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2008.08.31

読売プロパガンダ

今、「きっこのブログ」で行なってる太田農水相についてのアンケートは、結果を見るまでもなく、「トットと辞任しろ!」が圧倒的だ。97%もの人たちが「トットと辞任しろ!」に投票してて、「辞任する必要なし!」に投票してる人は、わずか2%しかいない。そして、この「辞任する必要なし!」に投票した人の中には、「このまま総選挙まで辞任しないでいてくれたほうが自民党にとってマイナスになるから」って理由でこっちに投票したって、メールをくださった人も何人かいる。

もちろん、今回の問題は、前例を見ても辞任して当然の悪質極まりない背信行為だし、本人の辞任はもちろんのこと、こんな人物を大臣にしたフクダちゃんにも任命責任が問われるケースだ。だから、本人が意地でも辞任しないっていうのなら、任命者であるフクダちゃんがサッサと更迭すべき事例だろう。

だけど、それにしても、この「97%」っていう数字は、あまりにも大きいと思う。それは、今回のアンケートで、あたしが「読売方式」を使ってみたことによる「誘導」の結果だと思ってる。あたしがアンケートを行なう場合には、回答者に先入観が生じないように、いつも「最低限のこと」しか書かない。たとえば、5月22日に行なった福田内閣の支持率調査の場合には、「あなたは現在の福田内閣を支持しますか?」っていう質問に対して、「1.支持する」「2.支持しない」「3.どちらでもない」の三択で、これ以外のことは何も書いてない。

7月13日の「二岡智宏と山本モナ、悪いのはどっち?」の場合も、「1.二岡智宏」「2.山本モナ」「3.どっちもどっち」の三択で、これ以外のことは何も書いてない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、先月の内閣改造直後の内閣支持率の世論調査の結果は、各新聞やテレビによってそれぞれだったけど、ほとんどは、20%台だった支持率が、ほとんど変化なしか、わずかに上昇しただけだった。多くの国民が、何でも他人ゴトのフクダちゃんには、すでにサジを投げてて、今さらの内閣改造なんかよりも、解散総選挙を望んでるんだから、この数字は当たり前だろう。

だけど、それらの調査結果の中で異彩を放ってたのが、読売新聞の「内閣支持41%に好転」ていう見出しだった。他紙と同時期に行なった世論調査なのに、読売新聞だけは、前回の支持率「26・6%」から大幅に上昇して、こともあろうに「41%」になったって言うのだ。数百人から数千人を対象にして行なう世論調査は、媒体によってある程度の差が出るのは普通だけど、これほどの大差がつくことは、まず考えられない。統計学的な見地から言っても、1紙だけの調査結果が飛び抜けるというのは、何らかの意図的な操作が行われなければ、普通はアリエナイザーだ。

で、もう多くの国民がご存知だと思うから、今さら大々的に言うほどのことでもないんだけど、自民党の機関紙である読売新聞の世論調査には、「誘導」っていう幼稚な伝統芸が使われてる。ようするに、偏向的な設問の書き方をして、回答の前に先入観を植えつけて、読売新聞が意図する方向へ対象者たちの回答を誘導するっていう小ワザだ。たとえば、あたしが行なったアンケートは、「あなたは現在の福田内閣を支持しますか?」って質問のみだったけど、これに、先入観を植えつけるための「前置き」を書くってワケだ。

「内閣改造で麻生太郎氏を幹事長に抜擢するなど常に国民のために前向きな福田内閣を支持しますか?」って質問するのと、「年金問題や後期高齢者医療制度などで次々とお年寄りをイジメ続けている福田内閣を支持しますか?」って質問するのとじゃ、大勢(たいせい)には影響ないだろうけど、どっちつかずの考えだった数%の人たちは、この「前置き」によって回答を変更しちゃう可能性もある。そして、これが、「支持する」「支持しない」「どちらとも言えない」っていう三択ならともかく、「支持する」と「支持しない」の二択だった場合には、その効果は顕著だろう。

‥‥そんなワケで、ここで、過去の読売新聞の世論調査の設問をいくつか紹介する。まずは、今年の4月に行なわれた「ガソリン税暫定税率」に関する世論調査の設問だ。


「ガソリン税などの暫定税率が期限切れしたことで、ガソリンは値下がりしますが、国と地方の予算に不足が生じるほか、ガソリンスタンドでは混乱も起きています。あなたは、ガソリンが値下がりしたことを、良かったと思いますか、そうは思いませんか。」


皆さん、この質問の仕方、どう思う? そして、この1ヶ月後、自民ナンミョーが伝家の宝刀の「数の暴力」でガソリン暫定税を復活させたあとの5月に行なった世論調査には、こんな設問がある。


「ガソリン税の暫定税率が復活したことで、ガソリンの値段は上がりましたが、国と地方自治体の税収に穴があく期間は1か月で終わりました。あなたは、暫定税率の復活を、良かったと思いますか、良くなかったと思いますか。」


ここで問題なのは、あまりにも誘導してるのが見え見えの偏向的な設問そのものは当然として、最後の「聞き方」だ。「良かったと思いますか、悪かったと思いますか」って聞くのが普通なのに、「良かったと思いますか、そうは思いませんか」だなんて、まるで「そう思いませんか?」って強要のダメ押しをしてるみたいじゃん。2つ目の設問にしたって、「良かったと思いますか、悪かったと思いますか」って聞くよりも、「良かったと思いますか、良くなかったと思いますか」って聞いたほうが、「良かった」って回答する人が増えるそうだ。

これは、心理学で証明されてることだ。人間は、「Aか、Bか」って聞かれた場合には、自分の思った通りに普通に答えるんだけど、「Aか、Aじゃないか」って聞かれた場合には、無意識のうちに「A」って答えちゃう人が増えるそうだ。これは、こうした質問の仕方をすると、「A」が正当で、「正当なものと、それに反するもの」っていうイメージを摺り込むことになるからだそうだ。ここまで凝りに凝って偏向的な設問を連発してるんだから、読売新聞の世論調査の設問を考えてるグループには、きっと心理学者も加わってるのかもしれないよね。

‥‥そんなワケで、これだけじゃ足りないので、読売新聞の世論調査の偏向設問をもっと紹介するけど、次は、今年の6月と7月に行なわれた内閣に関する世論調査の中から、「後期高齢者医療制度」に関する設問だ。


「75歳以上の人を対象とする「後期高齢者医療制度」は、高齢者にも保険料を幅広く負担してもらうことで、若い世代の負担が重くなりすぎないようにすることが目的です。あなたは、この制度を、評価しますか、評価しませんか。」


野党からだけじゃなく、与党の中からも「後期高齢者医療制度」の欠点を指摘する声が相次いでて、制度の廃止を含めて否定的な意見がたくさん出てるっていうのに、そうした点にはいっさい触れずに、数少ない「良い部分」のみを強調してから質問するなんて、あまりにも芸術的だ。そして、このパターンこそが読売新聞の十八番だから、過去の世論調査を調べるとザクザクと出て来る。たとえば、こんなのもある。


「消費税のあり方など、税制をめぐる論議が行われています。年金などの社会保障制度を維持するために、「消費税の引き上げはやむを得ない」という意見がありますが、あなたは、そう思いますか、そうは思いませんか。」

「福田首相は、社会保障制度の財源を確保するために、この2、3年で、消費税率の引き上げを検討する姿勢を示しています。あなたは、こうした首相の姿勢を、評価しますか、評価しませんか。」


これは、この2つの設問が、この順番で並べてある。つまり、最初から「福田首相が消費税率の引き上げを検討している」ってことに対して意見を聞くんじゃなくて、まずは1つ目の設問で「消費税の引き上げはやむを得ない」って雰囲気を伝えて、そうした先入観を植えつけた上で、カンジンの設問へと持って行くってワケだ。そして、この1つ目の設問にしたって、確かに「消費税の引き上げはやむを得ない」って意見もあるけど、その何倍も消費税の引き上げに反対してる意見があるのが現実だ。だけど、読売新聞の偏向設問では、どんなに少数派の意見であろうとも、自民党のプラスになる意見しか採用しない。

‥‥そんなワケで、全世界が認めてるように、読売やサンケイは自民党の広報紙なんだから、おんなじ問題を記事にするにしても、他紙よりは自民党寄りの書き方になるのは当然だ。厚顔無恥のナベツネが書いてる社説に至っては、まるで自民党の影の実力者気どりで書いてるから失笑しちゃうけど、実際にそうなんだからジンジャエールだ。だけど、あたしは、こうしたことは「良い」とか「悪い」とかじゃなくて、個々の新聞の個性なんだから、それはそれで構わないと思ってる。その新聞のカラーがイヤだと思ったら、購読をやめればいいだけなんだから。

でも、こと世論調査に関しては、その結果が多くの人たちに影響を与えるんだから、そこに意図的な操作があったら、絶対にいけないと思う。あたしに言わせれば、読売新聞の世論調査って、大分県の教育委員会と同レベルのイカサマだと思う。天下の大新聞が、こんなにも悪質な誘導で意図的に数字を操作しといて、その結果を何の臆面もなく大々的に記事にするなんて、恥も外聞もないとはこのことだ。もはや、読売新聞は、そこらの小学校の学級新聞にも劣ってると言わざるをえない。

ま、「もはや」っていうか、読売新聞がおかしいのはずっと前からだけど、そんなことは置いといて、あたしは、この「読売方式」の誘導がどれくらい効果があるのかを調べるために、今回の太田農水相のアンケートで使ってみたってワケだ。今までのアンケートは、どれも最低限の質問と選択肢だけだったけど、今回だけは、太田誠一がどれほど腐りきった人間なのかってことを書きまくった。今回の問題とは関係ない、過去の「レイプ発言」まで引っ張り出して、さらには、過去の農水相がおんなじ事務所費の問題で更迭された前例まで書いて、その上で質問した。そして、その選択肢も、「辞任すべき」っていう冷静な書き方じゃなくて、「トットと辞任しろ!」っていう回答者の気持ちを煽るような書き方にしてみた。

今回の場合は、何の前置きも書かずに、選択肢も普通に書いたとしても、誰がどう見たって「辞任すべき」って回答のほうが多かったと思う。だけど、97%もの人たちが「トットと辞任しろ!」に投票したのは、やっぱり何%かは、前置きや選択肢に誘導された人がいたんだと思う。これは、あたしの推測に過ぎないけど、もしも何の前置きも書かずに、冷静な「辞任すべき」「辞任すべきでない」って選択肢だったら、90%対10%くらいの比率になってたと思う。そして、これが読売新聞の世論調査だったとしたら、きっと、こんな設問になってただろう。


「太田農水相の事務所費問題ですが、太田農水相は会見で領収書等を提示した上で「すべて適正に使われており何も問題はない」と発言しました。あなたは、太田農水相に辞任の必要はないと思いますか、辞任の必要はなくはないと思いますか」


そして、インターネットなんか見たこともなくて、読売新聞だけを購読してるようなお年寄りとかは、このミゴトなまでの伝統芸に騙されて、ついつい「辞任の必要はない」って答えちゃうんだろうね。何しろ、「憲法9条」に関する世論調査では、他紙がすべて「改憲すべきでない」が過半数以上を占めてて、NHKの世論調査でも「改憲すべきでない」って答えてる人が7割もいるのに、読売新聞の世論調査だけは、他紙とは正反対で、何年もずっと「改憲すべき」が過半数を占めてるんだから。これほど偏った結果が出てるってことは、それだけ偏った質問の仕方をしてるってことの証明だ。一例として、とても古いものだけど、次の世論調査を見て欲しい。


問1 ソビエト連邦(当時)が軍事力を拡張していますが、いつかそのうち日本が戦争に巻き込まれる可能性があると思いますか?
・大いにある ・ある ・可能性は否定できない ・いいえ

問2 上記で、「大いにある」、「ある」、「可能性は否定できない」とお答えになった方にうかがいます。現在の憲法では、戦争放棄で国の交戦権を認めないとなっていますが、それで国を守れると思いますか?
・はい ・いいえ

問3 あなたは、九条を含めて、憲法を改正する必要があると思いますか?
・はい ・どちらかと言えば必要 ・いいえ


‥‥これは、「猫の教室」さんから引用させていただいたんだけど、時代が時代だとは言え、あまりの誘導ぶりに、開いた口からエクトプラズムが出て来て幽体離脱しちゃいそうになる。設問も酷いけど、選択肢も酷い。問1の選択肢は、4つのうち3つまでが実質的には「はい」だし、問3の選択肢も偏ってる。「はい」と「いいえ」の間に「どちらかと言えば必要」ってのを入れるのなら、ホントなら「どちらかと言えば必要ない」ってのも入れないと公平にはならない。こんな選択肢にしたら、明確な考えを持ってない人たちは、みんな、真ん中の「どちらかと言えば必要」を選択しちゃうだろう。そして、「必要と答えた人が56%もいました」なんて大々的に発表しちゃうんだからシビレちゃう。

ちなみに、「猫の教室」さんでは、この世論調査を「確か、読売か総理府(現内閣府)の調査だったと思う」って書いてるから、読売新聞だと断定はしてない。だけど、「猫の教室」さんが「読売か総理府(現内閣府)」って記憶してることからも分かるように、どっちにしても、読売新聞の世論調査の設問は、激しく政府寄りってことだろう。

‥‥そんなワケで、これらの前例からも分かるように、もともと信用性の低かったマスコミの世論調査だけど、こうした世論調査を政治的な情報操作に利用してる読売新聞は、とりわけ悪質だってことだ。じゃなかったら、他紙が軒並み20%台のフクダちゃんの支持率が、読売新聞だけ2倍近い「41%」なんてことになるワケがない。他紙が軒並み「改憲すべきでない」がダントツの改憲問題が、読売新聞だけ「改憲すべき」が過半数を超えるワケがない。ようするに、読売新聞の世論調査ってのは、世論の動向を調べることが目的なんじゃなくて、最初から用意されてる政府のシナリオ通りの結果を意図的に作り出して、それを発表することによって世論に影響を与えようっていう幼稚なプロパガンダだったってワケだ。ま、今さらあたしが言わなくても、ここ数年の読売新聞の購読者数の推移を見れば、すでに多くの人たちが気づき始めてるみたいな感じだけど‥‥なんて思う今日この頃なのだ。


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2008.08.30

緊急アンケートです!

「集団レイプする人は元気があっていい」「レイプする人はレイプしない人よりも正常だ」「日本の消費者はやかましい」「日本の消費者は潔癖バカ」などの暴言や失言でオナジミの太田誠一農水相が、今度は、活動の実態がまったくない幽霊事務所の費用として、毎年、数千万円もの運営費を計上していたことが発覚しました。

ちなみに、事務所費用を不正に計上していた松岡農水相は自殺、赤城農水相は更迭されています。

しかし、松岡氏や赤城氏の何倍もインチキをしていたクセに、厚顔無恥な太田農水相は、潔く辞任するどころか、1000万円を超える人件費について「プライバシーの問題だから公表できない」などと、自分の置かれた立場をまったく理解していない寝言を繰り返し、この問題をごまかそうとしています。

そこで、皆さんにアンケートです。


「暴言と不正事務所費の太田農水相について」

1.トットと辞任しろ!
2.辞任する必要なし!


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続・犬が西向きゃ尾は東

今日は、昨日の続きとして、また皆さんからのメールを紹介しようと思うんだけど、まず初めに、ひとつだけハッキリさせておきたいことがある。それは、あたしが「東京に来たら標準語を話して欲しい」って言ったことについて、これは、あくまでも、「東京に引っ越して来たら」とか、「何年間か住むのなら」ってことであって、1日とか2日とか、お仕事や旅行で東京に来る人には、別にこんなこと希望してないってことだ。あたしだって、他府県に旅行した時には、いつだって標準語か東京弁しか話さないし話せない。

あたしが「無礼なアシスタント」の話を書いたのは、東京のヘアメークの事務所に就職して、東京に引っ越して来て、少なくとも何年間かは東京で働くであろう社会人が、上京して半年近くも経つのに、プライベートならともかく、お仕事の現場で、目上の者に敬語も使えないばかりか、何の臆面もなく方言を撒き散らし、挙句の果てには東京の標準語を小バカにするような発言までした‥‥ってことに対してムカついたからだ。これが、その日だけヘルプで大阪からやって来た人であれば、それほどはムカつかなかったと思う。お仕事が終われば大阪に帰るんだと思えば、そんなに腹も立たない。

つまり、あたしがムカついたのは、「東京で関西弁を使ったから」じゃなくて、「マクドナルドのことをマックと言うのが常識の東京でマックと言ったら、東京に引っ越して来た社会人から小バカにされたから」なのだ。これが、他人の家に土足で上がり込んで来たように感じたってことだ。逆に、あたしのほうが大阪に行ってて、そこで「マック」って言って小バカにされたのなら、ぜんぜん腹も立たなかっただろう。それは、あたしのほうが他人の家にオジャマしてんだから、当然のことだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしが「郷に入れば郷に従え」って言ったのは、その土地に移り住んで、その土地で暮らすのなら、その土地の言葉や文化を受け入れるようにすべきだってことだ。だから、数日間の旅行者や短期間の滞在者にまで、こんなことは言ってない。だけど、文章をキチンと読まずに、断片的にナナメ読みしてメールを送って来る人もいるみたいで、「東京に行ったら標準語を話さなきゃいけないというのなら、きっこさんは地方へ旅行するたびに、その土地の方言で話すようにしているのですか?」なんて書いて来る人が何人かいた。

あたしは、オトトイの日記、「郷に入れば郷に従え」の最後に、「もしも、あたしが、どこか他府県に移り住むことになったら、できるだけ早くその土地の方言で話せるように努力するだろう」って書いてるように、あたしが「東京に来たら標準語を話して欲しい」って言ってるのは、あくまでも「東京に引っ越して来るのなら」って前提でのことなので、カン違いしないで欲しい。そして、その理由は、「方言を聞くのが不快だから」とか「関西弁が嫌いだから」とかってことじゃなくて、昨日とオトトイの日記をキチンと読んでくれれば分かるように、意思の疎通に問題が生じるからだ。

何度も繰り返して来たように、「言葉」ってものは「コミュニケーションの道具」であり、こと、お仕事になると、ビミョ~なニュアンスまで正確に伝えなきゃならないことも多い。特に、あたしのお仕事の場合は、抽象的なイメージを言葉だけで伝えなきゃならないケースも多いから、「現場の言語を統一する」ってことは、お仕事をする以前のことになる。東京の現場でお仕事をする上で、標準語で話すってことは、マナーとしての「郷に入れば郷に従え」ってことだけじゃなくて、円滑に意思の疎通を図るためにも、ビミョ~なニュアンスを正確に伝えるためにも、必要不可欠なことなのだ。

だから、ビミョ~なニュアンスを正確に伝える必要のない場面、たとえば、友人との世間話などのプライベートの場面なら、好きなだけ方言で話せばいいと思う。職場でも、お仕事とは関係ない雑談とかなら、方言を使っても別に問題はないだろう。あたしが言ってるのは、取引先へのプレゼンとか重要な会議など、そこにいるすべての人が標準語で会話してるような場面や、目上の者に対して話すような場面でのことだ。こうした場面では、意思の疎通を正確にする意味でも、社会人としてのマナーって意味でも、方言は封印して標準語を使うのが当り前じゃないかってことだ。

ふだんはベタベタの関西弁で話してるお笑い芸人のたむらけんじだって、自分の経営する焼肉屋が食中毒を出した時の謝罪会見では、すごくムリして標準語っぽいしゃべり方をしてた。だからこそ多くの人たちが好感を持ったんだと思うし、中には、たむらけんじのことを見直した人もいるだろう。あたしは、あれが社会人の姿だと思った。そして、おんなじ謝罪会見でも、いつも通りの関西弁で、ヤクザのような巻き舌でしゃべる八百長亀田のオヤジを見れば、多くの人は「まったく反省してないな」って思うばかりか、その人間性の低さまでをも感じるだろう。

プレゼンや会議、目上の者との会話も、この謝罪会見と同様で、「エリを正して臨む状況」だ。東京で働くのなら、こうした「エリを正して臨む状況」に対して、たむらけんじのように標準語を使うか、八百長亀田のオヤジのように関西弁を使うかで、相手の受ける印象は大きく変わる。あたしが言ってるのは、このことだ。そして、東京に上京して来た他県の人たちのほとんどが標準語を使うように努力してるのに、関西(大阪)から上京して来た人だけが、今回の「無礼なアシスタント」のように、関西弁を使い続けてる人が多いのは、いったいナゼなんだろう?って疑問に思ったってことだ。

‥‥そんなワケで、昨日は、できるだけ関西の人からのメールを紹介した。何でかっていうと、「どうして関西人(特に大阪人)は東京に移り住んでも関西弁(大阪弁)を使い続ける人が多いのか」っていう謎については、やっぱり、関西の人たちの意見を聞くのが何よりだと思ったからだ。だけど、実際は、東京をはじめ関西以外の地域に住む人たちからも、たくさんのメールが届いてる。そして、その中には、「大阪から来た人にこんなに不愉快なことを言われた」ってメールも多かった。

これらは、あたしが最初に書いた「無礼なアシスタント」の話に対してのもので、「関西人(大阪人)に不愉快にさせられたのは、きっこさんだけじゃありません。私も似たような経験があります」ということの報告だ。そして、そのほとんどが、あたしのケースとおんなじで、「自分のほうが関西以外の他府県に来ているのに、その土地の言葉や習慣を関西弁でバカにされた」ってものだった。そして、逆に、「大阪に来た東京人に、こんなに不愉快なことを言われた」っていう関西の人からのメールも届いてる。

だけど、こうしたメールを次々と紹介しても、「関西VS関西以外」とか「大阪VS東京」みたいな図式になっちゃうだけなので、紹介しなかった。そうとう不愉快な思いをさせられたのか、中には、ものすごい口調でボロクソに書いてる人もいたし、「だから大阪人はみんな無礼者ばかりなのだ」ってふうに決めつけをしてる人もいた。でも、現実には、大阪も東京も他府県も、9割以上のマトモな良識ある人たちと、ほんのひと握りの非常識な人たちとで構成されてるハズであって、大阪にだけ非常識な人が集中してるとは思えない。そこで、今回は、他府県の人からメールの中で、一番冷静に書かれてる大人の意見をまず紹介する。


お名前:A
コメント:きっこ様、初めてメールさせていただきます。きっこさんの日記を毎日楽しみに拝読させていただいております。私は埼玉県在住、東京勤務の20代OLです。関西の人たちによる、関西の人が東京でも関西弁を使い続ける理由についてのメールの紹介が特に興味深かったです。私は赤ちゃんの時からずっと埼玉県南部(電車で10分で23区です)に住んでおり、いわゆる「埼玉都民」というやつです。方言はないと思います。なので、大学や会社に入ってから初めて色々な地方出身の人たちに触れ、関西弁を生で聞くのは新鮮なので「カワイイ」とか「もっと聞きたい」と思うほうです。関西出身の人が東京でも関西弁を話していることに関しては好感を持って受け止めていますが、きっこさんのブログを読んで、普段ちょっと気にかかっていたことを思い出しました。私の会社の同期で一人、京都出身の男の子がいます。彼と私はまぁまぁ仲の良いほうなのですが、彼は私と話すとき、かなり高い頻度で、埼玉をバカにするような発言をするのです。埼玉県民は、ジャイアンが「のび太のくせに生意気だぞ」というように、「埼玉のくせに」とバカにされやすいです。県民自身も慣れっこだし、その都度ムキになって言い返す人はあまりいないと思いますが、よく考えたらそんな失礼なこと言われる筋合いはないですよね。さすがに大学時代に比べて、社会人になってからそんなガキっぽいことをいう人はあまりいませんが、彼だけはいつも言ってくるのです。そして気がついたのですが、彼以外にも今までそういうことを言ってきた人は、たいてい実家から都心へは通えないような地方出身の人たちばかりでした。これは、きっこさんのブログにあるように、「東京(圏)への憧れと僻み」から来るものなのかなーと私は思っています。東京への強いコンプレックスがあり、決して東京出身の人にはかなわないという劣等感を埼玉を攻撃することによって紛らわそうとしているのかと。特に関西出身の人は、自分の故郷や文化を愛するあまり、ついつい優劣をつけたくなってしまうのでしょうか。きっこさんのように東京ド真ん中出身の友人も結構いますが、彼らからはそのように住んでるところをバカにされたことはありません。(張り合うまでもなく圧勝だからですかね。)でもまさに「郷に入れば郷に従え」で、自分の文化を押しつけたり張り合うのではなく、みんなお互いの文化を尊重できればいいですね。ちょっと方言や言語の話題からは逸れてしまいましたが、感想をお伝えしたくてメールしてしまいました。


‥‥昨日の大学生のシンジさんからのメールと同様に、この一例だけを見て、「大阪人はこんな人ばかりだ」とか「京都人はこんな人ばかりだ」とは決めつけられないけど、北海道から沖縄まで、「関西から来た人にこんなことを言われて小バカにされた」ってメールがたくさん届いてる。でも、たくさんのメールを読んでるうちに、あたしは漠然と分かって来たんだけど、こういうことって、「関西の人たちのノリ」であって、相手を不愉快にさせようとしての言動じゃないんじゃないかってことだ。ようするに、言われたほうは、関西のノリが分からないから「小バカにされた」って感じてるけど、言ってるほうは、そんな気持ちで言ってるワケじゃないってことだ。

もちろん、明らかに東京に対しての敵意をムキ出しにして、東京の人間を不愉快にさせる目的で小バカにしたような言葉を連呼する大阪人もいるけど、そんなのはホンの一部の人たちであって、関西の人たちが日常的に口にしてる「その土地の人たちを小バカにしたような発言」の多くは、彼らにしてみたら、何の悪意もない「アイサツ」みたいなもんなんじゃないのかってことだ。そこで、次のメールを紹介する。


お名前:バタアシ部長
コメント:いつも、大変興味深く読ませていただいております。また、たくさんの事を教えて頂きありがとうございます。私はマクドナルド店長を経て、現在は小学校教諭をしている大阪人です。『郷に入れば郷に従え』を読ませて頂き、勢いでこれを書いております。ですので、読みにくい文章になっていたら申し訳ありません。まず、言葉遣いのなっていない関西人の若者についてですが、咄嗟に思ったことは「つっこんで欲しかったんじゃないのかな?」という事です。大阪人がたまに?やることなのですが、例えば片方が「今から、マック行こうよ!」って、わざと標準語で言ったとしますよね。そうすると「お前なんやねん!大阪弁で言えや!きしょいのぉ。(笑)」となるんです。文字にすると面白くも何ともないのですが、こういう下らなさが笑える時もあるんです。私は東京駅に着いた瞬間に標準語になるような人間なので、私個人的には、彼の言動は不愉快極まりないのですが、残念ながら大阪人にはこういう所があります。『大阪vs東京』みたいな構図で面白いことを言おうとしていたり、東京出身のタレントさんと『大阪vs東京』をテーマに絡んでいる時の明石家さんまさんがこういう感じですかね。分かりにくいですね。あと『完済人』についてですが、「全く面白くない」というのが最初に思ったことで、それ以降気にもしていなかったので、今回の日記を読んで、きっこさんの言葉に対する感覚の鋭さに驚きました。凄いですよね。職業柄、見習わなければと思います。長々と書き連ねてしまいました。すみません。これからもお体に気をつけて、日記更新してくださいませ。追伸:松尾あつゆきさんについて書かれていた日記を参考に、平和学習の一環として『原爆句抄』を子どもたちに読み聞かせました。たくさんの児童が泣きながら感想を述べてくれ、私ももらい泣きしてしまいました。教師をしていて良かったなぁと思いました。きっこさんに教えて頂いたおかげです。ありがとうございました。


‥‥そんなワケで、このバタアシ部長さんの推測を踏まえて、「無礼なアシスタント」の件を振り返ってみると、確かに目上の者に対してのタメグチって部分に関しては、社会人としての常識が欠落したお子様ってことで、やっぱり許されることじゃないけど、「マック」の部分に関しては、少なくとも悪意はなかったのかな?とも思えて来た。あたし的には、ここが東京なのに、「マック? マックって何やねん? マクドナルドのことはマクドって言うのが普通やん」って言われただけでもムカついたし、さらには、「なんでもかんでもカッコつけて、これだから東京もんは、かないまへんわ」とまで言われちゃったもんだから、あたしは、バタアシ部長ならぬ「スチーム係長」みたいに、脳天から湯気を噴射するほど激しくムカついたってワケだ。

だけど、こうして日記に書き、たくさんの人たちのいろんな意見や体験談を読むうちに、冷静にモノゴトを見られるようになって来たみたいだ。そこで、今回の会話の最後に、あたしなりのツッコミを入れてみるシミュレーションをしてみた。


「きっこさ~ん、この辺にマクドある?」

「マックなら、駅の反対側にあるわよ。駅の通路を抜けて、すぐ右側のとこよ」

「マック? マックって何やねん? マクドナルドのことはマクドって言うのが普通やん。なんでもかんでもカッコつけて、これだから東京もんは、かないまへんわ」

「じゃあ、あたしにも、ビッグマクドとマクドシェイクとチキンマクドナゲットを買って来てくれる? そんなメニューがあればの話だけど」


‥‥って感じだ。東京の言語感覚だと、まさに「売り言葉に買い言葉」って感じに見えるけど、相手がこれほど無礼なことを「悪意もなくギャグとして言ってる」って仮定すれば、これくらいの返し方をしても、相手も「ギャグ」として受け取るだろうし、これくらい毒のある返し方じゃないと、尻すぼみになっちゃう。

これは、バタアシ部長さんの推測を踏まえて、相手に「東京を小バカにしてやろう」っていう悪意がなく、あくまでもシャレの範囲で言ったっていう仮定でのシミュレーションだ。そして、前出の埼玉のAさんの場合も、昨日の大学生のシンジさんの場合も、相手には悪意などなく、シャレの範囲で言ってたと仮定する。そうすると、そんなに腹は立たなくなって来ることは確かだけど、それならそれで、関西の人は「空気が読めない」ってことになる。だって、自分たちのシャレの感覚が通用しない他府県でも、その場の人たちの感性をまったく考えずに、常に自分の感性だけで発言してるってことになるからだ。そして、ここでも、「郷に入れば郷に従え」ってことが繰り返されると思う‥‥ってワケで、ここらで少し方向を変えるために、他府県から関西(大阪)へ行った人たちからのメールを何通か紹介する。


お名前:T
コメント:きっこさん、こんにちは。いつも楽しく日記を拝見していますTといいます。今話題になっている「郷に入れば郷に従え」の件ですが、私も思うことあったのでメールします。私は九州出身で、大学とその後の就職で大阪で暮らしました。大学はそんなでもなかったのですが、卒業後、初めて就職した会社では言葉の面で苦しい思いをしました。私は九州出身なので大阪弁が話せず、しかし出身県の言葉で喋ると通じないので仕方なく標準語を喋っていたのですが、職場の先輩達(みんな男)から東京弁なんか喋るな、気持ち悪い、と言われました。で、努力して大阪弁を練習し、なんちゃって大阪弁を喋るように勤めたところ、「橋と箸は?」「雨と飴は?」との追い討ちです。つまり、発音の揚げ足取りです。でも、言葉の面が嫌だっただけで、他の面ではとても優しい先輩達でした。地方から出てきてる私に色々と美味しいものを食べに連れていってくれたり、家族のように親身になってくれました。翌年に「自分(関西弁で「あなた」のことです)、大阪弁うまなったなぁ」と褒めてくれました。そしてその頃には東京からきた新人が「東京弁喋んな!気持ち悪い!」とまたやられてました。この新人への仕打ちは私よりずっと酷かったですね。明らかに東京へのひがみでした。でも彼もしばらく経つと馴染んで、楽しくやってました。「誰でも大阪に住むんだったら大阪弁喋れ。でも大阪人は外でも大阪弁でOK!」って感じに自分に甘いのが大阪の人かな、というのが私の感想です。それでは、またこのテーマの続き、楽しみにしています。


お名前:三・四・郎
コメント:こんにちは。いつも楽しく拝見させていただいています。さて、今回の「犬は西向きゃ……」関西の方からの意見、とても面白く読ませていただきました。ところで、私は東京生まれの東京育ちですが、仕事の関係で関西の営業所を手伝ったことがあります。ここで感じたのは、「関西(大阪)では関西弁を使わないと仕事にならない」ということ、実際「○○さん、大阪で仕事したかったら、数ヶ所で関西弁しゃべらんと……」といわれましたから。それも、仕事の関係上、ビジネス面では標準語になれていると思われる、金融機関の方からですから。どうも、「気取って」っていう感覚でとられるみたいで不思議ですね。普通に標準的とされている日本語を使っているだけなのに。


お名前:ぴぴ
コメント:きっこさんへ。いつも楽しく拝見しています。関西弁の記事、そして続報読みました。私は広島生まれですが、幼稚園から小学校は東京、その後広島、就職してからはまた東京(10年くらい)、そして今は関西圏(大阪ではない)に住んでおります。これだけ移動していると自分にとってのネイティブが分からない状態で、広島弁も関西弁も中途半端。結局、どこでも通じる標準語でしゃべることが多いです。方言は親しい人としゃべるときには使いますが、仕事で方言を使うことはほぼないですね。敬語というか、丁寧な言葉でしゃべる場合、方言のほうが使いにくい。標準語で話せば失礼なことはないですから。それにプライベートはともかくとして、仕事場でしかも目上の人に方言連発っていうのはかなり非常識ですよ。そのヘアメイクの男性ってたぶん関西でも嫌われますよ、だって普通に失礼ですもの。ただ標準語も広島や東京ではまったく問題なかったのですが、関西圏に来ると「きれいな言葉やね?どこの人?(語尾をあげて)」と、いちいち聞かれます。最初は褒められてるのかなぁと思っていましたが、本当にしょっちゅう言われるのは、たぶん・・・関西人じゃないヨソ者(よそもん)って思われてるのかなぁと。でも、ヘタな関西弁を使うと「ヘタな関西弁は気持ち悪い」とか「エセ関西弁つかわんといて」とか言われたこともあるので、中途半端な関西弁を使う勇気もなく・・・。ここでは大雑把に関西弁と表現しましたが、正確には「大阪弁」だと思います。一口に関西といっても兵庫、京都、奈良、滋賀、三重では微妙に言葉もニュアンスも違うので、これまた一緒にすると怒られますね。で、結論、大阪の人がいちばん言葉にうるさい。きっこさんと同じようにマクドナルドを「マック」と言ったら「マクドやろ?」って絶対訂正されますし、たぶん・・・好きなんでしょうね。自分たちの言葉。かつ、それをアピールせずにはいられないというか。聞いている分には不快でもないし、ノリの良さも手伝って魅力的な方言だなぁと思いますが、「大阪弁が日本の標準語や!」みたいな押し付けが垣間見れるとヤになりますねぇ。以上、感想でした。これからもお体に気をつけて楽しいブログを続けてください。お母様もお大事に・・・。


‥‥そんなワケで、今日も長くなっちゃったので、メールを紹介したとこでマトメに入らなきゃならなくなった。だから、Tさん、三・四・郎さん、ぴぴさんのメールに対するコメントができなくなっちゃったけど、最後にひとつだけ言っておくと、あたしが「東京に来たら標準語を話して欲しい」って言ってることと、これらのメールにある「大阪に来たら関西弁を話せ」ってことには大きな違いがある。それは、あたしが言ってる「標準語」ってものは、全国の小学校からの教科書で「国語」として教えてる全国共通語であるのに対して、関西弁は一部の地域でしか使われていない「方言」だってことだ。そして、今回の謎を解くカギは、ぴぴさんのメールにある「大阪弁が日本の標準語や!」っていうことから考えて、もしかしたら大阪の人たちの多くが、関西弁を「方言」だと認識してないんじゃないか?‥‥って感じがするワケで、この話題は、もう1回くらい続きそうな気がする今日この頃なのだ。


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2008.08.29

犬が西向きゃ尾は東

昨日の日記、「郷に入れば郷に従え」に、たくさんのメールをいただいた。メールをくださった皆さん、どうもありがとうございました♪‥‥ってことで、今日はマクラを省略して、そのぶん、できるだけ多く紹介しようと思う。ただ、おんなじような意見のものばかり紹介しても意味がないので、少数派も含めて、なるべくいろんな意見を紹介しようと思う。


お名前:びぃ
コメント:いつも楽しく読ませていただいています。アシスタントさんのお話、お気持ちわかります。さてその中で出ていた東京スター銀行さんのCMのお話。私は今、兵庫県在住ですが、関西でも流れてますよ。私は今年の春に兵庫に住み始めたので、根っからの関西人ではないので「完済人と関西人をかけているんだぁ。なるほどね。」くらいの感想しかありませんが…。それでは、お体に気をつけて頑張ってくださいね。今後もブログを楽しみにしています。


お名前:Crest
コメント:はじめまして。大阪在住の会社員です。東京スター銀行のCMは関西限定だと思ってました。単純に「受け狙い」だと思って見てましたので、腹が立ったりはしなかったです。一言で言うと「しょうもなっ」て感じです。大阪から来たヘアメークさんは大阪でも嫌われる振る舞いですね。もしかしたら、東京でなめられたくないという気持ちが強いのかもしれないですね。参考になりますでしょうか?これからも楽しみにしています。


お名前:名誉白人
コメント:きっこ様不躾ながら初めてメールいたします。大阪在住の名誉白人と申します。「きっこのブログ」をほぼ毎日拝読させていただくようになって約1年半です。きっこ様の、物事に対する鋭い切り口と豊かな教養には感心させられるばかりで、いつも楽しみにしております。さて、東京スター銀行の「完済人になろう」CMですが、関西でも流れています。地下鉄の車内広告などでも盛んです。私はこれを「同銀行による関西人向けのCMであろう」ぐらいに受け止めていました。東京の銀行が、関西人に少しでもウケるつもりでギャグをかましたのか、と。東京でも同じCMが放送されているとは知りませんでしたし、それを知った今でも、別段に腹が立つことはありません。ただ、ギャグとしては大して面白くないですね。「借金の一本化」などという宣伝文句そのものにむしろ疑問を感じます。(後略)


お名前:dandong
コメント:はじめまして、大阪出身の元関西人です。いつもきっこさんのブログを楽しみにしてます。早速、「関西の人たちは怒らないのかな?」に関してですが、”全く怒らない”です。私が関東人(文中にある東京もん)になったからではありません。今でも電車の中で関西弁を聞くと微笑んでしまい、関西から家族や友達がくれば電車の中でも関西弁まるだしのような奴ですから。では、何故か?まず、”語呂合わせとは言え、借金で首が回らなくなった多重債務者に呼びかける言葉として、「かんさいじん」て言葉を使ってる”認識は私はありますが、そうした意識の無い関西人のほうが多いと思います。要は”自分とは関係あらへん”と認識してしまいます。そもそも自分達の事を「かんさいじん」と言いいません。(後略)


‥‥そんなワケで、まずは、あたしが関東圏でしか流れてないと思ってた「東京スター銀行」のCMが、関西圏でも流れてたワケで、今回のメールは、実際にそのCMを見た人たちからのものなので、憶測とか想像じゃなくて、極めて正確なご意見なんだと思う。だけど、びぃさん、Crestさん、名誉白人さんが「自分の感想」としてご意見を寄せてくださったのに対して、dandongさんの表現には「関西の人はみんな」というニュアンスが感じられる。あたしは、いつも言ってるように、人の感性は人それぞれだから、おんなじ地域に住んでる人にも、いろんな人がいると思う。実際、次のようなメールも何通か届いてる。


名前:ゆっきー
コメント:きっこさんはじめまして。父の影響で日記を拝見しています。私は兵庫出身で大阪在住のまさに関西人ですが、東京スター銀行の「完済人になろう」っていうCMは関西圏でも流れてますよ…。JRの車内吊り広告でも見たことあります。やっぱり気分はよくないです。ああいうCMや消費者金融のCMは元々嫌いなので、できるだけ見ないようにしてます。


お名前:ことり
コメント:こんにちは。いつも拝読しております。関西在住の40代の主婦です。きっこさんの問いかけは、「完済人」という言葉についての感想でしたね。東京スター銀行のCMについては、「まあ、あの銀行はそういう偏見をお持ちなのであろう。」でだいたいが終わります。もちろん取引は未来永劫しないです。あんまりがんがんCMがかかるようだと不愉快になり、そのうち苦情の電話でもしていたかもしれませんが、最近はほとんど見かけませんので・・・。


‥‥ゆっきーさんの場合は、あのCMだけでなく、こうした系統のCM全般が好きじゃないってこともあるようだけど、この人たちのように、不快に感じてる人たちもいる。あとは、「関西人」を「完済人」にカケたことは不快じゃないけど、「笑いにうるさい大阪でこんなつまらないCMを流すことが不愉快」という人もいた。まあ、これは、あたしの疑問で言えば、「怒ってない」のほうに入るだろう。そして、フランク・ザッパに見ると、全体の85%くらいの人たちが「怒ってない」「別に気にしてない」で、残りの15%の人たちが「不快に感じる」「関西に対する偏見を感じる」ってものだった。

もちろん、あたしのとこに届いたメールだけで決めつけることはできないけど、すべてのメールに目を通して、あたしが感じたことは、「関西の人たちはシャレに関しては心が広い」ってことだった。そして、それは、他府県よりもお笑いが発展してる地域だから、「多少のことはお笑いとして流しちゃう」っていう気質があるように感じた。ようするに、「どこまでシャレが通用するか」ってレベルが、他府県よりも高いんじゃないかってことだ。

たとえば、街路樹に隠れてて、見ず知らずの人が道を歩いて来たら、飛び出てその人の頭をピコピコハンマーで叩くとする。東京だったら、こんなことしたら、そうとう高い確率で大騒ぎになる。叫び声をあげられて警察を呼ばれたり、相手が悪ければぶん殴られる。だけど、これとおんなじことを大阪でやったら、ほとんどの相手が「なんでやねん!」って返してくれたりしそうな気がするのだ。ようするに、関西圏、特に大阪の人たちは、「シャレが通じる」って感じがするのだ。だから、東京の感覚のあたしが、「こんなこと言われたらムカつく」って感じた「完済人」のCMに関しても、8割以上の人たちが何とも思ってないんだろう。

‥‥そんなワケで、この件に関しては、ぜんぶで200通以上のメールをいただいたんだけど、そのほとんどが「怒ってない」か「不快だ」のどっちかで、その理由もほとんどおんなじなので、ここまでにする。メールをくださった皆さん、ホントにありがとうございました。で、ここからは、あたしが「東京に来たら標準語を話して欲しい」って言ったことに対するご意見を紹介しようと思う。


お名前:浩一
コメント:きっこの日記拝見いたしました。確かに、東京で堂々と方言を話しているのは、大阪の人間が多いですね。私は大阪生まれ、大学までずっと大阪です。大阪の会社に就職しましたが、三回、関東勤務があり、計11年関東になり、現在、東京に単身赴任中です。しかし、私はいまだに標準語ぽい大阪弁しか話せません。単語を一言発しただけで、イントネーションが違うので、大阪の人間とわかってしまいます。標準語を話さないのは、詰まるところ、標準語を話せないのではと思われます。お笑いの人間が意図的に話しているのはまた別でしょう。小学校・中学校、すべての授業、国語の音読においてさえ、大阪弁のイントネーションで教育されてきました。他の地方出身の方に確認したところ、少なくとも国語の音読は、教師・生徒とも標準語であったと聞きました。教師の大半も大阪の人間なんですから、関東勤務の後、大阪に戻って、子供の授業参観の時にハタと気がついた次第です。大阪に住んでいる人間にとって、標準語は家庭・学校・テレビ含めて、あくまでも東京のテレビの世界なんです。(後略)


お名前:くらげ
コメント:はじめまして。いつも関心を持って拝見させていただいてます。私の主人は関西人です。きっこさんのおっしゃるとおり、東京に住んでいたときでも関西弁を使ってました。私は別にそれが嫌ではないし、彼自身も東京もんなんて言った事もありません。ただ彼の実家の人はよく「東京の人は」っていう言い方をします。別に悪気があるわけではないけど、いちいち言ってくるので何を対抗してるのかなと思っています。彼に聞いてみると、結局東京と言う土地に憧れとひがみを持っているのだと言ってました。どんなに対抗しても日本の中心は東京と言う事実は変えられないからだそうです。本人たちはそんなことない!関西が一番やって言うかもしれませんが、所詮はその程度の問題ではないでしょうか?私は現在海外に住んでいますが、まあ関西やら関東やらなんて問題、どうでもいいですけどね。世界から見たらちっぽけな点みたいなものですから。いちいちこだわる人を見てると、狭いなあと思ってしまいます。(後略)


お名前:mitsu
コメント:きっこさん こんにちは。いつも楽しく日記を読ませてもらっています。8/27の日記に書かれているのは、おそらく大阪人のことやと思います。私も関西人ですけれど、京都人です。同じ関西圏でも、京都人や神戸人は、大阪人とちょっと違います。「恥」というものを知っていますし、「誇り」も持っています。東京から見ると、大阪も京都も神戸も区別がつかずに、十把一絡げで関西になるのでしょうけど。近畿や上方でくくるとそれほどでもないのに、関西でくくると=大阪になってしまい、とたんに下品で傍若無人になります。困ったものです。同じ関西人として苦々しく思っています。「大阪のオバチャン」と言えば、図々しくてやかましいくてケバイ代名詞ですよね。思うに、大阪人の傲慢さは、戦後の東京に対する劣等感の裏返しなのだと思います。「関西」ではなく「上方」と言われていた頃の大阪には、西鶴を生んだ文化の誇りがありました。経済的にも自信に溢れていました。それが戦後、文化も経済も東京に一極集中して誇りを失い、後に残ったものがタコヤキ、吉本、大阪弁(関西弁)だけだったのでしょうね。横山ノックや橋本徹なんかを知事にしている限り、アホな大阪人の傍若無人は続いていくと思っています。


お名前:そらやん
コメント:きっこさん、初めまして。いつも楽しませていただいております。さて「郷に入れば郷に従え」ですが、関西出身・上京4年目の私にとって、かなり興味深い内容でした。「郷に入れば郷に従え」の精神、関西人でも持ち合わせておりますよ。例えば、私の場合。上京してすぐの頃は、自分のイントネーションが耳障りで辛く他人と話そうとしても声が出せない、言葉が出ないストレスに苦しみました。もっと哀しかったのは、きっこさんのように「関西弁嫌い」が多い事でした。特に世代が上になればなるほど、ヤクザ言葉の印象が強いのでしょうね。うっかり出てしまう標準語じゃないイントネーションに睨まれる事も多々でした。4年経って、ほぼ完全に(関西弁嫌いの方にお叱りを受けない程度に)標準語と関西弁を使い分けられるようになった今となっては、懐かしい思い出ですが。(後略)


‥‥そらやんさんは、あたしが「関西弁嫌い」だと思ってるみたいだけど、あたしは別に嫌いな方言なんかない。もちろん、多くの人がそうであるように、あの八百長亀田のオヤジのような話し方を聞けば不快に感じるけど、女の子の大阪弁はとっても可愛いと思っているし、艶っぽい京都弁には憧れてる。あたしが嫌いなのは、明石家さんまや久本雅美のような下品な話し方や、島田紳助やキム兄やんのようなヤクザのような話し方であって、彼らとおんなじ地域の方言でも、普通に話してる多くの人たちには、別に不快感は覚えない。だから、標準語を使ってても、石原良純のような下品な話し方は大っ嫌いだ。ようするに、どこの言葉が嫌いだとか、標準語なら何でもいいってワケじゃなくて、その人その人のしゃべり方のタイプによって、好き嫌いがあるってだけだ。

ただ、仕事上の会話になった場合に、「そうでっか?」って言われちゃうと、あたしには、これがタメグチのように聞こえちゃう。言ってる人は、たぶん、「そうですか?」って気持ちで言ってるんだと思うけど、関西圏で生活したことのないあたしには、こうした関西弁のニュアンスが分からない。たとえば、「そんなことないやろ?」と「そんなことないですやろ?」の違いも、あたしには分からない。この2つを比べると、前者がタメグチで、後者が敬語っぽい感じなのかもしれないと思うけど、関西弁のニュアンスが分からないあたしには、語尾に「やろ」なんて乱暴に感じる言葉がついてる時点で、どっちもがタメグチに聞こえちゃう。

これは、あたしだけの特殊な感覚じゃなくて、標準語しか話せない東京の人間にしてみたら、多くの人たちが感じてることだと思う。だから、あたしは、東京に来て、東京の人間を相手にお仕事をするのなら、「郷に入れば郷に従え」で、他府県の人たちがそうしてるように、関西の人たちにも標準語を使って欲しいって言ってるワケだ。だけど、ちゃんとそうしてくれてる人もいるみたいだ。


お名前:みどり
コメント: きっこさん、はじめまして。いつも日記を楽しみにしております。私は大阪出身です。18歳から3年ほど東京に住み、現在は●●で仕事をしております。もちろん大阪の家族や友人と話すときは大阪弁ですが、普段は全く話しません。小学校高学年になると、学校の先生や近所のおばさんなど目上の方には敬語で話すようになりました。特に親に注意されたわけではなく、周囲の大人を見ていて自然とそうするようになりました。特別なことではなく、常識ですよね。東京に住んでいた時に私がおかしいと思ったのは、「大阪出身です」と話すと決まりきったように「関西弁が出てこないよね」と言われたことです。(現にところかまわず関西弁を使い続ける人間がいるのでしょうが)「仕事してんねんから当たり前やろ」と思いつつ、「東京に来てから出てこなくなったんです」と言っておりました。これは本当で、周囲が標準語で話していると時々イントネーションがおかしくなることはありますが、言葉は意識せずとも相手に合わせるものだと思います。テレビに出てくる吉本のタレントや久本雅美はわざとらしく、大阪に対する先入観をそのまま演じているみたいでウンザリします。あのような下品な人間に自分が大阪の代表みたいな顔をして、大阪のことは何でも知っているみたいな物言いをされると恥ずかしくて見ていられません。(中略)どの地域でも特有の文化があると思いますが、私は大阪が好きです。江戸時代の上方文化や街の変遷などの本を読むと、ただ歩くだけでも興味が尽きません。漫才も子供の頃は夢路いとし喜味こいしが大好きでした。いとしさんのとぼけた様子は、今思い出してもほっと温かい気持ちになります。大阪の文化はもっと多面的であるはずなのに、ある部分だけが誇張されて、世間に浸透していると思うと残念でなりません。(後略)


‥‥あたしが、昨日の日記で言いたかったことは、「言語はコミュニケーションの道具である」→「おんなじニポン語でも方言では伝わらないことも多い」→「特に細かいニュアンスについては理解されないことが多い」→「だから『郷に入れば郷に従え』で東京に来たら標準語を使って欲しい」ってことだ。そして、他府県の人たちはみんなそうしてるのに、どうして関西の人だけが東京に来ても関西弁を使い続ける人が多いのか?ってことを疑問視したワケだ。

で、この疑問については、浩一さんの「詰まるところ、標準語を話せないのでは」という見解や、浩一さんの見解を裏付けるような、そらやんさんの「話そうとしても声が出せない、言葉が出ないストレスに苦しみました」という体験談もあった。また、これらとは別の視点から、mitsuさんの「東京に対する劣等感の裏返し」とか、くらげさんのダンナさんの「東京と言う土地に憧れとひがみを持っている」って見解もあった。そして、これらの見解を裏付けるようなメールも届いてる。


お名前:シンジ
コメント:初めましてきっこさん。携帯からですが、いつも“きっこの日記”を楽しく読ませてもらっている大学生のシンジと申します。今日の“郷に入れば郷に従え”を読んで関西の人ではないけど同じ思いがありメールをさせてもらいました。僕は東京にある大学に通っているのですが、そこには様々な地方から来た学生がいて、だいたいが地方なまりも入ってるけど標準語で話そうとしています。しかし、関西から来た学生だけは関西の言葉や習慣を東京にあわさない傾向が強いです。それどころか“東京の人は関西弁に憧れてる”とか“下手な関西弁を使って気持ち悪い”など色々な事を言う人も少なくないですね。そしてマクドナルドの件ですが、当然ながら“マクド”と言います。マックの商品名は“ビッグマック”“マックシェイク”などなど、わざわざマック側から商品名に“マック”と名づけているのに…。(後略)


‥‥ようするに、関西圏から上京して来た人でも、努力して標準語を話すようにしてる人もいれば、アジのヒラキナオリで関西弁を通す人もいれば、その折衷案で上手に泳いでる人もいるってワケで、やっぱり人それぞれなんだと思う。ただ、他府県には、アジのヒラキナオリで方言を通す人がほとんどいないから、関西の人たちだけが目立っちゃうんだろう。で、最後に、こんなメールを紹介する。


お名前:こっこ
コメント:こんにちは、きっこさん。日記を拝見しました。私は関西に住んでいて完済人のCMも見ています。CMを見た感想ですが、特になかったです。強いて言えば「ふーん」というものです。ということから関西人と完済人との繋がりから怒りを覚えることはないです。ただ人によっては「うまいこと言って」と笑うかもしれません。私個人の感想ですが、怒りを覚えたのは仕事場で出会った男性から、関西人すべてを判断するかのような日記の内容です。郷に入れば郷に従えはそのとおりだし、人と話す以上は他者を不快な気分にさせないというのは関西人であろうと関東人であろうと同じです。日記の後半でとってつけたように関西人全部がそうではないと書いていらっしゃいますが、冒頭では非常にアホにされた感覚で憤りを覚えます。関西では親しみをこめたアホと、悪意と侮蔑をこめたアホとがあり、ニュアンスで伝わります。おそらく関東でもそうでしょう。ところで、関西人はアメリカやイギリスでも関西弁を使っていますよ。私は英語と関西弁を使っていました。またアメリカ人やイギリス人も、日本語を勉強しないで日本に来ているし、どっちもどっちでしょう。それにそんな細かいこと気になりません。


‥‥こっこさんは憤慨してるみたいだけど、「日記の後半でとってつけたように関西人全部がそうではないと書いていらっしゃいますが、冒頭では非常にアホにされた感覚で憤りを覚えます」って書いてるので、昨日の日記の冒頭の部分を読み返してみた。でも、「関西の人だけは東京に上京して来ても関西弁を使い続けてる人が多い」っていう事実を書いてるだけで、別にどこにも関西の人をバカにしたようなことは書いてない。だから、きっと、あたしが無礼なアシスタントの言動に対して、それが「東京に上京して来ても関西弁を使い続けることの延長線上の出来事」として書いたことが気に障ったんだと思う。

だけど、大学生のシンジさんのメールにもあるように、東京の大学に入学して東京で生活するようになったのに、まるで東京の言語や文化を小バカにしたような言動を繰り返したり、ヤタラと敵意をむき出しにしてる関西人も多いことは事実だ。あたしがムカついたアシスタントの子も、この学生たちと似たような感覚なんだと思う。だからって、あたしは、関西の人たちがすべてこんな人たちだとは思ってない。

‥‥そんなワケで、こっこさんには、あたしの言いたかったことが伝わらなかったみたいだけど、あたしが1人のアシスタントにムカついたのは、彼が「関西人」だったからじゃなくて、あくまでも「無礼」だったからだ。どこの出身者でも、それはおんなじだ。そして、今回、この無礼なアシスタントに代わって、関西の人たちから、あたしに謝って来たメールがたくさんあったので、逆に恐縮しちゃったくらいだ。見ず知らずの人のことなのに、自分と同郷の者が他の土地で無礼なことをしたからって、自分が代わりに謝って来るなんて、なかなかできることじゃないと思う。で、あまりにもたくさんのメールが届いてるので、この話題は、続編があるかもしれないと思う今日この頃なのだ。


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2008.08.28

杉村太蔵氏の秘書が自殺図る

「杉村太蔵氏の公設秘書が自殺図る」(世田谷通信)

28日午前0時45分頃、自民党の衆議院議員、杉村太蔵氏の公設第2秘書の男性(25)が、川崎市中原区の自宅で、ドアノブに紐をかけ首を吊って自殺を図った。同居する家族からの119番通報で救急隊員が駆けつけ、川崎市内の病院に搬送されたが、すでに心肺停止状態だった。この秘書は、杉村氏の大学時代の後輩で、杉村氏が初当選した直後から事務所の手伝いをしており、後、杉村氏が公設第2秘書に採用した経緯がある。杉村氏とは公私ともに家族ぐるみの付き合いをしており、今回の自殺の背景には、杉村氏の自民党の公認問題を含め、杉村氏の背景が大きく関与していると見ている声もある。(2008年8月28日)


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郷に入れば郷に従え

あたしは、東京生まれの東京育ちで、東京以外に住んだことがないので、他府県の文化やノリが分からない。中でも、特に分からないのが、関西の人たちの感覚だ。普通は、地方から東京に上京して来ると、ほとんどの人が標準語を話すように努力する。自分の地方のナマリが恥ずかしいってこともあるだろうけど、基本的には「郷に入れば郷に従え」ってことで、これは常識だろう。でも、関西の人たちの多くは、東京に上京しても関西弁を使い続けてる。これは、テレビのタレントもおんなじで、明石家さんまや島田紳助を始め、多くの関西人タレントが、全国ネットの中央の放送なのに、方言を使い続けてる。

あたしたち東京の人間は、関西弁の8割か9割くらいはヒヤリングできるけど、1割か2割は何を言ってるのか理解できない。それに、言ってる意味の分かる8割の部分でも、言葉のビミョ~なニュアンスまでは分からないものも多い。たとえば、東京では、友達同士なら、相手に「バカ」って言っても怒られないけど、「アホ」って言うと怒られることが多い。東京では、「バカ」はよく使う軽い言葉だけど、「アホ」は相手を軽蔑する言葉だからだ。だけど、関西圏では逆みたいで、「バカ」って言うと怒られるけど、「アホ」って言っても怒られない。

これが、あたしが関西に行った時なら、それこそ「郷に入れば郷に従え」なんだから、関西の人たちの感覚に合わせて、あたしのほうが使う言葉を選ばなきゃならない。それは当然だ。そして、関西の人が東京にやって来て、あたしが生まれて育って今も住んでるこの東京で会話をするのなら、関西の人のほうが東京の感覚に合わせるべきだ。でも、あたしの知る限り、関西の人の多くは、東京に来ても、自分たちの感覚で話す。そして、それどころか、東京の感覚に対して怒ったり、文句を言ったりする。あたしには、これが理解できない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、地方それぞれの文化ってものをリスペクトしてるし、何を言ってんのかサッパリ理解できない青森弁とかでも、それはそれで素晴らしい文化だと思ってる。だけど、「言語」ってものは、コミュニケーションの手段なんだから、何よりも重要なことは、何度も書いて来たけど、「郷に入れば郷に従え」ってことだと思ってる。あたしたちニポン人が、アメリカとかイギリスとかの英語圏に行ったら、まったく英語ができない人だって、旅行用の英会話の本を見たり、手振り身振りを加えたりしながら、何とか英語でコミュニケーションを取ろうとするハズだ。

それとおんなじで、地方から東京に上京して来たら、標準語を話すのが当たり前だし、どうしても標準語を話すことができなかったとしても、せめて、自分たちの方言と標準語とのニュアンスの違いに対して、自分のモノサシで怒ったり文句を言ったりすることだけはやめてもらいたい。東京に来ても関西弁を使い続ける関西人って、アメリカやイギリスに行っても関西弁を使い続けてることとおんなじで、その土地にずっと住んでる人たちにしてみたら、自分の家に土足で上がり込んで来られたような気持ちになる。

何で、こんなことを書いてるのかって言うと、今日、今年の春に大阪から上京して来たヘアメークの男の子との会話で、ムカッとすることがあったからだ。あたしから見れば、年齢も技術も実績も、遥か見下ろすようなレベルの子なんだけど、初対面の時から、腹が立つほど軽くて、タメグチが全開だった。分かる人にだけ分かるような喩えで言うと、中尾彬の付き人の男の子とおんなじくらいのレベルで、あたしと話してても、あたしだけじゃなく、社会そのものをナメまくってるようなノリなのだ。その上、本人はそれに気づいてない。

まあ、今どきの子なんだから、そんなことは別に気にもしてなかったんだけど、今日は、ホントにムカついた。ある現場で、ヘアメークはあたしともう1人で、アシスタントが2人ついてて、その1人がその子だった。で、もう1人のヘアメークは、あたしの後輩で、問題の子は、そのヘアメークのアシスタントだった。ようするに、あたしの後輩のアシスタントって立場だったってワケだ。そして、もう1人のヘアメークでさえも、先輩であるあたしに敬語っぽい話し方をしてるのに、そのアシスタントの彼は、あたしにタメグチが全開で、もちろん、自分のついてるヘアメークにも、さらには、担当してるモデルさんたちにもタメグチが全開だった。それも、関西弁で。

だから、現場の人たちは、みんな、暗黙の了解みたいな感じで、「やれやれ‥‥」って感じで、あえて誰も注意もしなかったし、サクサクとお仕事を進めてた。みんなプロだから、プロの現場での常識以前に、社会人としての常識も欠落してるようなお子様に、いちいち「社会の基本」なんてものを教えてあげるほどヒマじゃなかった。そして、午後になって撮影が終わり、あたしたちは残りのお仕事がチョコっと残ってたので、モデルさんたちを帰してから、ランチ休憩をはさんで片づけちゃうことになった。それで、今日のスタジオには給湯室があったから、あたしは、お茶をいれておにぎりを食べようと思ってたら、給湯室でお茶の用意をしてるとこに、その子がやって来て、こう言ったのだ。


「きっこさ~ん、この辺にマクドある?」


この「マクド」は、もちろん、標準語のアクセントでなめらかに発音する「マクド」じゃなくて、関西弁の「マクド」だ。音階で言うと「ド・ソ・ド」だ。標準語なら「ミ・レ・ド」って感じで、なめらかに発音するけど、関西弁の場合は、真ん中の「ク」だけがヤタラと上がる。で、あたしは、東京じゃ「マック」って言うけど、関西人が「マクド」って言うことを知ってたし、関西人には「郷に入れば郷に従え」って意識がゼロで、東京に来ても「マクド」って言い続けてるってことも知ってたから、極めて普通に、極めて親切に、こう返事した。


「マックなら、駅の反対側にあるわよ。駅の通路を抜けて、すぐ右側のとこよ」


そしたら、何て言ったと思う? あたしは、ヒサビサにムカッと来ちゃった。このバカ野郎は、こう言ったのだ。


「マック? マックって何やねん? マクドナルドのことはマクドって言うのが普通やん。なんでもかんでもカッコつけて、これだから東京もんは、かないまへんわ」


あまりにもムカついたから、この「やねん」とか「やん」とかの辺はリトル違うかもしれないけど、とにかく、こっちが「マクド」なんていうダサい言い方にまったくツッコミを入れずに、すごく親切に教えてやったことに対して、いったいぜんたい何なの? この異常な感覚。だいたいからして、マクドナルドのことを「マック」って呼ぶのが、何で「カッコつけてる」ってことになるの? その上、「東京もん」て何なの? もう、完全にあたしの理解を超越してるよ、このバカ野郎は。

‥‥そんなワケで、別にあたしが呼んだワケでもないのに、自分から勝手に東京にやって来て、質問されたことに「東京で使われてる標準語」で親切に答えてあげただけなのに、何でこんなに不愉快な気持ちにさせられなきゃならないんだろう? すべての関西人がこのバカ野郎とおんなじとは思ってないけど、多くの関西人が東京に来ても関西弁を使い続けてることや、東京の言葉や感性やニュアンスにケチをつける現状を見ると、あたしは、「そんなに東京が嫌いなら来なきゃいいのに」って思う。「きっこの日記」が嫌いなのに、毎日毎日読みに来て、嫌がらせや揚げ足取りのメールを送って来るようなヤツラと、イメージがオーバーラップしちゃうよ、まったく。

だから、こうした人たちの感覚って、あたしには死ぬまで理解できないんだけど、ここでひとつ、関西の人たちに聞きたいことがある。東京には、「東京スター銀行」って銀行があるんだけど、その銀行のCMで、ずいぶん前から、「完済人(かんさいじん)になろう」ってのをOAしてる。どんなことなのかって言うと、あちこちのサラ金とかでお金を借りまくって、首が回らなくなっちゃった多重債務者に対して、すべての借金を「東京スター銀行」が肩代わりして返済してくれて、債務者は、その総額を「東京スター銀行」へ返済すればいいってシステムの宣伝だ。

ようするに、よくある「借金の1本化」ってヤツだけど、これに対して「東京スター銀行」は、「完済人になろう」ってキャッチフレーズのCMを流してるってワケだ。もちろん、この「完済人」てのは「完済する人」って意味だけど、当然、「関西人」と語呂合わせしてることは誰もが知ってる。あたしは、このCMを初めて見た時に、まず思ったことは、「関西の人たちは怒らないのかな?」ってことだった。だって、いくら語呂合わせとは言え、借金で首が回らなくなった多重債務者に呼びかける言葉として、「かんさいじん」て言葉を使ってるからだ。

たとえば、「東京人」の語呂合わせで、頭が狂った人のことを「頭狂人(とうきょうじん)」て言われたら、あたしはムカつく。だから、これとおんなじで、こんなCMを流されたら、関西人の多くはムカつくんじゃないかって心配したのだ。だけど、しばらくしてから、これは「東京スター銀行」だから、たぶん支店は東京にしかないだろうし、CMだって関東圏でしか流してないだろうから、そんなに問題にはならないかとも思った。だから、関西在住の関西人で、東京でこんなCMが流れてることを知らなかった人がいたら、多重債務者に呼びかける言葉として「完済人」て言葉を使ってることをどう感じるか、正直なとこを教えて欲しいと思った。

‥‥そんなワケで、方言は文化なんだから、あたしは方言を否定してないし、それどころか、とっても素晴らしいものだと思ってる。この東京にだって、あたしが使ってる標準語とは別に、東京弁てものが存在する。もう、下町のほうのお年寄りくらいしか使ってないけど、独特の味わいがあって、すごく心があたたかくなる。だから、それぞれの地方の人たちが、自分たちの方言を大切に思ってるのとおんなじように、東京が故郷であるあたしにとっては、標準語や東京弁が大切なのだ。もしも、あたしが、どこか他府県に移り住むことになったら、できるだけ早くその土地の方言で話せるように努力するだろう。それが、その土地や人々に対するリスペクトであり、それが、「郷に入れば郷に従え」ってことだからだ。だから、関西の人たちも、もしも東京に上京して来るんなら、できるだけ早く標準語を覚えて欲しいと思し、せめて、マクドナルドのことは「マック」って言ってもらいたいと思う今日この頃なのだ。


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2008.08.27

アフガンで日本人の遺体発見

「アフガンで日本人の遺体発見」(世田谷通信)

アフガニスタン東部ジャララバード近郊で誘拐されたNGO「ペシャワール会」の職員、伊藤和也さん(31)と見られる遺体が発見された。遺体は頭部と足に複数の銃弾を受けており、拉致現場から5キロほど離れた谷に投げ捨てられていた。現地の警察では、犯人グループが逃走の足手まといになったために伊藤さんを射殺して遺体を遺棄したものと見ている。死亡推定時刻は日本時間の26日午後1時頃で「ペシャワール会」の手伝いをしていた現地スタッフが発見した。なお現地のスタッフは「遺体は伊藤さんに間違いない」とコメントしているが、この事件の対策本部長に任命された自民党の山本一太外務副大臣は27日午後の会見で「現在確認中」と述べるにとどめた。山本一太氏は自身のブログで昨日は「深夜0時30分に帰宅した」とコメントしており、また、その後の文章には「ニッコリ」などの緊張感に欠けた表現も見られる。このような緊急事態にも関わらず、最高責任者が対策本部に泊まり込まずに帰宅し、通常と変わらずにブログなどを書いていたことに、インターネット上では批判の声が相次いでいる。(2008年8月27日)


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お知らせです!

片岡さんの上告棄却を受けて、KSB瀬戸内海放送が特集の続編「高知白バイ衝突死 11 訴え届かず…最高裁が上告棄却 」を放送しました。

以下のライブラリーで観ることができますので、皆さん、ご覧ください。


「KSB瀬戸内海放送」
http://www.ksb.co.jp/newsweb/indextable.asp?tid=4&sid=7


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マーボートマトへの道

いつものスーパーで、しばらく前から、「日替わりでお野菜が何か1種類だけ100円セール」をやってる。もちろん、この名前は、あたしが説明がてら付けたもので、正式な名前は特にない。とにかく、いろんなお野菜が並んでる中で、毎日、何か1種類だけが100円になってる。オトトイはキャベツが1個100円、昨日は大根が1本100円、今日はキュウリが3本で100円‥‥って感じだ。ふだんから安売りしてるスーパーを利用してる人から見たら、たいして安く感じないかもしれないけど、あたしの住んでる地域だと、通常の半額くらいの感じなので、すごく安く感じる。

だけど、一見、アリガタイザーなサービスなんだけど、実はそうでもないのだ。たとえば、カレーとかシチューとかを作ろうと思ったら、最低でも、タマネギ、ニンジン、ジャガイモが必要だし、できれば、ブロッコリーとかも欲しい。それなのに、タマネギが何個か入った袋が100円の日は、ニンジンは3本で198円、ジャガイモも3個で198円、ブロッコリーに至っては1個250円もしやがる。だから、その日に100円になってたキャベツだけが必要な時とか、ダイコンだけが必要な時とかなら助かるんだけど、複数のお野菜が必要な場合には、何よりも「根気」が必要になる。

カレーを作ろうと思ったら、毎日毎日スーパーを覗きに行って、タマネギ、ニンジン、ジャガイモと、それぞれが100円になってる日に買って来て、ぜんぶが揃うまで待たなきゃなんない。たとえば、月曜日はタマネギが100円、火曜日はニンジンが100円、水曜日はジャガイモが100円‥‥って決まってればいいんだけど、そんなに都合良くは行かない。その日に何が100円になってるのかは、スーパーに行ってみるまで分かんない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、タマネギやニンジンやジャガイモみたいに、日持ちのするお野菜ならいいんだけど、たとえば、サラダが食べたくなって、レタスとキュウリとトマトが欲しいなんて思ったら、ほぼムリだ。初日にレタスが100円でも、キュウリが100円になるのが5日後で、トマトが100円になるのが10日後だったら、ぜんぶが揃った時には、レタスは冷蔵庫の野菜室で冷害状態みたくなっちゃってるだろうし、キュウリも「ス」が入って白っぽくなっちゃってるだろう。

だから、こないだ、レタスが100円だったから買って来たんだけど、あたしは、レタスだけのサラダを食べた。サラダっていうか、ただ単にレタスをちぎって、大きなお皿に山盛りにして、お塩をかけてムシャムシャと食べ続けたんだけど、美味しかったけど虚しかった(笑)

で、しばらく前のこと、その日は珍しいことに、ショウガが100円だった。もともと、中国産のショウガなら100円なんだけど、いつもは高くて手が出ない高知県のショウガが100円になってた。それで、ショウガは何にでも使えるし、涼しいとこに置いとけばワリと日持ちもするから、1個買って来た。そしたら、その次の日が、ナナナナナント! ミョウガが100円だったのだ! いつもは3個入りで168円もするから、ずっとガマンしてたのに、100円なら絶対に「買い」だ!

そして、2日間でショウガとミョウガが手に入ったので、あたしの夢は果てしなく広がった。だって、この黄金のコンビさえあれば、お素麺も美味しく食べられるし、冷奴も美味しく食べられるし、他にもいろいろと楽しめるからだ。あと、多摩川の土手に行って大葉を摘んでくれば、パーフェクトな「薬味3兄弟」が完成しちゃう。

それで、あたしは、ショウガと一緒に買って来たお豆腐に、摩り下ろしたショウガと刻んだミョウガを乗せて、オカカをタップリと乗せて、冷奴を作った。それから、3本100円の時に買って来たキュウリと、4本100円の時に買って来たナスで作っておいた浅漬けに、千切りにしたショウガとミョウガを加えて、軽く和えて、一味唐辛子を振って、お醤油を垂らした。もう、無敵の組み合わせだ。ご飯のオカズとしても無敵だし、お酒のオツマミとしても無敵だ。そして、もちろん次の日は、多摩川の土手で大葉を摘んで来て、千切りにして、1個残しておいたミョウガも刻んで、ショウガは摩り下ろして、無敵のお素麺を食べた。

‥‥そんなワケで、おんなじ100円のお野菜でも、ダイコンやキャベツのように、メインの食材としてオカズになるものと、ショウガやミョウガのように、薬味として使うものとじゃ、大きく意味が違う。ダイコン1本とミョウガ3個じゃ、重さも質量もぜんぜん違う。たとえば、ダイコン1本だけしか食料がなくても、何とか数日はサバイバルできるだろうけど、ミョウガ3個じゃ1日も持たない。ようするに、極端な言い方をすれば、ダイコンは生活必需品だけど、ミョウガはゼイタク品てことなのだ。

だから、ダイコンやキャベツなら、どうしても食べたい時には150円でも買う場合があるけど、ショウガやミョウガなどの薬味の場合は、100円じゃないと買わない。そして、いつも悩むのが、長ネギだ。金ちゃんラーメンを作って食べる時も、おそばを茹でて食べる時も、納豆を食べる時も、長ネギがあればグッと美味しくなるのに、3本で200円近くもするから、とてもじゃないけど手が出ない。

だって、35円のラーメンや、1個あたり30円程度の納豆に対して、200円近くもする長ネギを買って来て入れるなんて、あたしの感覚からすると、入れるお金が1000円札が1枚しかないのに、7万円のヴィトンのお財布を使うようなもんだからだ。年に一度のゼイタクとして、1個150円もする「中華三昧」とかを食べるのなら、高い長ネギを入れるのもヤブサカじゃない。だけど、ふだんの35円のラーメンや30円の納豆の場合は、節約のために安いものを食べてるんだから、そこに高い長ネギを入れたら、本末転倒になっちゃう。

そして、いつもより細い長ネギが3本で100円になってる時に買って来ても、ラーメンでもおそばでも納豆でも、1回に使うのは10cm程度だし、そんなに毎食は使わないから、使い切る前に悪くなってきちゃう。そして、最後の1本は、ぜんぶお味噌汁に入れちゃったりって、すごくもったいない使い方をすることになる。だから、あたしは、たとえ100円になってる時でも、長ネギだけは、いつも買おうか買うまいか悩んじゃうのだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、ヘナチョコベジタリアンになってから、思わぬとこで苦労するようになって来た。しばらく前のことなんだけど、実家が北海道のヘアメーク仲間が、実家から送って来たスルメを分けてくれた。それで、スルメに目がないあたしは、さっそく、スルメの横にハサミで1cmおきに切り込みを入れて、アブった。こうすると、裂きやすくなるからだ。そして、裂いたスルメに軽くお醤油をかけて、三角のとこにマヨネーズをチュルチュルと出して、そこに一味唐辛子をドバッとかけた。

で、冷蔵庫で冷やしておいた、これまたいただきもののニポン酒を飲みながら、スルメでマヨネーズと一味唐辛子をマゼマゼしつつ、美味しくいただいた‥‥のもトコノマ、ハッと気づいたのは、「マヨネーズってタマゴが原料じゃん!」てことだった。あたしは、ベジタリアン宣言をしてから、ぜんぜん気づかないままに、マヨネーズを使ってたのだ。

あたしは、別にマヨラーじゃないので、400gのマヨネーズを買って来ると、だいたい3ヶ月くらいは持つ。そんなにヒンパンには使わないし、そんなにヒンパンには買わないから、ついウッカリしてたんだけど、ベジタリアン宣言をしてからも、1回か2回は買ってたのだ。そして、こんなことを気にしだすと、金ちゃんラーメンのスープの粉の中に、チキンか何かのエキスが入ってるんじゃないかとか、いろんなことが気になって来る。

たとえば、お肉屋さんで、挽肉をいっさい入れてないジャガイモだけのコロッケを売ってたとして、あたしが安心して買って食べたとしたら、実は「揚げ油にラードを使ってた」なんてことだってアリエールだ。コロッケに限らず、あたしはOKにしてる魚介類でも、定食屋さんやレストランでエビフライやイカフライを食べる時に、揚げ油がラードだったらダメってことになる。だからって、お店に入るたびに、「お宅の揚げ油は何ですか?」って聞いて、ラードだって言われたら他のお店に行く‥‥なんてことはしてられない。

それに、そこまで細かいことを気にし始めると、あたしの嫌いな「病的なほどのベジタリアン」の方向に行っちゃいそうだから、「魚介類はOKのユルユルのベジタリアン」のあたし的には、一歩も足を踏み入れたくない領域なのだ。皮のお財布も使わないとか、皮のパンプスも履かないとか、挙句の果てには化繊のものもいっさい着ないとか、そんな仙人みたいな世界まで行っちゃったら、東京じゃ呼吸もできなくなっちゃう。東京で暮らすってことは、化学物質だらけの空気を吸って、化学物質だらけのお水を飲むってことなんだから、あんまり細かいことまで気にし始めると、ノイローゼになっちゃって、逆に精神衛生上よろしくないのだ。

‥‥そんなワケで、マヨネーズのことだけど、あたしは、しばらく前にスルメを食べてる時にハッと気づいてから、「このマヨネーズを使いきったら、もう買わない」って決めたワケだ。それで、往生際が悪いんだけど、「これが最後のマヨネーズだ」って思うと、もったいなくて気軽に使うことができなくて、どうしてもマヨネーズが必要な時だけ少しずつ使ってるから、まだ半分くらい残ってる。だから、レタスを食べた時にも、お塩を振りかけて食べたってワケだ。

結局、いくらお肉を食べないようにしてても、こうして調味料のほうにお肉やタマゴなんかが使われてることもあるワケだから、神経質にならないようにユルユルのベジタリアンを楽しんでるあたしとしては、「ついウッカリ」が多いと思う。「思う」ってのは、未だに気づかないで食べちゃってるものもあるかもしれないからだ。だからって、調味料や油までイチイチ気にしてたら、ユルユルじゃなくなって来て、とてもじゃないけど続けて行けなくなっちゃう。

だから、あたしが出した結論は、調味料はできるだけ「お塩」「お醤油」「お味噌」を使うようにするってことだ。そして、二岡として‥‥じゃなくて、二軍として、「ソース」と「ケチャップ」と「いしる」があれば、世の中のほとんどの食材やお料理を美味しくいただくことができるだろう。マヨネーズが使えなくなると、あたしの大好きなタルタルソースもダメになるから、それだけは悲しいけど、この際、それくらいはガマンしないといけないと思った。

それで、あたしは、100円のお野菜を中心にした食生活を送ってるんだけど、レタスが100円の時に、ちぎってお塩を振って食べたように、トマトが100円の時も、切ってお塩を振って食べただけだったし、キュウリが100円の時も、切ってお味噌をつけて食べただけだった。ようするに、何にもお料理なんかしてなくて、そのままボーン・トゥ・ビー・ワイルドに、そのお野菜の味を楽しむような食べ方をしてた。

だけど、人間てのはゼイタクなもので、こんな食べ方が続いてると、だんだんに飽きて来る。いろんな調味料を使って、複雑な味つけをしたお料理が食べたくなって来る。それで、しばらく前に、「マーボーナス」のナスの代わりにズッキーニを使ったら美味しかったってことを書いたけど、今、考えてるのは、「マーボートマト」なのだ。何日か前の夕方、車の運転をしながらTOKYO FMを聴いてたら、「ワンダフル・ワールド」で、中華料理の人気投票みたいなのをやってた。それで、断片的に聴いてたから、あんまり詳しくは分からないんだけど、小山ジャネット愛子さんが、「マーボー豆腐」に投票した1人のリスナーのメールを読んだ。


「私はマーボー豆腐に投票します。でも、我が家では、お豆腐の代わりにトマトを入れるんです。すごく美味しいんですよ」


「マーボーナス」のナスの代わりにトマトなら、「マーボーナス」のナスの代わりにズッキーニとおんなじで、一応は理解できるし、「マーボー豆腐にトマトも入れる」ってのも、一応は理解できる。だけど、「マーボー豆腐」からお豆腐を抜いて、その代わりにトマトを入れるなんて、ワケが分かんない。まあ、「マーボーナス」のナスの代わりにトマトを入れるのと大差ないんだけど、これじゃあ、モトのお料理が「マーボー豆腐」である意味がないし‥‥って、そんなことはどうでもよくて、とにかく、あたしは、最後の「すごく美味しいんですよ」って言葉が耳に残った。

あたしは、たいていのお料理は、作り方を聞いただけである程度の味を想像することができるんだけど、この「マーボートマト」だけは、どうしても味が想像できなかった。ズッキーニにしても何にしても、そのお野菜自体に強く主張する味がないものを使うのなら、味はあくまでも「マーボー豆腐」や「マーボーナス」なワケで、食材の歯応えが変わるだけだ。でも、トマトの場合には、強く主張する味があるワケだし、「お豆腐の代わりに入れる」ってことは、メインの食材として大量に入れるワケだ。その上、煮込んでるうちに溶けて来るだろうから、どう考えても、マーボーの味とトマトの味とが混ざった味になるハズだ。トマトの味と酸味がプラスされたマーボーだなんて、未知なる味の扉をひらくようなもので、ものすごく興味をそそる。

‥‥そんなワケで、あたしは、「マーボートマト」っていうイタリアンな中華を味わうために、今日もまた、スーパーを覗きに行って来た。だけど、トマトは、もともとが高いから、なかなか100円にならないのだ。それに、いつもは3個で250円くらいなんだけど、100円の時は2個になっちゃう。だから、たとえ100円になったとしても、2袋で4個は買わないと、あたしが思い描いてる「マーボートマト」は完成しない。だから、「ああ、なんて遠い道のりなんだろう」なんて考えてる今日この頃なのだ。


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2008.08.26

太田農水相に不正事務所費問題

「太田農水相に不正事務所費問題」(世田谷通信)

「レイプする人は元気があっていい」「消費者がやかましいから食の安全を徹底して行く」「日本の消費者は潔癖バカ」などの暴言、失言を繰り返して問題になっている太田誠一農水相が、2005年と2006年の2年間、当時の政策秘書だった中里浩氏の自宅を自分の政治団体「太田誠一代議士を育てる会」として登録し、事務所費として計2345万円を計上していたことが分かった。中里浩氏の自宅は事務所として使用されていた形跡はまったくなく、また2345万円のうち1005万円は人件費として計上されているものの同会には職員が1人も存在していない。このような事務所費の架空計上は、政治資金規正法に触れるため、過去にも多くの閣僚が辞任に追い込まれている。家賃が無料の議員会館を事務所として高額の事務所費を計上していたことが発覚し、説明責任を果たさぬまま自殺した松岡利勝元農水相、自分の実家を事務所として高額の事務所費を計上していたことが発覚し、明確な説明のないまま辞任した赤城徳彦元農水相、知り合いの麻雀店を事務所として登録していた久間章生元防衛相など、こうした問題は後を絶たない。また、家賃が無料の議員会館に事務所を置き、毎年4000万円以上の事務所費を計上していた伊吹文明財務相は、発覚したのが松岡元農水相と同時期だったために、松岡元農水相の自殺によって追及を逃れ、未だに説明責任を果たしていない。(2008年8月26日)


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ロリポップの悲劇

「ロリポップ」って言葉があるけど、これは「ポップなロリコン野郎」のことじゃなくて、棒の先に飴がついてる「ペロペロキャンディー」のことだ。だけど、アメリカのスラング(俗語)だと、男性の股関のチクワブを女性がペロペロする「フェラーリ行為」のことを指す。そして、F1ファンを始めとしたモータースポーツファンにとっては、ピットインして作業中のマシンのドライバーの前に出して、発進をストップさせとくためのプレートのことを指す。棒の先に丸いプレートがついてる形状が、ペロペロキャンディーに似てるからだ。

で、スラングだと男性のアソコを「フェラーリ行為」することをロリポップって呼ぶのに、F1のフェラーリチームはロリポップを使ってなくて、代わりに電光式のシグナルを使ってる。そして、全世界の何百万人、何千万人もの人たちが、あたしとおんなじ気持ちだと思うけど、フェラーリのピットのスタートシグナルの係のヤツ、ふーざーけーんーなーーーー!!ってことだ。一度のミスだって大事故につながる場合もあるF1のピット作業で、一度ならず二度までも、いったい、なんなんだ!

一度目は、マッサのピットインで、後ろからスーティルのマシンが来てるのに、ぜんぜん確認しないでスタートシグナルを出しやがって、それで発進しちゃったマッサは、ピットロードの中でスーティルとサイド・バイ・サイドになっちゃって、あと数センチで大クラッシュになるとこだった。マッサが下がって事故だけは回避できたけど、一歩間違えば大変なことになってた。幸いにも、マッサは罰金1万ユーロ(約162万円)だけで済んだから良かったけど、これで順位に変動でもあったら、シャレになんないとこだった。

そして、問題なのは、このあとだ。マッサに続いてピットインしたライコネンが、まだ給油してる最中だってのに、何をトチ狂ったのか、スタートシグナルが出ちゃったのだ。ライコネンは、給油リグが刺さったまま急発進しちゃった。給油してたクルーは、リアウイングに直撃されて、右後輪に巻き込まれて、足を轢かれて動かなくなっちゃった。周りのクルーたちが駆け寄り、倒れたクル―を助けながら、別のクルーが給油リグを抜こうとしたんだけど、なかなか外れない。ようやく外れて発進した時には、時間は大幅にロスしてた上に、次の周回で白煙を噴いてエンジンブローでリタイア‥‥って、お前はマクラーレンの回し者か!‥‥なんて叫んでみた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ライコネンには轢かれたクル―は、テレビの放送ではストレッチャーに乗せられて運ばれてく姿しか分からなかったから、あたしはすごく心配してたんだけど、今日になってから、「足と背中の打撲で軽傷」って報告があったので、とりあえずホッとした。そして、ライコネンは、「この事故は自分が少し早くスタートしてしまったことが原因で、責任は自分にある」って発言してる。これが、ホントにそう思ってるのか、クルーを思いやっての言葉なのかは分からないけど、スタートシグナルが出たから発進したことは間違いようだから、あたしは、ライコネンだけの責任とは思わない。

そして、こんなに大人なライコネンとは正反対なマッサは、自分のほうがあとから発進してぶつかりそうになったのに、相手のスーティルに文句を言ってる。マッサの言いぶんは、「スーティルは周回遅れだったんだから、あのような状況になったら、ボクに道を譲るのが常識だ。それなのにアクセルを踏んでボクと争うなんて、まったく無意味な行動だ」ってものだ。

あたしが見る限り、誰よりも責任が重いのは、やっぱり後方を確認せずにスタートシグナルを出したクル―だと思う。そして、スーティルが悪いかマッサが悪いかは、そのあとの問題だと思う。実際、マッサに罰金が科せられたんだから、FIAもマッサのほうが悪いって判断したんだろう。どっちにしても、優勝も取り消しにならなかったし、次のレースでのグリッド降格もなかったんだから、年俸10億円以上のマッサにしてみたら、たかが162万円の罰金で済んで、スーパーラッキー by マリンちゃんて感じだろう。

一方、マッサに何癖をつけられたスーティルのほうは、「ピットレーンを走っていたら、突然、真横にマシンが現れたんだ。最初はまったく気づかなかったよ。マッサだと分かったから、ボクは少し左に寄って、彼を先に行かせようとしたんだ」ってコメントしてる。そして、スーティルの走行中にマッサをスタートさせたフェラーリチームに対しては、「まだビデオを観ていないから何とも言えない」と、この時点では非難することを避けた。それどころか、「(仮にそうだったとしても)ピットではみんな急いでるからね」って、心の広さを披露しちゃった。サスガ、余裕のピットスタートだけのことはある。

‥‥そんなワケで、昨日のF1第12戦、ヨーロッパGPは、スペインのバレンシアの市街地をサーキットにして行なわれる初めてのレースだったから、F1ファンはいろんな意味でワクワクしてた。ベテランもルーキーも誰もが初めて走るコースだし、市街地コースならではの長所も短所もあって、フタを開けるまで分からない期待感でドキドキしてた。

それなのに、スタートそうそう、なだそうそう、ここいらでそろそろ勝って欲しいと思ってた地元のアロンソが、オ-プニングラップで金子貴俊‥‥じゃなくて、中嶋一貴にオカマを掘られて、さっそくリタイア。ホームストレート前の巨大な観覧席を埋め尽くした地元のファンたちは、一気にドンヨリ雨雲ムード。そして、気持ちを切り替えて観戦を始めたものの、どこからか飛んで来た大きなビニール袋が、疾走するマシンの前をフワフワと横切ってく始末。この緊張感の無さに、思わず地井武男がサーキット内を散歩して横切りそうな気までして来た。

ま、そんなことは置いといて、あたしはあたしなりに楽しく観戦してたんだけど、マッサの2度目のピットインでスタートシグナルの指示ミスが炸裂した上に、ライコネンのピットインでトドメを刺されちゃったから、アリエナイザーな気分になっちゃったのだ。ホンダのピットクルーならともかく、天下のフェラーリのピットクルーが、こんなにも初歩的なミスを連発するなんて、どう考えても「ワザとやってる」としか思えなかった。もちろん、これは言葉のアヤだけど、そうとでも思わなかったら説明がつかないほどお粗末なミスだった。

今の給油リグは、安全のために燃料タンクにセットしないとガソリンが出ないシステムになってるそうだけど、それにしたって、給油リグを外さないまま発進して、もしもリグの上のホースの部分がちぎれたりしたら、そこからガソリンが噴き出す可能性だってある。1994年のドイツGPでは、ベネトンのヨス・フェルスタッペンのピットインで、リグを刺す前にガソリンを噴射しちゃって、一瞬後には引火して、ドライバーを乗せたままマシンが火の海になった。だから、ライコネンに対する今回のミスだって、こうした大事故につながる可能性があったってワケだ。マッサにしたって、結果こそ、ポール・トゥ・ウィンにファステスト・ラップのオマケまでついて、記念すべき100回目のレースを笑顔で終えることができたけど、これがすべて台無しになる可能性だってあったワケだ。

それなのに、すごく不思議なんだけど、マッサの件でも、ライコネンの件でも、敵も味方も誰1人、シグナルを出してドライバーにスタートを指示したクルーのことを責めてない。だから、あたしが代表して責めてるワケだけど、やっぱ、チームあってのレースだから、ドライバーもクルーには気を使ってるんだろうか? とにかく、あんなミスを連発して、一歩間違えば大事故につながってたし、実際にケガ人まで出してるのに、まったく責められないってことが、あたしには理解できない。

‥‥そんなワケで、あたし的には、何だかアト味の悪いレースになっちゃったけど、ライコネンに轢かれたクルーも軽傷だったし、マッサも罰金だけで済んだから、「ま、いっか!」ってことにした。そんなことよりも、今季限りでF1を引退しそうな雰囲気が漂ってたバリチェロが、ぜんぜんそんな気なんかないってことを公言してくれたことと、ホンダが水面下でアロンソにラブコールを送ってるってウワサを総合して妄想すると、バリチェロとアロンソのトレードってことも、無きにしもあらず‥‥ってことになる。そうなれば、バリチェロはルノーに乗れるワケで、少なくとも今よりは持ち味が生かせるようになるってことだ。ま、現実味はマックス・モズレーの羞恥心くらい薄いけど、そうなることを祈りたいと思う今日この頃なのだ。


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「マッサの場合」


「ライコネンの場合」


「ピットレーンの悲劇」(フェルスタッペンの炎上など)


「F1クラッシュ 1」


「F1クラッシュ 2」

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2008.08.25

顔のでかい男にはご用心

いつもテレビで見てた女性アイドルや女優さんに、どこかで実際に会ったりすると、多くの人が驚くのが、「顔が小さい」ってことだ。テレビで見てるだけだと分からないけど、実際に会うと、みんな驚く。もちろん、普通の顔の大きさのタレントもたくさんいるけど、「可愛い系」や「美女系」の場合は、たいてい一般よりも顔が小さい。だから、アイドルなら、身長が低くてもスタイルが良く見えるし、女優なら、さらにスタイルが良く見える。そして、これは、モデルになると、とても自分とおんなじ人類とは思えないほどのレベルになって来る。

だから、一般の女の子たちも「小顔」に憧れて、なるたけ顔が小さく見えるようなヘアスタイルをしたり、メークをしたりする。今の若い子たちが、トップを盛り上げたり、サイドを巻き髪にしてるのも、流行ってだけじゃなくて、顔を小さく見せる効果があるからだ。さらには、顔面マッサージをしてみたり、SMプレイにでも使いそうな「小顔マスク」をして寝てる子もいる。それほど、女の子は、「小顔」に憧れてるのだ。

確かに、女性の場合は、顔は大きいより小さいほうがキレイに見えるけど、これが男性になると、あんまり顔が小さいのはおかしく見える。たとえば、速水もこみちとか、セイン・カミュとか、あんなに背が高いのに、顔が小さすぎて、バランスがおかしく見える。まあ、セイン・カミュの場合は、外国人だから、頭蓋骨の形もニポン人とは違うし、それほどおかしくは見えないけど、速水もこみちは思いっきりおかしい。顔の造作は整ってるし、身長も高いし、脚も長くてスタイルはいいのに、カンジンの顔と体とのバランスがおかしいから、全身を見ると、ヘラブナ用のウキみたいに見えちゃう今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、顔の大きさをどうこう言うよりも、その人の体の大きさとのバランスが重要だと思ってる。たとえば、ジャイアント馬場とか、アンドレ・ザ・ジャイアントとか、チェ・ホンマンとかって、顔だけを見たらものすごく大きいハズだ。たぶん、普通の人の1.5倍くらいあるかもしれない。だけど、身長も2m以上あるから、全身を見ればバランスがとれてる。逆に、この人たちの体に、普通の人の頭を乗せたら、それこそ速水もこみちみたいになっちゃうと思う。

結局、ナニゴトも基本的にはバランスの問題だと思うんだけど、そうそう顔と体のバランスのいい人ばかりいるワケじゃなくて、いろんな人がいる。だから、顔の面積だけを見れば、AさんよりBさんのほうが大きくても、Aさんの身長が160cmで、Bさんの身長が180cmだったために、顔の面積の小さいほうのAさんだけが「顔が大きい」って悩んでるってケースもあると思う。

ちなみに、あたしの場合は、顔の大きさは普通だと思うけど、肩が「イカリ肩」気味なので、そのぶん顔が小さく見えるっていう特権?がある。だから、もしもあたしが「なで肩」だったら、顔は大きめに見えてたハズだから、顔が小さく見えるIKKOさんみたいなヘアスタイルにしてたかもしれない。男性の場合は、女性とは逆で、顔は小さいより大きいほうが男らしく見える。だから、男らしく見られたくないIKKOさんは、顔が小さく見えるヘアスタイルにしてるってワケだ。

でも、この場合の「男らしい」ってのは、8月14日の日記、「ハイカラきっこが通る」の中で書いた「バンカラ」みたいな方向性の「男らしい」だから、女性にモテるとかモテないとかの基準にはならない。特に、最近は、ジャニタレとかホストとか、フニャフニャしたヘナチョコ野郎を好きになるような女性も多いから、男性でも、顔は大きいより小さいほうがモテる時代になって来たのかもしれない。ただ、あたしの個人的な好みとしては、やっぱり男性の顔は、小さいよりは大きいほうが好きだ。

いつも言ってるように、感性や嗜好や美意識は人それぞれだから、顔の大きい男性が好きな人もいれば、顔の小さい男性が好きな人もいるワケで、あたしにはおかしく見える速水もこみちにも、それなりのニーズがあるってワケだ。だから、どんな顔の大きさの男性を好きになろうとも、それはその女性の自由‥‥って、いつもはコレが結論なんだけど、今日は、そうじゃないんだな、これが。

‥‥そんなワケで、長い前フリが終わって、ようやく本題に入るけど、8月20日付の「サイエンス誌」の電子版の記事に、「顔のでかい男性は攻撃的な性格をしてる」っていうレポートがあった。「The Face of Aggression (攻撃型の顔)」っていうレポートなんだけど、内容をフランク・ザッパに説明すると、男性が成長して行く過程で、思春期から成人するくらいまでの間に、「テストステロン」ていう男性ホルモンによって、男性の顔は大きくなるそうだ。ヒタイやアゴが張ったり、顔の幅が大きくなったりと、発達させるそうだ。

ようするに、思春期までは、男性も女性もおんなじくらいの顔の大きさなんだけど、思春期ころから、男性だけ「テストステロン」の分泌によって、女性よりもひとまわり大きな顔へと発達して行くってことらしい。そして、「テストステロン」の分泌量も人それぞれだから、少ししか分泌されなかった人はそんなに発達しないし、多量に分泌された人はそのぶん大きな顔になる。で、この時期に「テストステロン」が多く分泌された人は、顔が大きくなるだけじゃなくて、攻撃的な性格になるってことが分かったって書いてあった。つまり、顔の大きい男性は、顔の小さい男性よりも攻撃的な性格をしてるってことなのだ。

ちなみに、精子と卵子がくっついて、お母さんのお腹の中に命が芽生えた時には、男の子も女の子も似たような脳みそをしてるそうだ。そして、妊娠6週目から24週目にかけて、男の子にだけ多量の「テストステロン」が分泌されて、それによって、脳みその中の女性的な特徴が破壊されるそうだ。だから、男性として生まれたのに自分を女性だと思ってる性同一性障害の人って、何らか原因で、この時期に「テストステロン」が分泌されなかった人なんだと思う。性同一性障害の人の脳みそを調べると、肉体的な性別は男性なのに、脳みそは女性的な特徴を持ってたりするからだ。

それで、この「テストステロン」てのは、男性の股関にぶらさがってる「おいなりさん」から分泌される。だから、男性として生まれたのに自分を女性だと思ってる性同一性障害の人は、思春期になる前に「おいなりさん」を取っちゃえば、顔が大きくなったり、男性的な顔立ちになったりせず、その後の性転換手術にもプラスに働くってワケだ。現実的には、思春期になる前に「おいなりさん」を取るってのは難しいだろうけど。

で、ダッフンしちゃった話をモトに戻すけど、「テストステロン」て言う男性ホルモンによって、男性の顔が思春期ころから大きくなり始めるってことは、去年、イギリスのロンドン自然史博物館の古生物学者、エリナー・ウェストン博士が発表したものだった。それで、この研究結果に興味を示したのが、カナダのブロック大学の行動神経学のシェリル・マコーミック博士と心理学のジャスティン・カー博士だった。そして、この2人が中心になって、男性の顔の大きさが、男性的な攻撃性と比例してるかどうかを確かめる研究をスタートさせたのだ。

まず、88人の男性と女性の協力者を募り、全員の顔のタテとヨコの長さを測定した。それから、ランダムな組み合わせで、「相手のポイントを奪って自分のポイントにする」ってルールのゲームをやらさせて、その統計をマトメた。ようするに、自分だけが得点を重ねて行けるゲームじゃなくて、相手を攻撃して相手の得点を奪い取らないと、自分の得点を増やすことができないゲームってワケだ。そして、誰が勝ったとか、誰が何点取得したとか、そうした結果だけじゃなくて、どんなふうに攻撃するかっていうゲーム中の各プレイヤーの様子も観察した。

そうしたところ、女性の場合は、顔の大きさに関係なく、全体的に男性よりも攻撃性が低いってことが分かった。そして、男性の場合は、顔が大きい人ほど、ゲーム中に「より多くの攻撃性を示した」っていうデータが出たのだ。そして、今度は、乱暴なことでオナジミのプロのアイスホッケーの選手たちの顔写真から、それぞれの選手の顔の大きさを割り出して、試合中の暴力行為によってペナルティーボックスで過ごした時間の合計とを比較してみた。そしたら、「顔の大きな選手ほど、ペナルティーボックスで過ごした時間が長い傾向にあった」ってことが分かったそうだ。

ここまでは、分かりやすくするために、単に「顔が大きい」って書いて来たけど、厳密に言うと、これは「顔の面積」だけの問題じゃなくて、顔の幅と、顔のタテの長さとの比率が重要なポイントになるそうだ。さらに厳密に言うと、頬骨かに頬骨までの幅と、上アゴからヒタイまでの長さの比率が問題になる。思春期に「テストステロン」によって発達するのは、主に顔の幅だから、おんなじ面積の顔でも、タテ長の顔よりも横幅のある顔のほうが攻撃的になるそうだ。だから、顔が大きくても温和な男性も多いだろうし、顔の面積は小さくても、タテヨコの比率によっては、標準よりも攻撃性の高い性格の男性もいるってことだ。

ケンカなどで相手を脅したり威圧したりする時に、自然にミケンにシワを寄せて眉を下げ、上クチビルを上げるような表情をするのは、無意識のうちに、上アゴからヒタイまでの長さを縮めて、顔の横幅を大きく見せようとする威嚇心理によるものだとも書かれてる。そう言えば、動物的で野蛮な人ほど、いい年こいても恐い顔して相手を威嚇するよね。どっかの都知事とか(笑)

で、今回のレポートでは、「顔の大きい男性はすべて攻撃的だ」とは言っていない。これは、あくまでも「そうした傾向にある」って言ってるだけだ。でも、アイスホッケーの選手たちを調べた結果、顔の大きさやタテヨコの比率から、その男性の攻撃性の「約30%は予見できる」としてる。そして、この研究結果に対して、イギリスのブリストル大学の心理学者、イアン・ペントン・ヴォック博士は、「人間の挙動がどのように発展して来たのかを解明する手掛かりとして、非常に興味深い内容です。これは、人間の身体設計にも通じることです」って言ってる。

‥‥そんなワケで、人間は誰だって、見かけだけで判断されるのはイヤだと思う。例えば、ニポンでは、昔から「オッパイの大きな女は頭が悪い」って言われてるけど、オッパイの大きな女性にしてみれば、これほど腹が立つ決めつけはないだろう。もちろん、これは、単なる「偏見を持った男性側からのイメージ」ってだけで、「オッパイにばかり栄養が行っちゃって、オツムのほうが発達してないんだろう」っていう、どっかの都知事みたいな、時代錯誤で女性蔑視の感覚によるものだ。

だけど、今回の「顔の大きい男性は攻撃的な傾向が強い」ってのは、何の偏見でも決めつけでもなく、ちゃんとした調査、研究に基づいたものだ。思春期に「テストステロン」が多く分泌された男性ほど、攻撃的な性格になるってことの「視覚的差異」なんだから、このレポートが示してる通り、その男性の顔を見れば、約30%はその人の攻撃性を予見することができるってワケだ。

で、タレントで「顔の大きい男性」って言うと、あたしがパッと思いつくのは、トミーズ雅と土田晃之くらいしかいない。たまたま2人ともお笑いの人だけど、もうひとつの共通点は、2人ともケンカが強そうだってことだ。トミーズ雅は、元プロボクサーで、日本スーパーウェルター級の1位まで行ったそうだから、「強そう」ってよりも、ホントに「強い」だろう。それから、土田晃之も、ことあるごとに昔のヤンキー時代の写真を見せびらかしてるし、体も大きいから、それなりに強そうには見える。もちろん、「強い」とか「強そうに見える」ってことと、「攻撃的な性格」ってこととは直結させられないけど、少なくとも、さだまさしやカラテカの矢部よりは、トミーズ雅や土田晃之のほうが遥かに攻撃的に見える。

‥‥そんなワケで、「男性の顔は、小さいよりは大きいほうが好きだ」って思ってたあたしだけど、タレントとかを見てるぶんにはそれでもいいけど、自分が付き合うとしたら、この感覚はヤバイってことが分かった。顔が大きい男と付き合ったら、何かあるたびに逆ギレされて、殴る蹴るの暴行を受けて、ボコボコにされる恐れがある。そして、普通の顔の大きさの男でも、顔の幅が広い場合は、ボコボコにされて病院送りにされる恐れがある。だから、あたしの望む平和的な交際をするためには、どんなにおかしく見えても、速水もこみちみたいなヘンテコなバランスの男にしなくちゃいけないと悟った今日この頃なのだ。


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高知の白バイ事故の映像

高知の白バイ事故について、詳細をご存知ない人もいると思いますので、今年の3月4日に放送した「テレメンタリー」をご紹介します。
これを観れば、この事件の全体の流れが分かります。

車を運転する人なら、これは決して他人事ではないのです。
自分が一時停止しているところに、猛スピードの白バイやパトカーが突っ込んで来たのに、こちらの車両が「動いていた」ことにされ、無実の罪で刑務所に送られてしまうのです。
こんな警察や裁判官のいる国で車を運転するということは、「明日は我が身」なのです。

皆さん、市民を守るべき警察による証拠の捏造と、現職警察官による偽証という前代未聞の大犯罪を許せますか?


「テレメンタリー その1」


「テレメンタリー その2」


「テレメンタリー その3」


片岡さんが、上告棄却を受けて、皆さんにメッセージを出しました。
どうぞ、お読みください。
  ↓
「片岡さんのメッセージ」
http://blogs.yahoo.co.jp/zassou1954/43299387.html

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2008.08.24

「RPG」をご紹介♪

「RPG」と言えば、普通は「ロール・プレイング・ゲーム」のことですが、敵もボスキャラも出て来ないユルユル系の「RPG」をご紹介しちゃいます♪

その名も「ロールケーキ・プレイング・ゲーム」(笑)

いろんな種類のロールケーキが出て来るので、1個ずつ落として行き、おんなじ種類のものが3個以上くっつくと消えます。

途中から、チョコレートのロールケーキが増えて、そのあとには海苔巻きみたいなヘンテコなロールケーキも増えて、だんだん大変になって行きます。

無料だし、マウスだけで遊べるので、皆さん、チャレンジしてみてくださいね♪

ちなみに、あたしは、今んとこ9万点台がやっとで、まだ10万点を超えられないでいます。

10万点を超えるまで、がんばりまーす♪


画像をクリック
  ↓


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潔癖バカな国民たち

レイプ推進派の太田誠一農水相の「日本の消費者はやかましいから食の安全を徹底して行く」っていう問題発言に対して、フロッピー麻生が、「やかましいというのは、うるさい、騒々しいという意味じゃない。詳しい、プロ、そういったのをやかましいというんだ」って、あまりにもお粗末なフォローをした。まあ、マンガしか読んでないあんなバカに、正しいニポン語なんて分かるワケないけど、それなら、太田誠一がこのあとに言った「日本の消費者は潔癖バカだから」って発言に対しては、いったいどんなフォローをするんだろう?

太田誠一は、早稲田のスーパーフリーの鬼畜どもを指して「レイプする人は元気があっていい」って言って、この発言ばかりが取りざたされた。そして、その時も、「レイプをしろと言ったのでなく、ものの喩えとして言ったまでだ」って苦しいイイワケに終始してた。だけど、太田誠一は、この発言のあとに、「レイプする人は、まだ正常に近い」とも発言してるのだ。これは、「レイプする人は、レイプしない人よりも正常に近い」って意味だ。果たして、これが「ものの喩え」だろうか? これは完全に「若い男性は性欲が旺盛なのだから、レイプくらいするほうが正常だ。逆にレイプもしないような男性は異常である」っていう認識に基づいた発言としか思えない。

今回の「やかましい発言」にしたって、「日本の消費者はやかましいから食の安全を徹底して行く」って部分だけが取りざたされてるから、フロッピー麻生みたいなバカが、ひん曲がった口を横から出して来たワケだけど、そのあとの「日本の消費者は潔癖バカだから」って発言までを含めてフォローしなきゃ意味がない。ようするに、フロッピー麻生は、問題になったNHKの「日曜討論」のVをキチンと観てから発言したんじゃなくて、新聞などで報じられた断片的な情報だけで、この問題発言に対して偉そうな屁理屈を展開したんだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、太田誠一という人間国宝級のバカは、自分で自分の首を絞めるのが趣味みたいだ。レイプ発言の時も、「レイプする人は元気があっていい」って発言だけだったら、何とか苦しいイイワケも通用したかもしれないけど、そのあとに「レイプする人は、まだ正常に近い」ってダメ押しまでしちゃったから、もう言い逃れができなくなったのだ。今回も、「日本の消費者はやかましいから食の安全を徹底して行く」って発言だけだったら、フロッピー麻生の屁理屈が通用したかもしれないけど、そのあとに「日本の消費者は潔癖バカだから」ってダメ押しまでしちゃったから、もうどんなイイワケも通用しない。

仮に、これが、「日本の消費者は潔癖だから」って発言してれば、太田誠一のイイワケも、フロッピー麻生のフォローも、ギリギリで通用してただろう。だけど、太田誠一は、「潔癖」じゃなくて、「潔癖バカ」って言ったのだ。これは、誰がどう見たって「褒め言葉」じゃないだろう。それどころか、その前の「やかましい」って表現の意味を裏付ける言葉でもある。つまり、太田誠一は、レイプ発言にしても、やかましい発言にしても、確実に「聞いた者たちが感じた通りの意味」として発言してるのだ。そして、あとから騒ぎになったので、必死にイイワケをしてるだけなのだ。

あたしは、たとえ政治家であろうとも、人間なんだから、ある程度までの失言は仕方ないと思う。だけど、問題なのはそのあとだ。失言をしたあとに、潔く謝罪をするか、この太田誠一のように見苦しいイイワケに終始するかだ。ここで、その人間の資質や人間性が分かる。戦後最悪のアベシンゾーの「おともだち内閣」の時には、柳沢伯夫厚生労働相(当時)の「女性は産む機械」を皮切りに、久間章生防衛大臣(当時)の「原爆を落とされたのはしょうがない」に至るまで、次から次へと閣僚たちの失言や暴言が飛び出した。失言に失言を重ねる無能な閣僚たちは、決して謝罪せずに、見苦しいイイワケに終始して、それを必死に擁護し続けるアベシンゾーもコッケイだった。

カメムシ大臣の「女性は産む機械」って発言は、前後の文脈から考えれば、別に女性を蔑視したものじゃないし、単なる「言い回し」だった。だけど、その言葉だけがひとり歩きしちゃって、大問題に発展しちゃった。確かに、現職の閣僚、それも厚生労働相って立場を考えれば、「言い回し」としても適切じゃなかった。だけど、その部分だけをピックアップして、あたかもカメムシ大臣が女性を蔑視したかのように攻撃したのは間違ってる。それなら、厚生労働相って立場でありながら、医療の現場のことがまったく分かってなくて、「産科の医師の減少は、出生数の減少によって医療ニーズが低減していることの反映です」ってノタマッたことのほうが、遥かに問題発言だったハズだ。

だけど、「親が親なら子も子」って言葉があるように、当時の内閣は、アベシンゾーっていう幼稚園児が総理大臣だったから、野党も野党で、無能閣僚たちのくだらない失言なんかにイチイチ言及して、国会はまるで小学生の「揚げ足取り合戦」みたいだった。重要な法案が山積みなのに、そんなこと後回しで、閣僚たちの失言の火消しに必死な与党と、攻撃し続ける野党。国会中継を観てるぶんには面白かったけど、これがこの国の政治の中枢なのかと思ったら、二度と立ち上がれないほど脱力しちゃった。

‥‥そんなワケで、政治家ともなると、一般人より遥かに発言に責任があるから、たったヒトコトの失言でも、辞職に追い込まれることも多い。だから、失言しても謝罪せず、ムリなイイワケを繰り返す政治家が多いんだろうけど、それにしても、アベ内閣の時は異常だった。次から次へと失言を繰り返す大臣たちに対して、どんなに酷い失言でも決して謝罪させずに、意味不明なイイワケを繰り返させて、自分の任命責任だけを守り続けたアベシンゾーは、ホントに見苦しかった。

組閣当時から「おともだち内閣」って揶揄されてたから、アベシンゾーも意地になってたんだと思うけど、アベシンゾーが保身のために使ったエネルギーは、たぶん原子力発電所55基ぶんにも匹敵するだろう。とにかく、保身のためには手段を選ばないアベシンゾーは、真実をすべて話して国民に謝罪することを望んでた「ナントカ還元水」の松岡利勝農水相(当時)にも、決して謝罪させず、最終的には自殺にまで追い込んだ。そして、バンソコだらけの顔で全国を笑いの渦に巻き込んだ赤城徳彦、たった1週間で辞任に追い込まれたスキンヘッドの遠藤武彦と、切る牌、切る牌、振り込み続けたアベシンゾーは、アッと言う間にハコテンになって、ヒステリーを起こして雀卓をひっくり返して、雀荘から出て行っちゃった。

ちなみに、何でマージャンに喩えたのかって言うと、「原爆を落とされたのはしょうがない」って言い放って辞任に追い込まれた久間タヌキの政治団体「東京久栄会」や「辰巳会」の所在地が、単なる雀荘だったからだ。そこらの雀荘を自分の政治団体として申請して、それを利用して政治資金を着服するなんて、サスガ、ホニャララ団がバックについてるタヌキは、やることがセコムだ。だけど、京都のホニャララ団がバックについてる伊吹文明に至っては、家賃がタダの議員会館に事務所を置いて、その家賃として毎年毎年4000万円以上も計上してるんだから、単なる「税金の寄生虫」でしかないけどね。

そう言えば、伊吹文明って、松岡利勝の自殺の一報を記者から告げられたら、ニヤリと笑って「死人に口なし、だね」って言ったんだよね。松岡利勝の事務所費問題の次は、自分の事務所費問題も追及されることになってたから、松岡利勝にすべてをしゃべられたら、一番困るのは伊吹文明だったからだ。それにしても、同僚の自殺の一報を聞いての第一声が「死人に口なし、だね」とは、これはもう、失言なんてレベルを超越してるよね。

で、話をクルリンパとフロッピー麻生に戻すけど、あたしが何よりも呆れ果てたのは、2006年6月24日の外務大臣時代のフロッピー麻生の次の発言だ。これは、千葉県で行なわれた講演会での発言なんだけど、自衛隊のイラク派遣が一区切りついたことに対して、こう言ったのだ。


「2年半の間に1人の犠牲者もなく、人道復興支援をやり遂げてくれた。野球で言えばノーヒットノーランぐらいすごいことだ」


あたしが、この発言のどこに呆れたのかって言うと、2点ある。1点は、当然、「野球で言えばノーヒットノーランぐらいすごいことだ」って部分だ。「野球で言えばノーヒットノーランぐらいすごい」ってことは、自衛隊を派遣した地域が「死亡者が出てもおかしくないような危険な地域だった」ってことになる。そうなれば、コイズミが連呼してた「安全な地域」「非戦闘地域」ってセリフはウソだったってことになる。

そして、もう1点は、これがカンジンなんだけど、「2年半の間に1人の犠牲者もなく」って部分だ。イラクへ派遣された自衛隊員は、2年半の間に35人も死亡してる。内わけは、陸上自衛隊員が14人、海上自衛隊員が20人、航空自衛隊員が1人だ。死因は、自殺が16人、病死が7人、原因不明が12人だ。そして、ここで問題なのは、なんで何人もの軍医が同行してたのに、死因が特定されてない「原因不明」の死亡者がこんなにたくさんいるのかってことだ。ようするに、「敵に射殺された」とか「自爆テロの巻き添えで爆死した」とかの「公表できない死因」てことなんだろう。

これだけでも大変なことなのに、帰国後に重度のPTSDになり、除隊してから自殺した人の数は、この何倍にもなると言う。防衛省は「把握していない」って言ってるけど、未確認の情報では「100人超」とも言われてる。まあ、未確認なことを言っても仕方ないけど、少なくとも35人もの隊員が死亡してるのに、それを「1人の犠牲者もなく」ってのは、あまりにも問題のある発言だ。外務大臣って立場で、この事実を知らなかったハズはないんだから、フロッピー麻生は、国民を騙すために大ウソをついたってことになる。

‥‥そんなワケで、ヒトコトで「失言」て言っても、カメムシ大臣みたいに、頭も要領も悪くて、思ったことを正しく伝える能力が欠落してるクセに、ムリして比喩なんか使おうとして、墓穴を掘っちゃったみたいなパターンもあれば、久間タヌキみたいに、間違った歴史認識による暴言で数多くの人たちを傷つけちゃって、どんなイイワケも絶対に通用しないようなパターンもある。太田誠一みたいに、その人間としての資質の低さが露呈するような、救いようもないパターンもあれば、フロッピー麻生みたいに、国民を騙すために「失言を装ってウソをつく」ってパターンもある。だから、すべての失言をヒトククリにはできないけど、ひとつだけ言えることは、ほんのわずかでも「国民の代表」としての自覚があるんなら、税金で食べさせてもらってる「公務員」としての自覚があるんなら、失言することは仕方ないとしても、失言したらせめて潔く謝罪しろ!ってことだ。コイズミやアベシンゾーみたいに、ウソとイイワケだけを繰り返してる人生なんて、政治家とかって以前に、人としてホントに見苦しいと思う。だって、あたしたち国民は、どうせ「潔癖バカ」なんだから‥‥なんて思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.08.23

警察による大犯罪を見て見ぬふりの最高裁

「世田谷通信」でもお伝えしたけど、高知の白バイ事故の片岡晴彦さんの上告が、最高裁に棄却され、片岡さんの刑が確定してしまった。だから、片岡さんは、数日中に、無実の罪で刑務所へ収監される。「禁固1年4月」の実刑だ。完全なる冤罪、それも、捜査ミスによる冤罪ではなく、県警が身内の白バイ隊員の罪をもみ消すために、証拠を捏造し、仲間の白バイ隊員に法廷で偽証させ、警察と検察と裁判官がグルになって、無実の民間人に濡れ衣を着せるという、前代未聞の大犯罪だ。

まずは、22日に、片岡さんの上告が棄却されたと連絡をくださった支援者のひとりからのメールを紹介する。


きっこさん、おひさしぶりです。
高知のスクールバス事故の片岡の支援者の●●です。
今日、8月22日、最高裁より片岡に判決文が届きました。「上告棄却」でした。結局、願った差し戻しとはなりませんでした。数日の準備期間の後、片岡は刑務所に収監されます。とても信じられません。完全に停まっていたバスに白バイが高速で衝突してきたのを乗車していた生徒や多数の目撃者がいるにもかかわらず、捏造されたスリップ痕と仲間の一隊員の証言だけで「バスは走っていた」とされたのですから。先ほど片岡の家に行ってきましたが、片岡は去年の高裁の時から覚悟はできており「俺より妻が心配。時々見に来てくれ」と頼まれました。奥さんは力なく落ち込んでいました。片岡家だけでなく、生徒たちも大きなショックを受けています。バスに乗っていた生徒たちは、完全にバスが停まっていたと訴え続けてきたのに、市民を守るべき立場の警察に事実を歪められたのですから。大勢の人間が傷つきました。でも負けてはいられません。また、できる事をやっていきたいと思っています。きっこさん、勝手なお願いですが、これからもお力添えのほど、よろしくお願い申し上げます。


‥‥そんなワケで、今日は「いかがお過ごしですか?」はナシにして行くけど、続いては、最高裁の上告棄却を受けての、片岡さん本人からのコメントをご紹介する。


「私は、この事故はバスが停車中に発生した事故だと主張してきました。バスは完全に停車していたのですから、ブレーキ痕など付くはずがありません。もしも本当にブレーキ痕があったのなら、そして、バスが動いていたことが原因でこのような重大な事故が起こったのなら、私はこの世にいません。私はそれほど強い男ではありません。事故の形をきちんと審理してくれたのなら、私はいかなる判決でも受け入れられますが、多くの生徒や目撃者たちの証言をすべて無視された形で、一方的に裁判が終わり、刑に服さなくてはならないということは、とうてい納得できるものではありません」


判決に不服があって、最高裁に上告しても、多くの場合は棄却される。詳しい数字までは分からないけど、上告が受け入れられて差し戻しの審理が行われるのは、全体の数パーセントだって言われてる。そして、それは、新たな証拠や証人などが出て来た場合に限られるそうだ。ようするに、ただ単に判決に不服だって言うだけじゃ、最高裁は門前払いするってことだ。

で、今回の片岡さんの場合がどうだったのかって言うと、事故の翌朝に事故現場を見に来た人が、「そんなスリップ痕などどこにもなかった」と、名乗り出てくれたのだ。つまり、新たな証人が現れたのだ。それなのに、最高裁は上告を棄却した。これは、「バスは完全に停車していた」っていう数多くの生徒たちや、バスの後ろにいた乗用車の校長先生たちの証言を闇に葬り去ったのとおんなじに、「この判決を覆すような証拠や証言はいっさい受け付けない」っていう大前提ありきの対応としか思えない。

もともと、完全に停止してる状態からの「ゼロ発進」で、わずか「6.5m」しか進んでいないバスが、そこで急ブレーキをかけたところで、「1m」ものブレーキ痕など付くハズがないってことは、KSB瀬戸内海放送の実車による実験でも証明済みだ。映像を観た人も多いと思うけど、同一の車種のバスに、当時の生徒たちに乗ってもらって、同一の条件下で、停止状態からバスを発進させる。そして、精一杯の加速をして、6.5mの地点で急ブレーキを踏む。すると、バスは、わずか10キロもスピードは出ていないために、ブレーキ痕などまったく付かずに、その場でピタリと停止した。

逆に、警察が提出した写真の「1mもある真っ黒なブレーキ痕」を付けようと思ったら、最低でも時速30キロ以上は出していないと、物理的に不可能なのだ。完全に停止している状態から、バスの長さほどのわずか6.5mで、時速30キロも出すなんて、フェラーリだってムリな話だ。その上、このブレーキ痕の写真を綿密に調べた交通事故鑑定の第一人者、石川和夫氏は、以下の6点の矛盾点を指摘して、「これは車のブレーキ痕でなく、誰かが路面に描いたものだ」と断定している。


1.車のタイヤのブレーキ痕であれば、路面の凹凸の凸部にだけ付くものだが、このブレーキ痕は路面の凹部にまで付いている。それは、何らかの液体によって描かれたものだからだ。

2.どんなブレーキ痕であれ、必ずタイヤ固有の溝の跡が付くものだが、このブレーキ痕には溝がまったくない。

3.通常のブレーキ痕は、前方より後方が濃くなるものだが、このブレーキ痕は後方から前方に向かって濃くなっている。現実にはありえない。

4.左右のタイヤによるブレーキ痕が同心円を描いていない。これも現実にはありえない。

5.左右のタイヤによるブレーキ痕の先端の色の濃い部分と色の薄い部分とが、ずれ込んでいて、幅も違っている。これは、一度描いたものを後から描き足したということだろう。

6.前輪のブレーキ痕の写真があるのに、後輪のブレーキ痕の写真が1枚もない。通常は、前輪よりも後輪のほうが鮮明なブレーキ痕が残るのだから、バスが走行していたことを証明するのであれば、後輪のブレーキ痕を撮影するのが普通である。130枚もの現場検証の写真を撮影していながら、何故、後輪のブレーキ痕の写真は1枚もないのか。


‥‥そして、誰が聞いても「これはおかしい」と思うハズのこれらの疑問の数々に対して、柴田秀樹裁判長は、こんなにもシラジラしいセリフをノタマッたのだ。


「ブレーキ痕は、一部不合理な点があるものの、それがブレーキ痕自体の存在を否定するものではない」


皆さん、どう思う? これほどの疑問‥‥って言うか、疑惑が山盛りなのに、それを「一部不合理な点があるものの」って抜かした上で、「それがブレーキ痕自体の存在を否定するものではない」って、こんな意味不明な寝言を言うような人間が、よくもまあ裁判長なんてやってられるよね。本来なら、ほんの一部でも不合理な点があったら、イチから調べ直すのが職務のハズなのに、専門家が「これは車のブレーキ痕でなく、誰かが路面に描いたものだ」って断言してて、それを立証するために数々の不合理な点を列挙してるのに、それをこんなヒトコトで片づけるなんて、とても先進国の裁判とは思えない。

その上、この柴田裁判長は、生徒たちや校長先生の証言を「関係者の証言は信用できない」って言って採用しなかった。まあ、ここまでなら、一応はスジが通ってる。だけど、問題なのはこのあとだ。柴田裁判長は、事故直前にたまたま現場を通りかかった、片岡さんとはまったく無関係なドライバーの目撃証言に関しても、「供述者が第三者というだけで、その供述が信用できるわけではない」っていうトンチンカンな理由で、その証言を不採用にしたのだ。

関係者の証言が信用できなくて、その上、たまたま通りかかった無関係な人の証言も信用できないって言うんなら、いったいどんな目撃者の証言なら信用してもらえるんだろう? ようするに、白バイに不利な証言はすべて「信用できない」っていう、シナリオ通りの裁判が行われたってことだ。そして、片岡さんに関してはこれほどまでにメチャクチャなことを言っておきながら、県警側に関しては、事故を起こした白バイ隊員の仲間の証言を採用してるのだ。仲間の隊員なんだから、思いっきり「関係者」なのに、柴田裁判長いわく、「たとえ関係者であっても、警察官の場合は信用できる」と来たもんだ。

ちなみに、この隊員がどんな証言をしたのかって言うと、事故を起こした白バイとは反対車線を走ってて、何百メートルも先から自分のほうに向かって来る白バイを目視してたそうで、「白バイは法定速度を守って走行していた」「バスは動いていた」って偽証してるのだ。自分も白バイを運転してて、何百メートルも先に点のように見える対向車両の速度なんかが分かるだろうか? それ以前に、現場を調べに行った人が、この証言者の白バイの位置から前方を撮影してみたら、道路がゆるやかにカーブしてて、対向車両など見ることができなかったってことまで分かってるのだ。ようするに、身内の不祥事をもみ消すために、上司に命令されて偽証させられたってことだ。

このように、誰が見ても理解できない異常な捜査と裁判によって、無実の市民が刑務所へ収監される。それも、通常の捜査ミスによる冤罪ではなく、県警が身内の不祥事をもみ消すために、証拠を捏造し、現職警察官に法廷で偽証させ、無実の市民に濡れ衣を着せるという、あまりにも酷すぎる大犯罪だ。

今日は、最後に、去年の10月27日の日記、「続・またまた警察のデッチアゲ!」で紹介した、片岡さんからの最初のメールを再掲する。これを読めば、今日まで片岡さんとご家族がどんな思いで生きて来たのか、そして、これからの1年4ヶ月、どんな思いで生きて行かなくてはならないのかが、よく分かると思う。


「きっこの日記」の読者の皆様、はじめまして。
私、片岡晴彦は、この事故を通じて、沢山の方の励ましをいただき、本当にありがたく感じています。
今日は、きっこさんから協力したいとのメールをいただきまして、恐縮しているしだいです。

事故のあらましですが、昨年、2006年3月3日午後2時34分に、春野町の変則3車線の国道上の交差点内で起きた事故です。
私は、中学3年生のお別れ遠足のため、スクールバスを運転し、事故現場の北側にありますレストランで昼食のために、駐車場に待機していました。
そして、2時33分に乗車し、乗員は生徒22名、引率の先生が3名でした。
駐車場から国道上を横切り右折するために、右方を十分に安全を確認してからゆっくりと発進し、中央分離帯付近で一旦停車し、左方を確認中に起きた事故です。

この事故で、白バイ隊員の方は、残念ながら、約1時間後に胸部大動脈破裂で亡くなられました。
私は、隊員の方を、救急隊員と一緒に救急車に乗せ、よろしくお願いしますと見送りました。
そして、実況見分のために現場に待機していました。
管轄署のパトカーがやってきまして、3時04分業務上過失致傷で逮捕します、と言われ、パトカーに乗せられ署に連行されました。

その後、約1時間15分位で現場に連れて行かれましたが、現場は、バスも白バイも撤去されていました。
それから、実地検証のため、覆面パトカーの中から、窓を20センチ位あけられ、指先で停止位置を指示させられました。

私はそのまま逮捕され、十分な実況見分もできないまま、3日間拘留させられました。
翌3月4日の取調べでは、詳しい事故の話はあまりなく、亡くなられた白バイ隊員の家族構成や詳しい経歴などを説明され、私は心情的な面から責めたてられて、本当に追い詰められました。
最後に、遺族に対しての気持ちを一晩考えるようにと言われました。
その内容しだいで、明日釈放してやると言われました。

翌3月5日午前11時頃に、私は釈放されました。
わたしは、どうして釈放したのだろうと思いました。
それから私は、自宅に帰ってからは、亡くなられた隊員の方の冥福をお祈りするため、50日間喪に服しました。

約5ヵ月後に、公安委員会から、行政処分の通知が届きました。
22点で、横断等禁止ということでした。
7月28日に呼び出され、私は義理の兄さんと出かけました。
そして事故の内容を詳しく話しましたが、死亡事故は、すべて取り消しと言われ、何も反論することができませんでした。

タクシーとバスの運転手として一家を支えて来た私にとって、この処分は、手足をもがれたも同然でした。
職を奪われ、何をしようにもする事ができない状態で、助けてくれたのが、妻と3人の子供たちでした。
何とかアルバイトをしながら、周りの方に助けてもらいながら、何とか生活していました。       

そして、11月6日に検察庁からの呼び出しがありましたので、ようやく私の話を聞いてくれると喜び勇んで出かけました。
ところが、私の事故とは全く違う事故になっていたのです。
事実とはまったく違う実況見分調書と、ありもしないブレーキ痕の写真を見せられ、このとき初めて、私は、巨大な組織を相手にしているのだという恐ろしさを感じ、頭の中が真っ白になりました。

そして、行政処分のときに相談にのっていただいた弁護士事務所に駆け込み、その場で委任状にサインしてお願いしたしだいなのです。
警察組織にかかれば、一個人では太刀打ちできないことを目の当たりにし、冤罪事件はこのように起きるのだと実感しました。

こんな私どもですが、妻や子供たちのためにも、どうかご支援、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
裁判の流れについては、明日じっくり書きたいと思います。

2007年10月27日
片岡晴彦


「片岡晴彦さんを支援する会」
http://www.geocities.jp/haruhikosien/

「雑草魂」(片岡さんのブログ)
http://blogs.yahoo.co.jp/zassou1954

「KSB 瀬戸内海放送の映像ニュース」
http://www.ksb.co.jp/newsweb/indextable.asp?tid=4&sid=7


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2008.08.22

高知スクールバス事故、最高裁は上告を棄却

「高知スクールバス事故、最高裁は上告を棄却」(世田谷通信)

平成18年3月3日 高知県春野町で起きたスクールバスと白バイの事故で、県警側の証拠や証人のみを採用した異常な裁判が行なわれ、「禁固1年4月」の有罪判決を受けていたスクールバスの運転手、片岡晴彦さんの上告が、8月22日、最高裁判所から棄却された。これにより片岡さんは数日後には身柄を収監される。この事故では、数十人の生徒や引率の教師たちが「スクールバスは完全に停止していた」と証言しているのにも関わらず、柴田秀樹裁判長は、こうした被告側の証言や証拠をいっさい採用せず、事故後8カ月も経過してから県警が突如として提出した「タイヤの溝のない何者かが路面に描いたような不自然なスリップ痕」を重要証拠として採用し、片岡さんを有罪にした。この前代未聞の判決に対して、多くの有識者が疑問を呈していた。弁護士の萩谷麻衣子氏は「これでは法治国家として成り立たない」とコメントしている。県警による証拠の捏造や現職警察官による偽証など、数々の疑惑がまったく解明されないまま、冤罪を訴え続けていた片岡さんは収監される。萩谷麻衣子氏のコメントの通り、これではとても法治国家とはいえないだろう。(2008年8月22日)


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猫の学校

あたしの想像や妄想って、どんどん連鎖してっちゃうってことは何度か書いたことがあるけど、日常的にあまりにも多いから、自分でも呆れて来ることがある。たとえば、昨日の朝、お魚たちにエサをあげるために水槽の前に行ったら、いつものように黒メダカたちが「ご飯の時間だ!」って思って、水面に集まって来た。それで、パラパラとエサをあげてると、あたしは、ナニゲに「メ~ダ~カ~の学校は~川~の~中~♪」って口ずさみ始めちゃう。まあ、ここまでは良くあることだと思うんだけど、あたしの場合は、ここから妄想がスタートしちゃう。

昨日は、「メダカの学校の先生になるのも楽しそうだけど、どうせなら猫の学校の先生のほうがいいな」って思っちゃったんだけど、その瞬間、あたしの頭の上のほうに、ポワ~ンって例の雲みたいなヤツが浮かんで、その中に映像が映し出されちゃう。普通の小学校の教室を4分の1くらいにした教室に、小さな机とイスが並んでて、そこに猫たちがキチンと座ってる。マックスやジジたちもいるし、見たことのない子たちもいて、ぜんぶで30匹くらいいる。白、黒、白黒ブチ、茶トラ、サバ、サバブチ‥‥って、いろんなガラの猫が勢ぞろいで、大きな子も小さな子もいて、ワクワクして来る。

それで、あたしは先生になってて、黒板に「1+1=」って書いて、「答えが分かる人は手を挙げて」って言う。何で「1+1=」なのかって言うと、「2」のことを「ニャー」って答えると思うからで、これが「犬の学校」だったら、「ワン」て答えてもらうために、「2-1=」って出題しただろう。で、そんなことまで考えて出題しつつも、「猫たちに向かって『分かる人』って言うのは変だよな」って心の中で思う。つまり、あたしは、「猫の学校」っていう妄想をしながら、その妄想の中で、まるで現実みたいに自問自答とかもしてるってことだ。こんなことが普通にできちゃうのも、あたしがいつも妄想ばっかしてて、妄想中も現実とおんなじに脳みそが動いてることの証明なんだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、寝てる時に見る「夢」と、起きてる時に見る「妄想」との一番大きな違いは、自分でコントロールできるかどうかってことだ。通常、夢はコントロールできないから、映画を観てるみたいに、自分は受動的に楽しんだり恐怖を感じたりする。でも、妄想は自分でコントロールできるから、常に能動的に楽しむことができる。「もしも宝クジで3億円当たったら」って考えて、アレを買ってコレを買ってって妄想したことのある人は多いと思うけど、これって、ものすごく能動的だ。たとえば、1枚でも実際に宝クジを買ってたのなら、「もしも当たったら」って考えることは「想像」になるけど、1枚も買ってないのに考えるってことは、完全に「妄想」だ。「もしも自分が絶世の美女に変身したら」って思うのと同列の、絶対にアリエナイザーな妄想だ。それなのに、「半分の1億5000万円で高級マンションを買って、5000万円でフェラーリを買って‥‥」って、ケッコー真剣に考えちゃう。

もうひとつのよくあるパターン、「もしも無人島に何かひとつだけ持って行くとしたら」ってのも、みんな、ケッコー真剣に考えちゃう。ようするに、これらは、「妄想」でもあるけど、それなりにリアリティのある「想像」でもあるし、さらに言えば、その人がどんなタイプの人なのかを調べる「心理テスト」的な要素もあるからだ。だから、現実には絶対にアリエナイザーな「もしも自分が絶世の美女に変身したら」ってのにしたって、「心理テスト」として出題されたら、自分がどうするか、ケッコー真剣に考えると思う。もちろん、これは、「妄想を楽しむ」ってことが目的じゃなくて、「心理テスト」の結果を知りたいからだ。

でも、出発点は「心理テスト」の結果を知りたいからだったとしても、「もしも自分が絶世の美女に変身したら」ってことを真剣にイメージする過程において、少なからず妄想を楽しむことになる。姿見に映った美女を見て、「これがホントにあたしなの?」って思って、感動して、いろんなドレスを着てみたり、街へ出てみたり、電車に乗ってみたり‥‥って、妄想は膨らんでく。あたしの場合なら、手始めにタカラヅカのトップスターになって、出待ちのファンたちに笑顔で手を振ってみたり、引退後にはハリウッドの映画に主演して、レッドカーペットを歩いてみたり‥‥って、ああ、妄想が止まらなくなっちゃう(笑)

‥‥そんなワケで、とっ散らかった話をサクッとマトメると、寝てる時に見る「夢」は受動的だけど、起きてる時に見る「妄想」は能動的だってワケだ。でもこれは、「一般的には」ってことで、あたしは「夢コントロール」が使えるから、ある程度なら、自分の夢のストーリーや登場人物を変えることができる。このまま進むと、例のイヤなパターンになっちゃうなって思えば、そっちへ進まないように、途中で夢のストーリーを修正することができる。つまり、あたしの場合は、寝てる時に見る「夢」も、ある程度は能動的だってことで、それとは逆に、多くの人たちが能動的な「妄想」が、あたしの場合は、すごく受動的なのだ。

で、長い前置きが、ようやくクルリンパとモトに戻るんだけど、「猫の学校」の先生になったあたしは、黒板に「1+1=」って書いて、「猫たちに向かって『分かる人』って言うのは変だよな」って思いつつも、他の言い方を思いつかなかったから、「答えが分かる人は手を挙げて」って言った。そしたら、生徒たちは、あたしの不安をヨソに、全員が元気よく手を挙げた。あたしは、どの子に答えてもらおうかと、クラス全員を見まわした。そして、「あっ!」と思った。

中には左手を挙げてる子もいたんだけど、ほとんどの子は右手を挙げてて、それが全員、こっちに「肉球」が見えてたのだ。手を挙げたら肉球が見えるなんて、当たり前っちゃ当たり前なことなんだけど、猫の肉球が大好きなあたしにとって、こんなにたくさんの肉球をいっせいに見せられたのは、初体験もいいとこだった。白い子や白黒ブチの子の肉球は淡いピンクだし、黒い子の肉球は黒いし、肉球がブチになってる子もいるし、もう、可愛くて可愛くてたまんない。全員の肉球をプニプニして回りたくなっちゃった。

とにかく、あたしは、「猫の学校」は想像したけど、みんなが手を挙げたら、あたしのほうに肉球が向くなんて、ぜんぜん考えてなかった。寝てる時に見る「夢」じゃなくて、起きてる時に見てる「妄想」なのに、こんなふうに、あたしの意図してないことが起こるのだ。「3億円をどう使おうか」とか「無人島に何を持って行こうか」とかとおんなじに、自分の脳みそで考えてストーリーを進めてるのに、この「妄想」の原作、監督、総指揮をとってるハズのあたしが、自分の作り出した映像にハッとさせられちゃうのだ。まるで、「夢」や「映画」を観てるみたいに。

だから、あたしって妄想界の宮崎駿?‥‥とかって自画自賛しつつも、あたしの妄想ストーリーは容赦なく続いてく。あたしは、一番前の席で元気よく手を挙げてた白黒ブチの子を指名する。その子は立ち上がって、「2でーす!」って答える。あたしは、「みんな言葉がしゃべれるんだ」ってことが分かって、ホッとしながら、この第1問は無事に終わったんだけど、問題なのは第2問だった。

あっ! この「問題なのは第2問」って面白いかも! 第1問も第2問も第3問もぜんぶ「問題」なのに、その中でも第2問が「問題」だなんて‥‥。でも、「妄想がどんどん連鎖してっちゃう」ってことを書いてる日記なのに、その日記自体がこんなふうにダッフンしてっちゃったら、何が何だか分かんなくなっちゃう。だから、この「問題なのは第2問」は、掘り下げたい気持ちをガマンして、ここはスルーするしかない。あっ! この「スルーする」って面白いかも!(笑)

‥‥そんなワケで、「猫の学校」の話に戻るけど、所詮は「妄想」だから、「1+1=」の次の問題は、突然、ハイレベルになっちゃう。あたしは、「植木算」と「旅人算」と「ツルカメ算」の中からどれかを出そうと思いながら、「生徒は猫なんだから、旅人算のことは旅猫算て言ったほうがいいかな?それとも、いっそのことマタタビ算にしたほうがいいかな?」なんて同時進行で考えてた。それで、「どうせなら、オリジナルでカツオブシ算なんてのを作ってみようかな?」って思って、ふと手を見ると、ナナナナナント! あたしの手にも肉球が!

あたしは、自分は人間のままで、生徒だけが猫の学校に来てるんだと思ってたのに、あたしも猫になってたのだ。だから、第1問で指名した白黒ブチの子が「2でーす!」って答えたのも、猫たちが人間の言葉をしゃべれるんじゃなくて、あたしのほうが猫の言葉を分かるようになってたってことになる。それで、あたしは、自分が猫になっちゃった驚きと、喜びと、鏡で顔を見てみたいと思う欲求と、シッポはどうなってるのか見てみたい興味とかで、頭がいっぱいになった。

だけど、目の前では、生徒たちが第2問を待ってる。「妄想」のクセして、こんな部分だけは現実味があるんだから、あたしも大変だ。それで、あたしは、自分のことは後回しにして、まずは授業を続けることにした。あたしは、黒板に、立派なカツオブシの絵を1本と、その横に、小さなカツオブシのカケラの絵を1つ描いて、こう質問した。


「この立派なカツオブシは、こっちのカツオブシのカケラよりも300円高いのですが、両方を買ったら330円でした。さて、それぞれの値段はいくらでしょうか?」


サスガに今度は、すぐに手を挙げる生徒はいなかった。みんな、空中を見たり、目をつぶったり、ノートに何か書いたりしながら、一生懸命に考えてる。中には、自分のヒゲをなでながら考えてる子もいて、あたしは、それを見て、「あたしにもヒゲが生えてんのかな?早く鏡で見たいな~」って思ってたら、後ろのほうの席の茶トラの子が、自信なさそうに手を挙げた。それで、あたしが指すと、イスから立ってこう答えた。


「立派なカツオブシが300円で、カケラのほうが30円だと思います」


あたしは、「残念! それは不正解ね。もうちょっと、よく考えてみてね」って言ってから、「う~ん、やっぱり、まだこの子たちには、カツオブシ算は難しすぎたかな?」って思ってたら、窓際の席の、頭の良さそうな女の子が手を挙げた。何で女の子って分かるのかって言うと、男の子は水色のリボン、女の子はピンクのリボンを首に巻いてるからだ。で、その女の子は、こう答えた。


「大きなカツオブシが315円で、カケラが15円だと思います。これなら、大きなほうはカケラよりも300円高くなるし、両方で330円になります」


あたしは、拍手をしながら「正解です!」って言った。みんなも拍手をして、口々に「さすが級長だ!」って言ってる。ここで、あたしは、この女の子がクラス委員長なんだってことを知った。そして、この「級長」って言い方から、この「猫の学校」が、現代じゃなくて、都会じゃなくて、宮沢賢治の世界のノリだってことがジワジワと感じられて来た。これは、あたし自身の潜在意識が作り出してる世界なんだけど、もうこの辺まで来ると、完全にあたしは「受け身」になってて、ストーリーに翻弄され始めてる。

‥‥そんなワケで、この「妄想」は、まだまだ続いてく。体育の時間もあったし、理科の実験もあったし、給食もあった。体育の時間には、離れたとこにいる2匹の猫が、シッポにロープをつないで、それを回して縄跳びをした。1匹ずつ順番に縄に入って行くんだけど、クラス全員が入ることができた。理科の実験は、紙コップと糸で糸電話を作って、みんなでお話しした。給食は、アジフライと食パンと牛乳で、みんなアジフライサンドにして食べてたので、あたしもそうした。他にも、休み時間に遊んでて、転んでスリ傷を作っちゃった子を保健室に連れてったりもした。

で、念のために言っとくけど、あたしは、朝、水槽のお魚たちにエサをあげた時から、この果てしなく長い妄想をエンエンと観続けてるワケじゃない。朝ご飯を食べたり、お化粧したり、猫たちにもご飯をあげに行ったり、ゴミ出しをしたりして、それから車を運転してお仕事に行ってって、いろんなことをしてる。じゃあ、どんなふうに妄想してるのかって言うと、いろんなことの合間にチョコチョコと観てるってワケだ。ニンテンドーDSとかで、RPGをやってるのとおんなじで、ちょっとした待ち時間とかにチョコっとやって、時間が来たらそこでセーブしとく。そして、また空き時間ができたら、その続きをする‥‥って感じだ。

だから、今回の場合なら、朝、黒メダカたちにエサをあげながら、「猫の学校」のことを妄想し始めて、「1+1=」の問題を出したあたりで、とりあえずセーブした。そして、朝の用事や仕度をしてから、車に乗って出発したとこで、妄想の続きが始まる。つまり、「猫の学校」の生徒たちに、第1問を出してから第2問を出すまでには、1時間以上のブレークがある。だからこそ、車を運転しながら、妄想の続きを始めたあたしは、「植木算」と「旅人算」と「ツルカメ算」のどれにしようかなんて考え始めちゃうし、挙句の果てには「カツオブシ算」なんてのを捏造しちゃうのだ。

そして、お仕事が一段落して、お昼ご飯を食べ始めると、また妄想の続きがスタートする。あたしの頭の上にポワ~ンって浮かんでる雲みたいなヤツの中で、その日の給食当番の子たちが、白いエプロンとマスクをして、順番に給食を配膳してる。今日のメニューは、アジフライと食パンと牛乳だ。そして、「美味しそうだな~」って思ったトタンに、あたしも妄想の中に移動して、みんなと一緒にアジフライサンドを食べ始める。実際のあたしは、1人で梅干しのおにぎりを食べてるんだけど、妄想の中のあたしは、猫の先生になって、たくさんの子たちと一緒に、アジフライサンドを食べてる。だから、すごく楽しい食事をしてるのだ。

‥‥そんなワケで、あたしの妄想は、とどまることを知らない。そして、本人が主導権を握ってる一般的な妄想とは違って、極めて受動的なあたしの妄想は、いったいどこへ行くんだか、どんな結末が待ってるのか、あたしには知るよしもない。だからこそ、激しく面白い。そこらのバカバカしい映画なんか観るよりも、遥かに楽しむことができる。そして、何よりのメリットは、イヤなことや辛いことから現実逃避できるってことだ。だから、今度は、あたしの生徒たちを連れて、バスに乗って遠足に行こうと思ってる。その時のバスは、もちろん、シートがフカフカの「ねこバス」に決まってる。だって、妄想の世界は「何でもアリ」なんだから‥‥なんて思う今日この頃なのだ。


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2008.08.21

中国軍、チベット住民を140人射殺か

「中国軍、チベット住民を140人射殺か」(世田谷通信)

フランスを訪問中のダライ・ラマ14世は、今月18日に、チベット自治区東部のカム地区で、中国軍が一般の住民たちに向けて無差別の発砲をしたと語った。そして、「未確認の情報だが」と前置きした上で、住民140人が死亡した可能性があるとも語った。これは、ル・モンド紙のインタビューに対する発言で、「今年3月以降、中国軍によって殺されたチベット系住民の数は、ラサ地区だけで400人に達している」とも語った。ダライ・ラマの発言内容が事実であれば、中国は、平和の祭典であるはずのオリンピックを開催しながら、一方で、チベットの住民たちを殺害し続けていることになる。(2008年8月21日)


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2008.08.20

歳絵+すみれ=ムラサメ

「倖田來未」って書くたびに、字が分かんなくて、毎回毎回、調べなきゃなんなくて、ものすごくメンドクサイ。お願いだから、「幸田久美」にするか、ひらがなで「こうだくみ」に変えて欲しい。それに、付き合ってる男が、中学生レベルの漢字も読めないようなバカなんだから、ひらがなにしたほうがいいと思うんだけど。とにかく、その倖田來未が、エロくて可愛いことを「エロカワ」って言って、だらしないファッションや安っぽいヘアメークを流行らせた。そして、それがジョジョに奇妙に変化してって、キャバクラのお姉ちゃんみたいなカッコになって、それを「小悪魔」って言うようになった。

「エロ」は良くないけど、そこに可愛さがプラスされて「エロカワ」になればOK、「悪魔」は良くないけど、そこに可愛さがプラスされて「小悪魔」になればOKってワケで、本来なら良くないものでも、女の子が大好きな「カワイイ」がプラスされれば、何でも流行になっちゃう。もちろん、いくら流行って言っても、「エロカワ」だの「小悪魔」だのなんて言ってるのは、10代の女の子たちだけで、普通は、成人になったら卒業する。まあ、最高でも22~3才くらいまでで、25にもなって「小悪魔」なんてやってる子はメッタにいない。だから、年齢的な分布の状況としては、田舎の暴走族とおんなじような感じだろう。

で、あたし的には、「エロカワ」にも「小悪魔」にもまったく触手が動かなくて、どこがいいんだかサッパリ理解できない。正直、暴走族のレディースの子たちのほうが、よっぽどいいと思う。もちろん、やってることの内容じゃなくて、あくまでも外見だけのことだ。小悪魔系の雑誌に登場する、まるでウエディングケーキみたくゴテゴテと飾った女の子たちよりも、ヤンキー雑誌に登場する、サラシを巻いて特攻服を羽織った女の子たちのほうが、あたしはキレイだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、可愛い子猫や子犬を見て「カワイイ~♪」とか、可愛いアクセサリーやお洋服を見て「カワイイ~♪」とか言うのは正しいけど、いったいぜんたいどこが可愛いのか理解できないような対象に対しても、とにかく、口をひらけば「カワイイ~♪」って言ってみるのが女の子だ。そして、そうした女の子たちにとっては、すべての価値観が「可愛いか可愛くないか」で決まってるから、「エロ」はダメだけど「エロカワ」ならOKだし、「悪魔」はダメだけど「小悪魔」ならOKってことになる。

そして、「エロカワ」にも「小悪魔」にもまったく魅力を感じなかったあたしにも、ようやく「おおっ!」って思うのが登場した。それが、「強カワ」だ。「世はパチンコ戦国時代。時に力強く、時に可愛く、強カワ系パチンコ」ってキャッチフレーズで登場した「戦国乙女」だ‥‥って言っても、ホール導入は5月だったから、もう3ヶ月も経ってるけど。その上、メーカーが「平和」なのに、テーマが「戦国」って、正反対じゃん(笑)

ま、そんなことは置いといて、今年は、なかなかワンダホーな新台がいろいろと出てるけど、この「戦国乙女」は、今年のベスト5に入る名機だ。ちなみに、今年のベスト5は、ホール導入順に挙げると、「エヴァンゲリオン~使徒、再び~」「戦国乙女」「大海物語スペシャル」「大夏祭り」で、あと1つは、これから出る台のために空席にしてある。そして、これから年末までにワンダホーな新台が出なければ、この空席には、現在次点の「伝説の巫女」が入る予定だ。

とにかく、これが「パチンコ日記」だったら、なんたってチマタで燃え上がってる「大夏祭り」について書くとこなんだけど、それはまた今度ってことで、今日は「戦国乙女」について書こうと思う。何でかって言うと、あたしは、この「戦国乙女」に登場する、あるキャラにメロメロだからだ。このパチンコは、「もしも戦国時代の武将たちが女の子だったら」って設定で作られてて、まるで原作のアニメが存在するかのごとく素晴らしい。それも、あたしみたいなシロートじゃなくて、美少女アニメが大好物なヲタクとかの鑑賞にも十分に耐えられるほど、専門的に作られてる。

登場する8人の乙女は、1から順番に「豊臣ヒデヨシ」「上杉ケンシン」「徳川イエヤス」「今川ヨシモト」「武田シンゲン」「伊達マサムネ」「織田ノブナガ」「明智ミツヒデ」で、ヒデヨシとイエヤスとヨシモトは「可愛い系」、ケンシンとマサムネとミツヒデは「美女系」、シンゲンとノブナガは「男っぷりのいい系」に大別される。そして、おんなじ「可愛い系」でも、ヒデヨシは「ロリータ系」、イエヤスは「ゆうこりん系」、ヨシモトは「美少女系」って感じで、それぞれのキャラが明確に分かれてる。だから、どんなタイプの女の子が好きな人でも、この8人を見れば、たいてい1人は気に入るようにできてるのだ。

そして、この8人の役をやってる声優は、田村ゆかり、松本彩乃、植田佳奈、千葉紗子、山本麻里安、高橋美佳子、中原麻衣、釘宮理恵なんだけど、残念ながら、声優にまったく興味のないあたしは、1人も知らない。だけど、ヲタクにはオナジミの人たちらしいので、一応、書いてみた。あたしには分かんないけど、パチンコのキャラのために、これだけの声優陣を集めるのは、ちょっと珍しいことみたいだ。

とにかく、あたしは声優ってぜんぜん知らなくて、「機動新撰組 萌えよ剣」の近藤勇子の声の人と、「サクラ大戦」の藤枝あやめの声の人が同一人物だってことも、2~3日前に知ったばかりだ。そして、同一人物だってことは知ったのに、名前は忘れちゃった。今、調べて書けばいいんだけど、メンドクサイから今度にする。両方とも好きなアニメで、パチンコもゲームもセッセとやってたのに、それでもこんなレベルなんだから、「戦国乙女」の声優は、申し訳ないけど1人も知らない。

つまり、あたしは、声優にはぜんぜん興味がなくて、それなりの声なら誰でもいいって感じなのだ。そんなことよりも、やっぱ、興味があるのは絵のほうだ。ちなみに、あたしの場合は、「可愛い系」には興味がないので、最初に「戦国乙女」を打ち始めた時には、まず「6」のマサムネを好きになった。だけど、しばらく打ってて、「6」のリーチが発展して、マサムネの戦闘シーンを観たら、変わった形の刀を両手に持ってて、それを振り回して戦ってた。あたしは、二刀流って嫌いだから、「サクラ大戦」の大神少尉もそうだけど、この武器を見てガクッとなった。

両手に武器を持つのって、なんかヒキョ~な感じがするから、あたしはダメなのだ。だから、大好きな土方歳絵ちゃんも、OVA版のアニメなら刀だし、パチンコなら長刀だから何も問題ないのに、テレビ版のアニメになると、二丁拳銃っていう、タダでさえヒキョ~な飛び道具をさらに両手に持ってるっていう最低の状況になっちゃうから、ぜんぜん魅力を感じなくなっちゃう。

‥‥そんなワケで、ヒキョ~な武器を使ってたので、マサムネに魅力を感じなくなったあたしが、次に目をつけたのが、「2」のケンシンだった。だって、おんなじ「美女系」とは言え、「8」のミツヒデはメガネなんか掛けてるから、方向性としては、「サクラ大戦」のパリのやつに出て来るメガネの犯罪者のナントカってのと似たような感じなのだ。これ、あたしのツボとは正反対だ。オマケに、武器はナイフみたいなのをたくさん投げるから、これもヒキョ~なこと、この上ない。で、「2」のケンシンの場合は、変形した長刀みたいな武器だったから、顔とかはイマイチだったけど、この8人の中じゃ、一番あたしのタイプだった。

Ms2
そう、ここまでの流れだと、あたしは、今年のベスト5に入れるほど、この「戦国乙女」には惹かれてない。じゃあ、何がポイントだったのかって言うと、それは、敵の武将だ。敵は、コタロウ、ムラサメ、オウガイの3人で、コタロウは小さくて子供みたいで弱くて、オウガイは大きくて男みたいで強い。そして、その真ん中にいるのが、美女のムラサメちゃんだ。あたしは、初めてムラサメちゃんが登場した時に、思わずハンドルから手を離しちゃったほど、その横顔にクギヅケになっちゃった。

顔は、神崎すみれちゃんにソックリで、泣きボクロの位置までおんなじだ。そして、体は、土方歳絵ちゃんにソックリなのだ。歳絵ちゃんとおんなじにチャイナドレスを着てて、その上にプロテクターみたいな甲冑をつけてるんだけど、もうサイコーにセクシーでカッコイイ。髪がムラサキでチャイナドレスが赤なので、色だけで言うと「サクラ大戦」の紅蘭みたいなんだけど、ぜんぜん違う。そして、何よりワンダホーなのは、使ってるのが、長刀を改造したみたいな武器なのだ。一見、長刀っぽいんだけど、反対側にも刃がついてて、ヤタラとカッコイイ。

あたしは、美しい女性が、男なんか足元にも及ばないほど強かったりすると、もうたまんないほど魅力を感じる。そして、ヒキョ~な武器は嫌いだから、飛び道具はナシだ。今んとこ、一番好きなのは長刀だけど、刀でも剣でも1本だけならいい。たとえば、「マーダープリンセス」のアリタ姫なんかサイコーだし、「怪物王女」の姫も好きだ。「怪物王女」の場合は、武器はチェーンソウだけど、これはOKだ。だって、チェーンソウって、パッと見たら恐いけど、刀よりもリーチが短い上に、重たくて自由に振り回せないから、実際にバトルになったら、とてもじゃないけど武器としては使い物にならないと思うからだ。ようするに、ハッタリみたいなもんだ。

で、あたしは、今んとこ、長刀が一番好きな武器なんだけど、歳絵ちゃんの必殺技の「飛龍霧氷斬」とか、すみれちゃんの必殺技の「神崎風塵流・胡蝶の舞」や「鳳凰の舞」みたいな、ある意味、ヒキョ~な技が好きじゃない。歳絵ちゃんの「飛龍霧氷斬」は、自分の前の地面に長刀を突き刺すと、遠くにいる敵のほうに向かって、氷のカタマリが龍のように伸びて行って、敵を凍らせて破壊しちゃう。すみれちゃんの「胡蝶の舞」や「鳳凰の舞」も、周りを複数の敵に囲まれた時に、自分の足元の地面に長刀を刺すと、周りの敵を一気に焼き殺しちゃう。ようするに、飛び道具や爆薬とおんなじで、ヒキョ~なのだ。

正々堂々と戦って、それで勝ってこその勝利であって、ヒキョ~な飛び道具や技を使って勝っても、それは真の勝利とは言えない。だから、歳絵ちゃんやすみれちゃんが大好きなあたしとしては、どんな状況でも、武器である長刀の刃で敵を斬って欲しいのだ。たとえば、「飛龍霧氷斬」のように敵を凍らせるにしても、「鳳凰の舞」のように敵を焼き殺すにしても、長刀の刃を相手に突き刺してから、凍らせるなり焼くなりして欲しい。長刀の届かない相手をやっつけちゃうなんて、どう考えても反則だ。

ようするに、これらの必殺技は、「長刀1本じゃ敵わない」っていう前提があってのもので、こんなふうな前提で考えてること自体が、すでに相手に負けてることになる。「機動新撰組 萌えよ剣」のOVA版アニメで、巨大な甲冑の亡霊に、たった1人で向かって行った歳絵ちゃんは、愛刀の和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)で、必殺技の凍跡殺(とうせきさつ)を繰り出した。刀が敵の甲冑を斬り、そこから全身が凍りついて行き、京都の平和は守られた。なんてカッコイイんだろう。あたしは、何度も何度も繰り返して観た。これが、あたしの求めてる本物の勝利だ。

‥‥そんなワケで、あたしは、歳絵ちゃんのこともすみれちゃんのことも大好きなのに、イマイチ弱いとこだけが引っ掛かってて、「もっと強いといいのにな~」って思ってたワケだ。そりゃあ、必殺技を使えば強いんだけど、そうじゃなくて、基本的な長刀の腕前がもっと上がって、ヒキョ~な必殺技なんかに頼らなくても、襲い掛かって来る敵をバッサバッサと斬り倒して欲しいって思ってたワケだ。だけど、そんなワケにも行かず、ジンジャエールな日々を送ってたら、ある日突然、「戦国乙女」に出て来たムラサメちゃんが、顔はすみれちゃんだし、体は歳絵ちゃんだし、その上、前にも後にも刃がついた無敵の長刀を使ってて、あまりにもワンダホーだったってワケだ。ちなみに、おんなじ「戦国乙女」でも、あたしの嫌いな甘デジのほうじゃないと、ムラサメちゃんと会える確率が高くならないから、4回も当たらないとドル箱がいっぱいにならない甘デジばっか打ちに行ってる今日この頃なのだ。


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2008.08.19

摂津幸彦という無意味

 
 階段を濡らして昼が来てゐたり


これは、あたしの愛してやまない俳人、摂津幸彦の数々の名句の中で、あたしが一番好きな句だ。見れば分かるように、この句には季語がない。ようするに、五七五の「定型」だけど、「無季」ってワケで、「有季定型」を実践してるあたしの俳句とは、ジャンルの違う俳句ってことになる。

季語がないんだから、この句がどの季節の景なのかは、読み手ひとりひとりが自分の感性で自由に感じ取ればよいことで、あたしは、夏の景だと感じてる。夏の土用のころの、千葉県の房総半島の海辺の民宿だ。それも、大海に面した外房じゃなくて、内房の海沿いのクネクネ道の途中にある、宿がわずか2~3軒しかないようなマイナーで小さな海水浴場にある、古い民宿の景だ。

そして、この句の中に登場するあたしは、いつでも少女だ。小学校2年生か3年生で、水着を着てて、手には浮き輪を持ってる。水着は、水色に黄色とオレンジのお花の模様で、浮き輪は、下半分が赤くて上半分が透明で、透明の部分にウサギの絵が描いてある。両方とも、当時のあたしが使ってたものだ。

髪は濡れてるし、水着や浮き輪からポタポタと水が滴ってるから、あたしは海から上がったばかりなんだろう。そして、昼でも薄暗い木の階段を上って行くと、2階の廊下は広くて明るくて、開け放したお部屋の窓には真っ青な海と空が広がってて、父さんは海を見ながらアサヒビールを飲んでる。これが、この句から感じるあたしのイメージだ。そして、毎年、夏の土用の時季になると、何となくこの句が口をついて出て来る今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、摂津幸彦のことは、いつかキチンと書こうと思ってたんだけど、その機会がないまま今日まで来ちゃった‥‥っていうか、「いつか書こう」と思って寝かせてあるテーマの中のひとつだった。それで、何で今日、書いてるのかっていうと、メル友の石川喬司先生から、7月の終わりに届いたメールの中に、新聞で摂津幸彦の句を知ったと言って、次の2句が書いてあったからだ。


 露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  摂津幸彦

 糸電話古人の秋につながりぬ  〃


最初に挙げた「階段を」の句は、夏の土用のころのイメージなんだけど、この「露地裏」の句は、ちょうど今ころのイメージなのだ。暦の上では立秋を過ぎたけど、世の中はお盆で、子供たちは夏休み中で、まだまだ残暑が厳しい今の時季になると、あたしはこの句が頭に浮かぶ。厳密に言うと、この句には「金魚」っていう夏の季語が使われてるから、あたしの実戦してる「有季定型」だと、夏の句、つまり、立夏から立秋の前日までの間の景ってことで、どんなに暑くても、立秋を過ぎたら成立しない。だから、この句を「8月10日の景」なんて思っちゃいけないのだ。

だけど、詠んだのが季語にとらわれない摂津幸彦なんだから、鑑賞するほうのあたしだって、現代俳句のバカバカしい矛盾なんかに振り回されることはない。ようするに、「旧暦に合わせて選別された季語を新暦の現代にムリヤリに合わせる」なんていう現代俳句の矛盾なんか、無視していいってことだ。だから、暦の上で立秋を過ぎてても、あたしが「今の季節の句だ」って感じたら、その通りでいい。

もちろん、こうした「季感」だけじゃなくて、句の意味だって、読み手それぞれが自由に解釈したりイメージしたりできる。特に、摂津幸彦の句は、抽象的な表現のものが多いから、写生句よりも遥かに解釈の幅が広がる。たとえば、この「露地裏」の句にしても、ムリヤリに散文として読めば、「窓辺に置かれた金魚鉢の中の金魚が、水槽のガラス越しに外の歪んだ景色を見ていて、露地がまるで流れて行く夜汽車のように感じた」ってふうに解釈することも可能だ。

でも、これは、何でも頭だけで考えたがる理屈っぽいタイプの人の解釈であって、俳句の鑑賞とはほど遠い。絵画を見ても、音楽を聴いても、「心で感じ取る」ってことができない悲しい人の解釈だ。さっきも書いたように、俳句の解釈やイメージは人それぞれだ。だから、こんなふうに解釈する人がいても自由なんだけど、その人のことをあたしが「こんなふうにしか解釈できない人って気の毒だ」って思うことも自由なのだ。

‥‥そんなワケで、ここで少し摂津幸彦のことを説明するけど、普通、俳人の場合って、下の名前で呼ぶのが普通だ。これは、下の名前だけを俳号にすることが多いことからなんだけど、松尾芭蕉なら「芭蕉」、正岡子規なら「子規」って呼ぶし、句の下に書く名前も、下の名前だけを書くことが多い。決して、「松尾」とか「正岡」とは呼ばない。これは、現代の俳人でもおんなじだ。だけど、どういうワケか、摂津幸彦だけは、多くの人が「摂津」と呼ぶ。呼び捨てにしてるのは、摂津論を語ったりする上での便宜上のことだけど、それだけじゃなくて、うまく説明できないんだけど、「摂津」と呼び捨てにすることこそが、摂津幸彦に対するリスペクトのような意識があるのだ。

そして、さらに言えば、ホントなら「攝津」って書く。手ヘンに耳が3つの「攝」だ。だけど、この「きっこの日記」は、ケータイで読んでる人も多いし、ケータイの機種によっては、この漢字が表示されないものもあるから、仕方なく「摂津」って書いてる。

今、気づいたんだけど、さっきの「摂津論」て言い方にしても、他の俳人の場合なら、「芭蕉論」とか「子規論」とは言うけど、決して「松尾論」とか「正岡論」とは言わない。こんなふうに、その作風とか、人物像とかから、摂津幸彦は、あえて「摂津」と呼び捨てにされて、愛され、リスペクトされている。もちろん、あたしも、摂津を愛する1人だ。で、ここまでは「摂津幸彦」って書いて来たけど、今、理由を説明したから、ここからは「摂津」って書いて行くけど、摂津は、昭和22年(1947年)、兵庫県に生まれて、平成8年(1996年)に、49才という若さで亡くなった。

摂津のことを説明すると言いながら、「何で摂津と呼ぶか」ってことしか説明してないけど、略歴だの何だのは誰でも調べれば知ることができるから、あたしは、あたしにしか書けないことを書こうと思った。だけど、これだけじゃあまりにも不親切だから、もうちょっと書くと、摂津は関西大学時代に、同期生だった伊丹啓子から誘われて俳句を始めた。伊丹啓子は、「青玄」の伊丹三樹彦の娘だ‥‥って言っても、俳句を知らない人にはチンプンカンプンだろうけど、俳句をやってる人なら誰でも知ってる著名俳人だ。あたしとは方向性が正反対だけど。

で、当時の関西大学には、短歌会はあったけど俳句会がなかったので、俳句会を作りたがってた伊丹啓子に協力して、摂津は、数人の仲間と俳句研究会を作った。そして、同人誌を中心にした活動を始めて、どんどん俳句にのめり込んで行く。坪内稔典らとも同人誌を発行して、いくつかの統合や分岐を繰り返して、大井恒行らと、「俳句形式を通じ、日本語と正しく向き合い、同人それぞれの個性を尊重しつつ、自由で斬新な俳句空間の創造の場を目指す」って理念で、「俳句空間 豈(あに)」の発行へと進んだ。普通の俳句結社の結社誌しか読んだことのなかったあたしにとって、初めて手にした「豈」は、あまりにも衝撃的だった。ちなみに、これまでに出て来た人物名は、俳句をやってる人なら誰でも知ってるチョー有名人たちなので、それをひとりひとり説明してると長くなりすぎちゃうから、知りたい人は自分で調べて欲しい。

とにかく、摂津の活動のベースは、この「豈」っていう同人誌で、亡くなるまで作品を発表し続けた。摂津の句集は、昭和48年の第1句集「姉にアネモネ」を発行してから、昭和51年の「鳥子(とりこ)」、昭和52年の「與野情話(よのじょうわ)」、昭和61年の「鳥屋(とや)」と「鸚母集(おうむしゅう)」、平成4年の「陸々集(ろくろくしゅう)」、平成8年の「鹿々集(ろくろくしゅう)」の7冊だ。他にも、「姉にアネモネ」から「陸々集」までの中から自選400句をまとめた「摂津幸彦句集」ってのもあるけど、たぶん、今はほとんどが入手困難だと思う。現在、入手できるのは、1万円以上もする「全句集」とか、ワリと安価なものだと、他者による選り抜きの句集とかもある。

あたしは、もちろん、すべて持ってるし、どれも大切にしてるけど、中でも大切にしてるのが、摂津の没後3年目の1999年に、わずか700冊だけ限定で発行された「俳句幻景」っていう摂津の全文集だ。同人誌や他結社誌から月刊誌や句集に至るまで、雑文や対談から句評や帯文に至るまで、摂津が残したありとあらゆるすべての文章が、この1冊にまとめられてる。500ページもある分厚くて立派な本で、値段のことを言うのは野暮だけど、定価は7600円だ。だけど、この本を手に入れなきゃ、あたしは何のために働いてるのか分からないくらい後悔しちゃうから、ソッコーで予約して、確実にGET MY LOVE!した。

表紙の幻想的な空の写真と、数ページに渡るモノクロのグラビアは、天才アラーキーによるものだ。時代感覚がマヒするようなアラーキーの写真に、摂津の句が1句そえられていて、ひとつの世界が完成されている。ちなみに、「露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな」の句には、場末の露地の飲み屋街に、隠れるように立ってる後ろ向きの女性の写真、「階段を濡らして昼が来てゐたり」の句には、濡れた路面に猫のマトリョーシカみたいなのが並んでる不思議な写真だ。他にも、木に縛りつけられてる和服の女性の写真とか、米兵相手の娼婦をイメージしたような写真とか、アラーキーワールドが炸裂してるんだけど、何が素晴らしいって、写真だけでも俳句だけでも表現できなかった世界観が、2つの芸術の相乗効果によって具体的に構築されてるって点だ。

まあ、グラビアはオマケみたいなもんだから、カンジンなのは中身だけど、これがもう、言葉を失うほどの素晴らしさだ。生前のすべての文章をまとめたんだから、素晴らしいのは当然だけど、入手困難な本のことを抽象的に絶賛したって意味はない。だからって、一部を抜粋するのも無意味に近いと思うから、ここらで気分を変えるためにも、あたしの好きな摂津の句を何句か紹介しようと思う。

絵画で言うと抽象画にあたるような表現の句も多いので、「露地裏」の句のとこで書いたように、頭で理解しよう、理屈で理解しようと思って読んでも、ヨケイに分からなくなったり、ムリヤリにヘンテコな世界が出来上がっちゃうだけだ。だから、鑑賞の仕方としては、まずは何も考えずにゆっくりと読んでみて、頭の中に浮かぶイメージや、心の中に共鳴する音があったら、それを糸口にして、自分のイメージを膨らませて行けばいい。

たとえば、お水を飲む時って、普通は喉が乾いたから飲むワケで、お水にコーヒーやジュースのような味なんか求めてない。求めてるのは「喉の渇きを癒す」ってことで、お水を飲んで喉の渇きがおさまれば、それでOKだ。でも、そうじゃなくて、コップに1杯のお水を用意して、目をつぶって、そのお水から何かを感じようと思いながら飲む。そうすると、口の中のお水に五感が集中して、喉を通って行く時にも、ものすごくお水の存在を感じることができる。そして、その時の感性や状況は人それぞれだから、人によっては子供のころのことを思い出したり、人によっては好きな人のことを思い出したり、いろんなイメージをお水から感じ取ることができるのだ。

変な喩えになっちゃったけど、これが抽象的な表現をしてる対象を鑑賞する時の基本的な方法だ。だから、「文字という記号によって書かれてる文章の意味を読み取ろう」なんて姿勢で臨んだら、感じられるものも感じられなくなっちゃう。何度も言うけど、研ぎ澄ますのは「脳みそ」じゃなくて「感性」だ。「脳みそで読む」んじゃなくて、「心で感じる」ってことだ。ずいぶん前置きが長くなっちゃったけど、摂津の代表句を散りばめつつ、あたしの好きな句を織り込んで紹介する。


 「摂津幸彦 33句」 (きっこ選)

 姉にアネモネ一行一句の毛は成りぬ

 胡瓜食む水の他人となりながら

 千年やそよぐ美貌の夏帽子

 南浦和のダリアを仮りのあはれとす

 ひとみ元消化器なりし冬青空

 幾千代も散るは美し明日は三越

 南国に死して御恩のみなみかぜ

 物干しに美しき知事垂れてをり

 露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな

 菊月夜君はライトを守りけり

 みちのくのこの混沌と鼬罠(いたちわな)

 首枯れてことりこ鳥子嫁ぐかな

 少年の窓やはらかき枇杷の花

 夜の梅机の下は夜の海

 黒板が途切れてをみな屈まりぬ

 聖家族背中深くに春の雲

 山岳に芭蕉(バナナ)の黒きけむりかな

 噛むことはよく殺すこと耳うどん

 月山に真白き飯を焚き上げぬ

 ぶらぶらを春の河まで棄てにゆく

 階段を濡らして昼が来てゐたり

 大葉子(おんばこ)を女神の滝は隠し打つ

 甲は乙の丙にあらざり遠喇叭(とおらっぱ)

 穴子いま穴より出づる濡れ宇宙

 神はよく奈良の市場を走りけり

 湯畑の小屋をとんぼが押してゐる

 土砂降りの映画にあまた岐阜提灯

 生き急ぐ馬のどの夢も馬

 野を帰る父のひとりは化粧して

 国家よりワタクシ大事さくらんぼ

 麺棒と認め尺取虫帰る

 一月の弦楽一弦亡命せり

 荒星や毛布にくるむサキソフォン


‥‥そんなワケで、念のために書いとくけど、「月山に真白き飯を焚き上げぬ」の「焚き」は、「炊き」の変換ミスじゃなくて、あえてこの表記を使ってる。つまり、この表記から、「お焚き上げ」をイメージさせようとしてるってことだ。前出の「露地裏」の句も、「ろじ」には「路地」と「露地」の2種類の表記があるけど、どうして摂津は「露地」のほうを選択したのかってことだ。俳人は、言葉の表記ひとつを取っても、全身全霊を傾けて選択してるから、どんな漢字の表記を使ってるとか、通常は漢字で書くところをあえて平仮名で表記してるとか、すべて何らかの意図を持ってやってる。そして、それを読み取るのは、理屈じゃなくて感性なのだ。

俳句の鑑賞は、自分の感性がすべてだから、どんなふうに感じても自由なんだけど、今回みたく抽象的な作品の場合は、写生句と違って慣れない人には鑑賞しずらい。そんな時は、これはリトル反則ワザなんだけど、音楽や絵画、マンガや小説など、他のジャンルの作者や作品に、類似するイメージのものを探すといい。たとえば、「物干しに美しき知事垂れてをり」って句は、絵画で言うと「ダリ」の作品とイメージが重なる。「野を帰る父のひとりは化粧して」って句は、マンガで言うと「つげ義春」の作品とイメージが重なる。

もちろん、これは、あたしの場合だから、そう感じない人もいると思うけど、こんなふうに、他のジャンルで似た雰囲気のものがないか、見まわしてみる。文字だけ読むと意味が通じない抽象的な句、前衛的な句でも、読んだ時に感じた「漠然としたイメージ」を絵画とかマンガとか小説とか音楽とか、何でもいいから別のジャンルの中から、似たイメージのものを探してみる。そうすると、「漠然としたイメージ」が具体性を帯びて来るのだ。

「物干しに美しき知事垂れてをり」なら、この句を読んだだけだと、漠然とした景しか見えて来なかったけど、「ダリ」の世界観に似てるかも?って思ったトタンに、アベシンゾーみたいな顔でチョビヒゲの知事が、物干し竿にダラーンと干されてる絵が見えて来る。知事の隣りには、大きな時計もダラーンと垂れてて、その向こうには、足の長いゾウが歩いてたりする。こんなふうに、漠然としてたイメージだったものが、ダリの絵として具体的に見えて来るのだ。

「野を帰る父のひとりは化粧して」なら、「つげ義春」の世界観に似てるかも?って思ったトタンに、一面のススキの原を数人の父が去って行く絵が見えて来る。もちろん、つげ義春の絵のタッチだ。父たちはみんな背を向けてるのに、ナゼかその中の1人が、顔にオシロイを塗り、真っ赤な口紅をしてることが、後ろ姿から感じ取れるのだ。そして、みんなおんなじ後ろ姿なのに、どうして見えない顔の様子が分かるんだろう?って思った時に、自然と、その1人の「化粧してる父」は、父の中にある「母性」なんだってことに気づく。

そうすると、最初に感じてた「どうして父が複数なんだろう?」って疑問も氷解する。そう、「複数の父」ってのは、1人の父の中にある複数の人格だったのだ‥‥ってふうに、難解な作品を鑑賞してくことができるのだ。ホントは、こんな反則じみたコワザなんか使わずに、自分の感性だけで鑑賞すべきなんだけど、17音のみの俳句で、さらに抽象的だったり前衛的だったりすると、初心者にはお手上げになっちゃう。そして、何とか読み取ろうと、難しい文章を読む時のような姿勢で取り組んじゃうもんだから、ヨケイに左脳ばかりがフル回転を始めちゃって、何よりも大切な五感が活動停止状態になっちゃう。これじゃあ、感じられるものも感じられなくなっちゃう。

‥‥そんなワケで、摂津のことを書こうと思ってスタートしたのに、何だか、俳句の鑑賞の仕方になっちゃった。でも、何十年も俳句をやってる人でも、「摂津は難解だ」って言って近寄ろうともしない人たちもいっぱいいるし、知ったかぶりしてマトハズレなことを言ってる人も多い。そんな摂津のことを普通の俳句にも興味のない人たちに向けて書くなんて、考えてみれば、あたしって、無謀なチャレンジャーだったってワケだ。

だけど、摂津がどんな人で、どんな活動をしたのかなんてことをダラダラと書いたって、それは、あたしじゃなくても書けることだから、あんまり意味がない。摂津が、常に「自分の俳句は自己模倣の繰り返しだ」ってことに悩み続けてたとか、お酒ばっか飲んでて体を壊しちゃったこととかも、ほとんど意味がない。何故なら、俳句は「17音」がすべてだからだ。だから、摂津がどんな人だったのかってことを書くよりも、その作品を鑑賞したほうが、遥かに意義がある。

摂津の句の多くは、意味を理解しようとしても、読み取ることはできない。それは、作者である摂津自身が、言葉に意味を持たせること、俳句に意味を持たせることを疑問視しながら作句してたからだ。これは、句集「鳥子」の後書きにも書いてあるんだけど、作者自身が、意味を持たせないように、イメージが先行するように詠んだ作品に対して、意味を求めることは「無意味」でしかない。

たとえば、「麺棒と認め尺取虫帰る」のように、ちゃんと句意の分かる立派な写生句もある。だから、すべての句に意味がないワケじゃないけど、抽象的、前衛的に見える句のほとんどは、意味を持たない。つまり、作者からの「こういうふうに理解しなくちゃいけない」っていう押しつけがないので、読み手は自由に楽しむことができるのだ。だからって、作者が言葉を無責任に放り出してるワケじゃなくて、ちゃんとイメージ喚起のためのキーワードを忍ばせてくれてるから、こっちは自由に楽しんでるつもりでも、実は摂津の手のひらの上で遊ばされてることになる。嗚呼、偉大なり、摂津幸彦!

抽象的な句に対して抽象的な解説ばかりしててもヨケイに分からなくなりそうだから、ちょっと具体的なヒントを書くと、たとえば、「ぶらぶらを春の河まで棄てにゆく」って句。あたしの大好きな句のひとつだけど、俳句の鑑賞の仕方を知らない人だと、この句を読んで最初に思うことは、「ぶらぶらって何だろう?」ってことだろう。だけど、これは、対象に意味を求める「文章の読み方」であって、「俳句の鑑賞の仕方」じゃない。この句の場合は、最初に注目すべき点は、「川」じゃなくて「河」だってことと、「捨て」じゃなくて「棄て」だってこと。その次が、「夏」でも「秋」でも「冬」でもなくて「春」だってこと。これらの必然が理解できれば、「ぶらぶら」が何であるかは自然にイメージすることができて、摂津の描いた絵が見えて来るのだ。

たとえば、「一月の弦楽一弦亡命せり」って句。これは、飯田龍太の「一月の川一月の谷の中」に対するオマージュだってことに気づけば、自然とイメージが立脚して来るだろう。「夜の梅机の下は夜の海」なら、「梅」と「海」って文字がキーワードになってるし、「首枯れてことりこ鳥子嫁ぐかな」なら、「ことりこ鳥子」ってリフレインがキーワードになってるし、「聖家族背中深くに春の雲」なら、「聖家族」であることと、「を」でも「は」でも「の」でもなく「に」であることがキーワードになってる。これらのキーワードから、「その句の意味を知ろう」とするんじゃなくて、「どんなイメージが広がって来るか」ってことなのだ。

‥‥そんなワケで、「ぶらぶらを春の河まで棄てにゆく」を読んで「ぶらぶらって何だろう?」って考えちゃう人は、「噛むことはよく殺すこと耳うどん」を読んで「耳うどんって何だろう?」って考えちゃう人だ。常に理屈優先で左脳ばかりが動いてるから、いつでも「感じる」ってことが後回しなのだ。何でも、まずは意味を理解してからじゃないと、感じることができない右脳の退化した人だ。意味を持たないものに対しては、いつまで経っても感じることができない五感の鈍くなった人だ。そして、そういう人は、「階段を濡らして昼が来てゐたり」を読んでも、この1枚の絵のイメージを感じるよりも先に、「何が階段を濡らしたんだろう?」って考えちゃうから、あたしのように、子供時代への時間旅行を楽しむことができないと思う今日この頃なのだ。


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2008.08.18

【速報】在日米軍がサンゴを破壊!

沖縄の辺野古で、在日米軍がサンゴを破壊した決定的な写真を「きっこの裏日記」で公開しました!


「きっこの裏日記」
http://www5.diary.ne.jp/user/533673/


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浴衣の君は

オトトイの花火大会で、久しぶりに浴衣を着たんだけど、浴衣とは言え一応はお着物なワケで、何よりもカンジンなのは、「どれだけ粋に着こなせるか」ってことだった。で、今回は、どうしても神崎すみれちゃん風味にしたかったので、ネットの通販ですみれちゃんぽい浴衣を探して買ったんだけど、何しろ2000円ていうチョー安物だったから、仕立てなんてテキトーに決まってると思って心配してた。だけど、届いたのが花火大会の2日前で、忙しくて合わせてるヒマがなかったから、当日に着てみて、ダメだったら他の浴衣を着て、この浴衣は改造してすみれちゃんのコスプレ用にしようかと思ってた。

女性用のお着物は、男性用とは違って、前ミゴロと後ミゴロを肩のとこでずらして仕立ててある。何でかっていうと、衿をキチンと着つけてから、首の後ろをゲンコツ1個ぶんくらい後ろにずらして、セクシーなうなじをタップリと披露するためだ‥‥ってのはアトヅケの理由だけど、とにかく、男性の着つけとは違って、衿を後ろに引いて、首の後ろを見せるようにする。これを「衣紋(えもん)を抜く」って言うんだけど、男性用とおんなじに仕立ててあったら、衣紋を抜いたら肩山(肩の位置)も後ろにずれちゃって、ものすごくカッコ悪くなっちゃうし、着心地も悪くなっちゃう。

そのため、女性用のお着物は、衣紋を抜いた状態で、肩山がちゃんと肩のとこに来るように、最初からそのぶんをずらして仕立ててある。この寸法のことを「繰り越し」って言って、通常は5分(約2cm)なんだけど、あたしの場合は若干イカリ肩なので、繰り越しが8分くらいないと、衣紋を抜きにくいし、長時間着てると肩が凝ってきちゃう。だから、もともとの自分の浴衣やお着物は、繰り越しを多めにして仕立ててもらったり、母さんに直してもらったりしてるんだけど、今回はネット通販の2000円の浴衣だったから、繰り越しがどうこう言う以前に、ちゃんと届くかどうかも心配だった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あんまり引っ張るような話でもないので、トットと結論を言っちゃうと、届いた浴衣は、生地はそんなに悪くはなかったんだけど、予想通りにテキトーに仕立ててあった。見た瞬間に、お着物なんか着たこともなく、ニポンの文化なんか何も知らない異国の人が、月給80元とか、日給150バーツとか、時給2000ドンとかで縫製したのが一目瞭然のコスプレ衣装‥‥もとい、浴衣だった。だけど、それが幸いしたのか、キチンと測ったワケじゃないけど、なんか5cmくらい繰り越しがあるみたいで、それこそ、すみれちゃんみたいに両肩を出して着られるほどのだらしなさが全開だった(笑)

それで、あたしは、用意してた黄土色の半幅帯と合わせて、すみれちゃん風味を楽しむことができたんだけど、久しぶりに浴衣を着て感じたことは、「帯が暑い!」ってことだった。お着物のことを知らない異国の人から見れば、ニポンのお着物って、きっと「帯で留めてる」って思われてるだろう。ようするに、体にお着物を巻きつけて、それを帯で結んで留めてるって思われてるハズだ。「バカ殿」とかでも、女性が帯の端を引っ張っられて、「あ~れ~!」とか叫びながらクルクルと脱げて行くお約束のコントがあるけど、帯を解いたってお着物は脱げない。

実際には、お着物を体に留めてるのは腰紐や胸紐であって、帯はあくまでも装飾品だ。帯を解いたって、お着物はそのままだ‥‥ってことは、帯、いらないじゃん。何しろ、帯さえなけりゃ浴衣ってなかなか涼しいのに、帯をしたトタンに暑さが2倍くらいになるからだ。特に、背中が暑い。浴衣って、帯がなければ甚平とおんなじくらいの涼しさなのに、帯をしたトタンに、帯の部分を中心にして、ジワジワと暑くなって来る。つまり、帯のレーゾンデートルってのは、ビジュアル的な視覚効果だけであって、そのために、「涼しい浴衣を暑くする」っていう負の副産物をも合わせ持ってるってことだ。

でも、いくらこんな屁理屈を並べたって、帯のない浴衣なんて「クリープを入れないコーヒー」みたいもんで、歴史あるニポンの浴衣を語る上では、こうした比喩にも、古さや懐かしさが必要だってことなのだ‥‥とか言ってみつつ、あたしは江戸っ子だから、夏に暑くても、冬に寒くても、自分の好きなファッションのためなら、「服」というものの根本理念である「体温調節」なんて屁のカッパだ。「伊達の薄着」って言葉があるように、「暑い」とか「寒い」なんてのは二の次で、ファッションで重要なことは、何よりも「見た目」だ。

‥‥そんなワケで、あたしは、花火大会の日に、たくさんの浴衣の女の子を見たんだけど、ちゃんと着てる子の少なさに、あらためてビックル一気飲みしちゃった。サスガに「死人」は見かけなかったけど、せっかく髪をアップにしてるのに、衣紋を抜かずに男みたいな着方をしてる子とか、はしょりすぎでバカボンみたいになっちゃってる子とか、思わず「あららららら‥‥」って声が出ちゃいそうになった。でも、どうせヨケイなお世話だろうから、「お前は温泉旅館にでも来てるつもりか!」とか、「そんなにはしょりたいんならマジックでホッペに渦巻きを描いてやろうか!」とか、心の中でツッコミを入れるだけにしといた。

それにしても、衣紋を抜かずに浴衣を着る子の多さには驚いた。あたしの前を横一列になって歩いてた5人組の浴衣の女の子は、そのうちの2人が衣紋を抜いてなくて、ものすごく変だった。当然、お母さんに着つけてもらったワケでもなく、美容院で着つけてもらったワケでもなく、本とかで調べたワケでもなく、自分だけで見よう見まねで着たんだと思うけど、それにしても、何で他の3人の子たちが教えてあげないのか‥‥って思った。たぶん、ちゃんと衣紋を抜いてる3人にしても、お母さんとか美容院とかで人任せにして着たもんだから、この「衣紋を抜く」ってことを理解してないんだろうね。

で、この「衣紋を抜く」の「衣紋」てのは、お着物用のハンガーのことを「衣紋掛け」って言ったり、お着物の着崩れを直す時に使う姿見のことを「衣紋鏡」って言ったりすることからも分かるように、広義では「お着物」のことを意味する。他にも、「衣紋方(えもんかた)」なんてのもあって、これは、今で言うスタイリストさんのことだ。平安時代以降の「十二単」を着る時なんかは、長い髪を持ち上げてる係の「髪持ち方」と、前から着つけをする係の「前衣紋方」と、後ろを任されてる係の「後ろ衣紋方」と、3人の係が3人ががりで‥‥って、こんなとこにオヤジギャグを入れてみつつ、着つけてたのだ。

自分の後ろ姿って、なかなか自分じゃ見ないから、ついついテキトーになっちゃう人もいるだろうけど、お着物の場合は、メインの装飾品である帯を後ろで結ぶことからも分かるように、何よりも大切なのが「後ろ姿」なのだ。それなのに、和装の女性としての最大の魅力である「うなじ」をアピールするための「衣紋を抜く」ってことをしないなんて、「仏を作って魂入れず」だ。ちょっと違うけど(笑)

‥‥そんなワケで、美女が大好物なあたしとしては、もう何度も書いて来たけど、「鎖骨」と「うなじ」と「腰のくびれ」が世界三大珍味で、このうちの「鎖骨」と「腰のくびれ」を隠しちゃうお着物の場合は、唯一の「うなじ」にすべての魅力が凝縮してる。3つの好物のうち、2つを隠されたことによって、残りの1つが激しく光り輝き、「これほどのうなじなんだから、きっと、見えない鎖骨や腰のくびれもサイコーなんだろうな」って思わせてくれるのだ。

だから、パチンコで初めてすみれちゃんを見た時には、お着物なのに「鎖骨」を見せてたもんだから、あたしは新境地を開眼しちゃったんだけど、現実にはそんな女性はいないから、通常モードなら「うなじ」だけってことになる。だから、せっかく浴衣を着て、せっかく髪をアップにしてるのに、衣紋を抜かずに温泉旅館の浴衣みたく着てる子たちを見て、連続ヒザカックンをされたくらい脱力しちゃったのだ。

それで、何で女性だけが衣紋を抜くようになったのかを調べるために、「マンガはじめて物語」のきっこお姉さんは、モグタンと一緒に、「クルクルバビンチョパペッピポ、ヒヤヒヤドキンチョのモ~グタン!」って呪文を唱えて、一瞬のうちに江戸時代へとタイムスリップして来た。それで分かったことは、これは、当時のヘアスタイルに由来してたってことだ。

今から380年くらい前、江戸時代の初期の寛永年間に流行し始めた「島田髷(しまだまげ)」ってヘアスタイルがある。これは、今の花嫁さんの「文金高島田」の原型で、当時は、このヘアスタイルのアレンジが何百って生まれて大流行した。それで、このヘアスタイルは、首の後ろの部分に「髱(たぼ)」っていう膨らみを作り、それを髪油で整えて崩れないようにするんだけど、その髪油が、お着物の後ろ衿を汚しちゃう。それで、衿を汚さないように後ろに引いたのが、女性だけが「衣紋を抜く」ようになった始まりなのだ。

ちなみに、この「島田髷」は、現在の静岡県島田市にあった「島田宿」の遊女から始まったって説と、当時の歌舞伎の人気女形、島田万吉から始まったって説がある。どっちにしても、このヘアスタイルは大流行して、様々なアレンジが生まれて、それにともなって、衣紋を抜きやすくするために、女性のお着物は繰り越しして仕立てるようになったってワケだ。そして、遊女や芸者は、より大きく平たい「髱」を結うようになり、それに合わせて、衣紋も大きく抜くようになって行った。

そして、江戸時代の中期には、この衣紋を大きく抜いて見せた肌をさらに美しく見せるために、「衿白粉(えりおしろい)」って言って、衿首におしろいの筋を引くお化粧が流行るようになった。つまり、もともとは、髪油で衿を汚さないために衣紋を抜き始めたものが、時代の流れとともに、その肌を見せることにフォーカスが移動してったってワケだ。現代だと、首の後ろにまでおしろいを塗ってるのは舞妓さんくらいだけど、舞妓さんの美しさって、やっぱり、あたしは「後ろ姿」だと思う。

‥‥そんなワケで、今の若い女の子たちの何割かは、何よりもオシャレに興味があって、ギャル雑誌とかを欠かさずに読んでて、渋谷の109とかに通ってて、憧れのモデルさんが着てる服とおんなじものをお小遣いをはたいて買ったりしてるけど、こういうのって、流行に敏感なワケでもなく、センスがいいワケでもなく、ただ単に「大人たちに利用されて食い物にされてるだけ」でしかない。ジャニタレの追っかけをして、バカバカしいグッズなんかを買いあさってる女の子たちにしても、憧れのアイドルの後ろにいる大人たちに食い物にされてるだけで、10年も経てば自分の愚かさに気づくだろう。このニポンには、素晴らしい文化や伝統がマウンテンで、たった2000円の浴衣だって、そのルーツを知り、伝統に則って楽しめば、何十倍ものワクワク感を得ることができる。だから、あたしは、衣紋も抜かずに浴衣を着るような女の子たちに言いたい。「ドラえもん 衣紋を抜けば ただのドラ」と‥‥なんて感じの今日この頃なのだ(笑)


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2008.08.17

多摩川の花火大会の映像です♪

昨日の多摩川の花火大会の映像をご紹介します♪

撮影されたのは、「防衛隊ガラクタ置き場」というブログの「たけさん」で、あたしとは反対の川崎側からなので、多くは川崎側の映像です。

「ラスト」だけは少し長いですが、それまではすべて1分前後の映像ですので、お気軽にお楽しみくださいね♪

それから、映像の紹介を許可してくださった、たけさん、どうもありがとうございました。


スタート








ラスト

世田谷1

世田谷2

オマケ 焼きそば(笑)


※たけさんのブログには、とっても楽しい花火大会のレポなどもありますので、ぜひご覧くださいね♪

「防衛隊ガラクタ置き場」
http://boueitai.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_e222.html

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花火のあとはゴミの山

おかげさまで、世田谷区のお天気は大丈夫だったので、ゆうべの花火大会は無事に行なわれた。それにしても、本気でものすごい人出だった上に、今、駅の周りが再開発の工事中でアチコチ規制してるから、ホントにメチャクチャな状態だった。多摩川の花火大会って、世田谷と川崎の両岸同時にやるようになってから、毎年70万人以上の人出だったんだけど、2004年から3年間、世田谷のほうの花火大会が中止になって、川崎側だけしか開催しなかったので、その間は半分以下の人出になってた。

それで、去年から世田谷の花火大会も復活したので、またまた大混雑になると思ってたら、去年はそんなに宣伝をしなかったので、世田谷が復活したってことがそれほど認知されてなくて、思ったほどでもなかった。世田谷と川崎を合わせても、40万人くらいだったみたいだ。だけど、今年は、世田谷が復活して2年目ってことで、十分に認知もされてたから、あまりにもすごい人出だった。あたしが土手の上からザッと見まわしたところ、たぶん500万人くらいは‥‥って、そんなに来てるワケないか(笑)

でも、駅前の混雑の感じとかは、明らかに去年よりもすごかったから、去年よりは遥かに多くの人たちが来てたと思う。それにしても、地元のあたしからすると、駅前のパチンコ屋さんの隣りのセブンイレブンで、定価で缶ビールを売ってるのに、わざわざ河原で2倍近いお金を払って買う人たちって、ある意味、セレブだと思った。つーか、目の前でこんなにもすごい花火大会をやってるのに、まったく目もくれず、ずっとパチンコ屋さんでパチンコを打ってる人たちって、ある意味、セレブ大鳥さんだと思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?(笑)


‥‥そんなワケで、何十万人の人が観に来たのか分からないけど、地元民のあたしとしては、地元民の義務として、今朝8時からのゴミ拾い「多摩川クリーン作戦」に行って来た。ただ、お仕事があったので、終了時間の11時まではお手伝いできなくて、10時前には帰って来た。それにしても、毎年のことだけど、花火を観に来る人たちって、どうしてそこらにゴミを投げ捨ててくんだろう? 帰りにゴミを捨てて行けるように、わざわざ道沿いにゴミ箱を並べてるのに、それでも、たった数10メートルをゴミを持って歩き、ゴミ箱に捨てるってことが、どうしてできないんだろう?

これも、きっと、コイズミが蔓延させた「他人に迷惑をかけても自分さえ良ければいい」っていう風潮の断片なんだと思うけど、あたしは、毎年毎年、花火大会の次の日の朝、一夜にして一面のゴミ畑に変わっちゃった河原や土手を見て、ホントに悲しい気持ちになる。あたしの感覚だと、自分がゴミを捨てないのなんて当たり前で、それどころか、「こんなに素晴らしい花火を楽しませてもらったんだから、せめてこのゴミを拾って帰ろう」って思って、足元の空缶を拾って帰る。あたしは、これが普通だと思うんだけど。

そう言えば、アベシンゾーが総理大臣だった時に、支持率を上げるために、丸川珠代と一緒に、何人もの取材陣を引き連れて、ここにゴミ拾いに来たんだよね。だけど、アベシンゾーは、その日のクリーン作戦の終わりころに到着したもんだから、もうゴミなんかひとつも落ちてなかった。朝8時から、地元の小学生たちが、みんなでがんばってゴミ拾いをしてたから、河原には空缶ひとつ落ちてなかった。

そしたら、アベシンゾーのお付きのコワモテのボディーガードみたいな男が、自分の拾ったゴミを入れたビニール袋を持ってた小学生のとこに走って行って、そのビニール袋を取り上げて、中のゴミをアベシンゾーの足元に撒いたんだよね。そして、アベシンゾーは、ものものしく軍手をして、例のゴミ拾い用の「火ばさみ」で、そのゴミを拾い上げて、カメラマンたちの前でポーズ。丸川珠代も、一緒にポーズ。それから、自分を囲む取材陣に対して、「うちゅくちい国を作るためにはナンタラカンタラ」ってノタマい始めたんだよね。ちなみに、アベシンゾーが河原にいた時間は、わずか10分だった。

朝からがんばって拾い集めたゴミを取り上げられた小学生は、泣きそうな顔をして、遠くからその様子を見てた。ホントにかわいそうだった。子供たちって、こうした活動をする時にも、どこか「楽しみながらやる」ってことを無意識のうちに知ってるんだよね。きっと、「ボクはこんなに拾ったぞ!」って、みんなに見せたかったんだよね。それなのに、自分の宣伝のために、こうした子供の心を踏みにじるなんて、アベシンゾーって、どこまで腐りきったクズ野郎なんだろう。アベシンゾー自体が「ニポンのゴミ」なんだから、コイツをゴミ箱に捨てて欲しいよ、まったく。

‥‥そんなワケで、日曜日の朝と言えば、「スーパー戦隊モノ」と「仮面ライダーモノ」と「プリキュアモノ」が連発してるから、バカボンのパパみたいな顔の変なおじさんが出る自民党の宣伝番組が始まるまでは、テレビ朝日を観てることが多い。あたしの場合は、特に「スーパー戦隊モノ」が好きなんだけど、大好きだった「特捜戦隊デカレンジャー」が終わり、惰性で観てるうちにだんだん好きになった「魔法戦隊マジレンジャー」が終わり、あまりにも子供向けすぎてイマイチだった「轟轟戦隊ボウケンジャー」が終わり、おバカの走りみたいなキャラ設定がぜんぜん馴染めなかった「獣拳戦隊ゲキレンジャー」が終わり、今は「炎神戦隊ゴーオンジャー」ってのをやってる。

ちなみに、あたしが良く使う「アリエナイザー」ってのは、「特捜戦隊デカレンジャー」の敵の名前から来てる。昔の「仮面ライダー」の「ショッカー」みたいなもんで、もしもあたしが昔の「仮面ライダー」のファンだったら、「そうでショッカー?」とかを連発するみたいなもんだ。

で、「魔法戦隊マジレンジャー」の場合は、全員が兄弟だから、名字は「小津(おづ)」で一緒なんだけど、下の名前が、マジグリーンは「蒔人(まきと)」、マジピンクは「芳香(ほうか)」、マジブルーは「麗(うらら)」、マジイエローは「翼(つばさ)」、マジレッドは「魁(かい)」って言って、5人の名前の頭文字をつなげると「まほうつかい」になる。5人だから、ホントは「まほうつか」なんだけど、最後の1人が「魁(かい)」だから、2文字ぶんをフォローしてるワケだ。そして、名字の「小津」と一緒にすると、「オズの魔法使い」になるってスンポ―だ。

その次の「轟轟戦隊ボウケンジャー」は、別に何にもなってないんだけど、その次の「獣拳戦隊ゲキレンジャー」は、カンフーがテーマだったから、ゲキレッドの「漢堂ジャン」、ゲキブルーの「深見レツ」、ゲキイエローの「宇崎ラン」名字の頭文字を並べると、「かんふう(カンフー)」になる。それから、ゲキブルーの「深見レツ」には、死んだと思ってたのが実は生きてたって設定のお兄さん、ゲキバイオレットの「深見ゴウ」がいて、こっちは「レツゴウ(レッツゴ―)」になる。

そして、いよいよお待たせ、現在放送中の「炎神戦隊ゴーオンジャー」なんだけど、これは問題がマウンテンなのだ。何よりの大問題は、初代の「秘密戦隊ゴレンジャー」から、長年、「最後にジャーをつける場合は必ず○○レンジャー」っていう伝統が受け継がれて来たのに、それを無視して「ゴ―オンジャー」なんて名前にしちゃったもんだから、昔っからの戦隊モノのファンからはブーイングの嵐の大野智が大麻を吸った‥‥じゃなくて、ブーイングの嵐が巻き起こった。正確には、「忍風戦隊ハリケンジャー」と「轟轟戦隊ボウケンジャー」の2つは、「レンジャー」じゃなくて「ケンジャー」になってるけど、これらは、「レンジャー」の「レ」とおんなじ「e」の発音の「ケ」だから、まだギリギリ許される範囲だった。「ハリケーン・レンジャー」が「ハリケンジャー」、「ボウケン・レンジャー」が「ボウケンジャー」になったって考えれば、「パイン・アップル」が「パイナップル」になるみたいな感じだから、ムリヤリ感がないのだ。

だけど、こうした伝統を無視して、「ゴ―オンジャー」とはナニゴトだ! ま、これで「レ」にして「ゴ―レンジャー」にしちゃったら、元祖の「ゴレンジャー」が間延びしたみたいだし、「超力戦隊オーレンジャー」とか「激走戦隊カーレンジャー」に似すぎちゃうから、いろいろと考えた結果なんだと思うけど、今までの流れから見ると、「何もこんなにムリしてまで『ジャー』をつけなくてもいいのに」って思っちゃう。第一、何の決まりもなくて「ジャー」さえついてりゃいいってんなら、「タイガー電子炊飯ジャー」でもいいじゃん。

ま、2~3歩ゆずってタイトルはいいとしても、問題は内容だ。とにかく、幼児がオモチャで遊んでるみたいな特撮シーンが酷すぎる。どうしてもオモチャにしか見えない各マシンや、形が変化する過程とかも、あまりにも稚拙で、シロートが自宅で撮影した投稿作品みたいなレベルなのだ。だけど、こんなに文句を言いながらも、あたしが観てるのは、大好きな及川奈央ちゃんが、敵の役で出てるからだ。その名も「害水大臣ケガレシア」(笑)

On1
とにかく、奈央ちゃんが可愛くてセクシーでサイコーで、お着物を着崩してたりした日にゃあ、録画したVはソッコーで永久保存版だ。こないだなんか、真っ赤な口紅で、丁半博打のツボ振りのお姉さんをやったんだけど、もうたまんないほどセクシーで、日曜日の朝からハァハァしちゃったほどだ‥‥って、その話は置いといて、「ゴ―オンジャー」の敵の「ガイアーク」には、三大臣てのがいて、奈央ちゃんが「害水大臣ケガレシア」で、他の2人が「害地大臣ヨゴシュタイン」と「害気大臣キタネイダス」だ。

ようするに、水と土地と空気をそれぞれの大臣が汚染するってことで、この3人の名前を見れば分かるように、「ガイアーク」は、当然、「害悪」ってことだ。そして、3人の名前を見れば分かるように、「炎神戦隊ゴーオンジャー」ってのは、地球の平和を守るだけじゃなくて、地球の環境も守ってるってワケだ。だからこそ、ゴーオンレッドの「江角走輔(えすみそうすけ)」、ゴーオンブルーの「香坂連(こうさかれん)」、ゴーオンイエローの「楼山早輝(ろうやまさき)」、ゴーオングリーンの「城範人(じょうはんと)」、ゴーオンブラックの「石原軍平(いしはらぐんぺい)」の5人の名字の頭文字を並べると、ナナナナナント! 「えころじい」(笑)

それにしても、「江角」や「香坂」や「城」や「石原」はいいけど、「楼山」って、絶対に「ろ」で始まる名前をムリヤリに考えたのがバレバレだ。きっと、「六本木」とか「六田」とかいろいろと考えたんだけど、いいのがなくて、結局、テキトーに作っちゃったんだろう。それから、これも問題点のひとつなんだけど、全員の役名の下の名前を見て欲しい。言われないと気づかないかもしれないけど、「輔」「連」「輝」「範」「軍」って、全員の名前の漢字の中に「車」って字が入ってるのだ。

これは、全員が特殊な車を運転して、出動したり戦ったりするからなんだけど、名字の頭文字を並べると 「えころじい」なのに、下の名前は全員が「車」だなんて、あまりにも正反対だ。「害気大臣キタネイダス」を倒すよりも、お前らが車に乗るのをやめたほうが環境のためだ!‥‥とかツッコミを入れてみつつ、やっぱ、大好きな奈央ちゃんのことを書きたいから、あとちょっとだけ書こう。

「ケガレシア」ってのは、こうした敵の女性幹部役によくある扮装をしてる状態の名前で、「わらわは○○でおじゃる」ってしゃべり方をする。ちなみに、「害地大臣ヨゴシュタイン」は語尾に「なり」をつけてしゃべり、「害気大臣キタネイダス」は語尾に「ぞよ」をつけてしゃべる。で、「ケガレシア」は、当然、ドロンジョ様の系統だから、手に持ってる武器は「ムチ」だ。それから、肩の排水管からは、液体爆薬を噴射しちゃう。

あとは、「汚水」こそを「美しいもの」と思ってるから、「君はドブの水のように濁った女性だ」って言えば喜ぶけど、「君は清らかな水のような女性だ」って言うと激怒しちゃう。で、このままの姿だと、誰から見ても人間じゃないのがバレちゃうから、人間の姿に変身してから、いろんな悪さをする。その時の名前が、「汚石冷奈(けがれいし れな)」、ようするに、「ケガレシア」をムリヤリに漢字にしたようなもんなんだけど、あたし的には、この名前を名乗ってる時の奈央ちゃんが、サイコーにツボなのだ。

‥‥そんなワケで、奈央ちゃんのことはトモカクとして、こんな子供向けのスーパー戦隊モノですら、今やメインテーマにするほど、「環境問題」ってのは重要な時代になった。それなのに、美しい花火を観に来た人たちの多くは、河原にゴミを捨てて行く。美しい国を作るとノタマッた総理大臣は、子供が何時間もかけて拾い集めたゴミを取り上げ、自分の宣伝のために河原に撒き散らす。これじゃあ、セクシーな奈央ちゃんが、あんな衣装を着て「害水大臣ケガレシア」を演じてる意味がない。ま、「消費者がやかましいから食の安全を徹底して行く」とか言ってる農水大臣もいるくらいだから、今の内閣こそが、この国を破滅へと向かわせている「ガイアーク」だと思うけど、この国に「炎神戦隊ゴーオンジャー」がいない以上、あたしたちマトモな有権者が政権交代させる以外に、次の世代の子供たちに誇れるニポンにする方法はないと思う今日この頃なのだ。


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大飯原発の亀裂、発見は4カ月前

「大飯原発の亀裂、発見は4カ月前」(世田谷通信)

大飯原子力発電所の3号機で発見された亀裂だが、その後の調べで、この亀裂自体は4カ月も前の今年4月に発見されていたことが分かった。大飯原発では、今年3月に定期検査を開始し、4月の時点でこの亀裂を発見した。当初は「深さ3ミリ程度の傷なので削り落せば問題ない」と判断したため、この亀裂部分を削る作業を開始した。しかし、この配管の肉厚74.6ミリのうち、約2割にあたる15.5ミリまで削っても亀裂が消えないため、今回の報告、報道になったということだ。原子炉に近く放射線量の高い配管部に原因不明の亀裂が発見されたのに、それを「削り落せば問題ない」として対処することにも疑問を感じるが、4カ月も発表されなかったことこそが問題であろう。仮に15.5ミリ削って亀裂が消えたとしたら、亀裂の原因も分からぬまま、何も発表されないまま、3号機の運転を開始していたのであろうか。(2008年8月17日)


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2008.08.16

グルジアで略奪を繰り返すロシア兵たち

「グルジアで略奪を繰り返すロシア兵たち」(世田谷通信)

激しい紛争が続いているロシアとグルジアは、欧州連合(EU)議長国、フランスのサルコジ大統領の仲介により、13日未明に停戦に合意した。しかしロシア軍は未だグルジアから撤退せず、非武装の民間人や他国のプレスに対して無差別の攻撃を続けている。またロシア兵による略奪も相次いでおり、グルジアの銀行の防犯カメラには、カラシニコフ(ロシア製の銃)で銀行のガラスを叩き割り、店内を物色してパソコンなどを運び出すロシア兵たちの姿が録画されていた。イラクやアフガニスタンで略奪やレイプや殺人を繰り返しているアメリカ兵と、まったく同じ心理なのだろう。一刻も早い「本当の停戦」が待たれる。(2008年8月16日)


「グルジアの銀行を襲うロシア兵たち」(防犯カメラの映像です)


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大飯原発の原子炉配管に深い亀裂

「大飯原発の原子炉配管に深い亀裂」(世田谷通信)

大飯原子力発電所(福井県おおい町)の定期検査で、3号機の配管に、過去に例のないほどの深い亀裂が発見された。これは原子炉容器と1次冷却系配管との溶接部の内側で、74・6ミリの厚さのうち15・5ミリの深さまで腐食による亀裂が入っていることが確認されたが、さらに深い可能性もあるという。関西電力では、亀裂部分を補強するなどの対策を打ち出しているが、この配管部は極めて放射線量の高い部分であり、近隣住民には不安が広がっている。(2008年8月16日)

http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20080816


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三尺玉より元気玉

明日、16日の土曜日は、楽しみにしてた地元の「世田谷区たまがわ花火大会」の日だ。ちなみに、多摩川をはさんで両側で揚げるんだけど、東京側が「世田谷区たまがわ花火大会」で、川崎側が「多摩川花火大会」っていう。で、今年は、モト冬樹のお兄さんのエド山口のバンド、「エド山口&東京ベンチャーズ」が打ち揚げ前の演奏をするんだけど、どこでどう間違ったのか、「今年の花火大会にはエド・はるみが来る!」ってウワサが広まっちゃって、地元の小学生たちがニワカに沸き立ってる。

サービス精神のあるエド山口さんだから、きっと、ステージに登場したトタンに、「皆さん、こんばんは!エド・はるみです!グーググー!」とか言いそうな気がするけど、子供たちの冷めたリアクションがナニゲに心配だ。でも、あたし的には、シマノのインストラクターでもあるエド山口さんのことはリスペクトしてるから、神崎すみれちゃん風の浴衣で、最前列から、「よっ!磯釣り師!」とか、「オナガメジナ!」とか、「絶妙のコマセワーク!」とか、「さとう珠緒にチヌを釣らせた男!」とかって声をかけてみる予定だ(笑)

それにしても、あたしが何よりも呆れ返るのが、本来は無料のハズの河川敷なのに、花火大会になるたびに、どっかの誰かが勝手に河川敷を区分けして、法外な値段でチケットを売ってることだ。4人掛けのテーブル席が2万円、河原にシートを敷いて座る席が1万2000円て、どう思う? 河原にシートを敷いて座るだけで1人3000円、イスに座ると1人5000円だなんて、ここは四谷のボッタクリバーか?って感じだ。それも、「多摩川」だから、「ボッタクリ・バー」じゃなくて「ボッタク・リバー」‥‥なんて細かいことまで言ってみたりする今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今どき、「メシ」のことを「シーメー」なんて言ったり、「タクシー」のことを「シータク」なんて言ったり、「六本木」のことを「ギロッポン」なんて言ったりするのは、トークが空回りばかりしてる鼠先輩くらいだけど、逆さ言葉がそのまま一般的になっちゃったものもある。たとえば、お寿司の「タネ」のことは「ネタ」って言うし、森田一義のことは「タモリ」って言うし、「場所代」のことは「ショバ代」って言う。

で、「ショバ代」って言えば、ずっと前には、多摩川の花火大会でも、開催日の何日も前からチンピラたちがやって来て、場所取りをしてた。もちろん、そのチンピラたちが花火を楽しむワケじゃなくて、その場所を一般の人たちに売って、「ショバ代」を稼ぐためだ。法律なんか関係ないホニャララ団にしちゃあ、あまりにもダサく見える「シノギ」だけど、数十メートル四方にも渡る広い場所を占拠して、その中をお芝居の桟敷席みたく区分けして、1区画を何千円なんてふうに売ってけば、あっと言う間に何十万円て稼ぎになる。

お花見の場合は、広い公園のいろんなとこに桜が咲いてるから、こんなアホらしいお金を払わなくても、どこだってお花見をすることができる。でも、花火大会の場合は、それも、観る場所が限られる川の花火大会の場合は、こうしたことが昔から行なわれてた。地方の場合は知らないけど、東京の場合は、隅田川の花火大会を始めとして、こうした違法行為が、半ば当たり前のこととして行なわれて来た。

そして、10年くらい前から、それぞれの自治体と警察とが一緒になって、こうした違法行為を締め出すようになって来た。多摩川の場合なら、チンピラよりも先に、地元の自治体が河川敷を占拠して、それを有料で販売するって方式だ。だから、ポイントとしては、「お金を儲ける」ってことよりも、「チンピラの排除」ってことのほうがメインの理由なワケだ。それなのに、この値段の高さは、異常としか言いようがない。


テーブル席 : 1テーブル(定員4名様)料金20,000円、販売予定数 : 500テーブル
シート席 : 1シート席(定員4名様)料金12,000円、販売予定数 : 1,000シート
イス席 : 1席(定員1名様)料金5,000円、販売予定数 : 1,500席


テーブル席もシート席もトックに完売しちゃってるけど、売り上げは、テーブル席が1000万円、シート席が1200万円、イス席が750万円で、合計で3000万円近くになる。そして、テーブルやイスやシートのレンタル料と人件費を引いたって、このうちの7割から8割はボロ儲けってワケだ。そして、何よりもワンダホーなのは、雨天中止になった場合だ。当日、雨が降って花火大会が中止になったら、このチケットは、「代金の9割を払い戻します」っていう恐るべきシステムになってるのだ。ようするに、チケット代の中から、テーブルやイスやシートのレンタル料を確保してて、もしも雨天中止になっても、主催者側は損をしないようになってるってワケだ。2万円もするチケットを買ったのに、雨で中止になったら、1万8000円しか返って来ないのだ。ある意味、ホニャララ団よりも悪質だ(笑)

ギャンブルにしたって、ホニャララ団がやってる違法の賭場に行けば、テラ銭は10%しか取られない。ようするに、あたしが1000円を賭けたとしたら、そのうちの100円がテラ銭として取られて、あたしは900円を賭けたことになる。だから、1000円を賭けて「2倍」になれば、2000円じゃなくて1800円が返って来る。だけど、競馬とかの国がやってる公営ギャンブルの場合は、このテラ銭が25%なのだ。つまり、あたしが1000円を賭けたとしたら、そのうちの250円がテラ銭として取られて、あたしは750円しか賭けたことにならないのだ。だから、「2倍」になっても、1500円しか返って来ない。

競馬の単勝のオッズを見ると、タマに、ものすごく人気のある馬の倍率が「1.0倍」なんて出てることがある。これは、ホントは「1.25倍」なんだけど、この「0.25」の部分が胴元にぶん取られちゃうから、馬券を買った人には賭けたお金しか返って来ないのだ。これまた、ある意味、ホニャララ団よりも悪質だ(笑)

‥‥そんなワケで、チンピラを排除するために自治体が河川敷を管理して有料化するって理屈は分かるけど、それなら、もっと良心的な値段でやるべきだろう。いくら何でも、たかが2時間弱の花火を見せるために、公共の土地である多摩川の河川敷を仕切って、1万円だ2万円だなんていう法外な値段で売りつけるなんて、あまりにもアコギだと思う。そして、何よりもムカツクのが、世田谷区に住んでるあたしには、この法外な値段のチケットを買う「優先権」があるのだ。ふざけんな!窓から観えるものに2万円も払えるか!

無料の花火を観るのに2万円だなんて、ハッキリ言って、取るほうも取るほうなら、払うほうも払うほうだ。挙句の果てに、そのチケットを定価よりも高くして、ヤフオクに出品する守銭奴まで出て来る始末。コイズミと竹中へーゾーが作った史上最悪の格差社会が、庶民の楽しみだった夏の風物詩である花火までをも蝕んで来て、お金持ちだけしか特等席で楽しめなくなるなんて、何ともセチガライ世の中になったもんだと思う。2万円も払わないと花火をいい場所で観られないなんて、兵庫のおじさんに言わせたら、「ア~ホ~か~?」って感じだ。

長年、地元に住んでるあたしは、花火の前の演奏の時だけ河原に聴きに行って、花火はマンションの屋上から観たり、他にも何ヶ所もビューポイントを持ってるから、ムダなお金を巻き上げられたり、人ゴミにもまれたりしなくても、何とか花火を楽しむことができる。だけど、「兵庫のおじさん」で思い出したけど、あたしの一番のビューポイントだった「兵庫島」は、そのすぐ前が有料化されちゃったセイで、近寄ることもできなくなった。

ちなみに、東京なのに何で「兵庫島」って名前なのかって言うと、今から650年前の南北朝時代に、この上流で戦った由良兵庫助(ゆら ひょうごのすけ)の斬り落とされた首が流れ着いた場所だからだ。詳しくは、去年の6月2日の日記、「紫陽花の涙」に書いてあるので、興味のある人は読んでみてちゃぶだい。

‥‥そんなワケで、あたしの楽しみにしてた「世田谷区たまがわ花火大会」だけど、今、天気予報を見たら、何だか怪しい雰囲気になって来た。東京周辺は、午後からお天気が急変するみたいなのだ。それも、単なる雨じゃなくて、「落雷、突風、竜巻、雹(ひょう)をともなった激しい土砂降り」だなんて言ってるから、花火どころの騒ぎじゃなくなるかもしれない。せっかく浴衣も用意してるから、できれば、花火の時間までにお天気が回復してくれるといいんだけど‥‥って、あたし1人くらいのパワーじゃ、「小雨」程度ならともかく、「落雷、突風、竜巻、雹をともなった激しい土砂降り」だなんて、こんな天変地異みたいなお天気を回復させるのなんてムリだから、ここはひとつ、2万円もするチケットを買っちゃった人たち全員で、「お天気にならないと2000円も損しちゃう~!」って思いながら、でっかい三尺玉‥‥じゃなくて、でっかい元気玉を作るしかないと思う今日この頃なのだ。


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2008.08.15

終戦していない「終戦の日」

今日は63回目の「終戦の日」です。

しかし、戦後60年以上が経過しても、沖縄は未だに植民地のような状況ですし、あたしたちの税金から莫大な予算がアメリカの人殺しのために献上され続けています。

つまり、事実上は「終戦」などしていないのです。

だから、今日は、63年前のことだけでなく、今、あたしたちの国が参加しているイラク戦争について、決して政府が伝えようとしない真実の姿を知って欲しいと思いました。

いつの時代も、戦争を始めるのは「大人たち」で、その犠牲になるのは「子供たち」です。

そして、この国に納税しているあたしたちは、全員が「加害者」なのです。

決して他人ゴトではないのです。


「憲法9条」を持ちながら、アメリカのイラク攻撃に無条件で賛成したコイズミ。

あの殺人鬼ブッシュでさえも、イラクに大量破壊兵器がなかったことを認めて謝罪したのに、未だ何の謝罪も説明責任も果たさずに、ノンキにボーリングを楽しんでいるコイズミ。

コイズミが犯した大罪の現実を良く見て欲しいと思います。


※目を覆いたくなるような映像ばかりなので、心臓の悪い人はご注意ください。でも、これが真実なのです。


「戦争あかん―イラク・放射能を浴びる子どもたち」 1


「戦争あかん―イラク・放射能を浴びる子どもたち」 2


「戦争あかん―イラク・放射能を浴びる子どもたち」 3


最後まで、真実から目をそらさずに観てくださった皆さん、この恐ろしい「劣化ウラン弾」が、ニポンにも「40万発」もあることをご存知ですか?

「きっこの日記」では、これまでに何度も訴えて来ましたが、戦争大好きなアベシンゾーが官房長官だった時に、沖縄の普天間基地への劣化ウラン弾の持ち込みを黙認したからです。

そのため、今でも、これほど危険で非人道的な「劣化ウラン弾」が、あたしたちの国に「40万発」も隠してあり、今後も「ニポン発」として世界の子供たちを殺すために発進して行くのです。


ベトナム戦争の時も、「枯れ葉剤」を積んだアメリカの爆撃機は、沖縄から飛び立って行ったのです。

湾岸戦争の時も、「劣化ウラン弾」を積んだアメリカの輸送機は、沖縄から飛び立って行ったのです。

ベトナムやイラクの人たちから見たら、このニポンはどんなふうに見えるでしょうか?


沖縄で平和を創るための座り込みを続けているオジィやオバァたちは、みんな口を揃えて言っています。

「これ以上、沖縄を加害者の島にしておけない」と‥‥。


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ハイカラきっこが通る

ものすごく遅ればせながら、ようやく、「サクラ大戦」のアニメをぜんぶ観た。「エヴァンゲリオン」の時は、テレビ版と劇場版だけだったから、そんなに大変じゃなかったし、そんなに難しくなかったんだけど、「サクラ大戦」の場合は、OVA版が2シリーズの他に、テレビ版、劇場版、別のメンバーが出て来るパリとニューヨークのOVA版もある。それで、パリとニューヨークのは最悪につまんないから、最後のほうは「楽しみ」じゃなくて「義務」みたいな感じで観てた。その上、OVA版とテレビ版とでキャラの設定や性格が違ってたり、光武のデザインが違ってたり、ストーリー上のツジツマが合わなかったりで、これは、「機動新撰組 萌えよ剣」よりも酷かった。

まあ、もともとはゲームで、そこから作られたアニメなんだから、ツジツマが合わないのはジンジャエールなんだけど、ぜんぶを観た上であたしが感じたのは、「サクラ大戦」て、思いっきり「はいからさんが通る」の時代設定をトレースしてるってことだった。もちろん、ストーリーとかはぜんぜん違うので、パクリとは言えないけど、真宮寺さくらのお振袖と袴は花村紅緒の衣装の色違いなだけだし、花村紅緒が自転車に乗るとこも、竹刀を振り回すとこも、すべて真宮寺さくらに受け継がれてる。そして、何よりのポイントが、「少尉」だ。

「サクラ大戦」の大神一郎は「海軍」の少尉で、「はいからさんが通る」の伊集院忍は「陸軍」の少尉なので、そうした細かい部分は違うけど、「少尉に想いを寄せる」っていう基盤がソックリなのだ。そして、そう考えて「はいからさんが通る」を観直すと、伊集院少尉がシベリアに出兵して記憶喪失になるシーンでは、マリア・タチバナのシベリアの回想シーンが重なるし、他にも、数えきれないほどイメージが重複するシーンがあることに気づく。たとえば、「はいからさんが通る」のアニメのタイトルをいくつか抜粋してみると、「浅草どたばたオペラ」「命みじかく悩み果てなく」「散る花咲く花恋の花」「嗚呼!大正ろまんす」‥‥って感じで、このまま「サクラ大戦」の各話のタイトルにしても、誰も気づかないと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、「サクラ大戦」を制作するにあたって、「はいからさんが通る」を参考にしたかどうかは分からないけど、あまりにも似てる部分が多すぎる。まあ、「はいからさんが通る」は「大正時代」だし、「サクラ大戦」も「大正時代」をモチーフにした「太正時代」だから、登場人物の服装や街の風景が似てるのは当然だと思うけど、それにしても、「ちょっと、これはマズイんじゃないの?」とか、「サスガにこれは偶然の一致とは言えないよね?」とかって感じる部分が多すぎる。

ただ、救われてるのが、「サクラ大戦」の場合は、電気の代わりに「蒸気」を使ってる架空の世界のお話だから、街を走る自動車も「蒸気自動車」だし、ラジオも「蒸気ラジオ」だし、すべてが蒸気で動いてるから、そうした部分が「はいからさんが通る」とは大幅に違ってる。だから、仮に、「はいからさんが通る」を参考にしたとしても、それは、服装や建物や家具などのディティールと、「少尉に想いを寄せる」って部分くらいなので、ギリギリセーフって感じがする。あとは、伊集院少尉、蘭丸、冬星と、紅緒の周りに次々と現れる美男子の嵐って設定を男女反対にすれば、花組の女の子たちに囲まれてる大神少尉って設定になるけど、男女の比率を偏らせるってのはストーリー作りの王道だから、これは参考にしたワケじゃないと思う。

で、いろいろとツジツマが合わなくても許される「サクラ大戦」とは違って、時代設定に基づいてキチンと描かれてないと都合が悪い「はいからさんが通る」のほうは、驚くほどキチンと描かれてる。サスガ、歴史に造詣が深く、取材や資料集めからネームや作画に至るまで、すべてが丁寧な大和和紀大先生の代表作だけのことはある。30年も前のマンガなのに、未だにまったく色あせてないどころか、最近のテキトーなマンガなんかとは、比べ物にならないほど水準が高い。

たとえば、タイトルにもなってる「ハイカラ」って言葉だけど、この言葉が流行してたのは、明治30年代から大正中期までで、大正末期には廃れてた。だから、このマンガが、おんなじ大正時代でも、中期から末期を舞台にしてたら、「すでに廃れてる流行語を使ってる」ってことになってた。でも、こうした設定をキチンとやる大和和紀大先生は、そんなミスはおかさない。紅緒は明治34年の生まれで、最初に登場した時は17才って設定だから、大正6年からのストーリーってことになる。つまり、「ハイカラ」って言葉が、もっとも流行してたころのお話なのだ。

ちなみに、この「ハイカラ」ってのは、「ハイ・カラー(高い襟)」が語源の造語だ。軍人の軍服以外は、まだまだ和服が主流で、洋服を着ることが珍しかった時代に、さらに高い襟の洋服を着るってことは、「西洋の文化をいち早く取り入れてる人」「すごく進んでる人」ってことだった。そして、それが転じて、たとえば紅緒のように和服を着てても、当時は女性が乗ることが珍しかった自転車に乗ったり、それまでのニポン女性としてのタブーを平気で破っちゃうような女の子は、立派な「はいからさん」だったってワケだ。

‥‥そんなワケで、この「ハイカラ」って言葉が、いつころまで流行してのかっていうと、さっきも書いたけど、大正時代の中期までだ。そして、大正末期には、まだ言葉自体は使われてたけど、それは流行語として使われてたんじゃなくて、流行に鈍感な一部の人たちが、もう廃れてることに気づかずに、周りを寒くさせながら使ってたって感じだったようだ。女子高生が誰も「チョベリバ」なんて言わなくなったころに、サラリーマンが得意顔で「チョベリバ」を連発して周りを寒くさせてたような感じなんだろう。このことは、明治23年生まれの小説家、岸田國士(くにお)が、大正15年に発表した「ハイカラといふこと」というエッセイの冒頭で、次のように書いてる。


近頃の若い人達は、もうこんな言葉は使はないかもしれないが、それでも、言葉そのものは、まだなくなつてはゐない。「あの男はハイカラだ」といへば、その男がどういふ風な男であるかは問題ではなく、寧ろ、さういふことをいふ人間が、どんな人間であるかを知りたいほどの時代になつてゐるのかもしれない。


この一節を読めば分かるように、大正15年の時点では、流行に敏感な若者は、もう「ハイカラ」なんて言葉を使わなくなってた。そして、まだ「ハイカラ」という言葉を使う人はいたけど、それは、流行に鈍感な一部の人くらいで、使った人のほうの見識を疑う‥‥とまでは言ってないけど、そんなニュアンスのことを言ってる。ちなみに、この岸田國士は、岸田今日子のお父さまで、岸田森のおじさんにあたる人だ。こんな解説をしちゃうと、岸田今日子と岸田森が親戚同士で共演してた「傷だらけの天使」を思い出しちゃうけど、今は2人とも故人だと思うと、時の流れを感じたりもする。

で、話はクルリンパと戻って「ハイカラ」だけど、「チョベリバ」から「チョベリグ」が生まれたように、流行語ってものは、大流行すると類似語が生まれる場合が多い。そして、この「ハイカラ」からも、「バンカラ」って言葉が生まれたのだ。漢字で書くと「蛮カラ」ってワケで、「野蛮」の「蛮」だ。つまり、オシャレな「ハイカラ」に対して、流行などまったく気にもしない野蛮で粗野な人のことを「蛮カラ」って呼んで、反対語にしたってワケだ。「蛮カラ」の「カラ」は、別に「カラー(襟)」とは無関係で、単なる語呂合わせをしただけのものだったから、あとからアテ字で「蛮殻」とも書かれるようになった。それで、この言葉がどんなふうに使われてたのかって言うと、大正元年に新聞に連載された夏目漱石の小説、「彼岸過迄(ひがんすぎまで)」の中に、こんなシーンが出て来る。


「えらい物を着込んで暑かありませんか」と叔父が聞いた。「暑くったって脱ぐ訳に行かないのよ。上はハイカラでも下は蛮殻なんだから」と千代子が笑った。高木は雨外套(レインコート)の下に、直に半袖の薄い襯衣(シャツ)を着て、変な半洋袴(ハンズボン)から余った脛(すね)を丸出しにして、黒足袋(くろたび)に俎下駄(まないたげた)を引っかけていた。


ぜんぶ説明すると長くなっちゃうので、このシーンだけを説明するけど、これは海辺の岬のとこでの会話だ。アメリカ帰りの高木が、アメリカだと女性の前でだらしないカッコができなくて大変だったけど、ニポンに帰って来たらどんなカッコでも文句を言われなくてラクチンだってことで、こんなカッコで海までやって来たってワケだ。で、この文脈から分かるのは、オシャレのことを「ハイカラ」、オシャレに無頓着なことを「蛮殻」って言って、完全に反対語として使ってるってことだ。つまり、この「バンカラ」って言葉が生まれた当初は、決して「男らしい」とか「カッコイイ」とかって意味じゃなくて、「ダサイ」とか「下品」とかって意味で使われてたのだ。だけど、前出の岸田國士の「ハイカラといふこと」の中には、次のような記述がある。


便宜上、「蛮カラ」といふ言葉をもつて来よう。この言葉は、たしかに、「ハイカラ」の正反対を指すものである。よい意味にも、悪い意味にも、――いや、この言葉は、それほど悪い意味に使はれてゐない。寧ろ、「ハイカラ」を軽蔑する場合に、「蛮カラ」がいかに昂然とその「美風」を誇つてゐることであらう。素朴、恬淡、磊落(らいらく)、質実、剛健、超俗‥‥等々の美点にさへ似たものであるとされてゐる。それはそれでいい。「蛮カラ」とは、何れにしても、細節に拘泥せず、我武者羅であり、悪くいへば「野暮」であり「殺風景」であるが、時として、それを知りながら、わざとさうであることを努める。弊衣破帽、辺幅を飾らざる東洋豪傑趣味である。


‥‥そんなワケで、これは、まさしく、現在の「バンカラ」の意味そのものだと思う。つまり、大正元年の夏目漱石の「彼岸過迄」では、単に「オシャレに無頓着」って意味で使われてた「バンカラ」が、それから15年後の大正末期までの間に、ジョジョに奇妙に解釈が変化してったって考えるのが妥当だろう。そして、「バンカラ」の意味が、単なる「ダサイ」から、岸田國士の言うような「質実剛健」で「東洋豪傑趣味」へと変化するに従って、それまでは最先端のオシャレさんを指してた「ハイカラ」のほうは、「キザ」とか「軽薄」とかっていうマイナスの意味でも使われるようになってったってワケだ。

その結果、最初に生まれた「ハイカラ」のほうが先に廃れてしまい、オマケで生まれた「バンカラ」のほうが、後まで生き残ることになった。昭和初期には使われなくなった「ハイカラ」とは逆に、「バンカラ」は、小説やマンガ、アニメなどの世界で生き続けて来た。たとえば、「ハリスの旋風(かぜ)」の石田国松とか、「夕やけ番長」の赤城忠治とか、「男一匹ガキ大将」の戸川万吉とか、「嗚呼!花の応援団」の青田赤道とか‥‥って、青田赤道はリトル路線が違うけど、とにかく、こうしたジャンルの人たちだ。

そして、一風変わったとこでは、女装してセーラー服を着てるけど「バンカラ」な、「おいら女蛮(スケバン)」の女蛮子(すけ ばんじ)なんてのもいる。どんなに男っぽくても、性別が女性だと「バンカラ」とは呼ばないけど、「おいら女蛮」の場合は、「バンカラ」な男の子が、ある事情で女学園に通うことになる‥‥って設定のマンガだから、天才、永井豪大先生は、最初から、「バンカラと言えば学ランがトレードマークだから、あえてそれをセーラー服でやってみよう」って発想でスタートしたんだと思う。

とにかく、「バンカラ」の基準は、まずは「男性」であること、基本的には「学ラン」を着てること、ケンカはするけど曲がったことは大嫌いで、広い目で見ると正義の味方の部類に入ること、あとは、恋愛には純情で、恋愛よりも友情を大切にするとか、そんな感じのジャンルを「バンカラ」って呼ぶようになった。まあ、ヒトコトで言えば、「漢」て書いて「おとこ」って読ませるようなノリの世界なんだと思う。

そして、それをキチンと箇条書き的にマトメたのが、かまやつひろしの「我が良き友よ」だろう。まあ、作詞したのは吉田拓郎だけど、「下駄を鳴らして奴が来る、腰に手拭いぶらさげて、学生服に染み込んだ、男の匂いがやって来る」っていう出だしの歌詞から、「下駄」「手拭い」「学生服」っていうファッションアイテムが明確になってるし、「古き時代と人は言う、今も昔とオレは言う、バンカラなどと口走る、古き言葉と悔やみつつ」って歌詞から、かまやつひろしが歌ってた、30年以上も前の昭和50年当時でさえ、すでに「バンカラ」が懐古趣味的な絶滅危惧種だったってこともうかがえる。

‥‥そんなワケで、「ハイカラ」から派生した「バンカラ」って言葉は、結果として、もともとの「ハイカラ」よりも生き長らえたワケだけど、「ハイカラ」のほうはと言えば、昭和後期になって、大正時代を振り返る時のキーワードのひとつとして多様されるようになった。それが、大和和紀大先生の名作、「はいからさんが通る」であったり、小泉今日子の「渚のはいから人魚」であったりしたワケだ。ま、この時代の小泉今日子の場合は、小泉今日子の後ろの人たちが、「ヤマトナデシコ七変化」だの「艶姿ナミダ娘」だのって、深い考えもなしに「ちょっと前の和風のキーワードを使う」っていう安易な手法を乱発してただけだけど。

そして、この「ハイカラ」が「大正ロマン」を象徴する流行語だとすれば、モダンボーイを略した「モボ」、モダンガールを略した「モガ」は、昭和初期の「昭和モダン」を象徴する流行語ってことになる。つまり、時代が大正から昭和へと移り変わる時には、世の中の流行も「ロマン」から「モダン」へと変化してったってワケで、これは、漠然とした「西洋文化への憧れ」から、「最新のものを取り入れる」ってことに価値観が変わったからだと思う。簡単に言えば、独特の味わいがあるのが「大正ロマン」で、新しくて便利だけど深みがないのが「昭和モダン」てとこだろう。だから、あたしとしては、やっぱ、「大正ロマン」の「ハイカラ」のほうが好みってことになる。で、最後に、ちょっと長くなるけど、岸田國士の「ハイカラといふこと」の中のとっても素晴らしい部分を紹介させていただく。


「ハイカラ」に似て、実は全く異つたものに、かの「粋」がある。これは、「ハイカラ」の幾分超国境的なるに対し、純粋に民族的なるところ、局地的なるところ、一つの著しい特長であるが、従つて、一方の進歩的、個性的なるに対し、これは保守的で、しかも常に伝統的である。故に言葉は変であるが、「日本風なハイカラ」と「西洋風な粋」があり得ることを知らなければならぬ。言ひ換へれば、ハイカラな日本趣味、粋な西洋趣味が同時に存在するのである。もう一歩進めていへば、ハイカラな西洋趣味と粋な西洋趣味とは違ふのである。ハイカラなある西洋人が好んで東洋風の趣味を漁るなどといへば、一寸をかしいが、さういふこともいへないことはない。ハイカラな家庭といへば、必ずしも、夫婦が一緒に手をつないで散歩し、子供に、「パパ」「ママ」と呼ばせ、‥‥などする家庭のことをいふのではなからう。ハイカラな文章といへば、必ずしも片仮名の英語が交り、何々するところのそれは‥‥といふやうな翻訳臭があり、などする文体を指してはゐまい。「ハイカラ」とは、気がきいてをり、あかぬけがしてをり、軽快であるばかりではない。それは常にもつとも「理知的な眼」を意味する。そこでは、常に、「溌剌たる才気」がもつとも「約(つゝ)ましい姿」を見せてゐる。「ハイカラ」とは、また、自由な均整であり、聡明な型破りであり、節度あるフアンテジイであり、要するに、一つのもつとも洗煉された反逆的精神である。「ハイカラ」が模倣と流行を敵とする所以はここにある。「粋」が陰性なるに付し、「ハイカラ」はあくまで陽性なることも注意すべきであらう。一口に「さばけて」ゐるといふが、粋な「さばけ方」とハイカラな「さばけ方」とでは、格段の差がある。


‥‥そんなワケで、あまりにも的確で、あまりにも完璧で、あたしは完全にやられちゃったワケだけど、これを読んでようやく分かったことは、「ハイカラ」って、松尾芭蕉の言ってた「不易流行(ふえきりゅうこう)」のことだったってことだ。それなら、もう20年も前から実践してることだから、あたしって、知らないうちに「はいからさん」だったんだ! やったぜ、ラッキー!‥‥とか言ってみつつも、あたしの周りには、少尉や冬星さんみたいなステキな王子様なんか1人も現れないし、蘭丸みたいな美しい男性も現れないし、それどころか、「きっこの日記R」で赤裸々に告白したような正反対の男しか現れない。だから、あたしって、自分では「ハイカラ」だと思ってても、実は「バンカラ」だったのかもしれないと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.08.14

大田農水相クエスト(笑)

大田農水相クエスト(笑)



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芸教分離の法則

つかこうへいの「幕末純情伝」、大好きな真琴つばささんが、それも男役で坂本竜馬を演るから、あたしのハートの内角高めにバシッとストライクなのに、激しく残念なことに、主役の沖田総司をナンミョーの広告塔の石原さとみなんかが演るから、気持ち悪くて死んでも観に行けない。ナンミョー本部の職員の父と、ナンミョー新聞社の中西治雄・元専務理事の秘書をつとめてた母との間に生まれ、池田大作から本名の「国子」を命名された上に、ナンミョー中学、ナンミョー高校を経て芸能界にデビューした石原さとみは、骨の髄までナンミョーに汚染されたナンミョーの広告塔だからだ。あー気持ち悪い。

なんたって、NHKの大河ドラマ「義経」で静御前の役に抜擢された時なんか、石原さとみは誰よりも先に池田大作のとこへ報告に行ったそうだ。あー気持ち悪い。ちなみに、大河ドラマ「義経」は、石原さとみの他にも、主役の義経役に滝沢秀明、うつぼ役に上戸彩って、真性ナンミョータレントだらけの気色悪いキャスティングだったけど、この裏ではナンミョーの根回しが炸裂してて、視聴率を上げるために、全国のナンミョー信者が一丸となって協力したって言われてる。あー気持ち悪い。

こんなにも気持ち悪いナンミョー洗脳タレントなんかが主役じゃ、どんなに観たいお芝居や映画にも足を運べない。だって、かつての「ナンミョーテック」のライブ会場や、「氷川きよし」のコンサート会場や、「大森隆志がいたころのサザンオールスターズ」のライブ会場みたく、客席のアチコチに例の不気味な三色旗を持った工作員が散らばってて、空気中にナンミョー電波やナンミョー放射能をバラ撒いてそうだからだ。これとおんなじで、「幕末純情伝」だって、石原さとみが主演てことで、客席のアチコチにナンミョー信者が潜んでそうで、気持ち悪いったりゃありゃしない。

「BOOK OFF」に足を一歩踏み入れた瞬間に感じる、あの異様な雰囲気。頭がおかしいんじゃないかと思えるほどの大ゲサな笑顔で、異常なテンションで対応して来る店員たち。あれこそが、ナンミョー企業特有の空気感で、本人たちは「普通」だと思い込んでるけど、あたしから見ると久本オーラが全開の気持ち悪さだ。だから、あたしは、「BOOK OFF」のことを「FUCK OFF」って呼んでる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、もしも「幕末純情伝」を観に行く人がいたら、開演前に客席の照明が消えてシーンとなった瞬間に、「池田大作のブタ野郎!」って叫んでみると、きっと大変なことになると思うから、生きて帰って来たければ、そんなことは絶対にしないように‥‥なんてことも念を押しときつつ、9月に公開される石原さとみが主演の「フライング・ラビッツ」っていう映画も、他の出演者もナンミョーだらけで、ナニゲに「FUCK OFF」の店内とおんなじ異様な雰囲気を感じる。

今までも書いて来たけど、あたしは、ナンミョー信者をすべて嫌ってるワケじゃない。一般の信者の多くは、悪質な勧誘に騙されて洗脳させられた「被害者」なんだから、そうした人たちのことは気の毒だと思ってる。1日も早く目を覚まして、あんなカルト教団なんかから足を洗って欲しいと願ってる。だけど、それがタレントの場合だと、ずいぶん違って来る。ナンミョーの場合は、ナンミョータレントを信者集めのための広告塔として利用してるし、選挙になれば「政教分離の法則」を完全に無視して、ナンミョータレントたちにナンミョー党の候補者の応援をさせてる。これは、どう考えても、憲法の「宗教の自由」を逸脱した行為だ。

憲法に書かれてる「宗教の自由」ってのは、自分が信仰することに対する「自由」を謳ってるのであって、タレントとしての知名度を利用して、自分の信仰する特定宗教の政治班である特定政党への票集めを手伝うというのは、完全に憲法違反だ。世の中には、コイズミが連呼したペテンに騙されて自民党なんかに投票しちゃうような人たちもいるんだから、テレビに出てる有名なタレントが自分の町まで来て、選挙カーの上で応援演説をすれば、それに影響されて投票しちゃうような人だっているだろう。

たとえば、あるタレントや有名人が、何かの宗教をやってても、その宗教と何の癒着もない政党や候補者の応援演説をするなら、何も問題はない。だけど、ナンミョー信者のタレントが、ナンミョーというカルト教団の政治班であるナンミョー党の候補者の応援演説をするってことは、誰がどう見たって「政教分離の法則」を無視した行為である上に、自分の知名度を悪用したアルマジロ行為でもある。

‥‥そんなワケで、あたしは、たとえタレントでも、仕事上の付き合いで仕方なくナンミョー新聞をとってるような人たちや、レギュラー番組を持ちたいがために仕方なく入信したような人たちに対しては、そんなに毛嫌いはしてない。競争の激しい芸能界で生き抜いてくためには、ナンミョー先輩やナンミョーディレクターのゴキゲンをうかがわなくちゃならない場合も多いからだ。こうしたタレントたちも、一般の信者たちと似たようなもので、ある意味、「被害者」だからだ。

そして、あたしが嫌ってるのは、久本雅美や岸本加世子をはじめとした「加害者」のほうだ。タレントとしての自分の知名度を悪用して、テレビ局でも誰彼かまわずに勧誘してまわり、定期的にナンミョー講演会に出席して客寄せの広告塔をつとめ、選挙になればナンミョー党の応援に駆けまわり、生活すべてがナンミョー中心の「加害者」たちだ。

「ナンミョーテック」のチビも、AIを騙して入信させたあと、次は伊藤由奈のことも騙して入信させたみたいで、伊藤由奈はナンミョー企業の「伊藤園」のCMにまで出ちゃう始末。あたしは、こういうのが大っ嫌いだ。「ナンミョーテック」のチビが、自分ひとりで朝でも晩でも「ナンミョ~ホ~レンソ~」ってお題目をあげてるだけなら、それこそ「宗教の自由」だし、死ぬまで勝手にやってりゃいい。だけど、コイツの場合は、自分のライブに来た一般のファンから、AIや伊藤由奈のようなシンガーまで、誰彼かまわずに勧誘して、次から次へと世の中を汚染して行く「加害者」なのだ。

そして、最初からナンミョーの広告等にするために、ナンミョーのブレーンが集結して作り出したアイドル、それが、石原さとみなのだ。石原さとみは、ナンミョー高校に通ってたころから、ホリプロのタレント養成スクールである「ホリプロ・インプルーブメント・アカデミー」でレッスンを受けてた。それなのに、一般公募の「ホリプロ・タレントスカウトキャラバン」に出場して、優勝して、デビューした。これほどのデキレースは前代未聞だろう。アイドルになりたくて、マジメに一般公募で応募した子たちが気の毒だ。

‥‥そんなワケで、ホリプロにしても、ジャニーズ事務所にしても、政治的に大きな力を持つナンミョーとは手を組まないと稼げないんだろうけど、あたしから見ると、これまた「政教分離の法則」ならぬ「芸教分離の法則」を無視した行為で、気持ち悪いったりゃありゃしない。何しろ、NHKから民放まで、どんな時間にどこのチャンネルをつけても、ものすごい確率でナンミョータレントが出てて、画面から洗脳電波を撒き散らしてるんだから、もはやニポンのテレビ自体が、「FUCK OFF」の店内とおんなじ異様な雰囲気になっちゃったと思う今日この頃なのだ。


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2008.08.13

防弾しない防弾ブラ

オトトイの日記、「攻撃は最大のブラジャーなり」で取り上げたドイツの警察の「防弾ブラジャー」について、何人かの人から、「あれはブラジャー自体に防弾機能があるわけじゃない」っていう指摘のメールがあった。教えてくださった皆さん、どうもありがとう♪

で、どんなことなのかって言うと、市販のブラをつけた上に防弾チョッキを着てると、ピストルで撃たれた場合に、銃弾は防弾チョッキで食い止められるけど、その衝撃で、ブラのワイヤーやストラップの金具などが体に強く当たり、それでケガをするケースがあった。そのため、防弾チョッキの下につけててもケガの恐れがない、ワイヤーや金具などをいっさい使ってないブラを支給した‥‥ってことだったのだ。その記事をもう一度掲載する。


「ドイツ警察、女性警察官に『防弾ブラ』支給へ」(ロイター)

ドイツの警察では、女性警察官に「防弾ブラジャー」を支給することになった。このブラジャーは、白色の木綿地に「警察」と書かれており、防弾チョッキを着用する女性警官の護身の補強が目的。同国北部ハノーバー市の警察のスポークスマンは「防弾チョッキの下に金属部品を付けた普通のブラジャーを着用している女性警察官はやや安全上問題があった」とコメント。その上で「もしも防弾チョッキに投射物が命中した場合、下に着用したブラジャーの金属部分への衝撃で負傷する可能性があった」と、今回の「防弾ブラ」採用の理由を説明した。今後、ドイツ連邦警察に従事する約3000人の女性警官に対し、見た目はスポーツタイプで金属部品を使っていない、この「新型ブラ」を支給する予定。(2008年8月6日)


‥‥う~ん、そう説明されれば、そう読みとれないことはないけど、何も知らずにこの記事だけを読んだら、果たして正確に伝わっただろうか? 何の予備知識もなく、この記事だけを読んだら、「それだけじゃ完全な防弾効果はないけど、防弾チョッキと併用することによって、さらに強度が増し、銃弾の衝撃によるケガを防ぐこともできる機能を持ったブラジャー」って思うだろう。だって、ハッキリと「護身の補強が目的」って書いてあるし、何よりも、この「防弾ブラジャー」って名称が誤解を招くと思う。正しくは「防弾チョッキ用ブラジャー」って書くべきで、こう書いてあれば、誰も誤解なんかしなかったと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この記事を書いた人自身が、原文をよく理解しないまま翻訳したのか、それとも、文字数の制限とかで、仕方なく分かりずらい表現を余儀なくされたのか‥‥ってことが気になったので、あたしは、ロイターの原文の記事を探して読んでみた。


「German police women get "bullet-proof bras"」

BERLIN (Reuters) - Thousands of German police women will receive what media have labeled "bullet-proof bras".
Made of white cotton and featuring the word "Polizei" (Police) along the seam, the bras are meant to better protect police women who wear bullet-proof vests.
"There was a slight safety risk for women wearing normal bras with metal parts underneath a bullet-proof vest," a police spokesman in the northern city of Hanover said.
"If the vest is hit by a projectile, this can have an impact on the metal bit in the bra underneath and cause injuries."
Some 3,000 police women working for Germany's federal police will be equipped with the new bras which feature no metal parts and look like sports bras, the spokesman said.

http://www.reuters.com/article/newsOne/idUSL567727920080805


なんじゃこりゃ~! 原文にもハッキリと「bullet-proof bras(防弾ブラ)」って書いてアルジャジーラ!‥‥ってなワケで、ザッと直訳すると、こんな感じだ。


「ドイツの婦人警官は『防弾ブラ』をゲットします」

何千人ものドイツの婦人警官は、「防弾ブラ」と呼ばれるブラジャーを支給されることになった。それはホワイトコットン製で、「Polizei(警察)」と書かれており、防弾チョッキを着用する婦人警官をより良く保護するためのものである。「防弾チョッキの下に金属の部品のついた通常のブラジャーを着用していると、安全上わずかなリスクがあった」と、ドイツ北部のハノーバー市の警察のスポークスマンは言った。「防弾チョッキに発射物が当たった衝撃で、その下のブラジャーの金属の部品がケガの原因になることがあった」ドイツの警察に勤務している約3000人の婦人警官は、この新しいブラ(金属の部品を使用していない、スポーツブラに似たもの)を支給される。


‥‥そんなワケで、この原文の記事をニポン語に訳した人は、ただ単に「直訳」しただけで、文字数の制限のために短くマトメたワケでもなければ、分かりやすくするために工夫したワケでもなかった。まるで自動翻訳機か何かで訳したかのごとく、英文で書かれてたことをそのままニポン語に「直訳」しただけで、そこには、「少しでも分かりやすく伝えよう」とか「誤解を招く表現は回避しよう」とかって考えは皆無だったのだ。

だって、もしもあたしが担当者だったら、この「直訳」じゃ誤解されると思うから、最低でも「防弾ブラジャー」を「防弾チョッキ用ブラジャー」って書くし、「the bras are meant to better protect police women who wear bullet-proof vests.」の部分を「防弾チョッキを着用する女性警官の護身の補強が目的」だなんて訳さない。「meant to better protect」は「より良く保護する」であって、決して「護身の補強」とは訳さない。だって、根本的に意味が違っちゃう上に、ヨケイに誤解させちゃうからだ。

だけど、これを単に「英語力の低い人が担当した」って考えるのはシロートだと思う。この人だって、こうしたお仕事をしてる以上、ある程度以上の英語力も国語力もあるだろうから、絶対に「防弾チョッキ用ブラジャー」って書いたほうが誤解されないってことくらい分かってたハズだ。じゃあ、何でこんな書き方をしたのかって言えば、それは、誤解させることが目的だったからだとしか思えない。つまり、「防弾チョッキ用ブラジャー」って書くよりも、「防弾ブラジャー」って書いたほうが、より多くの人が記事に興味を示すから、意図的にそうした疑いがあるってことだ。

その上、原文にも「bullet-proof bras」って書いてあったんだから、少なくともウソを書いたことにはならない。原文に「The bras for bullet-proof vests」って書いてあったんなら、「防弾チョッキ用ブラジャー」って訳さないとウソになるけど、原文自体が誤解を招くような表現を使ってるんだから、それを「直訳」した人は、「不親切でセンスの悪い訳だな」とは思われるけど、何の責任も生じない。つまり、仮に読者から「あんな書き方をするから誤解したじゃないか!」ってクレームが来たとしても、「私は原文を忠実に直訳しただけですから、文句は原文を書いた人に言ってください」って責任転嫁ができるワケだ。

で、ホントなら、この場合は、「責任転嫁」とは言わない。だけど、あたしは、この記事を訳した人が、「これは『防弾チョッキ用ブラジャー』って訳さないと誤解されちゃうけど、記事としての注目度を高めるためにも、ここはあえて誤解されるように『防弾ブラジャー』のままで行こう!」って考えたって推測したので、いくら原文に忠実な直訳でも、翻訳者としての最低限の責務を果たしてないってことから、ワザと「責任転嫁」って言ってみた。いくら自分に責任が生じないように立ちまわっても、それが故意であれば、法的な責任は生じなくても、プロとしての責任が生じるって見解からだ。

‥‥そんなワケで、新聞よりもネットのニュースをよく読むあたしとしては、ついついタイトルに騙されちゃうことがある。ネットのニュースの場合は、たいてい13文字くらいにタイトルをマトメてて、それをクリックすると本文が読めるようになってるんだけど、ネットニュースを専門にしてる低俗な配信元とかは、「いかにクリックさせるか」ってために、詐欺みたいなタイトルをつけてることが多い。

たとえば、「ファンの裏切りでキンキ号泣」って芸能記事のタイトルを見れば、キンキキッズのファンじゃなくても興味を示すだろう。あたしみたく、キンキキッズが大っ嫌いな人でも、「何があったのかな?」って思って、ついクリックしちゃう。そうすると、「キンキキッズのコンサートで、ファンたちがメンバーのお誕生日を祝うサプライズを行ない、メンバーが感激して泣いた」っていう記事だった。だから、タイトルにウソはないんだけど、オレオレ詐欺に引っかかったような気分になっちゃう。

こないだも、おちまさとさんが結婚したって芸能記事があったんだけど、普通に「おちまさと氏が結婚」てタイトルにしても、多くの人は興味を示さないと思ったみたいで、「芸能界のあの有名人が結婚」てタイトルになってた。ようするに、「おちまさと氏が結婚」てタイトルだと、そのタイトルだけで「あっそう」って思って終わっちゃうけど、「芸能界のあの有名人が結婚」てタイトルなら、多くの人がクリックして記事を読むってことなのだ。

まあ、こういうのもひとつの作戦だから、タイトルに釣られてクリックしても、記事を読んでホントのことが分かれば、「そうだったのか」ってことになる。ムカツクことはムカツクけど、「うまいタイトルを考えたもんだな」って気持ちもあるし、わずか数十秒のことだから、アトを引くほど悔しくはならない。だから、今回の「防弾ブラジャー」の記事にしても、タイトルは「女性警察官に『防弾ブラ』支給へ」で何も問題はなかった。このタイトルに釣られて思わずクリックしても、記事にはちゃんと「防弾チョッキ用ブラジャー」って書いてあれば、「そうだったのか」ってことになってた。だけど、今回の記事は、タイトルだけじゃなくて、記事までもが誤解を招くような書き方だったから、あたしはミゴトに騙されちゃったってワケだ。

‥‥そんなワケで、とにかく、あたしが「防弾ブラジャー」だと思ってた「防弾ブラジャー」は「防弾ブラジャー」じゃなかったってワケで、その上に防弾チョッキを着ないと意味がない単なる「スポーツブラ」だったってワケだ。だから、あたしの護身計画は、イチから考え直さないとダメになった。だけど、ドイツの警察でさえも開発してない「防弾ブラジャー」を一般の下着メーカーが開発するワケなんかない‥‥って思ったのもトコノマ、ニポンには、とんでもないバカ・ブラジャーを次々と作り出してる「トリンプ」があった! それに「トリンプ」って、もともとはドイツで生まれたメーカーなんだから、ドイツの防弾技術を盛り込むことも可能かもしれない。だから、「トリンプ」の関係者の皆さん、次のバカ・ブラジャーは、ぜひ、「防弾ブラジャー」にして欲しいと思う今日この頃なのだ。


「トリンプのバカ・ブラジャー列伝」
http://homepage1.nifty.com/SiteK4/tri/


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2008.08.12

アキちゃんの軌跡

8月7日の日記、「アキちゃん、ありがとう♪」にも書いたし、ヴィジョンファクトリーも公式リリースを出したし、玲奈ちゃんもコメントを出したし、りっちゃんもコメントを出したし、もう、何も言うことはないので、最後に、アキちゃんが参加してくれてからのPVのダイジェスト版をご紹介しMAX♪

アキちゃん、ホントにホントに6年間ありがとう!
サイコーに愛してるよ♪


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落語家の月亭可朝、ストーカーで逮捕

「落語家の月亭可朝、ストーカーで逮捕」(世田谷通信)

大阪府警淀川署は、12日、兵庫県西宮市在住の落語家の月亭可朝容疑者(70)、本名鈴木傑(まさる)をストーカー規制法違反容疑で逮捕した。月亭可朝容疑者は、以前交際していた大阪市淀川区の50代の女性に復縁を迫り、断られたことに腹を立て、何度も電話をしたり女性の勤務先の会社に中傷する文書を送りつけたりした容疑で取り調べ中。2人は2001年9月から7年間交際しており、今年7月に別れたが、その直後から月亭可朝容疑者が執拗に復縁を迫っており、女性は淀川署に何度も相談していたという。(2008年8月12日)

http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20080812


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混ぜるな危険!

夏になると食べたくなるものと言えば、辛いものか冷たいものってワケで、その代表みたいなのが、カレーと冷やし中華だ。あたしは、お肉を食べなくなったので、どっちも自分でお肉抜きのを作るしかないんだけど、ヘナチョコベジタリアンになる前は、普通にアチコチで食べてた。特に、フジテレビの社食「ラ・ポルト」のジャワカレーは大好物で、真ん中に乗ってる温泉タマゴを崩しながら、スプーンの中に「小さいカレー」を作って食べるのが大好きだった。スプーンの中に、ご飯が5、カレーが4、タマゴの黄身が1くらいの割合の「小さいカレー」を作って、パクッとひと口で食べると、何とも言えない至福のヒトトキが‥‥って、こんなこと書いてると、まだプリペイドカードの残高があるし、1日だけベジタリアンをやめて、「ラ・ポルト」のジャワカレーを食べに行きたくなっちゃう(笑)

とにかく、あたしは、カレーにしても、冷やし中華にしても、どんなお料理にしても、ひと口ずつを「小さなお料理」にしてキレイに食べるのが好きで、反対に、ぜんぶをグチャグチャにして食べてる人を見ると最悪の気分になる。カレーとご飯とをグチャグチャに混ぜて、カレー雑炊みたいにしてから食べる人とか、せっかくキレイに具が並べてある冷やし中華をお箸でグチャグチャに混ぜて、酔っ払いのゲロみたいにしてから食べる人とかを見ると、あたしはトタンに食欲がなくなる。どんな食べ方をするのも自由だけど、それは誰も見てない自宅で1人でやることであって、他の人たちも食事をしてる場所で、こうした食べ方をする人って、あたしには理解できない。

前に、「いきなり黄金伝説」の1万円で何日か生活するシリーズで、波田陽区といとうまい子のコンビがチャレンジしてたけど、とにかく波田陽区の食べ方が最悪に汚くて、人生経験の豊富ないとうまい子も、終盤にはゲンナリしてた。波田陽区は、いとうまい子がせっかくキレイに盛り付けたお料理をグチャグチャに混ぜてから食べ始めるし、さらには、口を閉じずに噛むから、食べてる間、ずっと「クッチャクッチャ」「ペッチャペッチャ」って音がしてて、ホントに気持ち悪かった。こんな汚い食べ方をする人と、向かい合って食事をするなんて、あたしには絶対にムリだと思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、カレーをグチャグチャに混ぜてから食べる人って、ただ単に「気持ち悪い」ってだけじゃなくて、あたしには頭も悪そうに見える。だって、普通は、ご飯とカレーとの分量を見て、最後のほうでカレーが足りなくならないように、無意識のうちに配分しながら食べてくのが当たり前だと思ってるからだ。つまり、こうした人間としての当たり前の能力が欠落してるから、最初にぜんぶをグチャグチャに混ぜないと、ご飯がいっぱい残っちゃうんだろう‥‥って思えちゃうのだ。

もちろん、これは、あたしから見たイメージだから、ホントのとこは、純粋に「グチャグチャに混ぜて食べたほうが美味しいから好き」って人もいるだろう。また、お父さんもお母さんもグチャグチャに混ぜて食べる人で、子供のこから家族そろってグチャグチャに混ぜて食べて来たから、この食べ方が人に不快感を与えるってことを知らずに大人になっちゃったって人もいるだろう。だから、その理由はいろいろだと思うけど、普通の食べ方をするあたしから見ると、激しく気持ち悪いし、オマケに頭も悪そうに見えるってことだ。

オムライスを食べる時だって、普通は、左右のどっちかの端から、スプーンでひと口ぶんを取り、スプーンの上に「小さいオムライス」を作って食べると思う。せっかくタマゴで包んであるオムライスをスプーンでグチャグチャにして、細かいタマゴの混じったチキンライスにしてから食べる人なんかいないだろう。うな重を食べる時だって、普通は、ご飯の上の蒲焼きをお箸でひと口サイズに切って、その下のご飯と一緒にお箸で持ち上げて、「小さいうな重」にして食べると思う。目の前に置かれたうな重のフタを開けて、おもむろにお箸を突き刺して、ぜんぶをグチャグチャにかき回して、残飯みたいにしてから食べる人なんかいないだろう。

これは、聞いてみたワケじゃないから、あたしの想像だけど、カレーをグチャグチャに混ぜて食べる人でも、オムライスやうな重はグチャグチャにしないと思う。で、もしも実際にそうだったとしたら、うな重の蒲焼きはご飯の上に隙間なく乗ってるし、オムライスのタマゴもチキンライスを隙間なく包んでるってことがポイントなんだと思う。そう、グチャグチャに混ぜなくても、端から普通に食べてけば、オムライスやうな重の場合は、ご飯だけが残るようなことがないのだ。

だから、あたしは、カレーに限らず、オムライスでもうな重でも何でもグチャグチャに混ぜてから食べるって人がいれば、決して一緒に食事をしたいとは思わないけど、それはその人のスタイルなんだと思うし、少なくとも頭が悪いとは思わない。だけど、オムライスやうな重は普通に食べるのに、カレーだけはグチャグチャに混ぜてから食べるって人に関しては、やっぱ、ご飯の量とカレーの量とを脳内で配分できない頭の悪い人、アトサキのことを考えたり予見したりする能力が欠落してる人、計画性がなくてサラ金とかでお金を借りそうな人‥‥ってふうに見えちゃう。

‥‥そんなワケで、あたしは、お皿の中をグチャグチャにして食べるのなんて言語道断だけど、スプーンの中もおんなじなのだ。カレーを食べる時なら、スプーンの中も「下がご飯で上がカレー」っていう「小さいカレー」になってなくちゃイヤで、スプーンの中でご飯とカレーとがグチャグチャに混ざってるのはガマンできないのだ。もちろん、ひと皿のカレーを食べ終わるまでには、何度かはグチャグチャな部分をスプーンですくって食べなきゃならないけど、それでも、できる限りは、自分の理想とする「小さいカレー」を作るように心がけてる。

これは、スプーンやレンゲだけじゃなくて、お箸を使う場合もおんなじだ。たとえば、納豆を食べる時でも、ご飯に納豆をドバッとかけて、グチャグチャにして、お茶碗のフチに口をつけて掻き込むように食べるのなんて、あたしは絶対にムリだ。あたしの場合は、ひと口ぶんだけの納豆をご飯の上に乗せて、その下のご飯をうまいことお箸で持ち上げて、「小さい納豆ご飯」にして、それをパクッと食べる。理想的なのは、お茶碗のご飯に、納豆の汁すらも残らないことだ。ようするに、あたしは、ひと口サイズのほうにもコダワリがあるけど、お茶碗のご飯を常に真っ白にしとくってことにもコダワリがあるのだ。

たとえば、お茶碗の真っ白なご飯の上に、薄塩の生タラコをチョコンと乗せて、そこにお醤油を1~2滴垂らして、それを焼き海苔でくるんで食べるとすると、「小さいタラコの海苔巻き」を作ることも重要だけど、お茶碗のご飯のほうに、タラコの1粒も、お醤油のわずかなシミすらも残さないってことも重要なのだ。だから、お醤油を垂らす時に、ツツーなんて出ちゃったりするとすべてが台無しになっちゃうので、あたしの場合は、スポイトを使ってお醤油を垂らしてる‥‥ってのはウソだけど、お小皿にお醤油を出して、ほんのちょっとのタラコにそのお醤油をつけて、それをご飯の上のタラコに乗せる。

こんなこと気にしない人から見たら、アホみたいなコダワリだと思うけど、あたしは、お茶碗のご飯が、食べ終わるまでずっとキレイじゃないとイヤなのだ。お茶碗のご飯の上に、いろんなオカズの汁が垂れたり、オカズの破片が残ってたりするのは、「その部分を食べりゃ見えなくなるじゃん!」て言われそうだけど、どうしても、あたしの美的感覚が許さないのだ。つまり、モノゴトの重要性としては、スプーンの中の「小さいカレー」や、お箸で持った「小さい海苔巻き」とおんなじくらい、お皿のほうのカレーや、お茶碗のほうのご飯も、美しくなきゃガマンできないってワケだ。

‥‥そんなワケで、こんなあたしが「最高の料理形体」だと思ってるのが、何を隠そう‥‥って、別に隠す必要はないんだけど、お寿司の「軍艦巻き」だ。子供のころ、1年に1回か2回くらい、お寿司の出前をとってもらうことがあったんだけど、自分のぶんの寿司桶の中に、いろんなお寿司が並んでて、その中に2個、軍艦巻きがあった。イクラとトビッコだ。ちなみに、高校生くらいの時に知ったんだけど、そのお寿司屋さんの軍艦巻きは、「松」だとイクラとウニで、「竹」だとイクラとトビッコだった。だから、きっこ家では、「竹」を食べてたってことになる。

他にも、「松」のトロは大トロで、「竹」のトロは中トロだったり、「松」のエビは生の甘エビで、「竹」のエビは煮たエビだったりと、いろいろと違いがあったみたいだけど、子供のころのあたしにとって、「お寿司を出前してもらう」ってのはホントに嬉しいことで、「竹」どころか「梅」であっても、ものすごく嬉しかった。

お寿司って、握り寿司なら、シャリの上にネタが乗ってる。こんなこと今さら言うことじゃないけど、ここがカンジンなのだ。そう、お寿司ってのは、1個1個が、スプーンの中の「小さいカレー」や、お箸で持った「小さい海苔巻き」とおんなじで、最初っから、ひと口サイズの小さい完成されたお料理なのだ。ちなみに、お寿司を「1貫」じゃなくて「1個」って書いたのは、1貫を「お寿司1個」としてる人と「お寿司2個」としてる人がいて、未だに両方の解釈があってまぎらわしいので、あえて「1個」って書いた。

で、お寿司の中でも、握りよりも軍艦巻きのほうが、周りを海苔で巻いてあるから、ウツワっぽい感じがして、この「小さいお料理」って感覚がアップする。だから、あたしが好きなお寿司のネタは、イカ、タコ、コハダ、イワシ‥‥って握りが多いんだけど、形体だけで言うと、なんたって軍艦巻きこそが、お料理としてのパーフェクトの形体ってことになる。だって、たったひと口で食べられる大きさなのに、下がご飯で、その上にオカズが乗ってて、それがこぼれないように海苔で巻いてあって、パクッと食べれば最高のバランスになってるなんて、こんなにもワンダホーなお料理は他にない。

特に、ウニとかイクラとかトビッコとかは、それだけじゃなくて、薄く切ったキュウリが乗ってる場合がある。当然、ウニやイクラの量を少なくするための工夫だろうけど、あたし的には、ウニやイクラの量が少なくなっても、キュウリが乗ってたほうが好きだ。食感も、味のバランスも、ダンゼン良くなると思う。タマに、回転寿司の紹介とかで、あふれるほどイクラを乗せて、軍艦巻きの周りもイクラが山になってるのを見るけど、あんなのぜんぜん美味しそうに見えない。シャリの量とのバランスを考えたら、絶対に多すぎるし、第一、ビジュアル的に汚い。

あたしが軍艦巻きを評価してるのは、小さいのに完成された美しいお料理だからであって、周りにネタをあふれさせたら、せっかくの軍艦巻きの意味がない。あたしは、軍艦巻きの海苔にご飯粒がひと粒ついてたってガッカリしちゃうくらいビジュアルにコダワリがあるから、周りにネタがあふれてる軍艦巻きなんて、グチャグチャにかき混ぜたカレーとおんなじで、とてもじゃないけど人間の食べ物とは思えない。あと、バカでかいネタを乗せた握り寿司とかもおんなじで、見た目だけで食欲がなくなる。

だいたいからして、ネタの大きさを売り物にするなんて、お寿司っていうニポンの食文化をまったく理解してないアホが考えつくようなことだ。アナゴを1匹使った握りなんて出されたら、あたしが海原雄山だったら、テーブルをひっくり返してるとこだ。最近は「デカ盛り」とかいう気持ち悪いものがブームみたいだけど、ほとんどの場合は、見た目が汚くてとても食べる気なんか起こらない。盛り過ぎて、下のトレーにまでボタボタと垂れてるカレーとか、丼に山盛りにしたご飯を両手でギューギューと固めた上にカツを乗せて、周りにダラダラと汁が垂れてるカツ丼とか、あんなもん、人間の食べ物じゃなくて、動物のエサにしか見えない。

‥‥そんなワケで、お料理ってのは、もちろん味の美味しさが一番大切だけど、見た目の美味しさだって大切だ。それなのに、せっかくキレイに作ってもらったお料理をわざわざグチャグチャにかき混ぜて、汚くしてから食べる人もいれば、こうした「デカ盛り」みたいに、最初から汚くてとてもお料理とは呼べないようなものを作ってる人たちもいる。ま、人の感性は十人十色だから、こうした人たちがいることは仕方ないけど、せめて、人の見てないとこでやって欲しいし、テレビも「デカ盛り」とか「大食い」とかを放送するのはやめて欲しい。見てるだけで食欲がなくなるから‥‥なんて思う今日この頃なのだ。


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2008.08.11

紹介の紹介の紹介なのだ(笑)

こないだ、「百目(ひゃくもく)」のあかりちゃんのコラボTシャツを紹介したら、ナナナナナント!、あかりちゃんに、あたしが紹介したってことを紹介されちゃいました!

あかりちゃん、ありがと~♪

コレ♪
 ↓
http://ameblo.jp/tsuri-365/entry-10125894025.html

期間限定のあかりちゃんの浴衣姿もステキなので、皆さん、覗いてみてね♪

それにしても、あたしあかりちゃんのこと大好きだし、今度一緒に多摩川にオヤニラミを釣りに行くかもしれないんだけど、マサカ、あたしが紹介した記事を紹介されるとは思ってなかったので、今、あたしが紹介した記事を紹介された記事を紹介してみました(笑)

この記事をさらにあかりちゃんが紹介して、それをまたあたしが紹介して、それをまたあかりちゃんが紹介して‥‥って、ことにでもなったら収拾がつかなくなっちゃうから、福田内閣と一緒で、ここでジ・エンドにしますね♪

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攻撃は最大のブラジャーなり

最近は、このニポンでも、犯罪の凶悪化や無差別化が加速して来た‥‥っていうか、ナイフやピストルを持って歩いてる人が多くなって来た。それも、いかにもナイフやピストルを持ってそうなチンピラやヤンキーみたいな人たちだけじゃなくて、見た目は普通の人とかでも、持ってる人は持ってるようになった。きっと、ネットで簡単に買えるようになったからだと思うけど、何よりも怖いのは、やっぱピストルだ。

ナイフの場合は、その人に近づかなきゃ安全だけど、ピストルの場合は、離れた場所にいても撃たれちゃう。大阪の環状線なんかだと、並んで走ってる車の窓から、ピストルを撃って来るヤツもいるそうだ。百歩譲って、車の割り込みとかで頭に来て、それで撃って来るんなら理解はできるんだけど、そうした理屈の通った銃撃だけじゃなくて、何の理由もなしに撃って来る場合もあるそうだ。ようするに、ピストルの威力を試したり、面白がったりしての犯行だ。

サスガに、本物のピストルを持ってる人は少ないと思うけど、市販のエアガンを違法改造して殺傷能力を高めた改造拳銃は、中学生や高校生でも持ってる子もいるし、ネットだとほとんど野放し状態で売買されてる。だから、誰の恨みも買ってない人が、ただ普通に車の運転をしてたり、ただ普通に道を歩いてただけで、どこかの誰かに銃撃される可能性もあるってことだ。だって、何も悪いことをしてない人が、ただ道を歩いてただけで、見ず知らずのキチガイにナイフや包丁で刺し殺される時代なんだから。

たとえば、大地震に備えて、タンスや本棚や食器棚が倒れないように留め具をしてるような用心深い人が、たまたま道を歩いてたら、ネットで改造拳銃を手に入れたアホに試し撃ちされて死んじゃったとする。そしたら、大地震に備えてたことは、すべてムダになっちゃう。つまり、今の世の中は、地震や火事などの天災に備えるだけじゃなくて、こうした人災にこそ備えてないと意味がないと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、数日前に、こんなニュースを見つけた。


「ドイツ警察、女性警察官に『防弾ブラ』支給へ」(ロイター)

ドイツの警察では、女性警察官に「防弾ブラジャー」を支給することになった。このブラジャーは、白色の木綿地に「警察」と書かれており、防弾チョッキを着用する女性警官の護身の補強が目的。同国北部ハノーバー市の警察のスポークスマンは「防弾チョッキの下に金属部品を付けた普通のブラジャーを着用している女性警察官はやや安全上問題があった」とコメント。その上で「もしも防弾チョッキに投射物が命中した場合、下に着用したブラジャーの金属部分への衝撃で負傷する可能性があった」と、今回の「防弾ブラ」採用の理由を説明した。今後、ドイツ連邦警察に従事する約3000人の女性警官に対し、見た目はスポーツタイプで金属部品を使っていない、この「新型ブラ」を支給する予定。(2008年8月6日)


あたしは、この記事を読んで、別のニュースを思い出した。1年くらい前だと思ったけど、ブラジルかどこか南米の国で、女性が胸をピストルで撃たれたのに、それが豊胸手術をしてた女性で、たまたまバストの中のナントカバッグのとこで銃弾が止まって、心臓まで届かないで命が助かったってニュースだ。あたしは、この時も、「おおっ!」って思ったのだ。

だけど、マサカ、ピストルで撃たれた時のために豊胸手術するワケにも行かないし‥‥なんて思ってた。でも、今回のニュースの「防弾ブラジャー」なら、豊胸手術よりは遥かに安いだろうし、さらには、銃撃された時のことを考えて開発されてるんだから、豊胸手術のナントカバッグよりもずっと強力だろう。それに、いくら命が助かるって言っても、銃弾が体内に入ってから止まるよりも、対内に入る前に止まったほうがいいに決まってる。つまり、すべての面において、豊胸手術よりも防弾ブラのほうが優れてるってことだ。もちろん、豊胸手術をした上で防弾ブラをつければ、もっといいんだろうけど、それは非現実的すぎる。

B4
‥‥そんなワケで、ニポンはお着物の歴史が長い国だから、ブラジャーが登場したのは、意外と最近だ。ニポンで洋装が日常的に取り入れられるようになったのは、大正時代からなので、ブラジャーの登場もそのころだ。だけど、「ブラジャー」って名前が登場するのは、もっとずっと経ってからで、最初は「乳房バンド」「乳バンド」「乳おさえ」なんて呼ばれてた。昭和4年(1929年)の婦人雑誌に掲載されてるブラジャーの広告には、こんな文章が書かれてる。


「蝶印乳房バンドを御使用になれば、胸部の美容を整へ、スッキリとした感じのよい御姿と快活な御気分になりますので、現代御婦人の熱狂的歓迎を受けて居ります。是非御試しを願升。」


ちなみに、最後の「願升」は「願います」って読む‥‥なんて解説もしてみつつ、この文章を読む限り、まだブラジャーをしてない女性も多かったんだってことが感じられると思う。で、この広告の絵を見ると、今のブラみたくバストの形を良くするカップってよりも、ただ単に「バストを押さえる」って感じで、フロントをタテ2つのボタンで留めるようになってた。ホントに「乳房バンド」って感じだったから、スタイルを良く見せるとかじゃなくて、バストが揺れないようにして、洋装での日常生活をしやすくするのが最大の目的だったんだと思う。

で、この「乳房バンド」の隣りには、少し小さな絵で、「乳房ホルダー」ってのもあった。こっちは、授乳期のお母さん用で、カップの部分がお乳を吸い取る構造になってるみたいだった。だから、ニポンにブラジャーが登場した当初は、あくまでも「実用的な下着」ってことで、ファッション性は二の次だったんだろう。

そして、この数年後の昭和10年(1935年)前後に、ニポンで初めて「ブラジャー」って言葉が登場する。それまでいろんな呼び方をしてたものが、だんだん「ブラジャー」に統一されてくんだけど、呼び名は統一されても、なかなかブラジャー自体は広まって行かない。それは、まだまだニポン女性の服装はお着物が主流だったからだ。ブラジャーが一般的につけられるようになったのは、戦後、洋装が広まってから、1950年代になってからなのだ。つまり、ニポンにおけるブラジャーの本質的な歴史ってのは、まだ5~60年ほどなのだ。

‥‥そんなワケで、今じゃ普通に使ってるこの「ブラジャー」って名前だけど、もともとはフランス語の「brassiere(ブラシェール)」が語源で、それを英語読みしたのが「ブラジャー」ってワケだ。で、フランス語の「ブラシェール」ってのは、ブラジャーのことじゃなくて、ナゼか、女性用の「ソデ付きのベスト(チョッキ)」のことなのだ。ソデのないのがベストなのに、そのベストにソデを付けたら普通の服じゃん‥‥て思うんだけど、フランスには、この「ソデ付きのベスト」っていう特殊なジャンルの服があって、それのことを「ブラシェール」って呼んでる。

この「ブラシェール」は、丈が短かい。ブラウスの上に着るもので、丈はおへそよりも上だ。だから、きっと、丈の短いタンクトップみたいな初期のブラジャーのことをこの名前で呼ぶようになったんだと思う。だけど、ひとつだけ問題なのは、この「ブラシェール」って言葉の意味だ。これは、普通のベストを指す「シェール」に、「腕」を意味する「ブラ」がくっついて、「腕まであるベスト」、つまり、「ソデ付きのベスト」って意味になってる。つまり、あたしたちが、略して「ブラ」って言ってるのは、実は「腕」って言ってたのだ。

こんな語源を知っちゃうと、「ブラ」をつけてるってことが、ナニゲに誰かの腕でオッパイを触られてるみたいな感じになってきちゃうけど、現代女性にとっては、ブラジャーは絶対的な必需品だ。もちろん、世の中にはいろんな人がいるから、ノーブラが好きな女性もいるだろうし、男性なのにブラをして会社に通ってる変質者もいるだろうし、いろんなケースがある。でも、そうした特殊な人たちのことまで言い出すと収拾がつかなくなっちゃうから、ごく一般的な女性だけのことを言わせてもらうと、現代のニポンの女性は、平均して1人10枚くらいブラジャーを持ってるそうだ。

これは、毎年、2月12日の「ブラジャーの日」に、ワコールが調査してるもので、20代の女性300人、30代の女性300人の合計600人を対象にアンケートをとったものだ。少ない人は1枚、多い人は200枚っていう極端な人もいるけど、ほとんどの人は5枚から20枚の間で、平均すると、10枚から11枚くらいになる。ちなみに、こんなこと誰も興味ないと思うけど、あたしは、この平均よりも遥かに多い。だから、毎年、「平均10.2枚」だの「平均10.8枚」だのっていうアンケート結果を聞くたびに、「何でそんなに少ないんだろう?」って思ってる。

だって、ふだん使う、補正機能を重視したものだけでも10枚くらいあるし、上下セットのオシャレなものは20枚以上あるし、その他にヌーブラが4つあるし、詳しくは言えないけど特殊なものもいくつかあるし、ちゃんと数えてないけど、少なくとも40枚以上、ヘタしたら50枚くらいあると思う。それに、ブラ付きスリップとか、ボディスーツとか、コルセットと一体化になったのとかまで入れたら、さらに数は多くなる。だから、あたしは、自分が普通だと思ってたから、他の人も、少なくても30枚、多い人なら100枚くらいで、平均が50枚くらいだと思ってた。

‥‥そんなワケで、あたしの場合は、デザインよりも、つけ心地よりも、何よりも機能性を重視してる。今のブラは良くできてるから、「機能の素晴らしいブラはデザインがダメ」ってこともなければ、「機能性の高いブラはつけ心地が悪い」ってことも少ない。もちろん、体を締めつけるような補正下着の場合は、とても「つけ心地がいい」とは言えないけど、一般的に売られてる機能性を謳ったブラの場合は、ほとんどがデザインもステキだし、つけ心地にも問題はない。ただ、あたしがどこに重心を置いて選ぶのかって言えば、何よりも優先するのが機能性だってことだ。

男性には分からないことだけど、今の女性のほとんどは、ブラでバストの形を作ってる。特に、テレビに出てる女の子なんか、みんな作りものだ。さらには、グラビアアイドルなんて、ブラでバストを作ってる上に、出来上がった写真を修正までしてる。まあ、写真の修正は反則だけど、ブラでバストの形を良くするのは、別に男性の目を気にしてやってることじゃない。どっちかって言うと、同性から「キレイに着こなしてるな」って思われたいからだ。特に、横から見た時の体のラインは、あたしみたくフィット感の強いお洋服が好きな女性にとって、着こなしの8割以上を占める大切なポイントだからだ。

だから、あたしがブラの機能性を重視してるのは、オシャレのため、ファッションのためで、決して「動きやすくなるから」とかじゃない。そう考えると、大正や昭和初期に乳房バンドのメーカーが謳ってたもともとの機能性とは、根本的に意味が違うってことになる。そして、これは、あたしの意識だけの問題なんじゃなくて、多くの現代女性たちの意識であり、現代の女性下着メーカーの意識でもあるのだ。だって、下着メーカーが「寄せて上げるブラ」を販売するから、あたしが買うワケだし、そうした下着が開発されるのは、世の中の女性たちが求めてるからだ。

つまり、もともとは洋装での日常生活をしやすくするために売り出されたブラジャーだけど、長い年月のうちに、その「機能」の意味が変化して来て、今や「女性を美しく見せる」って機能こそが最優先されるようになったってワケだ。だけど、ここで、今日の日記の最初の部分にクルリンパと戻ると、すでに時代は「次なる機能」をも求めてるってことが分かるだろう。そう、いつどこで襲われるか分からないキチガイどもの無差別攻撃から身を守るための、防弾チョッキとしての機能だ。

現実に、ドイツの警察で「防弾ブラジャー」が使用されてる以上、あたしたち一般人の使うブラにだって、こうした機能をプラスして欲しいと思うのは人情だ。もちろん、クサリカタビラみたいなブラジャーじゃ困るけど、今の技術があれば、普通の生地の中に極細の金属の糸を織り込んだりして、見た目も重さもほとんど変わらないのに、ある程度の防護効果が望めて、さらに寄せて上げる効果もあるようなブラジャーを作ることは可能だと思う。そして、その程度でも、人ゴミや夜道を歩く時の安心感は、格段に違うと思う。地震に備えて家具の転倒防止器具を買ってる人たちだって、ホントのことを言えば、「安心感」を買ってるのだ。だって、たとえドイツの警察の「防弾ブラジャー」をつけてたとしたって、「ボニ―&クライド」みたく、87発もの銃弾でハチの巣にされちゃったら、どっちみち助かりっこないと思うからだ。

‥‥そんなワケで、たとえマシンガンで攻撃されても、それでも生き残りたいと思ったら、とても「防弾ブラジャー」だけじゃダメってワケだ。だからって、全身にヨロイを着て日常生活をするワケにも行かない。じゃあ、どうすればいいかって言ったら、「攻撃は最大の防御なり」って言葉があるように、「防御」の機能だけじゃなくて、「攻撃」の機能もつけるってことだ。左右のカップの先端からマグナム弾を連射するとか、左右のカップから手榴弾を発射するとか、イッソのこと、左右のカップ自体が地対空ミサイルになってるとか。これなら、北京に行っても生きて帰って来られそうだし‥‥って、発射したらノーブラになっちゃうか‥‥なんて思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.08.10

ブタ野郎が逮捕されました♪

7月17日の「この顔にピンと来たら110番!」で写真を公開した、千葉県などで振り込め詐欺を続けていた人間のクズが、ついに逮捕されました!

呼びかけに応じて、ご自分のブログなどで写真を公開してくださった皆さん、ホントにありがとうございました♪

ちなみに、このブタ野郎の名前は、東京都足立区在住のプータロー、船本康介(20)です。

被害総額は1億円以上と見られ、このブタ野郎の供述から、背後にいるブタ仲間が逮捕されるのも時間の問題になりました。

あたし的には、こんな人間のクズはソッコーで死刑にして欲しいのですが、今のニポンの生ぬるい法律では、わずか数年でシャバに出て来て、また同様の犯罪を犯すのでしょうね。

それでも、このウジ虫野郎が刑務所に入ってる間だけは、ほんの少しだけ振り込め詐欺が減り、ほんの少しだけ被害に遭うお年寄りが減るのです。

協力してくださった皆さん、ホントにありがとうございました♪

「きっこの日記」では、今後も、こうした人間のクズどもを撲滅するために、積極的に容疑者の写真を公開して行きます。

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食の安全の徹底は『消費者がやかましいから』と太田農水相

「食の安全の徹底は『消費者がやかましいから』と太田農水相」(世田谷通信)

太田誠一農水相は、10日、NHKの「日曜討論」に出演し、中国製ギョーザ中毒事件に対する今後の取り組みについて質問されると「日本国内では心配しなくていいと思っているが、消費者がやかましいから徹底していく」「中国のようにまずいことを隠していい国と違い、日本は常に消費者のプレッシャーにさらされている」などの問題発言を繰り返した。太田誠一氏といえば総務庁長官時代にスーパーフリーの集団レイプ事件について「レイプする人は元気があっていい」と発言して大問題になったが、先日の麻生太郎幹事長の「ナチス発言」といい、福田康夫首相が自負する「安心実現内閣」とはほど遠い人選のようだ。(2008年8月10日)

http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20080810


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きっこの夏休み♪

Marijuana1
夏休みなのに夏休みらしい夏休みを過ごしていない人たち(あたしも)のために、夏休み特集をお送りしま~す!


22曲で1時間以上楽しめますので、キンキンに冷した「のどごし生」でも飲みつつ、のんびりとお楽しみくださいね♪


※曲によって、音の大きいものと小さいものがあるので、ご自分のパソコンで調節してくださいね。

※細部に「きっこ風味」とか「サービス精神」とかが散りばめてある上に、最後まで聴くと「思わぬオマケ」がありますので、皆さん、ご堪能くださいね♪


「Splash Gold/MAX」

(注)最高傑作の「ニライカナイ」には遠く及ばない楽曲の酷さは「ご愛敬」ってことで。


「夏祭り/ジッタリン・ジン」

(注)あまりにも稚拙な間奏のリードギターは「ご愛敬」ってことで。


「少年時代/井上陽水」

(注)ナメコのお味噌汁のようなネバネバした歌い方は「ご愛敬」ってことで。


「夏休み/吉田拓郎」

(注)当時は「タクロー節」とか呼ばれてた田舎の演歌みたいなコブシまわしは「ご愛敬」ってことで。

「サマードリーム/TUBE」

(注)「あー夏休み」は演歌みたいでダサイので、あえて「サマードリーム」にしました。


「浪漫飛行/米米クラブ」


「風になりたい/THE BOOM」

(注)「島唄」は聞き飽きたので、あえて「風になりたい」にしました。


「BLUE LAGOON/高中正義」


「南風/太田裕美」


「キリンオレンジのCM」


「夏休みは終わらない/おニャン子クラブ」


「サマータイムブルース/渡辺美里」


「赤道小町ドキッ/山下久美子」


「世界でいちばん熱い夏/Princess Princess」


「青い珊瑚礁/松田聖子」


「青い珊瑚礁/深田恭子」


「あの夏の日/中森明菜」


「真夏の夜の夢/松任谷由実」


「へロン/山下達郎」

(注)井上陽水をもしのぐネバネバした歌い方に竹内まりやもウットリ。


「希望の轍/サザンオールスターズ」

(注)「真夏の果実」にしたかったのですが、あんまりイイ映像がなかったので、「希望の轍」にしました。


「ムーンライトサーファー/石川セリ」

(注)「頭脳警察」のパンタさんが書いたとは思えない甘いリリックスに注目。


「花火/aiko」


皆さん、お疲れSUMMERでした!

あとは「オマケ」なので、興味のある人だけどうぞ♪


「ニライカナイ/MAX風味のオジサンたち(笑)」

(注)MAXのPVにしたかったのですが、なかったので、コレにしました。


せっかくだから「カブトムシ」歌ってみた(笑)


MAXファンはこちらもどうぞ♪
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http://jp.youtube.com/watch?v=Ycz83pEvccg


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2008.08.09

夏は魚群♪

しばらく前に、あるポータルサイトにアクセスしたら、画面の右上の広告のとこに、見覚えのありすぎる「魚群」が泳いでました。パチンコの「大海物語」の広告で、「大海物語検定」ってのをやってるって書いてありました。あたしは、海シリーズには自信があるので、賞品の「純金マリンちゃんフィギュア」欲しさにチャレンジしてみました。そしたら、一発で満点をとっちゃって、「大海MASTER」の認定証をいただいちゃいました♪





で、それからしばらくしたら、「百目(ひゃくもく)」のあかりちゃんのコラボTシャツが完成したんだけど、それが「魚群」でした♪





パチンコにしても魚釣りにしても、1匹よりは10匹、10匹よりは100匹ってワケで、やっぱ「魚群」でしょう。ここはひとつ、国交省の天下りのように、道路特定財源で魚群探知機でも買って欲しいものです(笑)


とっても可愛い魚群Tシャツ、詳しくはあかりちゃんのブログで♪
 ↓
「百目」

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グルジアとロシアの戦争勃発

「グルジアとロシアの戦争勃発」(世田谷通信)

7日夜から8日にかけて、グルジアからの分離独立を求める南オセチア自治州の州都ツヒンバリに進攻したグルジア軍は、同州で平和維持活動のために駐留していたロシア軍司令部などを空爆、砲撃した。同州のココイトゥイ大統領は、グルジア軍の攻撃により、中央病院や大学などの施設が破壊されて炎上し、数百人の死者が出たと語った。ロシア軍は対抗措置として、グルジアの首都トビリシ郊外の空軍基地を空爆し、戦車部隊をツヒンバリへ進軍させた。8日の時点で、ロシア側は少なくとも10人の兵士が死亡したと発表。一方、グルジア側は、ロシア軍の空爆で空軍機数機が破壊され3人が死亡、ロシア軍機5機を撃墜したと発表した。グルジアのサアカシビリ大統領は「戦争状態にある」と述べ、ロシアのプーチン首相も「対抗措置を取り続ける」と述べた。南オセチヤを巡るグルジアとロシアの対立は激化しており、大規模な戦争に発展する恐れも出て来た。(2008年8月9日)

BBC動画ニュース
http://jp.youtube.com/watch?v=ZQ4OF_5j9YQ


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東京オンリーピック開幕!

暦の上では「立秋」を過ぎたけど、連日の猛暑はまだまだ続いてるし、何よりもつらいのが熱帯夜だ。昼間はどんなに暑くても、夜になると少し涼しくなるのが普通なのに、今年の夏は、夜になっても暑いままだ。「絶対に、エアコンだけは、使わない」っていう五七五を夏場の座右の銘にしてるあたし的には、扇風機をつけてもモワ~ッとした熱い風が来るだけだし、窓をあければグーグルの「ストリートビュー」であたしのマンションを見つけた変質者が入って来そうだし、仕方ないから、水風呂に入ったり氷マクラをしたりして何とかシノイでる。

で、この暑さをさらに何倍にもしてるのが、テレビがムリヤリに盛り上げようとしてる史上最低の「北京オリンピック」だ。何万匹もの犬を殺し、何十万匹もの猫を殺し、住んでる人たちまで強制的に排除して、何が「平和の祭典」だって言うんだろう? 数メートルおきに並んだ武装警官による徹底的な身体検査、ホテルなどの電話回線やインターネットの徹底監視、トドメは地対空ミサイルまで配備して、どこが「平和の祭典」だって言うんだろう? 未だに復旧が後回しになってる四川大地震の被災者たちは、いったいどんな思いでこのバカ騒ぎを見てるだろう?

北京を近代都市に見せるために、「鳥の巣」の近くに急ピッチで建設してたビルが、オリンピックの開催に間に合わなかったとかで、建設中のビル全面を巨大な布で覆い隠したんだけど、あたしが何よりも呆れ果てたのは、その布にリアルな「ビルの絵」が描いてあったことだ。窓の1枚1枚から、果てはガラス張りのエレベーターの中にいる人まで、本物のビルそっくりの絵を描いた巨大な布をかぶせて、遠くから見ると立派なビルに見えるってスンポ―だ。これこそが、「都合の悪いものはすべて隠す」「表面上だけを取りつくろう」っていう中国政府お得意の「外ヅラ至上主義」そのものだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、立て続けにバスが爆破されたり、警官の列にトラックが突っ込んで爆発したり、ニポンから中国へ向かう旅客機に爆破予告がされたり、取材中のニポン人の記者が武装警官から暴行を受けて、肋骨3本にヒビが入る全治1ヶ月の重傷を負わされたりと、中国はまるで戦場のようだ。だけど、これは別に、北京オリンピックが開催されるからテロが多発してるワケじゃない。もともと、こうしたテロが多発してる危険な国で、オリンピックを開催することにしたってだけの話なのだ。そして、建設が間に合わなかったビルに布をかぶせて隠すがごとく、こうした自国の「恥部」にも布をかぶせたい中国政府だけど、あまりにも多発してるからインペイ工作が間に合わず、ほとんどが垂れ流し状態だ。そのため、オリンピックで盛り上がってる一部の地域の映像だけを繰り返し繰り返し放送して、まるで「テロなど大したことない」かのような印象操作に必死だ。

こうした中国政府による必至の「外ヅラ大作戦」で、オリンピックの開催中は、町の人たちの服装まで規制されるそうだ。この暑さだから、町の男性の多くは上半身が裸だったりするんだけど、これもすべて規制されて、服を着ないと外に出ちゃいけないんだそうだ。貧乏な家の子なんか、パンツ一丁でハダシで走りまわったりしてるんだけど、これもNG。テレビに映ってる「オリンピックを喜んでる人たち」なんて、中国人の中でも都市部で生活してる、ある水準以上の生活をしてる人たちだけであって、その何十倍、何百倍もいる貧しい人たちは、オリンピックなんかとは無縁の生活をしてる。それどころか、オリンピックによる数々の規制によって、仕事ができなくなったり、住む場所を追われたりしてるんだから、ホントに気の毒だ。

何ヶ月もかけて作った野菜や果物が、オリンピックによる自動車の規制で出荷することができずに、畑のワキに積まれたまま腐ってる。他にも、露天商たちはカタッパシから追い払われちゃったし、ちゃんとした売店や店舗だって、主要の駅周辺とかのお店はみんな強制的にシャッターを下ろされてる。これじゃあ、庶民は生活もできやしない。そして、こうしたバカバカしい「体面作り」に関して、中国人の考えはいろいろで、北京の大学生の中には、「こんなことなどせずに、ありのままの中国を見せるべきだ」って言ってる人も多い。

あたしは、中国は好きな国だから、中国政府のこんなバカげた「外ヅラ大作戦」のセイで多くの人たちが苦しんでることを知って、胸が痛くなった。中国政府は、オリンピックによる経済効果に期待してるみたいだけど、そんなの、政府と癒着してる一部の大企業だけの話で、ホソボソと生活してる多くの人たちは、仕事や住む場所まで奪われてるのだ。何十万という犬や猫の命を奪い、数えきれないほどの人たちを犠牲にして、四川大地震の被災者たちを後回しにしてまで、どうしてこんなにまでムリしてオリンピックなんかを開催しなくちゃならないのか、あたしにはまったく理解できない。そして、これほど酷いバカ騒ぎの片棒を担いで、必死に盛り上げようとしてるニポン政府にもヘドが出る。ニポンがマトモな先進国なら、こんな茶番劇などボイコットするのが当然だ。それなのに、ほとんどの国民がシラケきってるこんなインチキオリンピックなんかを必死で盛り上げようと演出しちゃって、バカ丸出しとはこのことだ。

「トルキスタン・イスラム党」や「東トルキスタン・イスラム運動」や「東トルキスタン解放組織」を始めとした複数のテロ組織から「競技場を爆破する」「街の中心部を総攻撃する」「競技会場に旅客機を墜落させる」っていうテロ予告まで出てるのに、それでも、わざとらしい笑顔で「金メダルはいくつ獲れるでしょうか?」なんて抜かしてるニポンのテレビのアナウンサーを見ると、あまりにもシラジラしくて笑うに笑えない。もしもホントにテロが起こり、多くの人たちが亡くなったら、いったいどうするつもりなんだろう? こんな「平和の祭典」なんか見たことも聞いたこともない。

だいたいからして、中国に住んでる中国人たちのほとんどが観ることもできないようなものを果たして「中国のオリンピック」と呼べるのだろうか? 電気どころか水道も寸断された場所に取り残されてる人たちや、仮設住宅の建設が追いつかずに野宿同然の暮らしを続けてる人たちが数えきれないほどいるのに‥‥。国内のアチコチでテロや内乱が起こり続けてて、毎日のように人が死んでるのに‥‥。このオリンピックによる数々の規制によって、日々の暮らしにも困窮してる人たちが数えきれないほどいるのに‥‥。

そうした部分にはすべて布をかぶせて、巨大な人民ピラミッドの先っちょの部分の人たちだけで行なわれる虚構の祭典。そして、それぞれの政治的なオモワクを胸に、このバカ騒ぎに便乗するために集まった各国のノーテンキな首脳たち。こないだの洞爺湖サミットとおんなじで、まるで世界的規模のペテンだよ、これ。「北京オリンピック」じゃなくて、「ペテンオリンピック」って名前にしたほうがいいんじゃないの?

‥‥そんなワケで、数えきれないほどの中国の人たちを犠牲にして行なわれる虚構の祭典、「ペテンオリンピック」なんかまったく興味がないっていうマトモな人たちは、この夏を少しでも涼しく過ごすために、「東京オンリーピック」を楽しもう。「オンリーピック」ってのは、国際オンリーピック協会(IOPC)が開催する21世紀のまったく新しいスポーツの祭典の総称で、その名の通り、他にはない「オンリーワン」の競技だけで構成されてる。どんな競技があるのかっていうと、「女子ヘルマラソン」「バカ近代四種」「ホームアスロン」「和卓球」「ロッカールーム」「男子親離れ」「巨大相撲」などなど、他にも、そのタイトルだけで観てみたくなる競技が満載だ。ちなみに、「ロッカールーム」にはナナさんが出場するから、あたしたちMAXファンも目が離せない。ちなみに、この「東京オンリーピック」も、8月8日から24日まで開催されてるので、興味のある人は、下記のオフィシャルサイトを覗いてみて欲しい今日この頃なのだ。


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2008.08.08

米国産牛肉にまた危険部位

「米国産牛肉にまた危険部位」(世田谷通信)

8日、農林水産省と厚生労働省は、米国から輸入された牛肉の中に、輸入再開時の取り決めによって、BSEの感染の恐れがあるとして輸入を認めていない「挽肉」が4.5キロ混入していたと発表した。これは、7月24日に輸入された298箱(3.8トン)のうちの1箱で、米政府が発行した衛生証明書と箱の中身とが違っていた。出荷元は米カーギル社のドッジシティ工場(カンザス州)で、同施設の違反は今回で3度目になる。米国産牛肉の輸入再開以来、危険部位の混入や取り決め違反は再三に渡り繰り返されて来て、今年4月にも、吉野家が輸入した牛丼用のバラ肉700箱(17トン)のうち1箱に、特定危険部位である脊柱部分を含む骨付き肉(27キロ)が混入していたばかりである。これほど違反が繰り返されても、いまだに輸入停止にしない日本政府の対応には、消費者から「食の安全」を問う声も噴出しそうである。(2008年8月8日)

http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20080808


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原発燃料工場でまた被ばく事故

「原発燃料工場でまた被ばく事故」(世田谷通信)

8月8日午前9時半ころ、神奈川県横須賀市の原子力燃料製造会社「グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン」の工場内で、ウラン溶液が飛散して、近くで清掃作業をしていた作業員ら2人が被ばくした。「被ばく量は微量で健康に影響なし」と発表しているが、同社では先月7月9日にもウラン化合物の漏えい事故を起こし、作業員1人が被ばくしたばかりである。この時も「被ばく量は微量で周辺の環境にも影響なし」としていたが、事故後の国への報告が遅かったため、原子力安全保安院は同社社長を呼び出して厳重注意していた。しかし、わずか1カ月で同様の事故を起こしたということは、再発防止の対策等も含めて今後の姿勢が問われるであろう。(2008年8月8日)

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お知らせです♪

今月でデビュー15周年を迎える斉藤和義さんが、すべてのシングル曲、41曲を収めた記念アルバム「歌うたい15」をリリースしました♪

アーティストである前にミュージシャンであり、ミュージシャンである前にギタリストであり、ギタリストある前に「1人の詩人」である斉藤和義さんの魅力がすべて詰まった今回のアルバムは、これこそが「珠玉」の作品と言えるでしょう。

3枚のCDに41曲も収録されてるのに、3330円という驚きの値段です!

あんまり自分の趣味でCDをオススメしないあたしだけど、皆さん、これだけは買ったほうがいいですよん♪
どんな人でも、41曲のうち半分は胸に迫るものがあるから。
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アキちゃん、ありがとう♪

オトトイ届いた、愛するMAXのFC会報に、こんな手紙が同封されてた。


J-MAX会員の皆様へ

いつもMAXを応援いただき、ありがとうございます。

突然ですが、J-MAX会員の皆様にご報告があります。
AKIが、2008年8月末をもってMAXを卒業することになりました。

昨年半ば頃、AKI本人よりメンバー、スタッフに、シンガーソングライターの道へ進みたいという気持ちを打ち明けられました。以降、何度も話し合いを重ねた結果、AKIのアーティストとしての意志を尊重し、MAXの卒業ということで、彼女の背中を押す決断をしました。

2002年のMAX加入以降、新メンバーとして皆様に応援いただいたAKIが卒業する事は非常に残念ですが、スタッフをはじめNANA・REINA・LINAにとってもMAXがさらに前へ進むための大きな一歩だと考えています。

この度は、J-MAXの会員の皆様に、大変なご心配をおかけいたしまして誠に申し訳ございません。しかし、今後もライブをはじめ、さまざまな活動を通じてMAXのパフォーマンスを皆様にお見せできますように、メンバー、スタッフ共々より一層尽力して参ります。

2008年8月

MAX (NANA・REINA・LINA・AKI)
MAX オフィシャルファンクラブ J-MAX
株式会社 ヴィジョン・ファクトリー


‥‥そんなワケで、アキちゃんがMAXを抜けるかもしれないってウワサは、去年の暮くらいから小耳にはさんでたけど、ついに、正式な発表があったってワケだ。ちなみに、この手紙は、あくまでも「概略の説明と報告」って感じで、会報のほうには、アキちゃん本人の直筆のメッセージの他、ナナさん、玲奈ちゃん、りっちゃんからの直筆のメッセージも掲載されてる。そっちを読めば、もっと細かいことや、アキちゃん自身の気持ち、メンバーたちの気持ちが分かる。だけど、アキちゃんやメンバーたちの気持ちは、FCに入ってるあたしたちホントのファンだけが受け止めるべきことだから、ここには転載しない。

今から6年前の2002年3月、美奈子が「産休」という名の「脱退」をしてから、MAXは残りの3人だけで活動してくか、新メンバーを入れるか、それともこのまま解散するかっていう岐路に立たされた。誰よりもMAXを愛するあたしとしては、とにかく解散だけは避けて欲しかったけど、その思いは複雑だった。当初は、あくまでも「産休」って言ってた美奈子の立場に対して、「新メンバーを入れる」っていう選択肢があるのはナゼ?って思ったからだ。

「産休」であるのなら、1年ちょっとの間、3人だけでがんばればいいじゃん。あたしたちファンは、「4人そろってMAX」って思ってたし、一時的に誰かがお休みすることは納得できても、その穴埋めに誰か他のメンバーを加入させるなんてことは考えられなかった。だって、そんなことしたら、美奈子の戻って来る場所がなくなっちゃうじゃん‥‥て思った。

美奈子ファンの多くは、美奈子の「産休」と「結婚」の発表によって、後頭部を鈍器で殴打されたほどの衝撃を受けた。突然の「結婚」の発表であっても、妊娠なんかしてなくて、MAXとしての活動も続けてくって形だったら、美奈子ファンの多くが心から祝福しただろう。だけど、残念なことに、妊娠しちゃったから結婚して、MAXとしての活動をお休みするっていう、モノゴトの順序もメンバーのこともファンの気持ちもすべて無視した結果だったから、美奈子ファンだけじゃなく、ナナさんのファンも、りっちゃんのファンも、そして、あたしのような玲奈ちゃんのファンも、すべてのMAXファンが、何とも言えない複雑な空気になった。

美奈子の「産休」の発表によって、あたしの知る限り、約半数の美奈子ファンが去って行った。そして、残った半数の美奈子ファンも、「美奈子が妊娠して結婚してもMAXを応援し続けてく」なんていう直球のファンじゃなくて、「とりあえず動向を見守ろう」って感じ、つまり、このままMAXのファンを続けるかどうかを今後の発表にゆだねた「保留」の立場だった。そして、美奈子の「産休」の発表から4ヶ月後の2002年7月18日、新メンバー、アキちゃんの加入が発表された。これによって、「保留」の立場だった美奈子ファンの9割近くが、「新メンバーを加入させたってことは、事実上、美奈子は脱退だな」って判断して、去って行った。

‥‥そんなワケで、美奈子ファンには申し訳ないけど、玲奈ちゃんのファンであるあたしとしては、4ヶ月もヤキモキさせられたことから、この際、どんな形でも「解散」だけは避けられたことを素直に喜んだ。だけど、あたしには、ボーカルの柱だった美奈子を失ったMAXに対する不安があった。セカンドボーカルの玲奈ちゃんが「天使の歌声」って呼ばれてたのだって、美奈子の歌唱力があってのことだったから、どう考えても、玲奈ちゃんのボーカルにMAXを引っぱってく力はない。

いくらダンスが素晴らしくても、歌がガタガタになっちゃったら、もうMAXとは呼べない。だから、あたしは、新メンバーのアキちゃんに賭けるしかなかった。だけど、アキちゃんに関しては、「THE 夜もヒッパレ」のHippsでしか観たことがなかったし、マサカ、MAXのメンバーになるとは思ってもなかったから、そんなに注目して観てなかった。だから、アキちゃんの歌唱力やダンスセンスは未知数で、何とも言えない状況だった。

でも、アキちゃんは、そんなあたしの不安を簡単に吹き飛ばしてくれた。初めて観た新生MAXのパフォーマンスは、あたしの想像を遥かに超えるものだった。「ギミシェ」や「ライドン」などのヒット曲メドレーも、ほとんど違和感のない完成度だったし‥‥っていうか、熱烈なMAXファンとしての厳しい評価をさせてもらえば、「ほとんど違和感のない完成度」ってのは言い過ぎで、あたしが踊ったほうがマシだったと思う。だけど、「わずか数ヶ月のレッスンで」ってことを加味すれば、「よくここまでがんばったな」って思ったことは事実だ。

ただ、何よりも悲しかったのは、美奈子ファンに限らず、あたしたちMAXファンの心の中には、やっぱり「ナナさん、玲奈ちゃん、りっちゃん、美奈子の4人でMAX」っていう思いが強かったから、中には、アキちゃんのことをMAXのメンバーとして絶対に認めないファンたち、嫌がらせのようなことを始めるファンたちもいたことだ。これも、MAXを愛すればこその思いや行動だってことは分かるけど、それをアキちゃんに向けることは間違ってる。

そんな中で、アキちゃんは、メンバーにもファンにもものすごく気を使いながら、ずっとがんばり続けて来た。お休みの日でもレッスンに通い、過去のヒット曲の練習をして、ホントによくがんばった。あたしは、アキちゃんのことをストーカーしてたワケじゃないけど、観るたびに上達してるダンスが、見えないとこでどれほど努力してるかを教えてくれた。

そして、アキちゃんが加入してからの第1弾の「エタホワ」は、素晴らしいデキバエだった。リリックスの中に、MAXの過去の楽曲の曲名や歌詞の一部、アルバムタイトルなどがちりばめられてるっていうサービスぶりが、逆に、「それまでのMAXにグッバイ」って感じで、ナニゲに胸が痛くなりつつも、ナナさんが書いたラップのリリックスで「そっとギュッと」なんて言われちゃった日にゃあ、あたしはメロメロになっちゃった。

そんなこんなもありつつ、あたし的には、自然とアキちゃんのことを認めるようになって行った。この「きっこの日記」でも、最初は「アキ」って呼び捨てにしてたけど、そのうち「アキちゃん」て書くようになった。美奈子のことを「美奈子」って書いてるのは、愛してるからこその呼び捨てで、アキちゃんのことを「アキ」って書いてたのは、「まだMAXのメンバーとしては認められない」ってことからの呼び捨てだった。だから、あたしが「アキちゃん」て書くようになったのは、MAXファンを代表するあたしの心の中で、アキちゃんが見習いメンバーから正式メンバーへと昇格したってことだった。

‥‥そんなワケで、アキちゃんは、ホントによくがんばって来た。6年前、アキちゃんが加入した当時、あたしは、あくまでも「美奈子の抜けた穴を埋める役」って見方をしてたけど、いろんなとこでライブを観たり、新曲を聴いたりするたびに、「美奈子の代わり」なんかじゃなくて、「前田亜紀」っていうひとつの個性として観ることができるようになった。でも、それは、あたしの見方が変わったワケじゃない。アキちゃん自身が、見えないとこで人の何倍もの努力を続けて来たことで、自らが輝き始めたからだ。

アキちゃん、卒業おめでとう!
これからは、夢に向かってがんばってね!
あたしは、これからもずっと、愛するMAXと一緒に、アキちゃんを応援してくよ!
そして、6年間、ホントにありがとう!


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2008.08.07

ストリートビューはプライバシービュー

8月5日からスタートした「グーグルマップ」の「ストリートビュー」で、自分の家を見るのが流行ってるみたいなので、あたしもさっそく自分のマンションを見てみた。でも、マンション自体はハッキリと分かるけど、あたしのお部屋は2階なので、画面を拡大するとワクから出ちゃうみたいだった。これ、人の顔や車のナンバーまで分かるから、あたしがベランダで踊ってるとこかが映ってたらヤバイって思ってたんだけど、それだけは回避できた。それで、誰か知り合いでも映ってないかと思って、画像を見ながら、マンションから駅までの道を進んでみたら、知ってる人が2人もいた。

でも、あたしから見たら「知り合い」だけど、その人から見たら「自分」なワケで、道を歩いてる自分の姿が、自分の知らない間に全世界に配信されてるなんて、これ、個人情報ナンタラカンタラって法律に触れないのかね? それで、いろんなとこを見て回ってたら、ナナナナナント! あたし発見!‥‥って、勝手に写すな~! それも、いつも行くパチンコ屋さんの、朝イチで並んでる開店待ちの列の中に、あたしがいるじゃん!(笑)

まあ、横向いてて顔が分かんないからいいけど、知り合いが見たら、絶対にあたしだって分かっちゃうよ。だけど、この画像って、今年の2月の頭ころに、新台を打つために並んでた時だから、撮影したのは半年も前ってことになる。その証拠に、あたしはコートを着てるし、他の人たちもダウンジャケットとか着てるから、間違いなく2月だと思う‥‥ってことは、今、グーグルの「ストリートビュー」で見られる街の風景って、半年も前のものってワケで、それ以降に建てられた建物とかは存在しないってことになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あまりにもプライバシーを侵害しまくってるグーグルの「ストリートビュー」だけど、あたしが分かったことは、何日かに分けて撮影したんじゃないか?ってことだ。もちろん、普通に考えたって、数えきれないほどある細い路地までをすべて撮影してるんだから、とても1日や2日で撮影できるワケはない。だから、これは、簡単に推測できることだけど、あたしが確信したのは、あたしのマンションの駐車場に、あたしの車が停まってなかったからだ。

あたしが朝からパチンコ屋さんに並んでたってことは、この日、あたしは、夕方くらいまで打ちまくってたワケで、車には乗ってない。つまり、あたしの車は、1日中ずっとマンションの駐車場に停まってたハズだ。それなのに、駐車場に車はなかった。つまり、パチンコ屋さんのとこを撮影した日と、あたしのマンションを撮影した日は、別の日だったってことになる。そして、こんな感じで東京中を撮影して回ってたのなら、運のいい人‥‥っていうか、運の悪い人の場合、自宅の窓から顔を出してる自分がいて、駅への道を歩いてる自分がいて、駅前の立ち食いそば屋から出て来る自分がいて‥‥って、何人もの自分が映ってる人もいるハズだ。

すでに、ネット上では、「ラブホテルから出て来るカップル」だの、「立ち小便してるオッサン」だの、いろんな人たちが本人に無断で公開されちゃってて、ちょっとした騒ぎになってる。ラブホから出て来るカップルにしたって、ちゃんとしたカップルだとしても本人たちにしてみればイヤだろうし、ましてやこれが不倫とかだったら、この「ストリートビュー」が原因で、離婚問題に発展したり、会社をクビになったりする可能性だってある。もしもそうなったら、グーグルはどう責任を取るんだろう?

グーグル側は、「人の顔にはボカシを入れて個人を特定できないようにしてる」って言ってるそうだけど、あたしの写真を見る限り、本人であるあたしは、見た瞬間に自分だって分かったし、あたしの知り合いが見ても、確実にあたしだって分かると思う。車のナンバーにしても、多少はボカシてるみたいだけど、車によっては4ケタの数字がちゃんと読めるし、車体に貼ってあるステッカーや会社名なんかはハッキリと見えるから、知り合いの車なら一発で分かっちゃう。

たとえば、ある運送会社のトラックが、ある一般道路を走ってるとこが映ってたとする。会社名も、ナンバーも分かる画像だ。で、その会社では、A地点からB地点へ荷物を運ぶために、高速券を配布してたとする。より早く荷物を届けるためだ。でも、この運転手は、高速には乗らずに、下の一般道を走って、高速券を浮かしてた。何日ぶんかを溜めといて、金券ショップに売って、お小遣いにしてた。それが、この「ストリートビュー」で会社にバレちゃったら、こんなご時世だから、クビになっちゃう可能性もある。

もちろん、不倫をするのも、高速券を浮かすのも、どっちも悪いことだから、それがバレて社会的な制裁を受けたりしても、それは自業自得だ。だから、あたしは、そうした人たちを擁護するつもりはモートーない。ただ、あたしが言いたいのは、本人の関係者でも警察でも何でもない、単なるネット上の無料サービスが、こんなにも個人のプライバシーを侵害するようなことをして問題にならないんだろうか?ってことだ。

あたしは、立ち小便をしてる人の画像を見たけど、ナナメ後ろからの画像だったけど、横顔とか髪型とか洋服の柄とかがハッキリ分かって、知り合いなら絶対に誰だか分かると思った。そして、こんな写真があるってことは、土手で野グソをしてる人とか、河原でセックスをしてる人まで映ってる可能性もあると思った。ま、あたしは、土手で野グソはしないし、河原でセックスもしないからいいんだけど(笑)

それにしても、「個人のプライバシーを侵害してまて、果たしてこんなサービスが必要なのか?」って考えた場合、ひとつだけ言えるのは、「半年ものタイムラグがなければ利用価値があるかも」ってことだ。1週間ごととかに画像が更新されて、常に最新の街の風景とかが見られるのなら、初めて行く待ち合わせの場所を事前に画像で確認したり、四季折々の風景を楽しんだりってことができる。

だけど、半年も前の風景じゃ、季節は正反対だし、今はマンションが建ってる場所が空地だったり、すでに潰れてるお店が営業してたりと、移り変わりの早い都会じゃ役に立たない。現に、今、工事中で車が通れない場所を「ストリートビュー」で見てみたら、半年前のままで、普通に通ることができた。だから、もしも「ストリートビュー」で道路を確認してから車で出発したら、この場所で足止めを食らってたことになる。逆に、渋谷なんか、とっくに終わってる駅前の工事の様子が映ってたし。

‥‥そんなワケで、ナンダカンダと疑問を呈してみたけど、せっかくの無料サービスなんだから、あたしもみんなとおんなじに、しばらくは楽しんでみようと思ってる。そして、まずは「芸能人探し」でもしてみようかと思ってる。すでに、某公園で犬の散歩をしてる某芸能人も発見しちゃったし、これからは、知ってる芸能人の自宅周辺を中心に、順番に覗いて行こうと思う今日この頃なのだ。


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2008.08.06

毒ギョーザ事件は掘り下げるなと福田首相

「毒ギョーザ事件は掘り下げるなと福田首相」(世田谷通信)

中国「天洋食品」の冷凍ギョーザによる薬物中毒事件で、中国側は自国での毒物混入を強く否定していたが、その後、中国国内で回収された冷凍ギョーザの一部が市場に出回り、それを食べた中国人が中毒症状を起こしていたことが分かった。毒物は、日本で検出された物と同一の有機リン系の殺虫剤成分「メタミドホス」であり、これで中国国内での毒物混入の疑いが高まった。この事実は、7月初めに中国外務省から在中国日本大使へ報告され、すぐに首相官邸にも伝えられたが、洞爺湖サミット直前だったことから、福田康夫首相は「この件は掘り下げるな」と、暗に報道しないようにとの指示を出したため、1カ月も遅れてからの発表になった。サミットやオリンピックを成功させるために、人の命に関わる悪質な犯罪を報道しないように指示をするとは、この国の政府はいったいどこを見て政治をしているのであろうか。(2008年8月6日)

http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20080806


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黙祷しないテレビ

今日は、63回目の「原爆の日」だけど、未だに数多くの被害者たちが苦しんでること、未だにアメリカは原爆投下を正当化し続けていて謝罪してないこと、そして、世界唯一の被爆国であるこのニポンが、その加害国であるアメリカの戦争に協力し続けてることなどから、数えきれないほどの原爆犠牲者たちの命がムダになったままだと言えるだろう。歴史を振り返れば、あたしたちニポン人だって、他国に対してとても酷いことをして来た。だから、あたしたちの国は、被害者でもあるけど加害者でもある。

でも、こと「戦争」に関しては、双方の国が冷静に過去のアヤマチを直視して、二度と同じ間違いを繰り返さないようにして行くことこそが、人間の知恵だと思う。どこかの国の人たちのように、声を大にして責任の所存を追及してるだけでは、問題の根本解決には至らない。被害者だ加害者だと騒ぎ立てることよりも、双方の国民ひとりひとりが、多くの犠牲者たちの無念を心に刻みつけて、二度と同じ間違いを繰り返さないように誓うこと。あたしは、これが、平和への道だと思う。

だから、毎年8月6日の午前8時15分と、8月9日の午前11時2分に黙祷することは、ニポン人として、とても大切なことだと思う。でも、今日の午前8時15分、広島の平和祈念式典の様子を中継してたのは、NHKの他には、民放ではテレビ朝日だけだった。式典で1分間の黙祷をしてる間、日本テレビでは「北京オリンピック」、TBSでは「後期高齢者医療制度」、フジテレビでは「下水の事故」、テレビ東京では「伊豆のイセエビ料理」を放送してた。そして、民放で唯一、式典を中継してたテレビ朝日でも、この1分間の黙祷の間、コメンテーターがペラペラとしゃべり続けてた。そして、誰1人、一緒に黙祷した人はいなかった。


‥‥そんなワケで、今日は「いかがお過ごしですか?」はナシにして行くけど、あたしは、今のテレビがどんなレベルなのかを調べるために、1分間の黙祷が始まってから、すべてのチャンネルをチェキして、30秒遅れで黙祷を始めた。だけど、式典を中継してたテレビ朝日にチャンネルを戻してから黙祷を始めたら、コメンテーターのおしゃべりが気になって集中できなかったから、テレビを消して、最初から黙祷をし直した。だから、今年のあたしの黙祷は、約1分遅れになっちゃった。

それにしても、1年365日ずっと放送してるテレビが、そのうちのたった1分間を戦争の犠牲になった人たちのために祈る、同じアヤマチを繰り返さないように心に刻む‥‥ってことが、どうしてできないんだろう。たとえば、ちょうどこの時間に、どこかで大地震が起こったとか、そうした緊急ニュースが飛び込んで来たのなら仕方ないけど、民放各局が平和祈念式典よりも優先して放送してたのは、マクラで挙げた通り、決して緊急を要する内容じゃなかった。それどころか、日本テレビに至っては、北京の「鳥の巣」の前で大ハシャギしてるレポーターが中継で映ってたから、あたしは、「この人の頭の中には、今この瞬間が原爆を投下された時間だなんて、きっとミジンも思ってないんだろうな」って思った。

この時間て、すべての民放が朝ワイドの生放送中なんだから、あたしの感覚だと、年に一度の広島の平和祈念式典は「中継して当然」だと思ってたし、最低でも黙祷の部分だけは中継して、スタジオの人たちも一緒に黙祷するもんだと思ってた。だけど、今まで、こんなふうに各局を調べてみたことなんかなかったから、今日はホントに驚いた。広島の式典で、4万5000人もの人たちが黙祷してる瞬間に、中央のテレビ局のほとんどが、まったく関係ない放送を垂れ流してる上に、唯一中継してたテレビ朝日でも、黙祷の間、ずっとコメンテーターがペラペラとしゃべり続けてるなんて、あたしは、世も末だと思った。

これが、世界唯一の被爆国の、それも首都圏のテレビ放送の実態なのだ。これが、今のテレビ番組を制作してる人たちのクオリティーなのだ。原爆の犠牲になった数えきれないほどの自国民に黙祷を捧げることよりも、どうでもいいような放送を垂れ流すことを優先してるのが、この国の情報の主軸を担ってるハズのテレビっていう媒体の実態なのだ。そして、これは、一見すると「テレビの堕落」ってふうに思えるけど、ホントはそうじゃない。この国を「アメリカと一緒に戦争のできる国」にしたい政府が、戦争の悲惨さを伝えるような放送をできるだけ自粛するようにと圧力をかけてるからなのだ。

今、テレビでは、あと何年かで「地デジ」に変わるからと、ヤタラと宣伝をしてる。そして、テレビの買い替えや専用チューナーの購入を煽り続けてる。だけど、あたしの周りの多くの人たちは、すでに「テレビ離れ」を起こしてるから、「地デジになったらテレビは観ない」って言ってる。さらには、値上げに次ぐ値上げで、生活必需品も買えないようなご時世の上に、いつ総選挙を行なうのかが決まらないうちから、自民党は消費税の大増税を連呼し続けてるんだから、わざわざ高いお金を払ってテレビを買い替えてまで、落ちるとこまで落ちたテレビ番組なんか観ようと思う人は少ないだろう。

あたしは、地デジ放送が始まったら、テレビを観る人は激減すると思ってる。だって、今は、インターネットで、ニュースでもスポーツでも音楽でも映画でもアニメでも、ありとあらゆるものが手に入るからだ。それも、テレビのように放送時間に自分を合わせるんじゃなくて、深夜だろうと早朝だろうと、自分の観たい時間に観ることができる。だから、あたしは、高いお金を払ってまでテレビを買い替えるよりも、もっと高性能なパソコンに買い替えたり、サブのパソコンを買ったり、ADSLを光に変えたりって、自分のインターネットの環境を良くすることにお金を使う人のほうが、遥かに多いと思う。

ようするに、すでに世の中では「自民党離れ」と「テレビ離れ」が始まってるってワケで、「自民党離れ」にトドメを刺すのが「消費税の大増税」であり、「テレビ離れ」にトドメを刺すのが「地デジの導入」だってワケだ。つまり、自民党が必死になってテレビでの情報操作をしたとこで、もう騙されるような人たちはほとんどいないってワケだ。だいたいからして、8月6日の午前8時15分に、原爆の「ゲ」の字も放送しないようなテレビなど、もうあたしたちには必要ないだろう。逆に、インターネットを見ると、今日8月6日には、数えきれないほどのブログが原爆の日について書いてる。平和を愛する数多くのミュージシャンやアーティストが、8時15分に黙祷したって書いてる。

‥‥そんなワケで、あたしは、これこそが国民のホントの声なんだと思う。ふだんは原爆のことや戦争のことなんか考えてないような人でも、今日だけは「考える日」なんだって、多くの人たちは知ってるのだ。テレビが報じなくても、みんな知ってるのだ。そして、それは、インターネットによる功績が大きいと思う。だから、あたしは、今年も「戦争を語りつぐ60年目の証言」をご紹介させていただく。「広島・長崎の原爆体験特集」ってとこの右にある「=目次=」をクリックすると、寺田修一さんの「枯れない涙」をはじめ、実際に広島や長崎で原爆を体験した人たちの貴重な体験談を読むことができる。あたしは、毎年、8月6日と9日には、これらの体験談を読み返して、心に刻み込むようにしてる今日この頃なのだ。


「戦争を語りつぐ60年目の証言」
http://www.geocities.jp/shougen60/


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2008.08.05

「Peace Hiroshima 8・6 Lounge」のお知らせ

Ph1
前日のお知らせになってしまい申し訳ありませんが、明日、8月6日、東京銀座の「砂漠の薔薇」で、平和をテーマにした音楽イベント「Peace Hiroshima 8・6 Lounge」が開催されます。去年は、ネット上で風船に平和へのメッセージを書いて飛ばすという「ピースヒロシマ」の企画をご紹介させていただきましたが、今年は、それと並行してイベントも行なわれますので、以下、ご紹介させていただきます。


「Peace Hiroshima 8・6 Lounge」

1.広島県出身で、郷土愛の強いことでも知られる、アーティスト奥田民生さんと、現在TOHOシネマズなどで公開中の映画「GATE」の監督マット・テイラーさんからのビデオメッセージ。
 
2.キャンドルアーティストのCandle JUNE さんによる、福岡県星野村から運ばれてくる63年前の原爆の残り火“平和の火”を使っての空間演出。
 
3.J-WAVEのナビゲーターとして知られるロバート・ハリスさんによる、オリジナルのポエトリー・リーディングなどを予定しております。

当日、イベントにご参加いただいた方々に鶴を折っていただき、後日広島市の平和公園内にある専用記載台に千羽鶴として奉納する予定です。
また、イベントの収益の一部は、広島市にある被爆者特別擁護老人ホームに寄付いたします。


■出演者 
ポエトリー・リーディング : ロバート・ハリス
アーティスト : NATA、上畑正和、内田ボブ、Miyu
MC : 鈴木希依子(古舘プロジェクト)
DJ : Kei(QUINTRIX)、Muthafunka、Char、Torii
VJ : 西郡勲、黒田賢、池田一真
Photographer : ZIGEN、カズ アラハマ、栗栖誠紀、角尾敦志、町田仁志

■空間演出
Candle JUNE

■日程・時間
8月6日(水曜日)19時開場 20時スタート 24時終了(予定)

■参加費
1000円

■場所
銀座 砂漠の薔薇 http://www.sabakunobara.jp


「ピースヒロシマ」(今年も平和のメッセージをお願いいたします)
http://www.peacehiroshima.com/

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フロッピー麻生のナチス発言

フロッピー麻生のナチス発言は、とても良識ある社会人の発言とは思えないクルクルパーぶりが炸裂してて、全世界が呆れ果てていますが、海外ではどんなふうに報じられているのか、ワリと中立的な表現で書いているロイター通信の記事をいつもの「きっこ訳」で申し訳ないけど、以下、ご紹介します。


「Japan's Aso raises hackles with Nazi comment (日本の麻生がナチス発言で怒りを買っている)」

日本の政治家、麻生太郎は、ナチス発言で野党第一党を怒らせてしまった。

国民から嫌われている福田康夫首相が自分の支持率を改善できなければ、次の自民党の党首は麻生氏だと言われている。その麻生氏による今回の問題発言は、日経新聞の伝えたところによると、民主党の江田五月氏が「有権者は自民党離れを起こしている」と発言したことに刺激された麻生氏が、「歴史を見れば分かるように、有権者が政府与党から離れれば、ナチスのような政党が権力を握ってしまうことになる」と応じたことが問題になっている。

民主党側は、この発言を「絶対に許されないもの」として、麻生氏に対して発言の撤回と謝罪を要求したが、麻生氏は「民主党のことをナチスと言ったわけではない」と弁明している。

麻生氏の事務所は、ナチスという言葉の持つ重要性を考えずに軽い気持ちで発言してしまったことだけは認めたが、麻生氏の発言の趣旨は、「民主党が議論を受けようとせず、議論なきままに議会が開催されたことが深刻な問題なのだ。これは、ナチスの体制が生まれた状況と類似している」ということであると説明している。野党は、1年前の総選挙の勝利によって参議院の議席の過半数を占めたため、それ以来、与党側の立法を阻止するために、この力を使って来た経緯がある。

一方、麻生氏には、過去にも人々を不快にさせる発言を繰り返して来た経歴がある。2001年には「日本は金持ちのユダヤ人たちが住みたがるような国にならなければならない」と発言している。また彼は、日本による朝鮮半島の植民地化を擁護するような発言をしたり、アルツハイマー症をジョークに使ったりもして来た。

しかし、麻生氏は、日本でとても人気のある政治家のうちの1人である。産経新聞の世論調査によると、現在の福田康夫首相を「首相として適切」と回答した人はわずか6.4%しかいなかったのに対して、麻生氏を「首相として適切」と回答した人は23%もいた。

http://www.straitstimes.com/Latest%2BNews/Asia/STIStory_264702.html


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霊長類の半数が絶滅の危機

「霊長類の半数が絶滅の危機」(世田谷通信)

5日、国際自然保護連合(IUCN)などの研究グループが、地球上に生存している霊長類のうち約半数の種が絶滅の危機に瀕しているとの調査結果を発表した。現在、地球上には634種の霊長類が生息しているが、そのうちの303種が絶滅の危機に瀕しており、その中の69種は「極めて絶滅の恐れが高い」というカテゴリーに分類された。こうした状況には、地球温暖化や環境汚染など様々な原因が考えられるが、最大の原因となっているのが、最近の先進国のバイオ燃料ブームによって加速度的に進んでいる森林伐採であると報告された。634種の霊長類のうちの1種である「ヒト」が、同じ地球上に生きる他の霊長類をすべて絶滅させてまで手に入れたい物とは何なのか。取り返しのつかないことになる前に、我々は一度立ち止まって考えるべきなのではないだろうか。(2008年8月5日)

http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20080805


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これでいいのだ!

Bp1
マンガ家の赤塚不二夫さんが亡くなって、いろんな人たちがいろんなコメントをしてるんだけど、あたしから見て、「なんかズレてる」って感じる記事や放送も多い。何よりも違和感を覚えたのは、今、流行りのバカタレントなんかにコメントを取りに行って、食傷気味のバカコメントを引き出した上で、赤塚不二夫さんのことを「おバカの元祖」って紹介した記事だ。あたしは、これほど失礼なことはないと思った。あんな来年には消えてくような一発屋のバカタレントどもなんかと同列に扱うな!って思った。

それから、各ワイドショーに出てるコメンテーターたちが、ロクに赤塚マンガを読んでもいないのが見え見えなクセに、みんな揃って「ニャロメ」だの「ウナギイヌ」だのって繰り返して、画面にはアニメの「天才バカボン」を流し続けたことだ。赤塚不二夫さんは、マンガだけが自分の作品であって、アニメはテレビ屋が作者の意志を無視して作ったものだって言い続けてた。「天才バカボン」が最初にアニメ化された時には、制作サイドから、それまで謎だったバカボンのパパの職業を何かに設定する必要があるって言われて、ムリヤリに「植木屋さん」てことにされて、それに憤慨したって経緯もある。

さらには、国家権力を振りかざす警官が大嫌いだった赤塚不二夫さんは、目ん玉つながりのおまわりのことを「小バカにする対象」として扱ってて、マンガの中では「ピストルのおまわり」とか「目ん玉つながりのおまわり」とかって呼び捨てにしてた。だけど、これもアニメ化するにあたって「不適切」ってことで、勝手に「本官さん」なんて名前をつけられたのだ。赤塚不二夫さんは、こうしたやり方にガッカリして、「自分の作品はマンガだけだ」「アニメは自分の作品じゃない」って言い続けてた。それなのに、平然とアニメを流し続ける各ワイドショーを見て、あたしは、「まったく何も分かってないんだな‥‥」って思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、「おそまつ君」はアニメでしか観たことないし、「ひみつのアッコちゃん」にしても、アニメの再放送を観た記憶がウッスラとあるくらいで、それほど印象はない。「天才バカボン」は良く観てたけど、「おそまつ君」と「ひみつのアッコちゃん」はそんなに観てないから、おそまつ君が六つ子だってこととか、イヤミが「シェー!」って言うこととか、チビ太がおでんを好きなこととか、アッコちゃんが「テクマクマヤコン」て言うことくらいは、一般常識として知ってるけど、どんな内容だったのかは、ほとんど覚えてない。それに、ちゃんと観てたとしても、赤塚不二夫さん自身が「アニメは自分の作品じゃない」って言ってるんだから、マンガを読んでないものに関しては何も言えない。

あたしにとっての赤塚マンガって、やっぱり、「もーれつア太郎」と「レッツラ・ゴン」だ。「天才バカボン」があまりにも面白かったから、あとから両方ともコミックスで読んだんだけど、子供のクセに浪花節な「もーれつア太郎」と、あまりにも過激な「レッツラ・ゴン」の面白さは、「天才バカボン」の比じゃなかった。だから、あたしは、チビ太よりもデコッ八のほうに親近感を持ってるし、ピストルのおまわりにしても、「天才バカボン」に出て来る時よりも、「レッツラ・ゴン」に出て来る時のほうが、遥かにメチャクチャにやられてて大爆笑だった。

で、まずは「もーれつア太郎」だけど、今さらあたしが説明するまでもなく、ア太郎は子供なのに1人で八百屋さんをやってる。お父さんは「×五郎(ばつごろう)」って言って、死んだけど幽霊になって自宅にいる。そして、ア太郎の気風に惚れて、押しかけ子分になったのが、デコッ八だ。この「もーれつア太郎」では、主人公のア太郎よりも、脇役のホープのニャロメや、場面転換の時に出て来るケムンパスのほうが知名度があったりする。だから、ニャロメやケムンパスを知ってても、それが登場するマンガが「もーれつア太郎」だってことを忘れてる人も多いくらいだ。他にも、ココロのボスを始めとした名脇役がいろいろと登場するんだけど、あたしはやっぱり、ア太郎とデコッ八とのやり取りが好きだった。

20年以上も前に読んだので、あんまりハッキリとは覚えてないんだけど、キャベツを買いに来た奥さんが、「キャベツは炒めると美味しいのよね」って言ったのに対して、デコッ八は「生のほうが美味しいですよ」って言っちゃう。これは、デコッ八の正直さから出た言葉だ。そして、自分の言ったことを否定されちゃったみたいで、ちょっと不機嫌になりかけた奥さんに対して、商売人のア太郎は、すかさず「やっぱり炒めたほうが美味しいですよ」って言って、ご機嫌をとる。これで、奥さんの機嫌は直って、キャベツを買ってってくれた。

だけど、それを見たデコッ八は、心の底から「キャベツは生のほうが美味しい」って信じてるし、野菜に詳しいア太郎だって絶対にそう思ってるハズだから、ア太郎がお客にオベンチャラを使ってウソをついたと思っちゃう。男の中の男として、自分がリスペクトしてた親分が、こともあろうにお客にオベンチャラを使うなんて‥‥。このショックと、一の子分としての自分の主張を否定されたってことのショックとで、デコッ八は、その場から走ってどこかへ行っちゃう。

そして、夕暮れ。橋の下みたいなとこで、デコッ八がヒザを抱えて泣いてると、そこにア太郎がやって来る。ア太郎は、お客さまあっての商売なんだから、時にはお客さまに合わせなきゃいけないってことを教えるんだけど、デコッ八も、そんなことは分かってた。それよりも、親分が自分のことを心配して探しに来てくれたってことが嬉しくて、ア太郎の胸に飛び込んで泣く。照れるア太郎は、兄貴風を吹かせて、デコッ八の頭をコツンと叩いて、「もうあんなことを言ったらダメだぞ」って言う。すると、デコッ八は、泣きながら、「はい、分かりました!親分!」って言ったあとに、「でもやっぱりキャベツは生のほうが美味しい!」って叫び、2人で笑い合う‥‥って感じだ。

とにかく、20年も前に読んだマンガの内容だから、細かいシチュエーションとかセリフとかは正確じゃないけど、これが、未だにあたしの心に残ってる「もーれつア太郎」の名シーンのひとつだ。あたしは、男同士の友情とか、美しい子弟愛とか、義理と人情とか、自分のまったく知らなかった世界をこのマンガから教えてもらった。だから、コメントを求められて、短絡的に「ニャロメ」だの「ケムンパス」だのって言ってる人たちを見ると、「この人たち、ホントにア太郎を読んでたのかな?」って疑っちゃうのだ。

‥‥そんなワケで、もうひとつのあたしのフェイバリットである「レッツラ・ゴン」は、何と言っても過激さがものすごかった。あたしが大好きだったのは、最終兵器のネコ爆弾、「イラ公」だったんだけど、クマの「ベラマッチャ」も大爆笑だった。そして、最初にも書いたけど、ピストルのおまわりのやられ方もハンパじゃなかった。「天才バカボン」の場合は、やられるって言っても、ちょっと痛い思いをするとか、上司に怒られるとか、恥をかくとか、ようするに、バカボンのパパによって「ギャフンと言わされる」ってレベルだったけど、「レッツラ・ゴン」の場合は、車に轢かれた上にガソリンをかけられて火をつけられるってレベルのやられ方で、ホントの人間だったら完全に死んでるレベルだった。

それも、ピストルのおまわりだけじゃなくて、イジメられ役のベラマッチャも、毎回毎回やられっぱなしで、その方法もメチャクチャだ。殴る蹴るは当たり前で、目玉を何メートルも引っぱられたり、口を縫いつけられたり、挙句の果てには、口から手を突っ込まれて、全身の皮を裏返しにひっくり返されちゃって、体の外側に内臓がぶら下がってるっていう、まるで理科室の人体模型みたいにもされちゃうのだ。いろいろと過激なマンガを読んで来たけど、サスガのあたしも、これにはぶっ飛んだ。

今でこそ、「ハイテンション」とか「シュール」とかって言葉が一般的に使われてるけど、このマンガが描かれた当時には、これらの言葉は一般的じゃなかったと思う。そんな時代に、これほどハイテンションでシュールなギャグマンガを描いてたなんて、ホントに天才だと思う。それなのに、その天才を送るコメントが「ニャロメ」や「ケムンパス」だなんて、赤塚マンガから何も受け取ってない人たちって、あまりにも寂しすぎる。

「レッツラ・ゴン」みたいなマイナーなマンガじゃなくて、誰もが代表作のひとつだと認めてる「天才バカボン」にしたって、コメントを寄せてる人たちの感覚って、やっぱり、なんかちょっと違う。あたしは、「天才バカボン」も好きだけど、何よりも好きなのは「天才バカボンのおやじ」のほうだ。簡単に言えば、「天才バカボン」は子供向け、「天才バカボンのおやじ」は大人向けに描かれたマンガだけど、あたしは、バカボンが好きな人なら、みんながそうだと思ってた。

バカボンが好きってことは、バカボンのパパが好きなワケで、バカボンのパパが好きってことは、バカボンのパパの究極の世界である「天才バカボンのおやじ」が好きに決まってるハズなのに、これほどの大傑作マンガについて、誰ひとり触れもしない不思議。この人たち、ホントに赤塚マンガを読んでたの?って疑いたくなる。この人たち、ただ単にテレビで「天才バカボン」を観てただけなんじゃないの?って思っちゃう。

たとえば、おんなじストーリーであっても、子供向けの「天才バカボン」の場合は、パパが天然でやったことが、風が吹けば桶屋が儲かる式に連鎖してって、最終的にピストルのおまわりがギャフンてなったりする。ようするに、パパには何の意図もないってことになってる。だけど、これが、大人向けの「天才バカボンのおやじ」になると、最後に悪どい顔つきでニヤリと笑うおやじを見て、バカのフリをして、実は最初からすべてを計算してたんだってことが分かる。それが、子供向けとは大幅にタッチを変えた画風とあいまって、何とも言えない笑いを引き出す。まるで、バカのフリをしてアイドルをやりながら、実は株だのFXだの焼肉屋の経営だのでシッカリと財テクしてるゆうこりんみたいで、これこそが赤塚マンガの真骨頂だ。

手塚治虫は、自分の代表作のひとつである「鉄腕アトム」をパロディにして、ネコが主人公の「アトムキャット」を描いたけど、これは、「パロディ」って言葉は正確じゃないし、「リメイク」でもなければ「コラージュ」でもなければ「スピンオフ」でもないし、こういうパターンを何て呼べばいいのか、あたしには分かんない。

ただ、「鉄腕アトム」があったからこそ「アトムキャット」が楽しめたワケで、最初から「アトムキャット」だけしか描かれなかったら、あたしはこんなに好きなはならなかったと思う。「天才バカボンのおやじ」も、これとおんなじで、やっぱり「天才バカボン」があったからこそ楽しめたワケで、パロディでもなく、リメイクでもなく、自分の大ヒット作をこうして生まれ変わらせる才能ってのは、ホントの天才にしかできないことだと思う。

‥‥そんなワケで、赤塚マンガを読んでなくて、テレビのアニメしか観てないような人たちが、知った顔して「ニャロメ」とか「シェー!」とか「これでいいのだ」とか言ってるのを見て、あたしは、すごく寂しい気持ちになった。だって、ホントに赤塚マンガを好きだった人なら、絶対に「天才バカボンのおやじ」と「ギャグゲリラ」の2作の名前を挙げるハズなのに、あたしが観た限り、誰ひとり、これらの大傑作の名前を挙げた人がいなかったからだ。だから、センエツながら、あたしが代表して言わせてもらうけど、ホントの意味での赤塚マンガの代表作は、「天才バカボンのおやじ」と「ギャグゲリラ」なのだ! なのだったらなのなのだ!‥‥ってなワケで、赤塚不二夫さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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2008.08.04

地球の家族たち

キリンの首が長いのは、他の草食動物が届かないような木の高いとこの葉っぱを食べるために進化したものだし、ゾウの鼻が長いのは、食べ物を口に運んだり水を飲んだりと、手の代わりにアレコレをするために進化したものだって言われてる。キリンの祖先だって言われてる動物の絵を見ると、ウマやシカくらいの首の長さだし、ゾウの祖先だって言われてる動物の絵を見ると、鼻は太くて短くて、今のゾウみたいに自由に動かすことはできなそうだ。

もちろん、キリンやゾウだけに限らず、他のいろんな生き物の体の特徴は、それぞれの環境に合わせて進化して来たものだ。だから、あたしたちから見たら「キレイだな」としか思わないようなチョウチョの羽の丸い模様だって、実は、大きな動物の目を模してる模様で、天敵の小動物から自分の身を守るための擬態だったりする。

だから、たくさん羽化したチョウチョの中で、1匹だけ、突然変異でこの模様のないチョウチョが生まれたとしたら、仲間たちの中で、真っ先に天敵の餌食になっちゃうだろう。そして、これとおんなじように、突然変異で、首の短いキリンが生まれたとしたら、他のキリンたちよりは、生存率が低くなる。動物園とかで飼育されてるなら、食べ物の心配がないから問題ないと思うけど、野生のキリンだったら、ケッコー厳しい状況になるだろう。

たとえば、アフリカの草原にいる野生動物の場合なら、肉食動物も草食動物も「速く走る」ってことが何よりも重要だ。だから、生まれつき足に障害があって走ることができなければ、肉食動物なら自分で獲物を捕ることがなきないし、草食動物なら逃げることができない。そのため、気の毒だけど、たいていの場合、その子は親から見捨てられる。

でも、これを「気の毒」って思うのは、人間ならではの感覚であって、自然の世界では普通のことだ。親は子供よりも先に死ぬものだから、子供が寿命をまっとうするまで親がメンドウをみることはできない。だから、1人で生きてくことのできない子供は、早い時期に見捨てられる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、おんなじ動物でも、野生の場合と人間に飼育されてる場合とでは、状況が大きく違う。野生なら絶対に生きて行けないようなハンデを持ってても、人間に飼育されてれば、何とかなる場合も多い。最近だと、沖縄の「美ら海水族館」のバンドウイルカの「フジ」が有名だ。テレビでもドキュメンタリーとして放送されたから、知ってる人も多いと思うけど、フジは、6年前の2002年に、病気で尾ビレの75%を失ってしまい、それまでのように自由に泳ぐことができなくなった。イルカにとって、泳ぐことができないってことは、完全に「死」を意味する。

でも、フジの場合は、少しは尾ビレが残ってたから、ジャンプや芸はできなくなったけど、ゆっくりと泳ぐことは可能で、水族館の中で生きて行くぶんには、そのままでも何とかなる程度の欠損だったそうだ。実際、フジとおんなじくらいに尾ビレを欠損した野生のイルカでも、ちゃんと自分でエサを捕って、がんばって生きてる例もあるそうだ。

だけど、美ら海水族館の担当者たちは、何とかフジを以前のようにジャンプできるようにしてやりたいって思って、株式会社ブリヂストンの全面協力を受けて、世界初の「人工の尾ビレを作るプロジェクト」がスタートした。そして、試行錯誤を繰り返した2年後、素晴らしい人工の尾ビレが完成して、今のフジは、自由自在に泳ぐことも、シャンプもできるようになった。

あたしは、ジャンプできるようになったフジをテレビで見て、それまでとは明らかに表情が違うことが分かった。イルカの顔って、いつでも笑ってるみたいな感じがするけど、尾ビレを失って自由に泳げなかった時と比べると、人工の尾ビレをつけてもらって、昔のようにジャンプできるようになったフジの顔は、間違いなくキラキラと輝いてた。あたしは、感動して、涙が止まらなくなった。

だけど、「美ら海水族館」のサイトには、「決して、フジがかわいそうだから(人工尾ビレを)作ろうという考えに端を発したものではありません」って書いてある。それは、最初にも書いたように、フジのレベルのハンデなら、そのままでも水族館の中で暮らしてくことができたからだ。だから、担当者たちは、「フジを昔のようにジャンプできるようにしてあげたい」って気持ちだけじゃなくて、このプロジェクトによって、まだ解明されてないイルカの泳ぎの不思議な部分をいろいろと調べたりするってことも含まれてた。

あたしは、人間の目線から動物を見て、ただ「かわいそう」って気持ちだけで何かをすることって、良くないことだと思ってる。野良猫にご飯をやることにしても、やるんだったら、雨の日も風の日も1日も休まずに死ぬまでやり続ける覚悟をしてから、最初の1回をやらなきゃいけない。そして、当然のことながら、周りの住民には絶対に迷惑をかけちゃいけない。だけど、実際には、全国で起こってる野良猫の問題にしても、犬屋敷の問題にしても、こうした常識を持ち合わせていない人たちが、自分の目線からの「かわいそう」って気持ちだけで自己満足のための行為を始めたことが原因になってる。

マンションのベランダをフンだらけにしてるハトの群れにしても、観光地のお土産屋さんを襲撃してるサルの群れにしても、観光客の持ち物を強奪するシカの群れにしても、すべてが無責任な人間による「最初のエサやり」が原因だ。アトサキのことを考えずに、その場の自分の「かわいそう」って気持ちだけで短絡的にエサやりを始めちゃうから、すぐに収拾のつかない状態になっちゃう。だから、あたしは、動物のことを知らない人間が、自分の感覚や価値観だけで「かわいそう」って思い込み、短絡的なことをするのって、周りに迷惑をかけるだけじゃなくて、その動物のためにもならない愚行だと思ってる。

だけど、美ら海水族館の人たちのように、その動物の専門家たちが、キチンとした考えに基づいて行なったプロジェクトには、「かわいそう」を遥かに超えた重要な意味がある。このプロジェクトの成功によって、フジと同様に尾ビレを失ったイルカたちが救われるってだけじゃなく、イルカの泳ぎの秘密を解明することによって、それが、あたしたちの生活にフィードバックして行くだろう。たとえば、船や潜水艦のスクリューに代わる新しい動力が開発されるかもしれないし、イルカの尾ビレからヒントを得た水中翼を取り付けることによって、現行の船の操作性や燃費が増すようになるかもしれない。

‥‥そんなワケで、イルカにとっての尾ビレは、鳥にとっての翼であり、翼をケガして飛べなくなった鳥も、野生じゃ生きて行けなくなる。そして、翼には問題がなくても、クチバシを失ったら、これまた野生じゃ生きて行けなくなる。3年前の2005年に、アメリカのアラスカ州の埋立地で、死にかけているハクトウワシが見つかった。密猟者に撃たれて上のクチバシを失ったハクトウワシは、自力でエサをとることができなくなり、餓死しかけていたのだ。

このハクトウワシは、体重が6.8kgのメスで、「ビューティー」と名づけられた。上のクチバシを失ってしまっていたため、舌と鼻孔が露出していて、自力では、エサを食べることも、お水を飲むこともできなかった。そして、鳥には重要な羽づくろいもできなかった。羽づくろいができなければ、飛ぶこともできなくなってしまうのだ。

それで、最初の1年間は、拾った人がエサを食べさせてたんだけど、何とかしてやりたいと思い、生物学者のジェーン・カントウェルさんに相談して、アイダホ州の「猛禽類回復センター」にビューティーを持ち込んで、エンジニアのネイト・カルバンさんの協力のもと、人工クチバシの製作が始まった。カルバンさんは、ビューティーの残った下のクチバシから型を取って、コンピューターでそれに合う上のクチバシを設計して、長い時間をかけてプロトタイプを完成させた。そして、今年の5月、ようやくプロトタイプの装着が成功したので、今後は、より強固な材質で作ったものに変更していく予定だという。

あたしは、写真を観たけど、なかなかカッコ良かった。ただ、長いこと人間からエサをもらってたビューティーは、野生に還しても自分でエサをとって暮らしてくことが難しいそうだ。そのため、生物学者のカントウェルさんが、人工クチバシを装着したビューティーを連れて全国をまわり、猛禽類を密猟しないようにと講演会を行なって行く予定だそうだ。

‥‥そんなワケで、鳥にとってのクチバシは、ホントに重要で、釣り人の捨てた釣り糸がクチバシにからまって、エサを獲ることができずに死んでしまう水鳥も多い。鳥たちをライフルや散弾銃で直接的に撃ち殺すことも、捨てた釣り糸やゴミによって間接的に餓死させることも、やってることはおんなじだ。そして、こうした酷いことをするのも人間なら、それを助けようとするのも人間だ。

秋田県の「大森山動物園」には、タイサ君(オス)とヒメちゃん(メス)っていう2羽のニホンコウノトリがいるんだけど、タイサ君は上のクチバシが折れてしまった。コウノトリのクチバシって、あたしたちが使ってるお箸みたいに細長くて、それこそお箸のように使ってる。クチバシの先ではさんだお魚をクックックッて飲み込んで行く。だから、コウノトリが片方のクチバシを失うってことは、あたしたちがお箸1本だけでご飯を食べろって言われてるようなもので、とてもじゃないけど何も食べられない。

そして、コウノトリの場合は、それだけじゃない。カタカタとクチバシを鳴らす「クラッタリング」っていう行為によって、相手を威嚇したり求愛したりと、コウノトリ同士での意思表示をしてる。だから、コウノトリにとってクチバシを失うってことは、エサが食べられなくなるだけじゃなくて、仲間同士でのコミュニケーションも失ってしまうことになる。

それで、大森山動物園では、地元の歯医者さんに協力してもらって、タイサ君の人工クチバシを製作することになった。そして、完成した人工クチバシをつけてもらったタイサは、つばらくすると羽づくろいを始めて、1年ぶりに自力でドジョウを食べることもできたのだ。そして、今では、メスのヒメちゃんと仲良くコミュニケーションをとりながら暮らしてる。だけど、これは、2羽だけで飼育されてるからこそ、うまくいってるのかもしれない。

あたしの大好きな「多摩動物公園」には、オス33羽、メス31羽、ニューハーフ1羽の合計65羽のニホンコウノトリがいる。もちろん、ニューハーフってのはジョークで、この1羽は「性別不明」ってことだ。で、こんなにたくさんのコウノトリがいたら、飼育係の人だって分からなくなっちゃうし、名前をつけても区別できない。2羽だけなら、タイサ君とヒメちゃんて名前をつけても識別できるけど、サスガに65羽もいたら、専門家でもムリだろう。

だから、多摩動物公園では、それぞれの脚に識別のためのタグをつけて、右脚に赤いタグをつけたのを「右赤」、左脚に青いタグをつけたのを「左青」なんてふうに呼んでる。味もソッケもないけど、これは仕方ないことだ。だけど、そんな中の1羽、左脚に赤いタグをつけた7才のオスだけは、あたしが見ても一発で分かる。それが、「ジョーロ君」だ。ジョーロ君は、5年前の2003年、ケージの金網にクチバシを引っかけてしまい、そのままムリに動いたため、上のクチバシを5cmほど残して折ってしまった。

それで、何とかエサを食べられるようにと、園の獣医師が機転を利かせて、園内にあったプラスティック製のジョーロの注ぎ口をタテに切って、残ってたクチバシに針金と樹脂で取り付けたのだ。これで、何とかエサを食べられるようになった上に、「ジョーロ君」なんてニックネームまでついちゃって、人気者になっちゃった。だけど、ジョーロ君は、クラッタリングをしなくなった。上のクチバシがプラスティックだから、みんなのような音が出ないからだ。それで、ジョーロ君は、自分のほうからは仲間とコミュニケーションしなくなり、このままじゃイジメの対象になっちゃうってことで、隔離されてケージで飼われるようになった。

それで、2年前に、いい音が出るようにと、アルミ製のクチバシに交換してもらったんだけど、ジョーロのクチバシを長いこと使ってたからなのか、まだクラッタリングをしようとはしないそうだ。やっぱり、大森山動物園のように2羽だけの場合なら「家族」だけど、65羽もの群れの場合だと「社会」になっちゃうから、みんなに馴染むのはなかなか難しいのかもしれない。

こんなふうに、鳥の欠損したクチバシを人工で補うってのは、たくさんの例があるんだけど、その中でも珍しいのが、神奈川県川崎市にある「夢見ヶ崎動物公園」のフンボルトペンギンだ。6年前、当時4才のオスのペンギンが、オス同士のケンカで、クチバシの3分の1を折ってしまった。それで、このままじゃエサを食べることができないので、歯医者さんや歯科技工士さんたちの協力のもと、人工クチバシが完成した。

耐久性などの問題もあって、今でも2ヶ月ごとに調整したり付け直しをしたりしてるそうだけど、この人工クチバシによって、ちゃんと求愛行動もできるようになって、めでたく子供を作ることもできたのだ。夢見ヶ崎動物公園は、あたしの大好きな動物園のひとつで、もう軽く10回以上は行ったことがあるけど、何でかっていうと、ここだけの話、入園料が「無料」だからだ。上野や多摩も600円なので、動物園て水族館と比べて遥かに安いけど、それでも、無料に勝るものはない。パチンコ屋さんでの喫煙を全面禁止にするのはアホだと思うけど、夢見ヶ崎動物公園だけに関して言えば、川崎市もなかなかワンダホーだと思う。

‥‥そんなワケで、どんなにがんばっても、すべての命を救えるワケじゃない。タイサ君とヒメちゃんのいる大森山動物園には、病気で片脚を失い、義足をつけてたフラミンゴのメンコちゃんがいたんだけど、みんな必死にがんばってたのに、病気が悪化して、5月12日に亡くなってしまった。もちろん、これが野生の世界だったら、誰にも助けてもらえずに死んでたワケだけど、あたしは、こうした努力は、決してムダだとは思わない。残念ながら、メンコちゃんは亡くなってしまったけど、今回のことが、きっと次に生かされると思うからだ。だから、あたしは、趣味やイタズラで生き物を殺す残酷な人たちが後を絶たないことはすごく悲しいけど、こうして、たったひとつの命を救うためにがんばってる人たちもたくさんいるってことを未来への希望にして行きたいと思う今日この頃なのだ。


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2008.08.03

きっこ爆弾(笑)

これは「きっこ爆弾」のボタンです。

絶対に押さないでくださいね(笑)

絶対押すなよ!やんちゃ爆弾


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女子力の時代

ナニゲに「goo」のランキングを見てたら、「これができていると女子力が高いと思うことランキング」ってのがあった。「女子力」ってのは、女性としての自覚っていうか、マナーっていうか、女性として当たり前のことであって、女子力が高いと素晴らしい女性ってことじゃない。女子力は100点満点が「普通」であって、そこから減点方式に引き算してくもんだ。

だから、女子力が80点とか70点とかの女性は、決して高得点てことじゃなくて、女性として当たり前の身だしなみやマナーなどが、普通の人よりも何点が欠けてるってことになる。で、そのランキングだけど、見てもらえれば分かるように、そのほとんどは、女性なら当たり前のことばかりだ。


「これができていると女子力が高いと思うことランキング」

1.一年を通してムダ毛処理を怠らない
2.座っている時の足は常に揃った状態
3.着る服に合わせてメイクを変える
4.浴衣の着付けができる
5.飲み会の時さりげなく皿を片付ける
6.ブラとショーツは常にセットではく
7.ポケットティッシュ・ウェットティッシュを常に携帯している
8.カバンの中には裁縫道具
9.定期的にネイルケア
10.家着にも気を抜かない
11.お昼のメイク直しは欠かさない
12.食後の歯磨きを怠らない
13.飲みの席では、進んで料理を取り分ける
14.ごみ出しや近所への外出も、すっぴんでは出かけない
15.月に一度は美容院に通う
16.シーンなどによって香水を使い分ける
17.オフィスの植木に率先して水をやる
18.月に一度はエステに行く
19.最新の化粧品は常にチェック
20.絆創膏を常に携帯している
21.一年を通してペディキュアを塗っている
22.鍋料理のとき、まめに灰汁を取る
23.髪のセットに毎日20分以上かける
24.毎日体重計に乗る
25.帰宅前のメイク直しは欠かさない
26.デスクワーク時にひざ掛けを使う
27.寝る前に毎晩アロマオイルをたく
28.ハンドクリームはちょっと高価なものを使う
29.冬でも薄着
30.職場や学校にも5センチ以上のヒールを履いてくる


‥‥ね? 女性なら分かると思うけど、どれも特別なことじゃなくて、極めて当り前のことだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、イスに座っている時の脚は、基本的には揃えてるけど、脚を組む場合もあるし、自宅のイスに座ってる場合は、揃えてない時もある。そして、ブラとショーツは、基本的にはセットのものをつけてるけど、ヌーブラの時は揃えようがない。髪は自分でカットしてるから美容院には行かないし、エステなんか行く余裕もない。だけど、こうした項目のホントの意味は、「絶対にそうしてるか」ってことじゃなくて、そうしたことを「心がけてるか」ってことだ。だから、美容院やエステに行ってなくても、それに代わることを自分でキチンとやってるのなら、これらの項目はクリアしてることになる。

「飲み会の時さりげなく皿を片付ける」とか「飲みの席では、進んで料理を取り分ける」とかにしても、ケース・バイ・ケースだろう。たとえば、気心の知れた仲間内での飲み会の場合と、目上の人たちが多い席での場合でも違って来るし、女性が多い場合と、女性があたししかいない場合でも違って来る。こうしたことって、その場の空気を読むことが大切で、自分では良かれと思ってやってても、人によっては「ウザイ」って思う人もいるからだ。

男性にビールやお酒を注ぐ場合でも、喜ぶ人もいれば、「そんな水商売の女みたいなことするな!」って怒る人もいるし、男って基本的に自分勝手だから、ナニゲに様子を見つつ、その場ではどうするべきか、その相手にはどう接するべきかを読み取らなきゃなんない。だから、一概に、進んで料理を取り分ける女性の女子力が高くて、取り分けない女性の女子力が低いとは言い切れない。ホントの女子力ってのは、その場の空気をキチンと読んで、誰にも不快感を与えないように適切に対応できるかどうかってことだ。

‥‥そんなワケで、ミゴトに第1位に輝いた「一年を通してムダ毛処理を怠らない」に関してだけど、あたしの場合、これは女性としての当たり前の身だしなみとかってレベルじゃなくて、自分自身の問題として、ものすごく重要なことなのだ。あたしは、常に自分の体がスミからスミまでツルツルじゃないとガマンできなくて、それはもう異常とも思えるほどに神経質になってる。これは、誰かに見られるとかそんなことは関係なく、自分自身の感情の問題なのだ。だから、あたし以外には誰もいない無人島に行ったとしても、1本たりとも1mmたりともムダ毛なんか生やさない。

それくらいムダ毛が嫌いなあたしだから、当然のことながら、全身を完璧に永久脱毛してる。だから、ワキも手足もビキニラインもすべていつでもツルツルだし、脱毛したあとの毛穴の存在もガマンできないから、脱毛後のケアも完璧で、すべての毛穴は跡形もなくツルツルになってる。あたしが理想としてるのは、全身が白磁の陶器みたいにスベスベな体だから、顔とおんなじに気を使ってる。そして、いくら永久脱毛をしてても、ごくマレに、1本だけチョロっと生えて来ることがある。だから、永久脱毛してるからって、それに甘んじて自分の体をチェキしないワケじゃなくて、毎日お風呂に入るたびに、全身をくまなく点検してる。

とにかく、あたしの「ムダ毛嫌い」は異常なんだけど、まだ永久脱毛してなかった10代のころ、あたしはカミソリで剃るのが嫌いで、1本1本を毛抜きで抜いてた。見た目はキレイになっても、「皮膚の下に毛根が残ってる」ってことを想像すると、それがもうガマンできなかったからだ。で、そんなある日、いつものように自分のワキを点検してたら、ちょっと見にくい位置に、1cm近くもある1本のムダ毛を発見した。普通は、皮膚から垂直に1~2mmほど生えて来るから、見つけるたびに抜いてたのに、この毛は、皮膚に貼りついてたのだ。

それで、あたしは、愛用の毛抜きで抜こうとしたんだけど、何度やっても挟めない。そして、首のスジがつっちゃうほど首をねじってよくよく見たら、そのムダ毛は、ナナナナナント! 皮膚の下を横向きに生えてたのだ! ホントなら、すぐに皮膚の外に出て、そこから空気中へと伸びてくもんなのに、このムダ毛は、決して外に出ることなく、皮膚の下の0.1mmみたいな部分を横向きに伸びてたのだ!

普通のムダ毛でさえガマンできないほどイヤなのに、自分の皮膚の下を横向きに生えてるなんて、あたしは発狂しそうなほど耐えられなくなって、もう、どんな手段を使っても、このムダ毛を抜かなきゃ気が済まなくなった。それで、あたしが考えたのは、針を皮膚に刺して、この毛をほじくり出して、少しでも出たら、それを毛抜きでつまんで抜くって作戦だった。そして、あたしは、お裁縫箱からマチ針を持って来て、先を火であぶって消毒してから、その毛の真ん中あたりに恐る恐る刺してみた。もちろん、皮膚に対して垂直は恐いから、なるたけナナメの感じに刺した。

そしたら、ちょうど神経のないとこだったのか、ほとんど痛みを感じなかったので、何とかうまく毛を引っかけて外に出そうとしたんだけど、なかなかうまく行かない。そのうちに、血がどんどん出てきちゃったから、ティッシュで拭いたりしつつ、何度も何度もトライしてたら、ピコッて毛が外に出た‥‥って言うか、あまりにも針を刺しすぎちゃって、横向きの毛の上の皮膚をぜんぶ切っちゃったって感じだった。だけど、その毛自体が、もともと横向きに生えてたものだから、上の皮膚がなくなっても、その毛はまだ横向きのままで、皮膚よりも深い場所に横向きに埋まってるって感じだった。

だから、その毛を抜くためには、その毛の下に針を入れて、テコの原理で上へと持ち上げて、その毛が立ったところを毛抜きでつまむっていうミクロの大ワザが必要だった。だけど、これが脚とかならともかく、右のワキだったから、両手を使うことができない。その上、利き腕じゃない左手だけでこの作業をしなきゃなんないから、どう考えてもムリだった。そこで、あたしが考えた荒ワザは、埋まったままの毛の部分まで、毛抜きの先をムリヤリに押し込んで、強引につまんで引き抜くってものだった。

サスガに、これは痛かったけど、とにかく、1cmものムダ毛が、あたしのワキの皮膚の中に、横向きに埋まってるって状況にガマンできなかったから、痛いだの何だのなんて言ってる場合じゃなかった。それで、何度かグイグイとやってたら、毛をつまめた感覚があったから、そのまま慎重に引き抜いたら、ミゴトに毛根から抜くことに成功したのだ。ティッシュの上に置いた毛は、いつものムダ毛の何倍もある毛根がついてて、その部分がモヤシの根っこみたくクネクネっとしてて、ホントに気持ち悪かった。そして、こんなもんが自分の皮膚の下に埋まってたっていう鳥肌感が1割と、それをミゴトに抜くことに成功したっていうスッキリ感が9割で、あたしの心は大空へと解放された。

‥‥そんなワケで、その場所は、化膿したりはしなかったんだけど、ポチッと赤く腫れてたから、しばらくの間は、ノースリーブを着ることができなかった。普通、ワキのムダ毛の処理ってのは、ノースリーブを着るためにすることだから、これこそ本末転倒だろう。だけど、あたしの場合は、人に見られたら恥ずかしいとかじゃなくて、自分自身の感情の問題としてムダ毛がガマンできないんだから、たとえ流血して傷になっても、見つけた以上は抜かないと気が済まないのだ。

それで、あたしは、どんなにワキがツルツルであっても、見えない皮膚の下に毛根があるってことすらガマンできなくなって、永久脱毛をすることにした。知り合いのサロンだったから、料金的にはすごく安くしてもらえたけど、とにかく根気よく通わないとダメだったのと、脱毛するためには少しムダ毛を生やさないとダメだったから、それがつらかった。ようするに、ツルツルの状態でサロンへ行っても、処理できないからだ。それで、あたしは、チョコっと頭を出したムダ毛を見て、「あ゛ーーーー抜きたい!」って思っても、抜くことができずにガマンして、定期的に通ってたんだけど、完璧に生えて来なくなるまでは、半年近くもかかった。

そして、そのあとにビキニラインもやったから、ナンダカンダで1年くらいかかった。幸いにも、手足はもともとほとんど毛が生えてなかったから、簡単なレーザー処理だけで数回で済んだけど、ワキとビキニラインは、自分が納得できるようになるまでに、ホントに苦労した。あたしの場合は、何よりも「自分がガマンできない」ってことが基本になってるけど、それにしたって、煎じつめれば、女性としての身だしなみにつながってることだ。それに、多かれ少なかれ、ほとんどの女性は、自分にムダ毛が生えてることを何とも思わない人なんていないと思う。だからこそ、メンドクサイと思いつつも、みんな苦労して処理してるワケで、処理する苦労よりもメンドクサイと思う気持ちのほうが勝った時こそが、女性としての何かが音を立てて崩れ落ちた瞬間であり、女子力がガクッと低下した瞬間なのだ。

‥‥そんなワケで、世の中の女性たちは、「普通」にしてるために、数多くの苦労や努力を続けてる。ムダ毛の処理をして、着る物やヘアメークに時間やお金をかけて、立ち居振る舞いに気をつけて、常に「誰かに見られてる」ってことを意識してる。だから、「普通」でいることに、ものすごいエネルギーを使ってるのだ。だけど、その「普通」の状態しか見てない男性たちは、その苦労や努力を何も知らない。世の女性たちの水面下のエネルギーをまったく知らない。ニポン中の女性が、自分のムダ毛を処理するために使ってるエネルギーを集結したら、夏の首都圏の電気くらいまかなえちゃうかどうかは分からないけど、それくらいのエネルギーにはなると思う。だから、これからは、危険な上に時代遅れな「原子力」なんかよりも、あたしたちの「女子力」こそが、無限のエコ・エネルギーとして注目されてかなきゃいけない時代だと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.08.02

米原子力潜水艦から放射能漏れ

「米原子力潜水艦から放射能漏れ」(世田谷通信)

米海軍は1日、ロサンゼルス級攻撃型原子力潜水艦ヒューストンから放射性物質を含む水が漏れていたことを明らかにし、日本政府にも事故の概要を通報した。ヒューストンは、今年3月には長崎県佐世保の米軍基地にも寄港しており、この際にも放射性物質を含む水が漏れていた可能性があるという。米海軍の報告によると、漏れた放射性物質は「微量で無視できるレベル」とのことだが、こうした事故が起こるたびに同様の報告を繰り返すばかりで、決して詳細を明らかにしようとしない日米両政府の隠ぺい体質に対して、寄港地周辺の住民の不安はつのるばかりだ。(2008年8月2日)

http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20080802


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お知らせです♪

Hk2
月刊「編集会議」の取材を受けました!

9月号(8月1日発売)の「ブロガーのアンテナ」というコーナーで、1ページ丸ごとなので、興味のある人は読んでみてくださいね♪

9月号は、星新一さんの特集もあって、とっても楽しい内容になっています。

詳細はこちらから♪
  ↓
http://www.sendenkaigi.com/hanbai/magazine/henshukaigi/index.html

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焼け石に水の内閣改造

アンケートの結果、95%もの人たちが「焼け石に水」だって思ってて、たった4%の人しか期待してない「今さらの内閣改造」だけど、今日発表になったので、一応、その顔ぶれを挙げてみる。


【総務相】 増田寛也(留任)

【法務相】 保岡興治

【外務相】 高村正彦(留任)

【財務相】 伊吹文明

【厚生労働相】 舛添要一(留任)

【農林水産相】 太田誠一

【経済産業相】 二階俊博

【官房長官】 町村信孝 (留任)

【防衛相】 林芳正

【文部科学相】 鈴木恒夫

【国土交通相】 谷垣禎一

【環境相】 斉藤鉄夫(ナンミョー)

【経済財政相】 与謝野馨

【消費者行政推進担当相】 野田聖子

【金融・行政改革担当相】 茂木敏充

【国家公安委員長/沖縄北方・防災担当相】 林幹雄

【少子化・拉致問題担当相】 中山恭子


‥‥で、自民党の三役は、幹事長が麻生太郎、政調会長が保利耕輔、総務会長が笹川尭っていう、あまりにも予想通りの顔ぶれで、サプライズどころか、新鮮さすらミジンもない。それどころか、伊吹文明や谷垣禎一、与謝野馨を始めとした「大増税推進派」ばかりで埋め尽くされた顔ぶれを見れば、これが、「国民のための内閣改造」じゃなくて、「総選挙で勝った後の大増税の準備」だってことがバレバレの今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ミゴトに入閣を果たした谷垣禎一は、7月中旬の北九州市での講演会で、「次の総選挙で与党が勝利すれば、間違いなく増税をします」って言い切った。選挙の前に、ちゃんと「自分たちが勝ったら増税する」ってことを明言するなんて、なかなか男らしいよね。それに比べて、おんなじ「大増税推進派」でも、ヒキョ~者の伊吹文明は、おんなじ時期の京都市での講演会で、「増税は絶対に必要だが、選挙前にそんなことを口にしたら選挙で負けてしまう。選挙に勝つためには、有権者に対して一種の目くらましをしなくてはならない」って言って、増税の話は選挙が終わるまでゴマカシ続けるって断言したんだよね。で、この伊吹文明は、その2ヶ月前の5月には、こんなことをノタマッてた。


「この国のお殿様は国民なんだから、自分たちが使っているものに対して財源が追いつかなければ、自分たちでそのぶんの年貢を背負ってもらう。これは当たり前のことだよ」


天下り天国から談合の嵐まで、箱モノの乱立から居酒屋タクシーまで、あたしたちの税金の中から天文学的な金額がムダづかいされ続けてるのに、それはホッタラカシにしといて、「お前らが払うのは当然だ」って言い切ったんだよね。すごいよ、このオッサン。そして、その2ヶ月後には、「選挙前だから有権者を目くらましさせるために増税の話は無し」って言ったんだよ。で、こんな感覚のオッサンが、こともあろうに財務大臣なんだってさ(笑)

だけど、何よりもあたしが呆れ果てたのは、農林水産大臣に、あの太田誠一を抜擢したことだ。太田誠一と言えば、何と言っても有名なのが、「スーパーフリー」の集団レイプ事件について、「レイプする人は元気があっていい」ってノタマッたことだ。それも、総務庁長官(当時)という立場でありながら、言うにことかいて「レイプする人は元気があっていい」とはナニゴトだ! 数多くの女性たちが、一生消えない心の傷を負わされて、未だに重度のPTSDに苦しんでるってのに、こんな感覚の異常者を農林水産大臣なんかにしたら、「産地偽装する人は知恵があっていい」とか言い出しそうだよ、まったく。

だけど、こんな異常者を入閣させたのも、分からないでもない。だって、フクダちゃんもおんなじ感覚の異常者だからだ。太田誠一が「レイプする人は元気があっていい」ってノタマッた時、世論は大ブーイングの嵐だったのに、この暴言について意見を聞かれたフクダちゃんは、内閣官房長官(当時)という立場で、こう言ってのけたんだよね。


フクダ 「だけど女性にも、いかにも『(レイプを)してくれ』っていうのがいるじゃない。そこらへんを歩けば、挑発的な格好をしているのがいっぱいいるでしょ?世の中には男が半分いるってことを知らないんじゃないかなあ?(挑発的な格好で歩かれたら)ボクだって誘惑されちゃうよ」

記者 「女が半分いるってことを知らない男もいるんじゃないですか?どんな格好をしていてもレイプはレイプですよ」

フクダ 「そこらへん歩いてごらんなさいよ。まあ、そのへんにはいないかもしれないけど。そういう格好している方が悪いんだよ」

記者 「‥‥」

フクダ 「男は黒豹なんだから、(挑発的な格好の女性をレイプしたのなら)情状酌量ってこともあるんじゃないの?これから夏になるしね。女性も気をつけなきゃいけないんだよ。そういうのいると思わないか?」


‥‥そんなワケで、これほどまでにレイプ被害者の苦しみが分からない鈍感な人間だからこそ、お年寄りや障害者などの社会的弱者の気持ちも分からないんだと思うけど、すでに多くの国民がサジを投げてることは、目に見える数字となって表れてる。こないだのアンケートの結果、現在のフクダちゃんの支持率は、わずか「3%」っていうミゴトな数字で、これは、全国民の大反対の声を押し切って消費税を導入したシーモンキー、竹下登が打ち立てた「4.4%」っていう記録を更新するものだった。

だけど、消費税の導入に関してだけ言えば、竹下登なんてのは単なるミコシの上のハリボテであって、ホントの意味で尽力したのは、当時の大蔵政務次官だった太田誠一なのだ。この流れを見れば一目瞭然、20年前の竹下政権下で、消費税の導入に尽力した太田誠一を農水大臣に抜擢することによって、原油高や物価高に苦しむ全国の生産者たちを口先三寸で丸め込み、大増税への障壁をなくそうってコンタンだってことが見え見えだろう。何しろ、「レイプする人は元気があっていい」なんて思ってるような人間なんだから、どれほど多くの生産者たちが困窮しようとも、果ては生活苦から自殺しようとも、きっと、「自殺する人は元気があっていい」とか言って、平然と冷酷な大増税を推し進めるだろうからね。

そして、さらに強力なのが、祖父の代からアメリカにオベンチャラを続けて来た売国奴、フロッピー麻生なんかを党の幹事長にしたってことだ。フロッピー麻生の祖父の吉田茂が、自分1人で勝手に「日米アホ条約」なんかに調印しちゃったセイで、それから半世紀以上も経った今でも、あたしたちニポン人は、在日アメリカ軍の野蛮人どもによるレイプや殺人、強盗などの凶悪犯罪に怯えながら暮らしてる。そして、まるでタチの悪い地回りのホニャララ団にミカジメ料を巻き上げられてるかのごとく、防衛費からおもいやり予算に至るまで、莫大な税金を上納させられ続けてる。

あたしたち国民の中には、最低限の医療も受けられずに苦しんでる人たちもいれば、さらには、住む場所も食べるものもなくて困ってる人たちだってたくさんいる。それなのに、どうして在日アメリカ兵には、何部屋もある高級住宅を無料で与えたり、挙句の果てには、酒だゴルフだバナナボートだと、休日のレクリエーションまでをあたしたちの税金でさせてやらなきゃなんないの? そして、レイプされて殺されても文句も言えないなんて、本末転倒とはこのことだ。こんなにも不条理な税金の使い方をしてるクセに、よくも「増税」だなんて言えるもんだよね。

そして、ニポンをこんな国にしちゃった吉田茂の孫、フロッピー麻生はと言えば、コイズミ政権下の外務大臣時代に、アメリカ産の狂牛肉の輸入再開を強引に迫るライスおばちゃんに対して、ペコペコと頭を下げて、「できるだけ早期の輸入再開」を勝手に約束しちゃう始末。で、フロッピー麻生の尽力によって、危険部位の混じった狂牛肉がジャンジャンと輸入されるようになったワケだけど、自分たちは安全で美味しい国産の高級品しか口にしないんだから、虫ケラのような国民のことなんか、所詮は他人ゴトなんだろう。

パブリックコメントの結果、8割以上もの国民が「輸入再開には反対」と「輸入再開は時期尚早」って回答したのに、それをすべて無視して、アメリカの言いなりになって輸入再開しちゃうなんて、これが韓国だったら、とっくに大暴動が起こってるとこだよ。だけどここは、長年に渡って、国民に「自分さえ良ければいい」って感覚を浸透させて来た国、ニポンだから、みんな「自分だけは大丈夫だろう」って思い込み、知らず知らずのうちに異常プリオンの含まれた加工品とかを口にしてんのに、まったくの他人ゴト。これぞ、自民党の思うツボってワケだ。そして、こうした消費者のユルユルの感覚が、ありとあらゆる食品の偽装へと発展しちゃったってワケだ。

‥‥そんなワケで、今回のフクダ内閣の顔ぶれを見れば、この内閣で国民生活を少しでも良くしようとか、この内閣で経済を活性化しようとか、この内閣で何かを成し遂げようなんて気持ちはミジンもなく、単なる総選挙へ向けての準備でしかないことは明白だ。そして、そこにあるのは、自分たちと癒着してる官僚や天下りたちを潤すための「大増税」だけなのだ。何しろ、伊吹文明や谷垣禎一や与謝野馨を始めとした「大増税推進派」の大臣たちが、あちこちの講演会でハッキリとそう言って回ってるんだから。まあ、総選挙になった時に、ここまで事前に分かってても、それでも自民党の候補者なんかに投票する人たちがたくさんいたら、もうあたしは何も言うことはないけど‥‥なんて思う今日この頃なのだ。


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2008.08.01

テレビはバカの見本市?

フジテレビのアナウンサー、渡辺和洋が不倫をしたとかで、いろんなとこで話題になってるけど、あたしが驚いたのは、どの記事や記述でも、「イケメンアナウンサーの渡辺和洋が~」とか、「イケメンの渡辺和洋アナが~」とか、「フジテレビきってのイケメンアナ渡辺和洋が~」とかって、渡辺和洋を説明するための冠詞として、必ず「イケメン」て言葉が使われてたことだ。確かに、男性アナの中じゃ顔が整ってるほうだとは思うけど、あたし的には、何よりも「バカ」ってことこそが渡辺和洋から受けてた第一印象だったから、どの記事もその点には触れてないことに驚いた。

民放の中で、アナウンサーの知能レベルがもっとも低いのがフジテレビだって言われて久しいけど、それは、女子アナに関してのことだった。フジテレビのバカアナの元祖、有賀さつきは、「旧中山道」を「いちにちじゅうやまみち」って読んだり、「平将門」を「へいしょうもん」って読んだりして、そのバカっぷりを全国に知らしめた。そして、それに続く数々のバカアナたち。中井美穂は、「芸達者(げいだっしゃ)」を「芸者達(げいしゃたち)」と読み、中野美奈子は、「落日の小泉政権」を「落ち目の小泉政権」て読んだ。ま、これは大ウケしちゃったから許すけど、内田恭子が、お相撲さんの「闘牙関」のことを「きとうぜき」って読んだのには呆れ果てた。

他にも挙げ始めたらキリがないけど、フジテレビは、こうした「顔が可愛くて頭がバカ」っていう女子アナを量産し続けて来た。そして、他の民放もマネを始めたので、その次にフジテレビが着手したのが、これの男性アナのバージョンの製造であり、その第一弾が渡辺和洋だった。渡辺和洋が登場するまでは、局側にも視聴者側にも「女子アナはバカでも顔が可愛ければいい」っていう見方があった。だから、小学生レベルの漢字を読み間違えても、世間は、怒るってよりも呆れて笑ってた。だけど、男性アナの場合には、容姿の良し悪しよりも、やっぱり「キチンと原稿が読める」ってことのほうが重要視されてたから、顔が良くても頭がバカな渡辺和洋を起用することによって、それまでの常識に風穴を開けようとしたのがフジテレビってワケな今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしにとって、渡辺和洋の登場は、新時代の幕開けのように感じた。男性アナなのに、頭がバカで原稿の漢字が読めないなんて、それまではアリエナイザーな世界だったからだ。台本の自分の名前にも振り仮名を振ってもらってるようなジャニタレじゃあるまいし、仮にも男性の局アナが、小学校や中学校で習ったような漢字も読めないなんて、あたしは、呆れるよりも先に、ある意味、新鮮さすら感じた。そして、こんなバカをアナウンサーとして採用したフジテレビに、良くも悪くも無謀な開拓魂を感じた。きっと、「男性アナだって、カツゼツ良く原稿を読めるだけじゃなくて、これからは、多少は頭が悪くても、外見だけを売り物にした人材だって必要なのだ」って考えたんだと思うけど、この「アナウンサー」という職業の根本的な部分を無視した大英断は、後世へ語り継がれるべき愚行だったと思う。

民放各局の女子アナたちが、簡単な漢字を読み間違えても、ヘラヘラと笑ってお気楽にしてられるのは、その後ろにシッカリとした男性アナたちが控えてるからだと思ってたのに、その男性アナにまで、「知能よりも容姿」を重要視した人選がされたなんて、あたしには青天の霹靂だった‥‥って、いつもなら「ヘキレキ」ってカタカナで書くとこだけど、自分の名前でググッて、この日記を読むかもしれない渡辺和洋のために、ワザと漢字で書いてみたりして(笑)

で、恥ずかしい読み違いの数々で視聴者を脱力させて来た渡辺和洋だけど、何よりもあたしが呆れたのが、「断食」を「だんしょく」って読んだことだ。あたしの作り話だと思われるとイヤなので、明確に書いとくけど、これは、2004年9月15日(水)の「笑っていいとも」の中でのことだ。爆笑問題がコーナーMCで、AとBのどっちがホントのゲストの体験なのかを当てるコーナーで、この日のゲストは小池栄子だった。そして、当時、入社3年目だった渡辺和洋は、AとBの内容を順番に読み上げる役だったんだけど、そこで、こう読み上げたのだ。


「小池栄子さんは、少し痩せるようにと事務所の社長に言われ、ダンショクをさせられることになり、ダンショク道場に行かされました。しかし、そのダンショクがあまりにもつらく、途中でダンショク道場から脱走してしまいました。」


これを聞いた解答者たちは、誰ひとり文章の意味が分からず、みんなポカーンとしてた。もちろん、テレビを観てる視聴者の多くもおんなじだっただろう。そして、解答者の中で、いち早く気づいた柴田理恵が、「おい! ダンジキだろ?」ってツッコミを入れたんだけど、あまりの低レベルの読み違いに、タモリも他の解答者も笑うに笑えず、会場にも笑いが起こらず、変な空気が流れ始めちゃった。で、この空気を何とかしなくちゃって思った柴田理恵が、ナンミョーパワーを炸裂させて、「お前、アナウンサーだろ?」ってさらなるツッコミを入れて、ようやくみんな苦笑い。そして、この変な空気の中、1人だけ顔を真っ赤にしてイイワケを続ける渡辺和洋だけが浮きまくってて、このコーナーは台無しになっちゃった。

百歩譲って、パネルに書かれた漢字を次々に読んでくようなクイズ番組で「断食」って出たんなら、ついウッカリと「だんしょく」って読んじゃうこともあるだろう。こういう場合は、そう読み違えるような出題の仕方をするからだ。たとえば、「昼食」「給食」「断食」ってパネルを順番に出したりする方法だ。これなら、たとえ「だんしょく」って読んじゃったとしても、視聴者は、出題者のヒッカケにやられちゃったって見方をするから、決して「こんな漢字も読めないバカ」とは思わないだろう。そして、こうしたヒッカケがあるクイズ番組じゃなくても、何の脈絡もなしに、突然、「断食」って漢字だけを目の前に出されたら、一瞬のうちに判断することができなくて、つい「だんしょく」って読んじゃう可能性もある。

だけど、渡辺和洋が「だんしょく」って読んだのは、長い文章で、前後の脈絡から判断することが十分に可能なものだし、さらには、「断食道場」っていう大ヒントの単語まで出て来てるんだから、誰にだって読めて当然で、読めないほうがおかしいケースだろう。だからこそ、出演者も会場も変な空気になっちゃったのだ。そこには、「大卒のアナウンサーなのにこんな漢字も読めないの?」っていう「呆れた感」だけじゃなくて、何か、障子を開けたら両親がセックスしてたみたいな、「見たほうもバツが悪くなる嫌な感じ」が満ち溢れてた。

‥‥そんなワケで、フジテレビのホームページで渡辺和洋のプロフィールを見ると、こんなことが書いてあった。


「このルックスのせいか、雑誌の取材もかなり来てるようで、入社1年目から早くも人気上昇中。CX男性アナ初のアナドルとしてのポジションを確立できるか?うまくいけば、今までの人気男性アナなんて比じゃないでしょう。『フジテレビのキムタク』と社内外で言われてるようですが~」


これを読めば分かるように、フジテレビが、女子アナだけじゃなく、男性アナにも「知能よりも容姿」を重要視した人選をして、アイドルアナを作り出そうとしてることが良く分かるだろう。もちろん、すべての男性アナを渡辺和洋みたいなバカだらけにしちゃったら大変だから、ちゃんとした男性アナも揃えた上で、別ワクとして、「頭はバカでもイケメン」てのを何人か確保して、漢字が読めなくてもシャレで済むようなバラエティー番組を専門に担当させる‥‥ってことなんだと思う。

だけど、いくらバカを売り物にしたタレントが全盛の時代だからって、局の男性アナにまでバカキャラが必要だろうか? テレビの画面の中だけでも数々の大恥を晒して来た渡辺和洋が、テレビに映ってないとこでも大恥を晒して、挙句の果てには、当事者としての説明責任をまったく果たしてない他人ゴトみたいな謝罪でお茶を濁す始末。頭がバカなだけじゃなくて、下半身もバカだったってことが全国に知れ渡ったのに、よくもまあ他人ゴトみたいな顔をして、未だに平然とテレビに出てられるよね。ま、所詮は「フジテレビ」だから仕方ないと思うけど。

そして、女子アナに関して言えば、フジテレビに限らず、民放すべての女子アナの低レベル化も、行きつくとこまで行っちゃったって感じだ。何しろ、早朝からの民放各局を見てると、日本テレビの「おはよん」の中田有紀ちゃんを筆頭に、フジテレビの「めざにゅ~」の杉崎美香、テレビ朝日の「やじうまプラス」や「スーパーモーニング」の山岸舞彩や甲斐まり恵を始め、報道からお天気から食べ歩きに至るまで、他にも多くの「セントフォース」の女の子たちが出まくってる。ようするに、レベルの低い局アナだけじゃ番組を制作できないから、こうしたレベルの高いフリーアナたちに頼ってるってことだ。ちなみに、中田有紀ちゃんだけに「ちゃん」をつけたのは、あたしが個人的に、美しくて知性も教養もある有紀ちゃんのことを好きだからだ。

‥‥そんなワケで、フジテレビの渡辺和洋しかり、各局の女子アナしかり、頭の悪さを売り物にしたバカタレントしかり、ズレまくったコメントを連発してるキャスターやコメンテーターしかり、最近のテレビって、どうしてこんなに「バカ向け」の媒体になっちゃったんだろう? ナベアツの「3の倍数でアホになる」って芸にしたって、以前なら深夜ワクでチョロっと披露する程度の小ネタで、忘年会の余興でやるようなもんなのに、あんなもんがゴールデンで繰り返し流されて、全国的な人気になるなんて、ひと昔前には考えられなかったことだ。なんだか、テレビっていう「バカ製造機」から流れ続けてる「バカ電波」によって、国民がどんどん「バカ化」されてるような気がして来た今日この頃なのだ。


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恒例のアンケートです♪

600億円もの税金を投入して洞爺湖サミットに懸けたものの、それでも支持率が低迷し続けているフクダ内閣ですが、今度は、国民の望んでいる「解散総選挙」ではなく、今さら「内閣改造」をするそうです。

そこで、皆さんにアンケートです。


「今さらの内閣改造、どう思う?」

1.期待している
2.焼け石に水


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