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2008.02.26

江戸時代のラブレター

あたしは、メールじゃなくて、ちゃんと便箋に書いてあるラブレターは、今までの人生で2回だけもらったことがある。中学の時と高校の時なんだけど、両方ともクラスメートからだった。高校の時は、それまでもナンダカンダとデートに誘って来たり、フザケ半分ホンキ半分みたいに告白して来たりされてた相手だったから、ラブレターを渡された時も、「今度は手紙作戦なの?」って思った程度だった。だけど、お家に帰ってから読んでみたら、あんまり上手じゃない字で一生懸命に書いてあって、何だか胸がジーンとしちゃった。そして、次の日から、あたしは、ミョ~に意識しちゃって、恥ずかしくて顔も見られなくなっちゃって、しばらく、ギクシャクしちゃったことを覚えてる。言葉で何百回「好きだ」って言われても、こっちにその気がなければ「ウザイな~」で終わっちゃうのに、手紙ってスゴイなと思った。

でも、これは、ラブレターはラブレターだけど、「告白のラブレター」とは違う。その人があたしのことを好きだってことは、前から何度も言葉で言われてたから、「手を変え品を変え」のうちの1つの作戦としてのラブレターってことだ。だけど、中学の時にもらったラブレターは、「告白のラブレター」だった。今じゃ、マンガやドラマでも使われないような形だったんだけど、ある朝、学校の下駄箱の中に入ってたのだ。あたしは、上履きの上に置いてあった手紙にハッとして、心臓がドキドキして、誰にも見られないようにカバンに仕舞った。そして、休み時間にトイレで読んだんだけど、ぜんぜん意識してしてなかった、ほとんど会話したこともなかったクラスメートからだったから、すごく意外だった。そこには、直接的に「好き」とは書いてなかったけど、あたしに好意を持ってるってことがすごく分かる文面で、デートの誘いが書かれてた。

そして、生まれて初めてもらったラブレターに戸惑ったあたしは、トチ狂っちゃって、そのラブレターを母さんに渡したのだ。そこには、「次の日曜日に一緒に映画を見に行きたい。何時にどこそこで待ってるから来て欲しい」ってことが書かれてたんだけど、それを見た母さんは、ヤタラとテンションが高くなっちゃって、まるで自分がデートに誘われたかのように、ノリノリになっちゃった。そして、「何を着てくの?」とか「髪はこうしたほうが可愛いわよ」とか、あたしは、まだ行くかどうか決めてなかったのに、やる気マンマンになっちゃった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、母さんのテンションのオカゲで、何か、それまで普通に生きてた女の子が、急にスポットライトのあたる舞台の真ん中に立たされた‥‥みたいな、それこそ、シンデレラみたいな気分になっちゃった。そして、約束の日曜日が来るまで、学校ではその子をすごく意識しちゃって、授業なんか上の空だったし、仲良しの女友達には、隠し事をしてるのが後ろめたくて、ものすごく複雑でドキドキした日々を送った。そして、ついに、デートの当日がやって来た‥‥ってワケだけど、映画を観て、お茶を飲んで、ゲーセンに行って、たこ焼きを食べてって、ごく普通のデートをした。

だけど、あたしは、生まれて初めてのデートだったし、その男の子も生まれて初めてのデートだったから、2人ともすごく緊張してて、お茶を飲んでる時までは、ほとんど会話ができなかった。でも、ゲーセンに行って、いろんなゲームで遊び始めてからは、緊張も解けて、普通に話したり笑ったりできるようになった。そして、たこ焼きを食べてる時には、次のデートの約束もした。結局、「恋人」って呼べるような付き合いにはならなかったけど、それから卒業までの1年半、仲良く楽しい中学生らしい付き合いをすることができた。

その男の子は、中学卒業と同時に、お父さんの転勤で遠くに引越ししちゃって、しばらくは電話や手紙のやり取りをしてたんだけど、お互いに高校で新しいお友達ができて、自然にフェードアウトしちゃった。だから、縁がなかったっていえば縁がなかったワケなんだけど、それでも、とっても楽しい思い出を作ることができたのは、その男の子が、ラブレターで告白してくれたからだと思う。もしも、直接会って告白されたり、電話で告白されてたとしたら、その子をぜんぜん意識してなかったあたしとしては、たぶん、最初のデートには行かなかったと思う。ましてや、別のお友達に呼び出されて、「○○が君のこと好きみたいだよ」なんて伝言みたいなことをされてたら、逆に、嫌いになってたと思う。

つまり、突然、お手紙をもらって、そこに「入学した時から気になってた」ってことが書かれてたことが、ドアーズの「ライト・マイ・ファイヤー」じゃないけど、何もなかったあたしの心に小さな小さな火をつけたのだ。そして、デートの日までの数日間、ずっとドキドキとした日を過ごしたことで、小さかった火は、どんどん大きくなって行ったのだ。

人それぞれだと思うけど、あたしの場合は、好きな相手から告白されるんなら、別に手紙じゃなくても、言葉でも、電話でも、どんな方法でも嬉しい。だけど、こっちが何とも思ってなかった相手からの場合は、言葉よりも、文字のほうが遥かに嬉しい‥‥っていうか、相手の思いが伝わる。言葉って、確かにインパクトはあるけど、言ったそばから消えてっちゃうものだから、こっちは、その時の感覚だけで反応しちゃう。だけど、文字の場合なら、ボディーブローみたく時間をかけてジワジワと効いて来るから、何とも思ってなかった相手からでも、だんだんとその気になって来て、「とりあえず会ってみようかな」って気持ちになって来るのだ。

‥‥そんなワケで、あたしのこの感覚って、別に特別なものじゃなくて、ニポンの女性の伝統的な感覚なのだ。今でこそ、男女同権だとか何だとか声高に叫び、いろんな分野に女性も進出するようになって来たけど、万葉の時代の女性たちは、「ひたすらに待ち続ける」という生き方をしてた。これは、結婚するまでも、結婚してからも、生涯に渡ってのことだった。

当時は、もちろん一夫多妻だったし、それも、別居が基本だったから、男性は、いろんなところに奥さんや恋人を何人も持って、その日の気分で、会いたいのところへ通ってた。そして、ダンナさんがお金持ちじゃないと、そんなに何人もの奥さんを養えなかったんじゃないの?って思うかもしんないけど、当時は今と正反対だった。何人もの奥さんたちのほうが、それぞれお金を出して、ダンナさんを食わせてやってたのだ。だから、モテる男性は、たくさんの奥さんを持つことができて、その上、お金までたくさん集まるってワケで、男性にとっては、モテるようになることこそが、成功への道だったのだ。

で、結婚するまでは、お互いの顔を見ることさえなかった万葉の時代には、何をもって「モテる」「モテない」が決められてたのかっていうと、それは、和歌の巧さだった。当時の和歌は、今で言うラブレターだったから、直接相手に会うことができなかった男性たちは、ステキな和歌を書いて、それを女性に送ったのだ。そして、女性も歌を返してお返事をしたんだけど、お互いに顔も知らない相手との手紙だけのやり取りだから、その歌や文字から、相手のことを想像して、恋の炎を燃え上がらせていた。

ちなみに、当時の男性の魅力は「歌の巧さ」、女性の魅力は「文字の美しさ」だったから、顔やスタイルのような外見は関係なかった。モテたいと思う男性たちは、セッセと和歌の腕を磨いたし、女性たちはお習字の練習に励んだのだ。そして、お互いに顔も知らない男女が、この和歌というラブレターのやり取り だけで恋に落ちて、男性が女性を気に入ると、女性のところへ「夜這い」に行く。ようするに、セックスをしに行くワケだけど、この「夜這い」ってのが、今で言う「プロポーズ」だったのだ。

そして、暗闇の中で、お互いに顔を知らないカップルがセックスをして、明け方を迎えて、ほんのりと白んで来た夜明けに、男性は初めて女性の顔を見る。それで、男性は帰って来るんだけど、顔を見て、その女性のことを気に入ったら、帰って来てから手紙を送る。そして、奥さんにしたいと思うほど気に入った場合には、それから3日連続で通えば、それが事実上の結婚てことになる。また、結婚するほどじゃないけど、このまま別れるのは惜しいって思った場合には、連続じゃなくて、何日か置きに通う。そうすると、奥さんとしてはイマイチだけど、とりあえず、恋人関係だけは続けて行こうっていう意思表示になる。

今、思うと、あまりにも男性中心で、トンデモない恋愛みたく見えるけど、当時は、これが普通だったし、女性のほうは、「待つこと」によって恋心を燃え上がらせてたのだ。そして、何よりも「恋愛こそが人生」っていう時代だったから、男性も女性も、このスタイルの恋愛を謳歌してたのだ。たとえば、結婚に至るまでの和歌のやり取りの過程でも、男性のほうは、あえて相手にヤキモチを焼かせるような歌を詠んでみたり、女性のほうも、ワザとお返事を遅らせて相手をジラしてみたりと、いろんな手法で恋愛を楽しんでいたのだ。

‥‥そんなワケで、万葉の時代には、和歌のやり取り、つまり、ラブレターのやり取りが恋愛の中心だったワケで、すぐに相手と会えたり、たとえ遠く離れてても、電話やメールですぐに連絡がとれる現代の短絡的な恋愛とは、「思い」の深さが違ってた。会えないことは当たり前で、すぐに連絡をとることもできなかったからこそ、その熱い思いを和歌に乗せて相手に送り、送ったあとは、お返事を待つ。ひして、お返事を待ちながら、美しい月を見上げて、「ああ、この瞬間に、かの人もこの月を見上げているのだろう‥‥」なんて思ってたのだ。

で、ここまで聞けば、万葉の時代の恋愛もなかなかじゃん!‥‥なんて思ったかもしんないけど、他人の力を借りないと恋人の1人も作れないような男は、この時代にもたくさんいたワケだし、そうした男たちに目をつけた男もいたワケだ。それが、モテない男たち、つまり、和歌のヘタな男たちのために、代わりにステキな和歌を詠んでくれる代書屋さんだったり、文字がヘタな男たちのために、代わりに達筆で和歌を書いてくれる代書屋だった。

そして、この「代書」って仕事は、それからもいろんな形で受け継がれて行くんだけど、江戸時代になると、「懸想文(けそうぶみ)」を売る「懸想文売り」が現れるようになる。この「懸想文」ってのは、当時のラブレターのことだけど、ようするに、文字の書けない人たちのための「ラブレターの代書屋さん」だ。だけど、そのイデタチが怪しさマンマンで、白い覆面で顔を隠して、烏帽子(えぼし)をかぶって、梅の枝に「懸想文売り」の札をさげてたのだ。何でかっていうと、当時、生活が厳しかった公家たちがバイトとして「懸想文売り」をやってたので、知り合いに顔を見られると恥ずかしいから、覆面で顔を隠してたのだ。

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‥‥そんなワケで、あたしは、最初に、ラブレターを「今までの人生で2回だけもらったことがある」って書いたけど、こないだ、人生で3回目のラブレターをもらった。だけど、これは、残念ながら、あたしに対するラブレターじゃなくて、毎年2月2日と3日の節分になると、怪しいイデタチの「懸想文売り」が現れる京都の須賀神社に行った俳句仲間の女性が、あたしのぶんも買ってくれて、プレゼントしてくれたものだ。かつては、ラブレターの代書屋さんだった「懸想文売り」だけど、今では、最初から印刷してある「懸想文」を恋愛成就のお札として売ってるのだ。

他にも、この「懸想文」をタンスに入れとくと、お着物が増えるって言われてる。もちろん、ミスター・マリックの手品みたいにお着物が増えるワケじゃなくて、誰かがプレゼントしてくれたり、何かの懸賞で当たったり、ものすごい格安のバーゲンに遭遇したりって感じで、お洋服が増えて行くって意味だ。で、いただいた「懸想文」は、梅の枝をデザインした台紙の上に、その枝に結んであるような感じに結ばれてて、広げてみたら、こんな歌が書いてあった。


ふりしきる 雪に鎖ざさる 山里に
ひとり待ち侘び 打つ砧(きぬた)
君こふ夜を 重ねきて 澄み渡りたる冬空を
流れる星に願(ね)ぎ奉り こほれる泪 玉の如
あくがれいづる心花 幾夜を堪えて 見上くれば
時の流れも大空に 霞たなびき子(きた)のかた
帰る雁が音(かりがね) 忘られぬ
夢もうつつに 有明の 月影澄みて 鵲(かささぎ)の
かけし浮き橋 渡り行き 胸の埋み火 かきたてて
心は静(しず)に 鹿の声 
笛の音清く 響きあひ あけの玉垣眺むれば
白雪の覆ひし野辺も 若草の 萌へる思ひに 梓弓
はる待ちわびて 天の原
振り放けみれば 春の陽の 昇る光の赤々と
受けて輝く朝雲の 吉兆なりと 喜びて
思い起こせば初春の 子の日は共に 小松引
変わらぬ色を頼りにて 永き年ふりけふの日は
たが里よりか 梅が香の あかぬ香りも昔にて
同じ形見の袖の色 引く糸あかく 尋ぬれば
後会の 契り遣はず 常磐松 軒端の花は咲き初めて
萬代かけて 高砂の 深き契りを叶へむと
神の御心 明らかに この喜びぞ 富士の高嶺に


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‥‥そんなワケで、まずは軽いツッコミから行くけど、終わりのほうの「思い起こせば初春の」の「思い」と、「変わらぬ色を頼りにて」の「変わらぬ」は、正しくは「思ひ」「変はらぬ」って表記すべきで、他がすべて歴史的仮名遣いなのに、この2ヶ所だけが現代仮名遣いになってるのは、明らかに制作者のミスだ。あたしは、仮名遣いにはうるさいほうだから、こうした間違いはすごく気になっちゃう。だけど、こんな俳句も詠まれてるくらいだから、「懸想文」の誤字は今に始まったことじゃないみたいだ。


 懸想文誤字をかしとも悲しとも  田畑美穂女

  
で、そうしたことを抜きにして行くと、今まで「きっこの日記」を読んで来た人たちなら、だいたいの意味は理解できると思う。たとえば、中盤の「白雪の覆ひし野辺も 若草の 萌へる思ひに 梓弓 はる待ちわびて 天の原」のクダリなら、「若草が萌える」と「燃える思い」をカケてるワケだし、「はる待ちわびて」は、「弓を張る」と「春」とをカケてるワケだ。そして、全体の流れとしては、「雪」や「冬空」から始まって、「埋み火」で思いを表現しつつ、晩冬から浅春の「帰る雁」、「はる待ちわびる」、そして「梅が香」へと進んで行って、最後はおめでたい結婚だ。だけど、正直、古典が好きなあたしから見ると、かなり「おいおいおいおい‥‥」って内容で、どこで切ればいいのか分かんないし、ツッコミドコロも多い。そして、正岡子規も、あたしとおんなじふうに思ったみたいだ。


 懸想文詩か萬葉か催馬樂か  正岡子規


「催馬樂(さいばら)」ってのは、簡単に言えば、平安時代の流行歌だ。ようするに、初めて「懸想文」を見た子規は、「詩なのか和歌なのか流行歌なのか分からない」って感じたワケだ。だけど、何よりも「縁起物」なんだから、あんまりツッコミを入れて御利益がなくなっちゃうのも困るし、おかしな点は各自でチェキして欲しい。とにかく、あたしの場合は、良縁はともかくとしても、欲しいのにガマンしてるお洋服がたくさんあるから、この「懸想文」は、大切にタンスの中に仕舞った。できれば、憧れのパオラフラーニのブルーのカモメみたいな春物のワンピが欲しいので‥‥って、あまりにもピンポイントな物欲だけど、こんな句も思い出した。


 懸想文青い鴎(かもめ)がそのなかに  西野文代


10万円近くもするワンピなんて、絶対に自分じゃ買えないから、何らかの他力本願的なラッキーにゆだねるっきゃないんだけど、それにしたって、ただ単に「欲しい~!」って思い続けてるだけよりも、この「懸想文」の御利益にあずかれば、あんがい、ヒョンなことで手に入るかもしんない。ま、高価なお洋服にしても良縁にしても、そうしたチャンスって、懸想文売りのように、足音もなく近づいて来るもんなんだと思う。だから、目の前にそのチャンスが訪れてても、気づかない人は気づかない。


 懸想文売の足音なかりけり  茨木和生


‥‥そんなワケで、文章の内容だけじゃなくて、その文字の美しさからも思いが伝わるお手紙って、誰が打ってもおんなじ文字のメールとは違って、ホントに味わい深くて、歴史のある伝達方法だと思う。だから、メールばかり打ってる人は、タマには、お手紙を書くようにしてみたらどうだろう。特に、好きな相手に自分の思いを伝えるラブレターの場合には、まったくおんなじ文面でも、メールだと伝わらない思いが、手書きのお手紙なら伝わることもあると思う。だから、あたしも、これからは、できるだけ手書きのお手紙を書くようにしてみようと思った今日この頃なのだ。


 待つだけの女は嫌よ懸想文  きっこ


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2008.02.25

第28回ゴールデンラズベリー賞

今年も、多くの映画ファンが、アカデミー賞よりも楽しみにしてるゴールデンラズベリー賞、通称「ラジー賞」が発表になった。第28回のラジー賞を受賞した作品や俳優は、以下の通りだ。


【最低作品賞】 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー(I Know Who Killed Me)」

【最低主演男優賞】 エディー・マーフィー 「マッド・ファット・ワイフ(NORBIT)」のノービット役

【最低主演女優賞】 リンジー・ローハン 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」のオーブリー役とダコタ役

【最低助演男優賞】 エディー・マーフィー 「マッド・ファット・ワイフ」のミスター・ウォン役

【最低助演女優賞】 エディー・マーフィー 「マッド・ファット・ワイフ」のラスプーシア役

【最低スクリーンカップル賞】 リンジー・ローハンとリンジー・ローハン 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」の陰の彼女と陽の彼女

【最低リメイク賞/最低詐欺賞】 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」

【最低続編賞】 「ダディ・デイ・キャンプ(Daddy Day Camp)」

【最低監督賞】 クリス・サイヴァートソン 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」

【最低脚本賞】 ジェフリー・ハモンド 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」

【最低の謎解きをしたホラー映画賞】 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」


「28th Annual Golden Raspberry Award “Winners”」
http://www.razzies.com/history/07Winners.asp


‥‥ってなワケで、小学生並みの知能なんじゃないかって言われてる「お騒がせセレブ」のリンジー・ローハンちゃんが、前評判通りに大活躍しちゃった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、このラジー賞をほぼ総ナメにしちゃった「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」って映画がどんな映画なのかっていうと、女子高生のオーブリー(リンジー・ローハン)が、連続殺人鬼に誘拐されて、両親が「もう殺されてるだろう」って諦めかけた2週間後に、奇跡の生還を果たす。だけど、それは、片腕と片足を切断されてるっていう変わり果てた姿だった。で、両親は必死に看病するんだけど、2週間に渡る殺人鬼の拷問によって、重度のPTSDになっていたオーブリーは、「私はオーブリーじゃなくて、ストリッパーのダコタだ」って言い出しちゃう。そして、本当のオーブリーは、まだ殺人鬼に捕らえられていて、殺されかけてるって言い続ける‥‥ってストーリーだそうだ。

で、最初に書いたように、リンジー・ローハンは、この映画で、女子高生のオーブリーとストリッパーのダコタの2役で「最低主演女優賞」を受賞してんだから、ストリッパーのダコタってのも、空想の中の映像みたいな感じで登場するんだと思う。まあ、このアラスジを聞いただけでも、とても観ようとは思わない映画だけど、さらに、「ハリウッドの藤原紀香」って呼ばれちゃいそうなほどのダイコン、リンジー・ローハンが主役だってんだから、お金をもらっても観たくない。ま、バカなジャニタレが主演の映画を観に行くようなオメデタイ人もいるんだから、こんな映画でも、お金を払って観る人もいるんだろうけど。

それにしても、何よりもスゴイのが、最後のエントリーの「最低の謎解きをしたホラー映画賞」ってのにも、この映画が選ばれてるってことだ。これは、去年までは「最低ファミリー映画賞」っていうカテゴリーだったのに、ラジー賞のオフィシャルサイトを見たら、新しいカテゴリーとしてこんな賞ができちゃってたもんだから、あたしは、飲んでた抹茶入り玄米茶を乳首から噴き出しちゃったよ(笑)

だって、このカテゴリーの名前を見れば、この映画のために新設された賞だってことが一目瞭然なんだもん。たとえば、アベシンゾーを表彰したくて、わざわざ「空気が読めないで賞」ってのを新設するみたいなもんだと思う。この賞は、正式には「Worst Excuse for a Horror Movie」って書いてあって、この「最低の謎解きをしたホラー映画賞」ってのは、あたしが訳したものだ。「Worst Excuse」を普通に訳すと、「最悪の弁解」とか「最低のイイワケ」とかって意味なんだけど、この場合は「ホラー映画に対する」ってのがついてるから、リトル違って来る。つまり、「推理小説の最後の種明かしが最悪だった」って感じで、この場合も、映画の結末の「それまでの謎が解明される部分が最悪だった」って解釈する。だから、もっと短くて巧い訳もありそうなんだけど、あたしの英語力だと、「最低の謎解きをしたホラー映画賞」って訳すのが精一杯なのだ。

‥‥そんなワケで、1つの映画で2役を演じて、その両方で「最低主演女優賞」を受賞しちゃったリンジー・ローハンもワンダホーだけど、その上を行くのが、1つの映画で3役を演じて、それが「最低主演男優賞」と「最低助演男優賞」と「最低助演女優賞」を受賞しちゃったエディー・マーフィーだ。この「マッド・ファット・ワイフ」って映画は、原題は「NORBIT(ノービット)」って言うんだけど、エディー・マーフィーが、主役のノービットと、ライバルのミスター・ウォンと、太った女性のラスプーシアの3役を演じたことで話題になった。で、その3役が、すべてラジー賞を受賞したってワケだ。

あたしは、昔っから、エディー・マーフィーのどこが面白いんだか理解できなかったし、何で人気があるのかも理解できなかった。ただペラペラとつまんないことをしゃべってるだけって感じで、演技力もないし、見てるほうが恥かしくなって来るような言い回しやオーバーアクションに、あたしの苦手な「アメリカ人が喜ぶドタバタ喜劇」の現代版みたいなイメージしか持ってなかった。それなのに、いろんなとこの評価を見ると、エディー・マーフィーの演技力や役作りをベタボメしてるものが多いから、いっつも不思議に思ってた。エディー・ヴァン・へイレンのギターの演奏力なら、ベタボメしても理解できるけど。

で、今回のラジー賞は、リンジー・ローハンとエディー・マーフィーとで二分するような形になっちゃったけど、「俳優」じゃなくて「映画作品」ってことで見れば、「最低作品賞」と「最低監督賞」と「最低脚本賞」を総ナメにした「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」こそが、最低最悪な映画作品だってことになる。逆に、「マッド・ファット・ワイフ」のほうは、3役を演じたエディー・マーフィーだけが受賞してて、映画作品や監督、脚本は受賞してないんだから、ストーリーとしては、それなりに面白いのかもしんない。だから、エディー・マーフィーに無理な3役をやらせて、ヘタに話題作りをしたことが裏目に出ただけで、ちゃんとした俳優を3人キャスティングして、もっと映画として「観せる」ような作品にしてたら、もっと高く評価されてたって可能性もある。

‥‥そんなワケで、あたしは、「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」も「マッド・ファット・ワイフ」も観てないんだけど、もしも、テレビでやったとしても、やっぱり観る気はない。「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」のほうは、最初に書いたように、ストーリーそのものが「観たくもない話」だってことと、何よりも、リンジー・ローハンなんかの学芸会みたいな演技を2時間も観続ける自信がないからだ。そして、「マッド・ファット・ワイフ」のほうも、エディー・マーフィーのギャグが寒くて苦手なことと、基本的に、この手の映画が嫌いだからだ。たとえば、シュワルツネッガーが似ても似つかない双子のカタワレを演じた「ツインズ」とか、こういうアメリカ人のノリって、あたしは、どうしても受けつけない。

だけど、3年前の第25回のラジー賞で、「最低作品賞」と「最低監督賞」と「最低脚本賞」を受賞して、主演のハル・ベリーも「最低主演女優賞」に輝いた「キャット・ウーマン」を何日か前にテレビでやってたから、あたしは、録画しといて夜中に観てみた。あたしは、ハル・ベリーは大好きだし、猫も大好きだから、機会があったら観てみたいって思ってたのだ。だけど、公開された翌年に、ラジー賞を総ナメにしちゃったから、「そんなにひどい映画なら観る価値ないか」って思ってた。

だから、無料で観られるパソコンテレビで「キャット・ウーマン」が配信されてても、ラジー賞による先入観から、あたしは、観ることはなかった。でも、そのあとに、実際に観た知り合いから、「評判ほどひどい映画じゃないと思うよ。私はケッコー面白かったよ」って聞いたので、「じゃあ観てみるか」って思ってたところ、テレビでやったってワケだ。

それで、あたしは、録画したのを夜中に観てみたら、相変わらずハル・ベリーは可愛いし、猫っぽい動きも良かったし、壁を走り回っちゃうとこなんか爆笑だったし、あたし的にはワリと楽しめた。評判の悪いCGにしても、もともとアメリカのバカ映画に興味のないあたしとしては、「スーパーマン」や「バットマン」や「スパイダーマン」なんかと「どこが違うの?」って感じだった。もしかすると、ラジー賞による先入観や、ひどい評判ばかり耳にしてたことから、ものすごくハードルを低くして観始めたために、「そんなにひどくないじゃん!」って感じた部分もあったのかもしんない。

結局、ある程度の先入観があったとしても、アカデミー賞を受賞した映画だって、あたしにはつまんない映画もいっぱいあるし、ラジー賞を受賞した映画でも、あたしにはそれなりに楽しめる映画もあるってワケだ。ようするに、みんなが「良い」っていうものが、必ずしも、自分にとっても「良い」ものであるとは限らないってワケだ。それに、ハル・ベリーの場合は、こんな最悪な賞を受賞したってのに、堂々と受賞式に出席して、壇上で「感激して泣くマネ」まで披露した上に、「このShit(クソ)を私にキャスティングしてくれたワーナーブラザーズに感謝したい!」ってコメントして、会場を沸かせたんだもんね。ま、これは、「キャット・ウーマン」から3年前の2001年に、「チョコレート」で、黒人女性としては初めてのアカデミー賞の「主演女優賞」を受賞してるから、その余裕もあったんだと思うけど、ホントにステキな女性だと思う。

‥‥そんなワケで、いくらジョークだとしても、主役を演じたハル・ベリー自身が「クソ」とまで言い放った「キャット・ウーマン」だけど、あたしには可愛くてカッコ良く見えた。だから、人の感性は十人十色なんだけど、これらの映画が「芸術映画」じゃなくて「商業映画」だってことを踏まえて考えれば、人の感性なんていうアヤフヤなモノサシじゃなくて、正確に評価できるモノサシがある。それが、「興行収益」だ。「スーパーマン」や「バットマン」や「スパイダーマン」みたく、どんなにおバカな映画だって、たくさんの動員があって大きな利益が生まれれば、それは、興行として成功したことになる。つまり、「評価されるべき映画」だってことになる。で、このモノサシを使って、去年公開された邦画の中から「ニポンのラジー賞」を探してみると、ダントツの1位が、どっかの都知事が脚本から制作から総指揮までした大バカ映画、「俺は、君のためにこそ死ににいく」だろう。なんせ、どこの映画館もガラガラで、7億2000万円もの大赤字を出したんだから、言わば、これは、「映画界の新銀行東京」と呼んでも過言じゃないと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.02.24

新カレー作戦

何日か前のことだけど、朝からスタートしたお仕事が、モデルさんの都合で押しまくりで、バタバタしてて、お昼ご飯を食べる時間がとれなかった‥‥って言っても、午後1時か2時くらいには終わったんだけど、朝ご飯を食べてなかった上に、前の日の夜も食べてなかったあたしは、お腹がペコペコになっちゃった。それで、あたしは、お昼用として、梅干とオカカのオニギリを2個作って持ってたので、この日はカケモチじゃなかったから、お家に帰ってからオニギリを食べようと思った。だけど、お家に向かって運転してるうちに、ホントにヤバイくらいお腹がペコペコになって来ちゃった。

これが、食べ物を何も持ってなかったんなら、とにかくお家へと急いで、帰ってから何か作って食べるしかないんだけど、この日は、助手席のバッグの中にオニギリがあった。そして、水筒代わりの500のペットボトルにお茶も入れて来てるので、いつでも食べることができる。だから、駒沢通りを走ってたあたしは、あと10分もしないでお家に着くような場所だってのに、オニギリの誘惑に負けちゃって、駒沢公園の前で車を停めた。ここは、知ってる人にはオナジミだと思うけど、道路のワキにズラーッと車が停まってて、みんな休憩してる場所だ。ほとんどは、タクシーとか外回りの営業の人とかがサボッてるんだけど、一般の車もいる。

で、そこに車を停めたあたしは、小さい車載テレビを観ながら、オニギリを食べ始めた。誰が言ったか知らないけど、「空腹こそ最高の調味料」とか何とかってセリフがあったけど、ホントにその通りだと思った。そして、お腹がペコペコの時って、ヘタに豪華なものよりも、オニギリとか、白いご飯とお味噌汁とお漬物とか、そういったシンプルなものほど美味しく感じるし、「ああ~ニポン人に生まれて良かった~♪」って思える今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、車の中でオニギリを食べながら、テキトーにつけたテレビのワイドショーを観てたんだけど、「今年は花粉の飛散が去年の2倍から3倍になるから、去年は大丈夫だった人も今年は要注意」ってことを言ってた。それで、街ゆく花粉症の人たちに、「完全に花粉症が治るならいくらまでお金を出してもいいか」っていうアホなアンケートをとってたんだけど、一番多かったのが、「5万円~10万円」だった。でも、中には、「完全に治るのなら500万円以上出してもいい」って人もいれば、「お金を払ってまで治りたいとは思わない」って人もいた。

500万円出してもいいって人は、きっと、ものすごく重症の花粉症で、ものすごい大金持ちなんだと思う。そして、お金なんか払いたくないって人は、ものすごく軽い花粉症なんだと思う。だから、こうした極端な人たちは除外するとしても、「街の声」としてOAされてた何人かの人たちの中には、「年金暮らしなのでギリギリの生活をしてるけど、それでも花粉症が治るのなら、何とかして10万円くらいまでは出す」っていうおばあちゃんもいた。それから、20代後半くらいの若いサラリーマンは、「50万円払っても治したい」って言ってた。この人は、決してお金が有り余ってるワケじゃない。営業のお仕事をしてるそうで、お客さまの前で鼻水が止まらなくなって営業にも支障をきたすから、お仕事のために「50万円払ってでも治したい」ってことだった。

年金暮らしのおばあちゃんにとっての10万円も、若いサラリーマンにとっての50万円も、それぞれの収入で見れば「約2ヶ月ぶん」てことになるから、これはどっちも大金だ。つまり、金額は違うけど、どっちも、「大金持ちにとっての500万円」とおんなじくらいの大金なのだ。そして、それだけの大金を払ってでも治るもんなら治したいって思うほど、つらい思いをしてる人たちがいっぱいいるってことだ。

‥‥そんなワケで、あたしも花粉症だけど、最初は漢方で良くなったんだけど、お薬の値段が高くて続けられなくなったら、また症状が酷くなった。それから、自己流でいろいろと試してるうちに、前にも紹介したけど、ついに、オリジナルの「花粉症対策カレー」を作り出すことに成功した。今ころの早い時季と、本格的な花粉シーズンに入ってからの2回、このカレーを作って食べれば、マスクもお薬もなしで、そのシーズンを乗り越えられるようになった。詳しい作り方や食べ方は、2005年3月10日の日記、「花粉症対策カレー」に書いてあるけど、これは、あくまでも、「あたしには絶大な効果があった」ってだけで、それは、あたしの、あたしによる、あたしのための「花粉症対策カレー」だからだ。

おんなじお薬でも、効く人と効かない人がいるように、このカレーも、「花粉症がピタリと治った」って人もいれば、「ずいぶんラクにはなったけど、まだクシャミや鼻水は出る」って人もいれば、「ほとんど効果は感じられなかった」って人もいる。そして、これは、花粉症の程度や、タイプや、その人の普段の食生活とかにも関係してることだと思う。

たとえば、あたしは、「できる限りケミカルなお薬は飲まない」ってことを徹底してる。サスガに、インフルエンザになったら病院に行くけど、普通の風邪の場合は、病院なんて行かないし、市販のお薬も絶対に飲まない。葛湯を飲んで体を温めたり、ショウガ汁にキビ砂糖を加えて熱湯を注いだものを飲んだりして、あとは、おへその下のチャクラにエナジーが集中するように瞑想して、自己治癒能力を高めてから、ひたすら寝る。これで、ほとんどの風邪は治る。

そして、普段の食べ物も、できるだけ添加物の入ってないものを食べるようにしてるから、あたしの体は、ワリとケミカルレス状態のほうだと思う。だから、肺炎になりそうなくらい酷い風邪を引いて、仕方なく市販のお薬を飲む時には、箱に書いてある成人の規定量の半分で、絶大な効果がある。鎮痛剤とかって、常用してると、だんだんに効かなくなって来て、服用する量が増えてくけど、これの正反対の状態ってワケだ。

‥‥そんなワケで、コンビニやスーパーで売られてる食品も、ファーストフード店やファミレスをはじめとした外食のお店で提供されてる食べ物も、現代の食品て、ほとんどが添加物だらけだ。まったく自炊をしないで、3食すべてコンビニや外食で済ませてると、1年間に摂取する添加物、つまり、食べた物に含まれてた防腐剤や漂白剤などの総量は、軽く30キロを超えちゃうそうだ。もちろん、これらの添加物は、「一度に摂取しても危険のない量」しか添加されてないし、基本的には体外へと排泄されるワケだから、みんなそれなりに生きてるってワケだ。

だけど、食品の見栄えを良くしたり、食品を長持ちさせるために、こうした添加物が次々と作られて、こうした食品を何も疑わずに口にする人たちが増えて来てから、ガンの発生率は何十倍も激増した。そして、いろんなアレルギーに苦しむ人たちが増えて来たり、成人病を発症する子供が増えて来たり、精神的に不安定な子供も増えて来て、「イライラしたから人を殺した」なんていう少年犯罪までが増えて来た。ま、この変のことが、食べ物と関係があるのかどうかは分からないけど、「ナチュラルなものしか食べないように食生活を変えたら、性格まで穏やかになってイライラすることがなくなった」っていう人もたくさんいるんだから、一概に無関係とは言えないと思う。

それで、「できる限りケミカルなお薬は飲まない」ってことを徹底してるあたしは、ものすごくタマに風邪薬や鎮痛剤を使うと、驚くほど良く効く‥‥ってことを踏まえた上で考えたんだけど、あたしたちが食べても何ともない現代の食品でも、タイムマシンに乗って、地球上に添加物も農薬も存在しなかった原始時代へ行って、ナチュラルなものだけを食べて暮らしてる原始人に食べさせたとしたら、最低でも具合が悪くなって倒れちゃうだろうし、ヘタしたら死んじゃうかも?って思ったのだ。つまり、何代にも渡って、長年、添加物を摂取し続けて来たあたしたち現代人には、何でもないような微量の毒であっても、まったく摂取したことのない原始人にとっては、致死量に値する猛毒になるんじゃないのか?ってことだ。

‥‥そんなワケで、話はクルリンパと戻るけど、あたしの花粉症が一番酷かった時って、あたしは、今とはずいぶん違う食生活をしてた。もちろん、基本的には自炊がメインだったけど、買ってくるお野菜は、生産地なんて気にもしてなかったし、何よりも「安いもの」を選んでた。そして、普通に外食もしてたし、今じゃ死んでも口にしないようになった吉野家の牛丼も食べてたし、デニーズのハンバーグも食べてた。マックやケンタッキーをはじめとしたファーストフード店も利用してたし、今の一般的な人たちとおんなじような食生活をしてた。

だけど、この「きっこの日記」を書くようになってから、それまでは気にもしてなかった社会問題とかに目を向けるようになって、いろんなことを自分で調べるようになったら、この世の中って、あまりにもトンデモな世の中だってことが分かって来た。特に、食べ物に関することだ。それまでは、何の疑いも持たずに口にしてた食べ物が、実は、トンデモないシロモノだったってことが分かって来た。それで、あたしは、どんどん利用できるお店が減って来て、どんどん食べられる物がなくなって来て、今じゃ、自分で食材を選んで、自分で調理したものじゃないと、安心して食べることができなくなっちゃった。だから、今は、99%は自分で作ったものを食べてるし、1年くらい前からは、何よりも危険なお肉をできる限り口にしないようになった。

で、あたしの食生活は、こうしてジョジョに奇妙に変化して来たんだけど、それにともなって、花粉症の症状も、ジョジョに奇妙に軽くなって来たのだ。ようするに、あたしの花粉症が治って来たのは、漢方薬やカレーだけの効果じゃなくて、こうした毎日の食生活にも、ある程度の補助輪的な効果があったんじゃないか?って思ってる。ちなみに、「補助輪的効果」ってのは、今、書きながら思いついた言葉なんだけど、子供が三輪車から二輪車へとレベルアップする時の、アレのことだ。我ながら、うまい言葉を思いついたもんだと自画自賛しつつ、本線に戻るけど、あたしは、今日、すごく久しぶりに、花粉が原因ぽい感じのクシャミが出て、花粉が原因ぽい感じの透明でお水みたいな鼻水が出た。

それで、あたしは、ヒサビサに「花粉症対策カレー」を作ろうかと思ったんだけど、ここで、ハッと気づいたことがある。それは、「花粉症対策カレー」には、挽肉を入れなきゃなんないってことだ。今のあたしは「ヘタレなベジタリアン」だから、どこかで出されたお料理やお弁当にお肉が入ってれば食べるけど、自分から進んで食べることは拒絶してる。で、ただ単に「カレーを作って食べよう」ってことなら、お肉を入れずに作ればいいだけの話なんだけど、これは、すべての材料の組み合わせによって効果が生まれてる「花粉症対策カレー」だから、1種類でも材料を減らすと効き目がなくなっちゃう恐れがあるのだ。

あたしの予想としては、特に効果があるのは、大量に入れるニンニク、ショウガ、タカノツメの三種の神器で、続いて、大量のタマネギ、そして、市販のカレールーに含まれてる、ターメリックをはじめとしたいろんな香辛料なんじゃないかって思ってる。だから、挽肉は入れなくても良さそうな気もするんだけど、こういうのって、それぞれの成分の組み合わせによる相乗効果が大事なみたいな気もする。だから、一見、関係なさそうに思える挽肉を入れなかったことによって、ニンニクの効果も、ショウガの効果も、タカノツメの効果も、タマネギの効果も半減しちゃって、結果、花粉症を抑えるだけの効果が望めなくなっちゃう可能性もある。

もしも、あたしが綾波レイだったら、「にんにくラーメン、チャーシュー抜き」ってことにすればいいんだけど、あたしの場合は鼻水レイって感じだから、「にんにくカレー、挽肉抜き」ってワケには行かない。そこで、あたしが考えたのが、挽肉の代わりに、魚介類による動物性タンパク質を補完計画するか、お豆腐や納豆とかの植物性タンパク質を補完計画するか‥‥って作戦だった。ただ、味を考えた場合、ニンニクやショウガやタカノツメをたっぷり入れたカレーには、牛と豚との合挽肉が合うワケで、シーフードカレーにしちゃったら、ぜんぜん合わないと思う。

シーフードの場合は、エビとかイカとかの具から出たダシの甘みを生かすために、ニンニクやショウガは入れないほうが美味しくなる。だけど、花粉症とは関係ない普通のシーフードカレーを作ったって、そんなもん何の意味もない。だからって、お豆腐や納豆も「パンチの無さ」はシーフード以下だから、これもおんなじだ。

‥‥そんなワケで、あたしが考えたのは、「シーフードの中で、お肉にヒケを取らないほどインパクトのある味のもの」ってワケで、いろいろと考えた結果、たどり着いたのが、「アンチョビ」と「クサヤの干物」だった。そして、両方とも高価だけど、カレーにドバッと入れるほど大量に用意するってことを考えたら、まだ、クサヤの干物のほうが安く済むと思った。だけど、あたしのキッチンでクサヤの干物なんか焼くのは絶対にイヤだし、だからって、焼かずにカレーの中に入れて煮込んだら、劇的な匂いのビフォー・アフターなカレーになっちゃいそうだ。そして、仮に花粉症に効果があったとしても、朝からニンニクとクサヤを食べた日にゃあ、絶対にお仕事に行くことはできない。だから、あたしの「新ヤシマ作戦」‥‥じゃなくて、「新カレー作戦」は、まだまだ花粉のATフィールドを破ることができないので、「みのり園」さんの「べにふうき」でも飲んでみようかと思ってる今日この頃なのだ。


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2008.02.23

産経新聞よりインリン・オブ・ジョイトイ

ちょっと前ですが、インリン・オブ・ジョイトイが、いいこと‥‥っていうか、当たり前のことを言ってます。産経新聞なんか読むよりも、インリンちゃんのブログを読んでたほうが、遥かに正常な人間になれますね。


「日米共同犯罪?」
(前略)
私は沖縄によく行くから基地問題やアメリカ軍には凄く敏感で…で、いつも思う…事実、アメリカ海兵隊員なんて犯罪者か犯罪歴ある人か犯罪したくて我慢してるような知性も理性もない人ばかりだし、そもそも徴兵で強制されてんじゃないのにわざわざ軍隊入る人間なんて、殺人を職業に選んでる異常者!人間失格。
沖縄はこんな連中や、その家族が自由にしてんだから事件が起きないはずがない。
またこの軍隊家族系が困ったもんで、日本人の税金で高いマンションに住んで、でかい自家用車乗り回して、その車には「神は偉大だ」とか「キリストが守ってくれる」とか妄想ステッカー貼ってる。
あなた達アメリカが、毎日、中東の国で罪もない民間の人、子供たちまで虐殺してて何が神だよ!
そんなんで愛や平和を語る資格なし!そんな神はいなくていい。
(中略)
てか、なぜアメリカの軍隊が沖縄にいるのか?って考えると、アメリカ大好きアメリカ軍隊大好きアメリカの言いなりの日本政府に、女子中学生はレイプされたってことにもなるよね。
軍隊なんて国民を守らない。
世界のどこの軍隊も、平和の為の軍隊なんて有り得ない。
軍隊なんて各国の権力者を儲けさせる為にあるだけだよ。
(後略)


「愛のエロテロリズム」(2月12日)
http://blog.livedoor.jp:80/yinlingofjoytoy/archives/51081808.html


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元気玉のカケラ

Y985
ものすごくたくさんの人たちから、「きっこの日記R」の嬉しい感想が届いてて、あたしは、感謝しても感謝しきれないほど感謝してる‥‥って、リトル変な言い方だけど、心を込めて書いた本なので、とっても嬉しい。読んでくださった皆さん、そして、感想を送ってくださった皆さん、本当にありがとうございました♪

それで、あまりにも嬉しいので、何通かを紹介しようと思ったんだけど、よくよく考えてみたら、ほとんどの感想メールが「ネタバレ的な内容」だった。そりゃそうだよね。本を読んだ感想なんだから、その内容について触れてるのは当たり前だ。だけど、この喜びを伝えたかったから、今日は、感想メールの中から、あんまりネタバレになってないものだけを探して、何通か紹介させていただくことにした。いつものように、本名が書いてあったものはイニシャルに変えて、ハンドルネームだったものはそのままで、紹介させていただきます。


お名前:N
コメント:きっこさん初めまして!大阪市在住のNと申します。きっこの日記を毎日読む事が日課になっていて、一日の楽しみです。きっこの日記Rは、前作からおよそ1年ぶりの出版という事もあり、出版を発表された時からとても首を長くして待っていました。そして本を購入して一日で読破してしまいました!(笑)全体的に凄く笑えたり感動しました。と同時に、もの凄く胸が痛くもなりました。あの日記を書いてる人とは想像もつかない位の壮絶な過去があったんだなって思いながら読んでたら、一章読み終えた時点で号泣でした。でもウェブ上だけでは知りえなかったきっこさんのことを知れて、すっごく嬉しかったです☆日記の方も、内容を修正してるとあったので、全部本で読んだら、日記で読んだのとは全く印象が違い、凄く新鮮でおもしろかったです。何回も読み返したくなる本に久々に出会えました!これからもお体に気をつけて頑張って下さい!応援しています。


お名前:猫好きの哲
コメント:きっこ様、漸く最新刊の「きっこの日記R」が届きました。まだ、ほんのさわりしか読んでいませんが、出版された理由が想像した通りでしたので、少し心配しましたが、一読者も気持ちで繋がっています。きっこさんの努力がきっと良い方向に向うと思います。本多勝一さんが「物事は弁証法的に発展する」と誰かの言葉を引用して随分前に書き、行動していますが、僕もどんなに政治や取り巻く環境が悪くとも、発言し行動すれば周りは少しは変わると思います。僕はあなたより20歳以上も上ですが、新聞やテレビは真実を伝えない中で「きっこの日記」を発見しました。今日はこれ位で失礼します。御身体だけは大切にして下さい。著書はこれからゆっくり読ませて貰います。では、良い一日を。今は午後ですが、ま、固い事は言わずに。


お名前:F
コメント:きっこさん、こんにちわ。辺野古の事で質問メールを送り、丁寧な返事を頂戴した横須賀のFです。その節はどうもありがとうございました。この度は「きっこの日記R」のご出版、おめでとうございます。私はいつも利用している書店に予約しておいたのですが、発売日の前日に受け取ることができました。1冊目、2冊目も読み応えがあって楽しめましたが、今回の「きっこの日記R」は想像していた以上に衝撃的な内容で、通勤中に読んでいた私は電車の中で思わず涙がこぼれてしまいそうになり、慌てて本を閉じました。そして後書きを読み、きっこさんの苦しい胸の内が伝わってきました。きっこさんの日記やブログを読んでいる人たちは、皆、きっこさんのことを応援していると思います。早く大きな元気玉ができるように、私も友人達に「きっこの日記R」を薦めています。長くなってしまいましたが、きっこさん、くれぐれも無理をしないよう、これからもマイペースで続けてくださいね。


お名前:YI
コメント:きっこ様、初めてメールさせていただきます。私は東京在住の40代、中学生と小学生の子を持つ平凡な主婦です。きっこさんが毎日発信する日記に、笑ったり怒ったりと日々刺激されています。一昨日「きっこの日記R」がアマゾンから届き、わくわくしながら読み始めました。本の読み方としてはルール違反ですが、きっこさんの告知で気になっていた後書きから読み始めました。そして驚きました。児島玲子さんのこと、本を出版した理由、他にも沢山の驚きがありましたが、きっこさんが何も言わずに今まで耐え続けていたことに、胸が張り裂けそうな思いがしました。そして書下ろしエッセーを読み、あまりのことに涙が止まらなくなりました。きっこさん、本当にお辛かったでしょう・・・信じがたい体験もそうですが、それを文章に書き本にしたきっこさんがどれほどの思いだったのかと・・・平凡な人生を送って来た私には想像を絶することでしたが、それをバネにして明るく前向きに生きているきっこさんに、大きな勇気をいただいたような気がします。きっこさん、これからも応援して行きますので、お母様と幸せに暮らせる日に向かって、がんばってくださいね。


お名前:KT
コメント:京都の田舎の、教会の隣に住むものです。『きっこの日記R 好き?好き?嫌い?編』を読み終えました。きっこさんの小学生の頃から今までの歩みに、胸を打たれるものがありました。また、児島玲子さんと対談で書かれていた内容など、毎日のきっこさんの元気なブログからは窺えない“しんどさ”も分かりました。そんな多くの文章の中で、『ずぶぬれて犬ころ』で書かれていた内容には、改めて考えさせられました。その内容を、ものすごく簡単に言ってしまえば、『あなたは他人の痛みをどれだけ我がコトとして思えるのか?』、そして『あなたは自分の人生に真摯に向き合っているか?』というメッセージだったと思います。この文章を読み、おもわず、わたしの中途半端な日々を振り返り、考えさせられました…。それと、ブログのきっこの日記に書かれてた『大きな元気玉』の意味が分かりました!なるべく早くに“元気玉”がドッカーン!とはじけて、きっこさんやお母様の心配な気持ちを心から吹き飛ばしてしまって、元気になられますことをホントに期待しています。では、また。


お名前:OT
コメント:きっこさん、新刊本、読み終わりました!きっこさんが言ってたとおり玉手箱の様な本で、最初から最後まで楽しめました、、、と言うか、いろんなことを考えさせられました。ほのぼのしたり、怒りがこみ上げてきたり、感動したり、悲しくなったり、、、そして何度も泣いてしまいました。きっこさんが言ってた様に、書下ろし記事や後書きにも感動しましたが、江川紹子さんとの対談が印象的でした。僕も江川さんは好きなジャーナリストなんですが、テレビ等では聞けない話が沢山出てきて、改めて江川さんを好きになりました!(きっこさんのこともです。笑)きっこさんは本を出すのは今回が最後と言ってましたけど、是非続編も出版してほしいです!今後も期待してます!


お名前:YM
コメント:きっこさん、はじめまして。私は静岡県の三島に住んでいる、三人の子を持つ専業主婦です。昨日「きっこの日記R 好き?好き?嫌い?編」を、本屋さんにて購入しました。WEB上では書けない話に興味があり、実際、話の内容も面白かったのですが、本という媒体を通すといつもとは違う感動を味わえたので、それがとても新鮮でした。ところで、改めて2007年4月6日の「大人のみなさんへ」を読むと、涙がこぼれてきました。このスピーチに興味を持ち、他のサイトで日本語訳のものをいくつか読みましたが、そのお蔭できっこさんの訳がとても素晴らしい事に気が付きました。他の訳は、それこそ「辞書を片手に教科書どおり」に訳したのかな?と、そちらの方がメッセージよりも気になりがちですし、言い回しに少しの「傲慢さ」を感じるのですが、きっこさん訳では、セヴァン・スズキの伝えたい事がまっすぐ心に伝わり、しかも「謙虚さ」が感じられました。内容は同じだから、少しの違いはたくさんの心配りがあってこそなのかしら、とても素敵な訳をありがとう!と自然に感謝の気持ちが湧いてくる程でした。初めて読んだのがきっこさん訳なので「なんと素晴らしいスピーチ!」と感動しましたが、最初に他の人の訳を読んでいたら「子どもなのに偉いねェ・・・」で終わっていたかもしれません。翻訳は言葉では伝えられない相手の雰囲気が感じられるように工夫しなければならないので、技術的に凄く難ししいと思っていました。きっこさん訳が、そういった意味で大成功と思うだけに、スピーチの内容は素晴らしいのだから、良さを際立たせる訳で多くの人に読んでもらえたらいいにと、何だか悔しくさえなってきました。(中略)読んで下さって、ありがとうございます。まだまだ寒い日が続きますが、お体ご自愛ください。


お名前:MM
コメント:きっこさん、こんにちは。大阪府柏原市のMMです。「きっこの日記R」の感想ですが、特に書下ろしが印象的でした。ウェブ日記でもそうですが、きっこさんのシリアス系のお話にはいつも感動し、また考えさせられることが多くあります。と、同時に「私はあと数年したらこのようなことが書ける(言える)人間になるだろうか」とも考えます。いつも軽い焦燥感と脱力感が入り混じり、私もしっかりしなきゃなって反省しています。(きっこさんのおかげで、ようやくテレビや新聞の報道には疑問を持って読める(見れる)ようになってきました。今までは鵜呑みでしたから・・・)ですが今回は、きっこさんの恋愛遍歴が一番インパクトがありました。というのは、「きっこさんも男にはエライ目にあってきたんや!」って思ったからです(笑)私もたいがい男運は悪いです。今は結婚していますが、だからと言って何が変わるということはありません。結婚生活でもエライ目にあってますが、「ま、縁あって一緒になったんだからとりあえずは面倒見てやるか」と言う感じで、私の忍耐とあきらめのシンクロ率は毎日更新を続けています。きっこさんは、最悪な男とばっかり付き合ってきたことを書いておられました。なんだか私も昔のことを思い出し、クスリときました。しかし私はきっこさんの男気のあるところが好きです。「お金がないんなら、あたしが食わせてやる。」 とても男前だと思います。男前と言えば、児島玲子さんとの対談でもおっしゃっていましたが、「男なんかにまけてたまるか!」と言う精神も全く同じです。なんだか嬉しくなりました。相手を好きになるのに●●もどうでもいいっていう感覚も分かります。私もきっこさんと同じ感覚ですから(笑)「実験君」の話もツボでした。良く分かります。実は私も妄想好きで、いったん妄想の中に突入してしまうと、周りが見えなくなり、その人になりきってしまい、思わずセリフを口に出してしまいます。独り言というには大きな声です。ときどき自分でもびっくりしてしまうくらいです。母親には随分気味悪がられました。良識のストッパーがほしいです・・・。取り留めのないことを書いてしまいました。とにかく、私は強くて頭がよくて美人のきっこさんが好きです。(特にサラサラの髪、あこがれます。私の髪は南国系扁平きしめんゴワゴワタイプなので)これからも頑張ってください!


‥‥そんなワケで、最後に紹介したMMさんからのメールは、最後の「美人のきっこさん」て部分をどうしても掲載したかったので(笑)、1ヶ所だけ、重要なネタバレ部分を黒丸で隠させていただいた。他にも、すごくたんさんのメールをいただいてるんだけど、どのメールもとっても嬉しくて、あたしは、心から感謝してる。そして、あたしの大好きな荒木師匠や笛田さおりちゃんやオムライス党のみずほたんも、ご自身のブログで「きっこの日記R」について書いてくださった。


「荒木師匠ブログ」
http://blog.arakishishou.net/?day=20080219

笛田さおり公式ブログ「色恋日和」
http://kanadeya.laff.jp:80/blog/2008/02/mixi-e69f.html

「福島みずほのどきどき日記」
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/blog-date-20080222.html


皆さん、本当にありがとうございました!
皆さんからいただいた元気玉は、あたしの宝物です♪


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2008.02.22

キャバクラ立国論!(黒笑)

大人気の「兵庫のおじさん」の最新作です♪

こんな人が総理大臣になってくれたら、ニポンも今より百万倍は美しい国になるのに(黒笑)



いよいよ「兵庫のおじさん」のDVDが発売されます!
こちらから予約すれば、26%OFFで1000円以上も安く購入できます♪
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兵庫のおじさんの「愛のブランデー日記」
http://ojisanyade.exblog.jp/


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ROOKIES

しばらく報告してなかったけど、あたしの足の具合は、ずいぶん良くなった。まだ、体重をかけるとピキーン!てなったり、長時間、ヒールの高いパンプスを履いてるのはキツイけど、それでも、ほぼ普通の生活ができるようになったので、どっちかって言うと、痛みよりも、醜い傷跡のほうが気になってる。今でも、月に2回は接骨院に通ってるんだけど、マッサージをしてもらったり、コタツの温熱灯みたいなので足首を温めたりしてるだけなので、これは靭帯とか筋肉とかの治療であって、傷跡が薄くなったりはしない。傷跡は、皮膚がなくなったとこの肉がケロイド状みたくなってるから、たぶん、皮膚移植とかをしない限りキレイにはならないと思うので、もう諦めた。

それでも、あたしが、接骨院に通ってるのは、もちろん、元通りにピョンピョンと歩けるようになるためだけど、もう1つの理由が、待合室にあるマンガを読むためだ。この接骨院の先生は、森田まさのりのマンガが好きみたいで、来院する患者の9割がお年寄りだってのに、「ろくでなしBLUES」が全42巻、「ROOKIES」が全24巻、ズラーッと並んでるのだ(笑)

当然、お年寄りはマンガなんか読まないし、それよりも、知り合いと会う社交場みたいな感じで接骨院を利用してるから、このマンガは、あたし専用みたいなもんだ。たとえば、6巻を読み終わって、7巻を読もうとしたら、誰かが読んでて続きが読めない‥‥なんてことはない。いつでも、好きなだけ読めるし、ほとんど誰も読んでないので、病院の待合室のマンガにアリガチな「手垢で汚れてたりページがボロボロだったり」ってこともない。どれもキレイで気持ち良く読める。

それで、あたしは、「ろくでなしBLUES」は、前にチョコっと断片的に読んだことがあったので、この接骨院では「ROOKIES」のほうを読んでるんだけど、今、ちょうど真ん中の12巻を読み終わったとこで、とにかくメチャクチャ面白い。すごく続きが読みたくて、そのために接骨院へ通ってるような‥‥っていうか、寒かったり疲れてたりで、ついつい「今週はお休みしちゃおうかな?」って思う気持ちになっても、「でも、ROOKIESの続きが読みたいから、やっぱ行こう!」ってことになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、知らない人のために軽く説明しとくと、この「ROOKIES」ってのは、基本的には高校野球のマンガなんだけど、「憎めない不良」「愛すべき不良」を描かせたら天下一品の森田まさのりのマンガだから、そこらの高校野球マンガとはぜんぜん違う。それこそ、マンガの中でしかお目にかかれなくなったような1人の熱血教師が、不良だらけの野球部を立て直して甲子園を目指すんだけど、とにかく、現実にはアリエナイザーだけど「あって欲しい」って思えるような熱い感動がいっぱいで、最近の腰抜け教師や変態教師どもにこそ読んでもらいたいマンガだ。

で、あたしが何よりも気に入ったのが、このマンガの舞台が、あたしの地元のニコタマだってことだ。「ろくでなしBLUES」の場合は、吉祥寺の周辺が舞台で、タマに井の頭線で渋谷に遠征したりもしてるから、それなりにあたしの活動範囲が出て来て、「おおっ!」って思ってたんだけど、この「ROOKIES」の場合は、完全にあたしの地元が舞台だから、「おおおおお~っ!」って感じなのだ。何しろ、高校の名前が「二子玉川学園高校」、略して「ニコガク」だし、多摩川や街の風景など、見たことあるものばっかなのだ。

森田まさのりのマンガと言えば‥‥って言っても、あたしは、「ろくでなしBLUES」と「ROOKIES」しか読んでないけど、登場人物の名前が、実際のスポーツ選手の名前を2人合体させてつけられてることが多い。たとえば、「ろくでなしBLUES」の主人公の前田太尊は、プロレスラーの前田日明とプロボクサーのマイク・タイソンを合体させた名前だし、太尊の弟の前田用高は、具志堅用高の名前を使ってる。他にも、ダブリの先輩の大橋英和は、大橋秀行と赤井英和の合体だし、他にもいろいろと、プロボクサーを中心に、実際のスポーツ選手の名前が使われてる。

あと、太尊の後輩には、ブルーハーツのヒロト、マーシー、純之助とソックリの3人が出て来て、名前も「ヒロト」とか「マーシー」とか呼び合ってるけど、本名は、甲本ヒロトとボクシングの大場政夫を合体させた大場浩人、真島昌利とボクシングの海老原博幸を合体させた海老原昌利、河口純之助とボクシングの松村謙二を合体させた松村純之助‥‥ってふうに作られてる。

‥‥そんなワケで、「ROOKIES」のほうもおんなじで、こっちは野球のマンガだから、もちろん、プロ野球選手の名前が使われてる。だけど、東京の高校なのに、ナゼか阪神タイガースの選手の名前が使われてる。野球部の顧問の先生は、川藤幸三と田淵幸一を合体させた川藤幸一だし、部員たちも、安仁屋宗八と藪恵壹を合体させた安仁屋恵壹、若菜嘉晴と坪井智哉を合体させた若菜智哉、御子柴進と和田徹を合体させた御子柴徹、新庄剛志と井川慶を合体させた新庄慶、今岡誠と福原忍を合体させた今岡忍など、他の部員たちの名前も、みんなタイガースの選手の合体ワザだ。で、何でなのかと思って調べてみたら、作者の森田まさのりが、関西出身でタイガースのファンなんだって。

あたしは、かつてはジャイアンツのファンだったけど、だからって別にタイガースのことは嫌いじゃないし、まあまあ好きなチームだ。だから、ジャイアンツの選手の名前を使ってベタになるよりも、タイガースの選手の名前を使って「分かる人にだけ分かる」ってほうがいい。いくら東京の高校の野球部員の名前だからって、何もジャイアンツにする必要もないと思うし、逆に、タイガースで良かったと思う。だから、ジャイアンツの熱狂的な大ファンである橋下徹を大阪府知事に選んだ大阪府民たちのように、あたしも、サハラ砂漠のように広い心で良かったと思ってる。

で、この「ROOKIES」が、TBSでドラマになるそうで、4月から、土曜日の夜8時っていう超ゴールデン枠で放送開始するそうだ。川藤幸一の役は佐藤隆太、安仁屋恵壹の役は市原隼人、御子柴徹の役は小出恵介‥‥って感じで、「TBSの社運を賭けたドラマ」だそうだ。ま、新しいドラマを発表するたびに、毎回毎回「社運を賭けた」って言ってるから、いつもとおんなじなんだと思うけど、1つだけ、あたしが「ほほ~」って思ったのは、放送期間が「未定」だってことだ。ドラマの場合は、最近は、1クール12回前後で最終回を迎える短めのものが主流になってるけど、この「ROOKIES」は、プロデューサーの石丸彰彦が、「原作を最後まで描き切る」として、放送期間を決めてないのだ。

単行本で24巻もある原作なんだから、1クールにマトメるためには、毎回、単行本2冊ずつ進めてかなきゃなんないワケで、そのためには、細かいエピソードや複線はほとんどカットしなきゃなんないし、大幅にハショッた流れになっちゃう。そして、ツジツマを合わせるために、原作とは違ったストーリー進行になるし、原作の良さがどんどん消えてっちゃう。マンガや小説を原作にしたドラマの多くが失敗してるのが、こうした理由と、視聴率欲しさに、演技力のカケラもないジャニタレなんかを主役にしてるからだ。

だけど、今回の「ROOKIES」は、「原作を最後まで描き切る」ために放送期間を決めてないってんだから、場合によっては、2クール、3クールと延長戦に突入する可能性もあるってことだ。もちろん、逆に、ニポンが誇るダイコン、藤原紀香のドラマみたく、あまりにも視聴率が低くて、早めに終了しちゃう可能性だってあるけど、ワクに縛られることなくドラマを制作できるってのは、なかなかワンダホーなことだと思う。だって、原作のマンガではホンの数ページの小さなエピソードでも、それが重要だと判断されれば、そのエピソードだけで1回を撮り、登場人物たちの魅力を引き出すことも可能だからだ。

で、この「ROOKIES」のドラマでは、今、マドンナ役の女の子の投票オーディションをやってる。公式サイトにエントリーされてる15人のアイドルの中から、自分が「この子がいいな」って思った子に投票して、その得票数で出演者が決まる。あたしは、エントリーナンバー5番の「小倉遥ちゃん」を応援してて、もちろん、遥ちゃんに投票したんだけど、1つのパソコンから1回しか投票できないので、今は見守ってるだけだ。

Y999e
遥ちゃんは、二代目のミス・マリンちゃんで、あたしの大好きな「スーパー海物語 in 沖縄」で、5連チャンすると登場する女の子だ。ちなみに、10連チャンすると、今度は、準ミスの2人も一緒に登場する。だから、海マニアのあたしとしては、数え切れないくらい遥ちゃんのお世話になってる。その上、遥ちゃんは、あたしとおんなじニコタマ在住だし、FM世田谷でレギュラー番組も持ってる世田谷っ子なので、ニコタマを舞台にした「ROOKIES」のマドンナ役は、まさにドンピシャなのだ。だから、ニコタマを愛するあたしとしては、ニコタマのニの字も知らないような他府県出身のアイドルじゃなくて、あたしとおんなじにニコタマを愛してる遥ちゃんこそ、ニコガクのモデルになった地元の高校出身の遥ちゃんこそ、「ROOKIES」に出演して欲しいと思ってる。

‥‥そんなワケで、現在の投票の状況を見ると、遥ちゃんは6位とか7位とかの辺りにいて、なかなかキビシー状況だ。ま、女の子の好みはいろいろあるから、あたしが「何で?」って思うような子に大量の得点が入ってるのも不思議じゃないし、知名度だとかファンの数だとか事務所の力だとか、あたしには分からないいろんなことがあるんだと思う。だけど、あたしは、遥ちゃんが、誰よりもニコタマや世田谷を愛してることを知ってるから、自分の貴重な1票を遥ちゃんに投票した。遥ちゃんは、とっても可愛くて、性格もいい子だから、何とか5位以内に入って、せめて一次予選だけでも通過して欲しい‥‥なんて思ってる今日この頃なのだ。


「投票フォーム」
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遥ちゃんのブログ「おぐらひろば」
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2008.02.21

母賛歌

2月20日、女性レゲエシンガーのMetisが、ガンと闘うお母さまに捧げる新曲、「母賛歌」をリリースしました。

Metisは、あたしとおんなじ母子家庭なので、お母さまへの思いは人一倍なのでしょう。

お母さまの闘病生活を支えながら音楽活動を続けて来たMetisは、2006年にミニアルバム「WOMAN」でメジャーデビューを果たし、音楽シーンでの活躍も目立つようになって来ました。

そして、Metisが活躍するようになって来たら、お母さまの病状も少しずつ快方へ向かい始めたそうで、担当の医師も「原因が分からない」と言っているそうです。

Metisは、今も闘病生活を続けるお母さまへ、生きる勇気と元気を届けるために、この「母賛歌」を書いたそうです。

「お母さんありがとう、という気持ちを伝えたかった。聴く人それぞれの親、家族への感謝の気持ちを伝えるきっかけになれば」とコメントしています。


あたしは、この歌を聴いて、あたしのために昼も夜も働き続け、今は闘病生活を続けている母さん、そして、今の自分の思いとオーバーラップして、涙が止まらなくなってしまいました。


「母賛歌」 Metis


  

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お知らせです♪

あたしの大好きな荒木師匠が、2つのブログで「きっこの日記R」のことを紹介してくださいました!

荒木師匠のめっちゃ可愛くてセクシーなピンクのミニのワンピ姿も見られるので、皆さん、読んでみてくださいね♪


「荒木師匠ブログ」
http://blog.arakishishou.net/

「荒木師匠の美的生活」
http://plaza.rakuten.co.jp/arakishishou/


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急須クロネコ補完計画

あたしのとこには、毎日、何十通もの読者からのメールがあるので、なかなかお返事をすることができなくて心苦しいんだけど、それでも必ず、すべてキチンと読んでる。それで、届くメールを大別すると、約9割は、あたしの書いたことに対する意見で、賛同もあれば反論もあれば提言もある。そして、残りの1割は、「署名に協力して欲しい」とか「○○について取り上げて欲しい」とかの「依頼」だ。こうしたメールの場合には、ただ読み流すだけじゃなくて、そこに書かれてるサイトを閲覧して、その活動の趣旨を理解してから、その問題に関する他のサイトなども見たり、場合によっては図書館に行って調べたりして、その上で協力すべきかどうかを判断してるから、すごく時間が掛かる。

で、去年の12月の初めに、袴田(はかまだ)さんという読者からメールがあった。これは、「依頼」というか、ある「要望」だったんだけど、あたしはとても賛同できたので、その要望に答えて、お返事を差し上げた。そうしたところ、お礼のメールが来て、「毎年、少ない部数だけ作っているオリジナルの猫のカレンダー」を白夜書房宛に送ってくださったとのこと。それで、去年のクリスマスころに、その猫のカレンダーと、袴田さんはお茶屋さんをやっているそうで、お茶を一緒に送ってくださった。でも、「きっこの日記 R」の後書きに書いてある理由で、あたしの本の版元が辰巳出版に代わったため、「白夜書房→辰巳出版→あたしの担当編集者→あたし」という、白夜書房さんにはご迷惑をおかけしてしまう経路になってしまい、あたしの手元に届いたのは、今年の2月になってからだった。

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猫のカレンダーは、「うちの猫・そとの猫」っていうもので、袴田さんのとこの猫たちや、外の猫たちが勢ぞろいしてて、1日1日に別々の猫の写真が並んでる、ようするに、1年間、365枚の猫の写真が並んでた。野良猫の写真が多くて、顔の汚れてる子の写真とか、いかにも野良猫って顔つきの子もいて、野良猫こそが「本当の猫」だと思ってるあたしとしては、すごく嬉しかった。それで、あたしは、もう2月になってたので、後ろ髪を引かれつつ「1月」を切り取って、キッチンの壁にかけた。そして、遅ればせながら、袴田さんにお礼のメールを送り、袴田さんからも「無事に届いて良かったです」というメールが来て、これで、一件コンプリート。そして、みんなで海辺へ行きましたとさ。めでたし、めでたし‥‥って感じの今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、「そして、みんなで海辺へ行きましたとさ」の意味が分かんない人は、1月20日の日記、「日曜はダメよ」を読んでもらうとして、ほとんどの人は分かってると思うから、このまま行くけど、とにかく、袴田さんとのやり取りは、これで無事に終わった。そして、袴田さんのお茶屋さん、「猫のお茶屋さん みのり園」のサイトの中に、カレンダーに登場してる猫たちの名簿があるって言うので、あたしは、どの子が何ていう名前なのかを照らし合わせたりして、1人でニマニマしてた。

それで、あたしは、また淡々と日記を書き続けてたんだけど、そしたら、2月10日くらいに、袴田さんからまたメールが届いた。件名が「日の丸をハート型に!」って書かれていたので、「何だろう?」と思って開封したら、こんなメールだった。


Subject: 日の丸をハート型に!

きっこさん、こんにちは。
2月8日付の「きっこの日記」をよくよく見たら、ランキンタクシーの「信ずるものは・・・」の歌詞が!
じつはあの曲のアレンジ&プログラミングを担当しているのは、何を隠そうこのわたくしなのです。
おととし耳の障害で音楽の世界から足を洗って、今はお茶屋のダンナをやっているんですが、それまで約20年くらいプロのアレンジャーだったのです。
ランキンタクシーとはインディーズ時代からのつきあいで、「火事だぁ」(1989年12月10日)と「ワイルドで行くぞ」(1991年3月25日)の曲のほとんどをアレンジしています。
そんなにめちゃくちゃ売れたわけではないので、きっこさんがあの曲を知っていたとは驚きました。
あの曲は当時レコード会社から「歌詞の内容を変更してほしい」とかなんとか、CD発売前にいろいろもめたような記憶があります。
もしきっこさんがあの頃ランキンタクシーのライブに行ったことがあれば、僕もメンバーの一員だったので、見ていたかもしれません。
(後略)


‥‥それまでは、「猫好きのお茶屋さん」だと思ってて、マサカ、レゲエと関係があっただなんて予想もしてなかったし、それも、あたしの大好きなランキンタクシーさんのアレンジをしてたなんて、これぞビックル一気飲みってワケだ。それに、あたしは、「ワイルドで行くぞ」は、高校生の時に発売日に買ってる。それまで、ルーツ・ロック・レゲエやラヴァーズしか聴かずに、DJやダンスホールを毛嫌いしてたあたしは、このアルバムを聴いて、どの曲もバラエティーに富んでるのにそれぞれがサイコーで、「これなら分かる!」って思ったのだ。そして、何よりの収穫だったのが、スレンテンのカッコ良さが理解できたことだった。

「スレンテン」ていうのは、文章で説明するのは難しいけど、ダンスホールスタイルのレゲエに多様されてる「お約束のリディム(リズム)」で、ボブ・マーリィに代表されるルーツ・ロック・レゲエでは、絶対に使われないものだ。文字で書くと、「タツツタツツタツツツタツタツツツ」‥‥かな? 「タ」のとこで打って「ツ」のとこはお休み。単調な2ビートのレゲエが続いてって、メロディー的なサビじゃなくて、リディム的なサビとして、このスレンテンが繰り返されて、踊ってる人たちは盛り上がる。だから、ダンスホールの「盛り上げ番長」的なリディムで、中には、最初から最後までスレンテンだけの大バカ(笑)なイケイケスタイルもある。

あたしの説明じゃ、ぜんぜん「スレンテン」が分かんないと思うけど、その場合には、2月27日にリリースされるランキンタクシーさんのニューアルバム、「死ぬまで生きる」の3曲目の「ギミサム・スレンテン」を聴いてもらえれば、パーフェクトに理解できる上に、55才の熱いレゲエ魂で踊りまくれることウケアイだ‥‥なんて告知も織り込みつつ、あたしは、すぐに袴田さんに返信をした。


Subject: こんにちは

袴田さま、こんにちは。
意外ですね!
ランキンタクシーさんの「信ずるものは…」のネタは、2006/10/08 の日記「ミーハー向けのニポンGP」の中でも、使ってるんですよ。

>やっぱ、「君が代」もダサいけど、「日の丸」ってホントにダサいよね~。パパランキンが歌ってるみたいに、「日の丸」の赤い丸をハート型にしちゃえばいいのに‥‥
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20061008

ランキンタクシーさんは、あたしがレゲエにハマってた高校生の時に「ワイルドで行くぞ」が出たので、すぐに買いました。
ランキンタクシーさんのライブも、いろんなとこで何度も観ました。
だから、袴田さんのことも絶対に見てると思います。
(後略)


‥‥そんなワケで、あたしは、袴田さんのお茶屋さんのホームページをチョコチョコと見るようになったんだけど、そこで、南部鉄瓶の黒猫の急須(きゅうす)、「急須クロネコ」を見つけた。黒猫の右手が「招き」になってて、そこからお茶が出るのだ。それに、容量も800ccと大きいし、内部は茶渋がつきにくいホーローになってるし、黒猫マニアのあたしは目が釘付けになった。だけど、サスガ、本物の南部鉄瓶だけあって、7875円(税込)とリトルお高い。

それで、あたしは、どうしても欲しくて欲しくてガマンできなかったので、いつものパターン青ってワケで、パチンコ屋さんへと欽ちゃん走りした。狙いは、もちろん、まだまだ簡単に波が読める「エヴァンゲリオン~使徒、再び~」だ。今回のエヴァンゲリオンは、700の中波と1300の大波があるので、650~700回転が狙い目で、650以上回してやめてる台を見つけたら、とりあえず700まで打つ。で、それで当たらなかったら、それは「1300の大波に入ってる台」だから、すぐにやめて、他の650以上回している台を探すってパターンで打ってる。何となく。

ちなみに、今回のエヴァンゲリオンが「1000以上の大ハマリが多い」って言われてるのは、まだ出たばかりなので、台を休ませずに打ち続けている人が多いからだ。何となく。

650でやめてる台は、700まで50回ほど回せば当たる可能性が大きいけど、1300の大ハマリでやめてる台は、1400まで100回も回さないと正否が判断できないので、投資額が大きくなっちゃう。何となく。

でも、このパターン青で、あたしは6戦6勝の全勝なんだから、平沢勝栄に遠隔操作されるまでは、この打ち方を続けてくつもりだ。何となく。

で、あたしは、630でやめてた台を見つけたので、すぐに打ち始めたんだけど、4000円も使って710まで回したのに、ダメだった。このまま打ち続けてたら、「パチンコなんかしないで、そのお金で急須クロネコを買ったほうが良かった」ってことになっちゃうから、あたしは、すぐに他の台を探したんだけど、空いている台で600以上回している台がなかった。それで、仕方なく、300ちょいでやめてる台で打ち始めたら、これが、たった2回転目で暴走モードに突入! 700が中波、1300が大波がなら、300は綾波だ!(笑)

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そして、その暴走モードが「1」の確変で当たってからは、次回予告からのレイとアスカのコンビリーチも出たし、零号機のプロトタイプのリーチも出たし、リツコの研究室のマグカップの「激熱」→アスカのマグマダイバー(ジャイアント・ストローク・エントリー)→ゲンドウと冬月‥‥のパターンも出たし、なかなかミドコロ満載の5連チャンだった。それで、時短後50回で引き戻してからは、ステップ4のシンジのロングからの「逃げちゃ駄目だ」のアップから始まる鉄板の初号機リーチでノーマル当たりして、15ラウンドで警報昇格して、あと1セットで終わり。ちょっとボケちゃったけど、零号機のプロトタイプは写メもバッチリ撮れたし、11500発で、タバコ10個と3万2000円になった。投資が4500円だから、「急須クロネコ」を買っても約2万円の浮きになる。

‥‥そんなワケで、あたしは、夢にまで見た「急須クロネコ」を買う準備も整ったので、夜になって落ち着いたら、さっそくインターネットで注文しようと思ってた。そしたら、3日前に会った地元のお友達の1人から電話があって、「渡したいものがあるから、これから行ってもいい?」ってことだった。それで、そのまま待ってたら、そのお友達が持って来てくれたものは、ナナナナナント! 「急須クロネコ」だったのだ!

実は、「急須クロネコ」があまりにも可愛いもんだから、あたしは、3日前に数人の地元のお友達と会った時に、「みのり園」のサイトを教えて、その話をしてたのだ。それで、その時に、あたしが狂ったように欲しがってたように見えたらしくて、あたしと別れたあとに、そのお友達たちが「出版のお祝いに、きっこに急須クロネコをプレゼントしよう」って話し合ってくれたそうだ。そして、急いで手配して、あたしのとこに届けてくれたのだ。

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実物の「急須クロネコ」は、でかい!重い!硬い!黒い!(笑)‥‥ってワケで、もう、大感激! ものすごいインパクト&存在感で、完全に「一生モノ」になると思うし、これはもう我が家の家宝と呼んでも過言じゃない。で、あたしは、「道具は使ってこそ生きる」ってのがポリシーだから、さっそくお茶をいれてみることにして、お湯を沸かして、カレンダーと一緒にいただいた「みのり園」さんの「抹茶入り玄米茶」をいれてみた。800ccだから、大きな湯呑2つにタップリと注いでも余裕マンマンだし、何より、「招き」の手の角度が絶妙で、とっても注ぎやすかった。あたしは、猫の「招き」の手が注ぎ口になってるのは、洋風の陶器のポットを1つ持ってるんだけど、これは実用的に作られてなくて、手を伝ってお茶がボタボタとこぼれちゃうので、今はぜんぜん使ってない。だけど、この「急須クロネコ」の手は、すごくうまく出来てて、一滴もこぼさずに注ぐことができた。

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‥‥そんなワケで、「抹茶入り玄米茶」は、お抹茶の濃いグリーンが美しくて、お茶の苦味もシッカリしてる上に、お抹茶の甘さと玄米茶の香ばしさとのバランスが素晴らしかった。それも、ひと目惚れした「急須クロネコ」でいれたから味わいもヒトシオで、あまりにも美味しくて、そのお友達と2人で、3杯ずつも飲んじゃった。そして、「急須クロネコ」の他にも、猫の手拭いや猫の置物など、「みのり園」さんからのプレゼントも一緒にいただいたので、あたしの周りは一気に猫だらけになった。これで、恋する猫たちが、夜中に外で「ア~~ウ~~ア~~ウ~~」って騒ぎ始めたら、あたしもお部屋の中で、ランキンタクシーさんの名曲、「マリファナ音頭」に合わせて、「ア~~ウ~~ア~~ウ~~」って朝まで猫ダンスを踊り狂ってみようかと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.02.20

ウヨクの耳クソ

ものすごく前に書いたことがあると思うんだけど、あたしは、耳そうじをするのとは別に、綿棒の先にシーブリーズをつけて、それで耳の穴をホジホジするのが大好きだ。耳そうじ自体も好きだから、ほぼ毎日のようにやってるんだけど、毎日のようにやってるから、当然、耳クソはほとんど取れない。耳そうじって、大きな耳クソがポロッと取れたりするのが嬉しいワケだから、あたしは、「2週間くらい耳そうじするのをガマンして、耳クソが溜まったころにそうじしてみよう」って思ったことが数え切れないほどある。だけど、耳そうじをガマンするのは3日が限界で、とてもじゃないけど2週間なんてガマンできない。だから、未だに、綿棒の先にちょっとだけつく粉みたいな耳クソしか取れなくて、悲しい気持ちになる。

それで、あたしが考えたのが、シーブリーズをつけた綿棒でホジホジすることだ。最初に、乾いた綿棒で耳そうじをして、ほとんど耳クソが取れなくても、そのあとにシーブリーズをつけた綿棒でホジホジすると、耳の中がスースーして、もう、たまんない。特に、お風呂で温まりながらコレをやると、「創聖のアクエリオン」で大当たりした時に台から流れて来る声みたく、「気持ちいい~~~♪」って叫びたくなっちゃう。だけど、コレにも問題点があって、あんまり毎日毎日やってると、耳の中がヒリヒリしてきちゃうから、シーブリーズを使うのは、2~3日に1回くらいにしとかなきゃなんない。

いろんなことを妄想したり実験したりするのが好きなあたしとしては、「シーブリーズでもこんなに気持ちいいんだから、アンメルツヨコヨコだったらもっと気持ちいいかも?」とか、「キンカンだったら気絶するほど気持ちいいかも?」とか、「ミンティアのドライハードを10粒くらい、歯で細かく噛み砕いてから耳の穴の中に詰め込んだら、気持ちよすぎて失神しちゃうかも?」とかって、いろいろと考えてみた。だけど、現実的には、アンメルツヨコヨコくらいなら何とかなりそうだけど、キンカンだと死ぬほど痛くなりそうだし、ミンティアのドライハードだと、耳に入れる前に、10粒も歯で噛み砕いてる時点で、ベロがヒリヒリ痛くて大変なことになりそうな気がした今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、耳の穴がスースーすると気持ちいいワケなんだけど、別にMってワケじゃないから、スースーするのにも限度がある。あたしは、あくまでも、一般的に気持ちいいレベルのスースーを求めてるのであって、痛みをともなうコイズミ的なモノは求めてない。だから、今んとこは、毎日の耳そうじの仕上げには化粧水を使ってて、2~3日に1回くらいシーブリーズを使ってる。化粧水をつけた綿棒でも、それなりにスースーして気持ちいいし、あたしは、この方法で満足してる。

で、何で耳そうじの仕上げに、化粧水やシーブリーズをつけた綿棒でホジホジするのかって言えば、もちろん、「気持ちいい」ってことが何よりの理由だけど、もう1つ、「耳の穴の中に残ってる微量の耳クソの粉が取れる」って理由がある。あたしみたいに、耳そうじを毎日してると、1mmもあるような立派な耳クソなんかお目にかかれなくて、すべて粉末の耳クソだけだ。だから、乾いた綿棒でホジホジしただけじゃ、完全に取りきれない。そこで、最後に、化粧水やシーブリーズで湿らせた綿棒でホジホジすると、それに付着してキレイに取れるってワケだ。

「きっこの日記」の賢明なる愛読者なら、ここまで読んで来ただけで、あたしの耳クソが「乾いたタイプ」だってことが分かったと思うけど、ニポン人の場合は、約8割が「乾いたタイプ」で、約2割が「湿ったタイプ」なので、あたしは、多いほうの部類に入るってことだ。だけど、これは、あたしたちニポン人が「モンゴロイド」だからであって、白人や黒人の場合は、ナナナナナント! 全体の9割以上、だいたい98%くらいの人たちが「湿ったタイプ」の耳クソなのだ!

だから、「乾いたタイプ」の耳クソのあたしは、ニポン人だからこそマジョリティーってワケで、もしも白人か黒人だったとしたら、100人のうちに2人くらいしかいないマイノリティーになってたワケだ。ま、いくらマイノリティーでも、外から見ても分かんない耳クソのことだから、別にどうでもいいんだけど、あたしの個人的な好みとしては、やっぱ、耳クソは湿ってるよりも乾いてるほうがいい。だって、耳そうじの楽しみの1つ、シーブリーズでスースーの快感は、耳クソが乾いてるからこその快感であって、最初っから耳の穴の中が湿ってたら、「乾いてる場所を湿らせる快感」が薄れちゃうような気がするからだ。

‥‥そんなワケで、民族によって、ずいぶんと差がある耳クソのタイプだけど、2年前の2006年1月に、「長崎大学大学院医歯薬学総合研究科分子医療部門」っていう気が遠くなりそうなくらい長い名前の研究室の新川詔夫(のりお)教授や吉浦孝一郎助教授たちのグループが、126人のニポン人の耳クソの調査をして、耳クソのタイプを分ける遺伝子を調べ、その研究結果をアメリカの科学誌「ネイチャー・ジェネティックス」(2006年1月29日付/電子版)に発表した。

それによると、その人の耳クソの乾湿が決まるのは、遺伝によるもので、「ABCC11」っていう遺伝子の特定の部分が、「アデニン」でできてると「乾いたタイプ」で、「グアニン」でできてると「湿ったタイプ」になる。で、お父さんもお母さんも「乾いたタイプ」なら、その子供も「アデニン」を持った遺伝子によって「乾いたタイプ」になり、お父さんもお母さんも「湿ったタイプ」なら、その子供も「グアニン」を持った遺伝子によって「湿ったタイプ」になる。そして、お父さんが「乾いたタイプ」でお母さんが「湿ったタイプ」だった場合には、その子供は、お父さんの「アデニン」を受け継げば「乾いたタイプ」になり、お母さんの「グアニン」を受け継げば「湿ったタイプ」になる。

そして、お母さんが「アデージョ(艶女)」だった場合には、その遺伝子を受け継いだ息子は「アデオス(艶男)」になる(笑)‥‥なんてことも言ってみつつ、この研究のあと、全国の分布を調べるために、長崎県立長崎西高の山田賢輔君のグループが、長崎大学と共同で、28道府県の32校から、771人の高校生の「爪」を集めて、その遺伝子を解析したりもした。それで、これらの調査や研究も通して、いろんなことが分かったんだけど、一番大きなことは、この遺伝子は、ニポンではもともと「グアニン」だった、つまり、古代のニポン人の耳クソは、みんな「湿ったタイプ」だったってことだ。

人間以外の哺乳類の耳クソは、マウスとラット以外はすべて「湿ったタイプ」で、人間も、古代はみんな「湿ったタイプ」だった。それが、今から2万年から3万年くらい前、シベリアなどの北東アジアに、この遺伝子が「アデニン」に突然変異した人間が1人生まれて、その子孫が広がったのが、現在の「乾いたタイプ」の耳クソの人たちだったってことだ。つまり、あたしを含めて、このニポンにいる約7割の「乾いたタイプ」の耳クソの人たちは、大陸からやって来た民族の血が入ってる弥生人の子孫てことで、歴史的に「純血なニポン人」て呼べるの縄文人の子孫は、約2割の「湿ったタイプ」の耳クソを持った人たちだったのだ。

‥‥そんなワケで、何かにつけて中国や韓国のことを目のカタキにしてるネットウヨクにしても、もしも、その人が、「乾いたタイプ」の耳クソだったとしたら、中国人や韓国人とおんなじルーツを持つ人間てワケで、ようするに、自分の家族の悪口を言ってるってことになる。もちろん、あたしたちニポン人はモンゴロイドなんだから、耳クソのタイプに関わらず、中国人や韓国人、モンゴル人やインディオたちと兄弟なんだけど、もっと細かい