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2009.01.13

続・派遣村について

今日も、まず、1通のメールを紹介する。


お名前:KM
コメント:昨日の日記で、TYさんのメールが紹介されています。このTYさんって何者ですか!今50歳代で20歳代半ばから派遣会社経由で工場で働いていたですって。この日本で派遣労働が認められ且つ工場への派遣が認められてから何年になると思うのですか!【うそ】であることは確実です。きっこさんもこんなメールの意見を採り上げるなんてどうかしています。自己責任論を押し付け弱者がさらに弱者を貶める今の為政者に与する以外の何物でもありません。派遣村に行かれた大半は国家政策の犠牲者です。自己責任ではありません。


‥‥昨日のTYさんのメールは、1000文字以下にマトメるためにあたしがサクサクと削除しちゃったから、このKMさんのように誤解した人もいると思うので、説明をさせてもらう。昨日の日記には、「私は、派遣会社からの労働を永年やってきました。20代半ばから40歳過ぎまで、殆どが派遣会社からの工場労働で糊口を凌いできました。(中略)」って書いたけど、この「(中略)」の部分には、次のように書いてあった。


「蛇足ですが、2004年(5年?)に製造業への派遣が解禁されたらしいのですが、(1999年以降、パチプロ稼業に突入して世情に疎くなっていた事も有りこの事を知らない)私が派遣会社から主に工場労働を斡旋されてきたのは”製造業”に該当しなかったのか?それとも法律違反だったのか?」


あたしとしては、マサカ、こんな部分をネホリーナ・ハホリーナして「ウソだ!」なんて言って来るような人がいるとは思わなかったので、重要な部分だけを残して短くマトメたワケだけど、このKMさんの他にも、もう1通、同様のメールが届いてるので、まずは、この点を説明させてもらった。

で、あたしの知る範囲で補足させてもらうと、KMさんはニポンに「労働者派遣法」が施行された1986年までは、派遣労働がゼロだったとでも思ってるみたいだけど、それはまったくの思い違いだ。「労働者派遣法」が施行されるまでも、違法の派遣会社はたくさんあったし、通称「手配師」って呼ばれるヤクザとかも労働者の派遣を斡旋して、今よりも何倍も酷いピンハネをしてた。TYさんは、そうした状況下で働き続けて来たんだから、今みたいに「派遣労働者の権利」だなんて声高に叫べない時代だった。誰も助けてくれない。自分のケツは自分で拭く。そうして生きて来た人だからこそ、今の派遣労働者に対して厳しい意見が言えるんだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、それまで野放し状態だった間接雇用が、1986年に施行された「労働者派遣法」によって法律で規定されたワケだけど、この「労働者派遣法案」を制定する時に、企業側が自民党に対して「雇い主のほうが有利になるような法案にしないと献金をストップするぞ」って脅したんだよね。そして、自民党が作った法案は、もちろん企業の言いなりで、あまりにも企業寄りの内容だったから労働組合が強く反対した。それでも、国民のためじゃなくて、自分たちのスポンサーである企業や官僚のために政治をやってる自民党だから、労働組合の意見なんか聞くワケがない。で、この自民党による「労働者派遣法」が施行されてどうなったのかって言えば、それまではヤクザが闇でやってた労働者の斡旋が、法のもとに堂々とできるようになったのだ。それまでは「手配師」って呼ばれてたヤクザたちが、労働大臣(現・厚生労働大臣)のお墨付きをもらって、堂々と「労働派遣会社」を名乗れるようになったのだ。

1986年に「労働者派遣法」が施行されるまでは、一応は「職業安定法」で間接雇用、つまり、労働者の斡旋は禁止されてた。だけど、ニポンでは、江戸時代から労働者の斡旋は当たり前のこととして行なわれて来たし、近年でも、地方で農業や漁業をしてる人たちに、閑期の仕事として都会での土木作業などを斡旋する手配師がたくさんいた。また、酷いのになると、多重債務者をマグロ船などの長期遠洋漁業へ斡旋する手配師もいるし、不法滞在してる外国人を専門に工場とかに斡旋してる手配師もいる。

ようするに、「職業安定法」なんてのは単なる形式上のことで、現実には、労働者を派遣して雇用者からキックバックをもらうっていう仲介業が、100年も200年も前から商売として成り立って来たってワケだ。そして、それに法律でお墨付きを与えたのが自民党による「労働者派遣法」であり、当初の法案では禁止されてた「物の製造業務の派遣」を規制緩和の名のもとに解禁したのが、2004年のコイズミ改革だったってワケだ。で、このコイズミ改革によって、製造業への派遣労働者の数はふくれ上がり、現在は、それらの人たちの多くが路頭に迷ってるってワケだ。フランク・ザッパに言えば、昔は「職業安定法」で禁止されてたけど、暗黙の了解としてマカリ通ってた「労働者を斡旋してピンハネすること」を法律で許可したのが自民党であり、それをもっと酷くしたのがコイズミってワケなのだ。

だから、オムライス党は、非正規労働者を守るための第一歩として、とりあえず「物の製造業務の派遣」だけでも全面禁止にして、せめてコイズミ改革の前の状況に戻そうとがんばってるのだ。そうなれば、今みたく、「人手が足りない時だけ派遣を雇い、いらなくなったら首を切る」っていう企業に有利なやり方はできなくなり、人手が足りなければキチンとした正社員を募集するしかなくなり、雇用される側の人権も守られるようになるってワケだ。こんなメチャクチャな世の中になっちゃったのは、その8割方がコイズミと竹中平蔵の売国奴コンビによる悪政のタマモノなんだから、「コイズミ改革の前の状況に戻す」ってことで、この国はようやくスタートラインに立てるってことになる。

‥‥そんなワケで、昨日の日記を読んだ人から、たくさんのメールが届いてるので、何通か紹介しようと思ったんだけど、大別すれば、やっぱり、「派遣切りにあった人たちは甘えてる」「派遣村は甘やかしすぎだ」って意見と、「派遣切りにあった人たちは政治の犠牲者だ」「派遣村は立派だ」って意見の二極になるから、今日はメールは紹介せずに、あたしの書きたいことを書かせてもらう。

あたしは、昨日の日記に書いたように、この両方の意見がそれぞれモットモだと思ってる。ただ、大前提として言わせてもらうと、派遣村に集まった500人の人たちの中にも、いろんな人がいるってことだ。つまり、「甘えてる」って言われても仕方ないような人もいたかもしれないけど、どう見ても政治の犠牲者だって言える人もいたハズだ。だから、白か黒かみたいな一元論では決めつけられないと思う。それに、こうしたことって、どうしたって水掛け論になっちゃう。だから、あたしは、「どっちが正しい」ってことは置いといて、あえて正論に反しても、あたしの感覚を書いてみたワケだ。つまり、理由はどうあれ、目の前に困ってる人がいたら、あたしは黙ってられない。いくら正論だとしても、つらい思いをしてる人に厳しい言葉を投げつけるようなことはできない‥‥ってことだ。

新聞やテレビでも取り上げられてるから、知ってる人も多いと思うけど、カルデロンのり子ちゃん、ニポンで生まれ育ったフィリピン国籍の中学1年生の女の子だ。フィリピン人の両親が、偽造パスポートで来日して、そのまま不法滞在を続けてて、その中で生まれた子だ。親の不法滞在が発覚したから、のり子ちゃんも一緒に強制送還されちゃう。これ、誰がどう見たって、強制送還されるのは当然のケースだろう。それが正論だ。逆に、情にほだされて、こんなケースを許しちゃったら、悪い前例を作ることになり、これからも偽造パスポートで来日した不法滞在者が増えることにもつながる。中には、自分の不法滞在を大目に見てもらうために、ワザとニポンで子供を作るようなケースだって出て来るかもしれない。

だけど、あたしは、両親はともかくとして、のり子ちゃんだけでも何とかして欲しいと思ってる。ニポンで生まれて、ニポン語しかしゃべれないのり子ちゃんは、せめて今の中学だけでも卒業させて欲しいと、クラスメートたちと署名活動を続けてて、法務大臣による在留特別許可を求めてる。とりあえず、去年の12月27日までだった国外退去期限は、特別に今月の14日まで延長されたけど、このまま在留特別許可がもらえなければ、のり子ちゃんは、あと2日で退去期限を迎えちゃう。

あたしは、一番最初にこのニュースを耳にした時には、強制送還は仕方ないって思った。だって、「法律」と「情」なら、「法律」のほうを優先しなかったら社会が成り立たないからだ。だけど、そのあとに、おんなじようなケースで、オトトシ、フィリピンに強制送還された12才のマリア・パストルちゃんのことを知った。マリアちゃんは、2才上のお兄さんと、1才下の弟の3人兄弟で、3人ともニポンで生まれ育ったんだけど、フィリピン人のお父さんの超過滞在が発覚して、2007年3月に強制送還された。でも、3人ともニポン語しか話せない上に、フィリピンではお父さんの仕事も見つからない。そして、生活できなくなったお父さんは、子供の世話もできなくなり、遠く離れた親戚の家にマリアちゃんを預けて、自分はどこかへ行っちゃったのだ。

いくら法的な国籍がフィリピンだからって、言葉も何も分からない国へ連れて行かれ、親にも捨てられ、親戚と称する家にポツンと預けられた12才の女の子が、どれほどつらい思いをしてるのか、誰にだって容易に想像できるハズだ。そして、マリアちゃんのお兄さんと弟は、毎日インスタントラーメンだけの生活で、2人ともガリガリに痩せ細り、とうとうお兄さんは入院してしまった。マリアちゃんは、ニポンにいた時にお世話になってた横浜の在日外国人教育生活相談センター「信愛塾」のセンター長、竹川真理子さんに、1通の手紙を送った。そこには、こう書かれてた。


「私のきょうだい死んじゃうよ!竹ちゃん助けて下さい!」


‥‥そんなワケで、ニポンで生まれ、ニポンで育ち、ニポン語しか話せない幼い子供たちが、突然、異国のような母国へ放り出されて、ロクに食べる物さえ与えられずにホッタラカシにされてるなんて、こんなことが人道的に許されるのだろうか? 確かに、お父さんが超過滞在してたことは問題だし、こうなる原因を作ったのもお父さんだ。だから、強制送還されることは法的には正論なんだけど、もう1つ正論を言わせてもらえば、「子供たちには何の罪もない」ってことだ。

ベトナムでアメリカ軍の枯葉剤の犠牲になった子供たち、イラクでアメリカ軍の劣化ウラン弾の犠牲になった子供たち、今、ガザで、イスラエル軍のクラスター爆弾や白リン弾で殺され続けてる子供たち、こうした子供たちに共通して言えることは、みんな「大人の犠牲」になってるってことだ。そして、フィリピンへ強制送還されたマリアちゃんたちも、あと2日で期限を迎えるのり子ちゃんも、みんな「大人の犠牲」になってるのだ。

マリアちゃんのお父さんは、ニポンではすごくマジメに働いてたから、仕事場の社長からも信頼されてたそうだ。それで、強制送還が告げられた時に、社長は、「信愛塾」の竹川真理子さんと一緒に、法務省に特別在留許可を求める嘆願書を出したんだけど、許可されなかったそうだ。だから、今回ののり子ちゃんのケースも、たくさんの署名が集まってるけど、なかなか難しい局面を迎えてる。何しろ、のり子ちゃんとおんなじケースの子供は、現在、ニポン中に5万人以上もいるんだから、政府としては、特別の前例を作りたくないのが本音だろう。

だけど、ちょっと待って欲しい。法を犯したのは親であって、何も知らずに生まれて来た子供には何の罪もないのだ。それに、のり子ちゃんのほうだって、何もずっとニポンで暮らしたいだの、ニポンの永住権が欲しいだのって言ってるワケじゃない。やっと中学に上がって、たくさんのお友達ができたんだから、せめてあと2年だけ、中学を卒業するまででいいからニポンにいさせて欲しいって言ってるだけなのだ。それに、2年間の猶予があれば、その期間にフィリピンの言葉を勉強して、フィリピンに行ってからも困らないように準備することだってできる。あたしは、これくらいしてあげるのが、「大人」としての責任であり義務だと思う。

言葉も何も分からないマリアちゃんたちを強制送還したのは、喩えはすごく悪いけど、自分の家の前に捨ててあったゴミを隣りの家の前へとホウキで掃いたようなもんだ。自分の家の前さえキレイになればいい。あとは知らんぷり。ホントにこれでいいのか?

‥‥そんなワケで、偽造パスポートだの不法滞在だのって聞くと、何だかものすごく悪いことみたいに聞こえるし、ヘタすると、マフィアだのヤクザだの麻薬だの密輸だのと一緒のジャンルみたいなイメージを持つ人もいるだろう。だけど、その実態は、ほとんどの人たちが自国では生活できずに、ワラにもすがる思いで、恵まれたニポンに働きに来てる普通の人たちだ。ニポンで悪質な犯罪を犯してるのはわずか1~2%で、ほとんどの人たちは大人しくマジメに働いてる。

もちろん、それだって、法律には違反してるんだから、立派な犯罪者だ。摘発されたら強制送還されるのは仕方ないし、それが分かった上で、それでも生きるためにやって来るワケだ。派遣労働者に「仕事がなくなったら首を切られて寮から追い出されることは最初から分かってたハズだ」って言うのとおんなじ理屈で、「偽造パスポートで不法滞在してたんだからバレたら強制送還されることは最初から分かってたハズだ」ってことになる。

だけど、自分のモノサシだけで考えるんじゃなくて、相手のモノサシでも考えてみて欲しい。もしも、あなたが、フィリピンの貧しい村に生まれて、どんなにがんばってもロクな仕事にはありつけず、自分の子供にご飯を食べさせてやることもできず、年老いた親を病院に連れて行ってやることもできなかったとする。そんな時に、ニポンていう国に行くとたくさんのお金を稼げる。子供にもご飯を食べさせられるし、親を病院に連れてくこともできるって聞けば、多くの人はその話に乗るだろう。

たしかに、違法は違法だ。だけど、自分たちが生きてくためには、仕方ないことだってある。ニポンへの入国の方法は違法だけど、そこで悪いことをするんじゃなくて、誰よりもマジメに働いて生活費を稼ぐことが、そんなに悪いことなんだろうか? 逆に言えば、あたしたち先進国の人間が、こうした国々に対して、十分な援助やODAなどを充実させてたり、外国人労働者への門戸を広げたりしてれば、こういう不法入国者を減らせるんじゃないのか? マリアちゃんやのり子ちゃんのような「大人の犠牲」になる子供たちを減らせるんじゃないのか?

‥‥そんなワケで、玉虫色の結論になっちゃうかもしれないけど、あたしが言いたかったことは、ヒトコトで言えば、「相手を思いやる心」だ。派遣村に集まった人たちに対して何か意見を言うのなら、どんな意見であっても、それを発する根源が「相手を思いやる心」であって欲しいってことだ。目の前に困ってる人がいて、その人を何とかしてあげたい。そうした思いから出た言葉なら、たとえそれが「甘えるな!」って言葉であっても、昨日のメールのTYさんの言葉のように、温かく感じられるハズだ。逆に、どんなに派遣労働者の立場に立ったような言葉でも、マスゾエちゃんの言葉のように、その裏に「政治利用」の影がチラつけば、「相手を思いやる心」はぜんぜん感じられない。だから、皆さん、あたしからの提言は、派遣村の問題に限らず、強制送還の問題に限らず、どんな問題にも「相手を思いやる心」を持って考えて欲しいってことだ。そうすれば、水と油のように対立する意見であったとしても、それを発する根源がおんなじなんだから、絶対にどこかで融合できるワケで、双方の良い部分を取り入れて、最善の道が拓けると思う今日この頃なのだ。


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