木枯らしもんじゃ郎
西高東低の冬型の気圧配置となった今日、気象庁は、東京に「木枯らし1号」が吹いたと発表した。多摩川の土手の芒(すすき)は、鈍い日差しを吸い込みながら、強い北風に大きく波打っている。頭上を高く渡る高圧線は、ぶお~ん、ぶお~んと、太古の肉食獣のような雄叫びを上げている。そんな中、北風に立ち向かうかのように、土手の上のサイクリングロードを遠くから、三度笠をかぶった1匹の旅猫がやって来た。
目深にかぶった三度笠は、雨と風にさらされて黒っぽく変色していた。鼻から口にかけては、泥水でも浴びたような模様があり、まるで「もんじゃ焼き」のようであった。塵埃(ちりほこり)を吸い取って、細い髭は、かすかにその名残をとどめているにすぎない。汚れて雑巾のようになっている手足、尻に急角度に立てている尻尾の先は、錆び染み色で、盗人萩の実がいくつかついている。首にさげたお守りは、縁取りに金糸を使っており、これだけが身なりにふさわしくない値打ち物の感じであった。
ヒュ~ヒュ~‥‥ヒュ~ヒュ~‥‥
すれ違った町人風の猫が、足を止め、声をかけてきた。
「もし、ちょいとお尋ねいたしますが、二子玉郡(にこたまごおり)三日月村というのは、どちらの方角かご存知ではございませんか?」
「‥‥この道を十町ほど先へ行って南へ下りやすと、三日月村でございやす」
「ああ、お手間を取らせました」
ヒュ~ヒュ~‥‥ヒュ~ヒュ~‥‥
チャ~ラ~ラ~ラ~ラ~ラ~~~♪
チャラチャ、チャラチャ、チャラチャ♪
チャ~ラ~ラ~ラ~ラ~ラ~~~♪
チャラチャ、チャラチャ、チャラチャ♪
ど~こかで~~誰~かが~~♪
きっと待ってて~~飯~くれる~~♪
腹は減り~喉は乾き~♪
夜はいつまでも~眠れない~~♪
ニボシは~昔に~食べた~~♪
お刺身は~食べたこともない~♪
マグロなんか~知らない~~♪
今日は~アジを~思う~~♪
け~れども~~ど~こかで~~♪
きっこは待って~~いて~くれる~~♪
き~っこ~~お~前は~~♪
駐車場で~~待っている~~♪
第一話 「多摩川の水は濁った」
もんじゃ郎が多摩川大橋を渡ろうとすると、橋のたもとの松の木のところで、一匹のメス猫に絡んでいる三匹のゴロツキ猫がいた。この辺りを牛耳るドラネコ一家の代貸、ゴン太郎と、その子分たちだった。
「キャ~!助けて~!」
「おとなしくしろい!このアマ!」
「やめて!やめてください!」
「ふざけるな!あの五十両はどうした!」
実は、このメス猫は、壺振りのお花といって、ドラネコ一家の賭場で壺を振っていたのだ。それが、病気のおっかさんを助けるために、イカサマを働き、五十両もの大金を盗み出して、逃げて来たのだった。しかし、あと一歩で多摩川を渡ってドラネコ一家の縄張りから出られるところで、追って来たゴン太郎たちに捕まってしまったのだ。
「そこの旅のお方!お助けください!」
お花は、目の前を通り過ぎようとしているもんじゃ郎に助けを求めた。しかし、もんじゃ郎は、お花のほうには目も向けずに、こう言った。
「あっしには関わりのねぇこって‥‥」
そして、足早に立ち去ろうとしたその時である。
「キャー!」
ゴン太郎に思いきり殴られたお花は、叫び声を上げながら仰向けに倒れてしまった。その叫び声に、思わず振り返ったもんじゃ郎は、お花の顔を見てハッとした。それは、自分の姉に瓜二つの顔だったのだ。
もんじゃ郎は、貧しい農家に生まれたため、生まれてすぐに間引きされそうになった。そこを助けてくれたのが、姉のおみつだった。そして、「間引かれ損ない」として悲惨な子猫時代を過ごしたもんじゃ郎は、十歳の時に家を捨てて渡世人となったのだ。それ以来、できる限り面倒ごとには関わりを持たないように生きて来たもんじゃ郎だったが、命の恩人である姉のおみつと瓜二つのお花の顔を見て、このまま見過ごすことができなくなってしまった。
お花の衿首をつかみ、多摩川へと引きずって行こうとしたゴン太郎に向かって、もんじゃ郎は反射的に口にくわえていた長い楊枝をひゅっと飛ばした。楊枝は、お花の衿首をつかんでいたゴン太郎の右腕に刺さった。
「いててててててて!何しやがるんでえ!」
次の瞬間、ゴン太郎の懐に入ったもんじゃ郎は、ゴン太郎のみぞおちに猫パンチを入れつつ、左右の子分にも猫キックをお見舞いして、一瞬で三匹を倒してしまった。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
お礼を言うお花の手を引いて、もんじゃ郎は急いで多摩川大橋を渡った。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。それでは、あっしは先を急ぎやすんで」
「お、お待ちください!せめてお名前を!」
「名乗るほどのもんじゃござんせん。それじゃあ、ご免なすって」
「ああ‥‥」
その場を立ち去ったもんじゃ郎は、大山街道を西へと進み、溝ノ口の関へと差しかかったころには、日も暮れ始めていた。もんじゃ郎は、夜駆けで峠越えをするつもりで、街道沿いに一軒だけあった飯屋に入った。麦飯に味噌汁をぶっかけて、猫まんまにして掻き込んだもんじゃ郎は、十五文を置いて立ち上がったその時である。先ほどのお花が駆け込んで来て、それを追ってゴン太郎の一味も追いかけて来た。今度は十匹以上の仲間を連れている。
「お助けください!お助けください!」
「このアマ!さっきは舐めた真似をしやがって!」
刀を抜いたゴロツキ連中を見て、中にいた客たちは慌てて席を立った。もんじゃ郎も、他の客たちに紛れて外へ出ようとしたが、変わった風貌から、お花とゴン太郎と同時に見つかってしまった。
「あ、あなた様は!」
「て、てめえはさっきの!」
お花は助けてもらうために、ゴン太郎の一味は仕返しをするために、いっせいにもんじゃ郎に向かって駆け寄って来た。敵の数からしても、もう素手では戦えない。しかし、ここで刀を抜いてしまえば、お花も一緒に傷つけてしまいかねない。そこで、もんじゃ郎は、とっさに首から下げたお守りを引きちぎり、思い切り投げつけた。すると、一面に薄茶色の粉が飛び散り、霞が掛かったようになった。
もんじゃ郎は、合羽で鼻と口を覆い、もう一方の手でお花を抱きかかえて、外へと飛び出した。足元のおぼつかないお花の手を引き、真っ暗な峠道を足早に進むもんじゃ郎。これほどの暗闇でも走れるとは、やはり猫だけのことはある。しばらく走り、もう大丈夫だろうと、やわらかい草の上にお花を座らせた。
「怪我はござんせんか?」
「少し目まいがしますが、大丈夫です。本当にありがとうございます。何とお礼を言ったら良いか‥‥」
「いえ、礼には及びません」
「ところで、あの粉は何だったのですか?」
「あれは、またたびの粉でございやす」
「またたび‥‥ですか?」
「ええ、いざという時のために持ち歩いているんです‥‥股旅者だけに(笑)」
「えっ?そういうキャラだったのですか?」
一方、飯屋では、ゴン太郎の一味だけでなく、他の客や店主までもが、またたびの粉を吸い過ぎてしまい、ゴロゴロニャ~、ゴロゴロニャ~と、床を転げまわっていた‥‥。
チャ~ラ~ラ~ラ~ラ~ラ~~~♪
チャ~ラ~ラ~ラ~ラ~ラ~~~♪
木枯らしもんじゃ郎、上州二子玉郡三日月村の貧しい農家に生まれたと言う。十歳の時に故郷を捨て、その後、一家は離散したと伝えられる。天涯孤独なもんじゃ郎が、どういう経路で無宿渡世の世界に入ったかは定かでない‥‥。
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「木枯し紋次郎 エンディング」
【次回予告】
無宿渡世に怒りを込めて、口の楊枝がヒューと鳴る、あいつが噂のもんじゃ郎。
次回、木枯しもんじゃ郎、御期待下さい!
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