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2008.12.15

暴走する女性脳

唐突だけど、あたしは、どちらかって言うと、たぶんエッチなほうだと思う。健康な人間なら、誰でもそれなりにエッチなことには興味があると思うけど、あたしの場合は、妄想癖がある上にエッチだから、ひとたびエッチなことを考え始めると、そりゃあもう大変なことになっちゃう。それこそ、エヴァンゲリオンの零号機と初号機と弐号機と、ついでにカヲル君の乗った四号機までもが4機そろって暴走を始めちゃった第3新大黒市で、「電脳コイル」のサッチーのポチとタマとミケとチビとコロが5機そろって四方八方から追いかけて来たみたいに大パニックになっちゃうことウケアイだ。

で、あたしの場合は、「妄想癖がある上にエッチ」ってだけじゃなくて、さらに「古典マニア」っていうオマケまでついてるから、何よりのオカズが「源氏物語」だったりする。もともと「源氏物語」が大好物なあたしだけど、普通にエロ文学として楽しむ場合の他に、エッチな妄想をするためのオカズとして読む場合がある。もちろん、最初は、ごくノーマルな感じで、誰かの役に成り切って読んで、下腹部の辺りにジンワリと感じたりするレベルだった。たとえば、あたしが朧月夜になってアレモコレモと楽しんでみたり、六条御息所になってナンダカンダと仕切ってみたり、葵の上になってツンデレしてみたりしつつ、美しい源氏に口説かれて、愛欲の奈落へと墜ちてゆく自分自身を主観的にも客観的にも楽しむ‥‥って感じだった。

だけど、これほどたくさん魅力的な女性が登場するストーリーの中で、たった1人だけしか演じられないのはつまんない。だからって、複数の女性を順番に演じることもできない。一度、誰かに成り切ると、完全にその役にハマッちゃって、頭の中のスクリーンにリアルな映像が浮かんじゃうほど「思い込み力」が強いあたしの妄想だと、すぐに別の登場人物に乗り換えることができないのだ。だから、たとえばあたしが葵の上に成り切って「源氏物語」を読んでても、ハァハァできるのは源氏が葵の上に夢中になってる場面だけで、源氏が他の女のとこに行っちゃうと、ヤキモチを焼いてイライラしてきちゃう今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、男性と女性では、脳みその構造が違うワケで、一般的には、「男脳と女脳」とか「男性脳と女性脳」とか言われてる。右脳と左脳をつないでる繊維の束の「脳梁(のうりょう)」とか、右脳と左脳の視覚的な部分をつないでる「中間質」とか、右脳と左脳の無意識の部分をつないでる「前交連」とかは、すべて女性脳のほうが発達してる。だから、女性脳のほうが、常に右脳と左脳とを連携させて認識したり判断したり思考したりしてるワケで、モノゴトを広い視野で多角的にとらえることができるワケだ。

一方、男性脳のほうは、女性脳と比べて左右の脳の連携が弱くて、右脳か左脳のどちらかに比重を置いて認識したり判断したり思考したりしてる。だから、一度思い込んだが最後、狭い視野でまっすぐに見ることしかできず、例のクルクルパーのナントカ幕僚長みたいなのが出てきちゃったりもする。だけど、アレは、あくまでも悪いほうの例であって、何かの研究に没頭して大発見や大発明をするようなスペシャリストが男性に多いのも、こうした男性脳の特性によるところが大きい。

だから、「どっちの脳が優れてる」ってことじゃなくて、それぞれに一長一短があるってことになる。男性より女性のほうが現実的にモノゴトを考えるのも、女性より男性のほうが夢や理想を追い求めるのも、こうした脳みその構造の違いによるものだ。何の根拠もないデタラメな血液型による性格判断なんかとは違って、キチンと科学的にも立証されてるんだから、大いに信頼できる。何しろ、血液型による性格判断なんていう非科学的なものは、全国民のうち、O型が3割、A型が4割、B型が2割、AB型が1割って、ワリと平均的に分布してるニポンだからこそ成り立ってるインチキ商売だからだ。

たとえば、グァテマラとかニカラグアとかボリビアでは、国民の90~95%がO型で、A型とB型は数%ずつ、そして、AB型は1人も存在しない。だから、ホントに血液型なんかで人間の性格が分類されるのなら、これらの国々の人たちは、国民の9割以上が、みんなおんなじ性格で、みんなおんなじ運勢ってことになっちゃう。いくら何でも、そんなことはアリエナイザーだろう。

で、キチンと科学的にも証明されてる脳みその構造のほうでも、まだ科学では解明されてないすごく不思議なことがある。それは、性同一性障害の人の脳みそだ。たとえば、心は女性なのに体は男性に生まれちゃった人の場合なら、いくら自分のことを女性だと思ってても、肉体的な性別は男性に生まれちゃったんだから、オチンチンもオイナリサンもついてるワケだし、大人になればヒゲも生えて来る。ようするに、性転換手術をしない限り、肉体的には完全に男性ってことになる。

それなのに、こういう人の脳みそを調べてみると、ほとんどの人が極めて女性脳に近い構造をしてるのだ。つまり、肉体は男性なのに、脳みそだけが女性脳に近い構造をしてるってワケだ。その上、何かを判断したり考えたりする場合に使われる脳の組織も、女性とおんなじ部分が動いてる。誰かに恋心を抱いた時も、男性脳の反応とは違って、極めて女性脳に近い反応を示す。だから、あたしは、「心」っていう目に見えないものと、「脳みそ」っていう肉体の一機関とが、深くつながってるんだって思った。

‥‥そんなワケで、この男性脳と女性脳の違いだけど、その違いが分かりやすい例としてよく挙げられるのが、エッチなことを考える時の脳みその働きだ。簡単に言うと、男性の場合は、女性の裸の写真を見ただけで、まるでパブロフの犬のように反射的にコーフンする。自分の好きなタイプの女性の写真なら、別に裸じゃなくて、水着や私服しでもいいし、そこからその女性とセックスしてる自分を想像して、コーフンして、ティッシュを用意して、ホニャニーをしちゃったりすることができる。ちなみに、この「ホニャニー」ってのは、正しい言葉で書いちゃうと「さるさる日記」の「禁止語句」で弾かれちゃうので、今、仕方なく作った代替語だ。

そして、女性の場合は、自分の好きな男性タレントの写真を観ても、たとえ裸の写真を観たとしても、「カッコイイな」とか「ステキだな」とは思うけど、その相手と自分がセックスしてるとこまではダイレクトには想像しない。だから、好きな男性タレントのグラビアを観ながらホニャニーすることもない。女性の場合は、男女がセックスしてる写真や映像を観て、その女性を自分に置き換えて、それで初めてコーフンする。

つまり、男性の場合は、自分の好きな女性の写真を観ただけで、その女性と自分とがセックスしてる状況までをスルスルと想像することができるけど、女性の場合は、そのものズバリ、男女がセックスしてる写真や映像を観て、その女性を自分に置き換えてからじゃないと、想像がそこまで到達できないってワケだ。そして、これは、男性のほうが女性よりも想像力が優れてる‥‥ってことじゃなくて、男性脳と女性脳との構造の違いによるものなのだ。だから、体は男性でも、極めて女性脳に近い構造の脳みそを持ってる性同一性障害の人なら、女性的なパターンの想像の過程をたどることになる。

‥‥そんなワケで、世の中の女性の多くが、恋愛小説や恋愛映画、恋愛マンガなんかを好きなのも、男性のように1枚の写真からの想像が苦手で、こうしたストーリーのある恋愛モノのヒロインに自分を置き換えて、まるで自分がステキな恋愛をしてるような気分にならないと想像がふくらまないからなのだ。だから、男性から見たらアホ丸出しみたいな「ハーレクインロマンス」なんかを夢中になって読んだりもするのも、「女はバカ」ってことじゃなくて、女性脳の構造によるものなんだから、男性はちゃんと理解して欲しい。そして、これとおんなじで、男性の多くが下品なエロ本だの変態みたいなDVDだのを観たりするのも、男性脳の構造によるものなんだから、世の中の女性たちはちゃんと理解してあげるべきだと思う。

あたしの場合は、前にも書いたかもしれないけど、世界一ベタな恋愛映画としてオナジミの「ノッティングヒルの恋人」が大好きだ。もちろん、映画作品としてはぜんぜん評価できないけど、男性の多くが「いつもオカズにしてる下品なエロ本」だの「お気に入りの変態DVD」だのを持ってるように、この映画は、あくまでも、あたしの妄想のネタとしてよく利用してるってことだ。

この映画は、ジュリア・ロバーツがハリウッドスター、ヒュー・グラントがさえない本屋の経営者って役で、本来なら住む世界のまったく違う2人が、ひょんなことから出会って、最後の最後に結ばれる‥‥っていう、ベタベタのストーリーだ。それも、ジュースを買って歩いてたヒュー・グラントが、出会いがしらにジュリア・ロバーツとぶつかって、服にジュースをかけちゃうっていう、映画かマンガの中でしかアリエナイザーなバカみたいな出会いのシーンから始まる。

だけど、こんなアホ映画でも、妄想癖のあるあたしが、ジュリア・ロバーツを自分に置き換えて、ついでにヒュー・グラントを福山雅治に置き換えて観てると、もう何度も何度も何度も何度も観てるのに、それでもやっぱり要所要所で胸がドキドキしたりハァハァしたりイライラしたりハラハラしたりしつつも、最後には大感動して大号泣しちゃうのだ。そして、世界でサイコーの恋愛をタップリと楽しんだ気分になれて、ものすごく幸せな気分になれて、その余韻だけで数日はウキウキと生活することができちゃうのだ。

‥‥そんなワケで、好きなタイプの異性や同性の写真を観るだけで、ハァハァできたりホニャニーできたりする男性脳の皆さんはラクチンでいいけど、生まれた時から生粋の女性脳のあたしとしては、こうして他人の恋愛や他人のセックスを観て、その女性を自分に置き換えて、それからじゃないとハァハァできないワケだ。でも、あたしの場合は、これがメンドクサイどころか、人並みハズレた「妄想癖」と、たぐいマレなる「思い込み力」を兼ね備えた100年に1度の暴風雨‥‥じゃなくて、100年に1人の逸才だから、女性脳だからこその妄想ワールドを満喫してる。そして、こうした妄想を楽しむことのできない男性脳の皆さんを気の毒に思ってる。

で、そんなあたしの何よりのオカズの「源氏物語」だけど、マクラのとこで書いたように、たくさんの女性が出て来るから、誰か1人の役に成り切っちゃうと、全体的には楽しめなくなっちゃう。それどころか、逆にイライラしてきちゃったりもする。そこで、何に対しても研究熱心なあたしが、長年の試行錯誤の末にたどり着いたのが、「光源氏は実は男装の麗人だった」っていう宝塚風味がマンマンのストーリーなのだ。ようするに、あたしが源氏になって、次々と魅力的な女性たちを食いまくってくってお話で、このアイデアを思いついた時には、もう、全身にビリビリと高圧電流が駆け巡るほどコーフンしちゃった。ある意味、大量の電気エネルギーを溜めることができる「ライデン瓶」を発明したピーテル・ファン・ミュッセンブルークよりも、あたしの発明のほうが、遥かに女心のシビレ具合が大きいと思ったほどだ。

だって、あたしが源氏になって、次から次へと美女とヤリマクリマクリスティ―だなんて、思わず岩の上に全裸で仁王立ちして、「俺、参上!」って叫んで、ポーズを決めたくなっちゃうよ‥‥って言っても、皆さんご存知の通り、源氏の相手って、すべてが美女ってワケじゃないんだよね。源氏って、紫の上みたいなロリータにも手を出しちゃうし、末摘花(すえつむはな)みたいなブスにも手を出しちゃうし、さらには、美女は美女でも、自分の義理の母である藤壺にも手を出しちゃうし、挙句の果てには、その藤壺のお兄さんの兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)にもボーイズラブしちゃうし、朱雀院ともボーイズラブっぽいし、もうメチャクチャだ。その上、兵部卿宮みたいな年上の男性の場合には、自分のほうが女役になるのに、惟光(これみつ)とか小君(こぎみ)とかの年下の少年の場合には、自分のほうが男役になっちゃう。

ようするに、源氏ってのは、女性よりも美しい姿をしていながら、ロリコンでマザコンで両刀使いな上に、同性愛のほうも、年上も年下も男役も女役も自由自在だし、相手によってSになったりMになったりもする、文字通り「何でもアリ」のセックス魔王ってワケなのだ。さらには、自分の義理の母の藤壺に迫り、関係を結んじゃった上に、そのお兄さんの兵部卿宮にまで恋心を抱いたように、節操の無さも天下一品だ。だって、惟光は自分の乳母の息子、つまり、自分の義理の弟みたいなもんだし、小君にしたって、自分が手を出した空蝉(うつせみ)の弟なんだから、現代なら立派な性犯罪だろう。

‥‥そんなワケで、世界最大のエロ魔王が「ギリシャ神話」のゼウスなら、ニポン最大のエロ男爵が「源氏物語」の光源氏ってワケで、「源氏物語」を読んだことのない人のために、空蝉のクダリだけを簡単に説明しとくと、空蝉ってのは、モトモトは他人の奥さんだった。伊予の介っていう、ずっと年上のおっちゃんの後妻だった。そして、その伊予の介には、前妻との間の娘、軒端荻(のきばのおぎ)がいて、この娘と空蝉とは年がおんなじくらいだった。だから、簡単に言えば、20才の娘がいるオヤジが、自分の娘とおんなじ20才の女性と再婚して、3人で暮らしてた‥‥ってことなのだ。正確に言えば、空蝉の弟だのお女中だのが何人も一緒に暮らしてたワケだけど、基本的にはこんな感じだった。

で、伊予の介の屋敷を覗き込んで、伊予の介の後妻の空蝉に恋心を寄せちゃった源氏は、相手が人妻だろうが何だろうが「そんなの関係ねえ!」ってワケで、執拗にストーカーを繰り返す。まだ10代だった源氏は、恐いもの知らずで、伊予の介にバレないように、垣根越しに空蝉を口説き始める。そうすると、空蝉のほうも、最近あんまりかまってくれないダンナから心が離れ始めてたのか、若くて美しい源氏に気持ちが向いちゃう。だけど、サスガに、自分はダンナのある身。ここは自分の気持ちを抑えて、源氏に冷たくしちゃう。

でも、女を口説くことにかけては百戦錬磨の源氏だから、冷たくされたことで、逆に燃え上がっちゃった。そして、どんな手段を使っても空蝉を自分のものにしてやろうと、まずは空蝉の弟の小君を手なずけた。それで、ダンナの伊予の介の出張中に、小君に手引きをさせて屋敷へと忍び込み、空蝉に夜這いをかけちゃったのだ。だけど、誰かが忍び込んで来た気配を感じた空蝉は、寝床に着物をハラリと脱いで、部屋から逃げちゃった。これが、まるで、セミの抜け殻みたいだったから、「空蝉」って呼ばれるようになったってワケだ。

だけど、ここからが「源氏物語」のスゴイとこで、まさかお目当ての女性に逃げられたとは思わなかった源氏は、さっそく作戦を実行しようと、そこに寝てた女性の布団に潜り込んだのもトコノマ、この女、空蝉じゃないじゃん!‥‥ってワケで、源氏が潜り込んだのは、伊予の介の前妻の娘、軒端荻の布団だったのだ! でも、ここは天下のエロ男爵の源氏ってワケで、間違えたことに気づきながらも、「あなたを愛するあまり、こうしてやって来てしまいました」なんて大ウソをついて、軒端荻と超合金合体~!

正直、ジミでパッとしない外見の空蝉よりも、フェロモンふりまくセクシー美人の軒端荻のほうが、女性としての魅力は数倍も上だった。それなのに、そんな魅力的な軒端荻と合体できたっていうのに、自分がどんな女性にも絶対にモテるって自信があった源氏としては、「空蝉に逃げられた」ってことのほうがプライド的に悔しかった。そして、軒端荻を口止めした上で、このあとも空蝉を口説き続けちゃう。それで、思いっきりハショッて言うと、まずは手なづけた空蝉の弟の小君を自分の屋敷に引き取って、ここでボーイズラブしつつも、伊予の介が死んで出家した空蝉をとうとう自分の屋敷に連れて来て、たくさんいるセックスフレンドの1人として登録しちゃったのだ。

‥‥そんなワケで、空蝉とのエピソードだけを見ても、空蝉の義理の娘とも、実の弟とも関係しちゃう「親の総取り」状態なのが源氏のやり方ってワケで、こうした相手が次から次へとどんどん出て来るのが「源氏物語」ってワケだ。たとえば、紫の上なんて、まだ10才のロリータの時に源氏に目をつけられて、ナンダカンダと手を回して自分の屋敷に連れてきちゃって、それから時間をかけて「自分好みの女性」へと調教してくのだ。それも、紫の上を調教しつつ、いろんな女性に手を出してるんだから、これほどまでにハレンチなストーリーで、数多い女性の中の「誰か」に成り切って読んでたら、とてもじゃないけどヤキモチの焼きすぎで自我を保ってられなくなっちゃう。

そこで登場するのが、あたしが開発した最終兵器、「光源氏は実は男装の麗人だった」っていうストーリーだ。自分が男性の役に成り切るってことは、やっぱりムリがあってできないんだけど、「男装の麗人」ってことにすれば、簡単に思い込むことができる。それも、「いかにも男性」って感じの人だと違和感があるんだけど、「線が細くて女性よりも美しい源氏」って役だから、スンナリと入り込めるのだ。

それで、あたしが初めてこの作戦を実行したのは、たぶん10年くらい前だと思うんだけど、自分が源氏に成り切って、それも「実は女性なんだけど、ワケあって男性として生活してる」ってふうに思い込んで読み始めたら、それまでに経験したことがないほどコーフンしちゃって、大変なことになっちゃったのだ。だって、このあたしが、モテモテの美少年になって、とびきりの魅力的な美女に近づいてって、和歌を詠んで口説いたりして、相手もあたしのことを好きになって、いよいよセックスをするって段になって、初めて相手はあたしが女性だったってことに気づくのだ。お互いの顔も見えないような真っ暗な褥(しとね)で、お互いの裸体に指先が触れあった瞬間に、初めて相手はあたしが女だったってことに気づくのだ。だけど、もう燃え上がってる愛欲の炎を消すことができずに、ナシクズシ的に、そのまま一気に暴走モードへ突入! 嗚呼、なんてエッチでコーフンしちゃうシチュエーションなんだろう!‥‥って、おっと、いけねえ! キーボードにヨダレが垂れちまった!(笑)

‥‥そんなワケで、今日の日記は、あたしには珍しく「R12」くらいの内容だった気もするけど、これも「きっこの日記」の一面だと思って、内角高めのストレートに受け止めて欲しい。そして、できることなら、あたしのことを変態扱いしないで欲しい‥‥って言っても、これだけ書いちゃったら、もう、あとの祭りかもしれないけど、一応イイワケをさせてもらうと、それもこれもあたしのセイじゃなくて、すべてはあたしの「女性脳」の構造のセイなんだから、仮に変態だったとしても、それは、あたしじゃなくて、あたしの脳みその「脳梁(のうりょう)」とか「中間質」とか「前交連」とかが変態なんだと思う今日この頃なのだ(笑)


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