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2008.12.31

今年の10大ニュース

2008年も今日で終わりってことで、大晦日の今日は、この1年を振り返って「今年の10大ニュース」を挙げてみようと思ってた。だけど、ここに来て、イスラエルによるガザ市民の無差別大量虐殺が始まり、さらにアフリカでは、ウガンダの武装勢力「LRA(神の抵抗軍)」が、コンゴ民主共和国の人たちを480人も殺害したって声明を出した。そして、3月には、中国によるチベット弾圧で140人を超える人たちが虐殺され、8月には、ロシア軍がグルジアに侵攻し、11月には、インドのムンバイで「デカン・ムジャヒディン」による同時多発テロが起こって110人以上が殺されたんだから、「今年の10大ニュース」のうちの半分の5つは、これらの戦争や紛争になっちゃう。

そして、多くの人が亡くなったと言えば、忘れられないのが、中国の四川省を襲った大震災だ。それから、国内に目を向ければ、岩手と宮城でも13人が犠牲になった大地震があった。でも、犠牲者の数で言えば、16人が亡くなった大阪の個室ビデオ店の放火事件があったし、秋葉原の無差別殺害事件を始め、同様の事件が連鎖的に起こった。そして、残虐性で言えば、轢いた人間を何キロも引きずる轢き逃げ事件が多発したし、一番大きなケースとしては、イージス艦による漁船の轢き逃げ事件までもが起こった。

また、毒ギューザ事件を始めとした中国製食品の問題から、船場吉兆を始めとした老舗や有名店の事件の数々、ウナギを始めとした食品の産地偽装事件の数々、農水省による汚染米の流通と、この国の食の安全が根底から崩壊した年でもあった。それから、硫化水素自殺の連発や救急車の受け入れ拒否による患者の死亡の連発など、死にたい人も死にたくない人も次々と死んで行った。ニポンの首都である東京に住んでて、具合が悪くなって119番をして、わずか数分で救急車が来てくれたのに、その患者を受け入れてくれる病院がなくて、何ヶ所もタライ回しされた挙句に手遅れで死亡だなんて、いったいどこの無能が都知事をやってるんだろう?‥‥なんて思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ここまでも酷いことばかりだけど、今年、何よりも酷かったのは、やっぱり、自民ナンミョーによる政治の混乱だろう。今年の幕開けは、30年ぶりに期限切れを迎えたガソリンの暫定税を自民ナンミョーが数の暴力で再可決させたことから始まった。アレで全国のガソリンスタンドは大混乱に陥った。そして、もっと酷かったのが、自民ナンミョーによるお年寄りイジメの数々だ。無責任大王のアベシンゾーが、去年、「ワタクチの内閣で、最後の1人まで、最後の1円まで、必ず国民の皆さまにお支払いいたちまつ!」って公約したのに、たったの1人も解明しないまま丸投げした年金問題は、次のフクダちゃんも何ひとつ解明せずに、またまた丸投げしちゃった。

それどころか、今度は、年金記録の改ざんに社保庁が組織的に関与してたことまで分かっちゃって、さらに大混乱。中には、もらえるハズの1200万円もの年金を1円も受け取れずに死亡してた93才のお年寄りまで見つかった。他にも、もらえるハズの年金を受け取れずに亡くなってるお年寄りは、推定で数千人に上るって言われてる。そして、この中には、もしも年金を受け取れていたら、ちゃんとした病院でちゃんとした医療を受けることができて、死なずに済んだ人たちだっていたハズだ。これじゃあ、単なる詐欺事件じゃなくて、国による殺人事件だ。

そして、さらなるお年寄りイジメが、血も涙もないコイズミが作った「後期高齢者医療制度」のスタートだった。これを苦にして、全国で何人ものお年寄りが自殺した。その多くが、寝た切りの親を看てた息子や娘による無理心中だった。60代の息子が、この「後期高齢者医療制度」の導入によって将来を悲観して、寝た切りの80代の母親の首を絞めて殺し、自分も首を吊って自殺したりと、あまりにも気の毒な心中が全国で相次いだ。お年寄りが将来を悲観して自殺するなんて、これでも先進国と言えるのだろうか?

だけど、何よりも最悪だったのが、これほどの大問題が山積みだってのに、何ひとつ手もつけないで政権を丸投げしたフクダちゃんの電撃辞任だろう。その上、国民の声を代弁した記者に対して逆ギレして、捨てゼリフを吐いて消えてったんだから、あまりにも自分勝手すぎる。そして、トドメが、フクダちゃんのアトガマとして登場した今世紀最低の大バカ、フロッピー麻生のトンデモ政権の誕生だ。ねじ曲がった口から出るのは、ウソと下品な言葉と国民をバカにした差別発言ばかり。さらには、中学生レベルの漢字も読めず、第二次世界大戦と太平洋戦争の違いも分からず、世界恐慌とブラックマンデーの違いも分からず、何をやらせてもクルクルパーのオッペケペーのスットコドッコイと来たもんだ。

奇しくも、アメリカの大統領選でオバマが勝っちゃったから、「アメリカはオバマ、日本はおバカ」なんて言われちゃう始末で、内閣発足からわずか3ヶ月で、支持率は1ケタにまで急降下。そりゃそうだろう。だって、何に対しても「やるやる」って口だけで、100年に一度のミゾウユウの金融危機に対しても、何ひとつやらなかったんだから。そして、その結果、数えきれないほどの非正規雇用者が解雇されて、年の瀬に住む場所すら失った人たちを続出させたまま、自分だけは長期のお正月休みを満喫してるんだから、まるでギャグ漫画みたいな総理大臣だ。

‥‥そんなワケで、こうして今年1年を振り返ってみると、国外も国内も酷いことばかりで、いいニュースなんてほとんどない。国内なら、4人のニポン人(うち1人はアメリカ国籍)がノーベル賞を受賞したのが嬉しいニュースだったけど、他にはコレと言って見当たらない。国外でも、北京オリンピックにしたって、あんなもんに浮かれてる一部のバカどもはともかくとして、あたし的には、オリンピックを開催するために虐殺された数万匹の犬たちと、数十万匹の猫たちの苦しみや恐怖を考えたら、とてもじゃないけど北京オリンピックを「嬉しいニュース」としては取り上げられない。だいたいからして、世界各地の聖火リレーで流血の惨事が起っただなんて、とても「平和の祭典」とは呼べない前代未聞の大失態だろう。

こんな感じだから、ホントに「今年の10大ニュース」を選ぼうと思ったら、マクラの最初に挙げた戦争や紛争で半分の5つが埋まっちゃって、残りも、中国の四川省の大震災を筆頭に、悲惨な災害や残虐な事件ばかりがメジロ押しになっちゃう。だけど、明日、新しい年を迎えるって言うのに、1年の最後の日にまで、こんなにイヤなことばかり書きたくない。だから、ここはひとつ、クルリンパと気分を変えて、あたしにとって嬉しかった個人的な出来事だけを選ぶ「2008年 きっこの嬉しかった10大ニュース」ってのをやってみようと思う。そうすれば、新たな気持ちで新年を迎えられそうな気がするからだ。

で、まずは第1位だけど、これは間違いなく、「母さんの手術費用ができた」ってことだ。手術を受けるための年齢的、体力的な問題もあったから、時間との戦いだったけど、できる限りのお仕事をカケモチして、少しでも時間が空けばパチンコ屋さんに稼ぎに行き、自分の物はほとんど買わずに、生活もギリギリまで切り詰めて、ずっとずっとがんばって来て、やっと何とか間に合った。そして、年が明けた1月の下旬には手術を受けられることになったから、これほど嬉しいことはない。予定額に達する最後の1万円を口座に入れて、出て来た通帳の金額を見た時は、周りにたくさん人がいたのに、あたしはその場で涙が止まらなくなった。それで、銀行の人に「どうしたんですか?」って言われちゃったよ(笑)

それから、第2位は、何と言っても、書籍版の第3弾、「きっこの日記R 好き?好き?嫌い?編」を2月14日のバレンタインデーに出版できたことだ。もちろん、この本のオカゲで母さんの手術費用の何割かができたことも嬉しかったけど、それよりも、拙いあたしにサジを投げずに、親身になって丁寧に編集してくださった担当編集者のTさんに心から感謝してる。そして、買って読んでくださった皆さんにも、ホントに感謝してる。この本は、「とにかく書き下ろしをたくさん入れよう」ってことで始まったから、去年、足をケガして動けなかった時に、何ヶ月もかけて何本もの書き下ろしを書いた。それも、せっかくだからWEB日記には書けないことを書こうってことで、すごく苦労した。結局、10本以上の長編の書き下ろしを書いて、そのうちのOKをいただけた8本を今度は規定の文字数にするために、また長い時間をかけて推敲した。それから、WEB日記からのセレクトもすべて書き直したし、トータルすると1年くらい時間をかけて書いたことになる。だから、この本が本屋さんに並んだのを見た時には、とっても感激したことを覚えてる。

それで、続いては第3位だけど、ハッキリ言って、ここから先はそんなに順位は関係ないので、思いついた順に書いてくことにする。まず、パッと浮かんだのは、愛するMAXに美奈子が戻って来て、オリジナルメンバーとして再出発したことだ。MAXとしてデビューする前のスーパーモンキーズの時代から、14年間も玲奈ちゃん一筋に応援して来たあたしとしては、これほど嬉しいことはなかった。ひねくれたファンの中には、いろいろ勘ぐってグチャグチャ言ってるアホもいるみたいだけど、嬉しいことを素直に喜べないようになったら人間は終わりだ。あたしは、ナナさん、りっちゃん、美奈子、玲奈ちゃんから、言葉にならないほどの愛と感動と元気をいただいて来た生粋のMAXファンだから、13年前の5月10日のデビューの日に銀河に誓ったように、死ぬまでMAXに、特に玲奈ちゃんに、ストーカーのようについて行く(笑)

で、続いての第4位は、う~ん、いろいろあるけど、とりあえずは、猫たちが1匹も事故に遭わずに、みんな元気に1年を過してくれたことだな。もう、おばあちゃんになったハナコも、相変わらず元気だし、新顔のもんじゃも仲良しになれたし、ガリガリに痩せてて死にそうだったコマイケルも元気マンマンになったし、猫たちに何も起こらなかったことが何よりの喜びだ。ほとんどの猫の避妊手術と去勢手術も完了したし、あとは猫エイズと猫白血病だけが心配だけど、こればかりはどうしようもない。野良猫は7割以上が感染してるから、もしも感染してるなら発病しないように祈るだけだし、少しでも様子がおかしいと思ったら、ソッコーで獣医さんに診てもらって、できる限りのことをしてもらう。これしかない。とにかく、今はこうしてみんな元気なんだから、あたしは、みんなが元気な「今」っていう瞬間に感謝してる。

え~と、続いての第5位は、あたしの相棒のフィァット・パンダに、車検対応のモンローのショックとステンレスのスポーツマフラーを装着したことだ。もちろん、中古の出物をタダでもらったんだけど、今まではレース用の足まわりと、レース用のストレート管を切って触媒を溶接したマフラーだったから、車検のたびにノーマルに戻さなきゃダメで、すごくメンドクサイ思いをしてた。だけど、これからは、エンジン関係だけノーマルに戻せば、足まわりもマフラーもノータッチで車検に出せる。それに、車検対応って言っても、モンローはコーナーでワリと踏ん張ってくれるし、ステン管はケッコー抜けが良くて、吸気とのバランスも悪くない。だから、運転もラクになったし、ナニゲに燃費も良くなったような気がする。

それから、第6位は、お肉は食べないけどお魚は食べるっていう中途半端なヘナチョコベジタリアンを続けて来たあたしだけど、ようやく形が見えて来たってことだ。今までは、「動物を食べるのはかわいそうなのに、お魚を食べるのはかわいそうじゃないのか?」ってことに引っかかってた。それは、あたしが、黒メダカとクチボソを飼ってるからだ。ふだん、平気でお魚を食べてるクセに、自分の飼ってる黒メダカやクチボソを水槽から掬って、それを殺して食べることはかわいそうでできない。コレって矛盾なんじゃないかと思ってた。だから、あたしは、お魚も食べないようにするべきか、ずっと悩んでた。でも、今年、お味噌汁を作ってる時に、ハッと気づいたのだ。あたしは、粉末のニボシでダシをとってるんだけど、もしもお魚を食べちゃいけないことにしたら、お味噌汁のダシがとれなくなっちゃう。それに、カツオブシのダシもダメになっちゃうから、大好物のおそばも食べられなくなるし、煮物とかも味気なくなる。和食の場合、ほとんどがニボシかカツオブシでダシをとるから、すべてダメになっちゃう。つまり、これは、ニポン人の食文化の必然として、お魚は食べてもOKだってこととして理解したのだ。だから、あたしは、これからは堂々と「お肉は食べないけどお魚は食べるっていうスジの通ったヘナチョコベジタリアン」を名乗ろうと思う。

で、続いての第7位は、これを忘れちゃいけないんだけど、一度、手放したテレキャスが、奇跡が起こって、あたしの元に戻って来たことだ。詳しくは、6月22日の日記、「おかえりテレキャス♪」を読んでもらうとして、ザクッと言うと、去年、足をケガして働けなくなったあたしは、お金に困って愛用のギター、フェンダーの年代モノのテレキャスターを売った。だけど、楽器屋さんを通じて売ったので、調べればどこの人が買ってくれたのかは分かったんだけど、分かったとこでどうしようもないから、そのままにしてた。そしたら、その人が、たまたま「きっこの日記」の「さよならテレキャス」を読んで、「もしかしたらきっこさんのテレキャスを買ったのは私かも?」ってメールをくださって、最終的に、あたしが買い戻せることになったってワケだ。

そして、第8位は、そろそろサクサクと行こうと思うんだけど、最近のこととして、このあたしが、Tech総研の「エンジニアが好きなブロガーアイドル BEST 10」で、中川翔子、眞鍋かをり、若槻千夏に次いで4位に選ばれちゃったことだ。これも、詳しくは、12月18日の日記、「目指せ!ブロガーアイドル」を読んでもらうとして、あたし以外は、全員がアイドルやタレントで、一般人はあたしだけだった。だから、一歩進んだ解釈をさせてもらうと、もしも「エンジニアが好きな一般人のブロガーアイドル BEST 10」だったとしたら、あたしが1位だったってワケだ。これは、もうじきアラフォーに突入しそうなあたし的には、あまりにも嬉しすぎる。今から、これを「2008年 きっこの嬉しかった10大ニュース」の第3位に繰り上げてもいいくらいの嬉しさだ(笑)

こうなって来ると、必然的に第9位が決まっちゃう。それは、お誕生日に荒木師匠からいただいた「マリンプラセンタ28」っていうサプリを飲んでたら、ホントにバストが大きくなって来たみたいな感じなのだ。まだちゃんと測ってないんだけど、カップの上の部分が少しカポカポしてたシームレスのブラが、ムッチリピッタリって感じで、前かがみになってもあんまりカポカポしなくなって来た。普通のブラだと、カップの布がバストに貼りついてる感じになるから分からないんだけど、最初からカップの形がお椀型になってるシームレスブラだと、どうしても上の部分に隙間ができちゃってた。それなのに、その隙間がなくなって来たのだ。今は飲み始めて2週間目を過ぎたとこだから、まだ何とも言えないんだけど、荒木師匠は3週間目くらいでバストが1カップ大きくなったって言ってるから、あたしはすごく期待してる。

‥‥そんなワケで、思いつくままに書いて来た「2008年 きっこの嬉しかった10大ニュース」も、いよいよ最後の第10位になっちゃったけど、今年を締めくくる最後の1つは、やっぱり、こうして、1月1日から12月31まで、1日もお休みせずに、毎日ちゃんと日記を書いて来られたことにしようと思う。まあ、ホントのことを言うと、今年は、2月の終わりに体調を崩しちゃって、4日ほどお休みしたんだけど、それを除けば、あとはお休みなしで書き続けて来られた。これも、すべては、読みに来てくださる皆さんのオカゲで、たくさんの人たちが待っててくれると思うと、少しくらい疲れてても、少しくらい眠くても、「今日もがんばって書こう!」って気持ちが湧いて来る。だから、「2008年 きっこの嬉しかった10大ニュース」の最後の1つは、日記を書いて来たあたしじゃなくて、日記を読みに来てくださった皆さんへの感謝の気持ちってことにしたいと思う。

皆さん、今年も1年、ホントにありがとうございました!

それでは、皆さん、良いお年をお迎えくださいね♪‥‥って言っても、数時間後には、2009年1月1日の日記を書いて、更新しなきゃなんない感じの今日この頃なのだ(笑)


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2008.12.30

壱花花さんの作品

風刺漫画家の壱花花さんの作品です。





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米政府、イスラエル軍の空爆を容認

「米政府、イスラエル軍の空爆を容認」(世田谷通信)

米ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のスポークスマン、ゴードン・ジョンドロー氏は、29日の記者会見で、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ地区への大規模な空爆について「自衛に必要な行動であると理解している」と述べ、今回の空爆を容認する考えを示した。また「もしもイスラエル軍の攻撃を止めたいのであれば、まずはハマスがイスラエルへのロケット攻撃をやめるべきだ」と、すべての原因をハマスへ押しつける発言をした。多くの民間人が犠牲になっていることについては「米政府としてはイスラエルに対してできるだけ民間人の死傷者を出さないようにと強く促している」と付け加えたが、今もなおイスラエル軍が民間人の居住区を無差別に攻撃している事実に関してはいっさい触れなかった。また、次期大統領のバラク・オバマ氏と次期国務長官のヒラリー・クリントン氏は、今回の空爆についてはノーコメントを続けている。米政府の介入なくしては停戦に持ち込むことは難しく、このように米政府がイスラエル軍の攻撃を容認した以上、事態のさらなる悪化は避けられないと思われる。(2008年12月30日)


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ガザの真実

イスラエル軍によるパレスチナ、ガザ地区への容赦ない空爆は、もう3日も続いてる。ニポン時間の29日20時の時点で、318人もの死亡と1400人以上もの負傷が確認されてる。また、国連によると、死亡したうちの少なくとも50人以上は、子供や女性などの民間人だそうだ。

さらには、今回の大規模な空爆を当初は「ハマスのロケット弾に対する報復」だって言ってたイスラエル政府が、実は半年以上も前から今回の空爆を綿密に計画してたってことを明かした。6月の停戦合意の前から、ガザ地区のハマスの拠点を大規模に空爆する計画が立てられてて、それを今、実行してるんだって、イスラエルのバラク国防相が明言したのだ。

ふざけんな!あまりにも酷すぎる!何の罪もない子供たちを無差別に殺すなんて、それでも人間か!それも、イスラエル軍による長年の封鎖とアメリカが主導した経済制裁とで、食べる物もないような人たちがたくさんいる状況なのに、そんな人たちに対して爆弾を落とすなんて、鬼畜どころか頭の狂った殺人鬼だ!

そして、これほど酷い無差別殺戮が行なわれてて、その資金の一部にニポン政府が渡してるあたしたちの税金が使われてるっていうのに、この国と来たら最低だ。何の役にも立たない無能な河村官房長官は、28日の記者会見で、こうノタマッたのだ。


「(中東の情勢が悪化していることは)非常に残念だ。日本政府としてどう対応するか、事態を直視しながら検討している」


アホか?今、この瞬間にも、人口密集地に爆弾が降りそそぎ、何の罪もない人 たちが殺され続けるってのに、何が「事態を直視しながら検討している」だよ?「今すぐに空爆をやめないとすべての経済支援を凍結する!」って言うのがマトモな先進国の姿勢だろが?‥‥って思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、河村官房長官以上に何の役にも立たないのが、外交の経験がぜんぜんないドシロートなのに、フロッピー麻生によって外務大臣に任命されちゃった中曽根弘文だ。中曽根は、29日、イスラエルのリブニ外相と電話で会談して、こうノタマッたそうだ。


「民間人にも犠牲が出ていることは遺憾だ。暴力をエスカレートさせないよう、イスラエルの最大限の自制を求めたい」


本物のアホか?「民間人にも」って、民間人以外に殺されてるのは、みんな選挙によってパレスチナの人たちから選ばれた政党、ハマスの人たちなんだよ。ハマスってのは、無政府状態で難民だらけだったパレスチナで、困ってる人たちに食糧を配給したり医療活動を続けて来た団体なんだよ。そして、多くの国民から支持されて、過半数以上の議席を獲得して、政権政党になったんだよ。

それを認めずに、「危険なテロリスト集団」だの「危険な過激派」だのって言ってるのは、イスラエルを利用してイランと戦争を始めたいアメリカの都合だろが?それなのに、中曽根のバカは、アメリカと一緒になって「ハマスのヤツラなら殺してもいいけど、民間人に犠牲が出るのは遺憾」だなんて主旨の発言をするなんて、つまりはイスラエルの大量殺人を支持してるってことじゃん。どこまで無知な大バカ野郎なんだろう?そして、この中曽根の発言に対して、イスラエルのリブニ外相は、こうノタマッたそうだ。


「イスラエルの行動は自衛のための措置だ。攻撃を停止できるかどうかは、停戦を破って攻撃してきたハマス次第だ」


ロケット花火に毛が生えたような、ほとんど威力のないロケット弾しか持ってない人たちに対して、核兵器まで隠し持ってる強力な軍隊が数十機もの戦闘機や攻撃用ヘリで空爆を続けることが、どうして「自衛」なのか?そして、停戦を破って攻撃して来たのはハマスだけど、そうせざるをえないような状況にまでガザ地区の人たちを追い込んだのは、他国の一部地域を完全に占領下に置き、食料や燃料や医薬品の搬入をすべてストップさせて「兵糧攻め」を続けて来たイスラエルが原因じゃないのか?

中曽根は、もしも1ピコグラムでも中東のことが分かってれば、このくらいのことを言うのが普通だろう。それとも、中東の真実を知ってるクセに、アメリカの飼い犬としてのニポン政府の立場を最優先して、「一応は平和的なスタンスのことを言っときました」っていう国民向けの既成事実を作っとくために電話をしたのかよ?この腰抜け野郎が!

‥‥そんなワケで、まったく役に立たない外務大臣や官房長官の酷さもさることながら、それに輪をかけて最悪なのが、こんな緊急事態にも関わらず、「俺様にゃ関係ねえや」ってお正月休みを満喫してるフロッピー麻生だろう。仮にも外務大臣の経験者で、外務大臣時代にはパレスチナに対するODAにも関わって来たんだから、今のパレスチナの状況がどれほど大変なことなのか、少なくとも中曽根よりは分かってるハズだ。そして、そのパレスチナを空爆させてるアメリカに、どこよりも多額の支援を続けてるニポンのトップとしての自覚がミジンでもあるのなら、すぐにお休みを返上して出て来て、イスラエルに空爆の中止を呼びかけるのが最低限の義務だろう。そうすりゃ多少でも支持率だって上がるのに。

ま、自国民のこともホッタラカシの無責任なバカに、他国民のことを考える器量なんてあるワケないけど、マンガしか読まないバカと違って、ちゃんと真実を知ろうとするマトモな国民の皆さんのために、ここで、あるレポートを紹介する。それは、ガザ地区に住むジャーナリスト、サファ・ジューデーさんの27日付のレポート、「The amount of death and destruction is inconceivable (想像を絶する死と破壊)」だ。


(前略)

ガザ市内の6ヶ所が空爆された。おそらくアメリカのニュース番組では、こうした映像は放送されないだろう。空爆を受けた場所には、多くの死体の山ができていて、その中には、まだ少数の生きている若者がいた。手を上げたり、頭をもたげたりしていたので、まだ生きていることが確認できた。でも、間もなく死んだだろう。何故なら、彼等は全身が焼けただれていたからだ。大部分の者は手足がちぎれていて、腹が裂けて腸が垂れ下がっている者もいた。こうした死体や息のある者たちが、おびただしい血の海の中に横たわっていたのだ。

ガザ市で最も大きな2つの大学の近くにある私の家の前では、大学生の集団の中にミサイルが撃ち込まれた。学生たちは、集団になるとミサイルの標的になりやすいから気をつけるようにと言われていたのだが、家に帰るためにバスを待っていたところだった。この攻撃で7人が死んだが、4人は大学生で、残りの3人は私の家の近所に住む仲の良い少年たちだった。

(中略)

イスラエルのエフード・オルメルト首相は、「ガザの市民は敵ではない。攻撃のターゲットはハマースとイスラム聖戦だ」と言ったが、これは私たち市民の感情をやわらげるための方便だったのか?それとも私たちをからかっての発言だったのか?学校から帰る途中の子供たちがたくさん殺されたが、その子供たちもハマースのメンバーだったと言うのか?最初の空爆から30分後には、警備隊の本部へ撃ち込まれたミサイルの巻き添えで、たまたま近くを歩いていた3人の少女が犠牲になった。少女たちの体はバラバラに引きちぎられて、道路の反対側まで肉片や手足が飛び散ったのだ。

空爆を受けたすべての場所で、多くの人たちが死体の山の間を素通りして行く。それは、死体の山の中に、自分の家族や知り合いを見つけるのが恐ろしいからだ。道路には、ちぎれた肉片が散乱している。誰のものか分からない腕や足が散乱していて、足の中には靴を履いているものとそうでないものがある。ガサ市全体が恐怖とパニックに陥っていて、携帯電話はつながらず、病院と死体安置所はすべていっぱいの状態だ。死体安置所では、それぞれの家族が死者の周りに集まり、頬にキスをしたり泣きすがったりしている。崩壊した建物の外では、老人が地面に膝をついて泣いていた。自分の息子が働いていた建物の崩壊した姿を見て、息子の生存の可能性が消えてしまったからだ。

何とか身元の判明した遺体は、家族に遺体を渡すために、医師たちがバラバラになった手足を正しくつなぎ合わせるという大変な作業を続けている。病院の玄関は、まるで屠殺場のようだ。どんなホラー映画よりも恐ろしい光景で、床はすべて血の海だ。治療を待っている負傷者たちは、壁にもたれかけさせてあったり、遺体と一緒に床に寝かされている。医師たちは半狂乱で働いているが、とても手が足りないため、ケガをしていても命に別状のない者はそのまま自宅へ帰されている。私の親族の女性も、飛び散った窓ガラスで顔面の中央を深く切ってしまったが、彼女よりも緊急を要する負傷者がたくさんいたため、治療を受けられずに帰されてしまった。そのため、歯科医である彼女の夫が、自分のクリニックへ連れて行き、局所麻酔をして傷口を縫い合わせた。

(後略)

「The amount of death and destruction is inconceivable」
http://electronicintifada.net/v2/article10059.shtml


‥‥そんなワケで、これは、最初の空爆を受けた27日の状況だから、今は何倍も酷い状態だろう。でも、アブデルワーヘド教授のメールと、このサファ・ジューデーさんのレポートを読めば、決してニポンのマスコミが報道しないガザ地区の様子が少しは分かったと思う。そして、イスラエル側が言い続けてる「ハマスを標的にしてる」っていう大ウソと、これほど酷い大量殺人を支援してるアメリカやニポン政府の酷さがよく分かったと思う。

それなのに、これを「自衛」と言ってハバカラないイスラエルのリブニ外相と、そのセリフをアッサリと受け入れて何の反論もしない中曽根外相との茶番劇は、あまりにも酷すぎる!人の命を何とも思わない冷血漢などに、外務大臣など任せておけない!これほど非人道的な虐殺が行なわれてるのに、「日本政府としてどう対応するか、事態を直視しながら検討している」なんて寝ぼけたことを抜かしてる危機意識の欠落した鈍感オヤジなどに、官房長官など任せておけない!コイツラは、極楽トンボの大バカ総理大臣と同様に、次の選挙で消えてもらうしかない!

‥‥そんなワケで、これほど酷い大量虐殺に対して、政府が見て見ぬフリを続けるのなら、あたしたち国民ができることから始めなきゃいけないと思う。次の選挙で自民党やナンミョー党に投票しないのは当然として、イスラエルを支援し続けてる企業に対しての不買運動なら、今日からでも始められる。だから、最後に、イスラエルを支援してる企業の一覧をリンクしとくので、自分の買った商品の利益が人殺しのために使われるのがイヤな人は、目を通して欲しいと思う今日この頃なのだ。


「イスラエル支援企業一覧」
http://palestine-heiwa.org/choice/list.html


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2008.12.29

アメリカの都合で決まる善と悪

27日、イスラエル軍は、パレスチナのガザ地区に大規模な空爆を行なった。東京23区の半分ほどの面積のガザ地区に、80機もの戦闘機や攻撃用ヘリを動員した総攻撃は、200ヶ所以上の地点を次々と攻撃して、現在確認されてるだけでも、270人以上もの人が殺され、800人以上もの人が負傷してる。イスラエルの攻撃による1日の犠牲者数としては、1980年代の第1次インティファーダ以降で最多と見られてる。空爆を受けたガザ地区の様子は、映像でもご紹介したけど、あまりにも酷すぎる。それもこれも、すべては、イラク戦争と同様に、アメリカ発の大量殺人なのだ。

だけど、ニポンはアメリカの飼い犬なので、これほど大変な大事件もほとんど報道しないし、報道する場合でも、イスラエル側に立った偏向的な報道しかしない。一番分かりやすい例が、イスラエルとハマスに対する表現の違いだ。どの新聞も、「イスラエル政府は、ガザ地区を支配するイスラム過激派ハマスを空爆した」なんて書き方をする。何も知らない人がこうした記事を読めば、イスラエルのほうは「政府」なんだからちゃんとしてて、ハマスのほうは武力でガザ地区を支配してる「過激派」なんだって思っちゃうだろう。

ニポンのマスコミは、他にも、ハマスに対しては、「イスラム原理主義の武装勢力」だの何だのって、何も知らない人たちに悪い印象を与える表現を使いまくってるけど、その最たるものが、「テロリスト」って言葉だ。ちゃんと選挙をして、大多数の国民から支持されて政権についたハマスなのに、よりによってそれを「テロリスト」だなんて、デタラメにもホドがある。だけど、殺人鬼のブッシュは、アメリカの敵をすべて「テロリスト」って呼ぶ。だから、石油利権のためにイスラエル側についたブッシュは、当り前のようにハマスを「テロリスト」って呼んだ。

そして、それに右へ倣えなのが、ニポン政府と、ニポン政府の広報機関であるマスコミってワケだ。だから、新聞やテレビの偏向報道を鵜呑みにしてるようなバカは、未だに、「ガザ地区を支配してるハマスという恐ろしいテロ集団をやっつけてくれる正義の味方がイスラエル軍」だなんて思い込んでる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、アメリカが味方してるほうを「正義」、そうじゃないほうを「悪」っていう図式で偏向報道し続けてるニポンのマスコミも、この「テロ」って言葉を都合よく使い続けてる。あたしたちがよく耳にする「自爆テロ」って言葉にしても、もともとは「Suicide bombing」、つまり、「自爆攻撃」って言葉なのだ。だけど、これを「自爆テロ」ってふうに婉曲させて訳すことによって、「自爆テロを起こすのはテロリストだ」ってイメージを植えつけてる。

コイズミのバカは「テロには屈しない」って連呼してたし、アベのバカも「テロとの戦い」って連呼してたけど、イラクの旧フセイン政権にしたって、今回のハマスにしたって、ちゃんとした政権政党であって、決して「テロリスト」なんかじゃない。ニポンで言えば、自民党とおんなじ立場の政党だ。だけど、自分の敵をすべて「テロリスト」って呼んで悪いイメージを植えつけようとするのは、知能の低いブッシュの十八番で、それにシッポを振ってついてったのが、コイズミやアベっていうクルクルパーどもだったってワケだ。

ブッシュが相手のことを「テロリスト」とか「独裁者」とかって呼ぶのは、全世界に悪いイメージを植えつけて、自分の行なってる大量殺人を正当化しようとするための方便でしかない。現に、イラクでは、大義名分の「大量破壊兵器」なんてどこにもなかった上に、戦争を起こしたことで、イラクの情勢はフセイン政権下よりも遥かに悪化した。イラクの人たちの気持ちは、ブッシュの顔面に投げつけられた靴がすべてを物語っているだろう。イラクの人たちにとっては、ブッシュこそが「テロリスト」であり、アメリカこそが「大量破壊兵器」だったってワケだ。

それでも、ブッシュは、未だに「独裁者フセインの手からイラク国民を解放したのは私だ」って自画自賛してる。そして、何よりも信じられないのが、去年の8月22日にミズーリ州カンザスシティーで行なわれた退役軍人団体の年次総会での演説だ。ここで、ブッシュは、次のようにノタマッてるのだ。

「今日のテロとの戦いも、過去の第二次世界大戦と同じく、イデオロギー的な戦いである。アルカイダによる同時多発テロは、1940年代の旧日本軍による真珠湾への奇襲攻撃や東アジアの植民地支配と同じ、アメリカに対するテロ行為だ。日本の軍国主義者や北朝鮮及びベトナムの共産主義者は、自分たちの理想の国を作るためにはアメリカが邪魔だった。そのため彼らテロリスト集団は、我々アメリカ人を殺したのだ。しかし、我々が日本に勝ち、日本を立派な民主主義国家へと導いたように、イラクやアフガニスタンのテロリスト集団も叩き潰し、立派な民主主義国家へと導くことが理想であり国益である」

ようするに、ブッシュは、太平洋戦争の時のニポンのことも「テロリスト」だって言ってて、アルカイダと一緒だって言ってるのだ。そして、ニポンの真珠湾攻撃は、同時多発テロとおんなじ「テロ行為」だって言ってる。ま、相手を「悪」にして自分を「正義」にするのは、どの戦争でもおんなじだし、当時は、ニポンもアメリカのことを「鬼畜米英」とか言ってたんだから、お互い様って部分もあるけど、それにしても、時代背景がまったく違うのに、60年以上も前の戦争と現代のテロ行為とを同一視されたらシャレにならない。

‥‥そんなワケで、話をイスラエル軍の空爆に戻すけど、何も知らない人たちのために、どうしてこんなに酷い事態に至ったのかってことをフランク・ザッパに説明すると、今回の空爆を受けたガザ地区ってのは、地図上ではパレスチナ自治区の一部だし、報道とかでも「パレスチナのガザ地区は~」って言われてるけど、現実にはイスラエル軍の占領下にある。ガザ地区と周辺の地域をつなぐ道路などは、すべてイスラエル軍によって封鎖されてて、ガザ地区にいる人たちは他の地域に出ることができない。そして、イスラエル軍は、外部からガザ地区への食糧や燃料や医薬品などの搬入もすべてストップさせて、ガザ地区の人たちを「兵糧攻め」にして来た。だから、このガザ地区にいる約150万人の人たちは、「陸の孤島」にいるような感じなのだ。

で、最初からぜんぶ書いてたら何万文字あっても終わらないので、今回の空爆への流れだけにするけど、まず、何よりの大前提は、ニポンのマスコミの偏向報道によって大きな被害を受けてるハマスの誤解を解くことだ。さっきも書いたけど、ハマスってのは、テロリスト集団なんかじゃなくて、ちゃんとした政党なのだ。2004年12月から行なわれたパレスチナの地方議会選挙では、過半数以上の議席を獲得してるし、2006年1月の評議会選挙でも圧勝して、ハマスのイスマイル・ハニーヤ代表が首相になったのだ。

もちろん、何十年間も戦争状態にある国だから、政権政党って言っても、ニポンとはまったく状況が違う。ニポンみたいに、国会で居眠りしてる議員が何人もいたり、総理大臣が国民のことをホッポリ出して自分だけ11日間もお正月休みをとっちゃうようなノホホンとした政党とは違う。武力行使は当然だし、戦争大国のアメリカをバックにつけて、大量の兵器にモノを言わせてやりたい放題のイスラエルに対しては、微力な武器で応戦するために、自爆攻撃も辞さない場合がほとんどだ。

だけど、ホントは、どっちの国も戦争なんかしたくない。毎日のように、何の罪もない子供や女性が次々と殺されてくなんて、誰だって望まない。だけど、どうしても石油利権を死守したいブッシュが、イスラエルを焚きつけて、戦争を続けて来たってワケだ。アメリカ製の武器もいっぱい売れるしね。イラクとおんなじだよ。そのために、ブッシュは、政権政党であるハマスのことを「テロリスト」と呼び、全世界に向けて捏造した「正義と悪」の図式をアピールして来た。自分のやってる大量殺人を正当化するための方便としてだ。

でも、こんなことを続けてたら、あまりにも酷いことになっちゃうからって、今年の6月に、エジプトが仲介して、半年間の停戦が合意された。だけど、この停戦中も、イスラエル軍はガザ地区の包囲を緩めなかった。微量の食料や燃料や医薬品を運び込むことは許可してたけど、それはとても必要最低限の量には届かなかった。ようするに、形だけは停戦に合意したポーズをとりつつも、実際には「兵糧攻め」を続けてたってワケだ。

そして、イスラエル政府は、先月からすべての検問所を完全封鎖して、食料や燃料の搬入を全面禁止にした。イスラエル政府は、国連による人道的な食糧配給までもストップさせたのだ。ガザ地区に住む150万人のうち、半数以上の80万人が難民だって言われてるけど、この難民たちは、みんな国連から配給される食糧で生活してたのだ。それで、ガザ地区の人たちを守ってるハマスは、備蓄してた食糧を難民たちへ配ったりしたんだけど、これもアッと言う間に底をつき、11月の半ばからは、ほとんどの人たちが飢餓に苦しむ状況が続いてる。その上、ガザ地区の火力発電所の燃料の搬入もストップされてるから、広い地域でずっと停電が続いてる。

‥‥そんなワケで、こんな状況の中、6月に結んだ停戦の期限、12月19日がやって来た。もちろん、さらに停戦が延長されれば一番いいんだけど、ハマスにしてみれば、こんな「兵糧攻め」を受けながらの停戦なんかじゃ、戦争をしてるのと変わらない。それ以前の問題として、今回の停戦を受け入れる条件として、「ガザ地区に対する道路封鎖の解除」があったのに、イスラエル側はそれを守らなかったのだ。だから、ハマスとしては、当然の要求としての「封鎖解除」を訴えるために、停戦の期限が切れた19日から、イスラエル側へロケット弾を撃ち込んだ。そして、それに対する報復攻撃が、今回の大規模な空爆だったってワケだ。

ものすごくザクッとした説明だけど、これで、この問題をまったく知らなかった人にも、全体的な雰囲気が伝わったと思う。もともとが戦争なんだから、どっちが正しくてどっちが悪い‥‥なんてことはない。そんなこと言い出したら水かけ論になっちゃうし、どっちにも悪い部分はある。ただ、ひとつだけ言えるのは、イスラエルの人たちにしても、ガザ地区の人たちにしても、民間人たちは誰ひとり戦争なんて望んでないってことだ。戦争をしたがってるのは、イスラエルの軍隊だけで、これは、頭のおかしいナントカ幕僚長やアベシンゾーと同レベルの人殺しが好きなキチガイどもだからだ。そうじゃなかったら、子供たちがたくさんいることが分かってる建物に爆弾を落とすことなどできるワケがない。

で、今回の空爆にしても、最初にロケット弾を撃ち込んだのはハマスのほうで、イスラエル側はそれに対する報復って形をとってる。だから、いくら「兵糧攻め」を受けてたとしても、最初にロケット弾を撃ち込んだハマスのほうが悪いって見方もある。だけど、イスラエルとハマスとの兵力の差は歴然だ。少ない物資で作ったハンドメイドのロケット弾を撃ち込むのが精一杯のハマスと、最新鋭の戦闘機や戦車をタップリと持ってる上に、アメリカのバックアップで200発もの核弾頭ミサイルまで隠し持ってるイスラエル軍とじゃ、最初から勝負は見えてる。

今までも、イスラエル人が1人殺されるのに対して、パレスチナ人は40~50人殺されて来たけど、今回も、ハマスのロケット弾で殺されたイスラエル人が1人なのに対して、その報復攻撃によるパレスチナ側の死者は270人を超えてるのだ。もちろん、人の命の重さは、人数とは関係ない。1人なら良くて、270人だから悪いってことじゃない。だけど、とにかく今までイスラエル軍がやって来たことは、あまりにも酷すぎるのだ。

今から6年近く前の2003年3月16日、ボランティアとしてガザ地区を訪れてたアメリカの女子大生、レイチェル・コーリーさん(当時23才)は、ガザ地区の国境近くの民家を破壊し続けるイスラエル軍のブルドーザーの前に立ちはだかって、民家を守ろうとした。でも、ブルドーザーは停まらずに、そのままレイチェルさんを轢き殺した。レイチェルさんは、パレスチナの人たちが置かれてる酷い状況を知り、少しでも役に立ちたいとガザ地区へやって来て、貧しい子供たちとの交流など、平和のために尽力して来た素晴らしい女性だった。これも、書くと長くなっちゃうから、興味のある人は「レイチェル・コーリー」で検索して、自分で知って欲しい。

わずか23才の女子大生が、自らの命を投げ出してまで抗議したのは、自分の国であるアメリカが、何の罪もないパレスチナの子供たちを苦しめ続けてること、殺し続けてることに耐えられなかったからだろう。あたしたちの税金も、その一部が、イラクやパレスチナの子供たちを殺すために使われ続けてるけど、それでもアメリカの人殺しに加担し続けてる自民党やナンミョー党などを支持してる大バカがいる現状を見ると、漢字も読めない総理大臣が登場するバックボーンが見えて来るってもんだ。

‥‥そんなワケで、非力なロケット弾で1人を殺された報復として、大規模な空爆で数百人単位の大量殺戮を続けてるイスラエル軍だけど、そのうちの何%かの爆弾や銃弾は、あたしたちの税金が迂回して買い与えたものだ。そして、こうした異常とも思える大規模な空爆が行なわれてるのは、この戦争を裏で操って来たアメリカの事情があるからだ。ブッシュは、完全にイスラエル側に立って、自分の石油利権を守るためにイスラエルをバックアップし続けて来たけど、年が明けて1月になれば、アメリカの大統領はオバマに代わっちゃう。オバマは、今年の6月、票集めのためにイスラエル寄りの発言をしたけど、イラクからの完全撤退を明言してるように、ブッシュと比べたら遥かにマトモな人間だから、あまりにもアカラサマなイスラエル支持はしなくなると予想される。だから、イスラエルとしては、よく分かんないオバマなんかに代わっちゃう前に、できるだけハマスを叩いとこうって作戦なんだろう。今なら、いくら末期とは言え、一応はブッシュ政権下なんだから、あくまでもハマスは「過激なテロリスト集団」であり、イスラエル軍は「正義の味方」って図式なんだから‥‥なんて思う今日この頃なのだ。


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2008.12.28

イスラエル軍の空爆を受けたガザ地区

「イスラエル軍の空爆を受けたガザ地区」

イスラエル軍による空爆で200人を超える死者が出たパレスチナのガザ地区の様子です。

多くの死者が映っていますので、心臓の弱い方は観ないでください。



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日本から米国へ大量の高濃縮ウラン

「日本から米国へ大量の高濃縮ウラン」(世田谷通信)

27日、米核安全保障局(NNSA)の高官によって、96年から今年までの13年間に、日本で作られた高濃縮ウラン計579・7キロがアメリカへと移送されていたことが分かった。これは核兵器約20発分に相当する量で、日本原子力研究開発機構や京都大が保有する研究用原子炉で作られたものである。これは非核三原則を持つ日本がアメリカへ核兵器の原料を提供していたことの裏づけであり、表向きは核燃料のリサイクルを謳って推進されている六ヶ所再処理工場の計画も、アメリカへの高濃縮ウランの大量提供が目的なのではと懸念される。市民の反対を押し切って横須賀を母港化した米原子力空母ジョージワシントンの問題と並び、こうした日本政府の姿勢は、世界唯一の被爆国としての自覚が欠落したものといえよう。(2008年12月28日)


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聖獣シュカンガー降臨

もともとブッツケで日記を書いてるあたしだから、いつも誤字脱字とかも多くて、アップしてから読み返してみて、「あっ!」とか「うっ!」とか言いながら訂正したりしてる。だから、更新のお知らせメールが届いて、ソッコーでアクセスした人は、訂正する前の間違いだらけの日記を読んだことがあるかもしれない。特に多いのが漢字の変換ミスだけど、「て・に・を・は」がおかしい場合もあるし、カタカナとひらがなを間違えてる場合もある。たとえば、「ママチャリ」って打ったつもりで、アップした日記を読み返してみたら、「ママチャり」になってたりする。ものすごいスピードで打ってるから、「リ」と「り」なんて気づかないよ。

でも、こうした間違いなら、読んでる人もミスってことが分かってくれるから、それほど困らない。だけど、ここんとこ師走でバタバタしてて、精神的にも落ち着きがないから、「あとで書こう」と思ってたことを打ってるうちに忘れちゃったりする。昨日の日記でも、「東京タワーの蝋人形コーナーにフランク・ザッパの蝋人形がある」ってことをオチに使おうと思って書き始めたのに、書いてるうちにコロッと忘れちゃって、ずっとしてから「ハッ!」と思い出す始末。その上、スティーブ・ヴァイがベジタリアンだってことも、どこかに織り込もうと思ってたのに、それも忘れちゃった。

アホみたいにダラダラと長い日記の中にも、できるだけ多くの「ムダな知識」を網羅したいと思ってるあたし的には、こうした小ネタの忘れ物は、とっても悔やまれる。それもこれも、すべてが師走のセイってワケじゃなくて、常にいろんなことが頭の中に渦巻いてて、1つのことをジックリと考えられないあたしの脳みその性質に起因してるんだと思う。何しろ、「フランク・ザッパのことを書く」って決めて日記を書いてるのに、あたしの頭の中は、「フランク・ザッパ」→「ザッパ」→「ガッパ」→「ガメラ」→「昭和ガメラと平成ガメラの違い」→「昭和ガメラは可愛いけど平成ガメラは恐い」‥‥ってふうに、音楽とは関係ない方向へ流れてっちゃった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、ふだんから1つのことをジックリと考えるのが苦手で、考えがどんどんダッフンしてっちゃうんだけど、特に「今年もあと4日」だなんて思ったら、いつもに輪をかけてひどくなっちゃったみたいだ。さっきだって、パソコンでお仕事の書類を作りながら、NHKの教育テレビで「サイエンスZERO」をつけて音だけ聞いてたら、「粘菌に迷路を解かせる」ってのをやってて、ヤタラと「粘菌」て言葉を連呼してた。それで、あたしは、音だけ聞いてたから、どうしても「年金」を連想しちゃって、ここから、あたしの脳みそは暴走モードに突入しちゃった。

「粘菌」から「年金」を連想した最初は、「マスゾエなんかにやらせてるから、いつまで経っても年金問題が解決しないんだ」って思っただけなんだけど、こういうことを思っちゃうと、「どうするべきか」ってことに思考回路が働き出しちゃう。それで、あたしは、「粘菌と言えば南方熊楠(みなかたくまぐす)だ」ってことが浮かんで、それが「年金問題」と頭の中でクロスオーバーしちゃって、「南方熊楠を厚生労働大臣にすれば粘菌問題は解決する」ってふうになっちゃう。

で、「我ながらグッドアイデア!」って思って、このネタをいつか日記に書こうと思ったのもトコノマ、今度はここで、「でも南方熊楠なんて100人が100人とも知ってる人じゃないよな?」って不安が頭をよぎる。そうなると、「それなら、本格的に南方熊楠のことを取り上げて、南方熊楠についての日記にして、そのオチの部分で、『‥‥そんなワケで、粘菌の研究に人生を捧げた南方熊楠をマスゾエの代わりに厚生労働大臣にすれば、粘菌問題もアッと言う間に解決しちゃうと思う今日この頃なのだ(笑)』って感じでマトメようかな?‥‥ってふうになって来る。

こうして、1本の日記の外郭が出来上がる。だから、日記のネタとしては、これでいい。ただ、何よりも問題なのは、これが、パソコンでお仕事の書類を作ってる間の脳みその動きだってことだ。もちろん、あたしは、こんなことを考えながらお仕事の書類を作れるほど器用じゃないから、この間、あたしの手は止まってる。ここが問題なのだ。なのだったらなのなのだ!

‥‥そんなワケで、今のケースは、お仕事の書類を作ってる最中に、ぜんぜん関係ない言葉に脳みそが反応して暴走を始めちゃって、結果、日記のネタを作ることはできたけど、カンジンのお仕事の書類を作るのが遅くなった‥‥って形だ。本来やるべきことと、頭の中で考えてることとが、完全に分離しちゃってる。だから、まだマシなのだ。こんなに変なことを考えつつも、脳みその別の部分では、お仕事の書類のことと日記のネタのことを「別々のこと」として認識できてるからだ。

だけど、昨日の日記を書いてる時のケースは、今、フランク・ザッパに関する日記を書いてるってのに、頭の中は、「フランク・ザッパ」がどんどんダッフンしてって、いつの間にか「昭和ガメラは可愛いけど平成ガメラは恐い」ってことになっちゃったのだ。そして、「いつか昭和ガメラと平成ガメラの違いについての日記を書こう」ってとこまで行っちゃった。つまり、あたしは、1つの日記を書きながら、頭の中じゃ別の日記の話題について考えてるってワケで、こうなって来ると、今書いてる日記のことと今度書こうと思う日記のネタのことを「別々のこと」として認識できなくなって来る。

分かりやすく言うと、今、ずっと食べたかったお寿司を食べてるのに、頭の中じゃ「あのお店のうなぎを食べたいな~」って考えてるのとおんなじことだ。お寿司を食べ始めるまでは、「カッパ巻きは3つあるから、握りを2つ食べるごとにカッパ巻きを1つ食べる作戦にしよう」とか、「ウニは最後の楽しみにとっておこう」とかって考えてたのに、食べ始めたトタンに「うなぎ」のことなんか考え出しちゃったから、目の前のお寿司のことがナオザリになっちゃった。そして、気がついた時には、先にウニを食べてたり、カッパ巻きが3つとも残ってたりする。この方式で、あたしは、フランク・ザッパの蝋人形のことも、スティーブ・ヴァイがベジタリアンだってことも、書き忘れちゃったのだ。

だいたいからして、今、この日記を書いてる最中にも、何度も何度も脳みそが他の方向へ行きかけてて、精神力で引き戻してるのだ。たとえば、「カッパ巻き」って打った瞬間に「ガッパ」のほうへ行きそうになっちゃったし、「ナオザリ」って打った瞬間に「ナオザリとオザナリの違いについて」ってほうへ行きそうになっちゃった。脳みそのオモムクままにしとくと、あたしの思考はどんどんそっちに行っちゃうから、そっちのことはものすごく気になるんだけど、脳みそに「フン!」って力を入れて、好奇心にフタをして、ムリに思考を元に戻してるって感じなのだ。

‥‥そんなワケで、ここまで来ると、病的ってよりも、病気そのものみたいな気もして来る。そして、そんなふうに考え始めると、これまた新たな「そっち」が誕生しちゃって、ホントに収拾がつかなくなっちゃうし、かなり凹んだりもしちゃう。だから、この辺で、あたしの主観に登場してもらおうと思う。あたしの場合、俳句を通して、できるだけ客観的にモノゴトを見る訓練を積んでるから、こうして自分の脳内のことを分析できるんだけど、その結果、自分が凹むことになっちゃったら、それこそ本末転倒だからだ。

世の中の9割以上の人たちとおんなじに、主観的にモノゴトを見るようにすれば、自分のことは自分に都合よく見ることができる。たった1年で無責任に総理大臣のイスをホッポリ投げられるのも、支持率が1ケタになっても平然と総理大臣のイスにふんぞり返っていられるのも、すべては客観性の欠落によるものであり、自分のことを主観的にしか見られないからだ。だから、あたしも、アベシンゾーやフクダちゃんやフロッピー麻生のように、人のことなんか1ピコグラムも考えずに、自分のことだけを主観的に見るようにすれば、この100年に一度の脳内危機を回避することができるってスンポ―だ。

だから、これほど国民が困ってる時に、何もせずにすべて先送りして、自分だけトットと12月26日から1月5日まで11日間もお正月休みをとっちゃったフロッピー麻生を見習って、あたしも自我の封印を解き放って、召喚魔法で「聖獣シュカンガー」を呼び出しちゃう。そうすれば、あたしは、病気でもなきゃ病的でもなく、極めて普通の人間てことになる。だって、1つのことをやってる時に、別のことが気になったり、そっちの方向へ思考が行っちゃうのは、「にんげんだもの」 by みつを‥‥ってことになるからだ。

ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんや益川敏英さんみたく、ものすごく頭がいい人って、同時にいくつものことを考えられる。そして、思考がどんどん連鎖してっても、その過程をすべて俯瞰して見てるから、どんなにダッフンしちゃっても、一瞬のうちに好きな場所へ思考を戻すことができる。たとえば、「フランク・ザッパ」→「ザッパ」→「ガッパ」→「ガメラ」→「昭和ガメラと平成ガメラの違い」→「昭和ガメラは可愛いけど平成ガメラは恐い」‥‥って流れが、もっともっと遥か遠くまで連鎖してって、「麻婆豆腐」ってとこまで行ったとしても、それまでの流れをすべて俯瞰して見てるもう1つの脳みその機関があるから、決して脳内の迷路で迷子になることもないし、必要な時にはいつでも一瞬で「ガメラ」に戻ったり「ザッパ」に戻ったりできるのだ。

つまり、頭さえ良ければ、1つのことをやってる時に他のことが気になっても、そっちへ思考がどんどんダッフンしてっても、何ひとつ問題はないってことになる。逆に言えば、これこそが人間の人間たるユエンであって、こうした好奇心による発想こそが人類を進化させて来たってワケだ。だから、あたしは、病気なワケでもなく、落ち着きがないワケでもなく、集中力が足りないワケでもなく、単に「頭が悪い」ってだけなのだ。一度に複数のことを考えられるような高性能の脳みそを持ってないのに、どんどんダッフンしてくと、そのうちにスタート地点が分からなくなっちゃうような記憶力の悪い脳みそしか持ってないのに、それなのに小柴昌俊さんや益川敏英さんみたいな思考パターンを志向することを嗜好してたために試行錯誤しちゃっただけなのだ。

‥‥そんなワケで、「しこう」って打ってみたら、いろんな漢字が出てきちゃったので、せっかくだから4つほど使ってみたワケだけど、あたしの脳みそでできるのは、これが精一杯ってワケだ。だって、「師走だもの」 by きっこ‥‥ってことで、今年もあと4日しかないっていう焦燥感も、召喚魔法で呼び出した「聖獣シュカンガー」にまたがってれば、ホホイのホイって感じに走り抜けられちゃいそうな気がする今日この頃なのだ(笑)


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2008.12.27

フランク・ザッパな日々

今日は、まず1通のメールを紹介する。


お名前:て―坊
コメント:きっこさん、初めまして。福岡県の南の方にすんでおります、て―坊と申します。1番上は17才、下は2才の 女の子3人、男の子2人の母ちゃんです。きっこさんのblogは、倒錯(盗作)芸術家(あんまり酷いので、名前も覚えていません)の辺りから、頻繁に読むようになりました。多分、私がきっこさんにメールを送るなんて事は一生無いだろうなと思っていました。(きっこさんにメールしたくないというのではなくて、コレはどうしてもきっこさんに話さなくては!!と思うようなことは起こらないだろうという意味です)で、いったいどんな事かと申しますと、、、、いつもきっこさんが「フランク・ザッパ」と書いている言葉がありますよね。私は、あれは、「フランク」と、「大雑把」を抱き合わせて、きっこさんが作った造語だと26日の朝まで思っていました。ずっと前に観た映画「クロスロード」が気になって気になって、とうとうアマゾンで注文して、子ども達へのクリスマスプレゼント(私が観たいのに変ですね)にしたのです。案の定、上2人の子どもは気になって私と一緒に観ました。すると、そこに出てくる若かりしSteve Vai が、気になってしまいWikiで検索を掛けて読んでいたら「フランク・ザッパ」という言葉が。ええ~!実在した人の名前だったんだ。と初めて分かったのでした。ギター好きのきっこさんなので、きっとSteve Vaiもご存知かと思います。映画「クロスロード」も、知っているかしら?20ン年前なので、多分きっこさんが小、中学生位の時です。観ていなかったら、一度観てみてくださいませ。最後のギターバトルは、かっこいいです。これから、ますます寒くなります。以前ケガをした所が痛んだりしていませんか?いろいろ大変かと思いますが、ご自分の体も大事になさってくださいませ。良いお年をお迎えください。


て―坊さん、どうもありがとうございます♪ あたしが総理大臣になったアカツキには、あなたを「少子化担当大臣」に任命しますので、これからもハンザツに‥‥じゃなくて、ヒンパンに読みに来てくださいね‥‥ってことで、何でこのメールを紹介したのかっていうと、他の人からも今までに何通も「フランク・ザッパって『フランクで大雑把』という意味ですよね?」ってメールが届いてたからだ。それで、てー坊さんのメールを紹介させていただいた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしより年上の人なら、ほとんどの人が「ディープパープル」を知ってると思うし、あたしより若い人でも、音楽が好きなら、「ディープパープル」って名前くらいは知ってると思う。ニポンでの知名度としては、ビートルズやストーンズを10とすると、きっと9くらいだと思う。そして、「ディープパープル」を知ってる人なら、ほとんどの人が「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を知ってると思うし、代表曲の1つにあげると思う。詳しいリリックまでは知らなくても、「ジャッ、ジャッ、ジャーッ、ジャッ、ジャッ、ジャジャーッ」ってギターと、「スモ~~~クオンザウォ~~タ~~ホニャホニャララ~~♪」ってとこくらいは知ってると思う。ようするに、「歌詞の内容までは知らないけど、曲だけは知ってる」って人がいっぱいいると思う。

で、この曲のタイトルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」ってのは、直訳すれば「水の上の煙」ってことで、ここまでは誰でも分かると思うけど、この「水」が何の水なのか、この「煙」が何の煙なのか‥‥ってことまでは、あんまり知ってる人はいない。そこで、フランク・ザッパに説明しちゃうけど、この「水」ってのは、スイスのレマン湖のことで、この「煙」ってのは、フランク・ザッパのライブ会場が燃えてる煙なのだ。

1971年、あたしが生まれる1年前のこと、「フランク・ザッパ&マザーズ」は、スイスのレマン湖のほとりのカジノホテルでライブをやってた。そこで、コーフンした熱狂的なファンが、上に向けて「フレアガン(花火銃)」を発射しちゃった。たぶん、ロケット花火が飛び出すみたいなヤツだと思うんだけど、それで天井に火がついて、またたく間に燃え広がり、会場は全焼しちゃって、フランク・ザッパのバンドの機材とかもぜんぶ燃えちゃった。そして、たまたまレコーディングのためにモントルーに来てて、レマン湖越しにこの様子を見てたのが、ディープパープルのイアン・ギランだったってワケで、こんなリリックが出来上がったってワケだ。


「Smoke on the water」

We all came out to montreux
On the lake geneva shoreline
To make records with a mobile
We didn't have much time
Frank Zappa and the Mothers
Were at the best place around
But some stupid with a flare gun
Burned the place to the ground
Smoke on the water, fire in the sky


ちなみに、「lake geneva (レイク・ジュネーヴ)」ってのは、「レマン湖」の別名だ。それから、このリリックには「To make records with a mobile」って書いてあるから、「移動式のレコーディングスタジオ」ってことで、大きなトラックの中がスタジオになってるみたいなヤツなのかもしれない。で、恒礼の「きっこ訳」は、文字数は無視して、雰囲気に重点を置いてみた。


「湖面の上の煙」(きっこ訳)

俺たちゃモントルーにやって来た
なんたってレマン湖のほとりだぜ
「オ」じゃなくて「レ」だから間違えんなよな(笑)
何しに来たのかって?
そりゃあ移動式スタジオでレコーディングするためさ
ロックスターの俺たちにゃ時間がないからな
そしたらよ、フランク・ザッパとマザーズがライブをやってたから
ノリノリで眺めてたら
どっかのバカが花火の銃をぶっ放しやがって
アッと言う間に会場は火の海さ
湖面の上には煙が広がり、炎は空へと立ち上ったぜ


‥‥そんなワケで、カンジンの「flare gun」については、単なる「銃」だって言ってる人もいれば、「火炎放射器」だって言ってる人もいるけど、その時、会場で見てたイアン・ギラン本人は、「照明弾」だって証言してる。夜、自分たちの位置を知らせるために空に撃つアレだ。だけど、別の目撃証言では、お祭りの時とかに使う花火の玉が飛ぶ「花火の銃」だって言ってる人もいる。ま、どっちにしても、ライブ会場で「火炎放射器」なんて使うファンはいないと思うから、「照明弾」とか「花火の銃」とかによる「事故」だったんだと思う。

で、「こりゃあ大変なことになった!」とライブ会場から逃げ出したイアン・ギランは、レマン湖の対岸にある自分のホテルへと戻って来た。そして、そのホテルの窓から見た光景が、「Smoke on the water, fire in the sky」だったってワケだ。だから、ライブをメチャクチャにされた上に、高価で大切な機材がぜんぶ燃えちゃったフランク・ザッパは「ツキ」に見放されてたってことで、その様子を歌にして大ヒットしちゃったイアン・ギランは「ツキ」に恵まれてたってことになる。

だけど、フランク・ザッパの災難は、こんなもんじゃなかった。この火事のすぐあとに行なったロンドンのライブで、ホントの災難が待ち構えてたのだ。これもコーフンした熱狂的なファンが原因なんだけど、今度はファンがステージに乱入しちゃって、演奏中のフランク・ザッパを高いステージから突き落としちゃったのだ。フランク・ザッパは、全身を複雑骨折して、一時は命も危ぶまれるほどの重症を負った。これほど災難が続き、完全に「ツキ」に見放されたからこそ、自分の娘に「ムーン」て名前をつけたのかもしれない‥‥なんてことも言ってみつつ、ここで、あたしは、あることに気づいた。

それは、去年の4月のあたしの転落事故だ。皆さんご存知の通り、て―坊さんも心配してくださってるように、あたしは、去年の4月の終わりに歩道橋の階段から落っこちて、ものすごい大ケガをして、8ヶ月もお仕事ができなくなった。もちろん、全身を複雑骨折したフランク・ザッパよりは軽いけど、あまりの痛さで寝返りを打つこともできず、ずいぶん苦しんだ。だけど、ホントに苦しかったのは、体の痛みよりも、お仕事の面での痛みだった。あたしは、本職のヘアメークのお仕事がすべてできなくなり、何本ものレギュラーを失った。これはホントに痛かった。

フランク・ザッパも、この事故により、大切なバンド、マザーズが解散することになっちゃって、大好きだったライブもできなくなった。ま、不屈のアイデアマンのフランク・ザッパだから、この事故を契機にスタジオでの音作りの方向へとシフトして、もっとスゴイ作品を生み出すようになったんだけど、とにかく、「高いとこから落ちて、大ケガをして、自分のお仕事ができなくなる」って流れは、あたしもフランク・ザッパとおんなじだったのだ。

それで、気になって、去年の4月の日記をサラッと読み直してみたら、ナナナナナント! 4月14日の日記、「Born To Be Wild」で、あたしは、フランク・ザッパのことを書いてたのだ! それも、エリオット・イングバーのことを取り上げて、そこからの流れで、「このエリオット・イングバーは、これまたあたしの大好きなフランク・ザッパのマザーズ・オブ・インベンションに参加してたことでも、あたし的にはオナジミだ。」って書いてた。

フランク・ザッパに関しては、「フランク・ザッパに言えば~」っていう「大雑把」の意味ではハンザツに‥‥じゃなくて、ヒンパンに使うあたしだけど、ミュージシャンとしてちゃんと取り上げることは少ないから、この4月14日の日記は珍しい。そして、この日記を書いた2週間後に、あたしは、フランク・ザッパとおんなじように、高いとこから落ちて、大ケガをして、自分のお仕事ができなくなったってワケだ。どう考えても単なる偶然だと思うけど、何だかイヤな感じがした。それで、「日記内を検索」で調べてみたら、事故から2ヶ月後の6月17日の日記、「さよならテレキャス」にも、こんな記述があった。

「‥‥そんなワケで、あたしの好きなギブソンのSGは、「AC/DC」のアンガス・ヤングの他にも、「THE WHO」のピート・タウンゼントとか、フランク・ザッパとか、あたしの大好きな人たちが使ってた。何で「使ってた」って過去形なのかって言うと、ピート・タウンゼントは最近は使ってないみたいだし、フランク・ザッパは故人だからだ。」

この日の日記は、タイトルからも分かるように、お仕事ができなくなって生活費に困ったために、ずっと大切にして来たテレキャスを売りに出した‥‥ってことを書いてる。とにかく、あまりにも足が痛くて、ぜんぜん治る感じがしなくて、精神的にもまいってて、気が弱くなってた時期だから、大切なものを手放してでもお金を作ろうと思ったんだよね。だから、「この日記を書いた2週間後に災いが訪れた」ってことじゃなくて、この日記を書いてた時が、すでに災いの真っ只中にいたってことになる。

だけど、あたしの足は治ったし、失ったお仕事も3割くらいは戻って来たし、売ったテレキャスはミラクルが起こって戻って来た。そして、何と言っても、長年の夢だった母さんの手術費用が貯まったし、愛するMAXに美奈子が戻って来た。つまり、日記にフランク・ザッパのことを書いても、災いが起こるどころか、いいことしか起こらなくなったってワケだ。だから、何の躊躇もなく書いちゃうけど、て―坊さんのメールにあるスティーブ・ヴァイは、フランク・ザッパがすごく可愛がってた弟子の1人だ。グラハム・ボネットとかデヴィッド・リー・ロスなんかとも一緒にやってたけど、基本はフランク・ザッパの弟子なので、フランク・ザッパ亡き今も、息子のドゥイージル・ザッパと一緒に活動してて、今年の1月には、一緒に来日公演も果たしてる。

で、てー坊さんの言ってる「クロスロード」って映画だけど、これは、「ベストキッド」で空手をやってたラルフ・マッチオ少年が主人公のユジーン君を演じてる映画だ。ユジーン君は、もともとは音楽学校でクラシックギターを勉強してたんだけど、クラシックよりもブルースに魅力を感じて、どんどん変な方向へ話が進んじゃって、最後には他人の身代わりで「ギター対決」をすることになっちゃう。それで、スティーブ・ヴァイと対決するんだけど、ブルースを追い求めてたハズのストーリーだったのに、スティーブ・ヴァイは、当時の流行のタッピング(ライトハンド奏法)とか多用して、ナゼかヘビメタ風味(笑)

そして、対するユジーン君は、テレキャスにボトルネックっていう一応はブルーススタイルなんだけど、相手のリフを繰り返すギター対決だから、ボトルネックでヘビメタっぽいリフを弾く。でも、実際に弾いてるのは、この映画の音楽を監修したライ・クーダーで、ラルフ・マッチオ少年は「弾いてる演技」をしてるだけだから、音はメッチャいい。あたしの大好きなテレキャスの音がちゃんと出てて、もう、たまんない。ストーリー的には、テクニックが上のスティーブ・ヴァイが勝った‥‥と思ったのもトコノマ、ユジーン君が、クラシックの学校で習ったパガニーニの「24のカプリース」の5番を弾き始める。お店に集まってた黒人たちは、ブルースは大好きだけどクラシックなんて聴いたこともない。それで、大ウケしちゃう。で、「なにくそ!」とスティーブ・ヴァイも一瞬で耳コピしたその曲を弾き始めるんだけど、上手く弾けずに負けちゃう‥‥っていう、アリエナイザーな部分とアリエールな部分がチャンプルーされたストーリーだ。

‥‥そんなワケで、痒いとこに猫の手が届く「きっこの日記」としては、最後のこの「ギター対決」のシーンをリンクしておくけど、偉大なるフランク・ザッパの弟子であるスティーブ・ヴァイの若き日の勇姿を楽しむとともに、ライ・クーダーがコッソリと弾いてるテレキャスの音を楽しんで欲しいと思う。そして、ちょっとでも興味を持てたら、フランク・ザッパが残した数々の芸術にも耳を傾けてみて欲しいと思う今日この頃なのだ。


「ギター対決」


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2008.12.26

8才の子供を訴えた政府

沖縄の高江で、ただ静かに暮らしたいために米軍のヘリパットの建設に反対している住民たちが、国によって訴えられました。

その中には、わずか8才の子供もふくまれているのです。

アメリカの戦争のために、自国の8才の子供を訴えるニポン政府とは、いったいどこの国の政府なのでしょうか?

詳しくは「きっこの裏日記」をご覧ください。


「きっこの裏日記」
http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=533673&log=20081226

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敦賀原発事故、メーカーの施工ミスが原因

「敦賀原発事故、メーカーの施工ミスが原因」(世田谷通信)

今年9月、敦賀原発(福井県敦賀市)の2号機の高圧タービンから蒸気が漏れた事故について、日本原子力発電は25日「メーカーの施工ミスが原因」と発表した。原電の発表によると、溶接部の熱処理が不十分だったため溶接部5カ所に亀裂が生じていたという。これを受け、他のタービンも調べたところ、低圧タービンにも2カ所の亀裂が見つかり、こちらは2層の溶接が必要な部分を1層で溶接していたことが分かった。今回の調査で、事故個所と同様に溶接が不十分な個所が計144カ所も見つかり、また1号機の排気ダクトが腐食して穴が開いていた事故についても、さらに5カ所で同様の穴が見つかった。原電は「すべて溶接し直し来年2月の運転再開を目指す」としているが、住民の間からは「施工ミスではなく手抜き工事なのでは?」との声も出ている。敦賀原発では、昨年の放射性物質を含む水漏れ事故を始め、過去に何度も事故や火災を起こしているほか、今年11月には職員の個人パソコンから内部情報がインターネット上に流出した問題まで起こっている。敦賀原発に限らず、漏れた大量の放射性廃棄物が14年間も放置されていたことが分かった柏崎刈羽原発や、わずか2カ月の間に3回もの火災を起こした女川原発など、いつまでも繰り返されるこれらの事故の原因が、ずさんな管理による人為的なミスだけでなく、メーカーの施工ミスまで発覚したことに、地域住民の不安はさらに高まることだろう。(2008年12月26日)


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きみこのおなら

昨日の夕方、ちょっと用事があって、高校時代のクラスメートのK子のお家にオジャマして来た。お仕事の話だったので、ホントは外で会ってパッと済ませたかったんだけど、2人目の子供が生まれたばかりで出られないって言うので、大きなシャモジを持って、あたしのほうから乗り込みに行った‥‥って、ヨネスケじゃないから大きなシャモジは持ってかなかったけど、K子に会うのも4年ぶりくらいで楽しみだったし、赤ちゃんに会うのも楽しみだったけど、あたしが楽しみだったのは、長男のケンちゃんに会えることだった。

あたしが最後に会ったのは、何とか会話ができるようになった3才のころなので、今回の電話でK子から、「今年、小学校に上がって、来年は2年生になる」ってことを聞いた時に、「うひゃ~!」って思った。だって、高校時代のクラスメートって言っても、諸事情により、あたしのほうが1つ年上なのだ。ようするに、あたしより1つ年下なのに、もう小学2年生になる子供がいるなんて、あたしは、知らず知らずのうちに自分がオバサンになってることをジンワリと実感しちゃって、アラサーとかアラフォーとか言ってゴマカシてらんないほどのアセリマクリスティーが全開になっちゃった。

ま、そんなことは置いといて、とにかく、あたしの周りで結婚して子供がいる人たちって、不思議と子供が女の子ばかりなので、あたしは、小学生になったケンちゃんに会えるのがホントに楽しみだった。3才の時は可愛いだけだったけど、K子も美人だし、ダンナさまもイケメンだから、きっとイイ男に成長してんじゃないかと思って、ワクワクしてた。あたしは、もしもヘアメークにならなかったら、きっと保母さんになってたことはホボ間違いないほど‥‥なんて使い古しのギャグを織り込んじゃうくらい子供が好きなんだけど、特に自分の周りにあんまりいない男の子が、可愛くて可愛くてジンジャエールな今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ホントはお仕事の用事なのに、いつの間にかケンちゃんに会うことがメインになっちゃってたあたしは、数日前の時点で、ふと気がついた。「24日ってクリスマスイブじゃん!」てことだ。それで、せっかくだから、遅ればせながら、小学生になったお祝いも兼ねて、ケンちゃんにクリスマスプレゼントを持ってくことにした。2人目の赤ちゃんには、知り合いのショップでベビー服を用意してたんだけど、ケンちゃんには何も考えてなかったからだ。だけど、これが困ったことになった。だって、小学1年生の男の子に何をプレゼントしたら喜んでもらえるかなんて、あたしには想像できなかったからだ。

それで、あたしは、自分が小学1年生の時にプレゼントされて嬉しかったものを思い出してみた。そしたら、ふだんからチョクチョクと子供のころのことを思い出す訓練をしてるあたしだから、あまりにもピンポイントでパコーンと思い出すことができたのだ。それは、「けんはへっちゃら」っていう童話だ。あたしは、11月がお誕生日なので、お誕生日には母さんからプレゼントをもらい、クリスマスにはおばあちゃんからプレゼントをもらうって形とか、お誕生日とクリスマスを合わせて1つのプレゼントって形とか、ちょっと複雑だった。だから、この「けんはへっちゃら」っていう童話が、小学1年生の時のお誕生日のプレゼントだったのか、クリスマスのプレゼントだったのかは覚えてない。だけど、ものすごく楽しいお話で、絵も大好きだったし、夢中になって何度も何度も読んだことを思い出したのだ。

小学1年生のあたしがメチャクチャ楽しかったんだし、どっちかって言うと男の子向きのお話だったから、絶対に喜んでもらえるハズだ。それに、何よりも、プレゼントする相手が「ケンちゃん」なんだから、これほどピッタリのプレゼントはない。それで、あたしは、すぐにK子に電話して、この童話を持ってるかどうか聞いてみた。そしたら、「何それ?」なんてノリだったので、あたしは「よし!」って思って、次に本屋さんに電話して、今でもあるのかどうか調べてもらった。何しろ、あたしが読んだのは、30年近くも前のことだからだ。でも、あたしの心配はヨソに、本屋さんは「在庫ありますよ」とのこと。

あたしは、ピョンピョンと欽ちゃん走りで本屋さんへ向かった。そして、取り置きしておいてくれたカウンターへ行ったら、「こちらですね?」って出してくれたのが、あまりにも懐かしい、あのころのままの「けんはへっちゃら」だった。その場でパラパラとめくると、「そうそう!」「これこれ!」の連続で、何とも言えない気持ちになった。へ~、谷川俊太郎さんが書いてて、絵が和田誠さんだったんだ。あたしの家にも、きっと押入れの奥のダンボール箱のどれかに、他の童話と一緒に入ってるとは思うんだけど、ずっと開けてないから、ホントに懐かしかった。

このお話は、現代版‥‥って言っても、もう30年も前だけど、現代版の「わらしべ長者」みたいなお話で、団地に住んでるけんちゃんが歩いてると、下駄の鼻緒が切れて困ってるおばあちゃんがいた。それで、けんちゃんは、鼻緒を直すためにポケットにあったヒモをあげる。そしたら、おばあちゃんは、お礼に風船をくれた。で、けんちゃんが風船を持って歩いてると、今度はちっちゃな子がその風船を欲しがる。欲しい欲しいと泣くから、仕方なくあげたら、その子のママがお礼にキャラメルをくれる‥‥って感じで進んでく。

でも、ホントに面白いのは、このメインストーリーじゃなくて、けんちゃんが脈絡なく「おなら」をするとこだ。ひとつの段落の終わりとかに、「けんはおならをぷうとした」とかってふうに、おならをする。それが、そのたびに音が違うのだ。喜怒哀楽のないけんちゃんが、まるで当たり前のようにおならをするから、小学1年生の時のあたしは、もうこれがおかしくておかしくて、ゲラゲラと笑いながら読んでた記憶がある。子供のころって、「うんこ」とか「おなら」とかが出て来ると、それだけでヤタラとおかしかったもんね(笑)

‥‥そんなワケで、あたしは、クリスマスイブの昨日、K子のお家に行って来た。赤ちゃんは、めっちゃ可愛かったし、ケンちゃんは、想像通りにイイ男になってた。何よりも感動したのは、あたしがプレゼントを渡したら、自分から「きっこちゃん、どうもありがとうございました」って言って、ペコリとお辞儀をしたことだ。もしかしたら、事前にK子が「ちゃんとお礼を言うのよ」なんて言ってたのかもしれないけど、それにしても、あんなにちっちゃかった子が、こうしてちゃんとお礼を言えるようになったなんて、あたしは、もう可愛くて可愛くて、思わずギュ~ッて抱きしめちゃったよ。嫌がってたけど(笑)

で、この日の夜、あたしは、母さんと食事をする約束をしてたから、母さんのリクエストのお寿司屋さんで「江戸前にぎり」を2つと「バッテラ」を1つ買って、ケーキ屋さんでケーキを2個買って、自宅に用意しておいたプレゼントとカードを取ってから、愛車のフェラーリF2004(ママチャリ)で母さんのとこに向かった。そして、久しぶりに母さんとゆっくり過ごしたんだけど、この時に、あたしは、お友達の子供に「けんはへっちゃら」をプレゼントしたってことを話した。そしたら、母さんは、すごく懐かしそうに、「きみこは『けんはへっちゃら』のおならが大好きで、いつも『きみこはおならをぷうとした』って言ってケラケラ笑ってたの、覚えてる?」って言われちゃった。ウッスラと覚えてるような、覚えてないような‥‥。さらには、「でも、他の2冊はそんなに夢中にならなかったみたいで、きみこは『けんはへっちゃら』ばかり繰り返し読んでたよね」って言われて、あたしは、「えっ?」って言った。「他の2冊」って?

母さんが言うには、「けんはへっちゃら」と「とおるがとおる」と「しのはきょろきょろ」の3冊をセットにしてプレゼントしてくれたってことで、その瞬間、あたしは、「そうだった!」って思い出した。そうそう、他に2冊あったよ。あたしは、「けんはへっちゃら」がヤタラと気に入っちゃって、こればかり読んでたけど、本は3冊プレゼントしてもらって、あと、「とおるがとおる」と「しのはきょろきょろ」もあったんだ!

‥‥そんなワケで、あたしは、一気に思い出した。何も描いてない白い紙が大好きなとおるくんの「とおるがとおる」と、好奇心旺盛なしのちゃんがデパートを探検する「しのはきょろきょろ」もあったんだ。やっぱり、30年も前の小学1年生の時のことなんて、覚えてるように思ってても断片的な記憶しかないんだね。だけど、あたしの場合は、単に「忘れてた」ってだけじゃなくて、他の本のこととゴッチャになってた部分もあったみたいだ。ゆうべは、母さんと、あたしが小学生の時に夢中になって読んでた童話の話で盛り上がったんだけど、もう長いこと忘れてた本の名前が次々と出て来て、ホントに懐かしかった。

たとえば、あたしが幼稚園のころから大好きだったのが、馬場のぼるの「11ぴきのねこ」のシリーズだ。ま、これは、童話じゃなくて絵本なんだけど、あたしは、手足もシッポも太くて、2本足で歩く猫たちが大好きだった。母さんが言うには、あたしはいつも「11ぴきのねこ」のマネをして、「ジュース飲みたいニャゴニャゴ」とか「おにぎり食べたいニャゴニャゴ」とか「ドングリ拾ったニャゴニャゴ」って言ってたらしい。

そして、小学校に上がってから、自分で読むようになった童話ってことになると、大好きだったのが「ももいろのきりん」だ。桃色の紙で作ったキリンのキリカが大好きで、この本を読んで、あたしは、桃色が大好きになった。母さんが言うには、どこかで桃色の物を見つけるたびに、あたしは、「キリカ!キリカ!」って言ってたそうだ。それから、母さんに言われて、「ロボット・カミイ」も思い出した。幼稚園の子供がダンボールで作ったロボットのカミイのお話なんだけど、当時は「自業自得」なんて言葉を知らなかったから、いくら自分が悪いとは言え、幼稚園のみんなに仲間はずれにされちゃうカミイがかわいそうで、あたしは読むたびに泣いたことを思い出した。

そして、カミイは、みんなから仲間はずれにされたのに、突っ込んで来たダンプカーからみんなを守るために、ダンプカーの前に飛び出して自分が身代りに死んじゃうんだよね。だから、ここでも泣く。そして、子供たちが死んじゃったカミイを直して、カミイは生き返る。だから、ここでも泣く‥‥って感じで、あたしは、この「ロボット・カミイ」を読むたびに、カミイがかわいそうで泣いて、カミイの勇気に感動して泣いて、カミイが生き返ったことが嬉しくて泣いて、最後にもひとつ泣いて、ホントに忙しかった。

それから、母さんは、「2年生か3年生の時には『チョコレート戦争』に夢中になってたよね」って言った。そうそう、そう言えば「チョコレート戦争」ってあったよね。2人組の男の子が、町一番の高級なケーキ屋さんのショーウインドウに飾ってある大きなチョコレートのお城を盗み出すお話。あの2人組って、「ちびまる子ちゃん」の大野くんと杉山くんのイメージだよね。今、調べてみたら、光一くんと明くんだった。それから、あのイヤなオヤジのケーキ屋さんの名前は「金泉堂」だった。そうそう、思い出して来た。

この「チョコレート戦争」の中に、シュークリームとエクレアの説明をするシーンがあったんだけど、あたしの記憶が正しければ、確か、「シュークリームは、正式には、シュー・ア・ラ・クレームと言うのです」ってことと、「エクレアは正しくはエクレールと言うのです」ってことと、「エクレールはフランス語でイナヅマという意味で、これはイナヅマのような速さで食べないと中のクリームがこぼれてしまうからです」ってことが書いてあったように思う。確か、金泉堂のオヤジが偉そうに説明するシーンだったと思うけど、違ったかな?

とにかく、あたしは、小学2年生か3年生の時に、この「チョコレート戦争」を読んだオカゲで、おばあちゃんに渋谷のデパートに連れてってもらって、5階か6階のレストランで大好きな「プリン・ア・ラ・モード」を食べる時に、ひそかに、「このプリン・ア・ラ・モードの『ア・ラ』ってのは、きっと、シュー・ア・ラ・クレームの『ア・ラ』とおんなじなんだろうな」って思うようになった。そして、中学生とか高校生になってから、テレビのクイズ番組とかで、「ケーキのエクレアとはどういう意味?」なんて問題が出たりすると、すぐに「イナヅマ!」って答えられるようになった。だから、逆に、大人になっても、シュークリームの正式名称が「シュー・ア・ラ・クレーム」ってことを知らなかったり、「エクレア」の意味を知らない人がいると、「はは~ん、この人は子供のころに『チョコレート戦争』を読んでないんだな」って思うようになった。

‥‥そんなワケで、ゆうべは、いろんな懐かしい童話の名前が出て来たんだけど、1年生の時に夢中になった「けんはへっちゃら」は、童話は童話だけど、絵本に近い童話だった。そして、2年生か3年生の時に夢中になった「チョコレート戦争」は、ずいぶん文章がメインになったけど、やっぱり絵も楽しかった。だけど、小学校も高学年になって来ると、ほとんどが文字だけで、何ページおきかに挿絵が入ってるような、本格的な童話を読むようになって来る。

そんな童話の中で、たぶん、最初に読んだのが、3年生か4年生の時の「星の王子さま」だったと思う。あたしは、小学1年生の時の学芸会で「星の王子さま」の劇をやったんだけど、その時は、自分の役のとこしか理解してなくて、全体的にどんなお話なのかは、イマイチ分かってなかった。それで、母さんに本を買って欲しいってお願いしたら、「もうちょっと大きくなってから」って言われて、3年生か4年生の時に買ってもらったそうだ。自分では覚えてないんだけど、ゆうべ、母さんはそう言ってた。それから、「エルマーのぼうけん」も思い出した。シリーズの「エルマーとりゅう」や「エルマーと16ぴきのりゅう」も夢中になって読んだし、水色と黄色のシマシマのりゅうが大好きで、水色と黄色の折り紙で貼り絵を作ったような記憶がある。

そして、5年生になると、読める漢字も増えて来たし、難しい文章も理解できるようになって来たから、ずいぶんレベルの高い童話を楽しめるようになって来た。たとえば、「長くつ下のピッピ」のシリーズとか、「ムーミン」のシリーズとか、「ノンちゃん雲に乗る」とか、どれもワクワクしたりドキドキしたりで、何度も何度も読んだ覚えがある。この辺になって来ると、もう「童話」って言うよりも、「児童文学」って感じで、ストーリーも長くて複雑だ。「ムーミン」なんて、テレビアニメの可愛いムーミンのイメージがあったから、初めて原作を読んだ時には、マンガの「ゲゲゲの鬼太郎」に出て来る妖怪たちみたいな不気味な挿絵に激しいギャップを感じて怖かった。そして、読んでみると、アニメとは段違いの深さに驚いた。

あたしは、こんな小学生時代を過ごしたから、本が大好きになり、中学生になっても高校生になっても、ずっといろんな本を読み続けて来たんだと思う。そうだとしたら、あたしが本を好きになった最初のキッカケは、もしかしたら、「けんはへっちゃら」の「おなら」なのかもしれない。だから、昨日、この本をプレゼントしたケンちゃんも、しばらくは「けんはおならをぷうとした」なんて言いながら、K子のことを困らせちゃうかもしれないけど、この本をキッカケにして、心の底から感動できる素晴らしい本をたくさん読むようになってくれればって思った。

‥‥そんなワケで、母さんとの楽しいひとときを過ごしたあたしは、帰り道、日付の変わる深夜に、お祈りをするために教会へ寄った。だけど、お祈りをしながら、ケンちゃんのこととか、母さんと話したこととか、いろんなことが頭に浮かんで来ちゃって、なかなかお祈りに集中できなかった。それで、気持ちをリラックスさせて、心を平らにして、お祈りに集中しようと思ったら、母さんのとこでお寿司を食べたりケーキを食べたりお茶を何杯も飲んだからなのか、お腹の調子がおかしくなって来て、何だかおならをしたくなっちゃった。だけど、マサカ、こんな場所でおならなんてできないから、ずっとガマンして、お祈りを済ませて、外へ出た。それで、自転車にまたがろうとした瞬間に、きみこはおならをぷうとした‥‥なんてオチで申し訳ないと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.12.25

未曾有うの危機!

皆さんにクリスマスプレゼントです♪


「兵庫のおじさん 未曾有うの危機!」


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メリークリスマス♪

皆さま、今年も、わたくしの美しい歌声と華麗なるダンスでお楽しみくださいましね。

ホーッホッホッホッホッホッ!


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食べ物を捨て続ける国

今、世界では、毎年、約1300万人の人が餓死してるって言われてる。でも、これは、あくまでも「日本国際飢餓対策機構」のデータによるもので、別の調査機関によると、「アフリカだけで年間に約1900万人の人が餓死し続けている」ってデータもある。だから、正確なことは分からないけど、複数の機関のデータの平均値をとると、最低でも年間に1500万人以上の人が餓死してると思われる。年間に1500万人てことは、1日あたり4万人以上ってことで、1時間に1700人、1分間に28人てことだ。つまり、2秒に1人ずつ、世界のどこかで餓死してる人がいるってことになる。そして、何よりもつらいのが、このうちの4人に3人が、5才未満の子供たちだってことだ。

せっかく命を授かって生まれて来た子供が、病気や事故や戦争で死んでしまうのもかわいそうだけど、食べるものがなくて飢え死にしてるなんて、これほどかわいそうなことがあるだろうか。そして、そんな子供たちが、世界中に数えきれないほどいて、クリスマスイブの今日も、今、この瞬間も、2秒に1人ずつ、世界のどこかで餓死し続けているなんて、おんなじ地球に一歩先に生まれた大人の1人として、言葉にならないほどつらい。それは、単に「かわいそう」っていう気持ちだけじゃなくて、莫大な量の食べ物を捨て続けてるニポン人としての「申し訳ない」っていう気持ちがあるからだ。

ニポンでは、年間に約7000万トンの食べ物が消費されてるんだけど、このうちの3分の1以上にあたる約2500万トンは、ゴミとして捨てられてる。これは、他の国々と比較すると異常な割合で、ニポンは世界一の「食べ物をムダにしてる国」なのだ。ニポン人が捨て続けてる食べ物は、年間にすると100億人ぶん以上の量になり、365日で割り算すると、毎日3000万人ぶんの食べ物を捨ててることになる。つまり、ニポン人が捨ててる食べ物だけで、世界中で餓死してる1500万人の人たち全員に、1日に2食、毎日ずっと食べ物を与えることができると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、現実的には、ニポン人が捨て続けてる某大な量の食べ物を世界中の困ってる人たちのとこへ運ぶなんてムリだし、実際に運ぶとなると、その食べ物の何倍ものお金が掛かる。だから、あたしは、そんなことしろとは言ってない。ただ、年に一度のクリスマスなんだから、あたしたちが毎日ムダにしてる食べ物の量と、世界中で餓死してる人たちを救える食べ物の量とがおんなじ量だってことを漠然としたイメージだけでいいから想像してみて欲しいと思っただけだ。だって、クリスマスって、そういうことを考えるための日だからだ。

みんな普通だと思ってゴミを捨ててるんだと思うけど、あたしたちニポン人て、他の国の人たちと比べると、食べ物に限らず、信じられないほど大量のゴミを捨て続けてる。書籍版の「きっこの日記 R」でも言及したけど、ニポンには、1840基ものゴミ焼却炉がある。これは、全世界にあるゴミ焼却炉の7割にもあたる数で、これらが連日稼働し続けてるんだから、ニポン人の出すゴミの量が尋常じゃないってことが分かると思う。

ちなみに、他の国のゴミ焼却炉の数は、アメリカが150基、ヨーロッパの国々はほとんどが100基以下だ。ニポンの2倍の人口のアメリカでさえ150基で間に合ってるんだし、人口が約8300万人のドイツでも、わずか49基しかない。それなら、このニポンだって、どんなに多くても100基もあれば十分だろう。それなのに、アメリカの12倍、ドイツの38倍もの数のゴミ焼却炉をこの狭い国土に林立させて、それらをフル稼働させてるのだ。

そして、「燃えるゴミ」だけでもこんなアリサマなのに、「燃えないゴミ」や「産廃」に至っては、もう最悪だ。何しろ、船に積み込んで沖へと運び、八丈島沖や高知沖の水深の深いエリアへと海洋投棄し続けてるんだから。その量は、毎年200万トン以上にも上る。これは、産廃の海洋投棄を禁止した「ロンドン条約」にも違反してるのに、ニポン政府は、長年ずっとトボケまくり、こうした海洋投棄を続けて来た。言うなれば、「空缶のポイ捨て」ならぬ、国家規模の「産廃のポイ捨て」ってワケだ。だから、八丈島沖や高知沖の深海の底には、何千万トンていう産廃の山ができてるって推測されてる。

‥‥そんなワケで、多くの先進国は、30年も前から、地球の環境問題と真剣に取り組み出して、「脱ゴミ焼却炉」の方向へと進み始めた。これは、「人間が出すゴミが環境を汚染しているのだから、それならゴミの量を減らすようにしよう」っていう、問題の根本原因を直視したマット―な考え方だ。たとえば、ドイツの場合なら、現在のゴミ焼却炉は49基だけど、過去には300基もあった。それがすべて稼働してたんだから、ドイツの人たちはそれだけのゴミを捨ててたってことになる。だけど、「このままじゃいけない!」って思ったドイツ政府は、国をあげてのゴミ削減運動を展開して、商品のムダなパッケージや包装をやめさせることから始めた。その結果、企業や商店、各家庭から出るゴミの量は7割以上も少なくなり、全国にあったゴミ焼却炉の数が6分の1でまかなえるようになったのだ。

だけど、ゴミ問題にしても原発にしても、常に世界の流れに逆行してる時代遅れのニポンの場合は、すべての問題に対応して来たのが「政官財の癒着」を大義としてる自民党だったから、どれもこれもおかしな方向へ行っちゃった。普通、人間の出すゴミによる環境破壊が問題視されたら、ドイツのように、まずはゴミの量を減らすように考えるのがマトモな行政なのに、ニポンの場合は、ゴミの量は減らさずに、全国に1840基もあるゴミ焼却炉をより強力なものへと交換し始めたのだ。これは、もちろん、各ゴミ焼却炉メーカーと各自治体とが癒着してるからで、ここにも官僚たちの天下りがあり、自民党議員たちが口利きのパイプ役を担ってる薄汚い世界がある。

つまり、税金を食い物にしてる守銭奴どもの頭には、問題を根本的に解決しようなんて考えはミジンもないってことだ。それどころか、こうして他の国の何十倍も出る異常な量のゴミを金儲けの手段にしてるんだから、「まずはゴミの量を減らそう」なんて考えるワケがない。だからこそ、自民党の議員たちだって、ゴミの削減にはまったく手をつけずに、自分たちと癒着してるメーカーに最新式のゴミ焼却炉を開発させて、それを税金で買い取り、まだ使える焼却炉を解体して大量の産廃を作り出してるってワケだ。

あたしの住んでる世田谷区でも、しばらく前から、ゴミの分別が変わった。今までは「燃えないゴミ」として出してたプラスティックやゴムなどが、今月からは「燃えるゴミ」として出さなきゃいけなくなった。これは、プラスティックやゴムを燃やしてもダイオキシンが出ないって謳い文句の最新式のゴミ焼却炉が導入されたからで、その裏では、ゴミを減らされたら困るっていう政府のスタンスがチラチラと垣間見える。これじゃあ、完全に本末転倒だ。

‥‥そんなワケで、すべての先進国は、「消費の拡大こそが国家の発展だ」っていう幻想を追いかけて、ここまで進んで来た。そして、地球の悲鳴が聞こえて来て、それが先進国のエゴだったってことに気づいた多くの国は、「ムダなゴミを生み出さないような政策」に転換した。だけど、ニポンの場合は、未だに方向を換えようとはしない。それは、この国の政権を握ってるのが、「政官財」の癒着の上に成り立ってる自民党だからだ。

政府が本気で環境のことを考えたら、最新式のゴミ焼却炉を導入するよりも先に、まずはゴミの削減に乗り出すだろう。だけど、ニポンの場合は、コンビニのお弁当のパッケージしかり、スーパーの精肉や鮮魚のトレイしかり、あたしたちの手元に来たらゴミになっちゃう「ムダな物」で成り立ってる企業がいっぱいある。そうした企業は、ゴミを製造して成り立ってるワケで、企業と癒着してる政党が政権を握ってる以上、そうした企業も守らなきゃなんないのだ。

賞味期限が近づいて来たら、まだ食べられるのに捨てられちゃうコンビニのお弁当にしても、ホントにムダを省こうとか、ホントにゴミを減らそうと思ったら、もっと少なめに作ればいいだけのことだ。でも、常に「多めに作って余ったら捨てる」っていうシステムこそがニポンを発展させて来たワケだし、そうした「ムダな部分」や「ゴミになる部分」にしがみついて成り立ってる企業がいっぱいあるワケだ。そして、そうした「ムダ」や「ゴミ」をナリワイにしてる企業を成長させて来たのが、国民よりも環境よりも癒着企業のことを優先してる自民党ってワケだ。

‥‥そんなワケで、ニポンの食糧自給率は、1960年代には80%もあったのに、現在は40%を割り込んでる。ようするに、60%以上を輸入に頼ってるワケで、自分の国の食べ物を自分の国で40%しか生産できないなんて、とても先進国とは言えないだろう。これは、世界主要12ヶ国の中では最低だし、さらには、他の国の食糧自給率はほとんどが上昇し続けてるのに、ニポンだけは下降し続けてる。だから、このまま行けば、今よりももっと酷くなることは明白だ。

だけど、マクラの部分で触れたように、ニポンでは、年間に約7000万トンの食べ物が消費されてて、このうちの3分の1以上にあたる約2500万トンがゴミとして捨てられてるのだ。一方では「60%も輸入しないと食べ物が足りない」と言っておきながら、もう一方では、全体の36%にもあたる2500万トンもの食べ物を捨ててるのだ。これって、おかしくない?

捨てられてる2500万トンの食べ物の内わけなんて分からないけど、国産のものと輸入したものが平均的に捨てられてるって仮定すれば、2500万トンのうちの60%にあたる1500万トンが輸入した食べ物ってことになる。そして、ワザワザ輸入しても食べずに捨てちゃうのなら、このぶんは最初から輸入しなけりゃいいってことになる。そうすると、ニポンで年間に消費される食べ物は5500万トンてことになり、計算すると食糧自給率は51%になる。さらには、国産で捨ててた1000万トンをムダにしなければ、そのぶんも輸入量を減らせるんだから、計算すると食糧自給率は62%になる。

ようするに、今とまったくおんなじに農業や漁業をやってても、ゴミとして捨ててる食べ物のムダを無くせば、それだけでニポンの食糧自給率は大幅にアップするってワケだ。もちろん、そんなに簡単にできることじゃないけど、あたしは、「ムダを省く」ってことは、すべての基本になることだと思う。たとえば、自民党の総理大臣て、誰でも口をひらけば「増税!」「増税!」って言うけど、民主党を始めとした野党が言ってるように、まずは「省庁のムダ遣いをなくす」ってことが大前提だろう。毎年毎年、何十億円もの赤字を垂れ流してるような天下りの受け皿をいくつもそのままにしといて、どのツラ下げて「増税」なんて言葉が言えるんだろう?

原発にしたって、こんな狭い島国に、ホントに55基も必要なのかってことだ。たとえば、全国に数えきれないほどあるジュースの自販機にしても、ほとんど人が通らないような場所でも、24時間、電気をつけっぱなしにしてる。そうした自販機をすべて「人が来た時にだけ点灯する感知式」のものに変えただけで、原発1つぶんの電気を節約することができるって言われてる。たとえば、東京や大阪を始めとした全国の大都市の繁華街で、毎晩ずっと光り続けてるネオンサインや電飾などをすべて廃止にしたら、原発3~4基ぶんの電気を節約することができるって言われてる。

こんなふうに、ムダに使ってる電気を節約して行けば、まだまだ電力消費量を減らせるワケで、たとえ「原発の全廃」がムリだとしても、あたしたちの現在の生活水準を下げずに、原発の数を半数以下にすることは十分に可能なのだ。つまり、政府は、「原発の推進」を叫ぶ前に、まずは「電気のムダ遣い」をやめさせることが先だってことだ。そして、できる限りの節電政策をした上で、初めて、必要最低限の原発を稼働させてくださいって頭を下げるのがスジだろう。

‥‥そんなワケで、未だに戦後の幻想から目が覚めない時代遅れの政府は、「定額給付金」なんていう2兆円のバラ撒きで「景気が回復する」なんて思い込んでる。これほど地球が泣き叫んでるのに、まだ国民にムダな消費をさせて、大量のゴミを出させようとしてる。確かに、国民がお金を使わなかったら景気は良くならないけど、景気なんてモノ自体が「生産と消費の自転車操業」が生み出した幻想なんだし、そんなことを繰り返して来た結果が今の地球温暖化だろう。それなのに、まだそんなことにも気づかずに、国民にムダな消費を煽るなんて、これほど学習能力の欠落した政府など、今の時代には必要ない。これからの政府は、「企業中心」の社会から「国民中心」の社会へと舵をきってくれるような政党に任せるべきだ。そして、これからの企業は「ムダな物は作らない」って理念、これからの消費者は「ムダな物は買わない」って理念を持たないと、世界のどこかで2秒に1人ずつ餓死してる子供たちに申し訳ないと思う今日この頃なのだ。


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2008.12.24

飯島愛さんが死亡

「飯島愛さんが死亡」(世田谷通信)

24日午後3時半ころ、元タレントの飯島愛さん(36)が、東京都渋谷区桜ケ丘の自宅マンションで死亡しているのが見つかった。今月15日から飯島さんと連絡が取れなくなった仕事上の女性関係者が、心配して自宅に様子を見に行ったところ、リビングのイスから前のめりに倒れている飯島さんを発見、警察に通報した。飯島さんは死後数日が経過しており、警視庁では「事件性はない」として、自殺と病死の両面から調べている。(2008年12日24日)

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M1グランプリの謎

今、M1グランプリについてのアンケートを行なってるけど、サスガに「番組を観た人だけ」って限定したアンケートなので、回答してくださる人も少なくて、15時間ほど経過した23日の午後9時の時点でも、ようやく5000票を超えたとこだ。誰でも回答できる政治関連のアンケートのなら、アッと言う間に1万票は超えるから、いつもの半分の感じだ。でも、これは、番組を観てもいないのに冷やかしで投票する人とかが少ないことの証明でもあるから、すごくアリガタイザーなことだ。ご協力してくださった皆さん、どうもありがとうございます♪

まず、大前提を書いとくけど、あたしは、オードリーは知ってる。1人1人の名前までは知らないけど、何かのバラエティーで何度か見たことがあるし、漫才も2回くらい見たことがある。だけど、特に面白いとも思わなかったし、単に「テレビで見て顔と名前を知ってる」ってだけだ。それから、ナイツとNON STYLEに関しては、あたしはぜんぜん知らなかった。コンビ名も初めて耳にしたし、どんな人たちなのか、まったく知らなかった‥‥って言うか、今も知らない。それは、あたしがお笑いに疎いってことと、これらの漫才師が東京のテレビには出ないからだと思う。

それから、あたしは、M1グランプリにもまったく興味がないから、今まで一度も観たことがないし、今回も観てない。これが、あたしの状況だ。それで、M1グランプリが放送された次の日に、お仕事で会った業界の人たちがM1グランプリのことを話題にしてて、その多くが「オードリーが一番面白かったのに‥‥」って言ってたので、ここはひとつアンケートを実施して、実際に番組を観た人たちの意見を聞いてみよう‥‥って思ったワケだ。

で、23日の午後9時の時点では、総投票数が5203票のうち、「ナイツが1番面白かった」が843票(16%)、「NON STYLEが1番面白かった」が2280票(43%)、「オードリーが1番面白かった」が2080(39%)っていう結果になってる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、自分が実際に観たものに対しては、アニメであろうと映画であろうと、あたしの個人的な感想としてなら、「面白かった」とか「つまんなかった」とか言うことはできる。だけど、今回は、まったく観てないし、さらには、3組のうち2組は名前すら知らない人たちで、過去にも観たことがない。だから、あたしの個人的な感想や意見は、1ピコグラムも書くことができない。でも、これまたアリガタイザーなことに、何人もの人たちからメールが届いてる。だから、困った時の読者頼みってことで、届いたメールを紹介させていただこうと思う。とにかく、いろんな意見があるので、変に分けたりしないで、届いた順にタターッと紹介させていただく。


お名前:中村主水
コメント:きっこ様はじめまして、いつも楽しみに読ませてもらってます。私は40代男性の関西人です。お笑いに関しては結構厳しい方と思います。今回のM-1ですが、私的には9組の中で少しでもクスッと笑えたのは、ノンスタイルとナイツだけでした。そして最終3組の中では、ノンスタイルだけでした。オードリーも確かに面白いですが、春日のキャラに頼りすぎで突っ込みが一辺倒と言うか甘く感じました。ナイツも話芸的には面白いのですが最終戦での爆発力が無かったように感じました。ノンスタイルも予選のネタが面白かったので少し落ちますが、勢いというか総合的に上回ってたと思います。人それぞれ感性、笑いのツボも違うと思いますが今回は、事務所の力では無く、順当に実力、努力の差だと思いたいものです。では、風邪など引かぬよう今後も頑張ってください楽しみにしています。


お名前:iku
コメント:きっこさんこんにちは。M-1グランプリたまたた見たのですが、我が家ではオードリーの漫才ではほとんど笑うことはなく、私もニコリともしなかったのとは対照的に、NON STYLEでは笑いっぱなしでした。人間の笑いのつぼってぜんぜん違うんですね。ちなみに私は九州出身、夫は関東、子どもたちも関東育ちです。娘も、自分的にはぜんぜんつまんなかったけど、審査員はオードリーを選ぶかもしれないなと思っていたらしいのですが、自分がおもしろかったコンビが選ばれたので、喜んでいました。それでは~


お名前:TE
コメント:きっこさん、私も今回のM-1の結果に納得が行きません。たしかにNON STYLEも勝ち上がってくるまではなかなか面白かったですが、最終決勝の出来ばえだけを比較すると、私はオードリーが勝っていると思いました。何故NON STYLEが優勝できたのか?それは決勝9組の各審査員の得点を見れば分かります。決勝では、松っちゃんはNON STYLEとナイツには93点ですが、オードリーに8組中で最高点の95点をつけてます。中田カウスも、NON STYLEが91点、ナイツが94点なのに対して、オードリーには98点という満点に近い高評価をしています。他の審査員も皆、オードリーには90点以上の高い得点をつけてます。NON STYLEのネタの出来ばえが良かった決勝でもこのような得点だったのです。7人の審査員のうち4人がオードリーを上に、1人が同点にしていて、NON STYLEを上にしているのは紳助と上沼恵美子の2人だけでした。それなのに最終決勝では7人の審査員のうち5人がNON STYLEの方を選んだのです。これはフットボールアワーの時のように吉本芸人ビイキの裏事情の結果としか思えません。


お名前:ベイエリア
コメント:きっこさん、こんにちは!いつも楽しく拝見しています。僕は大阪生まれ・大阪育ちの関西人(35歳)ですが、今年のM-1はNON STYLEで間違いないと思いますよ。勝因は各サイトで書かれているとおりだと思います。次点がナイツでしたね。ただし彼らの良さは30歳~50歳ぐらいまでしか全て受け止められないと思います。どんな風にボケるかと丁寧なつっこみの全てが面白いですが、全てを聞き取って笑っている間にまた次のボケ&つっこみが始まってますから全ての世代からの支持は難しそうですね。ちなみに決勝はネタがイマイチでしたので負けたと思います。私の個人的な意見ですが、オードリーの良さがわかりません。つっこみもパッとしないし、ボケてる意味もわかりません。笑うところは1つもなかったです。嫁さんもそう言ってました。M-1は毎年楽しみにしていますが、フットボールアワー以外は全て勝つべくして勝っていると思います。ただし決勝進出者の選出方法はかなりグレーですが。(それとR-1・C-1?は本当に面白い人が勝ってません。作為的です。)そもそもM-1はコンビ結成10年までですから、フレッシュ&パワフルで将来が楽しみなコンビに勝って欲しいですね。そういう観点からも私にはオードリーは場違いなだけでした。(キンコンはネタで勝負にきてるので出てもよいと思いますが、フットの2回目は名前だけで出てましたからやっぱり面白くなかったです)また集計してきっこさんの総括を日記にアップして下さいね。楽しみにしています!


お名前:熊男爵
コメント:きっこさん、いつも楽しい話題をありがとうございます。M-1の件ですが、今年はそれほどおかしくありませんでしたよ。きっこさんもご存知の通りM-1は吉本のお祭りですから、明らかに大差がついた時には吉本以外のコンビも優勝できますが(2004年のアンタッチャブル、去年のサンドウィッチマン等)、僅差の時や今年のように審査員の好みで評価が分かれる時には、必ず吉本の芸人が優勝するようになっています。過去にはフットボールアワーのように実力もないのに吉本の力で優勝させてもらった芸人もいますからね。皆が言っているように所詮は「吉本の吉本による吉本の為のM-1」なんですよ。自分は関東人(北関東)なのでオードリーの方が面白かったですが、あの手の笑いは関西人には理解できない人が多いと思います。どちらが面白いか、ではなく、文化の違い、土地柄の違いです。


お名前:はぴねこ
コメント:いつも共感することが多く楽しみに拝見しています。が、今回はそうか?と思ったのでメールしました。関西人ではありませんが、私の周りではNON STYLEが一番面白かったと言っている人が多かったですよ。私自身もそう思いましたし、可笑しな優勝結果ではなかったと思います。笑いは人それぞれのツボがありますからね。ただ、それをいちいちアンケートで調べることはないのでは?と思いました。


お名前:ひょっとこ斎
コメント:予選は誰が審査しているかわからないので何とも言えませんが、決勝は事務所関係なしの審査だと思います。吉本の人が審査員に多いですが、「漫才」には真剣に接する人達だと思います。但し予選は知りませんが。実際、1回目のネタはオードリーが面白かったわぁ。しかし2回目は期待を悪い意味で裏切った感じです。確かに春日のキャラは強いが2回目はネタに入り込んでウザくなってしまったわぁ。1回目のネタへの入りかたなら優勝してたかもしれませんなぁ。勢いがあったけど、2回目はなかった感じで見ていてツラくなったわぁ。NONSTYLEのネタは安定し、1回目はザ・パンチのだだスベリもあり、面白さを倍増しました。2回目は見ている側の期待を満足させていました。ナイツは1回目はキレがなく、2回目でいつも通りになりましたが、面白くてもインパクトがないまま。3組とも面白いが、今回のネタの好みで左右される内容です。結果が優勝だと思います。


‥‥そんなワケで、メールをくださった皆さん、どうもありがとうございました♪‥‥ってことで、これらのメールを読むと、笑いのツボも人それぞれなら、モノゴトの考え方や見方も人それぞれだってことがよく分かると思う。たとえば、NON STYLEとオードリーのどちらを面白いと思うかを「関東と関西の文化の違い」だって考えてる人もいれば、そうじゃなくて、あくまでも「個人の感性」だって捉えてる人もいる。

あたしとしては、カンジンの番組を観てないから何とも言えないけど、大阪生まれ大阪育ちのベイエリアさんは、キッパリと「今年のM-1はNON STYLEで間違いないと思いますよ。次点がナイツでしたね。」って言ってて、「私の個人的な意見ですが」と前置きしつつも、「オードリーの良さがわかりません。つっこみもパッとしないし、ボケてる意味もわかりません。笑うところは1つもなかったです。嫁さんもそう言ってました。」って言ってる。

だけど、アンケートの結果では、NON STYLEとオードリーが僅差で1位と2位を争ってて、大差の最下位がナイツになってる。そして、TEさんによれば、バリバリの関西人の松っちゃんや中田カウスさんも、NON STYLEやナイツよりもオードリーに高得点をつけてるようだ。だから、この大きく二分された評価が、関東と関西の笑いの好みの違いによるものなのか、土地柄には関係なく個人個人の感性によるものなのかは、今のところ分からない。ただ、こうした皆さんの意見から推察すると、ワリと広い範囲の人たちに平均してウケるのがNON STYLEで、ウケる人にはすごくウケるのに、ウケないひとにはまったくウケないのがオードリーって感じがする。

で、読者メールに頼ってるだけじゃ手抜きすぎるから、番組を観てないあたしとしては、別の角度からM1グランプリについて分析してみようと思う。それは、視聴率だ。ビデオリサーチの発表によると、M1グランプリとおんなじ時間帯に、サッカーの「トヨタ・クラブW杯」の生中継があったのに、M1グランプリが圧勝したそうだ。


「M1グランプリ2008」
関東 23.7%
関西 35.0%

「トヨタ・クラブW杯」
関東 12.8%
関西 8.5%


この数字を見れば分かるように、関東でも関西でもM1グランプリのほうが大幅に勝ってるけど、特にその差が大きいのが、やっぱり、お笑いのメッカであり吉本のお膝元の関西だ。関東では、M1グランプリの視聴率はずっと10%台で、今回初めて20%台を記録したんだけど、関西では、過去2回も30%台の高視聴率を記録してる。これだけ見ても、関西の人たちが、いかにお笑いを好きかってことや、M1グランプリが関西の人たちをターゲットにした番組だってことがよく分かると思う。

そして、実際にこの時間帯にテレビを観てた人の中で、どれくらいの割合の人がM1グランプリを観てたのかっていう「占拠率」になると、関東が30.7%なのに対して、関西は44.8%と、2世帯に1世帯はM1グランプリを観てたことになる。これはスゴイことだ。メールを紹介させていただいた関西の中村主水さんも、自分のことを「お笑いに関しては結構厳しい方と思います。」って書いてるし、他の関西の人たちも、なかなか細かく分析してるから、やっぱり関西の人たちは、全体的にお笑いに興味のある人が多いんだと思う。

‥‥そんなワケで、あたしなんか、たまたまテレビをつけた時に、他に観るものがなければ仕方なくお笑い番組を観るって感じで、自分から観ようと思ってお笑い番組を観たことがない。あたしが好きなのは、釣り番組とか旅行番組、科学番組や歴史番組なんかで、あとはアニメと戦隊モノくらいだ。そして、その次に観るのが報道番組で、あとは深夜のバラエティー番組とかだ。ちなみに、深夜のバラエティー番組も、他に観るものがないから観てる場合が多い。こんなあたしだから、とてもお笑いについて語る資格もないし、語ろうとしても知識がない。だいたいからして、あたしの場合は、M1グランプリの最終決勝に出た3組のうち、2組は名前すら知らなかったくらいなんだから‥‥って言うか、それ以前に、4489組もエントリーしてたってことを知って、こんなにたくさん漫才師がいたって事実に、あたしはメマイがして来た。だから、あたしにとってのM1は、「M1(メマイ)」だと思う今日この頃なのだ。


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2008.12.23

真のM1チャンピオンは?

今年のM1グランプリは、「ナイツ」と「NON STYLE」と「オードリー」の3組が決勝へ進出し、「NON STYLE」が優勝しました。

でも、あたしの周りでは、ほとんどの人が「オードリーが一番面白かった」と言っています。

これは、関東と関西の笑いのツボの違いなのでしょうか?

それとも、所属事務所の問題なのでしょうか?

とても不思議です。


そこで、M1を観た人に質問です。


【今年のM1の決勝戦、1番面白かったのは?】

1.ナイツ
2.NON STYLE
3.オードリー



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あたしの欲しい物♪

もうすぐクリスマスなので、もしもホントにサンタさんがいて、あたしに何かプレゼントをくれるとしたら?‥‥ってことで、何が欲しいか考えてみた。もちろん、どんな物でも嬉しいけど、ここで「ヴィトンのバッグ」だの「グッチのお財布」だのなんて言ったら、そこらのバカ女と一緒になっちゃうから、そうしたブランド物はナシってことにして、あと、お洋服とか靴とか腕時計とかアクセサリー類もナシにして、もっと夢のある物を考えてみた。そしたら、あたしの欲しいプレゼントのトップ5は、こんな感じになった。


1.鉱物標本のセット

2.天体望遠鏡

3.家庭用プラネタリウム

4.月球儀

5.空飛ぶドラえもん


なんか、小学生の男の子みたいだ(笑)‥‥でも、金額はどれも高い物ばっかだ。鉱物標本のセットは、できれば100種のが欲しいから、安いとこで買っても2万円くらいはしちゃうし、ホントのことを言うと、あたしの一番好きなリチア電気石だけのセットが欲しい。それも、単品で売られてるような立派なリチア電気石が10種くらいセットになってるのが欲しいから、バラで買って標本箱に入れると、安くても30万円くらいになっちゃうと思う。何しろ、安くても1個が1万円くらい、高いものは1個8万円とか10万円とかのもあるから。

でも、そんなのはまだ安いほうで、天体望遠鏡なんか、あたしの欲しいのはカタディオプトリック式だから、どこのメーカーのでも数十万円もしちゃう。あたしの憧れのビクセンのスフィンクスは、40万円以上もするし、1ランク落としても30万円を超える。で、カタディオプトリック式をあきらめて反射式にすれば、ビクセンのGP2なら8万円くらいだけど、どうしても必要な天体ナビゲーションシステムを付けると13~14万円くらいになっちゃう。

仕方ないから、カタディオプトリック式も反射式もあきらめて、普通の屈折式にして、さらにミニタイプにすれば、ビクセンのミニポルタが3万円くらいだ。こんなふうに、最初に「40万円以上」なんて言っておいて、そこからジョジョに奇妙に金額を下げてくると、これが不思議なもので、「3万円」が安く感じられちゃう今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、最初に高い金額を言っておいて、そこからだんだんに金額を下げてって、ホントは高い金額を安く感じさせるってのは、振り込め詐欺や悪質な押し売りのヤリクチとおんなじだ。最初に「200万円振り込んで」って言って、電話に出たお年寄りがハッキリしない態度を取ってると、だんだんに値下げして来て、最後には「とにかく50万円だけでもいいから振り込んでよ」なんて言い出す。最初から「この宝石は50万円です」なんて言っても誰も買わないけど、「本当は200万円なんですが、今だけ特別に50万円になってます」なんて言って売りつけて来る。

だけど、あたしは、振り込め詐欺をやってるワケじゃなくて、あくまでも「もしもホントにサンタさんがいて、あたしに何かプレゼントをくれるとしたら?」ってことを妄想して楽しんでるだけなんだから、こんな時に値段のことなんか気にしたくない。だから、やっぱり、3万円の屈折式の天体望遠鏡じゃなくて、40万円のカタディオプトリック式はサンタ的にムリだとしても、せめて反射式のに天体ナビゲーションシステムを付けた14万円のがいい。

だから、家庭用プラネタリウムにしても、聞いたことないメーカーのバッタモンみたいのなら5000円くらいのもあるし、そこそこのメーカーのでも1万5000円くらいからあるけど、あたしが欲しいのは、もうじき発売される、セガの家庭用プラネタリウムの最高峰、ホームスターエクストラだ。これは、6万円もするけど、そこらの家庭用プラネタリウムとはレベルが違って、1個1個の星が、小さく明るく映し出されるから、ホントのプラネタリウムみたいに見えるのだ。さらには、お風呂に浮かべて使う、浴室用プラネタリウム、ホームスタースパもセットにして欲しい。こっちはオモチャだから7000円くらいだ。

それから、月球儀は、渡辺教具のが欲しいんだけど、これは1万5000円くらい。そして、空飛ぶドラえもんは、タイヨーの「空とぶドラえもんヘリコプター」が5000円くらい、エポック社の「ドラえもん ひみつ道具 空飛ぶタケコプター」が7000円くらいなんだけど、あたしが欲しいのは、お部屋の中で飛ばせるエポック社のほうのだ。ちなみに、コレだ。

‥‥そんなワケで、高い物は10万円を超えるものから、安い物は7000円まで、その幅は大きいけど、これらは、クリスマスの日の朝に目が覚めて、あたしの枕元にプレゼントが置いてあって、ドキドキしながらリボンを解いて、中から出て来たら大喜びしちゃう物たちだ。もちろん、リチア電気石のセットじゃなくて、たった1つのリチア電気石がステキな箱に入ってても嬉しいし、セガの家庭用プラネタリウムと浴室用プラネタリウムのセットじゃなくて、浴室用プラネタリウムだけでも嬉しい。ようするに、金額の問題じゃなくて、あたしがクリスマスプレゼントとしてもらったら嬉しくなる物の方向性が、こんな感じだってことなのだ。

で、何でこんなことを考えてみたのかって言うと、クリスマスシーズンになって、ネット上でもアチコチでクリスマスの話題が出るようになったら、「彼女に何をプレゼントすればいいのか分からない」っていう男性があまりにも多かったからだ。Yahooの「知恵袋」とか、gooの「教えて!goo」とかにも、この手の質問がたくさん投稿されてる。特に多いのが、「今年になってから付き合った彼女と初めてのクリスマスを迎えるんだけど、何をプレゼントしたらいいのか分からない」「どれくらいの金額が妥当なのか分からない」っていう質問だった。

たとえば、30代の男性からの質問で、「5万円くらいの予算で、指輪などのアクセサリーを考えているのですが、どのブランドのものが喜ばれますか?」なんてのがあった。そして、当然のごとく、「女性によって好きなブランドも趣味も違いますから、本人に聞かないと分からないでしょう」とか、「付き合って初めてのクリスマスプレゼントが指輪っていうのは、ちょっと重たいと思いますよ」とかって回答されてた。そりゃそうだよね。

男性にしてみれば、プレゼントを渡して、自分の前でリボンを解いて、中から出て来た指輪だのネックレスだのを見た彼女が喜ぶ顔を見たいんだと思う。だけど、まだ付き合い始めたばかりで、彼女のアクセの趣味や傾向を把握してない段階で、何万円もするアクセを買ってプレゼントするなんて、あまりにも無謀だと思う。事前に、ナニゲに欲しいアクセを聞いたりしといたんならいいけど、女性のアクセの趣味は十人十色だから、趣味に合わないものをもらっても困っちゃうだけだ。そして、自分の趣味じゃないのに、プレゼントされたからには喜んでるフリをしなきゃなんないし、さらには、デートのたびに身につけて行かなきゃならなくなった彼女の身にもなって欲しい‥‥って、これじゃあ身もフタもない(笑)

‥‥そんなワケで、あたしの場合なら、ヴィトンは大好きだけど、ヴィトンなら何でも好きってワケじゃない。あたしが好きなのは、ヴィトンでも、ダミエとヴェルニとエピだけが好きなんであって、他のデザインには興味がない。特に、バカのひとつ覚えのモノグラムは大っ嫌いなので、もしもモノグラムだのマルチカラーだのをプレゼントされたとしたら、ものすごく困っちゃう。もちろん、あたしは、人の好意を金銭に換算するようなキャバクラ嬢とは違うから、人からいただいたプレゼントを質屋さんに売りに行くようなことはしないけど、自分の趣味に合わないファッションアイテムをプレゼントされるほど、女性が困ることは他にない。

ようするに、たとえ彼女が「グッチが好き」とか「ブルガリが好き」とかって言ってたとしても、そのブランドのものなら何でもいい‥‥ってワケじゃないのだ。そして、それが恋人からのプレゼントだったら、なおさらだ。繰り返しになっちゃうけど、恋人と会うたびに、その「自分の趣味じゃないもの」を身につけてかなきゃいけなくなるからだ。これじゃあ、楽しいハズのデートも気が重くなり、これが原因で別れることだってあるかもしれない。男性にしてみたら、相手を喜ばそうと思って、ムリして何万円も投資した結果がコレじゃあ、目も当てられないだろう。

だから、相手の趣味が分からないのに、どうしても身につけるものをプレゼントしたい男性とか、アクセやブランド物をプレゼントするしか能のない男性は、相手がプレゼントを開けた時の喜ぶ顔が見たいだなんて高望みはしないで、一緒にお店に買いに行くべきなのだ。そして、自分の予算を言って、その予算の範囲で欲しいものを決めてもらい、それをその場でプレゼントすれば、ずっと大切に身につけてくれるのだ。

‥‥そんなワケで、皆さんご存知のように、あたしの場合は特殊だから、「リチア電気石」なんて言われてもぜんぜん参考にはならなかったと思うけど、男性が「女性の欲しい物」を考えた場合に、アクセやブランド物しか頭に浮かばないってのは、あまりにも芸がないってことなのだ。お誕生日のプレゼントなら、記念になるような指輪とかでも悪くはないけど、クリスマスってのは特別なのだ。プレゼントの箱を開けた瞬間に「わあっ♪」っていう夢がなきゃダメなんだから、5万円もする趣味に合わないアクセなんかよりも、7000円の「浴室用プラネタリウム」や「ドラえもん ひみつ道具 空飛ぶタケコプター」のほうが、何倍もクリスマス的で嬉しいのだ。もちろん、あたしの場合は、「リチア電気石のセット」が一番嬉しいけど‥‥なんて感じの今日この頃なのだ(笑)


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2008.12.22

電脳コイル

11月の終わりのこと、あるポータルサイトの無料アニメの宣伝が目に入った。よくあるパターンの「今なら第1話だけ無料で見られます」ってヤツだ。それで、1話を観てみて、面白いと感じて、続きを観たければ1話いくらでお金を払ってくれってヤツだ。それで、この時は3作くらいのアニメがあったと思ったんだけど、あたしは、その中で「電脳コイル」ってアニメが面白そうだと思って、ナニゲに観てみた。

そしたら、これがすごく不思議な感覚のアニメで、サツキとメイと真っ黒クロスケみたいなのも出て来たし、すごくイイトコで終わってて、どうしても続きを観たくなった。それで、こんなこと書くのは気が引けるんだけど、お金がないあたしは、いつものパターンで、タダでアニメが観られる例の場所にアクセスして、検索してみたら、ドドッと全26話が並んでたので、2話以降を観始めた。

このアニメは、去年、NHKの教育テレビで放送されて、今年の頭にも再放送されたらしいんだけど、あたしはぜんぜん知らなくて、タイトルすら聞いたことがなかった。だけど、2話、3話と観て行ったら、あまりにも面白くて、どんどん引き込まれて行った。設定もストーリーも徹底的にディープに練られてるし、とてもアニメとは思えないほどの驚くべき水準の高さで、このアニメを作った人は天才だと思った。

それで、2~3日で10話くらいまで観たとこで、今年の「日本SF大賞」が発表されたっていうニュースを見たら、ナナナナナント! 今、まさに、あたしが夢中になって観てる「電脳コイル」が、大賞を受賞してたのだ! 「日本SF大賞」は、石川喬司先生が、星新一さんや小松左京さんたちと立ち上げた「日本SF作家クラブ」が創設した賞で、SF作品であれば、小説、映画、マンガ、アニメなど、ジャンルにとらわれずに選考の対象となる。そして、第29回の今年は、貴志祐介さんの「新世界より」(講談社)と、磯光雄監督のアニメ、「電脳コイル」が大賞を受賞した今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この「日本SF大賞」では、過去に、マンガなら大友克洋さんの「童夢」や萩尾望都さんの「バルバラ異界」など、アニメなら庵野秀明監督の「新世紀エヴァンゲリオン」や押井守監督の「イノセンス」なども受賞してるんだけど、やっぱり群を抜いて多いのは、小説を始めとした活字作品だ。だから、毎年、数えきれないほどのマンガやアニメが発表されてることを考えると、こうしたアニメ作品、それも、映画じゃなくてテレビで放送されたアニメ作品が受賞するのは、すごくマレなことで、それほど素晴らしい作品だったってことになる。

あたし自身、途中までは夢中になって観てた「電脳コイル」だけど、20話を過ぎたあたりからは、終わっちゃうのがもったいなくて、1日に1話ずつ大切に観た。それで、約2週間くらいかけて全26話を観たんだけど、ヒトコトで言えば、「他に類を見ないほど完璧な素晴らしいアニメ」だった。ストーリーの面白さは当然として、そのストーリーが、徹底的に練られた緻密な設定に裏打ちされてるから、ツジツマの合わない部分がミジンもなくて、常にムリのない合理性が一貫してる。

往々にしてマンガやアニメに多い「マンガなんだから少々乱暴なことをしてもいいや」っていう雑な部分、たとえば、広げた伏線が戻って来ないで尻切れトンボになってたり、主人公のものすごい必殺ワザで大逆転‥‥みたいな、子供だましの部分が皆無だった。だから、頭のどこかで「どうせこれはアニメなんだから」「どうせこれはSFなんだから」っていう「冷めた部分」を持たずに、全身で楽しむことができた。

そして、あたしが何よりも感動したのが、こうした方向性のアニメにはほとんど期待できない「純粋な子供の目線」が明確にされてたことだ。それも「小学6年生」っていうタイトな設定の世界観が明確にされてたから、小学5年生とも中学1年生とも違うビミョ~な子供たちの感性がキラキラしてる。たとえば、主人公のヤサコは、男の子を好きになり始める年ごろで、そうしたことには敏感なんだけど、友達のフミエは鈍感だ。だから、ダイチが自分に対して行なう意地悪に対して、フミエは本気で怒って反撃する。そして、それを見て、「あなたたちはお似合いよ」なんて言ってクスッと笑うヤサコと、その言葉の意味が分からないフミエ。こうした部分に、同い年でも1人1人の成長度合の違う小学6年生が、すごく丁寧に描かれてた。

あたしたち大人が、たとえば「ちびまる子ちゃん」や「ドラえもん」を観る時って、やっぱり「大人の目線」で観ちゃう。それは、これらの作品が、大人の目線で作られてるからだ。だから、まる子やのび太がお母さんに怒られるのを見て、「しょうがないわね~」なんて思っちゃうのは、無意識のうちに、まる子やのび太は子供だけど、観てる自分は大人っていう線を引いちゃってるからだ。

これは、宮崎駿監督の作品にも言えることで、どれも素晴らしい作品だけど、「となりのトトロ」のサツキとメイにしても、「魔女の宅急便」のキキにしても、「千と千尋の神隠し」の千尋にしても、「大人の目線で見た子供の姿」でしかない。だから、映画の世界に入り込んで楽しむことはできるんだけど、登場する子供の背丈になって、子供の目線になって楽しむことはできない。ようするに、「ちびまる子ちゃん」にしても「ドラえもん」にしても「となりのトトロ」にしても、観るほうの自分も子供なら何も問題はないんだけど、大人になった自分が観ると、どうしても、心のどこかに線を引いて、大人の目線で観ることになっちゃうのだ。それは、これらのアニメが、大人の目線で作られてる作品だからだ。

だけど、「電脳コイル」は違った。あたしは、自分が小学6年生になって、ヤサコやイサコたちと一緒に、ハラハラしたり、ドキドキしたり、ワクワクしたり、胸が熱くなったり、涙を流したりすることができた。お父さんやお母さん、学校の先生などを「自分よりもずっと年上の大人」として見ることができたし、ヤサコの妹のキョウコや、フミエの弟の4年生のアキラを「年下の子」って見ることができた。それは、メガばあなどの一部の大人を覗いて、すべてが「子供だけの世界」として、大人の世界とは切り離されて描かれてたからだ。

そして、随所に散りばめられてる「神社」や「夏祭り」のシーンが、あたしの意識を子供のころへと引き戻す。鼻の奥がツンとして来て、懐かしさと切なさが入り混じった例の感覚に包まれた。そして、20年以上も忘れてた、小学生の時の自分の淡い恋心を思い出して、胸の奥がジーンとした。

‥‥そんなワケで、この「電脳コイル」は、SF作品としてものすごく面白い上に、こうした世界観を楽しむこともできて、それは、本線のストーリーからは外れた「息抜き的」な回が織り込まれてることにも起因してる。そして、子供たちのケータイの普及が問題視されてる今年の社会を予測したかのようなテーマもタイムリーだし、すべてにおいて完璧な作品だと思った。そして、観てて何よりもストレスにならなかったのが、説明がなくても複雑な世界を自然に理解して行けるように、巧みに情報を小出しにしてくれてるとこだった。1話だけを観ると、意味が分からないことや分かりにくいことが何点かあるんだけど、2話、3話と観てくうちに、自然と理解できるように組み立てられてるのだ。

SFの場合、あまりにも複雑で現実離れした設定にしちゃったために、ところどころに長々と説明のナレーションが入ったり、登場人物のセリフがわざとらしい説明調だったりすることが多々あるけど、ああいうのって、ものすごくストレスになる。ほとんどのセリフが「状況を説明するためのセリフ」になっちゃってる「ゲド戦記」なんかが最悪の例で、あれじゃあアニメにした意味がない。

だからって、逆に何の説明もなく、謎は謎のまま、ツジツマの合わない部分もそのまま、すべて観る者に丸投げしちゃったみたいな作品にも閉口する。たとえば、「新世紀エヴァンゲリオン」の場合なんかは、熱狂的なファンとかなら、ああした丸投げに対しても、好意的に読み取ってあげようっていう姿勢で臨むことができるだろう。だけど、あたしみたく、普通にアニメを楽しみたい普通の人間には、説明不足の丸投げはあまりにも不親切だ。最終回が近づくにつれて、今までバラバラになってた伏線が1本の太い道へと集まって来て、普通に謎が解けて、普通に使徒の親玉が登場して、普通にエヴァンゲリオンが戦って、普通に倒してもらいたい。そして、普通にスッキリさせて欲しい。

ようするに、マニアでもヲタクでもない普通の人間であるあたしは、クドクドした説明も嫌いだし、不親切な説明不足も嫌いだってことだ。そして、そうしたことがものすごいストレスになる。だから、複雑な世界なのに、1話、2話、3話と観てるうちに、自然とすべてを理解して行けるように作られてた「電脳コイル」は、まったくストレスを感じることなく、純粋に「作品そのもの」の世界を楽しむことができた。

‥‥そんなワケで、あたしは、ニポン的な「郷愁」も、異国情緒のある「ノスタルジー」も好きなんだけど、もっと好きなのが、自分自身の子供のころや思春期のころの忘れかけてた感覚を思い出すことだ。小学4年生の時にこんなことがあった、中学2年生の時にあんなことがあった‥‥っていうことだけなら、当時の写真や作文としての「記録」も残ってるし、頭の中にも「記憶」されてるから、その出来事自体はいつでも思い出すことができる。だけど、その時に感じた「ほのかな思い」や「切ない胸の痛み」などの言葉にできない「感覚」は、時が経つにつれて薄れてく。こうした感覚は、写真や作文に記録することはできないから、自分が思い出せなくなったら、もう終わりになる。

たとえば、小学6年生の時に、クラスの男の子に対して持ってた「ほのかな思い」、これにしたって、その時の「切ない胸の痛み」を思い出すことができなくなったら、味のしなくなったガムとおんなじで、もう終わりなのだ。卒業アルバムを見れば、その子の写真も載ってるし、もちろん名前も覚えてる。どんな会話をしたのか、どんなことがあったのかも、断片的になら覚えてる。だけど、そうした「記録」や「記憶」ってものは、その時に感じた「感覚」をともなってこそ意味があるワケだし、さらに言えば、「記録」や「記憶」なんてものは、その時の「感覚」を思い出すための小道具にしか過ぎないのだ。

どんなに「記録」や「記憶」が残ってたとしても、その時に感じた喜びや悲しみ、感動や興奮、切なさや胸の痛みなどの「感覚」を思い出すことができなくなったら、それはもう自分の思い出じゃなくなる。その出来事を思い出してみたって、まるで誰かの思い出話を聞かされてるようなもので、自分の中では終わってるのだ。味のしなくなったガムを噛み続けるほど、無意味で虚しいことはない。

だから、あたしは、自分自身の子供のころや思春期のころの忘れかけてた感覚を思い出させてくれる媒体に出会うと、小説であれ、アニメであれ、どんな媒体であれ、心の底から感動する。そして、何十年も前のガムに、まだシッカリと味が残ってたことに感動する。だから、久しぶりにそのガムの味を思い出させてくれた「電脳コイル」には、本当に感動した。あたしは、宮崎駿監督のアニメはほとんど好きだし、「ちびまる子ちゃん」や「ドラえもん」から、「機動新撰組 萌えよ剣」「サクラ大戦」「サムライチャンプルー」「精霊の守り人」‥‥って、他にも好きなアニメはいっぱいあるけど、こうしたアニメとは一線を画した存在として、「電脳コイル」には別次元の魅力を感じたのだ。

これは、SFの世界で言えば、ハインラインの「夏への扉」や、石川喬司先生の「魔法つかいの夏」にも通じる感覚で、最初に読んだ中学生の時には感じなかったのに、大人になってから読み返した時にはシッカリと感じることができた。あたしの心が何かに喚起されて、子供の時の感覚が蘇って来る時の合図、鼻の奥がツンとする例の感じがして、それをキッカケに、はかなくて消えちゃいそうな当時の感覚が、まるで今起こってるかのように感じられて来るのだ。

ちなみに、この「鼻の奥がツンとする例の感じ」ってのは、小学生の時に、学校の水泳の授業で、プールの水が鼻に入ってカルキの匂いでツーンとしたことが、たぶん原因になってるんだと思う。あたしの場合、子供のころの感覚が蘇って来る時とか、意味不明の数字や映像が頭の中のスクリーンに浮かぶ時とか、パチンコで出る台が分かる時とかに、このカルキの匂いがするのだ。

これって、他の人もそうなのか、あたしだけのことなのか分からないけど、あたしって、視覚や聴覚による記憶よりも、嗅覚や味覚による記憶のほうが、子供のころのことを思い出すヒキガネになりやすいみたいだ。たとえば、子供のころに見た景色を見たり、子供のころに聴いた音楽を聴くよりも、子供のころに食べてた駄菓子の味とか、通学路の途中にあった小さな町工場のプラスティックが溶けるみたいな匂いのほうが、より鮮明に当時のことを思い出す。だから、何の根拠もない「きっこ理論」では、視覚や聴覚よりも、嗅覚や味覚のほうが、記憶中枢と密接につながってるような気がしてる。

‥‥そんなワケで、あたしは、最初に「風の谷のナウシカ」を観た時に、あまりにも感動して、アニメに対する見方が変わった。そして、次々と作られる宮崎アニメを観て来て、そのたびに驚いたり感動したりして、「アニメってすごい」って思えるようになった。だけど、ニポン中で高く評価されてて、もはや芸術の域にまで達してる宮崎アニメなのに、あたしにとっては、どうしても「何か足りない」って感じる部分があった。一時は、「ストーリーが破綻してるとこ」とか「ツジツマが合わないことを力技で強引にマトメてるとこ」なんだと思ってたんだけど、それも宮崎アニメの魅力の1つなんだし、何が足りないのか、ずっと分からなかった。だけど、今回、「電脳コイル」を観て、ようやくその謎が解けた。宮崎アニメに足りないもの‥‥って言うか、あたしが満足できなかったのは、大人の目線で子供の世界を描いてるから、あたしにとっては、味のしなくなったガムを噛まされてるような感じがしてたのだ。その点、タイトに「小学6年生」の目線で描かれてた「電脳コイル」は、観れば観るほど、噛めば噛むほど、シッカリと当時の感覚が蘇って来て、あたしは、ホントに久しぶりに、子供のころの「ほのかな思い」や「切ない胸の痛み」を思い出すことができた今日この頃なのだ。


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2008.12.21

高知県警が虚偽の回答/白バイ事故問題

「高知県警が虚偽の回答/白バイ事故問題」(世田谷通信)

高知県警側の証拠や証言のみを採用した偏向的な裁判が行なわれた高知の白バイ事故の問題が、12月1日、テレビ朝日「報道発ドキュメンタリ宣言」で放送され、番組終了後、全国から高知県警に多数の苦情の電話が殺到したが、それらの問い合わせに対して、県警の担当者が虚偽の回答をしていたことが分かった。高知県警監察課の担当者の回答によると、「スクールバスに乗っていた生徒たちと後続車両の校長が『バスは停止していた』と証言しているのは嘘をついている」「時速5~10キロの低速でも状況によっては長さ1メートル以上のスリップ痕がつく」「県警ではハの字型のスリップ痕の写真は撮っていない。番組で使われた写真はテレビ局がでっちあげたものだ」とのことである。なおスリップ痕の写真を検証して数々の不審な点を指摘した交通事故鑑定人の石川和夫氏によると、「私は警察が撮影した写真とそれを元に作成したハの字のスリップ痕の図を持っている。県警は少なくともハの字のスリップ痕の写真に関しては虚偽の回答をした事になる」と明言している。(2008年12月21日)


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ハタハタ迷惑とマヒマヒ迷惑

昨日、ネットニュースのインデックスを流し読みしてたら、「ハタハタを大量に不法投棄した人が摘発された」って記事があった。それで、ミョ~に気になったので読んでみたんだけど、三大新聞のうちの1つの記事だったから、自分たちが取材したワケじゃない伝聞記事で、イマイチ正確なことが分からなかった。それで、その中央紙がネタ元にしてる地方紙の記事を探してみたら、青森の「東奥日報」の記事が見つかった。


「大量不法投棄にハタハタ迷惑」 (東奥日報)

ハタハタ約百六十キロ(約五十箱分)を地中に埋めて捨てたとして、鯵ケ沢署は十八日、廃棄物処理法違反(不法投棄)の疑いで、会社員男性(45)と同僚男性(59)=ともに深浦町=を摘発した。二人は「知人から大量にもらい処分に困った」と容疑を認めている。

調べでは、二人は今月十五日午後二時ごろ、同町の山中に重機で穴を掘り、ハタハタ約百六十キロを捨てた疑い。会社員男性は知り合いからハタハタ約六百キロ(約二百箱分)をもらい、知人らに配っていた。捨てた百六十キロは「どうしても配りきれなかった分」だという。同僚男性は、処分方法を相談され、地中に埋めることを提案した。同署は二人を書類送検する方針。

県水産振興課によると、本県日本海側の今年のハタハタの水揚げは、昨年の約百四十五トンを上回る豊漁の見通し。水産関係者からは「信じられない」「もったいない」と不満の声も。三十年近い不漁続きから二〇〇二年に復活したハタハタだが、豊漁で一転、捨てられる始末。「魚にとっては、ハタハタ迷惑な話だろう」と、捜査関係者も思わず同情のコメント。(2008年12月19日)

http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2008/20081219092038.asp?fsn=eb33f76037153e93cde084f7e7644d6f


もう、あまりにもイジリたいとこだらけで、どこからお箸をつけようか迷っちゃうほど大好物が山盛りなんだけど、「迷い箸」はマナー違反だから、出された順にいただいてく懐石方式で行こうかと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この記事のステキなとこは、何と言っても「ハタハタ迷惑」に尽きるだろう。「金魚が多すぎて金魚迷惑」とか、「旗を立てすぎてハタ迷惑」とかなら、林家三平ですら使ってた食傷気味の伝統芸だけど、この「ハタハタ迷惑」は、伝統にのっとりながらも斬新だ。だって、「はたはた、迷惑な話だ」って意味を本線にしつつも、その裏側に「はなはだ迷惑」ってニュアンスまでも匂わせてるっていう二重構造になってるからだ。

ま、そんなことは置いといて、この記事を読んで、あたしが意外だったのは、「こんなことで摘発するの?」ってことだった。だって、あたしは、「ハタハタを大量に不法投棄して摘発された」って言うから、てっきり、そこらへドバッと捨てたのかと思ったからだ。だけど、記事を読んでみると、重機で穴を掘って埋めたって書いてある。それも、ゴムだのプラスティックだのじゃなくて、お魚のハタハタなんだから、時間が経てば自然に還るものだ。

もちろん、その山が誰かの所有してる土地だったとか、いろんな問題はあるんだろうけど、摘発された理由は、あくまでも「廃棄物処理法違反」なんだから、山の中に穴を掘ってお魚を埋めるって行為が、モノの捨て方として違法だったってことになる。山の中に、古タイヤだとか壊れた家電だとか、挙句の果てには廃車まで棄ててるヤツラがいっぱいいるのに、そうしたヤツラはほとんど摘発しないでホッタラカシにしてるのに、わざわざ穴を掘ってお魚を埋めた人を摘発するなんて、なんだか片手落ちみたいな気がした。

それも、この人は、約600kgのハタハタのうち、75%に当たる約440kgは、知り合いに配ったり自分で食べたりして、何とか消費したのだ。そして、どうしても配り切れなかった残りの約50箱をこのままじゃ腐っちゃうし、どうしようもなくて、捨てることにした。でも、そこらに捨てるワケには行かないから、わざわざトラックと重機を借りて来て、会社の同僚と山奥へ運んで、重機で穴を掘って、そこへ埋めたってワケだ。

法律を知らないあたしの個人的な感覚だと、この人って、すごくちゃんとした責任感のある人のように思える。最近の無責任な人たちなら、わざわざトラックや重機なんか借りて来ないで、わざわざ山まで運ばないで、そこらにドバッと捨ててトボケちゃうと思う。そして、仮に山まで運んだとしても、わざわざ穴なんか掘らないで、崖みたいなとこにドバッと捨てちゃうと思う。そう考えれば、この人って、すごくちゃんとした人のように思えるのだ。

それにしても、いくらハタハタが豊漁だったからって、600kgものハタハタを人にあげちゃうっていう漁師さんもムヤミに太っ腹だけど、それをもらうほうの人も激しく無計画すぎる‥‥って思うかもしれない。特に、あたしみたく東京に住んでる人は、東京のスーパーだとハタハタって2匹とか4匹とかがパックに入って売られてるから、600kgなんて想像を絶する量に思えるだろう。だけど、青森や秋田だと、ハタハタは店頭でも箱で売り買いされてる。1匹が15~20cm、60~90gの小ぶりのお魚だから、「何匹」って単位では数えないで、「何kg」とか「何箱」とかって単位で数えてるのだ。

だから、青森や秋田の普通の家庭でハタハタを買う場合には、最低でも1箱を買うワケで、だいたい3kgくらい、35~40匹くらい入ってる。ハタハタは、焼いて食べたり、しょっつる鍋に入れて食べたりする他に、干物、塩漬け、味噌漬け、なれ寿司などの保存食にもするから、一般の家庭がたくさん買っても大丈夫なのだ。だから、今回のハタハタは、重さだけ見て「600kgかぁ~!」って思っちゃうと、ものすごい量に思えるけど、箱の数で「200箱」って思えば、2箱ずつ100人にあげる量とか、4箱ずつ50人にあげる量とかって感じになる。だから、今回の人も、「これくらいなら知り合いに配れば何とかなる」って思って、引き受けちゃったんじゃないかと思う。

ま、結果として、法を犯したことは許されないことだ。だけど、何の努力もせずに、ぜんぶを捨てちゃったんならともかく、200箱のうち150箱まではがんばって配って、それでもどうしても配りきれなかった残りの50箱だけを捨てたんだから、よくやったほうだと思う。それも、わざわざトラックや重機を借りて来て、山奥まで運んで、ちゃんと穴を掘って埋めたんだから、そんなに目クジラ立てるようなことじゃないと思う。むしろ、よくここまでがんばったと、ホメてあげてもいいくらいだ。

‥‥そんなワケで、今回のニュースは青森のことだけど、ハタハタって言えば、秋田のほうが有名だ。なんたって、ハタハタは秋田の県魚なんだし、有名な「秋田音頭」でも、「秋田名物~八森ハタハタ~男鹿で男鹿ブリコ~能代春慶~桧山納豆~大館曲わっぱ~♪」って歌ってるくらいだ。ちなみに、「ブリコ」ってのは、ハタハタのタマゴだ。つまり、八森ではハタハタそのものが名物だし、男鹿半島では「男鹿ブリコ」って呼ばれてるくらいハタハタのタマゴが名物だってことだ。だから、ハタハタって言うと、やっぱり秋田のイメージが強い。

逆に、青森の県魚はヒラメなんだけど、「ヒラメ」って聞いても、パッと「青森」なんて浮かんで来ない。つーか、ぜんぜん浮かんで来ない。だって、ヒラメなんて、東京湾でも獲れるからだ。さらには、全国的にどこでも獲れるから、北関東の茨木も、中国地方の鳥取も、ヒラメが県魚なのだ。こうなって来ると、ヒラメから特定の県をイメージすることなんて、「釣りバカ日誌」のハマちゃんでもムリだろう。

ま、そんなことは置いといて、今回みたいなこニュースを耳にすると、「不漁」も困るけど、「豊漁」もイイコトばかりじゃないってことが分かる。しばらく前に、サンマが獲れ過ぎて、何トンものサンマを畑のコヤシにしたなんてニュースもあったけど、あたしは、「それなら獲らなきゃよかったのに‥‥」って思っちゃう。だって、お魚だって生きてるワケで、あたしたちはその命をいただいてるんだから、感謝して残さずに食べるってことが最低限のモラルだからだ。それを獲れ過ぎたから畑に撒くなんて、お魚なのに犬死にじゃん。サンマだって浮かばれないよ。

でも、こうした「豊漁」に関するニュースの場合、単に豊漁を喜んでるニュースであれ、豊漁のお魚を粗末にしたっていうマイナスのニュースであれ、どっちにしても、そこには「不漁よりはいい」っていう空気がある。今回のハタハタのニュースにしたって、悪いことなのに「ハタハタ迷惑」だなんて面白おかしく報じてるのは、どこかに「不漁でハタハタが獲れないよりは、捨てるほど豊漁なほうがいい」って捉えてる報道姿勢があるからだろう。そして、これは、報道する側だけのことじゃなくて、こうした記事を読んで、どこか肯定的に受け取っちゃうあたしたちの側にも問題がある。これは、あたしたちが、人間にとっての良し悪しだけでモノゴトを見ちゃうことから起こる感覚だ。

人間の都合だけじゃなくて、すべての生き物の立場を考えて見回してみれば、自然界のピラミッドの中で、1つの種だけが極端に増えるってことは、極端に減るってことと同様に、あんまり良くないことなのだ。たとえば、去年、エチゼンクラゲが大量発生して、多くの漁師さんが苦労してた。網を上げるたびに、中はクラゲだらけで、とても漁にはならず、大変な思いをした人がいっぱいいた。テレビでも、このエチゼンクラゲを何とかしようと、ムリしていろんな料理にして食べてみたり、畑の肥料にならないか研究してみたりと四苦八苦してた。だけど、あれほど騒いでたエチゼンクラゲが、今年はパッといなくなった。別に、人間が何かの対策をしたワケじゃないのに、あれほど大量発生してたものが、一気に減少したのだ。

そして、4~5日前には、テレビ朝日の「報道ステーション」で、今年は北海道のニシンが大豊漁だってニュースをやってた。内容は、「今年は春も秋もニシンが大豊漁で、春も秋で400トン以上も獲れた」「今年1年だけで過去30数年の漁獲量の合計を越えた」ってもので、北海道の厚岸町の様子を放送してた。番組では、終始「喜ばしいニュース」として扱ってて、ようするに、最近の暗いニュースばかりの中に織り込む「当たり障りのない箸休め的なニュース」って位置づけだった。

ハタハタやニシンは、人間が食べる上に人気のあるお魚だから、豊漁なら漁師さんたちは潤う。そして、それに準ずる加工会社や物流なんかも潤う。だから、豊漁なら「良いこと」で、不漁なら「悪いこと」になる。だけど、お金にならないエチゼンクラゲが大量発生すると、それは「悪いこと」になる。つまり、1つの種の豊漁を喜ぶのは、単なる「人間の都合」なのであって、自然界全体のこととして見た場合には、ハタハタやニシンの豊漁も、エチゼンクラゲの大量発生も、おんなじ異変でしかないってことだ。

ハタハタやニシンの場合には、人間による乱獲が原因で、一時はほとんど獲れなくなった。そして、数年間の禁漁期間を設けたり、人工孵化させた稚魚を放流したりして、絶対量の拡大に尽力して来た人たちがいる。そして、ようやく、豊漁を迎えたワケだ。だから、完全に自然界の異変であるエチゼンクラゲの大量発生とは同列に考えることはできない。だけど、それなら、サケはどうだろうか。北海道のサケも、ずっと人工孵化させた稚魚を放流したりして、個体数を守るように努力してるのに、年々減少してる。そして、今年は、ものすごい異変が起こってる。それは、暖かい海に住むハズのシイラの群が、今年は、サケの住む寒い海にまで時期外れの北上をして、サケのテリトリーを荒らしちゃってるのだ。

シイラは、東京湾でも釣れるけど、カジキのトローリングの外道として釣れることからも分かるように、基本的には暖かい海に住むお魚だ。ハワイなら「マヒマヒ」、沖縄なら「マンビカー」って呼ばれてるけど、もっと南でも釣れる。そして、ニポンの近海のシイラは、春から夏にかけて北上して、秋から冬にかけて南下する「季節回遊」をしてるんだけど、通常の水温の時は、太平洋側なら三陸、ニポン海側なら山形あたりが北限だ。

だけど、例年よりも水温が上昇した年には、秋田とか青森とかもっと北まで北上するし、ものすごく暖かかった年には、北海道の知床半島の付け根にある標津(しべつ)沖にまで北上することがある。これが、ニポンで記録されてるシイラの北限だ。だから、標津沖でもシイラを釣ることはできるんだけど、これは、あくまでも、「春から夏にかけてシイラが北上した時」ってことで、時期で言うと、8月とか9月、遅くても10月が限界って感じだった。10月ころには、標津沖に残ってたわずかなシイラも、みんな南下しちゃうからだ。

それなのに、今年は、大異変が起こってる。12月の半ばになって、寒い海にはシイラなんて1匹も残ってないハズの時期なのに、標津沖のサケの定置網が、シイラの群で埋まっちゃってるのだ。北海道の地域ニュースによると、今年は、サケの定置網漁が不漁で、豊漁の時には5000匹以上も獲れる定置網に、1000匹程度しか入らないそうだ。そして、その1000匹のサケに対して、お呼びでないシイラは、3倍の3000匹も入ってるそうだ。これが、たまたま1回の話じゃなくて、網を上げるたびに、毎回毎回こんな具合らしい。漁師さんの中には、シイラなんか見たことのない人も多くて、気持ち悪いから最初は捨ててたんだけど、あまりにもサケが獲れないから、今は安く引き取ってもらってるそうだ。

‥‥そんなワケで、シイラは大きいもので1mを超えるから、最低でも1匹5kg以上あるワケで、それが3000匹もいるんだから、総重量は15トン以上ってことになる。ハタハタを160kg捨てたら大問題なのに、シイラならその100倍の15トン捨ててもOKって、この辺の感覚があたしには分からないし、おんなじお魚なのに、おんなじ命なのに、サケが豊漁なら「良いこと」で、シイラが豊漁なら「悪いこと」っていうのは、完全に「人間の都合」だろう。命を奪われた上に、食べてももらえずに捨てられるハタハタが「ハタハタ迷惑」だって言うのなら、シイラだって「マヒマヒ迷惑」だろう。そして、こんな「人間の都合」なんて後回しにして、少しでも自然界のほうに目を向けて考えてみれば、サケの不漁を危惧することよりも、暖かい海に住むシイラが、こんな真冬に大挙して北海道へ押し寄せてることの異常さこそ、あたしたち人間が真っ先に危惧すべき大問題だろうと思う今日この頃なのだ。


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2008.12.20

月の舟

ゆうべ‥‥って言っても、深夜0時を回ってたから日付は今日になってたけど、深夜の1時か1時半ころ、車の中の忘れ物を取りに駐車場へ降りて行った。それで、ふと夜空を見上げたら、ミゴトなまでの「月の舟」が浮かんでた。半月から三日月まで、どんな角度で浮かんでても、みんなマトメて「月の舟」って呼ぶ人もいるけど、あたしの場合はコダワリがあって、ちょうど半分のお月さまが、ちょうど下半分だけ見える角度で夜空に水平にプカプカと浮かんでないと、「月の舟」とは呼ばないことにしてる。それで、ゆうべは、ちょうど半分の半月が、ほぼ水平に浮かんでて、あたしの理想とする「月の舟」だった。だから、感激しちゃって、しばらくボーッと眺めてたんだけど、寒くて風邪をひきそうになったので、お部屋に戻って来た。

今月のお月さまは、たしか先週の金曜日が満月だったから、それからちょうど1週間目のゆうべが半月だった。半月は、新月から満月へと膨らんでく途中の「上弦の月」と、満月が痩せてく途中の「下弦の月」があるんだけど、これは、半月のカーブしてる部分を「弓」、直線の部分を「弦」に見立てたものだ。aikoの名曲、「カブトムシ」に出て来る「弓張月」ってのは、この「上弦の月」と「下弦の月」の総称だ。そして、弓を張った側、つまり、直線の部分がナナメ上を向いてるのが「上弦の月」で、ナナメ下を向いてるのが「下弦の月」ってワケだ。

「上弦の月」と「下弦の月」は、向きが反対で、一番高く上った時に、右半分が見えるのが「上弦の月」、左半分が見えるのが「下弦の月」だ。だから、お月さまが出てから沈むまでの形も反対だ。「上弦の月」は、お椀を伏せたような形で現われて、だんだんに回転しながら上って行って、一番高く上った時には、弦の部分がナナメ上を向いた形になって、そのまま回転しながら沈んで行って、最後には舟の形になる。で、「下弦の月」のほうは、これと逆で、舟の形で現われて、お椀を伏せた形で沈んでく。今は、だいたい深夜0時くらいが「月の出」の時間なので、深夜1時とか2時とかは、まだ月が出たばかりだ。だから、「下弦の月」だったゆうべは、あたしが駐車場に降りてった時間が、ちょうど舟の形に見える時間だった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この「月の舟」って言葉には、正確な定義がない。だから、人によっては、半月が夜空にタテに浮かんでても「月の舟」って呼ぶ人もいるし、三日月を「月の舟」って呼ぶ人もいる。だけど、あたしの感覚だと、舟がタテになってたら、沈没しそうなものすごい時化(しけ)ってことになっちゃうし、お椀を伏せた形なら、完全に転覆してることになっちゃうから、とてもじゃないけど優雅に眺めてなんかいられない。そして、あたしが半月にコダワリを持ってるのは、あまりにもアレもコレも「月の舟」ってことにしちゃうと、見た時の感激が薄れちゃうからだ。

「月の舟」の定義を厳しくして、完璧な半月でなきゃダメなことにして、それも、キチンと水平に浮いてなきゃダメなことにすれば、「上弦の月」なら沈むころ、「下弦の月」なら上り始めたころしか、見られるチャンスはなくなる。そうすると、「月の舟」を見られる回数は、1ヶ月に2回だけってことになる。それも、「お天気が良ければ見られる」っていう条件もつくワケだから、たまたま半月の日に雨が降ったり曇ったりしたら、見ることはできなくなる。

だから、この定義にすれば、美しい「月の舟」を見られるのはラッキーってことになる。そうすれば、見られた時には嬉しくなる。何だかイイコトがありそうな気分になって来る。そして、それがゆうべだったってワケだ。

もともと、「月の舟」を見ようと思って狙ってたのならともかく、別に気にしてなかったんだから、たまたま車の中に忘れ物をして、たまたま深夜に取りに行ったら、ミゴトな「月の舟」に出会うことができた‥‥ってことなのだ。そして、1ヶ月に2回のチャンスなんだから、もしも、オトトイの雨が昨日まで降り続いてたら、車に忘れ物を取りに行っても、「月の舟」は見られなかったことになる。そう考えると、あたしは、ものすごくラッキーだったことになるから、それこそ「ツキ」があったんだと思う。

‥‥そんなワケで、あまりにもミゴトな「月の舟」と出会えたあたしは、感激を引きずりつつも、冷えた体を温めるために、「登別カルルス」のお風呂を追い焚きして、真夜中に二度目のお風呂に入った。そして、湯舟の白いお湯に肩まで浸かって、頭の中をカラッポにして、至福の時を過ごしてた。寒い12月の深夜の2時に、「登別カルルス」のお風呂で温まれるなんて、こんなに幸せなことはない。

それで、あたしは、真夜中の湯舟に浸かりながら、「琥珀の弓張月~~息切れすら覚える鼓動~~♪」なんて歌ってたら、ふと気づいた。それは、この「湯舟」って、普通の舟とは逆だってことだ。普通の舟は、水に浮かべて乗るもので、舟の周りはぜんぶ水だけど、舟の中に水はない。それなのに、いろんな舟がある中で、この「湯舟」だけは、周りには水がないのに、中に水が入ってる。ま、正確には「お湯」なんだけど、夏の水風呂なら、完全に普通の舟とは逆になる。

普通の舟の場合は、もしも底に穴が開いちゃって、水が少しずつ入って来たら、そのままじゃ沈没しちゃうから、アセッて水を汲み出さないといけない。つまり、普通の舟の場合は、中に水が入るってことは、何よりもヤバイことなのだ。だけど、「湯舟」の場合は、まったく正反対で、中に水を入れて使うように作られてる。つまり、舟は舟でも、それは形状が似てるってだけのことで、用途としては真逆だってことになる。

でも、あたしは、考えてみた。この「湯舟」だって、湖とかに浮かべたら、舟として使うことができるんじゃないか‥‥って。だって、佐渡島のタライの舟なんて、もともとは洗濯物を洗うためのタライだったワケで、それに比べたら、湯舟のほうが遥かに浮力も安定性もいいハズだ。さらには、湯舟なら、ある程度はお湯を入れた状態でも、ナニゲに水に浮きそうな気がする。もちろん、肩まで浸かれるほどお湯を入れたら沈没しちゃうだろうけど、半分くらいなら、何とか浮きそうな気がする。

そして、もしもそうなら、温かいお湯に浸かりながら、湖に浮かんだり、川を下ったりすることが可能になる。そうしたら、ものすごくゼイタクで楽しいバケーションが満喫できそうだ。だけど、「登別カルルスのお風呂に浸かりながらの川下り」なんていう、せっかくのゴージャスな企画なのに、カンジンのお湯が半分しか入ってなくて、半身浴しかできないなんて、「仏作って魂入れず」だ。ちょっと違うけど(笑)

だからって、半分ほどのお湯に肩まで浸かるために、体をズラして湯舟の底に寝るみたいな体勢をしたら、見えるのは空ばかりで、周りの美しい景色を眺めることができない。そこで、あたしが目をつけたのが、「海」なのだ。湖や川の場合は、湯舟の中のお湯も、湯舟の周りの水も、比重はおんなじだ。細かく言えば、水よりもお湯のほうが少しだけ比重は軽くなるけど、湯舟の浮力に差が出るほどの違いはないと思う。

だけど、真水と海水の場合は、大きく違う。フランク・ザッパに言うと、おんなじ体積の水で、真水の重さが100gだとしたら、海水は102gもある。お風呂のお湯の量を200リットルだとして、1リットルを1kgだとすると、お湯の重さは200kgってことになる。で、おんなじ量の海水だと、204kgだ。だから、4kgぶんも浮力が増すってことになる‥‥んだと思う‥‥たぶん。

‥‥そんなワケで、あんまり自信はないけど、淡水よりも海水のほうが比重が重くて、結果、浮力が増すってことは間違いないんだから、あたしの考案した「湯舟丸」で、登別カルルスに浸かりながらの舟遊びを楽しむのなら、川よりも海のほうがタップリとお湯を入れられるワケで、肩まで浸かれる可能性が高くなるってワケだ。だけど、川なら漕がなくても川下りできるけど、海の場合は漕がないと進まない。それどころか、ノンキにお湯に浸かってるうちに、親潮とか黒潮とかに流されちゃって、とんでもないとこを漂流してそうな気もする。

だからって、せっかくのんびりとお湯に浸かってるのに、セッセとオールを漕ぐのなんてイヤだから、ここはひとつ、ちゃんとした動力を付けたいと思う。でも、船外機を使うならガソリンタンクも必要だし、エレキモーターを使うならバッテリーが必要だ。普通のボートなら、ガソリンタンクやバッテリーはボートの中に積めばいいけど、お湯の入ってる「湯舟丸」には積むことができない。

そこで、あたしが思いついたのは、マブチの水中モーターだ。赤と白の本体に、吸盤がついてるアレだ。アレを「湯舟丸」の底に10個とか20個とか付ければ、ゆっくりでも進みそうな気がする‥‥って、乗ってたら方向も変えられないし、止めることもできないじゃん!‥‥なんて、一応、お約束のノリツッコミも織り込みつつ先へと進むけど、ものすごく基本的なことを言うと、「お風呂に浸かりながら舟遊びをしたい」ってだけなら、何も湯舟そのものを海に浮かべなくたっていいんだよね。たとえば、大きなイカダを作って、その真ん中に湯舟を設置してもいいワケだし、ちゃんとしたモーターボートの中に湯舟を設置してもいいワケだ。

だけど、それじゃあ本末転倒だ。だって、この企画がスタートしたのは、「湯舟」っていう舟を本来の舟として使うことはできないかってことなんだし、さらには、どうせなら「湯舟」としての機能も活用しながら、舟としても利用してみようってことなんだから‥‥なんて考えてるうちに、お風呂の中でウトウトして来て、周りのタイルが壁がキレイな景色に見えて来て、何だか湯舟がプカプカと揺れてるみたいに感じられて来た。だから、すごく気持ち良かったんだけど、このままだと湯舟の中で寝ちゃって水没しそうだから、ゆうべはここまでにして、ちゃんとベッドで寝ることにした。

‥‥そんなワケで、真夜中のお風呂で、思わぬアイデアが浮かんじゃって、ついつい長湯をしちゃったあたしだけど、登別カルルスのオカゲで、湯冷めしないで、お布団に入ってからも体がポカポカしてた。それで、完全に寝ちゃう前に、さっき湯船でウトウトした時の「現実と夢のハザマを漂う感覚」を楽しんでたら、「万葉集」のこんな歌を思い出した。


 天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ  柿本人麻呂


果てしなく広がる宇宙という海に、雲という白波が立ち、その大海原を月の舟がゆっくりと漕ぎ進んで行く。そして、満天の星の林の中へと消えて行った‥‥って、あまりにもステキで、もともと大好きな歌だけど、ついさっき、本物の「月の舟」を見たばかりな上に、「月の舟」の代わりに「湯舟」に乗ってプチ舟旅をして来たばかりだから、いつも以上に歌の世界を感じることができた。そして、あたしの頭の中のスクリーンに浮かんだ「月の舟」には、タップリと登別カルルスのお湯が入ってて、それに浸かりながら夜空を旅することができた今日この頃なのだ。


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2008.12.19

第4回 みんなのエネルギー☆デモ

明日の12月20日(土)、年内最後の「みんなのエネルギー☆デモ」が開催されます!

第4回の今回は、渋谷でのサウンドパレードです!

コスプレ、鳴り物、大歓迎です♪

渋谷、宮下公園に、午後4時に集合です。





電気料金値上げはイヤ。むしろ値下げしてほしーぞ。

でんこちゃんも泣いている。

チョー危険でバカみたいにカネかかる原発は、もうヤメレ。

地球温暖化やばいし、石油とか枯渇するし、自然エネルギー活用でビバ・エコライフ☆

みんなが使うエネルギー、みんなで考えよう☆


◆詳細はコチラ♪
http://d.hatena.ne.jp/neageiya/


「第2回アキハバラの様子」

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目指せ!ブロガーアイドル

年末になると、いろんなランキングが発表になるけど、一般市民のあたしとしては、世の中のほとんどの人たちと同様に、もっぱら「見る側」として楽しんでた。だけど、今日、Tech総研の「エンジニアが選んだ次世代アイドル BEST 10」と「エンジニアが好きなブロガーアイドル BEST 10」が発表になったら、ナナナナナント! このあたしが、「エンジニアが好きなブロガーアイドル BEST 10」で4位に選ばれちゃってた~!


「エンジニアが好きなブロガーアイドル BEST 10」

1位 中川翔子
1位 眞鍋かをり
3位 若槻千夏
4位 きっこ
5位 サエコ
5位 蒼井そら
7位 飯島愛
7位 加護亜依
7位 小林麻央
7位 白鳥百合子
7位 スザンヌ
7位 千秋
7位 東原亜希
7位 ほしのあき
7位 森下悠里

http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001465


単なる「一般ブロガー」の年間ランキングなら、あたしも何度か選ばれたことはあるけど、今回は「ブロガーアイドル」ってことで、嬉しいやら恥ずかしいやら、穴があったらダイナミック五郎にユンボで埋めてもらいたい‥‥とか言ってみつつ、ここは素直に嬉しいぞ! 何しろ、現在のブログの女王のしょこたんと、元祖ブログの女王の眞鍋かをりが同票1位で、以前のブログの女王の若槻千夏が3位で、それに続いての4位だぜ! ついでにポケモンゲットだぜ! さらには年金未納だぜ!‥‥つーか、あたし以外、全員がアイドルやタレントだし、みんな若いのにあたしだけ三十路を越えてる最年長だし‥‥って、あっ!あたしより1コ上の千秋と、同い年だけどお誕生日が1ヶ月早い飯島愛がいた! よし! あたしは最年長じゃなくて、上から3番目だぜ!(笑)

それにしても、36才にもなって、こんなに場違いなランキングに選ばれちゃったあたし的には、激しく嬉しい反面、ふだんまったくジーパンを履いてなくて、1本もジーパンを持ってないのに、ナゼか「ベストジーニスト賞」に選ばれちゃったフェンシングの太田雄貴の気持ちがナニゲに分かったような気がする今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ナンダカンダ言っても、こういうランキングに選ばれるのは、女性としてはすごく嬉しい。だって、「ブロガーアイドル」ってことは、「ブログも書いてるアイドル」ってことなんだから、ブログ自体の面白さだけじゃなくて、書いてる本人の外見も可愛かったり美人だったりしなきゃなんないワケだからだ。でも、あたしの場合は、基本的には顔を隠して日記を書いて来た。だから、そうした意味では、このジャンルには該当しないことになる。

だけど、あたしだって、最初から顔を隠してたワケじゃない。「きっこのブログ」の右上のイラストも、ブログを始めたころは、ふつうに自分の顔写真を使ってた。でも、誰かに、その写真を無断でコピーされた上に、「二子玉川に住んでるこの女をレイプしたヤツに賞金10万円」とかってコメントを添えられて、いろんな掲示板とかにコピペしてまわられたのだ。それで、あたしは、サングラスをしてる写真に変えたんだけど、その写真もいろんな嫌がらせに使われたから、仕方なく今はイラストに変えてるって流れなのだ。

だから、あたしの写真は、すでにいろんなとこに流出しちゃってるし、あたし自身も、1年に1回くらいは、サービスで自分の顔写真を公開して来た。もちろん、あまりにも分かりやすい証明書の写真みたいなのはマズイので、照明を明るくして顔の陰影を少し飛ばした上で、さらにそれをパズルに加工して、パズルが完成しないと写真が見られないようにして公開して来た。だから、あたしは、完全な「覆面ブロガー」ってワケじゃないけど、あたしの日記のコンセプトは、あくまでも「文章で勝負」だから、本館の「さるさる日記」のほうの「きっこの日記」では、文字以外はいっさい使わずに、8年間、文章だけを書き続けて来た。

どんなに疲れてる日でも、どんなに寝てない日でも、最低で5000文字以上の長文の日記を元日から大晦日まで365日、1日も休まずに書き続ける。そして、毎日読みに来てくださる人たちが飽きないように、日替わりで話題を変える。これがあたしのポリシーだ。だから、自分のペットの写真を載せてるだけのブログとか、文章能力の低さをゴマカスためにヤタラと改行したり文字の大きさや色を変えてばかりいるようなブログとは、情熱も意気込みも志もまったく違う。だいたいからして、あたしが「きっこの日記」を書き始めた8年前には、「ブログ」や「ブロガー」なんて言葉はなくて、「WEB日記」って呼ばれてた。つまり、「日記」だからこそ、文章だけで勝負するのが王道なのだ。

‥‥そんなワケで、ゴチャゴチャと書いちゃったけど、結局のところ、今回の「エンジニアが好きなブロガーアイドル BEST 10」で、あたしなんかに投票してくださった奇特な人たちが、皆さん、あたしの顔写真を見て、その上で「アイドル」のジャンルに入れてくれたのなら、心の底から嬉しさ倍増だ。だけど、あたしに投票してくださった人の理由には、こう書かれてた。


「世の中を庶民感覚で切り取るようなブログの内容に共感と驚愕を覚える。(ミドルウェア開発:23歳)」


あたしは、こんなふうに評価してもらえることを喜びとする方向性で書き続けて来たんだから、これはこれでメチャクチャ嬉しい。だから、これが、通常の「人気ブロガー」とかの投票だったら、こんなに嬉しいことはない。でも、今回は「ブロガーアイドル」なんだから、できればこんなふうに書いて欲しかった。


「世の中を庶民感覚で切り取るようなブログの内容に共感と驚愕を覚える上に、あまりにも美しくて気品のある顔立ちに釘づけ。(エヴァンゲリオン開発:23歳)」


‥‥って、ここまでは、嬉し恥ずかしの照れ隠しで書いて来たワケだけど、10人のうち7人に「プリンセス・テンコーに似てる」って言われるあたしとしては、ここらで一丁、スーパーイリュージョンを炸裂させて、「ブロガーアイドル4位」にふさわしい外見に変身してみようかと思ってる。で、参考のためにトップ3を見てみると、1位のしょこたんは「ヲタク文化に詳しい」、同票1位の眞鍋かをりは「大卒で頭がいい」、3位の若槻千夏は「昆虫を食べる」って、それぞれに特徴がある。だから、ヲタク文化はサッパリ分からないし、高卒のヘアメークだし、昆虫なんか触ることもできないあたしとしては、この3人に欠けてる部分を磨くことこそが、大逆転のチャンスにつながるって思った。

それは、オッパイだ。しょこたんと眞鍋かをりのオッパイは、ごく平均的で、決して小さくはないけど、2人とも別にオッパイで売ってるワケじゃない。そして、若槻千夏は、小学生の男の子の胸みたいにペタンコだ。だから、あたしのオッパイが大きくなれば、年齢でも顔でも負けてても、首から下だけは勝つことができる。そして、晴れて堂々と「ブロガーアイドル」を名乗ることができる。なんなら、「ブロガーセクシーアイドル」を名乗ることも可能ってスンポ―だ‥‥って、あまりにもムリのある誘導になっちゃったけど、実は、先月のお誕生日に、荒木師匠が、セクシーなカレンダーと一緒に、「マリンプラセンタ28」っていう、とっても高価な女性用のサプリをプレゼントしてくださった。

これは、美肌を始め、女性が美しくなるために必要なモロモロが散りばめられてるサプリなんだけど、実は、オッパイも大きくなる。もちろん、こうしたサプリは、人によって効果はさまざまなので、一概には言えないけど、荒木師匠は、これを飲んで、バストが1カップ大きくなったそうだ。もともとが豊胸サプリじゃないので、メインの効果は美肌なんだけど、女性ホルモンの分泌を促す効果もあるみたいで、その結果、オッパイが大きくなる人もいるみたいだ。

それにしても、荒木師匠、最初からEカップもあるナイスバディなのに、「マリンプラセンタ28」を飲み始めて、たった3週間でFカップになっただなんて、あまりにもゼイタクすぎる。それも、美肌のために飲み始めたのに、副産物的にオッパイも大きくなっただなんて、なんか二毛作みたいでウラヤマシーぞ。さらには、そのあとダイエットして4kgも体重を落としたのに、バストのサイズはEカップをキープしてるんだから、すごく期待しちゃう。何だか、飲む前からワクワクして、期待で胸が大きくなりそうだ(笑)

とにかく、荒木師匠のバストが1カップも大きくなったってことは、ワンカップ大関ってことだ。そして、大関と言えば、安馬(あま)改め日馬富士(はるまふじ)だ。日馬富士と言えば、モンゴル出身の外国人力士だ。外国人力士と言えば、ハワイ出身の高見山が草分け的な存在だ。高見山と言えば、大五郎だ。大五郎と言えば、ちゃんの仕事は刺客ぞなだ。そして、俺とお前と大五郎だ‥‥ってワケで、ニポン酒のワンカップ大関でスタートした旅は、焼酎の大五郎へと無事に戻って来たワケで、生まれ故郷の川へ戻って来るシャケの旅をホーフツとさせる。

‥‥そんなワケで、真の「ブロガーアイドル」を目指して、「マリンプラセンタ28」を飲み始めたあたしだけど、何よりも嬉しいのが、これはシャケの卵巣膜を使ってるって点だ。一般的なプラセンタは、ブタやウシの胎盤を使ってるものばかりで、動物のお肉を食べないことにしてるあたしにはNGなんだけど、これは、「マリン」て言うくらいで、シャケの卵巣膜、つまり、イクラの皮を使ってるのだ。だから、気分的にも気持ち悪くないし、ナニゲに「海物語シリーズ」のマリンちゃんみたいなナイスバディになれそうな気もするし、来年の夏は黄色のビキニで「もう1回!」って言っちゃうかもしれない。

あたしは、豊胸サプリには前から興味があったんだけど、正直言って、ほとんどの豊胸サプリはウサン臭く感じてる。だって、ビフォーの写真がAカップ、アフターの写真がDカップだなんて、豊胸手術をしたんならともかく、サプリでそんなに大きくなるワケないからだ。つーか、以前、あの手の広告のお仕事をやったことがあるから、どんなふうに写真を加工してるのか、よく知ってるしね。

だけど、今回の「マリンプラセンタ28」は、女性の体をキチンと調べてキチンと開発されてるみたいだから、最低でも美肌効果は期待できるし、アワよくば、荒木師匠みたくオッパイが1カップ大きくなる可能性もある。だから、これで、マンマとワンカップ大関に昇進できれば、あたしは「きっこ」から「きっこ富士」にシコ名を変えて、外国人力士だらけになっちゃった角界に、ニポン人の意地を見せてやろうかと思ってる。でも、確か、土俵って女が上がっちゃいけなかったような気もするから、ここはひとつ、目標を「土俵」から「女豹」に変えて、杉本彩方面を目指してみようかと思う。そうすれば、あたしに投票してくれる人の評価も、こんなふうに変わるかもしれない。


「世の中を庶民感覚で切り取るようなブログの内容に共感と驚愕を覚える上に、あまりにも美しくて気品のある顔立ちと、女豹のようなセクシーなプロポーションに釘づけ。(霊子甲冑開発:23歳)」


‥‥そんなワケで、ナニゲにエンジニアの皆さんに評価されてるってことを知ったあたしは、これからはできるだけエンジニア受けするような方向の話題も織り込みつつ、オッパイの育成に励みたいと思う。そして、来年は3位、再来年は2位と順位を上げて行き、アラフォーに突入する3年後には、ミゴトに1位を目指したいと思う。だって、3年後と言えば、テレビは地デジになっちゃうから観られなくなるし、自民党は今から「消費税の大増税」を明言してるから劇的な不景気が訪れるに決まってるし、今よりも遥かにセチガライ世の中になってるからだ。だから、せめて、このあたしが、「エンジニアが好きなブロガーアイドル BEST 10」の1位に輝いて、黄色いビキニのセクシーショットを披露して、世の中を明るく照らしたいと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.12.18

緊急アンケートです!

麻生首相は何の根拠も示さずに「3年で景気は回復するので消費税を引き上げる」と言っています。

そこで質問です。


【あなたは3年で景気が回復すると思いますか?】

1.思う
2.思わない
3.分からない


【消費税を引き上げたら景気はどうなると思いますか?】

1.景気は良くなる
2.景気はさらに悪くなる
3.分からない


【景気回復のためには何が必要だと思いますか?】

1.内閣改造
2.政権交代
3.分からない


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温故知新のススメ

ドラクエの新作、「ドラゴンクエスト9 星空の守り人」が、来年の3月28日に発売されるそうだけど、今までに何度も発売予定時期が延期されて来たから、ゲームのことに疎いあたしでも、この「星空の守り人」っていうタイトルだけは覚えちゃった。だけど、これ、耳からじゃなくて、インターネットとかで目から覚えてたから、あたしはずっと「星空のもりびと」だと思ってた。だって、「精霊の守り人」を始めとした上橋菜穂子さんの「守り人シリーズ」だって、ぜんぶ「もりびと」って読むからだ。それに、「子守り」は「こもり」、「灯台守り」は「とうだいもり」、「桜守り」は「さくらもり」って、昔から決まってるからだ。それで、あたしは、当然のこととして「星空のもりびと」だと信じ切ってた。

それなのに、2~3週間くらい前に、ナニゲにテレビ朝日の「Sma STATION」を観てたら、小林克也さんが「星空のまもりびと」って言ったのだ。それで、あたしは、「えっ?」ってことになった。あの小林克也さんが原稿を読み間違えるワケはないから、もしかしたら、これ、「まもりびと」って読むの?‥‥ってことになった。それで、インターネットで調べてみたんだけど、発売元の「スクウェア・エニックス」のサイトにも、開発の「レベルファイブ」のサイトにも、漢字で「星空の守り人」って書いてあるだけで、読み方は書いてなかった。

そして、念のために見てみたウィキペディアには、「ほしぞらのまもりびと」って読み方が書いてあったけど、今まで何度も訴えて来たように、ウィキペディアにはデタラメが多く書き込まれてるから、書かれてることを鵜呑みにはできない。事実、ウィキペディアを参考にしてレポートを書いたら、間違いだらけで単位がとれなかったっていう学生もいる。だから、ホントに「まもりびと」って読むのが正しいかどうかは、「スクウェア・エニックス」に電話して聞いてみないと分からないんだけど、あたし的には、「ほしぞらのもりびと」にしたほうが、語呂も良くなるし、ニポン語としても正しくなるし、何よりも「9作目のドラクエ」ってことを踏まえれば、やっぱり「ほしぞらのもりびと」って9文字にしたほうがいいと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、テレビゲームの中じゃRPGが一番好きで、RPGの中じゃ「ドラクエ」が一番好きなんだけど、サスガに、15年くらい前に一度やって、スーパーファミコンのソフトを持ってる「ドラクエ5 天空の花嫁」が、ニンテンドーDSで出たからって、また新たに買ってやるほどオメデタくはない。だって、これは、15年前に「天空の花嫁」が出た時には、まだ生まれてなかったりして、このゲームをやったことのない子供たちのために発売されたものであって、前にやったことのある人がワザワザ別のハードでやり直すなんて、愚の骨頂もイイトコだからだ。

でも、懐かしいRPGをやってノスタルジーにひたりたい人もいるのかもしれないし、おんなじゲームのソフトを買い直してもビクともしないお金持ちもいるのかもしれないし、人それぞれなんだから、あたしが口を出すことじゃない。だけど、1点だけ、どうしても口を出したいことがある。それは、昔、スーパーファミコンにしろ、プレステ2にしろ、この「天空の花嫁」をやったことのある人が、今年、ニンテンドーDSのソフトを買って、またやり直したのに、昔とおんなじ相手と結婚した人たちに対する苦言だ。

皆さんご存知のように、このゲームは、「天空の花嫁」ってタイトルがついてるくらいだから、主人公の自分の性別は男で、ゲーム中に花嫁さんをもらう。花嫁候補は2人で、幼なじみのビアンカとフェミニンなフローラのどっちかを自分の好みで選ぶワケだ。あたしがやった15年前には、たしか「ファミ通」か何かに書いてあったけど、ビアンカを選んだ人が7割、フローラを選んだ人が3割くらいの感じだった。もちろん、ほとんどの人が、結婚する前のとこでセーブしといて、順番に両方と結婚してみたワケだけど、やっぱり、ずっと一緒に旅をして来て、心が通じ合ってるビアンカを選ぶ人が多いのは当然だろう。

そして、このビアンカが発展したのが、「ドラクエ8 空と海と大地と呪われし姫君」の、あたしの愛してやまないゼシカちゃんだ。気が強いのにセクシーで、走ると揺れるオッパイに目が釘づけになっちゃうし、どんなに防御力が低くなっても、どうしてもバニーガールの衣装を着せたくなっちゃうことウケアイだ。そのクセ、ゲーム後半では、「タンバリンを叩きまくらせる」っていう重要な役割があるから、絶対にパーティーから外せない‥‥って、話がダッフンしちゃったよ(笑)

で、「天空の花嫁」に戻るけど、ニンテンドーDS用のソフトは、リトル変更されてる部分があるそうで、その中の1つが、「花嫁候補が1人増えた」ってことなのだ。昔のビアンカとフローラの他に、ツンデレで黒髪のデボラってのが増えたそうだ。だから、今回初めてプレイする人は、この3人の中から好きな子を選べばいいけど、昔プレイしたことのある人は、絶対にデボラを選ぶべきなのだ。それなのに、あたしが調べた「狭い範囲の情報」によると、「昔もビアンカを選んだのに、今回もビアンカを選んだ」って人と、「昔もフローラを選んだのに、今回もフローラを選んだ」って人がすごく多かった。これじゃあ、おんなじRPGをやり直す意味がまったくない。

‥‥そんなワケで、有名な四字熟語に「温故知新」てのがある。これは、「論語」に書かれてる孔子の教えの1つで、一般的には「故きを訪ねて新しきを知る」って訳されてるけど、原文のままだと「故きを温めて新しきを知る」ってことになる。これは、中国では、肉がトロトロになるまで煮詰めることを「温」ていって、それが転じて、「ものごとをじっくりと勉強する」って意味を持つようになったからだ。つまり、直訳すると、「古いものをじっくりと勉強すれば、そこから新しいものを知ることができるよ」ってことで、このままじゃ具合が悪いから、体裁よく「故きを訪ねて新しきを知る」ってふうにマトメたってワケだ。で、もっと正確に言うと、「論語」には、こう書いてある。


「温故而知新、可以為師矣」


これは、「故きを訪ねて新しきを知れば、以て師と為るべし」って意味だ。ようするに、単に「古いものをじっくりと勉強すれば、そこから新しいものを知ることができるよ」って言ってるだけじゃなくて、「そうすれば人の上に立つ立派な人になれるよ」ってオマケまでついてたってワケで、何だか得した気分だ。そして、この教えから分かることは、自国の歴史も知らない上に中学生レベルの漢字も読めないようなバカは、当然、人の上になんか立つことはできないってことだ。

ま、これは、すでに10%台にまで急落した内閣支持率が証明してるように、ニポン人の9割が気づいてることだから、ここではスルーしてくけど、せっかく、ニンテンドーDSで「天空の花嫁」をやり直して「故きを訪ねて」るのに、またおんなじビアンカと結婚しちゃって、ちっとも「新しきを知」ろうとしない人たちは、二度と戻って来ない人生の貴重の時間をムダにしてるってことになる。

たとえば、夏目漱石の「吾輩は猫である」や「坊ちゃん」や「三四郎」なんかは、多くの人が中学生の時に初めて読んだと思う。そして、それぞれの人が、それぞれの感性で、いろんなものを受け取ったと思う。だけど、それは、あくまでも、人生経験の少ない中学生の時の感性だったワケだ。だから、大人になってから読み直すと、中学生の時には分からなかったものが、たくさん見えて来る。これは、夏目漱石の作品に限ったことじゃなくて、芥川龍之介でも、太宰治でも、誰の作品でもおんなじことだ。

あたしの場合、12才の時に読んだ「吾輩は猫である」と、17才の時に読んだ「吾輩は猫である」と、25才の時に読んだ「吾輩は猫である」は、それぞれが別の作品だった。12才の時には分からなかったことが17才の時には分かるようになり、17才の時には気づかなかったことが25才の時には気づけるようになったからだ。だから、あたしは、これから先も、40才の時の「吾輩は猫である」や、60才の時の「吾輩は猫である」が何を教えてくれるか、今から楽しみにしてる。これが、あたしにとっての「温故知新」だからだ。

‥‥そんなワケで、簡単に「温故知新」とか「故きを訪ねて新しきを知る」って言っても、いったい何をどうすればいいのか分からない人も多いと思う。だって、「天空の花嫁」をDSで再プレイして、またおんなじビアンカをお嫁さんにするような人だったら、昔読んだ小説を読み直したところで、決して「新しきを知る」ことなんてできないからだ。小説にしろ、マンガにしろ、ゲームにしろ、何年か経過してから読み直したり再プレイしたりするなら、以前とは違った新しい発見がなければ、それは単なる「ノスタルジーにひたる」っていう自慰行為でしかない。それはそれで否定はしないけど、新しく得るものがなければ、自分自身の成長にはつながらない。

で、正しい「温故知新」の方法として、とっても役に立つのが、松尾芭蕉の教えだ。芭蕉は、俳句の上達の方法として、こんなことを言ってる。


「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」


これなんだよね、何よりもカンジンなポイントは。最初は、当時の流行だった「俳諧」をやってた芭蕉だけど、頭の中だけで作る言葉遊びの「俳諧」に疑問を感じてた芭蕉は、500年以上も前の古人である西行に憧れて、どうしても西行の和歌の世界観を自分のものにしたかった。そして、芭蕉がどうしたのかっていうと、西行の和歌を研究したり、西行自身のことを研究したワケじゃない。芭蕉は、西行が旅をした道をたどって、「おくのほそ道」の旅へと出発したのだ。

これこそが、「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」ってことで、芭蕉は、この「おくのほそ道」を始めとした数々の旅によって、西行の精神性に通じる「風雅の誠」に到達することができたのだ。芭蕉の「笈の小文(おいのこぶみ)」には、「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、その貫通するものひとつなり」って書いてあるけど、これこそが「風雅の誠」ってワケで、芭蕉がここに到達した瞬間に、それまで言葉遊びだった「俳諧」が、高い精神性を持った芸術へと昇華したってワケだ。

‥‥そんなワケで、西行だの宗祇だの雪舟だの利休だの芭蕉だのって羅列しちゃうと、ヨケイに身がすくんじゃうかもしれないけど、ようするに、「温故知新」の「温故」ってのは、「古人のことを勉強する」ってことじゃなくて、「古人の求めたものを自分も求めてみる」ってことなのだ。もちろん、全行程が2000キロ以上もある「おくのほそ道」を当時とおんなじに歩いてたどることは厳しいけど、そこまでやらなくても、昔ヒットした本を読んでみたり、昔ヒットした映画を観てみることも、おんなじ方向性を持ってる。

たとえば、「源氏物語」なんかは、ものすごい大ヒットをした名作なんだから、「古人の求めたもの」の1つってことになる。だから、現代のあたしたちが「源氏物語」を読むことは、単に「古典を読む」ってだけじゃなくて、「古人の求めたものを読む」ってことであり、つまりは、「古人の視点に立つ」ってことになるのだ。映画にしても、次々と公開されるアメリカのバカ映画やジャニタレが出てるアホ映画なんかを観るんじゃなくて、ニポンの古き良き映画を観ることで、当時の人たちの視点に立つことができる。そうすると、現代の自分とは違ったモノの見方ができるようになり、たった1年で総理大臣のイスを丸投げするようなオトボケオヤジよりは、よっぽど自分のことを客観的に見ることができるようになる。

で、最近、あたしが観て、いろんな新しい発見があったのが、小津安二郎監督の「浮草」だ。これは、1934年に公開された「浮草物語」を1960年に小津監督自身がセルフリメイクした作品なんだけど、当時には珍しいオールカラーの作品で、映像もすごくキレイだった。ドサまわりの旅の一座、「嵐駒十郎一座」が、志摩半島の小さな島に立ち寄ったところから始まるんだけど、とにかく、あたしにとっては、あまりにも新鮮なシーンの連続だった。

座長の駒十郎は二代目中村雁治郎で、ヤタラと威張り散らすゴーマンさや、平気で女性を殴る男尊女卑っぷりや、ストリッパーのヒモの役の時の玉川良一をホーフツとさせるダメっぷりまで兼ね備えてて、いろんな意味でたまんない。そして、そんな駒十郎に惚れちゃってるのが、お色気ムンムンの京マチ子で、これまたサイコーの演技を見せてくれる。さらには、ピチピチの若尾文子もバツグンに美しいし、とてもじゃないけど、後に建築家の黒川紀章と結婚して、都知事選で恥ずかしい歌を歌うダンナを生暖かく見守るハメになるとは想像できない。

そして、何よりのポイントが、「川口探検隊」のヤラセ映像で一世を風靡した川口浩が、まだ若々しい好青年で、若尾文子とキスを連発しちゃうとこだ。その上、「小川軒」ていう床屋さんの看板娘が、後に川口浩と結婚する野添ひとみなんだから、あまりにもできすぎてる‥‥って、そんなことはいいんだけど、とにかく、「大人50円、小人20円」ていうお芝居の入場料から推測できる時代の、それも田舎の小さな島を舞台にした人間模様なのに、あまりにもたくさんの新しい発見がキラキラと輝いてた。

たとえば、この映画は、真夏の設定なので、みんな「暑い暑い」って言ってて、常にセンスやウチワでパタパタとしてる。どこにも扇風機なんかないから、そんな時代なんだろう。それなのに、昼間でも、みんな熱燗を飲んでるのだ。一番初めのシーンは、「遠くに灯台、手前にビール瓶」って絵だったから、ビールは存在してるハズなのに、どの人も、どこに行っても、飲むのは必ず熱燗のニポン酒なのだ。

俳句の季語では、「ビール」の他に、「焼酎」と「甘酒」も夏の季語になってる。これは、度数の強い焼酎には暑気払いの効果があり、熱くて甘い甘酒には夏バテ防止の効果があるからだそうだ。だけど、「熱燗」は、冬の季語になってる。あたし自身も、ニポン酒は大好きだけど、サスガに夏は「冷酒」しか飲まない。それなのに、この映画では、男も女も昼でも夜でもみんな熱燗を飲んでるのだ。それも、「暑い暑い」と言いながら、体の汗を手拭いで拭きながら、熱燗を飲んでるのだ。だから、ちゃんと調べてみたワケじゃないけど、熱燗には、もしかしたら、冬に体をポカポカと温める効果だけじゃなくて、夏には暑さをやわらげる効果があるのかもしれない。

‥‥そんなワケで、偉そうに「温故知新」なんて言っておきながら、こんな発見じゃ申し訳ないけど、これはホンの一例で、他にも、いろんな発見があった。川口浩のお母さん役の杉村春子や、ラストシーンの京マチ子からは、当時のニポン女性の素晴らしさをいっぱい感じることができたし、他にも、古い映画だからこその新しさをタップリと味わうことができた。あたしは、こういうことが、「温故知新」なんだと思う。そして、あたしとおんなじ「温故知新」を味わってみたい人は、この映画、「浮草」は、あとちょっとしか時間がないけど、21日の日曜日の正午までGyaOで無料配信してるから、お酒でも用意して、ジンワリと楽しんでみて欲しいと思う京マチ子‥‥じゃなくて、今日この頃なのだ(笑)


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「浮草」(12/21(日)正午まで )
http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0015349/

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2008.12.17

缶詰と缶切

あたしのマンションの駐車場に来る猫たちのご飯は、缶詰よりもカリカリのほうが多い。それは、予算的な問題とか、手間の問題とか、空き缶がゴミになる問題とか、複数の理由によるものだ。だけど、やっぱり、カリカリばかりじゃかわいそうなので、2日に1回くらいは缶詰をあげてる。月曜日の朝はカリカリ、夜もカリカリ、火曜日の朝もカリカリ、そして夜が缶詰‥‥って感じだ。もちろん、これは、だいたいの感じだから、場合によってはカリカリが何日も続く時もあるし、2日続けて夜が缶詰の時もある。で、中には缶詰よりもカリカリのほうが好きな子もいるんだけど、ほとんどの子は缶詰のほうが好きだ。そして、猫たちだけじゃなくて、あたしも缶詰のほうが好きなのだ。

カリカリの場合は、袋を開けて器に出すだけだから、アッと言う間に用意ができる。あたしの車のボンネットの上に、猫たちの器を並べて、そこにカリカリを出してって、車の周りに等間隔に並べてく。あちこちから集まって来てた猫たちは、思い思いの器から食べ始める‥‥って形だ。だけど、缶詰の場合は、車のボンネットの上に置いて缶切で開けるのは、ボンネットに傷がつきそうでイヤなので、しゃがんで、自分のヒザの上で開けるようにしてる。そうすると、あたしの姿勢の違いとかで、猫たちも「今日は缶詰だ!」って分かるから、あたしの周りに群がって来る。そして、「早くちょうだ~い!」って感じで、せかして来る。

でも、1缶ごとに器に出してくと、それを奪い合うことになっちゃうから、4匹の時には4缶、5匹の時には5缶って、猫の数だけ缶を開けて、それを器に出して、全員のぶんをいっぺんにあげないといけない。それで、あたしがモタモタと缶詰を開けてると、猫たちが鳴きながらあたしのまわりをゆっくりと回り始める。それが、普通にニャーニャー鳴くんじゃなくて、あたしのゴキゲンをうかがうように、甘えるように、「ニャア?」とか、「ホニャ?」とか、ナニゲに疑問形で鳴きながら回るのだ。これがもう、可愛いの可愛くないのって、どっちなんだい?‥‥って感じの今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、缶詰が嬉しくてあたしのまわりを回る猫たちが可愛くてジンジャエールなんだけど、2匹とか3匹の時は、思ったよりも早く缶詰が開いちゃうから、猫たちが回り出す前に用意ができちゃう。猫たちが缶詰を食べたくてガマンできなくなるのは、だいたい4缶目を開けてるくらいのとこからなのだ。ようするに、3缶目くらいまでは、まだ、それぞれが好き勝手にしてて、あたしの靴の匂いをかいだり、隣りの猫の肛門の匂いをかいだり、自分の体をなめたりしつつ、チラチラとあたしの様子をうかがってるって感じで、4缶目を開け始めるころから、だんだんにガマンできなくなって、変な疑問形の鳴き方をしながら、あたしのまわりを回り始めるのだ。

時間にすると、1分まではガマンできるけど1分半を過ぎるとガマンできないとか、たぶん、それくらいの感じなんだと思うけど、猫的に「目の前の大好物をガマンできる限界」が、この辺のラインなのかもしれない。だから、あたしは、別にジラしてるワケじゃないんだけど、猫の数が少ない日には、ワザとゆっくりと缶詰を開けて、猫たちが回り出すのを待ってから、ご飯をあげるようにしてる。だって、猫たちが回り始めると、何だか、あたしをイスにして、イス取りゲームをしてるみたいで、ホントに可愛いんだもん。

で、先月お誕生日を迎えたあたしは、読者の皆さんからたくさんのプレゼントを送っていただき、感謝感激アメトーークって感じなんだけど、その中に、いろいろな食糧の詰め合わせを送ってくださった人がいた。それで、すごくアリガタイザーだったんだけど、その中に、猫たちへのプレゼントとして、缶詰も入ってたのだ。それも、「きっこの日記」をよく読んでくれてる人で、あたしがマグロのキャットフードを与えないようにしてることをちゃんと把握してて、ぜんぶカツオの缶詰だった。それも、いつもあたしが買って来るのよりも高級なヤツで、あたしの行く量販店だと、3個パックが250円前後のヤツだった。あたしがいつも買ってるのは、4個パックで200円以下のだから、1個あたりの値段にすると、1.5倍も高級だ。

それで、ここんとこ寒くなって来たし、猫たちにも栄養をつけてもらおうと思って、数日前の夜、そのいただいた缶詰をあげることにした。それで、3個パックを2つ持って、駐車場へ降りて行った。そしたら、目ざといマイケルはすぐに缶詰だってことが分かったみたいで、ソッコーであたしの足元にまつわりついて来たし、他の子たちも、カリカリの時とは違ったソワソワ感を漂わせ始めた。それで、あたしは、今日も素晴らしい猫回転を楽しもうと思ったのもトコノマ、ナナナナナント! その缶詰は「パッ缶」だったのだ!

サスガ、高級な缶詰だけのことはある。缶切を使わなくても開けられるなんて、ものすごく便利なんだけど、一瞬で開いちゃうから、あたしが楽しみにしてた猫回転を見ることができない。それで、あたしのとった行動はって言うと、待ってる猫たちにはかわいそうだったんだけど、「缶詰を缶切で開けてるフリ」っていう荒ワザだった。パッ缶なのに、上の部分を愛用の缶切で開けてるフリをして、リアリティーを出すために、ちょっと叩いて金属音を出してみたりもした。そして、普通の缶詰を1個開けるのとおんなじくらいの時間をかけてから、最後にパッ缶を開けて、次の缶詰へと進む。

そして、これを繰り返してたら、あたしの作戦はマンマと成功して、4個目の缶詰を手にしたあたりから、待ちきれなくなった猫たちが、「ニャア?」とか、「ホニャ?」とか、疑問形で鳴き始めて、あたしのまわりをグルグルと回り始めた。やったぜ!舞の海も顔負けの「猫だまし」(笑)‥‥ってワケで、初めて口にした高級な缶詰は、よっぽど美味しかったのか、ジジともんじゃは「ウニャ食い」をしてた。「ウニャウニャ」と鳴きながら食べるアレだ。

‥‥そんなワケで、昔は、缶詰を開けるには缶切が必要不可欠だったけど、今は、人間用の缶詰はほとんどがパッ缶になった。缶切が必要なのは、中国やシンガポールを始めとした外国から輸入されてるホワイトアスパラとかフルーツとかの缶詰くらいで、ニポンの缶詰はほとんどがパッ缶になった。まあ、これも時代の流れなんだろうけど、あたしは、缶詰は缶切で開けるほうが好きだ。だって、缶切で缶詰を開けるっていう過程こそが、「これから缶詰を食べるんだ」っていうワクワク感を増幅してくための大切な儀式だからだ。

自分でコーヒーをいれて飲む場合、インスタントコーヒーよりもドリップでいれたほうが美味しく感じるのは、もちろん、挽いてある豆からいれたほうが香りとかがいいのは事実だけど、あたしは、それだけじゃないと思ってる。例の逆三角のアレにペーパーをセットして、計量スプーンでコーヒーを入れて、沸かしたお湯を最初はちょっとだけ入れて、コーヒーを蒸すような感じにして、それから回すようにお湯を入れて‥‥っていう過程によって、「これからコーヒーを飲めるんだ」っていうワクワク感が高まって来る。そして、このワクワク感が、実際よりも何%かコーヒーの味を美味しくしてくれるんだと思ってる。それに、何だか、理科の実験をしてるみたいで楽しいし(笑)

一瞬で開く缶詰って、確かに便利だ。そして、缶切で開ける缶詰もパッ缶も、缶の中身は一緒なんだから、インスタントコーヒーと豆からいれるコーヒーの違いみたいな根本的な味の違いはない。単に、パッケージのタイプが進化したってだけで、中身の美味しさに変わりはない。だけど、あたしにとっては、缶切で缶詰をコキコキコキって開けてく過程が好きだから、せっかくの楽しみを奪われちゃったみたいで、リトル寂しい気分になる。

だから、あたしは、缶切がないと開けられない缶詰でも、ペンチみたいになってて、缶詰のフチの部分をバチッとはさんで、横のハンドルみたいなのを回してくと、半自動的みたいにスルスルと開いてく缶切も嫌いだ。最初に使った時は「おおっ!」って感動したけど、何度も使ってるうちに、だんだんにつまらなくなって来た。アレを使うと、どうしても「缶詰を開けてる」っていう実感が湧かないのと、フタの周りがギザギザにならないから、味わいを感じられないのだ。缶切は、やっぱり、コキコキコキって開けてくのが王道だと思う。そこで、唐突だけど、こんな俳句を紹介しよう。


 鳥渡るこきこきこきと缶切れば  秋元不死男


秋元不死男は、俳句をやってる人なら知らない人はいない著名俳人で、この句は、その不死男の代表句の1つだ。で、今、初めてこの句を読んだ人は、「自分は缶詰を開けてて、空には鳥が飛んでる」っていう文字の上の景しか読み取ることができないと思う。だけど、この句の詠まれた時代背景や、不死男自身の背景を知れば、この17音の向こう側の世界が見えて来る。

詳しくは、2005年8月18日の日記、「京大俳句事件」を読んでもらうとして、ここでは簡単に説明しとくけど、戦前の不死男の時代のニポンは、例のトンデモ幕僚長やアベシンゾーとかのクルクルパーどもが理想とするキチガイ国家だった。だから、純粋に俳句という文芸の可能性を模索してた数多くの俳人たちが、何ひとつ政治的な運動なんかしてないのに、「危険思想の持ち主だ!」って決めつけられて、特高警察に逮捕されて、拷問を受けたり長期勾留をされたりした。

俳句が大好きで、仲間たちと俳句雑誌を作ってた不死男も、何もしてないのに、治安維持法違反で逮捕されて、連日、拷問を受けた挙句に、2年間もノミとシラミだらけの牢屋に入れられた。とにかく、当時の特高警察は、現代のヤクザよりも酷かった。たとえば、不死男の句で「冬空をふりかぶり鉄を打つ男」って作品があるんだけど、いったい、この句のどこに問題があるって言うんだろう?‥‥って、普通は誰でもそう思うだろう。だけど、頭の狂った特高警察は、この句に対して、「鉄と言うのは資本主義のことで、プロレタリアがそれを叩き潰すと言う意味なんだろう?」って言いがかりをつけて、不死男のことを何日も何日も拷問したのだ。

敗戦によって、不死男はようやく自由の身になれたけど、危険思想の持ち主として2年も投獄された前科が、その後の不死男についてまわる。「言論の自由」などミジンもなかった時代に、国の暴力によって受けた冤罪は、決して晴らすことはできなかったのだ。世間からは前科者の犯罪者として見られ、周りは焼け野原で、食べる物もない。ロクに食べ物もない時代だったから、このころの缶詰ってのは、ものすごい貴重品だった。だから、たとえ缶詰を持ってても、多くの人たちは、すぐには食べなかった。ホントに困った時のために、大切に大切にとっておいた。

そして、不死男も、大切にとっておいた缶詰をいよいよ開ける時が来た。やっと食べられるという喜びと、これを食べたら次に何か食べられるのはいつになるか分からないという不安。でも、ずっととっておいた缶詰に、缶切の爪が最初に食い込んだ瞬間は、至福の喜びを感じたに違いない。そして、コキコキコキと切り進めて行くうちに、ふと空を見ると、渡り鳥の群れが飛んでいた。この時の不死男の目には、自由に空を渡る鳥たちの姿がどんなふうに映ったんだろう。


 鳥渡るこきこきこきと缶切れば  不死男


こうした背景を知ってから読むと、この句の17音の向こう側の世界が垣間見えて来たと思う。あたしは、ずっと言い続けてるように、俳句は17音のみを鑑賞するもので、誰の作品だとか、その句の詠まれた背景だとかは関係ない。だけど、この句のように、あまりにも現代とはかけ離れた時代に詠まれた作品の場合には、ある程度の背景を知らないと、句意が正確に伝わらないのだ。「言論の自由」などミジンもなかった時代に、国の暴力によって言われなき冤罪を受け、2年も投獄されたこと。そして、たった1つの缶詰が、ものすごく貴重な時代だったこと。この2点は、この句を鑑賞する上で、最低限、知っておかなきゃならない予備知識なのだ。

‥‥そんなワケで、ずいぶん遠まわりをしちゃったけど、あたしが缶詰を缶切で開けるのが好きなのは、それも、今どきのスピーディーな缶切じゃなくて、昔からある原始的な缶切で開けるのが好きなのは、コキコキコキって開けてく過程に、いろんな物語が見えて来るからだ。時間にしたら、わずか15秒か20秒くらいのことなのに、そこには、喜びも、悲しみも、幸せも、切なさも、無限の世界がある。たとえば、大好きなシャケ缶を開ける時には、サバの水煮よりもワクワク感が何倍もアップして、コキコキコキって音が、北海道の海でシャケを獲るアイヌの人たちの舟を漕ぐ音みたいに聞こえて来る。だから、あたしは、人間用の缶詰のほとんどが缶切不要のパッ缶になっちゃった今、猫たちの缶詰を開けることが、日常の中の小さな楽しみの1つなのだ。そして、缶詰を開けるコキコキコキって音に合わせて、猫たちがあたしのまわりをグルグルと回り出してくれると、まるで魔法使いにでもなれたようにウキウキとしてきちゃう今日この頃なのだ。


 缶切れば猫あつまり来冬の月  きっこ


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2008.12.16

沖縄での米軍実弾演習の実態

14日の「世田谷通信」、「米軍の流れ弾が民家を襲う/沖縄」で、沖縄県金武町伊芸区の民家の駐車場に停めてあった乗用車に米軍のキャンプ・ハンセンでの実弾演習の流れ弾が当たった事件を取り上げましたが、この演習の様子を写真に収めていた人がいました。

現場の金武町とは、恩納岳をまたいで反対側の恩納村にお住いのしょうじさんが、自宅のベランダから撮影したもので、銃撃によって山腹から立ち上る白煙や、漆黒の闇を切り裂く弾道の閃光などを捉えています。自身のブログ「沖縄の今 こんなよ♪」に、数点の写真を公開しています。

しょうじさんは、「沖縄ロケ株式会社」でロケーション・コーデネ―タ―をなさっている人ですが、米軍の実弾演習の様子を「半端じゃない大爆音と衝撃!打ち上げ花火の会場だってこんな衝撃感じたこと無いな。まぁ、予期しないで、いきなりドンッって爆音・衝撃波がくるから、一瞬心臓が止まりそうになる。」と解説し、近所の子供が恐怖で泣き出した様子なども伝えています。

しょうじさんの撮影した写真を見る限り、銃弾は真上に向かって垂直に上って行っているようですが、通常、マシンガンで真上を撃つことはありません。これが本当に「演習」なのでしょうか? 米兵たちの単なる「ストレス発散」なのではないでしょうか?

山を超えた恩納村でも、これほど酷い状態なのですから、演習場に隣接する金武町の人たちは、夜、寝ることも、安心して生活することもできないでしょう。


「沖縄の今 こんなよ♪」
http://okinawaloca.ti-da.net/e2214475.html


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靴を投げた英雄

今朝の「世田谷通信」で、ブッシュに靴を投げたイラク人の記者のことを取り上げて、「きっこのブログ」のほうにはYOU TUBEの映像もアップしたけど、何だか知らないうちに、この話題があちこちで盛り上がってるみたいだ。あたしがこのニュースを耳にして、すぐにYOU TUBEで映像を探してアップした時点では、この映像のアクセス数は、まだ1万8000くらいだった。だけど、あたしがアップしてから20時間くらい経過した今、もう一度見てみたら、ナナナナナント! 43万アクセスになってたのだ!

さらには、これとおんなじ映像も何本がアップされてるし、別のテレビ局のものも何本かアップされてるから、ぜんぶを合わせたら何百万アクセスもしてると思う。それに、これは、YOU TUBEだけの話だから、他の動画サイトも入れれば、ヘタすると、たった1日で何千万人もの人たちがこの映像を観たのかもしれない。そして、ニポンのテレビでも報じられたように、他の国のテレビでも報じられたと思うから、そういうのも合計すると、きっと、世界中で何億人もの人たちが、靴を投げつけられるブッシュの映像を観たんだと思う。

だから、とてもその人数を調べることはできないけど、仮に全世界で10億人の人が観たとしたら、たぶん、そのうちの9億9999万9997人くらいは、ブッシュが靴を避けた瞬間に、「チェッ!」って思っただろう。あの映像を観る限り、靴はなかなかのスピードが出てたし、山なりとかじゃじゃなくて、ブッシュの顔に向かって一直線に飛んでたから、アレがあのまま顔面にヒットしてれば、いくらツラの皮がぶ厚いブッシュでも、少しは人の痛みが分かったと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、たった1日で世界のヒーローになっちゃったあの記者は、ムンタゼル・ザイディさん、29才だ。エジプトのカイロを拠点にしてるイラクのテレビ局、「アルバグダディヤ」の記者で、バグダッド大学を卒業したエリートだ。ザイディさんは、アメリカ兵に2回も拘束されたこともあって、もともとアメリカ兵やブッシュには強い反感を持ってたそうだ。だから、今回のことも、突発的に行なったんじゃなくて、以前から「チャンスがあればやってやろう」って思ってたそうだ。

それで、あたしは、たまたま他に投げるものがなくて、仕方なく自分の靴を投げたんだと思ってたら、そうじゃなくて、イラクでは、「靴で相手を踏みつける」ってことが、相手を侮辱する最大の行為なんだって。だから、ザイディさんは、他に投げるものがなかったワケじゃなくて、最初から靴を投げつける作戦だったんだって。つまり、ブッシュにケガをさせることが目的だったんじゃなくて、あくまでも「侮辱すること」が目的だったってことになる。そうすると、もちろん顔面にヒットしたほうが世界中の人たちはスッキリしただろうけど、イラクの習慣的に考えれば、たとえ当たらなくても、「靴を投げつけた」って行為自体に大きな意味があったんだから、アレで「成功」だったんだと思う。

どっちにしろ、ケガをさせようとか殺してやろうとか思ってたのなら、あんなにユルユルの記者会見場なんだから、効果のある武器を持ち込むことも可能だったと思う。銃器のタグイがムリだとしても、十分に殺傷力のあるスポーツパチンコとかなら楽勝で持ち込めたと思うから、それをしなかったことが、やっぱり「侮辱すること」を目的としてたってことの証明になる。ようするに、生タマゴや完熟トマトを投げつけたりするのと一緒の感覚なんだろう。

ただ、ブッシュのすぐ隣りにいたのはイラクのマリキ首相だったんだから、ちょっとコントロールが悪くてマリキ首相のほうに飛んでたら、大変なことになってたような気もする。だから、そうとうコントロールには自信があったんだと思うし、もしかしたら、毎日、靴を投げる練習をしてたのかもしれない。だって、最初から両手に靴を持ってたならともかく、自分の履いてた靴を脱いで投げたのに、片方を投げてからもう片方を投げるまでにそんなに時間が掛かってない。だから、ザイディさんは、自分の履いてる靴をパッと脱いで投げる練習を「いつか巡って来るチャンス」のために、日々、繰り返してたのかもしれない。

で、このザイディさんは、当然のことながら、今は警察に拘留されてるんだけど、他国の首脳に対する侮辱罪に問われると、最低でも禁固2年の実刑になっちゃうそうだ。でも、ザイディさんの勤めてるテレビ局、「アルバグダディヤ」は、謝罪をするどころか、ザイディさんを擁護してる。「アルバグダディヤ」は、ザイディさんがブッシュに向かって靴を投げた行為を「アメリカがイラク国民に約束した民主主義と表現の自由にあたる」として、何の罪にもならないっていう公式見解を出して、即時釈放を要求してるのだ。

テレビ局の同僚によると、ザイディさんは、旧フセイン政権下では、フセインのことを憎んでたそうだ。それは、自分の家族がフセイン政権の武力警察に拘束されたことがあったからだ。だけど、そのフセインを倒しに来たハズのアメリカ兵が、今度はフセインに代わって何の罪もない一般市民を殺しまくり、女性から少年までレイプしまくり、家財道具を奪いまくり、家に火をつけてまわるようになった。そして、そうしたアメリカ兵たちの酷い行為を取材しようとしたら、ザイディさんはアメリカ兵に捕まり、2回にも渡って拘束されたそうだ。それで、ザイディさんは、アメリカ兵やブッシュを憎むようになったそうだ。

‥‥そんなワケで、「イラクには大量破壊兵器がある」っていうデマを大義名分にして、2003年3月に始めたブッシュのイラク攻撃によって、イラクの人たちは10万人以上も殺された。でも、これは、あくまでもアメリカ側が主張してる人数であって、イラク側は「100万人」も殺されたって主張してるし、第三国による試算でも「65万人」て数字が出てるんだから、「最低でも10万人以上」って考えるのが妥当だろう。それから、アメリカ兵の死者は約4000人、従軍関係者の死者は約1000人、そして、ニポンの自衛隊の死者は2007年の時点で35人だ。

大ウソつきのコイズミは、「自衛隊は1人の犠牲者も出なかった」って断言したし、フロッピー麻生も、「自衛隊は2年半の間に1人の犠牲者もなく人道復興支援をやり遂げてくれた。野球で言えばノーヒットノーランぐらいすごいことだ」ってズレまくったことをノタマッてたけど、野党が調査したところ、陸上自衛隊員が14人、航空自衛隊員が1人、海上自衛隊員が20人、合計で35人もの自衛隊員が亡くなってて、政府がこの事実をインペイしてたってことが発覚した。そして、去年の11月、国会での野党の厳しい追及に対して、とうとう自民党はこの事実を認めたってワケだ。

ま、現地の人たちからは、アメリカ兵とおんなじに憎まれ続けてるニポンの自衛隊員だけど、実際にはイラクを復興するために現地に行ってたんじゃなくて、自衛隊を軍隊にするための第一歩として、「国際協力」の名のもとに海外でもムリヤリに活動させて、憲法の解釈を変えさせることが目的だったんだから、現地の人たちに憎まれるのは当然だ。そして、これで自衛隊を軍隊にするため既成事実は十分に作れたんだから、それが、たった35人の犠牲で済んだってことは、この国を再び戦争のできる「美しい国」にしたがってる自民党のクルクルパーどもにとっては、安い買い物だとでも思ってんだろう。

その上、バカなニポン国民を騙すために、ニポン国内では、イラクの人たちに自衛隊員が飲料水を配ってるようなヤラセの映像ばかりを流し続けて、「自衛隊はイラクの人たちから感謝されてます」なんてやってたんだから、開いた口がふさがらない。劣化ウラン弾の粉塵によって遺伝子に異常を起こした陸上自衛隊員たちには口封じをして、武装した他国兵たちをピストン輸送し続けて、完全に戦争に加担してた航空自衛隊員たちには特別ボーナスを与えて、数えきれないほどのイラクの人たちを虐殺する手伝いをしておきながら‥‥って、頭に血がのぼって、どんどんダッフンしてきちゃったから、ここらで話をクルリンパと戻すけど、その前に、最後にひとつだけ言っておきたいことがある。

それは、あのブッシュでさえも、イラクに大量破壊兵器がなかったことを認めて、イラク侵攻は間違いだったって謝罪したのに、そのブッシュの片棒を担いて、85%もの国民の「反対!」の声を無視して自衛隊をイラクに派遣したコイズミは、未だにヒトコトも謝罪してないってことだ。当初、コイズミは、ブッシュのデタラメを鵜呑みにして、「イラクには大量破壊兵器がある。フセインのような独裁者がこうした兵器を使えば、何万人、何十万人もの命がおびやかされる。これを放置することはできない」って言って、アメリカに追従した。

だけど、結局、大量破壊兵器なんかどこにもなく、言い出しっぺのブッシュは、それを認めて謝罪した。それなのに、何でコイズミは謝罪しないの? イラクでは、未だに殺され続けてる人たち、苦しんでる子供たちが数えきれないほどいるってのに、コイズミの口からはイラクの「イ」の字も出て来なくなった。コイズミにとっては、イラク戦争ってもう過去のものなの? もしもそうだとしたら、これほど無責任なことはない。イラクのほうに向かって、切腹してお詫びしろ!

‥‥そんなワケで、コイズミのセリフを借りれば、「何万人、何十万人もの命がおびやかされる」ものが大量破壊兵器なんだから、イラクの人たちにとっては、アメリカとそれに追従した国こそが、本当の意味での「大量破壊兵器」だったってワケだ。それでも、まだニポン政府の広報に洗脳されてるニポン人の中には、「独裁者のフセインがいなくなったんだから良かったじゃん」なんて思ってる人がいるかもしれない。だけど、それは大きな間違いだ。今のイラクは、フセイン政権の時よりも遥かに悪化してるのだ。

たとえば、子供たちの学力ひとつを見ても、それはよく分かる。フセイン政権下では、ほとんどの子供が学校に通うことができてて、全国の子供のうち9割以上が母国語の読み書きができた。だけど、今は、学校に通える子供は2~3人に1人しかいなくて、全国の半数以上の子供が、まったく読み書きができなくなった。5人に1人は、自分の名前すら書けないのだ。その上、アメリカ軍の使用した劣化ウラン弾の粉塵によって、数えきれないほどの子供たちが、先天性の奇形、ガン、白血病に苦しんでる。これが、ブッシュやコイズミが犯した大罪なのだ。

殺された一般市民にしても、戦闘中の誤爆とかで亡くなったのなら「戦死者」ってことになるけど、そうしたケースばかりじゃない。ケダモノのようなアメリカ兵が、突然、ライフルを持って自宅に押し入って来て、男性はその場で射殺され、女性はレイプされてから射殺されたのだ。中には、変質者にレイプされてから射殺された少年もたくさんいる。そして、何の罪もない民間人を一家皆殺しにした挙句に、金目のものを強奪し、家に火を放ち、ジープに飛び乗って、ゲラゲラと笑いながらキャンプへ戻って行く。それが、アメリカ兵だ。

だけど、こんなことをいくら書き続けても、漠然としたことばかりじゃ信用しない人もいると思って、あたしは、ホントは胸が苦しくなるから書きたくなかったんだけど、今年の3月24日の日記、「ハディーサの悲劇とマハムディヤの悲劇」に、イラクで起こったアメリカ兵による酷い事件を2つ紹介した。詳しくは過去ログを読んでもらうとして、ここでは、以下、その事件の状況の部分だけを再掲する。


長期の駐留でストレスが溜まってたポール・コルテス軍曹、ジェス・スピールマン1等兵、ブライアン・ハワード上等兵、ジェームズ・バーカー特技下士官、スティーブン・グリーン元1等兵の5人は、この日、非番だったため、制服を私服に着替えて、昼間から酒を飲んでた。そして、酔いも回って来たころ、前日に検問所で目をつけておいたイラク人の女性をレイプするために、その女性の家へと軍用車を走らせた。5人は、いっせいに女性宅を襲撃し、この14才の少女だけを部屋に残し、残りの家族、お父さんとお母さんと5才の妹をバスルームに閉じ込めた。そして、首謀者のスティーブン・グリーンは、この家に護身用として置いてあった銃、カラシニコフを手に取り、バスルームの3人を射殺した。あとから死体を検視した報告によると、「蜂の巣のように撃たれていた」そうだ。そして、3人を殺してから、14才の少女を全員でレイプし、この少女の頭を何発も撃ち抜いて殺し、家の中の目ぼしいものを盗んだ挙句に、灯油をまいて火をつけたのだ。あたしは、この殺害現場の部屋の映像を見たけど、少女がレイプされたあとに撃ち殺された場所の壁には、脳みそが飛び散った跡のようなシミがあった。


‥‥これが、イラクの現実だ。そして、こうしたアメリカ兵たちを次々と運び込んでるのが、ニポンの航空自衛隊なのだ。自分がイラク人だったら、当然、アメリカ兵を憎むだろう。そして、こんな鬼畜どもを次々と運び込んで来るニポンの自衛隊も、同じように憎むだろう。それなのに、ニポンのテレビに流れる映像は、政府が作ったヤラセの映像ばかりで、「自衛隊はイラクの人たちから感謝されてます」と来たもんだ。

もちろん、何千人も何万人も駐留してるアメリカ兵が、全員こうした鬼畜のワケはない。こうしたヤツラは、わずか数%だろう。だけど、今まで集めたデータによると、少なくとも数十のグループがいることは確かだ。そして、このコルテス軍曹のグループのように、摘発されて軍事会議にかけられるのはマレで、99%の事件は表沙汰にはならない。発覚しないものも多いし、たとえ発覚したところで、上官がモミ消すからだ。ナゼなら、上官もグルになってる場合がほとんどだからだ。

3月29日の日記、「イラク帰還兵の願い」には、そうした上官の悪質さを紹介した。アメリカ陸軍の衛生兵としてイラクへ派遣されてたジョー・ウィラーさんは、帰国してから、次のように証言としてる。


「輸送の任務中は、上官から『近づいて来る人間は無差別に射殺しろ』と命令された」

「何のためらいもなくイラクの民間人を射殺する兵士がたくさんいたが、こうした兵士たちに対して、上官は、イラク人を殺した褒美として『4日間の特別休暇』を与えていた」


これらは、すべて民間人なのだ。何の罪もないイラクの民間人を無差別に射殺しろと、上官から命令されてたと言うのだ。そして、それに対するご褒美までがある。こんな狂った世界に身を置いていれば、さっきのコルテス軍曹のグループのように、休みの日に昼間から酒を飲んで、現地人をレイプしに行くようなヤツラが出て来るのも当然の流れだ。そして、ジョー・ウィラーさんは、次のようにも証言してる。


「銃撃戦の最中に逃げ遅れた女性をレイプする兵士がいた」


目の前では銃撃戦が行なわれてて、自分もアメリカ側の兵士として戦ってたのに、逃げ遅れて建物の影に隠れてた現地女性を見つけたトタンに、その女性をレイプしたと言うのだ。そして、もしもレイプのあとに射殺したとしても、銃撃戦に巻き込まれて死んだことにするんだろう。これが、アメリカ兵だ。これが、イラクの現実だ。そして、その大将が、ブッシュなのだ。そんな鬼畜の親玉が目の前に現われたら、イラク人であれば、誰でも靴くらい投げつけるだろう。

‥‥そんなワケで、あたしは、ブッシュに靴を投げつけたザイディさんは、サスガ、大学を出てるエリートだけあって、とっても紳士的な人なんだと思う。だから、どんなに憎い相手であっても、靴を投げつけるっていう安全な行為で自らの意思をアピールしたんだと思う。普通の感覚のイラク人だったら、自分の国にこれだけ酷いことをした鬼畜どもの親玉を目の前にしたんだから、マシンガンで蜂の巣にしてるか、手溜弾で木端微塵にしてるとこだったと思う。だからこそ、この紳士的なザイディさんは、一夜にしてイラクの英雄になっちゃって、翌日には、バグダッドやナジャフで、ザイディさんの釈放を求める数千人規模のデモが行なわれたのだ。だから、ブッシュの共同正犯であるコイズミも、いつまでもコソコソと逃げてまわってばかりいないで、政界を引退する前に、一度、イラクに行って来るべきだと思う。そして、自分自身が「安全な非戦闘地域」だって断言したサマワを歩いてみろ!‥‥って言いたい今日この頃なのだ。


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2008.12.15

公明党を切れば選挙に勝てると自民、古賀氏

「公明党を切れば選挙に勝てると自民、古賀氏」(世田谷通信)

自民党の選挙対策委員長である古賀誠氏は、15日夜、都内で各派事務総長らと会談した際に、「公明党を切れば支持層が戻り衆院選で勝てるかもしれない」「比例の180議席をみすみす公明党に渡していいのか。『小選挙区は自民、比例は公明』ではなく、次の衆院選は『小選挙区も自民、比例も自民』だ」と発言した。今回の古賀氏の発言について、出席者は「ある宗教団体関係者から『公明党を切れば自民党の支持層が戻る』と進言されたことが発端だ」と説明した。自民党の中には、公明党に押しつけられた給付金案が国民からまったく支持されていないことを踏まえ、これでは選挙対策になっていないと危惧している議員も多く、山本一太議員も「私が首相なら給付金などすくに白紙撤回する」と発言している。(2008年12月15日)


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ブッシュ大統領、靴を投げつけられる

「ブッシュ大統領、靴を投げつけられる」(世田谷通信)

14日、アメリカのブッシュ大統領がイラクの首都バグダッドを予告せずに電撃訪問した。しかしブッシュ大統領に対するイラク人の憎しみは根強く、イラクのマリキ首相と臨んだ記者会見では、1人のイラク人記者が「Dog!(犬野郎)」と叫びながら自分の靴を2回続けて投げつける場面もあった。ブッシュ大統領は身をかがめて避け、「今の靴のサイズは10だった」などとアメリカンジョークで場を収めようとしたが、笑いなどは起こらなかった。一方、この記者は会場の警備員や他の記者らに取り押さえられたが、一部始終はテレビで放送され、記者はイラク国民から英雄あつかいされているという。(2008年12月15日)


「問題の映像」


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暴走する女性脳

唐突だけど、あたしは、どちらかって言うと、たぶんエッチなほうだと思う。健康な人間なら、誰でもそれなりにエッチなことには興味があると思うけど、あたしの場合は、妄想癖がある上にエッチだから、ひとたびエッチなことを考え始めると、そりゃあもう大変なことになっちゃう。それこそ、エヴァンゲリオンの零号機と初号機と弐号機と、ついでにカヲル君の乗った四号機までもが4機そろって暴走を始めちゃった第3新大黒市で、「電脳コイル」のサッチーのポチとタマとミケとチビとコロが5機そろって四方八方から追いかけて来たみたいに大パニックになっちゃうことウケアイだ。

で、あたしの場合は、「妄想癖がある上にエッチ」ってだけじゃなくて、さらに「古典マニア」っていうオマケまでついてるから、何よりのオカズが「源氏物語」だったりする。もともと「源氏物語」が大好物なあたしだけど、普通にエロ文学として楽しむ場合の他に、エッチな妄想をするためのオカズとして読む場合がある。もちろん、最初は、ごくノーマルな感じで、誰かの役に成り切って読んで、下腹部の辺りにジンワリと感じたりするレベルだった。たとえば、あたしが朧月夜になってアレモコレモと楽しんでみたり、六条御息所になってナンダカンダと仕切ってみたり、葵の上になってツンデレしてみたりしつつ、美しい源氏に口説かれて、愛欲の奈落へと墜ちてゆく自分自身を主観的にも客観的にも楽しむ‥‥って感じだった。

だけど、これほどたくさん魅力的な女性が登場するストーリーの中で、たった1人だけしか演じられないのはつまんない。だからって、複数の女性を順番に演じることもできない。一度、誰かに成り切ると、完全にその役にハマッちゃって、頭の中のスクリーンにリアルな映像が浮かんじゃうほど「思い込み力」が強いあたしの妄想だと、すぐに別の登場人物に乗り換えることができないのだ。だから、たとえばあたしが葵の上に成り切って「源氏物語」を読んでても、ハァハァできるのは源氏が葵の上に夢中になってる場面だけで、源氏が他の女のとこに行っちゃうと、ヤキモチを焼いてイライラしてきちゃう今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、男性と女性では、脳みその構造が違うワケで、一般的には、「男脳と女脳」とか「男性脳と女性脳」とか言われてる。右脳と左脳をつないでる繊維の束の「脳梁(のうりょう)」とか、右脳と左脳の視覚的な部分をつないでる「中間質」とか、右脳と左脳の無意識の部分をつないでる「前交連」とかは、すべて女性脳のほうが発達してる。だから、女性脳のほうが、常に右脳と左脳とを連携させて認識したり判断したり思考したりしてるワケで、モノゴトを広い視野で多角的にとらえることができるワケだ。

一方、男性脳のほうは、女性脳と比べて左右の脳の連携が弱くて、右脳か左脳のどちらかに比重を置いて認識したり判断したり思考したりしてる。だから、一度思い込んだが最後、狭い視野でまっすぐに見ることしかできず、例のクルクルパーのナントカ幕僚長みたいなのが出てきちゃったりもする。だけど、アレは、あくまでも悪いほうの例であって、何かの研究に没頭して大発見や大発明をするようなスペシャリストが男性に多いのも、こうした男性脳の特性によるところが大きい。

だから、「どっちの脳が優れてる」ってことじゃなくて、それぞれに一長一短があるってことになる。男性より女性のほうが現実的にモノゴトを考えるのも、女性より男性のほうが夢や理想を追い求めるのも、こうした脳みその構造の違いによるものだ。何の根拠もないデタラメな血液型による性格判断なんかとは違って、キチンと科学的にも立証されてるんだから、大いに信頼できる。何しろ、血液型による性格判断なんていう非科学的なものは、全国民のうち、O型が3割、A型が4割、B型が2割、AB型が1割って、ワリと平均的に分布してるニポンだからこそ成り立ってるインチキ商売だからだ。

たとえば、グァテマラとかニカラグアとかボリビアでは、国民の90~95%がO型で、A型とB型は数%ずつ、そして、AB型は1人も存在しない。だから、ホントに血液型なんかで人間の性格が分類されるのなら、これらの国々の人たちは、国民の9割以上が、みんなおんなじ性格で、みんなおんなじ運勢ってことになっちゃう。いくら何でも、そんなことはアリエナイザーだろう。

で、キチンと科学的にも証明されてる脳みその構造のほうでも、まだ科学では解明されてないすごく不思議なことがある。それは、性同一性障害の人の脳みそだ。たとえば、心は女性なのに体は男性に生まれちゃった人の場合なら、いくら自分のことを女性だと思ってても、肉体的な性別は男性に生まれちゃったんだから、オチンチンもオイナリサンもついてるワケだし、大人になればヒゲも生えて来る。ようするに、性転換手術をしない限り、肉体的には完全に男性ってことになる。

それなのに、こういう人の脳みそを調べてみると、ほとんどの人が極めて女性脳に近い構造をしてるのだ。つまり、肉体は男性なのに、脳みそだけが女性脳に近い構造をしてるってワケだ。その上、何かを判断したり考えたりする場合に使われる脳の組織も、女性とおんなじ部分が動いてる。誰かに恋心を抱いた時も、男性脳の反応とは違って、極めて女性脳に近い反応を示す。だから、あたしは、「心」っていう目に見えないものと、「脳みそ」っていう肉体の一機関とが、深くつながってるんだって思った。

‥‥そんなワケで、この男性脳と女性脳の違いだけど、その違いが分かりやすい例としてよく挙げられるのが、エッチなことを考える時の脳みその働きだ。簡単に言うと、男性の場合は、女性の裸の写真を見ただけで、まるでパブロフの犬のように反射的にコーフンする。自分の好きなタイプの女性の写真なら、別に裸じゃなくて、水着や私服しでもいいし、そこからその女性とセックスしてる自分を想像して、コーフンして、ティッシュを用意して、ホニャニーをしちゃったりすることができる。ちなみに、この「ホニャニー」ってのは、正しい言葉で書いちゃうと「さるさる日記」の「禁止語句」で弾かれちゃうので、今、仕方なく作った代替語だ。

そして、女性の場合は、自分の好きな男性タレントの写真を観ても、たとえ裸の写真を観たとしても、「カッコイイな」とか「ステキだな」とは思うけど、その相手と自分がセックスしてるとこまではダイレクトには想像しない。だから、好きな男性タレントのグラビアを観ながらホニャニーすることもない。女性の場合は、男女がセックスしてる写真や映像を観て、その女性を自分に置き換えて、それで初めてコーフンする。

つまり、男性の場合は、自分の好きな女性の写真を観ただけで、その女性と自分とがセックスしてる状況までをスルスルと想像することができるけど、女性の場合は、そのものズバリ、男女がセックスしてる写真や映像を観て、その女性を自分に置き換えてからじゃないと、想像がそこまで到達できないってワケだ。そして、これは、男性のほうが女性よりも想像力が優れてる‥‥ってことじゃなくて、男性脳と女性脳との構造の違いによるものなのだ。だから、体は男性でも、極めて女性脳に近い構造の脳みそを持ってる性同一性障害の人なら、女性的なパターンの想像の過程をたどることになる。

‥‥そんなワケで、世の中の女性の多くが、恋愛小説や恋愛映画、恋愛マンガなんかを好きなのも、男性のように1枚の写真からの想像が苦手で、こうしたストーリーのある恋愛モノのヒロインに自分を置き換えて、まるで自分がステキな恋愛をしてるような気分にならないと想像がふくらまないからなのだ。だから、男性から見たらアホ丸出しみたいな「ハーレクインロマンス」なんかを夢中になって読んだりもするのも、「女はバカ」ってことじゃなくて、女性脳の構造によるものなんだから、男性はちゃんと理解して欲しい。そして、これとおんなじで、男性の多くが下品なエロ本だの変態みたいなDVDだのを観たりするのも、男性脳の構造によるものなんだから、世の中の女性たちはちゃんと理解してあげるべきだと思う。

あたしの場合は、前にも書いたかもしれないけど、世界一ベタな恋愛映画としてオナジミの「ノッティングヒルの恋人」が大好きだ。もちろん、映画作品としてはぜんぜん評価できないけど、男性の多くが「いつもオカズにしてる下品なエロ本」だの「お気に入りの変態DVD」だのを持ってるように、この映画は、あくまでも、あたしの妄想のネタとしてよく利用してるってことだ。

この映画は、ジュリア・ロバーツがハリウッドスター、ヒュー・グラントがさえない本屋の経営者って役で、本来なら住む世界のまったく違う2人が、ひょんなことから出会って、最後の最後に結ばれる‥‥っていう、ベタベタのストーリーだ。それも、ジュースを買って歩いてたヒュー・グラントが、出会いがしらにジュリア・ロバーツとぶつかって、服にジュースをかけちゃうっていう、映画かマンガの中でしかアリエナイザーなバカみたいな出会いのシーンから始まる。

だけど、こんなアホ映画でも、妄想癖のあるあたしが、ジュリア・ロバーツを自分に置き換えて、ついでにヒュー・グラントを福山雅治に置き換えて観てると、もう何度も何度も何度も何度も観てるのに、それでもやっぱり要所要所で胸がドキドキしたりハァハァしたりイライラしたりハラハラしたりしつつも、最後には大感動して大号泣しちゃうのだ。そして、世界でサイコーの恋愛をタップリと楽しんだ気分になれて、ものすごく幸せな気分になれて、その余韻だけで数日はウキウキと生活することができちゃうのだ。

‥‥そんなワケで、好きなタイプの異性や同性の写真を観るだけで、ハァハァできたりホニャニーできたりする男性脳の皆さんはラクチンでいいけど、生まれた時から生粋の女性脳のあたしとしては、こうして他人の恋愛や他人のセックスを観て、その女性を自分に置き換えて、それからじゃないとハァハァできないワケだ。でも、あたしの場合は、これがメンドクサイどころか、人並みハズレた「妄想癖」と、たぐいマレなる「思い込み力」を兼ね備えた100年に1度の暴風雨‥‥じゃなくて、100年に1人の逸才だから、女性脳だからこその妄想ワールドを満喫してる。そして、こうした妄想を楽しむことのできない男性脳の皆さんを気の毒に思ってる。

で、そんなあたしの何よりのオカズの「源氏物語」だけど、マクラのとこで書いたように、たくさんの女性が出て来るから、誰か1人の役に成り切っちゃうと、全体的には楽しめなくなっちゃう。それどころか、逆にイライラしてきちゃったりもする。そこで、何に対しても研究熱心なあたしが、長年の試行錯誤の末にたどり着いたのが、「光源氏は実は男装の麗人だった」っていう宝塚風味がマンマンのストーリーなのだ。ようするに、あたしが源氏になって、次々と魅力的な女性たちを食いまくってくってお話で、このアイデアを思いついた時には、もう、全身にビリビリと高圧電流が駆け巡るほどコーフンしちゃった。ある意味、大量の電気エネルギーを溜めることができる「ライデン瓶」を発明したピーテル・ファン・ミュッセンブルークよりも、あたしの発明のほうが、遥かに女心のシビレ具合が大きいと思ったほどだ。

だって、あたしが源氏になって、次から次へと美女とヤリマクリマクリスティ―だなんて、思わず岩の上に全裸で仁王立ちして、「俺、参上!」って叫んで、ポーズを決めたくなっちゃうよ‥‥って言っても、皆さんご存知の通り、源氏の相手って、すべてが美女ってワケじゃないんだよね。源氏って、紫の上みたいなロリータにも手を出しちゃうし、末摘花(すえつむはな)みたいなブスにも手を出しちゃうし、さらには、美女は美女でも、自分の義理の母である藤壺にも手を出しちゃうし、挙句の果てには、その藤壺のお兄さんの兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)にもボーイズラブしちゃうし、朱雀院ともボーイズラブっぽいし、もうメチャクチャだ。その上、兵部卿宮みたいな年上の男性の場合には、自分のほうが女役になるのに、惟光(これみつ)とか小君(こぎみ)とかの年下の少年の場合には、自分のほうが男役になっちゃう。

ようするに、源氏ってのは、女性よりも美しい姿をしていながら、ロリコンでマザコンで両刀使いな上に、同性愛のほうも、年上も年下も男役も女役も自由自在だし、相手によってSになったりMになったりもする、文字通り「何でもアリ」のセックス魔王ってワケなのだ。さらには、自分の義理の母の藤壺に迫り、関係を結んじゃった上に、そのお兄さんの兵部卿宮にまで恋心を抱いたように、節操の無さも天下一品だ。だって、惟光は自分の乳母の息子、つまり、自分の義理の弟みたいなもんだし、小君にしたって、自分が手を出した空蝉(うつせみ)の弟なんだから、現代なら立派な性犯罪だろう。

‥‥そんなワケで、世界最大のエロ魔王が「ギリシャ神話」のゼウスなら、ニポン最大のエロ男爵が「源氏物語」の光源氏ってワケで、「源氏物語」を読んだことのない人のために、空蝉のクダリだけを簡単に説明しとくと、空蝉ってのは、モトモトは他人の奥さんだった。伊予の介っていう、ずっと年上のおっちゃんの後妻だった。そして、その伊予の介には、前妻との間の娘、軒端荻(のきばのおぎ)がいて、この娘と空蝉とは年がおんなじくらいだった。だから、簡単に言えば、20才の娘がいるオヤジが、自分の娘とおんなじ20才の女性と再婚して、3人で暮らしてた‥‥ってことなのだ。正確に言えば、空蝉の弟だのお女中だのが何人も一緒に暮らしてたワケだけど、基本的にはこんな感じだった。

で、伊予の介の屋敷を覗き込んで、伊予の介の後妻の空蝉に恋心を寄せちゃった源氏は、相手が人妻だろうが何だろうが「そんなの関係ねえ!」ってワケで、執拗にストーカーを繰り返す。まだ10代だった源氏は、恐いもの知らずで、伊予の介にバレないように、垣根越しに空蝉を口説き始める。そうすると、空蝉のほうも、最近あんまりかまってくれないダンナから心が離れ始めてたのか、若くて美しい源氏に気持ちが向いちゃう。だけど、サスガに、自分はダンナのある身。ここは自分の気持ちを抑えて、源氏に冷たくしちゃう。

でも、女を口説くことにかけては百戦錬磨の源氏だから、冷たくされたことで、逆に燃え上がっちゃった。そして、どんな手段を使っても空蝉を自分のものにしてやろうと、まずは空蝉の弟の小君を手なずけた。それで、ダンナの伊予の介の出張中に、小君に手引きをさせて屋敷へと忍び込み、空蝉に夜這いをかけちゃったのだ。だけど、誰かが忍び込んで来た気配を感じた空蝉は、寝床に着物をハラリと脱いで、部屋から逃げちゃった。これが、まるで、セミの抜け殻みたいだったから、「空蝉」って呼ばれるようになったってワケだ。

だけど、ここからが「源氏物語」のスゴイとこで、まさかお目当ての女性に逃げられたとは思わなかった源氏は、さっそく作戦を実行しようと、そこに寝てた女性の布団に潜り込んだのもトコノマ、この女、空蝉じゃないじゃん!‥‥ってワケで、源氏が潜り込んだのは、伊予の介の前妻の娘、軒端荻の布団だったのだ! でも、ここは天下のエロ男爵の源氏ってワケで、間違えたことに気づきながらも、「あなたを愛するあまり、こうしてやって来てしまいました」なんて大ウソをついて、軒端荻と超合金合体~!

正直、ジミでパッとしない外見の空蝉よりも、フェロモンふりまくセクシー美人の軒端荻のほうが、女性としての魅力は数倍も上だった。それなのに、そんな魅力的な軒端荻と合体できたっていうのに、自分がどんな女性にも絶対にモテるって自信があった源氏としては、「空蝉に逃げられた」ってことのほうがプライド的に悔しかった。そして、軒端荻を口止めした上で、このあとも空蝉を口説き続けちゃう。それで、思いっきりハショッて言うと、まずは手なづけた空蝉の弟の小君を自分の屋敷に引き取って、ここでボーイズラブしつつも、伊予の介が死んで出家した空蝉をとうとう自分の屋敷に連れて来て、たくさんいるセックスフレンドの1人として登録しちゃったのだ。

‥‥そんなワケで、空蝉とのエピソードだけを見ても、空蝉の義理の娘とも、実の弟とも関係しちゃう「親の総取り」状態なのが源氏のやり方ってワケで、こうした相手が次から次へとどんどん出て来るのが「源氏物語」ってワケだ。たとえば、紫の上なんて、まだ10才のロリータの時に源氏に目をつけられて、ナンダカンダと手を回して自分の屋敷に連れてきちゃって、それから時間をかけて「自分好みの女性」へと調教してくのだ。それも、紫の上を調教しつつ、いろんな女性に手を出してるんだから、これほどまでにハレンチなストーリーで、数多い女性の中の「誰か」に成り切って読んでたら、とてもじゃないけどヤキモチの焼きすぎで自我を保ってられなくなっちゃう。

そこで登場するのが、あたしが開発した最終兵器、「光源氏は実は男装の麗人だった」っていうストーリーだ。自分が男性の役に成り切るってことは、やっぱりムリがあってできないんだけど、「男装の麗人」ってことにすれば、簡単に思い込むことができる。それも、「いかにも男性」って感じの人だと違和感があるんだけど、「線が細くて女性よりも美しい源氏」って役だから、スンナリと入り込めるのだ。

それで、あたしが初めてこの作戦を実行したのは、たぶん10年くらい前だと思うんだけど、自分が源氏に成り切って、それも「実は女性なんだけど、ワケあって男性として生活してる」ってふうに思い込んで読み始めたら、それまでに経験したことがないほどコーフンしちゃって、大変なことになっちゃったのだ。だって、このあたしが、モテモテの美少年になって、とびきりの魅力的な美女に近づいてって、和歌を詠んで口説いたりして、相手もあたしのことを好きになって、いよいよセックスをするって段になって、初めて相手はあたしが女性だったってことに気づくのだ。お互いの顔も見えないような真っ暗な褥(しとね)で、お互いの裸体に指先が触れあった瞬間に、初めて相手はあたしが女だったってことに気づくのだ。だけど、もう燃え上がってる愛欲の炎を消すことができずに、ナシクズシ的に、そのまま一気に暴走モードへ突入! 嗚呼、なんてエッチでコーフンしちゃうシチュエーションなんだろう!‥‥って、おっと、いけねえ! キーボードにヨダレが垂れちまった!(笑)

‥‥そんなワケで、今日の日記は、あたしには珍しく「R12」くらいの内容だった気もするけど、これも「きっこの日記」の一面だと思って、内角高めのストレートに受け止めて欲しい。そして、できることなら、あたしのことを変態扱いしないで欲しい‥‥って言っても、これだけ書いちゃったら、もう、あとの祭りかもしれないけど、一応イイワケをさせてもらうと、それもこれもあたしのセイじゃなくて、すべてはあたしの「女性脳」の構造のセイなんだから、仮に変態だったとしても、それは、あたしじゃなくて、あたしの脳みその「脳梁(のうりょう)」とか「中間質」とか「前交連」とかが変態なんだと思う今日この頃なのだ(笑)


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2008.12.14

米軍の流れ弾が民家を襲う/沖縄

「米軍の流れ弾が民家を襲う/沖縄」(世田谷通信)

13日午後7時半ごろ、沖縄県金武町伊芸区の建設会社の男性従業員(25)が、自宅の駐車場に停めていた自分の乗用車の前部ナンバープレートが壊れているのに気づいた。ナンバープレートは字光式で厚さが約2センチのものだが、男性が壊れた個所を調べてみたところ内部にライフルの銃弾がめり込んでいたのを見つけ、警察へ通報した。沖縄県警石川署の調べでは、銃弾は長さ約4.5センチ、直径約1センチで、米軍が射撃に使っているライフルのものと同種だという。男性宅は米軍海兵隊のキャンプ・ハンセンの近くで、現場の北側約300メートルには実弾射撃場がある。駐車場の前方のコンクリートには約2メートルに渡って銃弾に削られた痕跡があり、石川署では実弾射撃場からの流れ弾がコンクリートに跳ね返ってナンバープレートに当たったものとして、器物損壊事件で捜査を開始した。伊芸区では、これまでに20件余りもの米軍による流れ弾事故が発生しており、通行中の女性や幼児の体に命中した人身事故も2件起きている。戦後63年、沖縄の人たちが安心して暮らせるようになるのは、いったいいつの日なのだろうか。(2008年12月14日)


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新聞とテレビが見捨てられる日

今年は、小さくブレイクしたタレントは何人かいたけど、コレといって大ブレイクしたタレントは1人もいなかった。やっぱり、若い人たちのテレビ離れ、芸能離れが加速してるからだと思うけど、アイドルを見ても、お笑い芸人を見ても、最近はものすごくレベルが低くなって、そこらのシロートみたいなのばかりになって来たことが最大の原因だろう。「お金を払ってでも観たい」って思えるようなタレントや芸人は、ほとんど見当たらなくなった。

たとえば、お笑い芸人の場合なら、世界のナベアツの「3の倍数でアホになる」とかなんて、ひと昔前なら単なる「スナック芸」で、とてもじゃないけどプロの芸人がテレビで披露するようなものじゃなかった。サラリーマンが忘年会でやる隠し芸のレベルだ。エドはるみの「グ~」にしても、いったいアレのどこが面白いのか、あたしにはまったく理解できない。幼稚園児とかがキャッキャと喜ぶのなら分かるけど、いい年こいた大人が、アレのどこを見て笑えばいいのか。笑うどころか、あまりにも痛すぎて、見てるこっちが恥ずかしくなって来る。

漫才にしても、話術の巧さで笑わせるような本物の漫才師は見かけなくなり、そこらを歩いてる兄ちゃんみたいなのが、自分たちのファンにだけしか分からない内輪ネタを繰り返してるだけだ。モノマネ芸人にしても、いつまでも織田裕二のモノマネだけで引っぱり続けてる山本高広なんて、どのクラスにも1人はいる「ちょっとモノマネのうまいクラスメート」のレベルで、「ダウンタウンの浜ちゃんが笑ったとこ」なんてぜんぜん似てやしない。あんなレベルのモノマネなら、新宿2丁目のゲイバーにでも行けば、もっとうまい人がいっぱいいる。

挙句の果てには、何てコンビか知らないけど、「24」のジャック・バウワ―とかいう人のモノマネばかりしてるのが出て来た。番組では、SEでサクラの笑い声を編集してるのか、それなりにウケてるみたいに放送してるけど、「24」なんて観たことないあたしには、まったく面白くもない。でも、「24」を観てた人には少しは面白いんだろう。つまり、誰にでも分かる普通のモノマネをするほど実力のない人たち、すべての人を楽しませる実力のない人たちが、こうした隙間産業的なセコいネタばかりに目をつけ始めたんだと思う。そして、これを「お笑いの細分化」と見るか、それとも「お笑いの劣化」と見るかは、テレビが地デジになっても、まだテレビなんかを観ようと思ってるオメデタイ人たちに任せとけばいいと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、2011年から、テレビは地デジになって、今のテレビじゃ観られなくなる。だけど、毎日毎日、朝から晩まで、あれほどしつこく地デジのCMを繰り返してるのに、未だ地デジ対応のテレビやチューナーに替えた家庭は40%にも満たないという。総務省では、2008年までに60%以上の普及を目指してたそうだから、大幅に遅れてるってことになる。だけど、この総務省の試算てのは、最終的に100%の移行を想定したもので、「テレビを買い替えないと観られなくなるんなら、もうテレビなんか観なくてもいいや」っていう、あたしみたいな考えの人のことは計算に入れてないのだ。

あたしは、前から言ってるように、今のテレビが映られなくなったら、もうテレビは卒業するつもりだ。だって、別にテレビが壊れたワケでもないのに、何で自分でお金を出して新しいテレビを買わなきゃなんないワケ? テレビ局が新しいテレビをタダでくれるんなら観てやってもいいけど、放送する側の勝手な都合で映らなくなるんだから、あたしがお金を払う義理なんてない。いつテレビをつけたって、どうせ、ナンミョータレントとジャニタレとシロート芸人とバカアイドルとニューハーフとゲイと自民党の広報担当の司会者しか出てないんだから、お金を払ってまで観るほどの番組なんて5%くらいしかないのが現状だ。それに、どうしても観たい番組があれば、ケータイのワンセグで観ることができるし、誰かがYOU TUBEにアップしてくれるのを待ってから観てもいい。

今年の3月に、「テレビとパソコン(インターネット)、これから死ぬまでどちらか片方しか使えないとしたら?」っていうアンケートをしたら、「テレビを選ぶ」が777票(7%)、「パソコンを選ぶ」が8908票(88%)、「両方いらない」が412票(4%)だった。もちろん、これは、この質問の通り、「どちらかしか使えなくなる」っていうアリエナイザーな状況下での話だから、現実的とは言えない。だけど、現代の世の中の人たちが、テレビとインターネットのどちらに比重を置いてるかってことの指針にはなると思う。

で、今の不景気と、自民党による今後の消費税の大幅引き上げと、テレビの番組自体の劣化と、インターネットがテレビの代わりになり始めてる現状とをミックスして推測すると、あたしの高卒の脳みそがハジキ出した数字は、「世の中の4人に1人、約25%の人たちは、地デジになったらテレビを観なくなる」ってものだった。こないだ、パソコンの部品を買いにコジマ電気に行った時に、テレビ売り場にいた店員さんに聞いてみたら、テレビもソコソコは売れてるそうだった。だけど、実際にテレビを買う人の多くは、ブルーレイとセットで買う人が多いそうで、テレビ番組を観るためにテレビを買うんじゃなくて、あくまでも好きな映画とかを観るための映像モニターとして買う人がほとんどだって言ってた。

ようするに、テレビっていう家電はどんどん進化し続けてるのに、そこに映し出される番組は劣化し続けてるってワケで、タレントの顔の毛穴まで映るような高画質で大画面のテレビを買ったところで、そんなもので観るほどの価値のある番組が無くなって来たってワケだ。だから、あたしの予想では、テレビっていう家電は映像モニターとして進化し続けてくけど、テレビ番組はそのうち世の中から消えちゃうと思う。だって、今のテレビ番組のほとんどは、1ピコグラムも世の中の役に立ってないんだから。

‥‥そんなワケで、あたしは、テレビよりも先に消えるのが、新聞だと思ってる。ここ数年、新聞を定期購読する人が加速度的に減少してるそうだけど、新聞の購読をやめた人の理由のトップ3が、「インターネットとテレビがあれば十分」「不景気なので節約のため」「新聞はゴミになる」だった。そして、今でも新聞を定期購読してる人でも、ぜんぶのページを読んでるって人は、わずか4%しかいなくて、7割近い人が「1面とテレビ欄しか見ない」って答えてた。それなら、月に2回、「テレビブロス」を買えば済んじゃうことになる。そうすれば、お金は月に3000円以上、年間に4万円も浮くし、ゴミも出なくなる。つまり、お金の節約になるだけじゃなくて、環境にもいいってワケだ。

こうした傾向が顕著になったのは、インターネットの普及にともなってのことだ。今や、ほとんどの家庭に1台以上のパソコンがあって、そのうちの98%はインターネットに接続してる。そして、そのほとんどが定額プランなんだから、新聞なんかとらなくても、パソコンを見ればニュースが読める。それも、新聞よりも速く配信されるし、1つのニュースを複数の配信元から多角的に見ることができる。そして、料金はタダだし、ゴミも出ない。

だから、あたしは、このままインターネットが普及して行けば、真っ先に消えるのが新聞だと思ってる。もちろん、現在の新聞社は残るけど、各家庭に紙でできた新聞を配達するんじゃなくて、契約してる家庭のパソコンに電子版を配信するってシステムになるハズだ。そして、その次に消えるのが、当然、テレビだろう。今でも、インターネットでほとんどの番組を観られるし、アニメでも映画でもドラマでも、自分の好きな時間に観ることができる。テレビみたいに、放送時間に自分のほうを合わせなくてもいいし、1話から最終話までマトメて観ることもできるし、何と言っても、うっとうしいCMを観なくて済む。

‥‥そんなワケで、新聞が消えて、テレビが消えると、あとはラジオと雑誌だけど、あたしは、ラジオは最後まで残ると思うから、次に消えるのが雑誌だ。だけど、雑誌の場合は、完全にゼロにはならないだろう。ものすごく面白い雑誌や、ものすごく必要とされる雑誌は、何とか生き残ると思う。もちろん、すべての情報がインターネットで手に入る時代になり、音楽までもがCDを買う人よりもダウンロードする人のほうが増えて来たんだから、雑誌がカバーしてたメディアも、そのほとんどはインターネットに奪われちゃうと思う。

雑誌って、次から次へと生まれては消えてく。たとえば、今年だけでも、11末までに、すでに187冊もの雑誌が休刊や廃刊になってる。ようするに、2日に1冊の割合で雑誌が消え続けてるってワケだ。今年の1月には、あたしの好きだった「カヌーライフ」が休刊になり、続いて「艶女(アデージョ)」なんて造語を産んだ「ニキ―タ」も休刊になった。2月には「ワールドサッカーマガジン」が休刊になり、3月には「とらばーゆ」が休刊になった。他にも、「猫の手帖」「毎日らいふ」「主婦の友」「近代将棋」「オール株式情報」「週刊ヤングサンデー」「株価四季報」「ロードショウ」「月刊プレイボーイ」‥‥って、歴史のある雑誌が次々と休刊になった。

ちなみに、ここでは一律「休刊」て言葉を使ってるけど、実際には「廃刊」になった雑誌がほとんどだ。これは、詳しく説明すると大変だから、フランク・ザッパに書くけど、雑誌には、それぞれに「雑誌コード」ってのが割り振られてて、一度「廃刊」にしちゃうと、そのコードは10年くらい使えなくなっちゃう。そのため、ホントは「廃刊」なんだけど、表向きは「休刊」て形をとっておいて、出版社がそのコードをキープしとくってスンポ―なのだ。

それにしても、90年以上もの歴史がある「主婦の友」とか、40年近い歴史がある「ロードショウ」までもが休刊になっちゃうなんて、単に不景気ってだけじゃなくて、やっぱりインターネットの普及による雑誌離れが加速してるんだと思う。特に、ここで注目すべきなのが、「オール株式情報」や「株価四季報」の休刊だろう。ひと昔前は、こうした雑誌は株をやってる人たちの必需品だったのに、今はインターネットでリアルタイムの株価が分かるようになったから、古い情報なんて無用の長物になっちゃったんだと思う。

それから、あたし的には、「猫の手帖」の廃刊にも注目してる。「猫の手帖」は、通称「猫手」って呼ばれてて、猫の雑誌の中じゃ、たぶん一番の老舗で、30年近い歴史があった。あたしも好きな雑誌で、高いからいつもは買えないけど、年末の12月号だけはムリして買ってた。それは、翌年の猫カレンダーがついてたからだ。そんな「猫手」も、今年、休刊に追い込まれちゃった。何よりもビックル一気飲みなのが、この「猫の手帖」って、「猫の手帖社」っていう出版社から出てた雑誌なのだ。つまり、看板雑誌だったってことで、こうした位置づけの雑誌の休刊は、ものすごく大きなことだと思う。そして、今年は、他にも数種類の猫雑誌が廃刊になってる。だけど、逆に、インターネットでは、猫のブログや猫のサイトが大人気だ。ようするに、こうしたペットの世界までもが、紙媒体からインターネットへと利用者が移行したってことになる。

また、昔からの映画ファンは、「ロードショウ」を毎号楽しみにしてて、いろんな記事をジックリと読んだり、自分の好きな女優さんのグラビアを丁寧に切り取って、額に入れて飾ったりしてたんだと思う。だけど、今は、次の発売日まで待たなくても、知りたい映画のタイトルを打ち込んでインターネットで検索すれば、一瞬のうちに読み切れないほどの情報が集まる。好きな女優さんの写真だって、ネット上でいくらでも観ることができるし、気に入ったものは自分のパソコンの壁紙にしたり、プリントアウトして飾ることもできる。さらには、自分の写真を取り込んで、お気に入りの女優さんとの2ショットだって作れちゃう。これなら、雑誌を買う人も減って当然だ。

もともとつまんなくて廃刊になった雑誌も多いだろうけど、何十年も続いて来た歴史ある雑誌の場合には、確実に固定ファンがいたワケだから、それが売れなくなって廃刊に追い込まれたってことは、ユーザーが紙媒体からインターネットへと移行したって考えるのがスジだろう。だから、あたしは、雑誌って媒体は決して無くならないとは思うけど、ものすごくシビアに淘汰されてく時代に突入したんだと思う。インターネットが普及するまでは、単なる「情報の垂れ流し」や「他誌の二番煎じ」みたいな三流雑誌でも、それなりに売れてと思う。だけど、これからの時代は、情報のスピードや量じゃインターネットに敵うワケないんだから、紙媒体じゃなきゃできないことを見つけて行かない限り、簡単に淘汰されてくと思う。

そして、あたしは、雑誌の中で真っ先にインターネット配信に切り替わるのが、マンガ雑誌だと予想してる。音楽が、CDよりもダウンロードのほうが主流になって来たのは、インターネットの普及ってことだけじゃなくて、もっと大きな要因がある。それは、アルバム単位で購入しなくても、1曲ずつバラで買えるってことだ。CDを買うと、聴きたくない曲も含めて買わなきゃなんないけど、ダウンロードなら、1曲いくらのバラ売りだから、1枚のアルバムの中から、自分の欲しい曲だけをピックアップして買うことができる。

これとおんなじで、マンガの週刊誌だって、掲載されてるすべてのマンガを読みたいと思ってる人は少ないだろう。大好きなお目当てのマンガは2~3本で、あとは惰性で読んでるような感じだと思う。だから、マンガの週刊誌もインターネット配信にして、自分の読みたい作品だけを単品で買えるようにすればいいと思う。たとえば、「少年マガジン」なら、今、オフィシャルサイトを見てみたら、260円で、28本のマンガが掲載されてた。だから、丸ごとぜんぶ読みたい人は260円でダウンロードできるようにして、バラの場合は1本10円にすればいい。こうすれば、ぜんぶ読みたい人はバラで買うよりも得するし、読みたい作品が少ない人はバラで買えばムダがない。そして、ケータイにも対応させれば、電車の中で読むことだってできる。

‥‥そんなワケで、あたしの予想だと、まず初めに新聞が消えてインターネット配信へと移行して、次にテレビが消えて、続いて雑誌が淘汰されてくようになり、大かたの雑誌はインターネットへと移行する。そして、テレビや紙媒体が無くなっても、絶対に無くならないのがラジオだと思う。もしかすると、電波の飛ばないFMは消えちゃうかもしれないけど、遠くまで聞こえるAMだけは絶対に残ると思う。それは、ラジオが、インターネットにはない特性を持ってるからだ。

まず、ラジオの場合は、何よりも大きいのが、「車の運転をしながら聴くことができる」ってことだ。どんなにインターネットが発達しても、車の運転中にパソコンの操作はできないだろうし、たとえ操作できるシステムが開発されたとしても、ケータイとおんなじで、運転中の操作は危険だから禁止されるハズだ。だから、車の燃料がガソリンから電気に変わろうとも、水素に変わろうとも、絶対に無くならないのがカーラジオだと思ってる。

その上、ラジオは、今のケータイならほとんどの機種で聴くことができるし、ワンセグでテレビを観るのと違って、電池の減りも格段に低い。さらには、屋外であれば、ケータイが圏外の場所でも、AMラジオなら受信できる場合が多いし、緊急時の情報はインターネットよりも速い。たとえば、地震や津波が起こった場合なんかは、一番速いのがラジオで、続いてテレビ、最後にインターネットだ。こうして考えると、新聞やテレビや雑誌がインターネットに取って代わられたとしても、ラジオだけは固有の特性によって生き残るってことが推測できる。

あたしは、近い将来、新聞や雑誌がインターネットに取り込まれて行くのは、誰にでも簡単に想像できる自然の流れだと思ってる。だけど、テレビが衰退するってのは、普通に考えたらアリエナイザーなことだし、あたしも、今後のテレビ局の方向性によっては、生き残ることも可能だと思ってる。それは、ものすごく単純なことで、ヒトコトで言えば、「視聴者がお金を払ってでも観たいと思えるような質の高い番組を作る」っていう極めて当たり前のことをするだけのことだ。何しろ、今のテレビ番組は、長いテレビの歴史の中で、たぶん最低の水準にまで堕落してるからだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、百歩ゆずれば、バラエティー番組なんかは、別に低俗でも構わないと思ってる。だけど、今のテレビ番組の中で、何よりも最低最悪なのが報道番組だってことが、テレビって媒体が終わってる最大の原因だと思ってる。だって、原発の事故なんて、絶対に報道しないじゃん。昨日の六ヶ所村のプルトニウム工場の異常だって、その前の柏崎刈羽原発の火災だって、その前の女川原発の火災だって、どの局もいっさい報じなかったじゃん。沖縄の基地の問題も、ぜんぜん報道しないじゃん。つい、こないだだって、沖縄の米兵の乗った小型飛行機が民家のすぐそばに墜落して炎上したってのに、どの局もまったく報じなかったじゃん。それもこれも、トヨタの奥田がハッキリと言ってたように、スポンサーが番組の内容に口出しできるからだ。国民を無視して大企業と官僚のためだけに政治をやってる自民党も、視聴者を無視してスポンサーと政府のためだけに番組を作ってるテレビ局も、いつまでも調子に乗ってないで、そろそろ自分たちが国民や視聴者から見捨てられる日のことを心配し始めたほうがいいと思うよ。だって、アメリカじゃ、大差で政権交代が行なわれた上に、あの大手のメディア、トリビューンまでもが破綻しちゃったんだから‥‥なんて警告してみた今日この頃なのだ。


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2008.12.13

メティママ、ありがとう!

今日の午後、お知らせしたけど、Metisちゃんのママ、メティママが亡くなった。


あたしがMetisちゃんのことを「きっこの日記」で最初に取り上げたのは、今年の2月だった。Metisちゃんのことは、もっと前から知ってたけど、あたしにとっては、PUSHIMを始めとして、たくさんいるニポンの女性レゲエシンガーの中の1人として、普通に知ってる程度だった。

でも、今年の2月に、Metisちゃんが、ガンと闘うメティママに捧げる「母賛歌」をリリースして、それを聴いたあたしは、涙が止まらなくなった。あまりにも自分の状況と似てたことで、もうたまらなくなって、涙が止まらなかった。今まで、いろんな歌を聴いて泣いたことはあったけど、これほど本気で号泣したのは初めてだった。それで、あたしは、「きっこの日記」で、この「母賛歌」を紹介させていただいた。

そしたら、ナナナナナント! Metisちゃん本人がその日記を読んでくれて、メールをくれたのだ。その上、イラストが得意なMetisちゃんは、あたしのために大きなイラストを描いてプレゼントしてくれたり、CDを送ってくれたりした。それで、あたしも、書籍版の「きっこの日記」の全3巻を送らせていただいたりした。そして、それからは、あたしがMetisちゃんのことを日記に書くたびに、メティママも読んでくれるようになった。

メティママの病状は、決して良好とは言えない時もあったけど、メジャーデビューしたMetisちゃんの知名度が上がるに従って、不思議なことに、メティママの体もどんどん良くなって行った。そして、メティママにもっと元気になってもらうために、メティママに感謝の気持ちを伝えるために、Metisちゃんは「母賛歌」を作った。そして、メティママは、今年の初旬にはガン細胞も消えて、自宅で生活できるほどまでに良くなってた。

だけど、今年の6月、メティママは心筋梗塞で入院することになり、その時の検査で、ガンが再発して転移してたことが分かった。そして、また、つらい治療が始まった。

でも、メティママは、いつも明るい笑顔で、みんなに元気なピースサインを送ってくれた。10月の頭に一時退院した時も、Metisちゃんの押す車イスに乗って、美容院に行ったりお買い物をして楽しんで、花屋さんの前で笑顔で両手ピースをしてた。10月の中旬に体調が悪くなって再入院した時も、ベッドの上でピースをしてるメティママの写真がブログで紹介された。誰よりもつらいメティママなのに、あたしたちにいっぱい元気を送ってくれてた。

あたしは、11月9日の日記、「CAN YOU CELEBRATE?」で、Metisちゃんやあたしとおんなじに、母ひとり娘ひとりの母子家庭で育った新婦さんが、お母さまへの感謝のお手紙を朗読する場面で、BGMに「母賛歌」を流して、会場中の人が感動して泣いたっていう出来事を書いた。そしたら、MetisちゃんのマネージャーのWATAさんが、そのことを入院中のメティママに伝えてくださって、メティママがとっても喜んでくれたって言われた。そして、その時に、11月25日の日本テレビの「誰も知らない泣ける歌」で、Metisちゃんが「母賛歌」を歌うってことも教えていただいた。

だけど、正直、あたしは、嬉しくなかった。それは、この時、「ファンには心配をかけたくないので秘密にしておいて」っていう前提で、メティママのとても厳しい病状を知らされたからだ。そして、直接みんなの心に歌いかけることを大切にしてて、ふだんはあんまりテレビに出ず、ライブを中心に活動して来たMetisちゃんが、この番組への出演を決めたのも、メティママの病状が急に悪化したためだった。Metisちゃんは、何とか病室のメティママに元気を送ろうと、いつもは苦手なテレビ出演を決めたのだった。

あたしにできることは、この「きっこの日記」を書くことと、お祈りすることだけだった。だから、「きっこの日記」に番組の告知を書いて、皆さんに「メティママにパワーを送って欲しい」って呼びかけた。そして、毎週日曜日の夜に、教会に行って母さんのためのお祈りをしてるんだけど、その時に、メティママのことも一緒にお祈りするようになった。番組は、すごくたくさんの人が観てくれて、放送終了後には、アッと言う間に「母賛歌」が1万ダウンロードされた。スポーツ紙や週刊誌にも取り上げられて、たくさんの人たちがメティママにパワーを送ってくれた。

だけど、メティママは若かったから、ガンの進行が速くて、治療で食い止めることができなかった。Metisちゃんは、みんなに心配をかけないように、いつでも明るく元気にブログを更新してたけど、メティママは意識が戻らない日が続いてた。そして、少しでもメティママに元気を送ろうと思ったMetisちゃんは、病院側にお願いをして、特別に、病院でメティママのためだけのコンサートをさせてもらう許可をいただいた。

12月3日、病院で、メティママだけのためのMetisちゃんのコンサートがひらかれた。そしたら、それまで意識がなかったメティママが、この日だけ意識を戻し、看護婦さんたちと一緒に、Metisちゃんの歌を聴くことができた。それどころか、全国から届いてた応援のお手紙やプレゼントを見て、皆さんに感謝をして、皆さんへのメッセージまで書くことができた。これは、本当に奇跡だと思った。Metisちゃんの愛が、みんなの愛が、メティママに届いたんだと思った。

でも、翌日からまたメティママの意識はなくなり、とても厳しい状況が続くことになった。あたしは、すごく心配だったけど、教会でお祈りすることしかできずにいた。そして、12月10日のMetisちゃんのブログに、ファンの人が届けてくれた北海道のジンギスカンのことが書かれてたんだけど、その中に、「メティママも喜んでおります!食べたそうな感じでした」って書かれてたのを見て、あたしは、ものすごくつらい気持ちになった。意識の戻らないメティママに、ジンギスカンのお肉を見せて、声をかけてるMetisちゃんの姿が浮かんだからだ。

あたしは、何故だか居ても立ってもいられない気持ちになって、7日の日曜日の夜に教会に行ったばかりだったけど、翌日の11日、お仕事が終わってから、また教会へ行った。そして、この日は、母さんのことは後回しにして、メティママのことだけをお祈りした。そしたら、ずっと何かに追われるような焦燥感みたいな気持ちが胸の中に渦巻いてたのに、スーッと落ちつくことができた。

そして、今日の午後、マネージャーのWATAさんから、訃報のメールが届いた。あたしは、お仕事中だったのと、ある程度、状況を知ってたので、気合いで気持ちを切り替えて、最後までお仕事を済ませて、駐車場の車まで戻り、車の中で初めて泣いた。だけど、ひとしきり泣いたら、不思議なことに、悲しみよりも、感謝の気持ちのほうが大きいってことに気づいた。こんなにもたくさん大切なことを教えてくれたメティママには、「ありがとう!」の言葉しか出て来なかった。

それから、車内でノートパソコンをつないで、Metisちゃんのブログを見たら、事務所からの公式リリースと、メティママからの最後のメッセージと、Metisちゃんからのメッセージがアップされてた。それを読んで、あらためて涙が出たけど、やっぱり、それは、悲しみの涙じゃなくて、あたたかい感謝の涙だった。

Metisちゃんも、「涙よりもずっとずっとメティママが誇らしくてしかたがありません」って書いてるけど、ホントにそうだよね。「涙」よりも「誇り」を残してくれた誰よりも強いメティママが、「世界一強い子」だって太鼓判を押したのがMetisちゃんなんだから、そんなMetisちゃんやメティママを大好きなあたしたちが、いつまでも悲しんでるワケには行かないよね。だから、あたしも今は泣きながらキーボードを打ってるけど、泣きたいだけ泣いたら、その次は、メティママみたいに笑顔で両手でピースをしなくちゃね。


最後まで立派に闘い抜いたメティママ、あなたはとても強い人でした。
こんなにも多くの人たちに大切なものを与えてくれて、ホントにありがとう。
心から感謝してます。
そして、Metisちゃんを生んでくれて、ホントにありがとう。

みんなの愛したメティママは、これからも、Metisちゃんの歌の中に生き続けて行くでしょう。


きっこ


「メティママからのメッセージ」
http://ameblo.jp/metis-jp/day-20081212.html


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「母賛歌」

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2008.12.12

お知らせです。

ホントは、こんなお知らせは書きたくない。

だけど、お知らせします。


今朝、Metisちゃんのママが亡くなりました。

Metisちゃんの「母賛歌」を聴いて、一緒にメティママにパワーを送ってくれた皆さん、ホントにありがとうございました。

Metisちゃんのブログに、メティママからのメッセージと、Metisちゃんからのメッセージがあります。

応援してくれた皆さん、ありがとうございました。


大好きなメティママ、ずっとずっと愛してるよ!


「メティママからのメッセージ」
http://ameblo.jp/metis-jp/day-20081212.html

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六ヶ所村、再処理工場で原因不明の異常発生

「六ヶ所村、再処理工場で原因不明の異常発生」(世田谷通信)

使用済み核燃料再処理工場(青森県六ヶ所村)の高レベル放射性廃棄物のガラス固化試験において、ガラス溶融炉をかき混ぜるための金属棒が動作不良を起こしていたが、内部の金属棒をビデオカメラで調査したところ、先端部が90度も曲がっていたことが判明した。また、曲がった先端部が炉内を傷つけた可能性もあり、炉の一部を解体しないと金属棒を抜き取ることも原因を調べることもできないという。昨年11月に始まったガラス固化試験は、これまでに別のトラブルで二度中断し、その後も一部の不具合が解消できないとして、今年11月に予定していた試運転完了時期を来年2月へと延期したばかりだったが、今回の異常でさらなる延期を余儀なくされた。原燃の鈴木和史報道部長は「どうしてこんなに曲がったのか、初めてのことで想定していなかった」と戸惑いながらも「金属棒は一種の補助工具であり、ガラス固化技術そのものに問題はない」とこれまでの主張を繰り返した。しかし六ヶ所村の住民たちで作る「花とハーブの里」の菊川慶子代表は「ガラス固化はできないことが証明された。これは致命的なことで事業は白紙に戻した方がいい」とコメントしている。また核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会共同代表の青森県議、鹿内博氏も「金属棒の操作上の問題ではなく、炉の設計技術が未確立だということだ。再処理工場は商業施設だと言うが、これで実験施設にすぎないということが証明された」とコメントした。一方、監督官庁の経済産業省原子力安全・保安院の原子力事故故障対策室も「原燃の原因分析を待つしかないが、こう何度もトラブルが起きると、どうなんだ、と思う」と事業そのものに対する否定的なコメントを出した。(2008年12月12日)


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平和のための英知

今年のノーベル物理学賞を授賞した小林誠さん、益川敏英さん、ノーベル化学賞を授賞した下村脩さんの3人のニュースが続いてるけど、特に人気が集中してるのが、なんともチャーミングな益川さんだよね。もう、やることなすことサイコーに可愛らしい人で、あたし、大ファンになっちゃった。

2002年にノーベル物理学賞を授賞した小柴昌俊さんも、あたしは大好きだ。小柴さんは、あたしの憧れの超新星爆発のホニャララをホニャララしてニュートリノのホニャララをホニャララして授賞したみたいだけど、高校の時の物理のテストで50点以上とったことのないあたしとしては、最初の「超新星爆発」の部分しか分かんなかった。だけど、あとから、小柴さんが「好きなゲームはファイナルファンタジーです」って言ってるのを聞いて、ステキな人だな~って思った。だって、一般人には理解不能なものすごいことを研究してるのに、あたしでもできるRPGが好きだなんて、それも、ドラクエじゃなくてFFってとこにサラッとマニアックな感じが出てて、あたしはすごく好感を持っちゃった。

でも、今回の益川さんは、小柴さんの比じゃない。小柴さんの場合は、ナンダカンダ言っても、やっぱり「すごく偉い先生」って雰囲気を醸し出してるけど、益川さんの場合は、まるで「お隣りのおっちゃん」て感じで、とても物理の先生とは思えない。なんか、白いランニングシャツとステテコにラクダの腹巻きをして‥‥って、なんかバカボンのパパみたいなスタイルだけど、そんなスタイルが似合いそうで、すごく親近感が湧く。

あたしって、いかにも速そうな流線型のスタイルで実際にも速いスポーツカーよりも、見た目は四角くて遅そうなのに実は速い車が好きだ。いかにも強そうな筋骨隆々な体で実際にも強い男よりも、見た目はキャシャな女の子なのに実は男よりも強いってヒロインが好きだ。だから、これとおんなじで、いかにも立派な博士みたいな人が実際にも立派な博士だったってよりも、見た目はそこらのおっちゃんみたいな人が実はノーベル物理学賞を授賞しちゃうみたいなパターンが大好きなのだ。だけど、こんな「意外性」とか「ギャップ」とかに魅力を感じちゃうあたしでも、「中学生レベルの漢字も読めないバカが総理大臣」ていう意外性だけはカンベンして欲しいと思ってる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、就任からわずか2ヶ月で、庶民の暮らしをメチャクチャにしてくれたフロッピー麻生には、ノーベル賞の反対の「イグノーベル賞」を与えたいと思うけど、底辺の労働者たちの気持ちを少しでも分かってもらうために、あたしたち庶民の味方、オムライス党のみずほたんが、9日、フロッピー麻生に「マンガ蟹工船」をプレゼントしてくれた。小説じゃなくてマンガにしたってとこが、みずほたんの「ちゃんと読んでもらいたい」っていう気持ちの現われだと思う。

で、世界中から笑い者にされてる無知蒙昧で品性下劣で傲岸不遜で我田引水で青息吐息な68才のことは置いといて、正反対に世界中からリスペクトされてる温厚篤実で外柔内剛で円満具足で才気煥発で格物致知な68才のほうの話に戻るけど、あたしが益川さんを好きになったもうひとつの理由が、少年のように純粋で、ものすごくまっすぐな目を持ってる人だって感じたからだ。益川さんは、8日にストックホルム大学で行なわれた授賞記念講演、「ノーベルレクチャー」で、「アイアムソーリー、アイキャンノットスピークイングリッシュ」って切り出して、異例のニポン語での講演を始めた。

フロッピー麻生だったら、「アイアム総理、アイキャンノットリードジャパニーズ」とでも言うべきとこだけど、それはいいとして、本来は自分が授賞した研究に関することだけを話すのが通例の講演で、益川さんは、自分の少年時代の生い立ちから話し始めた。会場に集まった数百人の人たちは、大きな画面に映し出される英語のテロップを読みつつ、益川さんの手振り身振りを入れた名調子に酔いしれた。言葉は分からなくても、益川さんのキャラと英語のテロップのオカゲで、会場中が笑いの渦につつまれ、とても素晴らしい講演だった。

そんな穏やかな講演中、画面のテロップを目で追いながら、会場の誰もが真剣に聴き耳を立てた瞬間があった。それは、益川さんが、少年時代の戦争体験について語った時だった。


「私は家具職人の息子として生まれました。父は小さな家具工場を営んでいましたが、自国が引き起こした悲惨で無謀な戦争で無に還しました」


益川さんは、自分の人生が、戦争によってすべてを失ってしまったゼロの状態からスタートしたこと、そして、その戦争は、「自国が引き起こした悲惨で無謀な戦争」だったってことを世界中の人たちへ伝えてくれたのだ。しばらく前に、頭のおかしいどこかのトンデモ幕僚長が、自国の戦争責任を否定したキチガイ作文を発表して職を追われたばかりだけど、あの自爆行為によって、あたしたちニポン人は、世界中の人たちから非常識な時代遅れのバカ民族だって思われた。

あのキチガイ作文自体は、都市伝説に毛が生えたようなトンデモ本を鵜呑みにしての幼稚な内容だったから、大かたの識者たちは「荒唐無稽」だって相手にもしなかったけど、良識ある一般のニポン国民たちにとっては、あれほど恥ずかしいことはなかった。だから、今回の益川さんのスピーチによって、「ニポン人の多くは戦争責任を感じて恥じているマトモな国民だ」ってことが世界に向けてアピールできて、ホントに良かったと思う。

ちなみに、トンデモ幕僚長のキチガイ作文については、「ジャーナリズム界のしょこたん」こと、江川紹子さんが、11月26日付の「田母神発言・その単純明快さが危ない」と、12月2日付の「歴史と愛国心について考える~田母神氏の記者会見に行って」で書き尽くしてるので、あたしは今さら触れる気はない。何よりも、実際に記者会見に行き、本人に直接質問をした紹子さんの分析が、すべてのトンデモ自論を完璧に叩き潰してるから、もう何も言うことはない。ま、紹子さんの次の言葉を読めば、こんなクルクルパーに構ってるのは時間のムダだってことがよく分かるだろう。


「威勢ばかりはいいが、思考の浅薄さ、視野の狭さ、あまりの単細胞ぶりに、この程度の人物がいざ有事となったら実際の作戦を統括する制服組のトップにいたのか……と愕然とした。」


‥‥そんなワケで、「反省だけならサルでもできる」とか、「ブタもおだてりゃ木に登る」とかって言うけど、自国の戦争を反省することもできないのなら「サル以下」なんだし、一部のバカどもにおだてられて調子に乗ってるとこなんて「ブタ以下」なんだから、こんなヤツ、みんなで無視してりゃいいだろう。そんなことよりも、あたしとしては、講演を終えて盛大な拍手の中、檀上から降りて来た益川さんが、ニポンの記者に話したことが胸に響いた。


「戦争は二度としてはいけないとの思いで話しました。空襲で私の家の周囲はすべて焼けました。家にも落ちましたが、たまたま不発弾でした。爆弾が落ちた瞬間と、母親にリヤカーに乗せられ避難したことが、頭の中に写真のような映像で残っているんです」


そして、戦争について触れたのは、益川さんだけじゃなかった。ノーベル化学賞を授賞した下村脩さんも、講演の冒頭で、原爆で廃墟となった長崎の写真をスクリーンに映して、自分の16才の時の原爆体験を話した。会場中の人たちが、スクリーンに映し出された地獄絵図を食い入るように見つめ、下村さんの話に真剣に聴き入った。


「原爆が落ちた時、私は16才で、長崎市街から15キロ離れた工場で働いていました。閃光と爆風を感じましたが、運良く生き延びることができました」


下村さんの原爆体験の話は、当時、まだ生まれていなかった人たち、極東の島国の歴史などあまり知らなかった人たちにとっては、とても衝撃的だっただろう。戦争と関係ない研究でノーベル賞を授賞した益川さんや下村さんが、どうして戦争の体験を話したのかっていうと、それはきっと、人類の英知であるハズの科学や文明でも、使い方を誤ると取り返しのつかないことになってしまう、ということを伝えたかったんだと思う。そして、この思いは、益川さんの次のコメントに言い尽くされてると思う。


「ノーベル賞創設のテーマは『平和』です。私は『平和』のために人類の英知が世界の隅々まで到達するような社会になってほしいと思っています」


なんて素晴らしいおっちゃんなんだろう! だから、あたしは、益川さんの大ファンになった。例のトンデモ幕僚長は、原爆については「日本も核兵器を持っていたらやり返していた」と言って核武装論を唱え、特攻隊については「当時の隊員たちの中から『行く』という声が盛り上がって押さえることができなかった」と言って、軍の強制を否定した上に戦争を美化することに必死だけど、益川さんの美しい平和の心と比べると、あまりにも醜くてとても直視することができない。江川紹子さんが、「威勢ばかりはいいが、思考の浅薄さ、視野の狭さ、あまりの単細胞ぶりに~」と言い放ったのも大いにうなづける。

‥‥そんなワケで、ここで、実際に戦争に行かされて生死の境をさまよって来た「国の被害者」がどう思ってるのか、「戦争を語りつぐ60年目の証言」のブログでも取り上げられてる、94才の人の新聞投稿をご紹介しよう。


「侵略を知らぬ空幕長の空論」  無職 本多立太郎 94才 (和歌山県)

元兵士である。1939年、25歳で応召。2度の中国出征とシベリア抑留を経て47年に帰国した。中国戦線では無数の友を失い、シベリアの凍土には多くの友が眠る。
戦争は、もう二度とあってはならぬ。どんな理由があろうと、人の命は地球より重い。しかし、戦後63年。戦場を体験した人間が少なくなり、戦争の記憶が我々から失われている。それに呼応するように、戦争を肯定し命を散らすことを美学とたたえるかつての風潮が際立つ。恐ろしいことだ。
「我が国が侵略国家だったというのはぬれぎぬ」。そう主張する論文を、航空自衛隊のトップが書き、民間企業主催の懸賞論文に応募していたという。自衛隊そのものが再び軍隊と化している証しではないか。
我々は中国で、言うに言われぬ体験をした。村をあらし、村人を手にかけた。あの戦争は、まさしく「侵略」だった。日本の占領が「圧制からの解放」などとは、きれいごとに過ぎない。中国人民を苦しめた我々の痛みが空幕長にわかるのか。頭の中だけで、戦争を語るのはやめて頂きたい。


‥‥次は、この投稿を読んだ中学生からの投稿だ。


「戦争語り継ぐ大切さ知った」 中学生 和田紗容子 15才 (宮城県仙台市)

「侵略を知らぬ空幕長の空論」(3日)を読んだ。元兵士の方の言葉は一つ一つに重みが感じられ、空幕長論文を新聞で読んだ時に感じた疑問に答えをもらった思いだ。歴史の教科書では日中戦争の発端から日本の敗戦まで数ページにまとめられている。しかし、この戦争で多くの命が失われ、残虐なことも行われた。私は戦争についてもっと多くのことを知りたいと思っている。いつの日か日本中に一人も戦争を体験した人がいなくなる日が来てまた同じ過ちが起こるかも知れない。平和を守り抜いていくには私たちが伝えてもらった戦争の恐ろしさをしっかり受け止め、次の世代に伝えていかなければならない。日本の戦争は侵略で、戦争は二度とあってはならず、人の命は地球よりも重い……。


‥‥最後に、この2人の投稿を読んでの、「戦争を語りつぐ60年目の証言」の管理人さんのコメントを紹介する。


「94歳の方の言葉は、空幕長論文で中国の方々にすまないと思っていた私の気持ちを少し和らげてくれ、戦争を語り継ぐ大切さを改めて知らせてくれた。」


‥‥そんなワケで、誰しもが言う通り、人間は過ちを犯すものだし、完璧な人間などいない。だけど、あたしたち人間には、学習能力ってものがある。戦争という人類最大の過ちを犯したのだから、それを深く反省し、2度と繰り返さないように努力するのが学習能力であり、何よりもそれが「国を愛する」ということだ。自国の戦争の歴史を精査して、真実と真摯に向き合い、それを反省して後世の平和へとつなげて行くことが、どうして「自虐」とか「反日」とか言われなきゃならないんだろう? そして、歴史的事実を無視して、トンデモ本の内容を鵜呑みにして、自国に都合のいいデタラメな教科書を作って子供たちを洗脳教育し、武力を拡大して他国を威圧することが、どうして「愛国」なんだろう?あたしの感覚だと、まるで正反対なんじゃないかと思う。だって、アルフレッド・ノーベルは、決して人を殺すための道具としてダイナマイトを発明したワケじゃないからだ‥‥って思う今日この頃なのだ。


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2008.12.11

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八文三分の定め

あたしは美女が大好きだけど、美意識は人それぞれな上に、時代によっても流行がある。すごく分かりやすいのが、平安時代と現代との違いだ。平安時代に美女とされてたのは、下ぶくれ、細い一重の目、低くて小さな鼻、薄いクチビルっていう能面みたいな顔だった。俗に「平安顔」って呼ばれてる顔立ちで、大きな目、高い鼻、ぽっちゃりしたクチビルが好まれる現代とは正反対の美意識だった。

だけど、この時代の女性の美しさのポイントは、ハッキリ言って、顔よりも髪だった。黒くて長くてサラサラの髪が女性の美しさの第一条件だったから、極端なことを言えば、どんなに顔が美しくても、赤っぽい髪だったり天然パーマだったりする女性は誰からも見向きもされず、逆に、顔はブサイクでも、ツヤツヤでサラサラの黒髪の女性なら、それだけでワリとモテモテだったのだ。

Ys6そして、それから1000年が過ぎた現代のニポンでは、ご存知の通り、大きな目の西洋風な顔立ちが美女の基準になった。もちろん、これは、世の中の流行がってことで、あたしの基準は違う。あたしが現代女性の中で一番の美女だと思ってるのは、去年、若くして亡くなった山口小夜子さんだ。あれほど美しい女性をあたしは他に知らない。で、あたしが好きな目の形は、山口小夜子さん、中森明菜ちゃん、「サクラ大戦」の神崎すみれちゃんに共通する「孤高の強さを持った冷たい目」だ。もう、想像しただけでゾクゾクしちゃう。

形としては、「ヤッターマン」のドロンジョ様も近いんだけど、とにかく、あたしは、今どきのヒジキの煮物みたいなマツゲで囲んだタヌキみたいな目にはまったく美しさを感じない。あくまでも、冷たくて、ひと睨みされただけで体が石化しちゃうような、オリエンタルな目に美しさを感じる。だから、自分のメークでも、マツゲは上げ過ぎないようにして、アイラインに最大の比重を置き、アイシャドウはあくまでもアイラインのフォローとしての役割でしか使ってない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、平安時代には細い目が美女の条件だったのに、いつのころから大きな目のほうが美女だとされるようになって来たのかっていうと、これが意外と古いのだ。それは、あたしの大好きな井原西鶴の「好色一代女」の中に、こんな一節があることからも分かる。


「当世顔はすこしく丸く、色は薄花桜にして、面道具(めんどうぐ)の四つ不足なく揃へて、目は細きを好まず、眉厚く、鼻の間せはしからずして次第に高く、口小さく、歯なみあらあらとして白く、耳長みあつて縁浅く、身を離れて根まで見えすき、額ぎはわざとならず自然に生えとまり、首筋たちのびて、後れなしの後髪、手の指はたよわく、長みあつて爪薄く、足は八文三分の定め、親指反つて裏すきて、胸間常の人より長く、腰しまりて肉置(ししおき)たくましからず、尻はゆたかに、物ごし衣装つきよく、姿に位そなはりて心立おとなしく、女に定まりし芸すぐれて万(よろず)に賤(いや)しからず、身に黒子(ほくろ)ひとつもなきをのぞみとあらば~」


これは、「好色一代女」の巻の一の「国主の艶妾」で、お殿様のためにセックス用の女性を探してた老人が、「この条件に合う女性を探してる」ってことの人相書きに書かれてる文章だ。つまり、これが、この時代の美女の条件てワケで、現代語に訳さなくても、ナニゲに雰囲気は分かると思う。で、これを見れば分かるように、この「好色一代女」が書かれた貞享3年(1686年)の美女の目は、「目は細きを好まず」、つまり、平安以降の「細い一重で切れ長の目」とは違うってことだ。

他にも、「眉厚く」ってのは、シッカリと生えた濃い眉ってことだし、「鼻の間せはしからずして次第に高く」ってのは「自然のカーブで高くなって行く鼻」ってことだし、平安時代とはずいぶん変化して来た。また、平安時代の美人画を見ると、どれも首が短めで、ワリとずんぐりとした体型のものが多いけど、この文章だと、「首筋たちのびて」とか「胸間常の人より長く」とかって、現代的なスラッとした体型に変化しつつあることが分かる。

だから、近代になって、西洋文化が入って来て、それで西洋風の顔立ちやスタイルの女性が美女の基準になったってことじゃなくて、300年以上も前から、ジョジョに奇妙に美女の基準が変化して来たところに、追い打ちをかけるように西洋文化が入って来た‥‥ってことなのかもしれない。

‥‥そんなワケで、この西鶴が掲げた320年前の美女の条件の中で、あたしが一番気になったのが、「足は八文三分の定め」って部分だ。他の項目は、すべて「理想」として書かれてるのに、この足のサイズだけは、「定め」って書かれてるからだ。つまり、他の項目がぜんぶ合格だったとしても、足が八文三分よりも大きかったら、もうその女性は美女じゃないってことになっちゃう。やっぱり、この時代までは、中国から入って来た文化が大きな影響力を持ってたから、女性は子供のころから足を布で巻いたり木靴を履かせてたりして、足が大きくならないようにする「纏足(てんそく)」っていう中国の風習が影響してたんだろうか?

それにしても、八文三分って、約20cmだ。今で言うと、小学2年生くらいのサイズだから、あまりにもちっちゃすぎる‥‥って思ったそこの奥さん、そんなこたーない。この時代は、男も女もみんなちっちゃかったからだ。今から300年前の江戸時代は、成人男性の平均身長が155cm、成人女性の平均身長が143cmだった。ちなみに、これは、縄文時代からほとんど変化してない。つまり、あたしたちが今の平均身長になったのは、明治、大正、昭和で急激に伸びたもので、それ以前はずっとプチサイズだったのだ。

だから、歴史に名を残してる将軍たちだって、みんなプチサイズだった。徳川家康は当時の平均の157cmで、背が高いって言われてた織田信長でも165cm、背が低かった豊臣秀吉なんて140cmしかなかった。でも、こんなのはまだいいほうで、「お犬様」でオナジミの徳川綱吉なんて、124cmしかなかったって説もある。サスガに、これは、当時でも異常な低さで、低身長症だったんじゃないかって言われてる。

これは、大樹寺に納められてる江戸幕府の歴代将軍の位牌が、それぞれの将軍の身長と同じに作られてるって説から言われてることで、複数の位牌と実際の遺骨とを照らし合わせてみても、その誤差は最大で4cmしかなかったそうだ。だから、この説が正しかったとすると、124cmしかない一番低い位牌の綱吉の身長は、高くても130cm以下だったことになる。もちろん、これは、あくまでもひとつの説であって、絶対ってことじゃない。

ま、徳川家の歴代の将軍の中でも、「生類憐みの令」だの「マザコン」だのっていろいろと話題を提供してくれるのが、この5代将軍の綱吉ってワケで、何よりもトンチンカンだったのが、自分の子供の「鶴姫」を溺愛するあまり、江戸の市民に「鶴」の文字を使うことを禁止した「鶴字法度の令」だ。突然、こんな法律を作られちゃったんだから、江戸の人たちはプチパニックだ。自分の名前や子供の名前に「鶴」の字を使ってた人たちは、みんな焦ってソッコーで改名だ。昨日まで「お鶴ちゃん」だった娘さんが、今日からは「お亀ちゃん」になっちゃった。もっと困ったのが、屋号に「鶴」の字を使ってた商人たちだ。看板やノレンを作り直したり、台帳やハッピも作り直したりってのも大変な手間だけど、何よりも大変だったのが、お得意さんたちに屋号の変更を通達して回らなきゃならなかったことだ。

そんな被害者の中の1人が、さっき、江戸時代の美女の条件を紹介した井原西鶴だ。だって、ミゴトに「鶴」の字を使っちゃってたもんね。だから、西鶴は、仕方なく「西鵬(さいほう)」ってペンネームに変更したってワケだ。だから、この迷惑千万な綱吉が今生きてたら、鶴光や鶴瓶を始めとした笑福亭一門の人たちから、片岡鶴太郎や鶴田真由に至るまで、全員そろって改名しなきゃならなかったってワケだ。こんなことなら、江戸城に住んでた「鶴姫」よりも、ハゲマス城に住んでた「つる姫」のほうが、遥かにマシじゃ~!って思っちゃう。

‥‥そんなワケで、話はクルリンパと戻り、江戸時代の身長のことだけど、このころには「身の丈が6尺の大男」なんて言い回しがあった。6尺は180cmちょいだから、現代だと「ちょっと背が高い」って程度で、決して「大男」って感じじゃない。だけど、成人男性の平均身長が155cmで、165cmの織田信長が「背が高い」って言われてた時代なんだから、そんな状況で180cmを超えてたら、ちょっとしたガリバー気分だろう。だから、当時の「身の丈が6尺の大男」ってのは、現代で言えば、2mを超えてる感じなんだと思う。

つーか、あたしの身長は161.5cmだから、もしもあたしが江戸時代にタイムスリップしたら、間違いなく「大女」になっちゃうよね。成人女性の平均身長が143cmなんだから、周りの女性たちはみんな子供みたいなもんだし、男性だってほとんどがあたしよりも小さいってことになる。つまり、あたしたちは、テレビの時代劇とかを観て、なんとなく江戸時代の人々の生活とかを想像してたけど、実際の江戸時代ってのは、今の小学生くらいの身長の人たちで構成されてたってことになる。だから、事実に忠実な「リアル時代劇」を制作するとしたら、女性は140cm前後、男性は160cm以下の小さな人ばかりを集めて撮影しないとなんない。

でも、それはそれで、それなりに馴染む感じもする。だって、所詮は庶民だからだ。江戸の城下町の商店の番頭さんとか、下町の長屋のおかみさんとかなら、身長が今よりも低くても、「ま、そんなもんか」ってふうに納得できる気がする。だけど、これが、「剣豪」って呼ばれたお侍さんだったり、ましてや将軍とかになってくると、あまりにもイメージがダッフンしちゃう。身長が152cmの剣豪とか、身長が147cmの大将軍とかって、どうもイメージが湧かない。なんか、コントみたいに思えてきちゃう。

Pn1だけど、現実には、そうだったんだよね。たとえば、戦国時代の騎馬戦にしても、映画なんかで観ると、現代の馬に現代の俳優が乗って演じてるから、ものすごく迫力がある。でも、実際の戦国時代の騎馬戦は、マザー牧場で子供たちを乗せてるみたいなポニーに、身長155cmくらいの人たちが乗って、それで戦ってたんだよね。これは、当時の戦場跡から発掘された馬の骨からも証明されてるけど、当時のニポンには、ニポン在来馬しかいなかったから、あたしたちが「馬」って聞いて想像する現代のサラブレッドとかよりも、ずっとちっちゃかった。サラブレッドの場合は、肩までの高さが160~170cmくらいあるんだけど、当時の馬は、肩までの高さが140~150cmで、全体的な大きさとしては、今の馬よりも2まわりくらいちっちゃい感じだった。

もちろん、現代人がポニーに乗って戦ったらギャグになっちゃうけど、馬も人もおんなじくらいの比率でちっちゃかったんだから、全体的なバランスとしてはおかしくなかったんだと思う。だけど、人と馬との比率はおかしくなくても、いかにも速そうなサラブレッドの体型と比べて、首も足も太くて短いポニーだと、見た目、ナニゲに違和感がありそうな気もする。だから、映画とかで迫力のある戦国時代の騎馬戦を観てるあたしたちが、馬も人もちっちゃかった実際の戦いを見たら、あまりのイメージの違いに、ある意味、ヒザカックンを食らっちゃうかもしれない。

‥‥そんなワケで、こうしたことを踏まえると‥‥って、踏まえようもないかもしれないけど、当時の美女の条件の中に「足は八文三分の定め」ってのが含まれてても、まあ納得できる。だって、女性の平均身長が143cmなら、足のサイズだってそれに合わせて小さくなるワケで、20cmでもおかしくない。ただ、あたしがイメージしてた「源氏物語」の愛欲にまみれた世界も、「大奥」の静かに燃え上がる世界も、「吉原」の妖艶な世界も、すべては小学生みたいな身長の女性たちが繰り広げてたのかと思うと、なんだか学芸会みたいに思えてきちゃう。「戦国時代」から「吉原」に至るまで、映画の世界のほうがリアリティーがあって、現実の世界のほうは学芸会みたいだったなんて、なんだかとっても複雑な気分の今日この頃なのだ。


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2008.12.10

麻生首相がまた問題発言

「麻生首相がまた問題発言」(世田谷通信)

麻生太郎首相は、自身で開設しているインターネット動画マガジン「太郎ちゃんねる」の第10回(12月4日配信)において、「1941年12月に第二次世界大戦が真珠湾攻撃で始まるんです」と発言した。第二次世界大戦は、中学校の歴史の授業で教えている通り、1939年9月1日にナチスドイツがポーランドを侵攻し、これを受けてポーランドと相互援助条約を結んでいたイギリスとフランスが、9月3日、ドイツに宣戦布告して勃発したものであり、これは全世界共通の常識である。日本の過去の戦争史観については、田母神俊雄前航空幕僚長が間違った歴史認識による非常識な自論を展開し、全国から批難を浴びて事実上の更迭をされたばかりだが、麻生首相の今回の発言は、首相という立場を踏まえると、田母神氏以上の問題発言といえる。麻生首相は、過去にも「日本は一国家、一文明、一言語、一文化、一民族」という自国の歴史を無視した問題発言をしているが、第二次世界大戦の開戦時期や理由も知らなかった上に、日本の真珠湾攻撃を開戦理由だとする認識は、今後、他方面に波紋を広げるであろう。(2008年12月10日)


※問題発言の動画
http://jp.youtube.com/watch?v=SmHrOJg81x8


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フィレオフィッシュがナマズになる日

テレビや新聞では、マグロの漁獲制限のニュースがハンザツに‥‥じゃなくて、ヒンパンに報じられてるけど、ちっぽけなサクが1000円も2000円もするようなマグロなんか、庶民にとっては最初から手も足も出ないシロモノだ。赤身なのにシロモノってのもギャグみたいな話だけど、マグロが漁獲制限されて、1000円のサクが2000円になろうが、2000円のサクが5000円になろうが、あたしたち庶民には関係ない。つーか、あたしがずっと前から訴え続けてるように、マグロの多くは、人体に危険な量を遥かに超えた大量のメチル水銀を含んでて、ニポン以外の多くの国では「食べたら極めて危険な魚」として規制されてる。

何度も書いて来たことを繰り返すのはメンドクサイから、詳しいことは今年の1月25日の日記、「お寿司屋さんからマグロが消える日」を読んでもらうとして、ここではサラッとだけ触れるけど、世界で流通してる食用魚には、その身に含有してるメチル水銀の量に対する「国際安全基準値」ってもんが決まってる。そして、すべてのお魚の中で、もっともメチル水銀の含有量が多いのがマグロで、その中でも多いのが最高級のクロマグロなのだ。

これは、食物連鎖によってメチル水銀の量が蓄積されてくから、大きなお魚になればなるほど増えるワケで、イギリスでは5年も前に、政府が国民に「マグロは危険なので、大人は週に1回しか食べてはいけない。16才以下の子供は絶対に食べてはいけない」って広報してる。でも、イギリスなんてユルユルなほうで、カナダ、アイルランド、オーストラリアでは、大人も子供もすべての国民に「マグロは危険なので絶対に食べるな」って広報してるのだ。これは、もちろん、マグロの身に含まれてるメチル水銀の量が、「国際安全基準値」を大幅に超えてるからだけど、水産業界とベッタリ癒着してるニポンの政府は、この「国際安全基準値」を完全に無視して、検査すらせずに、危険極まりないマグロを当り前のようにノーチェックで全国に流通させてる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、これほど危険な食品が、日常的に全国に流通してるだけでもシャレにならないのに、こんなものが高級品として高値で取り引きされてるなんて、ミゾウユウの食の危機‥‥じゃなくて、ミゾウの食の危機だと思う。何しろ、「マグロを原料にしたキャットフードばかりを与えてた猫が、水俣病に似た神経障害を起こして歩けなくなって、検査をしたら体内から基準値を大幅に超えたメチル水銀が検出された」ってこととか、「妊娠中の女性、赤ちゃんに授乳中の女性は、マグロを食べないように」ってこととかも、厚生労働省はコッソリと発表してるんだよ。

他の国は、新聞やテレビで大々的に発表して、国民にマグロを食べないように積極的に呼びかけてるのに、ニポンでは、厚生労働省のホームページの奥の奥の誰も見ないようなとこにちっちゃく書いてるだけなんだから、サスガ、政官業の癒着国家は「国民よりも企業」って構図がズバババーンと分かりやすいよね。ま、危険な上に値段が高くて、庶民には手も足も出ないマグロなんかよりも、あたし的には、身近な白身魚のフライのほうが心配だ。だって、11月の終わりころに、のり弁のオカズの定番の「白身フライ」の原料、スケトウダラが、欧米の需要増や漁獲制限で値段が跳ね上がってるからって、水産大手の「マルハニチロ」が、スケトウダラの代替魚として、ベトナム産の淡水魚「バサ」の輸入を大幅に拡大したって報道があったからだ。

Basa1この「バサ」ってお魚は、霞ヶ浦に大量発生してるチャネルキャットフィッシュをさらに巨大にしたみたいな感じの大型ナマズで、大きなものは体長1.5メートル、体重250キロにも成長する。ベトナムのメコン川にいるお魚で、養殖もされてる。「頭脳警察」のパンタさんに言わせれば、メコンデルタにいるのはカッパだけなんだけど、実際には、カッパよりも巨大なナマズがいたってワケだ。

そんな「バサ」だけど、天下の「マルハニチロ」でも、サスガに250キロもある巨大なナマズをそのまま輸入するワケはなく、現地の工場でおんなじ形の切り身に加工して、それを冷凍にしてから輸入してる。だから、あたしたちは、どこかで買ったお弁当とか、どこかのファミレスとかで、子供たちは学校の給食とかで、ナマズとは知らずに「白身フライ」として食べてるワケだ。ちなみに、オトトシの2006年から「バサ」の輸入を始めた「マルハニチロ」では、去年の2007年には約240トンの輸入だったけど、最近のスケトウダラの不足を見込んで、来年は3.5倍の約850トンをドバッと輸入するそうだ。

だから、今年まではタラの身を使ってたコンビニの「白身フライのサンドイッチ」が、まったくおんなじ外見と値段で、来年からはコッソリと「バサ」に変わってるって可能性がヒジョーに高い。でも、あたしたちがシシャモだと思って食べてるお魚だって、全国に流通してる9割以上が「カペリン」なんだし、ずっと国産だと思って食べてたウナギのほとんどが「魚秀」が偽装した中国産だったんだし、そんなのに比べたら、まったく問題はない。だって、「スケトウダラのフライ」って言って「バサ」を売ったら詐欺だけど、最初から「白身魚のフライ」って言ってるんだから、「バサ」だろうが「ブルーギル」だろうが「ヘラブナ」だろうが、身の色さえ白きゃ何でもいいワケだ。

‥‥そんなワケで、ロクに調べもしないでテキトーなことを報道するのが十八番のニポンのマスコミは、スケトウダラの価格高騰の原因を「欧米の需要増や漁獲制限」て言ってたけど、それは根本的な原因じゃない。常に科学的な見地から社会問題と向き合ってる知性の青き泉、キュアキッコとしては、ちゃんと「サイエンス誌」の重要なレポートをチェキしてたってワケで、それは、11月25日付で発表された「No Recovery for Atlantic Cod Population (大西洋のタラの数は回復不能)」ってレポートだ。

全文を訳してたら長くなっちゃうので、ヨウサイを知りたい人は‥‥じゃなくて、ショウサイを知りたい人は原文を読んでもらうとして、あたしはサクッと要点だけ書くけど、大西洋のタラの個体数は激減してて、20年以内に絶滅しちゃうっていうレポートだ。「絶滅」って言うと、その種がすべていなくなることだから、ちょっとニュアンスが違くなっちゃうけど、少なくとも大西洋のタラがゼロになるってことは、他の地域のタラも似たような運命をたどるんだと思う。

で、この報告は、最新の調査と研究で判明したこととして書かれてて、カナダのダルハウジー大学の漁業生物学者、ジェフリー・ハッチングス博士は、「これは私が今までに海の魚の個体数について聞いた報告の中で最もショッキングなものだ」って言ってる。カナダでのタラ漁は、ものすごく大きな事業として成り立ってたんだけど、1900年代後半の50年間、乱獲を続けたことによって、1990年には崩壊したそうだ。それで、それから何年か禁漁になって、ようやく個体数が回復して来たから、また漁が始まったんだけど、実は思ったほど回復してなくて、10年以上も不漁の時期が続いてるそうだ。そして、海洋生物学者のダグラス・スワイン博士とジスライン・シュイナード博士が、カナダのガルフ諸島の漁場を調査したところ、「このまま漁を続けてると20年以内にタラは絶滅する」って結論に達したってことだ。

Cod1「このまま漁を続けてると20年以内にタラは絶滅する」なんて言われタラ‥‥って、シャレてる場合じゃないけど、漁を続けてれば絶滅するってのは、あたしのオツムでも理解できる。でも、あたしのオツムじゃ理解できない上に、あまりにも恐ろしいのが、「今すぐに完全に禁漁にしたとしても、あと38年でタラは絶滅する」って言ってるのだ。スワイン博士とシュイナード博士によると、人間による漁とは別に、成長した大人のタラが、近年、すごく高い確率で死に続けてるそうで、その原因はまだ分からないそうだ。

まあ、「原因は分からない」って言っても、どうせ海洋汚染とか地球温暖化とかが原因に決まってて、その海洋汚染とか地球温暖化とかの原因は「人間」なんだから、漁を続けるにしてもやめるにしても、どっちにしろ、あたしたち人間がタラを絶滅させちゃうってことになる。つまり、「ザ・手遅れ」ってことで、今さらだけど、恐るべし!人類という地球の病原菌!‥‥ってワケだ。

‥‥そんなワケで、念のために書いとくけど、「どうせ海洋汚染とか地球温暖化とかが原因に決まってる」ってのは、あくまでも、あたしの個人的な意見で、スワイン博士は、「原因は分からない」としながらも、「もしかしたらアザラシによる捕食がタラの減少の原因かもしれない」って仮説を立ててる。ま、タラの立場になってみれば、人間に巨大な網で一網打尽にされて、氷漬けにされて、タイのサムットプラカーン県に送られて、そこの工場で白身のフィレだけのフィッシュブロックにされて、コンテナに乗せられて、千葉県の船橋市に運ばれて、そこのデルマール株式会社の工場で「フィッシュポーション」に加工されて、それがニポン全国のマクドナルドに送られて、カラッと揚げられて、パンに乗せられて、タルタルソースをかけられて、フィレオフィッシュになって、あたしたち人間に食べられるのも、海の中を泳いでるとこをアザラシにパクッと食べられるのも、どっちだっておんなじことだろう。

だけど、ひとつだけ言えることは、自然界の生き物は、人間ほどバカじゃないってことだ。他のすべての生き物がそうであるように、アザラシにしたって、自分たちの大切な食糧であるタラを絶滅させるほど食べ尽くすハズがない。人間以外のすべての生き物は、食べ物の絶対量や環境に合わせて子孫の数を調節して、減り過ぎたり増え過ぎたりしないようにしてるんだから、アザラシにしても、このままタラを食べ続けてたらヤバイってことくらい本能で理解して、自然と自分たちの個体数を調節するハズだ。

だから、きっとすごく偉いんであろうスワイン博士には申し訳ないけど、お茶の水博士と水道橋博士をリスペクトしてるあたし的には、「アザラシが原因でタラが絶滅することはアリエナイザー」だと言っておきたい。ついでに、「ハブラシが原因で虫歯菌が絶滅することはアリエール」だとも言っておくし、「バラマキが原因で自民党が絶滅することはアリエール」だとも言っておこう。とにかく、いろんな博士が登場したけど、最初に出て来たハッチングス博士は、今回の調査報告を受けて、こんなふうにマトメてる。


「これまで多くの生物学者が『漁師が漁をやめればその魚の個体数は増える』という仮説をまるで伝統のように口にして来たが、今回の最新のタラの調査報告は、この仮説が間違っていたということを私たちに気づかせてくれる良い例になったと思う」


‥‥そんなワケで、コンビニ弁当の白身フライがタラから巨大ナマズに変わろうとも、ファミレスの白身フライがタラから巨大ナマズに変わろうとも、カタクナにタラの身を使い続けてるマクドナルドのフィレオフィッシュだけど、このまま行くと、あと20年で、原料のタラが絶滅しちゃうワケだ。そうなれば、もう、葛城ミサトのように、なりふりかまってられなくなって、マクドナルドだって、巨大ナマズの「バサ」を使うしかなくなっちゃう。どんなに素晴らしい企業理念を持ってたとしても、絶滅した原料を使うことはできないからだ。でも、そうなれば、「北米→タイ→ニポン」っていう、激しくフードマイレージが掛かりまくってる現在の原料ルートが、「ベトナム→ニポン」にグッと短縮されるワケで、運搬によって発生するCO2は大幅に削減されるワケだから、今のフィレオフィッシュより多少バサバサした食感になったとしても、それは「バサ」ってことで、地球のためにガマンして欲しいと思う今日この頃なのだ。


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2008.12.09

ニキビのできない生活

今まで何度も書いて来たように、あたしは、毎日たくさんのメールが届くので、目を通すだけでも精一杯で、とても1人1人に個別にお返事をすることはできない。だから、日記に対する感想や意見ならいいんだけど、何かを質問されても、それに答えることができない。ムリすれば、何人かの人には返信できるけど、Aさんの質問にはお返事してBさんの質問にはお返事しない‥‥っていうワケには行かないので、せっかくメールをくださる人には申し訳ないんだけど、あたしは、基本的には誰にもお返事をしないようにしてる。

だけど、それじゃあまりにも一方通行なので、10月の頭に質問を募集して、10月6日から3日連続で「きっこに質問コーナー」を開催して、できるだけ多くの人たちの質問に答えたりもした。それでも、いただいたメールの質問すべてには答えられなかったけど、その時に届いた質問の半数以上が、過去の日記を読めば分かることだった。

たとえば、あたしは、何度も地元のニコタマについて書いて来てるのに、「きっこさんはどこにお住いなのですか?」って質問が来たり、何度も「高卒のヘアメーク」だってことを書いて来てるのに、「きっこさんはどこの大学を出たのですか?」って質問が来たり、食べ物に関しても何度も書いて来てるのに、「きっこさんはベジタリアンなのですか?」って質問が来たりした。中には、あたしの公開プロフィールを読めば分かることを質問して来る人もいた。だから、あたしは、あたしに質問をして来る人の多くが、ほとんど過去ログを読んでないんだってことを知った。

それでも、あたしに興味を持ってくれて、わざわざ質問のメールを送ってくれるんだから、それはそれでアリガタイザーなことだって思わなきゃならないんだろうけど、「きっこさんは犬と猫はどっちが好きですか?」みたいに、あまりにも「今さら」ってことを質問されちゃうと、あたし的にはヒザカックンをされちゃったみたいな気分になって来る今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、こないだの「きっこに質問コーナー」みたいな特別の時じゃないと、個別の質問には答えられない状況なんだけど、ものすごく不思議なことに、ここ2~3週間くらいの間に、別々の人から、おんなじ内容の質問のメールが3通も届いたのだ。それが、あたしの書いた日記に関する質問なら分かる。たとえば、あたしがF1についての日記を書いたあとに、「ホンダがF1から撤退したら、きっこさんの好きなバリチェロはどうなっちゃうんでしょうか?」ってメールが来るんなら分かる。それに、こうしたメールなら、3通どころか、もっとたくさん届く。でも、今回、あたしが気になってる質問は、日記の内容とはまったく関係ないものだから、たった3通でも気になってるのだ。で、どんな質問なのかって言うと、これだ。


お名前:OM
コメント:きっこさん初めまして。いつも楽しく日記を拝見しています。私はきっこさんと同じく猫が大好きで、今まで2匹の猫を飼っていたのですが、庭でご飯をあげていた外猫のうちの1匹が、この秋から家の子になりました。それで我が家の猫は3匹になったのですが、家で飼うようになって気付いたのですが、その子の口の下(あごの部分)に黒いぶつぶつがあるのです。黒くて1ミリくらいの砂のようなぶつぶつが毛の奥の皮膚にいくつも付いていて、はじめは砂か何かが付いているのかと思って、濡らしたタオルで擦ったり、爪で取ったりしたのですが、どうも痛いようで嫌がるのです。そして、きれいにしても、また数日するとぽつぽつと出てくるのです。ちなみに元から飼っている2匹にはありません。これは外猫だったから皮膚病か何かになっているのでしょうか?他の2匹にうつったりしないでしょうか?(後略)


他の2通も、お名前もアドレスも状況も違うんだけど、このメールとおなじく、「新しい猫を飼い始めたら、アゴの部分に黒いブツブツがある。変な病気じゃないか?」って内容なのだ。だから、あたしは、この3人に、それぞれ個別でお返事しようかとも思ったんだけど、それじゃあ、マクラに書いたような理由で、他の人たちに対して申し訳ない。さらには、別に獣医さんのブログでもなく、猫専門のブログでもなく、猫に関する質問を受け付けてるブログでもないあたしに対して、こんな質問をして来る人が3人もいるってことは、もしかしたら、「おんなじ心配をしつつも質問をして来ない人」が30人くらいいる可能性もある。

そのために、あえて日記で取り上げて、不特定多数の猫を飼ってる人たちへ向けてお答えすることにしたんだけど、猫のアゴの黒いブツブツは、「猫ニキビ」なので、病気じゃないから心配することはない。猫は、下アゴのとこだけに皮脂腺があるので、人間みたいに顔にはニキビはできないけど、下アゴのとこだけにニキビができちゃう。ようするに、余った皮脂が下アゴの皮脂腺から出て来て、それが黒く変色して、ブツブツになっちゃうのだ。

人間でも、ニキビのできる人とできない人がいるように、猫もおんなじで、猫ニキビのできる子とできない子がいる。また、成長期には猫ニキビができてたけど、成猫になったらできなくなったとか、いつもはできないのに、油分の多い食べ物をあげたらできちゃったとかって、成長とか食べ物によっても変わる。でも、一番影響するのは、やっぱり「体質」で、3匹の猫におんなじご飯をあげてても、そのうちの1匹だけに猫ニキビが出たりする場合が多い。つまり、その子の「体質」ってワケだ。

で、どうすればいいのかって言うと、基本的には、病気じゃないので「ほっとく」ってことだ。飼い主にしてみると、すごく気になっちゃうと思うけど、ムリに爪でカリカリと取ったり、ノミ取り用のクシで擦ったりすると、猫も痛がるし、血が出て来ることもある。そして、場合によっては、そこからバイ菌が入って化膿しちゃうこともある。だから、どうしても気になる場合には、お湯で濡らして堅く絞ったタオルで擦って、ある程度取れたら、あとはムリして取らないようにする‥‥ってことくらいしか対策はない。

とにかく、ムリに取って血が出たりすると、そこに小さなカサブタができて皮脂腺を塞いじゃうから、皮膚の内側に皮脂が溜まるようになって、猫ニキビがもっと酷くなっちゃう。人間も、ニキビをいじるともっと酷くなっちゃうけど、おんなじことなのだ。人間のニキビも「いじらないこと」が最大の対策なので、猫の場合もそれとおんなじに考えて欲しい。そして、それでも気になって気になって仕方ない人は、眞鍋かをりが執拗に宣伝してるニキビの薬でも取り寄せて、それを猫のアゴに塗ってみるのもいいかも‥‥ってのは冗談だけど、あまりにも酷い場合には、食べ物を変えてみるとか、獣医さんに診てもらうとか、何らかの対応をしたほうがいいと思うけど、1ミリくらいのブツブツができてる程度なら、「ほっとく」のが一番なのだ。

‥‥そんなワケで、メールを紹介したOMさんを始め、全国の「猫のアゴに黒いブツブツができて気になってる皆さん」への回答は以上ってことで、ここからは人間のニキビについて書いてくけど、古くは「シュミーズ」がいつの間にか「スリップ」に変わったように、最近では「スパッツ」がいつの間にか「レギンス」に変わったように、「ニキビ」もいつの間にか「吹き出物」へと変わる。それは、ハタチを境にしてだ。10代までは「ニキビ」って呼んでたのに、20代になると、おんなじものが「吹き出物」って呼ばれるようになる。つまり、オデコの真ん中にニキビができてる状態でハタチのお誕生日を迎えた人は、その瞬間から、すでにできてたニキビの呼び名が「吹き出物」に変わるってワケだ。

ちなみに、あたしがウンザリしてるオヤジギャグのナンバー1が、「結婚式の吹き出物」ってヤツだ。あたしが女同士で話してて、たまたまどっちかが「吹き出物」って言った時に、そこに通りかかったオヤジが、「なになに?結婚するの?」なんて横から口を出して来る。それで、「え?」って言うと、「いやいや、結婚式の吹き出物の話をしてたからさ」なんて言われちゃうと、思わず、履いてたパンプスを脱いで、ヒタイの真ん中にピンヒールを突き刺してやりたくなる(笑)

ま、そんなことは置いといて、何で「ニキビ」の呼び名が「吹き出物」に変わるのかって言うと、原因も対策も違って来るからだ。10代の思春期のころのニキビは、ある意味、できるのが自然の摂理であって、ニキビのできにくい食生活にした場合、体の成長に影響が出ることもある。たとえば、ニキビがたくさんできて悩んでる成長期の中学生に、朝、昼、晩と何週間も修行僧みたいな質素な食事をさせれば、ニキビは改善されるけど、そのぶん、身長が伸びなくなったりするってことだ。

だけど、体ができあがってからのニキビ、つまり、大人になってからの吹き出物の場合は、それが逆になる。ニキビができないことが、成長期を過ぎた大人としての自然の摂理であって、体ができあがってるのにニキビができるってことは、食生活や睡眠時間、仕事や生活上のストレスなど、何らかの問題が原因になってるからだ。だから、大人になってからのニキビの場合は、洗顔料や化粧水、パックやフェイスマッサージなど、どんなにお金をかけようとも、外側からの対策じゃ大した効果は望めない。バランスのいい食事や十分な睡眠、そして、ストレスのない生活を送るっていう生活習慣の改善こそが、何よりの対策になる。

‥‥そんなワケで、あたしは思うんだけど、飼い猫の場合もおんなじじゃないのか?ってことなのだ。成長期の猫の猫ニキビの場合は、自然の摂理なんだから「ほっとく」ことが一番の対策だけど、十分に大人になってる猫なのに猫ニキビができるって場合は、生活環境に何らかの問題があるんじゃないか?ってことを飼い主が考えてあげるべきなんじゃないかって思った。もちろん、猫によっての「体質」って問題もあると思うけど、今まで猫ニキビができてなかった成猫が、突然、下アゴに黒いブツブツができた場合には、そのブツブツのことを心配するんじゃなくて、ブツブツができた原因を考えてあげるべきだと思ったのだ。

たとえば、ずっと1匹の猫を飼ってて、飼い主と仲良く暮らしてたとする。その時には、猫ニキビはできてない。で、ある日、新しい子猫をもらって来て、家族が増えたとする。そしたら、前からいた猫のほうが、落ち着かなくなって、下アゴに黒いブツブツができ始めた‥‥ってケースなら、この猫ニキビは、食生活とは関係なくて、新しい猫が来たことによるストレスが原因てことになる。そして、しばらくして2匹が仲良くなってくれれば、この猫ニキビも自然に治るだろうけど、ずっと険悪な状態が続くようなら、食欲がなくなったり、毛が抜けて来たり、もっと悪い状態になる場合もある。

だから、あたしは、もともと猫ニキビができる体質の猫の場合は「ほっとく」べきだと思うけど、突然、成猫に猫ニキビができた場合には、少し気を使って観察して、何かストレスがあるようなら、その原因を解決してあげるようにすべきだと思う。猫って動物自体は、ベタベタと触ったりしないで、「ほっとく」ことが一番ストレスをかけない飼い方で、ベタベタと触りまくった猫はあんまり長生きしない。行きたいとこへ行かせてやり、寝たい時に寝たい場所で寝かせてやり、できる限り人間のほうからは触らない。これが猫にストレスをかけずに、長生きさせる飼い方だ。

だけど、人間は、知らず知らずのうちに、猫にストレスをかけてる場合が多い。たとえば、新しい家具を買って来てお部屋に置いただけで、それが気に入らない猫もいる。カーテンを別の色に変えても落ち着きがなくなる猫もいるくらいだから、お部屋の模様替えなんかしたら大変だ。おかしな例を挙げると、部屋中が汚れてる状態で猫を飼い始めた人が、何ヶ月かして、大掃除をして、お部屋がガラーンと広くなったら、トタンに猫が落ち着かなくなって、そこら中にオシッコをして回っちゃったなんて話もある。ようするに、猫は、お部屋が汚れてるとかキレイだとかは関係なくて、「いつもの通り」が安心できるってワケだ。

‥‥そんなワケで、人間から見たら、遥かにストレスなんて感じてないように見える猫だけど、それでも生き物なんだから、それなりのストレスはあるハズだ。だから、あたしは、自分の飼い猫にストレスをかけないように気配りすることが、飼い主としての最低限の義務だと思ってる。森高千里だって、「ストレスが~地球をダメにす~る~♪」って歌ってたくらいなんだから、猫も人間も、ストレスのない生活、つまりは、ニキビのできないような生活を送るべきだと思ってる。だから、あたしたち国民にとっての最大のストレスの原因、フロッピー麻生に消えてもらうために、1日も早い解散総選挙を待ち望んでる今日この頃なのだ。


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2008.12.08

柏崎刈羽原発でまたも火災

「柏崎刈羽原発でまたも火災」(世田谷通信)

8日午前10時40分ごろ、東京電力柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市)の6号機タービン建屋の地下1階で、11月に続きまたも火災が発生した。今回の火災は溶接作業中に起こったもので、溶接機械1台が全焼し、作業員1人が体調不良を訴えて現在治療を受けている。柏崎刈羽原発では11月にも7号機タービン建屋で火災があったばかりか、今月3日には漏れた大量の放射性廃棄物が14年間も放置されていたことが発覚したばかりである。政府と東京電力は、地元住民たちの反対の声を無視して運転再開へと動き続けているが、ずさんな管理によるこれらの事故が相次いでいる現状を踏まえれば、原発そのものの抜本的な見直しも必要と言わざるをえないだろう。(2008年12月8日)


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大丈夫であるように

1ヶ月ほど前、ある人からお誘いを受けて、映画の試写会へ行って来た。今度の土曜日、12月13日から公開される「大丈夫であるように~Cocco 終らない旅~」って映画だ。サブタイトルからも分かるように、この映画は、沖縄出身のシンガーソングライター、Coccoを追ったドキュメンタリーなんだけど、それほどよくCoccoを知らなかったあたしは、すごく楽しみにしてた。

あたしが知ってたCoccoは、PVやライブ映像で観た断片的なCoccoで、1枚のアルバムをちゃんと聴いたこともなかった。そして、そのころは、昔、リストカットを繰り返してて、手首にたくさんの傷があることとか、拒食症で入院したことなど、Coccoのネガティブな話とかも耳にしてたから、あたしはロクに楽曲を聴きもしないで、「そっち系の人なのかな?」って勝手に作り上げた先入観で見てた部分もあった。

そんなあたしの見方が変わったのが、去年、沖縄の辺野古に2頭のジュゴンが来た時に、Coccoが発表した「ジュゴンの見える丘」を聴いてからだ。この歌は、最初は沖縄でのミニライブで歌われたり、CDも最初は沖縄限定で発売されたりしてた。だけど、しばらくして、YOU TUBEに動画がアップされたりして、だんだんに火がついて、全国版のCDもリリースされるようになり、東京にいるあたしも聴くことができるようになった。

「ジュゴンの見える丘」ってタイトルから想像すると、普通は、ジュゴンがどうしたっていう具体的なキーワードが出て来ると思うとこだけど、この歌には、一度も「ジュゴン」て言葉は出て来ない。そして、「ジュゴン」ていう特定の生き物じゃなくて、ジュゴンのいる海そのものを、その海のある地球そのものを、まるで母親が自分の子供をいとおしむように、抱きしめるように、Coccoの大きくて強い愛の言霊が、ゆっくりと、ゆっくりと包み込んで行った。


「悲しみはいらない、やさしい歌だけでいい、あなたに降りそそぐすべてが、正しいやさしいになれ」


Coccoにとってのジュゴンは、あたしたち人間が守るべきものたちの象徴であって、Coccoの視線は、すべての弱いものたちへ向けられていた。あたしは、この歌を聴いて、なんて純粋で強い人なんだろうと思って、急激にCoccoに興味を持った。そして、過去の楽曲を順番に聴くようになった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、Coccoの楽曲を聴けば聴くほど、Coccoの人となりを知れば知るほど、あたしは、Coccoの魅力に惹かれて行った。だけど、やっぱり、Coccoはよく分からない不思議な存在で、それは、決して器用とは言えない、そのスタイルにあるんだと思った。どんなシンガーでも、小説家でも、何かを発信してる人たちは、それぞれが自分の方法論てものを持ってる。どうすれば自分の思いや考えを不特定多数の人たちへ正確に伝えられるかってことを考えて、独自の言葉の選び方や言い回しを使って発信してる。そして、それが、その人のオリジナリティーを確立してくことにもつながってる。

だけど、Coccoには、それがない。常に、自分が感じたまま、自分に降りて来た感覚をそのまま言霊として歌ってる。そこには、小手先の方法論など超越した世界観が構築されてて、言うなれば、Coccoって存在自体が、すでに唯一無二のオリジナリティーなんだって思った。だから、あたしは、Coccoの魅力に惹かれながらも、そんなにガツガツと情報を仕入れたりはしないで、普通にしてた。彼女の歌があたしに必要な時には、こっちから求めなくても、自然と向こうからやって来るって感じたからだ。

そして、1ヶ月ほど前に、その時が訪れた。「大丈夫であるように~Cocco 終らない旅~」の試写会へのお誘いだ。目いっぱい詰まってたスケジュールが、その時間帯だけポカンと空いてたのも、何かのガイダンスだと感じた。そして、あたしは、この映画を観て、言葉なんかじゃ説明できないほどたくさんのものを受け取った。是枝裕和監督は、「泣きながらカメラを回したのは生れて初めてだ」って言ってるけど、あたしも涙が止まらなかった。

自分の感情をコントロールできないほど気持ちが高ぶり、ボロボロと泣きながら必死に思いを伝えようとするCocco、指先で触れたら壊れて消えてしまうシャボン玉のように繊細なCocco、でも、ゴジラに踏み潰されても絶対に死なないほど強いCocco、「生きろ!」っていう彼女の叫びが、あたしの心に突き刺さった。そして、あたしは、ようやく理解できた。彼女の歌は、「歌」じゃなくて、「祈り」だったってことに。





‥‥そんなワケで、これから公開される映画だから、ネタバレに注意しつつ、映画のオフィシャルサイトに書かれてる範囲のことを書くけど、この映画の大きなカギになってるのが、ある日、Coccoのもとに届いた青森県の少女からの1通の手紙だ。そこには、六ヶ所村のプルトニウム生産工場のことが書かれてた。そして、Coccoは、青森へと向かう。

この映画の中で、Coccoは、「アメとムチ」って言葉を使う。それは、沖縄のアメリカ軍の基地のことだ。あたしも何度も取り上げて来て、2007年5月17日の日記、「辺野古の現実」の中にも詳しく書いてあるけど、沖縄では、アメリカ軍の基地がないと暮らして行けない人たちを作り出すために、政府が莫大な予算をつぎ込んで、長年、「基地ありき」の既成事実を作って来た。だから、沖縄の人たちは、基地を憎みながらも、基地がないと生活して行けないというジレンマの中で苦しみ続けてる。

Coccoも、その中の1人で、自分を国の被害者だと思って生きて来た。そんな時、Coccoは、青森県の少女からの手紙を読み、青森へ行き、ここ六ヶ所村にも、自分たちウチナンチューとおんなじに、国による「アメとムチ」で苦しんでる人たちがいたことを知った。ステージ上のCoccoは、泣きながら青森の人たちに謝った。被害者だと思ってた自分も、知らず知らずのうちに、誰かの加害者になってたってことを知ったからだ。あたしは、胸がしめつけられて、涙が止まらなかった。みんな泣いていた。

この映画は、Coccoの旅を追ったドキュメンタリーで、最後は、沖縄に戻ったCoccoが、辺野古の浜のキャンプ・シュワブの境界に張り巡らされた鉄条網に、平和のリボンを結ぶシーンで終わる。自分の髪をハサミでジョキジョキと切り、祈りを捧げ、大きなジュゴンの絵が描いてあるフラッグや、命のリボンを結んで行く。それは、まるで、何かの儀式のような神々しさすら感じるシーンだ。そして、このまま終われば、この映画を観た人たちの気持ちは、ここで完結するだろう。映画の中で、どんなに難しい問題を提起されても、このラストシーンですべては昇華され、多くの人たちは、また日常へと戻って行くだけだろう。

でも、ドキュメンタリーは非情だ。是枝監督が両手で大切にすくい上げて来たCoccoの言霊が、Coccoの思いがどうなったのかは、今年の3月27日の「きっこの裏日記」でも紹介した、辺野古のカヌー隊から届いた1通のメールを見てもらえれば分かるだろう。


件名: 浜のリボン焼かれる(辺野古浜通信)
日時: 2008年03月27日 09:00:51

辺野古浜より報告です。
今朝も金曜日までの米軍演習のためか、各漁港には動きがありませんが、浜のシュワブとの境界に米軍が設置している鉄条網へ、平和への想いを込めて全国の市民によって結びつけられていたリボン、フラッグが、昨夜の内に焼き尽くされていました。
バーナーか火炎放射器のようなものを使ったようです。
誰が焼いたかは判りませんが、米軍の監視カメラがある中でこのような行為が出来る相手は限られています。
これが、平和を求める人達への彼らの答えです。


‥‥そんなワケで、あたしは、不思議なご縁があって、この映画のフライヤー(チラシ)に、コメントを書かせていただいた。土屋アンナちゃんだの香椎由宇ちゃんだのと並んであたしの名前があるのは、あまりにもオソレオオイんだけど、心から感動して、いっぱい泣いて、いろんなことを考えさせられて、たくさんのものを受け取って、ホントに観て良かったと思った映画だから、感じたままのことを書かせていただいた。だから、興味を持った人は、昨日あたりから、「シネマライズ」や「ライズエックス」を始め、いろんな映画館にフライヤーが置いてあるので、ぜひ手に取って見てみて欲しい。そして、1人でも多くの人に、この映画を劇場で観て欲しいと思ってる。だって、Coccoの旅は、まだまだ続いてるんだから‥‥なんて思ってる今日この頃なのだ。


◆あたしのコメントはオフィシャルサイトでも読めます。
  ↓
「大丈夫であるように」オフィシャルサイト
http://www.dai-job.jp/


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2008.12.07

さもしい国民の皆さんへ



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さもしく1万2000円欲しい人、と麻生首相が発言

「さもしく1万2000円欲しい人、と麻生首相が発言」(世田谷通信)

6日夜、麻生太郎首相は、長崎県諫早市で開催された自民党長崎県連の演説会に出席し、演説の中で定額給付金について触れた折に、「貧しい人には全世帯に渡すが、私はそんな金をもらいたくない、という人はもらわなきゃいい。(年収が)1億円あっても、さもしく1万2000円が欲しいという人もいるかもしれない」と発言した。度重なる失言が問題視されている麻生首相だが、自身の景気対策の柱である定額給付金についてまでこのような問題発言をしてしまっては、さらに支持率が下がることは避けられないだろう。定額給付金は、世論調査では75%が「景気対策にならない」と答えており、有識者の間からも「無意味」という声が相次いでいるが、公明党の選挙対策に協力するために麻生首相が強引に推し進めている。しかし二転三転する内容に自民党内部からも反対や見直しの声が上がっている。(2008年12月7日)


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片岡さんの娘さんからのメッセージ

あたしも日記とブログで告知させてもらったけど、12月1日の夜7時から放送されたテレビ朝日の「報道発 ドキュメンタリ宣言」で、高知のスクールバス事故の特集があった。そして、放送を観た人たちから、何通ものメールをいただいた。すべてのメールが、県警による悪質な組織ぐるみの証拠の捏造と、その県警を守るために無実の片岡さんを冤罪に陥れた柴田秀樹裁判長に対する怒りのメールだった。

また、番組では、マトモな裁判すら受けさせてもらえないまま冤罪で刑務所へ送られてしまう片岡さんと、1年4ヶ月もの間、離れ離れにされてしまうご家族との涙の別れの場面も放送したため、片岡さんだけでなく、ご家族の無念を自分のことのように感じた人も多かったようだ。それで、すべてを紹介することはできないけど、その一部を紹介する。


お名前:KF
コメント:今晩は きっこさん。昨日テレビ朝日報道ドキュメンタリー番組を見ました。あらましはきっこさんのブログで掴んではいたものの、まとめられた映像で捉えたものは数倍も生々しく胸に迫ってきました。本当にこんなことがまかり通るのですか?警察も裁判所もよってたかって力の無い庶民を罪人に仕立て上げている。片岡さんが本当のことを言うと「反省のいろが見えない」との裁判長の言葉に、何をどう反省しろというのか、悔しくて涙がこみ上げてきました。一家の生活が破壊され、朝早くから新聞配達で生計を立てようと必死になっている姿、片岡さんのために結婚式を繰り上げた息子さん、長年の仕事を辞めて戻って来た娘さん、片岡さんご一家の強い絆を感じるとともに、何の罪もない人たちをこれほどまでに苦しめている県警、高松高裁 さらには最高裁判事に、はらわたが煮えくり返る思いです。本当に冤罪の恐怖をまざまざと知らされました。生徒さんが言っていた「裁判所は公正に裁いてくれるものと思っていた」という言葉。生徒さん達の心に大人への不信が強く植えつけられたことでしょう。こんなめちゃくちゃな裁判が許されていいはずがありません。テレビでも引き続きこの問題を追うといっていました。きっこさんの方にもなにか情報が入りましたらまたここで紹介してください。いつも応援しております。


お名前:とんちゃん
コメント:いつも楽しく拝見しております。今日12月1日、「報道発 ドキュメンタリ宣言」見ました。家族で見たのですが、涙無くしては見られませんでした。現在の警察組織、そして司法というものがいかに腐っているかというのを痛感させられました。そもそもこの事件のことを知ったのは、「きっこの日記」がきっかけでした。それからYouTubeなどでこの事件の動画を探しました。片岡さんやご家族の心情を察すると、なんだか我がことのように怒りや無念さが込み上げてきました。国家権力をかさに着て暴挙に出た警察や司法・・・これからの社会のことを思うと、本当にとんでもないことをしてくれたと思います。今はただただ片岡さんの帰りを待つばかりですが、出所したら再審請求をされると聞きました。そうです!絶対に屈してはならないと思います。片岡さん本人の無念は当然として、奥様や息子さん、娘さんの無念を晴らして欲しい。いつか必ず無実であったことが証明されることを祈っています。へたくそな文章ですみません。これからも「きっこの日記」楽しみにしていますね。では。


お名前:M子
コメント:今日はきっこさんが教えてくださった『ドキュメンタリ宣言』をみました。きっこさんの日記で『高知白バイ事故捏造事件』を知り、署名活動にも参加させていただきましたが、このような結果になり本当にこの国の腐敗ぶりに絶望すら感じます。警察や裁判所というものに幻想を抱いていた自分に呆然とします。この事件の捏造に関係したすべての人が、幸せなまま人生を送れると思ったら大間違いだと信じたいです。いえ、かならず罰がくだると思います。片岡さんが刑務所から出てこられて、また活動を再開されるときには、是非協力させていただきたいと思います。片岡さんだけじゃなく全国民のためにもなることだと信じます。


‥‥そんなワケで、今日は「いかがお過ごしですか?」はナシにして行くけど、これらのメールは、あたしの独断で、記入してあったアドレスや本名などは伏せた上で、片岡さんの娘さんの亜矢ちゃんへ送らせてもらった。あたしは、番組を観てて、耐えられなかったからだ。片岡さんが収監される日の朝、それまでは玄関のとこで、愛犬のみかんちゃんを抱いて、涙をこらえて立ってた亜矢ちゃんが、車が出発する間際に飛び乗って、片岡さんと抱き合った場面を観て、あたしは涙が止まらなくなった。

亜矢ちゃんとは、以前から何度かメールのやりとりをしていたので、とても他人ごととは思えず、あたしは本当につらかった。何の罪もない善良な人たちが、狂った司法の餌食にされて、こんなにも苦しまなきゃならないなんて、絶対に許せない。百歩ゆずって、キチンとした裁判が行なわれて、その上で冤罪になったのなら、まだ納得できる。でも、今回の場合は、その裁判すら受けさせてもらえなかったのだ。警察に不利な証拠や証言は、すべて柴田秀樹裁判長によって、法廷に持ち込むことすらさせてもらえなかったのだ。正当な裁判すら受けられずに刑務所へ送られるなんて、これほど理不尽なことはないし、とても法治国家とは言えない。

だから、あたしは、今のあたしにできることとして、皆さんからのメールを亜矢ちゃんに送らせていただいた。そしたら、亜矢ちゃんから、メールをくださった皆さんへ、お返事が来た。


きっこさん、メールありがとうございます。
きっこさんのブログを見て、それがきっかけで多くの人たちにお父さんの件を知って頂き、
気持ちのこもった温かいコメントももらえて、私たちは本当に支えられてます。
とても嬉しかったので、みなさまへお返事させてもらいますね。

テレビを見ていただいて、メールをくださったみなさま、本当にありがとうございます。
みなさまには、お父さんは間違っていない!ということが伝わり、とても嬉しくおもいました。
私たちを守ってくれるはずの警察や公正に裁いてくれるはずの裁判所が、どうしてこんな事が出来るのか?何のためにいるのか?悔しくてやりきれない思いで毎日過ごしています。

「何を反省したらいいのですか?納得してから入りたい。」と記者会見で訴えたお父さん。
いつも何事にも、あまり強い口調では言わないお父さんなのに、このときは溜まっていたどうにもならない気持ちを吐きたかったんだと思います。
仕事に真面目で、優しくて思いやりのあるお父さんがこんな目にあってしまい、警察や裁判長がお父さんをここまで陥れて手に入れたいものって何なのか?本当に腹が立ちます。

お父さんは、加古川で入所時の指導訓練期間を終えて、だいぶ落ち着いたようです。
この間の手紙にも、こんなことになってしまっって、苦労を掛けてしまって申し訳ないという家族への気づかいや、入るまでの家族で過ごした思い出話などが綴られていました。
だいぶ落ち着き、今までのことを色々と思い返して、書かずにはいられなかったと言うお父さんらしい文面で、私たちは家族思いなお父さんが恋しくなりました。

お父さんが収監されてしまったことで、私たち家族の生活は一変してしまいましたが、お父さんが居なくなっても、変わらずに支援者の方々が気にかけて訪ねてきてくれて、本当に良くして頂き、心強くありがたい気持ちでいっぱいです。

これからも私たちは、この現実に負けないで頑張っていきますので、みなさまに見守って頂き、応援していただけたら嬉しく思います。
また、署名してくださった方々、ご協力ありがとうございました。

片岡亜矢


‥‥そんなワケで、何十年も前ならともかく、21世紀にもなって、これほど酷い冤罪事件が起こるなんて、あたしは今でも信じられない。それも、警察の捜査ミスなどによる冤罪とは違って、警察が証拠を捏造して、同僚の白バイ隊員にウソの証言をさせての冤罪なんだから、これは完全に「警察による犯罪」だ。そして、それに手を貸した裁判所も最低だ。

来年から裁判員制度が始まるっていうのに、仮にも高等裁判所の裁判長が、「疑わしきは罰せず」の基本理念を無視したばかりか、被告に有利な証言をすべて採用しなかった上に、県警がデッチアゲた物理的にありえない証拠だけを採用したデタラメ裁判を行ない、無実の市民を刑務所へ送るなんて、こんなことがまかり通ってるうちは、あたしたち民間人に裁判員なんてできるワケがない。だから、あたしたち庶民の味方であるオムライス党のみずほたんには、ぜひ、この問題を国会で取り上げてもらい、高知県警と柴田秀樹裁判長による組織犯罪を徹底的に追及して欲しいと思ってる。

最後に、番組を観られなかった人のために、以下、12月1日の「報道発 ドキュメンタリ宣言」の映像をリンクしておく。これを観て、片岡さんとご家族の苦しみを1人でも多くの人たちに知ってもらいたい思う。そして、あたしのところに届いた番組の感想メールは、今後も亜矢ちゃんへ送らせてもらうので、皆さん、あたたかいメッセージをよろしくお願いします。


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その1


その2


その3


その4


その5


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2008.12.06

ブラジャー炎上

あたしには信じられないことなんだけど、朝から夜までつけてたブラジャーを洗わずに、次の日にまた身につける人がいるそうだ。それも、100人のうち2~3人とかじゃなくて、100人のうち10人以上もいるって聞いて、あたしは、食べてた大福がノドに「んがんぐ!」って詰まっちゃうほど驚いた。たとえば、一度つけたけど、やっぱり別のブラにしようと思って変更して、ほんの一瞬しか身につけなかったブラとか、せめて、2~3時間だけつけてたけど何かの事情で外したブラとかなら、お洗濯しないでも分かる。だけど、いくら汗をかかない時期だとしても、朝から夜まで1日中ずっと身につけてたブラをお洗濯しないなんて、ちょっと考えられない。

もちろん、どこかに旅行したり、泊まりの出張をしたりして、うっかり着替えのブラを忘れちゃった場合とか、そうした特殊なケースの時は別だけど、自宅に帰って来て、ショーツのほうはちゃんと洗うのに、ブラだけを洗わないなんて、その辺の感覚が分かんない。下着をお洗濯するってことは、目で見て汚れてるか汚れてないかに関わらず、「一度身につけたものは洗う」っていう、文明を持った人類の当たり前のことだと思ってたのに、いくら見た目は汚れてないブラだとは言え、1日中ずっと身につけてた下着を次の日も身につけるなんて、やっぱり、あたしには考えられない。

だって、ハンドバッグに入れてるハンカチなんか、一度も使わなかったとしても、4日も5日も経ったら、あたしは新しいハンカチと交換して、それまでバッグに入れてたほうはお洗濯してる。普通はそうでしょ? あたしの場合、出先で手を洗った時とかに使う小型のハンドタオルもバッグに入れてるから、たいていはそっちのほうを使うので、オシャレなハンカチは使うことが少ない。だけど、もしも目の前に福山雅治がいるような場所でハンカチを使うような状況が訪れたら、こんなハンドタオルなんて見せられないから、そういう時のために、女性らしいオシャレなハンカチも持ってるってワケで、言うなれば「勝負ハンカチ」ってワケだ。

こんなふうに、たとえ一度も使ってないハンカチでも、何日か過ぎたらお洗濯するようにしてるあたし的には、世の中の9割の女性と同じく、一度身につけた下着は、ショーツでもブラでも夜のプレイ用の特殊な下着でも、すべてちゃんとお洗濯してる。ちなみに、「夜のプレイ用の特殊な下着」は持ってないから、もしも持ってたらの話だけど、もしも持ってたとしたら、特に丁寧に手洗いすると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、特別にキレイ好きなワケでもなく、特別に神経質なワケでもなく、ごく普通の平均的な感覚だと思うけど、この感覚によって、知らず知らずに損をしてる部分があるってことに気づいた。それは、「ブラジャーの寿命」だ。ブラって、身につけてることよりも、洗濯機で洗ったり干したりを繰り返すことによって、ジョジョに奇妙に劣化してく。つまり、まったくおんなじブラを買ったとしても、身につけるたびにお洗濯してるあたしと、毎日繰り返して身につけて1週間に1回しか洗わない森三中の黒沢さんのほうが、何倍も長持ちするってワケだ。

でも、そんなもん身につけてたら、デリケートな部分がゾウの皮膚みたいになっちゃいそうだから、あたしは、一度身につけたブラは、絶対に洗わないと気がすまない。だからって、ヤミクモに洗ってるワケじゃなくて、下着だって大切にしてるから、ちゃんとブラジャー用のネットに入れて、一番ゆっくりの回転の「オシャレ着洗い」のボタンを押して洗ってる。そして、特に大切にしてるのとか、刺繍が凝ってるのとかは、生ぬるいお湯で丁寧に手で押し洗いしてる。それに、干す時も、ブラの形を崩さないための特殊ハンガーにセットしてから、直射日光に当たらないように、風通しのいい日陰で陰干ししてる。だから、あたしは、下着のお洗濯には、ずいぶん気を使ってるほうだと思ってる。

それでも、普通のお洋服の何倍もヘビロテなのが下着ってワケで、気がつくと、ワイヤーが突き出てたりもする。そして、一度でもワイヤーが突き出ちゃうと、チクチクと縫って直しても、しばらくするとおんなじ場所から突き出て来るようになる。で、刺繍がほつれ始めてたり、真ん中のちっちゃいリボンが取れかけてたり、白いレースの部分が黄ばみ始めてたりした場合には、サスガに寿命ってことで、捨てることになるんだけど、ブラの場合は、ここからがメンドクサイ。ショーツの場合は、ジョキジョキとハサミで切って、外から見えない紙袋とかに入れて、他の燃えるゴミと一緒に出しちゃうだけだからラクなんだけど、ブラの場合は、燃える部分と燃えない部分があるから、本格的に解体しなきゃなんないのだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、前に、1.8リットルとか2リットルとかの紙パックのニポン酒や焼酎、ワインなんかで、口の部分だけがプラスティックになってるヤツ、アレの解体がメンドクサイってことを書いた。ワンタッチで口の部分が外れるならいいのに、アレって、外にお酒が漏れないようにシッカリと接着してある上に、紙もぶ厚くて内側がコーティングしてあるから、ハサミで切るのが大変なのだ。その上、あたしの場合は、あの紙パックを広げて、お魚を捌く時のマナ板にしてるから、ある程度はキレイに解体しなきゃなんなくて、ものすごくメンドクサイ。そして、それよりもメンドクサイのが、何を隠そう、ブラの解体なのだ。

ブラは場合は、全体的な部分は「布」だから燃えるゴミだけど、ワイヤーやホックは「金属」だから燃えないゴミになる。そして、ストラップを調整するとこは、金属のもあれは硬いプラスティックみたいなのもあるし、ワイヤーもグラスファイバーみたいなカーボンみたいな燃えるんだか燃えないんだか判断できない素材のものもある。さらには、伸び縮みするゴムの部分って、火をつければ燃えると思うけど、燃やしたら有毒な煙が出そうだから、切り取って燃えないゴミのほうに入れるべきなのか、いつも悩んじゃう。

そして、伸び縮みするゴムの部分で悩み始めると、ブラだけじゃなくて、ガードルとか、ボディスーツとか、ボディシェイパーとかでも悩み始めちゃう。あんなに全体的に伸び縮みするものを燃えるゴミと燃えないゴミとに分別するなんて、ミスターマリックでもマギー司郎でも不可能だろう。でも、セロならできるかもしれない‥‥なんてことも織り込みつつ、話をブラに戻すと、さらにメンドクサイのが、あたしが多用してる補正ブラだ。これは、カップの下にワイヤーが入ってるだけじゃなくて、ワキにもボーンが入ってて、これまたグラスファイバーみたいなカーボンみたいな判断しにくい素材だから、解体が大変な上に、解体したあとの分別も悩みまくっちゃうのだ。

‥‥そんなワケで、ワリと最近のことだけど、4~5年くらい前に買った1枚のブラが、とうとう寿命を迎えた。1年くらい前にワイヤーが突き出たんだけど、すごくフィットするお気に入りの1枚だったから、縫って直して使ってた。で、何ヶ月かしたら、またワイヤーが突き出て、それから、後のホックが外れやすくなった。でも、ワイヤーはまた直して、ホックは少し浮いてたから、ペンチで挟んで直して、まだ使ってた。だけど、ついに、3回目の「ワイヤー突き出る事件」が起った上に、全体的に色褪せて来て、みすぼらしくなっちゃったから、とうとう捨てることにした。

それで、メンドクサイけど解体して、まずは、燃える部分だけを燃えるゴミの日に出した。そして、燃えない部分は別の袋に入れて置いといたんだけど、そんなある日のこと、一部の人は写真を見たことがあるハズのあたしのカラシ色のパーカーをお洗濯したら、フードの部分に通ってたヒモが抜けちゃった。このヒモは、抜けないように両端が結んであったんだけど、片方の結び目がほどけてたみたいで、洗濯機の中で回ってるうちに、もう片方のハシッコが他の洗濯物に絡まって、引っぱられちゃったみたいなのだ。

あたしは、とにかく干して乾かしてから、そのヒモを通そうとしたんだけど、これがまったく入らない。ヒモの通ってた部分が、ほとんどヒモとおんなじくらいの直径しかない上に、丈夫なスウェット地みたいな硬い生地で、しかもフードのフチだからカーブしてる。それで、どうしたもんか悩んでた時に、ハッと思いついたのが、例のブラのワイヤーだったのだ。細いワリにシッカリしてるし、ほど良い弾力もあるし、ちょうどいい具合にカーブしてるし、これならヒモを通すのに最適だって思った。

それで、あたしは、ブラのワイヤーを持って来て、片方の端にヒモの先端を沿わせて、絹糸できつく結わいた。そしたら、パーカーのフードの狭い穴に、面白いようにスイスイと入ってった。ワイヤーの長さは足りなかったけど、フードのほうをギョーザの耳を折る時みたくクイクイと縮めながらワイヤーを進めてったら、アッと言う間にヒモの頭が出て、無事に直すことができたのだ。

あたしは、寿命が来たブラを解体して、燃えるゴミと燃えないゴミとに分別したワケだけど、ブラのワイヤーは、燃えるゴミなんかじゃなかったってワケだ。ブラのワイヤーには、「抜けちゃったパーカーのフードのヒモを通すための道具」としての第二の人生が待ってたってワケだ。たったひとつの問題点は、これからのあたしの人生で、パーカーのヒモが抜けるなんてことが、あと何回くらい起こるんだろう?‥‥って点だけど、「備えあれば憂いなし」って言葉もあるように、いつ起こるか分からない災害に備えておくことこそが、不安な時代を生き抜くためのヌーブラ・ヤッホーってワケだ。そして、この教訓こそが、いらなくなったものは何でも捨てればいいと思ってる現代人に対して、あたしのブラのワイヤーが鳴らしてくれた警鐘だったってワケだ。

それでも、寿命の来たブラは捨てなきゃなんないワケで、捨てるために解体して分別するのは大変なワケで、富良野にも冬が来たワケで‥‥って、久しぶりに「北の国から2008~教訓~」なんて感じだけど、ブラを捨てる時に大変なのは、多くの女性の共通の悩みだったみたいで、ワコールが、「ブラジャー・リサイクルキャンペーン」を始めることになった。まだ先の話だけど、来年の2月12日の「ブラジャーの日」から、4月22日の「アースデイ」までの間、全国の約650のワコールの直営店やワコール製品を取り扱ってるお店に行くと、可愛らしい紙袋をくれる。で、その紙袋に、寿命の来たブラを入れて、シッカリと封をして、お店に持ってく。そして、全国で回収されたブラは、その袋ごと細かくされて、磁石にくっつく金属だけを取り除いたあとに、すべて産業用固形燃料にリサイクルされるってスンポ―だ。

ちなみに、今年の2月に、全国の直営店で試験的に行なってみた時には、6200人の女性から約30000枚のブラが集まって、3トンの産業用固形燃料にリサイクルできたそうだ。それなのに、なんてワンダホーな企画なんだろう‥‥って思ったのもトコノマ、説明をよく読んでみたら、こんなことが書いてあった。


「回収商品 ワコール製のブラジャー(他社製品は回収できません)」


気持ちは分かるけど、ワコールさん、ちょっと了見が狭いんじゃないの? 1つの紙袋に6枚までブラが入るんだから、サスガに6枚ぜんぶがヨソのメーカーのじゃ申し訳ないと思うけど、6枚のうち1枚か2枚くらいトリンプのが入っててもいいじゃん。つーか、リサイクル用の紙袋は、中を見られないように封をすることになってるのに、それでも「ワコール製のブラジャー」って明記してるってことは、結局は誰かが袋を開けて中を確認するの? それとも、個人個人のモラルに委ねるの? その辺をハッキリしてくんないと、「中を見られるのなら恥ずかしいから出したくない」って思う人もいると思うよ。

‥‥そんなワケで、あたし的には、本来はゴミになっちゃうハズのあたしの使い古しのブラが、産業用固形燃料にリサイクルされて、どこで何に使われるのかは分かんないとしても、何かを作り出すエネルギーとして真っ赤に炎上してくれるんなら、こんなに嬉しいことはない。だから、この企画には大いに賛成なんだけど、こうもハッキリと「ワコール製のブラジャー」って明記されちゃうと、せっかくの企画に参加できなくなっちゃう。だって、ワコールのブラは、縫製も作りもシッカリしてるから、ほとんど現役で愛用してるからだ。逆に、寿命が近づいてるのは、通販で買った中国製とかが多い。だから、あたしは、ワコールさんには広い心を持ってもらって、「どこのブラでも回収します」ってことにしてもらいたい。そうすれば、他社のブラを持ってった人たちだって、「今度はワコールのブラを買おう」ってことになる今日この頃なのだ。


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2008.12.05

F1の終焉

この「きっこの日記」を書くことが趣味のあたしとしては、今の時期の楽しみな話題のひとつに、「F1ストーブリーグ」がある。今年のシーズンが終わり、来春、次のシーズンが始まるまでの間に、ナンダカンダとか、あーだこーだとか、次のシーズンのことを予想して楽しむ。どのドライバーがどこのチームに移籍するのかとか、どこのマシンがどうなるとか、毎年のように導入される新レギュレーションについてのアレコレとか、いろんなことを好き勝手に書いて楽しむ。

だけど、こればっかりは、あたしの得意な妄想だけで書くワケには行かないから、ある程度の情報を収集して、それから書かなきゃならない。そのために、たいていは、今くらいの時期になっちゃう。12月に入れば、ほとんどのチームの来季の動向が分かって来るからだ。

でも、今年は、とんでもないことになっちゃった。次々と入って来るニュースが、どれもF1を根底から覆しちゃうようなシャレになんないようなアホニュースばっかで、どれを見ても、「こんなんじゃ来シーズンからはマトモなレースなんかできないじゃん!」て感じがマンマンだった。だから、あたしも、いつものウキウキした気分じゃなくて、ちょっと情報を精査して、腰を落ち着けて書かなきゃって思ってたヤサキに、今日、入って来たニュースが、「ホンダのF1撤退」ってんだから、もう完全にお手上げ状態になっちゃった。

4日の木曜日、ロイター通信が伝えたところによると、4日に行なわれたホンダのF1チームの会合で、ロス・ブラウンとニック・フライが、「12月末を期日に設定してチーム売却を行なう。もしも買い手が現われなければホンダチームはF1から消えることになる」って言ったそうだ。そして、5日の午後1時半から、ホンダは正式な会見をひらくそうだけど、あたしは言いたい。おい!フロッピー麻生!無意味な2兆円のバラ撒きなんかやめて、そのお金でホンダのF1チームを買え!そのほうが遥かに国益になる!‥‥なんて叫んでみた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、マクラを書き終わったとこで、ホンダが公式リリースを出したので、とりあえず、全文をご紹介する。


「F1レース活動について」

私どもHondaは、このたび、2008年をもってF1レース活動から撤退することを決定いたしました。

サブプライム問題に端を発した金融危機と、それらに伴う信用危機、各国に広がった実体経済の急速な後退により、Hondaを取り巻くビジネス環境は急速に悪化してきています。当面の世界経済は不透明さを増すばかりであり、回復にはしばらく時間がかかることが予想されます。

Hondaはこの急激かつ大幅な市場環境の悪化に対し、迅速かつフレキシブルに対応をしてきましたが、将来への投資も含め、さらに経営資源の効率的な再配分が必要との認識から、F1活動からの撤退を決定いたしました。今後のHonda Racing F1 Team、英国でエンジンの供給を行ってきたHonda Racing Development Ltd.については、チーム売却の可能性も含め従業員と協議にはいります。

Hondaは第3期のF1活動として、2000年よりB・A・Rとの共同開発という新しい形での参戦をいたしました。その後のF1を取り巻く環境変化により2006年よりHondaが100%出資するチームとしての運営に移行しました。最高峰のレースへの挑戦は、思いのほか厳しい道のりでしたが、多くの応援を頂き、2006年に貴重な1勝をあげることができました。頂いたご声援に十分お応えすることなく撤退の決定をすることは大変困難をともなう決断でした。

今後は、この激動の時代を生き抜き、レースで培われたチャレンジング・スピリットをもって、 様々な新たな課題に引き続き挑戦し続けてまいります。

これまで、ご声援をくださった多くのファンの皆様、そして活動を支えてくださったF1界の皆様に対し、心よりお礼申し上げます。

尚、来年、鈴鹿サーキットでは予定どおりF1日本グランプリを開催いたします。来シーズンに向けての改修工事も順調に進んでおります。

ありがとうございました。

本田技研工業株式会社 

代表取締役社長 福井威夫


‥‥そんなワケで、フロッピー麻生のデタラメ政策を受けて、各自動車メーカーが非正規従業員の削減を続けてるけど、ホンダも、昨日、新たに国内工場4ヶ所で来年1月までに490人を削減するって発表したとこだった。だから、今回の「F1撤退」も、いたしかたない判断だろう。逆に言えば、年間に500億円以上も掛かるF1に参戦しつつ、その一方で非正規従業員のクビを切り続けるってのは、あまりにも酷な話だ。だから、非正規従業員も削減するけど、企業としてもできるだけ出費を抑えて、この苦境を乗り越えようって姿勢なワケで、政権与党が何もしてくれない現状としては、最善の道なんだと思う。

で、トヨタの守銭奴、奥田ちゃんは、どうすんのかな? トヨタは、どのメーカーよりも容赦なく非正規従業員を削減し続けてるけど、まさか、このままF1に参戦し続けるなんてことはないよね? F1の歴史を作って来た偉大なるホンダが大英断をしたってのに、トヨタは、どっかのトンデモ幕僚長みたく「そんなの関係ねえ!」って言っちゃって、ぶ厚いツラの皮でF1に参戦し続けちゃうのかな?

ホンダは、最初に270人の非正規従業員の削減を発表して、それでも厳しいからって、追加で490人の削減を発表した。合計で760人だ。だけど、トヨタのほうは、最初から有無を言わさずに2000人を削減し、さらに来年3月までに7600人の削減を発表した。合計で9600人、ホンダの13倍の人数だ。それも、赤字だっていうんなら分かるけど、6000億円もの経常利益を上げておきながら、この大量の削減は、あまりにも酷すぎる。760人の非正規従業員を削減するホンダがF1から撤退するのに、9600人の非正規従業員を削減するトヨタがF1に参戦し続けるとしたら、トヨタは「前代未聞の反社会的な企業」の名を欲しいままにしちゃうことウケアイだ。

‥‥そんなワケで、ホンダやトヨタのことは置いといて、あたし的に何よりも重要なF1のことだけど、スチーム係長みたく頭からポッポーッ!って蒸気を噴射してても始まらないから、ここはひとつ、脳内のインタークーラーで気持ちを冷静にして書いてくことにする。で、今回のF1に関するマウンテンな問題点は、まずは「スタンダードエンジン制」からスタートした。ナチスの軍服を着せたSM嬢に、血が出るまで自分のケツをムチで叩かせ、ヒィヒィとコーフンしてる醜態映像を全世界に配信させられちゃった例のド変態ウヨク、F1界の恥さらし王のモズレーのバカが言い出したことだけど、ようするに、すべてのチームのすべてのマシンのエンジンをおんなじ物にするってことなのだ。ホント、「ド変態」の上に「ウヨク」っていう2つもの精神異常を兼ね備えた真性のキチガイは、考えることが常人の理解を超えてるよ、まったく。

F1てものは、単なる自動車レースじゃない。マシンの開発こそが大前提で、その技術は、レースに勝つためだけのものじゃない。あらゆる技術は、市販車へとフィードバックされる。だからこそ、フェラーリ、BMW、ルノー、メルセデス‥‥って、それぞれの国を代表する自動車メーカーが参戦してるワケだ。それなのに、何よりも重要なエンジンを統一しちゃったら、何の意味もなくなっちゃう。つーか、それなら、格下のフォーミュラーレースだけあればいいワケで、F1の存在理由がなくなっちゃう。

こんなアホな話、もちろん、どのチームもどのドライバーも大反対してるけど、アロンソの「全員が同じエンジンでレースをするなんてバカげてるし、そんなのF1じゃないよ。そんなことになったら僕はF1を引退するかもしれない」 って言葉が、みんなの気持ちを代表してると思う。フェラーリも「スタンダードエンジン制が導入されればF1からの撤退も視野に入れる」って公式見解を出した。そりゃそうだろう。「スタンダードエンジン制」、つまり、「他社が製造したエンジンを使うか、他社が設計したエンジンを自社で製作する」だなんて、天下のフェラーリとしてはプライドがズタズタだろうし、何よりも参戦の意味がなくなっちゃう。フェラーリが莫大な費用を投入してF1に参戦してるのは、フェラーリの宣伝の意味もあるワケで、ヨソのエンジンのマシンで優勝したって、その意味はなくなっちゃう。

それなのに、厚顔無恥なモズレーのバカは、各チームやドライバーたちの意向なんて無視しちゃって、1人でサクサクと話を進めちゃった。そして、何よりのダッフンが炸裂したのが、10月だった。モズレーは、各チームとの話し合いの場として、10月21日にジュネーブで会議をひらくって通達した。それで、全チームの代表が、この会議への出席を決めたってのに、モズレーのバカ野郎は、この会議の直前に、スタンダードエンジンの第三者サプライヤーの入札手続きを開始しちゃったのだ。フロッピー麻生にも分かるような言葉で説明すると、モズレーのバカは、全チームとの話し合いの場を用意しておきながら、その前に、「スタンダードエンジン制ありき」で、すでにエンジンを提供するメーカーを募り始めちゃったってワケだ。まるで、「輸入再開ありき」で進められたアメリカ産の狂牛肉みたいな話で、これほどの裏切り行為はないだろう。

当然、全チームが激怒しちゃって、一時はこの会議をボイコットするとこまで行ったんだけど、そこは自民党と違って大人の世界だから、各チームの代表が出席しない代わりに、FOTA(フォーミュラワン・チームズ・アソシエーション)のルカ・ディ・モンテゼモーロ会長が対抗案を持って出席した。ま、この辺のことは、長々と説明してもつまんないからハショルけど、ものすごくフランク・ザッパに言うと、FIAやFOTAが「今のF1の問題点」としてることが2つある。1つは「レースの低コスト化の推進」で、もう1つは「オーバーテイクが少なくてレースがつまんない」ってことだ。

で、モズレーのバカがゴリ押ししてる「スタンダードエンジン制」ってのは、前者に対する対策だ。現在、年間に25億円以上も掛かってるエンジンに関する費用が、第三者メーカーが作った統一エンジンを使うことにすると、5分の1の5億円くらいで済むって話だ。ま、この裏にも、某メーカーとモズレーとの癒着があるって話も漏れ聞こえてきてるし、今は何も分からないけど、ひとつだけ言えることは、こんなデタラメがまかり通っちゃったら、F1の歴史がジ・エンドになることだけは間違いない。何しろ、内容がF3000と変わらなくなっちゃうんだし、フェラーリを始めとしたワークスチームがみんな撤退しちゃうからだ。

そして、後者の「オーバーテイクが少なくてレースがつまんない」ってことに関しては、いろんなとこからいろんな意見が出てるんだけど、何よりもアホ丸出しなのが、バーニー・エクレストンが言い出した「メダル制」だ。現行のポイント制を廃止して、オリンピックみたく、1位に金メダル、2位に銀メダル、3位に銅メダルを与えるようにする。そして、年間で一番多く金メダルを獲得したドライバーをワールドチャンプにする‥‥っていうお粗末なアイデアだ。

それにしても、クルクルパーのモズレーが言い出すんならともかく、極めてマトモだと思ってたバーニーがこんなこと言い出すなんて、あたしは、自分の耳を疑っちゃったよ。バーニーが言うには、「最近のレースでオーバーテイクが少ないのは、優勝圏内にいるドライバーたちが安全策を取るためだ。メダル制にすれば、各レースで全ドライバーが優勝を目指すようになるから、必然的にオーバーテイクが増えてレースがアグレッシブになる」ってことだ。そりゃそうだろうけど、優勝する以外に意味がないレースなんて、逆に、どうしても上位に食い込めない弱いチームにとっては、参戦する意味すらなくなっちゃう。フェラーリのマシンが優勝することよりも、トロロッソのマシンが3位に入ることのほうが意味がある、これがF1なのに‥‥。

でも、チームやドライバーのことをよく分かってるFOTAからは、「給油禁止」なんて意見も出てる。ようするに、すべてのマシンが満タンでスタートして、ゴールするまで給油ができないってワケで、これには、クルサードを始めとした何人ものドライバーも賛成してるし、あたしも賛成してる。昔も、給油禁止の時期があったけど、給油がなくなると、ピットでの争いよりもコース上での争いのほうの比重が大きくなるから、必然的にオーバーテイクが増えて、レース自体が熱くて面白かった。だから、あたしは、ピットでの給油競争も好きだけど、ただ単に「コース上でのオーバーテイクを多くする」ってことであれば、「給油禁止」は有効なアイデアだと思ってる。

だけど、いろんな意見やアイデアで出てる中で、すでに実践されちゃったのが、マシンの外観の大幅な変更っていう、多くのF1ファンを失望させた愚策だった。オーバーテイクしやすくするための変更なんだろうけど、車に轢かれたハモニカみたいなフロントウイングや、ちっちゃくて幅が狭くてお風呂のイスみたいなリアウイングとか、もう、言葉にならないほどカッコ悪いマシンになっちゃった。すでに、多くのドライバーたちが、「F1の長い歴史の中でもっとも醜いマシンだ」ってコメントしてるけど、ホントに、これほどまでにカッコ悪いフォーミュラーカーは見たことない。カッコ悪いってよりも、気持ち悪い。

つまり、エンジンを統一するとか、レース中の給油を禁止するとか、そうしたことは置いといても、この宇宙一ダサいマシンの外観だけは、もう決まっちゃったのだ。だから、来シーズンからは、この気持ち悪いマシンがサーキットを走るワケで、これだけで、すでにもうF1を観る気持ちが半減しちゃってるのだ。だから、さらにエンジンが統一されちゃったら、100人のF1ファンのうち98人くらいは、Fポンとかナスカーとかしか観なくなっちゃうと思う。

‥‥そんなワケで、大好きなF1のことを書くんだから、ホントならもっと楽しいことを書きたかったんだけど、ホンダの撤退っていうビックル一気飲みのニュースで、あたしの頭の中は、「バリチェロとバトンはどうなっちゃうのか?」ってことを始めとして、いろんな不安が渦巻いてて、マトモに思考できない状態に陥っちゃってる。だから、いつもの楽しい「F1ストーブリーグ」は、もうちょっと落ちついてからってことにして、今回は、無差別に言いたいことを殴り書きさせてもらった感じの今日この頃なのだ。


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柏崎刈羽原発、漏れた放射性廃棄物を14年間放置

「柏崎刈羽原発、漏れた放射性廃棄物を14年間放置」(世田谷通信)

新潟県中越沖地震で被災し運転停止中の柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市)で、3日午後、運転再開に向けて配管類の耐震補強の必要性を調べるため、検査員が1号機タービン建屋の床下のパイプスペースに入ったところ、20平方メートルもの広範囲に放射性物質を含む使用済み樹脂が漏れているのが見つかった。報告によると、1994年に使用済み樹脂を廃棄槽へ流した際、配管途中の排水弁が開いていたために漏れたそうだ。この排水弁は今回の調査まで14年間も開いたままで、この大量の放射性廃棄物も14年間放置されたままだったことになる。東京電力の担当者は「この排水弁は隣接する他の弁とコックの操作方向が逆なので閉めたつもりで開けてしまったらしい」と信じられないような説明をした。一方、11月13日と27日に連続で火災を起こした東北電力女川原発1号機(宮城県石巻市)でも、火災の原因となったアルミテープが、規定に適合した不燃性のものではなく、可燃性のものを使っていたことが明らかになった。これらの事故は、すべてずさんな管理による人災であり、何度も繰り返されるこうした人災に付近の住民たちの不安はつのるばかりである。(2008年12月4日)


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2008.12.04

メカネコドン

あたしの大好きな青木純さんの「メカネコドン予告編」が公開されました!

青木さんの作品は、やっぱりサイコーです♪



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いさおパワー降臨?

あたしのお誕生日のすぐあとに届いたので、もう10日くらい前のメールなんだけど、今日は、まず1通のメールを紹介する。


お名前:nawo
コメント:きっこさんはじめまして。4年ほど前から毎日日記を楽しみに読ませていただいております。もちろん本も持っております!私は神奈川県在住の35歳、最近主婦になりました。最近まで都内のホテルで婚礼スナップカメラマンをしておりました~。きっこさん、36歳のお誕生日おめでとうございます。これからますます素敵なお歳を重ねて下さいね!さてご報告なんですが、今日の競馬マイルチャンピオンシップ当たりました!きっこさんが言っていた「130」ですが、この秋から競馬で色々な「130」の数字をからめた買い方を試してました。それで今日は14時30分の時点での三連単人気オッズでの「129」位「130」位「131」位を買ってみました。昨日(-1)はきっこさんのお誕生日だったし、今日は次の日だったので1プラスして「129」と「131」も買ってみたのです。そうしたら、131位がみごと的中、53980円(直前オッズは136位)が当たりました!200円ずつ買ってたので53980円の2倍107960円が当たりました。買った馬券の金額を引いて純利益105560円です。本当にありがとうございました。まずは、きっこさんにご報告しなければと思いメールさせていただきました。つたない文ですみません。お母様もきっこさんのような素敵な娘さんをお持ちで幸せですね。これからもお体に気をつけながらお仕事頑張ってくださいね。影ながら応援しております。本当にありがとうございました!


nawoさん、おめでとう!‥‥って言いたいとこだけど、ナニゲに、ムリヤリ感がいなめない。もちろん、あたしの頭に浮かんだ「130」って数字をモトにして、そこからの発想で買って当たったんだろうけど、当たったのは「131」だし、直前のオッズでは「136位」だったってことを考えると、リトル苦しい。もちろん、当たったことはおめでたいけど、これは、あたしがお礼を言われるようなことじゃなくて、すべて、nawoさんのインスピレーションによる勝利だと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、「オッズで130位の組み合わせを買ったらバッチリ当たった」ってメールだったら、「おおっ!」って思って、すぐに紹介したと思う。だけど、このnawoさんのメールは、やっぱりちょっと苦しい当たり方なので、あたしの中ではお蔵入りのメールだった。それなのに、何で今さら紹介したのかって言うと、「これぞ神がかり的!」ってのが、今日、起こったからだ。

あたしは、今日、都内某所の某テレビ局の近くの某事務所で、11時から打ち合わせがあった‥‥って、あんまり「某」を連発するのもアレだけど、具体的なことを書くと公私に渡って不具合が生じるので、この辺はサラッと流して欲しい。で、荷物も少ないので、エコ通勤で電車に乗って向かってたんだけど、渋谷に着いて乗り換えのために地上に出たら、その事務所の人からケータイにメールが来てて、打ち合わせのメインの先生が2時間遅れで、急きょ、13時からに変更になったって言う。それで、その時間でも大丈夫かどうか、折り返してくれって書いてあったので、あたしは、すぐに電話を入れて、OKだって伝えた。

それで、とにかく先方の事務所の近くまで行っておこうと思って、そのまま電車を乗り換えたら、あたしがホームに着いた瞬間に電車がやって来たりして、あまりにもサクサクと進んじゃって、向こうの駅に10時45分に着いちゃった。1時間くらいなら、そこらをブラブラしても時間を潰せるんだけど、2時間以上もあったから、当然、あたしの足は、近くのパチンコ屋さんへ向かったってワケだ。

もちろん、すべてを自分のカンに委ねて勝負してるあたしだから、たとえパチンコ屋さんに入っても、どこからか「今日はやめといたほうがいい」って感じのテレパシーみたいなのが感じられた日は、打たずに店を出る。うまく説明できないけど、なんて言うか、パチンコ屋さんの店内が、あたしのことを拒絶してるみたいな空気を漂わせてる時があって、そんな時は、どんなにがんばっても勝つことはできない。

だけど、今日は、そんな雰囲気もなく、まあまあの「イイ感じ」が漂ってた。ただ、時間が2時間しかないことから、ヘタに連チャンしても困るし、そんなにガツガツと勝たなくてもいい状況になったから、今日は甘デジを打ってみることにした。それで、甘デジのコーナーを見て回って、大好きな「戦国乙女」か「匠の道」を探してたら、パッと目についたのが「銀河鉄道999」だった。

あたしは、松本零士大先生のマンガやアニメは大好きだけど、パチンコはあんまり相性が良くない。新しいほうの「宇宙戦艦ヤマト」と「キャプテンハーロック」では、1回ずつ大勝ちしたことがあるけど、あとは、これと言って勝った記憶がない。2000円だけ打って、ぜんぜん回らないからやめたり、3000円だけ打って、一度も熱い予告が出ないからやめたりって感じで、あたしみたく少ない投資額で立ち回ってるタイプには合わない機種みたいな感じがする。

だから、いつもなら、「銀河鉄道999」が目に入っても、スルーしてるとこだった。だけど、今日は、画面の右側のメーテルの役モノを見た瞬間に、某パチンコ雑誌のアイドル、さやかさんのメーテルのコスプレが浮かんだのだ。さやかさんと言えば、あの名作、「ダイナミック五郎」の原作者としてもオナジミだけど、ご本人のブログによると、このメーテルのコスプレ、「衣装が10000円くらいでカツラが5000円くらいでした!」っていう高額なお値段なのにも関わらず、「これでも安い方なんですよ」と来たもんだ。うひゃ~!

そう言えば、あたしが「サクラ大戦」のすみれちゃんのコスプレ(お着物のほう)を調べた時も、10000円だった。だから、コスプレの衣装で10000円てのは、特別に高いワケじゃないんだろうけど、似たような色とデザインの浴衣が2000円で売られてたのを見て、あたしは、「それなら浴衣を5枚買ったほうがいいじゃん」て思ったりもした。ま、そんなこたー置いといて、倹約家のあたしなら、「銀河鉄道999」のコスプレをするとしても、たった100円でできる。それは、100円ショップでラップを買って来て、全裸になって、全身にラップを巻いちゃうのだ。これで、食堂車のウエイトレスの「クレア」のコスプレが完成だ‥‥って、中身が丸見えじゃん!(笑)

‥‥そんなワケで、寄り道はこれくらいにしといて、初めて「銀河鉄道999」の甘デジを打ってみることにしたあたしは、5~6台ほど並んでた台の上の回転数を見た。そしたら、誰かが朝イチでカニ打ちをしたのか、ハシッコから、7回転、11回転、9回転‥‥って感じになってた。なんか、コレってイヤだよね。午後から来たのなら、逆にいっぱい回ってて、アイドリングが完了してるほうがいいんだけど、まだ午前中なんだから、できれば誰も打ってない0回転の台で打ち始めたい‥‥って思ったら、最後の1台が0回転だったのだ。それで、あたしは、その台で打ってみようと思った瞬間、自分の目を疑った! ナナナナナント!その台は「130番台」だったのだ!

この瞬間まで、あたしは、「130」のことなんて、まったく忘れてた。場合によっては、最初から「130」に関係した番号の台を選ぶ時もあるんだけど、今日はそうじゃなかった。「130」のことなんて、ぜんぜん考えてなくて、他の理由から「銀河鉄道999」を打ってみることにして、他の理由からこの台に決めたのに、それが偶然にも「130番台」だったのだ。つーか、これぞ「必然」じゃん! それで、思いっきり運命を感じたあたしは、甘デジだから、お財布から1000円札を3枚出して、1枚を入れた。残りの2枚は、手元のドル箱に入れて、さっそく打ち始めた。そしたら、最初の1回転で、画面いっぱいにメーテルの顔が出て、なんかセリフを言った。周りがキュンキュン鳴ってる上に、メーテルってボソボソとしゃべるから、なんて言ったのか聞き取れなかったんだけど、ホンの一瞬のことだった。

そして、メーテルの「7」のリーチになったら、左から鉄郎がカットインして、右からメーテルがカットインして、メーテルが両手を差し出してるスーパーに発展した。もう、メーテルのおてんこ盛りだ。もう、メーテル三昧だ。それで、メーテルの差し出した手の上に、数字が順番に出て来て、「5」が消えて、「6」が消えて、いよいよ「7」だって思って見てたら、「7」も消えて、次の「8」で止まった。画面は、「7」「8」「7」で止まってる。それで、あたしは、「そりゃそうだよな‥‥」って思った瞬間、画面がパッと明るくなって、またメーテルの大きな顔が出て、またなんかボソボソとしゃべったと思ったら、真ん中の数字がキューンって戻って来て、「7」のメーテルが3つそろっちゃったよ、おい!(笑)

そして、画面には「大当たり」の文字が出て、例の軽快なイントロが流れ出して、「さあ行くんだ~その顔を上げて~♪」って、タケカワユキヒデが歌い出した。すげ~!たった1回転だよ!朝イチの1回転で確変の大当たり~!これぞ「130」のミラクルだ!

今年の4月に、朝イチの0回転の「エヴァンゲリオン~使徒、再び~」を打って、最初の1回転目でアニメがドドドド~ッて流れて、「新生モード」に突入したことがあった。そして、2回転目で「3」で当たって、ナンダカンダで10連チャンしたんだけど、これは、正確に言えば、「朝イチの1回転目で大当たりした」じゃなくて、「朝イチの1回転目で2R確変を引いた」ってことになる。それでも、長いことパチンコを打って来て、こんなの初めてだったから、すごくコーフンしたけど、今日のは、完全に「朝イチの1回転目で大当たりした」ってことだ。

それも、ずっと気になってた数字、「130」の台なんだから、これはスゴイ!‥‥って思ったのもトコノマ、たった5Rで終わっちゃった。実は、あたし、甘デジってほとんど打ったことがないから、イマイチ分かってない。確変の数字で当たれば、無条件でフルラウンドあるのかと思ってたのに、「7」で当たっても5Rの場合もあるんだ‥‥。トホホだよ‥‥。1分ほど前までは有頂天だったのに、1箱もらったと思ってたのもチョイノマ、ドル箱には底が見えるほどのパラパラの玉しか出てないし、タケカワユキヒデと一緒に頭の中で口ずさんでた歌は、いいとこで終わっちゃうし、なんだか、「試合に勝って勝負に負けた」って感じで、あたしは、グッタリしちゃった。

それでも、確変は確変なワケで、次の当たりが保障されてる。だから、次に期待すればいいワケで、あたしは、タバコをつけて、気持ちを切り替えて、続きを打ち始めた。そしたら、1回転目で、画面の上の「999」の役モノがガガガガ~ッて降りて来て、モトに戻って、「9」が1個だけ点灯して、またガガガガ~ッて降りて来て、今度は「9」が2個点灯して、3回目で「999」がぜんぶ点灯して、それから車掌さんが登場して、999から大砲が出て、敵と戦うスーパーに発展して、「3」の鉄郎がそろった。とりあえず、確変だ。

だけど、これも、5Rで終わっちゃった。今度は、上皿に玉が満タンだったから、1回目よりはドル箱に溜まったけど、それでも半分にもならない。朝イチの1回転で大当たりして、次も1回転目で疑似連に突入して当たったんだから、2回しか回さずに2回とも確変が当たったっていう打率10割のミラクルラッキーなのに、それでドル箱の半分にもならないなんて‥‥。結局、次はノーマルの「6」で当たって、ラウンド前の昇格チャンスもダメで、何とかわずかな時短で引き戻したんだけど、それもノーマルで、今度は時短もダメだった。時短て言っても、たった20回だから、1回でも引き戻せただけでもマシだろう。

‥‥そんなワケで、あたしは、最初こそ良かったけど、当たっても当たっても玉が溜まらない甘デジは、やっぱりイライラしっぱなしで、どうしても性分が合わないってことが分かった。だから、5Rが4回でちょうど1箱くらいになってたから、ここでやめることにした。だけど、このまま打ち続けてれば、絶対にすぐに引き戻すような感じがして、台からも「もっと打って」って感じのテレパシーがビンビンと伝わって来てた。でも、イライラしちゃってどうしてもムリなので、後ろ髪を引かれる思いで店員さんを呼んだ。

出玉は、1462発で、こんなちょっとを換金してもジンジャエールなので、タバコに交換することにした。そしたら、セブンスター19個と、お菓子と飴になったから、500円の投資としては、まあまあだろう。でも、これがまた、あたしの性分が合わない景品の数だった。あと38発出てれば、ちょうどセブンスター20個になって、開けてない10個入りのパッケージが2つだったのに、ちょっとだけ足りなかった。カウンターの女の子は、後ろの棚から10個入りのパッケージを2つ取り出して、あたしの目の前で片方のハシッコを開けて、タバコを1個だけ取り出して、その部分を折って、袋に入れつつ、「あと42玉で~す」って言った。

この、ちゃんとそろってた形のものをわざわざ崩すのが、あたしには耐えられないた。たとえば、タバコが12個で、「10個入りのパッケージとバラで2個」ってふうに渡されるんなら、ぜんぜん問題ない。百歩ゆずって、タバコや18個なら、10個入りのパッケージを2つ出して、片方を開けて2個出しても、そこんとこが平らになるからガマンできる。でも、この19個ってのは、開けた口を折り直したとこがキチンと平らになってないし、何よりも「あと1個なのにぃ~!」っていうイライラ感が強くて、すごく精神的によくない。

その上、出玉のほうにも問題がある。おんなじ「タバコ19個」でも、出玉がちょうど1425発だったんなら、タバコ1個が75玉×19個=1425‥‥ってことで、タバコの数のほうは中途半端でも、玉の数のほうがピッタンコだから、気持ちがスッキリする。つまり、お店のお料理はイマイチだったけど、お店の雰囲気とか店員さんの対応とかがすごく良かったから、そんなに不愉快にはならなかった‥‥って感じなのだ。だけど、玉の数のほうも中途半端、タバコの数のほうも中途半端ってことになると、何でもキチンとしてるのが好きなあたしとしては、たとえパチンコに勝っても、「あ゛~~~~~!」って気持ちになっちゃうのだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、まだ1時間以上も時間があったけど、パチンコ屋さんを出ることにした。それは、あまりにも後ろ髪を引かれる力が強かったから、逆に、恐くなっちゃったのだ。台を離れる時の不思議な感じもそうだけど、この景品交換での「あ゛~~~~~!」って気持ちも、いつも以上に強かったからだ。つまり、台から景品に至るまで、パチンコ屋さん全体の雰囲気が、あたしに対して、「中途半端でやめるな。これからジャンジャン出るのに」って言ってるように感じたのだ。

あたしだって、この日がお休みで、何時まででも打ってられるんなら、まだ続けて打ってた。だけど、今日は大事な打ち合わせだったから、もしも連チャンが続いてて遅刻でもしたら大変だし、大事な打ち合わせの前に気持ちをお仕事モードに切り替えておきたかったから、意を決してパチンコをやめたのだ。ただ、これまたうまく説明できないけど、このまま打ち続けてたら、15Rの大当たりが連発して、少なくとも5箱以上は積めたような感じがヒシヒシとしてたのだ。

それで、あたしは、無事にお仕事も終えて、そのあとの用事も済ませて、夜、帰って来た。そして、この不思議な感覚のことが気になってたから、インターネットでパチンコの「銀河鉄道999」のことを調べてみた。そしたら、あたしが打った甘デジのほうだと、5Rの当たりの時は、ゴダイゴの「さあ行くんだ~その顔を上げて~♪」って歌が流れるんだけど、15Rの大当たりの時には、佐々木功の歌うテレビアニメの主題歌が流れるって書いてあった。ふ~ん、そうなのか‥‥って、佐々木功‥‥佐々木功‥‥ささきいさお‥‥ささきいさお‥‥いさお‥‥いさお‥‥いさお!


おおっ!「いさお」って「130」だ!


「326」って書いて「みつる」って読ませるムリヤリさかげんに比べたら、「130」はあまりにも「いさお」そのものだ。それに、あたしが「銀河鉄道999」を打とうと思ったキッカケになったさやかさんは、中学時代に「326」のマネをして「038(まるさや)」って名前で絵を描いてたのだ。つまり、ここで、すべての点と点とが線でつながり、線と線とで面になり、面と面とで立体になり、立体と立体とで裸体になり、ラップを巻いたらウエイトレスの「クレア」になったってワケだ(笑)

‥‥そんなワケで、他力本願が嫌いなあたしの場合は、ギャンブルはパチンコと麻雀しかしないので、他のギャンブルのように「偶然」で勝てる確率は極めて低い。自分の実力と経験とデータ収集が、勝敗を大きく分ける。だけど、いくら実力があったって、いくらデータを集めたからって、麻雀ならともかく、パチンコで確実に勝つためには、朝イチで潜伏確変を拾って回るくらいしか方法がない。そして、これほどの高確率であたしが勝ててるのは、すべてをカンに委ねて、そのカンが当たってるからだ。結局は、これも「偶然」なのかもしれないけど、先月、「バーチャファイター」で36連チャンして11万円近く勝ったのも、たくさん空いてた台の中から、「130」に絡んだ台を選んだ時だった。だから、「偶然」であろうと「必然」であろうと、これからしばらくは、この不思議な「いさおパワー」を使わせてもらおうとモクロんでる今日この頃なのだ。


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2008.12.03

ロックンロール・フロンティア

あたしと同世代の人なら、チェッカーズとかは知ってると思うけど、チェッカーズが「ギザギザハートの子守唄」でデビューする7~8年くらい前、まだ、あたしが幼稚園に通ってたころに、チェッカーズと同じく、ベイシティローラーズ系の5人組アイドルロックバンドがデビューした。1977年のデビュー曲、「Hey! I Love You!」は、作詞が森雪之丞、作曲が馬飼野康二っていうクレジットからも分かるように、どんなに「ロックふう」に作ってあったとしても、それは、オオカミの皮をかぶったヒツジならぬ、ロックの皮をかぶった歌謡曲ってワケだった。

そのバンドの名前は、「レイジー」、ご存知、ディープ・パープルの名盤中の名盤、「マシン・ヘッド」に収録されてる隠れた名曲のタイトルだ。つーか、幼稚園児でも知ってる「ハイウェイ・スター」や「スモーク・オン・ザ・ウォーター」が入ってるアルバムなのに、その隙間の「レイジー」にしちゃうとこが渋いんだけど、気の毒なことに、このバンドを売り出そうとした「後ろの大人たち」は、音楽よりもお金が好きな商業音楽家たちだったために、メンバーの方向性や意向を無視して、こともあろうに、アイドル路線でのデビューをゴリ押ししたのだった。

そして、アマチュア時代の彼らに目をつけたムッシュかまやつが、メンバーひとりひとりに、ミッシェルだのポッキーだのファニーだのスージーだのデイビーだのって、見た目のインスピレーションで、テキトーなニックネームをつけてった。で、当時は歌謡曲の全盛期だったから、歌謡曲専門の作詞家や作曲家に依頼して、今じゃ、おいおいおいおい!って感じの、とてもじゃないけどロックバンドは恥ずかしくて演奏できないような楽曲を与えて、これまた恥ずかしくて着れないような衣装を着せて、アイドルバンドとしてデビューさせたってワケだ。でも、商業音楽家たちのオモワクはドンピシャで、レイジーは、3曲目の「赤頭巾ちゃん御用心」がヒットして、一躍、アイドルの仲間入りをした今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、自分で書いといてこんなこと言うのも無責任なんだけど、このマクラに書いたことは、リアルタイムにはぜんぜん知らない。すべて、あとから、先輩や年上の人から聞いた話だ。で、あたしが知ってるレイジーは、レイジーとしての最後のアルバム、「宇宙船地球号」だけだ。それも、あたしがこのアルバムを聴いたのは、発売されてから10年近く過ぎた、高校生になってからなのだ。高校生になって、初めてバンドを組んだ時に、3年生の先輩が、「日本のロックを聴くと勉強になるよ」って言って貸してくれたカセットテープの中の1本が、この「宇宙船地球号」だった。

レイジーが活動してたのは、わずか3~4年くらいだったみたいで、あたしが幼稚園のころから、小学1年生くらいまでだ。だから、たぶん、テレビの歌番組か何かで何度かは観てたかもしれないけど、正直言って、まったく記憶がない。あたしが歌番組に夢中になり始めたのは、小学2年生の時に、松田聖子ちゃんが登場してからだ。クラスの女の子の間で、聖子ちゃんは「現実の世界のお姫様」みたいな位置づけになって、あたしも夢中になった。そして、その2年後くらいに中森明菜ちゃんが「スローモーション」でデビューした時に、あたしは、あまりの美しさに「世の中にこんなに美しい人がいたんだ」って思って、それからはずっと明菜ちゃんだけに夢中になった。だから、まだあたしが歌番組とかに興味を持ち始める前に活躍してたのが、レイジーだったってワケだ。

で、あたしは、高校生になってから、先輩が貸してくれた、レイジーの「宇宙船地球号」ってアルバムのテープを聴いたんだけど、すんごくカッコ良くて、特に、1曲だけ入ってたインストの曲のギターがカッコ良くて、まだ6種類くらいしかコードが弾けなかったあたしとしては、神様のように神々しく感じられた。ドラムも、海外のハードロックバンドみたいなタム回しや、奥行のある叩き分けがカッコ良くて、なんて言うか、狭いスタジオの中で演奏してるんじゃなくて、宇宙空間で演奏してるみたいに感じられた。

先輩が貸してくれたカセットテープには、バンド名と曲名しか書いてなくて、メンバーの名前とかは分からなかった。それで、興味を持ったあたしが、ハードロックやメタルを専門にしてた先輩に聞きに行ったら、軽音楽部の部室で、「アースシェイカー」とか「ラウドネス」とか「アイボリーゲイト」とか「44マグナム」とか「アンセム」とかのテープを順番に掛けながら、「レイジーのギタリストの誰々とドラマーの誰々が結成したバンドがラウドネスで、そこにボーカルで入ったのがアースシェイカーの誰々で~」って説明してくれた。もちろん、複雑で覚えられなかったけど(笑)

で、それから20年近くが過ぎて、あたしは、マサカ、アースシェイカーのギタリストのSharaさんからメールをいただくとは思ってなかった。それもこれも、以前から懇意にしてくださってた「オアシス」の渡辺末美さんが、Sharaさんを始めとしたアースシェイカーのメンバーとつながってたからで、あたしは、渡辺さんから転送されて来たSharaさんのメールの「きっこの日記をいつも読んでます」って言葉に、ビックル一気飲みだった。

‥‥そんなワケで、アイドルバンドとしてデビューせざるを得なかったレイジーは、やっぱり自分たちのやりたいハードロックへ向かうために、解散後、ギタリストの高崎晃さんとドラマーの樋口宗孝さんが中心になって「ラウドネス」を結成した。だけど、レイジーのボーカルだった影山ヒロノブさんは、自分の道へと進み、後に「ドラゴンボールZ」の「ちゃ~ら~へっちゃら~♪」とかを歌うようになって、ピンクレディーのミーちゃんとかもやってる「アニメタル」ってジャンルを確立した。

正直、このジャンルは、あたしにはチンプンカンプンなので触れないけど、あたしにも分かる「ラウドネス」のほうは、Sharaさんの高校時代の同級生で、最初にアースシェイカーを結成した時の仲間の二井原実さんが、初代のボーカルとして参加した。それからずっとして、Sharaさんは、樋口宗孝さんや二井原実さんと「スライ」を結成したりもしてるので、この辺りのメンバーは、バンドは違えどみんな仲間って感じなんだと思う。

当時は、「東のアイボリーゲイト、西のアースシェイカー」って言われてて、この2つのバンドが、ニポンのハードロックの双壁をなしてたそうだ。だから、大阪出身のアースシェイカーやラウドネスが仲良しなのは分かるけど、東京のアイボリーゲイトとは仲が悪かったのかな?‥‥なんて思ったら、しばらく前にSharaさんからいただいたメールに、まだデビューしたてのころ、東京にライブに来て、泊まるとこがなくて、アイボリーゲイトのギタリストのロミーさんのとこに泊めてもらった話とか、ロミーさんは今は三茶でロックバーをやってるって話とかが書いてあって、あたしは、「みんな仲良しだったんだ~♪」って思った。

で、もう皆さんお気づきだと思うけど、あたしが何でこんな話題を書いてるのかって言うと、オトトイの11月30日に、ラウドネスのドラマーの樋口宗孝さんが亡くなったからだ。樋口さんは、今年の春に肝細胞癌と診断されて、それから治療に専念して来た。10月には、オフィシャルサイトに途中経過が報告されたんだけど、その内容は、つらい大手術や厳しい現状などが淡々と書かれてて、必ずしも良い報告じゃなかった。でも、ファンや仲間に対する樋口さんの気持ちが伝わってくる、とっても力強いメッセージだった。だけど、このメッセージを最後に、樋口さんは、帰らぬ人となった。49才、あまりにも早すぎる。

最初に樋口さんの訃報を伝えたのは、高崎晃さんだった。高崎さんのオフィシャルブログに、11月30日の深夜、「今朝LOUDNESSのドラマーの樋口宗孝が肝ガンの為、永眠しました。たくさんの応援とお見舞い、ありがとうございました。」っていう短いコメントが書かれたのだ。30年近く、一緒に音楽をやって来た親友の死に、多くを語ることなどできず、これが精一杯のコメントだってことが、痛いほど伝わって来た。

二井原実さんも、翌1日、自身のオフィシャルブログに、たった5行の短いコメントを出した。Sharaさんも、自身のオフィシャルブログに、たった4行の短いコメントを出した。あたしは、これらの短いコメントが、樋口さんを愛する仲間たちの、言葉にならない言葉なんだと思って、胸をしめつけられるような気持ちがした。

‥‥そんなワケで、昨日は、奇しくも、アースシェイカーのマーシー(西田昌史)さん、SHOW-YAの寺田恵子さん、ラウドネスの二井原実さんの3大ロックボーカリストで結成してるユニット、「西寺実(にしでらみのる)」のプレス向けお披露目ライブが、渋谷で行なわれた日だった。ライブ終了後、二井原さんは、「ほんまにつらい。28年間一緒だった仲間。ひぐっつあんは僕の歌の一番の理解者やった。他のメンバーと大阪にお見舞いに行こか、と話をしていた矢先だけに悔やまれる‥‥」って言葉少なに語ったそうだ。元レイジーのメンバーだと、ラウドネスの初期に少しだけ参加して、音楽性の違いから道を分かつことになったベースの田中宏幸さんも、2年前の2006年に急性心不全で亡くなってるんだけど、同期の仲間たちから愛されてただけじゃなく、後に続く多くのドラマーからリスペクトされてたニポンを代表するロックドラマー、樋口宗孝さんの死は、ニポンの音楽界にとって、本当に貴重な宝を失ったことになる。

だけど、ひとつだけ言えることは、樋口さんは、アイドルのマネゴトをしないと演奏させてもらえなかったような時代にデビューしたのに、それでも夢を捨てずに自分の道を歩き続け、自分の力でロックに市民権を与えたフロンティアだったってことだ。数えきれないほどの後進のバンドたちに、今、ハードロックやヘヴィメタルってジャンルの音楽でメジャーデビューへの道がひらかれてるのは、樋口さんと仲間たちが道を切り拓いて来てくれたからなのだ。だから、あたしは、樋口さんの作って来た音楽だけじゃなく、歩いて来た道そのものが、本当の意味でのロックだったんじゃないかって感じてる今日この頃なのだ。


最後に、樋口宗孝さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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2008.12.02

人を裁くということ

つい、こないだ、2008年になったばかりだと思ってたら、もう今日から12月なの?‥‥って感じでスタートした師走だけど、まずは、あたしとおんなじ秘密結社「J」のメンバーたちへの連絡事項、今日、12月2日(火)は、夜8時から、bay FM の「ON8」を絶対にお聴き逃しなく~♪‥‥ってことで、いくら12月に入ったからって、やっぱり「来年のことを言うと鬼が笑う」ってワケで、あたし的には、どうして鬼を笑わせちゃいけないのかが分かんない。つーか、いっつも恐い顔をしてる鬼を笑わせてあげるんだから、逆に感謝して欲しいくらいだし、「笑う門には福来たる」って言葉もあるように、怒ってるよりは笑ってるほうがいいだろう。

で、鬼に笑ってもらうために来年のことを言うけど、来年の5月から、有無を言わさずに始まっちゃうのが「裁判員制度」だ。ちなみに、「有無」は、「ゆうむ」じゃなくて「うむ」って読むので、そこでマンガ読みながら鼻クソをほじくってる太郎くん、よく聞いときなさいね!ちゃんと聞いとかないと、大人になってから恥をかくわよ!‥‥なんてのも織り込みつつ、車を運転しながらラジオを聴いてたら、この裁判員制度がとにかく不評で、裁判員に選ばれたのに辞退したがる人が続出してるらしい。来年の裁判員候補者に通知を開始したトタンに、専用コールセンターには、連日、800件から1000件もの問い合わせが相次いでるんだけど、そのうちの半分は、「どうしたら辞退できるのか?」っていう質問なんだそうだ。

そりゃそうだよね。法律の知識がまったくない一般市民を集めて、そこらの万引き事件くらいを裁かせるんならともかく、「死刑にするか無期懲役にするか」なんていう強盗殺人事件とかの凶悪事件を裁かせるってんだから、言い換えれば、車の免許を持ってない人に、F1を運転させて時速350キロでサーキットを走らせるようなもんだ。テレビのニュースでも、通知が届いたっていう65才のおばちゃんのコメントを流してたけど、「法律のことなんか何も知らないのに、どうしたらいいのか分からない。それなのに正当な理由がないと辞退できないだなんて、本当に困っている」って言ってた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、最初に言っとくけど、今回の「裁判員制度」には、賛成でも反対でもない。ただ、ひとつだけ言わせて欲しいのは、国民のほうから望んで始まった制度じゃなくて、国のほうから一方的に押しつけて来た制度なんだから、最低でも「やりたくない人は自由に辞退できる」ってことにしないとおかしいんじゃないの?‥‥ってことだ。そして、百歩ゆずっても、もしも強制するんであれば、「辞退できるケース」を明確にすべきなんじゃないの?‥‥ってことだ。

だって、あたしは、ラジオで「裁判員制度」の説明をしてるのを聴いて呆れ果てたんだけど、この「辞退できるケース」ってのが、あまりにもデタラメなのだ。ラジオでは、当局が発表した「辞退できるケース」「辞退できないケース」ってのを挙げてたんだけど、どれもアヤフヤで、キチンとした線引きがない。たとえば、「入院中」なら辞退できるけど「通院中」は辞退できない‥‥って言っておきながら、「通院中」でも、辞退できるケースもあるって言う。それなのに、それが明確じゃなくて、「これこれなら辞退できると思うけど、もしかするとダメかもしれない」なんて言ってるのだ。

でもまあ、こんなのは別にいい。あたしが、自分の耳を疑ったのは、「ナンバー1のキャバクラ嬢は辞退できる」ってのだ。その理由は、「ナンバー1のキャバクラ嬢が休むと、お店に大きな損害を与えるから」ってもので、まあ、それは理解できる。あたしがぶっ飛んだのは、「これはあくまでもナンバー1のキャバクラ嬢だけで、ナンバー2以下は辞退できない」って部分だ。なんじゃこりゃ?

だって、ナンバー1のキャバクラ嬢が辞退できる理由が、「お店に大きな損害を与えるから」って言うんなら、ナンバー2やナンバー3がお店をお休みしたって、それなりに損害を与えるだろう。たとえば、そのお店のナンバー1の売り上げが月に500万円で、ナンバー2の売り上げが490万円だったとしたら、ほとんど変わらないじゃん。それなのに、ナンバー1は辞退できるのに、ナンバー2は辞退できないだなんて、これほどおかしな話はない。

五反田のキャバクラ「エヴァンゲリオン」の場合なら、ナンバー1のレイちゃんと、ナンバー2のアスカちゃんが、このお店の2枚看板で、毎月のようにナンバー1とナンバー2とを争ってる。だから、先月はレイちゃんがナンバー1だったけど、今月はアスカちゃんのほうがナンバー1になるかもしれない。そして、もしも来年の6月に裁判の呼び出しがあったとしたら、ナンバー3のミサトが、6月がお誕生日だから、この月だけはたくさんのお客から指名されて、ナンバー1になるかもしれない。こんな状況なのに、レイちゃんが、「あたしはナンバー1だから辞退します」なんて言って、それでOKなワケ? あまりにもデタラメだと思うんだけど。

つーか、もっと基本的なこととして、仮に、ナンバー2のキャバクラ嬢が、正直に裁判に参加したとする。そして、強盗殺人事件の裁判を担当させられたとする。で、このキャバクラ嬢以外の裁判員たちの意見が、死刑と無期懲役とで半々に分かれてて、あとは、このキャバクラ嬢の判断でどっちかに決まるって状況になった時に、「めんどくさいしぃ~~よく分かんないからぁ~~このサイコロを振ってぇ~~偶数が出たら死刑にしてぇ~~奇数が出たら無期懲役にするぅ~~」って言い出して、サイコロで偶数が出たらどうすんだろう? いくら凶悪犯罪者だとは言え、それなりの人権はあるワケで、こんなことで簡単に死刑になっちゃってもいいんだろうか?

もちろん、他の裁判員や、プロの裁判官のいる場所で、実際にこんなセリフを言ったり、サイコロを振ったりしたら、とがめられるだろう。だけど、法律のことも何も分からない一般市民が、どっちを選んだらいいのかぜんぜん分からない状況に置かれたら、口には出さなくても、頭の中で、何らかのサイコロを振るんじゃないだろうか? たとえば、決断を迫られてるのに、どうしても自分の意思じゃ決められなかった場合に、ケータイをパッと開いて、画面に表示されてた時間が偶数だったら死刑、奇数だったら無期懲役‥‥とか。

‥‥そんなワケで、今のニポンでは、約85%の人が死刑に賛成してて、残りの約15%の人が死刑に反対してる。もちろん、これは、「条件つきで賛成」とか「条件つきで反対」とかの人たちも入ってるので、100人のうち85人が無条件で死刑を支持してるワケじゃないけど、とにかく、こんな感じの割合になってる。そして、あたしが言いたいのは、「死刑は絶対に反対」っていう人たちのことだ。これは、全体の10%にも満たないんだけど、それでも、そういう考えの人たちがいることは事実だ。

たとえば、小学生の女の子を2人誘拐して、性的なイタズラをした挙句に、2人とも殺した事件があったとする。そして、この事件の裁判では、あまりにも悪質だってことで、裁判員の過半数が死刑を支持して、この犯人は死刑が確定したとする。で、この事件とまったくおんなじに、小学生の女の子を次々と誘拐して、ぜんぶで20人もの女の子を惨殺した事件があったとする。普通に考えたら、どう見たって死刑だよね。でも、この裁判で集めた裁判員が、偶然にも、全員が「死刑は絶対に反対」っていう思想の人たちだったとする。そしたら、2人殺した犯人は死刑なのに、20人殺した犯人は無期懲役になっちゃうじゃん。

これは極端な例だけど、とにかく、「死刑は絶対に反対」っていう思想の人の場合は、その事件の内容を個別に判断するとか、情状面を審議するとか、そんなことは関係なく、大前提として「死刑はナシ」って考え方があるワケだ。つまりは、その事件の内容だけじゃなく、現在のニポンの法律も、過去の判例も、すべてを無視して、自分の中だけにある自分の法律をベースにして裁くワケだから、ものすごく偏った結果になっちゃう。

死刑になるか無期懲役で助かるかっていうギリギリのラインにいる被告のほうにしたって、たまたま選ばれた裁判員が、死刑賛成派が多いか死刑反対派が多いかによって、自分の命が決まっちゃうワケだ。自分の犯した犯罪の内容を審議されるんじゃなくて、どんな考え方の裁判員に当たるかってことで刑が決まるちゃうんだから、まるでギャンブルだ。ホントに、こんなことでいいんだろうか?

‥‥そんなワケで、あたしは、現在は死刑があるんだから、最低でも、死刑に賛成してる人だけを裁判員に選ぶべきだと思う。そうすれば、「死刑もありうる」っていうところから審議を始められるワケで、あくまでも個々の犯罪の内容によって、どんな刑が妥当なのかを話し合って行けるからだ。逆に、「死刑は絶対に反対」っていう思想の人を裁判員にしちゃったら、たとえ100人を無差別に虐殺したテロリストを裁く場合でも、現行の法律を無視して、「最高刑は無期懲役」ってとこからスタートしちゃう。これじゃあ、とても公平な裁判は望めない。

死刑廃止論者にも、それぞれの主張があるんだろうし、ヨソの国が死刑を廃止するのも、国連が死刑廃止の方向へ動くのも、それぞれの理由がある。だから、そうしたことは自由に主張すればいい。だけど、今のニポンには死刑制度があって、その上であたしたちは生きてる。だから、今のニポンで凶悪犯罪を犯したら、「死刑もありうる」っていうところから審議を始めなきゃならない。

死刑廃止論者って、往々にして現行の裁判を利用して自分たちの主張をアピールしようとする。そして、そのために、鬼畜のような凶悪犯に惨殺された、何の罪もない被害者のご遺族たちが、何年も何年も苦しむことになる。あたしは、誰がどんな主張をするのも自由だと思うけど、死刑廃止論者が現行の裁判を利用することだけはルール違反だと思う。だって、一見、人権を大切にしてるような顔をしてるクセに、やってることは多くの人を苦しめてるからだ。これじゃあ、航空幕僚長の肩書きを悪用して、自衛隊内部の洗脳を続けて来たクルクルパーと、やってることはおんなじだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、今回の「裁判員制度」に対して、賛成でも反対でもないって言ったけど、それは、キチンとした人選ができるんなら「賛成」だし、テキトーな人選しかできないのなら「反対」って意味だ。だから、今の人選だと、「反対」ってことになる。だって、本来は無期懲役が妥当な被告が、キャバクラのナンバー2のおねえちゃんの気まぐれで死刑にされちゃったり、本来は死刑になって当然の凶悪犯が、裁判を自己主張の場に利用する死刑廃止論者によって無期懲役にされちゃう恐れがあるからだ。つまりは、公平な裁判が行われなくなる可能性が大きすぎるってワケで、実際に、「法律のことなんか何も知らないのに、どうしたらいいのか分からない」って困惑してるおばちゃんのとこにも通知が届いてるんだから、とてもキチンとした人選が行なわれてるとは思えない。だから、あたしは、こんなデタラメな裁判員制度なんかを導入するよりも、高知県警の捏造したデタラメな証拠や証言だけを採用して、無実の市民に濡れ衣を着せて刑務所送りにした、高松高等裁判所の柴田秀樹裁判長のようなオッペケペーを一瞬で懲戒免職できるような制度こそを作って欲しいと思う今日この頃なのだ。


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2008.12.01

麻生内閣、支持率が危険水域に

「麻生内閣、支持率が危険水域に」(世田谷通信)

党首討論では終始防戦を強いられて惨敗してしまった麻生太郎首相だが、週末に行なわれた産経新聞とFNNの合同世論調査でも、麻生内閣の支持率は27・5%と、政権発足当初からわずか2カ月で17ポイント以上も急落し、ついに危険水域といわれている3割を割り込んでしまった。「どちらが首相にふさわしいか」という設問でも、民主党の小沢一郎代表に軍配が上がるという、完全に政権末期の様相を呈してきた。また、何とか支持率回復を狙いたい麻生首相は、1日午前、渋谷の雑貨店「ロフト」を視察したが、ポケットに両手を入れたまま従業員の話を聞いたり、レジ係の女性に対して「レジやってんの?レジで正社員って珍しいな」と、まるでレジ係という職種を軽視したような問題発言をして、同行者たちをひやっとさせる場面もあった。(2008年12月1日)


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ひっつき虫が教えてくれたこと

日向ぼっこをしながら、時折、体をペロペロとなめて毛づくろいをして、また気持ち良さそうに目を細める猫。見てるだけでもホノボノとしてくるし、猫が好きな人は、ちょっかいを出しちゃ悪いとは思いつつ、触らずにはいられない。あたしは、日向ぼっこしてる猫を抱いて、背中とかに顔をくっつけて、匂いをかぐのが大好きだ。お日さまの匂いって言うか、お日さまに当たった牧草の匂いみたいで、なんだか、マザー牧場かどこかに来てるみたいな気持ちになれるからだ。

毎日あくせくと働いてる人間からすると、公園とか塀の上とかで日向ぼっこしてる猫を見て、「うらやましいな~」なんて思ったこともあるだろう。だけど、人間から見たらダラダラと過ごしてるように見える猫の日向ぼっこだけど、アレって、生きてくためにものすごく大切なことなのだ。猫は、お日さまの紫外線を浴びることによって、体毛でビタミンDを作る。そして、体をペロペロとなめることによって、作られたビタミンDを体内に摂取してるのだ。ビタミンDは、健康な骨を作るために必要不可欠なビタミンだから、猫に日向ぼっこをさせないと、くる病や骨軟化症になっちゃうのだ。

だから、あたしは、自分にビタミンDが不足してるなって感じた時には、日向ぼっこしてる猫を抱いて、体をペロペロとなめさせてもらって、猫のビタミンDをオスソワケしてもらってる。猫には、それぞれの柄によってそれぞれの味があって、白黒ブチでも、マックスみたく黒い部分の多い子はアンコみたいな甘さだけど、もんじゃみたく白い部分の多い子はお砂糖みたいな甘さだ。マイケルみたいな茶トラはキャラメルみたいな甘さで、ぺぺロンチーノみたいなサバトラは、甘さの中にもちょっとビターなチョコみたいな苦味がある‥‥なんて書くと、本気にしちゃう人もいるかな? いくら猫が大好きなあたしでも、サスガに、猫の体はなめないよ(笑)‥‥って感じの今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、日向ぼっこしてる猫を触ったり、抱いたり、匂いをかいだりはするけど、いくらビタミンDが豊富だからって、サスガに、ペロペロとなめたりはしない。だけど、真っ黒のジジが丸くなって日向ぼっこしてると、おはぎみたいに見えるし、背中の白いもんじゃが丸くなって日向ぼっこしてると、大福みたいに見える。そして、茶トラのマイケルがだらしなく日向ぼっこしてると、まるで、お日さまの熱で溶けちゃったキャラメルみたいに見える。だから、ビタミンDがどうしたとか言う以前の問題として、ビジュアル的に美味しそうで、ナニゲになめてみたくなっちゃう。

で、昨日のこと、午前中のお仕事が終わって、夕方から別のお仕事に行くために、お昼すぎに一度帰って来たんだけど、駐車場に車を停めて降りたら、駐車場の奥のハシッコのタイヤが積んである上で、マイケルが日向ぼっこしてた。それで、あたしが様子を見に行ったら、「ウニャ」って言ってお腹を見せた。それまで背中を上にしてたから、今度はお腹を上にして、だらしなく足をダラ~ンとさせて、とっても気持ち良さそうだった。

それにしても、茶トラの猫が日向ぼっこしてると、溶けたキャラメルみたいって言っても、薄い茶色と白に近い色の細かいシマシマだから、普通のキャラメルじゃなくて、ミルクの混じったマーブル模様のキャラメルが溶けてるみたいに見えて、ホントになめてみたくなって来る。もちろん、ホントになめるワケには行かないから、あたしは、どんな味なのか想像してみることにした。「想像」って言うか「決めつけ」なんだけど、キャラメルは歯につくからあんまり好きじゃないあたしとしては、マイケルをなめた時の味は、子供のころから大好きな、明治のチェルシーのバタースカッチってことに決めつけてみた。

そう言えば、ずいぶん長いこと食べてないな、チェルシーのバタースカッチ。あたしは、子供のころ、チェルシーのバタースカッチと、味覚糖の純露が大好きだった。チェルシーのバタースカッチは、途中までは口の中で大切になめてるんだけど、ある程度まで薄くなってくると、もうガマンできなくなって、カリカリと食べちゃってた。純露は、ハチミツみたいな味のと紅茶の味のが混ざってて、紅茶の味のほうのをなめると、ちょっぴり大人の気分になれた。見た目も宝石みたいにキレイだから、なめながら何度も口から出して、お日さまにかざして眺めたりしてた‥‥って、そんなセンチメンタルは置いといて、問題はマイケルだ。

あたしが勝手に「チェルシーのバタースカッチ味」って決めつけちゃったマイケルは、そんなことなどお構いなしに、お腹を上にして無防備に日向ぼっこしてる。あたしが目の前にいるから、ヨケイに安心してるんだろう。それで、あたしは、マイケルの体をペロペロとなめる代わりに、チェルシーのバタースカッチ味を想像しながら、ふかふかのマイケルのお腹に顔を埋めて、匂いをかごうとした。そして、両手でマイケルのお腹の毛を触ったら、何だかチクチクした。あたしは、「あれ?」って思って、お腹の毛を手グシで梳かしてみたら、ナナナナナント!‥‥って驚くほどのことじゃないんだけど、イノコヅチがいっぱいくっついてたのだ。

‥‥そんなワケで、イノコヅチは、漢字だと「猪子槌」って書くんだけど、この「槌(つち)」は、指の節とか膝(ひざ)とか踵(かかと)とかが、金槌(かなづち)や木槌の頭の部分のように、ポコッと飛び出てる様子を表わしてる。つまり、ポコッと飛び出したイノシシの膝のことを指してる。正確には、イノシシの踵に当たる部分なんだけど、イノシシにしても猫にしても、実際にはつま先だけで歩いてて、人間の踵に当たる部分は、地面からずっと上にある。で、イノシシの場合は、その部分がポコッと飛び出してるってワケだ。イノコヅチは、茎に節があって、その節の部分が、イノシシの膝みたいにポコッと飛び出てる。それで、こんなアテ字をするようになった。ちなみに、原産国の中国では、この節が牛の膝小僧に似てるってことで、「牛膝(ごしつ)」って表記する。

ちょっと紛らわしいんだけど、イノコヅチは、大きく分けて、日向に生えてる「ヒナタイノコヅチ」と、日陰に生えてる「ヒカゲイノコヅチ」がある。そして、単に「イノコヅチ」って言った場合には、この両方のことを総称するんじゃなくて、日陰に生えてる「ヒカゲイノコヅチ」のことを指す。何でなのかは、あたしには分かんないので、日本イノコヅチ協会の理事長のアントニオ猪子さんにでも聞いて欲しい。

で、このイノコヅチは、穂先にビッシリと下向きに並んでる種に爪がついてるから、草むらを歩いてると、知らないうちにズボンとかスカートとか靴下とかに、いっぱいくっついてる。もちろん、猫や犬やタヌキやウサギなんかの体にもくっついて、遠くに運ばれて、子孫を増やす。ようするに、「動物散布」ってワケで、俗に言う「ひっつき虫」の一種だ。多摩川には、いろんな「ひっつき虫」が生えてるんだけど、特に多いのが、このイノコヅチと、ネコジャラシを巨大にしたみたいなチカラシバ、1~2cmの楕円形の種に先の曲がったトゲがいっぱいついてるオオオナモミの3種類だ。

オオオナモミは、子供のころ、投げっこした記憶がある人も多いと思う。まだ緑色の若いヤツは、トゲも柔らかくて威力が弱い。茶色くなってるヤツのほうが、トゲも堅くて相手のお洋服によくくっつくし、投げやすかった。つまり、子供のオモチャになったから、記憶してる人も多いってワケだ。だけど、あんまりオモチャにならないイノコヅチは、「イノコヅチだ」って認識されることが少ない。原っぱや土手で遊んで帰って来ると、ズボンやスカートにくっついてる「いろんな草の種の中のひとつ」って感じで、自分についてるを見つけたら、手で取ってそこらに捨てる‥‥ってだけの人が多いと思う。

でも、あたしの場合は、そうじゃなかった。1人遊びをすることが多かったあたしは、オオオナモミがいっぱいついてるサイコーの枯れ枝を見つけても、それを投げる相手がいなかった。だから、少しだけ採って、自分のセーターにつけて遊んでた。そして、そのうち、自分のセーターに絵を描くようになった。そうなって来ると、おんなじ形のオオオナモミだけじゃなくて、他の形のものも欲しくなる。たとえば、人の顔を作る場合には、目と鼻はオオオナモミでいいんだけど、眉と口を作るのに、もっと細くて小さい形の種が必要になって来る。それが、イノコヅチだった。

あたしは、オオオナモミの両目の上に、イノコヅチを2つか3つ並べて眉にしたんだけど、両目をウルトラマンみたいにつり上げて、眉もナナメにして、「怒ってる顔」を作ったり、その逆にして「悲しい顔」を作ったりした。そして、自分のセーターにつけたまま帰って来て、おばあちゃんに見せたりしてた。あとは、毛糸の帽子に、イノコヅチを並べて自分の名前を書いたりした記憶もある。30年近くも前のことなのに、猫のお腹についてたイノコヅチを見て、こんなことまで思い出しちゃうんだから、わずか1cmほどの植物の種だからって、自然てものをバカにはできない。スペースシャトルを飛ばす人間の科学力をもってしても、この1cmほどの植物の種を「無」から作り出すことはできないんだから。

自然の力がスゴイのは当たり前だけど、あたしが何よりも素晴らしいと思うのは、言葉もしゃべれなくて、お互いの意思の疎通ができない生き物同士が、ハチに蜜を吸わせる代わりに花粉を運んでもらうお花みたいに、みんな相互に助け合ってる点だ。木から落ちたドングリは、どんなにコロコロと転がったとしても、5mか10mくらい先にしか行かないだろう。そして、風に乗せて種を飛ばすタンポポだって、100mか200mがいいとこだろう。だけど、こうして、他の動物の体にくっつく種は、場合によっては何kmも先へと運ばれる。

そして、もっとスゴイのは、柿みたいに、鳥たちに食べられる果実の種だ。柿の実を食べた鳥は、何十kmも先まで飛んで行き、飛びながらフンをする。そして、そのフンと一緒に落ちた種が、そこから芽を出す。渡り鳥なんかに食べられたら、何百km、何千kmも遠くへと旅をする。こんなことを考えてると、天下りたちを潤すために、あたしたちの税金を使って、多くの生き物たちが暮らす山や森を破壊して、ムダな道路やダムを造り続ける自民党政治の愚かさが、一段と鮮明に見えて来る。

‥‥そんなワケで、話をクルリンパと戻すけど、マイケルのお腹についてたイノコヅチも、オオオナモミとおんなじで、最初は緑色だ。そして、他の「ひっつき虫」たちと一緒で、緑色のうちは、まだ熟してないって感じで、トゲが柔らかくて引っかかる力が弱いだけじゃなくて、茎や枝から種が落ちにくい。それでも、人間のズボンや猫の体にくっついたりするんだけど、もしもこの緑のイノコヅチがマイケルについてたら、あたしは、触る前に気づいただろう。だけど、昨日は、薄茶のマイケルの体に、薄茶のイノコヅチがついてたから、パッと見ただけじゃ分からなかったってワケだ。そして、マイケルのお腹のイノコヅチをひとつひとつ丁寧に取ったあたしは、足元の駐車場のアスファルトの上に捨てるのが忍びなくて、生えて来ないだろうとは思ったけど、何となく駐車場の周りの植え込みのとこに捨ててみた。だって、せっかくマイケルが運んで来てくれた命なんだから‥‥なんて思った今日この頃なのだ。


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