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2008.09.09

9回裏の大逆転

もう20年も前のことだけど、あたしが中学、高校時代に、母さんと2人で暮らしてたアパートには、エアコンがなかった。それで、あたしは、夏休みになると、バイトのない日には、エアコンのあるお友達のお家にチョコチョコと遊びに行ってた。表向きは「一緒に宿題をやる」ってことで、実際に少しは宿題もやったけど、ホントのとこは、エアコンが効いてて涼しいお部屋で、ちびまる子みたいにダラダラするって感じだった。

それで、たしか高校2年の時だったと思うけど、仲良しのY美のお家に涼みに行ってた時のこと、お昼にお素麺をゴチソウになり、そのあと、あたしは、カルピスを飲みながらテレビで高校野球を観てた。Y美は‥‥って、もう20年近くも経ってるから、イニシャルにしなくても、由美でいいか(笑) で、由美は、野球には興味がなくて、後のソファーでマンガを読んでた。

それで、どことどこの試合だったのか覚えてないんだけど、1回の表に、どっちかのチームの誰かが、先制ホームランを打った。当然のことながら、実況のアナも大きな声を出すし、観客や応援団の音声も拾うし、それまではワリと静かだったテレビが、「ワー!ワー!」って感じになった。そしたら、あたしの後ろでマンガを読んでた由美が、「ねえねえ、どうしたの?」って聞いて来た。野球には興味がないけど、急にテレビの音声が騒がしくなったから、「何が起こったんだろう?」って思ったみたいだ。

それで、あたしは、「○○高校の先制ホームランだよ」って教えてあげたんだけど、由美ったら、こんなことを言いやがった!


「えっ? 高校野球って、先生も試合に出ていいの?」


おいおいおいおいおーーーーい!‥‥って感じの今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、この由美の言葉に、一瞬、「はぁ?」ってなってから、全身が液化しちゃったくらい脱力しちゃったワケだけど、いくら野球に興味がないって言っても、「先制ホームラン」を「先生ホームラン」だと思い込むなんて、あまりにもアリエナイザーだ。あたしも、似たような聞き違いや読み違いが多いし、最近も、ネットのニュースをナナメ読みしてる中で、「西アフリカのモーリタニアでクーデターが発生した」ってニュースを見た瞬間に、「モーリタニアでクーデター」を「リニアモーターカー」だと思っちゃったり、テレビのバラエティー番組の司会者の「大誤算でしたね」って言葉を「DAIGOさんでしたね」って思っちゃったりしてるから、あんまり人のことは言えない。だけど、いくら何でも、高校野球で先生が打席に立ってホームランを打つなんて、あるわきゃないだろ!

で、この時の試合なんだけど、先制ホームランで「1対0」になったら、そのまま投手戦になっちゃって、両チームともスコアボードには「0」が並んで行った。野球って、特にプロ野球の場合には、投手戦も投手戦なりの面白さがあるんだけど、テレビ観戦ならともかく、わざわざ球場まで観に行った日が投手戦だったりすると、イマイチ盛り上がりに欠ける。ナマで観る時は、やっぱり打撃戦がいい。ワクワクするし、コーフンするし、熱くなれるからだ。それも、チマチマとランナーを進めてチマチマと点をとるようなセコムな野球じゃなくて、両チームとも、カキーン!カキーン!ってタイムリーや長打が連発して、3回に一発はホームランが飛び出して、逆点に次ぐ逆点て感じの試合が熱い。

それなのに、この時の試合は、先制の一発からはゼロ行進になっちゃったから、すごくつまんなかった。点差が1点しかないから、負けてるほうはセコセコとバントでランナーを進めてばっかだし、勝ってるほうはヤミクモに振り回すだけだし、時間が掛かるワリには、見どころのない試合だった。そして、最後まで1点を守りきり、「1対0」で終わっちゃった。まあ、高校野球の場合は、観客を楽しませることが目的じゃないから、星稜時代のゴジラ松井みたく、5打席連続で敬遠されちゃうこともある。この時も、怒った星稜側のスタンドから、たくさんのメガホンが投げ込まれたり、相手の明徳義塾のピッチャーに対して「帰れ!」の大合唱が起こったりしたけど、高校野球の目的は、観客を楽しませることでもなければ、正々堂々と勝負をすることでもない。

高校野球の目的は「優勝」であり、すべてのチームが「優勝」を目指してるんだから、ルール違反にならない限り、どんな作戦を使おうと自由なのだ。もちろん、これは、プロ野球でもおんなじだ。だけど、1試合でも負けたら終わりの高校野球と、長いシーズンを戦って行くプロ野球とでは、そのシステムがまったく違う。高校野球における1敗と、プロ野球における1敗では、その重みがぜんぜん違う。プロ野球でも、ペナントレースも終盤になり、1位のチームを僅差で追う2位のチームとの直接対決とかになれば、1戦1戦の勝敗が結果を大きく左右する。だけど、まだ先のことが何も分からない5月や6月の試合で、相手チームの4番バッターを毎打席すべて敬遠してたら、相手チームのファンだけじゃなく、自分のチームのファンからもブーイングの嵐が巻き起こっちゃうだろう。

‥‥そんなワケで、あたしの大好きなF1でも、野球で言うところの投手戦と打撃戦がある。F1での投手戦てのは、スタート時の1位と2位がずっとそのままで、後ろのほうはいろいろと入れ替わったりリタイアしたりしても、上位グループはほとんど変わらずに、そのままチェッカーを受けちゃうようなレースだ。逆に、ピットスタートだったマシンがグングンと上位に上がって来たり、2位に大差をつけてトップを独走してたマシンが何らかのアクシデントでリタイアしちゃったりと、レース中の順位の入れ替わりが激しいレースが、野球で言うところの打撃戦にあたる。で、もちろん、F1でも、打撃戦のほうが面白い。

だけど、昨日のベルギーGPは、残念なことに投手戦だった。オールージュの壁が立ちはだかる、あたしの大好きなスパ・フランコルシャンだったのに、最初のスタートでライコネンが一気に前に出たことくらいで、あとは、ずっと見どころのない「ゼロ行進」が続いてた。スパ・フランコルシャンは、1周が7kmもある最長のコースで、山岳地帯にあるため、高低差も大きい。だから、コースの一部だけに雨が降ることも多い。昨日も、小雨がパラつく中でのスタートで、気温も低かったので、みんなタイヤのグリップがなくて苦労してた。

だから、みんな慎重なドライブをしてて、せっかくのスパ・フランコルシャンなのに、イマイチ面白くない。オマケに、フェラーリのピットは、前回の大失敗があったからか、ものすごく慎重に作業してて、時間が掛かりまくり。なんか、みんなが、腫れ物に気を使ってレースしてるみたいな感じだった。トップに立ったライコネンも、スピンが怖くてコーナーを攻めきれなくて、2番手のハミルトンとの差がぜんぜん開かない。それどころから、ハミルトンがジワジワと差を詰めて来た。

で、こんな感じで終盤まで来たレースだったんだけど、残り5周くらいのとこで、雨が強く降り始めちゃった。1番手のライコネンと2番手のハミルトンとの差は、わずか2秒。これが、抜く場所がなくて距離も短いモナコみたいなコースならともかく、1周が7kmもある上に、危険な場所が数多い難関コースなんだから、残り5周は果てしなく遠い道のりだ。そして、必死に逃げるライコネンと、ストーカーの月亭可朝のように後を追うハミルトン。

前回までのドライバーズポイントは、トップのハミルトンが70ポイント、2位のマッサが64ポイント、3位のライコネンが57ポイント、4位のクビサが55ポイントって感じで、去年と違って僅差で並んでる。だから、F1史上、最年少のワールドチャンプを狙うハミルトンと、去年は死闘の末にわずか1ポイント差でワールドチャンプの座を獲得したライコネンとの一騎打ちってことじゃなくて、そこにマッサとクビサまでが加わった四つ巴の戦いってワケだ。そして、マッサを抜いて、今、1番手を走ってるライコネンにしてみれば、チーム内の争いはともかくとして、今は後ろから来るハミルトンを意地でもブロックすることしかない。ここで何としても1位を死守して、ハミルトンとの差を少しでも縮めたいとこだ。逆に、ハミルトンに抜かれちゃったら、その差は広がる。

‥‥そんなワケで、44周のレースが、41周を消化して、残り3周になった時、つまり、野球で言えば、9回の裏を迎えた時だった。1番手のライコネンと2番手のハミルトンとの差は、もうほとんどない。ようするに、「1対0」で9回裏を迎えて、2アウト満塁の状態ってワケだ。ここでハミルトンに一発打たれたり、ライコネンのほうが外野フライを落球したりすれば、逆点サヨナラってシーンなのだ。

で、ここからがホントにすごかった。ライコネンの真後を走ってたハミルトンが、最終シケインでブレーキが間に合わなくてオーバーランしちゃって、また差が2秒に広がった。ここで、あたしは小さくガッツポーズ。だけど、怒濤のイキオイで追い上げて来たハミルトンは、次の周回で、またライコネンの真後について、シケインで勝負を賭けてライコネンのインに突っ込んで来た。ここで、あたしは「ああ‥‥」って声を出す。だけど、ノーズをヒットしそうになり、ハミルトンはそのままシケインをショートカット。これで前に出ちゃうと反則だから、ハミルトンは減速してライコネンを先に行かせた。ここで、あたしは小さくガッツポーズ。それなのに、その次の瞬間、ハミルトンは、ライコネンのスリップに入ってアッと言う間にパスしちゃった。ここで、あたしは「ああ‥‥」って声を出す。ここまででも、わずか数秒の間に、あたしのテンションは上がったり下がったりと大変だ。

そして、このあと、さらに雨が強くなって、トップを走るハミルトンがスピンして、ライコネンが前に出たから、あたしが小さくガッツポーズをしかけたら、ライコネンもスピンしちゃって、あたしは「ああ‥‥」って声を出す。もう、何が何だか分かんない。そして、ライコネンがまたまたスピンしちゃって、ウォールにヒットしちゃって、ジ・エンド。あたしは、ようやく、大きな声で「あ~あ!」って言った。

結局、ハミルトンが1位でチェッカーを受けて、2位はマッサ、3位はハイドフェルドだったので、「マッサが2位だから、ま、いっか」って思ったのもトコノマ、今度は、テレビの画面に、「ハミルトンに25秒のペナルティー」って文字が出た。「ええっ?」って思ったら、シケインをショートカットしたあとにライコネンを抜いたのが、ショートカットしたことによって特した時間を完全に消化しないで抜いたために、ペナルティーを食らっちゃったのだ。それで、優勝したハズのハミルトンは、25秒ぶん降格になっちゃって、優勝がマッサ、2位がハイドフェルド、3位がハミルトンてことになった。ここで、あたしは大きくガッツポーズ。

レース中ならともかく、レースが終わってからもテンションが上がったり下がったりするなんて‥‥って思ってたら、翌日になって、マクラーレンが、ハミルトンのペナルティーを不服として控訴しちゃったので、ホントのレース結果は、国際控訴裁判所の審判が出るまで分からなくなっちゃった。それにしても、9回まで「ゼロ行進」だったフェラーリとマクラーレンの投手戦が、9回の裏で同点になり、延長10回の表にライコネンがホームランを打ったら、その裏でハミルトンがホームランを打って同点になり、11回にライコネンがホームランを打ったら、その裏でハミルトンがホームランを打って同点になり、12回にケガで下がったライコネンの代わりにマッサがホームランを打ったら、その裏でハミルトンがホームランを打って同点になり‥‥って感じで、ホントに面白いレースだった。挙句の果てに、まだ勝敗の結果が分からないなんて、あまりにも引っぱりすぎだろう(笑)

それにしも、ドライバーズポイントがトップのハミルトンとしては、ポイントが3位だったライコネンに対して、こんなにも酷いコンディションの中で、あそこまで危険を冒して攻める必要があったんだろうか? だって、ムリにライコネンを攻めないで、あのまま安全に2位をキープしてチェッカーを受けても、ライコネンはプラス10ポイントで67ポイント、ハミルトンはプラス8ポイント78ポイントで、13ポイントだった差が11ポイントに縮まるだけだったのだ。逆に、ヘタに攻めてリタイヤでもすることになったら、モトもコもない。自分がポイントで負けてたのならともかく、余裕で勝ってるハミルトンをあそこまでアグレッシブにさせたものは何だったのか?

これが、もしも、高校野球だったら、星稜と明徳義塾の試合だったら、明徳義塾のハミルトン投手は、絶対に、勝負しないで敬遠してただろう。だけど、高校球児じゃなくて、プロ野球の選手であるハミルトンは、ちゃんと分かってたのだ。常に全力で勝負して、そうして掴んだチャンプの座でなければ、本物じゃないってことを。そして、それくらいの意気込みで挑んで行かなければ、去年のように、大差を逆転されて、わずか1ポイント差で負けてしまうということを。

‥‥そんなワケで、昨日のベルギーGPは、終盤までは退屈な投手戦だったけど、9回の裏からの逆転に次ぐ逆転がサイコーで、残念ながらライコネンはリタイアしちゃったけど、最後の5分がメチャクチャ楽しめた。やっぱり、どんな勝負でも、最後がカンジンだよね。「ゼロ行進」が続いた野球の試合だって、最後の最後に大逆転があるかもしれないし、だから、サッカーと違って、一打逆転のあるスポーツって面白い。だけど、「先制ホームラン」を「先生が打ったホームラン」だと思ってた由美は、それから18年後の今、都内で何店舗ものレストランを経営する実業家のダンナと結婚して、都心の高級マンションを買って、2人の子供にも恵まれて、ダンナの車とは別の自分専用のベンツに乗ってるんだから、完全にあたしのほうが、9回裏に逆転のサヨナラ負けしちゃった気分の今日この頃なのだ(笑)


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