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2008.01.27

待ち続ける猫

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あんまり詳しく書くワケにはいかないけど、あたしのマンションから、駅とは反対の方向に行ったとこに、空き地がある。小さなお家1軒ぶんくらいのスペースなんだけど、何も建てられないまま、長いこと放置されてる。だけど、夏になって雑草が生い茂ると、誰かが来て刈ってるみたいで、しばらくするとキレイになってるから、一応、管理はされてるみたいだ。で、その空き地に行くと、ものすごい高確率で、もんじゃがいるのだ。それも、定位置に。

空き地の中は、奥のブロック塀の辺りだけは土が盛り上がってるんだけど、それ以外の90%の面積の部分は、あたしから見ると、どの場所もおんなじに見える。枯れた雑草の分布の具合も、土の露出度も、その土のマテリアルも、すべておんなじように見える。つまり、どの場所にいても、猫的な快適度としては変わらないように見える。それなのに、もんじゃがいるのは、絶対に右側のちょっと奥の野菊が生えてるとこなのだ。

たとえば、「周りの土はぬかるんでるのに、その場所だけはいつも乾いてる」とか、「周りは日影で寒いのに、その場所だけはいつも日が差してて暖かい」とか、何らかの理由があるのなら分かるんだけど、どの場所もおんなじように見えるのに、もんじゃは、必ずその場所にいる。だから、あたしは、その場所に何か秘密があるんじゃないかって睨んでるんだけど、頭脳は子供でもベッドでは大人、迷探偵キッコナンの推理力をもってしても、未だに謎が解けない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、もんじゃのことを初めて紹介したのは、去年の10月14日の日記、「猫のことは猫に習え」だけど、そのころのあたしは、足のリハビリのために、毎日、朝と夕方に、近所をお散歩してた。それで、その空き地の前も通るから、最初にそこでもんじゃを発見してからは、通るたびに、「いるかな?」って思って見るようにしてた。だけど、そうそういつもいるワケもなくて、だいたい、5回から10回に1回くらいの確率だったと思う。だから、そのころのあたしにとっては、もんじゃが「いるか、いないか」ってことがポイントで、いたらそれだけで「おおっ!」って感じで、どの場所にいたかまでは気にしてなかった。もしかしたら、潜在意識的には「いつもあの辺の位置にいるな~」って思ってたのかもしんないけど、ハッキリと意識したことはなかった。

だけど、12月からは、お仕事に復帰したので、メッタにお散歩もできなくなり、地元を歩くって行っても、駅までの往復がほとんどになったから、その空き地の前を通ることは極端に少なくなった。それで、多くても週に2回くらいしか通らなくなったんだけど、そうなってから、ものすごい高確率でもんじゃがいるのだ。ちゃんと数えたワケじゃないけど、あたしが記憶してる限りでは、10回前後は通ったと思うんだけど、そのうちで、もんじゃがいなかったのは1回だけなのだ。それも、その日は雨だったから、いなくて当然の日だった。

それで、あたしは、5回目くらいから、「あたしが通れば必ずもんじゃがいる」ってことが気になり出して、何か、もんじゃがあたしの通ることを察知して、わざわざそこで待っててくれてるんじゃないのか?って気持ちがして来た。そして、それとおんなじくらいに、「いつも定位置にいる」ってことも気になり出したのだ。もちろん、いくら「定位置」っていっても、置物みたいに1cmもズレないでおんなじ場所にいるワケじゃなくて、野菊の右側にいたり左側にいたりって感じで、だいたい、野菊を中心として1m四方くらいの中にいるってことだ。それで、あたしは、もんじゃがどうしてその場所にいるのか、通るたびに観察するようになったんだけど、最初に書いたように、外見上は、他の場所とは何も違った様子がなくて、違ってるのは、野菊が生えてるってことだけなのだ。

‥‥そんなワケで、謎が謎を呼ぶ「もんじゃの定位置事件」だけど、迷探偵キッコナンが、今までの観察結果から分かったことや推理したことを箇条書きにしてみる。


1.もんじゃのいる場所が他の場所と違う点は、「野菊が生えている」という点だけである。つまり、もんじゃがその場所にいる秘密のカギは、この「野菊」に隠されてる可能性が高い。

2.「野菊」というのは、花の固有名詞ではなく、野に咲く「菊に似た花」の総称であり、その中には、キク科でない花も多く含まれる。そして、もんじゃのいる場所に生えているのは、正確には「野紺菊(のこんぎく)」である。

3.もんじゃのいる場所に生えている野紺菊は、秋に咲く花なので、開花していない夏場には、周りの他の雑草と区別がつきにくい。しかし、夏場に誰かが雑草を刈る時には、その野紺菊だけは刈り残されている。これは、その植物が野紺菊だと知っている者が、意図的に刈り残していると推測される。

4.もしも、その空き地の管理を一般の管理会社が請け負っていたら、夏場に雑草を刈る場合に、判別しにくい野紺菊だけを刈り残すということは考えにくいし、仮に判別できたとしても、一作業者の立場として、そのようなことは行なわないと思われる。(例外として、その土地の持ち主から「野紺菊だけは刈らないように」と指示されていれば別だが)

5.ビルやマンションが建てられるような面積の土地であれば、どこかの管理会社が管理を請け負っていることも考えられるが、この小さな空き地の面積や、野紺菊だけを刈り残している点などから総合的に推測すると、この土地の持ち主自身が、定期的に見回りに来て、周りの住民に迷惑をかけないように雑草を刈っている、と考えるほうが自然である。


‥‥そんなワケで、ここまでの推理から、あたしは、この土地の持ち主はおばあちゃんで、そのおばあちゃんが、夏になると雑草を刈りに来るんじゃないかって思った。もちろん、おじいちゃんの可能性もあるし、おじさんやおばさんの可能性もあるけど、そんなに目立たないジミな野紺菊を大切にしてるってことから、何となく、やさしいおばあちゃんの姿を想像したのだ。

そして、ここまで来れば、あとの推理は簡単だ。この空き地には、もともと、小さなお家が建ってた。築50年以上の小さな平屋だ。そして、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでた。だけど、何年か前におじいちゃんが亡くなり、おばあちゃん1人になった。そんなおばあちゃんの寂しさを紛らわせてくれたのが、庭に遊びに来るようになった1匹の猫だった。その猫は、顔の模様がおかしかったので、おばあちゃんは、その猫の顔を見ているだけで、楽しい気持ちになることができた。そして、おじいちゃんが亡くなってから遊びに来るようになったから、まるで、おじいちゃんの生まれ変わりのようにも思えたのだ。

それで、おばあちゃんは、その猫に「トクちゃん」って名前をつけた。おじいちゃんの名前が「徳三(とくぞう)」だったからだ。そして、その猫のことを「トクちゃん」て呼ぶと、おじいちゃんと知り合った若いころのことを思い出せて、とっても楽しい気分になれた。結婚して1年目ころまでは、「トクちゃん」「ハナちゃん」なんて呼び合ってたけど、初めての赤ちゃんが生まれてからは、お互いに「お父さん」「お母さん」なんて呼び合うようになったし、子供たちが巣立って行き、最初のお孫さんを抱くようになってからは、「おじいさん」「おばあさん」なんて呼び合うようになった。だから、おばあちゃんは、もう何十年も、「トクちゃん」なんて呼んだことはなかったのだ。そして、そのまま、おじいちゃんは亡くなった。だから、この猫のことを「トクちゃん」て呼ぶたびに、おばあちゃんの心には、若かったころの思い出が蘇って来たのだ。

おばあちゃんは、最初は自分の食事の残り物をあげてたけど、そのうち、わざわざトクちゃんのために、ニボシやナマリブシを買って来るようになった。1人ぼっちになったおばあちゃんにとって、毎日、必ず遊びに来てくれるトクちゃんだけが、何よりの楽しみだったのだ。そして、そんな日が半年ほど続いたある日、おばあちゃんは、病気で倒れてしまった。そして、長いこと、入院することになった。病院のベッドで、おばあちゃんは、猫のトクちゃんのことを心配してた。それで、お見舞いに来た息子夫婦に、「庭に来る猫にご飯をやってくれ」って頼んだんだけど、息子のほうは、野良猫のことなんかよりも自分のお母さんのことのほうが心配だった。それで、こんなお母さんをいつまでも1人で住まわせておけないと思って、「退院したら自分たちと一緒に暮らそう」って提案したのだ。

一方、猫のトクちゃんは、おばあちゃんのいないお家に、毎日毎日、様子を見に来てた。そして、「今日もいないニャ~」って思い、トボトボと帰って行った。もちろん、もともとが野良猫なんだから、他にもエサ場があるから、飢え死にすることはない。あっちのお家で何かもらったり、こっちのゴミをあさったり、イザとなれば、多摩川の岸辺でブルーギルを獲って食べたりもできる。だけど、やさしかったおばあちゃんのことは忘れなれなかったから、毎日、必ず、おばあちゃんのお家の庭に通ってた。

だけど、おばあちゃんは、自分の体力にも自信が持てなくなって、息子夫婦と一緒に暮らすことに決めたのだ。病気が治って退院すると、そのまま息子のマンションへと引越して行き、古くなってたおばあちゃんのお家は、解体されて、空き地になった。そして、みんなで海辺に行きましたとさ。めでたし、めでたし‥‥ってワケには行かないけど、とにかく、おばあちゃんは、可愛いお孫さんたちに囲まれて、今も幸せに暮らしてる。そして、猫のトクちゃんは、近くのマンションの駐車場で、美人でセクシーなお姉さんから、大好物のカリカリをもらうようになって、これまた幸せに野良猫生活をエンジョイ・プレイしてる。

結局、それぞれに幸せになったワケだけど、おばあちゃんは猫のトクちゃんのことが、猫のトクちゃんはおばちゃんのことが、それぞれに気がかりだった。それで、猫のトクちゃんは、毎日のように、おばあちゃんのお家があった場所に通ってたし、おばあちゃんも、時々、空き地の様子を見に行ってた。だけど、朝と夜に通ってたトクちゃんと、昼間に様子を見に行ってたおばあちゃんとは、決して出会うことがなかった。

そんなある日、様子を見に行ったおばあちゃんは、雑草が伸び放題の空き地を目にしたのだ。それで、このままじゃご近所にも迷惑だし、おじいちゃんと何十年も暮らした思い出の場所をこんな状態にしておけないからって、次に来る時には、モンペを履いて、カマを持って来て、一生懸命に草刈りをした。そして、庭だった場所の片隅に、野紺菊を見つけたおばあちゃんは、いつもこの花のとこに来てた猫のトクちゃんのことを思い出して、そこにしゃがみ込み、しばらくじっとしてた。

次の日、空き地にやって来たトクちゃんは、昨日までとは様子が違うことに驚いた。あんなに生えてた雑草が、みんなキレイに刈られてたからだ。そして、空き地に足を踏み入れてみると、どこからかおばあちゃんの匂いがした。それで、空き地の中の匂いを嗅いで回ったら、白いお花の近くが、一番強く匂ったのだ。トクちゃんは、「間違いない。これは、あのやさしかったおばあちゃんの匂いだ」って思って、とっても懐かしい気持ちになった。そして、この場所で待ってれば、絶対におばあちゃんが来てくれるって確信したのだ。

‥‥そんなワケで、「迷探偵キッコナンの推理」ってよりも、いつもの「きっこの妄想」に近いけど、どっちにしても、あたしの空想物語は、これで終わりだ。だけど、こうでも思わなかったら、もんじゃが、いっつもおんなじ場所にいる理由が分かんない。そして、不思議なことは、どうしてなのか解明しないと気がすまないあたしなんだけど、残念ながら猫語は話せないから、もんじゃに聞くことができない。だから、自分で推理するしかないんだけど、どうせ推理するんなら、楽しくて、心が温かくなるようなストーリーのほうがいいし、そうなって来ると、どうしても妄想モードに突入しちゃうのだ。だけど、今朝、久しぶりに空き地に行ってみたら、やっぱりおんなじ場所にもんじゃがいて、あたしと目が会ったら、「ボクが待ってるのはお前じゃないニャ~」って感じの顔をしたように見えたから、あたしの妄想も、あんがい当たってるかもしんないと思った今日この頃なのニャ~♪(笑)


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