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2008.03.31

アグネス・チャンが池田大作を絶賛!

昨日、30日に、アベシンゾーと家族ぐるみの付き合いをしているアグネス・チャンが、大阪のラジオ番組で、池田大作のことを賛美して、ナンミョーの大宣伝をしたそうです。

アグネス・チャンて気持ち悪いから、久本と一緒にトットと中国に帰ればいいのに。

詳しくは、下記のサイトへ。


「反戦な家づくり」
http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-528.html


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お知らせです♪

「HNN」で好評連載中の「週刊きっこの目」の第7回がアップされました♪

「日替わり定食」というコンテンツの中です。


「HNN」
http://www.harinw.com/#

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スライドする日々

3月26日の日記、「せたがやたがやせ」で取り上げた「スライド回文」だけど、yujiさんからたくさんの作品が届いたので、紹介しようと思う。yujiさんは、ちゃんと分類して送ってくださったので、とっても分かりやすいし、これらを見本にして、新しい作品を考えることもできそうだ。


「か」シリーズ

かよさんよさんか (佳代さん、よさんか!)
かいけんいけんか (改憲、違憲か?)
かいぶんいぶんか (回文、異文化)
かとけんとけんか (カトケンと喧嘩)


「だ」シリーズ

だよねよねだ (だよね、米田)
だからからだ (だから空だ)
だからからからからだ (だから殻カラカラだ)
だてにしないてにしないだ (伊達に竹刀手にしないだ)


「す・・・で・・・です」シリーズ

すじなんでじなんです (筋なんで、痔なんです)
すりっぱでりっぱです (スリッパで立派です)
すてきなのでてきなのです (素敵なので敵なのです)
すらんぷなのでらんぷなのです (スランプなので、ランプなのです)
すぱーでぱーです (スパーでパーです)
すとりっぷでとりっぷです (ストリップでトリップです)
すなにかいたのでなにかいたのです (砂に描いたので、何か居たのです)
すねてばかりでねてばかりです (拗ねてばかりで寝てばかりです)


以上、yujiさん作‥‥ってことで、どうもありがとうございました♪ で、あたしも、こないだの「いしはらしはらい(石原支払い)」の流れで、「えはらはらえ(江原払え!)」っいう、ペテン師に騙された人たちの怒りの気持ちをスライドしてみた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、回文にしても、単に「上から読んでも下から読んでもおんなじ」ってだけじゃなくて、前回紹介した「理解の足りない成田の怒り」のように、回文である上に、さらに社会的なメッセージも込められてる作品こそが、高く評価されるべきだと思ってる。だから、おんなじような単純な回文でも、「猫にコネ」よりも、「ダムは無駄」のほうが上ってことだ。顔なじみの猫にコネがあるのは、あたしの個人的なことだけど、自民党の癒着議員たちが、私利私欲のために、全国に無駄なダムを造り続けて、自然を破壊し続けてることは社会的な問題だからだ。

今回のyujiさんの作品でも、文字数や完成度だけで見れば、最後の「拗ねてばかりで寝てばかりです」なんて素晴らしいと思うんだけど、社会的なメッセージの点から見れば、短くても「改憲、違憲か?」のほうが水準が高い作品てことになる。で、あたしも、いくつか考えてみた。まずは、yujiさんの「改憲、違憲か?」のシリーズとして、こんなのはどうだろう?


かいかくいかくか (改革、威嚇か?)


でも、戦後最悪の弱者切り捨て政策として、任期中に10万人以上もの国民を生活苦から自殺させたコイズミ改革は、「威嚇」どころか、本物の「大量殺人」なんだから、この作品はイマイチってことになる。それなら、コイズミとおんなじ弱者切り捨て政策を強引に推し進めてる東京都知事はどうだろう?


とせいしぶつかせいしぶつかと (都政私物化、生死、物価と)


お年寄りや障害者や難病患者への福祉予算をどんどん削減してるのに、自分の身内には税金で海外旅行までさせるほどの独裁都知事による「都政の私物化」は、そのまま、都民の生活を直撃してる。だから、意味としてはいいんだけど、「ぶつか」を「物価」にした部分が、あたしの美意識にはそぐわない。やっぱり、小さい「っ」は小さい「っ」として使わないと、平然と公約を破る独裁都知事とおんなじで、ペテン師になっちゃう。まあ、再選のためにナンミョーにまで魂を売るような人間には、常識なんて通用しないけどね。


よとうとうよ (与党とウヨ)


政治なんて、所詮は「類は友を呼ぶ」ってワケで、バカはバカ、クズはクズを仲間にして徒党を組んでるワケだから、与党の後ろにはウヨクやホニャララ団が癒着してるワケだけど、この国の国民は、こんなヤツラにいつまで政権を取らせとくのかね? このまま行けば、ガソリン税は天下りどもで山分けだし、六ヶ所村の核兵器開発工場は本格稼働が始まっちゃうし、もう、手がつけられなくなっちゃうのに‥‥。


かくのぶそうくのぶそうか (核の武装、苦の武装か)


今日放送した「笑点」の大喜利の最初のアイサツで、腹黒いことを売り物にしてる三遊亭楽太郎が、誰に頼まれたのか知らないけど、とんでもないことをノタマッてた。環境のためには原発が必要だと熱弁したあとに、「原子力アレルギーを原子力エネルギーに変えましょう」と来たもんだ。すぐあとに映った歌丸師匠が、呆れ果てたような顔をしてたのが救いだったけど、世界中の先進国が反原発の方向へ進んでるって時代に、噺家が政府や企業の回し者のようなことを公共放送で垂れ流すとは、世も末だね。あんまり偏った放送ばっかしてると、こんなことになっちゃうかもよ?


よみうりみうりよ (読売、身売りよ)


‥‥そんなワケで、ホントは、さっきお風呂で温まってた時に、ものすごい傑作を考えついたんだけど、お風呂から出て来たら忘れちゃった。お風呂で思いついたことって、出て来たら忘れることが多いよね。でも、これをやってると、ふだんから「パソコン、ソコンパ」とか、「ハバネロ、バネロハ」とか、目についたものをカタッパシからスライドしてみるクセがついちゃって、頭の中が忙しくなってきちゃった今日この頃なのだ(笑)


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2008.03.30

イラク帰還兵の願い

アメリカ人のジョー・ウィラーさん(31)は、5年前、2003年の3月から11月までの8ヶ月間、アメリカ陸軍の衛生兵として、イラクへ派兵された。現地に着くまでは、少なくとも自分たちは「平和のために働く」「正しいことをする」って信じてたそうだ。だけど、イラクに着いてみたら、アメリカ軍のやってることはメチャクチャだった。

ウィラーさんの証言によると、何の罪もないイラク市民たちを「アイツは目つきが怪しい」という理由だけで、その場で射殺するなんて日常チャーハン。軍用車でパトロールをしていると、イラクの子供たちがガムやチョコレートをもらいに車の近くに集まって来るんだけど、そうした子供を射殺する兵士もいたそうだ。そして、何よりも恐ろしいのは、こうした「イラクの民間人の射殺」が、上官の命令によるものだったってことだ。ウィラーさんは、次のように証言している。


「輸送の任務中は、上官から『近づいて来る人間は無差別に射殺しろ』と命令された」

「何のためらいもなくイラクの民間人を射殺する兵士がたくさんいたが、こうした兵士たちに対して、上官は、イラク人を殺した褒美として『4日間の特別休暇』を与えていた」


ウィラーさんの証言の中で、あたしが一番衝撃を受けたのが、「銃撃戦の最中に逃げ遅れた女性をレイプする兵士がいた」という話だ。外では激しい銃撃戦をしているのに、逃げ遅れた女性を近くの建物に連れ込み、複数の兵士たちがレイプしてから射殺する‥‥ということが普通に行なわれていたそうだ。

ウィラーさんは、衛生兵として派兵されてたんだから、本来の任務は、負傷した兵士たちの手当てってことになる。だけど、ある日のこと、ウィラーさん自身も、上官から人殺しを命じられた。市内をパトロール中の軍用車に乗っていたところ、同乗していた上官から、たまたま通りかかった現地のタクシーの運転手を「アイツは怪しいから射殺しろ」と命令されたと言うのだ。だけど、ウィラーさんがその運転手を見た限りでは、怪しいところなど何もなかった。そして、何の証拠もないのに、どう見ても民間人であるタクシー運転手を殺すことなどできないと、ウィラーさんは上官の命令にそむいた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ウィラーさんは、悪夢のようなイラクでの任務が終わって帰還した。だけど、何の罪もない民間人を射殺するように命令する上官や、その命令に従って平然と人殺しを続ける仲間の兵士たち、そして、レイプした女性を笑いながら射殺する兵士たちを8ヶ月もの間、目の当たりにして来たことから、帰還後のウィラーさんは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむことになる。理由のない恐怖感に駆られたりする日々が続き、何でもない物音が砲撃の音に聞こえたり、夜中に飛び起きて、隣りで寝ていた奥さんに殴りかかったこともあったそうだ。ウィラーさんの知り合いの兵士にも、帰還後、幻覚や幻聴に悩まされている人たちが多いそうだ。自分の娘の顔が血まみれに見えたり、奥さんの口から血が流れ出しているように見えたり、誰もいないのに悲鳴が聞こえたりと、多くの帰還兵たちがPTSDに苦しんでいるそうだ。

ウィラーさんは、PTSDによって日常生活にも支障をきたすようになったため、除隊して、治療に専念することにした。そして、何とか病状は良くなったけど、アメリカ軍によるあまりにも酷すぎるイラクでの民間人殺害行為やレイプ殺人などを糾弾するために、「イラク戦争に反対する帰還兵の会」(IVAW)に参加して、平和活動を始めることにした。ウィラーさんは、次のように訴えている。


「アメリカや日本のメディアは、イラクやアフガンの戦争について、真実をまったく伝えていない。現地で行なわれていることは、何の罪もない民間人を手当たり次第に殺しているだけだ。そして、無事に帰還できた私たちの中にも、帰還後にPTSDによって凶悪犯罪を引き起こしてしまった者もたくさんいる。こうした悲劇を終わらせるためには、1日も早くすべての兵士を撤退させるしかない」


‥‥そんなワケで、このウィラーさんが、平和活動のために来日した。イラク戦争の開戦5年目にあたる3月19日から、全国各地で平和を訴えるイベントが行われているけど、それに合わせて来日したウィラーさんは、20日の東京での講演を皮切りに、精力的に平和のメッセージを伝えて回った。22日には、原子力空母の危険性を訴えるために横須賀を訪れて、「アメリカの原子力空母は、過去に何度も放射能漏れの事故を起こしているのに、軍と政府がインペイして来た」ということを伝えた。そして、自衛隊のイージス艦の事故にも触れて、「市民の生活を脅(おびや)かす危険な軍用艦など必要ないと、市民が平和の声を上げ続けて行くことが大事です」と語った。

そして、23日に沖縄入りしたウィラーさんは、参加を予定していた県民大会には、スケジュールの都合で参加できなかったけど、大雨の中、6000人もの人たちが集まったということを聞き、「平和のための活動がこんなに盛り上がっているのか」と感激したそうだ。そして、25日に、沖縄県庁で行なわれた記者会見では、イラクで自分が体験した地獄のような「アメリカ兵による民間人殺戮行為」の実態などを報告した上で、次のように語った。


「在沖縄のアメリカ兵も、派兵前と比べると、戦地からの帰還後には人権意識が悪化しているようだ。アメリカでも多くの帰還兵たちが、私と同じようにPTSDに苦しんだり、帰還後に凶悪犯罪を起こしているので、沖縄でのアメリカ兵による度重なる凶悪犯罪も、戦地での異常な体験が原因のひとつではないかと思っている」

「アメリカは民主主義の国なのだから、『基地をなくして欲しい』と訴えている沖縄の多くの人たちの声や、アメリカ兵による凶悪犯罪の被害者たちの声に、もっと耳を傾けるべきだ。これほど多くの人たちが『基地をなくして欲しい』と訴えているのだから、アメリカ軍は基地を撤去して撤退すべきだ」


‥‥そんなワケで、アメリカ人のウィラーさんまでもが「アメリカ軍は基地を撤去して撤退すべきだ」って言ってるのに、未だに沖縄に居座り続けて、地元の住民たちを恐怖に陥れてる凶悪犯罪者の集団、アメリカ軍は、連日連夜、悪質な犯罪を繰り返している。自民党の売国政権による圧力によって、沖縄以外じゃ絶対に報道されないけど、沖縄のアメリカ軍のキャンプハンセン内の実弾射撃訓練場付近で、26日、大規模な山火事が起こった。アメリカ軍の演習場、それも、実弾が飛び交う実弾射撃訓練場なんだから、民間人は絶対に立ち入りできない場所だ。

沖縄以外の人たちは、ほとんど知らないだろうけど、沖縄のアメリカ軍の演習場では、ものすごい頻度で山火事が起こっている。まだ3月だってのに、今年に入ってからでも、すでに5回目なのだ。周りに民家のある場所で、月に2回もの頻度で大規模な山火事が起こるなんて、まるで戦場だ。そして、そのうちの何回かは、周りの民家のすぐ近くにまで、火の手が来てるのだ。

これに対して、アメリカ軍は、これまで「不発弾の処理をしていて爆発してしまったため」とかってテキトーな理由を発表して来たんだけど、今年になってからの5回の山火事だけを見ても、すべて実弾射撃場の周辺で起きているのだ。不発弾や廃弾の処理場は、ずっと離れた別の場所にある。つまり、これらの山火事は、すべて実弾の使用が原因で起こってるって考えるのが自然なのだ。そして、アメリカ軍の発表が、事実と矛盾してることはみんな知っているから、サスガに5回目ともなる今回は、今までとおんなじ大ウソの理由を言うワケにも行かず、今回は「ノーコメント」と来たもんだ。

いくら演習場の中だとは言え、周りに何軒もの民家があるような場所で、大規模な山火事を何度も何度も起こしておきながら、謝罪どころか、その原因までインペイし続けるなんて、どこまでニポン人をバカにすれば気が済むんだろう? そして、この事実を知っていながら、ずっとスルーし続けてるフクダちゃんとアオブダイ防衛大臣の他人ゴトっぷり。さらには、これほど危険なことを繰り返しておきながら、この3月からは、新たに「陸軍特殊部隊のライフル射撃場」までもが建設中だ。そして、これだって、地元の人たちはみんな大反対してるのに、防衛庁の売国奴どもが、住民の声を無視して強引に推し進めてるのだ。

その上、この大規模な山火事が起こった翌日の27日には、頭のおかしいアメリカ兵が乗った軍用車両が、うるま市の「沖縄高等養護学校」の正門から、突然、乱入して来て、学校の敷地内を走り回ってから出て行ったのだ。アメリカ軍は、2007年7月にも、この学校に装甲車で乱入した前科がある。沖縄県の仲村守和教育長は、「このような度重なる米軍の傍若無人な行動に対して、心の底から怒りをもって抗議する」って訴えたのに、「何でも他人ゴト内閣」の息のかかった外務省の沖縄大使、今井正は、いつもの調子で、「現在、事実関係を調査中です」ってスットボケたのだ。

この今井正ってヤツは、完全にアメリカ側の人間みたいで、この前の14才の少女の事件の時にも、辺野古のイソギンチャクも開いた口がふさがらなくなるようなことをノタマッた。「綱紀粛正、再発防止と言うが、基地がある限り米兵による事件はなくならない」「イラクなどの戦地で人殺しをしてきた海兵隊員が、日常的に県民の生活圏に入って来ることが極めて危険なのだ」っていう沖縄の野党議員たちの声に対して、この今井正は、こう答えたのだ。


「逆の発想として、米兵が沖縄の文化や歴史を知り、県民たちとの交流を深めれば、犯罪の抑制につながるでしょう」


おいおいおいおいおーーーーい! イラクやアフガンで民間人を殺しまくり、少女をレイプして一家をみな殺しにして、沖縄に戻って来てからも殺人、レイプ、強盗、放火などの凶悪犯罪を繰り返しているような異常者どもと、「交流を深めろ」だと? こんな殺人鬼どもと、手をつないでフォークダンスでも踊れってのか? 沖縄の歴史を知らせるってんなら、戦後、アメリカ兵どもがどれだけの沖縄の女性たちをレイプして来たのか、どれだけの民間人を残酷に殺して来たのか、そうした歴史を教えてやれよ!

‥‥そんなワケで、コイズミ、アベと続いた「何でもアメリカの言いなり内閣」の次は、自国民が殺されても「へぇ~そりゃあ大変だったねぇ~」で済ませちゃう、フクダちゃんの「何でも他人ゴト内閣」だから、沖縄の人たちの気持ちをまったく理解しようともしない大バカが「沖縄大使」なんかやってんだと思うけど、これほどの他人ゴトになって来ると、もはや、芸術的にすら感じる。だから、アメリカのほうや永田町のほうばかり見て政治をやってる政治家なんかには何も期待しないで、ウィラーさんの言うように、市民が平和の声を上げ続けて行くことが大事なんだと思った今日この頃なのだ。


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2008.03.29

自民党はバカの集まり(笑)

今日、日本テレビの朝の「ウェークアップ」っていう番組を見ていたら、完全にボケちゃってる塩ジイと、石原ジョンイル大将軍様のタイコモチの佐々淳行が出ていたのですが、コイツラ、こんなことをノタマッてました。


「今の民主党のやってることは数の暴力だ!」

「民主党が2週間も国会を空転させたから50億円もムダになった!」


あのですね、去年の今ころ、史上最低の知能指数を誇るアベシンゾーが、野党の猛反対や国民の声をすべて無視して、20本以上もの悪法の数々を次々と強行採決して行ったのは「数の暴力」とは言わないのですか?

あのですね、半年ほど前、史上最悪の無責任男のアベシンゾーが、仮病を使って政権をホッポリ投げた時に、国会を1ヶ月以上も空転させて、100億円以上もの税金をドブに捨てたことは、もう、お忘れですか?

自民党サイドの人って、ソートー記憶力が弱いみたいですね。

支持率が20%しかない「国民に見捨てられた政党」のブンザイで、いつまでも与党ヅラしてないで、トットと解散総選挙をやってくれませんかね?(笑)


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ペガサスが飛んだ日

ものすごい数の人、人、人‥‥。父さんは、あたしの手を握ってくれてたけど、小さかったあたしは、父さんの手を離さないように、ついて行くのが精一杯だった。そして、あっちこっちに引っぱり回されて、人ゴミの中で父さんに肩車されたら、黒くて大きな馬がやって来るのが見えた。綱で引かれた大きな馬が、次々とやって来て、目の前を通り過ぎて行った。初めて見た本物の馬は、どれも大きくて怖かった。

でも、何頭目かに、今までの馬よりもひとまわり小さくて、白と灰色のマダラの馬がやって来た。その馬は、顔も細くて、とってもやさしい目をしていた。タテガミもシッポも長くて、すごく可愛かった。あたしは、父さんに、その馬を指さして、「あのお馬さんに乗りたい!あのお馬さんに乗りたい!」って言った。

あたしは、父さんに手を引かれて、また人ゴミの中を連れ回されて、途中でジュースを買ってもらった。四角い紙パックのジュースで、リンゴ味だった。そして、ベンチに座ってジュースを飲んでいたら、周りの人たちが騒ぎ出した。ものすごい声だった。

父さんが、あたしをベンチの上に立たせてくれた。急に目の前がひらけたと思ったら、さっきの白と灰色のマダラの馬が、空を飛んでるようなスピードで駆け抜けて行った。そして、その後ろを他の大きな馬たちが、ひとかたまりになって追いかけて行った。その瞬間、周りの歓声がピタッと止まって、すべての世界がスローモーションになって、そのマダラの馬の背中に翼が生えて、カモメのように空を飛んで行った。あたしには、その馬が、ペガサスに見えた。

そして、あたしは、どこかのレストランで、チョコレートパフェを食べていた。これ以外の記憶は、何もない。ただ、ものすごい人ゴミだったことと、白と灰色のマダラの馬がペガサスになったことと、チョコレートパフェを食べたこと、あたしは、これしか覚えてない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、書籍版の第1弾の「きっこの日記」を読んでくれた人は、あたしがハタチになった時に、父さんと銀座でデートしたことを知ってると思うけど、その時のこと、高校1年の時に会って以来、4年ぶりに会った父さんは、ずいぶんと変わってた。大きくて強かった父さんが、何だか小さくなってて、少し寂しい気持ちがした。だけど、それよりも、あたし自身が大人になってて、お化粧して、父さんとお酒を飲んでるってこと自体が恥ずかしかったし、母さんには内緒で父さんと会ってたから、母さんに対して後ろめたいような気もして、すごく複雑な気分だった。

父さんのほうも、最初は何となくヨソヨソしかったんだけど、お酒を飲み始めたら昔の父さんに戻ってくれて、あたしも自然にふるまえるようになった。それで、お酒を飲みながら昔のことをいろいろと話してるうちに、あたしは、ふと、マダラのペガサスのことを思い出した。あたしとしては、それが夢だったのか現実だったのかも分からないし、断片的な記憶しかなかったから、ただ漠然としたイメージしか持っていなかったのだ。それで、あたしは、自分の記憶してることを話してみたんだけど、そしたら父さんは、「それは府中の競馬場に行った時のことだな」って言った。

父さんは、良く覚えてて、すごく詳しく教えてくれた。あたしがまだ4才か5才のころのことで、その日は「AJC杯(アメリカンジョッキークラブカップ)」っていう競馬が行なわれてたそうだ。それで、父さんは、あたしを連れて府中の東京競馬場へ行ったんだけど、レース前にパドックで出走馬を見ていたら、あたしが灰色の馬を指さして「あのお馬さんがいい!あのお馬さんがいい!」って言ったもんだから、父さんは、自分の予想した馬券の他に、その馬の単勝馬券を1000円買ったそうだ。

その馬は、「ホワイトフォンテン」ていう馬で、あたしの記憶だと「あのお馬さんに乗りたい!」って言ったんだと思ってたけど、父さんが言うには「あのお馬さんがいい!」って言ったそうで、どっちがホントかは分からないけど、とにかく、あたしが、その馬を気に入って、指さして騒いだことは間違いなかった。

そして、そのホワイトフォンテンは、あたしの記憶してた通りに、2位以下を大きく引き離して、1着でゴールしたそうだ。もちろん、背中に翼が生えたハズもなく、空を飛んだハズもなく、これらはあたしが幼かったから、そんなふうに感じただけなんだと思うけど、この1000円の馬券が7万円以上になって、そのゴホウビとして、あたしは、帰りにどこかのレストランで、チョコレートパフェを食べたそうだ。だから、夢なのか現実なのか分からなかったあたしの記憶は、ワリと正しかったってことになる。

それからしばらくして、あたしは、図書館に行って、ホワイトフォンテンのことを調べてみた。あたしは、競馬には興味はなかったけど、数少ない父さんとの思い出の中で、一番古い記憶だったから、大切にしたかったのだ。そしたら、ホワイトフォンテンは、1970年生まれで、1972年の秋にデビューした馬だってことが分かった。あたしが生まれたのが1972年11月だから、ホワイトフォンテンがデビューしたころに、あたしは生まれたってことになる。それで、ものすごく親近感を感じるようになった。

だけど、それから1~2年後のこと、どこかのおそば屋さんか何かで、置いてあったスポーツ新聞をナニゲに見ていたら、小さな記事で、ホワイトフォンテンが老衰で亡くなったってことが書かれていた。あたしは、父さんとの大切な思い出がひとつ消えてしまったような気がして、とっても悲しい気持ちになった。

‥‥そんなワケで、あたしが小学校に上がったころから、父さんはタマにしか帰って来なくなり、小学校の高学年になったころには、年に数回しか帰って来なくなり、そして、父さんと母さんは離婚した。だから、あたしには、両手の指で数えられるほどしか、父さんとの思い出がない。「きっこの日記R」の感想メールの多くに、あたしの父さんとの思い出の話が良かった、感動したって書いてもらえて、あたしはホントに嬉しいんだけど、あれは、数えるほどしかない思い出の中で、一番印象に残ってる出来事だ。

そして、今回のホワイトフォンテンのお話は、あたし自身は、最初のマクラの部分で書いたような、断片的な記憶しかなかった。だけど、ハタチになった時に、母さんに内緒で父さんに会い、そこで、詳しく教えてもらい、自分の記憶のどの部分が現実で、どの部分が夢だったのかが分かった。そして、それから15年も過ぎた今は、幼いころの自分の記憶と、父さんから聞いた話とが混ざり合って、どこまでがホントの自分の記憶なのか、父さんから聞いた話を自分の記憶のように感じてるのか、よく分からなくなって来てる。

だけど、それはそれで、あたしにとっては何よりも大切な父さんとの思い出だから、事実だけを明確にする必要なんかないと思ってる。だって、いくら現実じゃないって言われようとも、あたしの目には、ゴールを駆け抜けて行くホワイトフォンテンが、背中に翼の生えたペガサスに見えたんだから。まるで、自由に空を飛ぶカモメのように見えたんだから。

‥‥そんなワケで、「HNN」の「週刊きっこの目」を読んでくれてる人はゴゾンジだと思うけど、あたしは、ニポンのSF界の重鎮で、競馬の世界でも著名な作家、石川喬司先生とメール交換をしてる。「週刊きっこの目」にも書いたけど、石川先生は、あまりにも競馬が好きだったことから、仲間の手塚治虫さんと星新一さんから、「馬家(ばか)」っていう名誉あるアダ名をつけられたほどで、数多くある競馬に関する著作は、どれもすごく高い評価を受けている。

それで、競馬のことはまったく知らないあたしだけど、石川先生とメールのやりとりをしてるうちに、ふと、このホワイトフォンテンのことを思い出して、「幼いころにこんなことがあった」ということをお伝えした。そしたら、ナナナナナント! 石川先生も、その日に府中の競馬場にいて、そのレースを観ていたと言うのだ! それも、寺山修司さんや虫明亜呂無さんと一緒に観戦してたと言うのだ!

そして、ホワイトフォンテンの父親がノーアリバイという名前の馬だったことと、当時、「逃亡者」というテレビドラマが人気だったことから、寺山修司さんが、ホワイトフォンテンに「白い逃亡者」というニックネームをつけたという話。ホワイトフォンテンのようなタイプの「逃げ馬」には、「俺について来いというリーダー型」と「捕まるのが怖くて夢中で走る怖がり型」とがある、というのが、寺山修司さんの持論だったという話。他にも、いろいろな裏話を教えてくださった。

そう言えば、寺山修司さんには、競馬に関するエッセイ集もたくさんあるし、あたしの読んだ「書を捨てよ、町へ出よう」とか「きみもヤクザになれる」とかにも、競馬の話が書かれてたことを思い出した。あたしは、天井桟敷の寺山修司さんと、俳人としての寺山修司さんしか知らなくて、残念ながら競馬の専門のエッセイ集はほとんど読んだことがなかったけど、ホントに多才な人だったんだと思った。そして、ナニゲにYOU TUBEで「寺山修司」を検索してみたら、ナナナナナント!寺山修司さんが主演の「日本中央競馬会」のテレビCMを見つけちゃった! そして、それが、昭和48年、つまり、あたしが生まれた翌年のものだった!

あたしが生まれた時にデビューしたホワイトフォンテン、その翌年に「日本中央競馬会」のCMに出演した寺山修司さん、そして、その4年後に、父さんに連れられて府中の競馬場へ行ったあたし。幼かったあたしには、まるで翼の生えたペガサスが空を飛んだように見えたんだけど、おんなじ場所でその光景を石川先生や寺山修司さんも見ていたのだ。なんて不思議な巡り合わせなんだろう。

ちなみに、寺山修司さんは1983年に亡くなられたんだけど、その前年の1982年に、「競馬放浪記」の後書きとして、「私の忘れがたかった馬ベスト10」 を挙げている。そして、そこには、「ミオソチス、カブトシロー、モンタサン、ホワイトフォンテン、テンポイント、ハイセイコー、メジロボサツ、ユリシーズ、タカツバキ、テキサツシチ」の10頭が挙げられてる。競馬を知らないあたしでも、名前を聞いたことのあるテンポイントやハイセイコーなどの名馬、そして、寺山修司さんが馬主だったユリシーズなどと並んで、そんなにすごい成績を残したワケでもないホワイトフォンテンの名前があった。

おそらく、何百頭という競走馬を見て来たであろう寺山修司さんなのだから、それほどの人が「忘れがたかった馬」のたった10頭の中にホワイトフォンテンを挙げたということは、きっと、30年前のあの日、あたしが見た白いペガサスの飛翔を寺山修司さんも見たのかもしれない思った。

‥‥そんなワケで、あたしは、あたしが生まれる前から寺山修司さんと一緒に競馬場へ通っていた石川先生と、今、メール交換をしてるなんて、何だか夢を見てるみたいな気持ちがして来る。そして、石川先生のメールを読んでいると、父さんに競馬場へ連れて行ってもらったあの日のことが、つい昨日のことのように思えて来る。こんなことを言ったら石川先生に失礼だけど、何だか、会えない父さんとメールをしているような気持ちになって来るのだ。そして、目をつぶると、翼の生えた白い馬が、スローモーションで駆け抜けて行ったような気がした今日この頃なのだ。


「日本中央競馬会CM/寺山修司」
http://jp.youtube.com/watch?v=CMa9z18W5zo


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2008.03.28

人生モノサシ説

子供のころって、1年間がすごく長かった。春も、夏も、秋も、冬も、それぞれがタップリとあって、お正月になって新しい年を迎えると、それまでの1年がものすごく長かったように感じられた。だけど、成長するにつれて、1年の長さがだんだん短く感じられるようになって来て、今なんか、アッと言う間に1年が過ぎちゃうようになった。こないだお正月を迎えたと思ったら、アッと言う間に6月になり、「もう半年も経っちゃったのか‥‥」なんて思ってるうちに、もう秋を過ぎて年末だ。これは、あたしだけが特別なんじゃなくて、多くの人がおんなじように感じてるみたいだ。今までに、いろんなお友達に聞いてみたんだけど、みんなが「大人になったら1年が早くなった」って言う。

それで、これは前にも書いたことがあるかもしんないけど、あたしは、ひとつの仮説を立ててみた。それは、「その人の年齢と1年の長さの感覚とが比例してる」って仮説だ。たとえば、5才の子供なら、1年てのは、その子の年齢の5分の1の長さにあたる。だから、5才の子供にとっての1年てのは、自分が生まれてから現在までの「自分が体験したすべての人生」の5分の1もの長さなんだから、うんと長く感じるだろう。だから、10才になれば、1年の長さの感覚は、5才の時に感じた感覚の半分くらいになる。そして、年齢とともに1年の感覚がどんどん短くなって行き、50才になった時には、5才の時の感覚の10倍の速さで1年が過ぎて行くのだ。

これは、何の専門知識もないあたしが、ナニゲに雰囲気だけで考えてみた仮説なんだけど、ワリと当たってそうな自信がある。だって、何かの大きさとか長さとかの感覚ってのは、人それぞれ違うもので、おんなじ「1メートル」でも、それを長いと感じる人もいれば、短いと感じる人もいるからだ。そして、おんなじ人であっても、子供の時に見たゾウやキリンは、ものすごく巨大に感じられたのに、大人になってから見ると、そこそこの大きさにしか感じられない。これは、自分の体が大きくなったからで、これが、「大人になると1年が短く感じる」ってことに通じる感覚なんだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、この仮説に、「人生モノサシ説」って名づけてみたんだけど、簡単に説明すれば、「人間は1人1人が自分の年齢のモノサシを持ってる」ってことだ。1年を1センチだとしたら、5才の子供なら5センチのモノサシ、50才の人なら50センチのモノサシ、あたしなら35センチのモノサシを持ってるってワケだ。

だから、1年の長さの1センチは、誰のモノサシで測ってもおんなじ長さだけど、「その1年が全体のどれくらいを占めるのか?」ってことになると、持ってるモノサシの長さによって違って来る。5才の子供にとっては、全体の20%も占める1センチが、50才の人のモノサシなら、たったの2%なのだ。そして、これが、1年を長く感じたり、短く感じたりするってことなのだ。

つまり、すべての人が持ってる「月日の流れのスピードを測るモノサシ」は、それぞれの人の年齢とおんなじ長さで、毎年お誕生日を迎えるたびに、そのモノサシは1センチずつ長くなって行く‥‥ってのが、あたしの「人生モノサシ説」なのだ。どお? なかなかイイトコついてるでしょ?

それで、この「人生モノサシ説」には、オマケの説がある。それは、「感覚の歪(ひず)みによる忘却説」って言って、これはリトル難しくなるんだけど、フランク・ザッパに言えば、「モノサシが短かった幼年期のころの記憶は、モノサシが長くなるにつれてジョジョに奇妙に忘却して行く」ってことだ。誰だって、自分が1才や2才の時のことをものすごく詳しく記憶してるワケはないし、幼稚園や小学校の時の記憶だって、こと細かに覚えてる大人はいないだろう。ほとんどの大人が、ものすごく印象的なことだけが記憶に残ってるだけで、子供のころの日々のことまでを詳細に記憶してる大人なんかいないだろう。

で、これは、多くの人が、「長い年月が経ったから忘れただけ」だと思ってるハズだし、あたしもそう思ってた。だけど、あたしの「人生モノサシ説」で考えてみると、面白い仮説が立てられるのだ。たとえば、10才の時のあたしは、10センチのモノサシを「自分の人生のすべての時間」として生きてたワケだから、1年間は「自分の人生の10分の1」ってことで、それなりに長く感じられた。でも、今のあたしは、35センチのモノサシなんだから、1年間の長さの感覚は、10才の時の3倍以上も速く感じられるようになった‥‥って、ココまではさっきのオサライだけど、ようするに、何才になろうとも「1年が1センチ」っていう目盛りは変わらないんだけど、モノサシ全体の長さが長くなったことによって、全体との比較として、1年の長さの感覚が変化して来たってことだ。

言い換えれば、全体との比較として、それまでの1センチが、5ミリとか1ミリとかに感じられるようになって来たってことで、これは、常に同一でなきゃならない1センチって長さが、自分の感覚のほうが変化したことによって、以前よりも短く感じられるようになって来たってことだ。でも、どんなにモノサシの長さが長くなろうとも、1センチは1センチであって、実際には変化してないのだ。

おんなじ1センチなのに、以前よりも短く感じられるようになったってことは、モノサシの目盛りが変わったんじゃなくて、あたしの感覚のほうが変わったってことで、ここに歪みが生じてるってことなのだ。かつては「1センチは1センチ」として感じられていたのに、その感覚がジョジョに奇妙に短くなって来て、今や「1センチが3ミリ」くらいにしか感じられなくなっちゃった。そして、この「感覚の歪み」によって、当時の記憶のほうも、ジョジョに奇妙に忘却して来たっていう仮説だ。

つまり、逆に言えば、いつまでもおんなじ長さのモノサシを持ち続けていることができたなら、何才になろうとも、常に1年の長さは変わらないってことになる。そして、10年前でも、20年前でも、現在でも、常に「1センチは1センチ」として感じられるから、「感覚の歪み」は生じない。だから、子供のころのことでも、最近のこととおんなじように、細かく記憶してられる‥‥ってのが、「感覚の歪みによる忘却説」っワケだ。

‥‥そんなワケで、どうしてこんな仮説を考え出したのかって言うと、すべての人が、極めて印象的なことだけを記憶してて、特徴のない日常的なことはみんな忘れちゃうってことなら、それは記憶力の問題として片づけられるんだけど、実際にはそうじゃないからだ。自分が小さかったころの記憶って、印象的なことだけじゃなくて、ものすごく平凡なことも覚えてたりするからだ。

「母さんにおんぶされて空地を眺めてたこと」だの、「洗面所で歯を磨いたこと」だの、「窓からぼんやりと道路を見てたこと」だの、何度も何度も繰り返したことのある日常的なことなのに、「ある日」のそのことだけを映像的に記憶してたりする。これは、すごく多くの人が思い当たるハズだと思うけど、こうした「何でもない記憶」が誰にでもあるってことは、出来事の印象度によって「記憶するもの」と「記憶しないもの」とに分けられてるとは断定できなくなる。当時は大変な事件だったのに、今じゃボンヤリとしか覚えてない出来事もあれば、何でもない日常のことなのに、今でもハッキリと覚えてる出来事もある。だから、あたしたちの脳みそってのは、何十年も前の何でもないようなことでも、ちゃんと記憶してられるだけの能力があるってことだ。

特例として、「最後の1人まで、最後の1円まで、ワタクチが責任を持ってすべての人たちに年金をお支払いいたちまつ!」って連呼したのに、「そんなことは言ってない!」ってゴマカシたアベシンゾーとか、慎銀行東京には「税金による追加出資は絶対にしない!」って公言したのに、平然と400億円もの追加出資を脅し取った石原大将軍様とか、こうした、自分の言ったことすら覚えてない特殊な脳みそを搭載した人種は別だけど、普通の脳みそを備えてる人間なら、何十年も前の何でもないようなことでも、ちゃんと記憶してられるだけの能力があるってことだ。

そして、そうした普通の脳みそを備えてるのに、昔のことを忘れちゃうのは、記憶力の問題じゃなくて、時間のモノサシの長さが長くなったことによって、当時と現在との目盛りに歪みが生じたことによって、ジョジョに奇妙に忘却して行くってことなのだ。「ことなのだ」って言っても、あくまでも、これは仮説だけど。

‥‥そんなワケで、何だか今日はヘンテコな日記になっちゃったけど、実は、コレは、明日の日記の前置き‥‥っていうか、序章みたいなもんなのだ。今どきの言い方をすれば、「日記版キッコゲリオン・序」って感じで、明日は、リトル胸がジーンとしちゃうあたしの思い出話を書こうと思うので、皆さん、お楽しみに♪‥‥って感じの今日この頃なのだ。


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★さっき日記をアップしたと思ったら、すでに十数人の人から同様のメールをいただいたのですが、あたしが自分で考えついたと思ってた「人生モノサシ説」は、すでに100年以上も前に、フランスの哲学者で心理学者のポール・ジャネという人が、「60才にとっての1年は20才にとっての3年である」っていう説を「ジャネの法則(ジャネーの法則)」として発表していたそうです。

あたしが発見したと思ってたのに、とてもジャンネンです(笑)

教えてくださった皆さん、どうもありがとうございました。

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2008.03.27

愛媛の白バイ事故

愛媛の白バイ事故の放送を見逃した人は、下記サイトで見ることができます。

被害者である高校生に濡れ衣を着せ、被害者のご家族を異常者呼ばわりした愛媛県警のデタラメぶりを1人でも多くの人に知って欲しいと思います。


「愛媛の白バイ事故」
http://www.dailymotion.com/video/x434gn_news


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またアメリカ兵か!?

また沖縄でとんでもないことが起こりました!

詳しくは「きっこの裏日記」へどうぞ!

「きっこの裏日記」
http://www5.diary.ne.jp/user/533673/

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せたがやたがやせ

日曜日のマレーシアGPで、まだ2戦目だってのに、早々とライコネンが優勝しちゃって、あたし的には激しく嬉しいんだけど、ポールだったチームメイトのマッサは、レース半ばで、コーナリングにミスしてリタイアしちゃった。コースアウトした時の車載カメラの感じからすると、前回のオーストラリアGPの時に書いた「TCSの禁止」が原因ぽい感じだったけど、「TCSの禁止」が原因なら、それはみんなおんなじことなんだから、ようするに「ドライバーのミス」ってことで、誰のことも責められない‥‥ってワケで、マレーシアGPについて書きたかったんだけど、時間がなくて1回サラッと観ただけだから、あんまり深いことも書けない。だから、今日は、ぜんぜん違うことを書くけど、一応は「フェラーリ」からの「赤」のつながりってことで、最近よく耳にする「赤坂サカス」についてだ。

で、あたしは、この「赤坂サカス」って名前を聞くたびに、毎回のように「せたがやたがやせ」が頭に浮かぶ。ちなみに、「せたがやたがやせ」は、セカンドアルバムだったと思うけど、爆風スランプの名曲「大きな玉ねぎの下で」とおんなじアルバムに収録されてる曲で、世田谷区の住民としては、決して避けて通ることのできない迷曲だ。それにしても、「あかさかさかす」と「せたがやたがやせ」は、あまりにも似てると思う。何がって、その言葉の配列のシステムがだ。これは、COCCOとさかなクンが似てるとか、さくらももこと山田花子が似てるとか、そういった「形状の類似」とは違って、方向性っていうか、ノリっていうか、そのスタイルが似てるってことだ。

細かいことを言うと、最後の「セ」が「ス」に変わって「赤坂サカセ」だったら完璧だった。もしくは、「せたがやたがやせ」のほうが「たがやす」だったら完璧だった。だけど、爆風スランプが、20年以上もあとに造られる「赤坂サカス」のことを予知して、自分の曲のタイトルをつけることなど無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ!無理無理~~~!ってワケな今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、爆風スランプの曲名のほうは、「せたがや」に対して「たがやせ」だからこそ、「せ・たがや・たがや・せ」という、回文チックな味わいもある上に、最後の「せ」によって、言葉としてのイキオイもあるワケだ。だから、これを「せたがやたがやす」にしちゃったら、味わいもなくなるし、イキオイもなくなる。当時、ステージでもテレビでも大暴れを続けてた爆風スランプとしては、ここはどう考えても「す」じゃなくて「せ」ってワケで、ようするに、パーフェクトなタイトルってことになる。

つまり、問題があるのは、「赤坂サカス」のほうなのだ。「赤坂サカス」は、「あかさか」と「さかす」なんだから、「さか」の部分がベン図の斜線の部分になってるってだけで、それ以外の部分の「あか」や「す」には何の意味もない。だから、創作としての深みってことでも、練りに練られた「せたがやたがやせ」には遠く及ばないってワケだ。

だけど、「練りに練られた」って言っても、これの前のファーストアルバムに、「たいやきやいた」って曲があることから推測するに、サンプラザ中野くんは、そんなに深く考えて「せたがやたがやせ」を作ったワケじゃなくて、ポッと思いついただけなのかもしれない。本人に聞いてみようかとも思ったんだけど、忙しいサンプラザ中野くんに、こんなことをイチイチ聞いたら申し訳ないので、「練りに練られたワンダホーなタイトル」ってことにしとく(笑)

で、「たいやきやいた」は、「たけやぶやけた」と同様の昔からある回文で、上から読んでも下から読んでもおんなじだけど、「せたがやたがやせ」は、回文チックな味わいはあるけど、回文じゃない。真ん中の部分がスライドしてて、最初の文字と最後の文字がおんなじっていう、独特のパターンをしてる。それで、あたしは、これとおんなじパターンの言葉を考えてみたんだけど、タイムリーなものを思いついた。それは、「石原支払い」だ。

「いしはらしはらい」、つまり、「い・しはら・しはら・い」ってワケで、これなら、完璧に「せ・たがや・たがや・せ」とおんなじ形状になってると思う。だから、石原大将軍様は、自分の作った赤字は自分が支払って補填すべきであって、これ以上、あたしたち都民を苦しめるのはやめろ!‥‥なんてことも言ってみつつ、サンプラザ中野くんには、ぜひ、「いしはらしはらい」という新曲を作って欲しい。石原大将軍様のために税金を支払い続け、どんどん生活が苦しくなって行く障害者や難病患者やお年寄りたち、社会的弱者のことを歌って欲しい。

‥‥そんなワケで、回文を作る時には、ものすごく脳みそを使うから大変だけど、このパターンなら、すごく簡単だ。「せたがや」とか「いしはら」みたいな4音くらいの名詞を思い浮かべて、最初の1音を後ろに移動させて並べるだけだ。そして、思いついた言葉をカタッパシからやってけば、「せたがやたがやせ」みたいに、文章として成り立つものが見つかる。

で、あたしは、まずは、地名でいろいろとやってみたんだけど、なかなか面白いのを発見しちゃった。それは、「青山」だ。「あ・おやま・おやま・あ」ってことで、「青山おやまあ」になった(笑)


「お母さま、私はこれからショッピングに行ってくるわ」

「どこへ行くの?」

「青山へ行こうと思うの」

「青山?おやまあ‥‥」


‥‥って感じで、お金持ちのお嬢様とお母様の会話だ。だけど、実際には、「あ」で始まる名詞だと、成功するパターンは少ない。「赤坂」だって、この方式でやったら、「あ・かさか・かさか・あ」になっちゃうから、無理をすれば「赤坂、傘かあ」って言葉にはなるけど、最後が「あ」で終わる文章ってすごく少ない。だから、いろいろと考えるにしても、できる限り確率を高くするためには、最後の言葉が文章になりやすいものを考えてってほうがいいってことになる。たとえば、「○○よ」っていう言い方があるから、「よ」で始まる地名をカタッパシから考えてったほうが、「あ」で始まる地名よりは確率が高くなると思った。

で、あたしは、「よ」で始まる地名を考えてったんだけど、「よこはまこはまよ」「よこすかこすかよ」「よなくになくによ」‥‥って感じで、文章として成り立つものがなかなか見つからない。それ以前に、「よ」で始まる地名がなかなか思いつかない。それで、「困った時には沖縄の地名」ってことで、ちょっと変わった読み方をする沖縄の地名で「よ」で始まるものを考えてみたら、「読谷村(よみたんそん)」を思い出した。


「よみたんみたんよ」


おおっ!「読谷、見たんよ」ができた!‥‥ってことで、ついでに、「よ」とは関係ないけど、「辺野古」でもやってみたら、「へのこのこへ」、つまり、「辺野古の子へ」ってのができた上に、これは回文にもなってることに気がついた! ブラボー、あたし!(笑)

他にも、いろいろと考えてたら、「ながさきがさきな(長崎が先な)」とか、「いしかわしかわい(石川氏可愛い)」とか、いくつか発見できたんだけど、どれも「せたがやたがやせ」の素晴らしさには及ばない。どっちかって言うと、無理があるものばかりだった。だって、「ながさきがさきな」や「いしかわしかわい」がアリなら、あたしか最初にNGを出した「よこすかこすかよ」だって、「横須賀、越すかよ」ってことで、アリになっちゃうからだ。

まあ、こういう遊びは、ある程度の無理は仕方ないと思うけど、回文にしたって、ものすごく美しいものもあれば、あまりにも無理がありすぎるものもある。中には、「濁点はあってもなくてもOK」とか、「小さい『っ』を大きい『つ』にしてもOK」とかってルールのユルユルの回文もある。たとえば、「田楽よく噛んで」って回文は、「でんがくよくかんで」だから、逆から読むと「でんかくよくがんで」で、ホントなら回文にはなってない。「プツリと廃れたストリップ」も、小さい「ッ」と大きい「ツ」を同一としてるから、ホントなら回文にはなってない。あたしは、こういうのは反則だと思うし、何よりも、美しくないと思う。昔、成田闘争が起こった時に作られたって言われてる回文の歴史的な名作、「理解の足りない成田の怒り」の美しさと比べると、こうしたユルユルの回文は、水準が低すぎると思う。

‥‥そんなワケで、「せたがやたがやせ」のパターンを便宜上「スライド回文」て呼ぶことにしてみるけど、この「スライド回文」の場合も、代表作である「せたがやたがやせ」があまりにも美しすぎるから、濁点や促音や拗音の扱いについては、厳しくしたいと思ってる。じゃなかったら、回文と同様に、何でもアリの世界になっちゃうからだ。現在の俳壇に本物の俳人がほとんどいなくなったのも、俳句のルールを無視した亜流がどんどん作られたからで、俳句の本質である「季節へのアイサツ」っていう「心」が失われたからだ。だから、あたしは、この「スライド回文」を芸術の域にまで高めるためにも、決して回文のようなインチキはしないで、ヒタスラに正統派としての王道を突き進んで行きたいと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.03.26

東京都民を裏切ったクズ議員一覧

東京都民の75%が大反対している慎銀行東京への400億円の出資が、自民党とナンミョー党の議員によって可決されることになりました。

これで、あたしたち都民は、生まれたばかりの赤ちゃんから寝たきりのお年寄りまで、1人あたり約1万1000円が、石原大将軍様の悪政のためにドブに捨てられるのです。

さらに、破綻したあとの撤退費用まで掛かるのですから、4人家族なら約5万円もの出費です。

数多くの金融の専門家たちが「絶対に破綻する」と警告したのにも関わらず、独断で慎銀行東京を発足させた石原大将軍様は、当初、記者会見で、「都民の税金を使うことは絶対にない!」と公言していましたが、大ウソだったんですね。

以下、都民の代表でありながら、都民の民意を裏切り、暴君にひざまづいた腰抜け議員どもの一覧です。

都民の皆さん、次の都議選で、コイツラを絶対に落選させましょう!


秋田 一郎(自)
石井 義修(公)
石川 芳昭(公)
石森たかゆき(自)
伊藤 興一(公)
上野 和彦(公)
宇田川聡史(自)
内田 茂(自)
遠藤 守(公)
遠藤 衛(自)
大松 成(公)
樺山たかし(自)
神林 茂(自)
川井しげお(自)
川島 忠一(自)
菅 東一(自)
木内 良明(公)
きたしろ勝彦(自)
串田 克巳(自)
倉林 辰雄(自)
こいそ 明(自)
小磯 善彦(公)
古賀 俊昭(自)
崎山知尚(自)
桜井 武(自)
佐藤 裕彦(自)
新藤 義彦(自)
鈴木 章浩(自)
鈴木あきまさ(自)
鈴木 一光(自)
鈴木貫太郎(公)
鈴木 隆道(自)
高木けい(自)
高倉 良生(公)
高島なおき(自)
高橋かずみ(自)
高橋 信博(自)
田島 和明(自)
田代ひろし(自)
橘 正剛(公)
立石 晴康(自)
田中たけし(自)
谷村 孝彦(公)
東野 秀平(公)
ともとし春久(公)
中嶋 義雄(公)
長橋 桂一(公)
中山 信行(公)
野上 純子(公)
野島 善司(自)
野村 有信(自)
服部ゆくお(自)
早坂 義弘(自)
林田 武(自)
東村 邦浩(公)
比留間敏夫(自)
藤井 一(公)
松葉多美子(公)
三田 敏哉(自)
三原まさつぐ(自)
三宅 茂樹(自)
宮崎 章(自)
村上 英子(自)
矢島 千秋(自)
山加 朱美(自)
山田 忠昭(自)
吉倉 正美(公)
吉野 利明(自)
吉原 修(自)
米沢 正和(自)


【東京都幹部の証言】

「政治家の方は政治なんですね。だから、連中は新銀行だの金融庁だのどうでもいいわけで・・・」

「結局、自民と公明の先生が(票を集めるために)『新銀行ができれば、みんな貸してくれるんだ』と言いまくっている」

TBSニュース「新銀行東京の内部資料・音声を入手」より
http://news.tbs.co.jp/20080325/newseye/tbs_newseye3812864.html


※この「クズ議員一覧」は転載自由です。ブログや掲示板などに貼って、コイツラの落選運動を盛り上げましょう!


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2008.03.25

愛媛県警のデッチアゲ事件

今までも何度か取り上げて来ましたが、「高知のスクールバス事故」と並ぶ警察の悪質なデッチアゲ事件、「愛媛の白バイ事故」について、明日、3月26日(水)のテレビ朝日「スーパーモーニング」(AM8:00~9:55)で、続報が放送されます。

この事故は、当時高校生だった男の子が、大型スクーターに乗り、交差点を右折するために、「地面に足をついて停止」していたところに、暴走して来た白バイが激突して、その高校生に大ケガを負わせたというものです。

それなのに、愛媛県警は、「高知のスクールバス事故」と同様に、「スクーターは走行していた」という大ウソのデッチアゲをして、こともあろうに、被害者である高校生を加害者に仕立て上げ、処罰した上に、白バイの修理費まで請求しているという呆れ果てた事件です。

今回の放送では、3月12日に行われた民事裁判の第二回公判の様子も取材されているので、愛媛県警が組織ぐるみで、身内をかばうために被害者である高校生を犯罪者に仕立て上げた経緯がよく分かると思います。

1人でも多くの人に放送を見ていただき、腐りきった愛媛県警の実態を知って欲しいと思います。


この事故のことを知らなかった人は、下記の過去ログを読んでください。


「警察のデッチアゲを許すな!」(2007/12/03)
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20071203


「山本さんのお母さまからのメール」(2007/12/18)
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20071218


「愛媛の白バイ事故・・母です」(被害者のお母さまのブログ)
http://blogs.yahoo.co.jp/toshikazu2355


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ハディーサの悲劇とマハムディヤの悲劇

沖縄で、14才の少女が、野蛮なアメリカ兵にレイプされた凶悪事件で、多少でも愛国心を持ったニポン人なら激怒するのが当たり前なのに、自民党による長年の売国政策で脳みそまでアメリカに侵略されちゃったチキン野郎どもが、「夜の8時に繁華街をうろついていた少女のほうにも責任がある」などとタワケたことを抜かし続けたセイで、少女は告訴を取り下げちゃった。それにしても、そこらの世間知らずのガキどもがこうしたオメデタイ発言をするんならともかく、テレビに出てるようなイッパシの言論人の中にもこんなヨマイゴトをノタマッてるような非国民がいるんだから、もう世も末だね。

女性をレイプするなど、どんな状況下でも絶対に許されない卑劣で最悪な犯罪なのに、さらにその被害者が中学生の少女だったってのに、加害者を厳しく責めるべき大人が、よりによって正反対に少女のほうを責めるだなんて、いったいどんだけ脳みそと精神が腐りきってるんだろう? もしもテメエの娘がアメリカ兵にレイプされても、おんなじセリフを言うのかね? もしもテメエの女房子供がアメリカ兵に殺されても、それでもおんなじセリフを言うのかね?

‥‥ってなワケで、アメリカ兵どもがどれほど気が狂ってるのかを証明するために、そして、こうしたキチガイ兵士どもをかばい続けるアメリカ軍のデタラメぶりを証明するために、今日は、ニポンではほとんど報道されてない2つの事件を紹介しようと思う。これらの事件は、国民に大ウソをついて自衛隊をイラクへ派遣したコイズミ政権下、イラクでの真実をインペイしまくってた政府の圧力によって、ほとんどのニポン国民が知らされなかった悲劇だ。1つは、2005年11月に、バグダッドの北西にある町、ハディーサで起こった事件で、もう1つは、2006年3月に、バグダッドの南の町、マハムディヤで起こった事件だ。


‥‥そんなワケで、今日は、内容が内容なので「いかがお過ごしですか?」はナシにして進むけど、1つめのハディーサの事件てのは、頭のイカれたアメリカ兵どもが、何の罪もない町の民間人を次々と襲い、幼い子供や女性、お年寄りを含む24人もの人たちを無差別に惨殺した悪魔のような事件だ。この日は、どこにも武装勢力なんかいなくて、銃撃戦も何も行なわれていなかった日で、町の人たちは普通に生活してたのに、アメリカ兵たちは、民家に押し入って住民を射殺したり、民間人の乗用車を銃撃したりして、次々と殺害して行ったのだ。

それなのに、名前のあがった11人のアメリカ兵は、ほとんどが無罪放免になったのだ。たとえば、サニック・P・デラ・クルーズ軍曹は、たまたま目の前を通りかかったイラクの民間人の乗用車に向けて銃を乱射して、乗っていた5人を皆殺しにしたのに、起訴もされずに無罪放免。他にも、何の罪もない民間人を2人も3人も射殺したアメリカ兵が何人もいて、名前まで分かってるのに、みんな無罪放免。

で、何でこんな不条理なことがマカリ通ったのかっていうと、軍ぐるみの大ウソ大作戦が炸裂したからなのだ。この日、ハディーサの町は、武装勢力なんて1人もいない平和な日だったのに、アメリカ軍は、「敵が攻撃して来たため、それを追って民家へ突入して、武装勢力との銃撃戦の巻き添えで、民間人も死亡してしまった」っていう高知県警や愛媛県警も顔負けの大ウソの報告書を提出して、あくまでも「戦闘中の事故」ってことにスリ替えちゃったのだ。ちなみに、生き残った町の人たちは、全員が口をそろえて「武装勢力など1人もいなかった」「アメリカ兵たちが突然襲って来た」って証言してる。これこそが、身内が身内を裁く「軍事裁判」のクオリティーなのだ。

‥‥そんなワケで、もう1つのマハムディヤの事件に関しては、あまりにも酷すぎて、ここに書くこともためらってしまうほどだ。だけど、アメリカ兵どもの卑劣で冷酷で凶悪な実態を伝えるために、あえて書かせてもらうけど、この事件は、前出のハディーサの事件のようなイイワケは通用しないものだ。なぜなら、この事件は、沖縄のレイプ事件と同様に、アメリカ兵がプライベート時にレクリエーションの一環として起こした事件だからだ。

長期の駐留でストレスが溜まってたポール・コルテス軍曹、ジェス・スピールマン1等兵、ブライアン・ハワード上等兵、ジェームズ・バーカー特技下士官、スティーブン・グリーン元1等兵の5人は、この日、非番だったため、制服を私服に着替えて、昼間から酒を飲んでた。そして、酔いも回って来たころ、前日に検問所で目をつけておいたイラク人の女性をレイプするために、その女性の家へと軍用車を走らせた。

5人は、いっせいに女性宅を襲撃し、この14才の少女だけを部屋に残し、残りの家族、お父さんとお母さんと5才の妹をバスルームに閉じ込めた。そして、首謀者のスティーブン・グリーンは、この家に護身用として置いてあった銃、カラシニコフを手に取り、バスルームの3人を射殺した。あとから死体を検視した報告によると、「蜂の巣のように撃たれていた」そうだ。そして、3人を殺してから、14才の少女を全員でレイプし、この少女の頭を何発も撃ち抜いて殺し、家の中の目ぼしいものを盗んだ挙句に、灯油をまいて火をつけたのだ。あたしは、この殺害現場の部屋の映像を見たけど、少女がレイプされたあとに撃ち殺された場所の壁には、脳みそが飛び散った跡のようなシミがあった。

あたしは、つらいから淡々と書いたけど、少しでも想像力があるのなら、ジックリとイメージしてみて欲しい。14才のお姉ちゃんと5才の妹の姉妹、そして、お父さんとお母さんの4人家族だ。今まで、家族4人で幸せに暮らしてたのに、突然、アメリカ兵という凶暴なケダモノが5人も襲って来て、一家が皆殺しにされたのだ。14才の少女は、自分のお父さんとお母さんと妹が射殺される銃声と悲鳴を聞いたあと、5人ものケダモノに無理やりにレイプされ、そして、頭を撃ち抜かれて殺されたのだ。これが、どれほどの恐怖だっただろうか。泣き叫ぶ少女をゲラゲラと笑いながら、次々とレイプして行った鬼畜どもをあたしは絶対に許さない。

細かいことまで言うと、実際には、少女をレイプしたのは4人で、1人は「レイプしようとしたがボッキしなかった」そうだ。だけど、そんなことは関係ない。あたしが裁判長だったら、コイツラ全員、地獄のような苦しみを与えた上で公開処刑にしてやる。だけど、実際には、アメリカ軍とアメリカ政府によるミゴトな連携プレーで、これほどの凶悪犯でも、信じられないほど軽い刑にしかならなかった。主犯格のスティーブン・グリーンは、イラクから帰国後、「人格障害」を理由に軍を「名誉除隊」させられて、民間人になった。そして、民間の裁判所で裁かれるんだから、軍事法廷よりも重い処罰になることが予想されてて、「極刑もやむなし」って言われてる。

で、他のメンバーはと言えば、一番重いジェームズ・バーカーが「90年の禁固刑」っていう実質的な「無期懲役」で、今のアメリカの法律では、20年で仮釈放される。つまり、まだ23才のジェームズ・バーカーは、43才になればシャバに出て来れるのだ。そして、他のヤツラは、「禁固10年」ていう信じられないほどの軽さで、これも数年で出て来れる。ようするに、何の罪もない民間人を一家皆殺しにした凶悪犯どもなのに、主犯格のスティーブン・グリーンを事前に除隊させて「軍とは関係ない」っていう既成事実を作り、このスティーブン・グリーンだけに罪を着せるっていうコソクなやり方なのだ。

コイツラは、ふだんから、任務である検問で、イラク人女性の品定めをしていて、気に入った女性がいると、コッソリとあとを着けて自宅の場所を把握するなど、あまりにも悪質なことを繰り返していた。その上、この大犯罪を犯したあとに、殺害に使った銃を近くの川へ捨てたり、返り血を浴びた私服を焼却するなど、証拠隠滅まで謀ってる。つまり、犯した犯罪の内容だけじゃなく、その前後の行動も絶対に許されないものなのだ。だから、幼い子供を2人も殺した畠山鈴香を「無期懲役」にするような世界一甘いニポンの法廷でも、サスガに極刑にする事例だろう。

だけど、人殺しの訓練を積み、1人でも多くの人を殺したほうが評価される「軍隊」という狂った世界の裁判では、たかが民間人の10人や20人を殺したとこで、極刑になんかなるワケがない。それどころか、今回のケースのように、主犯格だけを除隊させて責任を負わせ、残りの兵士を軽い罪で済ませるような策略までもが通用しちゃうのだ。そして、この判決だって、非番の日に私服でやった犯罪だからそれなりに裁かれたのであって、もしも制服を着てたとしたら、ハディーサの虐殺と同じように、軍が大ウソの報告書を作って、「銃撃戦の巻き添えで死亡した」ってことにして、全員が何のオトガメもなかっただろう。

‥‥そんなワケで、この他にも、数多くのアメリカ兵どもが、イラクでもアフガンでも民間人をレイプし、殺し、その家に火を放っているのだ。そして、アメリカ軍とアメリカ政府は、こうした事件を組織ぐるみでインペイし続け、たまたまオオヤケになったわずかな事件については、大ウソ報告書を作って、ほとんど何のオトガメもなしにしてるのだ。これは、63年前に沖縄で起こったこと、40年前に南ベトナムのソンミ村で起こったことと、まったく同じだ。武器も持たず、無抵抗の民間人をレイプしまくり、殺し、略奪し、家に火を放つ。これのどこが「平和活動」で「解放活動」だってんだ!

40年前、佐藤栄作や小泉純也は、アメリカ軍が500人以上ものベトナムの民間人を虐殺したソンミ村の事件でアメリカを支持したけど、佐藤栄作の兄の孫のアベシンゾーや、小泉純也の息子のコイズミドンイチローは、アメリカによるイラクやアフガンでの同じ犯罪を支持して、タダで給油までした挙句に、莫大な血税でアメリカの凶悪犯罪を支援し続けてるのだ。きっと、50年後には、コイズミやアベの名前も、ブッシュ親子と並んで、ヒトラーと同じ「歴史的な戦争犯罪者」として、全世界の歴史の教科書に載ることだろう。そして、こんな凶悪な戦争犯罪者どもの政党を支持してる国民も、同罪なのだ。

去年、広島で起こったアメリカ兵によるレイプ事件は、被害者の女性が勇気を出して告発したのにも関わらず、広島地検は起訴を見送った。そして、地検は、その理由については「ノーコメント」を貫いた。サスガ、アメリカの凶悪犯罪のためにお金を出し続けてるニポンだけのことはある‥‥なんて、納得する人がいるだろうか? 犯罪者を告発すべき立場の地検でさえ、政府の圧力に負けて自国の被害者を見捨ててるんだから、ニポン人のクセにアメリカ側に立って、こともあろうに14才の少女を責めるようなオッペケペーが出て来るのもうなずけるってもんだ。

‥‥そんなワケで、昨日の23日に、沖縄の北谷(ちゃたん)町で開催された「米兵による事件・事故に抗議する集会」には、大雨という悪天候にも関わらず、10人の市町村長をはじめ、6000人もの市民が参加した。この事実ひとつを見ても、アメリカ兵どもによるあとを絶たない凶悪犯罪と、見て見ぬフリを続けて来たニポン政府の無責任さに、どれほどの沖縄の人たちが怒ってるのかが分かるだろう。そして、アメリカ兵によるレイプ被害者の代表として、勇気を持って壇上にあがったオーストラリア人の女性は、顔こそサングラスで隠していたけど、自分が受けた恐怖と屈辱を一生背負って行かなければならないという思いをニポン語で訴えた。そして、「日米両政府は、なぜ私たち被害者を裏切り続けるのか?」と両政府を批判したあと、「神様、どうか私を最後の強姦被害者にしてください!」と叫んだのだ。だけど、実際には、この女性がレイプされたのは2002年のことで、このあとも、沖縄で、横須賀で、厚木で、岩国で、そして、イラクやアフガンで、野蛮なアメリカ兵どもによるレイプや殺人が、数えきれないほど起こっているのだ。そして、そのすべての被害女性たちが、このオーストラリア人の女性と同じように、「こんな苦しみは自分で最後にして欲しい」って、心の底から願ってる今日この頃なのだ!


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2008.03.24

お知らせです♪

新型ニュースサイト「HNN」の「日替わり定食」で連載中の「週刊きっこの目」の第6回がアップされました♪

今回は、ちょっと変わった視点のコラムになりました。

皆さん、どうぞお楽しみください♪

「HNN」
http://www.harinw.com/#

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2008.03.23

きっこの名画座

どんなものでも、あまりにも宣伝が過剰だと逆効果で、あたしは食傷気味になって来る。最近だと、映画「ライラの冒険」の宣伝だ。テレビやラジオだけじゃなく、街中のアチコチで宣伝してるし、インターネット上も宣伝だらけだ。そして、何よりもウザイと感じるのが、いろんな番組でのタイアップだ。たとえば、しばらく前に、テレビ東京の「TVチャンピオン」を観てたら、発泡スチロールでオブジェを作る選手権みたいなのをやってたんだけど、最後のテーマが、「ライラの冒険」の白クマみたいなのと戦うライバルのダイモンを空想して作れ‥‥っていうもので、1人がサイ、1人がマンモスを作ったんだけど、映画を観なきゃ意味も分かんないし、あまりにもアカラサマなタイアップだったから、あたしはガックリきちゃった。

毎晩、お風呂に入りながら聴いてるTOKYO FMでも、10時からの「スクール・オブ・ロック」で、「桜田門」とかいうスタッフの女性が行方不明になったっていう架空の話を放送してて、その愛称が「ダモン」てことで「ダイモン」にカケてあって、意味不明なタイアップ企画を毎日延々と放送してた。ここまで来ると、宣伝てよりも、映画を観てない人には企画の意味すら分からず、リスナーの中には疎外感を感じた人も多かっただろう。もう、「映画を観てないヤツは置いてくぞ!」って感じで、すごくガックリきちゃった。

そして、インターネットでも、一般のポータルサイトから、ミクシーから、GyaOに至るまで、どこへ行っても「ライラの冒険」の宣伝やタイアップだらけで、もうウンザリを通り越しちゃった。GyaOをよく観てるあたしとしては、どんな音楽クリップを観ようとも、どんなアニメを観ようとも、どんな映画を観ようとも、必ず「ライラの冒険」の宣伝からスタートするし、途中のCMも「ライラの冒険」の連続で、あまりのしつこさに、粘着質なストーカーに狙われてるみたいな感覚になってきちゃって、もう、頭がおかしくなりそうだ。そして、「こんな映画、死んでも観に行かない!」って気持ちになった今日この頃、皆さん、「ライラの冒険」の過剰宣伝にウンザリしてませんか?


‥‥そんなワケで、あたしのダイモンは「チョウチョ」なんだけど、だからどうしたってワケもなく、最初は「観てみたいな」って思ってた映画だったのに、あまりにも度を超した宣伝の嵐によって、そんな気持ちはふっ飛んじゃった。宣伝費に何億円かけてんだか知らないけど、これだけ宣伝したら、どんなに酷い映画だって満員御礼になっちゃうだろうね。実際、平日でも、ほとんどの劇場が満員みたいだし、この映画は最近のお得意の「三部作」だって話だから、初回には莫大な予算をかけて宣伝しても、2作目と3作目のぶんも含まれてるワケだから、ガンガン宣伝できるってワケだ。

「ジョーズ」のあとに作られた「ジョーズ2」「ジョーズ3」みたいな「続編」の場合は、2回目以降は初回の7割程度の集客数しか望めないけど、最初っから「三部作」として作られた映画の場合は、初回を観に行った人のほとんどが、最初っから3作とも観るつもりなんだから、劇場版の「エヴァンゲリオン」にしろ「ライラの冒険」にしろ、初回の宣伝費をタップリと使えるのだ。これこそが、「芸術映画」と一線を画した「商業映画」の商業たるユエンだろう。とにかく、今の映画は、「どれほど良い作品か」ってことじゃなくて、「どれほどお金をかけた作品か」ってことでヒットするかどうかが決まるから、映画自体の製作費が莫大なだけじゃなくて、その宣伝費も尋常じゃない。今回の「ライラの冒険」の宣伝費だけで、普通の映画なら何本も撮れるだろうし、発展途上国に小学校や病院を数えきれないほど建てられるだろう。

ま、莫大な宣伝費を回収すべく、あらゆるメディアでしつこく宣伝を繰り返してるんだと思うけど、あたしみたくウンザリしちゃって、観る気が失せちゃった人も多いと思う。今回のケースは、単に広告代理店の担当班のセンスが古すぎただけのことだと思うけど、こうしたアメリカ風味の物量作戦てのは、エコブームの今どきは流行らないよね。「ライラの冒険」自体は、そこそこ面白い映画みたいで、あたしの周りの観た人たちは、みんな「まあまあ楽しめた」って言ってる。だから、こんなに異常なまでの宣伝をしなくたって、普通に集客力のある作品だと思うんだけど‥‥。

‥‥そんなワケで、あたしは、昔の映画が好きなんだけど、それも、自分の生まれる前の映画が好きだ。なんでかって言うと、自分が生まれる前の時代のお家とか、家具とか、ファッションとか、人々の生活とかを動画で見られることが楽しいからだ。過去だけじゃなくて、未来の人々の生活とかも見てみたいけど、自分が死んだあとに作られた映画は絶対に観ることができない。だから、自分の生まれる前の映画を楽しんでるってワケだ。

今、GyaOでは、何本かの古い映画を配信してるけど、その中でも、あたしが大好きなのが、ビリー・ワイルダー監督の「お熱いのがお好き」と「アパートの鍵貸します」だ。どっちもチョー有名な作品だから、観てない人のほうが少ないと思うけど、あたしは、両方とも、最初に観た時には、「こんなに面白い映画があったのか!」って思ったほど楽しめた。

セットだのCGだのに莫大な予算をかけた今どきの超大作と違って、ホントの名優たちが、その「演技力」で魅了してくれるこれらの作品は、当時は「商業映画」だったけど、「芸術映画」としての色合いが強い。それも、いかにも芸術作品ていう方向性じゃなくて、あくまでも娯楽作品なのに、それでいて芸術性を高く感じるのは、やっぱり、ジャック・レモンの名演技によるところが大きいと思う。

あたしは、「お熱いのがお好き」も好きだけど、「どっちか1本」って言われたら、笑いだけじゃなくて、胸がジーンとする「アパートの鍵貸します」のほうが好きだ。どっちの作品も、普通にストーリーだけを追って観てるだけですごく楽しめるんだけど、ファッションはもちろんとして、電話機だとか、テレビだとか、レコードプレイヤーだとか、レンジだとか、階段の手すりだとか、自動車だとか、そうした細かいとこにも興味が尽きない。

たとえば、「アパートの鍵貸します」なら、街でタクシーを止めると、後ろに大きな羽が生えてるキャディラックだかサンダーバードだかのタクシーが止まる。こんなスゴイ車が、当時はタクシーに使われてたってワケで、それだけであたしは「おおっ!」ってなっちゃう。「お熱いのがお好き」のほうは、禁酒法時代のシカゴが舞台だから、マフィアが霊柩車の棺桶の中にお酒を隠して運ぶシーンから始まるんだけど、その霊柩車も追いかけるパトカーも、あまりにもクラシックでカッコ良すぎる。

ちなみに、「お熱いのがお好き」が1959年、「アパートの鍵貸します」が1960年の作品なんだけど、前に紹介した、あたしの大好きな「日曜はダメよ」も1960年の作品だから、「アパートの鍵貸します」と「日曜はダメよ」を観比べると、おんなじ時代のアメリカとギリシャの生活の違いが分かって楽しい。そして、1960年のアカデミー賞には、この2作品もたくさんの部門にノミネートされてるんだけど、最優秀作品賞をはじめ、5部門を授賞した「アパートの鍵貸します」に軍配が上がった。「日曜はダメよ」のほうは、5部門にノミネートされたんだけど、授賞できたのは「主題歌賞」だけだった。

もひとつちなみに、この年の「主演女優賞」には、「アパートの鍵貸します」のシャーリー・マクレーンも、「日曜はダメよ」のメリナ・メルクーリもノミネートされてたんだけど、授賞したのは、穴馬の「バターフィールド8」のエリザベス・テーラーだった。だけど、これは、ホントに演技が評価されての授賞じゃなくて、同情票によるものだって言われてる。エリザベス・テーラーは、これまで4年連続でノミネートされてた上に、この時は、次回作の「クレオパトラ」の撮影中に肺炎をこじらせて、生死の間をさまよい、気管支切開の大手術で奇跡的に一命をとりとめたあとだった。エリザベス・テーラー自身も、この映画に出ることをずっと嫌がっていて、撮影中はワガママ放題で、試写の時にはスクリーンに飲み物を投げつけて出て行ってしまったほどだったそうだ。

‥‥そんなワケで、あたしの観た感じでは、きっと、「ライラの冒険」の宣伝費の10分の1以下の製作費で作られてると思う昔の映画だけど、最初からグイグイと引き込まれて行くストーリー展開や、本物の名優たちによる素晴らしい演技、そして、観終わったあとに残る温かい余韻など、どれを取っても今どきのバカ騒ぎ映画とは水準が違いすぎる。そんな「お熱いのがお好き」と「アパートの鍵貸します」は、GyaOで4月6日(日)の正午まで無料で配信してるので、まだ観たことのない人は、ぜひ楽しんで欲しいと思う。ウイスキーのロックでも用意して、チビチビと飲みながら楽しめば、怒涛のように押し寄せて来る「ライラの冒険」のCMも気にならなくなるし、水野春郎じゃないけど、「いや~映画って本当にいいもんですね~♪」ってことを再確認できると思う今日この頃なのだ。


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「お熱いのがお好き」 (4月6日正午まで)
http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0047448/

「アパートの鍵貸します」(4月6日正午まで)
http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0047447/


※ヨケイなお世話だと思うけど、2本続けて観るのなら、あたし的には、先に「アパートの鍵貸します」を観たほうが、より楽しめると思います♪

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低い鼻にも華がある

今日、車を運転してたら、ちょうど正面に太陽があって、すごく眩しかったので、サングラスを掛けた。でも、あたしとしては、あんまりサングラスは掛けたくない。何でかっていうと、あたしの鼻は、メガネやサングラスを掛けるのに向いてないからだ。あたしの鼻が低いことはオナジミだと思うけど、特に、鼻の根本?の「メガネやサングラスのアレ」を掛ける部分が低いので、普通の人よりも、サングラスが全面的に顔面に近くなる。そして、レンズにまつ毛が当たるから、それがすごく気になるのだ。その上、鼻が低いから、すぐに下にズレるし、タレントでいうと、辺見えみりちゃんとおんなじタイプの鼻だから、メガネ関係には苦労してる。

で、若い子たちが掛けてる大きなサングラスなら、レンズ自体もワリとカーブしてるから、まつ毛が当たることもないんだけど、あたしにはあまりにも似合わないらしい。オシャレなお洋服を着た時に、大きなサングラスを掛けて、自分では「イケテル」と思ってたのに、その日だけで3人から「昆虫みたい」「カマキリみたい」「昆虫人間みたい」というアリガタイザーなお言葉をいただいた。だから、それ以来、大きなサングラスは掛けてない。

それで、あたしに似合うのはどんなのかっていうと、メガネもサングラスもレンズの小さなものだ。メガネは、ザーマス奥様とか厳しい女性教師みたいなもので、サングラスはオーバル型のチンピラ風味の下品なものだ。パチンコ屋さんの隣のメガネ屋さんで、いろんなのを掛けてみたんだけど、レンズの大きなものはやっぱり似合わない。そして、それなりに似合うものだと、レンズが小さくて平面だから、鼻の低いあたしが掛けると、どうしてもまつ毛がレンズに当たっちゃう。そのまんま東みたいに「鼻メガネ」にすれば、まつ毛は当たらなくなるけど、それじゃあサングラスとしての意味をなさない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、長い年月の中で、レンズが小さくて、自分に似合うデザインなのに、全体的にカーブしてて、それに合わせてレンズもカーブしてて、まつ毛に当たらないサングラスを見つけることができた。文章だけで説明するのは難しいんだけど、フィフティーズとか、ひと昔前の不良とかが掛けてる「キャッツアイ」みたいに、全体的にカチューシャみたいな弧を描いてるから、そのぶん、レンズが前に出てて、まつ毛が当たらないのだ。だから、鼻の低いあたしとしては、当然、「メガネやサングラスのアレ」も鼻に当たらない。だけど、耳に掛ける部分がシッカリしてるから、ズレないで掛けてることができたのだ。

でも、このサングラスは、もう10年以上も前のもので、渋谷かどこかの露店みたいなとこで1000円で買ったものだから、クオリティーなんか期待できるワケもなく、数年でレンズが細かい傷だらけの天使になっちゃって、使い物にならなくなっちゃった。それで、あたしなりに理解したことは、全体的にカーブしてるデザインの物は、まつ毛には当たらないんだけど、どれもレンズがプラスティックで、よほど高価な物じゃない限り、使ってるうちに細かい傷がついて見ずらくなる。そして、ガラスのレンズの物は、レンズが平面だから必ずまつ毛に当たる‥‥ってことだった。

こんなことなら、プチ整形でもして、鼻を高くしたほうが話が早いと思うし、どうせなら、プチじゃなくて、本格的な整形でカッコイイ鼻にしたいと思う。だけど、そんなことを言い出したらキリがないので、あたしは、1000円とか2000円とかの安物のサングラスで、全体的にカーブしてるプラスティックレンズの物と、まつ毛には当たるけど、自分に似合うガラスレンズの物とを使い分けるようにしてる。極端な話、今では、100円ショップで売ってるサングラスでも、それなりのデザインの物もある。だけど、一度買ってみたら、2~3回使っただけで壊れちゃったから、100円のサングラスはあまりにもバカバカしいってことが分かった。

それから、何年か前に、児島玲子ちゃんの出てる釣り雑誌を買いに「釣り具の上州屋」に行った時に、「偏光サングラス」の安売りのワゴンがあって、一番安いのは1000円ちょいだったから、どうしても欲しくて、買ったことがある。これは、水面がキラキラと反射してる光をカットしてくれるから、泳いでるお魚の姿をよく見ることができるって物で、これを掛けて多摩川の観察をしたかったからだ。ただ、どの偏光サングラスも「水面のキラキラをカットする」ってことを重視して作られてるからなのか、レンズの色がすごく薄くて、普通のサングラスとしては意味のない感じだった。デザインもどれもダサくて、今どき、渡哲也でも掛けないような物が多かった。

だけど、あたしは、ファッションとしてじゃなくて、お魚の観察用として欲しかったので、一番安いのを買ってみた。そして、次のお休みの時に、ワクワクしながら多摩川へ行ったんだけど、確かに川面のキラキラは多少は消えたんだけど、水中が見えるワケでもなく、お魚が見えるワケでもなく、「なんだかなぁ~」って感じだった。結局、ずっと川面を見て魚釣りをしてると川面のキラキラで目が痛くなって来るから、それを軽減するためのサングラスなんじゃないのか?ってことで、あたしは、1000円ちょいの授業料で、社会勉強をしたってワケだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、変装して地元のパチンコ屋さんに行く時には、まつ毛がレンズに当たってるとパチンコに専念できないから、プラスティックレンズの物を掛けてくことが多い。そして、車の運転中は、基本的にはサングラスは掛けてなくて、太陽が眩しい時だけ掛けるから、ガラスのレンズの物を車に積んでる。車の場合は、その時は太陽が眩しくても、永遠に太陽に向かって走り続けることはメッタになくて、どこかを右折か左折すれば、もう眩しくなくなる。だから、サングラスを掛けるっていっても、ホンのわずかな時間だけなので、まつ毛が当たってもガマンできるのだ。

で、これだけダラダラと書いて来て、ようやく最初の部分に戻るけど、あたしは、今日、太陽が眩しかったので、信号待ちの時に、車に積んでたサングラスを掛けた。それで、そのまま走り出して、バリチェロ気分で赤信号を無視‥‥ってのはギャグだけど、道が空いてたので、それなりにマレーシアGP気分で走ってたら、左側の歩道から、突然、目の前に子犬が飛び出して来たのだ!

「目の前」って言っても、10メートル以上はあったと思うけど、アセッたあたしは反射的に急ブレーキを踏んで、その子犬も驚いて歩道のほうに戻ったから、何とか轢かずに済んだ。あとから分かったんだけど、歩道で犬の散歩をしてた女性がいて、何かの拍子にリードを放しちゃって、それで車道に飛び出したってことだった。結果的には良かったけど、ホンの0.1秒でも前を走ってたら、あたしはその子犬を轢いてたかもしんないし、そしたら、これから死ぬまで、ずっと、あたしは重い十字架を背負って生きてかなきゃなんなかったワケだ。

それに、急ブレーキを踏んだオカゲで、助手席に置いといたバッグの中身が飛び散っちゃったし、あたしは、その犬の飼い主に対して腹が立った。それで、窓を開けて、「ちょっと!気をつけなさいよ!」って文句を言った。そしたら、その女性は、謝るどころから、ポカーンとした顔であたしのことを見てる。そして、ちょっとしてから、まるで笑いをこらえてるような表情で、「すみません‥‥でした‥‥ププッ!」って感じで謝ったのだ。

それで、あたしは、「なんて失礼な人なのかしら?」って思って走り出したんだけど、その謎は、次の信号待ちの時に解明されることになった。どうも、目の調子が悪い‥‥っていうか、視界の感じがおかしいと思ったあたしは、次の信号待ちの時に、ナニゲにルームミラーで自分の顔を見てみたら、ナナナナナント! サングラスのレンズが片方なくなってて、昔のタモリみたくなってたのだ! 急ブレーキを踏んだ時に、レンズが片方外れて落ちたのに、あたしは、驚いたり腹が立ったりバッグの中身が飛び散ったりで、複雑にコーフンしてて、ぜんぜん気づいてなかった。そして、そんなサングラスを掛けたまま文句を言ったもんだから、相手は、笑いをこらえながら謝ったんだ、たぶん。

‥‥そんなワケで、あたしは、腹が立った上に、さらに恥ずかしくなって、もう、踏んだり蹴ったりだった。だけど、どんな時でも、ピンチをチャンスに変える迷探偵キッコナンとしては、こんなナサケナイザーな出来事からも、ある貴重な発見をしたのだった。それは、「レンズの外れたサングラスなら、まつ毛がレンズに当たらない」ってことだ。ただし、「サングラスとしての意味をなさない」ってオチがついてるんだけど、それでも、普通の透明なレンズのメガネをファッションとして掛ける場合には、レンズを外せば良かったってことで、これからは、地元のパチンコ屋さんへ行く時の変装のバリエーションが、1パターン増やせると思った今日この頃なのだ(笑)


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コイズミが殺した1万人の子供たち

殺人狂のブッシュが、ありもしない「大量破壊兵器」という戦争のための大義名分を掲げて、イラクの一般市民に対して「劣化ウラン弾」を使用した結果、このような「奇形児」たちが1万人以上も生まれ、死んで行きました。

そして、このアメリカの侵略に対して、天文学的な国民の血税を献上したのが、ブッシュの飼い犬のコイズミなのです。

あたしたちの血税は、コイズミという最低最悪の鬼畜によって、アメリカの石油利権のために使われ、このような「奇形児」を1万人以上も作り出し、そして、殺したのです。


「あたしたちの税金によって生み出された奇形児たち」


「地球のためにすべてのアングロサクソンを皆殺しにしろ!/NoFx」


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2008.03.22

お知らせです!

東京の皆さん、東京近郊の皆さん、明日23日(日)、JR中野駅の北口広場で、沖縄の高江の米軍ヘリパットに反対するイベント、「第一回 ゆんたく高江in中野」が行なわれます。

ノグチゲラやヤンバルクイナなど、世界中でこの場所にしか生息していない野生動物が数多くいるかけがえのないヤンバルの森の中に、アメリカ兵が人殺しの訓練をするための「ジャングル戦闘訓練センター」があります。その面積は「東京ドーム1667個分」もの広さで、アメリカ兵たちは、日夜、自然を破壊しながら、人殺しの訓練をしています。

そして、その「人殺しの訓練場」の周りには、15カ所ものヘリパットがあり、連日、ものすごい爆音を立てて米軍の殺人ヘリコプターが離着陸し、野生動物だけでなく、付近の住民たちの生活も脅(おびや)かし続けています。それなのに、米軍とニポン政府は、地元住民たちの反対を押し切り、さらに6カ所ものヘリパットを造ろうとしているのです。そして、そのヘリパットは、今までに何度も墜落事故を起こしている欠陥軍用ヘリ、「MV22オスプレイ」の発着のために使われる予定なのです。こんなヘリパットができてしまったら、地元の住民たちは安心して眠ることもできなくなってしまいます。

明日のイベントには、高江のバンド、スワロッカーズや、沖縄の知念良吉さん、「たま」のボーカルの知久寿焼さんをはじめ、たくさんのバンドやミュージシャンが参加してライブが行なわれます。また、他にもいろいろな企画も満載なので、1人でも多くの皆さん、とにかく遊びに来てください。そして、うんと楽しみながら、高江の現状、沖縄の現状、そして、ニポン政府がどこを向いて政治をしてるのかを知ってください。

ヨソの国の問題で騒ぐのも結構ですが、まずは自分の国の問題に目を向けて欲しいと思います。あたしは、アメリカの人殺しの片棒を担いでいるニポン人は、他国の民族間の問題に意見できる立場だとは思いません。ベトナムやイラクやアフガンの人たちから見れば、あたしたちも「チベット人から見た中国人」と同じ「加害者」なのです。あたしは、自分たちが人殺しの手伝いをやめることのほうが、遥かに重要だと思っています。

イベントの場所、時間、スケジュールなどの詳細は、以下へどうぞ。


「第一回 ゆんたく高江in中野」