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2008.03.13

活字という責任

いくら大学まで進学しようとも、いくらインターネットが普及しようとも、あたしたち1人1人が知ってることは、世の中のすべてのことのうちの1%にも及ばない。あたしの場合なら、自分の身近なことや、自分のお仕事や趣味、興味を持ってることなどに関しては知ってるけど、それ以外のことは、ほとんど知らない。たとえば、あたしは、「AKB48」ってのも、これを「エーケービーフォーティーエイト」って読むことを最近ようやく知った程度で、何人組なのかも知らないし、メンバーなんか1人も知らない。だけど、「AKB48」のファンなら、当然、メンバー全員の顔と名前を知ってるだろうし、さらには、身長だの体重だの趣味だの出身地だのってことまで知ってる人もいるだろう。

つまり、こうした情報は、「あたしは知らないけど他の人なら知ってる人もいる」ってことで、こうしたタレントのことだけを取り上げても、ニポンだけでも数えきれないほどの人数がいるんだし、全世界で見れば何十万人、何百万人て数のタレントがいるハズだ。だから、あたしが知ってるタレントの情報なんて、全世界のタレントの情報の「0.000001%」程度ってことになる。そして、この他にも、プロ野球、サッカー、アメリカンフットボール、バスケットボールなどを始めとした世界中のプロ選手の情報や、それぞれのチームの情報なども膨大だと思うけど、あたしが知ってるのは、やっぱり「0.000001%」程度だろう。F1に関しては、まったく興味のない人よりかは知ってるけど、それにしたって、プロの解説者や専門家みたいな知識はないし、単なるミーハーファンだ。

そして、タレントだのスポーツ選手だのってレベルを遥かに超えてるのが、数々の学問の世界だ。哲学や科学や生物学や考古学など、それぞれの中にたくさんのカテゴリーがあって、その1つのカテゴリーだけを専門に研究してる学者とかの知識は、ものすごい膨大なものだけど、あたしは何も知らない。他にも、各国の食べ物のこと、生活習慣のこと、音楽のこと、芸術のこと、世界中の何から何まで、すべてのことを「情報」としてとらえた場合、あたしが知ってることなんて、とても1%には満たない。もっともっと少ない量のことしか知らない。つまり、あたしは、死ぬまで、世の中のことのうちのホンのちょっと、「0.001%」程度のことしか知らずに人生を終えるってことになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、分数の割り算や2次方程式が精一杯のあたしとしては、それ以上の難しい計算とかは絶対に理解できないし、他のこともぜんぜん分からない。分かるとか分からないとか言う以前に、どんなものがあるのかも知らない。ゆうこりんでもやってる「株」にしても、あたしは、どこに行ったら「株」を買えるのかも知らないし、もしも買えたとしても、その「株」をどうすればお金儲けができるのかも知らない。だから、「株」に関して言えば、あたしの知識は、ゆうこりん以下ってことになる。他にも、あたしには、知らないことだらけで、よくもこれで生きてられると思えちゃう。

だけど、それでも生きてられるのは、あたしは、自分の知ってるわずかなことだけの中で生きてるからだ。たとえば、あたしとぜんぜん違うお仕事をしてる人なら、ヘアメークの知識はゼロでも、その自分のお仕事に関する知識はたくさん持ってるワケで、その世界の中だから生きて行けるワケだ。で、あたしに限らず、ほとんどすべての人間は、自分の知ってることなんかホンのちょっとで、その他の99%以上のことを知らないワケだけど、そうした「自分の知らないこと」の中でも、「まったく知らないこと」と「少しだけなら知ってること」がある。

魚釣りが趣味の人の場合なら、児島玲子ちゃんみたく魚釣りをお仕事にしてれば、どんな釣りにもチャレンジすることになるけど、一般の釣り人の場合には、たいていは1種類の釣りだけを専門に楽しんでる場合が多い。たとえば、ヘラブナ釣りが専門の人とか、アユ釣りが専門の人とか、そういう感じだ。中には、2種類か3種類の釣りをする人もいるけど、多くの場合は、1種類の釣りだけを専門にして、奥深く研究して腕を磨いてく。だから、20年も30年もヘラブナ釣りをやって来た人でも、イシダイ釣りは一度もやったことのない人もたくさんいる。

でも、釣りのことをぜんぜん知らない人にしてみれば、20年も30年もヘラブナ釣りをやって来た人だって紹介されれば、「釣りの専門家なんだ」って思っちゃう。そして、その人に、イシダイ釣りのことを質問してみたら、まったくのシロートよりは多少の知識がある程度で、専門的なことは何も知らないってのが普通なのだ。で、この「ヘラブナ釣りの専門家が知ってるイシダイ釣りの知識」ってのが、「まったく知らないこと」と「少しだけなら知ってること」のうちの「少しだけなら知ってること」ってワケだ。

‥‥そんなワケで、ここまで気合いを入れた前置きを大上段から書き続けて来て、いったいどこに着地するのかっていうと、「猫吉親方」ってワケだ。読み方まで書くほどでもないけど、念のために書いとくと、「ねこきちおやかた」だ。ようするに、「猫吉」って名前の「親方」ってワケで、これが何なのかって言うと、みんな知ってる「長靴をはいた猫」のもともとのタイトルだ。

「長靴をはいた猫」なら、ほとんどの人が知ってると思うけど、じゃあどんなお話なのか詳しく話してみてって言われたら、「どんなお話だったっけ?」ってなる人のほうが多い。つまり、タイトルだけは知ってるけど、読んだのが子供のころだったから、内容までは覚えてないって人が多いのだ。だけど、長靴をはいた猫の絵の表紙を何となく覚えてたり、人によっては、東映マンガ祭りのアニメを観た記憶があったり、「たしか猫の名前はペロだったよな?」なんて人もいるだろう。

でも、「ペロ」ってのは、アニメにするために、原作者のフランス人「シャルル・ペロー」の名前から名づけたもので、ホントの名前は「猫吉」で、さらには「親方」なのだ。ちなみに、このお話が作られたのは、今から350年も前で、ニポンには戦後になってから入って来たんだけど、原題の「LE MAITRE CHAT OU LE CHAT BOTTE (猫の親方、あるいは、長靴をはいた猫)」を翻訳者の楠山正雄さんが、「猫吉親方」って訳して、副題として「長ぐつをはいた猫」ってつけたのだ。

で、痒いところに猫の手が届く「きっこの日記」としては、どんなお話なのか忘れちゃってる人たちのために、軽く紹介しとくけど、ある村に、3人の息子を持った貧乏な粉ひき親父がいた。で、その家の財産て呼べるものは、粉ひきに使う風車と、1頭のロバと、1匹の猫だけだった。そして、その親父さんが亡くなって、兄弟は財産を分けることになるんだけど、当然、長男は風車、次男はロバ、三男は猫ってワケで、長男や次男はそれで生活して行けるけど、何の役にも立たない猫なんかもらった三男は、トホウに暮れちゃう。

そしたら、落ち込んでる三男に向かって、その猫が、「オレに長靴を作ってくれたら、あんたを幸せにしてやるよ」って言う。それで、三男は、一生懸命に猫用の長靴を作り、猫に渡して、猫はその長靴をはいて、2人で旅に出る。そして、たまたま通りかかった王様を騙して、三男のことを偉い侯爵(こうしゃく)、自分はその家来って信じさせちゃう。それで、猫の口先三寸で騙し続けてって、最終的には、その王様の娘のお姫様と、三男とが結婚して、猫も一緒に幸せになる‥‥ってお話だ。だから、全体的な流れとしては、あんまり褒められた話じゃない。

‥‥そんなワケで、世界中のすべての書物の中には、ニポン語に訳されてないもののほうが遥かに多いワケだし、英語ならともかく、それ以外の言語で書かれてたら、あたしには読むこともできない。そして、ニポン語に訳されてるものでも、難しい学問の専門書とかは、読んでも意味が理解できない。もちろん、最初からニポン語で書かれてるニポンの書物でも、医学書だの法律の専門書だのは、あたしは読んでも理解できない。だから、最初から読めない他言語の本や、読むことはできても理解することのできない専門書とかをすべて除いたとしても、残りの本を死ぬまでにぜんぶ読むことは絶対に不可能だ。

今、この「きっこの日記」を読んでくれてる人のうちで、書籍版の「きっこの日記R」を読んでくれた人は、現時点では、10人のうち3人くらいだ。つまり、興味のある対象に関しても、本まで読むのはその程度の割合なんだから、まったく興味のないジャンルの本なんか、誰も読まないだろう。あたしの場合は、毎日「きっこの日記」を読みに来てくれてる人たちに向けて、このWEB日記には書けないこと、このWEB日記では伝えきれなかったことを本にしたんだけど、それでも7割の人たちが「本までは読まなくてもいいや」って思ってるワケだから、本てものに対する意識はその程度なんだろう。で、唐突だけど、ここで1通のメールを紹介する。


お名前:M子
コメント:こんにちは。M子です。3回目のメールです。私には、小六、小四の息子がいます。朝、学校に行く前、朝食を摂りながらニュース番組を見ています(おはスタは最近卒業しました)。小六の兄はニュースを見ながら「全部本来の目的で使われる道路特定財源ならいいけど、アロマや旅行に使うんだったらやめちまえ!」とか「新銀行東京なんてバカみてえ。石原はバカ」等、世間の偉いと言われる大人のバカさ加減が、小さいながらも分かってきました。だったら読ませても大丈夫かな?と思い、「きっこの日記R」の「大人のみなさんへ」を読ませました。「長いよ」と、最初はあまり興味もなかったようなのですが、次第に食い入るように読み、読み終わった後は、何と、涙を流していたのです。「何で日本の政治家は何もしないんだ?悔しいよ。ぶん殴ってやりたい…。(自分は)何をすればいいの?何ができるの?」と聞いてきました。何をすればいいって…実は、それは私も誰かに聞いてみたいと常々思っていることだったのです。でも、母はここで分からないと言うわけにはいきません。で、私の口から出た言葉。「大人になったら、まず必ず選挙に行って、自分の意思を社会に反映させること。そして、しっかり自分の考えを持つこと。周りがざーっと流れて行っても、このまま一緒に流れて行って良いのか、立ち止まって考えなさい。そして、今はネットもあるのだから、個人の考えも発信することができる。一人一人の力は弱くても、同じ考えが集まったら、社会を変えるぐらいの大きな波だって起こせるはずだよ」と伝えました。…息子に伝えた言葉。それは常日頃、自分が求めていた答えなのではないか?と思いました。(後略)


‥‥そんなワケで、この「きっこの日記」を読みに来てくれてる人たちのうち、3割もの人たちにあたしの伝えたかったことが伝わり、こうして、周りの人たちにも少しずつ広がってってくれてることが、何よりも嬉しい。ブラックバス釣りを趣味にしてる人でも、その1割以下しかブラックバス釣りの雑誌を買わなくなった時代なんだから、3割もの人たちがあたしの本を買って読んでくれたってことは、ホントに嬉しいし感謝してる。

でも、時代は、さらに「薄く広く」の世界へと向かってて、ネットでザッと目を通しただけで、その内容の真偽さえ確かめようともせずに、その情報を自分のものにしたつもりになっちゃう人が急増中だ。あたしの場合は、どこかのカンバンを背負って報道をしてるワケじゃないし、自分の趣味として日記を書いてるだけだから、情報の出所にしても、知り合いから聞いたウワサ話だったり、ネットに流れてるウワサ話だったりする場合もある。だから、正しいものもあれば正しくないものもあるワケで、ハッキリ言えば「無責任」だ。

だけど、いくら個人の趣味の日記でも、それが活字になる場合には、間違ったことは書けない。すべての情報を精査して、裏を取り、絶対に間違いないものしか本にすることはできない。だからこそ、大幅に加筆や修正をしてるワケで、そこには「責任」がある。だから、おんなじ「きっこの日記」ってタイトルでも、このWEB日記と書籍では、スタンスも内容の精度も大きく違う。これは、あたしの場合に限らず、すべてが同様だ。つまり、ネットで得た情報は、活字で確認してこそ「価値のある情報」になるってことで、ネットしか見てない人は、モノゴトの表面を眺めただけで「知った気」になってるだけってことだ。M子さんのメールに書かれてた「大人のみなさんへ」にしても、あたしは、ページ数にして4~5ページぶんも加筆してるし、他の部分も書き直してる。これは、「正確に伝えたい」ってことだけじゃなくて、より多くの情報を発信したいと思ったからだ。

‥‥そんなワケで、世の中は活字離れがどんどん加速し続けて、興味のない本はともかく、興味のある本に対しても実際に読む人が減り続けてるんだから、そのうち、「本当の情報」なんて誰も知らない世の中になっちゃうかもしれない。そして、最近、ラジオでヤタラと流されてる「原子力発電は地球にやさしい発電です」なんていうトンデモCMまで、鵜飲みにしちゃうような人たちも出て来るだろう。何しろ、多くの人が子供のころに読んだハズの童話、「長靴をはいた猫」でさえも、そのストーリーを覚えてない人が多く、ホントのタイトルが「猫吉親方」だってことを知ってる人もマレなのだ。そう考えてみると、あたしたちの知ってることって、ホントに微々たるものってワケで、いかに「知らないこと」のほうが多いかってことが想像できる。とにかく、近ごろブームのおバカキャラにしても、各テレビ局で競ってる雑学クイズにしても、いかに本を読まない人たちが増えて来たのか、いかにバカが増えて来たのかってことの証明でしかない。本を読む人の多かった20年前なら、子供でも読めたような漢字なのに、今じゃ大学を出てるテレビ局のアナウンサーがその漢字を読めないなんて、これじゃますます自民党の思うツボだと思う今日この頃なのだ。


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