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2008.01.15

成人の日

もう夜になっちゃったけど、今日、成人式を迎えた皆さん、おめでとう♪

今日、成人式を迎えた人は、男性が約69万人、女性が約66万人の合計約135万人で、過去最低だそうだ。今までに一番少なかったのは、1966年の丙午(ひのえうま)の年に生まれた人たちが成人した、1987年の約136万人だったけど、今年はそれを下回ったそうだ。でも、成人する人の数は、さかのぼって出生した人数から概算できるから、今年の成人が少ないことは、20年前から分かってたことだ。そして、この先も減少してって、あと数年で120万人くらいにまで落ち込むって言われてる。

あたしが成人式を迎えた15年前は、約200万人くらいだったから、半分にまでは減少してないけど、ずいぶん少なくなったと思う。だけど、そんなことよりも問題なのは、リサーチ会社の「マクロミル」が行なった「新成人を対象にしたアンケート」で、全体の約半数、47%にも上る新成人が、「日本の未来は暗いと思う」って答えてることだ。そして、「将来の夢がある」って答えたのは、63%、つまり、10人に4人は、ハタチになったってのに、自分が何をしたいのか、まだ分からないのだ。

人生に疲れきった中年男が、「未来は暗い」だの「夢はない」だのって言うんならともかく、これから社会へ出て行く新成人たちの多くが、こんなふうに思ってるなんて、ホントにかわいそうになって来る。若い人たちが将来に不安を感じるのも、夢を持てなくなったのも、一部の権力者だけに甘い汁を吸わせるための悪政を続けて来た自民党とナンミョー党のセイだけど、ナンミョー党が「100年安心プラン」だって断言した年金システムが、100年どころかアッと言う間に破綻しちゃった今、多くの若い人たちは、この国に期待することをやめちゃったんだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、「日本の未来は暗いと思う」って答えた新成人たちに、あたしは言いたい。あなたたちは、選挙権を手に入れたんだよ。その1票で、この国の未来を明るいものに変えることができるんだよ。だから、この国の未来が暗いと思ったら、「自分の1票で明るい国にしてやる!」って意気込みを持って、元気に社会へと羽ばたいて欲しい。だって、たった一度の人生なんだから。


どんな時にも絶対に諦めない。
どんな時にも絶対に希望を失わない。


そして、


あらゆるものに対して感謝の気持ちを忘れない。
あらゆることに対して楽しむ心を忘れない。


そして、


毎朝、鏡を見て、笑顔でニッコリ♪


人生なんて、だいたいこれでオッケーだ(笑)


あたしは、今日、朝から晩まで写真スタジオでお仕事してて、何人もの新成人のヘアメークを担当したけど、「今日は寒い」って言ってる子が多かった。それで、あたしは、自分の成人式の時のことを思い出した。あたしの時は、「寒い」どころか、前の日から雨が降ってて、成人式の当日は、みぞれまじりの雨が降ってたのだ。これが、あたしにとって、どれほど悲しいことだったか‥‥。

あたしは、高校を卒業してから、ヘアメークの専門学校に入った。最初の1年間は基礎のコースで、次の1年間はプロのコースだった。それで、ホントなら、あたしは、2年間のヘアメークの学校を終えてから成人式を迎えるハズなんだけど、実は、あたしは、小学校に入る前に、ある病気で半年くらい入院してて、1年遅れて入学してる。だから、小学1年から高校3年まで、ずっと、クラスのみんなよりも1つ年上だった。で、大人になってからならどうでもいいことなんだけど、学生の時って、この「1才の差」が大きい。1つ年上だってことが分かっちゃうと、人間関係がギクシャクしちゃったりする。だから、あたしは、親友以外には秘密にしてた。

‥‥そんなワケで、あたしは、一度も落第なんかしてないのに、高校を卒業した時には19才になってて、専門学校の1年目で、もうハタチになっちゃった。だから、その翌年の平成5年の1月15日に成人式を迎える時には、まだ学生だったんだけど、これが、あたしには辛かった。何でかっていうと、あたしは、子供のころから、ずっと、「1日も早く大人になって、一生懸命に働いて、母さんにラクをさせてあげたい」って思い続けてたからだ。これは、朝から晩まで働き続けてた母さんを見てたから、自然に思ったことだ。そして、あたしは、漠然とだけど、「ハタチになったら大人」って思ってた。だから、子供のころのあたしは、自分が将来、ハタチになった時には、もうちゃんと働いてて、母さんにはお家でのんびりと休んでてもらってる映像が、頭の中のスクリーンに映し出されてたのだ。

だけど、高校生になってから、ヘアメークの道に進みたいって夢ができたあたしは、どうしたらプロのヘアメークになれるのかを調べた。そして、専門学校に行く必要があることと、そのためには大金が必要だってことを知り、それまで以上にバイトの数を増やした。夏休みや冬休みは、1日に2つのバイトをカケモチしたこともあった。そして、高校卒業と同時に、念願の専門学校に入学したんだけど、入学していろんな情報が入って来るようになったら、1年間のコースだけじゃ、なかなかプロにはなれないってことが分かったのだ。

世の中の厳しさを知らないガキだったあたしは、入学案内のパンフレットに書かれてた甘い言葉を鵜呑みにして、たった1年通っただけで、誰でもホイホイとプロになれると思い込んでたのだ。それで、1年間の基礎コースを終えたあとに、本気でプロを目指す人のための養成コースに進めば、プロへの足掛かりができるってことを知って、もう1年、通うことにしたってワケだ。

だけど、この時、あたしは、ものすごい葛藤があった。自分が夢見てたヘアメークの道に進むためには、子供のころから思ってた「ハタチになった自分」、つまり、社会人としてちゃんと働いて、母さんにラクしてもらってる自分の姿とは違う、成人になったっていうのに、まだ、母さんを働かせてる親不幸な自分を受け入れなきゃなんなかったからだ。

それで、あたしは、とにかく母さんに相談した。そしたら、母さんは、「お前の進みたい道に進んでくれることが、あたしの夢でもあるんだよ」って言ってくれた。まあ、そう言ってくれることは聞く前から分かってたんだけど、あたし自身のケジメとして、母さんには自分の気持ちをキチンと伝えておきたかったし、母さんのオッケーがもらえなかったら、ヘアメークの道はスッパリと諦めるつもりだったのも事実だ。

‥‥そんなワケで、あたしは、「ハタチの春に就職する」っていうのなら元気マンマン、笑顔マンマンだったんだけど、「ハタチの春から、あと1年も母さんを働かせる」っていう状況で、新年、そして、成人式を迎えることになった。だから、自分の夢に向かって進める嬉しさや希望にあふれつつも、母さんに申し訳ないっていう気持ちに後ろ髪を引かれてて、なんともビミョ~な気分で年末の日々を送ってた。

そして、年が明けて、お正月を迎えた。母さんと2人のお正月は、いつものように、母さんの炊いた黒豆や、あたしの作った伊達巻の代わりの玉子焼きや、ホウレン草だけのお雑煮を食べて、それから、恒例の百人一首でもしようかと思ったら、母さんがスッと立ち上がって、隣りの部屋に行った。あたしは、別に何とも思わずに、百人一首の用意を始めたら、母さんが、大きな包みを抱えて戻って来た。


「きみこ、成人おめでとう!」


そう言って、母さんは、あたしの前にその包みを置いた。その包みの形状から、あたしは「まさか」って思ったんだけど、開けてみたら、思った通り、ものすごく立派なお振袖だった‥‥。

あたしは、嬉しいとか何とかの前に、想像もしてなかったことだったので、とにかく驚いて、すぐに「ありがとう」の言葉が出て来なかった。広げてみると、銀糸を織り込んだ白地から、裾へ行くにつれて藤色のグラデーションになってて、そこに桜吹雪が舞ってて、ゆるやかな川へと流れてる柄で、ステキすぎて夢を見てるみたいだった。そして、帯も、帯締めも、帯揚げも、長襦袢も、草履も、バッグも、髪飾りまでも、すべてが揃ってた。当時のあたしでも、これがどれほど高価なものなのかは、簡単に想像することができた。

それで、貧乏性のあたしは、こんなに感動的な時なのに、「ありがとう」よりも先に、「母さん、こんなに高価なものを‥‥」って言っちゃったのだ。そしたら、母さんは、「おばあちゃんがね、きみこが成人した時のためにって言って、通帳を遺してくれてたの」って言った。それで、あたしは、中学に上がる年に亡くなった、大好きだったおばあちゃんの顔が浮かん来て、初めて、涙がこぼれた。そして、涙が止まらなくなって、それから、ずっと泣き続けた。

あとから知ったんだけど、おばあちゃんは、あたしのために、毎月5000円ずつ何年間も貯金してくれてて、30万円も貯めててくれたのだ。そして、おばあちゃんが亡くなってからは、その通帳に、今度は母さんがコツコツと貯金しててくれたのだ。あたしが、そのことを知ったのは、この時から何年も経ってからなんだけど、母さんからその話をきかされた時、あたしは、また大泣きした。

‥‥そんなワケで、あたしは、こんなにステキなお振袖を着て成人式に出席できるなんて思ってなかったから、毎日毎日、壁に掛けたお振袖を眺めながら、1月15日が来るのをすごく楽しみにしてた。だけど、成人式の1週間くらい前から、お天気が悪くなり始めて、雨が降ったり雪がちらついたりし始めた。そして、前日の14日から降り出した雨は、当日にはもっと酷くなって、お家の前の道はヌカルミだらけだし、寒いなんてもんじゃないし、最悪の状況になっちゃった。母さんは、「タクシーを呼んであげるよ」って言ってくれたんだけど、それでも、あたしは、命よりも大切なお振袖を汚すようなことになったら大変だから、結局、スーツにコートで出席した。だけど、「晴れ着」って言うだけあって、2日後の日曜日には晴れたので、さっそくお振袖を着て、母さんもお着物でオシャレして、2人で写真スタジオに行って、撮影してもらった。この時の写真は、お振袖と一緒で、今でもあたしの宝物だ。そして、この日から15年が過ぎて、今のあたしは、写真スタジオで、新成人たちのヘアメークをしてる。新たなスタートを切る子たちの、一生で一度の晴れの日を最高の思い出にしてもらうために‥‥なんて、タマにはカッコつけて終わってみた今日この頃なのだ(笑)


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