お蕎麦の食べ方
あたしは、お蕎麦(そば)が大好きだ。そして、「お蕎麦が好き」って公言してるくらいなんだから、お蕎麦と言えば、もちろん「せいろ」だ。真冬の凍えるほど寒い日には、温かい「きつねそば」を食べたりもするけど、これはお蕎麦の美味しさを味わうってよりも、体を温めるって意味のほうが大きい。お蕎麦そのものの香りや味を楽しむには、何と言っても「せいろ」しかない。そして、「せいろ」には「もり」と「ざる」があるけど、海苔なんかが乗ってる「ざる」なんて注文したら、その時点で「お蕎麦のことが何も分かってないダサい人」ってことになる。お蕎麦屋さんに入ったら、「もり一枚!」って注文するのが基本中の基本になる。
お蕎麦が運ばれて来て、目の前に置かれたら、まずはお蕎麦だけを何本か食べる。そして、そのお店のお蕎麦の香りと味を確かめて、「どれくらいお汁(つゆ)をつけるか」ってことを決める。お蕎麦の香りが高くて、お蕎麦自体の味がシッカリしてれば、お汁は少ししかつけない。お箸で取ったお蕎麦の、先っちょにチョコっとつけるだけだ。逆に、香りの飛んでるようなお蕎麦なら、真ん中くらいまでタップリとつける。前に来た時はイマイチだったお蕎麦屋さんでも、時季によっては、走り蕎麦や新蕎麦になってることもあるから、いつも行くお店でも、必ず最初にお蕎麦だけを何本か食べて、その日の味を確認する。
最初の2~3口は蕎麦汁だけで食べて、それから、葱(ねぎ)や山葵(わさび)などの薬味を入れる。この時、葱はぜんぶ使うけど、山葵は少しだけ残しておく。そして、お蕎麦を食べ終わって、蕎麦湯が運ばれて来たら、残ったお汁を蕎麦湯で割って、残しておいた山葵を落として、ゆっくりといただく。ビールやお酒は、グラスを飲み乾してから注ぐのがマナーだけど、蕎麦湯の場合は、注ぎ足しをしても構わない。お汁が多めに残ってた場合には、そこに蕎麦湯を注いでも最初は濃いから、少し飲んだら注ぎ足しして、ちょうどいい味に調整して行く今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、どんなお料理にも、食べ方のルールやマナーってもんがある。そして、それぞれのお料理自体も、この食べ方のルールやマナーのほうも、その土地土地の文化だったりする。マクラに書いたのは、江戸の流れをくむ東京のお蕎麦の話であって、おんなじお蕎麦でも、他の地方へ行けば、それぞれの料理法や食べ方のルールやマナーがある。あたしが「せいろこそがお蕎麦」って言ってるのだって、あくまでも東京での話であって、地方によっては、温かい山菜そばが名物のとこだってあるし、お蕎麦を海苔巻きにした「そば寿司」なんてのを売り物にしてるとこもある。
ちなみに、マクラに書いたのは、あたしの食べ方で、東京に住んでても、食べ方は人それぞれだ。最初にお蕎麦の味を確かめない人も多いし、最初から葱や山葵を入れる人もいる。こうした部分は、人それぞれの好みの問題だから、自由にして構わない。東京のお蕎麦の食べ方で、絶対に守らなきゃならないマナーは、たった2点しかない。それは、「お箸の先をお汁につけない」ってことと、「最後の1本まで残さずにいただく」ってことだけだ。
「お箸の先をお汁につけない」ってのは、もちろん、お蕎麦を食べる所作の上でのことだから、最初にお汁の中に山葵を入れて混ぜたりする時には、お箸を入れても構わない。お箸の先をお汁につけちゃいけないのは、あくまでも、お蕎麦を食べ始めてからのことだ。お箸で持ち上げたお蕎麦を蕎麦猪口(そばちょこ)へ持って行き、垂れ下がったお蕎麦の先端からお汁の中へ沈めて行く過程で、最大限のお汁をつけようと思っても、お箸で持ってる部分の「直下まで」ってことなのだ。間違っても、お箸で持ったお蕎麦を蕎麦猪口の中にぜんぶ入れて、お箸でグルグルと混ぜたりしちゃダメってことなのだ。
お蕎麦を食べる上で、これほどみっともないことはない。東京でこんな食べ方をしたら、「私は田舎者です」って顔にマジックで書いてるようなもんだ。みっともなさのレベルで言うと、レストランで、フォークもナイフも使わずに、ハンバーグやステーキを手づかみで食べるのとおんなじくらいだ。だけど、東京の人間は、見ず知らずの人に声をかけてヨケイなことを言ったりしないから、こんなみっともない食べ方をしてる人がいても、チラッと見て、心の中で「どこから来た田舎者だろう?」って思うだけで、完全にスルーしちゃう。
‥‥そんなワケで、ラーメンの「ちぢれ麺」みたいに、お汁がよく絡むような形状の麺と違って、お蕎麦は四角い断面のストレート麺だから、形状的にはお汁が絡みにくい。そのため、お箸で取ったお蕎麦の3分の1とか、半分くらいまでをお汁につけただけじゃ、ノロノロとすすってたら味が足りなくなる。だから、勢い良く「ズズッ!」っと音を立ててすする。勢い良くすすれば、お汁は蕎麦について来る。だから、すするのが上手い人なら、お蕎麦の先っちょにチョコっとお汁をつけただけでも十分だし、すするのが下手な人なら、お箸の直下までタップリとつけないとならない。
だから、濃い味が好きか薄い味が好きかっていう個々の味覚の違いだけじゃなくて、お蕎麦を食べる上でのカッコ良さって点でも、お箸の直下までタップリとお汁をつける人は、お蕎麦のすすり方が下手で、カッコ悪い人ってことになっちゃう。何でかって言うと、江戸っ子はもともと濃い味が好きだから、東京の蕎麦汁は濃くできてる。だから、最高でもお蕎麦の半分くらいまでつければ、すすり方さえ上手ければ十分に濃い味で食べられるからだ。
江戸の文化の流れをくむ東京では、何と言っても「粋(いき)」ってことがカッコ良さのモノサシになってるから、お蕎麦の食べ方が下手な人は「粋じゃない」→「無粋」→「ダサイ」ってことになる。だから、お箸の先をお汁につけずに、お箸の直下までつけて食べてる人は、マナーには反してないけど、ダサイって見られる。あたしの感覚だと、東京で何とかギリギリで「粋」だとされてるのは、お蕎麦の半分くらいまでお汁につけて、「ズズッ!」っとすする人だ。そして、完璧に「粋」だとされるのは、お蕎麦の3分の1程度をお汁につけて、大きすぎす小さすぎずの適度な音を立てて、「ズッ!」っと一瞬ですする人だ。
‥‥そんなワケで、お蕎麦は音を立ててすするのが正式な食べ方なのに、ニポンにやって来た外国人が、ニポンのお蕎麦屋さんに入って来て、音を立ててお蕎麦をすすってるニポン人のことをアカラサマにイヤな顔をして見ることがある。中には、不快そうな顔をして、お店を出て行っちゃう外国人もいる。これには、いつもは外国人に対して好意的なあたしも、サスガに腹が立つ。
欧米では、音を立ててスープを飲むのはマナー違反になる。だから、あたしたちニポン人の多くは、音を立てないようにスープを飲む練習をしたりして、海外へ行った時だけじゃなく、ニポン国内のレストランでも、欧米のマナーに合わせた食べ方をしてる。ナイフとフォークの使い方にしても、複雑なフレンチのマナーにしても、事前に調べたり勉強したりして、そのお料理の国のマナーに合わせるようにしてる。これは、自分が恥をかかないためだけじゃなくて、周りの人たちを不快にさせないための気配りでもある。そして、これは、別に立派なことでも何でもなくて、ごく普通のことだろう。
だから、外国人が、このニポンにやって来て、東京のお蕎麦屋さんにお蕎麦を食べに来るのなら、「お蕎麦は音を立ててすするのが正式な食べ方だってことくらい勉強してから来い!」って思うし、「追いガツオのダシで顔を洗ってから出直して来い!」って思うし、「オトトイ来やがれ!」って思う。百歩譲って、これが、ニューヨークのお蕎麦屋さんだったり、パリのお蕎麦屋さんだったりしたら、まだ理解はできる。だけど、このニポンにやって来て、ガイドブックを見て東京の老舗にお蕎麦屋にやって来るのなら、「これくらいのこと調べてから来い!」って思う。だいたいからして、たとえ「お蕎麦は音を立ててすする」ってことを知らなかったとしても、周りのニポン人がみんな音を立ててすすってる状況から、「これが本場のお蕎麦の食べ方なんだ」ってことくらい推測するのが普通だろう。
朝青龍にくっついて回ってるキャイ~ンの天野みたいな顔した本田医師が、王監督の娘のナントカってのから「音を立ててお蕎麦を食べたから」って理由で婚約を解消されたけど、これにしたってふざけた話だ。確かに、中国人は、音を立てて麺類をすする文化がないから、王監督の娘には不快に感じられたんだろう。だけど、いくら中国人だとは言え、長年ニポンに住んでて、ニポン語もしゃべれるんだから、これくらいの常識、知ってて当然だろう。それなのに、自分の国の文化やマナーを一方的に押しつけて、ニポンの伝統的な食文化のマナーを否定するなんて、とんでもない話だ。
‥‥そんなワケで、何度も例に出して申し訳ないけど、あたしがムカついた「無礼なアシスタント」との会話をもう一度引用する。
「きっこさ~ん、この辺にマクドある?」
「マックなら、駅の反対側にあるわよ。駅の通路を抜けて、すぐ右側のとこよ」
「マック? マックって何やねん? マクドナルドのことはマクドって言うのが普通やん。なんでもかんでもカッコつけて、これだから東京もんは、かないまへんわ」
この会話で、あたしがムカついた何よりの点は、ここが東京だったってことだ。繰り返しになるけど、これが大阪でのことだったら、あたしは別にムカつかなかった。そして、このアシスタントが、東京に上京して生活してるのに、いつまでも関西弁を使い続けてることや、マクドナルドのことを「マクド」って言い続けてることは、お蕎麦を蕎麦猪口の中にぜんぶ入れて、お箸でグルグルとかき混ぜて食べてることとおんなじで、自分が恥をかくだけだから、あたしには関係ないことだ。だけど、最後のセリフは、東京のお蕎麦屋さんで、正しいお蕎麦の食べ方をしてたあたしに、外国人が「音を立てて食事をするなんて下品だぞ!」って文句を言うこととおんなじだから、絶対に許されない。
関西の人たちの意見を聞いて、「あれは大阪人特有のギャグで悪意はなかった」って可能性も出て来たけど、悪意があろうとなかろうと、あたしは激しくムカついたワケだし、あたしじゃなくても、東京人がこれとおんなじことを言われたら、100人が100人ともムカつくだろう。そして、血の気の多い男性だったら、反射的にぶん殴ってるだろう。ようするに、悪意があるとかないとかの問題じゃなくて、自分が東京に来てるのに、「郷に入れば郷に従え」の気持ちが皆無で、大阪にいた時とおんなじ感覚でしゃべってるってことが問題なのだ。大阪ではギャグやシャレとして通用する日常的な言い回しだったとしても、東京じゃほとんどが通用しない。自分じゃ普通の感覚でしゃべってても、相手を不快にさせたり激怒させたりすることがたくさんあるってことだ。
‥‥そんなワケで、「音を立ててお蕎麦をすする」って話に戻すけど、欧米などでスープを飲む時には、スプーンを使う。中華料理のスープを飲む時には、レンゲを使う。チャーハンとかについて来るちっちゃいスープでもレンゲを使って飲むし、中華そばでも、お箸の他にレンゲがついて来る。つまり、欧米にしても中国にしても、スープ類はスプーンやレンゲで飲むっていう文化があるワケだ。
だけど、ニポンの場合は、お味噌汁を飲むのにスプーンやレンゲは使わない。お椀に直接、口をつけて飲む。そして、熱いんだから、ゴクゴクと飲むことはできないから、「冷ます」って意味もあって、すするように飲む。温かいお蕎麦の場合も、スプーンやレンゲは使わずに、お箸だけでいただくから、お汁はどんぶりに口をつけて、すするように飲む。これは、お箸だけでほとんどのものを食べて来たニポンの文化であって、この「すする」っていう食べ方をする国は、世界でも珍しいと思う。
スープのお皿に、直接、口をつけて飲むような習慣がない国の人たちから見れば、あたしたちニポン人が、お味噌汁のお椀を口に持ってって、器から直接飲んでる光景は、軽いカルチャーショックがあると思う。特に、ワカメのお味噌汁だったりしたら、「ズズッ」って音も出ちゃうから、下品で野蛮に見えるかもしれない。これは、あたしたちニポン人が、初めてインド人が手でカレーを食べてるのを見た時に感じるカルチャーショックと同様だと思う。だけど、最初に見た時は驚いても、それがその国の文化であり、正式な食べ方なんだってことを知れば、マネすることはできなかったとしても、せめて否定はしないのが普通だろう。
「日本人って、味噌スープを飲む時に、スプーンも使わずに器に口をつけて動物みたいに飲むんだぜ。やっぱりイエローモンキーは野蛮人だな」って言ったり、「インド人って、スプーンも使わずに、手づかみでカレーを食べるんだぜ。まるで原始人みたいだよ」って言ったりする人がいたら、単なる他国の文化の否定ってだけじゃなくて、その国の人たちには、ケンカを売ってると思われちゃうだろう。「マック? マックって何やねん? マクドナルドのことはマクドって言うのが普通やん。なんでもかんでもカッコつけて、これだから東京もんは、かないまへんわ」ってセリフも、これらとおんなじことなのだ。
‥‥そんなワケで、お椀に口をつけてお味噌汁を飲むあたしたちニポン人の感覚なら、チャーハンについて来るちっちゃいスープは、レンゲなんか使わずに、器から直接に飲みたくなる形状だ。平たいお皿に入った洋食のスープなら、お皿の形状からしてもスプーンで飲むようにできてるけど、チャーハンについて来るスープは、お味噌汁みたいに飲んだほうが飲みやすいと思う。それに、チャーハンを食べてるレンゲでスープを飲むと、スープの中にご飯粒が沈んだりして不愉快になる。だけど、あたしたちが、ちゃんとレンゲを使って飲んでるのは、中国の文化を重んじてるからだ。だから、王監督の娘だって、ニポンのお蕎麦の食べ方に関しては、ニポンの文化を重んじるのが当たり前で、ニポンの食べ物にまで中国の感覚を押しつけるのは間違ってる。だいたいからして、音も立てずに食べたら、お蕎麦の美味しさが半減しちゃうのに、そんなことも分からないのなら、死ぬまで二度とお蕎麦を食べないで欲しいと思う今日この頃なのだ。
★ 今日も最後まで読んでくれてありがと~♪
★ 1日1回、応援のクリックをお願いしま~す!
↓ ↓
■人気blogランキング■
| 固定リンク