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2008.09.01

夏休みの宿題

今日は、8月の最後の日の上に、ちょうど日曜日だったから、「ちびまる子ちゃん」のまる子も、「サザエさん」のカツオも、恒礼の「夏休みの宿題をやってなくて慌てまくる」っていうお話のような気がする。「ような気がする」ってのは、この日記をアップしたのは日曜日の夜だけど、書いてるのは日曜日の早朝なので、「ちびまる子ちゃん」も「サザエさん」も、まだ放送してないからだ‥‥ってなワケで、大人のあたし的には、子供たちは夏休みがあってウラヤマシーけど、宿題があるのがカワイソーだと思う。

だって、「休み」と言いながら「宿題」を出すなんて、サラリーマンが金曜日までに終わらなかったお仕事を自宅に持ち帰って、土日のお休みを潰して「自宅残業」してるのとおんなじだからだ。山盛りの宿題を出すのなら、「夏休み」なんて名前じゃなくて、「夏期自宅学習期間」とかって名前にすべきだと思う。

それにしても、せっかくの夏休みに宿題を出すなんて、どうしてこんなにも無粋でKYなシステムなんかを続けてるんだろう? たとえば、作文でも絵でも工作でも自由研究でも何でもいいから、「夏休みの思い出をひとつ作って来なさい」って宿題なら分かるけど、算数のドリルだの漢字の書き取りだのなんて、完全に「自宅残業」じゃん。

あたしはホントにイヤだったし、まる子もカツオも毎年毎年、半永久的に苦労してるし、今の子供たちだっておんなじだろう。あたしは、ふだんからいっぱい宿題をやらされてんだから、夏休みくらいは「休ませて欲しい」って思ってた。中学生になれば、それなりに勉強も難しくなって来るし、それに合わせて夏休みの宿題も必要かもしれないけど、長い人生の中で一番遊びたい小学生の時に、夏休みにまで算数や漢字の勉強を強要するなんて、あまりにもバカげてると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、小学校の時の夏休みの宿題って、やってもやっても次のページがある計算ドリルとか、何度も何度もおんなじ漢字を書かなきゃならない漢字帳とか、あたしには単なる苦痛でしかなかった。1ページ終わるたびに残りのページ数を数えて、「あと23ページもある‥‥」って思って、ため息をついて、また続きを始めてた。今、思うと、小学生に「ため息をつかせる」なんて、ホントに夏休みの宿題って罪なヤツだと思う。

読書感想文にしたって、先生が決めた本の中から選ばなきゃならなかったから、どれもぜんぜん興味が持てなかったあたしにとっては、やっぱり苦痛でしかなかった。本を読むのが大好きだったあたしには、他に読みたい本がいっぱいあったのに、まずは読みたくない本を読んで、感想文を書いてからじゃないと、読みたい本を読むこともできなくて、それが辛かった。

目の前に、おばあちゃんに買ってもらった「ずっと前から読みたかった本」が置いてあって、今は学校に行かなくてもいい「夏休み」だってのに、それを読むことができない。何でかって言うと、おばあちゃんに、「宿題の読書感想文が終わってから読む」って約束をして買ってもらったからだ。約束は約束だから、あたしはキチンと守ったけど、まるで犬が「お預け」を食らってるみたいな気分で、すごく切なかった。

他にも、ピアニカの練習もしなきゃなんなくて、これまた切なかった。計算ドリルや漢字の書き取りなら、それこそカツオみたく、夏休み最後の数日間で何とかすることもできるけど、ピアニカの練習だけは、毎日コツコツと続けないと、課題曲を演奏できるようにはならないからだ。今なら、オーガスタス・パブロにでもなったつもりで、ルーズなレゲエでも吹きながら踊っちゃうとこだけど、読みたい本やマンガ、観たいテレビがマウンテンな夏休みに、やりたくもない曲の練習をしなきゃなんないなんて、ホントに切なかった。

‥‥そんなワケで、夏休みの宿題がイヤでイヤでジンジャエールだった子供のころのあたしだけど、何もすべての夏休みの宿題がイヤだったワケじゃない。朝顔を育てて、夏休み中の登校日に持ってって、誰の朝顔が良く育ってるか見せっこしたのとか、そうした宿題は楽しかった。絵は苦手だったけど、工作はワリと得意だったから、工作の宿題は楽しかった。めんどくさい絵日記にしても、父さんが海へ連れてってくれた日のことを書く時だけは、すごく楽しかった。

だけど、これはあたしの感覚だから、中には、朝顔の観察をイヤだと思う子供もいるかもしれないし、計算ドリルが好きな子供もいるかもしれない。いつも言ってるように、人の感性は人それぞれだし、親の感性も親それぞれだから、世の中には、夏休み中も勉強したいガリ勉くんもいるだろうし、嫌がる子供にムリヤリに勉強させることを生き甲斐にしてる親もいるだろう。

だから、あたしは、夏休みが始まる前に、すべての宿題を教壇の前に並べて、「自分のやりたいものだけを持って帰りなさい」ってことにするのが、一番いいと思う。そうすれば、それぞれの子供が、自分の好きなもの、自分の得意とするもの、自分の興味のあるものを選択することになるし、それぞれの子供の個性を伸ばすことにもつながると思う。ま、あたしの場合は、もう一度小学校に行くことはないから、所詮は他人ゴトなんだけど、自分がイヤでイヤで苦しんだことが、まったく改善されずに、今も当たり前のことのように連綿と受け継がれてるのかと思うと、アカの他人の子供たちのこととは言え、気の毒になって来る。

‥‥そんなワケで、こんなあたしにも、夏休みの宿題での「いい思い出」もある。小学3年生の時の夏休みの宿題で作った「オオモンハタの貯金箱」で、校長先生から金賞をもらったのだ。ミカンの缶詰の空き缶を使って、その周りに紙粘土をペタペタとつけて行って、お魚の形にした。お魚って言っても、横向きじゃなくて、立ち上がってるみたいな形で、大きな口を開けてて、そこに空き缶の底があって、お金を入れる切り込みがある。当時のあたしは、とにかくハタが好きで、水族館に行くとハタのいる水槽の前から動かなかった。それで、ハタの中でも一番好きだった「オオモンハタ」にしたってワケだ。

ヒレも難しかったし、エラも難しかったけど、大好きなオオモンハタだから、一生懸命に作った。そして、形が出来上がって、完全に乾いてから、絵の具で色を塗ったんだけど、これがまた大変だった。オオモンハタは、全身に細かい模様があるから、それを描くのが大変なのだ。丸いドットなら簡単に描けると思うんだけど、オオモンハタの模様は、「アミメキリン」に似た感じで、四角形とか五角形とか六角形の模様が、タイル画みたいな感じに並んでるのだ。

ソックリな模様のホウセキハタと違って、オオモンハタには尾ビレの先に白いフチ取りがあるから、そうしたとこまでキチンと描いた。それで、ぜんぶ塗り終わってから、全体に透明なニスを塗って、乾かして、もう一度ニスを塗って、やっと完成した。何度も水族館へ観に行ってたお気に入りのオオモンハタだったから、図鑑も見ないで、記憶力だけで作ったのに、我ながらホレボレするほどの出来栄えだった。だから、早くクラスのみんなや先生に見せたくて、2学期の最初の日は、空き箱に入れて、ウキウキしながら学校へ向かったことを覚えてる。

小学3年生って言うと、絵でも粘土細工でも、単なる「お魚」って感じの場合が多いから、特定の魚種を精密に作ったあたしは、すごくホメられて、クラスメートからも感心された。中には「親に作ってもらったんだろ?」なんて言うヤツもいたけど、校長先生から金賞をもらって、しばらく教室の後ろに飾ってあった。それで、金賞をもらったことを言ったら、母さんもおばあちゃんもすごく喜んでくれたから、お家に持って帰って来てから、おばあちゃんにプレゼントした。何でかって言うと、日曜日も働いてた母さんの代わりに、あたしのことを水族館に連れてってくれるのは、いつもおばあちゃんだったからだ。おばあちゃんは、すごく喜んでくれて、亡くなるまで大切に飾っててくれた。

この貯金箱、作った当時は、金賞をもらったこともあって、「本物ソックリにできた」って思ってたんだけど、中学生や高校生になってから見たら、やっぱり小学3年生なりのレベルで、マンガのお魚みたいだった。作った当時は、今の海洋堂のフィギュアくらいの完成度だと思ってたのに、やっぱり、子供の目なんだね。さらには、子供なりの感覚で、「お金を出す時には壊せばいい」なんて考えて、お金を出すとこを作らなかった。中の空き缶は、底の部分が上になってて、伏せた形になってる。だから、テーブルに置いた時の接地面は、中の空き缶の口が開いてるとこを紙粘土だけで塞いである。それで、お金を出す時には、底の部分をトンカチで壊せばいいって考えたのだ。

で、このオオモンハタの貯金箱がどうなったのかって言うと、今も壊されないまま、母さんが持ってる。母さんのお部屋のテレビの横のガラス戸の棚の中に、コケシとかと一緒に飾ってある。そして、中には、おばあちゃんが入れたお金も、そのあとに母さんが入れたお金も、そのまま貯まってる。だから、母さんにとっては、娘のあたしが子供の時に作った貯金箱ってだけじゃなくて、自分の母親であるおばあちゃんの思い出でもあるんだろう。そして、あたしはあたしで、母さんのとこに行って、この貯金箱を見るたびに、当時のことを思い出す。

‥‥そんなワケで、ナニゲない子供の発想で作った「夏休みの宿題」だったけど、おばあちゃんは亡くなるまで大切にしてくれたし、今も母さんが大切にしてくれてるし、オオモンハタの模様が色褪せて来たぶん、25年間のいろんな思い出が染み込んでる。今は、市販の工作のキットを説明書通りに組み立てて、それをそのまま学校へ持ってく子供も多いみたいだけど、「夏休みの宿題」も「夏休みの思い出」のひとつだってことが、親も子供も先生までもが分かってないなんて、これまた夏の終わりに切なくなってきちゃう今日この頃なのだ。


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