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2008.01.11

おいてけぼり

今年のお正月は、お正月らしいことを何もしてなかったんだけど、いつも手作りの美味しいお野菜を送ってくださる俳句仲間が、お野菜とお餅を送ってくださったので、遅ればせながら、お雑煮を作って食べた。でも、お雑煮って言っても、子供のころから食べてたお雑煮じゃなくて、お野菜をタップリと入れたお味噌汁を作って、そこに焼いたお餅を入れて食べたから、正確に言えば、「お餅入りのお味噌汁」ってことだ。

あたしが子供のころから食べて来た「我が家のお雑煮」は、お醤油味で、お餅の他にはホウレン草しか入ってない。ようするに、ダシを取ったお鍋にテキトーにお醤油を入れて、お醤油味のすまし汁を作って、そこに、テキトーに切ったホウレン草を入れてひと煮立ちさせたら出来上がり。あとは、焼いたお餅を入れるだけだ。だから、これがお雑煮ってもんだと思って育ったあたしは、中学生になって、初めてお友達のお家のお雑煮を食べた時に、鶏肉だのカマボコだのニンジンだの三つ葉だのって、いろんな具が入ってるもんだから、あまりのゴージャス感に圧倒されちゃった。

ここまでゴージャスだと、獅子舞の代わりに叶姉妹が出てきちゃいそう‥‥ってのは今考えたんだけど、とにかく、あたしは、おんなじ食べ物でも、ヨソのお家はこれほど違うのかっていうカルチャーショックを受けた。もちろん、もう分別のつく年令になってたから、お家に帰って来ても、母さんに向かって「なんで家のお雑煮はホウレン草しか入ってないの?」なんてことは言わなかった。それに、ヨソのお家のお雑煮は、見た目は豪華だったけど、お上品な薄味で、イマイチだったのだ。

我が家では、普段のお味噌汁はニボシのダシだったから、お正月だけ特別の「カツオブシのダシとお醤油」って味がすごく楽しみで、江戸っ子の母さんがシッカリと味付けした濃い目のお汁は、お餅が磯辺焼きレベルの味になって、すごく美味しく食べられた。だから、あたしは、どんなに豪華なお雑煮よりも、ホウレン草だけの我が家のしょっぱいお雑煮が大好きだった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今は、母さんも病気だし、あたしもお肌の曲がり角をアウト・イン・アウトでコーナリングしちゃってから10周もラップを重ねちゃったから、サスガに、お醤油をドバドバ入れたお雑煮は作らなくなった。だけど、基本的には、カツオブシのダシのお醤油味で、ホウレン草の他にイチョウに切ったニンジンも入れるようになったけど、あんまり変わらない。やっぱ、これが我が家の伝統だから、「カツオブシのダシのお醤油味」って部分は守りたいのだ。

だから、今年は、母さんが入院中ってことで、久しぶりにお雑煮を作らないお正月だったけど、遅ればせながら作って食べたのも、お味噌汁にお餅を入れたお雑煮だったから、あんまりお正月っぽく感じられなかった。これは、お味噌味だったって部分よりも、ダシがニボシだったって部分に問題があるんだと思う。我が家では、普段はニボシのダシで、お正月とか特別の時がカツオブシのダシだったから、食べなれてるニボシのダシのお雑煮だと、何て言うか、極めて「日常」って感じがしちゃうのだ。だから、お野菜たっぷりのお雑煮は、とにかくメチャクチャ美味しかったんだけど、ヒトコトで言えば、「お餅入りの豪華なお味噌汁」ってことで、あくまでも「日常の延長」って感じだった。

それで、世の中はって言えば、もうお正月が過ぎて日常に戻ったワケだけど、あたしの場合は、お正月が無いまま、去年の暮れからずっと日常が続いてる感じで、なんか、あたしだけがポツンと取り残されちゃったような空虚感を味わってる。たぶん、三が日にテレビをまったく観なかったことも原因の1つなんだと思うけど、とにかく、世の中がどんどん先へ進んでるのに、世の中においてけぼりにされちゃったみたいな感じなのだ。

‥‥そんなワケで、この「おいてけぼり」には、2種類ある。みんなでどこかにドライブに行って、誰かを乗せ忘れて帰ってきちゃった場合とかの、実際に置いてきちゃった「物理的なおいてけぼり」と、あたしが感じた感覚みたいな「精神的なおいてけぼり」だ。もちろん、どっちの「おいてけぼり」もあんまり嬉しくない状況だけど、前者の「物理的なおいてけぼり」は、あとから笑い話のネタにもできるけど、後者の「精神的なおいてけぼり」は、ちょっと切ない。

この「おいてけぼり」は、「おいてきぼり」とも言う場合があるけど、漢字で書くとどっちも一緒で、「置行堀」って書く。この漢字を見れば分かるように、これは「お堀」のことで、東京の隅田川の周りにあるたくさんのお堀のうちの1つだったって言われてる。ちなみに、ハッキリとした場所は分かってないんだけど、JR錦糸町駅のすぐ近くにある「錦糸掘」が、この「置行堀」だったっていう説が有力だ。

「置行堀」のお話は、落語の怪談噺にもなってるし、昔話として絵本や童話になってるから、すごく有名だ。江戸時代、ある人がこのお堀で魚釣りをしたら、次々にお魚が釣れて、帰るころにはビクがいっぱいになった。で、意気揚々と帰ろうとしたら、お堀の中から「置いてけ~置いてけ~」って声が聞こえて来た。それで、恐くなって走ってお家に帰って来たら、いっぱいだったビクが空っぽになってた‥‥ってお話だ。でも、300年も前に作られたお話だから、ここから派生したいろんなバージョンがある。

たとえば、2人で釣りをしてて、1人は釣ったお魚をお堀に返したから無事に帰れたけど、もう1人はお魚を返さなかったから恐ろしい目に遭った、とか、その恐ろしい目に遭わせた妖怪にしても、「カッパ」「のっぺらぼう」「カワウソ」「幽霊」って、他にもいろんなバージョンがある。だから、細かいシチュエーションに関しては、どれかが正解ってワケじゃなくて、どれもが正解ってワケで、ようするに、すべてのバージョンに共通してる、お堀の中から「置いてけ~」って声がしたから「置行堀」って呼ばれるようになったって部分のみがポイントなのだ。

この「置行堀」のお話は、江戸時代の本所(ほんじょ)、現在の東京都墨田区の辺りに伝わってた怪談を集めた「本所七不思議」の中で、一番有名なお話だ。で、七不思議っていうくらいだから、他にはどんなお話があるのかっていうと、2番目が「灯無し蕎麦(あかりなしそば)」、3番目が「足洗い邸(あしあらいやしき)」、4番目が「送り提灯(ちょうちん)」、5番目が「送り拍子木(ひょうしぎ)」、6番目が「片葉の葦(かたはのあし)」、7番目が「狸囃子(たぬきばやし)」、8番目が「落葉なき椎(しい)」、9番目が「津軽の太鼓」‥‥って、「七不思議」じゃないじゃん!(笑)

‥‥そんなワケで、この「本所七不思議」ってのは、七不思議なのに9個もあるってことが最大の不思議なんだけど‥‥って、これは冗談で、通常は7番目の「狸囃子」までを「本所七不思議」って呼んでる。だけど、8番目の「落葉なき椎」も9番目の「津軽の太鼓」も有名なお話なので、選ぶ人によっては、こっちのお話と何かを差し替えて「本所七不思議」としてる人もいるってワケだ。

たとえば、「世界三大美女」っていうと、ニポンでは「クレオパトラ」「楊貴妃」「小野小町」って言われてる。だけど、世界的に有名な「クレオパトラ」と「楊貴妃」はともかくとして、ここに、あんまり世界的じゃない「小野小町」が入ってることを疑問に思う人も多いハズだ。実は、これは、もともとは「クレオパトラ」や「楊貴妃」と並んでるのは、ギリシャ神話に出て来る最高の美女、「ヘレネ」なのだ。だけど、「世界三大美女」の中にニポン人も入れたいって思った昔の人が、勝手に「ヘレネ」と「小野小町」を差し替えちゃったのだ。だから、今でも、世界的な常識で「世界三大美女」を問えば、「クレオパトラ」「楊貴妃」「ヘレネ」ってワケで、「小野小町」が入ってるバージョンは、この国だけなのだ。

ま、これは極端な例だけど、2006年5月16日の日記、「江戸のたけし軍団」で紹介した、松尾芭蕉の弟子の中の優れた10人を選んだ「蕉門十哲(しょうもんじってつ)」にしても、実際には12人いて、選ぶ人によって、その選出はいくつかのパターンがあった。だから、こういうのは、昔から良くあるパターンなんだろうけど、あたし的には、「そこまでムリをして数を合わせなくてもいいじゃん」て感じもする。別に、「本所九不思議」でも構わないような気もするし、「9」って数が中途半端だと思うんなら、テキトーなお話をもう1個作って、「本所十不思議」にしちゃえばいいじゃんて思う。だけど、どうしても「7」って数にコダワリたい人が多かったみたいで、複数のパターンが存在してまでも、「七不思議」ってことに固執して来たワケだ。

でも、こうしたケースの場合に共通してるのが、「七不思議」の中にも順位がある、「三大美女」の中にも順位があるってことだ。ホントなら、どれもおんなじくらい不思議なお話を7つ集めたり、比べられないほど最高の美女を3人集めたりすべきで、そこに選ばれたら、その中に優劣があったらおかしいハズだ。だけど、現実には、どのパターンの「本所七不思議」でも、トップは「置行堀」だし、2番目から5番目までは、順番は違っても選出はされてる。そして、選出されたりされなかったりしてるのが、6番目と7番目のお話なのだ。「世界三大美女」にしても、「クレオパトラ」と「楊貴妃」は不動で、3番目の「ヘレナ」の席が、それぞれの国によって、その国の歴史上の美女と入れ替えられてる。「蕉門十哲」にしても、宝井其角(たからいきかく)だけは、誰もがトップに挙げてて、其角を外した選者はいない。

これらの選出例を見ると、トップに挙げられてるものは不動のレギュラーメンバーだけど、最後に挙げられてるものは補欠みたいなもんで、ずいぶんと差があることが分かる。つまり、「世界三大美女」って言っても、それは「金メダル」「銀メダル」「銅メダル」みたいなもんで、「クレオパトラ」と「楊貴妃」は譲れないけど、世界3位の銅メダルの席だったら、「きっこ」ってことにしても、世田谷区レベルならそれほどの大問題には発展しないってことだ。「蕉門十哲」にしても、2番目や3番目が「きっこ」だったら大問題だけど、10番目にコッソリと「きっこ」って書いてあれば、見逃してくれる人もいるかもしんない。「本所十不思議」の場合だって、6番目までにナニゴトもなければ、最後の7番目の「狸囃子」の代わりに「きっこ囃子」っていうオリジナルストーリーを入れても、100年後くらいになれば気づかれないと思う。

‥‥そんなワケで、これからは、いろんな「三大ナントカ」とか「七不思議」とかの最後に、コッソリとあたし的なものを紛れ込ませてみようと思う。たとえば、「世界三大珍味」なら、ホントは「キャビア」「フォアグラ」「トリュフ」だけど、コッソリと「キャビア」「フォアグラ」「ホウレン草のお雑煮」とかって感じにしちゃう。そうすれば、全世界にジワジワとあたしのウイルスが拡散してって、世界のどの国に行っても、あたしのことを知ってる人がいて、ちっとも「おいてけぼり」を食らったような、切ない気分にならなくても済むと思う今日この頃なのだ(笑)


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