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2008.02.26

江戸時代のラブレター

あたしは、メールじゃなくて、ちゃんと便箋に書いてあるラブレターは、今までの人生で2回だけもらったことがある。中学の時と高校の時なんだけど、両方ともクラスメートからだった。高校の時は、それまでもナンダカンダとデートに誘って来たり、フザケ半分ホンキ半分みたいに告白して来たりされてた相手だったから、ラブレターを渡された時も、「今度は手紙作戦なの?」って思った程度だった。だけど、お家に帰ってから読んでみたら、あんまり上手じゃない字で一生懸命に書いてあって、何だか胸がジーンとしちゃった。そして、次の日から、あたしは、ミョ~に意識しちゃって、恥ずかしくて顔も見られなくなっちゃって、しばらく、ギクシャクしちゃったことを覚えてる。言葉で何百回「好きだ」って言われても、こっちにその気がなければ「ウザイな~」で終わっちゃうのに、手紙ってスゴイなと思った。

 

でも、これは、ラブレターはラブレターだけど、「告白のラブレター」とは違う。その人があたしのことを好きだってことは、前から何度も言葉で言われてたから、「手を変え品を変え」のうちの1つの作戦としてのラブレターってことだ。だけど、中学の時にもらったラブレターは、「告白のラブレター」だった。今じゃ、マンガやドラマでも使われないような形だったんだけど、ある朝、学校の下駄箱の中に入ってたのだ。あたしは、上履きの上に置いてあった手紙にハッとして、心臓がドキドキして、誰にも見られないようにカバンに仕舞った。そして、休み時間にトイレで読んだんだけど、ぜんぜん意識してしてなかった、ほとんど会話したこともなかったクラスメートからだったから、すごく意外だった。そこには、直接的に「好き」とは書いてなかったけど、あたしに好意を持ってるってことがすごく分かる文面で、デートの誘いが書かれてた。

 

そして、生まれて初めてもらったラブレターに戸惑ったあたしは、トチ狂っちゃって、そのラブレターを母さんに渡したのだ。そこには、「次の日曜日に一緒に映画を見に行きたい。何時にどこそこで待ってるから来て欲しい」ってことが書かれてたんだけど、それを見た母さんは、ヤタラとテンションが高くなっちゃって、まるで自分がデートに誘われたかのように、ノリノリになっちゃった。そして、「何を着てくの?」とか「髪はこうしたほうが可愛いわよ」とか、あたしは、まだ行くかどうか決めてなかったのに、やる気マンマンになっちゃった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?

 

 

‥‥そんなワケで、あたしは、母さんのテンションのオカゲで、何か、それまで普通に生きてた女の子が、急にスポットライトのあたる舞台の真ん中に立たされた‥‥みたいな、それこそ、シンデレラみたいな気分になっちゃった。そして、約束の日曜日が来るまで、学校ではその子をすごく意識しちゃって、授業なんか上の空だったし、仲良しの女友達には、隠し事をしてるのが後ろめたくて、ものすごく複雑でドキドキした日々を送った。そして、ついに、デートの当日がやって来た‥‥ってワケだけど、映画を観て、お茶を飲んで、ゲーセンに行って、たこ焼きを食べてって、ごく普通のデートをした。

 

だけど、あたしは、生まれて初めてのデートだったし、その男の子も生まれて初めてのデートだったから、2人ともすごく緊張してて、お茶を飲んでる時までは、ほとんど会話ができなかった。でも、ゲーセンに行って、いろんなゲームで遊び始めてからは、緊張も解けて、普通に話したり笑ったりできるようになった。そして、たこ焼きを食べてる時には、次のデートの約束もした。結局、「恋人」って呼べるような付き合いにはならなかったけど、それから卒業までの1年半、仲良く楽しい中学生らしい付き合いをすることができた。

 

その男の子は、中学卒業と同時に、お父さんの転勤で遠くに引越ししちゃって、しばらくは電話や手紙のやり取りをしてたんだけど、お互いに高校で新しいお友達ができて、自然にフェードアウトしちゃった。だから、縁がなかったっていえば縁がなかったワケなんだけど、それでも、とっても楽しい思い出を作ることができたのは、その男の子が、ラブレターで告白してくれたからだと思う。もしも、直接会って告白されたり、電話で告白されてたとしたら、その子をぜんぜん意識してなかったあたしとしては、たぶん、最初のデートには行かなかったと思う。ましてや、別のお友達に呼び出されて、「○○が君のこと好きみたいだよ」なんて伝言みたいなことをされてたら、逆に、嫌いになってたと思う。

 

つまり、突然、お手紙をもらって、そこに「入学した時から気になってた」ってことが書かれてたことが、ドアーズの「ライト・マイ・ファイヤー」じゃないけど、何もなかったあたしの心に小さな小さな火をつけたのだ。そして、デートの日までの数日間、ずっとドキドキとした日を過ごしたことで、小さかった火は、どんどん大きくなって行ったのだ。

 

人それぞれだと思うけど、あたしの場合は、好きな相手から告白されるんなら、別に手紙じゃなくても、言葉でも、電話でも、どんな方法でも嬉しい。だけど、こっちが何とも思ってなかった相手からの場合は、言葉よりも、文字のほうが遥かに嬉しい‥‥っていうか、相手の思いが伝わる。言葉って、確かにインパクトはあるけど、言ったそばから消えてっちゃうものだから、こっちは、その時の感覚だけで反応しちゃう。だけど、文字の場合なら、ボディーブローみたく時間をかけてジワジワと効いて来るから、何とも思ってなかった相手からでも、だんだんとその気になって来て、「とりあえず会ってみようかな」って気持ちになって来るのだ。

 

‥‥そんなワケで、あたしのこの感覚って、別に特別なものじゃなくて、ニポンの女性の伝統的な感覚なのだ。今でこそ、男女同権だとか何だとか声高に叫び、いろんな分野に女性も進出するようになって来たけど、万葉の時代の女性たちは、「ひたすらに待ち続ける」という生き方をしてた。これは、結婚するまでも、結婚してからも、生涯に渡ってのことだった。

 

当時は、もちろん一夫多妻だったし、それも、別居が基本だったから、男性は、いろんなところに奥さんや恋人を何人も持って、その日の気分で、会いたいのところへ通ってた。そして、ダンナさんがお金持ちじゃないと、そんなに何人もの奥さんを養えなかったんじゃないの?って思うかもしんないけど、当時は今と正反対だった。何人もの奥さんたちのほうが、それぞれお金を出して、ダンナさんを食わせてやってたのだ。だから、モテる男性は、たくさんの奥さんを持つことができて、その上、お金までたくさん集まるってワケで、男性にとっては、モテるようになることこそが、成功への道だったのだ。

 

で、結婚するまでは、お互いの顔を見ることさえなかった万葉の時代には、何をもって「モテる」「モテない」が決められてたのかっていうと、それは、和歌の巧さだった。当時の和歌は、今で言うラブレターだったから、直接相手に会うことができなかった男性たちは、ステキな和歌を書いて、それを女性に送ったのだ。そして、女性も歌を返してお返事をしたんだけど、お互いに顔も知らない相手との手紙だけのやり取りだから、その歌や文字から、相手のことを想像して、恋の炎を燃え上がらせていた。

 

ちなみに、当時の男性の魅力は「歌の巧さ」、女性の魅力は「文字の美しさ」だったから、顔やスタイルのような外見は関係なかった。モテたいと思う男性たちは、セッセと和歌の腕を磨いたし、女性たちはお習字の練習に励んだのだ。そして、お互いに顔も知らない男女が、この和歌というラブレターのやり取り だけで恋に落ちて、男性が女性を気に入ると、女性のところへ「夜這い」に行く。ようするに、セックスをしに行くワケだけど、この「夜這い」ってのが、今で言う「プロポーズ」だったのだ。

 

そして、暗闇の中で、お互いに顔を知らないカップルがセックスをして、明け方を迎えて、ほんのりと白んで来た夜明けに、男性は初めて女性の顔を見る。それで、男性は帰って来るんだけど、顔を見て、その女性のことを気に入ったら、帰って来てから手紙を送る。そして、奥さんにしたいと思うほど気に入った場合には、それから3日連続で通えば、それが事実上の結婚てことになる。また、結婚するほどじゃないけど、このまま別れるのは惜しいって思った場合には、連続じゃなくて、何日か置きに通う。そうすると、奥さんとしてはイマイチだけど、とりあえず、恋人関係だけは続けて行こうっていう意思表示になる。

 

今、思うと、あまりにも男性中心で、トンデモない恋愛みたく見えるけど、当時は、これが普通だったし、女性のほうは、「待つこと」によって恋心を燃え上がらせてたのだ。そして、何よりも「恋愛こそが人生」っていう時代だったから、男性も女性も、このスタイルの恋愛を謳歌してたのだ。たとえば、結婚に至るまでの和歌のやり取りの過程でも、男性のほうは、あえて相手にヤキモチを焼かせるような歌を詠んでみたり、女性のほうも、ワザとお返事を遅らせて相手をジラしてみたりと、いろんな手法で恋愛を楽しんでいたのだ。

 

‥‥そんなワケで、万葉の時代には、和歌のやり取り、つまり、ラブレターのやり取りが恋愛の中心だったワケで、すぐに相手と会えたり、たとえ遠く離れてても、電話やメールですぐに連絡がとれる現代の短絡的な恋愛とは、「思い」の深さが違ってた。会えないことは当たり前で、すぐに連絡をとることもできなかったからこそ、その熱い思いを和歌に乗せて相手に送り、送ったあとは、お返事を待つ。ひして、お返事を待ちながら、美しい月を見上げて、「ああ、この瞬間に、かの人もこの月を見上げているのだろう‥‥」なんて思ってたのだ。

 

で、ここまで聞けば、万葉の時代の恋愛もなかなかじゃん!‥‥なんて思ったかもしんないけど、他人の力を借りないと恋人の1人も作れないような男は、この時代にもたくさんいたワケだし、そうした男たちに目をつけた男もいたワケだ。それが、モテない男たち、つまり、和歌のヘタな男たちのために、代わりにステキな和歌を詠んでくれる代書屋さんだったり、文字がヘタな男たちのために、代わりに達筆で和歌を書いてくれる代書屋だった。

 

そして、この「代書」って仕事は、それからもいろんな形で受け継がれて行くんだけど、江戸時代になると、「懸想文(けそうぶみ)」を売る「懸想文売り」が現れるようになる。この「懸想文」ってのは、当時のラブレターのことだけど、ようするに、文字の書けない人たちのための「ラブレターの代書屋さん」だ。だけど、そのイデタチが怪しさマンマンで、白い覆面で顔を隠して、烏帽子(えぼし)をかぶって、梅の枝に「懸想文売り」の札をさげてたのだ。何でかっていうと、当時、生活が厳しかった公家たちがバイトとして「懸想文売り」をやってたので、知り合いに顔を見られると恥ずかしいから、覆面で顔を隠してたのだ。

 

S1 ‥‥そんなワケで、あたしは、最初に、ラブレターを「今までの人生で2回だけもらったことがある」って書いたけど、こないだ、人生で3回目のラブレターをもらった。だけど、これは、残念ながら、あたしに対するラブレターじゃなくて、毎年2月2日と3日の節分になると、怪しいイデタチの「懸想文売り」が現れる京都の須賀神社に行った俳句仲間の女性が、あたしのぶんも買ってくれて、プレゼントしてくれたものだ。かつては、ラブレターの代書屋さんだった「懸想文売り」だけど、今では、最初から印刷してある「懸想文」を恋愛成就のお札として売ってるのだ。

 

他にも、この「懸想文」をタンスに入れとくと、お着物が増えるって言われてる。もちろん、ミスター・マリックの手品みたいにお着物が増えるワケじゃなくて、誰かがプレゼントしてくれたり、何かの懸賞で当たったり、ものすごい格安のバーゲンに遭遇したりって感じで、お洋服が増えて行くって意味だ。で、いただいた「懸想文」は、梅の枝をデザインした台紙の上に、その枝に結んであるような感じに結ばれてて、広げてみたら、こんな歌が書いてあった。

 

 

ふりしきる 雪に鎖ざさる 山里に
ひとり待ち侘び 打つ砧(きぬた)
君こふ夜を 重ねきて 澄み渡りたる冬空を
流れる星に願(ね)ぎ奉り こほれる泪 玉の如
あくがれいづる心花 幾夜を堪えて 見上くれば
時の流れも大空に 霞たなびき子(きた)のかた
帰る雁が音(かりがね) 忘られぬ
夢もうつつに 有明の 月影澄みて 鵲(かささぎ)の
かけし浮き橋 渡り行き 胸の埋み火 かきたてて
心は静(しず)に 鹿の声 
笛の音清く 響きあひ あけの玉垣眺むれば
白雪の覆ひし野辺も 若草の 萌へる思ひに 梓弓
はる待ちわびて 天の原
振り放けみれば 春の陽の 昇る光の赤々と
受けて輝く朝雲の 吉兆なりと 喜びて
思い起こせば初春の 子の日は共に 小松引
変わらぬ色を頼りにて 永き年ふりけふの日は
たが里よりか 梅が香の あかぬ香りも昔にて
同じ形見の袖の色 引く糸あかく 尋ぬれば
後会の 契り遣はず 常磐松 軒端の花は咲き初めて
萬代かけて 高砂の 深き契りを叶へむと
神の御心 明らかに この喜びぞ 富士の高嶺に

 

 

S2_2 ‥‥そんなワケで、まずは軽いツッコミから行くけど、終わりのほうの「思い起こせば初春の」の「思い」と、「変わらぬ色を頼りにて」の「変わらぬ」は、正しくは「思ひ」「変はらぬ」って表記すべきで、他がすべて歴史的仮名遣いなのに、この2ヶ所だけが現代仮名遣いになってるのは、明らかに制作者のミスだ。あたしは、仮名遣いにはうるさいほうだから、こうした間違いはすごく気になっちゃう。だけど、こんな俳句も詠まれてるくらいだから、「懸想文」の誤字は今に始まったことじゃないみたいだ。

 

 

 懸想文誤字をかしとも悲しとも  田畑美穂女

 

  
で、そうしたことを抜きにして行くと、今まで「きっこの日記」を読んで来た人たちなら、だいたいの意味は理解できると思う。たとえば、中盤の「白雪の覆ひし野辺も 若草の 萌へる思ひに 梓弓 はる待ちわびて 天の原」のクダリなら、「若草が萌える」と「燃える思い」をカケてるワケだし、「はる待ちわびて」は、「弓を張る」と「春」とをカケてるワケだ。そして、全体の流れとしては、「雪」や「冬空」から始まって、「埋み火」で思いを表現しつつ、晩冬から浅春の「帰る雁」、「はる待ちわびる」、そして「梅が香」へと進んで行って、最後はおめでたい結婚だ。だけど、正直、古典が好きなあたしから見ると、かなり「おいおいおいおい‥‥」って内容で、どこで切ればいいのか分かんないし、ツッコミドコロも多い。そして、正岡子規も、あたしとおんなじふうに思ったみたいだ。

 

 

 懸想文詩か萬葉か催馬樂か  正岡子規

 

 

「催馬樂(さいばら)」ってのは、簡単に言えば、平安時代の流行歌だ。ようするに、初めて「懸想文」を見た子規は、「詩なのか和歌なのか流行歌なのか分からない」って感じたワケだ。だけど、何よりも「縁起物」なんだから、あんまりツッコミを入れて御利益がなくなっちゃうのも困るし、おかしな点は各自でチェキして欲しい。とにかく、あたしの場合は、良縁はともかくとしても、欲しいのにガマンしてるお洋服がたくさんあるから、この「懸想文」は、大切にタンスの中に仕舞った。できれば、憧れのパオラフラーニのブルーのカモメみたいな春物のワンピが欲しいので‥‥って、あまりにもピンポイントな物欲だけど、こんな句も思い出した。

 

 

 懸想文青い鴎(かもめ)がそのなかに  西野文代

 

 

10万円近くもするワンピなんて、絶対に自分じゃ買えないから、何らかの他力本願的なラッキーにゆだねるっきゃないんだけど、それにしたって、ただ単に「欲しい~!」って思い続けてるだけよりも、この「懸想文」の御利益にあずかれば、あんがい、ヒョンなことで手に入るかもしんない。ま、高価なお洋服にしても良縁にしても、そうしたチャンスって、懸想文売りのように、足音もなく近づいて来るもんなんだと思う。だから、目の前にそのチャンスが訪れてても、気づかない人は気づかない。

 

 

 懸想文売の足音なかりけり  茨木和生

 

 

‥‥そんなワケで、文章の内容だけじゃなくて、その文字の美しさからも思いが伝わるお手紙って、誰が打ってもおんなじ文字のメールとは違って、ホントに味わい深くて、歴史のある伝達方法だと思う。だから、メールばかり打ってる人は、タマには、お手紙を書くようにしてみたらどうだろう。特に、好きな相手に自分の思いを伝えるラブレターの場合には、まったくおんなじ文面でも、メールだと伝わらない思いが、手書きのお手紙なら伝わることもあると思う。だから、あたしも、これからは、できるだけ手書きのお手紙を書くようにしてみようと思った今日この頃なのだ。

 

 

 待つだけの女は嫌よ懸想文  きっこ

 

 

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2008.02.25

第28回ゴールデンラズベリー賞

今年も、多くの映画ファンが、アカデミー賞よりも楽しみにしてるゴールデンラズベリー賞、通称「ラジー賞」が発表になった。第28回のラジー賞を受賞した作品や俳優は、以下の通りだ。


【最低作品賞】 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー(I Know Who Killed Me)」

【最低主演男優賞】 エディー・マーフィー 「マッド・ファット・ワイフ(NORBIT)」のノービット役

【最低主演女優賞】 リンジー・ローハン 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」のオーブリー役とダコタ役

【最低助演男優賞】 エディー・マーフィー 「マッド・ファット・ワイフ」のミスター・ウォン役

【最低助演女優賞】 エディー・マーフィー 「マッド・ファット・ワイフ」のラスプーシア役

【最低スクリーンカップル賞】 リンジー・ローハンとリンジー・ローハン 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」の陰の彼女と陽の彼女

【最低リメイク賞/最低詐欺賞】 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」

【最低続編賞】 「ダディ・デイ・キャンプ(Daddy Day Camp)」

【最低監督賞】 クリス・サイヴァートソン 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」

【最低脚本賞】 ジェフリー・ハモンド 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」

【最低の謎解きをしたホラー映画賞】 「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」


「28th Annual Golden Raspberry Award “Winners”」
http://www.razzies.com/history/07Winners.asp


‥‥ってなワケで、小学生並みの知能なんじゃないかって言われてる「お騒がせセレブ」のリンジー・ローハンちゃんが、前評判通りに大活躍しちゃった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、このラジー賞をほぼ総ナメにしちゃった「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」って映画がどんな映画なのかっていうと、女子高生のオーブリー(リンジー・ローハン)が、連続殺人鬼に誘拐されて、両親が「もう殺されてるだろう」って諦めかけた2週間後に、奇跡の生還を果たす。だけど、それは、片腕と片足を切断されてるっていう変わり果てた姿だった。で、両親は必死に看病するんだけど、2週間に渡る殺人鬼の拷問によって、重度のPTSDになっていたオーブリーは、「私はオーブリーじゃなくて、ストリッパーのダコタだ」って言い出しちゃう。そして、本当のオーブリーは、まだ殺人鬼に捕らえられていて、殺されかけてるって言い続ける‥‥ってストーリーだそうだ。

で、最初に書いたように、リンジー・ローハンは、この映画で、女子高生のオーブリーとストリッパーのダコタの2役で「最低主演女優賞」を受賞してんだから、ストリッパーのダコタってのも、空想の中の映像みたいな感じで登場するんだと思う。まあ、このアラスジを聞いただけでも、とても観ようとは思わない映画だけど、さらに、「ハリウッドの藤原紀香」って呼ばれちゃいそうなほどのダイコン、リンジー・ローハンが主役だってんだから、お金をもらっても観たくない。ま、バカなジャニタレが主演の映画を観に行くようなオメデタイ人もいるんだから、こんな映画でも、お金を払って観る人もいるんだろうけど。

それにしても、何よりもスゴイのが、最後のエントリーの「最低の謎解きをしたホラー映画賞」ってのにも、この映画が選ばれてるってことだ。これは、去年までは「最低ファミリー映画賞」っていうカテゴリーだったのに、ラジー賞のオフィシャルサイトを見たら、新しいカテゴリーとしてこんな賞ができちゃってたもんだから、あたしは、飲んでた抹茶入り玄米茶を乳首から噴き出しちゃったよ(笑)

だって、このカテゴリーの名前を見れば、この映画のために新設された賞だってことが一目瞭然なんだもん。たとえば、アベシンゾーを表彰したくて、わざわざ「空気が読めないで賞」ってのを新設するみたいなもんだと思う。この賞は、正式には「Worst Excuse for a Horror Movie」って書いてあって、この「最低の謎解きをしたホラー映画賞」ってのは、あたしが訳したものだ。「Worst Excuse」を普通に訳すと、「最悪の弁解」とか「最低のイイワケ」とかって意味なんだけど、この場合は「ホラー映画に対する」ってのがついてるから、リトル違って来る。つまり、「推理小説の最後の種明かしが最悪だった」って感じで、この場合も、映画の結末の「それまでの謎が解明される部分が最悪だった」って解釈する。だから、もっと短くて巧い訳もありそうなんだけど、あたしの英語力だと、「最低の謎解きをしたホラー映画賞」って訳すのが精一杯なのだ。

‥‥そんなワケで、1つの映画で2役を演じて、その両方で「最低主演女優賞」を受賞しちゃったリンジー・ローハンもワンダホーだけど、その上を行くのが、1つの映画で3役を演じて、それが「最低主演男優賞」と「最低助演男優賞」と「最低助演女優賞」を受賞しちゃったエディー・マーフィーだ。この「マッド・ファット・ワイフ」って映画は、原題は「NORBIT(ノービット)」って言うんだけど、エディー・マーフィーが、主役のノービットと、ライバルのミスター・ウォンと、太った女性のラスプーシアの3役を演じたことで話題になった。で、その3役が、すべてラジー賞を受賞したってワケだ。

あたしは、昔っから、エディー・マーフィーのどこが面白いんだか理解できなかったし、何で人気があるのかも理解できなかった。ただペラペラとつまんないことをしゃべってるだけって感じで、演技力もないし、見てるほうが恥かしくなって来るような言い回しやオーバーアクションに、あたしの苦手な「アメリカ人が喜ぶドタバタ喜劇」の現代版みたいなイメージしか持ってなかった。それなのに、いろんなとこの評価を見ると、エディー・マーフィーの演技力や役作りをベタボメしてるものが多いから、いっつも不思議に思ってた。エディー・ヴァン・へイレンのギターの演奏力なら、ベタボメしても理解できるけど。

で、今回のラジー賞は、リンジー・ローハンとエディー・マーフィーとで二分するような形になっちゃったけど、「俳優」じゃなくて「映画作品」ってことで見れば、「最低作品賞」と「最低監督賞」と「最低脚本賞」を総ナメにした「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」こそが、最低最悪な映画作品だってことになる。逆に、「マッド・ファット・ワイフ」のほうは、3役を演じたエディー・マーフィーだけが受賞してて、映画作品や監督、脚本は受賞してないんだから、ストーリーとしては、それなりに面白いのかもしんない。だから、エディー・マーフィーに無理な3役をやらせて、ヘタに話題作りをしたことが裏目に出ただけで、ちゃんとした俳優を3人キャスティングして、もっと映画として「観せる」ような作品にしてたら、もっと高く評価されてたって可能性もある。

‥‥そんなワケで、あたしは、「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」も「マッド・ファット・ワイフ」も観てないんだけど、もしも、テレビでやったとしても、やっぱり観る気はない。「アイ・ノウ・フー・キルド・ミー」のほうは、最初に書いたように、ストーリーそのものが「観たくもない話」だってことと、何よりも、リンジー・ローハンなんかの学芸会みたいな演技を2時間も観続ける自信がないからだ。そして、「マッド・ファット・ワイフ」のほうも、エディー・マーフィーのギャグが寒くて苦手なことと、基本的に、この手の映画が嫌いだからだ。たとえば、シュワルツネッガーが似ても似つかない双子のカタワレを演じた「ツインズ」とか、こういうアメリカ人のノリって、あたしは、どうしても受けつけない。

だけど、3年前の第25回のラジー賞で、「最低作品賞」と「最低監督賞」と「最低脚本賞」を受賞して、主演のハル・ベリーも「最低主演女優賞」に輝いた「キャット・ウーマン」を何日か前にテレビでやってたから、あたしは、録画しといて夜中に観てみた。あたしは、ハル・ベリーは大好きだし、猫も大好きだから、機会があったら観てみたいって思ってたのだ。だけど、公開された翌年に、ラジー賞を総ナメにしちゃったから、「そんなにひどい映画なら観る価値ないか」って思ってた。

だから、無料で観られるパソコンテレビで「キャット・ウーマン」が配信されてても、ラジー賞による先入観から、あたしは、観ることはなかった。でも、そのあとに、実際に観た知り合いから、「評判ほどひどい映画じゃないと思うよ。私はケッコー面白かったよ」って聞いたので、「じゃあ観てみるか」って思ってたところ、テレビでやったってワケだ。

それで、あたしは、録画したのを夜中に観てみたら、相変わらずハル・ベリーは可愛いし、猫っぽい動きも良かったし、壁を走り回っちゃうとこなんか爆笑だったし、あたし的にはワリと楽しめた。評判の悪いCGにしても、もともとアメリカのバカ映画に興味のないあたしとしては、「スーパーマン」や「バットマン」や「スパイダーマン」なんかと「どこが違うの?」って感じだった。もしかすると、ラジー賞による先入観や、ひどい評判ばかり耳にしてたことから、ものすごくハードルを低くして観始めたために、「そんなにひどくないじゃん!」って感じた部分もあったのかもしんない。

結局、ある程度の先入観があったとしても、アカデミー賞を受賞した映画だって、あたしにはつまんない映画もいっぱいあるし、ラジー賞を受賞した映画でも、あたしにはそれなりに楽しめる映画もあるってワケだ。ようするに、みんなが「良い」っていうものが、必ずしも、自分にとっても「良い」ものであるとは限らないってワケだ。それに、ハル・ベリーの場合は、こんな最悪な賞を受賞したってのに、堂々と受賞式に出席して、壇上で「感激して泣くマネ」まで披露した上に、「このShit(クソ)を私にキャスティングしてくれたワーナーブラザーズに感謝したい!」ってコメントして、会場を沸かせたんだもんね。ま、これは、「キャット・ウーマン」から3年前の2001年に、「チョコレート」で、黒人女性としては初めてのアカデミー賞の「主演女優賞」を受賞してるから、その余裕もあったんだと思うけど、ホントにステキな女性だと思う。

‥‥そんなワケで、いくらジョークだとしても、主役を演じたハル・ベリー自身が「クソ」とまで言い放った「キャット・ウーマン」だけど、あたしには可愛くてカッコ良く見えた。だから、人の感性は十人十色なんだけど、これらの映画が「芸術映画」じゃなくて「商業映画」だってことを踏まえて考えれば、人の感性なんていうアヤフヤなモノサシじゃなくて、正確に評価できるモノサシがある。それが、「興行収益」だ。「スーパーマン」や「バットマン」や「スパイダーマン」みたく、どんなにおバカな映画だって、たくさんの動員があって大きな利益が生まれれば、それは、興行として成功したことになる。つまり、「評価されるべき映画」だってことになる。で、このモノサシを使って、去年公開された邦画の中から「ニポンのラジー賞」を探してみると、ダントツの1位が、どっかの都知事が脚本から制作から総指揮までした大バカ映画、「俺は、君のためにこそ死ににいく」だろう。なんせ、どこの映画館もガラガラで、7億2000万円もの大赤字を出したんだから、言わば、これは、「映画界の新銀行東京」と呼んでも過言じゃないと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.02.24

新カレー作戦

何日か前のことだけど、朝からスタートしたお仕事が、モデルさんの都合で押しまくりで、バタバタしてて、お昼ご飯を食べる時間がとれなかった‥‥って言っても、午後1時か2時くらいには終わったんだけど、朝ご飯を食べてなかった上に、前の日の夜も食べてなかったあたしは、お腹がペコペコになっちゃった。それで、あたしは、お昼用として、梅干とオカカのオニギリを2個作って持ってたので、この日はカケモチじゃなかったから、お家に帰ってからオニギリを食べようと思った。だけど、お家に向かって運転してるうちに、ホントにヤバイくらいお腹がペコペコになって来ちゃった。

これが、食べ物を何も持ってなかったんなら、とにかくお家へと急いで、帰ってから何か作って食べるしかないんだけど、この日は、助手席のバッグの中にオニギリがあった。そして、水筒代わりの500のペットボトルにお茶も入れて来てるので、いつでも食べることができる。だから、駒沢通りを走ってたあたしは、あと10分もしないでお家に着くような場所だってのに、オニギリの誘惑に負けちゃって、駒沢公園の前で車を停めた。ここは、知ってる人にはオナジミだと思うけど、道路のワキにズラーッと車が停まってて、みんな休憩してる場所だ。ほとんどは、タクシーとか外回りの営業の人とかがサボッてるんだけど、一般の車もいる。

で、そこに車を停めたあたしは、小さい車載テレビを観ながら、オニギリを食べ始めた。誰が言ったか知らないけど、「空腹こそ最高の調味料」とか何とかってセリフがあったけど、ホントにその通りだと思った。そして、お腹がペコペコの時って、ヘタに豪華なものよりも、オニギリとか、白いご飯とお味噌汁とお漬物とか、そういったシンプルなものほど美味しく感じるし、「ああ~ニポン人に生まれて良かった~♪」って思える今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、車の中でオニギリを食べながら、テキトーにつけたテレビのワイドショーを観てたんだけど、「今年は花粉の飛散が去年の2倍から3倍になるから、去年は大丈夫だった人も今年は要注意」ってことを言ってた。それで、街ゆく花粉症の人たちに、「完全に花粉症が治るならいくらまでお金を出してもいいか」っていうアホなアンケートをとってたんだけど、一番多かったのが、「5万円~10万円」だった。でも、中には、「完全に治るのなら500万円以上出してもいい」って人もいれば、「お金を払ってまで治りたいとは思わない」って人もいた。

500万円出してもいいって人は、きっと、ものすごく重症の花粉症で、ものすごい大金持ちなんだと思う。そして、お金なんか払いたくないって人は、ものすごく軽い花粉症なんだと思う。だから、こうした極端な人たちは除外するとしても、「街の声」としてOAされてた何人かの人たちの中には、「年金暮らしなのでギリギリの生活をしてるけど、それでも花粉症が治るのなら、何とかして10万円くらいまでは出す」っていうおばあちゃんもいた。それから、20代後半くらいの若いサラリーマンは、「50万円払っても治したい」って言ってた。この人は、決してお金が有り余ってるワケじゃない。営業のお仕事をしてるそうで、お客さまの前で鼻水が止まらなくなって営業にも支障をきたすから、お仕事のために「50万円払ってでも治したい」ってことだった。

年金暮らしのおばあちゃんにとっての10万円も、若いサラリーマンにとっての50万円も、それぞれの収入で見れば「約2ヶ月ぶん」てことになるから、これはどっちも大金だ。つまり、金額は違うけど、どっちも、「大金持ちにとっての500万円」とおんなじくらいの大金なのだ。そして、それだけの大金を払ってでも治るもんなら治したいって思うほど、つらい思いをしてる人たちがいっぱいいるってことだ。

‥‥そんなワケで、あたしも花粉症だけど、最初は漢方で良くなったんだけど、お薬の値段が高くて続けられなくなったら、また症状が酷くなった。それから、自己流でいろいろと試してるうちに、前にも紹介したけど、ついに、オリジナルの「花粉症対策カレー」を作り出すことに成功した。今ころの早い時季と、本格的な花粉シーズンに入ってからの2回、このカレーを作って食べれば、マスクもお薬もなしで、そのシーズンを乗り越えられるようになった。詳しい作り方や食べ方は、2005年3月10日の日記、「花粉症対策カレー」に書いてあるけど、これは、あくまでも、「あたしには絶大な効果があった」ってだけで、それは、あたしの、あたしによる、あたしのための「花粉症対策カレー」だからだ。

おんなじお薬でも、効く人と効かない人がいるように、このカレーも、「花粉症がピタリと治った」って人もいれば、「ずいぶんラクにはなったけど、まだクシャミや鼻水は出る」って人もいれば、「ほとんど効果は感じられなかった」って人もいる。そして、これは、花粉症の程度や、タイプや、その人の普段の食生活とかにも関係してることだと思う。

たとえば、あたしは、「できる限りケミカルなお薬は飲まない」ってことを徹底してる。サスガに、インフルエンザになったら病院に行くけど、普通の風邪の場合は、病院なんて行かないし、市販のお薬も絶対に飲まない。葛湯を飲んで体を温めたり、ショウガ汁にキビ砂糖を加えて熱湯を注いだものを飲んだりして、あとは、おへその下のチャクラにエナジーが集中するように瞑想して、自己治癒能力を高めてから、ひたすら寝る。これで、ほとんどの風邪は治る。

そして、普段の食べ物も、できるだけ添加物の入ってないものを食べるようにしてるから、あたしの体は、ワリとケミカルレス状態のほうだと思う。だから、肺炎になりそうなくらい酷い風邪を引いて、仕方なく市販のお薬を飲む時には、箱に書いてある成人の規定量の半分で、絶大な効果がある。鎮痛剤とかって、常用してると、だんだんに効かなくなって来て、服用する量が増えてくけど、これの正反対の状態ってワケだ。

‥‥そんなワケで、コンビニやスーパーで売られてる食品も、ファーストフード店やファミレスをはじめとした外食のお店で提供されてる食べ物も、現代の食品て、ほとんどが添加物だらけだ。まったく自炊をしないで、3食すべてコンビニや外食で済ませてると、1年間に摂取する添加物、つまり、食べた物に含まれてた防腐剤や漂白剤などの総量は、軽く30キロを超えちゃうそうだ。もちろん、これらの添加物は、「一度に摂取しても危険のない量」しか添加されてないし、基本的には体外へと排泄されるワケだから、みんなそれなりに生きてるってワケだ。

だけど、食品の見栄えを良くしたり、食品を長持ちさせるために、こうした添加物が次々と作られて、こうした食品を何も疑わずに口にする人たちが増えて来てから、ガンの発生率は何十倍も激増した。そして、いろんなアレルギーに苦しむ人たちが増えて来たり、成人病を発症する子供が増えて来たり、精神的に不安定な子供も増えて来て、「イライラしたから人を殺した」なんていう少年犯罪までが増えて来た。ま、この変のことが、食べ物と関係があるのかどうかは分からないけど、「ナチュラルなものしか食べないように食生活を変えたら、性格まで穏やかになってイライラすることがなくなった」っていう人もたくさんいるんだから、一概に無関係とは言えないと思う。

それで、「できる限りケミカルなお薬は飲まない」ってことを徹底してるあたしは、ものすごくタマに風邪薬や鎮痛剤を使うと、驚くほど良く効く‥‥ってことを踏まえた上で考えたんだけど、あたしたちが食べても何ともない現代の食品でも、タイムマシンに乗って、地球上に添加物も農薬も存在しなかった原始時代へ行って、ナチュラルなものだけを食べて暮らしてる原始人に食べさせたとしたら、最低でも具合が悪くなって倒れちゃうだろうし、ヘタしたら死んじゃうかも?って思ったのだ。つまり、何代にも渡って、長年、添加物を摂取し続けて来たあたしたち現代人には、何でもないような微量の毒であっても、まったく摂取したことのない原始人にとっては、致死量に値する猛毒になるんじゃないのか?ってことだ。

‥‥そんなワケで、話はクルリンパと戻るけど、あたしの花粉症が一番酷かった時って、あたしは、今とはずいぶん違う食生活をしてた。もちろん、基本的には自炊がメインだったけど、買ってくるお野菜は、生産地なんて気にもしてなかったし、何よりも「安いもの」を選んでた。そして、普通に外食もしてたし、今じゃ死んでも口にしないようになった吉野家の牛丼も食べてたし、デニーズのハンバーグも食べてた。マックやケンタッキーをはじめとしたファーストフード店も利用してたし、今の一般的な人たちとおんなじような食生活をしてた。

だけど、この「きっこの日記」を書くようになってから、それまでは気にもしてなかった社会問題とかに目を向けるようになって、いろんなことを自分で調べるようになったら、この世の中って、あまりにもトンデモな世の中だってことが分かって来た。特に、食べ物に関することだ。それまでは、何の疑いも持たずに口にしてた食べ物が、実は、トンデモないシロモノだったってことが分かって来た。それで、あたしは、どんどん利用できるお店が減って来て、どんどん食べられる物がなくなって来て、今じゃ、自分で食材を選んで、自分で調理したものじゃないと、安心して食べることができなくなっちゃった。だから、今は、99%は自分で作ったものを食べてるし、1年くらい前からは、何よりも危険なお肉をできる限り口にしないようになった。

で、あたしの食生活は、こうしてジョジョに奇妙に変化して来たんだけど、それにともなって、花粉症の症状も、ジョジョに奇妙に軽くなって来たのだ。ようするに、あたしの花粉症が治って来たのは、漢方薬やカレーだけの効果じゃなくて、こうした毎日の食生活にも、ある程度の補助輪的な効果があったんじゃないか?って思ってる。ちなみに、「補助輪的効果」ってのは、今、書きながら思いついた言葉なんだけど、子供が三輪車から二輪車へとレベルアップする時の、アレのことだ。我ながら、うまい言葉を思いついたもんだと自画自賛しつつ、本線に戻るけど、あたしは、今日、すごく久しぶりに、花粉が原因ぽい感じのクシャミが出て、花粉が原因ぽい感じの透明でお水みたいな鼻水が出た。

それで、あたしは、ヒサビサに「花粉症対策カレー」を作ろうかと思ったんだけど、ここで、ハッと気づいたことがある。それは、「花粉症対策カレー」には、挽肉を入れなきゃなんないってことだ。今のあたしは「ヘタレなベジタリアン」だから、どこかで出されたお料理やお弁当にお肉が入ってれば食べるけど、自分から進んで食べることは拒絶してる。で、ただ単に「カレーを作って食べよう」ってことなら、お肉を入れずに作ればいいだけの話なんだけど、これは、すべての材料の組み合わせによって効果が生まれてる「花粉症対策カレー」だから、1種類でも材料を減らすと効き目がなくなっちゃう恐れがあるのだ。

あたしの予想としては、特に効果があるのは、大量に入れるニンニク、ショウガ、タカノツメの三種の神器で、続いて、大量のタマネギ、そして、市販のカレールーに含まれてる、ターメリックをはじめとしたいろんな香辛料なんじゃないかって思ってる。だから、挽肉は入れなくても良さそうな気もするんだけど、こういうのって、それぞれの成分の組み合わせによる相乗効果が大事なみたいな気もする。だから、一見、関係なさそうに思える挽肉を入れなかったことによって、ニンニクの効果も、ショウガの効果も、タカノツメの効果も、タマネギの効果も半減しちゃって、結果、花粉症を抑えるだけの効果が望めなくなっちゃう可能性もある。

もしも、あたしが綾波レイだったら、「にんにくラーメン、チャーシュー抜き」ってことにすればいいんだけど、あたしの場合は鼻水レイって感じだから、「にんにくカレー、挽肉抜き」ってワケには行かない。そこで、あたしが考えたのが、挽肉の代わりに、魚介類による動物性タンパク質を補完計画するか、お豆腐や納豆とかの植物性タンパク質を補完計画するか‥‥って作戦だった。ただ、味を考えた場合、ニンニクやショウガやタカノツメをたっぷり入れたカレーには、牛と豚との合挽肉が合うワケで、シーフードカレーにしちゃったら、ぜんぜん合わないと思う。

シーフードの場合は、エビとかイカとかの具から出たダシの甘みを生かすために、ニンニクやショウガは入れないほうが美味しくなる。だけど、花粉症とは関係ない普通のシーフードカレーを作ったって、そんなもん何の意味もない。だからって、お豆腐や納豆も「パンチの無さ」はシーフード以下だから、これもおんなじだ。

‥‥そんなワケで、あたしが考えたのは、「シーフードの中で、お肉にヒケを取らないほどインパクトのある味のもの」ってワケで、いろいろと考えた結果、たどり着いたのが、「アンチョビ」と「クサヤの干物」だった。そして、両方とも高価だけど、カレーにドバッと入れるほど大量に用意するってことを考えたら、まだ、クサヤの干物のほうが安く済むと思った。だけど、あたしのキッチンでクサヤの干物なんか焼くのは絶対にイヤだし、だからって、焼かずにカレーの中に入れて煮込んだら、劇的な匂いのビフォー・アフターなカレーになっちゃいそうだ。そして、仮に花粉症に効果があったとしても、朝からニンニクとクサヤを食べた日にゃあ、絶対にお仕事に行くことはできない。だから、あたしの「新ヤシマ作戦」‥‥じゃなくて、「新カレー作戦」は、まだまだ花粉のATフィールドを破ることができないので、「みのり園」さんの「べにふうき」でも飲んでみようかと思ってる今日この頃なのだ。


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2008.02.23

産経新聞よりインリン・オブ・ジョイトイ

ちょっと前ですが、インリン・オブ・ジョイトイが、いいこと‥‥っていうか、当たり前のことを言ってます。産経新聞なんか読むよりも、インリンちゃんのブログを読んでたほうが、遥かに正常な人間になれますね。


「日米共同犯罪?」
(前略)
私は沖縄によく行くから基地問題やアメリカ軍には凄く敏感で…で、いつも思う…事実、アメリカ海兵隊員なんて犯罪者か犯罪歴ある人か犯罪したくて我慢してるような知性も理性もない人ばかりだし、そもそも徴兵で強制されてんじゃないのにわざわざ軍隊入る人間なんて、殺人を職業に選んでる異常者!人間失格。
沖縄はこんな連中や、その家族が自由にしてんだから事件が起きないはずがない。
またこの軍隊家族系が困ったもんで、日本人の税金で高いマンションに住んで、でかい自家用車乗り回して、その車には「神は偉大だ」とか「キリストが守ってくれる」とか妄想ステッカー貼ってる。
あなた達アメリカが、毎日、中東の国で罪もない民間の人、子供たちまで虐殺してて何が神だよ!
そんなんで愛や平和を語る資格なし!そんな神はいなくていい。
(中略)
てか、なぜアメリカの軍隊が沖縄にいるのか?って考えると、アメリカ大好きアメリカ軍隊大好きアメリカの言いなりの日本政府に、女子中学生はレイプされたってことにもなるよね。
軍隊なんて国民を守らない。
世界のどこの軍隊も、平和の為の軍隊なんて有り得ない。
軍隊なんて各国の権力者を儲けさせる為にあるだけだよ。
(後略)


「愛のエロテロリズム」(2月12日)
http://blog.livedoor.jp:80/yinlingofjoytoy/archives/51081808.html


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元気玉のカケラ

Y985
ものすごくたくさんの人たちから、「きっこの日記R」の嬉しい感想が届いてて、あたしは、感謝しても感謝しきれないほど感謝してる‥‥って、リトル変な言い方だけど、心を込めて書いた本なので、とっても嬉しい。読んでくださった皆さん、そして、感想を送ってくださった皆さん、本当にありがとうございました♪

それで、あまりにも嬉しいので、何通かを紹介しようと思ったんだけど、よくよく考えてみたら、ほとんどの感想メールが「ネタバレ的な内容」だった。そりゃそうだよね。本を読んだ感想なんだから、その内容について触れてるのは当たり前だ。だけど、この喜びを伝えたかったから、今日は、感想メールの中から、あんまりネタバレになってないものだけを探して、何通か紹介させていただくことにした。いつものように、本名が書いてあったものはイニシャルに変えて、ハンドルネームだったものはそのままで、紹介させていただきます。


お名前:N
コメント:きっこさん初めまして!大阪市在住のNと申します。きっこの日記を毎日読む事が日課になっていて、一日の楽しみです。きっこの日記Rは、前作からおよそ1年ぶりの出版という事もあり、出版を発表された時からとても首を長くして待っていました。そして本を購入して一日で読破してしまいました!(笑)全体的に凄く笑えたり感動しました。と同時に、もの凄く胸が痛くもなりました。あの日記を書いてる人とは想像もつかない位の壮絶な過去があったんだなって思いながら読んでたら、一章読み終えた時点で号泣でした。でもウェブ上だけでは知りえなかったきっこさんのことを知れて、すっごく嬉しかったです☆日記の方も、内容を修正してるとあったので、全部本で読んだら、日記で読んだのとは全く印象が違い、凄く新鮮でおもしろかったです。何回も読み返したくなる本に久々に出会えました!これからもお体に気をつけて頑張って下さい!応援しています。


お名前:猫好きの哲
コメント:きっこ様、漸く最新刊の「きっこの日記R」が届きました。まだ、ほんのさわりしか読んでいませんが、出版された理由が想像した通りでしたので、少し心配しましたが、一読者も気持ちで繋がっています。きっこさんの努力がきっと良い方向に向うと思います。本多勝一さんが「物事は弁証法的に発展する」と誰かの言葉を引用して随分前に書き、行動していますが、僕もどんなに政治や取り巻く環境が悪くとも、発言し行動すれば周りは少しは変わると思います。僕はあなたより20歳以上も上ですが、新聞やテレビは真実を伝えない中で「きっこの日記」を発見しました。今日はこれ位で失礼します。御身体だけは大切にして下さい。著書はこれからゆっくり読ませて貰います。では、良い一日を。今は午後ですが、ま、固い事は言わずに。


お名前:F
コメント:きっこさん、こんにちわ。辺野古の事で質問メールを送り、丁寧な返事を頂戴した横須賀のFです。その節はどうもありがとうございました。この度は「きっこの日記R」のご出版、おめでとうございます。私はいつも利用している書店に予約しておいたのですが、発売日の前日に受け取ることができました。1冊目、2冊目も読み応えがあって楽しめましたが、今回の「きっこの日記R」は想像していた以上に衝撃的な内容で、通勤中に読んでいた私は電車の中で思わず涙がこぼれてしまいそうになり、慌てて本を閉じました。そして後書きを読み、きっこさんの苦しい胸の内が伝わってきました。きっこさんの日記やブログを読んでいる人たちは、皆、きっこさんのことを応援していると思います。早く大きな元気玉ができるように、私も友人達に「きっこの日記R」を薦めています。長くなってしまいましたが、きっこさん、くれぐれも無理をしないよう、これからもマイペースで続けてくださいね。


お名前:YI
コメント:きっこ様、初めてメールさせていただきます。私は東京在住の40代、中学生と小学生の子を持つ平凡な主婦です。きっこさんが毎日発信する日記に、笑ったり怒ったりと日々刺激されています。一昨日「きっこの日記R」がアマゾンから届き、わくわくしながら読み始めました。本の読み方としてはルール違反ですが、きっこさんの告知で気になっていた後書きから読み始めました。そして驚きました。児島玲子さんのこと、本を出版した理由、他にも沢山の驚きがありましたが、きっこさんが何も言わずに今まで耐え続けていたことに、胸が張り裂けそうな思いがしました。そして書下ろしエッセーを読み、あまりのことに涙が止まらなくなりました。きっこさん、本当にお辛かったでしょう・・・信じがたい体験もそうですが、それを文章に書き本にしたきっこさんがどれほどの思いだったのかと・・・平凡な人生を送って来た私には想像を絶することでしたが、それをバネにして明るく前向きに生きているきっこさんに、大きな勇気をいただいたような気がします。きっこさん、これからも応援して行きますので、お母様と幸せに暮らせる日に向かって、がんばってくださいね。


お名前:KT
コメント:京都の田舎の、教会の隣に住むものです。『きっこの日記R 好き?好き?嫌い?編』を読み終えました。きっこさんの小学生の頃から今までの歩みに、胸を打たれるものがありました。また、児島玲子さんと対談で書かれていた内容など、毎日のきっこさんの元気なブログからは窺えない“しんどさ”も分かりました。そんな多くの文章の中で、『ずぶぬれて犬ころ』で書かれていた内容には、改めて考えさせられました。その内容を、ものすごく簡単に言ってしまえば、『あなたは他人の痛みをどれだけ我がコトとして思えるのか?』、そして『あなたは自分の人生に真摯に向き合っているか?』というメッセージだったと思います。この文章を読み、おもわず、わたしの中途半端な日々を振り返り、考えさせられました…。それと、ブログのきっこの日記に書かれてた『大きな元気玉』の意味が分かりました!なるべく早くに“元気玉”がドッカーン!とはじけて、きっこさんやお母様の心配な気持ちを心から吹き飛ばしてしまって、元気になられますことをホントに期待しています。では、また。


お名前:OT
コメント:きっこさん、新刊本、読み終わりました!きっこさんが言ってたとおり玉手箱の様な本で、最初から最後まで楽しめました、、、と言うか、いろんなことを考えさせられました。ほのぼのしたり、怒りがこみ上げてきたり、感動したり、悲しくなったり、、、そして何度も泣いてしまいました。きっこさんが言ってた様に、書下ろし記事や後書きにも感動しましたが、江川紹子さんとの対談が印象的でした。僕も江川さんは好きなジャーナリストなんですが、テレビ等では聞けない話が沢山出てきて、改めて江川さんを好きになりました!(きっこさんのこともです。笑)きっこさんは本を出すのは今回が最後と言ってましたけど、是非続編も出版してほしいです!今後も期待してます!


お名前:YM
コメント:きっこさん、はじめまして。私は静岡県の三島に住んでいる、三人の子を持つ専業主婦です。昨日「きっこの日記R 好き?好き?嫌い?編」を、本屋さんにて購入しました。WEB上では書けない話に興味があり、実際、話の内容も面白かったのですが、本という媒体を通すといつもとは違う感動を味わえたので、それがとても新鮮でした。ところで、改めて2007年4月6日の「大人のみなさんへ」を読むと、涙がこぼれてきました。このスピーチに興味を持ち、他のサイトで日本語訳のものをいくつか読みましたが、そのお蔭できっこさんの訳がとても素晴らしい事に気が付きました。他の訳は、それこそ「辞書を片手に教科書どおり」に訳したのかな?と、そちらの方がメッセージよりも気になりがちですし、言い回しに少しの「傲慢さ」を感じるのですが、きっこさん訳では、セヴァン・スズキの伝えたい事がまっすぐ心に伝わり、しかも「謙虚さ」が感じられました。内容は同じだから、少しの違いはたくさんの心配りがあってこそなのかしら、とても素敵な訳をありがとう!と自然に感謝の気持ちが湧いてくる程でした。初めて読んだのがきっこさん訳なので「なんと素晴らしいスピーチ!」と感動しましたが、最初に他の人の訳を読んでいたら「子どもなのに偉いねェ・・・」で終わっていたかもしれません。翻訳は言葉では伝えられない相手の雰囲気が感じられるように工夫しなければならないので、技術的に凄く難ししいと思っていました。きっこさん訳が、そういった意味で大成功と思うだけに、スピーチの内容は素晴らしいのだから、良さを際立たせる訳で多くの人に読んでもらえたらいいにと、何だか悔しくさえなってきました。(中略)読んで下さって、ありがとうございます。まだまだ寒い日が続きますが、お体ご自愛ください。


お名前:MM
コメント:きっこさん、こんにちは。大阪府柏原市のMMです。「きっこの日記R」の感想ですが、特に書下ろしが印象的でした。ウェブ日記でもそうですが、きっこさんのシリアス系のお話にはいつも感動し、また考えさせられることが多くあります。と、同時に「私はあと数年したらこのようなことが書ける(言える)人間になるだろうか」とも考えます。いつも軽い焦燥感と脱力感が入り混じり、私もしっかりしなきゃなって反省しています。(きっこさんのおかげで、ようやくテレビや新聞の報道には疑問を持って読める(見れる)ようになってきました。今までは鵜呑みでしたから・・・)ですが今回は、きっこさんの恋愛遍歴が一番インパクトがありました。というのは、「きっこさんも男にはエライ目にあってきたんや!」って思ったからです(笑)私もたいがい男運は悪いです。今は結婚していますが、だからと言って何が変わるということはありません。結婚生活でもエライ目にあってますが、「ま、縁あって一緒になったんだからとりあえずは面倒見てやるか」と言う感じで、私の忍耐とあきらめのシンクロ率は毎日更新を続けています。きっこさんは、最悪な男とばっかり付き合ってきたことを書いておられました。なんだか私も昔のことを思い出し、クスリときました。しかし私はきっこさんの男気のあるところが好きです。「お金がないんなら、あたしが食わせてやる。」 とても男前だと思います。男前と言えば、児島玲子さんとの対談でもおっしゃっていましたが、「男なんかにまけてたまるか!」と言う精神も全く同じです。なんだか嬉しくなりました。相手を好きになるのに●●もどうでもいいっていう感覚も分かります。私もきっこさんと同じ感覚ですから(笑)「実験君」の話もツボでした。良く分かります。実は私も妄想好きで、いったん妄想の中に突入してしまうと、周りが見えなくなり、その人になりきってしまい、思わずセリフを口に出してしまいます。独り言というには大きな声です。ときどき自分でもびっくりしてしまうくらいです。母親には随分気味悪がられました。良識のストッパーがほしいです・・・。取り留めのないことを書いてしまいました。とにかく、私は強くて頭がよくて美人のきっこさんが好きです。(特にサラサラの髪、あこがれます。私の髪は南国系扁平きしめんゴワゴワタイプなので)これからも頑張ってください!


‥‥そんなワケで、最後に紹介したMMさんからのメールは、最後の「美人のきっこさん」て部分をどうしても掲載したかったので(笑)、1ヶ所だけ、重要なネタバレ部分を黒丸で隠させていただいた。他にも、すごくたんさんのメールをいただいてるんだけど、どのメールもとっても嬉しくて、あたしは、心から感謝してる。そして、あたしの大好きな荒木師匠や笛田さおりちゃんやオムライス党のみずほたんも、ご自身のブログで「きっこの日記R」について書いてくださった。


「荒木師匠ブログ」
http://blog.arakishishou.net/?day=20080219

笛田さおり公式ブログ「色恋日和」
http://kanadeya.laff.jp:80/blog/2008/02/mixi-e69f.html

「福島みずほのどきどき日記」
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/blog-date-20080222.html


皆さん、本当にありがとうございました!
皆さんからいただいた元気玉は、あたしの宝物です♪


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2008.02.22

キャバクラ立国論!(黒笑)

大人気の「兵庫のおじさん」の最新作です♪

こんな人が総理大臣になってくれたら、ニポンも今より百万倍は美しい国になるのに(黒笑)



いよいよ「兵庫のおじさん」のDVDが発売されます!
こちらから予約すれば、26%OFFで1000円以上も安く購入できます♪
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兵庫のおじさんの「愛のブランデー日記」
http://ojisanyade.exblog.jp/


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ROOKIES

しばらく報告してなかったけど、あたしの足の具合は、ずいぶん良くなった。まだ、体重をかけるとピキーン!てなったり、長時間、ヒールの高いパンプスを履いてるのはキツイけど、それでも、ほぼ普通の生活ができるようになったので、どっちかって言うと、痛みよりも、醜い傷跡のほうが気になってる。今でも、月に2回は接骨院に通ってるんだけど、マッサージをしてもらったり、コタツの温熱灯みたいなので足首を温めたりしてるだけなので、これは靭帯とか筋肉とかの治療であって、傷跡が薄くなったりはしない。傷跡は、皮膚がなくなったとこの肉がケロイド状みたくなってるから、たぶん、皮膚移植とかをしない限りキレイにはならないと思うので、もう諦めた。

それでも、あたしが、接骨院に通ってるのは、もちろん、元通りにピョンピョンと歩けるようになるためだけど、もう1つの理由が、待合室にあるマンガを読むためだ。この接骨院の先生は、森田まさのりのマンガが好きみたいで、来院する患者の9割がお年寄りだってのに、「ろくでなしBLUES」が全42巻、「ROOKIES」が全24巻、ズラーッと並んでるのだ(笑)

当然、お年寄りはマンガなんか読まないし、それよりも、知り合いと会う社交場みたいな感じで接骨院を利用してるから、このマンガは、あたし専用みたいなもんだ。たとえば、6巻を読み終わって、7巻を読もうとしたら、誰かが読んでて続きが読めない‥‥なんてことはない。いつでも、好きなだけ読めるし、ほとんど誰も読んでないので、病院の待合室のマンガにアリガチな「手垢で汚れてたりページがボロボロだったり」ってこともない。どれもキレイで気持ち良く読める。

それで、あたしは、「ろくでなしBLUES」は、前にチョコっと断片的に読んだことがあったので、この接骨院では「ROOKIES」のほうを読んでるんだけど、今、ちょうど真ん中の12巻を読み終わったとこで、とにかくメチャクチャ面白い。すごく続きが読みたくて、そのために接骨院へ通ってるような‥‥っていうか、寒かったり疲れてたりで、ついつい「今週はお休みしちゃおうかな?」って思う気持ちになっても、「でも、ROOKIESの続きが読みたいから、やっぱ行こう!」ってことになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、知らない人のために軽く説明しとくと、この「ROOKIES」ってのは、基本的には高校野球のマンガなんだけど、「憎めない不良」「愛すべき不良」を描かせたら天下一品の森田まさのりのマンガだから、そこらの高校野球マンガとはぜんぜん違う。それこそ、マンガの中でしかお目にかかれなくなったような1人の熱血教師が、不良だらけの野球部を立て直して甲子園を目指すんだけど、とにかく、現実にはアリエナイザーだけど「あって欲しい」って思えるような熱い感動がいっぱいで、最近の腰抜け教師や変態教師どもにこそ読んでもらいたいマンガだ。

で、あたしが何よりも気に入ったのが、このマンガの舞台が、あたしの地元のニコタマだってことだ。「ろくでなしBLUES」の場合は、吉祥寺の周辺が舞台で、タマに井の頭線で渋谷に遠征したりもしてるから、それなりにあたしの活動範囲が出て来て、「おおっ!」って思ってたんだけど、この「ROOKIES」の場合は、完全にあたしの地元が舞台だから、「おおおおお~っ!」って感じなのだ。何しろ、高校の名前が「二子玉川学園高校」、略して「ニコガク」だし、多摩川や街の風景など、見たことあるものばっかなのだ。

森田まさのりのマンガと言えば‥‥って言っても、あたしは、「ろくでなしBLUES」と「ROOKIES」しか読んでないけど、登場人物の名前が、実際のスポーツ選手の名前を2人合体させてつけられてることが多い。たとえば、「ろくでなしBLUES」の主人公の前田太尊は、プロレスラーの前田日明とプロボクサーのマイク・タイソンを合体させた名前だし、太尊の弟の前田用高は、具志堅用高の名前を使ってる。他にも、ダブリの先輩の大橋英和は、大橋秀行と赤井英和の合体だし、他にもいろいろと、プロボクサーを中心に、実際のスポーツ選手の名前が使われてる。

あと、太尊の後輩には、ブルーハーツのヒロト、マーシー、純之助とソックリの3人が出て来て、名前も「ヒロト」とか「マーシー」とか呼び合ってるけど、本名は、甲本ヒロトとボクシングの大場政夫を合体させた大場浩人、真島昌利とボクシングの海老原博幸を合体させた海老原昌利、河口純之助とボクシングの松村謙二を合体させた松村純之助‥‥ってふうに作られてる。

‥‥そんなワケで、「ROOKIES」のほうもおんなじで、こっちは野球のマンガだから、もちろん、プロ野球選手の名前が使われてる。だけど、東京の高校なのに、ナゼか阪神タイガースの選手の名前が使われてる。野球部の顧問の先生は、川藤幸三と田淵幸一を合体させた川藤幸一だし、部員たちも、安仁屋宗八と藪恵壹を合体させた安仁屋恵壹、若菜嘉晴と坪井智哉を合体させた若菜智哉、御子柴進と和田徹を合体させた御子柴徹、新庄剛志と井川慶を合体させた新庄慶、今岡誠と福原忍を合体させた今岡忍など、他の部員たちの名前も、みんなタイガースの選手の合体ワザだ。で、何でなのかと思って調べてみたら、作者の森田まさのりが、関西出身でタイガースのファンなんだって。

あたしは、かつてはジャイアンツのファンだったけど、だからって別にタイガースのことは嫌いじゃないし、まあまあ好きなチームだ。だから、ジャイアンツの選手の名前を使ってベタになるよりも、タイガースの選手の名前を使って「分かる人にだけ分かる」ってほうがいい。いくら東京の高校の野球部員の名前だからって、何もジャイアンツにする必要もないと思うし、逆に、タイガースで良かったと思う。だから、ジャイアンツの熱狂的な大ファンである橋下徹を大阪府知事に選んだ大阪府民たちのように、あたしも、サハラ砂漠のように広い心で良かったと思ってる。

で、この「ROOKIES」が、TBSでドラマになるそうで、4月から、土曜日の夜8時っていう超ゴールデン枠で放送開始するそうだ。川藤幸一の役は佐藤隆太、安仁屋恵壹の役は市原隼人、御子柴徹の役は小出恵介‥‥って感じで、「TBSの社運を賭けたドラマ」だそうだ。ま、新しいドラマを発表するたびに、毎回毎回「社運を賭けた」って言ってるから、いつもとおんなじなんだと思うけど、1つだけ、あたしが「ほほ~」って思ったのは、放送期間が「未定」だってことだ。ドラマの場合は、最近は、1クール12回前後で最終回を迎える短めのものが主流になってるけど、この「ROOKIES」は、プロデューサーの石丸彰彦が、「原作を最後まで描き切る」として、放送期間を決めてないのだ。

単行本で24巻もある原作なんだから、1クールにマトメるためには、毎回、単行本2冊ずつ進めてかなきゃなんないワケで、そのためには、細かいエピソードや複線はほとんどカットしなきゃなんないし、大幅にハショッた流れになっちゃう。そして、ツジツマを合わせるために、原作とは違ったストーリー進行になるし、原作の良さがどんどん消えてっちゃう。マンガや小説を原作にしたドラマの多くが失敗してるのが、こうした理由と、視聴率欲しさに、演技力のカケラもないジャニタレなんかを主役にしてるからだ。

だけど、今回の「ROOKIES」は、「原作を最後まで描き切る」ために放送期間を決めてないってんだから、場合によっては、2クール、3クールと延長戦に突入する可能性もあるってことだ。もちろん、逆に、ニポンが誇るダイコン、藤原紀香のドラマみたく、あまりにも視聴率が低くて、早めに終了しちゃう可能性だってあるけど、ワクに縛られることなくドラマを制作できるってのは、なかなかワンダホーなことだと思う。だって、原作のマンガではホンの数ページの小さなエピソードでも、それが重要だと判断されれば、そのエピソードだけで1回を撮り、登場人物たちの魅力を引き出すことも可能だからだ。

で、この「ROOKIES」のドラマでは、今、マドンナ役の女の子の投票オーディションをやってる。公式サイトにエントリーされてる15人のアイドルの中から、自分が「この子がいいな」って思った子に投票して、その得票数で出演者が決まる。あたしは、エントリーナンバー5番の「小倉遥ちゃん」を応援してて、もちろん、遥ちゃんに投票したんだけど、1つのパソコンから1回しか投票できないので、今は見守ってるだけだ。

Y999e
遥ちゃんは、二代目のミス・マリンちゃんで、あたしの大好きな「スーパー海物語 in 沖縄」で、5連チャンすると登場する女の子だ。ちなみに、10連チャンすると、今度は、準ミスの2人も一緒に登場する。だから、海マニアのあたしとしては、数え切れないくらい遥ちゃんのお世話になってる。その上、遥ちゃんは、あたしとおんなじニコタマ在住だし、FM世田谷でレギュラー番組も持ってる世田谷っ子なので、ニコタマを舞台にした「ROOKIES」のマドンナ役は、まさにドンピシャなのだ。だから、ニコタマを愛するあたしとしては、ニコタマのニの字も知らないような他府県出身のアイドルじゃなくて、あたしとおんなじにニコタマを愛してる遥ちゃんこそ、ニコガクのモデルになった地元の高校出身の遥ちゃんこそ、「ROOKIES」に出演して欲しいと思ってる。

‥‥そんなワケで、現在の投票の状況を見ると、遥ちゃんは6位とか7位とかの辺りにいて、なかなかキビシー状況だ。ま、女の子の好みはいろいろあるから、あたしが「何で?」って思うような子に大量の得点が入ってるのも不思議じゃないし、知名度だとかファンの数だとか事務所の力だとか、あたしには分からないいろんなことがあるんだと思う。だけど、あたしは、遥ちゃんが、誰よりもニコタマや世田谷を愛してることを知ってるから、自分の貴重な1票を遥ちゃんに投票した。遥ちゃんは、とっても可愛くて、性格もいい子だから、何とか5位以内に入って、せめて一次予選だけでも通過して欲しい‥‥なんて思ってる今日この頃なのだ。


「投票フォーム」
http://tv.yahoo.co.jp/tv_show/tbs/rookies/audition/tohyo/vote.html

遥ちゃんのブログ「おぐらひろば」
http://ameblo.jp/ogura-haruka/


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2008.02.21

母賛歌

2月20日、女性レゲエシンガーのMetisが、ガンと闘うお母さまに捧げる新曲、「母賛歌」をリリースしました。

Metisは、あたしとおんなじ母子家庭なので、お母さまへの思いは人一倍なのでしょう。

お母さまの闘病生活を支えながら音楽活動を続けて来たMetisは、2006年にミニアルバム「WOMAN」でメジャーデビューを果たし、音楽シーンでの活躍も目立つようになって来ました。

そして、Metisが活躍するようになって来たら、お母さまの病状も少しずつ快方へ向かい始めたそうで、担当の医師も「原因が分からない」と言っているそうです。

Metisは、今も闘病生活を続けるお母さまへ、生きる勇気と元気を届けるために、この「母賛歌」を書いたそうです。

「お母さんありがとう、という気持ちを伝えたかった。聴く人それぞれの親、家族への感謝の気持ちを伝えるきっかけになれば」とコメントしています。


あたしは、この歌を聴いて、あたしのために昼も夜も働き続け、今は闘病生活を続けている母さん、そして、今の自分の思いとオーバーラップして、涙が止まらなくなってしまいました。


「母賛歌」 Metis


  

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お知らせです♪

あたしの大好きな荒木師匠が、2つのブログで「きっこの日記R」のことを紹介してくださいました!

荒木師匠のめっちゃ可愛くてセクシーなピンクのミニのワンピ姿も見られるので、皆さん、読んでみてくださいね♪


「荒木師匠ブログ」
http://blog.arakishishou.net/

「荒木師匠の美的生活」
http://plaza.rakuten.co.jp/arakishishou/


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急須クロネコ補完計画

あたしのとこには、毎日、何十通もの読者からのメールがあるので、なかなかお返事をすることができなくて心苦しいんだけど、それでも必ず、すべてキチンと読んでる。それで、届くメールを大別すると、約9割は、あたしの書いたことに対する意見で、賛同もあれば反論もあれば提言もある。そして、残りの1割は、「署名に協力して欲しい」とか「○○について取り上げて欲しい」とかの「依頼」だ。こうしたメールの場合には、ただ読み流すだけじゃなくて、そこに書かれてるサイトを閲覧して、その活動の趣旨を理解してから、その問題に関する他のサイトなども見たり、場合によっては図書館に行って調べたりして、その上で協力すべきかどうかを判断してるから、すごく時間が掛かる。

で、去年の12月の初めに、袴田(はかまだ)さんという読者からメールがあった。これは、「依頼」というか、ある「要望」だったんだけど、あたしはとても賛同できたので、その要望に答えて、お返事を差し上げた。そうしたところ、お礼のメールが来て、「毎年、少ない部数だけ作っているオリジナルの猫のカレンダー」を白夜書房宛に送ってくださったとのこと。それで、去年のクリスマスころに、その猫のカレンダーと、袴田さんはお茶屋さんをやっているそうで、お茶を一緒に送ってくださった。でも、「きっこの日記 R」の後書きに書いてある理由で、あたしの本の版元が辰巳出版に代わったため、「白夜書房→辰巳出版→あたしの担当編集者→あたし」という、白夜書房さんにはご迷惑をおかけしてしまう経路になってしまい、あたしの手元に届いたのは、今年の2月になってからだった。

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猫のカレンダーは、「うちの猫・そとの猫」っていうもので、袴田さんのとこの猫たちや、外の猫たちが勢ぞろいしてて、1日1日に別々の猫の写真が並んでる、ようするに、1年間、365枚の猫の写真が並んでた。野良猫の写真が多くて、顔の汚れてる子の写真とか、いかにも野良猫って顔つきの子もいて、野良猫こそが「本当の猫」だと思ってるあたしとしては、すごく嬉しかった。それで、あたしは、もう2月になってたので、後ろ髪を引かれつつ「1月」を切り取って、キッチンの壁にかけた。そして、遅ればせながら、袴田さんにお礼のメールを送り、袴田さんからも「無事に届いて良かったです」というメールが来て、これで、一件コンプリート。そして、みんなで海辺へ行きましたとさ。めでたし、めでたし‥‥って感じの今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、「そして、みんなで海辺へ行きましたとさ」の意味が分かんない人は、1月20日の日記、「日曜はダメよ」を読んでもらうとして、ほとんどの人は分かってると思うから、このまま行くけど、とにかく、袴田さんとのやり取りは、これで無事に終わった。そして、袴田さんのお茶屋さん、「猫のお茶屋さん みのり園」のサイトの中に、カレンダーに登場してる猫たちの名簿があるって言うので、あたしは、どの子が何ていう名前なのかを照らし合わせたりして、1人でニマニマしてた。

それで、あたしは、また淡々と日記を書き続けてたんだけど、そしたら、2月10日くらいに、袴田さんからまたメールが届いた。件名が「日の丸をハート型に!」って書かれていたので、「何だろう?」と思って開封したら、こんなメールだった。


Subject: 日の丸をハート型に!

きっこさん、こんにちは。
2月8日付の「きっこの日記」をよくよく見たら、ランキンタクシーの「信ずるものは・・・」の歌詞が!
じつはあの曲のアレンジ&プログラミングを担当しているのは、何を隠そうこのわたくしなのです。
おととし耳の障害で音楽の世界から足を洗って、今はお茶屋のダンナをやっているんですが、それまで約20年くらいプロのアレンジャーだったのです。
ランキンタクシーとはインディーズ時代からのつきあいで、「火事だぁ」(1989年12月10日)と「ワイルドで行くぞ」(1991年3月25日)の曲のほとんどをアレンジしています。
そんなにめちゃくちゃ売れたわけではないので、きっこさんがあの曲を知っていたとは驚きました。
あの曲は当時レコード会社から「歌詞の内容を変更してほしい」とかなんとか、CD発売前にいろいろもめたような記憶があります。
もしきっこさんがあの頃ランキンタクシーのライブに行ったことがあれば、僕もメンバーの一員だったので、見ていたかもしれません。
(後略)


‥‥それまでは、「猫好きのお茶屋さん」だと思ってて、マサカ、レゲエと関係があっただなんて予想もしてなかったし、それも、あたしの大好きなランキンタクシーさんのアレンジをしてたなんて、これぞビックル一気飲みってワケだ。それに、あたしは、「ワイルドで行くぞ」は、高校生の時に発売日に買ってる。それまで、ルーツ・ロック・レゲエやラヴァーズしか聴かずに、DJやダンスホールを毛嫌いしてたあたしは、このアルバムを聴いて、どの曲もバラエティーに富んでるのにそれぞれがサイコーで、「これなら分かる!」って思ったのだ。そして、何よりの収穫だったのが、スレンテンのカッコ良さが理解できたことだった。

「スレンテン」ていうのは、文章で説明するのは難しいけど、ダンスホールスタイルのレゲエに多様されてる「お約束のリディム(リズム)」で、ボブ・マーリィに代表されるルーツ・ロック・レゲエでは、絶対に使われないものだ。文字で書くと、「タツツタツツタツツツタツタツツツ」‥‥かな? 「タ」のとこで打って「ツ」のとこはお休み。単調な2ビートのレゲエが続いてって、メロディー的なサビじゃなくて、リディム的なサビとして、このスレンテンが繰り返されて、踊ってる人たちは盛り上がる。だから、ダンスホールの「盛り上げ番長」的なリディムで、中には、最初から最後までスレンテンだけの大バカ(笑)なイケイケスタイルもある。

あたしの説明じゃ、ぜんぜん「スレンテン」が分かんないと思うけど、その場合には、2月27日にリリースされるランキンタクシーさんのニューアルバム、「死ぬまで生きる」の3曲目の「ギミサム・スレンテン」を聴いてもらえれば、パーフェクトに理解できる上に、55才の熱いレゲエ魂で踊りまくれることウケアイだ‥‥なんて告知も織り込みつつ、あたしは、すぐに袴田さんに返信をした。


Subject: こんにちは

袴田さま、こんにちは。
意外ですね!
ランキンタクシーさんの「信ずるものは…」のネタは、2006/10/08 の日記「ミーハー向けのニポンGP」の中でも、使ってるんですよ。

>やっぱ、「君が代」もダサいけど、「日の丸」ってホントにダサいよね~。パパランキンが歌ってるみたいに、「日の丸」の赤い丸をハート型にしちゃえばいいのに‥‥
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20061008

ランキンタクシーさんは、あたしがレゲエにハマってた高校生の時に「ワイルドで行くぞ」が出たので、すぐに買いました。
ランキンタクシーさんのライブも、いろんなとこで何度も観ました。
だから、袴田さんのことも絶対に見てると思います。
(後略)


‥‥そんなワケで、あたしは、袴田さんのお茶屋さんのホームページをチョコチョコと見るようになったんだけど、そこで、南部鉄瓶の黒猫の急須(きゅうす)、「急須クロネコ」を見つけた。黒猫の右手が「招き」になってて、そこからお茶が出るのだ。それに、容量も800ccと大きいし、内部は茶渋がつきにくいホーローになってるし、黒猫マニアのあたしは目が釘付けになった。だけど、サスガ、本物の南部鉄瓶だけあって、7875円(税込)とリトルお高い。

それで、あたしは、どうしても欲しくて欲しくてガマンできなかったので、いつものパターン青ってワケで、パチンコ屋さんへと欽ちゃん走りした。狙いは、もちろん、まだまだ簡単に波が読める「エヴァンゲリオン~使徒、再び~」だ。今回のエヴァンゲリオンは、700の中波と1300の大波があるので、650~700回転が狙い目で、650以上回してやめてる台を見つけたら、とりあえず700まで打つ。で、それで当たらなかったら、それは「1300の大波に入ってる台」だから、すぐにやめて、他の650以上回している台を探すってパターンで打ってる。何となく。

ちなみに、今回のエヴァンゲリオンが「1000以上の大ハマリが多い」って言われてるのは、まだ出たばかりなので、台を休ませずに打ち続けている人が多いからだ。何となく。

650でやめてる台は、700まで50回ほど回せば当たる可能性が大きいけど、1300の大ハマリでやめてる台は、1400まで100回も回さないと正否が判断できないので、投資額が大きくなっちゃう。何となく。

でも、このパターン青で、あたしは6戦6勝の全勝なんだから、平沢勝栄に遠隔操作されるまでは、この打ち方を続けてくつもりだ。何となく。

で、あたしは、630でやめてた台を見つけたので、すぐに打ち始めたんだけど、4000円も使って710まで回したのに、ダメだった。このまま打ち続けてたら、「パチンコなんかしないで、そのお金で急須クロネコを買ったほうが良かった」ってことになっちゃうから、あたしは、すぐに他の台を探したんだけど、空いている台で600以上回している台がなかった。それで、仕方なく、300ちょいでやめてる台で打ち始めたら、これが、たった2回転目で暴走モードに突入! 700が中波、1300が大波がなら、300は綾波だ!(笑)

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そして、その暴走モードが「1」の確変で当たってからは、次回予告からのレイとアスカのコンビリーチも出たし、零号機のプロトタイプのリーチも出たし、リツコの研究室のマグカップの「激熱」→アスカのマグマダイバー(ジャイアント・ストローク・エントリー)→ゲンドウと冬月‥‥のパターンも出たし、なかなかミドコロ満載の5連チャンだった。それで、時短後50回で引き戻してからは、ステップ4のシンジのロングからの「逃げちゃ駄目だ」のアップから始まる鉄板の初号機リーチでノーマル当たりして、15ラウンドで警報昇格して、あと1セットで終わり。ちょっとボケちゃったけど、零号機のプロトタイプは写メもバッチリ撮れたし、11500発で、タバコ10個と3万2000円になった。投資が4500円だから、「急須クロネコ」を買っても約2万円の浮きになる。

‥‥そんなワケで、あたしは、夢にまで見た「急須クロネコ」を買う準備も整ったので、夜になって落ち着いたら、さっそくインターネットで注文しようと思ってた。そしたら、3日前に会った地元のお友達の1人から電話があって、「渡したいものがあるから、これから行ってもいい?」ってことだった。それで、そのまま待ってたら、そのお友達が持って来てくれたものは、ナナナナナント! 「急須クロネコ」だったのだ!

実は、「急須クロネコ」があまりにも可愛いもんだから、あたしは、3日前に数人の地元のお友達と会った時に、「みのり園」のサイトを教えて、その話をしてたのだ。それで、その時に、あたしが狂ったように欲しがってたように見えたらしくて、あたしと別れたあとに、そのお友達たちが「出版のお祝いに、きっこに急須クロネコをプレゼントしよう」って話し合ってくれたそうだ。そして、急いで手配して、あたしのとこに届けてくれたのだ。

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実物の「急須クロネコ」は、でかい!重い!硬い!黒い!(笑)‥‥ってワケで、もう、大感激! ものすごいインパクト&存在感で、完全に「一生モノ」になると思うし、これはもう我が家の家宝と呼んでも過言じゃない。で、あたしは、「道具は使ってこそ生きる」ってのがポリシーだから、さっそくお茶をいれてみることにして、お湯を沸かして、カレンダーと一緒にいただいた「みのり園」さんの「抹茶入り玄米茶」をいれてみた。800ccだから、大きな湯呑2つにタップリと注いでも余裕マンマンだし、何より、「招き」の手の角度が絶妙で、とっても注ぎやすかった。あたしは、猫の「招き」の手が注ぎ口になってるのは、洋風の陶器のポットを1つ持ってるんだけど、これは実用的に作られてなくて、手を伝ってお茶がボタボタとこぼれちゃうので、今はぜんぜん使ってない。だけど、この「急須クロネコ」の手は、すごくうまく出来てて、一滴もこぼさずに注ぐことができた。

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‥‥そんなワケで、「抹茶入り玄米茶」は、お抹茶の濃いグリーンが美しくて、お茶の苦味もシッカリしてる上に、お抹茶の甘さと玄米茶の香ばしさとのバランスが素晴らしかった。それも、ひと目惚れした「急須クロネコ」でいれたから味わいもヒトシオで、あまりにも美味しくて、そのお友達と2人で、3杯ずつも飲んじゃった。そして、「急須クロネコ」の他にも、猫の手拭いや猫の置物など、「みのり園」さんからのプレゼントも一緒にいただいたので、あたしの周りは一気に猫だらけになった。これで、恋する猫たちが、夜中に外で「ア~~ウ~~ア~~ウ~~」って騒ぎ始めたら、あたしもお部屋の中で、ランキンタクシーさんの名曲、「マリファナ音頭」に合わせて、「ア~~ウ~~ア~~ウ~~」って朝まで猫ダンスを踊り狂ってみようかと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.02.20

ウヨクの耳クソ

ものすごく前に書いたことがあると思うんだけど、あたしは、耳そうじをするのとは別に、綿棒の先にシーブリーズをつけて、それで耳の穴をホジホジするのが大好きだ。耳そうじ自体も好きだから、ほぼ毎日のようにやってるんだけど、毎日のようにやってるから、当然、耳クソはほとんど取れない。耳そうじって、大きな耳クソがポロッと取れたりするのが嬉しいワケだから、あたしは、「2週間くらい耳そうじするのをガマンして、耳クソが溜まったころにそうじしてみよう」って思ったことが数え切れないほどある。だけど、耳そうじをガマンするのは3日が限界で、とてもじゃないけど2週間なんてガマンできない。だから、未だに、綿棒の先にちょっとだけつく粉みたいな耳クソしか取れなくて、悲しい気持ちになる。

それで、あたしが考えたのが、シーブリーズをつけた綿棒でホジホジすることだ。最初に、乾いた綿棒で耳そうじをして、ほとんど耳クソが取れなくても、そのあとにシーブリーズをつけた綿棒でホジホジすると、耳の中がスースーして、もう、たまんない。特に、お風呂で温まりながらコレをやると、「創聖のアクエリオン」で大当たりした時に台から流れて来る声みたく、「気持ちいい~~~♪」って叫びたくなっちゃう。だけど、コレにも問題点があって、あんまり毎日毎日やってると、耳の中がヒリヒリしてきちゃうから、シーブリーズを使うのは、2~3日に1回くらいにしとかなきゃなんない。

いろんなことを妄想したり実験したりするのが好きなあたしとしては、「シーブリーズでもこんなに気持ちいいんだから、アンメルツヨコヨコだったらもっと気持ちいいかも?」とか、「キンカンだったら気絶するほど気持ちいいかも?」とか、「ミンティアのドライハードを10粒くらい、歯で細かく噛み砕いてから耳の穴の中に詰め込んだら、気持ちよすぎて失神しちゃうかも?」とかって、いろいろと考えてみた。だけど、現実的には、アンメルツヨコヨコくらいなら何とかなりそうだけど、キンカンだと死ぬほど痛くなりそうだし、ミンティアのドライハードだと、耳に入れる前に、10粒も歯で噛み砕いてる時点で、ベロがヒリヒリ痛くて大変なことになりそうな気がした今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、耳の穴がスースーすると気持ちいいワケなんだけど、別にMってワケじゃないから、スースーするのにも限度がある。あたしは、あくまでも、一般的に気持ちいいレベルのスースーを求めてるのであって、痛みをともなうコイズミ的なモノは求めてない。だから、今んとこは、毎日の耳そうじの仕上げには化粧水を使ってて、2~3日に1回くらいシーブリーズを使ってる。化粧水をつけた綿棒でも、それなりにスースーして気持ちいいし、あたしは、この方法で満足してる。

で、何で耳そうじの仕上げに、化粧水やシーブリーズをつけた綿棒でホジホジするのかって言えば、もちろん、「気持ちいい」ってことが何よりの理由だけど、もう1つ、「耳の穴の中に残ってる微量の耳クソの粉が取れる」って理由がある。あたしみたいに、耳そうじを毎日してると、1mmもあるような立派な耳クソなんかお目にかかれなくて、すべて粉末の耳クソだけだ。だから、乾いた綿棒でホジホジしただけじゃ、完全に取りきれない。そこで、最後に、化粧水やシーブリーズで湿らせた綿棒でホジホジすると、それに付着してキレイに取れるってワケだ。

「きっこの日記」の賢明なる愛読者なら、ここまで読んで来ただけで、あたしの耳クソが「乾いたタイプ」だってことが分かったと思うけど、ニポン人の場合は、約8割が「乾いたタイプ」で、約2割が「湿ったタイプ」なので、あたしは、多いほうの部類に入るってことだ。だけど、これは、あたしたちニポン人が「モンゴロイド」だからであって、白人や黒人の場合は、ナナナナナント! 全体の9割以上、だいたい98%くらいの人たちが「湿ったタイプ」の耳クソなのだ!

だから、「乾いたタイプ」の耳クソのあたしは、ニポン人だからこそマジョリティーってワケで、もしも白人か黒人だったとしたら、100人のうちに2人くらいしかいないマイノリティーになってたワケだ。ま、いくらマイノリティーでも、外から見ても分かんない耳クソのことだから、別にどうでもいいんだけど、あたしの個人的な好みとしては、やっぱ、耳クソは湿ってるよりも乾いてるほうがいい。だって、耳そうじの楽しみの1つ、シーブリーズでスースーの快感は、耳クソが乾いてるからこその快感であって、最初っから耳の穴の中が湿ってたら、「乾いてる場所を湿らせる快感」が薄れちゃうような気がするからだ。

‥‥そんなワケで、民族によって、ずいぶんと差がある耳クソのタイプだけど、2年前の2006年1月に、「長崎大学大学院医歯薬学総合研究科分子医療部門」っていう気が遠くなりそうなくらい長い名前の研究室の新川詔夫(のりお)教授や吉浦孝一郎助教授たちのグループが、126人のニポン人の耳クソの調査をして、耳クソのタイプを分ける遺伝子を調べ、その研究結果をアメリカの科学誌「ネイチャー・ジェネティックス」(2006年1月29日付/電子版)に発表した。

それによると、その人の耳クソの乾湿が決まるのは、遺伝によるもので、「ABCC11」っていう遺伝子の特定の部分が、「アデニン」でできてると「乾いたタイプ」で、「グアニン」でできてると「湿ったタイプ」になる。で、お父さんもお母さんも「乾いたタイプ」なら、その子供も「アデニン」を持った遺伝子によって「乾いたタイプ」になり、お父さんもお母さんも「湿ったタイプ」なら、その子供も「グアニン」を持った遺伝子によって「湿ったタイプ」になる。そして、お父さんが「乾いたタイプ」でお母さんが「湿ったタイプ」だった場合には、その子供は、お父さんの「アデニン」を受け継げば「乾いたタイプ」になり、お母さんの「グアニン」を受け継げば「湿ったタイプ」になる。

そして、お母さんが「アデージョ(艶女)」だった場合には、その遺伝子を受け継いだ息子は「アデオス(艶男)」になる(笑)‥‥なんてことも言ってみつつ、この研究のあと、全国の分布を調べるために、長崎県立長崎西高の山田賢輔君のグループが、長崎大学と共同で、28道府県の32校から、771人の高校生の「爪」を集めて、その遺伝子を解析したりもした。それで、これらの調査や研究も通して、いろんなことが分かったんだけど、一番大きなことは、この遺伝子は、ニポンではもともと「グアニン」だった、つまり、古代のニポン人の耳クソは、みんな「湿ったタイプ」だったってことだ。

人間以外の哺乳類の耳クソは、マウスとラット以外はすべて「湿ったタイプ」で、人間も、古代はみんな「湿ったタイプ」だった。それが、今から2万年から3万年くらい前、シベリアなどの北東アジアに、この遺伝子が「アデニン」に突然変異した人間が1人生まれて、その子孫が広がったのが、現在の「乾いたタイプ」の耳クソの人たちだったってことだ。つまり、あたしを含めて、このニポンにいる約7割の「乾いたタイプ」の耳クソの人たちは、大陸からやって来た民族の血が入ってる弥生人の子孫てことで、歴史的に「純血なニポン人」て呼べるの縄文人の子孫は、約2割の「湿ったタイプ」の耳クソを持った人たちだったのだ。

‥‥そんなワケで、何かにつけて中国や韓国のことを目のカタキにしてるネットウヨクにしても、もしも、その人が、「乾いたタイプ」の耳クソだったとしたら、中国人や韓国人とおんなじルーツを持つ人間てワケで、ようするに、自分の家族の悪口を言ってるってことになる。もちろん、あたしたちニポン人はモンゴロイドなんだから、耳クソのタイプに関わらず、中国人や韓国人、モンゴル人やインディオたちと兄弟なんだけど、もっと細かい部分で言えば、「乾いたタイプ」の耳クソのニポン人は、より、中国人や韓国人と血のつながった家族だったってワケだ。だから、耳クソが乾いてるクセに、中国や韓国のことを叩いてるネットウヨクがいたとしたら、それは、耳クソどころか、「目クソ鼻クソ」ってワケで、「ザ・たっち」のたくやがかずやの悪口を言ったり、マナカナのマナがカナの悪口を言ってるのと変わらないことだと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.02.19

恋する猫

ゆうべ、今年初めての「恋の猫」の鳴き声を聞いた。「恋の猫」ってのは俳句の季語で、一般的には「発情した猫」ってことなんだけど、「発情」とか「さかり」とか言うよりも、あたしは、この「恋の猫」とか「猫の恋」とかって言い方のほうが好きなのだ。実際の鳴き声を聞けば、とても「恋」なんていうロマンチックなもんじゃなくて、ギャーギャーワーワーと大騒ぎで、いかにも「発情」って感じなんだけど、それでも、猫好きのあたしとしては、「恋」と呼んであげたい。

で、あたしがゆうべ聞いたのは、まだ本格的な状態に突入する前の、猫自身も自分の状況がよく分かってない「ノーマル時と発情時のハザマ」の鳴き声だった。どんなのかっていうと、こんなのだ。


「ア~オ~‥‥ア~オ~‥‥ア~オ~‥‥ア?」


この、最後の「ア?」のとこが、ハッと我に返って、「オレはいったいどうしちゃったんだ?」っていう「気づき」の部分で、このあと、何秒かの自問自答の間(ま)があってから、また、「ア~オ~」が始まる。あたしは、この状態の鳴き声を聞きながら、その猫が「あれ?」って思ったり、また本能に流されてたりしてる「本能と理性との葛藤」の様子を読み取りながら、ベッドで目をつぶってウトウトしてるのが大好きだ。鳴き声を聞いてるだけだから、どんな猫なのかは分かんないけど、だからこそ、いろいろと想像するのが楽しくなる。

もちろん、「猫に理性なんかない」っていう人もいるだろうし、実際には、いつもと違う状況になりつつある自分にとまどってるだけなんだと思うけど、その状態を人間に置き換えて、「本能と理性との葛藤」として見ると、すごく面白いのだ。そして、恋する猫の鳴き声を聞きながら、自分がその猫になった気分で、葛藤しながら眠りにつくと、ニャンだかとってもエッチな夢を見ちゃう今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?(笑)


‥‥そんなワケで、いくら猫好きなあたしでも、恋のシーズンの本番に突入して、何匹もの猫たちが「ア~オ~ア~オ~」って鳴きまくり、タマに「ウギャギャギャー!」とかってケンカして、何かを「ガラガラガチャーン!」とかってひっくり返しながら走り回られたりすると、サスガに眠れなくて困っちゃう。まあ、今はマンションの2階だし、窓の防音もソコソコだから大丈夫だけど、昔のアパートの時は、窓を開けて「いいかげんにしろー!」って怒鳴りたくなるような時もあった。

だから、あたしが好きなのは、あくまでも、今の時季の「恋の体勢に入ることをとまどってる猫の鳴き声」ってワケで、これには、その猫の葛藤を読み取る楽しさの他に、「走り茶」や「走り蕎麦(そば)」や「走り松茸」などを楽しむのとおんなじに、季節を先取りする楽しみもある。これは、2007年9月15日の日記、「先取りの美学」に詳しく書いてあるけど、「走り」を楽しむことによって、他の人たちよりも、ひと足先に新しい季節を実感できるのだ。

本格的な恋のシーズンが始まる前の「走り」の猫の鳴き声を聞けば、まだ周りは寒いのに、「ああ、春になったんだな~」って感じることができる。そうすると、寒くて寒くて震えるようなお部屋にいても、心の中に春の日差しや息吹が芽生えて来て、暖かな気持ちになって来る。これが、「走りを味わう」ってことなのだ。

たとえば、街の歩道を歩いてると、等間隔に街路樹が植えてあるけど、そんなものは気にもとめないで歩いてる人たちは、街路樹の小さな変化には気づかない。それが桜の木だったとしたら、毎日その道を通ってるのに、桜の花が咲いた時点で、初めて「あっ桜が咲いた!」って気づくだけなのだ。だけど、あたしの場合‥‥って言うか、俳句をやってる人の場合は、いつでも俳句のネタを探してキョロキョロしながら歩いてるから、街路樹のビミョ~な変化も見逃さない。

葉が落ちて枝だけになった寒々しい冬の「裸木(はだかぎ)」の状態でも、毎日見てるから、枝から小さな芽が出たことも見逃さない。そして、毎日その道を通りながら、その芽が大きくなって行く様子を見たり、小さな葉がひらいて行く様子を見たり、ツボミができる様子を見たり、そのツボミが膨らんで行く様子を見たりして、ようやく、「桜が咲いた!」ってなるワケだ。

だから、パッと咲いてパッと散る桜はともかくとしても、花期の長い梅の場合は、少しずつ花がひらいて行く様子をずっと観察してくから、俳句では「梅三分(うめさんぶ)」なんて言って、全体のツボミの数の3割ほどがひらいてる様子なんかを詠んじゃったりする。どんなお花でも、「満開」の状態が何よりも美しいって思うのは、西洋的な感性であって、ニポン人の場合には、3割ほど咲いた「走り」の状態こそを愛でたり、逆に、枯れて行く様子に美しさを見出したりするもので、これは、古代からのニポン人の感性なのだ。

‥‥そんなワケで、街路樹のある道を歩いて会社や学校へ通ってる人がいて、1月のある日、気温が10度だったとする。そして、2月のある日には、気温が0度だったとする。そしたら、この人は、1月のある日のほうが、2月のある日よりも「暖かかった」って思うだろう。これは、普通のことだし、あたしもそう思う。だけど、あたしの場合は、1月のある日に歩いた時には、街路樹は「裸木」だったのに、2月のある日に歩いた時には、枝に小さな芽がポツポツと出始めてることに気づいてるのだ。だから、いくら暖かくても、1月は「冬」って感覚で歩いてたけど、どんなに寒くなっても、2月は「春」の訪れを感じながら歩いてたってワケだ。

ここが、俳句をやってる人とやってない人との違いで、この、小さな「走り」を見つける俳人の目を持てば、「走り」を感じる感覚が形成されて、それは、「走り」を味わう心へと昇華して行くのだ。今は、1年中ほとんどの食べ物があるから、食べ物で季節を感じる人も少なくなって来たけど、仕出し弁当の煮魚に添えられてる「木の芽」を見たり、焼き魚に添えられてる「新生姜(しんしょうが)」を見て、「ああ、春が来たんだな~」って感じられることは、ホントに素晴らしいことだ。これこそが、四季のある国に生まれた喜びだと思うし、四季の中でも、特に「春の到来をひと足早く感じる」ってのは、何よりの喜びだろう。

だからこそ、和食の世界では、常に「走り」に気を配りながら、ちょっとした工夫で季節の移ろいを演出してくれる。今の時季なら、たとえば、先付けで早春の食材を使って早春を演出したら、次の椀物では冬の食材を使って一度季節を戻してから、続いてのお造りや鉢物で春をドーンと表現したりする。こうしたほうが、ただ単に春の食材だけをダダーッて並べ立てるよりも、遥かに季節の移ろいを味わうことができるからだ。もちろん、食材やお料理だけじゃなくて、器や箸置き、お部屋の掛け軸やお花、仲居さんのお着物や帯の柄まで、すべてに演出が行き届いてる。

それなのに、せっかくこうした素晴らしいお料理を食べに行っても、何も見ずに、何も感じずに、出て来たものを順番にパクパクと食べて「あ~美味しかった」ってんじゃ、あまりにももったいないし、とてもニポン人とは思えない。「演出」って言葉を使うと語弊があるけど、ようするに「お客さまをおもてなしする心」ってワケで、その「心」が行き届いたお店なら、お花ひとつとっても、玄関に飾ってあるお花と、通路の途中に飾ってあるお花と、お部屋に飾ってあるお花で、季節の移ろいを表現してる。玄関には「今の季節のお花」を生けてお客さまをお迎えして、途中の通路には「少しだけ前の時季のお花」を生けて季節を戻し、そして、通されたお部屋には、季節を先取りした「走り」のお花が生けてあったりする。

それなのに、何も見ずにお部屋へとスタスタと歩いて行くなんて、風情も何もあったもんじゃない。コレって、相手が「いらっしゃいませ」ってアイサツをしてくれてるのに、こっちはアイサツされてることにも気づかずに、シカトしてることとおんなじなのだ。

‥‥そんなワケで、ほとんどの人が目も向けない街路樹の小さな芽は、季節からのアイサツなのだ。そして、その存在にも気づかずに、コートの衿を立てて足早に駅へと向かう人たちは、季節からのアイサツをシカトしてるってことなのだ。ま、人の生き方は人それぞれなんだから、木の芽なんかどうでもいいって人も多いだろうけど、あたしにとっては、今年の春は今年だけの一期一会であって、もう二度と巡って来ないかけがえのない春だから、何も言わずにヒッソリと顔を出してる木の芽にこそ、17音のアイサツを返してあげたいと思ってる。もちろん、木の芽だけじゃなくて、花にも、鳥にも、お魚にも、食べ物にも、そして、恋する猫たちにも‥‥なんて思って20年以上も俳句を続けて来た今日この頃なのだ。


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2008.02.18

Thee Out Mods の最新ライブ映像♪



LAのリトル東京のライブハウスで毎月1回行なわれているロックイベント「JUDO CHOP」の先月、第10回でのThee Out ModsのライブをLA在住のPaulさんが撮影して、YOU TUBEにアップしてくださいました。

Paulさんいわく、「デジカメ撮影でクオリティも悪いですが、ファンの目線で撮影しました」とのことですが、なかなか臨場感も伝わって来ますし、何よりも、ニポンでは観られない貴重な映像なので、皆さんもどうぞ♪

あたし個人的には、Sanaちゃんカッコ良すぎ~♪




◆こちらのPaulさんのサイトには、他のライブやバンドの映像がたくさんあります。
http://www.youtube.com/paulharuo

◆Thee Out Mods
http://www.myspace.com/theeoutmods2006

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皆さん、ありがとうございました♪

とてもたくさんの人たちから、「きっこの日記 R」の感想が、次々と届いています!

そして、皆さん、「きっこさんの衝撃の過去に驚き、そして感動した」「後書きを読んで感動した」「あらためて●●を読んで涙が止まらなくなった」など、最高に幸せな感想をお寄せくださっています。

皆さん、本当にありがとうございました♪

ネタバレになってしまうので、しばらくはご紹介できませんが、時期が来たら、何通かは紹介させていただきたく思います。





【帯文】

愛と性、政治と国民、最愛の人…
ついに明かされる“きっこの素顔”
2大対談収録:児島玲子×きっこ、江川紹子×きっこ
ネットの怪人による最初で最後の告白集


※紀伊国屋やブックファーストをはじめ、全国のほとんどの書店に並んでいますので、ぜひ、お手にとってご覧ください。
WEBの「きっこの日記」では読めない内容が満載のスペシャルな1冊ですので、きっと楽しんでいただけると思います。
写真では分かりずらいですが、エロかわいいピンクの表紙にシルバーの帯です(笑)

※それから、第1弾の「きっこの日記」は、ほとんどの書店が売り切れになってしまい、ネット書店に少数残っているだけになってしまいました。
現在確認したところ、アマゾンに数冊残っているだけで、他ではもう入手できないようです。
版元にも在庫は無くなってしまいましたので、お探しの方はお早めにどうぞ。


皆さん、どうぞよろしくお願いいたします♪


ネット書店はこちらからどうぞ♪

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http://item.rakuten.co.jp/book/5197205/

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http://www.7andy.jp/books/detail?accd=R0309722

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「HNN」のオープンです♪

予告しておいた「お知らせ」ですが、このたび、「HNN」という新しいニュースサイトがオープンすることになりました!‥‥という「お知らせ」です。

まだ仮運営の段階で、できあがっていない部分などもありますが、今日、18日から、プレ・オープンということで、運営サイドから告知の許可がおりました。

で、このサイトの「日替わり定食」というコーナーで、曜日ごとに8名の執筆者が順番にコラムを書いて行くのですが、あたしが月曜日を担当することになりました♪

あたしは、「週刊 きっこの目」というタイトルの月曜コラムで、誰も目を向けないようなジミなニュースや変わったニュースを「きっこ風味」で分析して行こうと思っています。

あたしがトップバッターというのも心もとないのですが、第1弾のコラムを読んでいただけると幸いです。

それから、チョコチョコと覗いて、だんだんに完成されて行くサイトの様子をチェキするのも楽しいと思います。

あたしは、サイトの運営趣旨に賛同してコラムを引き受けたのであって、原稿料などは1円もいただいておりませんし、当然、サイトの閲覧はすべて無料です。

ですから、安心してご覧くださいね♪

「HNN」
http://www.harinw.com/#

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2008.02.17

「軍隊」という暴力、「音楽」という平和

あたしは、面白そうなブログパーツを見つけると、「きっこのブログ」のほうに、試しに設置してみたりしてる。今んとこ、愛する神崎すみれちゃんのパズルを2パターン設置してるんだけど、これは、パズルとしては、簡単すぎて面白くない。だけど、ただ単に、すみれちゃんが可愛いから設置してる。で、これとは別に、ちょっと前には、ニポン地図が描いてあって、ブログにアクセスした人がどこの地域からアクセスしたのかをカウントして、都道府県別にランキングしてくれる「国盗りナントカ」ってのを設置してた。これは、アクセス数によって、地図の横にいる武士みたいなのがだんだん出世してくんだけど、それを楽しみにしてたら、あたしのブログはアクセス数は多いので、たった1日で最高レベルの6まで出世しちゃって、それ以上は育たないから、つまんなくなって外しちゃった。

それから、こないだ設置してみたのは、「おはなしロボット ひこまた」っていうやつで、これは、こっちが「○○」と質問したら「××」と答える、ってふうに言葉を教えると、その通りに答えてくれる学習機能がついてるものだった。それで、最初は、「きっこ」って質問したら「セクシー美人だね」とか、「ビックル一気飲み!」とかって答えるようにして遊んでたんだけど、いろんな言葉を教え始めたら、いくつかのNGワードが設定してあるみたいで、登録できない言葉があることが分かった。

たとえば、「パチンコ」って質問して「確率変動」って答えるように登録しようとしたら、NGワードがあるからって表示されて、登録できなかった。だけど、どの言葉がNGなのかは表示されない。それで、あたしは、「パチンコ」がギャンブルだからダメなのかって思ったんだけど、いろいろとやってみたら、「競馬」も「競輪」も「競艇」も「麻雀」も登録できた。それなのに、なんで「パチンコ」だけがダメなのか理解できなかった。それから、今度は、「フェラーリF2004」って質問して「ミハエル・シューマッハ」って答えるように登録しようとしたら、これまたNGで、あたしは、何がNGなんだか、まったく理解できなかった。

でも、いろんな言葉を試してくうちに、ついに、あたしは、「パチンコ」や「フェラーリF2004」が登録できなかった意味が分かったのだ。NGワードとして設定してあったのが、「チンコ」と「フェラ」だったのだ!(笑)‥‥って、あまりにも「おいおい‥‥」って感じな今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、「チンコ」とか「フェラ」とかをNGワードとして設定すんのはいいけど、そのセイで「パチンコ」や「フェラーリ」が登録できなくなるなんて、片手落ちもいいとこだ。「チンコ」のセイで「パチンコ」までもが登録できないってことは、映画撮影で使う「カチンコ」や、お相撲の「ガチンコ」だってダメだろうし、「フェラ」のセイで「フェラーリ」までもが登録できないってことは、「フェラガモ」だってダメだろう。

「パチンコ」は国民的な娯楽だし、マイケル・ジャクソンなんか、来日するたびに、パチンコ屋さんを1軒まるまる貸切にして遊ぶほどのパチンコ好きなんだから、これほどメジャーなレクリエーションが登録できないってのは痛い。それに、「フェラーリ」や「フェラガモ」は、世界的なブランドなのに、その固有名詞までもが登録できないなんて、あまりにもトホホだ。

それに、あたしが気づいたNGワードは「チンコ」と「フェラ」だけだけど、この2つがダメってことは、他にもたくさんのNGワードがあるハズだし、その単語を含んだ別の言葉は、みんな登録できないってことだろう。たとえば、「ナンキンタマスダレ」もダメだと思うし、「ウルトラマンコスモス」もダメだと思う。まあ、「ナンキンタマスダレ」の場合は、漢字で「南京玉すだれ」って書けば登録できるだろうし、「ウルトラマンコスモス」の場合は、「ウルトラマン・コスモス」って、「マン」と「コ」の間に点を入れれば登録できるだろう。

だけど、「パチンコ」を「派珍子」なんて書くワケには行かないし、「フェラーリ」を「フェ・ラーリ」なんて書くワケにも行かない。「フェラ」をNGワードに設定しても、「フェラーリ」や「フェラガモ」を除外するのって、ものすごく簡単なプログラミングじゃん。こんなの、あたしでもできるレベルのプログラミングなんだから、やっぱ、こういうのは、運営サイドがキチンと対応しとくべきだと思う。

そして、「フェラ」がNGワードに設定されてるセイで、登録することができなくて困ってる言葉は、「フェラーリ」や「フェラガモ」だけじゃない。ドイツ語で「協会」とか「団体」とかを意味する「Verein(フェライン)」だ。これは、管弦楽団や合唱団などがよく使ってて、たとえば、「東京ムジークフェライン管弦楽団」とか、「名古屋ムジークフェライン管弦楽団」とか、「吹奏楽団 京都ムジークフェライン」とか、全国にたくさんある。だけど、これらの楽団に在籍してるメンバーが、自分の楽団名を登録しようとすると、「フェラ」のセイで登録できないってワケだ。ちなみに、「ムジーク(Musik)」ってのは、もちろん「音楽」って意味で、こうした「ムジークフェライン」の他にも、「スポーツフェライン」とか、いろんなフェラインがある。そして、それらは、ぜんぶ登録できないってワケだ。

‥‥そんなワケで、ブログパーツの運営サイドが、「フェラ」をNGに設定しても、「フェラーリ」や「フェラガモ」や「フェライン」はOKになるようにプログラミングしてくれれば、ここまでの問題は解決される。だけど、そうしてくれたとしても、まだ、困る問題がある。それは、アフロ・ビートの創始者として世界的に有名なミュージシャン、そして、黒人開放運動家の「フェラ・クティ」だ。彼の場合は、名前が「フェラナントカ」じゃなくて「フェラ」そのものなんだから、「フェラ」がNGワードである限り、永遠に登録することができない。つまり、「おはなしロボット ひこまた」に、この世界的な著名人の名前を教えることができないのだ。

そして、それだけじゃなく、フェラ・クティが70年代に率いたバンド、「フェラ・アンド・ナイジェリア70」や「フェラ・アンド・アフリカ70」、80年代に率いたバンド、「フェラ・アンド・エジプト80」などのバンド名も、登録することができない。これは、アフリカン・コンテンポラリー・ミュージックを愛するあたしとしては、とっても悲しいことだし、とっても不本意なことだ。

フェラ・クティは、黒人解放運動家としての側面のほうが強くて、あたしの大好きな他のアフリカのミュージシャンたちとは、一線を画した存在だった。フェラ・クティは、1938年、ナイジェリアに生まれたんだけど、このナイジェリアって国自体が、この地を支配して数え切れないほどの現地の人たちを奴隷として売買してたイギリスの大手企業「ロイヤル・ナイジェー社」の社名からつけられた国名なんだから、これほど気の毒なことはない。その地に住む人々を助けたとか、貢献したとか、そうして企業の名前が国名になったんなら分かるけど、多くの人々を奴隷として、家畜以下の扱いをし続けて来たファッキンなクソ企業の名前をムリヤリに国名にしただなんて、これほど悲しい話はないだろう。

そして、そんなナイジェリアで生まれたフェラ・クティは、ロンドンに留学して音楽を学び、マルコムXから思想的な影響を受けて、政治的なメッセージと土着性のリズムを兼ね備えたアフロ・ビートを生み出すことになる。これは、イギリスの奴隷商人によって、ジャマイカへと売られて行ったアフリカ人たちの血を引く者たちが、アフリカ回帰思想をベースにしてレゲエを生み出した背景ととても良く似ている。ボブ・マーリィの書いたリリックスにも、白人たちが作り出したバビロン・システムに対する強い批判のメッセージが込められてるけど、漠然とした巨悪のイメージを歌い続けたボブ・マーリィと違って、フェラ・クティの書くリリックスは、特定の企業名や人名を挙げるなど、極めて具体的で、目の前の不満や危機を歌い続け、政府やバビロン・システムを攻撃し続けた。つまり、フェラ・クティにとっては、歌うことそのものが、黒人解放運動だったのだ。

そのため、フェラ・クティは、数え切れないほど警察に逮捕され、何度も投獄された。でも、すべてが、高知県のスクールバス事故や、愛媛県のスクーター事故と同様に、悪質極まりない警察によるデッチアゲだった。たとえば、1974年、フェラ・クティは、マリファナ所持と未成年者誘拐で逮捕され、2週間ほど拘留されたんだけど、どこからもマリファナなんか見つからなかったし、未成年者誘拐とされた女性にしても、すでに成人になってた上に、自分の意思でフェラ・クティの家に来てただけで、誘拐でも何でもなかったのだ。ようするに、警察としては、政府を批判する歌を歌い続けてる目障りなミュージシャンを逮捕することが任務であり、その指示は、当然、政府からの命令だったってワケだ。

フェラ・クティは、この拘留から釈放されてから、広い自宅を高さ4mの有刺鉄線で囲んで、自分が入れられていた留置所の名前の「カラクタ」から、「カラクタ共和国」って名づけた。そして、意志を同じくする500人あまりの若者たちと共同生活をしながら、バビロン・システムに支配された政府の悪行を歌という武器で攻撃し続けて行った。でも、これほど悪質な政府なんだから、やることは決まってる。3年後の1977年、「カラクタ共和国」は、武装した1000人もの兵士に襲撃され、ほとんどの人たちがボコボコにされた。フェラ・クティの77才のお母さんは、この時のケガが原因で、翌年、亡くなった。フェラ・クティ自身も、腕の骨を折られ、家には火が放たれて、「カラクタ共和国」は全焼した。

それなのに、ナイジェリアの新聞に発表された記事は、「フェラ・クティの家が電機コードのショートによって火事になった」という事実とはぜんぜん違うもので、政府が1000人もの兵士に襲撃させたことなど、まったく書かれていなかった。そして、ナイジェリア政府は、海外メディアのプレスをすべてシャットアウトして、自分たちの行なった大犯罪が、外部に漏れないようにインペイしたのだ。サスガ、イギリスのファッキンなクソ企業の名前が国名になってる政府だけのことはある。

この、政府によるキチガイ沙汰のような言論封殺事件のあとも、フェラ・クティの演奏が始まるとステージにビンを投げ込んで妨害したり、身に覚えのない罪で逮捕したりと、政府による悪質な妨害が続いて行った。そして、それでも負けずに真実を歌い続けてたフェラ・クティは、1984年、またまた無実の罪で逮捕されて、政府側の関係者だけによる一方的なデタラメ裁判によって、終身刑を言い渡されたのだ。

抑圧され続ける仲間たちを救うための音楽、アフロ・ビートの創始者で、「Black President(黒い大統領)」とも呼ばれてたフェラ・クティは、1997年8月2日、エイズの合併症で、58年という短い生涯を閉じた。だけど、今は、息子のフェミ・クティが、彼の音楽を受け継いで、精力的に活動してる。ニポンでも、フェラ・クティのアルバムはたくさんリリースされてるから、興味を持った人は、ぜひ、リリックスの意味も含めて、聴いて欲しいと思う。

‥‥そんなワケで、ナイジェリアの軍隊を批判したフェラ・クティの代表曲の1つ、「ゾンビ」(1976年)のリリックは、ナイジェリアの軍隊だけでなく、アメリカの軍隊にも、ニポンの自衛隊にも、世界中のすべての軍隊という「政府によって魂を抜かれてしまった人たちの集団」に対してのメッセージだと捉えることができる。


「ゾンビー、オー、ゾンビー。おまえは、動けといわなければ動かない。おまえは、考えろと言わなければ考えない。向きを変えることもない。真っ直ぐならば、そのまんま。殺せといわれれば殺し。死ねと言われれば死ぬだろう。気をつけ!そら、早いマーチ、遅いマーチ。帽子を取れ、敬礼!整列、解散!言われるまま」


この訳は、あたしがいつも読ませていただいてる、吉田敦さんの「アフリカ情報通信」のフェラ・クティに関する記事から引用させていただいたんだけど、素晴らしい記事なので、ぜひ読んで欲しい。

で、あたしは、このリリックから、沖縄の平良夏芽牧師の言葉を思い出した。こないだ、「きっこの裏日記」で紹介した映像で、沖縄の人たちの思いを伝えてる人だけど、あたしは、平良さんの言葉を聞いて、目からウロコが落ちた。「目からウロコが落ちる」って、よく使われる言葉だけど、あたしは、平良さんの言葉を聞いて、ホントに目からウロコが落ちたように、大切なことに気づかされたのだ。

平良さんは、辺野古のオジィやオバァたちを守るため、かけがえのない自然を守るため、そして、沖縄が「加害者の島」でなくなるために、強い意志を持って活動してる。そして、潜水中に空気ボンベのバルブを閉められたり、何度も命に関わるような危険な目に遭ってる。だから、あたしは、こんなに酷いことをする政府側の作業員は、みんな最悪のヤツラだと思ってた。

だけど、去年の5月、潜水中に空気ボンベのバルブを閉められて、殺されるとこだった平良さんは、相手の作業員を「殺人未遂罪」で告発することもできたのに、それをしなかった。それは、平良さんの言葉によると、「彼ら(政府側の作業員たち)も被害者」だからなのだ。辺野古での座り込みは、一貫して「非暴力」を徹底してるけど、相手側からの暴力はすさまじい。今までには、高い足場から突き落とされて、気絶して救急車で運ばれた人や、車で轢かれた人までいる。それでも、平和のための座り込みを続ける人たちは、絶対に手を出さずに耐え続けて来た。以下、去年の7月に平良さんが出した声明文の一部だ。(全文は「きっこの裏日記」の過去ログにあります)


(前略)大切なことは、辺野古の闘いは「相手との関係性を大事にして来た」ということです。基地建設計画が白紙撤回されたとき、作業をしていた人たちと酒を飲めるような、そんな阻止行動を目指してきました。現実は厳しいもので、なかなかそのようにはいきませんが、目指していたのはそのような関係性です。バルブを閉めた本人は、その責任を負わなければなりません。しかし、必要以上にその個人を責めるのではなく、現場の作業員をそのような精神状態に追い込んでしまった権力にこそ、その矛先を向けて欲しいのです。施設局は、これまで多くの怪我人を出してきました。気を失って救急搬送された仲間もいました。どんなに危険な状況が生じても、一切の責任を負わず、ノルマだけを業者に押しつけ続ける施設局こそが糾弾されるべきです。これが「防衛」という言葉を使っている人々の実態です。現在は現場に責任者もおかず、すべての責任を業者だけに負わせる体制をとっています。全国の皆様、このことをこそ問うてください。絶対に許してはならないことです。(後略)


そして、この平良さんの思いは、先日のアメリカ兵による少女への暴行事件のメッセージでも、おんなじことが語られてた。徹底的に糾弾されて当然の、悪質な犯罪を犯した憎むべきアメリカ兵にも、平良さんは、おんなじ目を向けて、こう言ってる。


「少女を襲った米兵も、本当はやさしいお兄さんだったのだと思います。その青年を少女を襲うようなケダモノにしたのは『軍隊』です」

「人殺しの訓練をして、人を殺すことが当然で、たくさん殺せば殺しただけ勲章がもらえるようなことをしておきながら、何が綱紀粛正(こうきしゅくせい)ですか」


‥‥そんなワケで、この平良さんの言葉を聞いて、あたしは、フェラ・クティの「ゾンビ」のリリックを思い出したってワケだ。


「ゾンビー、オー、ゾンビー。おまえは、動けといわなければ動かない。おまえは、考えろと言わなければ考えない。向きを変えることもない。真っ直ぐならば、そのまんま。殺せといわれれば殺し。死ねと言われれば死ぬだろう。気をつけ!そら、早いマーチ、遅いマーチ。帽子を取れ、敬礼!整列、解散!言われるまま」


あたしは、何の罪もない人たち、それも、女性や子供まで、赤ちゃんを抱いて恐怖に怯える女性まで、何のタメライもなく平然と射殺できるような「兵士」という異常者は、とても血の通ったマトモな人間とは思えない。このリリックの通りで、ホントに「ゾンビ」だと思う。そして、平良さんが言ってるように、「人殺しの訓練をして、人を殺すことが当然で、たくさん殺せば殺しただけ勲章がもらえる」ような「軍隊」なんていうキチガイ集団の中に身を置いてれば、どんなにマトモだった人間でも、オノレの性欲のおもむくままに平然と少女を襲うような狂ったケダモノになってしまうのだ。だから、そんなケダモノどもに対して、「綱紀粛正」なんて言っても、馬の耳に念仏で、何の意味もないってことだ。

でも、平良さんの目は、そこだけには向いていない。平良さんを殺そうとした政府側の作業員も、少女を襲ったアメリカ兵も、その行為自体は絶対に許されるものじゃないし、糾弾されて当然のことだ。だけど、直接の加害者だけに憎しみを向けずに、もっと大きな目で見ると、大義名分を掲げて人殺しを続ける「軍隊」こそが「悪」であり、一部の権力者と一部の大企業のために戦争をビジネスにしてる「政府」こそが諸悪の根源だってことが見えて来る。そして、これらの加害者たちも、実は、「政府」や「軍隊」の被害者だったってことになる。

‥‥そんなワケで、あたしは、カッとすると目の前の敵だけに憎しみが向いちゃうような、単純な思考回路と狭い心を持った人間だから、辺野古の美しい海を破壊し続けてる政府側の作業員たちや、沖縄の人たちを苦しめ続けてるアメリカ兵たちのことをストレートに憎んでた。だけど、平良さんの言葉を聞いて、それじゃダメなんだってことが分かった。悪いのはアメリカ兵1人1人じゃなくて、「基地」であり「軍隊」なんだってことが分かった。そして、辺野古で座り込みを続けてる人たちが、みんな笑顔でいることの意味が分かった。政府側の報道機関や保守的な考え方の人たちが、必死になって、沖縄の基地反対派の人たちのことを「過激な反対派」だと印象づけるための幼稚なネガティブなキャンペーンを繰り返してるけど、そんなことにはまったく動じないで、殴られても、蹴られても、車で轢かれても、空気ボンベのバルブを閉められて殺されかけても、それでも絶対に手を出さずに、暴力を振るう相手にやさしい言葉で語りかけて、平和の大切さやかけがえのない自然の価値を伝え続けてる辺野古の人たちって、本当に素晴らしいと思う今日この頃なのだ。


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フェラ・クティ


  

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2008.02.16

第4弾のキーワードが届きました♪

前回の第3弾のキーワードでは、ついに「きっこ」までもが飛び出してしまった「問い続ける男」ですが、いよいよ第4弾のキーワードが届きました♪





今回のキーワードは‥‥

ちょっとマジメに、「芸術」「音楽」「宗教」「努力」「真理」「酒」だそうです。

また、面白い特別キーワードとして、「ガンダム」「馬鹿」「マイブーム」も追加されました。
特に「マイブーム」は、「今さら?」とツッコミを入れたくなるような答えを返してくれます。

それから、もう気づいている人もいると思いますが、画面の左上部の「Manifesto」内で、この「問い続ける男」のCMが公開されました。
これを見れば、男が問い続けるワケが分かります。

そして、もう1つの秘密として、画面の左上部の「Blog Parts」から取得できる「問い続ける男」のブロパーツをご自分のブログに貼っていると、来週の週末あたりから何かが起こるそうです。
とても面白い仕掛けがあるそうなので、ブロパーツを貼っている人はお楽しみに♪


まだまだ謎が謎を呼ぶ「問い続ける男」は、これからも新たな秘密が公開されて行きます!
見落とさないコツは、毎日チョコチョコと質問し続けることですが、今後も乞うご期待です♪


「問い続ける男」
http://www.loka.jp/audi/162.html


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嘘つき村

立春もとうに過ぎて、暦の上では春になったってぇのに、オホーツク海の上空に発達した低気圧があって、強い冬型の気圧配置になっている影響で、北日本から西日本のニポン海側では、局地的な大雪が降っているそうですねぇ。ふだんから雪が多い地域の人たちは、雪に慣れていると思いますが、メッタに雪の降らない地域の人たちは、十分に気をつけてくださいね。あたくしの住んでいる東京などは、わずか5センチの積雪でも、高速道路は軒並み閉鎖、電車も次々に運休と、とても首都とは思えないほどの脆弱ぶりを発揮してしまいます。まぁ、東京の場合は都知事が都知事ですから、こんなもんでしょうが、それにしても、例年とは比べ物にならないほどの寒い日が続いておりますねぇ。

 

東京は雪こそ降っておりませんが、あたくしの住んでいるボロ長屋などは、部屋に干した手拭いも凍ってしまうほどのアリサマでして、まるで手拭いがベニヤ板のようでございます。そんな手拭いで顔を拭こうものなら、思わず「イタタタタタタ~!」なんて‥‥‥‥え?ヨケイに寒くなったって?こりゃあ失礼イタしました‥‥なんてことも言ってみつつ、このままじゃイタたまれないので、あまりイタくならないうちに噺をクルリンパと戻しましてぇ、この寒さについてですが、新潟では50センチ、長野でも40センチと、たった1日でずいぶんと雪が積もったようです。

 

特に、海沿いの場所では、雪だけでなく風もすさまじいようでして、テレビのニュースを見ていましたら、レポーターが強風に吹き飛ばされそうになっていました。必死にレポートしているのですが、あまりの寒さで、口から出た言葉が凍ってしまい、マンガのフキダシのセリフのように、空中で文字になっていました‥‥なんてぇのは、もちろん嘘ですが、こんな嘘もホントのように聞こえてしまうほど寒い日が続いている今日この頃、皆さん、いかがお過ごしでげすか?

 

 

‥‥そんなワケでしてぇ、今どき「げすか?」なんて言う噺家はいないと思いますが、あたくしの場合は「噺家」じゃなくて、「噺家っぽいセクシー美女」ってことなので、そのあたりはゴカンベンしてもらうとして、さっきの「レポーターの言葉が凍った」にしても、この「セクシー美女」にしても、嘘は嘘でも「罪のない嘘」ってことになります。でも、こうした笑える「罪のない嘘」よりも、今の世の中は「悪意のある嘘」のほうが遥かに多くなってしまったのが悲しいことですねぇ。昔は、笑えるような嘘をついて周りを楽しませる人も多く、聞くほうの人たちも、嘘だと分かっていても、あえてツッコミを入れずに、その嘘を楽しんだものでございます。

 

 

ご隠居 「おや、これは要一郎さんじゃないですか。お久しぶりですねぇ」

 

要一郎 「これはこれはご隠居さん、どうもお久しぶりです」

 

ご隠居 「しばらくお見かけしませんでしたが、いったい何をしてたんですか?」

 

要一郎 「実は、南極にペンギン狩りに行ってたんですよ」

 

ご隠居 「南極にペンギン狩り? これはまたずいぶんと遠くまで行って来たもんですねぇ」

 

要一郎 「いえいえ、南極なんざ船で行けばアッと言う間ですから、それはいいんですが、それよりも大変だったのが、南極の寒さです」

 

ご隠居 「そりゃあ南極や北極は、地球上で一番寒い場所なんですから」

 

要一郎 「ええ、それは知っていましたが、まさかあれほどとは‥‥何しろ、ペンギンを狙って撃った散弾銃の弾が、ペンギンに届く前に空中で凍っちまって、パラパラと雨のように落ちてしまうんですよ!」

 

ご隠居 「ええ?」

 

要一郎 「それで『なんてこった!』って叫んだら、その言葉も空中で凍っちまって、マンガのセリフのフキダシのようになっちまんですよ!」

 

ご隠居 「あっはっはっはっは~!」

 

要一郎 「それで、あまりの寒さに焚火をしたら、その焚火の炎まで凍っちまうんですから、もうシャレにもなりません」

 

ご隠居 「あっはっはっはっは~! そりゃあ傑作ですね!」

 

要一郎 「ご隠居さん、これはホントのことなんですよ! 何しろバナナで釘が打てるほどの場所なんですからね!」

 

ご隠居 「分かりました。もういいですよ。ところで要一郎さんは、この先の永田町にある嘘つき村を知っていますか?」

 

要一郎 「嘘つき村? いえ、聞いたことがありません。いったいどんな村なんですか?」

 

ご隠居 「聞いた話によると、その村の村人たちは、全員が嘘つきばかりで、朝から晩まで嘘をついて暮らしてるそうです」

 

要一郎 「ほほ~う」

 

ご隠居 「中でも、鳩山邦兵衛という男は、村一番の大嘘つきだそうで、次から次へポンポンと豆鉄砲のように嘘をつくことから、『豆鉄砲の邦兵衛』と呼ばれていて、いまだに嘘合戦では負け知らずだそうです」

 

要一郎 「ふふ~ん」

 

ご隠居 「どうですか、要一郎さん、一度その村へ行って、豆鉄砲の邦兵衛さんと嘘合戦をやってみたら? あなたの嘘もなかなかですが、名の知れた大嘘つきを倒してこそ、本物の嘘つきってもんでしょう?」

 

要一郎 「そうですね、ご隠居! あっしに勝てる嘘つきがいるとは思えませんが、さっそく明日にでも、その嘘つき村に行ってみようと思います」

 

 

‥‥そんなワケでしてぇ、江戸一番の大嘘つきと呼ばれていた舛添要一郎は、次の日の朝早く、永田町にある嘘つき村へと向かったのでございます。そして、要一郎がまっすぐな道を歩いて行くと、道が二手に分かれていて、そこには、「右、嘘つき村」という看板が立ててありました。

 

 

要一郎 「なにぃ? 右が嘘つき村への道だって? 嘘つきが立てた看板なんだから、こりゃあ左だな」

 

 

こうして、看板を見つけるたびに、その逆の道を選んで進んだ要一郎は、無事に嘘つき村へと到着することができました。さすが、江戸一番の大嘘つきです。嘘つきには嘘つきの考えることが手に取るように分かるようです。そして、嘘つき村の村人たちが見守る中、「江戸一番の大嘘つき」こと舛添要一郎と、「豆鉄砲の邦兵衛」こと鳩山邦兵衛の嘘合戦が始まりました。

 

 

邦兵衛 「ところであんた、『江戸一番の大嘘つき』と呼ばれてるそうだが、今までついた嘘の中で、一番たくさんの人を騙したのはどんな嘘なんだい?」

 

要一郎 「あっしがついた大嘘はなぁ、去年の選挙の時に、宙に浮いた5000万件の年金問題を『最後の1人まで、最後の1円まで、絶対に来年の3月までに解決する!』って公約しといて、選挙が終わってから『そんなことは言っていない!』って逆ギレして見せたんだぜ! この大嘘で1億3000万人の国民を騙したんだ! 恐れいったか!」

 

邦兵衛 「あっはっはっはっは~! 小さい、小さい! オレ様なんか『私の友人の友人はアルカイダだ!』と言って、世界中の60億人の人間を騙したんだぞ!」

 

要一郎 「バカ野郎! 嘘ってもんはな、何人の人間を騙したかじゃなくて、どれほどの迷惑をかけたのかが問題なんだから、ニポン中の人たちに大迷惑をかけたあっしの嘘のほうが、あんたの嘘よりも遥かに上だろう!」

 

邦兵衛 「なんだって? それならな、このオレ様は『大阪府知事選に立候補することは2万パーセントない!』って断言した翌日に、平然と立候補したんだぞ! どうだ、参ったか!」

 

要一郎 「なにぃ? それは、あっしのライバル『浪花一の大嘘つき』の橋下徹之助がついた嘘じゃなかったのか?」

 

邦兵衛 「あっはっはっはっは~! 天下の大嘘つきのオレ様にかかれば、人の嘘でもオレ様がついた嘘ってことにする! これこそが本物の嘘ってものだ! あっはっはっはっは~!」

 

要一郎 「むむむ‥‥なかなかやるな‥‥よ~し! それならあっしは『子供が笑顔になる街』をキャッチフレーズにして、出産や子育ての支援事業を公約に掲げて選挙演説を繰り返したけど、当選したトタンに、すべて白紙に戻したぞ!」

 

邦兵衛 「それも橋下徹之助だろが!」

 

要一郎 「じゃあ、あっしは、習熟度別クラス編成導入や府立高校の学区制撤廃を公約にして選挙演説を繰り返したけど、当選したトタンに、すべて白紙に戻したぞ!」

 

邦兵衛 「それも橋下徹之助だろが!」

 

要一郎 「じゃあ‥‥じゃあ‥‥あっしは、借金を減らすために府債発行をゼロにするって選挙演説で繰り返したけど、当選したトタンに、すべて白紙に戻して、土建用に160億円もの府債を計上して、府民たちの借金を増やしたんだぞ!」

 

邦兵衛 「それも橋下徹之助だろが! あんたは、自分のライバルのフンドシでばかり相撲をとって、恥かしくないのか!」

 

要一郎 「くくくくく‥‥」

 

邦兵衛 「オレ様なんかなあ、『低所得者に対する住民税の免除』を公約に掲げて選挙演説を繰り返したけど、当選したトタンに、すべて白紙に戻したんだぞ! 本当に生活に困窮してる低所得者どもを騙してこそ、本物の大嘘つきってことだ! あっはっはっはっは~!」

 

要一郎 「ちきしょう! それは石原慎左衛門じゃないか!」

 

邦兵衛 「他にもな、『都民のくらし満足度世界一』を公約に掲げてたのに、やったことと言えば、福祉の予算を700億円近くも削減して、お年寄りのシルバーパスはすべて有料化し、寝たきりのお年寄りへの福祉手当を廃止し、障害者への医療費の助成対象を縮小し、特別養護老人ホームへの補助を85%、180億円も削減し、難病の医療費助成の対象から慢性肝炎を除外し、盲導犬の飼育代や目の不自由な人たちのための通訳者養成講座も廃止し、社会的弱者を徹底的にいたぶってやったんだぜ! これほどの大嘘は聞いたことがないだろう? あっはっはっはっは~!」

 

要一郎 「それも石原慎左衛門じゃないか!」

 

邦兵衛 「そして、さらに都民どもの借金を増やすために、『新銀行江戸』を作って、ズサンな運営で850億円もの累積赤字まで作ってやったぜ! どうだ、開いた口が塞がらないだろう? それでもオレ様の大嘘が天下一品だから、バカな都民どもはまだ騙されていることに気づかずに、ホイホイとオレ様に投票するんだよ! あっはっはっはっは~!」

 

要一郎 「‥‥おい、邦兵衛さん」

 

邦兵衛 「なんだ? もう降参か?」

 

要一郎 「いいや、そうじゃなくて‥‥」

 

邦兵衛 「どうした? 急におとなしくなって」

 

要一郎 「いや、こうして言い合いをしていたら、本物の大嘘つきは、浪花の橋下徹之助と江戸の石原慎左衛門で、あっしらなんか、まだまだ彼らの足元にもおよばないような気がして来たんだよ‥‥」

 

邦兵衛 「そう言われてみると‥‥」

 

要一郎 「だってよ、あっしらの嘘と比べると、橋下徹之助や石原慎左衛門の嘘ってのは、当選したトタンの手のひらの返し方がミゴトな上に、未だに半数くらいの人たちが騙されたまんまなんだから、本物の大嘘つきってことになる‥‥」

 

邦兵衛 「うんうん」

 

要一郎 「だけど、あっしらの嘘は、言ったそばからすぐにバレちまうし、いつでもブーイングの嵐が巻き起こる‥‥」

 

邦兵衛 「うんうん」

 

要一郎 「つまり、あっしらは『嘘がヘタ』ってことで、橋下徹之助や石原慎左衛門のように、いつまでも人々を騙し続けることができなけりゃ『大嘘つき』を名乗ることなんかできないんじゃないのかって‥‥」

 

邦兵衛 「そうだなあ‥‥橋下徹之助や石原慎左衛門のスゴイところは、決して自分のことを『大嘘つき』だとは言わずに大嘘をつき続けてるんだから、その点がすでに『大嘘つき』ってことだもんなあ‥‥」

 

要一郎 「そうそう、あっしらの場合は、自分で『大嘘つき』だって言ってるんだから、そこは嘘をついてないってことになる。だけど、彼らの場合は、『大嘘つき』だってことを隠して、人々には『信頼できる人』っていう大嘘の姿を見せてるんだから、そこからして、あっしらの負けってことになる‥‥」

 

邦兵衛 「‥‥本物の嘘つきは、自分が嘘つきであることすら嘘で隠す‥‥か‥‥」

 

要一郎 「うん」

 

邦兵衛 「要一郎さん、どうやらオレ様たちもまだまだ修行が足りなかったようだなあ‥‥」

 

要一郎 「そう言うこった」

 

邦兵衛 「だけどなあ、嘘つきが嘘つきであることを隠して嘘をつき続けるっていうのは、どうもオレ様は好かんのだ」

 

要一郎 「そんなもんかな?」

 

邦兵衛 「ああ、オレ様が何で嘘をつき続けてるのかって言えば、それは、人々を騙して年貢を巻き上げたり、裏で癒着している商人たちに便宜を図ってワイロをもらうためじゃない」

 

要一郎 「そりゃあ、あっしもおんなじだよ」

 

邦兵衛 「オレ様は、つらい生活をしている庶民たちに『笑い』という贈り物をしたくて、そのために『私の友人の友人はアルカイダだ!』を始めとして、数々の大嘘で庶民を笑わせて来たのだ」

 

要一郎 「うんうん、分かるよ、その気持。あっしの場合も、5000万件もの年金問題の公約をなかったことにしたら、国中が呆れ返って大爆笑してくれると思って、それでイチかバチかの大嘘をついたんだよ。まあ、この時は失敗しちまったけどな」

 

邦兵衛 「オレ様たちの嘘は、悪どさが足りないって言うか‥‥」

 

要一郎 「そうだなあ、橋下徹之助や石原慎左衛門を見習って、もっと悪どい嘘をつくように心がけないと、あっしらは『大嘘つき』を名乗れないな‥‥」

 

 

‥‥そんなワケでしてぇ、要一郎と邦兵衛が、勝負そっちのけで、こんなバカバカしい話をしていたところに、ご隠居が様子を見にやって来ました。

 

 

ご隠居 「おいおい、お2人さん、嘘合戦はどっちが勝ったんだい?」

 

要一郎 「あっ、ご隠居! それがですねぇ、あっしらは『大嘘つき』としてはまだまだなんじゃないかってことになって‥‥」

 

ご隠居 「『江戸一番の大嘘つき』の名を欲しいままにしている要一郎さんや『豆鉄砲の邦兵衛』の名を馳せている邦兵衛さんが、何を言ってるんだい?」

 

邦兵衛 「ご隠居さん、浪花の橋下徹之助や江戸の石原慎左衛門など、『大嘘つき』にも上には上がいたんでさあ」

 

要一郎 「あっしらは、井の中のカワズだったってワケで‥‥」

 

ご隠居 「そんなことはないだろう? ここに来る途中でお役人たちと会ったんだが、何でも要一郎さんと邦兵衛さんのことを『大嘘つきの罪』で召し捕ると言っていたぞ」

 

邦兵衛 「ええっ! オレ様は何も悪いことはやってないぞ! それは冤罪だ~!」

 

ご隠居 「嘘ですよ、嘘。はっはっはっはっは~!」

 

要一郎 「こりゃあ、ご隠居さんが嘘合戦の勝者ですね~あっはっはっはっは~!」

 

ご隠居 「お2人とも、よく聞きなさい。『嘘』というものは、人々を笑わせ、幸せにするためのものなのです。そして、橋下徹之助や石原慎左衛門が庶民たちを騙し続けている言葉の数々、あれは『嘘』ではなく、『ペテン』と言うものなのです。あなたたちの『嘘』は人々を笑わせますが、彼らの『ペテン』は人々を苦しめるだけで、そこがまったく違うところなのです。ですから、あなたたちが本物の『大嘘つき』を目指すのであれば、あのような『ペテン師』たちを反面教師として精進することです」

 

邦兵衛 「おおっ! ご隠居さんの体から金色に輝くオーラが見えて来ました!」

 

ご隠居 「邦兵衛さん、それは『嘘』ではなく『ペテン』ですから、お間違えのないように」

 

邦兵衛 「ううっ!」

 

 

‥‥そんなワケでしてぇ、人生経験の豊かなご隠居の登場で、何とか人の道を踏み外さずに済んだ要一郎と邦兵衛は、それからというもの、コツコツと精進を続けているそうです。腕を磨いた2人が、いったいどんな『大嘘』で庶民を笑わせてくれるのかは、これからのお楽しみです。ちょっと小耳にはさんだところでは、要一郎は「年金問題の完全放棄」と「低所得者だけ大増税」、邦兵衛は「死刑執行のオートメーション化」と「アルカイダにも住民票」というネタを練っているらしいのですが、果たして、騙され続けて笑いにシビアになっている庶民たちが、これらのネタで笑ってくれるのかどうかは、その時が来てみないと分からないでしょう。まあ、それまで自公の独裁政権が持てばの話ですが‥‥ってなワケで、おアトがよろしいような今日この頃で‥‥テケテンテンテンテンテンテン‥‥。

 

 

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2008.02.15

皆さん、ありがとうございました♪

全国の書店やネット書店で、「きっこの日記 R/好き?好き?嫌い?編」をお買い求めくださった皆さん、どうもありがとうございました♪

今回の本では、このWEB日記からピックアップした傑作選も、今まで以上に、大幅に修正や加筆をしているものがあります。たとえば、P.201の日記などは、このWEB日記の過去ログと読み比べていただければ分かりますが、ほとんどの部分を修正した上に、大幅に加筆しています。他にも、WEB日記には書かれていないことが加筆されていたり、逆に、WEB日記には書かれていることが削除されていたりと、様々な理由によって修正してありますので、マニアな人は、そうした部分もお楽しみください。

それから、世界中の本の中でもっとも長い(と思われる)後書きは、ページの都合で、まるで「テレビブロス」のツメコミ記事のように、小さな文字になってしまいました。皆さん、ごめんなさい。でも、どうしても書いておきたかったこと、たとえば、「あたしが本を出版することにした理由」、「今回、出版社が変わった理由」、「第1弾と第2弾の本の帯について」、「ネット上の一部で流されている疑惑」などについて、きちんと自分の言葉で本当のことを説明しておきたかったので、読みにくい小さな文字になっても、全文を掲載したかったのです。虫メガネがないと読めない人もいるかもしれませんが、最後まで読んでいただけると幸いです。

また、奥付に書いてあるプレゼントに関しましては、最初のカラーグラビアにある、あたしの俳句イラストの原画を額に入れてプレゼントさせていただきます。ただ、それでは1名様だけになってしまいますので、同様のものをあと2点描かせていただいた他、ハガキ大の直筆サインカードも20枚描かせていただきました。応募方法や締め切り等は、奥付をご覧ください。

とにかく、大量の書下ろしをはじめとして、ボリューム満点の内容ですので、皆さん、どうぞお楽しみくださいね♪


‥‥そんなワケで、第1弾の時から、担当の編集者から言われてることなんだけど、あたしの本は、とにかくページ数や内容が多すぎて、とても1300円じゃ作れないそうだ。第1弾や第2弾を買ってくださった人は分かると思うけど、あれだけのページ数、文字数だと、普通は、最低でも1500円、場合によっては1800円くらいの定価になっちゃうそうだ。そして、今回の「きっこの日記 R」は、ページ数は少しだけ減ったけど、そのぶん、カラーグラビアを入れたり、イラストを入れたり、児島玲子ちゃんや江川紹子さんとの対談を入れたりと、いろんな試みをやってみたので、やっぱり、予算的にはギリギリのギリギリだった。

だけど、WEB日記をそのまま印刷しただけで、内容も減らして、30分か1時間程度で読み終わっちゃうような薄っぺらな本なんか作ったら、とてもじゃないけどお金はいただけない。やっぱり、本てものは、最低でも「値段に見合った内容」で当たり前なんだから、それなら、あたしの本を読んでくださる人たちには、絶対に値段以上に楽しんで欲しいし、「この本を買って良かった」って思って欲しいって、そう思った。だから、編集者にはものすごく苦労をかけちゃったけど、できる限り、読んでくださる人の立場に立って、いろんな意味で楽しめる内容にしたつもりだ。

小さな文字の後書きを読んでいただければ分かるけど、前回までの2冊の本を出版したことによるお金は、すべて、あることのために必要なお金で、あたしは、どんなに困っても、1円も手をつけずに貯金して来た。そして、今回の3冊目の本が売れれば、あたしに必要なお金は、8割くらいできる。これは、今までに、あたしの本を買ってくださった皆さんのおかげで、ここまで来れば、残りは、毎日カケモチでがんばってお仕事して、自分の力で作ることができる。

だから、あたしは、今後は、もう本を出版することもなくなると思うので、今回は、最後だって気持で、今まで言えなかったことや秘密にしてたことなど、書ける範囲で書きまくった。恥かしいことも、極めてプライベートなことも、ぜんぶ書いて終わりにしようと思って、何でも書いてみた。だからこそ、1人でも多くの人に読んで欲しいと思ってる。

‥‥そんなワケで、あたしは、今回の「きっこの日記 R」はもちろんのこと、第1弾の「きっこの日記」や第2弾の「きっこの日記2」を買ってくださった皆さんにも、心から感謝してる。だけど、その理由と感謝の言葉くらい、少し大きな文字で書きたかったのに、それも後書きの中に書いたので、小さな文字になっちゃった。だから、ここで繰り返させていただくけど、本を買ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。そして、心から感謝しています。皆さんの心が集まって、もうじき、大きな元気玉ができあがります。あたしは、この「きっこの日記」を書き続けて来て、本当に良かったと思っています。どうもありがとうございました。そして、明日からは、またいつものノリで突っ走って行くので、これからも「きっこの日記」をよろしくお願いいたします♪

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2008.02.14

沖縄からの続報です!

辺野古からの続報が届きましたので、「きっこの裏日記」に紹介しました。

アメリカ兵に襲われたのは少女のほうに非がある、などと言っている「心が病んでいる人たち」は、ぜひ「沖縄の生の声」を聞いてください。


「きっこの裏日記」
http://www5.diary.ne.jp/user/533673/


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こんな時季にTシャツの話題を

まず初めに、今日の日記はヤタラとリンクが多いので、そのつどリンクをクリックしてると大変だから、まずは最後までサラッと読んでもらって、それから、興味のあるリンク先を見て欲しい‥‥ってなワケで、世の中は、そろそろ卒業式のシーズンが近づいて来たけど、社会人になって15年近くも経つあたしでも、この「卒業」って言葉には、今でも胸がジーンとする特別な思いがある。「卒業」ってのは、次へのステップのための旅立ちなんだから、基本的には喜ばしいこと、おめでたいことなんだけど、そこにある「別れ」に、どうしても感傷的になっちゃう。

毎年、この時季になると、いろんな卒業ソングがリリースされるけど、あたしの大好きなMEGARYUは、「歌にして贈る言葉」を2月27日リリースする。ひと足先に、GyaOでPVを観てみたら、教室の黒板から始まるPVで、オナジミの胸キュンなメロディーだったから、思わず名曲「懐メロ」のPVを思い出しちゃった。この「歌にして贈る言葉」のPVは高校が舞台で、「懐メロ」のPVは中学が舞台だったけど、どっちにしても、高校を卒業してずっと経つあたしとしては、こうした教室とか廊下とか体育館とかの風景、そして、クラスメートたちのいる風景に、何とも言えない懐かしさを感じるし、甘酸っぱい気持ちになる。

そう言えば、「懐メロ」のPVで、可愛いダンスを披露してくれてるHOTTIE CATのChieちゃんから、数日前に、「CCDの限定teeシャツができたよーー限定で既に完売したのを無理矢理お願いして50枚だけ追加してもらったーーそ、そして、、、、、昨日miray×HOTTIE CATのCDが発売になったよーー」ってお知らせがあった。知らない人のために説明しとくと、CCDってのは、「CROSS COLOURS DANCERS」って言って、L.A発信の世界的ストリートファッションブランド「CROSS COLOURS」が、ニポンのトップダンサーの1人、SHY-Nさんに依頼して結成された7人組のスーパーダンスユニットで、HOTTIE CATのMeguちゃんとChieちゃんもメンバーだ。

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で、この限定Tシャツは、リーダーのSHY-Nさんがデザインしたそうなんだけど、メンバーがモデルをつとめてる写真(この写真はChieちゃん)を見せてもらったら、メッチャ可愛くてセクシーで、Chieちゃんいわく、「ゴージャス&かわゆすwww」ってことな今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、社会人になって10年以上が過ぎてから、中学や高校の教室とかの映像を観ると、懐かしくて、温かくて、切なくて、何とも言えない気分になるんだけど、MEGARYUの「懐メロ」のPVを観た時には、その映像だけじゃなくて、何よりも楽曲がサイコーに良くて、あたしの「何とも言えない気分」は最高潮に達した。特に、RYU REXさんの歌うサビの部分、「懐かしいメロディーが聴こえてくるたびに~あの日のことが蘇ってくるよ~心は穏やかにセピアな色に染まる~ぬくもりに包み込まれて行く~♪」ってとこが、あたしのハートの内角高めにストライクで、GyaOでPVを配信してる期間中、何度も何度も繰り返して観た。

ちなみに、このサビの部分の、HOTTIE CATのMeguちゃんとChieちゃんが踊ってる部分の30秒くらいの動画は、あたしのメインのケータイに入れてあって、いつも観てる。せっかくだから、観たことのない人のためにYOU TUBEを探してみたんだけど、見つからなかったから、サビの部分の音だけでもってことで、メディアプレーヤーで紹介する。聴いたことのない人は、「ココ」をクリックすると、メディアプレーヤーが開いて、「懐メロ」のサビの部分が流れるようにしといた。

で、話はクルリンパと戻って、CCDの限定Tシャツについては、「Chieちゃんのブログ」に詳しく書いてあるんだけど、もう1つの「miray×HOTTIE CATのCDが発売になったよーー」ってほうについては、2月6日にリリースされた「Summer for Life」っていう5曲入りのミニアルバムで、HOTTIE CATのセクシーなダンスが満載のDVDもついてて、どの曲もすごくカッコイイ! 「ココ」で全曲試聴できるので、皆さん、どうぞ♪

‥‥そんなワケで、Tシャツと言えば、あたしがとっても大切にしてるのが、愛するMAXの1999年のサニホリ(サニーホリデー)のツアーTシャツだ。MAXのツアーTシャツは、当然、すべて持ってるけど、このツアーの武道館ファイナルは、MAXの歴史に残るライブだったから、思い入れもヒトシオだ。それに、あたしは、すごくつらいことが重なってた時期で、このファイナルで、MAXの4人からものすごく元気をもらって、すべてを乗り越えることができた。だから、今でも、このTシャツを見るたびに、その時のことを思い出す。そして、このライブのビデオやDVDを観る時には、必ずそのTシャツを着て観るようにしてる。

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この武道館ファイナルでは、アンコールで、MAXの4人もこのTシャツを着て出て来るんだけど、この辺のことは、2006年3月3日の日記、「お部屋でライブ」に詳しく書いてるので、どれほど素晴らしいライブだったのか興味のある人は、過去ログを読んで欲しい。で、このTシャツは、自分で買ったものと、MAXのツアーの機材を運ぶ大型トラックのドライバーをしてたMさんからいただいたものと、2枚持ってる。Mさん、もう何年も連絡がないけど、元気にしてるだろうか? もしも、この日記を読んでたら、連絡して欲しい。

‥‥つーか、あたしがこんなにMAXの素晴らしさを熱く語ってる時に、りっちゃんはマージャンしてるし(笑) せっかく、マージャンをやるんなら、中国つながりってことで、りっちゃん、例のパンダの着ぐるみを着てやればいいのに♪

‥‥そんなワケで、パンダと言えば伊藤製作所、伊藤製作所と言えばパンダってワケで、話をクルリンパと戻して、Tシャツのことだけど、あたしは、普通に売ってるTシャツだと、「伊藤製作所」のものが大好きだ。伊藤製作所は、伊藤康一さんていう人がやってる面白いブランドで、ずいぶん前に、あたしのヘアメーク仲間が教えてくれたんだけど、ホームページを見てもらえば分かるように、いろんな面白いものを作ってる。

特に、あたしのツボだったのが、北海道の置物の「木彫りのクマ」をベースにして、それを白黒に塗装して作ったパンダの置物だ。もう1年以上も「売り切れ」になってるから、今はずっと作ってないみたいだけど、暴走モードもあるし、普通は「思いつくけど実際には作らない」ようなものをホントに作っちゃうとこがワンダホーだ。あたしは、自分の愛車がフィアット・パンダだから、どうしてもパンダ関連には目が行っちゃうんだけど、未だかつて、肉食のパンダを制作したのは、伊藤製作所だけだろう。もちろん、それは、ベースの「木彫りのクマ」がサケをくわえてるからであって、そのサケをいちいち「笹の葉」に改造するのはものすごく手間が掛かるから、「肉食ってことにしちゃえ!」って感じだったんだと思うけど、これが「手抜き」じゃなくて「味わい」になってるとこが、これまたサイコーなのだ。

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ちなみに、あたしは、「THE ニャンコーズ」と「バンビ製作所」のTシャツと、パンダと北海道のピアスを持ってるんだけど、ピアスは両耳にパンダをしたかったから、2セットも買った。ホームページも、スミからスミまで楽しく作ってあるし、「猫紹介」だとか、「お客様の声」が全員「柴咲コウ」だとか、他のコンテンツも凝りまくってて、そこらの一般のホームページよりも遥かに面白い。最低でも、1時間以上は楽しめるハズだ。

‥‥そんなワケで、ここまでTシャツのことを書いて来たので、最近、一番嬉しかったTシャツのことも書こうと思うんだけど、それは、こないだ、あたしの大好きなバンド、「Thee Out Mods」の所属レコード会社の担当者から、ボーカルのSanaちゃんがプリントされてるカッコイイTシャツをプレゼントしていただいたのだ。去年、あたしが、Thee Out Modsを応援してるってことを何度も書いてたら、その日記を見てくださって、お礼のメールをくださって、それから仲良くなって、わざわざLAから送ってくださったのだ。ただ、LAから出版社宛に送ってくださったので、あたしの手元に届くまでに少し時間が掛かっちゃったけど、Tシャツだけじゃなくて、CDも、ステッカーとかバッジとかのグッズも詰め合わせになってて、もう、サイコーに嬉しかった♪

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それにしても、Thee Out Modsって、ホントにカッコ良すぎる。最初は、Sanaちゃんのボーカルの男っぷりの良さにホレボレとしてたんだけど、何度も何度も楽曲を聴いてるうちに、ただ単に疾走感があるだけじゃなくて、その奥にあるニポン人としての魂のグルーヴも感じられるようになって来た。それぞれのパートの巧さやセンスの良さもツボだし、ナニゲに細かいとこで凝ってるアレンジも憎いし、音の厚さもあたしの好みにピッタンコだし、聴けば聴くほど好きになって行く。これほど何度も聴いても、飽きて来るどころか、ますます聴きたくなって来るなんて、ロックンロール・バンドだと、ラモーンズ以来だ。

‥‥そんなワケで、今日の日記は、文章の長さはいつもとおんなじくらいだけど、最初にお断りしといたように、ヤタラとリンクを埋め込んだから、使用したタグのぶん、すごいボリュームになっちゃった。でも、それぞれのリンクがなかなかのポイントになってるハズなので、お時間のある人は、ひとつずつアクセスしてみて欲しい‥‥って、ココまで書いて来て、最後のマトメのとこで思い出しちゃったんだけど、そう言えば、サンプラザ中野さんからも、「本マグロ トロ太郎」のぬいぐるみをプレゼントしていただいたんだ! でも、今日は「Tシャツ」に関する話題でマトメてたので、「本マグロ トロ太郎」の話題は次の機会に‥‥って、最後の最後にまたまたリンクを増やしちゃった今日この頃なのだ(笑)


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2008.02.13

GO HOME!MOTHER FUCKER!

2月10日、沖縄の北谷(ちゃたん)町で、わずか14才の中学生の少女を騙して連れ回し、車の中でレイプしようとして暴行を加えた在日アメリカ兵、タイロン・ハドナット(38)は、11日に「強姦罪」の容疑で沖縄署に逮捕されたけど、ニポンの政府は、いったい、いつまで、こんな野蛮人どもを野放しにしておくつもりなんだろう。この事件を受けて、何から何まですべて他人事のフクダちゃんは、こう言い放った。

「ま~許されることではない。そしてま~過去においてもね、何度か起こってる。にも関わらず、また起きてしまった、ということについて、こらホントに重大な事であるというふうに受け止めております」

あたしは、このセリフを聞いて、フクダちゃんて、ここまで無知な大バカだったのかと、今まで以上に呆れ果てた。「そしてま~過去においてもね、何度か起こってる」って、同様の犯罪が過去に「2回か3回くらい」しか起こってないんならこのセリフでもいいけど、1972年の沖縄の本土復帰から現在までに、沖縄でアメリカ兵が起こした犯罪は約5500件もあるんだよ。そして、このうち、殺人や強盗や放火や婦女暴行などの凶悪犯罪は約600件もあって、婦女暴行だけをピックアックすると125件もあるんだよ。

だから、このフクダちゃんのセリフが、殺人や強盗や放火などを省いて、「同じような婦女暴行事件が」って意味として言ったんだとしても、125件もの凶悪な婦女暴行事件を「過去に何度か」のヒトコトで済ませたってワケで、あまりの認識不足と他人事ぶりに、あたしは、開いた口が塞がらないどころか、いつまで、こんな大バカを総理大臣にしとくのか、いいかげん、イヤになって来た今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、125件もの婦女暴行事件の中には、今回の事件とは比べ物にならないほど悲惨なものも数え切れないほどある。たとえば、1955年9月8日に起こった「由美子ちゃん事件」だ。アメリカ陸軍の軍曹が、わずか6才だった永山由美子ちゃんを自宅から車で拉致して、嘉手納基地に連れ込んで、軍の施設内で何度も何度もレイプし、最後には殺し、その遺体をゴミ捨て場に捨てたのだ。由美子ちゃんは、唇をかみしめて、右手に数本の雑草を握りしめているように死んでいたそうだ。そして、この鬼畜にも劣るアメリカ兵は逮捕されて、アメリカの軍法廷で一時は「死刑」の判決を受けたんだけど、それは、ニポンの世論に対する表向きのウソ判決であって、実際には、アメリカへ身柄を送られて、懲役刑で済まされたのだ。

そして、この事件だけを見ると、「これほど酷い犯罪などメッタに起こらないだろう」って思うかもしれないけど、それは、アメリカ兵のいない安全な地域に住んでる人たち、野蛮人どもを沖縄や岩国に押し付けて、自分たちだけは安全な場所で暮らしてる人たちの感覚なのだ。この由美子ちゃんが殺されたあとも、女子中学生もレイプされてるし、女子高生もレイプされてるし、由美子ちゃんのようにレイプ後に殺された女性も何人もいる。

とにかく、沖縄でのアメリカ兵によるレイプ事件の数は異常なのだ。1972年の沖縄の本土復帰から2002年までの30年間を見ると、ニポン全国で検挙された在日アメリカ兵によるレイプ事件が166件なんだけど、そのうちの111件が、沖縄でのレイプ事件なのだ。これが、どれほど異常な数字なのかは、誰の目にも明らかだろう。

そして、今回の事件もそうだけど、沖縄でのアメリカ兵によるレイプ事件は、少女を狙うことが極めて多いのだ。これは、アメリカ兵にはロリコンの変質者が多いってことじゃなくて、子供なら簡単に騙して車に乗せることができるからで、ただ単に「やりやすい」ってことから子供が狙われてるのだ。そして、そのレイプにしても、まだ体が大人になってない少女をムリヤリに犯すんだから、通常の大人同士のセックスとは違って、アメリカ人のお得意の、ヤギだのシャパードだのとセックスする「獣姦」とおんなじ感覚なのだ。

‥‥そんなワケで、由美子ちゃんが殺されてからも、鬼畜のようなアメリカ兵による残酷なレイプ事件は繰り返されて、1995年9月4日には、3人のアメリカ兵が、小学生の女の子をレイプする事件が起きた。想像してみて欲しい。赤いランドセルをしょって小学校に通ってる少女が、体の大きな3人ものアメリカ兵に拉致されて、順番に犯されたのだ。そして、この少女は、命だけは助かったけど、このトラウマを抱えたまま、今も生きているのだ。これが、どれほど悲惨なことなのか、女性なら分かるだろう。

こうした、沖縄のアメリカ兵によるレイプ事件は、あまりにも件数が多いので、1件1件取り上げて行くことはできないけど、大別すると、2つのパターンに分けることができる。1つが、これまでに挙げたような、少女に対するレイプ事件で、もう1つが、スナックやディスコなどの店内でのレイプ事件だ。本土では想像できないと思うけど、沖縄では、酔ったアメリカ兵が、その店内で女性に暴行を加え、押し倒して、床の上やテーブルの上でレイプする事件がたくさん起こっているのだ。

あたしは、こういう類似したレイプのケースが繰り返されてる現状から、この野蛮人どもは、基地の中で情報交換をしてるんじゃないかって思ってる。「ジャップのガキはヤギと同じで締まりがいいぜ!メーン!」とか、「あの店は0時を過ぎると女1人になるから簡単にやれるぜ!ブラザー!」とかって言って、ゲラゲラと笑ってるに決まってる。何しろ、ニポン人のことなんか、人間として見てないんだから。

‥‥そんなワケで、こうしたレイプ事件は、未遂や未告発のものまでいれると、毎日のように起こってる。そして、沖縄県は、そのたびにアメリカ側に厳しい抗議を繰り返して来たのに、いっこうになくならない。それどころか、我がもの顔で街を闊歩するアメリカ兵どもは、自分たちこそがこの街の支配者で、ニポン人には人権などないとでも思ってるのか、ますますエスカレートして行った。たとえば、前から女子高生が歩いてくれば、すれ違いざまに抱きつき、体を触り、ムリヤリにキスをするなんて日常チャーハンだ。

そして、2001年1月9日、金武(きん)町で、女子高生のスカートをまくり上げて、下半身をデジカメで撮影しようとしたアメリカの海兵隊員が逮捕されるっていう事件が起こった。この事件自体は大きな事件じゃなかったけど、それまで、何度も何度も何度も何度も数え切れないほどの性犯罪や凶悪犯罪を繰り返してきた野蛮人どもに、とうとう堪忍袋の緒が切れた沖縄県議会は、「アメリカ軍海兵隊の削減を求める決議」を可決した。ようするに、何度抗議を繰り返しても、いっこうにアメリカ兵による犯罪がなくならないから、それなら、せめてアメリカ兵の数を減らしてくれってことだ。だけど、この県議会の決議を知った在沖縄アメリカ軍のトップ、アール・ヘイルストン中将は、自分の部下の指揮官たちに宛てて、次のメールをいっせい送信したのだ。


From: Heilston LtGen Earl B
Sent: Tuesday, January 23, 2001 12:27 PM
To: ■■■■■■■■■■■■■■■■
Subject: FW: This Weekend

Commanders and Acting Commanders:

I tell you that this latest incident in Kin has been blown out of proportion. The anti-base reformists have been given the freedom to attack with no cover or counter remarks by any of the locals who falsely claim to be our friends. The situation went from the Governor, both Vice Govenors, Mayor Yoshida, and a Diet Member separately telling me in person last week that "while this is bad we understand and appreciate your efforts" to all of them standing idly by as the OPG Assembly passed an inflammatory and damaging Resolution. I think they are all nuts and a bunch of wimps. I have enjoyed telling them so. Still the damage is done. Involved leadership can help this situation. We bought into this organization 24x7. Fire up those closet NCOs. Kick the lieutenants and captains in the butt. They are responsible too. Stop this flood of undeserved discredit that has our Marine Corps decks awash. The Commandant deserves all this and more from us. Do something and keep doing it. Stop those 5%'ers. Gen Hailston


‥‥そんなワケで、これは、当時、大問題になったから、覚えてる人も多いと思うけど、この問題を知らなかった人でも、毎度オナジミ、痒いとこに手が届く「きっこ訳」を読めば、このメールの問題点が分かるだろう。


司令官たちへ

私は、金武で起こった今回の事件(デジカメ事件)が、うまく行っていた基地と地元住民との均衡を崩したと思っている。この事件のセイで、基地反対派につけ上がる自由を与えてしまったのだ。先週、知事や副知事、吉田町長や国会議員は、「この事件自体は悪いことだが、我々はあなたの努力を評価している」と言っていた。それにも関わらず、県議会では、我々に不利益を与える決議(アメリカ軍海兵隊の削減を求める決議)が可決されてしまい、その決議を黙って見過ごすしかないほど状況が悪くなってしまった。ヤツラ(知事、副知事、吉田町長、国会議員)はみんな、キチガイで腰抜けどもだと思う、と言って笑ってやったよ。とにかく、今の状況を何とかできるのは君たちだけなのだから、部下たちのケツを蹴飛ばしてでも、この(地元住民たちの不信という)世論を止めさせろ。そして、(犯罪を犯すような)5%ほどの隊員たちを止めろ。


‥‥ってワケだ。ようするに、問題になったのは、「アメリカ軍海兵隊の削減を求める決議」を可決した稲嶺知事や吉田町長たちのことを名指しして、「ヤツラはみんな、キチガイで腰抜けどもだと思う」って言ってる点だ。当時の新聞では、「彼らはみんな頭の悪い腰抜けどもだと思う」とか、「彼らはみんなバカで弱虫だと思う」とかって訳されてたんだけど、これは、ニポンの政府の圧力によって、少しでもアメリカ軍に対するイメージを悪くしないようにっていう配慮から、ずいぶん甘く訳されてるものだ。

「I think they are all nuts and a bunch of wimps.」の、「bunch of wimps」の部分は、「女」を蔑んで言う時の「wimp」に、「群れ」っていう「bunch」がついてるから、このまま訳せば「女の群れ」ってことだけど、これを男性に対して使うと、「女みたいな腰抜け野郎ども」って意味になる。だから、ここを「腰抜けども」とか「弱虫」とかって訳した点は、どの新聞も間違ってない。だけど、その前の「all nuts」ってのは、新聞では「頭の悪い」とか「バカ」とか訳されてたけど、これは違う。「nuts」ってのは、普通なら、「ピーナッツ」とかの「ナッツ」なんだけど、スラングで使う時は「キンタマ」って意味になる。だけど、そこから発展して、気が狂ったヤツのことを「キンタマ野郎」って呼ぶみたいな感じに使われる。

ずっと前に、ニポンで、「頭がピーマン」て言葉が流行ったことがあったけど、これは「頭がピーマンみたいにカラッポ」ってことだから、意味としては「バカ」ってことになる。だけど、この「nuts」の場合は、「頭がナッツ」って言ってるんじゃなくて、「頭がキンタマ」って言ってるワケで、これは、「キチガイ」ってことなのだ。だから、「バカ」って訳すくらいなら、「非常識」って訳したほうが、まだ、ニュアンスは近くなる。

それから、小さなことだけど、どの新聞も「they」を「彼ら」って訳してるけれど、ここは、どう考えたって、「ヤツラ」だろう。豊かなニポン語の場合は、「ぼく」「わたし」「わたくし」「おれ」「おいら」「おいどん」「わし」「余」「拙者」‥‥って、限りないほどの一人称があるのに対して、英語はバカでも話せる世界一単純な言語だから、男も女も大人も子供もみんな自分は「I」だけだ。だから、複数の人たちを指す場合は、どんな状況でも「they」しかないワケだけど、その文章の内容が「みんなキチガイで腰抜けどもだ」って言ってんのに、この「they」を「彼ら」って訳すなんて、センスのカケラもないオッペケペーだ。ここは、どう考えたって、「ヤツラ」か「あいつら」だろう。

‥‥そんなワケで、ま、細かいことはどうでもいいんだけど、何よりも問題なのは、沖縄の在日アメリカ軍で一番偉いオッサンが、こんな認識だったってことと、それを自分の直属の部下たち十数名に、メールで伝えてたってことだ。このメールが流出するまでは、沖縄で凶悪犯罪を繰り返すアメリカ兵たちは、上官の命令も聞かないようなシタッパの悪党どもで、上の人間たちは形だけでもキチンとした命令をしてるもんだと思ってた。だけど、このメールによって、一番偉いオッサンからして、沖縄の人たちのことばかりか、ニポンという国自体をバカにしてるってことが良く分かった。そして、沖縄のことなんか、「中東の石油を独り占めするための便利な前線基地」くらいにしか思ってないってこともハッキリしたのだ。

このアメリカ兵たちの、ニポンをバカにした意識こそが、約5500件もの犯罪を繰り返して来た温床であって、その源流にあるのは、やっぱり、敗戦だ。沖縄での悲惨な戦争は、1945年6月23日に終わったけど、それは、表向きだけの「終わり」、政府間での「終わり」であって、このあとも、沖縄では、多くの人たちが野蛮なアメリカ兵たちに殺され続けた。数え切れないほどの沖縄の女性たちが、鬼畜のようなアメリカ兵たちにレイプされたり殺されたりした。沖縄の女性たちは、捕虜収容所の中でレイプされ、収容所から畑へ行く間の道でもレイプされ、強制労働させられてた畑の中でもレイプされた。これは、もう、生き地獄だ。

そして、捕虜収容所から開放され、それぞれの自宅へ帰ることができたあとも、気が狂ったアメリカ兵たちによるレイプは続いて行った。今度は、何十人ものアメリカ兵たちが、夜になると、「女狩り」と称して、若い女性のいる民家をカタッパシから襲うようになったのだ。中には、ダンナの見ている前でレイプされた女性もたくさんいるし、それで妊娠してしまい、アメリカ兵との混血児が生まれてしまったため、その赤ちゃんを道連れに、夫婦心中した人たちもいる。沖縄の人たちが、「戦後はまだ終わっていない!」って叫び続けてるのは、こうした、人を人とも思わない冷酷で残忍な凶悪犯罪が、未だにあとを絶たないからだ。50年以上前の「由美子ちゃん事件」だって、今回の14才の少女のレイプ事件だって、その間に起こった数え切れないほどの同様の事件だって、すべては、この、戦後の延長線上にあるものなのだ。

在日アメリカ軍の駐留経費の一部をニポンが負担するっていうトンデモ法、「思いやり予算」は、1978年にスタートしてから、毎年、2000億円以上もの大金が支払われ続けてて来て、現在までに、13兆2000億円という天文学的な血税が使われて来た。そして、その見返りが、沖縄だけでも約5500件もの犯罪、全国規模で見たら、軽く8000件を超える犯罪だ。さらには、その多くの犯罪者たちは、ニポンの法廷で裁かれることもなく、ナニゴトもなかったかのようにアメリカへと帰って行く。

‥‥そんなワケで、あたしは、ホントに、心の底から、「もういいだろ?」って思ってる。アメリカ様には、もうお引取り願いたい。これほど多くの少女や女性たちをレイプし続けて来て、これほど大金を巻き上げ続けて来て、これほど好き勝手にやり続けて来て、もう限界だよ。ホントに、もう自分の国へ帰ってくれよ。そして、レイプでも強盗でも殺人でも、自分の国の中で好きなだけやってくれよ。それから、岩国の市長選で福田のバカなんかに投票した売国奴どもも、そんなにアメリカ兵どもにレイプされたいんなら、そんなに自分の子供を殺されたいんなら、みんなアメリカへ移住してくれよ。お前らみたいな愛国心のカケラもないような売国奴は、この国には必要ないんだよ。もしも沖縄に基地なんかなければ、どれだけの少女たちが苦しめられずに済んだのか、殺されずに済んだのかなんて、お前らみたいな金に目のくらんだ売国奴にはミジンも分かんないだろ?‥‥なんて言ってみた今日この頃なのだ。


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2008.02.12

恐怖の手作りチョコレート

もうすぐ2月14日、バレンタインデーってワケで、いつもは「そんなの関係ねえ!」(古)って思ってるあたしだけど、今年は、自分の本、「きっこの日記 R」の発売日なので、ナニゲに意識してる。もちろん、本は買っていただくんだから、あたしからのプレゼントとは言えないけど、それでも、読んでくださる人、1人1人が、うんと楽しんでもらえるように、感動してもらえるように、いろんなことを考えてもらえるように、心を込めて原稿を書き、何ヶ月もかけて編集した。だから、最初から最後まで、あたしの思いがいっぱい詰った「手作りの本」てワケで、それが、バレンタインデーの日に、たくさんの人たちのところへ届くと思うと、言葉にならないほどの感慨がある。

で、「手作り」って言うと、バレンタインデーに「手作りチョコレート」をプレゼントする女の子がいっぱいいるワケで、何も言わずに黙って渡すんならいいけど、「これ、私の手作りなの♪」ってノタマッて渡すパターンが多い。そして、そんな話を聞くたびに、あたしは、「ふざけんな!」って思う。だって、すでに完成してるチョコレートを買って来て、それを溶かして、別の形にして固めたものが、何で「手作り」なの? こんなの、コンビニのお弁当を買って来て、その中身を自分のお弁当箱に移し替えて、「これ、私の手作りなの♪」って言ってカレシに渡すのとおんなじことじゃん。

チョコレートを「手作り」だって言いたいんなら、西アフリカから「カカオの実」を輸入して、「カカオ豆」と呼ばれる種を取り出して、その皮をむいて「ニブ」と呼ばれる実にして、その「ニブ」を100度以上の高熱ロースターで焙焼(ばいしょう)してから、擂り潰して「カカオマス」を作り、それに、ココアバター、砂糖、ミルクを加えて良く混ぜ合わせて、圧力をかけたパイプの中を通して全体的になめらかにしてから、長時間、練り上げる「コンチング」という作業で味と香りを高めて、温度を調節してココアバターを安定させてから、型に流し込んで、冷やして固めて、それで出来たチョコレートを渡せ!‥‥なんて思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、こないだも書いたけど、テキトーに切ったお野菜やお肉を炒めて、そこにお水を入れて煮込んで、そこに市販のカレールーを入れたものを「得意料理」って言うのも、この「手作りチョコレート」とおんなじことだ。こんなもん、とてもじゃないけどお料理とは言えない。カレーにしても、シチューにしても、市販のルーを買って来た時点で、すでに、インスタントやレトルトとたいして変わらない。だって、お料理で何よりも重要なポイントは「味つけ」なのに、それを市販のルーに任せちゃうんだから、この時点で、もう、その人が作ったことにはならないからだ。

自分でいくらお野菜を切ろうとも、いくらアクをすくいながら煮込もうとも、味つけを市販のルーに任せた時点で、それは、S&Bが作ったカレーであり、ハウス食品が作ったシチューなのだ。だから、得意料理を聞かれて「カレー」って答えたいんなら、カレシに「手作りのカレーよ♪」って言いたいんなら、市販のカレールーなんか使わずに、クミンやカルダモンやコリアンダーやガラムマサラやレッドペッパーやターメリックやニンニクやショウガを使って、ちゃんと「手作り」するべきなのだ。

だけど、市販のカレールーを入れるだけじゃなくて、そこに、隠し味みたいな感じで、お醤油を入れてみたり、ケチャップを入れてみたり、蜂蜜を入れてみたり、インスタントコーヒーを入れてみたり、摺り下ろしたリンゴを入れてみたりって、それぞれの人に、ちょっとしたオリジナルがある。また、市販のルーに関しても、どこそこのメーカーの中辛と、どこそこのメーカーの辛口を半分ずつ入れるとか、それぞれの人のやり方がある。こうした作業は、もちろん、それぞれの人が「この方法だと美味しくなる」って信じてるからやってるワケだけど、ホントはそれだけじゃないのだ。実は、「市販のルーを使ってる」っていう引け目から、何らかのプラスアルファの手間を加えることによって、「プチ手作り感」を味わってるのだ。

だから、バレンタインデーの「自称・手作りチョコレート」の場合にも、買って来たチョコレートを湯せんして溶かして、それをそのままモールドに入れて固める女の子はほとんどいない。たいていの場合は、そこに生クリームを加えてみたり、アーモンドを加えてみたり、ビスケットを加えてみたりと、何らかのプラスアルファの手間を加えることによって、「プチ手作り感」を味わってる。そして、相手を思う気持ちがエスカレートしすぎちゃって、すでに病的になっちゃってる女の子の場合には、さらに、自分の唾液を加えたり、自分の血を加えたり、自分の髪の毛を加えたり‥‥ってことになる。特に、絶対に恋が成就する可能性のない男性アイドルとかに思いを寄せてる女の子の場合には、このパターンが多いそうだ。

だから、男性アイドルをかかえてる芸能プロダクションでは、バレンタインデーにファンの女の子たちから送られて来た大量のチョコレートに関して、所属するアイドルたちに、「手作りのものは絶対に口にしないように」って注意してるところも多い。だけど、これは、チョコレートに限ったことじゃない。「ファンから送られて来た手作りの食べ物は口にしない」ってのは、アイドルに限らず、タレント一般の常識で、これは、「そのタレントを逆恨みしてる者が、ファンを装って毒物を入れた食べ物を送って来る可能性もある」ってことからだ。

‥‥そんなワケで、ヒトクチに「手作り」って言っても、食べ物の場合は良し悪しで、お互いが認識してるお友達や知り合いならいいけど、顔も名前も知らない人から送られて来た「手作りの食べ物」ほど恐いものはない。なんせ、今は、ちゃんとした大手のメーカーが販売してるギョーザにも毒が入ってる時代なんだから、どこの誰かも分かんない人間の作ったものを口に入れるなんて、一種のギャンブルだ。

何で、あたしが、こんなことを書いたのかっていうと、あたしは「黒魔術」に興味があって、いろんな本を読んだり、いくつかのメンバー制のサイトを覗いたりしてるんだけど、そうしたサイトの一部では、バレンタインデーが近づくと、必ず、「食べた人が自分に好意を持つようになるチョコレートの作り方」ってのが何パターンも紹介されるからだ。そして、それらの中には、溶かしたチョコレートの中に自分の血を加えるだの、自分の髪の毛を細かく切って加えるだの、自分の爪を切って粉末にして加えるだのって、さらには、ここには書けないような毛だの血だのを加えるような、トンデモないレシピが平然と紹介されてるからだ。

だから、すでに恋人同士だったり、夫婦だったりすれば、こんなチョコレートを作ることなんかアリエナイザーだけど、男性アイドルに異常な高熱を上げてる病的な女の子だったら、この恐怖のレシピ通りのチョコレートを作って送り、バレンタインデーの日の深夜には、真っ暗なお部屋にローソクだけを灯して、変な呪文でも唱えながら、その男性アイドルのポスターを凝視してるかもしれない。そう考えると、「ああ、あたしは男性アイドルなんかじゃなくて良かった♪」って思えて来る。何しろ、思いつめた女の子の怨念ほど、恐ろしいものはないからね。

‥‥そんなワケで、あたしは女性だけど、くだらない男性アイドルなんかに夢中になるほど知能は低くないし、ましてや、一方的に思い込むような自己チューでもない。あたしが願ってるのは、地球上から核兵器や原発がすべてなくなり、戦争がなくなり、人殺しの道具がなくなり、世界中の人たちや生き物たちが、安心して幸せに暮らせるようになることだ。だから、バレンタインデーに発売される「きっこの日記 R」には、あたしの平和への願いはいっぱいこめてあるけど、原料のパルプの中に、あたしの血だの毛だのは入ってないから、皆さん、安心して読んで欲しいと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.02.11

緊急のお知らせ!

沖縄で少女がアメリカ兵に襲われた事件について、辺野古から緊急のお知らせが届きました。

「きっこの裏日記」に公開してありますので、特に沖縄在住の人は、ぜひお読みください。

「きっこの裏日記」
http://www5.diary.ne.jp/user/533673/

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炭水化物の神様

ずいぶん前に、何かのテレビで、大阪の芸人が「お好み焼きをオカズにしてご飯を食べる」って言って、それを聞いた他の地域の芸人が「え~!?」って驚いて、その驚いた様子を見た大阪の芸人が「大阪は定食屋に行っても『お好み焼き定食』がメニューにある」って言って、他の地域の芸人が「いくら何でもそれはウソだろ?」って言って呆れた顔をしてた。で、あたしも、お好み焼きをオカズにしてご飯を食べる人なんているワケないと思ったし、お好み焼きに限らず、たこ焼きも、焼きそばも、すべて「それだけで食事」なワケで、こうしたものをオカズにしてご飯を食べるなんてアリエナイザーだと思った。だから、当然、そんな定食なんかあるワケない‥‥って思ったのに、あとから知ったんだけど、信じられないことに、これは事実だったのだ。

それで、あたしは、「炭水化物をオカズにして炭水化物のご飯を食べるなんて、普通じゃ考えらんない」とか、「これじゃあ、まるで、チャーハンをオカズにして白いご飯を食べるようなもんじゃん」とか思ったんだけど、このチャーハンの例から連想したのが、「ラーメンライス」だった。チャーハンをオカズにしてご飯を食べる人はいなくても、ラーメンをオカズにしてご飯を食べるのは、ちゃんと「ラーメンライス」っていう名称があるくらいポピュラーだったのだ。

説明するまでもないけど、この「ラーメンライス」は、松本零士の「男おいどん」ていうマンガで、一般に認知されるようになったものだ。ちなみに、あたしも、「男おいどん」は単行本で少しだけ読んだことがあるけど、今、調べてみたら、少年マガジンに連載してたのが、1971年から1973年までだそうなので、ちょうどあたしが生まれたころだった。

つまり、このマンガで一般に認知されたんだとしたら、ラーメンライスの歴史は、あたしの年とおんなじワケで、言うなれば、あたしは、ラーメンライスとともに人生を歩んで来たってことになる。それなのに、あたしは、ラーメンライスってものの存在は知ってたのに、生まれてから一度も食べたことがないなんて、これは、ラーメンにも失礼だし、ライスにも失礼だし、松本零士にも失礼だし、何よりも、炭水化物に失礼だと思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、正直、何よりも驚いたのが、あたしが生まれた時に、すでに少年マガジンで連載マンガを描いてた松本零士が、今も現役でマンガを描いてるどころか、第一線で活躍してるってことだ。パチンコ屋さんに行けば、「宇宙戦艦ヤマト」だの「キャプテン・ハーロック」だの「銀河鉄道999」だのって、次々と順番に新台が並んでるし、やっぱ、本物の才能のある人はすごいよね。それで、あたしが、さらに驚いたのは、松本零士がデビューしたのが、1954年だってことだ。あたしが生まれた時から現役を続けてるだけでもスゴイと思ったのに、あたしが生まれる20年近くも前から現役を続けてただなんて、つまり、もう半世紀以上も活躍し続けてるワケで、もはや、マンガの神様と言ってもいいくらいだ。

それなのに、あたしってば、そんな神様みたいな人が、まるであたしの誕生に合わせたかのように流行させてくれたラーメンライスを今まで一度も食べたことがなかったなんて、なんて失礼なことをしちゃったんだろう‥‥ってなワケで、あたしは、どうして自分が今までラーメンライスを食べたことがないのか考えてみたんだけど、その理由は簡単だった。まず、あたしは、ラーメンが苦手なのだ。お家で、インスタントの金ちゃんラーメンを作って食べたり、カップ麺を食べたりはするけど、ラーメン屋さんのラーメンは苦手なのだ。前にも書いたことがあるけど、かん水を使ってる麺を食べた上に、塩分が満タンのスープを飲むと、食べ終わった瞬間からノドがカラカラになっちゃって、お水を飲んでもお水を飲んでもお水を飲んでもお水を飲んでもノドの乾きがおさまらなくて、お腹がガボガボになっちゃうのだ。

だから、タマに食べる時でも、もったいないけどスープはぜんぶ残す。だけど、あたしは、本来、食べ物を残すのが嫌いだし、残すとお店の人にも失礼だから、自分からは進んで食べないようにしてる。もしも、みんなの希望でラーメン屋さんに行くことになったとしても、ご飯ものを注文するし、ラーメン類しか置いてないお店だったとしたら、塩ラーメンを「スープ薄め」で作ってもらって、麺だけ食べる。こんな感じだから、ラーメン自体を食べることがほとんどないワケで、ましてや、そのラーメンにライスまでつけてもらうなんてことはアリエナイザーなのだ。

でも、あたしの場合は、おんなじ麺類でも、おそばは大好物だ。ちゃんとした本物の美味しいおそばなら、普通の「もり」でも2枚は食べられるし、最初から1人2枚くらいを食べるように設定してある「せいろ」なら、4枚は食べられる。だけど、いくら「もり」が2枚食べられるからって、「もり」を1枚とご飯を1杯‥‥ってのは考えられない。どうしてもご飯をつけろって言うんなら、ラーメンライスとおんなじように、温かくてお汁のある「きつねそば」とかのほうが、まだマシだと思うけど、その場合は、お汁も飲むから、きつねそば1杯だけでお腹がパンパンで、とてもご飯は食べられない。

つまり、普通の量の2倍は食べられる「もり」の場合は、たとえ「もり」を1枚にしたところで、それをご飯のオカズにすることがムリなワケだし、ご飯のオカズになりそうな「きつねそば」の場合には、物理的にご飯を食べることができなくなるってワケだ。だから、ラーメンライスとおんなじことを好きなおそばでやろうとしても、やっぱ、ムリってことになる。だいたいからして、お店で出る「ラーメン」とか「きつねそば」とかってものは、それが1人前なんだから、それ1つでお腹がいっぱいになるように作られてるワケで、その他にご飯も食べるってこと自体にムリがあるのだ。もちろん、体の大きなスポーツ選手とか、お相撲さんとか、肥満児とか、ギャル曽根ちゃんとか、そうした特殊な人たちは別だけど、普通の女性の場合は、1人前のラーメンでも、ぜんぶは食べきれない人も多いんだから、最初っからムリな話なのだ。

だけど、そんなことを言ってたら、あたしは、松本零士に失礼だから、ラーメンライスはムリだとしても、せめて、きつねそばライスは食べなきゃなんない。で、あたしが考えついたのが、小さいきつねそばと小さいご飯のセットだ。ようするに、量がムリなワケだから、きつねそばとご飯とを足して1人前の分量になるようすれば、すべての問題はクルリンパって解決するってワケだ。

‥‥そんなワケで、ようやく大問題が解決したと思ったのもトコノマ、「一難去ってまた一難」って感じで、次の問題が浮上してきちゃった。それは、「焼きそばパン」についてだ。あたしは、一番最初に、「お好み焼きや、たこ焼きや、焼きそばをオカズにしてご飯を食べるなんてアリエナイザーだ」とか、「炭水化物をオカズにして炭水化物のご飯を食べるなんて、普通じゃ考えらんない」とかって言ってたクセに、今、ふと思い出したんだけど、あたしは、焼きそばパンが大好きだったのだ。

これって、どう考えても、自分の言ってたことに矛盾してるし、さらには、「かん水を使った麺が苦手」ってことまで言ってたんだから、ダブルで矛盾してることになる。だけど、どんなワケか、あたしは、焼きそばパンが好きなのだ。好きって言っても、ここ1~2年くらいは食べた記憶がないから、「食べないといられないほどの大好物」ってワケじゃないけど、高校生の時は、売店にいろんなパンがあったのに、あたしが買うのは、ほとんどが焼きそばパンかメロンパンのどっちかだった。もうちょっと詳しく言うと、普通にお腹が空いてる時が焼きそばパンで、ちょっとだけお腹が空いてて、オヤツみたいなものを食べたい時がメロンパンだった。

焼きそばパンのほうの「お惣菜パン系列」なら、他にも、コロッケパン、メンチパン、ハムカツパン、キャベツサラダパン、ポテトサラダパン、ナポリタンパン、タマゴパン、ハムタマゴパン、ハンバーグパン‥‥って、ぜんぶで10種類くらいあったのに、あたしは、10回のうち8回か9回は焼きそばパンだった。この中では、メンチとハムタマゴとハンバーグだけが100円で、あとはぜんぶ、焼きそばパンとおんなじ80円だった。だから、値段の高い3種類は、最初からあたしの選択肢からは除外されてたけど、他はみんなおんなじ値段なのに、あたしは、焼きそばパンばっか食べてたのだ。

これが、もしも、「炭水化物と炭水化物」って組み合わせに惹かれてたんだとしたら、ナポリタンパンだって一緒だから、焼きそばパンだけが異様に多かったのは、ただ単に、味が好みだったのと、真ん中の紅ショウガのアクセントがお気に入りだったからだと思う。あとは、他のパンよりも満腹感があったからかな? ま、とにかく、どんな理由にしても、お好み焼きや、たこ焼きや、焼きそばをオカズにして、ご飯を食べることはアリエナイザーだと思ってるあたしが、「焼きそばをオカズにしたパン」を好んで食べてたってワケだ。

じゃあ、「ご飯じゃなくてパンならいいのか?」ってことになるけど、お好み焼きをはさんだパンとか、たこ焼きをはさんだパンなんて、想像しただけでも「ごちそうさま」だ。とてもじゃないけど食べられない。そして、今度は逆に、ご飯の上に焼きそばを乗せたとしたら?って想像しても、これまた「ごちそうさま」だ。あたしは、焼きそばを細かく切ってご飯と炒める「そば飯」ってのも、作ってるとこを見てるだけで気持ち悪くなって来て、なんか、残飯を見てるみたいで、とてもじゃないけど食べたいとは思わない。だから、ご飯の上に焼きそばを乗せるのも、似たようなもんなのだ。

つまり、あたしの場合は、すべての組み合わせの中で、「焼きそば」と「パン」の組み合わせだけが特別なのだ。だから、何もパンの間に焼きそばをはさまなくても、焼きそばとパンとが別々にあれば、焼きそばを食べて、パンを食べて、焼きそばを食べて、パンを食べて‥‥ってふうに食べられると思う。今、チョーリアルに想像してみたけど、あたしの脳内スクリーンに映し出されたあたしは、ぜんぜん問題なく、美味しそうに食べてた。それに、焼きそばはシッカリと1人前あったのに、「ラーメンやきつねそばと違ってお汁がない」ってことと、パンのほうもシッカリと1つあったのに、「ご飯よりはお腹に溜まらない」って理由で、両方とも完食することができた。

‥‥そんなワケで、あたしは、ついにゴールに到達することができた。これこそが、あたしにとっての「ラーメンライス」だったのだ。ただし、ラーメンとライスで「ラーメンライス」ってふうにネーミングしちゃうと、焼きそばとパンで「焼きそばパン」てことになっちゃって、普通の焼きそばパンと区別がつかなくなっちゃう。だから、ここはひとつ、焼きそばとパンとは別々だってことを明確にするために、あたしは、このメニューに、「焼きそばとパン」っていう名前をつけることにした。「なんだ、マンマじゃん!」なんて思われるかもしれないけど、これをチョー早口で言ってみると、ナニゲに「焼きそばパン」みたいなのにビミョ~に「と」が入ってて、なかなか面白いのだ。だから、これからは、ラーメンライスとおんなじくらいまで世の中に認知されるまで、誰かに「好きな食べ物」を聞かれるたびに、チョー早口で、「焼きそばとパン」「焼きそばとパン」「焼きそばとパン」‥‥って言い続けて行こうと、ラーメンライスを世に広めた炭水化物の神様、松本零士方面に誓ってみた今日この頃なのだ(笑)


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2008.02.10

ナンミョー洗脳教育の恐怖

2月17日に投開票される「京都市長選」は、門川大作、岡田登史彦、村山祥栄、中村和雄の無所属新人4名による戦いになってるワケだけど、門川大作が自民、公明、民主・社民両党府連推薦を受けていて、中村和雄が共産の推薦を受けている。つまり、現実的には、門川大作と中村和雄による、「反共産 VS 共産」って図式になっちゃってる。

で、多勢に無勢な共産党としては、何としてでも門川大作を倒したいワケだけど、2月8日の「しんぶん赤旗」に、「京都市長選 前教育長の門川氏 『創価学会の教育論を市の教員研修に採用』 公明幹部明かす」っていう爆弾記事が掲載された。この門川大作って人は、前京都市教育長、教育再生会議委員、中央教育審議会委員、市教育次長っていう肩書きを見れば分かるように、教育畑を歩いて来た人なんだけど、記事の内容を簡単に説明すると、門川大作は今までに何度も何度もナンミョーの教育部の会議に出席してて、ナンミョー側からの意見を京都市の教員研修に採用してたって言うのだ。

ナンミョーの教育部ってのは、ナンミョー洗脳信者の小中高校教員を統括する部門で、「しんぶん赤旗」の記事によると、「創価学会の教育理念を教育現場に普及するのが主な任務」だそうだ。そして、門川大作は、京都市教育長って立場でありながら、カルト教団の会議に何度も出席した上に、そこで出た意見を実際に教育の現場に反映させてたってんだから、あまりにもオゾマシイ、身の毛もよだつような久本雅美ワールドが展開されてたんだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、イマイチよく分かんないんだけど、選挙期間中に特定候補者のことをアレコレ書くと、その内容によっては公選法に抵触しちゃうこともあるみたいだし、あたしは、どの辺までなら書いていいのか分かんない。だから、ホントなら、ナンミョー候補なんかボロクソに書きたいのはマウンテン・マウンテンなんだけど、こんなことでどっかからクレームが来て、いちいち対応するのもメンドクサイから、あたしの意見は何も書かないことにした。すべては、「しんぶん赤旗」の記事を引用させていただくだけにしたので、あとは、各自が判断して欲しい。

で、その「しんぶん赤旗」よると、2月6日に行なわれた門川大作陣営の政談演説会において、ナンミョー党の京都府副代表、竹内譲は、「(門川さんの)一番いいところは、(大作という)名前です」って池田大作と同名であることを強調した上で、「(門川氏が創価学会内部の教員の研修を)京都市の教師の研修に用いよということで採用された」って発言したそうだ。つまり、ナンミョー教員を育てるための研修方法を一般の教員の研修に導入したってことだ。

そして、このあとに壇上に立った門川大作本人も、この発言を否定するどころか、「(池田名誉会長の)完ぺきな言葉に私たちが進むべき道、しっかりと指し示していただいている」などとノタマッたそうだ。そして、「しんぶん赤旗」は、この政談演説会における竹内譲と門川大作の発言の一部も紹介してる。


竹内譲の発言

「(門川氏は)創価学会の池田名誉会長、池田先生のですね、書かれた教育提言を…大変よく勉強されています。…創価学会が教育部というのがありまして…教育実践大会に門川さんもいつもこられてますし、じっと聞いてはるわけであります。そしてこれはすばらしいと、こういう体験に基づいた教育実践、方法、人の意見、体験を聞いて自らの、あるいは京都市のですね、この教師の研修に用いよ、ということで採用されたわけであります」


門川大作の発言

「人間教育実践、研究大会、発表大会、毎回、国際文化会館に寄せていただき(拍手)、関西大会は奈良でも滋賀県でも大阪でもありました。皆勤賞と言われたくらい(笑い、拍手)みなさんようきてくれはるなあとお礼いうてくれはる。とんでもない、私の、そこにほんまもんの教師がある。正義感に満ちた教師がおられる。そして素晴らしい実践されている。本当に胸が熱くなる。もう目頭が潤むようなことがいっぱいありました。私はあちこちで教員研修や全国を回っていろんな話をする時にその話を誇らしげに語らしていただき…同時に公明党創立者、池田大作名誉会長のお言葉、子どもにとって最大の教育環境は教師自身である。この言葉の深みを感じました。またいま子供の学び、育ちをめぐって様々な課題があります。本当に社会一丸となって取り組んでいかねばならん。その時にまた名誉会長の社会のための教育ではなしに教育のための社会でなければならない、この完璧な言葉に私たちが進むべき道、しっかりと指し示していただいているなとそんなことを痛感いたしました…私は『潮』を愛読させていただいています。公明新聞、聖教新聞、長らく読ませていただいております(拍手)。昭和三十九年に日大講堂で公明党の結党大会があった。その時に二本の垂れ幕が下がった。…ますます公明党の存在が輝いている」


‥‥そんなワケで、この発言を読めば分かるように、もはや手のほどこしようもないほどのオッパッピーなワケだけど、正義の味方のオムライス党を支持するあたしとしては、オムライス党がこんなカルト教団の洗脳信者を推薦してるなんて最悪なことだから、すぐに、オムライス党の党首、福島みずほたん(ダイモンはあらいぐま)にメールした。以下、そのやりとりだ。


件名: こんばんは♪/きっこ(ダイモンはチョウチョ)
日時: 2008年02月08日 22:22:48

みずほさま、こんばんは♪
きっこです。
毎日の活動、ご苦労様です。そして、辺野古の問題にも信念をもって取り組んでくださり、本当に心強く思っております。
ところで、もうお耳に入っているかと思いますが、京都市長選に、自公、民主・社民両党府連推薦で立候補している門川大作氏が、創価学会の会合に何度も出席していて、創価学会からの要望を市の教員研修に採用していたということが、今日の赤旗に書かれています。これが本当であれば、このような候補者を社民党が推薦することは、すぐに辞めるべきだと思います。どうぞ、的確なご判断をお願いいたします。
みずほさま、まだまだ寒い日が続きますが、いつもの笑顔で元気にがんばってくださいね!いつも応援しております♪
きっこ


件名: ありがとうございます
日時: 2008年02月09日 15:01:07

社民党全国連合は門川氏を推薦をしません。
京都府連合に党全国連合に来てもらい、そのことを伝え、京都府連合に、府連合の推薦を取り消すよう求めました。
京都府連合は、既に決定したので、取り消しはできないとの返事でした。
社民党全国連合としては、推薦を認めないというです。
福島みずほ


件名: Re: どうもありがとうございました!/きっこ
日時: 2008年02月09日 15:16:11

みずほさま、どうもありがとうございました!
門川氏の件について日記に書きたいのですが、みずほさまからいただいた回答を掲載してもよろしいでしょうか?
私としては、社民党が創価学会の息のかかった候補者を推薦しているというマイナスイメージを払拭したいので、「推薦しているのはあくまでも京都府連であり、みずほ党首は推薦を取り消すように求めた」「社民党全国連合としては推薦を認めない」といことを明確にしておきたいのです。
どうぞよろしくお願いいたします。
きっこ


件名: Re>Re: Re>Re: どうもありがとう
日時: 2008年02月09日 15:44:39

ありがとうございます。
きっこさんの日記はいつも見ていますよ。
ありがとう!書いてくださいませ。
福島みずほ


‥‥で、ホントは、この間にもう1通あるんだけど、そこには、日記には掲載できないディープな内容が書かれてるため、公開できるのはこれだけだ。それでも、オムライス党の党首であるみずほたんが、ハッキリと、「京都府連合に党全国連合に来てもらい、そのことを伝え、京都府連合に、府連合の推薦を取り消すよう求めました」ということ、そして、それなのに、京都府連合が「既に決定したので、取り消しはできない」とノタマッたってことが分かると思う。なんだか、京都府連合って、国際ハンドボール連盟の決定を無視して自分勝手なことばっかしてるアジア連盟みたいな組織なんだね。きっと、コイツラの頭上には、「中東の笛」ならぬ「ナンミョーのお題目」が鳴り響いてんだろう(笑)

それにしても、党首がジキジキに推薦を取り消すように求めたのに、「既に決定したので、取り消しはできない」だなんて、あまりにも大バカだ。いくら「既に決定した」ことであっても、あとからその候補者が、ナンミョーの息のかかったトンデモ候補だったってことが分かったんだから、取り消すのは当然だ。言うなれば、「買う」という契約書を交わした商品に、とんでもない欠陥があったことが判明して、その契約を取り消すこととおんなじだ。この京都府連合の言いぶんは、「一度『買う』と言ったんだから、どんな欠陥商品でも買わなくちゃならない」ってことじゃん。こんなの、普通に考えても大バカだし、それ以前に、「京都府連合はナンミョーと裏の関係があるんじゃないか?」って疑惑まで持たれちゃうアサハカな行為だ。

‥‥そんなワケで、とにかく、今回の「門川大作に対する社民党の推薦」てのは、党首であるみずほたんも全国連合も「認めてない」ってことで、ハンドボールのアジア連盟みたいなトンチンカンな京都府連が、上部組織の指示を無視して勝手にやってることなので、そこんとこだけは明確にしておきたい。そして、今回の京都市長選は、このまま行くと、多くの政党に推薦されてる上に、ナンミョーどもが全面的にバックアップしてる門川大作が優位だと思うけど、もしも門川大作が市長になったら、今まで以上に、京都市の教育はナンミョーの3色に染められて行くことになるだろう。公立の小学校、中学校、高校は、ナンミョー教員だらけになり、ナンミョーに入信してる生徒だけがヒイキされる。そして、一般の生徒たちは、知らず知らずのうちに、薄気味悪いナンミョー教育を受けさせられ、洗脳されて行くのだ。だから、京都市にお住まいのマトモな人たちは、自分の子供をカルト教団に洗脳されたくなかったら、よく考えて投票して、それでもダメだったら、すぐに他の市に引越したほうがいいと思う今日この頃なのだ。


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「京都市長選 前教育長の門川氏 『創価学会の教育論を市の教員研修に採用』 公明幹部明かす」(しんぶん赤旗)
http://www.kyoto-np.co.jp/2008senkyo/mayor_kyoto/

「福島みずほのどきどき日記」
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/

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2008.02.08

仰臥漫録

あたしのリスペクトしてる正岡子規は、慶応3年(1867年)10月14日に生まれて、明治35年(1902年)9月19日に亡くなった。だから、36才のお誕生日を迎える1ヶ月ほど前に、35才で亡くなったことになる。つまり、あたしは、もう子規より1年も長く生きてることになるんだけど、子規の足元にも及ばない。もちろん、それは当然のことだけど、晩年は脊髄カリエスっていう重病で、自力で寝返りを打つこともできなかったのに、それでも日記を書き続けた子規にちょっとでも近づきたいから、あたしは、どんなに疲れてる日でも、できる限り日記を書き続けてる。

子規の日記は、「病牀六尺(びょうしょうろくしゃく)」と「仰臥漫録(ぎょうがまんろく)」とがあるけど、この2冊は、「俳諧大要(はいかいたいよう)」とともにあたしのバイブルで、3冊とも岩波文庫だから、遠出する時はどれか1冊をバッグに入れて行く。病床から動けなくても、あらゆるものに興味を示した子規は、俳句仲間や弟子たちが持って来たお土産の果物や庭の草花などを丁寧に写生して、日記に描き添えてる。だから、そうした絵を見ると、「この人はホントに病人なのか?」って思えるほどだ。

重病の自分のことを客観的に見て、ワリと淡々と書かれてる「病牀六尺」は、各方面から高い評価を受けてるけど、あたしは、子規の少年のようなキラキラした心や人間らしさがいっぱいの「仰臥漫録」のほうが好きだ。あたしは、どっちも数え切れないほど読んでるけど、「仰臥漫録」のほうは、読んだ回数だけ泣いて来た。そして、これからも、読むたびに決まったページで泣くと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この「仰臥漫録」の「仰臥」ってのは、「仰向けに寝る」ってことで、反対に「うつぶせに寝る」ことは「伏臥(ふくが)」って言う。子規の場合は、仰向けに寝たまま、ほとんど動くことができなかったので、そのままの状態で、半紙を綴じて作ったノートに、病気による苦痛と闘いながら、文章や俳句、絵などを記して行ったのだ。そして、この「仰臥漫録」には、明治34年9月から、死の直前の35年9月までの1年間が、書き綴ってある。


明治三十四年九月二日 雨 蒸暑し

庭前の景は棚に取付てぶら下がりたるもの夕顔ニ、三本、瓢(ふくべ)ニ、三本、糸瓜(へちま)四、五本、夕顔とも瓢ともつかぬ巾着(きんちゃく)形の者四つ五つ


「仰臥漫録」の1日目は、この文章に、夕顔や糸瓜などの絵が添えられてスタートする。ちなみに、この日記を書き始めた時点で、子規の肺は左右ともにほとんど空洞になってて、お医者さまからは「生存していること自体が奇跡」って言われてた。それも、すぐに治療が受けられる病院に入院してるんじゃなくて、自宅のお布団に寝てたワケで、母と妹が身の回りの世話をしてたのだ。普通なら、苦痛にのたうちまわったり、自分の余命に絶望したりして、とても絵や文章を書き続けるような人はいないと思うんだけど、読み進んで行くと、だんだんと子規っていう人のことが分かって来る。そして、誰もが驚くのが、とても病人とは思えない子規の食欲だ。試しに、ある日の食事を例にあげてみる。


朝 粥(かゆ)三椀 佃煮 茄子と瓜のお新香 ココア入り牛乳五勺 塩せんべい三枚

昼 かつおのさしみ 粥三椀 みそ汁 西瓜二切 梨一つ

間食 菓子パン十個 塩せんべい三枚 茶一杯

夕 栗飯三椀 焼き魚(さわら) 芋煮


ちなみに、この日だけが特別なんじゃなくて、ほとんど毎日、このくらいの量の食事をしてるのだ。特に驚くのは、おやつの「菓子パン10個」だ。たぶん、ひと口サイズの小さなものだと思うけど、それにしても、お昼ごはんをタップリ食べて数時間で、よくこれだけのものが食べられると関心しちゃう。あたしには、子規のこの異常とも思える食欲が、生きることへの執念のように思えてならないのだ。

‥‥そんなワケで、この「仰臥漫録」には、その日の食事の他に、自分の病状や連日尋ねて来る来客のこと、そして俳句など様々なことが書かれてる。体の激痛、頭痛、発熱、吐き気、動くことのできない子規を次々に襲う病魔‥‥。それでも子規の作る俳句は、病気の句の合間に、作者の苦しみなど感じさせない秀逸な写生句が並んで行く。


 秋の灯の糸瓜の尻に映りけり  子規


もしも、あたしが死の淵にいたら、こんな句が詠めるかと、いつも考えてしまう。そして、スタートしてから2週間目の9月14日の日記には、あまりの苦しさに「絶叫号泣」と記されてる。それでも、少しでも痛みが去れば、また筆を取り、仰向けのままで日記を書き、絵を描き、俳句を作り続ける子規。この「子規」って俳号は、自分が吐血したことから、「血を吐いても歌い続けるホトトギス」にならって、「ホトトギス」を漢字で書いた「子規」を俳号にしたものだけど、この生き様が、「子規」そのものだと思う。

比較的病状が安定している日には、書生時代の旅行の思い出や、病床で思うことなどを随筆的に書き綴り、来客の持参したお見舞いの品々を見て俳句を詠んで行く。だけど、腹部の包帯を替えるごとに、わき腹に開いた患部の穴は大きくなって行き、子規を絶望の底へと突き落とす。

そして、大雨の降る10月13日、あまりの苦しさに耐えられず、頭がおかしくなって来た子規は、「さあたまらんたまらん」「どーしやうどーしやう」と連呼し、母に弟子を呼びに行かせる。その間、ひとりになった子規は、手元の硯箱(すずりばこ)にある小刀と千枚通しに目をやり、いっそこれを使って死んでしまえば、この苦しさから開放される、と言う思いと格闘するのだ。

しかし、子規の本当にすごいところは、このあとなのだ。激痛が治まり、平静な精神状態に戻った子規は、この時の様子を冷静に日記に書き、さらには、自分の命を終らせようとした小刀と千枚通しをスケッチしているのだ。あたしは、これほどの究極の客観写生を他に知らない。そして、この時の子規の気持ちを思うと、どんなにつらかったのかと思うと、涙が止まらなくなる。

この日記は、10月の子規の誕生日をもって、病状の悪化により一時中断する。そして、翌年の3月から再開するんだけど、激痛を和らげるために麻痺剤を服用し始めたものの、ほとんど効き目がなくて、毎日、苦しさに泣いている。7月を過ぎると、いよいよ誰の目にも最期だと言うことが分かるようになり、弟子の高濱虚子、河東碧梧桐(へきごとう)、寒川鼠骨(そこつ)などが、当番制で毎日訪れるようになる。7月以降は、衰弱により日記を綴ることもできなくなるけど、それでも、意識のもうろうとする中で、必死に筆を取り、死の間際の9月初旬まで、植物を写生してる。そして、9月19日、絶命する。子規の生きざまは、まさに、命を懸けた客観写生そのものなのだ。

‥‥そんなワケで、あたしがリスペクトしてるのが正岡子規なら、ハイヒール・リンゴさんがリスペクトしてるのが司馬遼太郎で、司馬遼太郎の代表作のひとつ、「坂の上の雲」は、正岡子規と、軍人の秋山好古(よしふる)、秋山真之(さねゆき)の兄弟を中心に描かれた歴史大作だ。そして、あたしの大好きな土方歳絵ちゃんの出て来る「機動新撰組 萌えよ剣」のネタ元はと言えば、これまた、司馬遼太郎の代表作のひとつ、土方歳三を描いた「燃えよ剣」だ‥‥ってワケで、あたしも、ナニゲに司馬遼太郎はたくさん読んでるんだけど、長い小説を読むのが苦手な人にも、この「坂の上の雲」だけは、ホントに素晴らしい小説だから、ぜひ読んで欲しい。でも、どうしても読むのがメンドクサイって思う人は、来年の2009年から、3年間をかけて、NHKでスペシャルドラマ「坂の上の雲」を放送するから、それを観て欲しいと思う今日この頃なのだ。


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スペシャルドラマ「坂の上の雲」
http://www.nhk.or.jp/matsuyama/sakanoue/#


  

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「きっこの日記 R/好き?好き?嫌い?編」

Kn1あたしの新刊「きっこの日記 R/好き?好き?嫌い?編」のご案内です♪


今回の「きっこの日記 R」は、今までに触れたことのない、あたしの男性遍歴やセックス観などをはじめとして、WEB日記には絶対に書かない長編の書下ろしを8本と、チョー長編の後書きも収録しました。
これを書くだけでも、毎日コツコツと少しずつ書き続けて、半年ほどかかりました。

また、WEB日記から収録した人気のエントリーも、ほとんどを編集し直しました。
中には、ほぼ全文を書き直したものもありますので、WEB日記との違いを楽しむこともできるようにしました。
オマケに、すべてのエントリーに、あたしのヘタクソなイラストがついてます(笑)

そして、すでにお知らせしてあるように、大好きな児島玲子ちゃん、江川紹子さんとのスペシャル対談も収録してあります。
これで、WEB日記では分からない、あたしの新たな側面を知っていただけたらと思います。

それから、今回は、ナナナナナント!「カラーグラビア」もついています!
グラビアの内容は、見てのお楽しみですが、少しでも皆さんに楽しんでいただけるように、いろいろと工夫してみました。

こんな感じの「玉手箱」のような1冊になりましたので、1人でも多くの人に楽しんでいただけたらと思っています♪


そして、購入してくださった皆さまへの感謝の気持ちとして、感想を送ってくださった人たちへ、抽選で「スペシャルプレゼント」を用意させていただくことにしました。
プレゼントの詳細に関しては、本の奥付に書いてあります。

全国のほとんどの書店に並んでいますが、品切れの書店も多いそうなので、確実に手に入れたい方は、下記のネット書店の購入フォームからどうぞ♪


「きっこの日記 R」購入フォーム


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http://item.rakuten.co.jp/book/5197205/


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2008.02.07

房総モード、突入!

もうじき、母さんが退院できるので、あたしは、ワクワクしていろんなことを考えてた。その中のひとつが、「1泊で近場の温泉に連れて行ってあげよう」ってことだった。もちろん、退院してすぐはムリだけど、暖かくなるころには大丈夫だと思うから、千葉の房総半島のほうにでも行って、海の見える広い温泉にゆったりと浸かってもらって、のんびりしてもらおうって思ってた。それで、あたしの好きな、テレビ東京の「いい旅 夢気分」が、先週と今週と房総半島の特集だったから、シッカリと録画して、チェキしとこうと思った。

先週は、「早春の南房総/満開の花と海の幸」ってタイトルで、旅をするのは、前田美波里さんと、宝塚の月組の男役トップスターだった紫吹淳さんだったから、そっちの意味でも楽しみにしてた。あたしは、男役だった人が、宝塚を引退してからフェミニンなスタイルになるのが激しくツボで、何でもない普通のスカートを履いてるだけでもドキドキしちゃうから、宿の浴衣を着たり温泉に入ったりされたら、もう満腹なのだ。

で、番組を観てみたら、あたしのツボがメジロ押しで、特に、2人で宿のゴチソウを食べてる時の紫吹淳さんの話が、あたし的にはサイコーだった。宝塚時代に、男役でステージのイスに腰掛けたら、ズボンのファスナーが全開だったって話とか、引退して女性のカッコをしてる時でも、イスに腰掛けると、つい、マタをひらいて座っちゃう‥‥って話とか、思いっきりあたしのツボで、現在発売中の「テレビブロス」の特集をホーフツとさせた。

だけど、このまま行くと「暴走モード」に突入しちゃいそうだから、サクッと「房総モード」に戻すけど、カンジンの旅行のほうも、とっても良かった。南房総と言えば、「お花」「いちご狩り」「シーパラ」だけど、ちゃんとお花を見に行って、いちご狩りもして、鴨川シーワールドにも行って、あたしが母さんを連れてってあげたいと思ってるとこをマンベンなく網羅してくれてた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、自分のことなら、単に妄想して楽しむだけの場合が多いから、一度は行ってみたい「湯布院」とかの非現実的な温泉を脳内で楽しむんだけど、今回は、ホントに母さんを連れてこうと思ってるワケだから、現実的に行ける距離の「房総」ってワケだ。だから、番組を観る上でも、ボヤ~ッと夢見心地で眺めてるんじゃなくて、お花の咲き具合とか、いちご狩りの料金はいくらで何分まで食べ放題なのかとか、宿の値段やお料理の内容とか、温泉のタイプや湯船の広さや展望とか、細かい部分をチェキしつつ観てた。

そして、今日は、房総特集の後編、「ひとあし早い春/花咲く房総ドライブ」ってことで、始まるまでに帰って来られたから、録画しないで観ることができた。前回は電車だったけど、今回は車なので、車で行くつもりのあたしにとっては、これまたチェキしとく意味があると思ってた。ただ、ひとつだけ不安だったのは、旅行するメンバーが、田中律子、加勢大周、有坂来瞳って書いてあったことだ。まあ、田中律子は分別ある大人だと思うし、加勢大周もそれなりに大人だろうと思ってたから、心配なのは有坂来瞳だけだったんだけど、こんな軽いタレントを寄せ集めて、せっかくの旅番組がブチ壊しになんないか、あたしは心配してた。

だけど、そんなあたしの不安は、ちびまる子ちゃんの丸尾くんじゃないけど、ズバリと的中することになっちゃった。番組は、最初、東京湾アクアラインの海上パーキングエリア、「海ほたる」からスタートしたんだけど、この日は寒かったらしくて、ガクガクと震えながら「寒い!」「寒い!」を連発する3人組。そして、車は出発するんだけど、加勢大周が運転、有坂来瞳が助手席、田中律子が後ろっていう配置が、ナニゲに「田中律子だけオジャマ虫」って感じのビミョ~な空気感を醸し出しつつ、館山へと到着した。

で、先週とおんなじに、またまたお花を見に行ったんだけど、ポピーの咲き誇るお花畑に到着するやいなや、有坂来瞳が「キャ~!かわいい~!」と黄色い声を上げ、田中律子までもが一緒になって「キャ~!キャ~!」と大騒ぎ。それで、あたしは、「あ~あ‥‥やっぱ、このノリなのか‥‥」ってガックリしたんだけど、唯一の「大人」であろう加勢大周の「分別」に、イチルの望みを抱きつつ、そのまま観てた。そしたら、それから一行は立ち寄り湯に寄ったんだけど、温かい室内から寒い展望風呂へと飛び出した加勢大周は、最低限のマナーである「体を流してから湯舟に浸かる」ってことも知らないらしくて、そのままドボンとお湯に浸かっちゃった。


「ダメだ、こりゃ!」


どこからか、いかりや長介の声が聞こえて来たような気がしたあたしは、「ま、タレントなんだから、常識が欠落しててもジンジャエールだよな」って、何とか好意的に見ようと努力はしたんだけど、普通なら、スタッフが注意して、体を流してからお湯に入る絵を撮り直すだろうから、やっぱ、「ダメだ、こりゃ!」ってことになった。

そして、先週とおんなじで、またまた「いちご狩り」に行ったんだけど、先週の前田美波里さんと紫吹淳さんが、番組を観てる人たちも雰囲気を楽しめるように、落ち着いて上品にレポしたのに対して、今回は、こんな小学生みたいなドタバタ3人組だったから、いちごのハウスに入る前から、「キャ~!キャ~!キャ~!キャ~!」と大騒ぎ。ハウスのおじさんが、半ば呆れ顔に見えたのも、あたしの先入観だけじゃないハズだ。

‥‥そんなワケで、味もソッケもない「小学生の遠足」だけど、子供には不相応な立派な宿に泊まり、素晴らしいお料理が運ばれて来て、いよいよ晩ご飯になった。そして、普通なら、一品一品をシッカリと紹介して、その美味しさを視聴者に伝えるのが出演者の役回りなのに、新鮮で透き通った白身のお刺身をお箸を持ち上げた有坂来瞳は、こともあろうに、こうノタマッたのだ。


「キャ~!見て見て!スケルトン!スケルトン!」


おいおいおいおいおーーーーい! お前のボキャブラリーって女子校生どまりか? さらには、軽くあぶって食べる牛肉をお箸で持って、こうノタマッたのだ。


「わ~!激レアよ~!激レア~!」


もしもーーーーし? もしもーーーーし? 大丈夫ですかーーーー?‥‥ってなワケで、1泊が1万6000円もする高級な宿の、その中でも最高級のお部屋で、素晴らしいお料理をレポしてるってのに、三十路まぎわの女性タレントが女子高生みたいにハシャギまくり、せっかくの雰囲気も何もかもが、すべてダイナシティ‥‥。サスガ、TOKYO FMの番組で、ゲストの「GLAY」のメンバーに、「ラルクさん‥‥」って言っちゃって、番組を降ろされただけのことはあるよね。恐るべし!有坂来瞳!(笑)

そして、ここからも、行く先々で「キャ~!キャ~!キャ~!キャ~!」とハシャギまわり、トドメは、最後に立ち寄った「ディズニー・シー」だった。三十路まぎわの有坂来瞳だけじゃなく、30代後半の田中律子や加勢大周までもが、一緒になって大ハシャギ。あたしは、なんか、見ちゃいけないもんをみてるような気持ちになって来て、静かにチャンネルを替えたのであった‥‥。

‥‥そんなワケで、あたしの大好きな番組、「いい旅 夢気分」なんだけど、好きな番組だからこそ厳しい意見を言わせてもらうと、行く先々で「キャ~!キャ~!」と騒ぐようなタレントなんか使わないで欲しい。「出演者が楽しむことによって、その楽しさを視聴者に伝える」ってのも1つの方法だけど、こと「旅番組」に関しては、ゆったりと落ち着いた風情を味わいたくて観てる人がほとんどなんだから、場違いもハナハダしい。それも、実際に若い女の子たちが「キャ~!キャ~!」と騒ぐんなら、まだ「子供だから仕方ない」で済むけど、いい年こいた大人が、お花を見て「キャ~!キャ~!」、いちご狩りして「キャ~!キャ~!」、ミッキーマウスに会って「キャ~!キャ~!」って、見てるほうが恥かしくなって来る。だから、来週の「いい旅 夢気分」は、楽しみにしてた3時間スペシャルだけど、分別のある大人たちが出演してくれることを願ってやまない今日この頃なのだ。


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署名について。

「犬の餓死」という「芸術」をやめさせるための署名をお願いしましたが、「この署名をしたあとに英文のメールが送られて来て、意味が分からなくて困っている」というメールを何人かの人からいただいたので、こちらでご説明します。

署名後に送られて来る英文のメールは、「署名をしたかどうかの確認のため」のものです。
ようするに、署名フォームに記入したメールアドレスが正しいものかどうかを判断するもので、その確認のメールが届けば、記入したメールアドレスが正しかったという確認になり、その時点で、署名が正式にカウントされるということです。
ですから、デタラメなメールアドレスを記入して署名した場合には、先方からの確認メールが戻ってしまい、署名はカウントされない、ということになります。

また、確認メールの下部に「1ドルがナンタラカンタラ」と書いてあるのは、「自分たちの活動に1ドル以上の寄付をしていただけるとありがたいです」という「お願い」であって、今回の署名とは関係ありません。
こうした海外の署名をした場合に、必ず添付されて来る文面なので、無視してください。

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2008.02.06

署名のお願いです!

以前、家庭用のジューサーミキサーの中に、水を入れて、その中に何匹もの金魚を入れて泳がして、そのままスイッチを入れて、水が真っ赤に染まって行く様子を写真に撮るという、あたしには理解できないニポン人の「芸術家」がいましたが、今、南米のコスタリカでは、「犬の餓死」という芸術が行なわれています。

展示会場の一角に、何日もエサを与えていない餓死寸前の犬をつなぎ、その犬が餓死して行く様子を人々に見せるというもので、これが「芸術」なのだそうです。
以下のサイトで、その非人道的な「芸術」を紹介していますが、この写真のワンちゃんは、この写真を撮影した翌日に餓死したそうです。

http://petloverstips.com/ForTheLoveoftheDog/news-updates/a-dead-dog-as-art-petition


このサイトでも言及していますが、これが「芸術」なのでしょうか?
この行為を行なっている人たちは、「芸術家」なのでしょうか?

あたしには、キチガイにしか見えません。
そして、このキチガイどもは、今後も、この「犬の餓死」という「芸術」を続けて行くそうで、次の会場もすでに決まっているそうです。

この信じがたい行為をやめさせるために、今、世界中で署名活動が行なわれています。
署名に協力してくださる人は、以下の署名サイトからお願いします。
たくさんの声を集めないと、何の罪もない犬たちが、これからも「見せ物」として殺され続けて行くのです。

「署名サイト」
http://new.petitiononline.com/13031953/petition.html

「署名の方法」

1.ページの一番下の「Click Here to Sign Petition」をクリック。

2.署名フォームの4項目にローマ字で署名する。

Name: (名前)
Email Address: (メールアドレス)
Ciudad / Localidad: (都市)
País: (国)

あたしの場合なら、
Kimiko xxxxx
kikko72@fact-mail.com
Tokyo
Japan
という感じです。

3.署名フォームの下の「Private」というところにチェックマークがついているのを確認したら、ページの一番下の「Preview your signature」をクリック。

4.次のページで自分の名前などに間違いがないか確認したら、下の「Approve Signature」をクリック。

以上です。


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自分で作ったギョーザなら安全?

中国の殺人ギョーザ事件は、波紋が広がりすぎちゃって、もはや、ツェペリやリサリサ先生の修行を受けても対抗できないほどになっちゃったけど、岩の上のカエルにパンチを打ち出して、カエルを殺さずに岩だけを破壊するほどの波紋を体得してれば、何とかなるかもしんない。でも、あたしの場合は、あたしも、あたしのスタンドも、小さいきっこたちも、みんな「プチ・ベジタリアン」だから、殺人ギョーザなんか恐れるに足りない‥‥っていうか、基本、外食しないから、変なもん入れられた気持ち悪い食べ物は口にしないから安心してる。

 

今回の殺人ギョーザ事件は、食べたら死ぬ恐れがあるから大騒ぎしてるけど、あたし的には、「死ぬ」とか「死なない」とかの「究極の選択」になんないと大騒ぎしない世の中が不思議でたまんない。あたしにとっては、殺虫剤や農薬が入れられてるギョーザも、ツバや鼻クソが入れられてるギョーザも、ドブネズミの肉や生ゴミが入れられてるギョーザも、どれも絶対に食べたくないからだ。

 

で、覚えてる人もいると思うけど、今から4年前の2004年6月、韓国の加工食品会社で、ギョーザの具に「生ゴミ」を混ぜてたっていう事件があった。大腸菌がウヨウヨしてる廃井戸の水に、本来は廃棄するハズの腐った野菜クズなどを浸して、それをギョーザの具に混ぜてたのだ。そして、この具は、韓国内の25社の食品加工会社がギョーザへと加工してたんだけど、この問題が発覚した時、韓国中の大ブーイングに対して、この会社の社長は、次のように平然とノタマッた。

 

 

「生ゴミを使った具材は日本やアメリカなどへの輸出用なので国内には流通していません」

 

 

ちなみに、韓国からニポンに輸入されてる冷凍ギョーザは、1年間に約900トンで、約400万食ぶんにあたる。そして、これらは、今回の中国ギョーザと同じく、一見、国産品と見分けがつかないようなニポン語のパッケージに入れられて、ニポンの企業名で、全国のスーパーで売られてるし、子供たちの給食やチェーン展開してる中華料理屋などでも使われてる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしで中華?(笑)

 

 

‥‥そんなワケで、この韓国のトンデモ社長は、自分の家族や親戚には、「うちのメーカーの食品は絶対に食べるな」って言ってたのだ。つまり、「何かの間違えで混入した」とかじゃなくて、ミートホープの田中社長とおんなじで、完全な犯罪行為だったってワケだ。で、このトンデモ社長は、逮捕を目前にして自殺したんだけど、あたしは、これほど酷いことをしておいて、「死ねば済むのか?」って思ったし、それ以上に、ニポンの政府の食品に関するデタラメさに愕然とした。だって、この時、ニポンの政府は、この「生ゴミギョーザ」を輸入、販売してたニポンの企業名をいっさい明らかにしなかったからだ。

 

相手側が、ハッキリと、「生ゴミを使った具材は日本やアメリカなどへの輸出用」って明言した上、それらの商品は、ニポン語のパッケージに入れられてたワケで、完全にニポンの企業が作らせてたものなんだから、キチンと公表して、謝罪や対応をさせるべきなのに、この国の政府は、国民の健康被害よりも、企業の立場や株価を守ることを優先したってワケだ。そして、こうした政府のズサンなやり方が、今回の中国の殺人ギョーザ事件を生むことにもつながったのだ。今回だって、最初に「おかしい」と感じた人が、何ヶ月も前に保健所にギョーザを持ち込んだのに、門前払いされたんだから、この時に行政サイドが適切な対応をしてれば、こんなに被害が広がる前に何とかなったハズだ。

 

ま、何か問題が起こるたびの、厚生労働省の他人事みたいな対応を見てればジンジャエールだと思うけど、韓国ですら輸入をストップした危険極まりないアメリカ産の狂牛肉を未だに平然と流通させてるキチガイ沙汰にしろ、世界中のほとんどの先進国が厳しく警告してるマグロなんかを検査もしないで流通させてる大バカ行為にしろ、ニポンの政府が国民の健康や命なんて何とも思ってないことは一目瞭然なんだから、もう、この国で生活してくためには、自分の命は自分で守るしかないってことだ。それで、あたしは、以前はタマに買ったりしてたスーパーの安いギョーザとかも、4年前からは絶対に買わないことにした。普段でも、12個入りで150円くらいで、安売りの時には100円になるから、貧乏人の味方だと思って利用してたんだけど、いくら命には関わらなくても、生ゴミなんかが入ったもんなんか食べさせられたら、シャレにもなんないからだ。

 

だけど、多くのニポン人は、あたしには理解できない感覚をしてる。たとえば、「不二家」にしても、「白い恋人」にしても、「吉兆」にしても、「赤福」にしても、営業を再開したトタンに、各店舗には長蛇の列ができたり、アッと言う間に売り切れたりって、あたしから見たら、「アホか?」って思うことがメジロ押しだ。長年、消費者を騙し続けて来た悪徳企業に対して、不買運動を起こしてこそ当たり前なのに、それどころか、被害者である消費者たちが、こぞってバックアップする始末。サスガ、コイズミに調教され続けて来た「国家のマゾ奴隷たち」は、「盗人に追い銭」がお好きみたいだ。

 

‥‥そんなワケで、あたしは、前にも書いたけど、お店の食べ物も信用してない。マクドナルドでも賞味期限の改ざんがあったり、お客に出す料理にツバを入れてるようなレストランもあるんだから、あたしは、自分の知り合いがやってるお店しか信用してない。特に、ギョーザともなれば、中に何が入ってんだか分かんないし、コイズミがゴリ押しした「規制緩和」によって、多くの中小企業は経営不振に陥り、生き残るためには原価を下げるしかなくなったんだから、何が入ってんだか信用できなくなったのは当然だ。

 

去年、ある人から、長谷川純子さんの「はずれ姫」(新潮社)っていう小説をいただいて、すごく面白かったんだけど、この本は、5つの短編からできてる。で、その冒頭の「マキの包むもの」っていう小説が、ギョーザを作るお話なのだ。プチ家出中のギャル、マキが、住み込み可のバイト募集の貼り紙を見て入ったのは、ギョーザ専門の通販のお店だった。そして、そこで働くことになるんだけど、先輩の中国人女性の指導のもと、マキはセッセとギョーザを包む。いろんなことがあるんだけど、このお話の中で、あることにムカついた中国人女性の1人は、練ってたギョーザの具の中に、ツバを吐き、それから、雑巾を絞る。そして、ナニゴトもなかったかのようにギョーザを作り続け、それをパックに詰めて、商品として出荷する。

 

もちろん、これは小説だけど、あたしは、朝から晩までおんなじ作業をイヤイヤやってる人たちの中には、こういう人もいると思ってる。そして、実際に、お客に出すステーキやハンバーグに、店長自らがツバを吐いてから出してた「ペッパーランチ」みたいなレストランだってあるんだから、誰も見てない厨房で、不満だらけで働いてるような人たちの中には、こういう人がいたって当然だろう。ちなみに、今回の中国の殺人ギョーザ事件も、解雇通達された従業員による恨みの犯行なんじゃないかって論調で報道してる番組もあるみたいだけど、その推察の真偽はともかくとして、自分の勤め先に恨みを持つ者が、その会社が困るようなことをするってのは、昔からよくあるパターンだろう。

 

この「マキの包むもの」でも、アベシンゾーのように、無責任にお店を放り出してカケオチしちゃった経営者に対して、残された中国人女性がやり場のない怒りを感じて、それで、ギョーザの具の中にツバを吐き、雑巾を絞った。そんなことをしたって、何にもならないのは分かってるんだろうけど、人間てものは、自分が嫌な思いをした時に、「こんな思いは誰にもさせたくない」ってタイプと、「誰かに嫌な思いをさせないと気がすまない」ってタイプがいる。そして、現実的には、後者のほうが遥かに多い。そして、あたしは、こういう人たちを責めるつもりもないし、だからと言って、擁護するつもりもない。ただ、あたしは、「人の作ったギョーザは信用しない」ってだけのことだ。

 

で、何日か前に、食通でオナジミの中尾彬が、何かのニュース番組に出てて、今回の中国の殺人ギョーザ事件に対して、「ギョーザなんか自分で作ればいいんです」とかってコメントしてた。だけど、コレにしたって、「スーパーとかで売られてるすべての食材が安全だ」っていう前提の上での話であって、スーパーに並んでるお肉のパックの表示や、お野菜の産地表示を信用してる人なんか、今はほとんどいないだろう。特に、ギョーザの場合は「挽肉」なんだから、他のお肉よりも偽装しやすい。去年の6月23日の日記、「マジメな人がバカを見る美しい国」では、たくさん寄せられた「食品偽装」に関する情報の一部を紹介したけど、その中の「スーパーのお肉」に関するメールを再掲する。

 

 

お名前:MN
E-mail:xxxxx@xxxxx.ne.jp
コメント:きっこ様、はじめまして。今日の日記を拝見して、私にも同様の経験があるので情報提供させていただきます。私は全国展開している大手スーパーマーケット●●●●の●●区にある店舗で二年前まで働いていました。私はそこの精肉部で四年近く働いていたのですがとても酷い状況でした。消費期限の過ぎたパックにシールを貼り替えて並べることは日常茶飯事でしたし、それでも売れ残った肉(消費期限が二回過ぎた肉)はミンチにしてパック詰めします。その時には古くなった肉だけでなく、新しい肉をスライサーにかける時に落とすクズ肉や脂肪も加えます。そうすると新鮮な色に見えるのです。ミートホープさん程は酷くありませんが、本来なら廃棄する物をお客様に売っているのですから似たようなものです。それでも売れ残ったミンチ(消費期限が三回過ぎた肉)は惣菜部に回して弁当の材料に使われます。輸入牛肉の中でサシ(脂肪の入り方)の良い物は国産和牛として販売していました。輸入ブロイラーを国産の地鶏として販売した事もありました。産地偽装は肉を見て主任が指示を出していました。はじめはこんな事をやっているのは自分の店だけなのかと思っていましたが、研修の時に他店舗の精肉部の人と話したら、そちらではもっと酷い状況だと聞かされました。このような不正は部署が勝手にやっているのではなくて、上からの指示によってやらされている事です。大手の●●●●でもこのような状況なのですから、他のスーパーや小売店も似たようなものだと思い、それから私は肉が食べられなくなりました。特にミンチを使った物は何が入っているのか解らないので全く口にできなくなりました。(後略)

 

 

‥‥そんなワケで、いくら自分でギョーザを作ったって、その材料がこんなのだったら、死ぬようなことはないにしろ、気持ち悪くてたまんない。そして、キチンと管理してマットウな商売をしてるお肉屋さんだって、挽肉の中には「ヘタリ牛」の肉が混じってる。ニポンでは、アメリカのヘタリ牛は輸入が規制されてるけど、ニポンで生まれたヘタリ牛に関しては、簡単な検査だけして、そのほとんどが挽肉用として出荷されてるのだ。いくら狂牛病に感染する恐れだけはないからって、自力で歩くこともできない牛の肉を消費者に何も告げずに「国産牛」として全国に流通させてるなんて、この国の行政は、とてもマトモな神経とは思えない。

 

お野菜にしたって、中国産の長ネギに宮崎県産のテープを貼って出荷してた業者だの、中国産のサトイモを輸入して、それにわざわざ千葉県の土をつけて「千葉産」として出荷してた業者だの、数え上げたらキリがない。これも、前に書いたけど、一般の新聞では報じられないだけで、毎日のように摘発されてる。それは、こうした産地偽装に対して、発覚しても口頭での注意だけで、何の罰則もないから、どこの業者もやりたい放題だからなのだ。

 

たとえば、高知県に本社があって、「四万十産」として青海苔を販売してれば、誰だって本物だと思うだろう。だけど、現実には、四万十産の青海苔なんて、現地の人でもメッタに食べられないほど少ししか獲れない。そして、「四万十産」として全国に流通してる青海苔の9割以上は、韓国から輸入したものを産地偽装してる。これも、通販のインチキウナギとおんなじシステムなのだ。

 

たとえば、東京にある讃岐うどんのお店ならともかく、四国の香川県まで旅行に行って、現地の讃岐うどんのお店に入れば、誰だって国産のうどんだと思うのが人情だ。だけど、現実には、香川県まで行ったって、ほとんどが外国産の小麦粉を作られたうどんしか食べることができない。そして、香川県のお土産屋さんで、「100%国産」て表示してある讃岐うどんを買って来ても、実際には、輸入した小麦粉を7割以上も混ぜてる偽装表示のうどんだ。これも、通販のインチキ讃岐うどんとおんなじシステムなのだ。

 

ま、四国の場合は、警察が身内を守るために証拠をデッチあげて市民に濡れ衣を着せちゃうような偽装天国なんだから、今さらツッコミを入れることもないんだけど、こんなデタラメな世の中で、「ギョーザは自分で作れば安心だ」なんて言うのは、あまりにもテンホーだと思う。そして、テレビや雑誌で紹介されたお店だから安心だなんて思うのは、それに輪をかけたテンホーだと思う。あの老舗の「吉兆」でさえも、原価を抑えるために日常的に産地偽装をやってたってのに、そこらのラーメン屋さんが、値段の高い国産品の材料だけでギョーザを作ってるとは思えないからだ。

 

‥‥そんなワケで、あたしは、殺虫剤や農薬が意図的に入れられた食品なんかは論外だけど、命に別状はなくても、ツバだの雑巾の絞り汁だの生ゴミだのを入れられたものなんか絶対に食べたくないから、これからも、出来合いの加工食品なんかは当然として、できる限り外食もしないつもりだ。とにかく、自分たちと癒着してる企業や天下りたちのために、意地でもガソリンの暫定税率を死守しようとモクロんでるような売国政党が政権与党の座にしがみついてるうちは、とてもじゃないけど、何も信じらんない。だから、あたしは、人間として当たり前の「マトモなものを食べる」っていう権利くらいは、自分の判断で主張したいと思ってる今日この頃なのだ。

 

 

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2008.02.05

立春大吉

今日、2月4日は「立春」だけど、これは、ただ単に「暦の上で春になった」って意味じゃなくて、「今日から新しい1年がスタートする」っていう大きな節目の日なのだ。これは、前にも書いたことがあるけど、季節と季節の節目である「節分」は、冬と春の節分、春と夏の節分、夏と秋の節分、秋と冬の節分ってふうに、本来は年に4回ある。だけど、その中で、冬が終わって新しい春を迎える2月3日の節分こそが、「1年のスタートの節分」てワケで、4つの節分の中で一番大きなイベントになってる。

つまり、昨日、豆まきをして、「鬼は外、福は内」ってやったのとか、コンビニで恵方巻きを買って来て食べたりしたのは、すべて、今日からの新しい1年を縁起良くスタートさせるための準備だったってワケだ。だから、いくら昨日、豆まきをしても、恵方巻きを食べても、カンジンの今日、ブルーな気分で学校や会社へ行ったり、ダラダラと仕事をしてたりしたら、何の意味もない。気持ちを新たにして、「さあ!今日から新しい1年のスタートだ!」って思わなかったら、いつまで経ってもホントの意味の「春」はやって来ないのだ。

ちなみに、豆まきの豆って、必ず「炒り豆」を使うけど、これは、災いをもたらす鬼の目のことを「魔目(まめ)」って呼ぶことにカケてあって、さらには、生の豆だと「芽が出る」、つまり、「目が出る」ので、鬼の魔目が出ないようにと、炒って火を通すってワケだ。そして、芽の出ない「炒り豆」を投げることによって、家の中の災いを外へと追い払い、魔を滅する、つまり、「魔滅(まめ)」ってことにもカケてあるってスンポーだ。こう聞くと、なんだかなぁ~って感じもするけど、こうした昔からのイベントって、ほとんどがオヤジギャグみたいなもんだから、「イワシの頭も信心から」ってワケな今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、本格的な豆まきをした人は、柊(ひいらぎ)の枝にイワシの頭を刺して玄関に飾ったりしたと思うけど、これこそがマサに、「イワシの頭も信心から」って言葉そのもので、イワシの匂いと柊のトゲトゲとで、追い払った鬼が戻って来られないようにするってワケだ。でも、ハッキリ言って、豆だのイワシだの柊だので追い払えるような鬼だったら、ぜんぜん恐くない。そして、ホントに災いをもたらすような凶悪な鬼を追い払うためには、最低でも、豆よりもBB弾、イワシよりもマスタードスプレー、柊よりもスタンガンが必要だと思うし、今どき、これくらいは装備してなかったら、入浴中に女湯に乱入して来る「変態ナマハゲ」だって追い払うことができない。

ま、そんなことは置いといて、何よりも大切なことは、今日からの新しい1年を少しでも安全に過ごすために、乗っかれるモノには乗っかっといたほうがいいってことだ。それで、あたしが毎年やってるのが、「立春大吉」の吉札だ。ようするに、「立春大吉」って書いた札を柱とかに貼っとくんだけど、こんなの単なる迷信でしかないのに、去年、これをやらなかったあたしは、4月の終わりに大ケガをして、12月までお仕事をすることができなかった。だから、迷信だとは思いつつも、今年は、キチンとやることにした。

この「立春大吉」ってのは、タテ書きにすると左右対称になることから、昔から縁起のいい言葉とそれてて、災いから身を守ってくれるって言われてる。それで、一番いいのは、今日の「立春」の日なんだけど、絶対に今日じゃなきゃダメってワケじゃなくて、今日から、2月19日前後の「雨水(うすい)」までを広義の「立春」としてるから、この間に札を書いて貼ればいい。もちろん、この期間のうちでも、できるだけ早いほうがいいんだけどね。

で、最初に、正式な吉札の書き方を説明しとくけど、こんなことできるワケがないので、あくまでも、これは、雰囲気作りのための説明として読んで欲しい。まずは、お風呂に入って体をキレイにしてから、新品の下着を身につける、お洗濯したものじゃなくて、買って来てから一度も着てない新品のものだ。もちろん、その上に着る洋服は、新品じゃなくていいんだけど、そこらに脱いであるセーターやデニムパンツじゃなくて、ちゃんとお洗濯してから、まだ一度も着てないものを身につける。これで、第1段階はOK。

それで、ここからが普通じゃムリなんだけど、山に湧き出てる「岩清水」を汲みに行かなきゃなんない。それがムリなら、近くの神社のお水をもらって来る。量は、コップに1杯ぶんか2杯ぶんあれば足りるので、ペットボトルに1本汲んで来れば十分だ。そして、お家に帰って来たら、正座して、心を落ち着けてから、「今も賜る天津水(あまつみず)を天(あめ)の真名井(まない)の真清水(まさやけるみず)と受けしめ給え」って唱えながら、そのお水をコップか湯呑みに注ぐ。それから、そのコップのお水の半分で口をすすいで、残りで手を清める。これで、第2段階もOK。

そして、ようやく吉札作りに入るんだけど、まずは、このお水を使って、精神を集中させながら墨を磨る。で、墨を磨り終わったら、「神火清明(しんかせいめい)、神水清明(しんすいせいめい)、神風清明(しんぷうせいめい)」って呪文を3回以上唱えてから、火打ち石で火花を散らすんだけど、火打石なんか持ってる人はメッタにいないと思うから、その代わりに、「ぬぼこ印」を結ぶ。「ぬぼこ印」ってのは、映画の「陰陽道」で、安部晴明とかがやってるヤツで、利き手の人差し指と中指だけをピンと伸ばして、顔の前をイキオイ良く真横に動かす印の結び方だ。これを「ふっふっふっ」って息を吐きながら、3回繰り返す。この、呪文から印までの流れは、邪気を祓うために必要な工程で、ホントは、このあとに、まだ他の呪文が続くんだけど、とてもそこまではできないので、一般的にはコレでOKとされてる。

ここまでの長い長い前置きが済んだら、いよいよ、用意しといた半紙か和紙に「立春大吉」ってタテ書きするんだけど、ここでのポイントは、これからの1年間、ずっと柱とかに貼っとくワケだから、書初めみたく大きく書いちゃうと、大変なことになるってことだ。柱に貼っても問題ない程度の大きさにしないと、誰かに見られたらカッコ悪い。それから、もう1つのポイントは、いつものお習字みたいに書くんじゃなくて、できるだけ左右対称になるように書くってことだ。普通のお習字だと、左は「留め」で右は「払い」だったりするけど、そうすると左右のバランスが違っちゃうから、お習字の書き方は無視して、できるだけ左右対称になるように書く。それから、もしも失敗して書き直した場合には、失敗したものにも効力があるので、捨てずに、どこかに大切に仕舞っておいたほうがいい。

あとは、この吉札をどこかに貼ればいいんだけど、基本的には、玄関に貼るのが一般的だ。だけど、あたしは、玄関には貼りたくないから、別の場所に貼ってる。そして、画鋲で留めたりセロテープで貼ったりするんじゃなくて、裏に糊(のり)を塗って、ベッタリと貼るのがポイントだ。それから、この吉札を貼った場所の床に、盛り塩をして、最低でも1週間、できれば「雨水」まではそのままにしておくんだけど、あたしの場合は、小皿にお塩をパラリと出して、それを置いてる。これで、すべてOKだ。

ちなみに、あたしの場合は、「立春」に限らず、お風呂には毎日入ってるけど、新品の下着なんか用意してないから、普通にお洗濯したものをつけてる。そして、「岩清水」を汲みに行くどころか、神社までお水をもらいに行くのもムリだから、ミネラルウォーターを使ってる。でも、一応は、それなりに気を使ってて、「エビアン」や「ボルヴィック」じゃご利益がなさそうだから、「六甲のおいしい水」とか「南アルプスの天然水」とかを使うようにしてる。その上、墨を磨ってる時間もないから、墨汁にミネラルウォーターを垂らして、それで書くようにしてる。これでも、あたし的には精一杯で、以前は、そこらのメモ用紙にサインペンで書いたのを貼ってた時もあるくらいだから、それと比べたら、ずいぶん良くなったと思う。

‥‥そんなワケで、あたしは、これでも、何にもしないよりはマシだと思うし、何よりも、ずっと続けて来たのをやめたトタンに大ケガしたんだから、迷信だとは思いつつも、今年はシッカリとやっとくことにしたってワケだ。どっちにしても、所詮は「イワシの頭も信心から」、つまり、「気の持ちよう」ってことで、これは、小麦粉を丸めただけのものを「特効薬」だって言って病人に飲ませると、ナニゲに具合が良くなったりするのとおんなじことだ。だから、去年、病気やケガが多かった人は、メモ用紙にサインペンで書いたって構わないんだから、試しにやってみるといいと思う。どんなにヘタクソな字でも、心を落ち着けて、新しい1年のスタートに立った新鮮な気持ちで書けば、少なくとも、テレビで堂々を大ウソをつき続けてるイカサマ占い師やペテン霊感師たちのデマカセなんかを信じるよりは、百億倍も効果があると断言してみる今日この頃なのだ。


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2008.02.04

アリンコの涙

今朝、いつもとおんなじくらいの時間に目が覚めたのに、ヤタラとカーテンが明るくて、「あれ?」って思って、カーテンのスキマから外を見たら、雪が積もってた。それで、あたしは、軽くビックル一気飲みしたんだけど、こないだも雪が降ったし、こんなに寒いんだから、それほどの驚きはなかった。真夏の朝に、カーテンを開けたら雪が積もってたとかってんなら、それこそビックルの大ビンのビッギーを一気飲みしちゃうけど、「寒い冬の朝に雪が積もってた」ってのは、「メッタに雪が降らない東京に」っていう前提があってこその驚きで、たいしたことはない。そして、この時点でのあたしは、このすぐあとに、今世紀最大のビックル一気飲みが襲い掛かって来るとは、予想だにしてなかったのだ‥‥。

保冷倉庫の中みたいに、キンキンに冷えたお部屋で目覚めたあたしは、顔を洗うよりも、歯を磨くよりも、何よりも先に、とりあえず何か温かいものを飲むことにした。それで、油のきれたロボットみたくカクカクとキッチンへ行き、ヤカンを火にかけた。そして、コーヒーを入れようと思い、お湯が沸くまでの間に、一番大きなマグカップの上に、コーヒーをいれる時の逆三角形のアレを乗せて、フィルターをセットして、コーヒーの粉を入れた。だけど、お湯はまだ沸かないから、あたしは、ブルブルと震えながら、その場で足踏みしてた。

それで、あたしは、朝はいつもブラックを飲んでるんだけど、今日はあまりにも寒かったし、少し糖分を摂取したほうが体のためにいいかも?って思ったので、お砂糖を入れてみようかと思った。でも、あたしは、甘いコーヒーは嫌いだし、「どうしようかな?」って考えてる時に、1つのアイデアが浮かんだ。それは、「お砂糖の代わりに蜂蜜を入れてみる」って作戦だ。蜂蜜のほうが、お砂糖よりも栄養があると思うし、昔、学生時代に何度か行ったことのある「POEM」ってコーヒーショップがあって、そこは「100種類のコーヒーがある」ってのを売りにしてたんだけど、そのメニューの中に、蜂蜜を入れた「ハニーコーヒー」ってのがあったのだ。

もちろん、甘いコーヒーが嫌いなあたしは、いつも「その日のブレンド」を飲んでて、「ハニーコーヒー」は一度も注文したことがなかったんだけど、ちゃんとしたコーヒーショップのメニューにもあるんだから、お砂糖の代わりに蜂蜜を入れても、変な味にはなんないだろうって思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、冷蔵庫の奥のほうにあった蜂蜜のビンを取り出した。これは、オトトシくらいに、俳句仲間の人が送ってくださったもので、長野県で手作りされてる「アカシアの蜂蜜」だ。それで、いただいたころは、パンもよく食べてたので、朝、トーストに塗って食べたりもしてたんだけど、去年、足をケガして収入がなくなってからは、できるだけ節約することにしたから、いただきもののお米やパスタだけを主食にして、パンを買うことはほとんどなくなり、その蜂蜜も使うことがなくなった。だから、去年の6月に冷蔵庫を買い換えてからは、ずっと冷蔵庫の中に入れっぱなしで、一度も使ってなかった。

半年ぶりで冷蔵庫から取り出されて、ようやく日の目を見ることになった蜂蜜は、外から見ると、全体的に白っぽくなってて、見るからに硬くなってる感じだった。それで、フキンでフタを包んでから全力でトライしたんだけど、想像した通り、とてもじゃないけどフタが開かなかった。そして、今度は、トンカチでフタの角を軽く叩いて、トントンと一周して、それからもう一度トライしてみたら、意外にも、クルッと回って簡単に開いた。で、ビンの中を見たあたしは、ここで、今世紀最大のビックル一気飲みが炸裂しちゃったのだ! ナナナナナント! ビンの中の硬くなった蜂蜜の上に、10匹以上のアリンコの死骸が散乱してたのだ!

あたしがビックル一気飲みしたのは、苦手な虫がいっぱい入ってたことはもちろんとして、「何で入ったのか?」ってことが理解できなかったからだ。だって、蜂蜜のビンのフタは、固くて開かないほどガッチリと閉まってたワケだし、さらに、そのビンは冷蔵庫の中に入れてあったのだ。それなのに、何でアリンコは入ることができたんだろう?‥‥ってなワケで、最近、何かと出番の多い迷探偵キッコナンだけど、推理を開始する前に、とにかく、ビンの中にお水を入れて、アリンコの死骸を流し出して、それだけじゃまだ気持ち悪かったから、もったいないと思ったんだけど、硬くなってた蜂蜜の上の面をスプーンで削り取って、全体的に数ミリほど捨てることにした。

だって、このビンの中で死んでたアリンコたちは、食料にはコト欠かなかったワケだから、どれくらいかは分かんないけど、このビンの中で生きてたワケで、そうなると、目の前の蜂蜜を食べるだけじゃなくて、そこにフンもしてたワケだ。だから、この蜂蜜の上の面には、あたしには見えなかったけど、きっと、アリンコのフンとかも混じってるワケで、最低でも上の面だけは削り取らないと気持ち悪い。

それで、あたしは、上の面を削り取って、何とか大丈夫そうな感じになった蜂蜜をスプーンに2杯ほど削って、マグカップに入れて、コーヒーをいれた。そして、よくかき回して、溶かしてから飲んでみたんだけど、味としてはイマイチだった。死ぬほど寒いお部屋で、温かい飲み物を飲んでるってことで、その点に関しては美味しいんだけど、純粋にコーヒーの味としては、ハッキリ言うけど、「コーヒーに蜂蜜は合わない!」って思った。これなら、お砂糖のほうがぜんぜんマシだ。

でも、もしかしたら、この蜂蜜が古くなりすぎてて、味が悪くなってるのかもしんないし、新鮮な蜂蜜なら、もっとマシな味になるのかもしんない。とにかく、この時点では、蜂蜜だけを舐めてなかったので、何とも言えない状況だった。それに、この時点でのあたしは、「何で密閉してたビンの中にアリンコが何匹も入ってたのか?」っていう大事件に遭遇してたから、そっちの謎を解くほうが先で、「蜂蜜を入れたコーヒーはまずい」なんてことの真偽は、あと回しの状況だった。

‥‥そんなワケで、イマイチの味の「ハニーコーヒー」で体を温めつつ、頭脳は子供でもベッドでは大人、迷探偵キッコナンは、この蜂蜜のビンを冷蔵庫に入れた時のことを思い出してみた。あたしの記憶では、去年の6月の終わりころのものすごく暑かった日に、突然、冷蔵庫が壊れちゃって、もう寿命だと思ったし、新しい冷蔵庫に代えるしかないと思って、いつものリサイクルショップに電話してみたんだけど、あいにく、ちょうどいい大きさの冷蔵庫がなかった。それで、松葉杖で必死にコジマ電気に行って、「エヴァンゲリオン~奇跡の価値は~」で勝ったお金で、新しい冷蔵庫を買って、次の日に届けてもらったのだ。

こんな時、日記をつけてると便利なもんで、「さるさる日記」の検索システムで調べてみたら、去年の6月24日の日記、「あたしはあたし」に、その時のことが詳しく書いてあった。それで、この日の日記を読み返してみたら、鮮明に思い出すことができたのだ。あたしは、とにかく冷凍しといたお魚が腐っちゃうことを心配して、お魚のことを中心にバタバタしてたんだけど、その他の冷蔵庫内のものに関しては、キッチンのテーブルの上と、シンクのところに、テキトーに並べておいたのだ。それで、蜂蜜のビンはと言えば、たしか、ジャムのビンや豆板醤のビンなんかと一緒に、シンクのとこに置いといたってことを思い出した。

で、このシンクのとこって、あたしのお部屋は2階なのに、どこから入って来るんだから、タマにアリンコを見かけてたのだ。それで、次の日に新しい冷蔵庫が届くまで、丸1日、ここに蜂蜜のビンを出してたワケで、迷探偵キッコナンは、アリンコが入ったとしたら、この時しか考えらんないと思った。そして、この時なら、お部屋の中はサウナみたいに暑かったから、蜂蜜のフタも簡単に開くような状態だったハズで、そう考えると、フタとビンとのスクリューになってる部分のスキマを小さなアリンコが「螺旋階段を上るように侵入して行った」ってことが考えられる。何しろ、一番ちっちゃいタイプのアリンコだから。

そして、あたしは、蜂蜜のビンの中にアリンコたちが入っちゃったことに気づかずに、次の日に届いた冷蔵庫の中に、他のものと一緒に仕舞っちゃったワケだ。そしたら、冷やされたことによって、蜂蜜も硬くなって、フタとビンとのスクリューの部分についてた蜂蜜も硬くなり、入る時にはギリギリで通れたスキマが、もう通れなくなっちゃった。それで、出るに出られなくなったアリンコたちの「ビンの中での生活」がスタートしたってワケだ。

アリンコたちにしてみれば、周りは美味しい蜂蜜だらけだし、少々寒いことだけガマンすれば、そんなに絶望的な状況でもなかったと思う。ただ、ひとつだけ心細いのは、あたしが冷蔵庫のドアを開ける数秒以外は、常に暗闇だったってことだ。ま、アリンコの場合は、巣の中も真っ暗なんだから、暗闇の中で生活するのには慣れてると思うけど、それでも、昼も夜も分かんない暗闇での生活は、体内時計だけが頼りだろうから、アリンコなりの不安があったかもしんない。

‥‥そんなワケで、ナンダカンダ言っても、あたしは、リトル自己嫌悪に陥った。アリンコたちがいつ死んだのかは分かんないけど、少なくとも1週間や2週間、ヘタしたら1ヶ月か2ヶ月くらいは生きてた可能性もあるワケで、その間に1回でもあたしが蜂蜜を食べようとしてれば、アリンコたちを助けてあげることができたからだ。それなのに、あたしは、この半年間、何度も何度も冷蔵庫を開け閉めしたのにも関わらず、奥のほうの蜂蜜のビンの中で、外に出られずに苦しんでたアリンコたちの存在に気づかずに、息絶えたあとも気づかずに、こんなに時間が経ってから、ようやく気づいたってワケだ。もちろん、意図的に殺したワケじゃないけど、それでも、「蜂蜜を食べようとしてれば助けてあげることができた」って思うと、すごく悔やまれる。そして、この蜂蜜を入れたコーヒーが美味しくなかったのは、アリンコたちの涙の味だったのかも‥‥って思った今日この頃なのだ。


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2008.02.03

あたしの得意料理

2~3日前の夜に、TOKYO FMを聴きながらお風呂に入ってたら、ナントカっていうアイドルの女の子が、自分の得意料理を「肉じゃが」だって言ってた。それで、あたしは、5年前や10年前ならともかく、今どき得意料理を聞かれて「肉じゃが」だなんて答える子がいたんだ‥‥って驚いた。もちろん、ホントに「肉じゃが」が得意なのかもしんないし、事務所から「肉じゃが」って言うように指示されてんのかもしんないし、その真意は謎だけど、普通に毎日お料理してるあたしとしては、昔っから、得意料理を聞かれて「肉じゃが」って答えるアイドルとかを見るたびに、「あ、この子はお料理なんかほとんどしたことないな」ってピンと来る。だって、「肉じゃが」なんてお料理のうちに入らないし、こんな簡単なもんを得意料理だなんて言うってことは、「他には何も作れません」て告白してるみたいなもんだからだ。

ようするに、「肉じゃが」って答えとけば、男性ファンから「家庭的な子だな」って思ってもらえるっていう、遥か昔からの伝統芸ってワケで、「好きな食べ物は?」って聞かれた時に、ホントは「豚キムチ丼」なのに、「イチゴ」だの「チョコレートパフェ」だのって答えるように事務所から指示されてるのとおんなじことだ。ま、そんなこたーどうでもいいんだけど、このラジオを聴きながらお風呂で温まってたあたしは、「あたしの得意料理って何だろう?」って考えてみた。だけど、しばらく考えても、コレと言って思い浮かばない。あたしは、一般的な家庭料理なら、料理本なんか見ないで一通り作れるし、どれもヒトサマに出せるくらいのレベルだと思ってる。だけど、「これこそが得意料理だ!」って胸を張って自慢できるものがないのだ。

で、どうしてなのかいろいろと考えてみたんだけど、ようやく、その理由が分かった。それは、あたしの作るお料理って、細かい下ごしらえをしたり、数多くの材料や調味料を使ったり、何段階もの手間をかけたりするような、いかにも「料理しました」って感じのものがなかったのだ。下ごしらえって言ったって、ササガキにしたゴボウをお水に入れてアクを抜いたりする程度で、ほとんどのお料理が、お鍋1つとか、フライパン1つで、短時間で作っちゃうものばかりだ。だから、どんなに美味しく出来ても、それは、あたしのお料理の腕がいいからじゃなくて、素材のオカゲってことになる。だから、それを自分のテガラみたく自慢するのは気が引けるから、コレと言って思い浮かばなかった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、お料理において、何が得意なのか考えてみたんだけど、「そこらのヤツには負けないぞ!」って自信を持って言えるのは、「家庭用の普通のガスコンロによる焼き魚」だ。お魚を焼くなら、当然、ガスよりも炭火のほうが美味しく焼ける。だから、おんなじお魚を用意して、あたしがガスで焼いて、もう1人が炭火で焼けば、そっちのほうが美味しく焼けると思う。だけど、おんなじガスコンロで、おんなじ網で焼かせたら、あたしのほうが美味しく焼く自信がある。

ちなみに、あたしのガスコンロは、真ん中にお魚を焼くための秘密基地みたいなのがついてる普通のヤツだけど、そんなの使ったことがない。お魚は、上のコンロに網を置いて、換気扇を回して、自分の納得の行くように焼かないと気がすまないからだ。だけど、誰かから「得意料理は?」って聞かれた時に、もしも「焼き魚」って答えたら、たいていは「魚を焼くだけなのに料理かよ?」って思われちゃうだろう。だから、あたしは、誰よりも美味しくメザシを焼くことができる自信があっても、「焼き魚」はお料理のうちには入らないと思ってる。

他にも、たとえば、あたしがよく作るので、「ナメコおろし」がある。片手鍋に1cmくらいお水を入れて、そこにナメコを1袋入れて、火にかけながら、お醤油と、ニボシダシと、輪切りにしたタカノツメを入れて、濃いめに味付けをして、ひと煮立ちさせて火を止める。で、中くらいの鉢にダイコンおろしをタップリとおろして、その上に熱々のナメコをかけるだけだ。冷たいダイコンおろしと、熱々のナメコを一緒に食べるんだけど、サイコーに美味しい。だけど、こんなもん、2~3分で作れちゃうし、とてもお料理とは呼べない。

「サトイモの煮っころがし」も、「イカとサトイモの煮付け」も、「サバの味噌煮」も、「カレイの煮付け」も、「ブリ大根」も、「風呂吹き大根」も、「キンピラゴボウ」も、「ヒジキと枝豆のサッパリ煮」も、「春菊の白和え」も、こうした系列のものは数え切れないほど作れるし、どれも自分ではサイコーに美味しいと思ってるけど、ほとんどお料理らしい手間がかからないものばかりなので、得意料理として自慢することはできない。今は、お肉を食べなくなったので、もう作ることはないけど、昔だったら、「豚汁」とか、「鶏肉とゴボウの煮物」とか、「シイタケの鶏肉はさみ揚げ」とか、「手羽先の甘辛煮」とか、「スペアリブ」とか、「ポークビーンズ」とか、味に自信のあるものは挙げたらキリがない。だけど、そのほとんどが、材料を切ってお鍋に入れたら、あとは落し蓋をしてホッタラカシにしとくだけで、自動的に出来ちゃうようなものばかりで、とてもお料理とは呼べない。

‥‥そんなワケで、あたしの場合は、こうした簡単なお料理は、ご飯を炊いたりお味噌汁を作ったりすることの延長線上に位置するものだから、一応は「お料理」なんだけど、手間をかけてないっていう引け目があるから、「得意料理」として人様に自慢することができないってワケだ。やっぱり、聞いたこともないような調味料やスパイスを使って、一度ソテーしたものを蒸したりとか、複雑な手順を踏んで、最低でも1時間くらいはかかるようなものじゃないと、「得意料理」として自慢することはできない。だから、あたし的には、わずか15分程度でチャチャッと作れちゃうような「肉じゃが」を「得意料理」として公言してるアイドルを見ると、「あ、この子はお料理なんかほとんどしたことないな」って思えちゃうのだ。

それで、あたしは、自分の作れるお料理の中で、「肉じゃが」よりも手間のかかるものを思い出してみて、その中で一番自信のあるものを「得意料理(仮)」ってことにしとこうと思いついた。やっぱり、何かの時にパッと答えたいし、「(仮)」ってことにしとけば、いつでも別のものと差し替えられるからだ。それで、自分でも大好きで、どこのお店で食べるよりも美味しくて、かつ、手間がかかるからメッタに作らないもの‥‥って考えてみたら、あるお料理が頭に浮かんだ。それは、「小アジの南蛮漬け」だ。もう、想像しただけでヨダレが出そうになっちゃうほど美味しいんだけど、キッチンが汚れる「揚げ物」ってことで、もう何年も作ってない。だけど、以前は、あまりにも美味しいので、月に2回くらいは作ってたし、特に夏場は、毎週のように作ってた。

用意する食材は、15cmくらいまでの小アジをたくさんと、長ネギだけだ、あとは、揚げ油、片栗粉、お酢、お砂糖、お醤油、輪切りにしたタカノツメってとこだけど、お酢は大量に使うから、最低でも1ビンは必要だ。で、ワタとエラとゼイゴを取った小アジをキッチンペーパーかフキンで水気を取っておきつつ、まずは「漬け汁」を作っておく。大きなボールに、お酢を1本ドバーッと入れて、そこにお砂糖をドバーッと入れて、よくかき回して溶かす。味見をしながらお砂糖を加えてって、甘みを感じるようになるまで加え続ける。あたしは、キチンと計ったことはないけど、ケッコーたくさん入れないと甘みが出ない。そして、甘みを感じるようになったら、お醤油で味付けするんだけど、今度は、少なめに入れる。お醤油を入れすぎると台無しになっちゃうから、すごく少しずつ入れてって、中華の甘酢あんかけとおんなじような味になったら、それでOKだ。そして、そこに、輪切りのタカノツメをお好みで入れておく。

漬け汁ができたら、小アジを揚げるんだけど、一度にぜんぶは揚げられないから、2~3匹ずつ順番に揚げてく。小アジの全体に軽く片栗粉をはたいて、最初は150~160度の低温でジックリと揚げて、どんどん油切りの上に並べてく。この時点では、ほとんど焦げ目はなくて、片栗粉の白っぽい色がわずかにキツネ色になってるかどうかのギリギリくらいの感じだ。そして、ぜんぶの小アジが揚がったら、油の中に浮いてる片栗粉とかを網ですくって、火を強くして、170~180度の高温で、二度揚げをする。これは、短時間で、美味しそうなキツネ色になったら、お箸で持った小アジを数回振って、大ザッパに油を切ったら、熱いうちに漬け汁の中にジュ~って漬ける。そして、次の3匹を揚げてる時に、漬けたほうの3匹は、バットとか、大きめのタッパーとかに移しとく。ここがポイントだから、手早く淡々と作業を進める。

‥‥そんなワケで、ぜんぶの小アジを揚げ終わったら、小アジの並んでるバットかタッパーの中に漬け汁をぜんぶ入れて、とりあえずOK。あとは、長ネギを細く切って「白髪ネギ」を作るだけだ。揚げ立ての温かい南蛮漬けに、白髪ネギをタップリと乗せると、もう、この世のものとは思えないほどの美味しさだ。二度揚げとお酢の力で、頭も骨も丸ごと食べられるし、炊き立てのご飯が何杯でも食べられちゃう。

そして、残りの南蛮漬けは、そのまま冷蔵庫に入れとくと、次の日には美味しさが倍増してて、特に夏場は、この冷たい南蛮漬けがサイコーなんだよね。小アジのクセのない白身と、片栗粉をまとった皮に甘酢が染み込んで、絶妙な食感を生み出してるし、その中にタカノツメのピリッとした辛さもあって、さらには、白髪ネギのサッパリ感も加わって、夏バテでどんなに食欲がなくなってる人でも、ドンブリでご飯をお替りしちゃったり、生ビールや冷酒や焼酎のロックが止まらなくなっちゃうほどの美味しさだ。

ようするに、マリネとおんなじようなもんだから、この甘酢の中に、ピーマンやニンジンやタマネギを細く切ったものを入れても、見た目も良くなるし味も美味しい。だけど、あたしの場合は、あくまでもシンプルに楽しみたいから、あとから白髪ネギをタップリ乗せるだけにしてる。それから、大きなアジの場合や、サバとか他のお魚を使う場合には、3枚におろして頭や骨も取って、食べやすい大きさに切って作るけど、それもそれで美味しい。だけど、やっぱり、頭ごと、骨ごと食べられる小アジが、何よりも一番美味しいし、値段も安く済む。

‥‥そんなワケで、2008年のあたしは、誰かから「得意な料理は?」って聞かれたら、「小アジの南蛮漬け」って答えることにしてみたんだけど、いくら美味しくて自信があるからって、もう何年も作ってないものを言うのは気が引けちゃうから、今月中には、キッチンが汚れることを覚悟して、久しぶりに作ってみようと思う。他にも、「サケ缶キャベツ炒め」とか、「お豆腐のガーリックステーキ」とか、久しぶりに作って食べてみたいものがいろいろとあるんだけど、やっぱり、1人ぶんだけを作るのってムダが多いし、何よりも、1人で食べるのは切なくなる。だから、何を作るにしても、母さんが退院して来てからのお楽しみってことにして、それまでは、メザシと納豆のローテーションを続けてこうと思う今日この頃なのだ。


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2008.02.02

ベタの美学

Y953
こないだから始まった新しい「ヤッターマン」だけど、あたし的には、すごく楽しませてもらってる。一部では、「主題歌が悪くなった」とか「昔のヤッターマンのほうが良かった」とか言ってる人もいるみたいだけど、別に、昔のヤッターマンを観てた人たちだけのために制作したワケじゃないだろうし、「犬夜叉」とか「結界師」とかを放送してた月曜日の夜7時って時間帯を考えれば、子供向けの番組だってことは一目瞭然だ。つまり、制作サイドとしては、あくまでも「今の子供たち」のために制作したワケで、大人が文句を言う対象じゃない。だいたいからして、昔の「ヤッターマン」が観たいんなら、GyaOで無料で配信してるんだから、それを観てればいいじゃん‥‥て思う。

あたしとしては、タコ焼きの大食い大会のシーンで、一般の参加者の中に、ナニゲに、ジャイアント白田やギャル曽根ちゃんと思わしきキャラが混じってたとことか、ドクロベエ様が、突然、「ぶらり途中下車の旅~」なんて言っちゃうとことか、細かいツボも散りばめられてて、すごく楽しんでる。それに、何と言っても、昔から一貫してる起承転結がおんなじストーリーのオカゲで、安心して観ることができる。これは、「水戸黄門」をはじめとした時代劇も一緒で、ストーリーの大筋だけじゃなくて、それぞれのキャラの役回りまでが決まってる。だから、こうしたアニメや時代劇ってのは、ストーリーそのものを楽しむものじゃない。

映画とか小説とかの場合は、ある程度は、これからどんなふうにストーリーが展開してくのか、想像しながら観たり読んだりしてる部分もあるから、自分の予想を裏切るような展開や結末を楽しむことができる。だけど、人間てのは勝手なもので、意外な展開や結末を期待してる半面、自分の思い描いてた通りの展開や結末にならないと、ガッカリしちゃう部分もあるのだ。

たとえば、不幸な少女の映画で、これでもか!これでもか!ってくらい、その少女に不幸が訪れながら、ストーリーが進んでったとする。で、最後の最後に、自分が幼いころに死んだって聞かされてたお母さんが、実は生きてたって話が舞い込んだとする。そして、その少女は、雪の中を何度も倒れながら、必死にお母さんの住む町へと歩いて行く‥‥ってことになれば、その映画を観てるほとんどの人は、少女がお母さんと再会して、抱きしめられる感動のラストシーンを想像するし、期待すると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この少女は、お母さんの住む町へと、ヒザまであるほどの深さの雪の中を必死に歩きつづけた。だけど、お母さんの住む家の灯りが見えて来たとこで、あとちょっとでお母さんの家に辿り着くってとこで、少女は力尽きて倒れ、動けなくなってしまった。眠るように息をひきとった少女の上に、静かに雪が降り積もってく。そして、パンしたカメラに映し出された家の窓には、暖炉を囲んで楽しそうに笑い合うお母さんと、再婚したダンナさんや子供たちの姿が見えて、THE END‥‥ってことになったら、これはこれでエンディングとしてはアリだと思うけど、多くの人たちは「自分の期待してた通りのハッピーエンドのほうが良かったのに‥‥」って思うだろう。

だけど、この少女がお母さんと再会して、抱きしめられて、予想してた通りに終わったとする。そうなると、今度は、それなりに感動しつつも、何か物足りないような感覚になっちゃうものなのだ。これが人間の勝手な部分で、新しい「ヤッターマン」に文句を言ってる人たちは、もしも、昔のオリジナルの伝統を完璧に引き継いだような新作だったとしたら、それなりに満足したり評価したりしつつも、何か物足りないような感覚に陥ってたハズなのだ。

あたしとしては、起承転結が毎回おんなじなストーリーだっていう伝統芸と、ドロンボーの3人組の声やノリが変わってないってだけで十分で、あとの部分は、主題歌にしても絵柄にしても、新しくなったことに何も文句はない。逆に、基本のポイントを押さえつつ、よくぞここまでリニューアルできたもんだって感心してるほどだ。

たとえば、主題歌も昔のまんま、絵柄も昔のまんまで、ストーリー展開だけが大幅に変わったとする。つまり、いつもの起承転結をやめにして、ドロンボーたちが勝つことがあったり、アイちゃんがガンちゃん以外の男の子のことを好きになったりって、今までとは違ったストーリーで、それが、毎回、いろいろと変化するようになったとする。そしたら、あたしたちは、「今回はどんなストーリーなんだろう?」って思って観るようになる。つまり、ストーリー重視で観るようになるワケで、それはそれで面白い部分も出て来るけど、何よりも楽しいハズの個々のキャラの小ネタとか、要所要所でのお決まりのギャグが楽しめなくなっちゃう。

「水戸黄門」で最後に印籠を出すシーンは、観る者すべてが最初から知って観てるワケで、その演出だって、毎回ほとんどおんなじだ。セリフだって、ほとんど変わらない。それでも人気があって、毎回楽しみに観てる人たちが多いのは、このストーリーが、お年寄りから子供まで、安心して楽しめる「ベタの美学」の世界だからだ。

「ベタ」ってのは、今じゃ一般の人も普通に使ってる言葉だから、詳しく説明する必要はないと思うけど、「ありきたり」って意味の業界用語だ。つまり、「ベタなストーリー」を直訳すれば「ありきたりなストーリー」ってことになるんだけど、これは、ニュアンスがリトル違って来る。「ありきたり」っていうのは、悪い意味にしか使われないけど、「ベタ」の場合には、良い意味に使われる場合もあるのだ。それが、「ベタの美学」なのだ。

‥‥そんなワケで、「ありきたりなストーリー」っていうと、すぐに「予定調和」って言葉が連想されると思うけど、これは根本的に違うものだ。「予定調和」って言葉は、ドイツの哲学者、ゴットフリート・ライプニッツの「予定調和論」から生まれたもので、ものすごく簡略化して言うと、「世界中の森羅万象、すべてのモノやコトは、神の意志によって、あらかじめ最後には調和するように定められている」って論だ。もちろん、この「神の意志によって」ってのは、論を分かりやすくするための方便だから、代わりに「自然の摂理によって」でも、「宇宙の真理によって」でも、何でもいいんだけど、ようするに、すべての出来事は、最後の最後にはツジツマが合うようになってるってことなのだ。

だけど、神様だろうが自然の摂理だろうが、どれにしても「人間の意志によって」じゃないんだから、そう考えると、「人間の思い通りに行くこともあれば、思い通りに行かないこともある」ってことが前提で、「それは、人間以外の大きな何らかの力によって、決まった結論に向かうように運命づけられてる」ってことになる。だから、あたしたちが、「不幸な少女の物語はハッピーエンドになって欲しい」って思うのは、人間の意志によるものなんだから、厳密に言えば、「予定調和」とは言えない。「ヤッターマン」のストーリーにしても、「水戸黄門」のストーリーにしても、こうした勧善懲悪のストーリーってのは、「予定調和」とは違うのだ。

アニメでも、ヒーロー物でも、時代劇でも、刑事ドラマでも、正義の味方と悪者が出て来れば、必ず最後には正義の味方が勝つ。だけど、すんなりとは勝たずに、途中で必ず正義の味方がピンチになる。そして、そのピンチを乗り越えて、最後の最後に正義の味方が勝つ。これは、古今東西変わらない勧善懲悪のストーリーだけど、「正義の味方と悪者」っていう観念自体が、人間の主観によるものなんだから、とても神様の意志や宇宙の真理とは言えないのだ。たとえば、キリストを神様だとする民族と、アラーを神様だとする民族が戦争をすれば、双方が「自分たちが正義で相手が悪」って思うだろう。つまり、ウルトラマンが勝って怪獣が負けるってのは、ウルトラマンのほうを正義ってとらえてる人たちだけの勧善懲悪であって、怪獣サイドから見れば、正反対のストーリーなのだ。

‥‥そんなワケで、この勧善懲悪のストーリーにしても、それをベースにして作られた「ヤッターマン」の基本ストーリーにしても、不幸な少女がハッピーエンドを迎えるストーリーにしても、これらはすべて「人間の意志」、不特定多数の人間が「こうあって欲しい」と望んでる意志によって作られたものだ。そして、こうしたスタイルが作られて来た背景には、神様の意志によって結論が決まってる予定調和の現実世界に対して、理不尽だと思ったり、夢や希望を感じなくなったりってことがキッカケになってる部分もある。

印籠を見せられた悪代官たちが、黄門さまの前にひれ伏すことは最初から分かってるのに、それでも「水戸黄門」を観ちゃうのは、現実世界では自民党の悪代官たちがのさばってるからだ。そして、「水戸黄門」を観て、スッキリするってワケだ。もちろん、この「自民党」ってのは、あたしの個人的な感覚だから、人によっては、黄門さまの前にひれ伏す悪代官たちを見て、自分の上司に置き換える人もいるだろうし、取引先の社長に置き換える人もいるだろうし、人それぞれだろう。とにかく、現実世界では、悪いことやズルイことをしてるヤツラが得をして、マジメにがんばってる人たちが損をすることが多いから、そうしたことに不満を感じてる人は、「水戸黄門」を観てスッキリするってワケだ。

越後屋からワイロを受け取った悪代官が、越後屋だけに仕事を独占させて、他の町民たちを苦しめてることと、癒着企業からワイロを受け取った自民党の政治家が、その企業だけに仕事を独占させて、他の中小企業を苦しめてる図式は、ソックリおんなじだ。そして、1つだけ違う点は、現実世界には黄門さまがいないから、悪者たちはいつまでも甘い汁を吸い続け、国民はいつまでも苦しめられてるってことなのだ。そして、これが神様の意志による予定調和であるのなら、あたしたちは、人間の意志によって作られた「ベタの美学」でお茶を濁すしかないってことになる。

‥‥そんなワケで、妄想好きのあたしとしては、何よりの「ベタの美学」が、恋愛ストーリーってことになる。恋愛映画を観る時、多くの女性は、その主人公の女性を自分に置き換えて楽しむけど、これは、あたしもおんなじだ。そして、恋愛映画の場合は、現実にはアリエナイザーな奇抜なストーリーだと、あまりにもリアリティーがなくて、自分に置き換えて楽しむことができないのだ。

たとえば、SFファンタジーみたいな映画なら、最初から、現実にはアリエナイザーな作り話って割り切って観るワケだから、それはそれで楽しむことができる。そして、そういう映画の場合は、ありきたりなストーリー、ベタなストーリーじゃ、ぜんぜん楽しめない。意外な展開や予想外な結末がないと、ちっとも新鮮に感じられない。でも、普通の恋愛映画の場合には、奇抜なストーリーよりも、ありきたりなストーリーのほうが、奇跡のようなストーリーよりも、ベタなストーリーのほうが、自分を主人公に置き換えて楽しむことができるのだ。

Y952
で、ゆうべのことだけど、世界一ベタな恋愛映画としてもオナジミの、あたしの大好きな「ノッティングヒルの恋人」がGyaOで配信されてたから、夜中にお酒を飲みながら楽しんだ。これは、あまりにも有名な映画だから、観た人もいっぱいいると思うけど、最初から最後までベタ、ベタ、ベタの嵐で、初めて観た人でも、100人のうちの99人が先の展開や結末を簡単に想像することができるベタの王道だ。そして、そのストーリー展開がベタなだけじゃなくて、ジュースを持って歩いてるヒュー・グラントが、出会いがしらにジュリア・ロバーツとぶつかって、ジュリアの服にジュースをかけちゃうような、こうしたイベントの1つ1つまでもがベタだから、頭をカラッポにして、心だけで楽しむことができる。

これは、他人事として観てるとバカバカしいんだけど、あたしの場合は、ジュリア・ロバーツを自分に置き換えて観てるから、こうした陳腐で月並みな定番メニューのほうが、よりリアリティーを感じながらストーリーに没頭して行けるのだ。これが、現実には考えられないような、凝りすぎた出来事だったりすると、せっかく「2時間だけのシンデレラ」を楽しもうと思ってるのに、どうしても他人事っぽくなって、ジュリア・ロバーツになりきれなくなっちゃうのだ。

ちなみに、あたしの場合は、ジュリア・ロバーツをあたし、ヒュー・グラントを福山雅治に置き換えて楽しんだんだけど、分かりきってるエンディングなのに、お酒のセイもあって、感動で大泣きしちゃった。もう、胸が張り裂けそうなほど嬉しくて、この時のあたしは、完全にジュリア・ロバーツになりきってた。そして、どことなく、マンガ家の小林よしのりの若い頃みたいにも見えちゃうヒュー・グラントも、完全に福山雅治に見えてたから、エンディングでのあたしの映画とのシンクロ率は、100%に達してたと思う。そして、これは、エンディングまでの小さなイベントの数々が、どれもベタだったからこそで、そうしたベタの積み重ねが、最後に「ベタの美学」として昇華されたってことなのだ。

‥‥そんなワケで、もしも、この映画をまだ観たことがない人がいたら、2月25日まで無料配信してるから、この方式で、ぜひ楽しんで欲しい。ようするに、自分をジュリア・ロバーツに置き換えて、自分の憧れの男性をヒュー・グラントに置き換えて、お酒を飲みながら観るってことだ。もちろん、男性の場合は、自分をヒュー・グラントに置き換えて、憧れの女性をジュリア・ロバーツに置き換えればいいワケで、これだけで、ものすごく幸せな気分を味わうことができる。サスガに、あたしレベルの妄想マニアじゃないと、エンディングで大泣きすることはないと思うけど、普通の人でも、忘れかけてた「恋愛による胸がジーンとする感覚」を思い出すことができると思う今日この頃なのだ。


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2008.02.01

牛たちに明日はない

Ushi3
「HSUS(THE HUMANE SOCIETY OF THE UNITED STATES)」、つまり、「合衆国愛護協会」は、独自の調査をして、カリフォルニア州にある牛肉処理施設で、食用にすることを法律で禁じてる「ヘタリ牛」が、給食用の食材として使われてたことを発表した。「ヘタリ牛」ってのは、狂牛病などで歩くことができなくなった牛のことで、アメリカでは「ダウナー・カウ」って呼ばれてるんだけど、以前は、アメリカでは健康な牛の肉と一緒に流通してて、もちろん、ニポンにもジャンジャン輸入されてた。そして、アメリカの牛肉があまりにも危険だってことが分かり、ニポンは輸入をストップしたワケだけど、コイズミやアソウの大活躍で、アメリカ側は何ひとつ対策をしてないのに、そのまま輸入再開に至ったってワケだ。

で、この「HSUSのホームページ」を見ると、取材した牛肉処理施設の残酷な映像を紹介してる。見てもらえば分かるけど、病気で立ち上がることのできなくなった牛をムリヤリにフォークリフトで運んだり、足にロープをかけて引きずったり、ちょっと分かりずらいけど、先端に高圧電流の流れる棒を体に押し付けて移動させてるのだ。そして、その記事では、こうした「ヘタリ牛」を子供たちの給食に使ってることを批判するとともに、その残酷な扱いも「動物愛護の精神に反する無慈悲な行為だ」って批判してる。

細かいことを言わせてもらうと、あたし的には、自分たちの都合でこれから殺す動物に対して、それまでの「扱い」を批判する神経がイマイチ理解できない部分もある。だけど、自分たちは数え切れないほどの牛を殺しておきながら、わずかなクジラを殺してる他民族に文句を言うようなアングロサクソンなんだから、あたしに理解できない脳みその回路をしてるのはジンジャエールだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この「HSUS」の記事では、アメリカ国民に対して、農務省に適切な対応をとるように呼びかけて欲しいって書いてる。そして、この映像や記事を見た多くのアメリカ国民が、農務省に電話やメールをしたために、農務省は動かざるをえなくなった。だけど、これが、大爆笑の対応だったのだ。農務省は、1月30日に、この問題を取り上げて、調査を開始するってコメントしたんだけど、ナナナナナント! 翌日の31日には、「すべて調査したが、ダウナー・カウを食用にしている事実はなかった」って発表したのだ。わずか1日で「すべて調査した」だなんて、何をやらせてもアバウトな民族は、サスガだよね。そして、農務省の続いてのコメントもワンダホーだった。記者から「今回の問題が牛肉の輸出へ与える影響は?」って質問されたら、「日本からも韓国からも何の連絡も来ていないので、まったく影響はないでしょう」と来たもんだ。

いつものことだけど、ニポンのマスコミは、中国のギョーザのことは大々的に報じてるのに、アメリカの狂牛肉のことはほとんど報じない。そして、ニポンの政府はと言えば、中国にはすぐに文句を言ったクセに、アメリカには質問すらしていないのだ。アメリカの圧力に負けて、全頭検査をやめ、全箱検査もやめ、危険極まりない狂牛肉をほとんど「検査なし」で輸入し続けてるニポン。そして、今度は、輸入再開の時の条件だった「月齢20ヶ月以下」って約束までが、「30ヶ月以下」へと引き上げられようとしてる。今でも、どこの工場で処理されたのかも書かれてない「出どころ不明」の肉が大量に混じってるし、その中には、完全に排除する約束になってるハズの危険部位も混じってるっていうのに、さらに月齢まで引き上げたら、もう「狂牛肉」じゃなくて「殺人牛肉」って呼ぶしかなくなっちゃうよ。

で、こんなにデタラメなアメリカの牛肉事情だけど、アメリカで初めて「BSE感染牛」が見つかったのは、2003年12月のことだ。そして、ニポンは、アメリカからの輸入を停止したワケだけど、アメリカがどんな対策をしたのかって言うと、これまたビックル一気飲みの「ヘタリ牛の食用禁止」って措置なのだ。つまり、アメリカでは、2003年12月までは、ワケの分かんない病気にかかり、立ち上がることもできない牛やケイレンしてる牛や奇形の牛も、すべて健康な牛と一緒に普通に食用にしてたのだ。もちろん、自分たちが食べてるだけじゃなくて、ニポンをはじめとした海外への輸出にも使われてた。

‥‥そんなワケで、アメリカでは、2003年12月に「ヘタリ牛」の食用を禁止したワケだけど、これは、生産者にとっては大打撃だった。BSE天国のアメリカでは、今でも、年間に約45万頭の「ヘタリ牛」が生まれ続けてる。そして、以前は、歩けない牛だろうと奇形の牛だろうと、この約45万頭をすべてを食用として出荷できてたのに、2003年12月からは、すべて廃棄しなきゃならなくなったからだ。特に、異常プリオンがタップリの肉骨粉や鶏糞飼料なんかを与えてたような悪徳生産者のとこは、「ヘタリ牛」が生まれる確率も大きいから、この禁止措置によって、商売が成り立たなくなった‥‥なんてこたーない。

何でかって言うと、安全で美味しい牛肉を消費者に提供するために、マトモな牧草を食べさせて飼育してるような、自分の仕事にプライドを持った生産者もいる反面、肉骨粉や鶏糞飼料など、危険でも値段の安い飼料を使ってるような生産者たちは、プライドのカケラもない守銭奴たちだからだ。そんな、金儲けにしか興味がないような人たちが、自分たちに不利益な法律なんか守るワケがない。第一、農務省の役人や警察官が、広大なアメリカの各地に数え切れないほどある施設をすべて見張り続けることなんかできるワケもなく、結局は、「これからはヘタリ牛を出荷したらダメですよ」っていう通達をしただけで、あとのことはそれぞれの生産者の良心に任せたみたいなもんだったのだ。

で、「ヘタリ牛」の出荷が禁止されてから、2年ちょっとが過ぎた2006年2月、農務省の監察官事務所が発表した前年度(2005年度)の「BSE対策に関する監査報告書」によって、20頭の「ヘタリ牛」が食用として処理されてたことが明らかにされた。だけど、これは、アメリカ中にたくさんある食肉処理施設の中から、ランダムに12ヶ所だけをピックアップして、抜き打ち検査をした結果の報告なのだ。つまり、調査をしなかった何倍もの施設のことを考えれば、遥かに多くの「ヘタリ牛」が、食肉として処理されて、流通してることが想像できる。

‥‥そんなワケで、この時は、天下無敵の売国奴、コイズミが、飼い主のブッシュにシッポを振りながら、ニポン中の大ブーイングを無視して、アメリカの狂牛肉の輸入再開のために尽力してる真っ最中だった。そんな時に発表された調査結果だったから、ニポンの政府もアメリカの政府も大慌てになっちゃって、ものすごい必殺ワザが飛び出した。それは、2006年5月3日の日記、「ニポンを牛耳るコイズミ一家」でも取り上げたけど、アメリカの農務省は、自分のとこの監察官事務所が発表した報告結果だっていうのに、それに対して、ニポン向けにこんなコメントを出したのだ。

「20頭のダウナー・カウが食用になっていたというのは事実ではありません。あれは、健康な牛が濡れた床で足を滑らせて転び、足を骨折したために歩き方がおかしく見えただけなのです」

これは、「天才バカボン」のパパが言ってるんじゃなくて、アメリカの農務省が会見をひらき、正式なコメントとしてリリースしたものなのだ!なのだったらなのなのだ!(笑)

あまりにもバカバカしくて、もう、怒る気持ちもなくなっちゃうほどのコメントだけど、コイズミ率いるニポン政府は、何の調査もせずに、このコメントを「輸入再開のための信頼できる証言」て位置づけたのだ。そして、当時の外務大臣の麻生太郎は、強引に輸入再開を迫るライスおばちゃんに対して、ペコペコと頭を下げて、「できるだけ早期の輸入再開」を勝手に約束しちゃう始末。こんな茶番によって決められた輸入再開なんだから、あとからザクザクと危険部位が発見されようとも、月齢違反が発見されようとも、「ヘタレ牛」の肉が混じってようとも、そんなの関係ねえ!ってのがアメリカの農務省の見解だ。

だから、今回、「HSUS」が公開した映像や記事に関して、アメリカの農務省が、たった1日で「すべて調査したが、ダウナー・カウを食用にしている事実はなかった」なんてコメントしてんのも、実際には何の調査もしてないことがバレバレだろう。そして、「HSUS」の映像を見てもらえば分かるように、アメリカ人にとっては、牛なんてもんは動物でも命でもないワケで、単なる「収入源」にしかすぎないのだ。たとえば、2006年に別の動物愛護団体が撮影した「Downer cow mistreatment (ヘタリ牛への虐待)」っていう4分ほどの映像があるんだけど、最後にリンクしとくので、ぜひ見て欲しい。

今回の「HSUS」の映像と同じく、病気で立つこともできなくなった牛をフォークリフトで運んでるんだけど、デブのアメリカ人が動けない牛に蹴りを入れたり、高圧電流の棒で突いたりしてて、作業をしてると言うりも、まるで、ストレス発散のために牛を虐待してるようにしか見えない。そして、最後に、何頭もの牛の死体が映るんだけど、よく見ると、死体じゃないのだ。お腹が動いてて、目をパチパチさせてて、あたしには、苦しくて苦しくて泣いてるように見えた。人間が自分で立てないほど具合が悪くなったら、病院で治療を受けたり、やさしい言葉をかけてもらえたりするのに、アメリカの牛たちは、まるで粗大ゴミのように扱われているのだ。あたしは、あまりにもかわいそうで涙が出た。

‥‥そんなワケで、あたしは、中国のギョーザなんかにギャーギャー騒いでるヒマがあるんなら、ほとんど何の検査もせず、「ヘタリ牛」の肉が混じってる可能性も高いのに、それでも輸入し続けてるアメリカの狂牛肉に対してこそ、全国民がギャーギャー騒ぐべきだと思う。だけど、この国の多くの人たちは、政府の広報機関であるマスコミの偏向報道に踊らされてる人たちだから、アメリカの「ヘタリ牛」の問題に目を向けさせないために、必要以上に中国のギョーザの問題を報道しまくってるってことに気づかない。中国の食べ物が農薬まみれで危険だなんて、遥か昔から言われ続けて来たことで、今さら騒ぐようなことじゃないし、あたしから見たら、10年後に狂い死ぬアメリカの狂牛肉のほうが、よっぽど恐ろしいと思うんだけど、ま、ペテン師みたいなタレント候補なんかに投票するような人たちには、何を言ってもムダだと思う今日この頃なのだ。


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「Downer cow mistreatment」

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