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2008.04.27

18才は大人です

あたしは、いつも言ってるように、人の感性は十人十色だから、いろんな考え方の人がいていいと思ってるし、逆に、そうでなきゃいけないと思ってる。だから、あたしが書いてることも、単に「あたしはこう思う」ってことを書いてるだけで、たくさんの考え方の中の1つであって、自分と違う感性の人の意見を否定するものじゃない。たとえば、山口県光市の母子殺害事件の「死刑判決」に対して、あたしは、この判決を大いに支持した。だって、史上マレに見る残虐で凶悪な殺人犯が、もしも死刑にならなかったら、何のために残酷な死刑制度があるのか、その存在理由が消滅しちゃうからだ。だから、この判決を「重い」っていう人たちの意見を否定はしないけど、ものすごく違和感を覚えたことは事実だ。

あたしは、犯罪者に課する刑罰ってものは、犯した犯罪よりも重くなかったら意味がないと思ってる。たとえば、100万円盗んだヤツに対して、「罰金10万円」て判決だったら、何も意味がない。これなら、マジメに働くよりも、人のお金を盗んだほうがオイシイってことになっちゃうからだ。だから、刑罰に「罪の償い」と「犯罪の抑止効果」を求めるのなら、100万円盗んだヤツには罰金1000万円くらい課さなかったら意味がないと思ってる。そして、当然、こんな罰金なんか払えないだろうから、1日1000円の計算で、1万日ほど重労働させればいいと思ってる。

それなのに、今の裁判のなまぬるい判例の多くは、犯した罪よりも刑罰のほうが遥かに軽い。何億円、何十億円という詐欺まがいの行為を働いても、初犯だと執行猶予がついて実刑にならないケースが多い。政治家なんか、何千万円、何億円てワイロを貰ってたことが発覚して、起訴されたとしても、みんな執行猶予じゃん。さらには、何の罪もない市民を私利私欲のために殺しても、死刑にならないどころか、何年かの懲役だけでシャバに出て来るのは当たり前、少年に至っては、悪しき「少年法」に守られて、オトガメ無しってパターンもある。

人の命を奪ったら、自分の命で償うのは当然だ。こんなの、猫でも分かる理屈だろう。それなのに、今の加害者擁護の判決の数々は、「何才までなら人を殺してもいい」「何人までなら殺してもいい」っていう前例作りでしかなく、こんな、なまぬるい裁判を続けてるから、「おとなしく金を出さないと刺しちゃうよ。オレたち、人を殺しても少年法で守られてるから」なんて言ってナイフをちらつかせるようなガキどもが増殖しちゃったんだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今回の光市の事件の判決に関して、「死刑は重すぎる」って言ってる人たちの多くが、「少年なのに」とか、中には「子供なのに」なんて言ってる人がいることに、あたしは、ものすごく違和感を覚えた。だって、あたしは、「18才の社会人」を「少年」だなんて思えないし、ましてや「子供」だなんて思えないからだ。百歩ゆずって、「18才の高校生」だったとしたら、まあギリギリ「少年」て呼んでもいいかもしれないけど、それでも、サスガに「子供」じゃないだろう。

あたしが18才の時は、自分のことを「大人」だと思ってたし、「少女」だなんて言われたら、「バカにすんな!」って言い返したと思う。そして、「子供」だなんて言われたら、側頭部にピーター・アーツ並みのハイキックを炸裂させてただろう。だから、あたしの感覚だと、「18才」を「少年」だ「子供」だなんて言うのは、言われてる本人としてもムカツクことであって、それを平然と主張できるのは、「罪を逃れたい」「刑を軽くしたい」っていう前提があっての主張でしかないと思ってる。

あたしの感覚だと、「18才の社会人」てのは、「少年」じゃなくて「青年」だ。そして、「青年」てことは、つまり、「大人」だ。今回の事件の犯人が、たとえば、「14才の中学生」だったなら、あたしでも、死刑は重すぎると思う。なぜなら、年齢的にも精神的にも完全に「少年」であり、不幸な生い立ちだの、精神的に未熟な部分だのを加味する必要もあるし、更生の道を残すべきだと思うからだ。だけど、18才にもなって、社会人として働いてる「立派な大人」が、犯罪を犯して逮捕されたら、突然、法的に「少年」であることを強調し出すなんて、こんなの、少しでも刑を軽くしようとするためのコソクな画策でしかない。

去年の5月、アベシンゾーによる「数の暴力」で強行採決された「国民投票法案」では、「18才以上の国民」に投票権を与えた。これは、アベシンゾーの悲願だった「侵略戦争のできる国」にするための第一歩として、憲法9条を改悪するための布石だった。そして、同じく強行採決された「教育基本法」の改悪によって、これからの教育には戦前の「愛国主義」が満載だから、これからの中学生や高校生たちは、お国のために喜んで命を投げ出すことが美徳だって洗脳されて行く。で、その子たちが18才になった時点で、憲法9条を改悪するための国民投票をしようって作戦なのだ。

平和憲法の大切さを身を持って知ってるのは、実際に戦争を体験した世代の人たちだ。つまり、年齢層が高くなればなるほど、憲法9条を守ろうとする人たちが多いってワケで、今のまま国民投票をしても、憲法改悪に賛成する人は過半数に届かない。それで、北朝鮮を核攻撃したいアベシンゾーは、子供たちに洗脳教育を強制するとともに、国民投票権を「18才以上」として、何とか過半数を取れるようにって根回ししたのだ。

‥‥そんなワケで、選挙権もない「法律上の少年」に、国の未来を左右するほどの重大な案件の投票権を与えたってことは、ここで話はクルリンパと戻るけど、この国の政府は、「18才以上は責任のある大人」だって認めたことになる。そして、今は、法務省の法制審議会で、ニポン人の成人年齢を今までの「20才」から、「18才」へと引き下げたらどうか?って議論が続けられてる。つまり、ニポンは、「18才は大人である」って方向へ向かってるワケだし、一部の法令では、すでに「18才は大人である」って認めたことになってるワケだ。

今、世界中の半分以上の国が、成人年齢を「18才以下」に定めてる。各国の成人年齢をザッと挙げてみると、アルゼンチンが21才、アメリカが州ごとにバラバラ、イギリスが18才、イタリアが18才、エジプトが21才、オーストラリアが18才、キルギスタンが16才、シンガポールが21才、スイスが18才、中国が18才、ドイツが18才、トルコが18才、ニポンが20才、ネパールが16才、プエルトリコが14才、ブラジルが18才、フランスが18才、ベルギーが18才、メキシコが18才、ロシアが18才‥‥って感じだ。これを見れば分かるように、世界の多くの先進国では、18才で成人になり、「大人」としてみなされ、社会的な責任を負う。犯罪を犯せば、当然、「大人」として処罰される。

また、ニポンでは、成人にならないとお酒もタバコもダメだけど、他の国では、成人にならなくてもお酒が飲める国もたくさんある。たとえば、成人年齢が18才のドイツ、イタリア、フランス、ベルギーなどでは、お酒は16才から飲める。他にも、オランダやスペインなども、16才からお酒が飲める。これは、自宅とかに限られてることじゃなくて、法的に認められてるから、街のレストランやバーなどで飲むことができるってことだ。ただし、アルコールの度数によって制限があって、ビールやワインなどは16才から飲めるけど、ウイスキーなどの蒸留酒は成人になってから、つまり、18才以上ってことになってる。

‥‥そんなワケで、こうした世界的な状況を考えると、18才にもなって、さらには、社会人として働いていた人間に対して、「少年」だなんて言うのも違和感があるし、ましてや「子供」だなんて、チャンチャラおかしくて、おヘソが梅昆布茶を沸かしちゃうよ、まったく。どんどんタチが悪くなり、どんどん調子に乗りまくる「少年法で守られた大人たち」をいったいどこまで甘やかせば気が済むんだろう? 「18才はまだ子供だから人を殺しても許されるんです」だなんて言ったら、世界中のほとんどの先進国の人たちは、みんな口をポカーンてしちゃうよ。だから、あたしは、これ以上、悲惨な凶悪犯罪の被害者を増やさないためにも、世界中から笑い者にされないためにも、ニポンの成人年齢を世界基準に合わせて、「18才」に引き下げるべきだと思ってる。そして、18才以上の犯罪は、すべて成人として裁き、「終身刑」が制定されるまでは、私利私欲のために1人でも人を殺したら、有無を言わさずに「死刑」にすべきだと思ってる今日この頃なのだ。


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