虹の橋
10月23日の日記、「ハナコが教えてくれたこと」の中で、あたしがブログに貼ってる「いつでも里親募集中」のバナーから子猫を引き取った、イラストレーターのちえさんのメールを紹介させていただいた。そうしたところ、他にも何人もの人から、「実は私もきっこさんのブログのバナーから猫(犬)を引き取りました」っていうメールが届いて、あたしは、とっても嬉しくなった。
ちなみに、この「引き取る」って言葉は、ホントはあんまり使いたくないんだけど、他にちょうどいい言葉が思いつかないから、便宜上として使ってるだけだ。メールをくださった人たちは、「きっこさんのバナーで、可愛い子猫との出会いがありました」ってふうに書いてくれてる。中には、1人で「犬2匹と猫1匹」なんていうワンダホーな人もいたので、子猫や子犬を捨てる心無い人たちに悲しい思いをしてたあたしとしては、とっても心があたたかくなった。皆さん、ホントにありがとう♪
そして、もうひとつ、とっても嬉しいことがあった。それは、メールを紹介させていただいた、ちえさんが、「ハナコが教えてくれたこと」を読んで、あたしのために、ハナコのイラストを描いてプレゼントしてくださったのだ。ちえさんのイラストは、彼女のブログ、「トホホなうさぎのDiary」でたくさん見て、とってもあたたかくて大好きだったので、ホントに嬉しかった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、ちえさんが描いてくださったイラストは、雲の上の虹のたもとで、気持ち良さそうに寝てるハナコの絵だった。そして、こんな説明が添えられてた。
(前略)
ところで、
「ハナコが教えてくれたこと」を読ませていただき
思い出したことがあります。
子供のころに読んだおとぎ話だったでしょうか…
「人はみんな、空にひとつづつ虹を持っていて
生を終えたとき、その虹を渡って天国に行く。
それぞれの虹のたもとには
先立って逝った、かわいがっていたペットが
待っている。
そして、飼い主と再会して
一緒に虹を渡って天国で幸せに暮らす…」
こんな内容だったように思います。
きっこさんの虹には、
ハナコちゃんがきっと待っているのでしょう。
今回のお礼かたがた、
きっこさん限定のイラストを描きました。
添付ファイル、どうぞお納めください。
(後略)
‥‥ちえさんが描いてくださったイラストは、「きっこのブログ」のほうで紹介してるので、皆さん、見てくださいね♪‥‥ってワケで、あたしは、とにかくビックル一気飲みした。何でかって言うと、こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど、実は、ちょうど「虹」の話を書こうと思ってたとこだったのだ。「きっこの日記」は、いろんな話題をテキトーにローテーションして書いてるんだけど、そろそろ「俳句の話題」を書こうと思ってて、いくつかの候補の中から、高濱虚子の「虹」について書くことに決めたとこだったのだ。
昔から「きっこの日記」を読んでくれてる人なら、俳句のことを知らない人でも、この「高濱虚子」は「たかはま きょし」って読むことも、本名が「きよし」だから、それをもじって「きょし」っていう俳号にしたことも覚えてると思う。そして、ニポンの「俳句」の創始者である正岡子規の弟子で、子規の「ホトトギス」を継いだ人だってことくらいまでは覚えてると思う。
で、そんな高濱虚子だけど、もともとは小説家を目指してて、子規に俳句の才能を見出されなかったら、俳人にならずに小説家になってたような人だった。実際、子規は、病床にいながらも、俳句の弟子たちを集めて、「山会」っていう小説部門の会合もひらいてたのだ。これは、長い小説を書くことが、短い俳句を詠む上での勉強になるって考えたからで、書籍版の「きっこの日記」にも書いてるように、あたしの日記が長文なのも、世界最短詩形の俳句をやってる反動なのだ。ちなみに、夏目漱石の「吾輩は猫である」も、子規の「山会」で発表されて、仲間たちから高い評価を受けた作品なのにゃん(笑) そして、虚子は俳人になり、漱石は小説家になったってワケだ。
だけど、もともと小説家を目指してた虚子だから、何作か残されてる短編小説は、どれもなかなかの作品で、とりわけ評価が高いのが、今回紹介する「虹」なのだ。これは、小説って言っても、すべてホントのことが書いてある私小説で、読んだ人は誰でも胸を打たれる、虚子と愛弟子との交流を描いた作品だ。
‥‥そんなワケで、この小説の「虹」は、詳しく言うと、「虹物語」っていう5部作の第1部で、「愛居」「音楽は尚ほ続きをり」「小説は尚ほ続きをり」「寿福寺」って続いてるんだけど、そのヒロインが、森田愛子だ。愛子は、大正6年(1917年)、福井県坂井市三国町に生まれた。三国港の銀行の頭取と芸者との間に生まれた娘で、地元の高等女学校を卒業したあと、東京の女子大学へと進学させてもらった。女子大学時代の同級生が、「愛子さんと東京で道を歩けば、通りすがるもの全てが振り返った」って言われてたほど、愛子はとても美人だったけど、病弱だった。
そして、21才の時に結核にかかり、昭和14年(1939年)、23才の時に、東京から神奈川県の鎌倉の七里ヶ浜の療養所へ行き、そこで、虚子の弟子だった伊藤柏翠(はくすい)と出会った。柏翠も、結核の療養をしてたのだ。柏翠は、天涯孤独の身で、俳句だけを心の支えにして、結核と闘ってた。そこで、美しい愛子と出会い、同病ということですぐに打ち解けて、やがて、近くの由比ヶ浜に住む虚子を愛子に紹介した。愛子も、虚子を師事して、柏翠とともに俳句を始めるようになる。そして、自然の流れとして、柏翠と愛子は、愛し合うようになった。
2年後の昭和16年、愛子は、柏翠と一緒に故郷の三国へ帰り、お母さんと3人で暮らし始める。そして、さらに2年後の昭和18年、もう70才になっていた虚子は、娘の立子(たつこ)をともなって関西へと向かう途中に、愛する弟子の柏翠と愛子の顔を見るために、遠まわりして三国へと立ち寄った。この間も、ずっと手紙でのやり取りなどはしていたけど、久しぶりの子弟の対面は、ホントに感動的なシーンだ。そして、柏翠と愛子とお母さんは、三国を発つ虚子と立子を見送るために、電車に乗って敦賀までついて来ようとする。ようするに、地元の駅で見送るんじゃなくて、一緒に電車に乗って、大きな駅まで送るってことだ。
虚子は病弱な愛弟子たちを気遣い、「それに及ばぬ、疲れてゐるであらうから福井で降りて三国へ帰ったほうがよくはないか」って言うんだけど、3人は「どうしても」って、敦賀までついて来る。愛する先生と1秒でも長く一緒にいたいっていう気持ち、ホントによく分かる。それで、いよいよ敦賀に到着して、今度こそホントに別れなくちゃならないんだけど、3人とも別れを惜しんでる。そして、このシーンは、こう続く。
その時ふと見ると丁度三国の方角に虹が立つてゐるのが目にとまつた。
「虹が立つてゐる」と私は其方を指さした。愛子も柏翠もお母さんも体をねじ向けて其方を見た。それは極めて鮮明な虹であつた。其の時愛子は独り言のやうに言つた。
「あの虹の橋を渡つて鎌倉へ行くことにしませう。今度虹がたつた時に…」
「渡つていらつしやい杖でもついて」
「ええ杖をついて…」
愛子は考え深さうに口を噤んだ。
‥‥そんなワケで、結核で歩くこともつらい弟子が、日本海から太平洋へと虹の橋を渡って、大好きな先生に会いに行くだなんて、もう、胸がつまりそうになる。そして、このあと、戦争が酷くなり、虚子は長野県の小諸に疎開するんだけど、そこで、浅間山の上に美しい虹が立ったのを見て、次の3句を詠んだ。
浅間かけて虹のたちたる君知るや 虚子
虹たちて忽(たちま)ち君の在る如し 〃
虹消えて忽ち君の無き如し 〃
この3句は、もちろん、敦賀での愛子との別れの時の約束を思って詠んだものだ。1句目で愛子を思い浮かべ、2句目で愛子の姿をハッキリと空に見て、3句目でその姿が消えたのだ。そして、昭和22年の冬、虚子のもとに届いた愛子からの手紙には、こんな句が添えられていた。
美しき布団に病みて死ぬ気なく 愛子
病状の悪化を思わせるも、若さによる生への執着が感じられる句だ。ちなみに、この句の季語は「布団」で、歳時記の上では冬の季語だけど、これほど主観的な言葉を重ねていながらも、アッケラカンとした客観性が勝ってて、冬の寒さすら打ち消している。ものすごい句だと思う。だけど、このあと、愛子から電報が届く。
「ニジ キエテ スデニ ナケレド アル ゴトシ アイコ」
これは、虚子の3句に対する相聞句だ。虚子が、見えた虹と消えた虹で愛子の姿を詠んだことに対して、愛子は、すでに消えようとしている自らの命の火を必死に守っていたのだ。そして、柏翠からの手紙が届く。
「昭和二十二年四月一日午後四時五十分、愛子死す。」
森田愛子、亨年29才、虚子がもっとも愛した弟子のひとりだった。そして、この柏翠からの手紙には、愛子が最後に詠んだ句が、2句、添えられていた。
虹の上に立ちて見守るてふことも 愛子
虹の上に立てば小諸も鎌倉も 〃
‥‥そんなワケで、三国の東尋坊に行くと、いろんな俳人の句碑が立てられてて、中には、自殺志願者を思い留まらせるための句碑なんてのもある。でも、順番に見て行くと、その中に、3つの句碑が仲良く並んでるものがある。それが、虚子と愛子と柏翠の句碑なのだ。
野菊むら東尋坊に咲き乱れ 虚子
雪国の深き庇や寝待月 愛子
日本海秋潮となる頃淋し 柏翠
とうとう愛子は、虹の橋を渡って鎌倉まで虚子に会いに来ることができなかったけど、この3つ並んだ句碑を見ると、代わりに虚子のほうが、虹の橋を渡って三国まで愛子に会いに来たんだってことが分かる。だから、あたしも、いつか虹の橋を渡る時が来たら、きっとハナコと再会できて、また抱きしめることができると思う今日この頃なのだ。
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