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2009.01.11

リリーになれない女

ご通行中の皆さま、新年明けましておめでとうございます。さて、ここに陳列されましたるは、幸せを呼ぶ鶴亀でございます。鶴は千年、亀は万年、あなた百までわしゃ九十九まで、共にシラミのたかるまで、三千世界の松の木が枯れても、おまえさんと添わなきゃ娑婆に出て来た甲斐がない。七つ長野の善光寺、八つ谷中の奥寺で、竹の柱に萱の屋根、手鍋下げてもわしゃいとやせぬ。信州信濃の新蕎麦よりも、あたしゃあなたのそばがいい。 あなた百までわしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまでというのがホント、 もしもこれで買い手がなかったら貧乏人と思って諦めます。右に行って井筒橋、左に行って三ケ日、右と左の泣き別れだ‥‥ってなワケで、ひと昔前は、お正月って言えば、初詣のあとに映画館へ寄って「男はつらいよ」を観るのがニポンの風物詩だった。映画が始まり、最初のちょっとしたミニドラマがあり、その流れから寅さんのテーマ曲が流れてタイトルが出ると、「ああ~お正月だなぁ~」って気持ちに浸れる。だから、今でも、寅さんの曲を聴くと、なんとなくお正月をイメージしちゃう人も多いと思う。

だけど、渥美清さんが亡くなって12年、もう続編が作られることはないから、寅さんにお正月のイメージを重ねてた人たちは、過去の作品の中から、自分の好きな「男はつらいよ」をDVDとかインターネットとかで観て、お正月気分を味わうしかない。昭和44年(1969年)から平成7年(1995年)までに48作が作られた「男はつらいよ」のシリーズは、1作1作に深い思いが込められてて、どの作品も素晴らしいから、人によって、好みも様々だろう。

そして、あたしの場合は、2005年10月21日の日記、「理想はリリー」にも書いてるように、何と言っても浅丘ルリ子さん演じるリリーが大好きで、リリーと付かず離れずの寅さんがサイコーに好きだから、「男はつらいよ」をゆっくりとタンノーすることになれば、やっぱり、「リリー三部作」って呼ばれてる11作目の「寅次郎忘れな草」(1973年)、15作目の「寅次郎相合い傘」(1975年)、25作目の「寅次郎ハイビスカスの花」(1980年)を観て、それから最後の48作目の「寅次郎紅の花」(1995年)を観て、ついでに寅さん亡きあとに作られた49作目の「寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」(1997年)を観たいと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは「寅さんと言えばお正月」って書いたけど、かつての寅さんは、毎年2回、お正月と夏休みに新作が公開されてた。そして、40作目くらいからが、毎年1回、お正月だけ公開されるようになった。だから、人によっては、「寅さんと言えば夏休み」って人もいるかもしれない。で、あたしの好きな「リリー三部作」も、すべて夏休みに公開された作品だ。だから、映し出されるシーンも冬の景じゃない。「寅次郎ハイビスカスの花」に至っては、舞台が沖縄ってこともあって、映画の中にお正月のイメージはまったくない。だけど、映画館でリアルタイムに観てないあたしとしては、借りて来たビデオをお正月に母さんと観た記憶しかないから、たとえ夏に公開された作品でも、やっぱり、お正月のイメージがしちゃうのだ。

とにかく、あたしは、作品の順番をバラバラに観て来たから、1作1作の内容は知ってても、時系列での流れが分かってなかった。生まれて初めてキチンと順番通りに観たのは、2001年10月からスタートしたテレビ東京の「男はつらいよ」の全48作を放送するって企画の時だ。この企画は、最初は1ヶ月に何本も放送してくれたんだけど、そのうち、2ヶ月間もぜんぜん放送しない時もあったりで、結局、全作放送するのに足掛け3年半も掛かっちゃった。でも、ちゃんと順番に観ることができて、今まで分からなかったことがいろいろと理解できた。サスガ、庶民の味方のテレビ東京だ。

で、あたしは、あまりにも記憶がゴチャゴチャしてて、生まれて初めて観た寅さんが何作目だったのかは、ぜんぜん覚えてない。ただ、映画館で新作を公開する前に、そのちょっと前の作品をテレビで放映するっていうオナジミのパターンがあるけど、それで観たんだと思う。母さんも寅さんが好きだったから‥‥って言うか、母さんが寅さんを好きで、その影響であたしも好きになった。それで、テレビで放映する時は、いつも一緒に観てた。それから、あたしがまだ観てない作品をビデオで借りて来て、母さんと一緒に観たりするようにもなった。

そんな流れの中で、あたしが社会人になって1~2年目くらいの時だったと思うけど、お正月を母さんと2人で過ごすために、母さんに「寅さんのビデオを借りてくるけど何かリクエストある?」って聞いたら、母さんは、「リリーが出て来るのが観たいな」って言ったのだ。それで、あたしは、「リリー三部作」を借りてって、お正月の三が日を母さんと過ごした。それまではバラバラに観てた寅さんだったけど、この時、初めて、リリーの出て来る作品だけを時系列でちゃんと観て、あまりにも深い寅さんの世界に、あたしは完全にやられちゃった。「リリー三部作」を観たあたしは、母さんと一緒に何度も泣いて、たまんないほど胸がジーンとして、リリーのことが大好きになって、寅さんのこともいっそう好きになった。

初めて寅さんとリリーが出会うのは、11作目の「寅次郎忘れな草」で、北海道は網走へ向かう夜汽車の中だ。でも、この時は、寅さんが、ちょっと離れた座席で、窓の外を眺めながら泣いてるリリーのことを気にしてチラッと見てるだけで、ちゃんとした出会いじゃない。2人がちゃんと出会うのは、網走の町に着いてからだ。寅さんは、網走神社の前でレコードを売ってるんだけど、1枚500円のレコードを「2枚で100円!」て言ってもぜんぜん売れない。そりゃそうだよね。音楽ってもんは、欲しいものなら高くても買うけど、欲しくないものは安くても買わないのが普通だ。いくら「2枚で100円」にしても、バナナの叩き売りじゃないんだから、欲しくないレコードを買う人なんかいない。だけど、寅さんにはそんなことは分からない。

そして、レコードが売れなかった寅さんが橋にもたれてションボリしてると、通りかかったリリーが「さっぱり売れないじゃないか」って声をかけて来る。これが、これからずっと続いてく、2人の運命の出会いのシーンだ。で、寅さんは、「不景気だからな、お互い様じゃねえか?」なんて言いつつ、「何の商売してんだい?」って聞くと、リリーは「私?歌うたってんの」って答える。リリーは、売れない三流歌手で、地方のキャバレーとかをドサ回りしてる。網走にも、ドサ回りでやって来てたのだ。そして2人は、河口の船の見える場所に腰を下ろす。


寅さん 「どうしたい、ゆんべは泣いてたじゃないか?」

リリー 「あらいやだ、見てたの?」

寅さん 「うん、何かつらいことでもあるのかい?」

リリー 「ううん別に‥‥ただ、何となく泣いちゃったの‥‥」

寅さん 「何となく?」


包みからタバコを出すリリー。


リリー 「うん、兄さん、なんかそんなことないかな?夜汽車に乗ってさ、外見てるだろ、そうすっと、何もない真っ暗な畑なんかにひとつポツンと灯りがついてて、ああ、こういうとこにも人が住んでるんだろうなって、そう思ったら、何だか急に悲しくなっちゃって、涙が出そうになる時ってないかい?」

寅さん 「うん」


マッチを擦る寅さん。


寅さん 「こんなちっちゃな灯りが、こう、遠くの方へス~ッと遠ざかって行ってなあ‥‥あの灯りの下は茶の間かな、もう遅いから子供たちは寝ちまって、父ちゃんと母ちゃんが2人で、しけったセンベイでも食いながら、紡績工場に働きに行った娘のことを話してるんだ、心配して‥‥暗い外見てそんなこと考えてると、汽笛がボ~ッと聞こえてよ、何だかふっと涙が出ちまうなんて、そんなこともあるなあ‥‥分かるよ‥‥」


‥‥これが、もう20回以上は観てると思うあたしの大好きなシーンだ。そして、サイコーにステキなのが、このあとのお別れのシーンだ。ものすごい美女のリリーと仲良くなったのに、変に粘着質にならずに、サッパリと別れるとこが死ぬほどカッコイイ。


寅さん 「行くのかい?」

リリー 「うん、じゃあまた、どっかで会おう」

寅さん 「ああ、日本のどっかでな!」

リリー 「うん、じゃあね」

寅さん 「うん!」

リリー 「兄さん、兄さん何て名前?」

寅さん 「え?俺か?俺は葛飾柴又の車寅次郎って言うんだよ」

リリー 「車寅次郎、じゃあ寅さん?」

寅さん 「うん」

リリー 「ふふふ、いい名前だね」


‥‥そんなワケで、今どきの男性なら、仲良くなる前から、メアドだのケータイ番号だのをしつこく聞いて来るようなヤカラがほとんどなのに、どうだろう、この寅さんのカッコ良さ。連絡先も聞かずに「また会おう」って言って、それに対して「ああ、日本のどっかでな!」だなんて、もう、サイコーにシビレちゃう。そして、このあと、リリーはある男性と結婚しちゃうんだけど、2年後の15作目、「寅次郎相合い傘」は、リリーが離婚してバツイチになった上で、寅さんと再会を果たすっていう大感動モノだ。それも、函館の港のラーメン屋台で、バッタリと再会しちゃうんだから、もう、たまんない。そして、リリーの美しさも、もう、たまんない。

言っちゃ悪いけど、12作目から14作目までの3作は、この15作目でのリリーとの再会を感動的にするための布石なんじゃないかって思わせるほどで、この再会のあと、楽しいことや大ゲンカやいろんなことがあって、ラストでは、いつもの切なさで胸がいっぱいになる。そして、それからの寅さんは、リリーに想いを寄せつつも、名だたる女優に次々と恋をして、次々と振られて行き、ようやく25作目の「寅次郎ハイビスカスの花」で、久しぶりの再会を果たす。

ま、あまりにも有名な国民的なシリーズだし、1作1作あたしが解説する必要もないと思うけど、この3作を通して観ると、寅さんとリリーとの言葉なんかじゃ表現できない想いが満載で、どれほど泣いても泣き足りないくらいに涙が出る。そして、この「三部作」で終わりなのかと思ったのもトコノマ、最後の48作目の「寅次郎紅の花」では、考えられるすべてのパターンの中で、サイコーのエンディングを迎えるのだ。分かっちゃいるけど、あたしは、何度観てもこのエンディングで大号泣しちゃう。

この「寅次郎紅の花」の撮影をした時って、渥美清さんは、肝臓ガンが肺にまで転移してて、お医者さまからは「撮影はムリ」って言われてたそうだ。それでも、ムリを押して撮影に挑んだんだけど、あまりにも具合の悪そうな様子を見た浅丘ルリ子さんが、山田洋次監督に、「もしかしたらこれが最後の作品になるかもしれないから、寅さんの夢を叶えてリリーと結婚させてあげて欲しい」ってお願いしたそうだ。だけど、山田監督は、どうしても節目の50作までは作りたかったために、リリーと結婚はさせなかった。そして、翌年、渥美清さんは亡くなり、この作品が遺作になった。

だから、寅さんとリリーの夢は叶わなかったけど、この作品には、過去の三部作を振り返るシーンがある。リリーと寅さんが暮らす奄美大島を訪ねた満男(さくらの息子、吉岡秀隆)が、2人の前で寅さんの今までの失恋歴を話すシーンだ。それで、満男は、あんな女性もいた、こんな女性もいたと、今までのマドンナの名前を挙げてくんだけど、何人かの名前を挙げたあとに、ハッと思い出して、こう言う。


満男 「あ!そうだ!」

寅さん 「え?」

満男 「ほら、北海道で知り合ったっていう売れない歌手だよ。おじさんとはぜんぜん似合わない華やかな人」

寅さん 「それがリリーだよ。バカだなお前!」

満男 「あ、そっか」

リリー 「あたしも、一応、数の内?」

満男 「すいません‥‥」

寅さん 「どうだい!リリーが一番いい女だろ?」


‥‥ああ、こんなセリフ、一生に一度でも言われてみたい。そして、3人の会話は、こんなふうに続いてく。


満男 「最初に会ったのはどこなんですか?」

寅さん 「北海道は網走よ。覚えているか?リリー」

リリー 「覚えてるよ。橋の上であんたはレコードなんか売ってたんだ」

寅さん 「そこへお前がやって来てさ、『兄さん、売れるの?』、なんて聞いたんだっけ」

リリー 「2回目に会ったのはどこだった?」

寅さん 「忘れたのかよ?リリー。おなじ北海道は函館だよ。夜更けに港の近くの屋台で、俺はラーメン食ってたんだ。遠くで青函連絡船の汽笛がボ~ッと鳴ってなあ、そこへひょっこり、リリー、お前が顔を出したんだよ」

リリー 「そうだったね。あんたの懐かしい声が聞こえて、まさかと思ってひょいと見たら」

寅さん 「俺のこの顔が」

リリー 「あはは、そう、懐かしいこの顔がニコニコ笑ってたの!嬉しかったな、あん時」

寅さん 「そうだ、もういっぺん、どっかで会ってるな?」

リリー 「沖縄よ。あんた、何度も何度も病院に見舞いに来てくれたじゃない」

寅さん 「そうか。あん時は暑かったなあ」

リリー 「ふふふ‥‥」

満男 「へえ~いろんなとこで巡り合ってるんだな、おじさんとリリーさんは」

寅さん 「俺とこの女は、生まれる前から運命の不思議な赤い糸に結ばれているんだよ、な、リリー?」


‥‥寅さんとリリーは、最後の作品、「寅次郎紅の花」でも、結婚こそできなかったけど、十分すぎるくらいに幸せな生活を送ってた。だけど、いくら愛するリリーと一緒だって言っても、糸の切れた風船みたいな生き方をして来た寅さんが、暖かい南の島で2人で幸せに暮らしてくなんてホントにできるのだろうか? そして、そんな暮らしが、ホントに寅さんの理想だったんだろうか?‥‥なんて思いつつ映画のエンディングが近づいて来ると、新年を迎えた柴又の「とらや」に、リリーからの手紙が届く。


あけましておめでとうございます。
みなさんどんなお正月をお過ごしですか。

さて寅さんのことですが、一週間前、例によってお酒の上でちょっとした口げんかをした翌朝、置手紙をしていなくなってしまいました。
あの厄介なひとがいなくなって、ほっとしたりもしましたが、こうして独りで手紙を書いていると、ちょっぴり淋しくもあります。

でもいつか、またひょっこり帰ってきてくれるかもしれません。
もっとも、その日まで私がこの島に暮らし続けちゃってるか分かりませんけどね。
もしかして、この次寅さんに会うのは、北海道の流氷が浮かぶ港町かもしれません。
寅さんにお会いになったら、どうかよろしくお伝えくださいね。

奄美の浜辺にて  リリー


‥‥そんなワケで、この手紙は、リリーの声で読み上げられるんだけど、ここで注目すべきは、ただヒトコト、「またひょっこり帰ってきてくれるかもしれません」て部分だろう。「顔を見せにきてくれるかも」とか「遊びにきてくれるかも」とかじゃなくて、リリーは「帰ってきてくれるかも」って書いてるのだ。そう、今までずっと港を持たなかった寅さんに、初めて「リリー」って言う港ができたのだ。こんなにステキなことはない。だけど、そのリリーのほうも、「もっとも、その日まで私がこの島に暮らし続けちゃってるか分かりませんけどね」って書いてるように、寅さんとおんなじに糸の切れた風船みたいな生き方をして来た女なのだ。だから、この手紙に書かれてるように、ホントに2人が次に再会できるのは、奄美大島とは正反対の流氷が浮かぶ港町なのかもしれないのだ。ああ、なんて切なくも心温まる恋なんだろう? あたしは、これほど純粋な恋愛を他に知らない。2004年3月11日の日記、「愛しの寅さん」にも書いたけど、いつ帰って来るか分からない人を待ち続ける女なんて、ハタから見たら不幸そのものなのに、そんなものに憧れてるあたしは、きっと、その奥にある純粋さに憧れてるのかもしれない‥‥なんて思う今日この頃なのだ。


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