「君が代」のホントの意味
「君が代訴訟で都が敗訴」(共同通信)2008年02月07日
卒業式などで君が代、日の丸の職務命令に反したことを理由に嘱託とし再雇用しなかったのは違法として元都立高校教職員13人が各約560万円の損害賠償を求めた訴訟で東京地裁は7日、裁量を逸脱したとして、計2750万円の賠償を都に命じた。中西茂裁判長は、君が代斉唱と起立徹底を求める都教育長通達などの違憲・違法性は否定したが、「命令違反を過大視し、再雇用拒否は社会的相当性を欠く」と判断。
http://newsflash.nifty.com/news/tk/tk__kyodo_2008020701000874.htm?ref=rss
‥‥ってなワケで、どっかの時代錯誤のトンデモ都知事がゴリ押ししてる君が代と日の丸の強制だけど、それに従わなかった教員たちの再雇用を拒否したのは、「社会的相当性を欠く」、つまり、「非常識」だって、裁判でハッキリと答えが出たみたいだ。ま、当然っちゃ当然な結果だけど、それにしても、これほどバカバカしい話も珍しいよね。だって、こんなくだらないことを教育の現場に強制してるほどの「自称・愛国者」が、自分は日の丸なんか揚げたことがないんだもん。以下、1年くらい前に「喜八ログ」さんも取り上げてるけど、『ご臨終メディア』(集英社新書)に収録されてる作家の森巣博氏と映画監督の森達也氏の対談の抜粋だ。
森巣 「話は少し変わるのですが、日の丸・君が代に最も熱心な人の一人は、明らかに石原慎太郎東京都知事でしょう。で、私はスパイに依頼して、田園調布の石原邸を監視してもらっているのですが、なぜか祭日に石原邸には日の丸が掲揚されていない(笑)」
森 「いい話だな(笑)東京都の旗はあったんでしょうね」
森巣 「東京都の旗もない(笑)警備のお巡りさんがぞろぞろいるだけです。祝祭日には日の丸掲げろなんて言っておいて、自分はいいわけ。そういうものなのです。権力者たちというのは。昭和節(昭和天皇誕生日)すら日の丸がない。なんじゃ、ありゃ、と私のスパイは、ひどく失望しておりました」
ね? 自分は「天皇誕生日」ですら日の丸を掲揚してないクセに、みんなには強要したり煽ったりするなんて、口先だけで大阪府知事にまで上り詰めた誰かさんと同レベルのインチキ野郎だと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、卒業式や入学式の日の丸掲揚や君が代斉唱の強制に従わなかったとして、懲戒処分を受けた都立高校の教員は400人近くに上るけど、こんなアホなことを教育委員会に強制指導させるなんて、「東京都って北朝鮮か?」って思うほどのキチガイぶりが全開だ。戦時中ならともかく、21世紀にもなったってのに、未だにこんな時代錯誤なことを強制する異常者がいるなんて、その上、自分は日の丸を掲揚してないなんて、これほどのニセ愛国者は前代未聞だろう。
2006年9月には、都立高校の教員約400名が、「日の丸掲揚や君が代斉唱の義務はない」ってことの確認を求めて訴訟を起こして、東京地裁は「日の丸や君が代を教員や児童生徒に強制するのは違憲、違法」て判断してる。当然だ。そして、ちょうど1年前の2007年2月9日、日の丸掲揚や君が代斉唱の強制に従わずに懲戒処分を受けた都立高校の教員173人が、「起立や斉唱の強制は憲法違反」だとして、東京都に処分取り消しを求めて提訴した。その時、原告団長の尾山宏弁護士は「教員や生徒だけの問題ではなく、すべての人の心の自由を守るための裁判だ」ってコメントして、原告の1人、元都立高校教諭の星野直之さん(62)は「石原慎太郎都知事に代わってから失われた心の自由を取り戻さなければならない。懲戒処分で教員を脅迫し、指導に従わない教員に執拗な嫌がらせをする都教委の姿勢は許されない」って訴えた。これも当然だ。
あたしは、難しいことは分かんないけど、とにかく、日の丸はダサイから嫌いだ。他の国の国旗って、もっとカラフルでカッコイイのに、日の丸って、「日の丸弁当」を連想しちゃうから、貧乏くさくて嫌いだ。それに、君が代に至っては、何言ってんだか分かんないと思ってる人がほとんどなんじゃないの? 大人だってほとんどの人が分かんないんだから、小学生なんか誰も分かんないでしょ? そして、意味も分かんない歌を強制的に歌わせるのなんて、まるで無意味でバカ丸出しだと思う。第一、あんな暗くて絶望的なメロディー、ムリヤリに歌わされたら気分が沈んじゃうだけだよ。それに比べて、アメリカの国歌のカッコイイこと。国旗だって国歌だって、段違いのカッコ良さなんだから、戦争したって負けちゃうワケだよ。
‥‥そんなワケで、あたしは、ランキン・タクシーが、「日の丸をハート型に~まん丸やめてハート型に~日の丸をハート型に~赤丸やめてピンク色に~♪」って歌ってるように、ピンクのハート型にしちゃえばいいのにって思う。そして、「君が代をもっとシンプルに~意味が良く伝わるように~君が代をいっそ新曲に~喜んで歌えるように~♪」って歌ってるように、ちゃんと意味の分かるリリックにして、新曲にしちゃえばいいと思う。さらには、「千代田区にでかい公園を~千代田区にもセントラルパークを~♪」って歌ってるように、天皇は神様なんだから、こんな空気の汚い東京なんかに住まわせといたら失礼にあたるから、古代からのニポンの中心である奈良県の団地かどこかに引越していただいて、皇居は都民のための公園にして開放すべきだと思う。だって、地価の高い東京のど真ん中にあんなもん置いとくなんて、あまりにもムダだもん。
まあ、国旗のデザインを変更するのは、ものすごく大変なんだと思うけど、国歌を新曲にするのは、たいしたことじゃないと思う。とにかく、時代錯誤の異常者がムリヤリに強制しなくても、生徒たちも先生たちも自発的に喜んで歌うような新曲にすればいいと思う。だって、歌って、自分が歌いたいから歌うもんでしょ? そして、歌を歌うのは楽しいからでしょ? だから、「数学」や「科学」は「学ぶ」って字だけど、「音楽」だけは「楽しい」って字が使われてるんじゃないの?
それなのに、歌いたくもない不気味な歌を強制的に歌わされるなんて、北朝鮮やナチスドイツじゃあるまいし、とても憲法で「自由権」が認められてる国のやることとは思えない。日本国憲法第19条の「思想・良心の自由」、日本国憲法第20条の「信教の自由」、日本国憲法第21条の「表現の自由」、日本国憲法第23条の「学問の自由」、これだけ憲法で自由権が認められてんだから、日の丸掲揚に起立しないのも、君が代を歌わないのも、みんな個人個人の自由じゃん。
‥‥そんなワケで、あたしが「君が代」を不気味に感じるのは、その陰湿で最悪なメロディーのセイだけじゃない。何よりも、リリックが不気味なのだ。「君が代」のリリックって、一部の人はご存知の通り、『古今和歌集』の巻七の次の歌が元ネタだ。
我が君は千代に八千代にさざれ石の巌(いわお)となりて苔のむすまで 読人知らず
これは、大切な人の長寿を祈るための「賀歌(がのうた)」っていうジャンルの歌って言われてるんだけど、王朝時代なんだから、この「我が君」ってのは、作者の奥さんでも恋人でもなくて、当然、天皇のことだ。もちろん、この歌に限らず、『古今和歌集』に収められてる「賀歌」は、すべて天皇のために歌われてる。で、この歌は、「千代に八千代に」ってのは「千年も万年も」って意味で、「さざれ石」ってのは「ちっちゃい石」のことで、「巌」ってのは「でかい岩」のことで、つまりは、「私の大切な天皇よ、小さな石が大きな岩となり、そこに苔が生えるまで、千年も万年も永遠に繁栄してくださいませ」っていうバカ丸出しの歌なのだ。
そして、このままだと「天皇バンザイ」だから、アメリカに戦争で負けて天皇を神格化することがNGになったトタンに、政府は、「君が代」の「君」は「天皇」のことじゃなくて「国民」のことだ、なんて、厚顔無恥なスリカエをしちゃったのだ。そして、それまでは「天皇バンザイ」だった北朝鮮の将軍様向けの歌みたいだった「君が代」なのに、突然、「国民バンザイ」の歌だってことにして、それまで通りに国民たちに強制し続けて来て、今日に至るってワケだ。だけど、政府がいくら二枚舌を使ってペテンを炸裂させようとも、元ネタの和歌が「天皇バンザイ」の歌なんだから、何を言ったって「嘘」でしかない。「君が代」ってのは、天皇こそがこの国の神様で、いつまでも繁栄してくださいませっていう天皇賛美の歌であって、「主権は国民にある」っていう現行の憲法に違反してる歌なのだ。
ま、そんな堅いことは平井堅てワケで、あたしが、何よりも気の毒に思うのは、これほど不気味な歌を後生大事にしてる右側通行の人たちだ。だって、「君が代」の元ネタが、大切な人の長寿を祈るための「賀歌」ってこと自体が、どうやら怪しいからだ。「歴史・哲学研究所」の主宰、故・藤田友治氏の『「君が代」の起源 「君が代」の本歌は挽歌だった』 (明石書店)によると、「君が代」の元ネタとされてる『古今和歌集』の「我が君は~」の歌は、『万葉集』に収められてる次の歌の本歌どりの可能性が高いと言う。
妹が名は千代に流れむ姫島の子松が末に苔生すまでに 河辺宮人(かはへのみやひと)
簡単に訳すと、「小さな松が大きく成長して、そこに苔が生えるまで、貴女の名前は永遠に語り継がれるでしょう」ってことで、意味としても「君が代」に果てしなく似てる。そして、この歌には、「姫島で若い女性の水死体を発見した作者が、その女性を哀れんで詠んだ歌」だって前書きがついてる。つまり、この歌は、「賀歌」の正反対に位置する「挽歌(ばんか)」ってことになる。ちなみに、「挽歌」ってのは、死んだ人を入れた棺(ひつぎ)を挽きながら歌う「悲しみの歌」って意味だ。
そして、『古今和歌集』の「我が君は~」の歌が、この「挽歌」の本歌どりだっていう推察には、ものすごく綿密な検証が行なわれてる。だけど、それをぜんぶ書いてたら、藤田友治氏の本の丸写しになっちゃうから、興味のある人はこの本を読んでもらうとして、あたしの言いたいことは、『古今和歌集』だけを見て、「我が君は~」の歌を「天皇バンザイ」の歌だと思い込んで、ニポンの国歌にしちゃったヤツがアホだってことだ。そして、明治時代から現在まで、1300年前に水死した女性のための追悼歌なんかをありがたがって歌い続けて来た人たちも、こんな歌を生徒や教員に強制して来たヤツも、本物のアホだってことだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、「君が代」が「天皇バンザイ」の歌じゃなかったってことが分かれば、右側通行が好きな人たちも、もうこんな歌に執着する必要もなくなったと思うし、トットと新曲を作る方向に車線変更して欲しいと思う。そして、憲法違反をしてまで、こんな不気味な歌を強制するんじゃなくて、みんなが自発的に歌いたくなるような、もっとカッコイイ新曲にするべきだって思う。ちなみに、あたし的には、レゲエがいいと思うんだけど、若い子たちにはルーツロックはイマイチだろうから、やっぱヒップホップかな? カニエ・ウェストあたりに発注して、渋いとこ作ってもらったら、中学生や高校生は自分のほうから歌いたがるハズだ。カニエ・ウェストだって、ニポンの政府からの直接の依頼だったら、面白がって、この偽装だらけの国にピッタンコのサイコーにファッキンな楽曲を作ってくれそうだし‥‥なんて思う今日この頃なのだ(笑)
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