数え日
クリスマスを過ぎると、もう、アッと言う間に大晦日になっちゃって、アッと言う間に新しい年がやってきちゃう。こんな、年の暮れのバタバタしてる日々のことを「今年はあと何日あるのかな?」「お正月まで何日かな?」って数えたりすることから、俳句の季語では「数え日」って言う。で、ホントは、だいたい、12月20日を過ぎたころから年末までの「10日間」くらいのことを指す言葉なんだけど、今の世の中は、年の暮れのクソ忙しい時に「クリスマス」なんかで大騒ぎしちゃってるから、実際に「数え日」ってことを実感するのは、クリスマスを過ぎてからって感じになっちゃってる。そして、12月31日は「大晦日(おおみそか)」だし、その前の30日は「小晦日(こつごもり)」だから、すごくタイトな視点で見れば、26日から29日までの4日間が「数え日」って感じになっちゃってる。
ま、「数え日」って言葉自体が、年の暮れの押し迫った忙しいイメージを表現したものなんだから、あんまり長いのもナンだし、4日間くらいのほうがバタバタしてる感じが出てると思うけど、それじゃ困っちゃうのが、この「数え日」って季語で俳句を詠もうとしてる俳人だ。だって、いくら年末の忙しい時季だとしても、10日くらいあれば、そのうちの1日くらいはノンキに俳句を詠んだりできる日もあるだろうけど、たった4日しかなかったら、忙しくて俳句どころじゃないからだ。
だけど、これもまたおかしな話で、もともと、「忙しくて俳句どころじゃない年末の日々」のことを「数え日」って呼ぶんだから、そんな時にノンキに俳句を詠んでる時間があるってことは、その人にしてみたら、「世の中は数え日だけど、自分は数え日っぽくない日々を過ごしてる」ってことになる。だから、これは、「数え日」の忙しさを実感してないのに「数え日」って季語を使って俳句を詠むってことで、「満月を見てないのに満月の俳句を詠む」ってこととおんなじ「インチキ俳句」になっちゃうと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、実は、この「数え日」って季語、誕生したのはワリと最近なのだ。「ワリと最近」て言っても、もちろん、あたしが生まれるよりは前のことだけど、たぶん、昭和の中期じゃないかと思う。俳句の前身の俳諧(はいかい)は約300年、俳句は100年ちょいの歴史しかないけど、その俳句に使われてる季語の中には、1300年前の万葉の時代から伝えられて来た言葉や風習なども数多くあるし、それ以前の時代のものもある。だから、そうした歴史ある季語たちの並んでる歳時記の中では、昭和の中期に作られた季語ってのは、夏の「サーフィン」や冬の「ホットカーペット」なんかとおんなじで、出来立てホヤホヤの「新入り」ってワケなのだ。
で、この「数え日」って季語は、誕生したのが昭和の中期なんだから、それ以前の俳人の句には、当然、登場しない。江戸時代の松尾芭蕉はもちろんのこと、明治時代の正岡子規にも、子規の弟子の高浜虚子にも、「数え日」の句はない。でも、俳句を知らない人だけじゃなくて、俳句をやってる俳人の中にも、この「数え日」って季語が、新しく作られた季語だってことを知らなくて、昔からある季語だって思い込んでる人も多い。それは、「サーフィン」や「ホットカーペット」のように、誰が見ても最近の言葉って分かるものとは違う上に、旧仮名づかいで「数へ日」って書かれてると、いかにも昔からある言葉みたく感じちゃうからだ。
それで、この「数え日」って季語を使ってる一番古い俳人は?って言うと、ザッと調べてみたら、阿波野青畝(あわの せいほ)だった。これは、あたしが作ってる俳句データベースの中でのことだから、もしかしたら、青畝よりも古い俳人もいるかもしんないけど、とりあえず、こんな句だ。
数へ日を第九の稽古重ねけり 阿波野青畝
青畝は、明治32年の生まれで、平成4年、93才まで長生きした。だから、明治、大正、昭和、平成の4時代を生きた俳人なんだけど、この句は、昭和の終わりに詠まれたものだ。年末にベートーベンの「第九」を合唱するようになったのも、ニポンでは昭和の中期からだから、この句の場合は、「数へ日」って季語だけじゃなくて、詠まれてる景も時代背景を伝えてくれてる。今年の2月10日の「続・差別用語もTPO」の中で少し説明してるけど、青畝は、耳が不自由だった。だけど、それをバネにして、素晴らしい俳句を数多く詠み続けて来たし、師である高浜虚子も、青畝のことを高く評価してた。
俳句って、基本的には、その作品の17音のみを鑑賞するものであって、「誰の作品」だとか、その作者の背景をアレコレと調べてから鑑賞するものじゃない。そうすると、先入観が介入しちゃって、純粋に鑑賞できなくなるからだ。たとえば、どこがいいんだか分かんないような句でも、そこに「芭蕉」って署名がしてあれば、なんか、立派な俳句に思えて来ちゃうし、「天下の芭蕉の句なんだから、どこがいいのか分かんないのは、自分に鑑賞眼がないからだ」なんて思っちゃう。
つまり、この青畝の句も、ホントなら、青畝の作であることも、青畝のバックボーンも、すべて伏せた上で鑑賞すべきものなのだ。だから、これは邪道な鑑賞になっちゃうけど、青畝のことをリトル研究したあたしとしては、晩年を迎えた青畝が、自分とおんなじに耳が不自由だったベートーベンに対してどんな思いを持ってたのか、どんな気持ちで「第九」の練習をしてたのかってことまで思いをめぐらせちゃう。そして、「あと数日となった年末」ってだけじゃなくて、不自由な耳でずっと練習を続けて来た「第九」の本番までが「あと数日」っていう、いろんな意味での「数え日」の感覚が伝わってきちゃうのだ。
‥‥そんなワケで、著名俳人の「数え日」の句だけど、他にも、富安風生(とみやす ふうせい)のこの句も有名だ。
数へ日の欠かしもならぬ義理ひとつ 富安風生
風生も虚子の弟子で、「まさをなる空より しだれざくらかな」って名句を残してるけど、どんな対象でも温かい心で愛でる写生を基本にしてた風生にしちゃ、ちょっと「らしくない句」だ。だけど、年の暮れまで延ばし延ばしにしてた小さな約束を「数え日」を迎えて思い出すなんて、こんなとこにも、風生のマジメさ、風生の人柄がにじみ出てる句でもある。
だけど、やっぱり、写生を本分にしてた風生だから、バカ正直って言うか、見たまま、感じたままを言葉にしてて、ダイレクトすぎて詩心に欠ける。ま、それが風生のイイトコなんだけど、おんなじ句意の作品でも、詩情にあふれた表現を得意としてる矢島渚男(やじま なぎさお)の場合は、こんなふうに詠んでる。
数へ日のこころのはしを人通る 矢島渚男
今年も、あと数日となって、バタバタと忙しい日々が過ぎてく中で、ふと、心のハシッコを通り過ぎてく誰かの影が感じられた。「あっ!あれは佐藤さんだ!そうだ、年内に佐藤さんに会っておかないと!」‥‥なんて思ってたら、今度は、田村さんが通り過ぎてくし、そのあとに渡辺さんも通り過ぎてくし‥‥ああ、ちゃんと義理を大切にして来たつもりだったのに、こんなにも不義理をしてた人たちがいたのか‥‥なんて感じだろう。
だけど、こうした「数え日」の本意を詠むだけじゃなくて、もっと客観的に「数え日の景」をとらえてる句も多い。
数へ日や鋸引きの大鮪 鈴木真砂女
数へ日の夜汽車のひとりひとりかな ながさく清江
鈴木真砂女(まさじょ)は、銀座の路地の奥の小さな割烹の女将さんだったから、この句は、仕入れに行った築地の魚市場での景だろう。巨大なマグロをノコギリで解体してる景は、いつもと変わらないんだろうけど、それが「数え日」だってことで、より、活気が伝わって来る。そして、ながさく清江の句は、一変して、年末に帰省する人たちを写生してる。寝ている人や本を読んでる人など、それぞれは黙しているけど、それぞれの心の中に、これから会う家族の顔や、久しぶりに見る故郷の山河が浮かんでいるのだろう。
また、山や海で働いている人たちは、「数え日」だからって、特別なことをしてるワケじゃない。ふだんとおんなじお仕事を黙々と続けてるだけだ。
数へ日の白雲とゐて山仕事 友岡子郷
数へ日の日のあるうちは沖に舟 西村和子
‥‥そんなワケで、自分が俳句を詠むんだとしたら、「数え日だから忙しい」‥‥って決めつけて詠むと、「夏だから暑い」ってのとおんなじで、「当たり前の俳句」「良くある俳句」になっちゃう可能性が高い。だから、1つの方法論として、「忙しい数え日の中のゆったりした時間」を詠んでみると、また違った年の暮れの景が見えて来る。
数へ日の月あたたかき夜なりけり 久保田万太郎
数へ日のひと日を海に遊びけり 吉藤春美
数へ日や釣に行く竿たしかめて 藤田あけ烏
数へ日の入日府中の町外れ 深見けん二
数へ日の猫たむろせり先斗町(ぽんとちょう) 牧野一古
数へ日の昼よく寝たる一時間 茨木和生
数へ日のなかの一日母を訪ふ 角川春樹
そして、角川春樹の句の心をさらに客観的にしたような感じなのが、次の辻美奈子の句だ。
数へ日の閂ゆるき父母の家 辻美奈子
しばらく実家に顔を出してないと、だんだんと顔を出しずらくなって来るものなのに、この句は、「閂(かんぬき)ゆるき」って描写によって、「いつでも帰っておいで」っていうご両親の温かさを表現してる。「やさしい」とか、「美しい」とか、「美味しい」とかを直接的に言わずに、こうして、何かを描写することで「思い」を表現するってのが、「言わない文芸」である俳句の真骨頂だから、あたしは、こうした秀句と出会うと、胸の奥がジーンとしちゃう。
胸の奥がジーンとするって言えば、で、最初のほうで、「数へ日の欠かしもならぬ義理ひとつ」っていうイマイチの句をあげた富安風生にも、こんなにステキな句がある。
数へ日の盆梅凛と二輪かな 富安風生
「盆梅(ぼんばい)」ってのは、盆栽の梅のことなんだけど、この時季だから、たぶん、温室の中に置いてあったんだと思う。それで、まだ春はずっと先なのに、凛(りん)とした真っ白な花を2つ咲かせてる梅を見て、「盆梅イエ~!」って叫んだアントニオ風生は‥‥って、ダッフンしてる時間がもったいないからサクッと行くけど、ようするに、年内に春を迎えちゃったってワケだ。
今の新暦だと、新年を迎えて、1ヶ月以上が過ぎて、2月4日に立春を迎える。だから、何がどうなろうとも、新年を迎えてから春になる。だけど、昔の旧暦だと、何年かに1回、「年内立春」って言って、年が明けるよりも先に「立春」を迎えちゃうことがあった。今の新暦で言えば、12月のうちに「立春」があって、そのあとにお正月が来るってパターンなのだ。
年が明ける前の12月26日とか27日あたりに、新年会をひらいて、みんなで「明けましておめでとう!」って言って乾杯したらシラケちゃうように、この「年内立春」てのも、ちょっとシラケちゃう。古本屋さんで買って来た推理小説を読み始めたら、5ページ目に赤いペンで犯人の名前が書き込まれてたみたいな、ヒザカックンをやられたみたいな感じになっちゃう。
だけど、風生の句の場合は、「年内立春」とは違って、年内のうちから咲く真っ白な梅に、これから迎える新年への改まった気持ちを感じたってワケで、背スジがシャンとするような、おごそかな気分になって来る。そして、この凛とした空気感の中にも、暖かい冬の日差しが感じられて来て、これから迎えるお正月の一家だんらんも予感させてくれるのだ。これこそが、「言わない文芸」である俳句の真骨頂だから‥‥って、これはさっきも書いたけど、あたしも俳人のハシクレなんだから、辻美奈子や富安風生の句のように、俳句の真骨頂を味わえる深みのある句を詠みたいもんだ。
‥‥そんなワケで、あたしの場合は、理屈じゃ「忙しい数え日の中のゆったりした時間を詠んでみるとイイかも?」って分かってても、年末年始はあまりにも忙しすぎて、どうしてもバタバタした俳句になっちゃう。何年か前に、忙しい年末を半日だけお休みにして、母さんとお寿司を食べに行ったことがあるんだけど、その時に詠んだのが、次の句だ。
数へ日の回り続けるお寿司かな きっこ
あたし的には、久しぶりの母さんとのゆったりした時間を詠んだつもりだったんだけど、あとから読み返してみたら、次々と流れて来るお寿司のお皿が、休みなく働き続けてた当事の自分自身みたいで、ものすごくバタバタしてるイメージの句だってことに気づいた。ま、これはこれで、「数え日」って季語の本意をとらえてるから、俳句としては「アリ」なんだけど、辻美奈子や富安風生の深い世界観には、ぜんぜん及ばない。
だけど、現実的に考えてみたら、あたしの場合、大晦日までの「数え日」は、朝から深夜までカケモチで働いてるんだし、お休みできるのは、元日と2日だけなのだ。そして、3日からは、またまたカケモチのお仕事が続いてくんだから、こんな状況で、「ゆったりした時間」なんて詠むことはできない。今日だって、お家に着いたのは深夜の1時すぎで、急いでこの日記を書いたんだけど、もう2時になっちゃった。だから、あたしの場合は、まだまだ何年かは「忙しい数え日の中のゆったりした時間」を持つことなんてムリだと思うけど、せめて気持ちくらいはゆったりと俳句を楽しんで行こうと思う今日この頃なのだ。
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