« お待たせしました~♪ | トップページ | 六ヶ所村、再処理工場で原因不明の異常発生 »

2008.12.12

平和のための英知

今年のノーベル物理学賞を授賞した小林誠さん、益川敏英さん、ノーベル化学賞を授賞した下村脩さんの3人のニュースが続いてるけど、特に人気が集中してるのが、なんともチャーミングな益川さんだよね。もう、やることなすことサイコーに可愛らしい人で、あたし、大ファンになっちゃった。

2002年にノーベル物理学賞を授賞した小柴昌俊さんも、あたしは大好きだ。小柴さんは、あたしの憧れの超新星爆発のホニャララをホニャララしてニュートリノのホニャララをホニャララして授賞したみたいだけど、高校の時の物理のテストで50点以上とったことのないあたしとしては、最初の「超新星爆発」の部分しか分かんなかった。だけど、あとから、小柴さんが「好きなゲームはファイナルファンタジーです」って言ってるのを聞いて、ステキな人だな~って思った。だって、一般人には理解不能なものすごいことを研究してるのに、あたしでもできるRPGが好きだなんて、それも、ドラクエじゃなくてFFってとこにサラッとマニアックな感じが出てて、あたしはすごく好感を持っちゃった。

でも、今回の益川さんは、小柴さんの比じゃない。小柴さんの場合は、ナンダカンダ言っても、やっぱり「すごく偉い先生」って雰囲気を醸し出してるけど、益川さんの場合は、まるで「お隣りのおっちゃん」て感じで、とても物理の先生とは思えない。なんか、白いランニングシャツとステテコにラクダの腹巻きをして‥‥って、なんかバカボンのパパみたいなスタイルだけど、そんなスタイルが似合いそうで、すごく親近感が湧く。

あたしって、いかにも速そうな流線型のスタイルで実際にも速いスポーツカーよりも、見た目は四角くて遅そうなのに実は速い車が好きだ。いかにも強そうな筋骨隆々な体で実際にも強い男よりも、見た目はキャシャな女の子なのに実は男よりも強いってヒロインが好きだ。だから、これとおんなじで、いかにも立派な博士みたいな人が実際にも立派な博士だったってよりも、見た目はそこらのおっちゃんみたいな人が実はノーベル物理学賞を授賞しちゃうみたいなパターンが大好きなのだ。だけど、こんな「意外性」とか「ギャップ」とかに魅力を感じちゃうあたしでも、「中学生レベルの漢字も読めないバカが総理大臣」ていう意外性だけはカンベンして欲しいと思ってる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、就任からわずか2ヶ月で、庶民の暮らしをメチャクチャにしてくれたフロッピー麻生には、ノーベル賞の反対の「イグノーベル賞」を与えたいと思うけど、底辺の労働者たちの気持ちを少しでも分かってもらうために、あたしたち庶民の味方、オムライス党のみずほたんが、9日、フロッピー麻生に「マンガ蟹工船」をプレゼントしてくれた。小説じゃなくてマンガにしたってとこが、みずほたんの「ちゃんと読んでもらいたい」っていう気持ちの現われだと思う。

で、世界中から笑い者にされてる無知蒙昧で品性下劣で傲岸不遜で我田引水で青息吐息な68才のことは置いといて、正反対に世界中からリスペクトされてる温厚篤実で外柔内剛で円満具足で才気煥発で格物致知な68才のほうの話に戻るけど、あたしが益川さんを好きになったもうひとつの理由が、少年のように純粋で、ものすごくまっすぐな目を持ってる人だって感じたからだ。益川さんは、8日にストックホルム大学で行なわれた授賞記念講演、「ノーベルレクチャー」で、「アイアムソーリー、アイキャンノットスピークイングリッシュ」って切り出して、異例のニポン語での講演を始めた。

フロッピー麻生だったら、「アイアム総理、アイキャンノットリードジャパニーズ」とでも言うべきとこだけど、それはいいとして、本来は自分が授賞した研究に関することだけを話すのが通例の講演で、益川さんは、自分の少年時代の生い立ちから話し始めた。会場に集まった数百人の人たちは、大きな画面に映し出される英語のテロップを読みつつ、益川さんの手振り身振りを入れた名調子に酔いしれた。言葉は分からなくても、益川さんのキャラと英語のテロップのオカゲで、会場中が笑いの渦につつまれ、とても素晴らしい講演だった。

そんな穏やかな講演中、画面のテロップを目で追いながら、会場の誰もが真剣に聴き耳を立てた瞬間があった。それは、益川さんが、少年時代の戦争体験について語った時だった。


「私は家具職人の息子として生まれました。父は小さな家具工場を営んでいましたが、自国が引き起こした悲惨で無謀な戦争で無に還しました」


益川さんは、自分の人生が、戦争によってすべてを失ってしまったゼロの状態からスタートしたこと、そして、その戦争は、「自国が引き起こした悲惨で無謀な戦争」だったってことを世界中の人たちへ伝えてくれたのだ。しばらく前に、頭のおかしいどこかのトンデモ幕僚長が、自国の戦争責任を否定したキチガイ作文を発表して職を追われたばかりだけど、あの自爆行為によって、あたしたちニポン人は、世界中の人たちから非常識な時代遅れのバカ民族だって思われた。

あのキチガイ作文自体は、都市伝説に毛が生えたようなトンデモ本を鵜呑みにしての幼稚な内容だったから、大かたの識者たちは「荒唐無稽」だって相手にもしなかったけど、良識ある一般のニポン国民たちにとっては、あれほど恥ずかしいことはなかった。だから、今回の益川さんのスピーチによって、「ニポン人の多くは戦争責任を感じて恥じているマトモな国民だ」ってことが世界に向けてアピールできて、ホントに良かったと思う。

ちなみに、トンデモ幕僚長のキチガイ作文については、「ジャーナリズム界のしょこたん」こと、江川紹子さんが、11月26日付の「田母神発言・その単純明快さが危ない」と、12月2日付の「歴史と愛国心について考える~田母神氏の記者会見に行って」で書き尽くしてるので、あたしは今さら触れる気はない。何よりも、実際に記者会見に行き、本人に直接質問をした紹子さんの分析が、すべてのトンデモ自論を完璧に叩き潰してるから、もう何も言うことはない。ま、紹子さんの次の言葉を読めば、こんなクルクルパーに構ってるのは時間のムダだってことがよく分かるだろう。


「威勢ばかりはいいが、思考の浅薄さ、視野の狭さ、あまりの単細胞ぶりに、この程度の人物がいざ有事となったら実際の作戦を統括する制服組のトップにいたのか……と愕然とした。」


‥‥そんなワケで、「反省だけならサルでもできる」とか、「ブタもおだてりゃ木に登る」とかって言うけど、自国の戦争を反省することもできないのなら「サル以下」なんだし、一部のバカどもにおだてられて調子に乗ってるとこなんて「ブタ以下」なんだから、こんなヤツ、みんなで無視してりゃいいだろう。そんなことよりも、あたしとしては、講演を終えて盛大な拍手の中、檀上から降りて来た益川さんが、ニポンの記者に話したことが胸に響いた。


「戦争は二度としてはいけないとの思いで話しました。空襲で私の家の周囲はすべて焼けました。家にも落ちましたが、たまたま不発弾でした。爆弾が落ちた瞬間と、母親にリヤカーに乗せられ避難したことが、頭の中に写真のような映像で残っているんです」


そして、戦争について触れたのは、益川さんだけじゃなかった。ノーベル化学賞を授賞した下村脩さんも、講演の冒頭で、原爆で廃墟となった長崎の写真をスクリーンに映して、自分の16才の時の原爆体験を話した。会場中の人たちが、スクリーンに映し出された地獄絵図を食い入るように見つめ、下村さんの話に真剣に聴き入った。


「原爆が落ちた時、私は16才で、長崎市街から15キロ離れた工場で働いていました。閃光と爆風を感じましたが、運良く生き延びることができました」


下村さんの原爆体験の話は、当時、まだ生まれていなかった人たち、極東の島国の歴史などあまり知らなかった人たちにとっては、とても衝撃的だっただろう。戦争と関係ない研究でノーベル賞を授賞した益川さんや下村さんが、どうして戦争の体験を話したのかっていうと、それはきっと、人類の英知であるハズの科学や文明でも、使い方を誤ると取り返しのつかないことになってしまう、ということを伝えたかったんだと思う。そして、この思いは、益川さんの次のコメントに言い尽くされてると思う。


「ノーベル賞創設のテーマは『平和』です。私は『平和』のために人類の英知が世界の隅々まで到達するような社会になってほしいと思っています」


なんて素晴らしいおっちゃんなんだろう! だから、あたしは、益川さんの大ファンになった。例のトンデモ幕僚長は、原爆については「日本も核兵器を持っていたらやり返していた」と言って核武装論を唱え、特攻隊については「当時の隊員たちの中から『行く』という声が盛り上がって押さえることができなかった」と言って、軍の強制を否定した上に戦争を美化することに必死だけど、益川さんの美しい平和の心と比べると、あまりにも醜くてとても直視することができない。江川紹子さんが、「威勢ばかりはいいが、思考の浅薄さ、視野の狭さ、あまりの単細胞ぶりに~」と言い放ったのも大いにうなづける。

‥‥そんなワケで、ここで、実際に戦争に行かされて生死の境をさまよって来た「国の被害者」がどう思ってるのか、「戦争を語りつぐ60年目の証言」のブログでも取り上げられてる、94才の人の新聞投稿をご紹介しよう。


「侵略を知らぬ空幕長の空論」  無職 本多立太郎 94才 (和歌山県)

元兵士である。1939年、25歳で応召。2度の中国出征とシベリア抑留を経て47年に帰国した。中国戦線では無数の友を失い、シベリアの凍土には多くの友が眠る。
戦争は、もう二度とあってはならぬ。どんな理由があろうと、人の命は地球より重い。しかし、戦後63年。戦場を体験した人間が少なくなり、戦争の記憶が我々から失われている。それに呼応するように、戦争を肯定し命を散らすことを美学とたたえるかつての風潮が際立つ。恐ろしいことだ。
「我が国が侵略国家だったというのはぬれぎぬ」。そう主張する論文を、航空自衛隊のトップが書き、民間企業主催の懸賞論文に応募していたという。自衛隊そのものが再び軍隊と化している証しではないか。
我々は中国で、言うに言われぬ体験をした。村をあらし、村人を手にかけた。あの戦争は、まさしく「侵略」だった。日本の占領が「圧制からの解放」などとは、きれいごとに過ぎない。中国人民を苦しめた我々の痛みが空幕長にわかるのか。頭の中だけで、戦争を語るのはやめて頂きたい。


‥‥次は、この投稿を読んだ中学生からの投稿だ。


「戦争語り継ぐ大切さ知った」 中学生 和田紗容子 15才 (宮城県仙台市)

「侵略を知らぬ空幕長の空論」(3日)を読んだ。元兵士の方の言葉は一つ一つに重みが感じられ、空幕長論文を新聞で読んだ時に感じた疑問に答えをもらった思いだ。歴史の教科書では日中戦争の発端から日本の敗戦まで数ページにまとめられている。しかし、この戦争で多くの命が失われ、残虐なことも行われた。私は戦争についてもっと多くのことを知りたいと思っている。いつの日か日本中に一人も戦争を体験した人がいなくなる日が来てまた同じ過ちが起こるかも知れない。平和を守り抜いていくには私たちが伝えてもらった戦争の恐ろしさをしっかり受け止め、次の世代に伝えていかなければならない。日本の戦争は侵略で、戦争は二度とあってはならず、人の命は地球よりも重い……。


‥‥最後に、この2人の投稿を読んでの、「戦争を語りつぐ60年目の証言」の管理人さんのコメントを紹介する。


「94歳の方の言葉は、空幕長論文で中国の方々にすまないと思っていた私の気持ちを少し和らげてくれ、戦争を語り継ぐ大切さを改めて知らせてくれた。」


‥‥そんなワケで、誰しもが言う通り、人間は過ちを犯すものだし、完璧な人間などいない。だけど、あたしたち人間には、学習能力ってものがある。戦争という人類最大の過ちを犯したのだから、それを深く反省し、2度と繰り返さないように努力するのが学習能力であり、何よりもそれが「国を愛する」ということだ。自国の戦争の歴史を精査して、真実と真摯に向き合い、それを反省して後世の平和へとつなげて行くことが、どうして「自虐」とか「反日」とか言われなきゃならないんだろう? そして、歴史的事実を無視して、トンデモ本の内容を鵜呑みにして、自国に都合のいいデタラメな教科書を作って子供たちを洗脳教育し、武力を拡大して他国を威圧することが、どうして「愛国」なんだろう?あたしの感覚だと、まるで正反対なんじゃないかと思う。だって、アルフレッド・ノーベルは、決して人を殺すための道具としてダイナマイトを発明したワケじゃないからだ‥‥って思う今日この頃なのだ。


★ 今日も最後まで読んでくれてありがと~♪
★ 「戦争」よりも「平和」が好きな人は、賛同のクリックをお願いしま~す!
   ↓   ↓
■人気blogランキング■

|

« お待たせしました~♪ | トップページ | 六ヶ所村、再処理工場で原因不明の異常発生 »