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2008.04.10

梅と桜

今まで何度も書いて来けど、あたしは、梅の花が一番好きだ。これは、春のお花の中でってことじゃなくて、すべてのお花の中で、梅の花が一番好きってことだ。1月の寒い時季でも、梅のつぼみが膨らみ始めると、「もうすぐ春が来るんだな」って思えるし、咲き始めのころの控え目で清楚なところ、品(ひん)のあるところ、枝ぶりの味わい、そして、満開になってからの豪華絢爛なところ、豪華でありつつも奥ゆかしくて高貴なところ、梅林中に漂う芳香、どれをとっても、すべてのお花の中で一番好きだ。まさに、フラワー・オブ・フラワーって感じで、これほど好きなお花は他にない。

細かいことを言うと、ヒトコトで梅って言っても、300もの種類があるから、あたしには、梅の中でも好きな梅とそれほどでもない梅とがある。だから、あたしがホントに好きなお花は、フラワー・オブ・フラワーの中のウメ・オブ・ウメってことなんだけど、そこまで書いてると大変なので、今回は梅の種類に関しては割愛して、サクサクと進めてこうと思う。で、「サクサク」と言えば桜ってワケで、春を代表するお花は、ナゼか桜ってことになってる。俳句では、春を代表するどころか、「花」と言えば桜のことを指すので、桜はニポンを代表するお花ってことになる。

だけど、あたしは、あまりにも梅が好きなので、その反動もあって、桜はそれほど好きじゃない。花期の長い梅には「落ち着き」があるけど、パッと咲いてパッと散る桜は、あわただしいからだ。もちろん、そこに「潔さ」があるんだけど、政府に利用されて死んで行った特攻隊の少年たちを桜の花にたとえて、お国のために潔く死ぬことが美徳だって洗脳するために長年悪用されて来たセイで、桜の花のイメージはすごく悪くなった。未だに、ウヨク系の人たちって、桜の花をシンボルみたく使ってるけど、お国のために犬死にすることを美徳だと思わせるためのイメージの刷り込みなんかに、美しい桜の花を使わないで欲しいと思う今日この頃、皆さん、今年のお花見は楽しめましたか?


‥‥そんなワケで、その散り際の潔さから、何かとウヨク系の人たちに利用されて来た桜の花だけど、あたしの大好きな「サクラ大戦」も、ウヨク系のゲームだ。なんたって、お国(帝都)を守るために、10代の少女たちが、自らの命を捨てて、意味不明な魔物と戦うワケで、これって、政府のために少年たちを犬死にさせた特攻隊とおんなじだ。すみれちゃんなんか、まだ16才だってのに、ものすごい強敵と戦って、仲間を助けるために、自らを犠牲にして、敵と一緒に谷底に落ちて死んじゃった。あたしは、あまりのことに、号泣した。

ま、「サクラ大戦」の場合はゲームだから、何度死んだってセーブしてたとこからやり直しができるけど、それでもこんなに理不尽な思いがして悲しいのに、現実に政府に利用されて、一部の権力者の犠牲になって殺された特攻隊の少年たちは、二度と生き返れない。大人が始めた戦争に、子供をかり出して戦わせるなんて、言語道断もいいとこで、これほど残酷なことはない。そして、これほど残酷な犯罪を美化するために、散り際の潔さから桜の花を象徴的に利用するなんて、あまりにもこざかしい。

だから、あたしは、外見的にも、内面的にも、桜はあんまり好きじゃなくて、梅のほうが遥かに好きだ。だけど、名前だけを比べると、桜のほうがステキな感じがする。あたしは、こんなに梅が好きなのに、もしも自分の名前が「うめ」とか「梅子」とかだったら、なんか、おばあちゃんみたいでイヤだ。あたしの大好きだった「特捜戦隊デカレンジャー」のウメコの場合は、菊地美香ちゃんの役名が「胡堂小梅(こどう こうめ)」で、その「こうめ」をひっくり返して、仲間うちのニックネームとして「ウメコ」って呼ばれてた。だから良かったけど、役名や本名が「うめ」とか「梅子」だと、どうしてもおばあちゃんぽく感じちゃう。

だけど、これが、「さくら」とか「桜子」なら、ステキな名前だと思う。おんなじ春のお花の名前なのに、人の名前にすると、なんでこんなにイメージが違っちゃうんだろう? 「サクラ大戦」にしたって、主人公の「真宮寺さくら」が、もしも「真宮寺うめ」だったとしたら、なんか、光武に乗って降魔と戦う少女ってよりも、縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲んでるおばあちゃんみたいになっちゃう。その上、タイトルまでもが「ウメ大戦」になっちゃうワケだから、「パロディウス」みたいなゲームを想像しちゃう。

‥‥そんなワケで、名前だけを比べると、大きくイメージの違う桜と梅だけど、梅ってのは、昔は「むめ」って読まれてた時代がある。梅は、中国の長江の流域が原産で、ニポンには奈良時代に渡って来て、平安時代に全国に広まった。で、中国から渡って来た時に、中国語で梅のことを「ムメイ」とか「ムマイ」とかって発音したことから、最初はニポン人がそれを「ウメ」って聞きとったことから、そのまま「梅」を「ウメ」って読んでた。だから、当時の「万葉集」には、「うめ」って書かれてる。

だけど、それから時代が進むにつれて、だんだんと「むめ」って書く人が多くなって来る。これは、ニポン語特有の変化で、「うなぎ」のことも、昔は「むなぎ」って表記してた時代がある。で、「うめ」が「むめ」になったり、「うなぎ」が「むなぎ」になったりする、この「う」から「む」への変化には、「ん」が大きく関与してるってのが、あたしの立てた説だ。ニポン語って、「お馬さん」のことを「おんまさん」て言ったり、「うまい!」って言うとこを「んまい!」って言ったり、発音する時に「う」を「ん」にしちゃうことが多い。つまり、「うめ」って言う時に「んめ」、「うなぎ」って言う時に「んなぎ」って言っちゃうこともアリエールだったってことだ。それから、ほとんどの人が文字を書けなくて、耳で聞いた言葉だけがすべてだった時代なんだから、相手はちゃんと「うめ」って言ったとしても、それを「んめ」って聞きとった人もいるだろう。

そして、「オリンピック」ってカタカナで書く時に「オリムピック」って書くことがあるように、ニポン語の表記って、「m」と「n」の発音に対する表記が明確じゃない。だから、耳で「んめ」とん「んなぎ」とか聞いたものを文字で書く場合に、それが「むめ」や「むなぎ」に変わっちゃうことが考えられる。これが、あたしの立てた仮説で、ようするに、ニポン語特有の「発音の曖昧さ」と「表記の曖昧さ」のダブル攻撃によって、「うめ」が「むめ」になっちゃったってことだ。

それで、「うめ」よりも「むめ」って呼び名のほうが一般的になっちゃったのが、江戸時代だ。江戸時代の俳諧でも、多くは「むめ」って書かれてるし、漢字で「梅」って書かれてる場合には、「むめ」って読むことが多い。芭蕉の門下の服部嵐雪の句で、「梅一輪一輪ほどのあたゝかさ」っていう名句があるけど、これも、正確には「むめ」って読む。あたしは、日記とかで取り上げる時には、分かりやすいように「うめ」って書くことにしてるけど、原典では「むめ」になる。で、どれほど「むめ」って呼び名が一般的になってたのかっていうと、明治時代の初期に、シーボルトがニポンの梅を見て学名をつけたんだけど、それが「Prunus mume」って言うのだ。この学名は、もちろん現在でも使われてるから、ニポンの梅は、今でも学術的には「むめ」ってことになる。

‥‥そんなワケで、何百年もの時を超えて、ようやくもともとの「うめ」って呼び名に戻った梅だけど、30年以上も暫定しっぱなしだったガソリン暫定税を廃止して、本来の正しい税率に戻すだけでもスッタモンダしてるように、長年「むめ」って呼ばれてたものを「うめ」に戻す時も、いろいろとバタバタしたのだった。


 鶯に問はめや梅の仮名遣ひ  來山


小西來山(らいざん)は、承応3年(1654年)生まれの大坂(現在の大阪)の俳諧師で、あたしの好きな芭蕉のスタイル「蕉風」が流行する前の時代の「談林派」だ。自然を詠む芭蕉と違って、庶民の生活を詠む「談林派」のスタイルは、今で言う風刺みたいなものも多くて、來山は、「お奉行の名さへ覚えず年暮れぬ」っていう句を詠んで、お奉行の怒りを買って、大坂を追放されたりしちゃう。

で、この句だけど、梅のことを「うめ」って書く人と「むめ」って書く人がいるので、いったいどっちが正しいのか、誰に聞いてもさっぱり分からないから、梅の枝で鳴いているウグイスにでも聞いてみようか‥‥ってことだ。この句が詠まれたのは、江戸時代の前期だから、いくら「むめ」っていう呼び名が一般的になってたって言っても、まだまだ「うめ」って呼んでる人も多かったってことが推測できる。そして、江戸時代の中期を過ぎると、こんな句が詠まれた。


 梅咲きぬどれがむめやらうめぢややら  蕪村


与謝蕪村は、説明の必要はないと思うけど、この句は説明しないと分かりにくいと思う。この句は、「梅咲きぬどれが梅(むめ)やら梅(うめ)じゃやら」ってことで、ようやく梅が咲く時季になったってのに、世の中じゃ「むめだ」「いや、うめだ」と言い合っている人たちばかりで、いったいどの花が「むめ」で、どの花が「うめ」なんだろう。私には、どれも同じに見えるのだが‥‥ってことなのだ。だから、冒頭の「梅咲きぬ」の部分は、むめ派の人は「むめ」って読めばいいし、うめ派の人は「うめ」って読めばいいしってことで、どっちにも読めるように漢字で書いたってワケだ。

この句が詠まれたのは1756年なので、あと100年ほどで時代は明治へと移り、ジョジョに奇妙に「うめ」が主導権を握ってくワケだけど、江戸時代には、芭蕉も蕪村も「むめ」って書いてるから、全体的に言えば、「むめ」のほうが主流だったことになる。そして、現代では、完全に「うめ」が一般的になったけど、あたしのおばあちゃんくらいの世代だと、今でも「むめ」って書いて「うめ」って読ませる名前のおばあちゃんとかもいるから、ワリと最近までは「むめ」って表記が残ってたようだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、人の名前の場合、なんで「うめ」だとおばあちゃんぽいのに、「さくら」だとおばあちゃんぽくないのかってことも考えてみた。もちろん、これは、現代の感覚での話だから、今から200年も300年も前なら、「うめ」も可愛くてステキな名前だったハズだ。つまり、この「現代の感覚」って部分がポイントになるハズで、そのために、あたしは、昔はなかったのに、最近になって使われるようになって来た名前を考えてみることにした。

昔はなかったけど、最近になって使われるようになって来た名前って言うと、あたしが思い浮かぶのは、木村カエラ、加藤ミリヤ、青山テルマ‥‥って、カタカナのステキな名前だ。そして、これらは、ナゼだかみんな3文字だ。それで、あたしは気づいたんだけど、これが「さくら」と「うめ」とのイメージの違いじゃないかってことだ。ようするに、3文字だと今っぽいのに、2文字だとおばあちゃんぽくなるってことだ。

そこで、あたしは、これらの名前を2文字にしてみたんだけど、そしたら、「木村カエ」「加藤ミリ」「青山テル」‥‥って、なんか、3人とも、おばあちゃんみたいになっちゃった。そして、「木村かえ」「加藤みり」「青山てる」って平仮名にすれば、さらにおばあちゃんぽくなる。「真宮寺さくら」にしたって、「真宮寺さく」にすると、おばあちゃんぽくなる。つまり、「さくら」と「うめ」とのイメージの違いは、単に文字数の違いだったってことだ。だから、「ウメ」だけじゃなくて、あと1文字足して、「木村ウメラ」とか「加藤ウメヤ」とか「青山ウメマ」とかにしてみたら、人の名前としては変だけど、少なくとも「おばあちゃんぽさ」は薄れたのだ。

それで、ここで、もう1つの発見があった。それは、「カエラ」も「ミリヤ」も「テルマ」も、最後が「ラ」「ヤ」「マ」っていう「a音」の文字で終わってるってことだ。あたしの好きな中森明菜ちゃんやMAXの玲奈ちゃんも、「アキナ」「レイナ」って「a音」の文字で終わってるし、他にも、ここ数年、人気のある名前の「サヤカ」も、みんな最後が「a音」の文字で終わってる。だから、3文字のカタカナの名前の場合は、最後が「ア」「カ」「サ」「タ」「ナ」‥‥の「a音」の文字で終わるようにすれば、うまく収まるってことだ。

だから、あたしは、「ウメ」に「a音」の文字を1文字足して、「ウメア」「ウメカ」「ウメサ」「ウメタ」「ウメナ」‥‥って考えてったら、「ウメカ」と「ウメハ」がソコソコだった。「ウメカ」の場合は「梅香」、「ウメハ」の場合は「梅羽」って書くこともできるし、俳号としてなら使えそうだ。だけど、最初に「梅」の字があると、やっぱ「梅」のインパクトが強いから、まだ若干、おばあちゃんぽい感じが否めない。そこで、あたしは、「特捜戦隊デカレンジャー」のウメコこと「胡堂小梅」のパターンで、「梅」の字が後ろに来るタイプの組み合わせも考えてみたんだけど、そしたら、「サウメ(早梅)」と「ミウメ(実梅)」にたどりつくことができた。

‥‥そんなワケで、あたしは、今日から「サウメ」って名前に替えて、この日記も「サウメの日記」ってタイトルに替えようと思う‥‥ってのはウソだけど、サロメみたいでステキだから、夏に新顔の子猫がやって来た時のために、新しい子猫の名前としてキープしとこうと思う。2匹の子猫に、サウメちゃんとミウメちゃんなんて名づけたら、すごく可愛いと思う。それに、ウヨク系の人たちが「さくら」の名前を悪用し続けてることによって、桜のイメージはすごく悪くなっちゃったけど、可愛い子猫に「うめ」の名前をつければ、梅のイメージはさらに良くなって、そのうち、江戸時代みたいに、女の子の名前に「うめ」をつけるのがステキだって思われる時代が来るかもしれないと思う今日この頃なのだ。


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