(じゅろうじん)」て呼んだんだけど、この「寿老人」こそが、ニポンのお正月にオナジミの「宝船の七福神」の中の、福田総理みたいに長いオデコをしたおじいちゃんのことなのだ。ちなみに、さっきのお話は、ニポンには平安時代に伝わって来たので、当時は、ニポンでも、「老人星祭」っていうイベントが行なわれてた。そして、それがだんだんに変化してって、お正月の宝船に寿老人も乗り込むことになっちゃったのだ。
でも、中国ではオメデタイ星とされてるカノープスなんだけど、このカノープスがあるりゅうこつ座は、以前は、アルゴ座っていう巨大な星座の一部だった。で、このアルゴ座ってのは、ギリシャ神話に出て来るアルゴ号っていう巨大な船のことなんだけど、ギリシャのイオルコス国の王子、イアソンは、この船にヘラクレスをはじめとした巨人を何十人も乗せて冒険に出て、よその国を襲って財宝とかを略奪しちゃうのだ。そして、その船をかたどった星座、アルゴ座の水先案内人にあたるのが、カノープスだったのだ。だから、カノープスってのは、言うなれば、強盗集団の手引き役みたいなもんで、あんまりいい意味じゃないってワケだ。
そして、ニポンでも、中国からの言い伝えによる「寿星」のオメデタイ意味とは別に、南の低い空に現れて、高く上らずに短い時間で見えなくなっちゃうことから、地方によって、「横着星」とか「無精星」とか「道楽星」とか、あんまり嬉しくない名前で呼ばれてる。その上、千葉県の房総半島では、南の水平線の上に現れる赤いカノープスが、時化(しけ)で死んだ布良(めら)村の漁師の魂だって言われてたことから、「布良星」って呼ばれてて、この星が赤々と見える時は、海が荒れるって言われてた。おんなじ星が、こんなふうに、いい意味にも悪い意味にも解釈されてるのは、「低い空に短時間だけ赤々と見える」っていう特殊な星だからこそだと思う。
‥‥そんなワケで、全天の星の中で2番目に明るいって言われてるカノープスだけど、東京からだと、なかなか見ることはできない。大阪あたりまで南下すれば、もっと見えると思うんだけど、とにかく、東京からだと、南の地平線上に障害物が何もない場所を探すのが大変だ。で、どうすればいいかって言うと、海へ行くってワケだ。千葉の房総半島とか、神奈川の三浦半島とか、静岡の伊豆半島とかに行けば、南は水平線だから、障害物は何もない‥‥って、イカ釣り船が集魚ランプをガンガンにつけてるじゃん!‥‥なんてこともあるから、なかなか見ることはできない。それに、やっとのことで出会えても、双眼鏡じゃないとハッキリと確認することはできなかったりする。でも、あたしの場合は、懸賞で当たったバードウォッチング用の双眼鏡も持ってるし、秘密の観測ポイントもあるから、これから冬にかけて、「1回見ると5年は長生きする」って言われてるカノープスを最低でも2回は見に行って、ひと冬に10年ずつ寿命を延ばしてって、最終的には、100才になってもお酒をガブガブ飲めちゃう寿老人を目指そうと思う今日この頃なのだ(笑)
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