麻生内閣に点数をつけるとしたら?
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あたしは、ホントは流行に敏感に反応して、どんどん取り入れてかなきゃいけない職業なのに、自分の美意識に鉄板の価値観を持ってるから、どんなにチマタで流行してても、絶対に受けつけられないものが多い。たとえば、何年か前に、エビちゃんあたりから流行し始めた「巻き髪」、あれ、あたしは大っ嫌いだ。未だに、バカのひとつ覚えみたく髪を巻いてる女がいるけど、浜辺に打ち上げられたワカメじゃあるまいし、「アホか?」って思う。だから、あたしは、髪を巻いてる女を見るたびに、ウスとキネを用意して、「なあにぃ~!やっちまったなぁ~!」って言ってから、「女は黙って直毛!女は黙って直毛!」って言いながら、お餅をついてる。もちろん、心の中でだけど。
それから、自分のケータイだのニンテンドーDSだのに、スワロフスキーとかをチマチマチマチマと貼りつけてゴチャゴチャと飾り立てる「デコ」とかいう恥ずかしい行為。あれも死ぬほど大っ嫌いだ。見てるだけで体が痒くなって来て、「キーーーッ!」ってなっちゃう。知能の低そうな女が、爪をバカみたいに飾り立ててるのだけでも見るに堪えないのに、そのバカみたいな指で操作してるケータイまでもがバカみたいに飾り立ててあるなんて、もう、脳みそがスキャナーズしちゃうくらいにイライラする。
そして、もう1つは、ワリと一般的なものなんだけど、靴が大好きなあたしとしては、ピープトゥのパンプスが絶対に許せない。ようするに、トゥに穴があいてて、つま先が覗くようになってるパンプスだ。あたしは、パンプスの美しさは、1にサイドのライン、2にトゥのライン、3にヒールのラインだと思ってる。それなのに、パンプスにとって2番目に大切なトゥに穴をあけちゃうなんて、モノゴトの基本てもんがまったく分かってない大バカ野郎だと思う。「そんなにつま先を見せたいんならサンダルかミュールでも履いてりゃいいじゃん!」って思う。だいたいからして、パンプスを履く時まで、つま先を出したいだなんて、「お前は水虫か?」ってツッコミたくなる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、マクラの部分で叫んでみたのは、別に、個々のモノゴトについて批判したワケじゃない。世の中でどんなに流行してても、あたしの感性じゃ受けつけられないものがあるってことが言いたかっただけだ。だから、あたしは、巻き髪で、爪もケータイも飾り立てて、ピープトゥのパンプスを履いてる女を見ても、別に文句を言ったりはしない。心の中で残念に思うだけで、言葉にも表情にも出さない。それどころか、注文を受ければ髪を巻いてあげたりもしてる。だって、それが職業だからだ。
で、何が言いたいのかっていうと、世の中で流行してるものが、ホントにすべて素晴らしいもので、それに群がってる人たちは、ホントにイイと思って群がってるのか、あたしには疑問だってことだ。たとえば、テレビや雑誌で紹介された「行列のできるラーメン屋」って、ホントにそんなに美味しいのか、あたしは激しく疑問に思ってる。それは、実際に食べに行ってみたら、美味しいどころか、とても最後まで食べられないほどマズかったことがあるからだ。だけど、あたしの隣りで食べてたカップルは、大感激しながら、ケータイで写メまで撮ってた。こんなにマズイのに‥‥。
つまり、ニポン人の多くは「流行」に興味があるのに、自分の目や耳や舌でその「流行」がホントに素晴らしいものかどうかを判断する自信がないから、自分の目や耳や舌の代わりに、「ランキング」とか「行列」とかってものを判断の基準にしてるってワケだ。だから、ヒットチャートの上位にランクインしてる曲は、すべて「イイ曲」だって思い込んじゃったり、長い行列ができてるお店は、すべて「美味しいお店」って思い込んじゃうワケだ。
もちろん、ホントに素晴らしい曲もランキングに入ってるだろうし、ホントに美味しいお店にも行列はできてるだろう。だけど、ランキングには入ってないけど素晴らしい曲は数えきれないほどあるし、行列はできてなくても美味しいお店もいっぱいあることも事実だ。それに、ニポンの場合は、ランキングにしても行列にしてもインチキが横行してるから、とてもじゃないけど鵜呑みにはできない。
たとえば、邦楽のヒットチャートで、どっかのアイドルグループの曲が、出す曲、出す曲、みんな「初登場1位」になってるけど、あんなもんを信じてる人なんかいるの? 映画の興行収入のランキングにしても、ほとんどがデタラメじゃん。テレビでノイローゼになるほどしつこく宣伝を繰り返して、「大ヒット上映中!」なんて連呼してて、興行収入のランキングでも上位に表示されてるけど、実際に劇場に行ってみるとガラガラなんてことがよくある。あたしが行くのは、東京の真ん中の渋谷とか六本木とかの劇場なんだから、ここがガラガラなら、地方の劇場はもっとガラガラだろう。
ちなみに、映画のランキングって、昔は「観客動員数」で決めてた。だから、それなりに正確だった。だけど、今は「興行収入」なんていう実態の見えないもので決めることになったから、いくらでも操作できるってワケだ。力を持ってる事務所のアイドルグループが、新曲を出すたびに「初登場1位」になれるのとおんなじで、力を持ってる映画会社なら、いくらでもランキングの操作ができる。だから、ファン以外は誰も観に行かないようなバカアイドルが主演のくだらない映画なんかが、ランキングの上位に平然と鎮座してるってワケだ。
‥‥そんなワケで、自分で対象の良し悪しを判断できない大多数の人たちを食い物にするために、お金のある企業は、「ランキング」を操作したり「行列」を捏造したりすることも「販売促進」の一環だと思い込んでる。最近だと、去年の暮れに、マクドナルドが「クウォーターパウンダー」を発売した時に、2000人だか3000人だかの大行列ができて、テレビや新聞で大きく取り上げたけど、その行列の中の1000人が、マクドナルドに雇われてたサクラだったってことが分かった。
ちなみに、マクドナルド側は、あれはあくまでもモニターとして雇っただけで、決してサクラじゃないって弁解してたけど、新商品の発売日に1000人ものバイトを雇って並ばせたことを世の中はどう見るだろうか? 純粋に商品に対するモニターとして雇うのなら、何も混雑する発売日なんかに並ばせないで、前日とかに別の場所でモニターさせればいいじゃん‥‥って思うのが普通だろう。つーか、たかがマックのハンバーガーを買うのに、前の晩から徹夜で並ぶ人がいるなんて、普通に考えたら完全にアリエナイザーだろう。
それから、去年の夏に、アップルの「i Phone」をソフトバンクが売り出した時に、表参道のソフトバンクに長い行列ができたのも、一部では「大半がサクラだった」って言われてるそうだ。あたしは真相は分からないけど、あたしの常識で言えば、今どき、ワンセグもついてなくて、動画も撮影できなくて、赤外線通信機能もついてなくて、ケータイ専用サイトも観られなくて、挙句の果てには、両手を使わないと操作しにくいようなケータイなんかを買うために、何で行列ができるの?って思った。
ちなみに、アップルの「i Phone」は、世界各国で売り出されたんだけど、去年の8月に売り出されたポーランドでは、代理店の「オレンジ」って会社が、たくさんのサクラを雇って、各店舗の前に行列を作らせた。「オレンジ」のスポークスマンは、ニポンの企業みたくイイワケがましいことなんか言わずに、ハッキリと「i Phoneへの興味を喚起するために、全国20店舗の前でニセモノの行列を作らせた」ってコメントしてる。気持ちいいよね、こんなふうにちゃんと言ってくれたほうが。
で、ニポンの表参道のソフトバンクの場合は、あたしは真相は分からないけど、いくら機能が充実してない上にお金まで払わなきゃなんないケータイだとしても、いろんなケースが考えられる。たとえば、ちゃんとしたケータイを持ってる人が2台目として買うってケースもあっただろうし、機能なんかどうでもよくて、それよりも「人より先に新しいものを手に入れたい」って人もいたんだと思う。だから、ホントに欲しくて並んでた人もいたんだとは思う。
だけど、常にケータイは「0円」で新型に切り替えて来たあたし的には、大前提の「ケータイなんかにお金を払う」って部分が、もうすでに理解できないのだ。もちろん、この点に関してだって、人の価値観や感性は十人十色なんだから、2万円も3万円も払ってケータイを買う人がいたって、別に構わないと思う。ただ、あたしが1つだけ知りたいのは、前の晩から並んでた上に、2万円も3万円も払って「i Phone」を買った人たちが、今日から始まった「i Phoneの無料キャンペーン」を知って、いったいどんな気分になったかだ。
ちなみに、正確に言えば、「無料」になるのは8ギガバイトの「i Phone」で、16ギガバイトのほうは1万1520円になるそうだ。もっと詳しく言うと、定価から2万3040円を割り引きしてくれるそうで、そのため、定価が2万3040円の8ギガバイトの「i Phone」は無料に、定価が3万4560円の16ギガバイトのほうは1万1520円になるそうだ。で、このキャンペーンは、今日、2月27日から5月31日まで、3ヶ月も続くそうだ。
‥‥そんなワケで、これは結果論だけど、爆発的に売れてれば、こんなキャンペーンなんかするワケがない。ようするに、ぜんぜん売れないからこうしたキャンペーンが始まったワケで、その予兆は、すでに発売1ヶ月後の去年の9月に見られた。それは、去年の9月の頭に、ソフトバンクの孫社長が、法人向けに「i Phone」を3ヶ月間すべて無料で提供するって言ったことだ。これは、9月9日に行なわれた「ソフトバンクサミット2008」っていう法人向けのイベントでのことで、孫社長は、申し出のあった法人すべてに、1社につき5台まで「i Phone」を無料で3ヶ月間ほど貸し出して、基本料金も通話料もすべて無料にするって言ったものだ。
ちなみに、このイベントには、約1500社の法人が参加してたから、もしもすべての法人が5台ずつ申し込んでたとしたら、ぜんぶで7500台になる。そして、これだけの本体の値段もともかく、3ヶ月間も無料で使えるのなら、みんなジャンジャン使っちゃうワケで、莫大な出費になるだろう。それでも、こんなことをしてまでも宣伝しなきゃなんないほど、「i Phone」は売れてなかったワケだ。実際、当時の経済紙を見ると、「i Phone」が売れたのは発売当初だけで、その後はぜんぜん伸びなくなって、ソフトバンク側の予想を大きく下回ってるって書かれてる。で、その3ヶ月間が終わり、年が明けたら、今度は一般に向けての大幅値引きが始まったってワケだ。
徹夜までして並んで、2万3040円も払って買ったケータイが、わずか半年後には、タダでもらえちゃう。何時間も並んで、3万4560円も払って買ったケータイが、わずか半年後には、1万円ちょいで買えちゃう。こういうのって、あたしには耐えられない。たとえば、ずっと240円で買ってたフィレオフィッシュが、ある日突然に100円になった時に、あたしは、「あのフィレオフィッシュが100円で食べられる!」って喜びとともに、今まで240円も払ってたことに対する怒りがこみ上げて来た。これとおんなじことだ。
だから、去年の暮れに、時給1000円でマックの前に並んでたバイトの列に騙されて、ついつい自分も並んじゃって、何時間も待った挙句に、360円も払って「クウォーターパウンダー」を買って食べた人たちは、もしも、この先、「クウォーターパウンダー」が「100円マック」の仲間入りをしたら、いったいどんな気分になるだろう?って思う。ま、いくら何でも、「クウォーターパウンダー」が100円になるとは思えないけど、今でも、サービス券を使えば270円で買えるみたいだから、そしたら、定価が240円のフィレオフィッシュとたいして変わらない。そして、240円のフィレオフィッシュが定期的に100円になってることを考えれば、270円の「クウォーターパウンダー」が100円になる可能性だってアリエールだろう。
今、ニポンは、狂牛肉の輸入再開とおんなじに、ブッシュとコイズミとの密約によってクローン牛の食用認可が推し進められてるんだから、クローン牛の食用が認められちゃったら、「クウォーターパウンダー」が100円になる日だってやって来るかもしれない。ま、お肉を食べない上に、イスラエル支援企業に対する不買運動をしてるあたしにとっては、マックが何をしようと関係ない話なんだけど、ただ1つだけ気がかりなのは、あたしの愛するMAXが、マックのお仕事をしたってことだ。う~ん、この点だけは、リトルつらいぜ!
‥‥そんなワケで、あたしは、あたしの払ったわずかなお金でも、その一部が人殺しのために使われるのは絶対にイヤだから、イスラエル支援企業の商品はできるだけ買わないようにしてる。だけど、今使ってるパソコンも、今まで使って来たパソコンも、みんなウインドウズだし、インテルも入ってる。だから、完璧に不買ってワケには行かないけど、それでも、できるだけ買わないようにしてる‥‥って、そんなことは置いといて、あたしが言いたかったことは、そろそろメディアが操作してる「ランキング」や「行列」なんかを鵜呑みにするのはやめて、自分の目や耳や舌を使って対象の良し悪しを判断して欲しいってことだ。街に「行列」ができてれば、それを横目で見ながら、「またバカが並んでるな」って思って素通りするのが、とりあえず「今年の流行」だと思う今日この頃なのだ。
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世界には190以上もの国があるので、1年365日、毎日どこかの国で何らかのお祭りがあります。
で、「今日はどこの国でどんなお祭りがあるのか」ということを日替わりでお知らせするExpediaのブログパーツを「きっこのブログ」に貼ってみました。
右のサイドバーの「今日のテーマ曲♪」の下です。
Expediaのブログパーツをクリックして、黄色い旅行カバンがひらいたら「イベント詳細を見る」をクリックすると、その日のお祭りの詳しい内容が分かります。
地図とともに詳細が表示されるので、海外旅行気分を味わうことができます。
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「米カリフォルニア州で大麻市販化への動き」(世田谷通信)
25日、米カリフォルニア州で税収不足を補うために、乾燥大麻(マリファナ)を一般向けに市販して税収を得るという法案が提出された。議会に提出された法案は、住民にニーズの高い乾燥大麻を市販化し、1オンス(約28グラム)当たり50ドル(約4500円)の売上税を課すというもの。カリフォルニア州ではすでに医療目的での大麻の販売は自由化されているが、実際に大麻を買う利用者の多くは病気ではなく、合法的に大麻を買うために医師の診断を受け、大麻の所持を許可するカードを発行してもらっている。これは病院を経営している医師が大麻を販売する薬局も同時に経営しているためで、多くの医師が自分の薬局の売り上げのためにわずか5分ほどの問診で誰にでもカードを発行しているからである。アメリカでは大麻に健康上の害がないことや他のドラッグへの入り口にもならないことなどが数々の専門機関によって調査報告されており、多くの州で自由化への動きが活発になっている。2008年にはマサチューセッツ州で住民投票が行なわれ、住民の90%の賛成によって1オンス以下の所持は刑事罰から除外されることになったばかりだ。また医療目的での所持はすでに12州で認められているが、オバマ大統領はアメリカ全土での解禁を公約に掲げている。なお欧米の新聞には「大麻などで大騒ぎするのは先進国の中では日本くらいだ」という記事が散見され、大麻に対する日本の認識が時代遅れであることが指摘され続けている。(2009年2月27日)
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洗濯機って、普通は、右、左、右、左‥‥って回る。もうちょっと詳しく言うと、右、休み、左、休み、右、休み、左、休み‥‥ってふうに回る。それで汚れが落ちるワケだけど、しばらく前から何だか変な音がしてたあたしの洗濯機が、ついに、半分だけ壊れちゃった。今日、お洗濯をしたら、右、休み、休み、右、休み、休み‥‥って回ってて、左に回らないのだ。それで、あたしは、「半分しか回らないんなら、2倍の時間、回せばいいかな」って思って、「洗い」を押してホッタラカシにしといて、お茶を飲んでて、「荒い」が終わって洗濯機がピーピー呼んだから、もう一度「洗い」を押した。それで、2回の「洗い」が終わったから、いつものように「脱水」を押した。
あたしの洗濯機は、一応、全自動なんだけど、全自動のコース洗いにしちゃうと、「すすぎ」でたくさんのお水を使っちゃう。だから、あえてアナログな使い方をしてるんだけど、まず、お風呂の残り湯で「洗い」をして、それから「脱水」をして、その次に半分くらい水道のお水を入れて、「洗い」を押してすすぐ。で、「脱水」して、もう一度、半分くらい水道のお水を入れて、「洗い」を押してすすいで、それで「脱水」する。こうすれば、1回のお洗濯に使うお水は洗濯機1杯ぶんだけで済む。
それで、2回の「洗い」が終わったから、いつものように「脱水」を押したら、洗濯機が回り出したトタンに、ズガガガガガーーー!って鳴りながら洗濯機が大揺れしたから、慌てて止めようととしてら、自動で止まって、ピーピーピーピーって鳴り出した。あたしは、いったいどうしたのかと思って、フタを開けてみたら、中でたくさんの洗濯物が、1つの巨大なオシボリみたくなってたのだ。いろいろと考えた結果、今までは、右、左、右、左‥‥って回ってたから洗濯物がバラバラになってたけど、今日は、右、休み、休み、右、休み、休み‥‥って回ったことによって、ぜんぶの洗濯物がネジレながらカタマリになっちゃったみたいな今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、巨大なオシボリを解いて、何とか脱水することができたんだけど、あたしのアナログな洗い方だと、この次には、お水を入れて、「洗い」による「すすぎ」をするワケで、この様子を見てたら、やっぱり、右、休み、休み、右、休み、休み‥‥って回ってて、洗濯物がどんどんネジレてった。だから、次に脱水する時も、いちいち解かなきゃならなかったし、2回目の「すすぎ」のあとの脱水の時も、いちいち解かなきゃならなかった。で、何よりの問題が「メンドクサイ」ってことなんだけど、それだけじゃなくて、、「洗い」による「すすぎ」の時に、洗濯物がネジレちゃうから、キレイにすすげてない感じがする。さらには、洗濯物が痛んじゃう気もした。
それで、「こりゃあ大変だ!」ってことになったんだけど、洗濯機って、死活問題には直結してない。洗濯機だけじゃなくて、テレビが壊れても、電子レンジが壊れても、掃除機が壊れても、死活問題には直結しないから、そんなに急いで何とかしなくても困らない。だけど、炊飯器が壊れたり、冷蔵庫が壊れたり、電話が壊れたり、パソコンが壊れたりしたら、死活問題になっちゃうから、急いで対応しなくちゃなんない‥‥ってワケで、あたしは、大騒ぎしつつも、それほどはアセッてなかった。
もともと、この洗濯機は、4~5年くらい前にリサイクルショップで買って来たもので、そのお店で一番安かった3000円の洗濯機だ。ここまで運んでもらうのと、それまで使ってた洗濯機を引き取ってもらうので1500円で、合計で4500円だったから、4~5年も使えたんだからモトは取れたと思う。それに、その前に使ってた洗濯機は、引っ越しするお友達からいただいたもので、10年くらいは使ってたから、それも含めると、あたしが洗濯機に使ったお金は、15年で4500円てことになる。これなら、思いっきり得してると思う。
それに、今の洗濯機も、完全に壊れたんじゃなくて、まだ半分は動くんだから、たとえば、タライで手洗いでお洗濯して、この洗濯機は脱水専用にするって手もある‥‥って、ここまで書いて来てウッスラと思い出したんだけど、前の洗濯機が壊れた時も、最初はどっちか片方にしか回らなくなって、それでもムリして使ってたら、とうとう右にも左にも回らなくなったんだった。それで、仕方ないから、洗濯機をタライの代わりにして、両手を突っ込んで洗ってたんだけど、冬になって冷たさに耐えられなくなって、ついにリサイクルショップへ欽ちゃん走りしたんだった。
‥‥そんなワケで、あたしは、車や原チャリのメカなら多少は分かるし、パソコンもある程度は自分で組んだりできるんだけど、家電に関しては、まったく分からない。それに、家電の場合は、シロートがヘタに分解したりすると、感電したり爆発したりしそうな気もするから、何だか恐い。さらには、家電って、分解しにくく作られてる気がする。ずっと前に、カセットテープが動かなくなっちゃったラジカセを直そうと思って、裏側のネジを外してみたんだけど、ぜんぶのネジを外したのに、どうしても裏のフタが開かなかった。それで、どっかが引っかかってるのかと思って、隙間にドライバーを突っ込んでテコの応用で力を入れてみたら、バキッ!って言って、裏のフタが割れちゃった上に、よく分かんない基盤の一部みたいな部品がもげちゃって、ラジオまで鳴らなくなっちゃったことがある。だから、あたしは、それ以来、家電が壊れた時には、「軽く叩いてみる」ってだけにしてる。
で、現実問題としては、洗濯機を自分で分解するなんてできっこないし、もしも分解できたとしても、どこをどんなふうに直せばいいのかが分かんない。あたしの場合は、あくまでも、「分解してみたら線が1本切れてた」とか、「分解してみたらネジが1つ外れてた」とか、そういった「目で見て分かる故障」しか直せない。だから、洗濯機がどんな構造になってるのか、どんなふうに動いてるのかも知らないのに、直せるワケがない。
それで、あたしは、まず、「洗濯機が右と左に順番に回るのはどんなふうになってるのか」ってことを想像してみることにした。その秘密が分かれば、解決の糸口が見えて来ると思ったからだ。もちろん、あたし1人の脳みそじゃムリだから、頭脳は子供でもベッドでは大人、迷探偵キッコナンにも手伝ってもらって、あたしの洗濯機が、ちゃんと、右、左、右、左‥‥って回ってた時のことを思い出してみた。そしたら、右回りと左回りの間の「休み」が、左右の回転を切り替えるためのブランクなんじゃなくて、洗濯物が絡まないようにするために、ちゃんと計算して作られてるブランクのような気がして来た。ようするに、「休み」がなくて左右の回転が素早く切り替わると、洗濯物同士が絡み合っちゃうから、間に1秒くらいの「休み」を入れて、水中で洗濯物が自然にほぐれるようにしてるってワケだ。
それから、回り始める時って、最初から速い回転なんじゃなくて、モワ~ッて感じに加速してくことを思い出した。そう言えば、脱水の時も、最初は様子を見ながらみたいな感じでゆっくりと回り出して、それからだんだんに加速してく。これも、きっと、洗濯物が痛まないように、計算して作られてるんだと思った。そうだとすると、洗濯機って、なかなかの電子制御なマシンてワケで、単に「モーター」と「左右の回転を切り替えるためのリレー」だけで作られてるワケじゃないみたいだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、節水と節電のためにアナログな手動操作で使ってたから気づくのが遅れちゃったけど、これって、全自動洗濯機なワケで、ホントなら、スイッチ1つで、「洗い」も「すすぎ」も「脱水」もしてくれるワケだし、洗うものの種類や量によって、速度が切り替わったり、お水の量が増減したりって、何でも自動的にやってくれるワケだ。つまり、最初にあたしが想像してた「リレーが壊れた」とか「モーターが壊れた」とかっていうフランク・ザッパな故障じゃなくて、電子制御のホニャララのホニャララがホニャララしたとかっていう、あたしにゃまったく理解不能な故障のケースが濃厚だってワケだ。
そうなって来ると、もともとお手上げだった修理が、さらにお手上げになっちゃうワケで、そんなに手を上げてたら、荏原交通のタクシーが止まっちゃうよ、まったく(笑)‥‥なんてのも織り込みつつ、それならそれで、あたしにも考えがある。電子制御のホニャララのホニャララがホニャララしたってことは、たいていの原因は「お水」によるものだ。あたしの大好きな映画、「エレクトリックドリームス」にしても、主人公のマイルスが、自分のパソコンにジュースをこぼしちゃって、それが原因でパソコンが自分の意思を持ち始めちゃって、アパートの階下に住むチャリストのマデリンとの三角関係みたいな話へと進んで行っちゃう。
だけど、パソコンと違って、もともとお水を使うようにできてる洗濯機なんだから、お水に濡れたら困るような部品は、シッカリと防水されてるハズだ。だから、この辺りのことから推測すると、シッカリと防水されてた部分が、長年使ってるうちに少しずつ劣化して来て、そこからお水が入り込んで、電子制御のホニャララのホニャララがホニャララしちゃって、その第一段階として、まずは左に回らなくなった。そして、このまま使い続けてると、前の洗濯機とおんなじに、右にも回らなくなる‥‥って感じがする。
そう考えると、あたしには、ナニゲに思い当たるフシがある。全自動で使うんなら、専用の堅いホースを洗濯機に固定して、お水を出したり止めたりするのも洗濯機に任せるんだけど、あたしの場合は手動で使ってるから、専用のホースはつなげてない。それで、「すすぎ」のための「洗い」をする時だけ、普通のホースを伸ばして来て、それで上からお水を入れてる。で、この時に、タマに洗濯機の周りのスイッチのパネルのとことかにも、お水をかけちゃったりしてたのだ。
だから、この時に、少しずつお水が侵入してって、スイッチのパネルの下にありそうな予感がする電子制御のホニャララに、ポタリポタリと垂れてたのかもしんない。そして、何万年もの月日をかけて水滴が鍾乳石を作り上げるがごとく、5年の歳月をかけて、ジョジョに奇妙に防水用のゴムを劣化させちゃって、ヒビ割れさせちゃって、そこから内部へとお水が入り込んじゃって、電子制御のリレーが正しい信号を出さなくなっちゃったのかもしんない。
‥‥そんなワケで、あたしのこの推測が当たってるとすれば、何よりの対処法は「乾かす」ってことで、ようするに、「しばらく使わずに自然に乾燥するのを待つ」ってことになる。名づけて、「洗濯機の自己治癒能力に期待して果報は寝て待つ作戦」てワケで、言い方を変えれば、「他力本願作戦」てワケだ。だから、ここまで書いて来て、あまりにも投げやりな結論ぽく思えるかもしれないけど、あたし的には、これがベストだと思ってる。だから、まだお水は冷たいけど、これからしばらくは、タライと洗濯板でお洗濯して、脱水も、あたしの得意ワザの「手でぶんぶん回す方式」でがんばってみようと思う。だって、あたしには、次の洗濯機を買うお金なんてないんだし、これしか選択肢がないからだ、「洗濯」だけに‥‥なんてオチでカンベンして欲しい今日この頃なのだ(笑)
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「武部氏、麻生首相に退陣を促す」(世田谷通信)
自民党の武部勤元幹事長は、26日、時事通信社のインタビューに対して、麻生太郎首相への自発的な退陣を促す発言をした。武部氏は現在の自民党政権を「国民の信頼なくして政権運営はできない。非常に容易ならざる水域にある」と指摘した上で、麻生首相の出処進退について「自分や党よりも国家(が大事)だと考えてくれるだろう。麻生さん本人が賢明な判断をすると確信する」と、周りから言われて退陣する前に、自発的に退陣することが望ましいと明言した。これまでも自民党内部からは麻生首相に対する早期の退陣論が噴出していたが、武部氏のような党の要職を務めた古参議員が退陣論に言及したのは初めてである。これで自民党内は完全に「麻生おろし」のムードが高まってしまったが、半年前に派手な総裁選を演出して自らが担ぎ上げた総裁であることを忘れてしまったのであろうか。(2009年2月26日)
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フロッピー麻生は、今回、総理大臣になって、初めて「中学生レベルの漢字も読めないバカ」だったってことが世の中に知れ渡ったけど、実際には、ずっと前から漢字の読み間違いを連発してた。「未曾有」を「ミゾウユウ」って読んだのも、別に今回が初めてじゃなくて、何十年も前から「ミゾウユウ」って読んでた。ただ、フロッピー麻生の周りにいるのは、すべて「下々の者たち」だったから、誰も読み間違いを注意できなかったのだ。
フロッピー麻生は、実家のセメント会社「麻生」につとめてた時は社長だったワケだし、政治家になってからも、「吉田茂の孫」っていう看板と莫大な資金力で、そこらの叩き上げの議員とは一線を画した立ち位置にいた。だから、フロッピー麻生の周りにいるのは、常に首をタテに振るだけのイエスマンやオベンチャラを言うだけのタイコモチばかりで、誰1人、フロッピー麻生の間違いを正すような人なんかいなかった。だから、フロッピー麻生がソファーにふんぞり返って、「今の日本はミゾウユウの危機だからね~」なんて言っても、みんな心の中では「このバカ、未曾有のことをミゾウユウだと思い込んでやがる」って思って軽蔑しつつも、口に出して教える者はいなかった。
それで、フロッピー麻生は、68年間も気づかないまま生きて来て、ニポンの頂点である総理大臣にまで上りつめてから、国会の全国中継で大恥をかいたワケだけど、これは、ある意味、「ロンドンハーツ」をもしのぐ壮大な「ドッキリ」みたいなもんだ。普通の人なら、たとえ誰も教えてくれなくても、平均的なレベルの読書や日常生活をしてれば、いつか何かのキッカケで「ミゾウ」って読むことを知るワケで、68年間も気づかない人なんているワケがない。だけど、フロッピー麻生の場合は、まるで、ロンドンブーツの淳が、何十人ものスタッフと綿密な打ち合わせをして、必死になってバレないように作戦を決行してったかのように、ミゴトに何十年間も「未曾有」の読み方を知ることなく人生を歩んで来た今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、これがホントに「ロンドンハーツ」の「ドッキリ」だったとしたら、フロッピー麻生の学生時代には周りのクラスメートたち、社会人になってからは部下の社員たち、政治家になってからは秘書たちや周りの議員たちすべてに、この作戦、つまり、「麻生太郎が何十年後かに総理大臣になった時に大恥をかかせるために『未曾有』の読み方を絶対に彼の目や耳に触れないようにする作戦」を伝えなきゃなんなかった。そして、フロッピー麻生が読もうとした雑誌とかは、周りの誰かがすべて事前にチェキして、「未曾有」に振り仮名が振ってある箇所があったら、そのページを破るなりマジックで塗り潰すなりして、絶対に知られないようにしなきゃならなかったのだ。
もちろん、雑誌だけじゃなくて、テレビやラジオでもおんなじだから、もしもフロッピー麻生の聴いてるラジオから「ミゾウの危機」なんて言葉が流れて来たら、そばにいる誰かが「ワ~~~!」とか騒いでゴマかさなきゃならない。他にも、誰かとの会話中に、もしも相手が「ミゾウ」って言っちゃったら気づかれちゃうから、フロッピー麻生が会話する可能性のあるすべての人たちに、「アイツと話す時には『未曾有』って言葉を使うな」って指示しとかなきゃなんない。
そして、これが、「未曾有」だけじゃなくて、「踏襲」も「有無」も「低迷」も「措置」も「破綻」も「怪我」も「詳細」も「思惑」も「焦眉」も「完遂」も「決然」も「見地」も「基盤」も「順風満帆」も、他にも数えきれないほどの漢字に対して、絶対に正しい読み方を知られないようにしなきゃなんなかったワケだ。それも、半年や1年でも大変なことなのに、長い人生の晩年である68才になるまで、これらの漢字の読み方を目や耳に触れないようにしなきゃなんなかったんだから、とてもじゃないけどできやしない。
ようするに、1人の人間に対して、これらの「義務教育を受けた人間なら読めて当然」の漢字を68才になるまで「読めないまま」にしておくためには、誰かが綿密な計画を練って、対象者が子供のころから、周り中の人たちすべてとグルになって、ものすごい労力を使って、壮大な作戦を実行しない限り、実際にはムリな話なのだ。さっきも書いたけど、普通の人間なら、たとえ「未曾有」が読めないまま大人になったとしても、サスガに68年も生きてれば、いつか何かのキッカケで正しい読み方を知ることになる。もちろん、68才になろうと70才になろうと、中学生レベルの漢字の1つや2つくらいは読めない人だっているだろう。だけど、フロッピー麻生の場合は、あまりにも多すぎるから、いったいどんな本を読み、どんな人たちと会話をして生きて来たのか、首を傾げたくなっちゃうのだ。
でも、あたしは、別に、フロッピー麻生の肩を持つワケじゃないけど、「頻繁」を「ハンザツ」って読んだのとか、「詰めて」を「つめめて」って読んだのとかは、誰にでも起こりうる「単なる誤読」だと思ってる。だから、フロッピー麻生の読み間違いをすべてイッショクタにして、ズラーッと羅列して、「こんなにたくさんの漢字が読めないバカなんですよ~!」って笑い者にするつもりはない。やっぱり、読み方を知らない漢字と誤読とは別なんだから、そこはちゃんと区別してやるべきで、バカにするんならバカにするで、こっちもルールを守るべきだと思う。
ちなみに、あたしは、今までは便宜上「漢字の読み間違い」って書いて来たけど、フロッピー麻生の場合は、正確に言えば「漢字の読み方を知らない」とか「間違った読み方で覚えてる」ってことになるワケだ。逆に言えば、単なる「漢字の読み間違い」だったら、ここまで全国的なブームにはならなかったワケで、仮にも学習院大学を出た一国の総理大臣が、こんな簡単な漢字の読み方も知らなかったからこそ、呆れる人あり、笑う人あり、バカにする人あり‥‥って感じで、大きな話題になったってワケだ。
そして、68才になるまで「未曾有」の読み方を知らなかったフロッピー麻生は大恥をかいたワケだけど、この出来事によって、フロッピー麻生と同じく、それまで「未曾有」の読み方を知らなかった多くの人たちが、正しい読み方を知ることになったのだ。だから、もしも、こんなバカが総理大臣にならなければ、多くの人たちは「未曾有」の読み方を知らないまま年をとってったワケで、これが「知るキッカケ」になったってワケだ。つまり、全国の「未曾有」の読み方を知らなかった人たちの代表として、フロッピー麻生が恥をかいてくれたとも考えられる。そして、多くの人たちが、「いい年こいた大人がこんな漢字も読めないと恥をかく」ってことにも気づいたから、漢字の本がベストセラーになった。
‥‥そんなワケで、あたしもずいぶんフロッピー麻生のことをバカにして来たけど、フロッピー麻生がバカだってことは、すでに全国の誰もが知ってることだし、今回の訪米で全世界に配信されちゃったんだから、もうバカにする必要はないと思う。小学生からも「ちゃんと勉強しないと麻生さんみたいになっちゃうから」なんて言われてるんだから、これ以上はバカにする意味がないと思う。それよりも、「フロッピー麻生はバカ」ってことが世界常識になった今、新たな視点から、政治家の「漢字の読み間違い」の問題の「良い面」を考察してみようと思う。
今回、フロッピー麻生の漢字の話題がブームになったのは、「普通なら読めて当然」の簡単な漢字が読めなかったからで、それを「総理大臣」がやったから、ヨケイに注目された。事実、フロッピー麻生の場合は、外務大臣の時にも、国会の答弁で「村山談話をフシュウして~」って言ってるし、他にも意味不明な読みを連発してる。だから、フロッピー麻生本人にしてみれば、昔から「フシュウ」とか「ミゾウユウ」とか言い続けて来て、誰からも注意されなかったから、自信を持ってたんだろう。そして、念願の総理大臣になれて、意気揚々と「今まで通りの読み方」をしたら、突然、四方八方からツッコミを入れられちゃったのだ。
で、話をクルリンパと戻すと、フロッピー麻生が漢字の読み間違いを連発してくれたオカゲで、「未曾有」や「踏襲」の読み方を知って、コッソリと「ああ、どこかで恥をかく前に知って良かった」って胸をなでおろした人も全国にたくさんいたハズだ。サスガに、「有無」や「低迷」や「措置」や「詳細」や「決然」や「見地」や「基盤」まで読めなかった人は少ないと思うけど、「未曾有」や「踏襲」や「破綻」や「焦眉」が読めない人ならワリといそうだし、実際、あたしの知り合いにも、大学まで出てるのに「順風満帆」を「ジュンプウマンポ」って読んだ人がいる。それも、お友達の結婚式でのお祝いのスピーチでだ。こういうのって、不思議なことに、その場にいるあたしたちのほうまで恥ずかしくなるから、ホントにたまんないよね(笑)
だから、フロッピー麻生が総理大臣になったことは、ニポンの経済や国民生活にとっては大きなマイナスだったけど、これほど漢字が読めない大バカが総理大臣になってくれたオカゲで、多くの人たちが「未曾有」や「踏襲」や「破綻」や「焦眉」の読み方や意味を知ったり、「漢字が読めないと恥をかく」ってことを認識して漢字の勉強を始めたりと、「良い面」もあったのだ。ようするに、フロッピー麻生のことを一元的にバカにするだけじゃなくて、反面教師として捉えて、それを自分のために生かすことこそが大切だってことだ。全国の小学生や中学生たちの多くも、フロッピー麻生を見て、「あんな大人になりたくない」って思って勉強してるんだから、あたしたち大人も、フロッピー麻生のことを反面教師とするだけじゃなくて、小学生や中学生たちの姿勢をお手本にして、もっと勉強をすべきだと思う。
‥‥そんなワケで、平成12年(2000年)8月2日の衆議院予算委員会で、当時はオムライス党で、今は民主党の衆議院議員をやってる横光克彦が、「更迭(こうてつ)」のことを「コウソウ」って言い続けて、今回のフロッピー麻生ほどじゃなかったけど、ワリと全国的に話題になった。この時の横光克彦は、原稿を手にしながらも、フロッピー麻生みたいに事務方が書いた原稿を棒読みしてるんじゃなくて、ちゃんと自分で書いた原稿を元にして質疑をしてたワケだから、最初から「更迭」のことを「コウソウ」だと思い込んだ上で、この言葉を連呼してた感じだった。
この日、横光克彦は、建設大臣だった自民党の中尾栄一が受託収賄容疑で逮捕された問題と、金融再生委員長だった自民党の久世公堯が三菱信託銀行などから多額の利益提供を受けてたことがバレて辞任した問題を取り上げて、なかなかワンダホーな質疑をしてた。法律で認められてる企業からの政治献金でさえもいっさい受け取らないことにしてる清廉潔白なオムライス党としては、自民党や民主党などの大政党の議員たちが、その立場を悪用して、ジャンジャンとワイロを受け取ってることが許せなかったからだ。
そして、横光克彦は、「銭形平次」「木枯し紋次郎」「大江戸捜査網」「遠山の金さん」「水戸黄門」「暴れん坊将軍」などを始めとした時代劇から、「非常のライセンス」「Gメン'75」「太陽にほえろ!」「特捜最前線」などを始めとした刑事ドラマにも出演してた俳優時代の演技力で、当時の総理大臣、モリヨシローに対して、こうした自民党の政治家たちと企業との癒着について、厳しく追及して行った。
「(前略)公共事業をめぐる政治家と官僚とゼネコンとヤミ金融、こういった勢力のつながりの解明、そしてまた、それらを何とかして止めていこうという斡旋利得罪の成立、これが今国会の最大の課題だという気が私はいたしております。私は国政の場に来て7年になるのですが、何でこんなに日本の政治というのはいつも国民を愚弄するような政治家の腐敗事件が絶えないのだろうかと、いつも責任とともに胸が痛い思いがするのですね。ロッキード以来、リクルートやあるいは佐川や共和や、いろいろな事件が起きました。それに懲りずに次から次から、政治家の腐敗事件のない年があったでしょうか。今回の中尾元建設大臣の逮捕に至るまで、本当に国民に私たちは申しわけないことをしているんだ、そういった自覚を本当に私も含めて全員が改めて持たなきゃいけない、襟を正さなきゃいけない、そういったことを強くまず要望いたします。」
う~ん、素晴らしいことを言ってるよね。だけど、どんなに素晴らしいことを言っても、漢字の読み間違いをしちゃったら、すべてが水の泡だ。ちなみに、田川水泡は「のらくろ」の作者だ‥‥なんてのも織り込みつつ、横光克彦は、金融再生委員長だった民主党の久世公堯の辞任について、こう続けた。
「(前略)金融再生委員長というものは、日本の経済の再生にとって不可欠の金融システムの危機管理や、あるいは金融改革をつかさどる本当に重職である。とりわけ、そごう問題が今国民の不満を高めている中で、非常に重要なポストであったわけです。ですから、金融再生委員長に一番求められるのは何でしょうか。私は公平だと思うのですね。ところが、元の越智金融再生委員長、二代目、これが、いわゆるその公平さを欠くとも言われる手心発言で辞任に追い込まれた。まあ、コウソウですよ。そういったことがあるにもかかわらず、今回も同じ金融再生委員長が、いわゆる金融業界からの多額の利益供与を受けたという、まさに公平さを欠くような形で、これまた事実上コウソウされた。なぜこのような閣僚人事に踏み切ったのか。単に閣僚をコウソウすればそれで事が済むという問題ではないと思うのです。なぜこのような閣僚人事に踏み切ったのか。やはりこれは総理として大変大きな任命責任があるわけで、また、国民にちゃんと説明をする義務があると思います。お答えいただきたいと思います。」
横光克彦は、それまでカッコ良く正論を続けて来たのに、カンジンのとこで、こんなふうに「更迭」のことを何度も「コウソウ」って読み間違えちゃったもんだから、質疑を受けたモリヨシローは、ニヤニヤと笑いながら、マイクに向かってこう切り出した。
「コウソウではなくコウテツでございますが、久世金融再生委員長はコウテツではなくて、いわゆる自ら辞表をお出しになられたということでありまして、そのことについては、私は、自ら辞表を出される久世氏を金融再生委員長にしたことについては極めて遺憾なことで、また残念なことであり、このことについては、たびたび、本会議も通じ、きょうも何度か皆様におわびを申し上げているところでございます。(後略)」
だけど、横光克彦は、モリヨシローが最初に言った意味が理解できなかったみたいで、このあとも、こんなふうに続けた。
「今、コウソウではないという話ですが、私は事実上と言ったのですが、要するに、コウソウに追い込まれるような形を結局まわりが作り上げてしまったわけじゃないですか。それはもう明らかにコウソウですよ。(後略)」
ようするに、モリヨシローが「更迭はコウソウって読むんじゃなくてコウテツって読むんだよ」って意味で「コウソウではなくコウテツでございますが」って言ったのに、横光克彦は、この「コウソウではなく」を「更迭したんじゃなくて自ら辞任したんだ」っていうモリヨシローの「任命責任逃れ」の発言だってカン違いしちゃったワケだ。だから、この辺りのヤリトリはトンチンカンで、あちこちから笑い声が起こってるのに、横光克彦だけが何で笑い声が起こってるのか理解できない感じで、完全に尻スボミな質疑になっちゃった。
‥‥そんなワケで、横光克彦は、政治家なら読めて当然の「更迭」が読めなくて大恥をかいちゃったワケだけど、そのオカゲで、一般的にはあんまり使われなかった、この「更迭」って言葉が、国民の間にワリと認知されることにもつながった。だから、今回、フロッピー麻生のオカゲで「未曾有」や「踏襲」の読み方を知った人たちがいるように、この時の横光克彦のオカゲで「更迭」の読み方や意味を知った人だっていっぱいいたハズだ。だから、この時の横光克彦も、単に自分の無知を晒したってだけじゃなくて、いくらかは世の中の役にも立ったってことになる。
でも、おんなじ恥をかくにしても、相手がモリヨシローってのは最悪のケースだった。バカの集合体である自民党の中でも、イチニを争う大バカ大将のモリヨシローなんかに漢字の読み間違いを指摘されたなんて、サスガに痛すぎた。そして、新聞の紙面にも、「漢字の読めない森総理に漢字の間違いを指摘された」なんてふうに書かれちゃった。これは、この数日前の7月末の所信表明演説で、モリヨシローも、「静脈(じょうみゃく)」のことを「セイミャク」って読み間違えてたからだ。
これにしても、何の脈絡もない文中に突然「静脈」って出てくれば、ついウッカリと「セイミャク」って読んじゃうこともアリエールだけど、この場合は、「(前略)循環型社会形成推進基本法等に基づき、大量生産、大量消費、大量廃棄という経済社会の在り方を根本的に見直し、廃棄物の再生再利用を進める静脈型産業の発展を図るなど、ゴミゼロ社会を目指すとともに、(後略)」っていう文章だったんだから、キチンと内容を把握してれば、小学生でも読み間違えることはない。それも、全国民に向けて総理大臣が自分の考えを伝えるための所信表明演説なのに、読んでる本人が文章の意味を理解してないなんて、あまりにもナサケナイザーだろう。
ま、これについては、コイズミしかり、アベシンゾーしかり、フクダちゃんしかり、フロッピー麻生しかり、自民党のバカ総理なんて、みんなおんなじだけどね。普通に考えれば、中学生レベルの漢字も読めないバカどもに、所信表明の原稿を書けるほどの知能なんて、あるハズがない。その証拠に、2008年9月30日の日記、「所信表明は大ウソだらけ」でも指摘したけど、フクダちゃんが総理に就任した時の所信表明の内容は、その前のアベシンゾーの所信表明の内容とウリふたつだ。まるで、おんなじゴーストライターが書いてるみたいにね。
で、話はクルリンパと戻って、横光克彦の「コウソウ」だけど、この日の議事録を見ると、横光克彦が「コウソウ」って言ったとこはぜんぶ「更迭」に直されてて、モリヨシローが「コウソウではなくコウテツでございますが」って指摘した部分も削除されてて、ナニゴトもなかったかのように記録されてる。だけど、この2日後の文教委員会の議事録には、子供たちの学力低下に関する質疑で、現在の文部科学大臣、当時の文部政務次官の鈴木恒夫が、こんなことをノタマッてる。
「(前略)語学教育を子供に施していく場合の前提として、ここはご議論があるかも分かりませんけれども、私は日本語教育の重要性というものも、もう一度考え直さなきゃいかんと。例えば、言っていいのかどうか分かりませんが、更迭をコウソウと言ったり、静脈をセイミャクと言ったり、ささいなことでございますけれども、そんなことで資質が問われるとは思いませんが、(後略)」
‥‥そんなワケで、あたしは、自民党が政権与党である限り、たまたま政治家の家系に生まれさえすれば、たとえどんなバカでも、その上ぜんぜん勉強しなくても、自動的に一流大学を卒業できるし、自動的に親の地盤を受け継いで政治家になれるし、自動的に大臣になれるし、うまく根回しすれば総理大臣にもなれちゃうシステムが延々と続いてくと思ってる。そして、世の中の景気が良くて、国民すべてが幸せに暮らしてる時なら、どんなにバカな世襲議員が総理大臣になっても構わないと思ってる。だけど、今みたいなたいへんな時には、やっぱり、それなりに能力のある政治家がリーダーになってくれないと国民は困るから、せめて景気が回復するまでは、総理大臣になりたい政治家は事前に中学生3年生レベルの漢字のテストをしてもらって、80点以上の人しか立候補できない規則にして欲しいと思う今日この頃なのだ。
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自民党の笹川尭総務会長が森内閣退陣について、2001年にハワイ沖で実習生ら9人が死亡した愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」と米原子力潜水艦の衝突事故に喩え、「森内閣の時に閣僚に任命されてうれしかったが、運悪く潜水艦がこともあろうに船の上にドーンと上がって、あれでやむなく(内閣が)沈没した」と述べたことに対して、宇和島水産高校の関係者をはじめとした多くの人たちから「極めて不適切だ」との批判が起こっています。
しかし、こうした批判が起こっていることに対して、笹川総務会長は、笑いながら「まったく問題ない」と言っています。
そこで質問です。
【笹川尭の「やむなく沈没」発言について】
1.不適切
2.問題ない
3.どちらとも言えない
麻生太郎首相はオバマ大統領と会談をするために訪米し、会談後に「とても大きな成果があった」と自画自賛しました。
しかし、アメリカのマスコミは、会談の内容よりも、麻生首相が戦後二番目に支持率が低いことや、数々の失言で政権末期に追い込まれていることなどを報じたため、日本の政権が傾いていることが全世界へと発信されてしまいました。
そこで質問です。
【麻生首相の訪米について】
1.大きな成果があった
2.少しは成果があった
3.どちらとも言えない
4.ほとんど成果がなかった
5.まったく成果がなかった
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「リアーナさんの暴行写真が波紋」(世田谷通信)
米国カリフォルニア州在住の人気歌手でモデルのリアーナさん(本名:ロビン・リアーナ・フェンティさん、21才)が、2月9日の第51回グラミー賞の当日に、交際中のヒップホップ歌手のクリス・ブラウンさん(20)から車内で暴行を受け、顔面などに大けがをしていたことが分かった。クリス・ブラウンさんは、2部門でグラミー賞にノミネートされていたが、授賞式を欠席し、ロサンゼルス市警にDV(ドメスティックバイオレンス)容疑で逮捕され、同日、保釈金5万ドルを支払って保釈された。当初、暴行を受けた女性の名前は公表されていなかったが、20日、顔面に暴行の痕があるリアーナさんの顔写真が公開され、全米に波紋が広がっている。(2009年2月25日)
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ゆうべ、しばらく前から再発してたドライアイが酷くなって、目をつぶってても痛みが消えないから、何よりの対処法として、あたしは、泣くことにした。それで、何をネタにして泣こうかと思って、いろいろと考えてみた。最近のネタだと、「十二国記」の39話で、陽子が拓峰で仲間たちと立てこもってるとこに、王である陽子の許可も取らずに王直属の軍隊の禁軍がやって来て、それに激怒した陽子が、麒麟に乗って禁軍の前に立ちはだかり、何万人という軍隊をすべてひれ伏せさせちゃうシーン。あれ、水戸黄門の印籠の何千倍もの威力で、たまんないほどシビレちゃって、あまりにもカッコ良くて大泣きしちゃう。それも、今まで頼りなかった陽子が、初めて王としての自覚を持ったってことにも感動するし、ホントに素晴らしい名シーンだ。
それから、テレビ版の「サクラ大戦」の最終回で、江戸城の中で神威と戦ってて、みんなボコボコにやられちゃった時に、大神少尉がバイクで現われて、みんなが復活して破邪の陣を組んで美しく動き出すシーン。あそこで、翔鯨丸の中のかすみたちが、どんどん上昇する各機の数値を見て、「すごいわ!こんな数値は今まで見たことない!」って言ったとこで涙が出て、そのあとに「まるで舞台を観ているようだわ!」とか言うとこでさらに泣けて、大神少尉が「米田司令の言っていたことはこれだったのですね!」とか言うとこでドバーッと泣ける。
でも、それなら、愛するすみれちゃんがメインの「引退記念 す・み・れ」を観たほうが、最初から最後まで大泣きできるし、どうせなら、「サクラ大戦」のゲームをやったほうがもっと泣ける。でも、ドライアイの痛みを軽減するために泣こうとしてるのに、何時間もかかるゲームなんか始めちゃったら、完全に逆効果だ。やっぱり、30分程度で終わるアニメとかを観て泣くのがベストってワケで、ここはひとつ、久しぶりに「サイボーグ・クロちゃん」のクロちゃんが電車の線路を持ち上げてナナちゃんを助けるシーンでも観ようかとも思ったんだけど、それなら、異世界編の最後のバイスとのシーンほど泣けるとこはないし‥‥なんて考えてるうちに、時間だけが過ぎて行った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、結局、手元にあった「炎神戦隊ゴーオンジャー」の最終回を観ることにした。何でかって言うと、最終回が放送されたあとのGyaOの「及川奈央の自然体にもほどがある」を観てたら、奈央ちゃんが大変なことを言ったからだ。奈央ちゃんは、ケガレシアとしては49話で華々しく散っちゃったけど、最終回の50話では、セレブなママの役でちょっとだけ出てて、ケーキを顔面でキャッチするっていう大ワザを繰り広げてる。で、あたしとしては、単なるサービスショットなんだと思ってたから、そこには触れなかったんだけど、奈央ちゃんは「自然体にもほどがある」で、「清い水と書いて『清水奈央』っていう役名なんですよ」って言ったのだ。
あたしは、これを聞いて、「ハッ!」としちゃった。最終回の放送後の奈央ちゃんのブログにも、「ケガレシアとしては、49話が最後となりましたが…50話は『清水奈央』という子連れのセレブママ(?)役をいただき、生クリームたっぷりのcakeを顔面キャッチさせていただきました(←自ら志願。実は台詞もアドリブ)」って書いてあったから、あたしは、この「清水奈央」っていう役名は知ってた。それで、その上で、2月9日の日記、「ケガレシアの最期」の中で、最終回まで観終わった感想として、こんなことを書いた。
「だから、奈央ちゃんがインタビューで言ってた、「ケガレシアは死にたくないです。改心して、水をキレイにする大臣になりたいです!」って通りにはならなかったけど、「改心して、悪の元凶を倒すために美しく散った」ってことなんだから、すごく良かったと思う。」
そう、あたしは、奈央ちゃんが「清い水と書いて『清水奈央』っていう役名なんですよ」って言ってくれるまで、ぜんぜん気づかなかったのだ。ケガレシアとしては、奈央ちゃんの希望した「改心して、水をキレイにする大臣になりたいです!」ってふうにはなれなかったけど、その思いが、この「清い水」っていう役名に込められてたのだ。ああ~なんてこったい! こんなことにも気づかなかったなんて! あたしは、ケガレシアちゃんのファンとして失格だ!‥‥ってなワケで、ゆうべは、この点を認識した上で、もう一度、最終回を観てみることにした。
そしたら、ゴーオンジャーたちが、戦後最低の総理大臣フロッピー麻生‥‥じゃなくて、総裏大臣ヨゴシマクリタインを倒した瞬間に感動して涙が出ただけじゃなくて、そのあとの奈央ちゃんのシーンでも、胸がジーンとして涙が出た。そして、その流れで、最後のツインリンクもてぎにスピードルが走輔たちを迎えに来たシーンでも、さらに泣くことができた。だから、予想以上に、ドライアイがラクになった。
‥‥そんなワケで、「炎神戦隊ゴーオンジャー」が終わり、「侍戦隊シンケンジャー」が始まったワケだけど、このまま行くと、今年の夏には「ゴーオンジャーVSシンケンジャー」の劇場版があるワケだから、敵役でも人気のあるケガレシアは絶対に出るワケだ。だから、奈央ちゃんも、「今度のシンケンジャーもちゃんと録画して観ま~す」って言ってたワケだけど、和風テイストが大好きなあたしとしても、ちゃんと録画して観てるってワケだ。
あたしの場合、一番好きなのが「特捜戦隊デカレンジャー」で、その次に好きなのが「忍風戦隊ハリケンジャー」だから、今度の「侍戦隊シンケンジャー」は、どうしても「忍風戦隊ハリケンジャー」と比較して観ちゃうとこがある。ま、おんなじ和風テイストでも、ハリケンジャーは「忍者」で、シンケンジャーは「侍」だから、ビミョ~にテイストが違うんだけど、方向性はおんなじだ。たとえば、ハリケンジャーを「ニボシのダシ」だとすれば、シンケンジャーは「カツオブシのダシ」って感じで、お味噌汁にすれば風味が違う。
ただ、まだ2回しか観てない状況で言わせてもらえば、ハリケンジャーが完璧だったのに対して、シンケンジャーはイマイチの部分が多すぎる。まず、5人のメンバーのマスクが、それぞれの文字になってるんだけど、メインのレッドが「火」、ブルーが「水」、グリーンが「木」、イエローが「土」、そしてピンクが「天」なのだ。普通、火、水、木、土‥‥って並んでれば、残りの1人は「金」じゃないの?‥‥つーか、もう1人増やして「月、火、水、木、金、土」にするとか‥‥。色としても、レッドが「火」、ブルーが「水」、グリーンが「木」って、ここまでは合ってるのに、次のイエローが「土」って、ここがおかしい。この流れなら、絶対にイエローは「金」で、次をピンクなんかにしないで、茶色の「土」にすればいいのに‥‥。
ま、「メインのメンバーは5人か3人」ていう戦隊ヒーローモノの掟があるワケだから、サスガに6人にするワケには行かないだろうけど、それにしても、ピンクの「天」は浮きすぎてる。その上、今までのシリーズは、一応はレッドがメインでも、それは、「みんな平等な仲間」って大前提があっての上でのリーダー的存在だった。だけど、今度のシンケンジャーは、レッドが「殿様」なのだ。そして、残りのメンバーたちは、年齢もおんなじくらいのレッドのことを「殿!お待ちください!」とか「殿!ここは私にお任せください!」なんて言ってて、完全に上下関係が構築されちゃってるのだ。
さらに、このレッドには、「ジイ」って呼ばれてる御側御用取次(おそばごようとりつぎ)までついてる。ようするに、「暴れん坊将軍」で言うところの船越英二とか高島忠夫とか名古屋章の位置の役だ。そして、その役をやってるのが、西村晃が「水戸黄門」をやってた時の格さん役の伊吹吾郎なのだ。時代劇の大御所の伊吹吾郎が、このレッドの横にいて、「このお方をどなたと心得る!おそれ多くも~」ってやっちゃうのだ。その上、最後に敵を倒したあとには、「一件落着~!」って言うんだから、こっちは「遠山の金さん」だ。ようするに、有名な時代劇の一番いいシーンをカタッパシから寄せ集めたってワケで、いくら何でも節操が無さすぎる。
‥‥そんなワケで、まだ始まったばかりだし、文句ばっか言ってるのも申し訳ないから、イイトコも挙げてみると、変身がなかなかイイ。シンケンジャーは、文字の力を「モヂカラ」って言って、これを秘密のパワーにしてるんだけど、それぞれのメンバーが筆ペンみたいなのを持ってて、それで目の前の空気に「火」って書くと、その文字が自分の顔に貼りつくみたいになって、「火」の顔のレッドに変身するってワケだ。ここが、映像で観るとなかなか斬新なのだ‥‥って、今、気づいたけど、もしかして「金」を入れなかったのは、角数が多くて変身の時にモタモタしちゃうからなのかな?(笑)
それから、名前が「シンケンジャー」って言うくらいだから、「シンケン」は「真剣」にかかってて、全員の武器が「刀」だから、基本的な戦い方は「チャンバラ」になる。2回ぶんを観た感じだと、それなりに「殺陣(たて)」の練習もしたみたいで、まあまあ観られる。だけど、ここからまた文句になっちゃうけど、刀の次の武器がダメダメだ。みんな、最初はおんなじような刀で戦ってて、その次に、その刀に別の「鍔(つば)」をはめると、それぞれの武器へと変化する。それで、レッドの場合はデカい刀になるだけなんだけど、他のメンバーは、それぞれ刀意外の武器になる。ブルーの刀は弓に、グリーンの刀は槍(やり)に、イエローの刀は3枚刃のブーメランに‥‥って、ここまではいい。で、またまた他のメンバーとは一線を画してるピンクなんだけど、ピンクの刀は、扇子(せんす)になっちゃうのだ。
あたしの大好きなパチンコの「戦国乙女」でも、メンバーの中に1人、お相撲の行司の軍配みたいなのを振り回して風を起こす女の子がいるけど、アレとおんなじで、この扇子をパタパタさせて、敵をふっ飛ばすってワケだ。まあ、顔の文字も「天」なんだし、分からなくもないけど、こないだ、「マリンプラセンタ」の通販番組で、ピンクのボディコンで、ピンクのジュリセンをパタパタさせて踊ってた荒木師匠を観たばかりだから、どうしてもイメージが重なっちゃう。
つーか、あたしが言いたいのは、「扇子が悪い」ってことでもないし、「センスが悪い」ってことでもない。女の子なんだし、ピンクなんだから、武器が扇子でも別に構わないし、もっと可愛らしいものでもイイと思う。だけど、女の子の和風テイストの武器って言えば、何はなくとも「長刀(なぎなた)」だろう。「サクラ大戦」の神崎すみれちゃんしかり、「機動新撰組 萌えよ剣」の土方歳絵ちゃんしかり、昔から女の子の武器って言えば「長刀」って決まってるし、あたしは何よりも「長刀」が好きなんだから、2人も女の子がいたら、せめてイエローのほうの武器は「長刀」にしろよ!
さらに言わせてもらえば、あたし的には、イエローの女の子より、ピンクの女の子のほうが好みだから、できればイエローを扇子にして、ピンクを長刀にしてくれれば、ベストの形だった。だいたいからして、飛び道具はブルーの弓があるんだから、ブーメランなんていらないじゃん。それに、長刀がグリーンの槍とカブるって言うんなら、グリーンの槍をやめちゃって、鎖鎌(くさりがま)か何かにすれば良かったじゃん。そうすれば、飛び道具と刀との中間の距離をカバーできたのに‥‥って、せっかく「イイトコも挙げてみる」って言ったのに、また文句になっちゃったから、ここでクルリンパと戻すけど、レッドの刀がデカい刀になった時の必殺ワザが、なかなかカッコイイ。水平にドバーッと斬るんだけど、デカい刃から炎が出て、ドラクエの「ギガスラッシュ」みたいになる。「ギガスラッシュ」って、決まるとすごく気持ちいいから、必要がなくても乱発しちゃうよね。
‥‥そんなワケで、まだ2回しか放送してないし、まだナマイキなレッドにメンバーたちが反発してるような状況だから、これからジョジョに奇妙にチームワークと信頼関係が作られてくんだと思うけど、何て言うか、全体的に、時代劇をぜんぜん知らない人たちが、表面上だけ時代劇っぽいネタを散りばめてるだけみたいな感じがする。「忍風戦隊ハリケンジャー」の場合は、3人のハリケンジャーに、ゴーライジャーの2人とシュリケンジャーが加わって、ホントに素晴らしかった。その上、シュリケンジャーが弾く「ニンジャミセン」もワンダホーだったし、何よりもあたしのツボの内角高めのインコースにストライクだったのが、やっぱり「ハムスター館長」だった。「美味しんぼ」の海原雄山みたいなオッサンがハムスターになっちゃった上に、ハムスターのまんまで偉そうに指示を出すなんて、あたしはお腹が痛くなるほど笑わせてもらった。だから、今度の「侍戦隊シンケンジャー」も、しばらくしたら、ジイ役の伊吹吾郎にフナか何かに変身してもらって、水槽の中から指示を出してもらうなんてのはどうかなって思う今日この頃なのだ。
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最初は、「母さんの手術が無事に終わるまで」ってことで、願(がん)をかけて、パチンコをガマンする「禁パチ先生」になったあたしだったけど、母さんの手術が無事に終わってからは、リトル延長して、「母さんが無事に退院するまで」ってことにした。で、あと少しで母さんは退院なので、もうちょっとのガマンなんだけど、実際に「禁パチ先生」になってみたら、パチンコが打てないことに対する精神的なストレスよりも、パチンコによる収入が途切れるっていう現実的な面での痛みが大きいってことに気づいた。
今までは、たとえば、3万7000円勝てば、3万円を貯金して7000円を生活費にする、5万5000円勝てば、5万円を貯金して5000円を生活費にする‥‥ってふうにして来た。だから、あたしの生活費のほとんどは、パチンコの収入によってまかなわれてた。それが、今年になってからはゼロになっちゃったワケで、スーパーに食料品や日用品を買いに行くにしても、すべて自分の口座から引き出したお金を使うことになった。
その上、月末に家賃や光熱費が支払えなくなった場合に、今までは等価交換のパチンコ屋さんに連続で通って何とかして来たのに、これらもすべて自分の口座から支払うことになったもんだから、見る見るうちに残高がなくなって来ちゃった。ま、これが普通っちゃ普通なんだけど、あたしの場合は、本職の収入は、ほとんどが母さんの医療費で消えちゃうから、自分の生活費に関しては、パチンコの収入と内職とでまかなうしかなかった。だから、1日も早く「禁パチ先生」を解禁にしないと、マジでヤバいことになる。このまま行くと、あと1~2ヶ月で、銀行の残高がゼロになっちゃう。
それに、母さんが退院してからも、しばらくはリハビリがてらの通院が続くワケで、コイズミの弱者切り捨て政策の1つの「リハビリ打ち切り制度」のセイで、回復が遅かったらリハビリが受けられなくなっちゃう。だから、1日も早く「禁パチ先生」を解禁するとともに、1日も早く政権交代もしてもらって、オムライス党のみずほたんにがんばってもらって、こんなふざけた制度なんか「障害者自立支援法」と一緒に、トットと廃止にして欲しいと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしにとっては、「楽しみ」ってよりも「生活の糧(かて)」としての比重のほうが大きいパチンコだけど、「禁パチ先生」の試練に耐えながらギリギリの生活を続けてるあたしに対して、「これでもか!」「これでもか!」の攻撃が続いてる。ま、ぜんぶ自分のセイなんだけど、一番大きいのは、大好きな稲垣早希ちゃんの「四国一周ブログ旅」だ。以前の「関西縦断ブログ旅」の時は、普通に楽しく観てたのに、「禁パチ先生」を継続中の今は、アスカのコスプレをしてる早希ちゃんを見るたびにパチンコのエヴァンゲリオンを打ちたくなっちゃう。
その上、今回の「四国一周ブログ旅」からは、サイコロのルールが変わって、「1」を出すと「全額没収」になっちゃうのだ。そして、早希ちゃんと言えば、「1の女王」って呼ばれてるくらい「1」ばかり出すから、今回の旅がスタートしてから、すでに何度か「全額没収」を食らってる。誰も歩いてないような四国のハシッコで、1円もお金を持ってない早希ちゃんがトボトボと歩いてる姿を見ると、パチンコが打てなくて銀行のお金が減り続けてる自分の1ヶ月後の姿を見るようで、ホントに切なくなって来る。
だから、今のあたしにとって、エヴァンゲリオン関連の映像を観ることはご法度なのに、2~3日前に、夜中のカバちゃんの通販番組を流しながら内職をしてたら、突然、オリエンタルラジオの2人が出て来て、顔のデカいアゴヒゲのほうの人が、シンジのプラグスーツを着てたのだ。そして、何を通販するのかと思ったら、ナナナナナント! 「実物大の綾波レイのフィギュア」で、お値段が43万円だと! そして、いつもなら、こんなものを見ても、「ア~ホ~か~!」のヒトコトで片づけちゃうあたしなのに、今は「禁パチ先生」の継続中だから、すぐにパチンコの綾波レイの覚醒モードの画面が頭に浮かんじゃう。
‥‥そんなワケで、あたしがこんなにもオロオロとしてんのは、パチンコが打てなくてお金が減り続けてることだけじゃなくて、4月5日にホール導入が予定されてる新台、「CR新世紀エヴァンゲリオン~最後のシ者~」の存在があるからだ。ひと足先にリリースされたパチスロのほうは、所詮は5号機だから完全に前機種の焼き直しだったけど、パチンコの「最後のシ者」のほうは、大幅に変更されてる。画面上部の中央に、正面を向いた初号機の顔があって、隠れた両手が画面を左右から抱えてるデザインだ。
その上、劇場版の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」の映像も使われてるし、何よりの目玉が、声優の林原めぐみって人が作詞して歌ってるイメージソング、「集結の園へ」の起用だろう‥‥なんてことを言ってみつつも、アスカの声をやってる人が「みやむー」って声優だってことしか知らないあたし的には、林原めぐみって人が誰の声をやってるのか知らなかったから、今、調べてみたら、綾波レイの声をやってる人だった。
ようするに、今度の「CR新世紀エヴァンゲリオン~最後のシ者~」は、劇場版の映像も使い、綾波レイの声優にパチンコ台のための新曲まで作らせて歌わせたってほどの力の入れようで、去年の「七人の侍」の大コケを取り戻すためと、4代も続いてそろそろ飽きられて来たエヴァンゲリオンシリーズを何とかするために、大幅にリニューアルしたって感じなのだ。
で、前回の「使徒、再び」が、ワリとアスカ色が濃かった‥‥っていうか、リーチの発展にしても覚醒モードにしても、弐号機やアスカが出やすかったのに対して、今度の「最後のシ者」は、林原めぐみに新曲を歌わせたことからも分かるように、綾波レイを全面に出した新台ってことになる。
2月10日に、高輪プリンスで行なわれた展示会では、ステージ上にたくさんの綾波レイが登場したそうだし、4月のホール導入に合わせて全国のパチンコ屋さんに並ぶ景品として、日清にカップ麺の「にんにくラーメン チャーシュー抜き」を作らせたそうだ。普通なら、綾波レイの「にんにくラーメン チャーシュー抜き」と、アスカの「フカヒレラーメン」の両方を作るハズなのに、綾波レイのほうしか作らなかったってことは、今回の機種を綾波レイで売ろうとしてるってことになる。
ま、もうちょっと冷静になって考えれば、「カップ麺にフカヒレなんか入れたら予算をオーバーしちゃうから」ってことがホントの理由だと思うけど、それにしても、綾波レイの「にんにくラーメン チャーシュー抜き」だけを作るなんて、ものすごく偏ってると思う。「フカヒレラーメン」が予算オーバーなら、何か別のアスカのモノも考えてくれればいいのに‥‥って、そんなことはどうでもいいんだけど、ちなみに、このカップ麺は、景品カウンターで1個250円~300円くらいで交換する予定みたいだから、タバコとおんなじくらいの感覚、1個65玉~75玉くらいになると思う。で、笑っちゃうのが、ナルトが「ATフィールド」の形になってるんだって(笑)
‥‥そんなワケで、いくらナルトが「ATフィールド」の形になってても、結局は単なるカップ麺なワケで、さらに言えば「チャーシュー抜き」なんだから、普通のカップ麺よりも原価は安いハズだ。それなのに、一般的なカップ麺の2倍もの値段になってるなんて、これは、きっと、エヴァンゲリオンの絵を使うために支払ってるお金が上乗せされてるんだろうね。43万円もする実物大のフィギュアと言い、フロッピー麻生並みの300円もするカップ麺と言い、いったいどこまで儲ければ気が済むんだ、エヴァンゲリオン‥‥ってワケで、エヴァンゲリオンて、アニメとしてはイマイチだけど、商売としては大成功したってことだよね。
で、そんなエヴァンゲリオンを「生活の糧」にさせてもらってるあたしとしては、何よりも重要なのが攻略法ってワケなんだけど、今回の「最後のシ者」は、前回までの攻略法がほとんど使えないっぽい。2月10日の展示会での試打映像をカタッパシから観てみたら、前回までの映像の使い回しもたくさんあったし、スペックもほとんどおんなじだったから、ちょっと安心してたんだけど、ある映像を観て、あたしの期待はふっ飛んじゃった。それは、プレミアからのリーチの二段階の発展の映像だ。
皆さんご存知のように、展示会に並んでるデモ機は、ホールに導入される一般機とはぜんぜん違う特別製のロムを組んでる。より大当たりやプレミアが連発するようになってるロムで、これは、短い試打時間でたくさんの名場面を見せようっていうメーカー側の考えによるものだ。で、猿が打っても連チャンするデモ機ってワケだけど、いくら別ロムを組んでても、絶対に起こらないのが、予定にない「法則崩れ」だ。
たとえば、「Aの予告からBの動画に流れたらCのリーチに発展する」ってのを「法則」とすれば、「Aの予告からBの動画に流れたのにCのリーチに発展しないでDのリーチに発展した」ってのが「法則崩れ」だ。で、こうした「法則崩れ」は最初から組み込まれてるもので、法則通りに進めば最後にハズれるけど、この「法則崩れ」が起こった時には大当たりする。つまり、ここまでは、事前に予定されてることなのだ。
だけど、今度の「最後のシ者」の試打映像を観てたら、この「法則」にも「法則崩れ」にも該当しないパターン、つまり、「Aの予告からBの動画に流れたのにCのリーチに発展しないので、これはDのリーチに発展する法則崩れのパターンなのかと思ったら、Dのリーチにも発展しないで、Eのリーチに発展した」っていう、言うなればバグみたいなパターンがあったのだ。これは、違法な裏ロムを組めばアリエールだけど、メーカーが用意した正規のデモ用ロムなら絶対にアリエナイザーなことなのだ。メーカーのデモ用ロムは、大当たりの確率を高くしたりプレミアの発生率を高くしてるだけで、法則そのものを変更したりはしてないからだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、まだ1パターンしか発見してないので正確なことは言えないけど、あたしが発見した「法則崩れの崩れ」が正規のデモ用ロムによるものだってことは間違いないんだから、そうすると、今度の「最後のシ者」は、前回の「使徒、再び」とは別モノの分岐システムが組み込まれてるってことで、前回までの攻略法は使えないことになり、またまたイチからデータを取らなきゃなんなくなる。だから、確実に勝つためには、世の中の不景気具合も加味しつつ、導入日から「良くて1週間」、せちがらいホールは「3~4日」しか勝ち目がないってことになる。つまり、絶対に勝つためには、またまた整理券をもらうために並ばなきゃなんないワケで、そのためにせっかく貯めてたポイントまで取られるワケで、正直、悲しくなる。それもこれも、自民ナンミョ~による国民不在の延命政権による不景気が原因なんだから、1日も早く政権交代を実現させて、街のパチンコ屋さんにもジャンジャンバリバリと出血大サービスをして欲しいと思う今日この頃なのだ。
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「全国で民主党のポスターが破られる」(世田谷通信)
今年になってから全国各地で民主党のポスターが破られたり、民主党のポスターの上に自民党議員のポスターが貼られるという報告が相次いでいる。民主党の徳島県副代表の仁木博文氏は、17日付の自身のブログでこの問題を取り上げ、「中谷智司参議院議員や私(仁木博文)のポスターの上に、勝手に自民現職ご自身のポスターを貼ってらっしゃる活動の在り方には、疑問と憤りを覚えました。正々堂々とした活動を御願い申し上げます。」と言及し、自身のポスターの上に貼られた自民党の後藤田正純衆議院議員のポスターの写真を証拠として公開した。また神奈川県横浜市南区でも、民主党の神奈川第2総支部長の三村和也氏のポスターが破られ、そこに自民党の菅義偉衆議院議員のポスターが貼られている場所が数箇所確認されている。他にも全国各地から同様の報告が相次いでおり、各地の有権者からも自民党議員の後援会の活動のあり方に疑問の声が出ている。(2009年2月23日)
「仁木博文氏のブログ」
http://www.h-niki.com/blog/2009/02/post_93.html
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「なりふりかまってらんない!」ってのは、エヴァンゲリオンの葛城ミサトの専売特許だと思ってたのに、支持率が1ケタ台に突入しちゃったフロッピー麻生も、どうやら完全に「なりふりかまってらんない!」って状態になっちゃったみたいだ。18日、「日露首脳会談」のためにロシアのユジノサハリンスクへ出向いたフロッピー麻生は、メドベージェフ大統領との会談の結果を次のようにノタマッた。
「(北方領土問題については)新たな独創的で型にはまらないアプローチで、我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速しようということで一致した」
もうちょっと詳しく説明すると、北方領土の4島について、従来の主張は、ニポン側が「4島ぜんぶ返還しろ」って言ってるのに対して、ロシア側は「ロシアとニポンで2島ずつ分けるのなら考えてもいい」って形だった。それで、日露間で平行線をたどってたってワケだけど、今回のフロッピー麻生のコメントでは、こうした従来の主張をお互いに繰り返しててもラチがあかないから、「新たな独創的で型にはまらないアプローチで、我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速しようということで一致した」ってことになったってノタマッたのだ。うん、これがホントなら、素晴らしいことだ。
で、この素晴らしいニュースは、ニポンでは、三大紙を始めとしたすべての新聞と、すべてのテレビのニュースで報じられた。総理就任以来、何をやってもダメだったフロッピー麻生にとって、初めて「仕事らしい仕事」をしたって感じだった‥‥のもトコノマ、このニュースに関する続報を聞いてたら、何やら雲行きが怪しくなって来たのだ。今回のニュースの概要は、「ロシアのメドベージェフ大統領とニポンの麻生首相が会談をして、北方領土問題について、これからは今までとは違った新しい形で解決に向けて進めてくってことで一致した」って内容であり、そのネタの発信源は、フロッピー麻生自身だった。だけど、このニポンでの報道の翌日、ロシア側が「そんなことはヒトコトも言ってない!」って報道した今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、まずは「毎日新聞」の記事を紹介しようと思うんだけど、何日かしたらリンクが切れちゃうと思うので、リンクだけじゃなくて、一応、記事も引用させてもらう。
「日露首脳会談:北方領土返還、首相が新手法に言及」(毎日新聞)
麻生太郎首相は18日午前、ロシア・サハリン州ユジノサハリンスクでメドベージェフ露大統領と会談した。会談後、麻生首相は記者団に、北方領土問題について「新たな、独創的で型にはまらないアプローチで、我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速しようということで一致した」と語った。四島返還について「4島の話は向こう(ロシア)が2、こっちが4ではまったく進展しない。日露間すべてに引っかかっている問題だ。政治が決断しなければいけない」とも述べた。また両首脳が、プーチン首相の5月の訪日でも合意したことを明らかにした。(2009年2月18日)
http://mainichi.jp/select/world/news/20090218k0000e010067000c.html?inb=yt
「日露首脳会談:『露の新提案なかった』露紙報道」(毎日新聞)
19日付のロシア紙ベドモスチは、18日の日露首脳会談で、メドベージェフ大統領が「新たな、独創的で型にはまらないアプローチ」による作業を(事務方に)指示したとの日本外務省の説明について、ロシア側から新しい提案はなかったと報じた。同紙によると、ロシア代表団筋はメドベージェフ大統領が「相互に受け入れ可能な領土問題の解決策を見つけるため日本と交渉を続けろとの指示を与えたに過ぎない」と指摘した。(2009年2月19日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090219-00000157-mai-pol
「北方領土問題:手法、従来表現止まり…露外務省」(毎日新聞)
ロシア外務省は21日、日露両国が18日に開いた首脳会談に関する声明を発表し、両首脳が「(北方領土問題について)極端なアプローチを取らず、相互に受け入れ可能な解決方法を模索する考えを示した」と指摘し、従来の表現にとどめた。タス通信などが報じた。日本政府によると、首脳会談ではメドベージェフ大統領が「新たな、独創的で、型にはまらないアプローチ」の下で領土問題の解決方法を見つける作業を進めるよう関係機関に指示したと伝えてきた、という。しかし今回の声明はこの点に言及しなかった。領土問題に関するロシアの姿勢をめぐっては、ラブロフ外相が首脳会談の前日、「標準的でない提案をしたこともないし、することもない」と発言していた。そのため日本政府によるメドベージェフ大統領の発言に関する説明の信ぴょう性を疑問視する声も上がっている。(2009年2月21日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090222-00000035-mai-int
この3つの記事を読んでもらえば、今回の件の大マカな流れが分かったと思う。ようするに、18日の日露首脳会談が終わったあとに、フロッピー麻生がニポンの記者団に対して報告した「(北方領土問題については)新たな独創的で型にはまらないアプローチで、我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速しようということで一致した」って内容について、先方のロシア側は「そんなことは言ってない。こちらは従来通りの方法での交渉を続けて行くって提案しただけだ」って断言したワケだ。
で、ここまでの流れだけから推測してみると、大前提として、2つのケースが考えられる。1つは、「フロッピー麻生がウソをついた」ってケースで、もう1つは、「ロシア側がウソをついた」ってケースだ。ま、普通に考えたら、今まで何十年も平行線をたどって来た日露間の問題が、国際的にも信用ゼロのフロッピー麻生なんかが手ぶらで出向いただけで、こんなに進展するハズなんかないんだから、ロシア側が言ってることがホントだって考えるのが妥当だろう。
てことは、「経済の麻生」で売り出したのに、「前場」も読めない経済音痴だってことがバレちゃったから、今度は「外交の麻生」をアピールするために、大ウソの報告会見をして「お手柄」を演出したってことになる。もしもそうだとしたら、何て恥ずかしいヒョットコ野郎なんだろう。つーか、テメエの支持率を回復するために、大ウソをついて、他国との外交関係に亀裂まで生じさせちゃうなんて、これこそが「なりふりかまってらんない!」ってことだと思う。
‥‥そんなワケで、アル中の中川昭一の泥酔会見は、ある意味、一種のエンターテインメントとして楽しむこともできたし、多くのお笑い芸人もネタにして、お茶の間に笑いをふりまいてくれた。だけど、今回のフロッピー麻生の「大ウソ会見」は、ロシアのメドベージェフ大統領がヒトコトも言ってないことをフロッピー麻生が勝手に捏造して、「一致した」とまで断言しちゃったんだから、これは激しくシャレになんないだろう‥‥って、こんなことを言ってても何も得られないから、この問題を別の角度から見てみることにした。
それは、フロッピー麻生よりも一足先にロシアに行ってたコイズミのことだ。コイズミは、日露首脳会談の前日の17日に、モスクワで開催された非公開セミナーに出席したんだけど、ニポンのバカマスコミは、コイズミが定額給付金に反対したことばかりを報道して、カンジンのロシアで何をして来たのかなんてぜんぜん報道しなかった。それで、あたしがフランク・ザッパに説明するけど、コイズミはコイズミで、ロシアの有識者たちと、北方領土の問題について話し合ってたのだ。
で、どんなことを話し合ってたのかって言うと、こともあろうに、「4島の面積を2等分にして日露で分ける」っていうトンデモな提案だったのだ。これは、ロシアの第2与党のワレーリー・ズボフ下院議員からの提案で、これを聞いたコイズミは、「とても興味深く、実現の可能性が高い提案だ」って言って、すごく乗り気だったそうだ。そして、非公式セミナーを終えたコイズミは、翌日の記者会見で、こんなことをノタマッた。
「日本が4島すべての返還を要求し続ける限り、ロシア側はいつまでも譲歩しない。日露両国が妥当だと思える線でなければ北方領土問題はまとまらないのだから、これからは4島返還に固執しない立場で領土問題の進展を目指すべきだ」
ようするに、コイズミは、元首相って立場で、無責任にも、「北方領土問題はニポン側が折れるしかない」ってことをオオヤケの場で発言したってワケだ。そして、コイズミがこんなに無責任なことをノタマッた、まさにこの日、フロッピー麻生がメドベージェフ大統領と日露首脳会談を行なって、その報告として、こうノタマッたのだ。
「(北方領土問題については)新たな独創的で型にはまらないアプローチで、我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速しようということで一致した」
で、このフロッピー麻生のコメントについて、ロシア側は否定して、「ロシア側から新しい提案はなかった」って報じたワケだ。だけど、フロッピー麻生は、こんなふうに続けてる。
「4島の話は向こう(ロシア)が2、こっちが4ではまったく進展しない。日露間すべてに引っかかっている問題だ。政治が決断しなければいけない」
‥‥そんなワケで、ここまでの流れを見れば、賢明なる「きっこの日記」の読者諸兄なら、もう、すべての裏が理解できたと思う。今までは、ニポン側が「4島の返還」を要求してて、ロシア側が「2島ずつ分ける」って主張してたから、北方領土問題は何十年も平行線をたどって来た。だけど、もともとが4島ともニポンの領土なんだから、ニポン側は「妥協しての和解」よりも「和解できなくても正しい主張をする」って態度を続けて来たワケで、何ひとつ間違ってなかった。
それなのに、17日のコイズミと18日のフロッピー麻生の「腰抜け2段ロケット」によるヘタレ会談は、これまでのニポン側の主張を180度変えるものだったのだ。コイズミが、ロシア側の「2等分の分配」の提案を大いに評価した上で「北方領土問題はニポン側が折れるしかない」って宣言して、それに続いて、フロッピー麻生が、これまで通りの主張を続けるメドベージェフ大統領との会談の内容を「(北方領土問題については)新たな独創的で型にはまらないアプローチで、我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速しようということで一致した」ってふうに、ねじ曲げて報告したのだ。
これまで通り、つまり、「4島返還はありえない。2島ずつの分配しかない」って主張してるロシアに対して、フロッピー麻生が言うところの「新たな独創的で型にはまらないアプローチ」ってのは、結局、「4島返還を要求して来たニポン側の考え方を変えてのアプローチ」ってことだったのだ。こう解釈すれば、フロッピー麻生はウソを言ったことにはならないし、ロシア側の報道も間違ってなかったってことになる。つまり、すべてのツジツマが合うってことになる。
‥‥そんなワケで、今回のことを簡単に説明すると、売国奴のコイズミと腰抜けのフロッピー麻生による「北方領土をロシアにプレゼント大作戦」てことになるワケだ。そして、ガキの使いよりも使いものにならないフロッピー麻生に至っては、何の主張もできなかったばかりか、すべてロシアの言いなりになって帰って来たクセに、その会談の内容を正確に報告せずに、こともあろうに、まるで自分が「お手柄」だったかのように、大幅にねじ曲げて報告してたってワケだ。一国の首相でありながら、これまで自国がずっと主張し続けて来た「4島返還」を簡単にポイ捨てしちゃって、ロシアの言いなりになって「2島ずつ」の提案に首をタテに振り、ニポン国民に対するイイワケとして「新たな独創的で型にはまらないアプローチで、我々の世代で解決すべく、具体的な作業を加速しようということで一致した」だなんて、これほど無責任な大バカは見たことも聞いたこともない。こんな腰抜け野郎を首相にしてたら、ニポンは北方領土だけじゃなくて、北海道までロシアにプレゼントしちゃうことになりそうな気がする今日この頃なのだ。
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「麻生首相の講演会が閑古鳥」(世田谷通信)
麻生太郎首相は、22日、青森市で開催された自民党青森県連のセミナーで講演したが、現職の総理大臣による講演にも関わらず、会場に集まった人はわずかだった。県連では数日前から首相の来県を積極的に広報していたが、首相の顔がよく見える前列ですら半分以上が空席で、数列目から後はほとんどが空席となった。麻生首相は「民主党には政権を任せられない」と語気を強めて連呼したが、拍手もまばらで、約40分の講演は途中で席を立つ人の姿も目立った。最後まで講演を聞いた人は「麻生さんは口をひらけば民主党批判とマスコミ批判を繰り返し、まるで民主党とマスコミのせいで自分の支持率が下がったと言わんばかり。国民の声に耳を貸さない自分の政策が批判されていることにどうして気づかないのか」と憤慨していた。麻生首相にとっては支持率回復のために勇んで乗り込んだセミナーだったが、自民党の支持者までもが麻生首相には何も期待していないことが改めて浮き彫りとなってしまった。(2009年2月22日)
「空席だらけの会場で講演する麻生首相」(MBS動画ニュース)
http://news.tbs.co.jp/jnn/asx/news4068341_12.asx
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今日は、お仕事から帰って来てから、録画しといた今日の「釣りロマンを求めて」を観た。今日の放送は、永井裕策さんと永浜いりあちゃんの「永永コンビ」が、神奈川県の小坪港から出船して、珍しい「深海魚釣り」にチャレンジしてた。いりあちゃんは、高級魚のオニカサゴだの初めて見るクロシビカマスだのを釣り上げて、いつもの「遠慮気味にハシャぐ」っていう得意ワザが全開で、とっても可愛かった。で、釣りが終わってから、2人は、港の近くの料理屋さんで釣って来たお魚をお料理してもらったんだけど、テーブルに並んだ美味しそうなお料理を前にして、今日の釣りの話をしてた2人が、突然、それまでと脈絡のない会話を始めたのだ。
永井 「目にも美味しそうな料理ですね~地デジだから、より美味しそうに映ってますね~」
永浜 「ところで、2011年の7月になると、今のアナログ放送は観られなくなり、テレビは地上デジタル放送に切り替わりますね」
永井 「そうですね~」
おいおいおいおいおーーーーい! 釣りの話から、突然、地デジの宣伝かい!それも釣りの番組中に!‥‥ってなワケで、NHKから民放各局に至るまで、朝から晩から深夜まで、もうノイローゼになるくらい地デジの告知を繰り返してて、ほとほと嫌気がさしてるのに、マサカ、あたしのフェイバリット番組である「釣りロマンを求めて」の中でまで、それも、可愛い永浜いりあちゃんにこんなセリフを言わせるなんて、いくら上から突っつかれてるからって、少しは視聴者のことも考えて欲しいと思う今日この頃、皆さん、ストーカー並みにしつこい地デジの宣伝には、もうお腹いっぱいじゃありませんか?
‥‥そんなワケで、1月20日の日記、「ニポンをここまで酷くした最大の戦犯」の中でも書いたけど、今回のニポンのテレビの地デジ化ってのは、すべてアメリカから押しつけられたものなのだ。そして、それを独断で決めたのは、もちろん、ブッシュの飼い犬のコイズミだった。詳しくは1月20日の日記を読んでもらうとして、ここでは簡単に繰り返すけど、ニポンにはNHKが開発した「アナログハイビジョン」ていう素晴らしい技術があった。そして、この技術なら、現在のアナログ放送のままで映像を美しくできたから、テレビを買い替える必要がなかったのだ。
正確に言えば、より美しい映像を観たい人は、ハイビジョン対応のテレビに買い替える必要があった。だけど、今までのテレビでも今まで通りの映像を観ることができたのだ。つまり、必要な人だけテレビを買い替えれば良かったってワケだ。だけど、こんな技術を世に出されたら、世界中のシェアをニポンに独占されちゃう。それで、大慌てしたブッシュがコイズミを呼びつけて、すでに完成してたNHKの「アナログハイビジョン」の計画を白紙に戻させて、アメリカが主導権を持ってる「地上デジタル放送」を押しつけて来たってワケなのだ。
もちろん、何でもブッシュの言いなりのコイズミのことだから、「アメリカのための郵政民営化」や「アメリカのためのイラクへの自衛隊派遣」や「アメリカのための狂牛肉の輸入再開」や「アメリカのためのクローン牛の早期認可」とおんなじに、言われたその場で「ワン!」と鳴いてシッポを振った。そして、莫大な予算と時間とを使って開発した自国の「アナログハイビジョン」を白紙に戻させて、強引にアメリカの「地上デジタル放送」の導入を勝手に決めたのだ。そのオカゲで、あたしたちは、まだ使えるテレビを買い替えたり、何万円もするチューナーを買ったりしないと、テレビを観ることができなくなっちゃったのだ。
‥‥そんなワケで、1月20日の日記で紹介した世論調査では、76%もの国民から「日本をここまで酷くした最大の戦犯」だと思われてるコイズミだけど、そのコイズミが政権の座を去ってから、もう3人も総理大臣が変わったっていうのに、世の中は酷くなる一方だ。それは、コイズミがアメリカのために作った莫大な借金の他にも、数えきれないほどの「負の遺産」を遺したことによる。今になって、ようやく「かんぽの宿」の問題が浮上して来て、コイズミと竹中平蔵が描いてた「国民の財産をアメリカへ上納するためのシステム」の一部が見えて来たけど、コレにしたって、全容が明らかになる前にコイズミは政界を引退しちゃう。
そして、コイズミが強引に推し進めて来た、こうしたアメリカのための売国政策のために、そのツジツマ合わせとして自民ナンミョ~が「数の暴力」で強行採決して来たのが、「障害者自立支援法」や「リハビリ打ち切り制度」や「後期高齢者医療制度」を始めとした数々の弱者切り捨て法案なのだ。ようするに、自国の医療や福祉を切り捨てて、そのぶんをアメリカへ上納して来たってワケだ。ま、こんなことは、すでに全国民が知ってることだから、ここでは掘り下げないけど、今の「地デジへの移行」でのドタバタ劇までがコイズミの「負の遺産」の1つだってことは、あんまり知られてない。その上、1日中ずっと垂れ流されてる例のスマップのヘタレがやってる「ボク、つよし~」っていうアホみたいなCMの莫大な放送料に、あたしたちの税金が使われてるってことも、あんまり知られてない。
ちなみに、総務省が発表した21年度の「地デジ」に関する予算は、総額で600億円にも上る。そして、この莫大な予算の財源の内分けをザックリと説明すると、400億円ちょいが「電波利用料」で、200億円弱が「一般財源」なのだ。「電波利用料」ってのは、テレビ局とかから徴収してるもので、これは税金とは違う。そして、総務省が徴収してる「電波利用料」は、年間で約650億円ほどだ。ようするに、総務省が得てる「電波利用料」が年間で約650億円なのに、それとほぼ同額の600億円を「地デジ」に関する予算として計上してるってワケだ。
そして、「地デジ」に関する予算の600億円をすべて「電波利用料」から捻出したら、50億円しか残らなくて、電波に関する他の予算が組めなくなっちゃう。それで、総務省は、「電波利用料」からは400億円ちょいを捻出して、足りない200億円弱は、「一般財源」、つまり、あたしたちの税金を割り当ててるのだ。だから、朝から晩まで垂れ流してる、あのバカバカしい「ボク、つよし~」っていうCMに掛かる莫大な費用にも、あたしたちの税金が使われてるってことなのだ。
‥‥そんなワケで、ここで1つのアイデアがある。それは、テレビのCMなんかやめちゃって、マスゾエちゃんがやってる「年金ナントカ便」みたいに、全国の家庭に郵便で「地デジ」のことを通知すればいいじゃん‥‥ってアイデアだ。そうすれば、来る日も来る日もおんなじCMを垂れ流す必要もないし、1つの世帯に1通で済む。で、ニポン全国の世帯数は約4700万なんだから、郵便代も含めて1通100円で計算すれば、たった47億円でニポン中の人たちに通知することができる。
それなのに、総務省は、ムダな予算を使い続けて、あんなアホみたいなCMを垂れ流し続けてる。ちなみに、現在までに使われた「地デジ」のCMに関する予算は、すでに1000億円を超えてるとも言われてて、このまま2011年まで続けば、総額で2000億円を超えるとも言われてる。そして、このうちの約3分の1は「一般財源」なんだから、あたしたちの税金が700億円も、あんなくだらないCMを垂れ流すために使われるってことになるのだ。皆さん、どう思う?
で、何で総務省がこんなムダなことを続けてるのかって言えば、それは、テレビ局との「持ちつ持たれつの関係」のためなのだ。テレビでCMを流すってことは、スポンサーがそのテレビ局へCM放送料を支払うワケで、この場合、スポンサーは総務省、その財源があたしたちの税金てワケだ。そして、各テレビ局は、莫大な「電波利用料」を総務省へ支払ってるんだから、これが「持ちつ持たれつの関係」ってことになる。
ちなみに、テレビでCMを流すためにスポンサーがテレビ局へ支払う放送料は、1番組で30秒買えば、1クール(13週)で1億5000万円になる。ようするに、その番組の放送中に、30秒のCMなら1回、15秒のCMなら2回流すことができて、それが13週間で合計1億5000万円てことだ。だから、30秒のCMなら13回で1億5000万円、15秒のCMなら26回で1億5000万円てワケで、これを割り算すれば、15秒のCMを1回流すのに約570万円かかるってことになる。
ま、これは、番組の終わりに「提供は○○でした」なんていうナレーションやクレジットが入ったり、番組中でのプレゼントにそのスポンサーの商品が使われたりと、いろんなプラスアルファのメリットがあっての契約で、こうした「クール買い」とは別の、単発のCMなら、1回200万円ほどで流すこともできる。そして、サッカーのワールドカップみたいな単発の放送でも高い視聴率が約束されてる番組なら、15秒のCMを1本流すのに1000万円以上かかるケースもある。だから、すべてをイッショクタにして「1回いくら」とは言えないけど、分かりやすく考えるためには、「最低でも1回200万円」てふうに考えとけば間違いない。
だから、あたしたちがテレビを観てて、スマップのヘタレがやってる「ボク、つよし~」っていうアホみたいなCMが流れるたびに、あたしたちの税金が、最低でも200万円ずつ、ドブに捨てられてると思えばいいってワケだ。そして、これほどムダなことを続けてる裏には、テレビ局から法外な「電波利用料」を搾取し続けてる総務省の、テレビ局に対する「ハカライ」があるってワケだ。つまり、「あんまり取り過ぎちゃってて悪いから、少しはお返ししましょう」ってワケで、それをあたしたちの税金でやってるんだからシャレになんない。
‥‥そんなワケで、ニポンよりも早く全国の「地デジ化」を宣言したアメリカは、最初の予定では今月の2月までに完全移行を計画してたけど、ぜんぜん進まなくて、結局、4ヶ月の先送りを発表した。それも、アメリカの場合は、国が地デジのチューナーを買うための補助券を発行してて、国民はわずか1000円の出費で地デジのチューナーが買えるのに、それでもお金がなくて移行できない人がマウンテンだったのだ。それで、このまま最初の計画通りにアナログ放送をやめちゃったら、多くの国民がテレビを観ることができなくなっちゃうからって、政府は大慌てで計画を変更して、とりあえず、4ヶ月の先送りをしたってワケだ。でも、わずか4ヶ月くらい先送りしたとこで、ダンナは会社をクビになり、自宅はローンが払えずに取り上げられ、こんな状況でテレビの心配なんてしてる余裕なんかない人たちがいっぱいいるんだから、4ヶ月経ったら、また何ヶ月か先送りするのが見え見えだ。
そして、ニポンの場合は、アメリカみたいに補助券なんて出ないんだから、全額を自腹で払わなきゃなんない。今のところ、聞いたことのない怪しいメーカーの一番安いチューナーでも8500円前後で、ちゃんとしたメーカーのチューナーだと10000円から30000円、平均すると1万5000円くらいだ。そして、1万5000円も払ってチューナーを買ったとしても、今までと何も変わらないのだ。ただ、地デジに変わっても今までとおんなじにテレビが観られるってだけで、画質も何もまったく変わらない。キレイな映像が観られるのは、何十万円も払って最新型のテレビを買った人だけなのだ。
たとえば、1万5000円払ってチューナーを買えば、今までよりもキレイな映像が観られるっていうんなら、少しは理解できる。だけど、別にテレビが壊れたワケでもないのに、1万5000円払ってチューナーを買わなきゃテレビが観られなくなるだなんて、あまりにもふざけてる。それも、コイズミが勝手に約束したことなのに、何でそのツケがあたしたち国民のとこに回って来るワケ?あたしたち国民は、 医療制度や福祉制度の破綻から年金制度の破綻に至るまで、食の安全の崩壊から職の安心の崩壊に至るまで、コイズミが遺した数えきれないほどの「負の遺産」で苦しみ続けてるってのに、さらにアメリカの言いなりになって地デジのチューナーまで買わないとテレビが観られなくなっちゃうなんて、ホントに、いい加減にして欲しい。
‥‥そんなワケで、総務省が2月17日に発表した調査結果によると、地デジ対応のテレビやチューナーを保有してる世帯は全体の49.1%だけで、「2008年までに60%の普及」を目指してた当初の計画が、大幅に遅れてることが分かった。だから、このまま行けば、「2011年7月」の予定も大幅に先送りされることは火を見るよりも明らかだ。たった1000円でチューナーが買えるアメリカでも4ヶ月も先送りされたんだから、莫大な予算をドブに捨ててバカバカしいCMを垂れ流し続けてるだけのニポンの場合は、ヘタしたら1年も2年も先送りされちゃうだろう。そして、今回の総務省の調査では、「2011年に地デジに移行することを知っている」って答えた人が78%もいた。つまり、それでも地デジの対応をしてる人が5割にも満たないってことは、「広報は十分だけど、何らかの理由があってチューナーを買わない人がほとんど」ってことで、これ以上、あのバカバカしいCMを垂れ流して税金をドブに捨てるのは、今すぐにやめて欲しいと思う今日この頃なのだ。
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「麻生内閣支持率わずか3%に急落」(世田谷通信)
世田谷通信社が、20日、東京新橋のサラリーマン、OL、商店主、タクシー運転手などを中心とした100名に内閣支持率などの世論調査を実施したところ、「麻生内閣を支持する」と答えたのはわずか3名だった。また「支持しない」が89名、「どちらでもない」が8名で、「支持しない」と答えたうちの81名は「1日も早く解散総選挙をするべき」、残りの8名は「7月のサミットまでには解散総選挙するべき」と答えた。自民党内部で噴出している「ポスト麻生」については、「半年前と同じにまた自民党の都合で1ヶ月以上も国会を空転させて総裁選をするのか。いい加減にして欲しい」(54才男性・家電メーカー)、「3人続けてだめだったのだから、もう誰が総裁になっても同じ。それよりも1日も早く選挙をして欲しい」(33才女性・保険会社)などの声が大半を占めた。また、次の選挙でどの政党を支持するかという質問には、「自民党」が7名、「公明党」が1名、「民主党」が41名、「社民党」が5名、「国民新党」が2名、「日本共産党」が4名、「その他」が1名、「まだ決めていない」が39名と、野党が与党を大きくリードした。(2009年2月21日)
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あたしたちが地球のためにできることの1つとして、まずは身近な電池から変えてみませんか?
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世の中には、すべてのものに、規則やルールや決まり事や法律がある。あたしたちニポン人がニポンで暮らしてくためには、ニポンの法律に従わなくちゃならない。その上で、学校へ行けば「校則」があるし、車を運転するなら「道路交通法」があるし、ゴミを出すにもルールがあるし、スポーツをするならそのスポーツのルールに従わなくちゃならない。ホームで電車を待つにも、駅前で宝クジを買うにも、先に来た人から順に並ぶっていう暗黙のルールがあるし、食事をするにも、それぞれの食事によって決まり事がある。
街の雀荘で麻雀を打つなら、まず基本的な麻雀のルールがあるし、その上で、一発や裏ドラはアリかナシか、カン裏はアリかナシか、食いタンはアリかナシか、チートイは「50符1飜」にするのか「25符2飜」にするのか、人和(レンホー)を役満にするのか、四暗刻単騎や国士無双13面待ちはダブル役満にするのか‥‥っていう細かいルールを確認しなきゃなんない。さらに、1000点いくらにするか、ウマはいくらにするかっていう風速(賭け金)も、その雀荘ごと、メンバーごとのルールとして決めなきゃなんない。
そして、ようやく麻雀が始まると、1000点50円であろうと200円であろうと、お金を賭けてるワケだから、麻雀のメンバーとの決まり事を守るってことが、この国で生きてく上での決まり事である「ニポンの法律」を破ることになる。だから、バレれば、漫画家のエビスさんみたいにパクられる。だけど、お金を賭けずに麻雀を打ってる人なんてほとんどいないし、お金を賭けずにゴルフをしてる人もほとんどいない。政治家だって、官僚だって、警察のお偉いさんだって、麻雀を打つ時にはお金を賭けてるし、ゴルフをする時は握ってる。ただ、特権階級だから、バレても捕まらないだけだ。
で、こうした特権階級の人たちのことを除けば、あたしたち一般人は、世の中の規則に従って生きなきゃなんないし、その規則に従わなかった時にはペナルティーを受けなきゃなんない。法律を破れば罰則を受けなきゃなんないし、サッカーのルールを破ればイエローカードやレッドカードを受けなきゃなんない。フランス料理のフルコースを食べに行って、食べ方のルールを知らなければ、「恥をかく」っていうペナルティーを受けることになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、俳句にも俳句の決まり事があるワケで、一般的に認識されてるのは、「五七五の定型」ってことと、「季語を入れる」ってことだ。詳しいことを言うと、この他にも「切れ」とか「俳言(はいごん)」とかの決まり事もあるし、俳句を詠む上での心構えとしての精神的な決まり事もある。だけど、ここまで説明してくと複雑になっちゃうから、今日は「五七五の定型で季語が入ってれば俳句」ってことにして話を進めてく。つまり、ちゃんとした俳句の心得のある俳人が詠んだ作品だけじゃなくて、「お~いお茶」の缶に書いてあるのも、「ちびまる子ちゃん」のおじいちゃんの友蔵が詠むのも、みんなちゃんとした「俳句」として認めた上で、話を進めてくってことだ。で、まずは、次の4つの作品を読んでみて欲しい。
1.陽へ病む
2.おとはしぐれか
3.うごけば、寒い
4.咳をしても一人
1番目の作品は、「ひへやむ」って、たった4音しかないけど、これも立派な俳句なのだ。大橋裸木って俳人の作品で、もっとも短い俳句作品て言われてる。そして、2番目の作品は、7音しかないけど、これも立派な俳句で、有名な種田山頭火の代表句の1つだ。3番目は、橋本夢道って俳人の俳句で、「、」を入れても8音しかない。4番目は、この中じゃ最長の9音だけど、俳句の定型の17音にはぜんぜん足りない。だけど、これまた有名な尾崎放哉の代表句の1つだ。
これらは、「自由律俳句」って言って、「五七五の定型」や「季語」などのルールにとらわれず、「俳句の心」だけを内面的なルールとして詠まれてるものだ。だから、こうした極端に短い作品だけじゃなくて、30音以上もある、短歌よりも長い作品もある。それでも、作者が「これは俳句です」って宣言すれば、有無を言わさずに「俳句」ってことになっちゃう。ようするに、自己申告がすべてってワケだ。
だから、あたしが、「蚊だ」っていう2音の作品を「俳句です」って言って発表すれば、大橋裸木の「陽へ病む」の記録を塗り替えて、世界一短い俳句のギネス記録を打ち立てちゃうってことになる。ついでだから、「蛾だ」とか「木だ」とか「絵だ」とか「尾だ」とか「毛だ」とか「死だ」とか「酢だ」とか「背だ」とか「田だ」とか、考えられるすべてのパターンを「きっこ作」として、今のうちに発表しとこうかな(笑)‥‥とか言ってみつつ、こうした自己申告の自由律俳句は、やっぱり俳句としての決まり事を守ってないワケだから、公募の俳句賞とかに応募すれば、たとえどんなに優れた作品であっても、最初の予備選で落とされる。それは当然だ。
一般的な俳句の場合は、五七五の定型を守ることや季語を必ず使うことは、形式上のルールなんだから、これらを守るってことが、すべての大前提になる。そして、その上で、他の人とは違う自分なりの視点やオリジナリティーによって作品のレベルを上げてくワケで、大前提のルールを守るってことは、作品の良し悪し以前の問題なのだ。たとえば、これが野球なら、1チームのメンバーが「9人」てのが「五七五の定型」ってことで、アウトが3つでチェンジになるとかのルールが「季語」ってことになる。だから、これらの大前提を守らずに、12人で守備についたり、アウトが3つになってもチェンジしなければ、野球の試合にはならない。
‥‥そんなワケで、国が定めた法律から、こうした俳句の決まり事やスポーツのルールに至るまで、あたしたち人間は、数えきれないほどの規則に縛られて生きている。そして、1人の人の人生を見ると、一般的には、子供のころは親や先生に叱られたりして決まり事を守るようになるし、大人になってからは自分の意思で世の中の規則を守るようになる。そして、子供から大人になる過程の「反抗期」って呼ばれる一時期だけ、ムヤミヤタラにルールを破ろうとする。
「大人が決めたルールに何で従わなきゃいけないんだ!」とか思ってみたり、規則を破ることがカッコイイなんて思えたりもする。そして、校則を破ることから始まり、どんどんエスカレートして行く。だけど、たいていの場合は、ある程度の年齢になるまでに何らかの気づきがあって、ちゃんとした大人になって行く。20才を過ぎても暴走族をやってたり、汚ギャルをやってるような人なんかほとんどいないように、たいていの場合は、20才になるまでに、人としての最低限の学習をするってワケだ。
だけど、世の中には、守らなくてもいい決まり事もたくさんある。たとえば、男性はズボン、女性はスカートって決まってるけど、女性はズボンもOKなのに、男性はスカートがNGだ。だから、男性のファッションのバリエーションは、ボトムスだけを見ても、女性の半分しかない。スコットランドでバグパイプを吹いてる男性はスカートを履いてるけど、アレは民族衣装なワケで、一般的には、男性がスカートを履いて歩き回ってたら好奇の目で見られる。
だけど、男性がスカートを履いて歩き回ってても、別に法律には触れてない。ただ、世の中の暗黙のルールに反してるだけで、誰にも迷惑をかけてない。男性が下半身を露出して歩き回れば、法律にも触れるし人にも迷惑をかけるけど、ちゃんとしたファッションの1つとして男性がスカートを履くことは、あたしは別に何も問題はないと思う。
で、男性なのにスカートを履いて生活してるのが、裁判の傍聴レポなどでもオナジミ、大川興業の阿曽山大噴火さんだ。阿曽山さんは、以前はあたしのマイミクだったんだけど、知らないうちにマイミク一覧から消えてたから、きっとミクシーをやめちゃったんだと思うけど、「阿曽山大噴火のつれづれ裁判日記」っていうブログを書いてるので、あたしはチョコチョコと覗いてる。ちなみに、阿曽山さんは、本名が「阿曽道昭」なので、この本名と「阿蘇山」とをカケて「阿曽山大噴火」っていう芸名をつけてるから、タマに「阿蘇山大噴火」って間違えて書かれることがある。
‥‥そんなワケで、あまりにもインパクトのある「阿曽山大噴火」って芸名だけど、これに匹敵するのが、さっき出て来た「種田山頭火」だろう。何しろ、山の頭から火を噴くんだから、ある意味、これも「噴火」みたいなもんだ。そして、この種田山頭火も、阿曽山さんとおんなじで、本名は「種田正一」っていう、ごく普通の名前なのだ。だけど、山頭火は、こんなに激しい俳号を名のり、俳句のルールを無視した自由律俳句を実践しながらも、自身の日記である「行乞記(ぎょうこつき)」の中で、霧島を眺めながらこんなことを書いている。
「西洋人は山を征服しようとするが、東洋人は山を観照する、我々にとつては山は科学の対象でなくて芸術品である、若い人は若い力で山を踏破せよ、私はぢつと山を味ふのである。」
でも、あたしは、これは山頭火の「ソトヅラ」なんじゃないかって思ってる。あたしが山頭火を好きなのは、あまりにも人間くさい人だったからだ。2002年2月1日の日記、「うしろすがたのしぐれてゆくか」にも書いたけど、山頭火は、明治15年、山口県の代々続くとても裕福な大地主の家に生まれた。だけど、山頭火の父親は、大酒飲みの上にメカケを3人も抱えるほど女グセが悪く、先代の財産を食いつぶして行った。そして、山頭火が小学校3年生の時、疲れ果てた母親は、井戸に身を投げて自殺した。引き上げられた母の真っ白な死体は、山頭火の脳裏に焼き付いた。
そして、山頭火は、20代の半ばに父親にムリヤリ結婚させられ、一児をもうけたんだけど、妻に対しては愛のカケラも無くて、父親と同じように毎日酒に溺れていた。そしてついに、親子二代で、先祖代々の広大な土地も立派な屋敷も、すべて失ってしまったのだ。すべてを失った山頭火は、妻子を置き去りにして放浪の旅に出て、昭和15年に57才の生涯を閉じるまで、酒を飲み続け、周りに迷惑をかけ続け、反省と自虐を繰り返したのだ。
昭和6年(1931年)の「三八九(さんぱく)雑記」の中に、「私を語る~消息に代えて~」っていう短い文章があるんだけど、ここで山頭火は、50才を迎えた心境を次のように書いている。
「私は労(つか)れた。歩くことにも労れたが、それよりも行乞の矛盾を繰り返すことに労れた。袈裟のかげに隠れる、嘘の経文を読む、貰いの技巧を弄する、――応供の資格なくして供養を受ける苦脳(ママ)には堪えきれなくなったのである。」
「応供(おうぐ)」ってのは、人々から供養を受けられる徳のある人を指す言葉だ。つまり、山頭火は、表向きは厳しい行乞の旅を続けてたワケだけど、実際には、自分のことを「修行僧のフリをして施しを受ける技巧を身につけたニセモノ」って思ってたのだ。そして、山頭火の日記である「行乞記」や「其中(ごちゅう)日記」などを読むと、ほぼ毎日が朝から酒びたりで、まるで中川昭一の日記じゃないかと思えて来るほどだ。
‥‥そんなワケで、見かけは放浪の修行僧のようでいて、実際には俗人丸出しの人間くさい山頭火だったから、その句にはホッとする体温がある。あたしの好きな山頭火の句は、さっきリンクした過去ログに書き出してあるので、興味のある人は読んでみて欲しい。で、メカケを3人も持ち、自分の女房を自殺させたほどの親父の子で、自身も身上を潰して、なお、朝から酒びたりの生活を続けてたほどの山頭火なのに、残されてる日記には、女性関係についてがまったく書かれてない。そして、こんなことが書かれてる。
「私は恋といふものを知らない男である、かつて女を愛したこともなければ、女から愛されたこともない(少しも恋に似たものを感じなかつたとはいひきれないが)、(中略)女の肉体はよいと思ふことはあるが、女そのものはどうしても好きになれない」
そのため、山頭火を研究してる人たちの間では、山頭火は女嫌いだったってことが通説になってる。だけど、あたしは、これほど人間くさい上に、通りかかった町で売春婦を見つければ、その女性から施しを受けつつも、その女性の器量を値踏みするような山頭火なんだから、絶対に女好きだと思ってた。女好きってのは言い過ぎだとしても、好みの女性と出会えば、人並みに恋心を抱くくらいのことはあったと思ってた。だから、このセリフも、先に挙げた「山」に対する記述と一緒で、あとから読む者へ向けた「ソトヅラ」なんじゃないかって思ってた。
そしたら、つい先日、あまりにも素晴らしい本が出版されたのだ。俳人の古川敬さんが書かれた「山頭火の恋」(現代書館)っていう本で、未だかつて、どの研究者も解明することができなかった山頭火の恋愛について、新しく発見された山頭火の1通のハガキを手掛かりにして、その謎を解いて行く一冊だ。もちろん、ちゃんとした本だから、迷探偵キッコナンみたいなアバウトな推測なんかじゃない。現存する膨大な資料をすべて読破した上で、実際に山頭火と会ったことのあるお年寄りたちを訪ね、いろいろな話を聞き、文字通り「足を使って検証」した興味深い本だ。あたしは、夢中になって読んだんだけど、読み終わった時には、お酒だけじゃなくて、女性にも普通に恋をした山頭火を知ることができて、今まで以上に山頭火のことを好きになった。
こんなこと書くと、何だか自慢してるみたいで気が引けるんだけど、あたしは、著者の古川敬さんに、以前、俳句の指導をしたことがある。あたしよりもずっと年上の立派な人なんだけど、あたしの俳句や俳論を気に入ってくださって、あたしが運営してる座に参加してくださった。それで、しばらくの間、俳句の指導をしてたことがある。それで、この本のプロフィールにも、俳句の師として、あたしの名前を書いてくださった。とても畏れ多いことだ。
‥‥そんなワケで、世の中のルールを守ることも、俳句やスポーツのルールを守ることも、もちろん大切だ。そして、こうしたルールに縛られることを不快に思い、ルールを破ることを「カッコイイ」と思う反抗期の若者の気持ちも、あたしは理解できる。さらには、ルールに縛られることを窮屈に思いつつも、ルールに縛られてることで安心できる人間の性(さが)、これもよく分かる。つまり、あたしたちは、ルールによって守られてるだけじゃなくて、ルールに縛られてる安心感によって、もうそれだけで自分の義務を果たしちゃったような気分になって、それ以上の努力を忘れちゃう部分もあったんじゃないかって思うのだ。ルールを守ることによって、過去を振り返って反省したり、自分を向上させたりっていう、人としての基本理念をスルーしちゃってる部分もあったんじゃないかって思うのだ。「俳句の心」がまったく分かってなくても、「五七五の定型」と「季語」だけを守っていれば、俳句としてのレベルは低くても、一応は「俳句の体(てい)を成している」って見てもらえる。だけど、俳句のルールを無視した山頭火の作品には、誰にも真似できない「俳句の心」が満ちあふれてる。ルールに縛られてないからこそ、ルールのある俳句の何倍も自分自身と真摯に向き合わなかったら、本物の作品を生み出すことなどできないハズだ。だから、山頭火が、素晴らしい作品を数多く残すことができたのは、決して聖人でも何でもなく、極めて人間くさかった山頭火の生き方そのものが「俳句の心」だったからだと思う今日この頃なのだ。
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ジャーナリストの志葉玲さんが、イスラエル軍から激しい攻撃を受けたパレスチナのガザ地区を取材して来ました!
いったい、今、ガザの人たちはどのような状況なのか、決してテレビや新聞では知ることのできない真実を「Cont Act」の映像による報告でご覧ください!
「志葉玲さんのガザレポート」
http://www.ourplanet-tv.org/video/contact/2009/20090218_18.html
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アル中の中川昭一にトドメを刺された形で、とうとう「ポスト麻生」の話題が平然と出て来るようになっちゃった泥舟の自民党だけど、パチンコ業界や統一協会とベッタリ癒着してる後藤田正純は、18日、「出処進退は自分で決めるものだ。できれば禅譲していただきたい。7月のサミットでオバマ米大統領が誰と握手するのか。世代交代して、ニュー自民を掲げなければダメだ」って言って、ポスト麻生として「石破茂」と「野田聖子」の名前を挙げた。 そして、コイズミが総理になればコイズミにベッタリ、アベシンゾーが総理になればアベシンゾーにベッタリと、なりふりかまわずにオベンチャラを続けて来た自民党きってのタイコモチ、山本一太は、「私の周囲には麻生首相で選挙を戦うという人は1人もいない」って言って、ポスト麻生として「小池百合子」と「石原伸晃」の名前を挙げた。
だけど、あたしは、コイツラの発言を聞いて、「おいおいおいおい!」って思っちゃった。だって、つい半年前に、突然、政権を丸投げしちゃったフクダちゃんのアトガマとして、「フロッピー麻生」「石破茂」「石原伸晃」「小池百合子」「与謝野馨」の5人をゾロゾロと引き連れてニポン中を遊説して回り、5人そろってテレビにも出まくり、バカバカしいデキレースの茶番劇を繰り広げてたじゃん。現職の総理大臣が2人も続けて政権を丸投げするっていう自民党自身の大失態なのにも関わらず、1ヶ月以上も国会を空転させて国民に大迷惑をかけてたじゃん。そして、この5人の中から、後藤田正純や山本一太を始めとしたお前ら自民党の議員たちが「フロッピー麻生」を選んだんじゃん。
それなのに、自分たちの選んだ「フロッピー麻生」が使いもんにならなかったからって、半年前に自分たちが選ばなかった「石破茂」や「小池百合子」や「石原伸晃」の名前を挙げるなんて、国民をバカにするのもタイガイにしろ! この5人の中で、お前らが「一番いい」って判断して選んだ人間がダメだったんだから、それ以下の誰が出て来たってダメに決まってんだろ!‥‥つーか、「麻生首相では選挙は戦えない」とはナニゴトだ!総理大臣てのは、国民のために存在してるんじゃないのか? それとも、自民党の選挙のために存在してるのか? とうとう本音が出ちゃったな!‥‥なんて叫んでみた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、この3年間の自民党総裁選の迷走劇を振り返ってみると、コイズミのアトガマを選んだ2006年には、アベシンゾー、フロッピー麻生、谷垣禎一の3人が立候補して、アベシンゾーに決まった。そして、そのアベシンゾーがたった1年で政権を丸投げしたら、今度はフクダちゃんとフロッピー麻生の一騎打ちになり、フクダちゃんに決まった。で、そのフクダちゃんが、またまたわずか1年で政権を丸投げした上に、イタチの最後っ屁みたいな逆ギレ会見をしたことで、国民は堪忍袋の緒が切れちゃった。
そしたら、自民党は、サスガにマズイと思ったのか、国民には投票権がない自民党内部の総裁選だってのに、今度は、フロッピー麻生、石破茂、石原伸晃、小池百合子、与謝野馨っていう5人もの候補者を乱立させて、連日の電波ジャックを開始した。テレビに出まくり、毎日のように民主党を攻撃して、自民党の支持率アップに必死だった。ようするに、総裁選の名を借りた自民党の宣伝を繰り広げたってワケだ。次期総裁はフロッピー麻生に決定してたのに、わざわざ5人もの候補者を乱立させて、賑やかなデキレースを繰り広げて、アベシンゾーとフクダちゃんによって失った支持率を回復することが目的だったのだ。その証拠に、石原のバカに至っては、選挙カーの上で、思いっきり「このたび『衆院選』に立候補いたしました石原伸晃です!」って叫んでたもんね(笑)
多くの国民が生活に苦しんでる時に、2人も続けて総理大臣が無責任に政権を丸投げした挙句、自民党の宣伝のためのデキレースで国会に1ヶ月以上もの空白を作り、莫大な税金をドブに捨てたんだよね。そして、お前ら自民党議員たちが、鳴り物入りで担ぎ上げたのが、「アキバとネットで若者に人気のある麻生さん」じゃなかったの? それで、その「麻生さん」がダメだと分かったら、「麻生首相では選挙は戦えない」って理由で、今度は「石破茂」か「小池百合子」か「石原伸晃」だって言うの? 改めて叫ばさせてもらうけど、ふ・ざ・け・ん・なーーーーーーーーーっ!!
‥‥そんなワケで、普通に考えてみたら、フロッピー麻生って、2006年の総裁選で落選して、2007年の総裁選でも落選したんだから、アベシンゾーよりもダメで、フクダちゃんよりもダメだってことを自民党の議員たちが誰よりも認識してたんだよね。それなのに、二度も続けて自分たちがNGを出したフロッピー麻生を次の総裁に選出するなんて、どうやら自民党の総裁ってのは、能力で選ぶんじゃなくて、持ち回り制で選んでるみたいだ。
それに、フロッピー麻生の場合は、コイズミが選ばれた2001年の総裁選でも、こないだ逮捕された「大光」の社長、大賀規久とベッタリ癒着してた橋本龍太郎とともに立候補してるんだよね。つまり、もう3回も自民党議員たちから「お前は総裁のウツワじゃない」って言われてたのがフロッピー麻生なワケで、そんなヤツを担いだのは、自民党議員たち自身なんだよね。それなのに、自分たちが担ぎ上げたフロッピー麻生が国民から支持されなかったからって、今度は手のひらを返したように「石破茂だ」「小池百合子だ」「石原伸晃だ」なんて言い出すなんて、ホントに、もう、国民をホッタラカシにした自民党の茶番劇は、いい加減にして欲しい。
自分たちがアベシンゾーなんていう大バカを担ぎ上げて、アベに逃げられたらフクダなんていう無能で無策なアホを担ぎ上げて、そのフクダにも逃げられたら、今度は自分たちですら「総裁のウツワじゃない」って認識してたフロッピー麻生なんていうニポン語すらマトモに読めないようなクルクルパーを担ぎ上げたんだよ。ようするに、フロッピー麻生がダメなんじゃなくて、こんなバカを担ぎ上げた自民党っていう政党そのものがダメってことじゃん。それなのに、「麻生首相では選挙は戦えないから、今度は小池百合子さんか石原伸晃さんだ」とはナニゴトだ!
国民の7割が反対してるのに強引に押し通そうとしてる定額給付金しかり、国民の8割が「即時の解散総選挙」を望んでるのに未だに選挙から逃げ回ってることしかり、自民党のやることって、すべて「自民党の都合」だけで、国民のことなんて1ピコグラムも考えてない。だからこそ、長年自民党を支持して来た人たちまでが次々と不支持に回っちゃったんだと思うけど、これほど国民の生活を無視した自分勝手な政党が政権与党の座に居座り続けてるのは、世界広しと言えども、このニポンとアフリカのジンバブエくらいだろう。
‥‥そんなワケで、あたしは、3人も続けて最悪な無能総理を担ぎ上げた自民党の内部から、この期に及んで「ポスト麻生」なんて話題が出ること自体が、自民党の議員たちが国民をバカにしまくってることの証拠だと思う。それも、「麻生首相では国民のための政策ができないから、別の人に代わってもらう」っていうのなら少しは理解できるけど、こともあろうに「麻生首相では選挙は戦えないから」だなんて、100%自分たちの都合じゃん。そして、これほど国民をバカにしたセリフをテレビカメラに向かって、まるで正論のようにノタマッたりできる後藤田正純や山本一太の神経を疑っちゃうよ、まったく。
フロッピー麻生がダメだったってことは、そんなダメな人間を総裁に選んだ自分たちがダメだったってことじゃん。それなら、自民党の議員である後藤田正純や山本一太は、「ポスト麻生」の話をする前に、まずは全国民に向かって、「あんな無能を選んでしまって申し訳ありません」って謝罪するのがスジじゃん。それなのに、半年前に自分たちがフロッピー麻生を担ぎ上げたことなんかコロッと忘れちゃって、まるで自分たちも国民とおんなじに「無能な首相の被害者」みたいな顔をしちゃって、どこまで国民をバカにすれば気が済むんだろう。
山本一太に至っては、「三度も続けて国民の信を問わずに総裁を選んで来たのだから、今度は総選挙をして国民の信を問わなきゃいけない」だなんて正論みたいなことを言いつつも、「麻生首相では選挙は戦えないから、今度は小池百合子さんか石原伸晃さんだ」なんて、これほど国民をバカにした話は前代未聞だろう。選挙によって「国民の信を問う」ってのは、自民党が三度も続けて無能で無責任な総裁を選んで来たことに対して「国民の信を問う」んであって、たった2年半でニポンをメチャクチャにしておきながら、よくもまあ新しい別の看板を立てて選挙をやろうだなんて、こんな羞恥心のカケラもないようなセリフを言い出せるもんだよね。
だいたいからして、ものすごく根本的なこととして、今のフロッピー麻生って、自民党の議員たちが「この人なら選挙に勝てる」って思って担ぎ上げた看板なんじゃないの? それなら、自民党の議員たちは、フロッピー麻生のもと、一丸となって総選挙をしてみろよ? それでこそ、こんな無能にニポンの舵取りをさせた自分たちの責任をマット―するってことだろう。それなのに、今の自民党議員たちの迷走ぶりを見てると、どいつもこいつも「自分の票のこと」だけしか考えてないのが見え見えだ。自分たちがこんな無能な総裁を選んだっていう責任はまったく取らずに、まるで被害者ヅラして、新しい看板を立てて選挙をしようだなんて、あまりにも自分勝手すぎる。
‥‥そんなワケで、後藤田正純や山本一太を始めとした自民党の議員たちの頭の中にあるのは、すべて「自分の票のこと」だけなのだ。だから、地盤がシッカリしてて集票力のある議員は好き勝手なことを言いまくってるし、誰かにすがらないと票を集められない議員は風見鶏のようにアッチを向いたりコッチを向いたりしてる。そして、国民のほうなんか1秒たりとも向こうとはしない。ま、どんなにあがいても、もう国民は完全にサジを投げちゃってるんだから、ここまで来たら、誰をアトガマにしてもおんなじだろう。だから、自民党は、いっそのこと、「R-1ぐらんぷり」で優勝した中山功太よりも遥かに笑わせてもらったって言われてるアル中の中川昭一を次の総裁にすれば、中には面白がって自民党に投票するキトクな人も出て来るかもしれないと思う今日この頃なのだ(笑)
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ニポンが全世界に誇る天下無敵のアル中オヤジ、中川昭一の泥酔映像を何度か見てるうちに、「中川って誰かに似てるな‥‥」って思ったんだけど、どうしても分からなくて、あたしは2日間もモヤモヤしてた。で、今日の昼間、車の運転中に、突如、頭の上の100ワットの電球が「パッ!」っとついて、答えがひらめいた。それは、プロレスラーの藤波辰爾だ。どう?中川昭一と藤波辰爾って、似てると思わない?
それから、あたしの大好きな瀬戸内寂聴さんも、テレビや雑誌で顔を見るたびに「誰かに似てるな‥‥」って思ってたんだけど、それが誰だか分からなかった。でも、こっちも、ついに分かった。それは、ウド鈴木だ。どう?瀬戸内寂聴さんとウド鈴木って、似てると思わない?
あと、詐欺で逮捕されたL&Gの会長の波和二(なみ かずつぎ)っていうペテン師オヤジ、コイツは、見た瞬間に分かったんだけど、同類の竹中平蔵にソックリだよね‥‥ってワケで、ここでクルリンパして、最初の「中川昭一と藤波辰爾」の似た顔のグループと、この「波和二と竹中平蔵」の似た顔のグループが、ナニゲにおんなじグループって気がして来た。ちょっと離れてるけど、それでも、この4人て、おんなじジャンルの顔だと思う。
たとえば、スターウォーズのヨーダと安室奈美恵は、おんなじジャンルの顔だ。だけど、おんなじジャンルの中でも離れた位置にいるから、一見、おんなじジャンルだとは気づかない。でも、この2人の間に、ゴジラの息子のミニラを入れると、おんなじジャンルだったんだってことが分かるようになる。これは、ヨーダとミニラが似てて、ミニラと安室奈美恵が似てるから、両者の触媒の役割を果たしてくれるミニラを真ん中に置くことによって、この三者がおんなじジャンルだってことが明確になる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、リトル分かりにくいと思うので、分かりやすい例で説明するけど、黄色と赤は別々の色だ。黄色の折り紙を左に置いて、赤い折り紙を右に置けば、黄色は黄色だし、赤は赤だし、ぜんぜん違う色だ。だけど、ここに、オレンジ色の折り紙を持って来て、真ん中に置いたとする。そうすると、黄色とオレンジ色は近いし、オレンジ色と赤も近いから、この三色がグラデーションになって、おんなじ傾向の色のグループになる。つまり、黄色がヨーダで、赤が安室奈美恵で、このままだとおんなじグループとは思えないけど、ここにオレンジ色のミニラを持ってくれば、三者がおんなじグループだったってことに気づくってワケだ。
で、ヨーダと安室奈美恵をつなぐ触媒がミニラなら、「中川昭一と藤波辰爾」のグループと「波和二と竹中平蔵」のグループとをつなぐ触媒を考えなきゃなんない。それで、あたしは、久しぶりに脳みそをフル稼働させて考えてみたら、耳の穴からモクモクと煙が出てきちゃったので、シーブリーズで湿らせた綿棒で消火しつつ、耳の中もスッキリしつつ、ついでに「コアラのマーチ」の「バナナクレープ味」もつまみつつ、ずーーーーーーっと考えてたら、またまた頭の上の100ワットの電球が「パッ!」っとついて、答えがひらめいた。それは、「バカボンのパパ」なのだ!なのだったらなのなのだ!
並び方としては、一番左端にプロレスラーの藤波辰爾がいて、その隣りにアル中の中川昭一がいて、そこから3人ぶんくらい離れたとこにバカボンのパパがいて、次に1人ぶん置いたとこに売国奴の竹中平蔵がいて、また1人置いた右端にペテン師の波和二がいるって感じだ。図で表わすと、こんな感じになる。
「藤 中 ● ● ● バ ● 竹 ● 波」
つまり、「中川昭一と藤波辰爾」のグループと「波和二と竹中平蔵」のグループとの間は、5人ぶんくらい離れてたワケで、この距離が、黄色と赤とをおんなじグループとは感じさせない隔たりになってたってワケだ。だけど、あたしがオレンジ色として持って来たバカボンのパパも、この図を見れば分かるように、2つのグループの真ん中じゃない。竹中グループのほうに寄ってるために、ある程度は触媒としての役割を果たしつつも、まだ中川グループとの間に距離がある。だから、ホントは、もう1人ぶん中川グループ寄りの人選をしなきゃなんなかったんだけど、思いつかなかったのだ。
それで、あたしは、もう一度、中川昭一とバカボンのパパの間に入るメンバーを探すことにした。そして、頭の中のスクリーンに、この2人の顔を並べて想像して、ジョジョに奇妙に合成してった。そしたら、そこに浮かび上がった顔は、ナナナナナント! 「朝まで生タマゴ」の司会でオナジミの田原総一朗だった。そして、こんな図ができ上がった。
「藤 中 ● ● 田 バ ● 竹 ● 波」
できれば、もう1人ぶん中川寄りの人が見つかれば完璧だったんだけど、なかなか珍しいタイプの顔のジャンルだから、そうそう都合よくは見つからない。それでも、3人ぶんもの空白を回避することができたんだから、このメンバーによって生み出された「顔面グラデーション」を想像すれば、この6人がおんなじジャンルの顔だってことが誰にでも簡単に理解できるようになったと思う。
‥‥そんなワケで、人さまのことばかり書いてるのは失礼だから、自分のことも書いてみるけど、あたしの場合は、プロフィールの「似ている芸能人」の欄に、「プリンセス・テンコー」って書いてる。以前は、「自分で思うのは、稲森いずみ、とよた真帆、中島史恵、でも人から言われるのはプリンセス・テンコー」って書いてたんだけど、フクダちゃんとは違って自分を客観的に見ることができるあたしとしては、オソレ多いから、「自分で思うのは、稲森いずみ、とよた真帆、中島史恵」の部分をカットしたってワケだ。
だけど、別にイイワケするわけじゃないけど、あたしは、稲森いずみに似てるって言われたことが1回、とよた真帆と中島史恵に似てるって言われたことが2~3回ずつくらいあるのは事実だ。だけど、プリンセス・テンコーに似てるって言われたのは、数十回じゃ済まないくらい、ホントに数えきれないほどあるし、あと、浜崎あゆみに似てるって言われたのもケッコー多い。それで、浜崎あゆみは嫌いだから書きたくないし、大多数の人が「似てる」って言ってるプリンセス・テンコーだけをプロフィールに書くことにしたって流れなのだ。だから、この辺のことを踏まえて図にすると、あたしの場合は、きっとこんな感じなんだと思う。
「浜 ● プ き ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● と 中 ● 稲」
ナニゲに、前から読むと「浜辺のプリキュア」みたいだし、後ろから読むと「稲中卓球部」みたいな気もするけど、「ま、いっか!」ってことで、とにかく、あたしの場合は、少しでも「と」とか「中」とか「稲」とかのほうへ近づけるように、日々努力してるってワケだ。荒木師匠も言ってるように、「ローマは1日にして成らず」ってワケで、何よりも大切なのが、日比野克彦のダンボールアート‥‥じゃなくて、日々の努力ってワケなのだ。
だけど、「き」から「と」までの黒丸の数はハンパじゃないから、いくらコツコツと努力しても気が遠くなりそうだ。そこで、さっきの図をもう一度見てみよう。
「藤 中 ● ● 田 バ ● 竹 ● 波」
この図だけで見ると、このグループの中では、藤波辰爾と波和二が一番離れてる。つまり、似た顔のグループでありながら、この2人が一番似てないってことになる。だから、あたしが「藤」だとしたら、稲森いずみが「波」ってことになる。
でも、ここで、もう1つの考え方があるのだ。それは、図を1本の帯として考えるんじゃなくて、最初と最後をつなげて「輪」として考える方式だ。このグループの中で、藤波辰爾と波和二が一番似てないのは、中央にいるバカボンのパパとか田原総一朗とかのテイストで判断した場合なのだ。だから、藤波辰爾と波和二とに共通する別のテイストを見つけ出せば、1本の帯が「輪」になるってワケだ。
それで、またまたあたしが耳の穴から煙を出しながら考えて、ようやく思いついたのが、仮面ライダー1号の藤岡弘だ。藤波辰爾と波和二との間に藤岡弘を置くと、こっちはこっちで、さっきとは別のテイストのグラデーションが完成して、藤波辰爾と波和二との距離がグッと近くなる。そして、藤岡弘を配したことによって、1本の帯が「輪」になり、すべては丸く収まったってワケだ。そして、この「輪」には、バカボンのパパや田原総一朗を中心としたAグループと、藤岡弘を中心としたBグループっていう2つの似た顔のグループが存在し、藤波辰爾と波和二は、その両方のグループに属してる「ベン図の斜線の部分」てことになるのだ。
‥‥そんなワケで、この考え方で行けば、あたしが「藤」で、稲森いずみが「波」なんだから、この2人の間に入る別のテイストの人を見つければ、あたしのほうの図も「輪」になるワケで、あたしと稲森いずみの距離はグッと近くなる。そうすれば、副産物的に、とよた真帆や中島史恵との距離も近くなれるワケで、ちょっと違うかもしれないけど「渡りに舟」とはこのことだ。そして、「ローマは1日にして成らず」どころか、2~3日くらいでオッケーになっちゃうかもしんない。だから、美しくなるためには日々の努力もいとわないとか言いつつも、できれば最小限の努力で最大限の結果を得たいと思ってるあたし的には、コツコツと努力をしながらも、あたしと稲森いずみとの触媒になってくれるオレンジ色の憎いヤツを探そうと思ってる今日この頃なのだ。
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「米国務長官への声明文」(世田谷通信)
ヒラリー・クリントン米国務長官の来日に合わせて、沖縄対外問題研究会代表の宮里政玄氏、ジャーナリストの新川明氏、沖縄大学名誉教授の新崎盛暉氏、作家の大城立裕氏ら、沖縄の基地問題の専門家14名が連名で「ヒラリー・R・クリントン米国務長官へ」という声明文を発表し話題を呼んでいる。戦後64年、沖縄の基地問題は常に日本政府の都合だけで進められて来たために、沖縄県民の思いとはかけ離れた現実が未だに県民を苦しめ続けている。現地で暮らす有識者たちの生の声が、こうした公式見解として米国務長官あてにリリースされたことによって、日米両国の政府が「国あっての国民」ではなく「国民あっての国」であるということに気づくきっかけになることを願う。なおこのリリースは、以下の「辺野古浜通信」で全文を読むことができる。(2009年2月18日)
「ヒラリー・R・クリントン米国務長官へ」(辺野古浜通信)
http://henoko.ti-da.net/e2345479.html
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あたしが子供のころって、テレビの娯楽番組っていうと、何よりも歌番組がメインだった。NHKの「レッツゴーヤング」を始め、「ヤングおー!おー!」とか「ベスト30歌謡曲」とか「ザ・ベストテン」とか「歌のトップテン」とか、とにかく、たくさんの歌番組があった。そして、歌がメインじゃないクイズ番組とかバラエティー番組でも、ゲストに歌手が出ることが多かった。ようするに、今のお笑い芸人の位置に、歌謡曲の歌手がいたってワケだ。そして、流れとしては、通称「スタタン」って呼ばれてた「スター誕生!」からデビューして、それで歌番組に出るようになるってのが王道だった。
だけど、あたしが歌番組を夢中になって観るようになったのは、やっぱり、小学3年生の時に、中森明菜ちゃんがデビューしてからだ。あたしは「スタタン」を観てなかったから、明菜ちゃんが「スローモーション」でデビューしてから初めて観たんだけど、明菜ちゃんを初めて観たあたしは、その美しさにガクゼンとして、世の中にこんなに美しい人がいるのかと思って、頭がのぼせるような思いでウットリして観てた。
このころって、人気のある歌手は3ヶ月ごとくらいに新曲をリリースしてたから、やっと「スローモーション」を歌えるようになったころには、もう次の「少女A」がリリースされて、やっと「少女A」を歌えるようになったころには、もう次の「セカンドラブ」がリリースされて、ホントに大変だった。子供だからレコードは買えないし、ビデオもないから、いろんな歌番組をカタッパシから観て覚えるしかなかった。その上、明菜ちゃんの歌を歌うと、おばあちゃんからも母さんからも「子供はそんな歌を歌うんじゃないの!」って叱られてたから、神社の秘密の場所で歌うしかなかった。
あたしが子供のころに住んでた渋谷のお家は、小田急線の「代々木八幡」ていう駅が最寄り駅で、駅とオリンピック公園(代々木公園)との間の住宅街の中にあった。それで、学校の帰りに、山手通り(環六)の下のガードをくぐってから、裏道を通って八幡神社の裏側に行って、そこから石段を上ってって、変なおじさんが彫ってある大きな岩のとこにランドセルを置いて、3年生から習い始めたタテ笛をマイクの代わりに持って、そのおじさんをお客さんに見立てて、「思わせぶ~りにクチビル濡らし~きっかけぐらいはこっちで作ってあ~げる~♪」って、明菜ちゃんの歌を練習してた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、それから10年以上も経って、大人になってから知ったんだけど、子供のころのあたしが、たぶん何十回とか、ヘタしたら100回以上も明菜ちゃんの歌を聴かせたそのおじさんは、有名な俳人の臼田亜浪(うすだあろう)で、その岩は、「そのむかし代々木の月のほととぎす」って句が彫ってある「句碑」だったのだ。何も知らなかった子供の時のこととは言えは、まさか、臼田亜浪大先生のことを「変なおじさん」だなんて思ってた上に、明菜ちゃんの歌を歌いながら「流し目」で見つめたりして、たいへん失礼いたしました‥‥ってなワケで、25年も過ぎてからの謝罪も済んだので、いかりや長介風味で、次行ってみよ~!
で、25年以上も前のことを書いてみたんだけど、さらにサカノボルこと約5年、あたしがもっとちっちゃかった幼稚園の時には、ピンクレディーが全盛期で、幼稚園でもピンクレディーの歌で踊ったりもしてた。それで、その時、ピンクレディーの「渚のシンドバット」って歌が流行ってて、沢田研二の「勝手にしやがれ」も流行ってて、この両方のタイトルを混ぜたのが、サザンオールスターズの「勝手にシンドバット」だったそうだ。ま、これは、ずっとしてから知ったことなんだけど、とにかく、幼稚園児のあたし的には、ピンクレディーのマネをするのが流行ってたから、ほとんど記憶はないんだけど、みんなと一緒になって、ピョンピョン跳ねて踊ってたみたいだ。
母さんに聞いたら、このころのあたしは、テレビでピンクレディーが「渚のシンドバット」を歌ってるのを観ながら、おんなじように片足で後へピョンピョン跳ねて、そのまますっ転んで、タンスに後頭部を強打して、タンコブを作って大泣きしたそうだ。ぜんぜん覚えてないや。つーか、この時に頭を打ったことが原因で、こんなに妄想癖のある大人になっちゃったんだろうか?‥‥なんて疑惑を感じてみたりしつつ、あたしは、頭をぶつけたことは覚えてないのに、この「渚のシンドバット」って歌は、部分的に覚えてた。
「ここかと思えばまたまたあちら~浮気な人ね~♪」とか「サーフィンボード小脇に~抱え美女から美女へ~♪」とか、高校生になってからカラオケで歌ったり、大人になってからピンクレディーのパチンコを打ったりした時にも、画面に流れる歌詞を見なくても歌うことができた。特に「サーフィンボード小脇に~抱え美女から美女へ~♪」の部分は、幼稚園のころは何も分からずに口ずさんでたんだと思うけど、高校生になってカラオケで歌った時に、「小脇って何?」って疑問を持ってからは、何かあるたびに気になってた。
あたしもサーフボードは持ったことがあるけど、普通は、頭の上に乗せて両手で支えるように持つワケで、片手で持つ場合には、シッカリと脇に抱えて持たないと危ない。それなのに、「脇に抱え」じゃなくて「小脇に抱え」って何?‥‥って言うか、「小脇」ってどこ? 「小湧園」なら箱根にあるけど、「小脇」が脇のどこなのか、あたしには分かんない。それ以前に、「小耳にはさんだ」って言うけど、「小耳」ってどこ? さらには、「小腹が空いた」って言うけど、「小腹」ってどこ?
‥‥そんなワケで、「小鼻」って言えば、鼻の穴の周りの少しふくらんだ部分のことで、鼻本体を電話の親機とすれば、小鼻は子機にあたるワケで、1つの「鼻」っていう親機に、2つの「小鼻」っていう子機がついてるってことになる。ま、これは、「小」と「子」で意味が違うけど、物理的に指で触れることのできるモノであることには違いない。さらにヘンテコな比喩を使わせてもらえば、フォルクスワーゲンのタイプ1、通称「ビートル」って呼ばれてる例の車を「鼻」だとすれば、左右のフロントフェンダーが「小鼻」ってことになる。
つまり、「小鼻」は、「鼻」の一部であって、「ここが小鼻です」って指さすことができる部位なのだ。だけど、「小脇」は、「ここが小脇です」って指さすことができないし、「小耳」も「小腹」も指さすことができない。似たような言葉なのに、「小脇」や「小耳」や「小腹」は、実体のない雰囲気だけの言葉なのだ。
「脇に抱える」は、文字通り、何かを脇に抱えて持つっていう状況を伝えるだけの表現だけど、「小脇に抱える」になると、そこに「カッコつけて抱える」ってイメージがプラスされる。「小耳にはさむ」になると、「誰からともなく聞いた」とか「聞くとはなしに聞いた」とかってイメージになる。「小腹が空いた」だと、本格的にお腹がペコペコになったんじゃなくて、「少しだけお腹が空いた」ってイメージになる。ようするに、これらの「小」は、「小鼻」の「小」みたく体の部位を指定したものじゃなくて、「抱え方」とか「聞き方」とか「空き方」とかの動詞のほうに掛かる言葉ってワケだ。
だけど、ここで、1つの問題がある。それは、この「小」がつくパターンの場合には、対象に「軽さ」が求められるのだ。たとえば、「小脇に抱える」の場合なら、単に「カッコつけて抱える」ってイメージだけじゃなくて、他にも、抱えるモノの大きさや重さも限定されるのだ。ものすごく大きなモノや重たいモノの場合は、「小脇に抱える」とは言わない。「セカンドバッグを小脇に抱えて」は成り立つけど、「ゴルフバッグを小脇に抱えて」は成り立たない。「お前、彼女ができたって小耳にはさんだけど」は成り立つけど、「お前、彼女が死んだって小耳にはさんだけど」は成り立たない。「小腹が空いたからモスバーガーに行かない?」は成り立つけど、「小腹が空いたから焼肉の食べ放題へ行かない?」は成り立たない。
で、この感覚で考えた場合、果たして、「サーフィンボード」は、小脇に抱えられる対象なんだろうか?‥‥ってことだ。確かに、ボードを持って浜でナンパしてんだから、ロングボードのワケはなく、どう考えてもショートボードなワケだし、ナンパが目的なら、ウケがいいトリプルスケッグとかクアッドスケッグとかだろう。でも、これは、あくまでも現代の話であって、「渚のシンドバッド」が流行った30年前には、あってツインだと思うし、板自体も、今みたく短くて軽くて浮力のある板はなかったハズだ。ショートボードって言っても、今よりも長くて重かったハズだし、ニポンじゃタウカンくらいしかメジャーじゃなかったハズだ。だいたいからして、「サーフィンボード」なんて呼んでた時代なんだから、ヘタしたらスギとかヒノキとかの木材で作られてたかもしれない。そしたら、とてもじゃないけど、重たくて小脇に抱えられるワケがない。
やっぱり、あたし的には、どうしても「サーフィンボード小脇に~抱え美女から美女へ~♪」って景が想像できないのだ。「小脇に抱える」って言うんなら、ボディボードとかビート板とかが大きさ的には上限だと思う。まあ、ビート板を小脇に抱えても、女の子をナンパするのは難しそうだし、もしもナンパが成功したとしても、それから海に入ってバタ足で進むってのは想像しにくいけど、あたしの意見に文句があるんなら、2枚のビート板のハシッコの部分をこすり合わせて、「キュイ~~~~ッ!」って音を出しちゃうぞ!(笑)
‥‥そんなワケで、ここまで書いて来て気づいたんだけど、「小脇に抱える」って場合には、それなりに「軽いモノ」じゃなきゃダメだってことの他に、もう1つ、それなりに「オシャレなモノ」じゃなきゃダメなのだ。「セカンドバッグ」や「花束」なら成り立つけど、「回覧板」や「ゆたんぽ」じゃ成り立たない。もちろん、今どき「セカンドバッグ」なんか持ってるのは、田舎のヤンキーとヤクザと起業家とプロ野球選手くらいだから、死ぬほどダサいことウケアイだけど、ここでは、他人からどう見られるかってことじゃなくて、持ってる本人が「オレってカッコいい」って思い込んでる部分に着目してるのだ。
ようするに、この「小脇に抱える」ってのは、周りからカッコ良く見られるかどうかは二の次で、本人がカッコいいと思い込んで抱えてる状況なのだ。だから、そのモノだけを見た場合には、カッコ良くも悪くもないモノ、たとえば「書類」とかの場合なら、「書類を脇に抱えて」って書いてあれば、カッコ良くも悪くもない普通の状況を想像する。だけど、「書類を小脇に抱えて」って書いてあると、カッコつけて歩いてる姿を想像すると思う‥‥ってことは、さっきは「回覧板」や「ゆたんぽ」じゃ成り立たないって書いたけど、たとえ「回覧板」や「ゆたんぽ」でも、本人がカッコつけて抱えてれば、「小脇に抱えて」でも成り立つってワケだ。
「木村拓哉が回覧板を小脇に抱えて小走りにやって来た」
う~ん、成り立ってるな。いつもの「オレ様は何をやってもカッコイイ」っていう破格のカン違いっぷりもミゴトに出てるし(笑)‥‥ってなワケで、「小走り」も「全力疾走じゃない軽い走り」ってことで、今までの「小脇」や「小耳」や「小腹」とおんなじだけど、もひとつおんなじなのが、「小粋」だと思う。「粋」は、木村拓哉とは正反対で、ホントにカッコイイことだけど、さらに「小粋」になると、もっと自然体でカッコイイことになる。たとえば、オシャレな人がセンスのいいスーツを1点のソツもなくビシッと着こなしてるのを「粋」だとしたら、1ヶ所だけワザと色を外したり、合わない小物を使ったりして、「抜き」の部分を作ることによって、全体の自然度をさらにアップさせたのが「小粋」ってことになる。つまり、「小粋」は、「軽い粋」ってことなんだけど、「軽い」からって、「粋」よりもレベルが下がるんじゃなくて、「粋」とはまた違った別の味わいのあるカッコ良さってことなのだ。
「脇に抱える」も「耳にはさむ」も「腹が空く」も「走り」も、このままだとカッコ良くも悪くもない。だけど、これらに「小」をつけることによって、その動作や程度が軽くなる。そして、軽くなったことによって、「脇に抱える」の場合なんかは、そこにカッコ良さが生まれる。周りがどう見るかはケース・バイ・ケースとして、少なくとも、本人は「カッコつけてる」ってことになる。だから、もともとがカッコいいことを指す「粋」の場合には、「小」をつけることによって、さらにカッコ良さが増すって言うか、別のタイプのカッコ良さへと変化するってワケだ。これって、「綺麗」と「小綺麗」とか、「汚い」と「小汚い」とか、「馬鹿にする」と「小馬鹿にする」とか、「恥ずかしい」と「小恥ずかしい」とかもおんなじパターンだと思う。根本的な本スジの意味合いは変化しないけど、ビミョ~に別のタイプの変化してる。
で、小股の切れ上がったイイ女を目指してるあたしとしては、「欽ちゃん走り」と「ハイヒールダッシュ」っていう2種類の走り方を得意としてるんだけど、現在、新たに習得中なのが、「小股走り」ってことになる。「小股の切れ上がったイイ女」の「小股」ってのは、両足のつけ根の「股」が切れ上がってるワケじゃなくて、そんなことにでもなったら、それこそ「妖怪マタサケ女」になっちゃうワケで、これは、「歩幅」のことなのだ。ようするに、歩幅が広いことを「大股」って言うのに対して、歩幅が狭いことを「小股」って言うのだ。
そして、「小股が切れ上がる」ってのは、お着物を着た時の歩き方が美しいことを指す。お着物を着れば、自然と歩幅は狭くなるから、誰でも「小股」でしか歩けない。だけど、そんな時に、お着物を着慣れてない女性は、小股は小股でもギコチナイ上に、ぜんぜん美しくない。これは、お着物の裾のさばき方がヘタクソなのと、お草履のつま先の運び方がなってないからだ。で、これを自然に美しくできるようになると、「小股の切れ上がったイイ女」の第一段階をクリアしたことになる。あたしは、ここまではクリアしてるから、今は第二段階として、お着物で美しく走る「小股走り」の練習をしてるのだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、第二段階の「小股走り」を習得して、完璧な「小股の切れ上がったイイ女」になれたアカツキには、小判ザメでも小脇に抱えて、小腹が空いたら小岩井ヨーグルトでも食べて、小耳にはさんだ小噺でも暗記しつつ、小金井公園で小鳥にエサをやってみたり、小春日和に小股走りをしてみれば、向こうから小太りの小朝がやって来るかもしれないから、そんな時は小手調べに「よっ!金髪豚野郎!」なんて小粋な掛声を掛けてみると、小一時間ほど小言を聞かされちゃうかもしれないから、仕方なく小切手でも小出しにしてカンベンしてもらおうと思ってる。そして、それでもダメだったら、小さいきっこたちに身代わりになってもらおうと思ってる今日この頃なのだ(笑)
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誰がどうみても「泥酔したサラリーマン」にしか見えない中川昭一の赤っ恥会見だけど、あれほど「誰の目にも明らかな泥酔」をよくもまあ「風邪薬」のセイにできるもんだよね‥‥ってなワケで、あの恥ずかしい姿は、AP通信によって全世界に配信されたけど、それが、すでにいろんなメディアで紹介させれてる「Japanese FM Nods Off During G7 Talks (日本の財務大臣がG7の会議中に居眠り)」っていう記事で、ヘベレケな中川の写真に、こんな文章が添えてある。
Granted, the jet lag from a 15-hour flight isn't easy to overcome, but when your nation's economy is predicted to contract by 2.5% this year, per the IMF, and its biggest automakers like Toyota and Nissan are slashing jobs by the tens of thousands, that should be enough to keep you awake. If not, there's always that time-honored Italian stimulus: espresso.
確かに、15時間のフライトによる時差ボケを克服することは簡単なことではない。しかし、あなたの国の経済は、今年、IMF(国際通貨基金)が2.5%も縮小されると言われていて、トヨタや日産のような最大の自動車メーカーが何万人もの労働者のクビを切っている。こうした現実は、あなたの目を覚ましておくには十分な状況だろう。それでも起きていることができないというのなら、ここイタリアには、由緒あるイタリアの刺激、エスプレッソがある。(きっこ訳)
‥‥ってワケで、きっこのプチ解説としては、タイトルの中の「FM」ってのは、ラジオのことじゃなくて、「Finance Minister (大蔵大臣)」の略だ。だけど、現在のニポンの場合は「財務・金融担当大臣」になるワケで、あんな酔っぱらいなんかに財務大臣も金融担当大臣も兼任させてるようじゃ、この国の経済が終わりになるだけじゃなくて、世界の経済にも悪影響を及ぼすだろう。だからこそ、世界各国でボロクソに報道されてるんだけど、どこよりも早く中川の醜態を報じたこのニュースは、なかなかあたしのツボだった。それは、ちゃんとオチがついてたからだ。
あたしは、この「エスプレッソ」のオチを読んで、これぞ文字通り「エスプリの効いたユーモア」だって思ったワケだけど、ここまで書いたとこで、中川の辞任のニュースが飛び込んできちゃったから、急きょ、今日の日記の路線を変更しなきゃなんなくなった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、最初は、「中川のアル中ぶりを書きまくって辞任に追い込む」って路線で書き始めたんだけど、マクラを書き終わったとこで中川の辞任のニュースが飛び込んできちゃったから、もう目的は果たせたワケで、それなら、こんなアル中に「続投」を命じたフロッピー麻生のバカっぷりについて書きまくろうかな?‥‥なんて思いつつも、こないだも書いたように、あたしは、強い者を叩くのは好きだけど、弱い者イジメは好きじゃない。
現在の支持率が5%しかないフロッピー麻生は、もはや、国民からだけじゃなく、自民党内部からも厄介者扱いされてるワケで、完全に孤立無援の状態だ。それでも、テレビカメラが向けば、お得意の「麻生スマイル」を披露して、必死に強がってる。中学生レベルの学力すらなく、親の七光だけで世渡りして来たバカボンの、これが精一杯の虚勢なんだろうと思うと、そんな姿が、逆に痛々しく見える。
自分の意思や政策など1つも持たず、すべては、その場その場の気分だけでテキトーなことを言い、1年前とは正反対のことを言っても、決して謝罪せずに、子供のような屁理屈で見苦しいイイワケを繰り返す男。なんて悲しい人間なんだろう。60年以上も生きて来て、これほど何1つ学習してないなんて、人生そのものが石鹸の泡みたいに儚い男だ。内面の実体などなく、外側の虚勢だけで生きて来た男。地に足をつけて普通に生きてる人の人生を「実体経済」に喩えれば、フロッピー麻生の人生は、中身がない見せかけだけの「資産経済」そのものだろう。そして、それでも、フロッピー麻生の自分史には、学習院を卒業したこととか、射撃でオリンピックに出たこととか、総理大臣になったこととかが、まるで栄光であるかのように刻まれてるんだろうね。ホント、あまりにも切なくて、溜息しか出ないよ。
ま、これは、フロッピー麻生に限らず、今回の中川昭一やアベシンゾーもおんなじで、この3人は、公私ともに仲良しってことで、3人のイニシャルから「ANA」なんて呼ばれてるけど、それこそ「ANAがあったら入りたい」って思うほど恥ずかしいバカボン3人組だ。とにかく、この3人に共通してるのは、異常なほどの学力の低さがあげられる。最近は、フロッピー麻生の国語力ばかりが取りざたされてるけど、「渦中」を「うずちゅう」なんて読んじゃった中川しかり、バカのクセにムリして「慙愧に堪えない」なんて難しい言葉を使って大恥をかいたアベシンゾーしかり、この3人の国語力は、義務教育レベルにも達してない。中には、「漢字など読めなくても政治力があればいい」なんて言う人もいるけど、あたしは、「渦中」を「うずちゅう」なんて読むようなバカに、何億円だの何兆円だのって国の予算を任せてもいいの?‥‥って思う。
でも、逆に言えば、こんな中学生レベルの漢字すら読めないバカでも、親の七光と親の財産があれば、何の資質もなくても、誰でも簡単に一流大学にも入れるし、誰でも簡単に政治家にもなれるし、誰でも簡単に総理大臣にもなれちゃうってシステムにこそ問題があるワケで、本人たちには責任はない。だって、受験生が必死になって勉強するのは、何のバックも持たない一般家庭に生まれたからであって、もしもその人が麻生家や安倍家に生まれてたら、フロッピー麻生やアベシンゾーのように、勉強なんかぜんぜんしなかっただろう。勉強なんかしなくても、好きな大学に入れるんだから。だけど、もしも中川家に生まれた場合には、ヘタするとナンミョ~系の漫才師になっちゃう危険性もあるから、ちょっとは勉強したほうがいいと思う(笑)
ようするに、フロッピー麻生にしても、アベシンゾーにしても、アル中の中川にしても、好きでバカになったワケじゃないってことだ。人並みの勉強をするどころか、一般常識すら知らなくていい環境に生まれたからこそ、あんな大バカになっちゃったワケだ。そして、あたしたちだって、もしも麻生家や安倍家に生まれてたら、子供のころから「帝王学」なんてのを学ばされて、おんなじような大バカになってただろう。「帝王学」ってのは、最初から人の上に立つことを想定してるから、たとえば「車に乗りたい」と思った場合には、一般人なら「教習所に通って運転免許を取る」ってのが普通だけど、「帝王学」だと、「運転手つきの高級車に乗る場合のマナー」を教えられる。つまり、自分が運転するんじゃなくて、人に運転させるってことが基本になってるワケだ。
だから、漢字にしても、一般人なら義務教育の過程で、社会に出てから恥をかかないための最低限の漢字の読み書きを覚えるけど、フロッピー麻生やアベシンゾーやアル中の中川の場合は違う。それは、「自分は漢字を読めなくても漢字に詳しい部下を持てばいい」って教えられて育てられたからだ。経済にしても、「自分は経済に疎くても経済に詳しい部下を持てばいい」ってことになる。だから、フロッピー麻生にしたって、自らを「経済に詳しい麻生」だなんてノタマッてたのに、株をやってる人なら誰でも知ってる「前場」が読めなかったワケだ。こうした家系に生まれた人間にとっては、漢字なんか読めなくても、一般常識なんか知らなくても、そんなことは下々の部下に任せとけばいいワケで、自分の役割は、その上にふんぞり返ってることだって教え込まれて来たワケだ。
でも、これって、あたしたち一般人の中にも蔓延してる感覚なのだ。ニポン人て、子供のころから「九九」を習うし、ひと昔前の子供たちは、クラスのほとんどの子供が「そろばん塾」に通ってた。だから、ニポン人て、暗算が得意な民族だった。だけど、電卓が一般化されてから、そろばんを習う子供は激減して、「そろばん塾」そのものも激減した。それにともなって、子供たちの暗算力も低下して、簡単なお釣りの計算すら電卓を使わないとできない大人が増えて来た。これは、あたしたちが、電卓っていう部下を持ったことによって、「自分は暗算なんかする必要がない」って状況になったからなのだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、彼らの生活ぶりを見て「羨ましい」と思ったり、彼らの無能ぶりを見て「恥ずかしい」と思ったりするのは、ちょっと待て!‥‥って言いたい。それは、あたしたちの中にも、彼らと変わらない種(たね)があるからだ。あたしたちは、幸いにも、その種が芽を出すような環境に生まれなかったから救われただけで、あたしたちだって、彼らのように立派な温室の中に生まれ、自分が何の努力をしなくてもいい環境で育てられれば、彼らのように、その種が芽を出し、大バカで恥知らずの木へと成長してただろう。つまり、彼らは、誰よりも気の毒な人たちなのだ。全国民どころか、全世界に無知無能ぶりを晒して笑い者にされ、それでも精一杯の虚勢を張り、自分の存在意義を保とうとしてるミジメな人たちなのだ。
以前、アベ政権の時に小学5年生の担任をしてた女性からメールをいただいたんだけど、いつも宿題をやって来ない男の子を叱ったら、それまではちゃんと謝ってたのに、アベシンゾーが政権を丸投げしてからは、「日本で一番偉いはずの総理大臣だって自分の仕事を放り投げたのに、何でボクが宿題をやってこないと叱られるのか?」って言われて、返答に困ったって書かれてた。そして、当時は、子供たちの間で、途中で投げ出すことを「アベる」って言うのが流行したそうだ。で、その次に小学生の間で流行したのが、逆ギレすることを意味する「フクダる」で、現在は、漢字の読み書きを間違えることを意味する「アソる」だそうだ。
フロッピー麻生に関しては、2008年11月28日の日記、「総理大臣VS小学生」の中で、お母さんが小学校3年生の息子さんに、映画館の中にコッソリ持ち込んだお菓子を食べるように言ったら、息子さんから「ママ、だめだよ。そんな麻生総理みたいなこと言っちゃあ」ってタシナメられたってメールを紹介させていただいたけど、こんなふうに、歴代の総理大臣が、次から次へと小学生たちから「ダメな大人の見本」として見られてるって現状が、あまりにも情けないと思う。
どこの国でも、大人は子供の見本だし、子供は大人を尊敬するのが当たり前だ。だけど、この国と来たら、大人の中で一番立派なハズの総理大臣が、小学生からもバカにされてる始末。そして、これほどバカにされてる一国のトップと言えば、ニポンの他にはアメリカのブッシュくらいしか思いつかないけど、ブッシュの場合は、一応はキチンと選挙をして、アメリカ国民が選んだ大統領なんだから、どんなにダメだったとしても、それはアメリカ国民自身の責任てことになる。でも、アベシンゾーにしても、フクダちゃんにしても、フロッピー麻生にしても、誰1人、あたしたち国民が選んだ総理大臣じゃない。自民党の自民党による自民党のための都合で選出されただけで、ただ単に政権を延命させるための操り人形でしかない。
そして、ブッシュのような大バカを選んだことを反省したアメリカ国民は、アメリカの自民党である「共和党」に見切りをつけて、今度は野党であった「民主党」のオバマを選んだ。だけど、3人も続けて大バカ総理を押しつけられてるニポンのあたしたちは、未だに選挙もさせてもらえない。それは、自民ナンミョ~の売国政府が、国民の信を問うことを恐れて、いつまでも逃げまわってるからだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、世の中が平和で、景気も良くて、失業者もいなくて、医療や福祉も充実してて、みんなが幸せに暮らしてる時代だったら、子供のころから「帝王学」を学んで来て、中学生レベルの漢字すら読めない大バカに育っちゃったバカボンが総理大臣になろうとも、朝からお酒を飲んでグデングデンに酔っぱらってるようなアル中が財務大臣になろうとも、親の代からのスポンサー企業から裏金をもらい続けてるバカ女が少子化担当大臣になろうとも、そんなことは別に構わないと思う。だけど、今は、こんなバカボンたちに政治ゴッコをさせてるような余裕なんかない。ガザ地区の人たちは1300人以上が殺されたけど、このニポンでは、今年になってから、毎日100人前後、2月の第1週までに4000人近い国民が生活苦から自殺してるのだ。こんな状況なのに、今の政府はと言えば、フロッピー麻生の二転三転するトンデモ発言のイイワケと、世界中に大恥を晒したアル中のイイワケに終始してて、国民のことなんてホッタラカシだ。だから、自民党のバカボンたちに政治ゴッコをさせるのは、世の中が平和になってからにしてもらって、緊急時の今は、1日も早く解散総選挙をしてもらって、国民が選んだマトモな政治家にマトモな政治をやって欲しいと思う今日この頃なのだ。
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「中川財務相が風邪薬のせいと釈明」(世田谷通信)
14日、イタリアのローマで開催されたG7(7カ国財務相・中央銀行総裁会議)に出席した中川昭一財務相兼金融担当相が、会議後の記者会見で、ろれつが回らずに泥酔しているような様子であったことに関して、16日朝、中川財務相は「風邪薬を飲んだら効き過ぎてしまい、あのような状態になってしまった」と釈明した。また「酒は飲んでいなかったのか」との質問には、初めは「あのような場だから付き合いで飲んだ」と答え、「酒が原因ではないのか」との質問には「私は酒が強いので酒が原因ではない」と答えた。しかしその後の質問には「会見が終わってからは飲んだが、会見の前には飲んでいない」と、先ほどとは矛盾する回答をした。テレビで会見の様子を見た都内の大学病院の内科医(56)は「市販の風邪薬は成分の含有量に規定があるため、正しい用法で服用すればあのような状態にはならない。本当に風邪薬によるものであれば、少なくとも規定量の5倍から10倍の量を服用しなければならない」とコメントしている。また「本当に風邪薬を飲んだだけであのような状態になったのであれば、同じ薬を服用する一般の人が事故を起こす可能性もあるので、何という製薬会社の何という風邪薬をどのくらい飲んだのかを明確に説明する責任がある」と続けた。(2009年2月16日)
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今の子供って、家族で旅行に出かけても、ニンテンドーDSだのPSPだのを持ってって、どこへ行ってもゲーム機の画面から目を離さないらしい。お父さんの運転する車でドライブに行っても、外の景色を観ないで、車内でずっとゲームをしてるそうだ。あたしが子供の時って、電車やバスに乗っても外の景色ばっかり観てたけど、今の子供は、電車やバスに乗っても、すぐにゲーム機を取り出すそうだ。酷い例になると、家族で食事をしてる最中にも片手にゲーム機を持ってる子供もいるそうだし、テレビを観ながらゲームをしてる子供もいるそうだ。だから、あたしが子供のころは、テレビばっかり観てて叱られる子供が多かったけど、今は、テレビよりもゲームばっかりしてて叱られる子供のほうが多いそうだ。
もちろん、あたしもテレビは大好きだったけど、それ以上に本が好きだったから、テレビをずっと観てて叱られることはなかったけど、夜遅くまで本を読んでて叱られることが多かった。「叱られる」って言うか、あたしの母さんの場合は、やさしく「もうそろそろ寝なさいね」って言うだけなんだけど、お布団に入って、枕元の電気スタンドをつけて、枕を抱えるようにうつ伏せになって、夢中になって本を読んでたあたしは、完全に本の中の世界に入り込んでるワケで、母さんのそのヒトコトで、現実の世界へと引き戻されるから、すごく残念だった。
それで、あたしは、他のことなら何でも母さんの言うことをきいてたんだけど、この時だけは、「あと5分だけ!」とか「あと2ページだけ!」とかってワガママを言ってた。だって、読書を途中でやめる時って、ちょうどいい「区切り」ってもんがあるのに、母さんが「もうそろそろ寝なさいね」って言うのは、いつでも「あたしが夢中になってる時」だったからだ。それで、あたしは、慌ててパラパラとページをめくり、今読んでる場所から一番近い「区切り」を見つけて、「ここまで読んだら寝るから」って言うんだけど、母さんの了解を得てそこまで読むと、どうしてもその続きが読みたくなっちゃう。だけど、約束は約束だから、仕方なく電気スタンドを消して寝ると、その続きが夢の中で始まる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、今でこそ「停電」なんて数年に1回くらいしか起こらなくなったけど、あたしが子供のころって、年に何回かは起こってた。だけど、たいていは台風が来た時で、前もって懐中電灯やローソクを準備をしてたから、慌てることはなかった。あたしは、テーブルの上に並べられた懐中電灯やローソクを見て、はやく停電にならないかってワクワクしながら、外のゴーゴー唸る風の音を聞いてた。それで、停電にならないとガッカリして、母さんに頼んで、電気を消してローソクをつけさせてもらったり、懐中電灯でフスマや天井を照らしたりして遊んだことを覚えてる。
10年以上も前だから、一字一句までは正確じゃないと思うけど、「お~いお茶」の缶に書いてある新俳句大賞の入選句で、「水道をひねれば水が出る日本」とかって句があった。この句の「水」とおんなじで、あたしの世代のニポン人は、水も電気も「あって当たり前」のものとして育って来た。生まれた時から、蛇口からは水が出て、スイッチを入れれば電気がつく中で暮らして来た。つまり、今のニポン人にとっては、電気がつくのが「日常」で、電気がつかないと「非日常」になる。だからこそ、子供のころのあたしは、いつもとは違う「非日常」に身を置くワクワク感を「停電」に求めてたんだと思う。
今どきの女子高生とかに「もしもケータイがなくなったらどうしますか?」ってインタビューしてるのを観ると、必ず「絶対にムリ!」とか「死んじゃう!」とかって答えてるけど、これは、モノゴコロついた時からケータイのある生活をして来たからで、ケータイが「あって当たり前」になってるからだ。あたしの場合は、中学、高校、専門学校とケータイなんかなくて、進んでる子がポケベルを持ってるくらいだった。そして、あたしが初めてケータイを持ったのは、20才を過ぎて社会人になってからだった。
だから、あたしは、十分にケータイのない生活をして来たし、今でも、別にケータイがなくても「絶対にムリ!」とか「死んじゃう!」とかってことにはならない。もちろん、今は、お仕事の連絡でケータイは必要だけど、それは世の中がそうなったからで、あたし自身がケータイに依存してることとは違う。だから、もしもあたしが働く必要のない中学生や高校生だったとしたら、それこそケータイなんかなくても普通に生活できると思う。
‥‥そんなワケで、人間てものは、ものすごく勝手な生き物で、自分が生まれた時からあるものに対しては、「あって当たり前」って思っちゃってて、それを失うまでアリガタミに気づかない。だから、そのアリガタミを気づかせるためなのか、現代文明の便利さを再確認させるためなのか、いろんな団体が、江戸時代の庶民生活を体験させる企画を行なってる。あたしは参加したことがないので、報告のレポートとかテレビとかでしか観たことがないけど、電気もガスもない場所で、2泊3日とかのスケジュールで、すべて江戸時代とおんなじ暮らしをするそうだ。
で、その日程が終わったあとの感想を聞くと、参加者のほとんどが「何よりも不便を感じたこと」として挙げるのが、「電気がない」ってことなのだ。だけど、これは、あたしたちが、生まれた時から「電気があって当たり前」の生活をして来たからで、電気なんてものが発明されてなかった時代の人たちは、逆に、「なくて当たり前」だったワケだ。
じゃあ、電気がなくて当たり前だった江戸時代の人たちは、夜の「照明」をどうしてたのかって言うと、そりゃあ、「部屋とワイシャツと私」‥‥じゃなくて、「ローソクとムチとモズレー会長」‥‥じゃなくて、「ローソクと行灯(あんどん)とお月さま」に決まってた。だけど、当時は、ローソクってものすごい高級品だったし、行灯の油も高級品だった。だから、唯一無料だったお月さまが煌々と照ってる夜は、何とか月明かりを頼りに行動することもできたけど、曇ってたり雨が降ってたりしたら、お家の中だけじゃなくて、世の中がぜんぶ真っ暗で、外の厠(かわや)へ行くにもチョウチンとかが必要だった。
今なら、曇ってても雨が降ってても、一歩外へ出れば、街灯だの他の家だのお店だの自販機だのって、街は灯りであふれてる。だから、夜、出かける時に、懐中電灯なんか持ってく人はいないし、たとえ自分のお家が電気料金の滞納で真っ暗だったとしても、ドアを開けて外へ出れば、世の中は明るい。だけど、電気そのものがなかった江戸時代には、お月さまの出てない夜に外へ行く時は、必ずチョウチンを持ってかないと、どこもかしこも真っ暗だったから、マトモに歩くこともできなかったのだ。
‥‥そんなワケで、今とはまるで別世界みたいだった江戸時代なワケだけど、好きなだけ行灯でお部屋を明るくしてられたのは、お殿様とか大店(おおだな)のご主人とか庄屋さんとかの限られたお金持ちだけだったし、高級なローソクをジャンジャン使えたのは、吉原の遊郭だけだった。世の中の99%の一般人にとっては、ローソクなんて高嶺の花だったし、ローソクよりは安い行灯の油にしても、ものすごい高級品だった。行灯の油は、菜種油、つまり、菜の花の種を搾った油を使うんだけど、それまでよりは値段が下がって何とか庶民の手が届くようになった江戸時代でも、お米の4倍もしたのだ。
江戸時代って言っても長いから、お米の値段もいろいろと変動してるんだけど、一例として文化年間の相場をあげると、お米が1升100文だったのに対して、菜種油は1升400文だった。で、このころは、お米自体も高級品だったから、白いご飯が食べられない人たちもいっぱいいた。今でこそ、「雑穀飯」なんて言って、アワだのヒエだのを混ぜたご飯をヨケイなお金まで払って食べてるオメデタイ人たちもいるけど、昔はお米が買えない人たちが、少しでもご飯のカサを増やすために仕方なく雑穀を混ぜてたのだ。
で、当時の1文て言うと、これも諸説があるんだけど、平均すると現在の30円くらいになる。だから、当時の「一文無し」って言えば、現在の「30円も持ってないヤツ」ってことになる‥‥なんて話も織り込みつつ、この換算率で計算すると、お米が1升3000円だったのに対して、菜種油は1升12000円だったってことになる。1升ってのは1.8リットルなんだから、お米もメチャクチャに高いし、菜種油に至っては、とてもじゃないけど手が出ない。1.8リットルで12000円てことは、1リットルで6700円てワケで、現在の灯油やガソリンの値段と比べると、ものすごい金額だ。
だから、多くの庶民は、菜種油の代わりに、3分の1の値段で買える魚油を使ってた。これは、イワシとかクジラとかを搾って作った油で、簡単に想像できるように、燃やすと鼻が曲がりそうなほど臭かったそうだ。だから、お金持ちが菜種油オンリーだったのに対して、庶民は魚油と菜種油とを併用してた。通常は臭いをガマンしながら魚油を使ってて、ココ一番で菜種油を使うって感じだったのだ。「鍋島の化け猫」のお話にも出て来るけど、昔から化け猫って行灯の油をペロペロとなめる。こうした描写が生まれたのも、日常的には魚油を使ってたってことなのだ。
だけど、安いほうの魚油にしたって、1升で4000円もするんだから、食用として使うんなら何ヶ月も持つだろうけど、燃料として使ったらすぐになくなっちゃう。だから、当時の人たちは、できるだけ使わないように節約してて、どうしても必要な時にだけ灯りをつけたり、コマメに消したりしてた。そして、カンジンの行灯のほうにも、芯をつたって外に垂れる油を受けるための受け皿がついてて、1滴もムダにしないように、ちゃんとリサイクルしてたのだ。
‥‥そんなワケで、お仕事中に給湯室とかでおしゃべりしてると、通りかかった上司から、「こんなとこで油なんか売ってないでちゃんと仕事しろ!」なんて言われちゃうけど、この「油を売る」ってのは、江戸時代に行灯の油を売り歩いてた人のことなのだ。当時は、油売りが大きなカメをかついで、それぞれの家に売りに来た。で、油を升(ます)で量り売りをするワケだけど、升で量った油をお客のカメに移す時に、油は水よりも粘度が高いから、いつまでもポタポタと雫が垂れてる。お客としては、値段が高くて1滴もムダにしたくない油なんだから、買う時だって1滴でも多く欲しい。
お客が納得するまで、升から1滴も雫が垂れなくなるまでには、それなりの時間がかかる。だから、油売りは、その時間、お客と立ち話をして時間を潰す。その様子が、他の人から見れば、仕事をサボッて世間話をしてるように見えたってことだ。だから、この「油を売る」って言葉のホントの意味は、「仕事をサボッてるように見えて、実はちゃんと働いてる」ってことになる。
ま、買うほうにしても売るほうにしても、それほど油ってものが大切だったってワケで、「早起きは三文の得」ってコトワザも、ここから来てる。早起きすれば、お日さまが出てる明るいうちに片づけられる仕事や用事が増えるから、そのぶん、夜になってから油を使って夜なべ仕事をしないでも済むってことで、その油の金額が、三文ぶん、つまり、約100円の節約になるってワケだ。
でも、こんなに大切に使ってた油だけど、行灯は、今からは想像もできないほど暗かった。かつての明るさの単位で「燭光(しょっこう)」てのがあるんだけど、これは「蝋燭(ろうそく)」の「燭」から来てて、1燭光がローソク1本ぶんの明るさってことだ。で、行灯の明るさがどれくらいだったのかって言うと、行灯のタイプにもよるけど、「0.2~0.5燭光」だって言われてる。つまり、一番明るい行灯でも、1本のローソクの半分ほどで、中には、1本のローソクの5分の1しか明るくない行灯もあったってワケだ。で、この「0.2~0.5燭光」ってのをもっと分かりやすく言うと、現在の60ワットの電球の100分の1~50分の1ってことになる。
‥‥そんなワケで、今の貨幣価値で、1リットル6700円もする油を使って、ココ一番で火をつけてた行灯が、こんなにも暗かったのだ。一説には、手元に行灯を置いても、針に糸を通すのがやっとだったって言われてる。それでも、江戸時代の庶民にとっては、ものすごく貴重な「灯り」だった。そして、庶民が節約しながら使ってた魚油の3倍もの値段がした高価な菜種油よりも、さらに高価だったローソクがいくらだったのかって言うと、ちょっと大きなものが、1本200文もした。だから、さっきの換算率だと、1本6000円てことになる。
菜種油が1升400文だから、ローソク2本と菜種油1升がおんなじ値段になる。ローソクだって、つけたり消したりしながら使えば何日かは使えると思うけど、トータルで使える時間を考えたら、ローソク2本よりも、菜種油1升のほうが、遥かに長いだろう。当時、日暮れから寝るまでに庶民が使った油の量は、平均して「5勺(約90ミリリットル)」って言われてる。つまり、1升(1.8リットル)で、20日間も行灯が使えたのだ。だけど、ローソク2本じゃ、どんなにコマメに消したりしても、サスガに20日間は持たないだろう。だけど、ローソクは、1本で1燭光の明るさがある‥‥って、これは当り前か(笑)
現代のあたしたちからすれば、SMの女王様以外には、それこそ停電になった時とお誕生日くらいにしか使わないローソクだけど、電気のなかった江戸時代には、庶民には手が届かないほどの高級な灯りだったワケで、逆の意味で、1年に1回のお誕生日くらいしか使うことのできない高級品だったってワケだ。そう言えば、何年か前に、会津若松へ旅行に行った時に、あたしは、どうしても「絵ろうそく」が欲しかったから、有名な「小澤ろうそく店」に行ったんだけど、あたしのハートにグッと来た太くて長くて立派なものは3000円以上もして、貧乏旅行だったあたしが買えたのは、1000円くらいの小さいやつのセットだった。でも、何の絵も描いてないローソクが6000円もした江戸時代のことを思えば、あんなにステキにローソクが3000円だったんだから、ムリしても買ってくれば良かった。
ま、あたしのメンソレタームジャーニーのことは置いといて、客観的に江戸時代のことを考えてみると、当時、世界一の人口を誇ってた百万都市の大江戸でさえ、夜になれば真っ暗だったってことになる。だから、時代劇で、悪代官と越後屋が、夜にどっかのお座敷で芸者をあげてドンチャン騒ぎをしてるけど、アレだって、ホントはもっともっと薄暗くて、相手の顔もボンヤリとしか見えなかったのだ。唯一、たくさんのローソクを惜しげもなく使ってた吉原の遊郭だって、所詮はローソクなんだから、現代と比べたら、遥かに薄暗かったハズだ。それでも、当時の最高の灯りであるローソクをふんだんに使ってたんだから、電球や蛍光灯の灯りを見たことのない当時の人たちにしてみれば、夜の吉原は眩しいほどの明るさだったんだと思う。
今は、ローソクを「1本」「2本」て数えるけど、昔は「1挺(ちょう)」「2挺」って数えてた。これは、人が手に持って使う細長いものや、乗り物を数える時の単位で、畑で使う「鍬(くわ)」や「鋤(すき)」、舟を漕ぐ「櫓(ろ)」、他にも、墨、包丁、そろばん、鉄砲、三味線、バイオリンなんかを数える時に使う。乗り物だと、駕籠(かご)や人力車に使う。ちなみに、「二丁拳銃」とかって書くことがあるけど、この「丁」は、あくまでも代用漢字で、正確に書く場合は、「二挺拳銃」って書かなきゃならない。
で、ローソクも、昔は「1挺」「2挺」って数えてたワケで、江戸時代には、最後の1本になったローソクのことを「一挺蝋(いっちょうろう)」って呼んで、すごく大切にしてた。2本以上あれば、もしも今使っても、まだ予備があるワケで、急に必要になっても困らない。だけど、最後の1本になると、それを使っちゃったら終わりだから、こうした特別な呼び方をして、すごく大切にしてたってワケだ。一番大切にしてる高価な服のことを「一張羅(いっちょうら)」って言うけど、これも、この「一挺蝋」から派生した言葉なのだ。
‥‥そんなワケで、わずか300年前の江戸時代には、お金持ちでさえ、たった1本のローソクを大切にしてたワケだし、庶民に至っては、たった1滴の油を大切にしてた。それも、菜の花から作った菜種油をだ。SF作家で江戸文化研究者の石川英輔さんは、江戸研究シリーズの中の「大江戸リサイクル事情」で、「江戸のあかりは去年の太陽だった」って書いてる。これは、「去年の太陽を浴びて育った菜種から、今年の夜を照らす行灯の油が作られてた」ってことなのだ。だけど、現代では、化石燃料を掘りまくり、地球上のすべての生物を全滅させるほどの原発まで稼働して、電気を作り続けてる。そして、その電気を使って何をしてるのかって言えば、お日さまが出てる明るい昼間に、企業から一般家庭までが数えきれないほどの灯りをつけてるのだ。江戸時代には、お日さまの出てる明るい昼間に、貴重な油を使って行灯を灯してるようなバカのことを「昼行灯」て呼んだけど、そしたら、昼間から電気を使いまくってる現代のあたしたちは、全員が大バカってことになる。ま、最初に書いたように、あたしたち人間は、自分が生まれた時からあるものに対しては、「あって当たり前」って思っちゃって、それを失うまでアリガタミに気づかないし、感謝の気持ちも持たない。だけど、そろそろ、あたしたちも、この「あって当たり前」って考えを改めないと、電気だけじゃなくて、もっともっと昔からあった「空気」や「水」、そして、この「地球」までも、失うことになると思う今日この頃なのだ。
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「中川財務相に飲酒による健康不安説」(世田谷通信)
14日、イタリアのローマで開催されたG7(7カ国財務相・中央銀行総裁会議)に出席した中川昭一財務相兼金融担当相は、会議後に日銀の白川総裁と記者会見に臨んだが、その様子が異常であったことが波紋を呼んでいる。会見に臨んだ中川財務相は、目はうつろで、ろれつも回らず、記者からの質問にも支離滅裂な回答を繰り返すなど、まるで泥酔しているかのような様子であった。白川氏に対する質問を自分への質問と勘違いして口をはさんだり、自分への質問には言葉をつまらせたり、白川氏の発言中には横で居眠りをしたりと、その異常な様子に会場は騒然とした。中川氏は過去にも泥酔している場面をテレビで中継されており、1月28日の衆院本会議では短い原稿を26箇所も読み間違えるなど、以前から囁かれていた「飲酒による健康不安説」が再浮上している矢先の出来事であった。また今回の中川財務相の異常な様子は、AP通信によって全世界へと配信された。(2009年2月15日)
「泥酔しているような様子で会見する中川財務相」
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今日はバレンタインデーなので、まずは、嬉しいメールをご紹介する。
お名前:MM
コメント:きっこさん、こんばんは!初めてメールさせていただきます、目黒区在住のアラサーOLです。きっこさん、ついに出ました!今日、ナンバーズ3で「031」が出ました!去年の11月に、きっこさんが「1」「3」「0」の数字が頭に浮かんだと書いていましたが、私は「ふーん」という感じでした。でもその後に、この数字の番号のパチンコ台が大あたりしたと書いてましたし、以前にもきっこさんの言った4桁の数字でナンバーズ4を当てた人のメールが紹介されてましたので、私もきっこさんの不思議な力に期待してナンバーズ3を買ってみることにしたのです。でも毎日買い続けることはできないので、この数字に関係した日だけ買うことにしました。12月13日は土曜日で休みだったので、今年になってから1月13日と1月30日に買いました。1月30日はあたりそうな気がしたのですが駄目でした。そして今日2月13日、前回と同じに「130」だけ買おうと思ったのですが、この前の日記に「倒置法」のことが書いてあったのを思い出して、今日は数字を「倒置法」にして「130」の他に「013」「031」の3パターンを買ってみたんです。そうしたらナナナナナント、「031」が大あたりです!!そして驚くことに賞金が「111300円」だったんです!13日に買ったナンバーズ3の「031」が「111300円」なので、全部「1」「3」「0」の組み合わせなんです!それに私がナンバーズ3を買ったのは今日が3回目なんです!こんなに「3」だらけだと世界のナベアツだったら大変ですね(笑)きっこさんを信じて本当に良かったです!有難うございました!また何かの数字が浮かんだら、ぜひ日記で教えてくださいね。それから最後になりましたが、お母様の手術の成功、おめでとうございます。これからも楽しい日記を宜しくお願いします!
Mさん、やりましたね!ホントにおめでとう♪‥‥ってなワケで、4ケタのナンバーズ4でも、去年、「5070」を当てた人が3人もいたから、今回は、もっとたくさんいそうなんだけど、今のところ、当たったってメールは、このMさんだけからしか届いてない。もしかしたら、「130」は買ってても、このMさんみたいに数字の並びまで工夫して買ってた人は少ないのかもしれない‥‥なんて思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、続いては、残念だった人からのメールをご紹介する。
お名前:0i
コメント:いつも貴重な情報やグッとくる文章、ありがとうございます。特に、1月30日の日記は涙なしに読めませんでした。2月7日の『「正義」という免罪符の幻想』も大変興味深く読ませていただきました。 ところで、メールが殺到しているかもしれませんが、ご報告させていただきます。1,3,0の謎が(私としては)解けました。昨日2月13日 「13日の金曜日」に「ナンバーズ3」で「031」(倒置法?)がキター。でなんと当選金が111.300円という、全部1,3,0づくしでした。0507の時は「七夕」だったので、今回も暦の上で何かの日に来るだろうと思いましたが、「13日の金曜日」だったとは「上手い」と唸ってしまいました。前日に139が出ていて、3188の時のように「前日に一つ違いの数字が出る」という鉄則も守られておりました。私としては1月30日に出るかなと思っていたので、買い逃しました。おそるべしサイキッコ。本日の日記も凄いですね。今後とも楽しみにしています。
‥‥う~ん、この0iさんは、日にちも数字に関係してることとか、「倒置法」とか、「1月30日に出るかなと思っていた」とか、「全部130尽くし」とか、ほとんどMさんとおんなじポイントを押さえてたのに、残念ながら買わなかった。ホントに残念だ。でも、HKさんて人から届いたメールには、ロト6で「01、03、10、13、30、31」を買い続けてるって書いてあったから、HKさんと比べたら、0iさんのほうが正解に近いノリだったと思う。
で、あたしとしては、ミゴトに当てたMさんの、13日に買ったナンバーズ3の「031」が「111300円」で、その上、ナンバーズ3を買ったのが昨日で「3回目」っていう「3尽くし」に興味を持った。それで、あたし自身が、いつ「130」のことを日記に書いたのか過去ログを調べてみたら、去年の11月14日の日記、「女性の権利」の中だった。それで、ハッと気づいたんだけど、Mさんか大当たりした昨日の2月13日って、あたしが日記に書いた11月14日から、ピッタリ「3ヶ月後」じゃん!
そして、たしか他にも「130」のことを書いたと思って調べてみたら、去年の12月3日の日記、「いさおパワー降臨?」に、「130」を「いさお」って語呂合わせして書いてたのだ。そう、「3日」だ。その上、「12月3日」ってことは、倒置法風味に順番を入れ替えたら「2月13日」になるぞ! どひゃ~!
さらには、今、この日の日記をリンクするために、タグにURLをコピーしてて気づいたんだけど、「12月3日」って、URL上では「1203」って表示されてた。つまり、「2月13日」って意味だけじゃなくて、この中に「130」も含まれてたのだ!のだ!のだ!野田聖子はアムウェイの広告塔!‥‥とか言ってみつつ、あまりの偶然の連発に、あたしは、鳥肌実の枕元に夏みかんを4個、置きたくなっちゃったよ(笑)
それにしても、何度も何度も「130」のことを日記に書いたのなら、そのうちの1つか2つの日記の日付が、タマタマ「3」に関連してるってこともあるだろうげど、過去にたった2回しか書いてなくて、その両方がこんなに関連しちゃってたなんて、とても「偶然」なんて言葉じゃ片づけられない‥‥って、えっ? 「過去にたった2回しか」ってことは、今日の日記が「3回目」じゃん! なんか、逆に、気味悪くなってきちゃったよ‥‥。
‥‥そんなワケで、あまりのミラクルに気持ち悪くなってきちゃったから、ここでサクッと車線変更して、あたしにとっての嬉しいことを書こうと思う。実は、11日の夜、及川奈央ちゃんのブログにアクセスして10日付の日記を読んでたら、突然、あたしの名前が出て来たから、あたしは幻覚でも見てるんじゃないかと思って、マンガみたいに目をゴシゴシとこすってみた。で、もう一度見てみると、やっぱりあたしの名前が書いてあったから、ここで改めてビックル一気飲みしちゃったのだ。
どんなことなのかって言うと、あたしは、こないだ、「炎神戦隊ゴーオンジャー」が最終回を迎えたことに合わせて、あたしの大好きな及川奈央ちゃん扮するケガレシアのことを書いた。2月9日の日記、「ケガレシアの最期」だ。そしたら、それを読んだトモジローさんて人が、奈央ちゃんに伝えてくれたようで、奈央ちゃん本人が、あたしのブログを読んでくださったのだ。だから、10日付の「奈央の日記」には、トモジローさん宛てのコメントとして、こんなふうに書いてあった。
トモジローさん
教えていただき有難うございました。きっこさんの素晴らしいblog、有り難く拝読させていただきました。ぅぅ感動。。。(TOT)恐縮です。これからも頑張ります!
‥‥ああ、奈央ちゃん本人があたしのブログを読んでくれて、その上、喜んでくれたなんて、カレーを食べた秀樹じゃなくても感激だぜ! あたし的には、数多くいる「炎神戦隊ゴーオンジャー」の関係者さんの中の誰かが、タマタマあたしの日記を読んでくれて、その人が奈央ちゃんに伝えてくれて、ずっとしてから読んでくれる可能性もあるかな?‥‥ってレベルのプチ期待はしてた。そう、児島玲子ちゃんがあたしの日記を読んでくれたのも、タマタマあたしの日記を目にした関係者さんが、玲子ちゃんに「きっこの日記」の存在を伝えてくれたことが発端だったからだ。
だから、いつの日にかは、奈央ちゃん本人が読んでくれることもあるかも?‥‥って思ってたけど、マサカ、書いた翌日に読んでくれたなんて、あたしは、あまりのラッキーに、クッキーを食べながら八代亜紀の歌でも聴いてみようかと思っちゃった。とにかく、トモジローさん、ホントにありがとうございました♪
‥‥そんなワケで、奈央ちゃんは、今日はイベントのお仕事で長崎県のパチンコ屋さんへ行ってる。11時から「ケイズプラザ大村店」、14時30分から「ケイズプラザ大橋店」だった。だから、今日は、奈央ちゃんからチョコをもらったパチンカーも多かったと思うけど、サスガに長崎県まで行けないあたしは、「ケイズプラザ大村店」のホームページを見てみた。そしたら、「バレンタイン特別企画」として、「及川奈央がチョコを手渡し」とか「及川奈央とゲーム大会」とか「及川奈央と握手&サイン会」とか「及川奈央と記念写真撮影」とかって、おちおちパチンコも打ってらんないような刺激的な企画がメジロ押しだった。
今日、長崎県の「ケイズプラザ大村店」か「ケイズプラザ大橋店」に行った人、ウルトララッキーだったよね。つーか、開店前から「ケイズプラザ大村店」に並んでて、イベント終了と同時に、午後からの「「ケイズプラザ大橋店」に移動した人も多かったのかな? で、整理券がなくて、人ゴミの後ろからピョンピョン跳ねながら見るだけだったとか。
そう言えば、あたしも、何年か前のバレンタインデーに、川崎のパチンコ屋さんで打ってたら、突然、アナウンスが流れて、メイドの衣装を着た女の子がチョコを配りに来て、女のあたしにもくれたことがあった。あとからポスターを見たら、グラビアアイドルのナントカちゃんとカントカちゃんの2人が来てたみたいなんだけど、あたしは、どっちも名前を知らなかった。それに、パチンコに夢中だったから、顔もちゃんと見なかった。
でも、昔、「海」のイベントでミスマリンちゃんの大久保真理子ちゃんが来た時には、シッカリと握手して、「応援してるからがんばってね!」って言ったら、すごく可愛い笑顔で「はい!ありがとうございます!」って言ってくれた。あの時は、パチンコよりも真理子ちゃんだったな、あたしの中の優先順位のテンビンは(笑)
‥‥そんなワケで、今日はバレンタインデーだったから、おめでたい話題や嬉しい話題をツラツラと書いて来たけど、バレンタインデーってのは、もともとは悲しい日なんだよね。今から1600年も前のローマで、結婚を禁止した当時のバカ皇帝、クラウディウス二世に反発して、愛し合う恋人たちを隠れて結婚させてたキリスト教のバレンチノ司祭が、処刑された日なんだよね。ま、その辺のことは、2005年2月13日の日記、「聖バレンチノ司教の憂鬱」に詳しく書いてあるから、興味のある人は読んでみて欲しい‥‥って、おおっ! 「2月13日」って、Mさんがナンバーズ3を当てた日じゃん!‥‥ってワケで、最後まで「130」のミラクルが続いてたみたいな今日この頃なのだ。
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先ほどお知らせした、今朝の5時からQVCの通販番組に「マリンプラセンタ28」の宣伝で生出演した荒木師匠ですが、現在はメディアプレイヤーで動画が観られますので、早朝から全身ピンクで踊る荒木師匠の勇姿をお楽しみください♪
動画はこちら♪
http://ecst.qvc.jp:8080/product/489187.asx
ちなみに、あたしも「マリンプラセンタ28」を飲んで、お肌がプルプルになった上に、バストが1カップも大きくなったので、興味のある人は荒木師匠のブログもご覧くださいね!
「荒木師匠のブログ」
http://blog.arakishishou.net/?day=20090213
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今年のお正月は、海外では「イスラエルによるガザ市民の大量虐殺」、国内では「大企業による派遣労働者の大量クビ切り」で幕開けした。そして、ついこないだまで、派遣切りの問題が連日報道されてたのに、今や、派遣切りの「ハ」の字も耳にしない。テレビをつければ、どのチャンネルでも、ギリはギリでも「派遣ギリ」より「義理チョコ」って言葉を多く聞く。ようするに、「ノドモト過ぎれば~」ってヤツで、一般の多くの人たちにとっては、ガザ地区で子供や女性が何百人殺されようが、所詮は「対岸の火事」なんだし、何千人、何万人の派遣労働者がクビを切られて路頭に迷おうが、所詮は「他人ゴト」なんだろう。
そして、カンジンの政権与党の自民党はと言えば、国民のことなんかホッタラカシで、どうでもいい「郵政民営化」のことなんかでスッタモンダと大騒ぎしてる。売国奴のコイズミまで登場しちゃって、モリヨシローの書いたシナリオ通りの三文芝居を披露して、バカなマスコミを賑わしてる。で、「何で今ごろ郵政民営化なの?」って言えば、それは、モリヨシローとベッタリ癒着してる経団連の御手洗冨士夫を守るために、キヤノン関連の裏金報道から国民の目をそらすためだ。
キヤノンの工場建設にともなって、30億円を超える巨額の裏金を受け取り、そのほとんどをキヤノンとトヨタの株に替えて、親族の名義で隠し持ってたことが発覚した、コンサルタント会社「大光」の社長、大賀規久は、ダンボール箱に何十箱もの動かぬ証拠がマウンテンなのにも関わらず、分厚いツラの皮で平然と「受け取っていない」と容疑を否認してるという。そして、友人である大賀の逮捕を聞いた御手洗のほうも、「友達が起こした事件なので非常に遺憾に思っているが、私もキヤノンもまったく関係ない」って、あまりにもシラジラシイことをノタマッてる。この恥知らずな守銭奴どもの往生際の悪さにも呆れ返るけど、それよりも、あたしは、御手洗の顔を見るたびに、自民党の肥大なるイエスマンの武部勤と区別がつかなくなる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、仮にも経団連の会長って立場でありながら、自分の親友が、自分の名前を使って、自分の立場を利用して、長年に渡って莫大な裏金を手にして来たって言うのに、それに対して「私は関係ない」って、あまりにも「おいおいおいおい!」って気がする。で、まずは、今回の主役の大賀規久(65)と、御手洗冨士夫(73)との関係についてザクッと解説しとくけど、この2人は、大分県佐伯市の同郷で、子供のころからの友人だ。
何しろ、御手洗冨士夫の叔父でキヤノン創業者の故・御手洗毅元会長と、大賀規久の父親とは、無二の親友だったのだ。つまり、親の代からの知り合いってワケで、逮捕された大賀規久が「御手洗会長とは200年の仲だ」ってうそぶいてるのも、まんざら嘘じゃない。で、もうちょっと正確に言うと、御手洗は、大賀規久の兄と親友だったのだ。県立佐伯鶴城高校に通ってた御手洗は、同級生で親友の大賀くんの家に遊びに行った。そしたら、そこにいたのが、大賀くんの幼い弟、のり坊(規久)だったのだ。
つまり、数十年後に、冷血非道な派遣切りを連発する御手洗冨士夫と、悪質極まりない巨額の脱税事件を起こす大賀規久とは、御手洗が高校1年生、大賀が小学校2年生の時に知り合ってたのだ。そして、のり坊は、どんどん成長して、御手洗とおんなじ県立佐伯鶴城高校に入学するころには、身長180cmの立派な体格になってて、ラグビー部へと入部する。そう、ラグビーと言えばモリヨシローってワケで、いい年こいても取材の記者に暴言を吐いたり乱暴な態度をとるモリヨシローの野蛮さと、逮捕されても憮然とした表情で容疑を否認し続ける大賀のふてぶてしさには、あまりにも共通するイメージが満載だ。
そして、大きな体を活かしてラグビー部へ入部したのり坊だったけど、その脳みそもモリヨシロー並みのお粗末さだったようで、2年生の時に暴力事件を起こして退学になった。そんなことからも、地元では「暴れん坊」で名前が知れ渡ってたのり坊だけど、20才になったころから、実家が始めた建材店で働くようになった。そして、御手洗の親類の県議会議長、長田助勝のカバン持ちも始めて、少しずつ人脈を築き始めたのだ。だから、今回、長田助勝(80)も一緒に逮捕されたけど、コイツとも45年の付き合いってことになる。御手洗本人とは55年の付き合い、御手洗の親類とも45年の付き合いってことになる。
のり坊の兄は、御手洗の同級生だったって人脈を利用して、御手洗と一緒にキヤノンの前身のキヤノンカメラに入社した。そして、それ以来、半世紀以上に渡り、御手洗家と大賀家とは、文字通り、家族ぐるみの付き合いが続いて来た。のり坊の兄は、実家の工務店「日建」を継ぐために、途中でキヤノンを退社したけど、それからも、さらなる付き合いが続いてった。その証拠に、御手洗がキヤノンの社長に就任してからは、御手洗は次々と「日建」に仕事を発注して来た。新宿のキヤノン本社の内装工事などもすべて「日建」だけに発注したり、御手洗自身の横浜の邸宅も「日建」に建てさせたのだ。
一方、弟ののり坊はと言えば、「御手洗について行けば甘い汁を吸える」とでも思ったんだろう。執拗なほどのタイコモチ生活を続けて来た。どれくらいのタイコモチだったのかって言うと、たとえば、御手洗がゴルフに行くって言えば、のり坊はすぐにゴルフ場を手配をして、送迎の車まで用意した。御手洗がどこへ行く時も付き添い、周りの人たちはみんな、のり坊のことを御手洗の私設秘書だと思ってたほどだ。そして、そんな関係性を利用して、のり坊は、御手洗に頼んで、自分の長男をキヤノンに入社させてもらう。2003年に行なわれたこの長男の結婚式には、すでにキヤノンの会長に就任してた御手洗が出席して、こうアイサツした。
「私は、社員の結婚式にはいっさい出ないことにしていますが、今日は特別に、新郎の親父の友人として出席しました」
こんな感じだから、のり坊と御手洗との癒着は、今どきの言葉で言えば「ハンパない」ってワケで、あまりにもディープすぎる。たとえば、大賀の実家の道路をはさんだ向かいには、「キヤノンシステムアンドサポート」の佐伯サービスセンターがあるんだけど、この建物と土地は、のり坊が役員をつとめる法人の名義になってる。他にも、のり坊が代表をつとめる内装工事会社や警備会社などは、業務のほぼ100%が、キヤノン関連の請け負いしかやってない。
‥‥そんなワケで、今回の巨額脱税事件だけど、東京地検特捜部は、すでに数年前から目をつけて、捜査を続けて来た。そして、容疑が固まったから今回の逮捕に至ったワケだけど、大手ゼネコンの「鹿島」や「九電工」を始め、多くの大企業を相手に、のり坊が莫大な裏金を要求することができたのは、もちろん、「御手洗会長の親友」っていう看板を背負ってたからだ。そして、キヤノン関連の事業を持って来るほうも、キヤノンの仕事にありつこうとするほうも、「キヤノンの仕事は大賀さんを通さないと‥‥」っていう暗黙の了解が出来上がってたのだ。
キヤノンの仕事が欲しい業者たちは、とにかく、のり坊に頼むしかないので、のり坊のコンサルタント会社「大光」にアイサツに行く「大光参り」が日常化してた。もちろん、手ぶらで行けるワケはないから、時代劇で言うところの「黄金色の菓子」を包んで行くワケだけど、こうしたことも、すべては「御手洗の威光」があったからできたことなのだ。
で、ここで全体の構図をフランク・ザッパに説明しとくと、まず、キヤノンが工場建設などの大きな仕事を発注して、それを「鹿島」などの大手ゼネコンが請け負う。そして、その下に、いくつもの下請け業者がぶらさがるワケだけど、ここで大手ゼネコンは「架空の下請け業者」を作り、のり坊へ渡すための裏金を作る。たとえば、鹿島がキヤノンから大きな工事の仕事を受注して、A社からE社まで5つの下請け会社に仕事を回したとする。だけど、実際には、A社、B社、C社、D社の4社だけが実在の業者で、残りのE社は「架空の下請け業者」なのだ。そして、実在する4社だけに5社ぶんの工事をやらせて、架空のE社へ支払った形のお金が、そのまま裏金として、9日に逮捕された大阪の「浪速コンサルタント」の社長、難波英雄(61)へ現金で手渡される。そして、この難波英雄が裏金の運び役となって、のり坊へと現金を届ける。現金を受け取ったのり坊は、その中から1割程度を謝礼として難波英雄へ渡す。そして、難波英雄のバックには関西のホニャララ団がついてるから、何かあればホニャララ団が動くってスンポーだ。
東京地検特捜部の調べでは、「鹿島」が約273億円で請け負った川崎市幸区の研究施設「キヤノン矢向(やこう)事業所」の建設工事を始め、大分県内の2つのキヤノンの工場建設などを巡って、「鹿島」と「九電工」は最低でも7億円以上の裏金を作り、その9割以上が現金の形でのり坊へと流れてたってことをつかんでる。そして、のり坊はと言えば、その現金を数千万円ずつに分けて都内の証券会社へ持ち込み、キヤノンの株を購入していた。これは、すべて、証券会社に記録が残ってる。
‥‥そんなワケで、のり坊の兄の会社が建てた家に住み、のり坊の兄の会社が内装工事をした本社に勤め、のり坊と一緒にゴルフに行き、のり坊の息子を自社に入社させ、その結婚式にまで出席し、文字通り家族ぐるみでディープな付き合いを続けて来た御手洗冨士夫が、これほどドロドロに癒着してるのり坊が逮捕されたトタンに、平然と「私は関係ない」だなんて、どうしたらこんなに分厚いツラの皮になれるんだろう?‥‥って思う。去年の暮れ、キヤノンの大分工場が、非正規労働者をジャンジャンとクビ切りしながら、その一方で期間行員の募集をしてたって事実が発覚した時にも、御手洗は「それは派遣会社の問題だから私は関係ない」ってノタマッてたけど、ここまで来ると、人間国宝にでも指定したいほどの無責任オヤジだよね、まったく。
で、のり坊と御手洗との癒着は、これだけじゃない。のり坊の会社「大光」が、過去に受注した事業の95%がキヤノン関連だって事実からも分かるように、単に「御手洗会長の友人」てだけじゃ、名だたる大企業を相手に、ここまで食い込むことはできなかっただろう。で、のり坊がどうしてこんなに美味しくキヤノンの事業に食い込むことができたのかって言うと、それは、のり坊のバックに大分県知事の広瀬勝貞がいたからだ。この名前は、これから捜査が進む上で、イヤでも耳にするようになると思うから、今から覚えといたほうがいいと思うけど、この広瀬勝貞って男も、御手洗とベッタリ癒着してる。
たとえば、のり坊の「大光」の本社やキヤノンの大分工場の社員寮6棟が建ってる2万平方メートル近い広大な土地は、もともとは大分県が所有する県有地だった。そして、のり坊は、まだこの土地の売却計画を県が発表する前に、周辺の土地の半値以下で県から購入してるのだ。ホントなら、県が売却計画を発表して、そこに複数の企業なりが申し込みをして、一番高い金額を提示した相手に売却するのがスジだろう。だって、県の抱えてる赤字を補填するために県有地を売却するんだから、1円でも高く売りたいに決まってるからだ。
それなのに、ナゼか大分県は、キヤノンの御手洗の親友であるのり坊に対して、一般入札もしないで、周辺の土地が1平方メートルあたり1万8000円なのに対して、わずか7655円ていう半値以下で叩き売ったのだ。そして、のり坊は、その土地の一部に自分の会社の社屋を建て、残りをキヤノンの社員寮にしたってワケだ。ようするに、結局、甘い汁を吸ったのは、のり坊1人ってことだ。県有地ってことは、県民の財産でもあるのに、こんなやり方がマカリ通るなんて、税金を巻き上げられてる県民にしたら、たまったもんじゃないよね。
だけど、のり坊の「大光」のグループ会社には、数々の根回しメンバーが配置されてる。たとえば、のり坊が社長をつとめる警備会社「デューク」(大分市)には、大分県警のOBが少なくとも4人も雇われてる。これは、県警とのパイプを作っておくために必要な人事で、のり坊は、このパイプを使って、本来なら県警内部でしか知りえない情報も入手したり、逆に自分の要望を県警に伝えたりしてた。また、今回、のり坊と一緒に逮捕された長田助勝は、30年近くも大分県議を務めた自民党議員だし、他にも、関連会社には、元熊本国税局長の矢部龍二が監査役として名を連ねてて、のり坊とは長い付き合いがあるという。
‥‥そんなワケで、のり坊こと大賀規久は、現職の県知事だの、元県議会議長だの、元国税局長だの、県警のOBだの、大阪のホニャララ団だの、自民党森派の議員だのって、数々のパイプを利用して悪事の限りを尽くして来たワケだけど、こうしたパイプを作ることができたのも、すべては「御手洗冨士夫の親友」っていう印籠の力によるものだったワケだ。だから、今になって、御手洗が「私もキヤノンもまったく関係ない」だなんてノタマッても、そんな寝言が通用するワケがない。オムライス党の重野安正幹事長は、12日の記者会見で、「経団連の会長がトップを務める企業でこういう不明朗なことが行われた責任は非常に大きい」って指摘して、御手洗の国会招致を求める考えを示した。そりゃあ当然だろう。これほど悪質なことを長年続けて来て、いざ捜査のメスが入ったら、自分だけシランプリしちゃって、トカゲのシッポ切りで終わらせようだなんて、いくらニポンイチの分厚いツラの皮をしてる守銭奴でも、こんなデタラメは絶対に許せないと思う今日この頃なのだ。
★今日も最後まで読んでくれてありがとう♪
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今日、12日付のイギリスの「ザ・サン紙」で、マイケル・ジャクソンがまたまた鼻を整形して、そこから抗生物質の効かないMRSA(ブドウ球菌)に感染しちゃって、その菌が全身に広がって大変なことになってるって報じてる。記事では、すでに皮膚の一部が壊死してて、すぐに手術をしないとヤバいって書いてある。マスクとサングラスで顔を隠した写真も掲載されてるけど、マスクの横から覗いてる皮膚は、何だか赤いマダラになってて、ホントにヤバいみたいだ。ま、詳しくは、「Did Jacko get skin bug from nose job?(マイケルが鼻の整形で皮膚病の菌に感染したかも)」って記事を読んでもらうとして、もう、完全に病気だよね、あの人。
あたしは、別に美容整形を否定する気はないし、どっちかって言うと、あたし自身もプチ整形くらいならやってみたいと思ってる。鼻は低いし、目は離れてるし、口はデカいし、コンプレックスのカタマリだからだ。だけど、サスガに、マイケル・ジャクソンみたいに、まったくの別人の顔になりたいワケじゃない。今のままの顔で、鼻があと5mmだけ高かったらいいのに‥‥って思ってるレベルだ。そして、それは、あくまでも思ってるだけで、実際にやる気はない。たとえ、知り合いがタダでやってくれるって言っても、メスを使う美容整形はやっぱり恐い。あたしの場合は、メスを使わずに、ヒアルロン酸を注射するみたいなヤツで、それだけで何の副作用もなく鼻が高くなるんなら、やってみたいと思ってるだけだ。
だから、あたしの場合は、1に「無料」、2に「メスを使わない」、3に「絶対に副作用や後遺症がない」ってことが大前提で、できることなら、注射もしたくない。病気の治療のために注射をするのなら仕方ないけど、別に病気でもないのに注射をするなんて、いくら美しくなるためとは言え、どうしても気が引ける。やっぱり、豊胸サプリみたく、錠剤を飲むと鼻が高くなるってのが理想的だ。それも、「1錠飲むと1mm高くなる」っていうお薬なら、鏡を見ながら1錠ずつ飲んでって、「ここだ!」ってとこで飲むのをやめれば、あたしの希望する鼻の高さになると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、昔はワリと美容整形に対しては肯定的だった。女性がキレイになりたいって思うのは普通の感覚だし、それこそマイケル・ジャクソンみたいなのは異常だけど、目を二重にしたり鼻を高くしたりってレベルなら、別にかまわないと思ってた。もちろん、「どんどんやるべきだ」とは思ってなかったけど、小さなコンプレックスが原因で、お仕事にも恋愛にも積極的になれなかった女性が、ちょっとした美容整形をしたことで自分に自信を持つことができて、生まれ変わったように明るく元気に生きられるようになるのなら、それはとってもいいことだと思ってた。
だけど、某女性誌にジャンジャン広告を出してる例の悪質な美容外科に引っかかって、最初の話と違う莫大な料金を請求された人たちや、クリニックの名前をチョコチョコと変えながら酷い手術を繰り返してる札つきの悪徳医師の餌食になって、取り返しのつかない傷やケロイドを負った人たちを何人も見て来たら、あたしの考えは変わった。あたしが美容整形に対しては肯定的だったのは、あくまでも、技術も高くて良心的なちゃんとした医者しかいないっていう前提の話であって、現状の酷さを知ったら、とてもじゃないけど、知り合いとかに美容整形を薦めることなんてできなくなった。だって、あたしが薦めたことによって、もしもその人がホントに美容整形をして、それで取り返しのつかないことにでもなったら、あたしは責任を取れないからだ。
もちろん、美容整形の医者だって、ちゃんとした医者のほうが遥かに多いと思う。だけど、病気やケガを治すための他の科目の医者と比べると、金儲けに走ってる悪質な医者の割合が一番多いのが、美容整形って科目だと思う。それは、術後にいろんな問題が起こって、個人的に訴訟を起こした件数はハンパじゃないからだ。それに、病気やケガを治すための病院なら、値段が高いほうが技術の高い治療を受けられるけど、美容整形の場合は、値段と技術とが比例してるとは一概には言えない。
その証拠が、今回のマイケル・ジャクソンのケースだ。いくら借金を背負ってるとは言え、仮にも天下のマイケル・ジャクソンなんだから、あたしたちが行くようなそこらの美容外科に行くワケはない。通常の何十倍もの金額が掛かるような、セレブ御用達のクリニックへ行き、名前の売れてる医者に執刀してもらったに決まってる。それなのに、抗生物質の効かないMRSAに感染しちゃって、その菌が全身に広がっちゃって、皮膚の一部が壊死しちゃったのだ。これが、通常の外科だったら、そこらの町医者でもアリエナイザーなミスだろう。
‥‥そんなワケで、あたしは、今回のマイケル・ジャクソンの記事を読んで、すぐに思い出したのが、ピート・バーンズのことだった。ピート・バーンズ率いる「デッド・オア・アライブ」は、80年代の中ごろからのバブル期に大ブレイクした。90年代の巨大ディスコで流行したユーロビートの走りで、世界的なヒットを連発した。そして、中性的な魅力で売ってたピート・バーンズは、奥さんもいたのに、バンドの男性メンバーとも愛し合ってて、奥さんと男性メンバーとの3人で暮らしてた。
ピート・バーンズの自伝によると、中学1年生くらいの時に、自宅の玄関を出たとこで大男にムリヤリに強姦されて、それから女性的な感覚が芽生えたそうだけど、ま、その辺のことは、今回は関係ない。とにかく、最初のころのピート・バーンズは、ちょっと女性的でも、基本的には男性で、形としては、「奥さんのいる男性が、同性のメンバーとも関係を持ってる」って感じだった。
だけど、年月が経つに従って、ピート・バーンズはどんどん女性化してって、より女性に近づくために、美容整形を繰り返すようになった。だけど、彼の場合は、体を女性に近づけたいんじゃなくて、顔を女性に近づけたかったみたいだ。だから、豊胸手術とかには興味はなくて、体は男性のままで、顔だけを女性に近づけてった。目も鼻も骨格も、何度も何度も手術を繰り返して、派手なドレスを着て、金髪や黒髪のウィッグをかぶり、濃いメークをして、その時その時の恋人である男性と腕を組んで歩いたりしてた。
そんなピート・バーンズが、ある時、もっとセクシーなクチビルになりたくて、いつもの美容外科を訪ねた。彼が目指したのは、ニポン人には考えられないような「オバケのQ太郎」のようなクチビルだった。そして、担当の医者が薦めたのは、まだ一般には使われてなかったナントカって薬品をクチビルに注入する方法だった。で、その薬品を注入してみたところ、しばらくは大きなクチビルになったんだけど、何週間かすると、元のクチビルに戻っちゃった。それで、ピート・バーンズは、またクリニックへ行った。そしたら、担当の医者は、もう一度その薬品を注入すると言う。
そして、また何週間かしたら元に戻っちゃったから、またその薬品を注入した。こんなことを何度か繰り返してたある日のこと、顔面のあまりの激痛で目が覚めたピート・バーンズは、鏡を見て、気を失いそうになった。そこに映ってたのは、とても人間とは思えない化け物の顔だったのだ。
ホントはクチビルの内側の部分に固定されなきゃいけない薬品だったのに、まだ一般化されてない段階で使用したために、最初の予定通りには行かず、下アゴのほうへ流れちゃってたのだ。そして、そんなことを何度も繰り返したもんだから、ピート・バーンズの口からアゴにかけて、異物である薬品が大量に広がってしまい、それが原因で、化け物みたいな顔になっちゃったのだ。
このピート・バーンズにしても、マイケル・ジャクソンと同じく、あたしたちが行くようなそこらの美容外科じゃなくて、それなりのレベルのとこに行き、名前の売れてる医者に大金を払って頼んだんだと思う。だけど、こんなことになっちゃったのだ。そして、何よりも気の毒なのが、このあとのことだ。これが、病気やケガの治療を受けた普通の科目の医者だったとしたら、完全に医者のミスになるから、その責任を問うことができる。だけど、美容整形の場合は、どんなことになろうとも、最初から「必要のない手術」をするワケだから、責任を問うことができない。もちろん、それぞれのケースによっていろいろと変わって来ると思うけど、ピート・バーンズの場合は、すべて自己責任てことになっちゃったのだ。
それで、彼は、何とか元の顔に戻るために、長く苦しい治療を開始したんだけど、そのために、自分の屋敷を売り払い、過去の楽曲の著作権まで売り払い、ほとんど一文無しみたいな状態になっちゃったのだ。だけど、濃いメークでゴマカセば、何とか人前に出られる程度まで回復したころに、この不幸な事件を面白がったテレビ局が、彼に番組出演の話を持ちかけて来た。彼は、まだ口が痛くて会話をするのもつらい状態だったけど、もうお金がほとんどなかったから、その話に飛びついて、出演料のために自分を見世物にした。そして、それからは、いろんなメディアからオファーが相次ぎ、彼は、一流のミュージシャンとしてじゃなく、「整形に失敗した有名人」として、人々の好奇の目に自分を晒すことで、お金を稼ぐようになった。
こんなふうに、メスを使わなくても、注射だけでも大変なことになるケースもあるのだ。今じゃ一般的なヒアルロン酸の注射にしたって、ヘタクソな医者にやられると、何日かしてから注射したラインがデコボコになって来て、何年間も治らなくなっちゃうのだ。事実、ヒアルロン酸による失敗例は数えきれないほど報告されてるのだ。
‥‥そんなワケで、あたしたち一般人が、20万円で目を二重にしたり、30万円で鼻を高くしたりなんてレベルじゃなくて、マイケル・ジャクソンしかり、ピート・バーンズしかり、世界的なトップスターたちが、セレブ御用達の高級クリニックへ行って、有名な美容外科医に何百万円も払って手術をしても、こんなケースもあるワケだ。だから、あたしは、自分の意思で美容整形をしようとする人に対して「やめたほうがいいよ」とは言わないけど、少なくとも、人に勧めたりはしない。女医タレントの西川史子は、「ブスは生きてる価値が無い!」とか「ブスは生きてる資格が無い!」とかってノタマッて、「女性に嫌われてる女性タレント・ワースト10」の常連メンバーの座を欲しいままにしてるけど、西川史子とは正反対に「すべての女性は胸を張って堂々と生きるべき」だと思ってるあたしは、あたしの技術を駆使して、美容整形なんか必要なくなるように、1人でも多くの女性を美しくして行こうと思ってる今日この頃なのだ。
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ミニーちゃんのブログ「カナダ de 日本語」の昨日のエントリーにマトメてありましたが、現在の麻生内閣の支持率は、12社の平均が「18.23%」だそうです。
でも、あたしは、ここまで迷走を続けている麻生内閣の支持率が、未だに18%もあることが信じられません。
その上、今回の支持率について質問された麻生首相は、「支持率が下がったのは、国民が待ち望んでいる定額給付金に野党が反対して採決が遅れたからだ。支持率が下がったのは民主党のせいだ」と発言しました。
そこで、2つのアンケートです。
【あなたは現在の麻生内閣を支持しますか?】
1.支持する
2.支持しない
3.どちらとも言えない
【麻生内閣の支持率低下の原因は?】
1.野党が定額給付金に反対したことが原因
2.麻生首相自身が原因
3.その他のことが原因
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「米海兵隊、流れ弾の事実を否定」(世田谷通信)
昨年12月13日、沖縄県金武町伊芸区の男性(25)が、自宅の駐車場に停めていた自分の乗用車の前部ナンバープレートに、隣接する米海兵隊キャンプ・ハンセンの実弾射撃場から飛んで来た流れ弾がめり込んでいたのを発見した事件で、米海兵隊は、11日、「我々の流れ弾だったという証拠はない」として、今後も同様の実弾演習を続けると発表した。同隊報道部によると、米国の弾道専門家に現場の調査を依頼したところ「問題の銃弾が実弾射撃訓練の流れ弾であるというという証拠は確認できなかった」との報告を受けたという。しかし沖縄県警では、この銃弾を「米軍が訓練で使用しているM2重機関銃の銃弾」と断定しており、付近の住民の間からは「米軍の調査報告は実弾演習の継続ありきの虚偽の報告だ」「身内の調査など信用できない」「目の前に演習場があり、そこで使われている銃弾と同一のものが飛んで来たという事実こそが動かぬ証拠だ」などの批判の声があがっている。実弾射撃場に隣接する伊芸区では、これまでに米軍による流れ弾事故が20件余りも発生しており、通行中の女性や幼児の体に命中した人身事故も2件起きている。それでも捏造の疑いもある報告書を用意してまで実弾演習をやめようとしない米軍に対して、住民の反発はますます大きくなるだろう。(2009年2月12日)
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ずいぶん前に、お友達が「エウレカセブン」ていうアニメに夢中になってて、あたしにも「面白いから観てみ」って言ってた。それで、しばらくしたらテレビ東京で再放送が始まったから、試しに1回目を観てみた。だけど、どうもあたしの趣味じゃなかったから、途中で観るのをやめちゃった。前髪が「オン・ザ・眉毛」の変な女が主人公みたいで、あたしの嫌いな「アクエリオン」と似た感じのキャラばかりだったので、観る気が失せちゃったのだ。あたしの場合、どんなにストーリーが面白くても、絵が好みじゃないとダメで、「エヴァンゲリオン」をイマイチ好きになれないのも、「ガンダム」をまったく観ないのも、すべては絵が好みじゃないからだ。
でも、あたしに「エウレカセブン」を薦めたお友達に、そのことを伝えたら、「とにかくストーリーが面白いんだから、絵なんかガマンして観てみたほうがいいよ」って言われた。それで、ついこないだ、バンダイチャンネルかどこかで「エウレカセブン」の1話を無料配信してたから、ちょうど「十二国記」を観終わったとこだったし、今度こそ最後まで観てみようと思って、チャレンジしてみた。だけど、やっぱり、前回とおんなじで、どうしても絵がダメで、最後まで耐えきれなくて、途中で消しちゃった。
で、その時、初めて知ったんだけど、「エウレカセブン」て、正確には「交響詩篇エウレカセブン」て言うんだってね。ようするに、「機動戦士ガンダム」とか「新世紀エヴァンゲリオン」とかみたく、名前の前につく「説明を兼ねた前置き」みたいな部分が「交響詩篇」なワケだけど、あたしは「なんじゃこりゃ?」って思った。だって、「機動戦士ガンダム」なら「機動する戦士のガンダム」て意味なんだろうし、「新世紀エヴァンゲリオン」なら「新しい世紀のエヴァンゲリオン」て意味なんだろうけど、「交響詩篇」だなんて、いったいぜんたい何の意味?
ちゃんと最後までアニメを観れば、たぶん、この「交響詩篇」てのがどんな意味なのか分かると思うんだけど、この「前置き」って、「ガンダム」や「エヴァンゲリオン」みたいに、アニメを観る前にフランク・ザッパな内容を伝える役割があるんだから、そこに意味不明なことを書かれたら、たまったもんじゃないと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、古くは、「鉄腕アトム」の「鉄腕」や、「魔法使いサリー」の「魔法使い」や、「サイボーグ009」の「サイボーグ」や、「忍者ハットリくん」の「忍者」や、「釣りキチ三平」の「釣りキチ」なんてのも、この「説明を兼ねた前置き」にあたると思うんだけど、初期のころのロボットアニメの場合は、「鉄人28号」にしろ、「マジンガーZ」や「グレートマジンガー」や「ゲッターロボ」にしろ、前置きがなくて、ロボットの名前だけのタイトルのほうが多かったみたいだ。「鉄人28号」の場合は、ナニゲに「鉄人」が前置きっぽいけど、この「鉄人28号」ってのがぜんぶ名前なんだから、前置きにはあたらない。特撮モノにしても、「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」、「マグマ大使」や「ジャイアントロボ」など、どれも前置きはついてない。
で、いつのころから前置きがつくようになったのかは分からないけど、永井豪のアニメをザッと調べてみたら、「マジンガーZ」や「グレートマジンガー」には前置きはついてなかったのに、そのあとに「UFOロボ グレンダイザー」ってのがあった。あたしは、このアニメをぜんぜん知らないんだけど、このタイトルから、「きっとUFOがロボットに変身するんだろう」って思って、調べてみたら、その通りだった。つまり、この「UFOロボ」って前置きが、キチンと「説明を兼ねた前置き」としての役割を果たしてるってワケだ。
ただし、これは、英語とカタカナを組み合わせた前置きであって、「機動戦士ガンダム」や「新世紀エヴァンゲリオン」のような「四字熟語っぽい漢字だけの前置き+カタカナの名前」っていう現在の黄金パターンには至ってない。逆に言えば、このころの前置きは、まだ単なる説明のための補足でしかなく、前置きと名前とで1つのイメージを作り出すような世界にまでは到達してない。で、アニメ一覧表の中から、「四字熟語っぽい漢字だけの前置き+カタカナの名前」っていう黄金パターンのタイトルを目についたものだけピックアップしてみた。
超時空要塞マクロス
超獣機神ダンクーガ
超重神グラヴィオン
装甲騎兵ボトムズ
天体戦士サンレッド
絶対可憐チルドレン
神曲奏界ポリフォニカ
機甲創世記モスピーダ
機神大戦ギガンティック・フォーミュラ
機神咆吼デモンベイン
吟遊黙示録マイネリーベ
剣風伝記ベルセルク
絢爛舞踏祭ザ・マーズ・デイブレイク
獣装機攻ダンクーガノヴァ
獣戦士ガルキーバ
十二戦支 爆烈エトレンジャー
聖少女艦隊バージンフリート
星方天使エンジェルリンクス
少女革命ウテナ
強殖装甲ガイバー
天空断罪スケルターヘブン
破邪大星ダンガイオー
魔界戦記ディスガイア
機動警察パトレイバー
機動戦艦ナデシコ
基本的に、ロボット物とヒーロー物だけをピックアップしたつもりなんだけど、この中で、あたしが知ってるのは1つもない。観たことがないだけじゃなくて、タイトルを耳にしたことすらない。で、観たことも聞いたこともないあたしとしては、タイトルについてる前置きの部分から、どんなアニメなのかを想像するしかないんだけど、「機動戦士ガンダム」みたく分かりやすいものもあれば、「交響詩篇エウレカセブン」みたく意味不明なものもある。
最初から見てくと、「超時空要塞マクロス」は、きっと時空を超えることのできる戦艦みたいな要塞なんだろうし、「超獣機神ダンクーガ」は、たぶんケモノをモチーフにしたロボットなんだと思う。「超重神グラヴィオン」にしても、「装甲騎兵ボトムズ」にしても、「天体戦士サンレッド」にしても、何となく雰囲気は伝わって来る。だけど、その次の「絶対可憐チルドレン」て、いったいぜんたい何なの? もしかしたら、これはヒーロー物じゃなくて、ロリコン向けのアニメなのかな?‥‥って思う。さらには、その次の「神曲奏界ポリフォニカ」に至っては、完全に「交響詩篇エウレカセブン」とおんなじパターンの意味不明が炸裂してる。他にも、「吟遊黙示録マイネリーベ」だの「絢爛舞踏祭ザ・マーズ・デイブレイク」だの「少女革命ウテナ」だの「天空断罪スケルターヘブン」だの「破邪大星ダンガイオー」だの‥‥どんなアニメなんだか、タイトルからはまったく想像もつかない。
それに比べて、「十二戦支 爆烈エトレンジャー」の素晴らしさはどうだろう? このタイトルを見ただけで、もう最終回まで観終わっちゃったほどの満腹感が味わえる。ある意味、「美少女戦士セーラームーン」よりも分かりやすいタイトルだ。それに、「戦士」の「士」を「干支」の「支」に変えてる細かさもソツがないし、ネ、ウシ、トラ、タツ、ミ‥‥って、ヘンテコな戦士が12人も出て来るって想像しただけで、目の前で松崎しげるに「愛のメモリー」を熱唱されちゃうくらいの暑苦しさが満開だ。だから、このタイトルを見ただけで、「あっ、これは観なくてオッケー!」って簡単に判断できちゃうのだ。
だけど、「交響詩篇エウレカセブン」だの「吟遊黙示録マイネリーベ」だの「絢爛舞踏祭ザ・マーズ・デイブレイク」だの「天空断罪スケルターヘブン」だのって不親切なタイトルをつけられちゃうと、タイトルからは何が何だかまったく分からないから、とりあえず観てみるしか方法がない。そして、面白けりゃいいけど、つまんなかった場合には、たとえわずかでも貴重な時間をムダにすることになっちゃう。だから、「十二戦支 爆烈エトレンジャー」ほどの親切さはなくても、せめて「機動戦士ガンダム」くらいに、少しは大マカな設定が分かるような前置きをつけてくれないと、こっちは困っちゃう。
‥‥そんなワケで、今まで紹介したパターンとは違って、ちょっと変化球になるけど、「創聖のアクエリオン」に代表される「の」が入るパターンもある。調べてみたら、「蒼穹のファフナー」とか「奏光のストレイン」とか「鋼殻のレギオス」とか「灼眼のシャナ」とか、いろいろとあったけど、もちろん、あたしは、どれも初耳だ。で、この「の」が入るパターンも、古くは「ゲゲゲの鬼太郎」とか、その前身の「墓場の鬼太郎」とか、「明日のジョー」とか、「風の谷のナウシカ」とか、「となりのトトロ」とか、他にも数えきれないほどある。
で、こっちのパターンは、「の」って助詞で前置きがキチンと名前に掛かってるワリには、ちゃんとした説明をしてないケースが多い。「鋼殻のレギオス」なら何となく分かるけど、「蒼穹のファフナー」だの「奏光のストレイン」だの言われても、ぜんぜん分からない。これは、「ゲゲゲの鬼太郎」とか「明日のジョー」とかとおんなじで、前置きが具体的な説明をしてるんじゃなくて、作品の雰囲気を表現してるってパターンなのだ。
「墓場の鬼太郎」や「風の谷のナウシカ」の場合は、前置きが具体的な説明をするっていう役割を果たしてるから、「機動戦士ガンダム」のことを「ガンダム」、「新世紀エヴァンゲリオン」のことを「エヴァンゲリオン」て言うように、「鬼太郎」とか「ナウシカ」とかって、前置きの部分を切り離して呼ぶことができる。だけど、これが、「ゲゲゲの鬼太郎」や「明日のジョー」になると、これらの「ゲゲゲの」や「明日の」って前置きは、具体的な説明のためのものじゃない。あくまでも、名前と組み合わさることによって1つのイメージを生み出すための装飾なんだから、名前だけを切り離すことはできなくなる。これらは、「ゲゲゲの鬼太郎」が名前であり、「明日のジョー」が名前なのだ。
それで、あたしは、分かりやすくするために、そのアニメの内容を具体的に説明する役割を持った前置きがついたタイトルを「墓場の鬼太郎パターン」、名前と組み合わせることで作品のイメージを生み出してるタイトルを「ゲゲゲの鬼太郎パターン」って呼ぶことにした。そうすれば、今まで「意味不明」だの「不親切」だのって言って来た「交響詩篇エウレカセブン」を始めとしたタイトルも、「ゲゲゲの鬼太郎パターン」だってことで納得できる。具体的な説明のための前置きじゃなくて、作品のイメージをぼんやりと感じさせるための前置きなんだから、意味が分からなくて当然てことになる。
だけど、いくらイメージを大切にしてタイトルをつけるにしても、基本的には子供向けに作ってるアニメなんだから、やっぱり、ある程度は分かりやすくなくちゃいけないと思う。「交響詩篇」だの「吟遊黙示録」だの「絢爛舞踏祭」だの「天空断罪」だの、大人のあたしでもイマイチよく分かんないのに、子供に分かるハズもないし、「順風満帆」を「じゅんぽうまんぽ」って読んじゃうフロッピー麻生に至っては、正しく読むこともできないだろう。
‥‥そんなワケで、子供を対象にしたアニメに、どうしてこんなに難しい前置きがつくようになって来たのかって言うと、あたしが推測するに、これは、きっと、アニメ界に、「過去の作品とおんなじ前置きはNG」っていう暗黙の了解があるからなんだと思う。たとえば、「機動戦士」って前置きは、有名な「ガンダム」が使っちゃったから、あとから作るアニメでは、「機動戦士ナントカ」っていうタイトルは、どうしても二番煎じっぽくなっちゃう。
だから、「おんなじ前置きは絶対にダメ」っていう決まり事があるワケじゃなくても、制作サイドが自主的に使わないようにしてるんだと思う。で、「超獣機神」だの「装甲騎兵」だの「獣装機攻」だの「強殖装甲」だのって、ちょっとずつ変えた前置きを考えて来て、とうとうネタが無くなっちゃったから、他との差別化を図る上でも、思いきって「交響詩篇」だの「吟遊黙示録」だの「絢爛舞踏祭」だの「天空断罪」だのって、今までのパターンとは一線を画した前置きをつけるようになって来たんだと思う。
そう言えば、ちょっと前にテレビ東京でやってた「天元突破グレンラガン」てのも、タイトルの意味がぜんぜん分かんなかった。それで、あたしは、試しに観てみたんだけど、子供が馬車で旅してるアニメで、面白くないから途中で観るのをやめちゃった。それから、今、日曜日の朝に、テレビ朝日で「秘湯ロマン」を観てから二度寝して、そのあとに「ねぎぼうずのあさたろう」と「戦隊シリーズ」を観ようとすると、その間に「少年突破バシン」ていう小学生低学年向けのアニメをやってる。最初、流れで仕方なく観てたんだけど、主題歌があまりにも気持ち悪い歌い方をしてて、聴いたトタンに全身で鳥肌実が演説を始めちゃったから、今は「ねぎぼうずのあさたろう」が終わった瞬間にチャンネルを替えるようにしてる。あとから知ったんだけど、ミッチーが歌ってんだね、あの気持ち悪い歌。
で、この「少年突破バシン」とか、さっきの「天元突破グレンラガン」とか、今って「突破」って言葉が流行ってるのかな? まあ、どんな言葉が流行っててもいいんだけど、あたしが1つだけ問題だと思うのは、その言葉の使い方だ。「少年突破バシン」の場合は、主人公の小学生の名前が「バシン」て言って、勉強もせずにカードゲームにばかりに夢中になってるダメな子供なんだけど、そのゲームをやる時の攻撃スタイルが、小ワザを使わずに正面から突破してくって方法を貫いてる。ようするに、その攻撃スタイルをタイトルにしたんだと思うけど、それなら、「少年突破バシン」じゃなくて、「突破少年バシン」じゃなきゃおかしいじゃん。
さっきの一覧に出て来た「少女革命ウテナ」ってのも、あたしは観たことないから何とも言えないけど、もしも「ウテナ」ってのが主人公の少女の名前で、その子が何かの革命を起こすって内容なら、「革命少女ウテナ」にしなきゃおかしいじゃん。「突破少年バシン」にすれば「突破する少年のバシン」って意味になるように、「革命少女ウテナ」にすれば「革命する少女のウテナ」って意味になるからだ。だけど、「少年突破バシン」や「少女革命ウテナ」だと、ワケが分かんない。「少年突破バシン」だと「少年たちが何百人もいる場所を蹴散らしながら突破してく冷血非道な大男のバシン」ってふうにも思えちゃうし、「少女革命ウテナ」だと「たくさんの少女を集めて洗脳してロリータハーレムを作った変態革命家のウテナ」ってふうにも思えちゃう。
‥‥そんなワケで、「焼肉をオカズにした定食」は「焼肉定食」であって、間違っても「定食焼肉」とは言わない。だけど、「定食焼肉」でも何とか意味は通じるだろう。それは、「焼肉」も「定食」も名詞だからだ。でも、「派遣社員」を「社員派遣」て言ったら、意味は正しく伝わらない。「派遣された社員」は「派遣社員」であって、「社員派遣」て言ったら「社員を派遣する」って意味に受け取られちゃう。それは、「社員」は名詞だけど、「派遣」は「派遣する」っていう動詞になるからだ。
そして、「少年突破バシン」も、「少女革命ウテナ」も、これとおんなじ理屈だ。「少年」や「少女」は名詞だけど、「突破」は「突破する」、「革命」は「革命する」って動詞になるから、意味を正しく伝えるためには、「突破少年バシン」や「革命少女ウテナ」にしなくちゃダメだってことだ。「機動戦士ガンダム」にしたって、もしも「戦士機動ガンダム」だったら、意味が正しく伝わらない‥‥とかって言いつつも、こうしたパターンの前置きを「倒置法」だって考えれば、成り立たないことはない。ようするに、「少年は突破した。その名はバシン」、「少女は革命を起こした。その名はウテナ」って解釈だ。
チューリップの「心の旅」って歌は、イントロが終わると、オモムロに「あ~だから今夜だけは~君を抱いていたい~♪」って歌い出す。普通なら、ここで、「おいおいおいおい!」って思うだろう。だけど、その次の「あ~明日の今ごろは~ボクは汽車の中~♪」って部分を聴いて、初めて、意味が通じる。明日、ボクは旅立ってしまう。君と過ごせるのは今夜が最後なんだ。だから、今夜だけは君を抱いていたいんだ‥‥って、あまりにも自分勝手な歌だけど、これが倒置法だ。
だけど、この倒置法ってのは、ニポン人にはイライラしちゃう。思わせぶりな言い方をして、最後に種明かしをするっていう言い方は、ニポン人には馴染みが薄いからだ。英語圏の人なら、ほとんどの会話が倒置法だから、別にイライラしないだろう。たとえば、ニポン語なら「私はペンを持っている」だけど、英語だと「I have a pen.」になる。つまり、「私は持っている、ペンを」って形だ。英語の場合は、主語の次に動詞が来るから、「私は持っている、何々を」とか、「あなたは行く、どこそこへ」とか、「彼は食べる、何々を」とか、文章の基本型が倒置法になってるから、こうした「もったいぶった言い方」に馴染んでるのだ。
だから、イライラするっていう欠点を除けば、「少年突破バシン」や「少女革命ウテナ」の前置きを倒置法だって解釈することもできる。だけど、この「前置き+名前」ってスタイル自体が、すでに倒置法みたいなもんなのだ。「機動戦士ガンダム」なら、主語が先に来る「ガンダムは機動戦士」じゃなくて、「機動戦士、それはガンダム」っていう並べ方だからだ。つまり、もともとの形が倒置法っぽいのに、そこにまた倒置法っぽい前置きを置いたら、ダブルの倒置法風味のイヤミったらしい言い回しになっちゃうってワケだ。
その点、「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木飛呂彦はワンダホーだ。デビュー作の「魔少年ビーティー」も、決して「少年魔ビーティー」なんてふうにはしなかったし、次の「バオー来訪者」に至っては、普通なら「来訪者バオー」ってするとこなのに、周りに感化されずに、ニポン語としてキチンとした順序のタイトルにしてる。そして、それが、周りとの差別化を図ることにもつながってるんだから、もはや、職人芸の域に達してると思う。
‥‥そんなワケで、あたしとしては、一般のアニメ制作会社に、100年に一度のミゾウユウの天才である荒木飛呂彦ほどのワンダホーぶりまでは要求しないけど、せめて、前置きの部分に、イライラする倒置法だけは使わないでもらいたいと思ってる。「少年魔ビーティー」じゃなくて「魔少年ビーティー」であるように、「少年狼ケン」じゃなくて「狼少年ケン」であるように、「少年遊星パピイ」じゃなくて「遊星少年パピイ」であるように、やっぱり、「少年突破バシン」じゃなくて「突破少年バシン」にしてもらわないと、精神衛生上、どうしてもガマンができない今日この頃なのだ。
★今日も最後まで読んでくれてありがとう♪
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「森元首相が爆弾発言」(世田谷通信)
郵政民営化を巡っての発言が二転三転し、連日苦しい弁明を繰り返している麻生太郎首相だが、11日、森喜朗元首相は「(当時)郵政民営化したほうが正しいと思った議員は小泉さんだけだったと思う。麻生総理は、つい本当のことを言ってしまっただけ」と発言して麻生首相を擁護した。しかしこの発言内容が事実であれば、自民党は党をあげて国民を騙したことにもなり、また、郵政民営化に反対して離党を余儀なくされた造反議員たちだけが正しかったということにもなる。今回の森元首相の発言によって、さらなる混乱が予見される。(2009年2月11日)
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定期的にいろんなものを送ってくださる人が、しばらく前に、また日用品の詰め合わせを送ってくださった。いつもホントに助かってるんだけど、今回は、いろんなものの中に、半分に切ったキャベツが入ってた。とっても大きくて立派なキャベツだったので、半分コにしてくれたんだと思う。
等分のキャベツに今日と明日が出来 いのうえかつこ
なんて俳句があるけど、普通は、1個のキャベツを半分にして今日のぶんと明日のぶんにするとこだけど、その半分をあたしにお裾分けしてくださったのだ。Y子さん、いつもありがとうございます♪‥‥ってワケで、ゆうべは、1人でキャベツパーティーをすることにした。
キャベツって、春先のは「巻き」がゆるくて、持った感じも軽いし、存在感が薄い。葉っぱ自体もやわらかいから、生で食べるのには向いてるけど、すぐになくなっちゃう。それに比べて、今の寒い時期のキャベツは、「寒玉」なんて呼ばれてて、「巻き」がシッカリしてる。だから、おんなじ大きさのキャベツでも、春先のものの2倍近い重さがある。ようするに、それだけ中身が詰まってるってワケで、1個のキャベツが2倍に使えるってワケだ。
だけど、キャベツって、実際には夏が旬で、俳句の季語でも夏に分類されてる。俳句では、ただ単に「キャベツ」って言うと夏で、春のキャベツは「春キャベツ」って言わなきゃならない。だから、単に「キャベツ」って言ってる俳句は、どれも夏の景を詠んだもので、どの句も説明されなくても夏を感じると思う。
雷の下キャベツ抱きて走り出す 石田波郷
抱へたるキャベツが海の香を放つ 岩淵喜代子
キャベツ畑に合宿よりの逃亡者 今井聖
河童絶えし村よりキャベツ蹴り上げる 松本勇二
キャベツ両断雨土砂降りの日曜日 菖蒲あや
‥‥それにしても、いくら立春を過ぎたとは言え、まだまだ寒いこの時期に、こんな真夏の俳句を紹介しちゃうなんて、あたしのなかなかのチャレンジャーだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、ゆうべ、この半分のキャベツをぜんぶお料理したんだけど、キャベツって、あんまり主役にはなりにくいお野菜だ。ダイコンなら、「おでん」でも主役の1つだし、「風呂吹き大根」なんてお料理もある。ジャガイモなら、丸ごとアルミホイルで包んで焼いて、バターを乗せれば「ジャガバター」になるし、サツマイモなら「焼き芋」がある。ゴボウなら「キンピラゴボウ」があるし、ニンジンなら沖縄の家庭料理の「ニンジンシリシリ」があるし‥‥ってふうに、それぞれのお野菜が主役になったお料理がある。だけど、キャベツの場合は、千切りにしてトンカツの横に添えたり、短冊に切って焼きそばの中に入れたりって、どうしても主役じゃなくて脇役のイメージが強い。
たとえば、カレー屋さんの「いんでいら」とか、ファーストフードの「ケンタッキーフライドチキン」とかで売ってる「キャベツのコールスロー」にしても、キャベツを主役にした一品であることは事実だけど、この「キャベツのコールスロー」ってメニューそのものが、カレーのお供だったり、フライドチキンのお供だったりって、すでに脇役なのだ。「キャベツのコールスロー」をメインディシュとして食べる人はいない。
そして、キャベツって名前をカンムリにした唯一のメインディッシュである「ロールキャベツ」にしても、アレって、外側を巻くのにキャベツを使ってるってだけで、メインは中身のお肉とかなのだ。「ロールキャベツ」におけるキャベツの立場って、所詮は、天ぷらにおける「衣」であり、餃子における「皮」であり、カレーパンにおける「パン」なのだ。もちろん、キャベツ自体にもスープが染みてて美味しいけど、中に具が入ってる以上、まわりを包んでるキャベツのほうは、やっぱりメインとは言えなくなる。中身を何も入れずに、中心までぜんぶキャベツだけを巻いてあるんなら「キャベツを主役にしたメインディシュ」って呼べるけど、残念ながら、そんな「ロールキャベツ」はない。
つまり、この「ロールキャベツ」ってお料理は、テレビ番組における「黄金伝説」みたいなもんなのだ。テレビ朝日の「黄金伝説」は、最初は「ココリコ黄金伝説」ってタイトルで、それから「ココリコA級伝説」ってタイトルに変わったりしつつも、現在は「いきなり!黄金伝説」ってタイトルになって続いてる。じゃあ、ココリコはどうしたのかって言えば、今でも司会をやってる。ようするに、「ココリコ」のカンムリ番組でありながらも、実際に活躍してて視聴率を持ってるのは「よゐこ」の濱口優なので、いてもいなくてもどうでもいいココリコは、タイトルから外されたってワケだ。
あたしは、「ロールキャベツ」におけるキャベツの位置って、「ココリコ黄金伝説」におけるココリコの位置とおんなじに感じるのだ。つまり、真ん中に「濱口優」っていう具が入っててこその「ココリコ黄金伝説」であって、いくらタイトルに「ココリコ」ってついてても、所詮は主役とは言えないのだ‥‥って、こんなことばっか書いてると、またまた今日も8000文字コースになっちゃうから、この辺でサクサクと本編に突入しちゃうけど、そんな脇役としてのキャベツを使って、あたしは、楽しいフルコースを作ることにしたってワケだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、半分でも十分に大きい「寒玉」のキャベツをサバき始めた。お魚の場合なら「サバく」でいいけど、普通、お野菜の場合は「サバく」とは言わない。だけど、あたしの方式は、いかにも「サバく」って感じだったのだ。あたしは、最初に、ロールキャベツ用に外側の大きな葉っぱを3枚取って、それから、上、中、下の3つに大きく切った。これは、キャベツの部位によって、お料理が変わるからだ。一番上の芯のない部分は千切りにするし、一番下の太い芯があるとこはお味噌汁の具やロールキャベツの具にするし、真ん中の部分はお漬け物や炒め物にする。で、こんなふうな切り分け方だから、いかにも「サバく」って言葉がピッタリだと思ったってワケだ。
それで、あたしは、まずは大きな葉っぱ3枚を軽くレンジして、しんなりさせて、ロールキャベツの準備を始めた。ホントは、お味噌汁用にニボシのダシをとったり、お漬け物用のボールを用意したりって、他のお料理も並行して作業してた。だけど、あたしの作業をそのまま書くと、何が何だか分からなくなっちゃうから、一品ずつ、フランク・ザッパに書いてこうと思う。
で、まずは「ロールキャベツ」だけど、あたしはお肉は食べないから、今回はサバの水煮の缶詰を使うことにした。キャベツの他の葉っぱの太い芯の部分を切って集めて、それを細かく刻んで、ニンジンがあったから、それも細かく刻んで、軽く茹でてザルで水気を切っとく。そして、それとサバの水煮をほぐして混ぜ合わせて、塩コショウで薄く味をつけたら、軽く片栗粉を振って混ぜ、レンジでしんなりさせたキャベツで包んでヨウジでとめる。これをコンソメスープで煮込んで行けば完成だ。ロールキャベツって、普通はトマトで煮込むことが多いけど、あたしはコンソメで煮込むほうが好きなのだ。
だけど、コンソメのブイヨンの中には、ビーフとかチキンとかのエキスが入ってるから、お肉を食べないあたし的には、今、在庫してるぶんを使い終わったら、もうコンソメを使うことができなくなる。う~ん、複雑‥‥とか言ってみつつ、ロールキャベツをコトコトと煮込みながら、お次は大好物の「キャベツのお漬け物」だ。これは、真ん中の部分を使って。3cm×3cmくらいの短冊に切るんだけど、ものすごくテキトーでいい。ザクザクと切ったキャベツを洗ったら、大きなボールに入れて、パラパラをお塩を振って、全体にお塩がまわるように混ぜ合わせて、しばらくホッタラカシにしとく。で、実際は、この間に他のお料理に取りかかるんだけど、ここではお漬け物のことだけ先に書く。
10分くらい放置しとくと、気持ちシンナリして、ボールの底にキャベツから出た水分がたまる。そしたら、その水分は捨てずに、そこにショウガの千切りを加えて全体に混ぜて、次にカツオのダシの素の顆粒か粉末をパラパラと軽くかけて、最後にタカノツメの輪切りを加えて、もう一度、全体を混ぜ合わせたら、またしばらく放置しとく。そして、さらにシンナリしたら、これを手でギューって握って、軽くモミモミしたら、ビニール袋に入れて、ボールの中のお汁も入れて、口を結んで、お皿に乗せる。で、何かで重しをして、冷蔵庫に入れとく。これで、1時間くらいすると美味しくなる。ホントは、ダシ用の昆布を細く切って入れるんだけど、無い場合は、カツオのダシの素を使うのだ。
それから、続いては、キャベツの上の部分をぜんぶ千切りにして、「キャベツのコールスロー」を作る。これは、塩味でも美味しいんだけど、今回はお漬け物が塩味だから、こっちはマヨネーズ味にした。ようするに、千切りにしたキャベツを軽く塩モミして、それをマヨネーズで和えればいいだけの話で、お好みで黒コショウを振ったり、キュウリの輪切りやコーンの缶詰を加えれば、見た目もゴージャスになる。あたしは、ニンジンの千切りとチクワの輪切りを加えちゃった。
そして、お次は、あまりにも野性的な「味噌キャベツ」だ。これは、やわらか過ぎず堅過ぎずのキャベツの真ん中あたりの部分を4~5cm角くらいに切っただけのものに、ピリ辛のお味噌をつけて食べるってだけのもので、あまりにも簡単なんだけど、あたしは大好きだ。合わせ味噌か赤味噌をスプーンに2杯くらいとって、そこにお好みの量のトウバンジャンを入れて、お砂糖、ニポン酒かミリン、白ゴマを入れて、混ぜるだけだ。ニポン酒かミリンは、お味噌をやわらかくしてキャベツにつけやすくする意味もあるから、自分でつけやすい感じのやわらかさを目指すだけだ。
ホントは、あと、キャベツとシャケ缶を炒めて塩コショウとお醤油で味つけしたのも作りたかったんだけど、ここまででヘトヘトになっちゃったので、最後にキャベツのお味噌汁を作って終わりにした。そして、前菜に「キャベツのお漬け物」、スープに「キャベツのお味噌汁」、サラダに「キャベツのコールスロー」、メインディシュに「ロールキャベツ」、デザートに「味噌キャベツ」っていう恐るべきフルコースが完成したんだ。テーブルいっぱいにキャベツ料理を並べて、ワインの代わりに焼酎のお湯割りのキャベツ入り‥‥じゃなくて、これだけはいつもの通りに「梅干し入り」にしたんだけど、とにかく、いつも脇役のキャベツに主役を張ってもらったキャベツパーティーの準備が整った。
‥‥そんなワケで、いくらキャベツ料理を並べても、たった1人のパーティーは寂しいので、リモコンでポチッとテレビをつけた。そしたら、何て番組か知らないけど、ちょうどタカアンドトシが出てて、太りまくってるタカが、健康のために1週間、毎日お野菜だけを食べ続けるって企画をやってた。それが、1日目は3食ともすべてタマネギだけ、2日目は3食ともすべてピーマンだけ‥‥ってふうに、1日に1種類のお野菜しか使えないのだ。だから、お野菜が嫌いなタカの前には、いろんなプロの料理人が作ったものすごい「タマネギのフルコース」だの「トマトのフルコース」だのが次々と運ばれて来て、あたしの「キャベツのフルコース」がカスんじゃったよ、トホホ‥‥とか言いつつも、久しぶりに作ったキャベツ料理は、どれもサイコーに美味しくて、これで、ますます、あたしの美人度もアップしたと思う今日この頃なのだ(笑)
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「御手洗会長は関与を否定」(世田谷通信)
大分市のコンサルタント会社「大光」など3社が、キヤノンの工場建設を巡って受け取った30億円を超える莫大な裏金を脱税していた事件で、東京地検特捜部は、10日、「大光」の大賀規久社長(65)ら7人を法人税法違反の容疑で逮捕した。大賀規久容疑者は、大手ゼネコン鹿島から受け取った裏金の大半をキヤノンやトヨタの株購入に充てており、億単位の両社の株券を親族などの名義で保有していることが分かっている。キヤノンの工場建設を巡る裏金がキヤノン株の購入に充てられていたことで、特捜部は大賀容疑者とキャノンや経団連との関係も視野に入れて捜査を始めたが、キャノンと経団連の双方の会長である御手洗冨士夫氏(73)は、大賀容疑者を「長年の友人」と認めた上で「私個人ともキャノンともまったく関係ない」と関与を否定した。しかし大賀容疑者が代表取締役を務めるコンサルタント会社「ライトブラック」(大分市)の元監査役、長田助勝容疑者(80)や、9日に逮捕された大阪市内のコンサルタント会社社長、難波英雄容疑者(61)らと共謀し、脱税した裏金のほとんどを大量のキヤノン株とトヨタ株に替えて隠し持っていたことから、御手洗会長や奥田碩前経団連会長(76)の身辺にまで捜査の手が及ぶ可能性もあるという。(2009年2月10日)
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毎年、今の時期は、前年の春から1年間続いて来た戦隊ヒーローシリーズが、クライマックスを迎えてエンディングへと突入するワクワクでドキドキなシーズンだけど、全国の子供たちと、あたしを含めた一部の大人たちを激しくコーフンさせてくれた「炎神戦隊ゴーオンジャー」も、ついに昨日の放送で最終回の50話を迎えた。まあ、あたしの場合は、ゴーオンジャーのファンじゃなくて、敵役のガイアークのケガレシアちゃんのファンだったから、1週前の49話で終わったワケだけど、その辺のことも交えて、今日はテッテーテキに「炎神戦隊ゴーオンジャー」の1年間の思い出だのモロモロだのを語らせてもらおうと思う。だから、興味のない人は、ここでグッバイ by 野村義男‥‥とか、グッドバイ by 太宰治‥‥とか、つまんない小ネタも織り込みつつ、誰も読んでくれないことを覚悟して、今日は書きたいだけ書きまくろうと思う。
念のために、番組は観てなかったけど今日の日記を読んでくれる人のために、ものすごくザクッと説明しとくと、正義の味方の「ゴーオンジャー」は、レッド、ブルー、イエロー、グリーン、ブラックの5人で、あとから参加した助太刀の「ゴーオンウイングス」が、ゴールドとシルバーの2人、ようするに、正義の味方はぜんぶで7人だ。で、何であとから参加した2人を「ゴーオンジャー」に加えなかったのかって言うと、「ゴーオンジャー」の「ゴー」は、「轟音」の「轟」でもあるし、英語の「GO」でもあるけど、初代の「ゴレンジャー」の「ゴ」とおんなじで「5」って意味も兼ねてるから、7人にするワケには行かない。それで、別口の「ゴーオンウイングス」にしたってワケだ。
それにしても、この「あとから参加するのはゴールドとシルバー」っていう戦隊ヒーロー物の伝統芸を見るたびに、あたしは、小学校の時のクレヨンを思い出す。幼稚園の時のクレヨンて、普通の色だけしか入ってなかったけど、小学校に上がってからのクレヨンは、それに金と銀が入ってて、ものすごく嬉しかった。だけど、もったいないから、ココ一番の時にしか使わなかった。これって、色えんぴつもおんなじで、金と銀の入ってる色えんぴつは高級品で、金と銀だけはものすごく大切に使ってた。そう言えば、折り紙も、ちょっと高級な折り紙になると、必ず金と銀が1枚ずつ入ってた。他の色は2~3枚ずつ入ってるからガンガン使えたんだけど、金と銀は1枚ずつしかないから、ものすごく考え抜いた挙句に、意を決して使ってた記憶がある今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、7人もいる正義の味方に対して、当初の敵役は3人だけ、あたしの大好きな及川奈央ちゃん扮する害水大臣ケガレシアと、あとは、害地大臣ヨゴシュタイン、害気大臣キタネイダスだけだった。ま、この3人は、あくまでもレギュラーの敵役で、あとは毎回いろんな敵が出て来るんだけど、あたしは、とにかく、ケガレシアちゃんを鑑賞するためだけに「ゴーオンジャー」を観てたから、あとはどうでも良かった。及川奈央ちゃんて言うと、男性の多くは、「えっちなグラビア」とか「えっちなDVD」とかのイメージが強いと思うし、そうじゃない人でも、テレビ東京の「怒りオヤジ」で、太鼓を叩いてカンニング竹山にダメ出ししてるイメージとか、もうちょっとマニアならGyaOの「自然体にもほどがある」とかから、あんまり子供向けの番組に出るようなイメージは持ってなかったと思う。
でも、奈央ちゃんて、今どきの女性タレントとは思えないくらいキチンとした人で、礼儀正しいし、考え方も立派だし、生活もちゃんとしてるし、思いやりの心に満ちあふれてるし、正義感が強いし、とっても努力家だし、どんなお仕事でも感謝の心を持って一生懸命にやるし、非の打ちどころがないほど素晴らしい人なのだ。奈央ちゃんとお仕事をしたことのあるタレントやスタッフの誰に聞いても、彼女のことを悪く言う人は1人もいない。誰もが口をそろえて「あの子はホントにいい子だね~」って言う。その上、あんなに美人でセクシーなんだから、こりゃあもう美女マニアのあたし的には、お茶の間でじっとしてなんかいられない(笑)
ま、そんなこんなの前置きってワケで、カンジンの「ゴーオンジャー」の話になるけど、あたしが何よりも感動したのは、去年の7月に、番組のホームページ内の「スペシャル」に掲載された奈央ちゃんのインタビューだ。去年の8月に、1作目の劇場版が公開されたことから、その直前に出演者のインタビューがアップされたんだけど、その記念すべき第1回目が、ゴーオンジャーの中の誰かじゃなくて、敵役のケガレシアちゃんだったのだ。だから、ケガレシアちゃんのファンのあたしとしては、このことだけでも感激だったのに、その内容を読んで、ホントに感動しちゃった。それは、インタビューの最後のとこで、「今後のガイアークとゴーオンジャーとの関係、及川さんとしてはどうなって欲しいですか?」って質問に対して、こう答えてたのだ。
「プロデューサーさんには「ケガレシアは死にたくないです。改心して、水をキレイにする大臣になりたいです!」って言ってあるんですけど‥‥。どうなるんですかね? もし死ぬとしたら、範人をかばって死ぬとか、ちょっといいところを見せたいですね。早輝や美羽とのからみもまだないので、そのあたりのお話もやってみたいです。」
あたしは、これを読んだ瞬間に、「男はつらいよ」の渥美清さんの遺作「寅次郎紅の花」の撮影時の浅丘ルリ子さんのことを思い出した。今年の1月10日の日記、「リリーになれない女」の中でも取り上げたけど、「寅次郎紅の花」の撮影をした時、渥美清さんは肝臓ガンが肺にまで転移してて、お医者さまの「撮影はムリ」って言葉を押し切って撮影に挑んだ。だけど、あまりにも具合の悪そうな様子を見た浅丘ルリ子さんが、山田洋次監督に、「もしかしたらこれが最後の作品になるかもしれないから、寅さんの夢を叶えてリリーと結婚させてあげて欲しい」ってお願いしたのだ。
結局、どうしてもシリーズを50作までは作りたかった山田監督は、浅丘さんの願いを聞かずに、リリーと結婚させなかった。そして、翌年、渥美清さんは亡くなり、この作品が遺作になった。だけど、書類上の結婚こそできなかったけど、長年の寅さんファンの誰もが納得できるような素晴らしい作品になった。
‥‥そんなワケで、あたしは、奈央ちゃんのインタビューを読んで、その作品を愛するあまり、その役を愛するあまり、自分の思いを作品に反映させて欲しいって監督やプロデューサーにお願いする気持ちが、浅丘ルリ子さんとおんなじだって思った。それも、まだ放送がスタートして4ヶ月しか経ってない時点で、自分の役を愛するあまりに、水を汚すことが使命の敵役なのに、最後には「改心して、水をキレイにする大臣になりたいです!」だなんて、大ゲサに聞こえるかもしれないけど、あたしは感動して泣きそうになった。そして、「なんて心の美しい人なんだろう」って思った。だから、それまで以上に、奈央ちゃんのことが大好きになった。そして、あたしは、奈央ちゃん演じるケガレシアちゃんを鑑賞するために、毎週「ゴーオンジャー」を録画し続けた。
そしたら、奈央ちゃんがインタビューの中で言ってた「早輝や美羽とのからみもまだないので、そのあたりのお話もやってみたいです」って夢が、叶えられる日が来たのだ。早輝はゴーオンジャーのイエローで、美羽はゴーオンウイングスのシルバーなんだけど、この敵も味方も関係なく、3人の女の子がユニットを組むことになったのだ。その名も「G3プリンセス」って言って、これは、ゴーオンジャー、ゴーオンウイングス、ガイアークの頭文字が「3つのG」って意味からの命名だ。
そして、敵と味方が手を組むことにムリがないように、ゴーオンジャーにとってもガイアークにとっても敵にあたる怪物が現われたのだ。これが、去年の9月に放送された「歌姫(アイドル)デビュー」の回で、「ロムビアコ」っていう怪物が現われて、街を破壊し始める。ちなみに、「ロムビアコ」って名前は、繰り返して言ってると「コロムビア」になるんだけど、これは、「ゴーオンジャー」のCDを出してるレコード会社が「コロムビア」だからだ。で、こんなレコード会社の名前から名づけられた怪物だから、当然、音楽に関係してるワケで、雑音を聞くと巨大化して、美しい音楽を聴くと小さくなっちゃう。
で、最初はガイアークの3大臣がバンドを組んで演奏するんだけど、これが雑音レベルのヘタクソさで、「ロムビアコ」は大きくなっちゃう。次に、ゴーオンジャーの1人が歌を歌うんだけど、これも失敗。そこで、早輝と美羽とケガレシアの3人の女の子がユニットを組んで、その歌で退治することを思いつく。そして、敵も味方も関係ない前代未聞のアイドルユニットが誕生して、なかなか楽しい特訓を積んで、可愛らしいピンクの衣装で登場するってスンポ―なのだ。ここまで書いたんだから、毎度のことながら、痒いとこに猫の手が届く「きっこの日記」としては、ここで「G3プリンセス」の「PRETTY LOVE 」をご紹介しつつ、ついでに、「3人が変身するシーン」もご紹介しつつ、サクサクと進んで行こうと思う。
それにしても、いつ観てもケガレシアちゃんの「惚れなきゃ後悔、ケガレ~シア!」ってサイコーだ。もう、ハァハァしちゃうよ、まったく(笑)‥‥なんてプチ感想も挿入しつつ、この曲は、ちゃんと「コロムビア」からCDリリースされたんだけど、早輝盤と美羽盤とケガレシア盤があって、それぞれがジャケ写になってる。その上、1曲目はみんなおんなじ「PRETTY LOVE」なんだけど、2曲目はそれぞれのオリジナル曲で、ケガレシア盤は奈央ちゃんの歌う「桃源郷(ユートピア)」って曲が入ってる。オマケに、ついこないだ、この3枚がセットになった上に、特別盤までついてる4枚組のCD-BOXまでリリースされちゃった。う~ん、率直に欲しい!(笑)
‥‥そんなワケで、こんなに大好きな「ゴーオンジャー」‥‥って言うか、こんなに大好きなのはケガレシアちゃんなんだけど、あたしは、1月の末に母さんの手術があったから、1月の3週目からのぶんは、予約録画してるだけで、観る余裕はなかった。それで、昨日の放送が最終回だったから、ゆうべの深夜、お酒を飲みながら、最後の4回ぶんの録画をマトメてタンノーさせてもらった。奈央ちゃんのブログ、「奈央の日記」はチョコチョコと覗いてるので、1月にケガレシアとしての最後の撮影を終えたこととか、そのあとに最後のアフレコを終えたこととか、打ち上げの様子とか、細かく知ってた。だから、奈央ちゃんの思いの詰まった最後の回は、ホントに楽しみにしてた。
47話の「内閣カイゾウ」では、ケガレシアちゃんたちガイアーク3大臣の上の総裏大臣ヨゴシマクリタインと、危官房長官チラカソーネが現われた。そして、現実の世界ではフロッピー麻生と河村建夫がニポンをメチャクチャにしてるように、テレビの世界でも総裏大臣と危官房長官が世の中をメチャクチャにし始めた。その上、総裏大臣のヨゴシマクリタインが必殺技の「正義カイサン」を使って、ブラックの軍平とグリーンの範人が消されちゃった。
ちなみに、さっきの奈央ちゃんのインタビューの中で、「もし死ぬとしたら、範人をかばって死ぬとか、ちょっといいところを見せたいですね」って言ってるけど、これは、ケガレシアちゃんが人間に化けた時の「汚石冷奈(けがれいし れな」に、ゴーオングリーンの範人が一目惚れしちゃってるからだ。だから、ここに来てグリーンが消えたってのは、ちょっとドキドキだった。さらに、ちなみに、セクシーな「汚石冷奈」にメガネをかけさせるのは、「おはよん」のオープニングで中田有紀ちゃんに白衣を着せてメガネをかけさせてるのとおんなじで、一部のソッチ系のマニアのハートをワシヅカミにするための演出だってことはジュージュー承知してるんだけど、あたしもソッチ系だから、あまりにもヤバすぎた(笑)
で、話をクルリンパと戻すと、総裏大臣ヨゴシマクリタインの 「正義カイサン」で、ゴーオンウイングスの2人も消されちゃって、残るはレッドの走輔、イエローの早輝、ブルーの連の3人だけになっちゃった。正確に言えば、あとは「相棒の炎神たち」がいるワケだけど、ここまで説明するのはメンドクサイから、とにかく、この3人で敵の本拠地のヘルガイユ宮殿へと向かう。だけど、いろんな色のメンバーがいる中で、いくらメインの3人とは言え、赤と青と黄色が残るなんて、お前ら「ナンミョ~戦隊」か!‥‥なんてツッコミも入れつつ、ヘルガイユ宮殿で待ち受けてたのは、ケガレシアちゃんとキタネイダスだった。
そしたら、そこに現われた総裏大臣ヨゴシマクリタインが、ナナナナナント! 自分の部下であるケガレシアちゃんとキタネイダスの2人を盾にして、2人も巻き添えにしながらゴーオンジャーに攻撃を開始しちゃう。ようするに、自分さえ良ければいい、自分さえ助かれば部下なんか死んでもいいって考えなワケで、コイズミしかり、アベシンゾーしかり、ニポンの歴代の総理大臣とソックリおんなじ人間性だったワケだ。サスガ、悪の権化は、現実の世界もテレビの世界も似たようなもんだ。
‥‥そんなワケで、いくら悪者とは言え、時にはゴーオンジャーと力を合わせて共通の敵と戦って来たケガレシアちゃんだから、曲がったことは大嫌いだ。世の中の水を汚そうとしてたのだって、キレイな水が嫌いで、汚れた水こそに美しさを感じる自分の感性に素直に生きてるからで、それがガイアークの宿命なんだから仕方ない。それで、ケガレシアちゃんは、最後の力を振り絞って、ゴーオンジャーの3人に総裏大臣ヨゴシマクリタインの「正義カイサン」のパワーを生み出してる装置の場所を教えて、それを破壊するように頼んで、息絶える。
近くに倒れてたケガレシアちゃんとキタネイダスは、お互いの手を伸ばして、手と手をつなごうとして、あとちょっとのとこで息絶えちゃう。それを見たゴーオンジャーの3人は、2人の手と手をつなげてあげて、それから、教えてもらった装置を破壊しに行く。そして、最終回では、3人が装置を壊したことによって、消えてた4人が戻って来て、みんなで力を合わせて、コイズミやアベシンゾー並みに卑劣で最低な総裏大臣ヨゴシマクリタインを木端微塵にやっつける。あたしは、もうサイコーに気分が良くて、サイコーに感動した。お酒を飲んでたセイもあるけど、感動して泣いちゃった。それは、ゴーオンジャーとゴーオンウイングスの7人が、ケガレシアちゃんの仇を討ってくれたように感じたからだ。
だから、奈央ちゃんがインタビューで言ってた、「ケガレシアは死にたくないです。改心して、水をキレイにする大臣になりたいです!」って通りにはならなかったけど、「改心して、悪の元凶を倒すために美しく散った」ってことなんだから、すごく良かったと思う。ただ、汚いものが大好きなケガレシアちゃんは、「美しい」って言われることを何よりも嫌ってる。だから、ここは、「美しく散った」って言うよりも、「汚ならしく散った」って言うほうが喜ばれるかもしれない‥‥なんて思ってたら、オトトイの奈央ちゃんのブログに、最終回を前にしたエントリーがあった。
「先週の放送では自分達の信念を貫き華々しく散っていったケガレシアとキタネイダスですが、彼女達の無念はラスト50話でゴーオンジャー達がきっと晴らしてくれるはず。最後まで、隅々まで観てくださいね!」
そして、ホームページのほうのケガレシアちゃんからの最後のメッセージには、こんなふうに書いてあった。
「ゴーオンジャー、いかがだったでしょうか?最終回前のGP-49で華やかに散っていったケガレシアとキタネイダス。ガイアークにも仲間を大切に思う【絆】はありましたね。最後の最後まで自分達の信念を貫き通し、ゴーオンジャーに看取られ、彼女達にとって最高の最期だったんじゃないでしょうか。」
そうか! 「美しく散った」でも「汚ならしく散った」でもなくて、「華々しく散った」とか「華やかに散った」とかって表現が良かったんだ!‥‥ってワケで、あたしは、番組の内容にも感動したけど、ケガレシアって役をとっても大切にしてた奈央ちゃんの思いに、何よりも感動した。そして、奈央ちゃんは、こんなふうに続けてる。
「1年間、沢山のご声援本当にありがとうございました。ケガレシアとともに過ごしたこの1年という月日は、私にとって生涯忘れることのできないかけがえのない時間であり、一生の財産となりました。ケガレシアが悪役であるにもかかわらず、沢山の方々に愛していただける魅力的なキャラクターになったのも、最高のスタッフと共演者に支えられ、温かく応援してくださったファンの皆々様方のおかげです。本当に本当に愉しかった。幸せでした。」
‥‥そんなワケで、「特捜戦隊デカレンジャー」が好きなあたし的には、最初はナンダカンダと文句を言いながら観始めた「炎神戦隊ゴーオンジャー」だったけど、敵役に及川奈央ちゃんが出てることで、キチンと毎週観るようになった。そして、13話の「侠気マンタン」で、丁半バクチの壺振りのお姉さんをやった奈央ちゃんを観て、あまりにもセクシーでステキだったから、あたしは一気にメロメロになっちゃって、そこからは完全にガイアーク側の立場になって観るようになった。だけど、「G3プリンセス」なんてユニットができちゃうように、敵と味方との線引きがユルユルだったから、ある意味、ヤッターマンとドロンボー一味みたいな関係性でもあった。だから、最初はゴーオンジャーの敵だったケガレシアちゃんが、最後には自らを犠牲にしてゴーオンジャーを助けるっていう流れにも、ムリを感じるどころか、逆にこのほうが自然な流れに思えた。とにかく、最初は単なる悪者の1人だったケガレシアっていうキャラが、ここまで魅力的なキャラへと昇華したのも、すべてはケガレシアに対する奈央ちゃんの「愛」によるものだと思う。だから、あたしも、この1年という月日をタップリと楽しませてもらって、心から奈央ちゃんに感謝したいと思ってる今日この頃なのだ。
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あたしのマンションの駐車場に来る猫たちの中で、現在、ハナコ、マイケル、小林君、マックス、ジジ、ペペロンチーノ、カルボナーラ、もんじゃの8匹は固定メンバーだけど、他にも、いろんな猫が顔を出す。何年も前にさかのぼると、白黒カラーのマックスとウリふたつの偽マックスとか、黒猫のジジとソックリの黒猫3兄弟とか、ちょっと前には、ガリガリに痩せてて死にそうだったコマイケルが、元気になるまで顔を出してた。他にも、覚えてないくらいたくさんの猫が来たけど、たった一度だけご飯を食べてった子もいれば、一度だけご飯を食べに来て、それから何ヶ月もして、忘れたころにまた顔を出す子もいる。
こうした子たちには、もちろん、ちゃんとした名前はつけてないんだけど、タマに顔を出す子には、自然とニックネームみたいなものがつく。まあ、猫の名前なんて、本名もアダ名もニックネームもないようなもんだけど、たとえば、月に一度くらい顔を出すシッポの曲がった茶トラの猫を「シッポ曲がり」って呼んだり、すごくタマに来る大きな黒猫を「大黒マキ」って呼んだり‥‥って、ほとんどが見かけの特徴から自然とニックネームがつく。これは、マンションの住人同士で会話する時に、「さっき、●●さんの車のボンネットの上でマイケルが寝てたから、近づいてったらマイケルじゃなくてシッポ曲がりだったのよ」「シッポ曲がりなら、ゆうべも来てたわよ」‥‥なんてふうに使うためだ。
で、こうした「ビジター猫」って言うか、「ゲスト猫」って言うか、タマに顔を出す猫たちの中に、あたしが「チェシャ猫」ってニックネームで呼んでる変わった猫がいる。そう、「不思議の国のアリス」に出て来る、あの「チェシャ猫」だ。とにかく、あの不思議な「チェシャ猫」をホーフツとさせる変わった猫で、子供のころから数えきれないほどの猫を見て来たあたしでも、こんな猫を見たのは生まれて初めてだ。たくさんの猫の写真が投稿されてるどんな猫雑誌を見ても、どんな猫サイトを見ても、未だかつて、この子に似た猫は見たことがない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしが初めて、この「チェシャ猫」と出会ったのは、去年の9月の初旬だった。駐車場の周りの植え込みの薄暗いとこに猫がいたから、「誰かな?」って思って近づいてったら、家の子じゃなかった。ヤタラと黒っぽいマダラみたいな模様で、顔の模様もグチャグチャしててよく分からない。薄暗い場所にいたセイもあったんだけど、目だけが大きく光ってて、あたしのことを威嚇するみたいに睨んでた。それで、あたしは、「風の谷のナウシカ」が、ユパさまからキツネリスのテトをもらった時の雰囲気を全身から醸し出しつつ、「恐くない‥‥ほら、恐くない‥‥」って言いながらソッと手を出してみたら、ソッコーで勝俣州和みたいに「シャー!」って言われちゃった(笑)
でも、きっとお腹が空いてるんだと思ったから、あたしは、ビジター用の器にカリカリを入れて、その植え込みのとこに置いて、そのままお部屋に戻った。それで、何時間かして様子を見に行ったら、器がカラッポになってたから、「よかった、よかった」って思って、その日はそれだけで終わった。そして、この2~3日後のこと、もんじゃがいる空き地の前を通ったので、習慣的に「もんじゃ、いるかな?」って思って中を覗いたら、もんじゃの代わりに変な猫がいた。ヤタラと黒っぽいマダラみたいな模様で、あたしと目が合ったら、目を光らせて険しい表情で威嚇のポーズを取った。その瞬間、あたしは、「こないだの子だ!」って分かった。
で、この時、あたしは初めてこの子の全身をちゃんと見ることができたんだけど、これが、今までに見たことがない不思議な柄の猫だったのだ。顔からシッポまで、全体的に黒とコゲ茶なんだけど、胴体が黒とコゲ茶のミゴトなボーダーだったのだ。普通のバニラのロールケーキと、チョコのロールケーキを用意して、両方とも3~4cmの幅に切る。そして、それをバニラ、チョコ、バニラ、チョコ、バニラ、チョコ‥‥って順番に10個並べたような、ミゴトなシマシマ模様だったのだ。黒とコゲ茶っていう濃い色同士だから、バニラとチョコみたいなメリハリはなかったけど、とにかく、首からお尻まで胴体がぜんぶ、まるで輪切りにした太巻き寿司を並べたみたいに、ミゴトに太いボーダー柄になってたのだ。
猫って、犬と違ってシマシマ柄がある。猫にも犬にもブチ柄はいるけど、シマシマ柄は猫だけだ。でも、それは、トラみたいな柄のシマシマだから、茶トラにしろ、キジトラにしろ、サバトラにしろ、そのシマシマは細かいし、独特のデザインになってる。フランク・ザッパに言えば、頭から背中にかけてはタテのシマシマが数本流れてて、そこから胴体の両サイドに細いシマシマが何本もあって、トラの柄をもっと細かくしたみたいになってる。そして、前足や後ろ足へと流れてって、美しい曲線を描いてる。
また、アメリカンショートヘアーの血が混じってる子なら、横に独特の渦巻き模様があったりもする。ようするに、シマシマって言っても、その幅は細いものだし、体の部位によってなめらかなラインを描いてるから、とてもボーダーとは呼べないものだ。だけど、今回の子の場合は、通常の茶トラやキジトラとはまったく違う模様で、背中からお腹までグルリと太い幅の輪っかをはめてるように、等間隔の帯が並んでた。それで、あたしは、瞬間的に「チェシャ猫だ!」って思ったのだ。「不思議の国のアリス」に出て来る「チェシャ猫」は‥‥って言うか、正確には、ディズニーのアニメの「不思議の国のアリス」に出て来る「チェシャ猫」は、ピンクと紫のボーダーだから、色は違うけど、そのシマシマ具合はソックリだった。
‥‥そんなワケで、あまりにも不思議な模様の猫と出会ったあたしは、何のタメライもなく、この猫に「チェシャ猫」ってニックネームをつけた。だけど、ものすごく根本的な問題が発生しちゃった。それは、言葉の意味の問題だ。「チェシャ猫」の「チェシャ」ってのは、「不思議の国のアリス」の作者、ルイス・キャロルの出身地のイギリスはチェシャー州のことで、ようするに、「チェシャー州の猫」って意味だ。だけど、これは、直訳であって、ホントの意味は違う。
英語には、いろんな慣用句があって、たとえば、有名なとこでは、「cats and dogs」って言葉がある。これを直訳すれば「猫と犬」って意味だけど、慣用句としては「土砂降り」って意味として使われる。これは、「It's raining cats and dogs.」ってふうに使われるんだけど、雰囲気としては「猫と犬がケンカしてるみたいに激しい雨」って感じなんだろう。
で、これとおんなじように、英語で「Cheshire cat (チェシャ猫)」って言うと、これは「ニヤニヤする」って意味の慣用句なのだ。説はいくつかあるんだけど、一番有力な説は、チェシャー州は牧場が多くて、乳製品の名産地なので、チーズもたくさん作られてる。それで、そのチーズを狙ったネズミもたくさんいるから、猫にとっては楽しい場所だ。それで、チェシャー州の猫は、いつもニヤニヤしてる‥‥ってものだ。そして、ここから、「grin like a Cheshire cat (チェシャー州の猫のようにニヤニヤする)」って言い回しが生まれたのだ。だから、作者のルイス・キャロルは、もともとあった慣用句から、いつもニヤニヤしてる「チェシャ猫」ってキャラを作って、自分の作品に登場させたってワケだ。
「不思議の国のアリス」には、他にも、こうした慣用句から生まれたキャラがいる。たとえば、アリスよりも大きくて態度もデカい「三月ウサギ」も、「mad as a march hare (3月のウサギのように気が狂ってる)」っていう慣用句から生まれたキャラで、これは、3月に発情期を迎えるウサギの様子から作られた慣用句だ。また、頭のイカレた「帽子屋」も、「mad as a hatter (帽子屋のように気が狂ってる)」っていう慣用句から生まれたキャラだ。今、こんな慣用句を使うと、帽子屋さんに怒られちゃいそうだけど、「不思議の国のアリス」が書かれた100年以上も前の時代では、帽子を作る工程で水銀を使ってて、そのため、長く帽子屋さんをやってると、水銀の影響で病気になる人が多かったそうだ。
ちなみに、来年公開予定のティム・バートン監督の「不思議の国のアリス」では、ジョニー・デップが、このイカレた「帽子屋」の役をやるそうで、どんな演技を見せてくれるのか、今から楽しみだ‥‥なんてプチ情報も織り込みつつ、この「不思議の国のアリス」には、たくさんのキチガイが登場する。つーか、アリス以外は全員がキチガイだ。だから、「三月ウサギ」にしても「帽子屋」にしても、「気が狂ってる」っていう慣用句から生まれたキャラなのだ。
‥‥そんなワケで、うさぎの穴に落っこちて、不思議の国に迷い込んだアリスが、初めて「チェシャ猫」と出会ったのは、飼い主である侯爵夫人の屋敷だった。炉辺でニヤニヤしてる猫を見つけたアリスは、侯爵夫人に、「あなたの猫はどうしてあんなにニヤニヤと笑っているんですか?」って聞くと、「チェシャ猫だからよ!この豚!」って言われちゃう。ようするに、最初から「チェシャ猫=ニヤニヤしてる猫」っていう大前提があるワケだ。そして、この理屈で行けば、最初から「気が狂ってるウサギ」が「三月ウサギ」なワケで、最初から「気が狂ってる帽子屋」が「帽子屋」ってワケなのだ。
で、侯爵夫人の屋敷を出て森に入ったアリスは、フタマタに分かれた道のとこで、今度は木の枝の上にいる「チェシャ猫」を見つける。そして、話しかける。
「あの、チェシャ猫ちゃん、あたしはどっちの道へ行けばいいのかしら?」
「そりゃあ、お前がどこへ行きたいかによるニャ~」
「どこでもいいんだけど‥‥」
「それなら、どっちへ行ってもいいのニャ~」
「どこでもいいの、どこかに着けば」
「そりゃあ、どこかに着くニャ~。着くまで進めばニャ~」
「このあたりには、どんな人たちが住んでるの?」
「こっちへ行けば帽子屋、こっちへ行けば三月ウサギが住んでるニャ~。どっちでも好きなほうへ行くといいニャ~。どっちもキチガイだからニャ~」
「あたし、キチガイのところなんか行きたくないわ」
「そんなこと言ったって、ここに住んでるのはみんなキチガイなんだから、どうしようもないニャ~。オレもキチガイだし、お前もキチガイだしニャ~」
「ひどいわ!何であたしまでキチガイなの?」
「ここへ来たってことが、キチガイだってことなのニャ~」
「じゃあ、あなたはどうしてキチガイなの?」
「犬は、怒った時に唸り声をあげて、嬉しい時にシッポを振るから、キチガイじゃないニャ~。でもオレは、嬉しい時に唸り声をあげて、怒った時にシッポを振るニャ~。だからキチガイなのニャ~」
‥‥そんなワケで、登場するキャラがキチガイだらけの「不思議の国のアリス」だけど、本も面白いしディズニーのアニメも面白い。あたしは、ミッキーマウスやドナルドダックとかのディズニーのキャラが大嫌いで、ディズニーランドにも絶対に行かないし、ディズニーの映画もほとんど観ないけど、この「不思議の国のアリス」だけは大好きで、ビデオも持ってる。で、本の挿絵の「チェシャ猫」を見ると、口は左右に大きく裂けてるけど、体の模様は細いシマシマで、普通のキジトラみたいなんだよね。シッポの先もスッと細くなってるし、顔以外は普通の猫なのだ。だから、不思議なボーダー模様になってるのは、ディズニーのアニメの「チェシャ猫」だけなワケで、ようするに、あの特殊な柄の猫は、ディズニーが原作を無視して勝手に作ったものだってワケだ。
あたしが、生まれて初めて「チェシャ猫」を知ったのは、小学校1年生の時に、このディズニーのアニメの「不思議の国のアリス」を観た時だ。ちっちゃい時から猫が大好きだったあたしは、木の枝の上でニヤニヤと笑いながら、トンチンカンなやり取りでアリスを困らせ、優雅なポーズを取ったりしながら、「この~オレは~摩訶不思議~魔力を持った猫だ~♪ そこら~のヤツラとは~偉さが~違うよ~♪」って歌う不思議な猫を見て、たまらないほど気に入った。体が消えたり現われたりして、最後には笑ってる口だけ残して消えたりして、ホントに不思議だった。そして、何よりも衝撃的だったのが、ピンクと紫のシマシマの模様だった。それまで、猫って言えば、白とか黒とか茶色とかだと思ってたから、ピンクと紫のシマシマだなんて、あまりにも意外だった。
だから、小学5年生か6年生の時に、初めて本を読んで、挿絵の不気味な「チェシャ猫」を見て、あたしは激しいショックを受けた。カラフルで可愛かったそれまでの「チェシャ猫」のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れて行った。いくら子供でも、小学校の高学年になれば、本のほうが原作で、アニメはあとから作られたものだってことくらい分かるから、挿絵のペン画の不気味な「チェシャ猫」ことが本物なんだって知って、あたしはホントにショックだった。これは、先にテレビのアニメの「ムーミン」を観て、ムーミンや他のキャラのことを可愛いと思ってたのに、あとから原作の「たのしいムーミン一家」とか「ムーミン谷の仲間たち」とかを読んで、不気味な挿絵を見てショックを受けたのとおんなじだった。
‥‥そんなワケで、何でも原典にあたってみることをポリシーにしてるあたしだけど、この「チェシャ猫」に関しては、あとから勝手に作られたディズニーのキャラのほうを「本物」として、ムリヤリに認識するようにしてる。やっぱり、幼いころに刷り込まれちゃったイメージって、修正することが難しいし、何よりも、あれほど衝撃的なキャラを否定することなんてできないからだ。それに、現実にはアリエナイザーだと思ってたボーダー猫にも出会えたことだし、ピンクと紫のディズニーの「チェシャ猫」を本物に認定したいと思う。ただ、最初に「ものすごく根本的な問題が発生しちゃった」って書いたけど、「チェシャ猫」が「ニヤニヤしてる猫」って意味なのに対して、あたしが出会った猫は、いつでも「シャー!」とか「フー!」とか威嚇して怒ってるんだよね。つまり、体の模様は似てるのに、名前の意味が正反対なのだ。だから、これから時間をかけて、ニヤニヤ笑ってもらうのはムリだとしても、せめて威嚇だけはやめてもらうように、ジワジワと仲良くなって行こう‥‥なんて思ってたら、昨日、また空き地で会っちゃって、今回はケータイで写真を撮ることにも成功しちゃった今日この頃なのだ♪
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この「きっこの日記」は、「日記」と言いながらも、「今日は何があった」とか「今日はどんなことをした」とかっていう、あたしの日々の出来事はほとんど書いてない。タマには、その日の出来事を書く時もあるけど、基本的には、「その日に書きたいことを書く」ってスタイルにしてる。1日のお仕事を終えて、夜、パソコンの前に座って、コーヒーを飲みながら、書きたいことを書く。たとえば、その日、お仕事ですごくイヤなことがあったとしても、そのことをクドクドと書くんじゃなくて、ぜんぜん別の楽しいことや気になってることを書き始める。そうすると、この「きっこの日記」の中だけの「もう1人のあたし」が現われて、すごく楽しい気分になって来る。だから、あたしにとっての「きっこの日記」は、日常生活とは別の「もう1人のあたしの居場所」みたいな感じなのだ。
でも、別に「その日のことを書いちゃいけない」なんてルールを作ってるワケでもないから、タマには、普通の日記みたいに、その日の出来事を書く場合もある。そんな時に、あたしは、いつも悩むことがある。それは、「ホントのことでもどこまでなら書いてもいいのか」ってことだ。あたしは、最初のことろは、「あたしの日記なんだから何を書いても自由だ」って思って書いてた。もちろん、ウソを書くことは問題があるけど、あたしが見たり聞いたりしたことなら、何を書こうが自由だと思って書いて来た。たとえば、あたしは、ドコモのケータイを絶対に使わないって言い続けてるし、その理由として、地元の駅の近くのドコモショップの女の対応が最悪にムカついたってことを理由としてあげて来た。
だけど、あたし1人が日記に書いたとこで、それが原因でドコモの売り上げに影響が出たり、ましてやドコモが潰れたりするワケはない。だからこそ、あたしは何の気兼ねもなく書いて来た。でも、これが、小さな個人商店だったらどうだろう。あたしがタマタマお昼ご飯を食べに入った定食屋さんで、ものすごく不愉快な対応をされた上に、出て来た定食が死ぬほどまずかったとする。で、あたしが、そのことを「きっこの日記」で取り上げて、そのお店の名前も場所も明記した上で、ボロクソに書いたとする。そしたら、そのお店のお客は減るだろうし、ヘタしたら、あたしが日記に書いたことがキッカケとなって、潰れちゃうかもしれないと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、対象が「商品」であろうが「お店」であろうが、それをホメて書くぶんには何も問題はないんだけど、悪く書かなきゃならない時って、あたしはものすごく悩んじゃう。それで、結局は、書くのをやめることが多い。だから、「あたしの日記なんだから何を書いても自由だ」って考えは、ずいぶん変わって来た。本心を言えば、あたしがムカついた「商品」や「お店」に関しては、あたしが感じた通りに正直に書きたい。それは、単にあたしの怒りを発散させたいってだけじゃなくて、あたしとおんなじ被害に遭う人を1人でも減らしたいって気持ちもあるからだ。
だけど、こういうのって、やっぱり気が引ける。好きなものや好きなお店をホメるのなら書いてても楽しいんだけど、いくらホントのこととは言え、特定の商品や特定のお店のことを悪く書いて公開するのは、やっぱり気が引ける。ムカついて頭から湯気が出てるその時だけはスカッとするけど、日にちが経つにつれて、だんだん自分のことが卑しい人間みたいに思えて来て、「こんなこと書かなきゃ良かった」って気持ちが芽生えて来る。
それは、「単にあたしの怒りを発散させたいってだけじゃなくて、あたしとおんなじ被害に遭う人を1人でも減らしたいって気持ちもあるからだ」って言いつつも、結局は、「あたしの怒りを発散させたい」って部分がほとんどで、「あたしとおんなじ被害に遭う人を1人でも減らしたい」なんてのは、悪口を公開することに「正義」っていう大義名分を付加させるための免罪符でしかないからだ。もちろん、「あんな酷いお店に行ってイヤな思いをする人を減らしたい」って気持ちがあることは確かだけど、その気持ちの先には、「誰も行かなくなって潰れちゃえばいいのに」っていう卑しい気持ちもあるし、それは、あたし自身が不愉快な思いをさせられたことへの復讐に他ならないのだ。
たとえば、あたしが、どこかのメーカーのある商品を買ってみたら、宣伝に書いてある謳い文句とは正反対の劣悪な商品だったとする。それで、頭に来て、そのメーカーに電話をしたとする。そこで、キチンとした人が電話に出て、キチンと対応してくれて、キチンと謝罪してくれて、「商品を送り返してくれれば代金と送料をお返しします」って約束してくれれば、あたしの怒りはココで収まるし、ワザワザ日記に書こうとまでは思わない。だけど、電話に出たのがムカつくバカ女で、クレームの電話だって分かったトタンにケンカ腰の口調に豹変して、あたしのことをまるで悪質なクレーマーか何かみたいに決めつけて、さんざん不愉快なことを言われたとしたら、たとえ最後に代金を返すって言われたとしても、あたしの怒りは収まるどころか、何倍にもふくれ上がっちゃう。そして、その怒りにまかせて、日記にボロクソに書きまくろうとしちゃう‥‥って流れだ。
だから、この流れを客観的に見れば、あたしが不愉快な思いをした特定の商品やお店のことを悪く書きたくなるって心境は、その大部分が醜い復讐心によるものってことになる。そして、それを自分で分かってるからこそ、そうした醜い心を見られたくなくて、「あたしとおんなじにイヤな思いをする人を減らしたい」なんてイイワケじみたことを補足しちゃうワケだ。だって、冷静に自分のことを見てみれば、心の容量を100だとすると、このうちの99は怒りであって、第二、第三の被害者を減らしたいって思いは1くらいしかないことが分かる。それなのに、その1の部分を何十倍にもして、まるでこっちのほうがメインであるかのような考え方をするなんて、このこと自体が、自分のやろうとしてることが自分の美意識に反してるってことの何よりの証明になる。
で、こんな自己分析から導き出した結論なんだけど、最近のあたしは、日記に書きたくなるほどムカついたことがあった時には、徹底的にボロクソに書きまくってから、その原稿を「きっこの日記」にアップしないで、削除するようになった。そして、「ごみ箱を空にする」をクリックして、例の「ガサッ」て音を聞けば、たいていのことはスッキリできる。これで、あたしの怒りは収まるし、あたしの美意識も保たれる。「あたしとおんなじにイヤな思いをする人」に警告することはできないけど、それは仕方ない。100%の正義感からの告発で見ず知らずの人を救うのなら美しいことだけど、醜い復讐心からの行動を正当化させるために見ず知らずの人を利用するワケには行かないからだ。
‥‥そんなワケで、お笑い芸人のスマイリーキクチさんが、女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人だっていうデタラメをネット上に流されて、それを鵜呑みにした人たちが、スマイリーキクチさんのブログに嫌がらせのコメントを繰り返して、そのうちの悪質だった18人が警察に摘発された。摘発された18人は、札幌の17才の女子高生から大阪の45才の国立大職員まで、さまざまな地域や立場の人たちで、何でこんなことを繰り返してたのかっていうと、「殺人犯が芸人をやってることが許せなかったから」だそうだ。ようするに、ネット上に流されてるデマを鵜呑みにして、正義感から書き込みを繰り返してたってワケだ。
この事件では、飯島愛ちゃんも、同様の被害を受けてた。スマイリーキクチさんに対するデマとおんなじに、愛ちゃんも、「女子高生の監禁されてた部屋を飯島愛が面白半分に見学に行った」なんてデマを流されてた。スマイリーキクチさんに対するデマは、そのうちに「所属事務所が足立区出身の元不良として売り出した」とか「事件のことをお笑いのネタにしていた」とか、どんどん尾ヒレがついてったけど、愛ちゃんのデマもおんなじで、最初は「飯島愛がコンクリ殺人に関与してるらしい」ってデマだったのが、どんどん尾ヒレがついてって、そのうちに「飯島愛は不良時代に犯人グループの1人と付き合ってた」とか「女子高生の監禁されてた部屋を飯島愛が面白半分に見学に行った」なんていうリアリティーのあるデマにされちゃった。愛ちゃん本人は「バカバカしい」って言って気にしてない様子だったけど、そうとうイヤな思いをしてたみたいだ。
あたしも、あたしの母さんが朝鮮から強制連行されて来た朝鮮人で九州の炭鉱で働かされてただとか、その炭鉱で働く人たちと寝る慰安婦だったとか、あたしも朝鮮人でナントカっていう名前だとか、あたしも売春婦でカメラマンのナントカって人の女だとか、挙句の果てにはオウム真理教の信者だとか、民主党の関係者だとか、ありとあらゆるデマを流された。さらには、そんなデマをウィキペディアにまで書き込まれて、ウィキペディアに連絡して削除を依頼したら、担当者から冷たく断られた。そして、そうしたデマを鵜呑みにした人たちから、嫌がらせや脅迫のメールが数えきれないほど届いた。だから、あたしは、スマイリーキクチさんや飯島愛ちゃんが、どれほどつらい思いをしてたのか、すごくよく分かる。
あたしなんか、書籍版の「きっこの日記」を発売した時にも、アマゾンのレビュー欄にまで嫌がらせの書き込みをされた。「レビュー欄」てものは、その本を読んだり、そのCDを聴いた人が感想を書き込む場所なのに、まだ本が発売される前の予約の段階から、「ネット上でタダで読めるものをお金なんか払って買うのはバカ」とか、何度も何度も書き込まれた。あまりにも酷いものはアマゾンに頼んで削除してもらったけど、こういう人たちって、削除したり反論したりするとさらにエスカレートして来るみたいで、同一人物がわざわざ別のアカウントを取得して別名で嫌がらせの書き込みをしたりとか、あまりにも粘着質で気持ち悪いから、もう放っとくことにした。
あたしは、3冊の本をすべて心を込めて一生懸命に書いたし、自分では絶対に定価以上の価値のある本だって自信がある。そして、ちゃんと読んでくれた人たちからは、たくさんの嬉しい感想が寄せられてる。だから、読みもしないで批判する人たちのことなんか無視することにした。何よりも笑っちゃったのが、第1弾の「きっこの日記」のレビュー欄に、「安倍総理のことをバカにした酷い内容に呆れ返った」なんて書き込んでる人がいたことだ。第1弾の「きっこの日記」は、コイズミが総理の時に編集、出版した本で、あたしは預言者でも超能力者でもないんだから、誰が次の総理になるかなんて分かるワケがないし、当然、この本の中には「安倍総理」なんて出て来ない。
ようするに、こういう人たちは、本も読まずに嫌がらせの書き込みをしてるってワケだ。そして、本も読まずにレビュー欄に嫌がらせの書き込みをするってことは、ネット上に流されてるデマを鵜呑みにしてスマイリーキクチさんのブログに嫌がらせのコメントを書き込んでた人たちと同類だ。スマイリーキクチさんのブログに嫌がらせのコメントを書き込んでた人たちは、「正義感から書き込んだ」なんて言ってるそうだけど、相手が無実のスマイリーキクチさんじゃなくて、たとえホントに悪いことをした人に対してであっても、自分の顔を隠して一方的に「死ね!」とか「殺してやる!」とかって書き込むことを「正義」だと思い込んでるのなら、それは違うと思う。
‥‥そんなワケで、誰か悪いウワサのある人を見つけて、その人のブログに嫌がらせの書き込みを繰り返して、それを「正義」だっていう感覚。これって、最初に書いた、あたしが不愉快な思いをした商品やお店のことを日記にボロクソに書こうとした感覚と共通してる部分がある。世の中のことを「善」と「悪」との二元論でしか考えられない知能の低い人間に多い感覚で、相手は誰でもいい、何でもいいから、とにかく「悪」のレッテルを貼れる対象を探し出して、それを一方的に攻撃する。そうすることによって、自然と自分が「善」の立場に立てるから、「正しいことをしてるんだから多少は行き過ぎても許される」って錯覚しちゃうのだ。だから、無実の人のブログに「死ね!」とか「殺してやる!」とかって書き込んでても、掲示板に匿名で他人の悪口を書き込んでても、自分は正しいことをしてるって信じ続けてるんだと思う。
正しいことをしてるって信じ込んでるから、汚い言葉で他人を罵っても脅迫しても、書き込んだあとには気分がスカッとする。これは、あたしが、不愉快な思いをした商品やお店のことを日記にボロクソに書いてスカッとすることとおんなじだ。あたしの場合は、「あたしは被害者だ」っていう立場からの発想だから、出発点は違うけど、結局は「あたしが善で、相手が悪」っていう幼稚な二元論から、自分の醜い行動を「善悪」で正当化しようとしてるワケだ。だから、あたしも、他人のブログや掲示板に嫌がらせの書き込みをしてる人たちと五十歩百歩なんだと思う。
ただ、あたしの場合は、俳句をやってるオカゲで、自分のことを客観的に見ることができる。そして、客観的に自己分析した結果が、最初に書いた通りだ。初めは、「お客をお客と思わないような酷い会社やお店から被害を受けて、それを日記に書くあたしは正しい」って思ってた。だけど、それが、自分の怒りを発散させるために書く「悪口」に、「正義」っていう大義名分を付加させて、それを「悪口じゃないもの」にしようする醜い行為だって気づいた。これは単に「自分がムカついた対象を公開の場でボロクソに言うことでスカッとしたい」っていう醜い心なんだってことに気づいた。だから、やらないことにした。
スマイリーキクチさんのことをホントに犯人だと思って、ホントに「正義感」からの行動をしようと思ったのなら、警察に連絡して、ちゃんと捜査してもらうように伝えるべきだっただろう。そして、本人に対して言うにしても、ブログのコメント欄に「死ね!」なんて書き込みをするんじゃなくて、メールでキチンと伝えるべきだっただろう。だけど、こうした行動を取らずに、「公開されてるブログのコメント欄に書き込む」って行為だけを続けてたんだから、これは、あたしの「自分がムカついた対象を公開の場でボロクソに言うことでスカッとしたい」っていう醜い心とおんなじだってことだ。
あたしに対しての嫌がらせも、掲示板だとかアマゾンのレビュー欄だとかの「不特定多数の人が閲覧できる公開の場」には書き込まれるけど、あたしのとこにメールして来る人はほとんどいない。そして、タマに、メールフォームから嫌がらせのメールを送って来る人がいるみたいだけど、そういう人は正しいメールアドレスを記入してないから、自動的にゴミ箱に行くようになってて、あたしの目に触れることはない。ホントにあたしに対して言いたいことがあるのなら、キチンと自分のアドレスを記入した上で、あたしに直接メールしてくればいいのに、そうしたことはいっさいせずに、掲示板だとかアマゾンのレビュー欄だとかの「不特定多数の人が閲覧できる公開の場」にだけ一生懸命に悪口を書き込み続けてる。
これは、あたしに文句を言いたいんじゃなくて、相手なんて誰でもいいから、「自分の顔を隠して誰かに嫌がらせをしてスカッとしたい」っていうことなんだと思う。でも、あたしは、フクダちゃんみたいな恥知らずじゃないから、他人のブログや掲示板に嫌がらせの書き込みを繰り返してるこうした人たちに対して、「あなたとは違うんです!」なんて言わない。さっきも書いたように、あたしも五十歩百歩だと思う。だけど、実際にやるかやらないかは、ものすごく大きな違いだとも思ってる。
‥‥そんなワケで、あたしは、今回のスマイリーキクチさんの件をニュースで知って、17才の女子高生はともかくとして、45才の国立大職員までもがこんな幼稚なことをしてたってことに悲しくなった。国立大の職員てことは、あたしたちの税金で暮らしてる公務員なんだよね? ま、職業はともかくとして、45才なら、奥さんや子供がいる可能性も高いよね? あたしは、こうしたネット上の嫌がらせをしてる人たちって、中学生や高校生、せめて大学生くらいまでで、マサカ、いい年した大人が混じってるとは思わなかった。だから、それだけでも悲しくなったけど、さらに、いい年した大人がこんなことをホントに「正義」だと思ってたんだとしたら、情けなくて言葉も出て来ない。タダでさえ、学校の先生や警察官の不祥事が繰り返されてるのに、これじゃあ、大人が子供に向かって「ネットでのイジメは許しません!」なんて言えないじゃん。相手の顔が見えないネット社会だからこそ、相手の顔が見える現実の社会以上に「思いやりの心」が大切だってことをあたしたち大人が見本になって示さなきゃならないのに‥‥なんて思って、あたし自身も気をつけて行こうと思った今日この頃なのだ。
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2月5日付のネットニュースを流し読みしてたら、こんな記事があった。
「サッチャー元英首相の娘、差別発言でBBC番組降板」(ロイター)
英国放送協会(BBC)は4日、マーガレット・サッチャー元首相の娘でレポーターのキャロル・サッチャーさん(55)が、差別的な発言を理由に番組を降板すると明らかにした。BBCのスポークスマンによると、サッチャーさんは1月29日、出演する番組「TheOneShow」の放送終了後、テニスの全豪オープンに出場していた黒人選手について、黒人の差別用語とされる「golliwog」と発言。これを聞いた同僚やゲストらによって、上司に知らされたという。BBCでは、サッチャーさんがこの発言について「冗談だった」として謝罪を拒否したため、降板を決定。しかし、契約は解除されておらず、今後もほかの番組には出演するという。
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/world/n_england3__20090206_2/story/05reutersJAPAN363077/
で、この記事を読んで、あたしは、「はぁ?」って思った。だって、テレビ番組の中で差別発言をしたんならともかく、キャロル・サッチャーは番組の終了後に発言したワケで、放送では流れてないのだ。それを周りにいた番組出演者たちが、ワザワザ上司にチクリに行って、こんなに大きな話にしちゃったってワケだ。あたしに置き換えれば、この「きっこの日記」に差別用語を書いたワケじゃなくて、知り合いと喫茶店かどこかでおしゃべりしてる中で、つい差別用語を言っちゃっただけなのに、そこにいた人がワザワザどこかの掲示板だの自分のブログだのに、「きっこがこんなこと言ってましたよ!」って書き込んで大騒ぎしてるような感じだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、いつものことだけど、まずは原点にあたってみるのが基本なので、あたしは、英語圏の数種類のニュースを読んでみた。それで、一番詳しく書いてあったのが「デイリーテレグラフ紙」なので、その記事を参考にして書くけど、このロイターのニポン語の記事は、ずいぶんハショッちゃってる。「デイリーテレグラフ紙」の「Carol Thatcher golliwog row (キャロル・サッチャーがゴリウォーグで降板)」て記事は、ヤタラと詳しく書いてあるし、キャロル・サッチャー側の言いぶんもBBC側の言いぶんも公平にキチンと掲載してる。
で、まずは、この問題の「golliwog (ゴリウォーグ)」について説明しとくけど、これは、黒人のお人形の名前だ。もともとは、もう1つ「g」がついて「golliwogg」って書くんだけど、今から100年以上も前に、23才のイギリスの女性、フローレンス・アプトンが絵を描いて、お母さんのバーサ・アプトンが物語を書いて、絵本として誕生した。そして、それからだんだんに人気が出て、お人形が作られるようになった。「ゴリウォーグ」とか「ゴリウォグ」とか呼ぶよりも、「ゴーリー」って愛称で呼ばれることのほうが多い。
「ゴリウォーグ」は、黒い顔にギョロっとした大きな目、赤くて分厚いクチビル、モジャモジャに膨らんだ髪の毛っていう、ようするに、黒人の特徴をデフォルメしたお人形だから、長年、子供たちに愛されて来たのに、いつのころからか、黒人を差別する時にも使われるようになっちゃった。つまり、白人が黒人に向かって「おい!ゴリウォーグ!」って言えば、これは中傷したことになっちゃうのだ。ちなみに、去年、黒人モデルのナオミ・キャンベルが、飛行機に既定外の手荷物を持ち込もうとして職員や警官と大ゲンカをしたけど、本人が言うには、「golliwog super model!」って中傷されたからブチ切れたそうだ。
‥‥そんなワケで、お人形自体はとっても可愛いのに、こうして黒人への人種差別として使われちゃうのは、とっても悲しいことだ。これって、「ちびくろサンボ」もおんなじだよね。「ちびくろサンボ」は、もともとはみんなから愛されてた楽しいお話だったし、それどころか、黒人のイメージを良くする本として、昔は学校や図書館の「推薦図書」にも指定されてたのだ。それなのに、発売から70年以上も経った1970年代に入ると、突然、黒人に対する人種差別だって言い出す人たちが現われ始めた。
その理由ってのが、サンボの来てる洋服の色がハデだからって、「黒人は服装のセンスが悪い」って言ってる本だ‥‥とか、トラが木のまわりをグルグル回ってバターになっちゃって、それでホットケーキを作って食べるのがラストシーンだけど、そこでサンボが169枚ものホットケーキを食べるからって、「黒人は大食いで野蛮だ」って言ってる本だ‥‥とか、あまりにもコジツケすぎる理由なのだ。
こうなって来ると、まるで「言葉狩り」とか「魔女狩り」みたいなノリだけど、黒人をモチーフにした可愛らしいお人形が人種差別の代名詞みたいにされちゃうのも、結局はおんなじ感覚なんだと思う。だって、今回の「ゴリウォーグ」にしたって、かつては「子供たちから愛されてる可愛らしいお人形」って意味だけだったワケで、人種差別なんて発想は1ピコグラムもなかったからだ。
で、「デイリーテレグラフ紙」の記事を読んでみると、キャロル・サッチャーは、番組が終わったあとの出演者たちとの会話の中で、テニスの全豪オープンに出場してたフランス国籍の黒人選手、ジョウィルフリード・ツォンガ(23)のことを冗談で「ゴリウォーグ」って言っちゃったそうだ。この選手は、「テニス界のモハメド・アリ」って呼ばれてて、見た目もアリに似ててゴツイ感じがするんだけど、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」ってプレースタイルから名づけられたそうだ。
どんなふうな言い方をしたのかまでは記事からは分からないけど、その場にいた番組の司会者のエイドリアン・チルズと、ゲストのジョウ・ブランドと、制作スタッフたちが、この発言は問題だとして、上層部に伝えたってんだから、キャロル本人が思ってたような「冗談」とは受け取られなかったか、もしくは、「冗談でも許されない発言」て思われたんだろう。そして、その報告を聞いた上層部は、これを「大問題」だと判断して、キャロルに全面的な謝罪を要求した。それを受けてキャロルは、「あくまでも冗談で言った言葉であって、本来の私は人種差別発言などしない」って前置きをしてからの謝罪をするって言ったら、上層部はそれを許さなかった。それで、キャロルとBBCは決裂しちゃったって流れだ。
ちなみに、キャロル側のスポークスウーマンは、放送後の個人的な会話の内容までを問題にして、それをわざわざニュースで報じたことに激怒してて、「これはキャロルの母親がマーガレット・サッチャー元首相だということを踏まえた上でのBBCによる復讐です」って言ってる。もちろん、キャロルの発言そのものが不適切だったことは認めた上での反論だけど、こんなことをワザワザ上層部にチクリに行く出演者やスタッフとか、それを大ゴトにしてニュースで伝えちゃうBBCとかの異常さを見ると、複雑な因縁みたいなものがあるんだと思う。
‥‥そんなワケで、あたしは決してキャロルの肩を持つワケじゃないし、いくら放送後とは言え、黒人に対して「ゴリウォーグ」って言うのは、やっぱり良識ある大人の態度とは思えない。逆に言えば、放送後だからこそ本音が出たとも言えるし、55才にもなって「お前は泰葉か!」って言いたい。だけど、それはそれとして、こんなことをワザワザ上層部にチクリに行くヤツラってのも、同レベルの人間のように思う。それに、こんなことで大騒ぎするくらいなら、遥かに大変な失言をしちゃった人がいる。イギリスのバーナード・フローケット大臣(61)は、去年の11月の下旬に、オバマの当選を引き合いに出して、こうノタマッたのだ。
"UK could put golliwog back on jam jars now Obama's been elected"
「オバマが大統領に選ばれたのなら、我が英国もジャムの瓶のラベルにゴリウォーグの絵が復活するだろう」
「ゴリウォーグ」ってキャラは、とっても可愛くて人気があったから、かつては絵本やお人形だけじゃなくて、バッジになったり、シールになったり、ジャムやマーマレードの瓶のラベルにもトレードマークとして描かれてた。これは、イギリスではオナジミの「ジェームズ・ロバートソン・アンド・サンズ」ってメーカーのジャムやマーマレードなんだけど、「ゴリウォーグ」が人種差別にあたるって風潮が強くなったために、こうしたグッズはだんだんに淘汰されてって、長年、イギリスの人たちに親しまれて来たこのジャムのラベルの絵も、自然と消えることになったのだ。
ニポンでも、昔のカルピスの瓶は、黒人がストローでカルピスを飲んでる絵が描いてあったけど、いつしか自然に消えてった。「ダッコちゃん」なんて人形もあったけど、あれもいつしか消えてった。これらとおんなじことなんだろう。あたし的には、カルピスの絵やダッコちゃんが多くの人たちから愛されてた時代のほうが、逆に、人種差別なんて意識は誰も持ってなかったように感じるんだけど、どうなんだろう?
で、話をクルリンパと戻すけど、イギリスのバーナード・フローケット大臣は、一国の閣僚って立場でありながら、アメリカで初の黒人の大統領が誕生したことを受けて、「ジャムの瓶のラベルにゴリウォーグの絵が復活するだろう」って言って、これを「British politician jokes (英国式政治ジョーク)」だって言ったのだ。これは、オバマのことを直接的に「ゴリウォーグ」って言ったワケじゃないけど、同列に並べてジョークにしたんだから、失言のレベルとしてはキャロル・サッチャーの比じゃないだろう。
ま、詳しいことは、2008年11月21日の「デイリーメール紙」の「British politician jokes 'UK could put golliwog back on jam jars now Obama's been elected' (英国式政治ジョーク「オバマが選ばれたのなら英国もジャムの瓶にゴリウォーグの絵が復活する」)」を読んでもらうとして、ここでは簡単に説明しとくけど、このフローケット大臣は、ニポンでカメムシ大臣が「女性は産む機械」って言った時とおんなじくらい、大ブーイングの嵐を巻き起こしちゃった。何しろ、キャロルみたく番組終了後にボソッと失言したんじゃなくて、フローケット大臣の場合は、ラジオで放送しちゃったからだ。
この日、フローケット大臣は、新しく造る空港に関する記者会見をひらいてた。で、空港の建設には反対派も多いから、まずは軽いジョークを言って、場の空気がなごんだとこで、カンジンの空港の話に入ろうと思ったそうだ。それで、用意しといたこのジョークを言ったんだけど、場がなごむどころか、あまりに無神経な人種差別ジョークに、会見場は凍りついちゃった。そして、この様子を放送してたラジオ局には、ものすごい数の抗議の電話が掛かって来たそうだ。そして、もはや空港の話どころじゃなくなっちゃったフローケット大臣は、大慌てでソッコー全面的に謝罪した。その上、「私は、大統領選の間も、ずっとオバマ氏を支持して来ましたし、アメリカの次期大統領に選ばれたオバマ氏に対して、これ以上はないほどの尊敬の念を持っており、彼を攻撃しようなどという気持ちはミジンもありませんでした」だなんて、歯が浮きそうなオベンチャラを連発したのだ。
結局、未だに世界中にファンやコレクターがいる「ゴリウォーグ」なのに、これが黒人への人種差別の代名詞みたいに使われるようになっちゃったから、イギリスでは、現在はテレビの画面とかに「golliwog」って文字を映し出すことすら、各テレビ局が自主規制してるそうだ。なんだか、2007年2月9日と10日の日記、「差別用語もTPO」と「続・差別用語もTPO」で取り上げた「いざり」って言葉とすごく似た運命を感じる。この「いざり」って言葉も、ホントは差別用語でも何でもなかったのに、時代の流れの中で「魔女狩り」に遭い、多くの歴史や文化を消滅させることになっちゃったけど、数え切れないほどの子供たちから愛されてた「ゴリウォーグ」も、いつかは完全に消えちゃう運命にあるのかもしれない。
ちょうど100年前の1908年に、ドビュッシーが愛娘のために作曲した「Children's Corner (子供の領分)」て組曲には、「Golliwog's Cakewalk (ゴリウォーグのケークウォーク)」って曲が入ってる。「象の子守歌」とか、「人形のセレナーデ」とか、「小さな羊飼い」とか、子供が喜びそうな6つの曲から成る組曲の最後を飾るのが、この「ゴリウォーグのケークウォーク」で、「ケークウォーク」ってのは、当時流行してた黒人のダンスの名前だ。ドビュッシーの3才の愛娘が、大好きなゴリウォーグのお人形を踊らせて遊んでる景を見て、我が子への思いを曲にしたものだって言われてる。ここには、大好きなお人形で楽しく遊ぶ無邪気な子供と、その子供の様子をにこやかに見つめる父親という、純粋な「愛」しか存在してない。人種差別なんかとは、対極に位置する美しい世界だ。
‥‥そんなワケで、それから100年もの時が流れて、「ゴリウォーグ」が差別用語になっちゃった現代でも、音楽の力で戦ってるヤツラがいる。スロベニアのパンクバンド、その名も「Golliwog」だ。人種差別や性差別に反対し、動物愛護を訴える彼らは、人種差別主義者たちの「魔女狩り」で差別用語にされちゃった「ゴリウォーグ」をあえてバンド名にして、人種差別に反対する強いメッセージを発信してる。興味のある人は、ココで聴くことができるので、イギリスの元首相の娘のキャロル・サッチャーや、イギリスの現職の大臣のバーナード・フローケットよりも、遥かに人間的な感覚を持ち合せてる素晴らしい若者たちの音を聴いてみて欲しいと思う今日この頃なのだ。
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西暦2006年、国民の格差拡大による世界的危機、「コイズミインパクト」から復興しつつあった現代に、突如、「アベ」と呼ばれる謎の使徒が襲来する。「アベ」は、その正体も目的も不明だが、オチョボグチから飛び出すさまざまな増税、年金問題、教育法改悪、憲法改悪、非核三原則の無視などで国民に戦いを挑んできた。この謎の敵「アベ」に国民が対抗する唯一の手段が 「汎用人型決戦兵器アヴェンゲリオン」である。政府直属の特務機関「ミンシュ」の世田谷支部「ニコタマ」によって主人公、碇シンゾを含む3人の少年少女がその操縦者に抜擢された。しかし、アヴェンゲリオンが出撃したトタンに、謎の敵「アベ」はトットと敵前逃亡し、その後に現われた「フクダ」も、わずか1年で逃亡してしまった。そして、人類を滅亡させるために放たれた「コイズミ」「アベ」「フクダ」の三使徒によって、百年に一度のミゾウユウの危機を迎えた国民に、これまでの三使徒の流れをフシュウしていない前代未聞の無知無教養な使徒「タロウ」が現われた。「タロウ」は自分の言ったことも三歩あるけば忘れてしまうニワトリのような知能しかなく、ブレまくった発言で国民を右往左往させ続けた挙句、未だ政権の座にしがみついている。今、国民の命運を懸けた新たなる戦いの火蓋が切って落とされる。果たして「タロウ」の正体とは? 少年たちの、そして国民の運命は?
主題歌 「残酷な自民のセージ」
残酷な~派遣切り捨て~国民よ~奴隷にな~れ~♪
チャンチャンチャチャチャ~ チャチャチャチャチャチャ~チャ♪
チャンチャンチャチャチャ~ チャチャチャチャチャ~チャ~♪
向かい~風が今~支持率を下げても~♪
政権だけを~ただ死守して~大増税しよう~♪
官僚と~癒着して~絞り取ることに夢中で~♪
国民は~まだ知らない~裏で糸引く経団連~♪
だけどいつか~気づくでしょう~その背中には~♪
近い未来に~絶望した~国民がいること~♪
ナンミョ~の~言いなりになり~給付金~2兆円バラ撒き~♪
官僚の~言いなりになり~天下り~やりたい放題~♪
やることすべて~選挙対策~目先の金で~国民騙せ~♪
やることすべて~政権の維持~口先だけで~国民騙せ~♪
第八話 「アソウ、来日」
ヘーゾー 「Mi55-D輸送ヘリ!やっぱアメリカは最高やなあ!こんなことでもなけりゃ、一生乗る機会なんかないよ。まったく持つべきものは友達って感じ!なあ、シンゾ!」
シンゾ 「ええっ?」
アキエ 「毎日おんなじ部屋の中じゃ息苦しいと思ってね、たまの日曜だからデートに誘ったんじゃないのよ」
ヘーゾー 「ええっ?それじゃ今日はホンマにアキエさんとデートっすか?この帽子、今日のこの日のためにこうたんです~!アキエさ~ん!」
シンゾ 「お、お前!アキエさんはボクの彼女だぞ!」
ヘーゾー 「何言ってんのや!お前には亜愚寝酢チャンとか西田ヒカルとか、大作ジョンイルさまの下女が何人もおるやないか!」
シンゾ 「馬鹿野郎!あいつらは久本マサミや石原サトミや上戸アヤと一緒で、大作ジョンイルさまに忠誠を誓った操り人形なんだよ!僕とセックスしてくれるのはアキエさんだけなんだ!」
アキエ 「ほらほら、2人とも、ケンカなんかしてないで眼下を見てごらんなさい。豪華なお船が太平洋をクルージングよ」
ヘーゾー 「おおっ!空母が5、戦艦が4、大艦隊だ!ホンマ、アメリカって最高やな!これならニポンも何から何まで民営化して、国民の財産をアメリカにじゃんじゃん上納しても、沖縄の自然を破壊してじゃんじゃん基地を作っても、誰も文句なんか言わへんやろ!あはははは~!」
国民の生活を根底から破壊する新たなる使徒、「アソウ」が現われたことにより、政府直属の特務機関である「ミンシュ」は、現状のプロトタイプのアヴェンゲリオンでは対抗できないため、日米アンポンタン条約にのっとり、アメリカから最新型のアヴェンゲリオン弐号機と、そのパイロットである「踏襲・アソウ・フロッピー」を呼び寄せた。そして、アヴェンゲリオン弐号機を乗せた米軍空母と、その護衛艦の様子を見に、シンゾたちは在日米軍の軍事用ヘリでやって来たのであった。シンゾたちを乗せたヘリは、航行中の空母に着陸した。
アキエ 「ご苦労さまです!私はミンシュの葛城三佐です!」
タモガミ 「おおっ!わざわざ三佐のおでましとは、ご苦労さまです。しかし、こんなところまで三佐が迎えに来るとは、もしかして私たちの軍備を信頼していないのでは?」
アキエ 「幕僚長、決してそんなことはありません。誰よりも戦争が大好きな幕僚長には、絶大なる信頼をおいております。今日はどうしても視察したいという部下たちを連れて来たのです」
タモガミ 「それが、あの少年たちなのですか?」
アキエ 「ええ、彼らはアヴェのパイロットです」
タモガミ 「ほほう、そうですか。まあ、弐号機のパイロットも少女ですからね、ははははは~!」
一方、シンゾたちは、初めての空母に興奮気味であった。特に、アメリカが大好きでミリタリーヲタクのヘーゾーは、見るものすべてに興味津々で、広い甲板の上を走りまわっていた。そこに、アヴェンゲリオン弐号機のパイロットである踏襲・アソウ・フロッピーが現われた。
アソウ 「ハロ~アキエ!元気してた?」
アキエ 「まあね~!あなたも、背、伸びたんじゃない?」
アソウ 「そ、他のところもちゃんと女らしくなってるわよ」
アキエ 「ふふふ、みんな、紹介するわ!アヴェンゲリオン弐号機専属パイロット、セカンドチルドレン、踏襲・アソウ・フロッピーよ!」
シンゾ 「えっ?女の子?」
アソウ 「なに?女じゃ不満なの?‥‥っていうか、零号機のパイロットも女の子だって聞いてるけど?」
シンゾ 「い、いや別に‥‥」
アソウ 「ふ~ん、君が初号機のパイロットの‥‥」
シンゾ 「碇、碇シンゾです‥‥」
アソウ 「噂は聞いてるわ。サンインセンの戦いでみっともないマネをしたってね‥‥」
シンゾ 「‥‥」
アキエ 「こらこら、アソウ、そんなこと言っちゃダメよ」
シンゾ 「いいんです、アキエさん。どうせボクは‥‥」
アソウ 「ふ~ん、噂通りにウジウジした子みたいね」
シンゾ 「‥‥」
立ち場のなくなったシンゾは、何とか空気を元通りにしようと、あたりをキョロキョロと見まわして、横たえてあった巨大な弐号機に目を止め、そちらのほうへ歩いて行った。すると、そのあとをアソウも追った。
シンゾ 「赤いんだ‥‥弐号機って。知らなかったな‥‥」
アソウ 「違うのはカラーリングだけじゃないわ。所詮、零号機と初号機は、開発過程のプロトタイプとテストタイプ、訓練無しのあなたなんかにいきなりシンクロするのがそのいい証拠よ。けど、この弐号機は違うわ。これこそ実戦用に作られた、世界初の本物のアヴェンゲリオンなのよ。正式タイプのね!」
ドドーン!
シンゾ 「あ‥‥あ‥‥なんだろう?」
アソウ 「水中衝撃波!爆発が近いわ!」
シンゾ 「あれは?‥‥まさか、使徒?」
アソウ 「あれが?本物の?」
シンゾ 「どうしよう?アキエさんのとこに戻らなくっちゃ!」
アソウ 「チャ~ンス!」
その時、シンゾたちの乗った空母の前方の護衛艦が、一瞬のうちに真っ二つになった。続いて、後方の護衛艦も爆発した。
ビー!ビー!ビー!
オペレーター 「各艦、艦隊距離に注意の上、回避運動!」
タモガミ 「状況報告はどうした?」
オペレーター 「目標、確認できません!」
タモガミ 「クソッ!何が起こっているんだ?」
そこに、アキエがやって来た。
アキエ 「ちわ~!ミンシュですが、見えない敵の情報と的確な対処はいかがっすか?」
タモガミ 「今は戦闘中だ!見学者の立ち入りは許可できない!」
アキエ 「これは私見ですが、どう見ても使徒の攻撃ですねえ」
タモガミ 「うるさい!全艦任意にアパ機雷を発射!」
アキエ 「あらあら、強度不足で政府から使用禁止にされてるアパ機雷を使うなんて、これまたムダなことを‥‥」
タモガミ 「やかましい!」
そのころ、アソウたちは、弐号機のエントリープラグに乗り込もうとしていた。
アソウ 「さあ、行くわよ!」
シンゾ 「えっ?」
アソウ 「あんたも来るのよ!」
シンゾ 「ねえ、プラグスーツに着替えてどうすんだよ?」
アソウ 「あんたバカァ?決まってるじゃない!弐号機でアレをやっつけるのよ!」
シンゾ 「そんなあ‥‥アキエさんの許可は?」
アソウ 「勝ったあとにもらえばいいのよ!さ、あたしのミゴトな操縦を目の前で見せてあげるから、あんたも一緒に乗って!ただし、ジャマはしないでね!」
シンゾ 「‥‥」
アソウ 「フシュウ、ハンザツ、ミゾウユウ、カイガ、ユウム、ヨウサイ、テイマイ、ハジョウ、ジュンポウマンポ、シュウビ、カンツイ、ケンゼン、カンカ、キハン‥‥」
シンゾ 「バグだ!どうしたの?」
アソウ 「あんたニポン語で考えてるでしょ?ちゃんとアキバ語で考えてよ!」
シンゾ 「分かったよ‥‥ヲタク、マンガ、アニメ、ドウテイ、ヘンシツシャ、ビショウジョ、メイド‥‥」
アソウ 「バカ!もういいわよ!思考言語切り替え、ニポン語をベーシックに!」
シンゾ 「‥‥」
アソウ 「アヴェンゲリオン弐号機、機動!」
ゴゴゴゴゴゴ‥‥
ゴゴゴゴゴゴ‥‥
オペレーター 「入電!アヴェ弐号機起動中!」
タモガミ 「なんだと?」
アキエ 「ナイス!アソウ!」
タモガミ 「いかん!起動中止だ!元に戻せ!」
アキエ 「かまわないわ!アソウ、発進して!」
タモガミ 「なんだと?アヴェ及びパイロットは我々の管轄下だ!勝手は許さん!」
アキエ 「何言ってんのよ、こんな時に!段取りなんて関係ないでしょ?」
タモガミ 「本気か?弐号機はB型装備のままだぞ?」
アキエ 「ええっ?」
しかし、アソウは、耐水対策が施されていないB型装備のまま、発進してしまった。
シンゾ 「海に落ちたらヤバいんじゃない?」
アソウ 「落ちなきゃいいのよ!」
シンゾ 「き、来た!」
アソウ 「どこ?」
シンゾ 「左舷9時方向!」
アソウ 「よっしゃあ!」
シンゾ 「でも、ほとんど武器が無いよ!」
アソウ 「定額給付ナイフで十分よ!」
シンゾ 「けっこうデカい!」
アソウ 「うりゃ~!」
ズサッ!
空母の上の弐号機をめがけて、海中から飛び出して襲いかかって来た魚類型の使徒に対して、弐号機は定額給付ナイフを突き刺した。しかし、全長が100m以上もある巨大な使徒に対して、刃渡りがわずか120cmしかないナイフを突き刺しても、ほとんどダメージを与えられなかった。使徒は、そのまま海中へと戻り、いったん深く潜水して、パワーを蓄積し始めた。
タモガミ 「それ見たことか!今の弐号機の装備では、使徒との戦闘はムリなのだ!」
アキエ 「そんなことないわ!黙って見てなさい!」
弐号機のエントリープラグ内でも、シンゾが心配していた。
シンゾ 「もう武器は何も無いよ!次に来たらやられちゃうよ!」
アソウ 「へへ~ん!あんたは何も知らないのね?」
シンゾ 「えっ?」
アソウ 「さっき使徒に突き刺した定額給付ナイフはね、相手を油断させるための武器なのよ」
シンゾ 「どういうこと?」
アソウ 「ほとんど効果のない攻撃をすれば、敵は油断する。だけど、あの定額給付ナイフは、突き刺してから3分後に、相手の消費エネルギーを大量に吸い取っちゃうのよ」
シンゾ 「えっ?」
アソウ 「ようするに、3分後に消費エネルギーを大量に吸い取るための目くらまし、それが、あの低い攻撃力なのよ」
シンゾ 「じゃあ、使徒を騙したってこと?」
アソウ 「あんたバカァ?使徒なんて、あたしたち政府が騙して消費エネルギーを吸い取るために存在してるんでしょ?」
シンゾ 「そりゃそうだけど、こんなやり方、あんまり好きじゃないな‥‥」
アソウ 「支配する側の人間が、きれいごと言ってんじゃないわよ!」
アソウの言った通り、3分後に使徒は、突き刺さっていた定額給付ナイフによって、大量の消費エネルギーを吸い取られ、自力では活動することができなくなり、海底深くへと沈んで行った。
オペレーター 「目標の活動反応停止!」
タモガミ 「本当か?」
オペレーター 「はい!」
アキエ 「ほらね!言った通りでしょ!」
タモガミ 「むむ‥‥」
そして、弐号機を乗せた空母は、無事に横須賀港へと到着したのだった。弐号機は「ミンシュ」へと運ばれ、来たるべき「タロウ」との戦いに向けて、細かい整備を受けることになる。一方、シンゾたちは、何事もなかったかのように翌日は中学校へ行き、いつもの教室で1時間目が始まるのを待っていた。
ヘーゾー 「ホンマ、顔に似合わず、いけすかん女やったな~」
シンゾ 「えっ?」
ヘーゾー 「昨日の弐号機のパイロットや」
シンゾ 「そうかな‥‥」
ヘーゾー 「ま、オレたちはもう会うこともないからええけど、シンゾは仕事やからしゃあないわ!同情するで、ホンマ!」
そこに、担任の先生と一緒に、制服姿のアソウが入って来た。
アソウ 「うふっ!今日からお世話になります、踏襲・アソウ・フロッピーです!よろしく!」
ヘーゾー 「うひゃ~!」
【終わり】
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今日、2月4日は「立春」なので、1月1日のお元日とは違った意味で、新しい1年のスタートになる。「春夏秋冬」を1年と見るのなら、昨日までの「冬」は前年てことになり、「春」になった今日こそが、新しい「春夏秋冬」のスタートってことだからだ。ま、毎年2月4日の日記は、この「立春」のことを書いてるから、おんなじことを繰り返してもジンジャエールだけど、この「立春の日が1年のスタート」って考え方は、すごく分かりやすいと思う。
たとえば、中国の「春節(旧正月)」の場合は、2006年は「1月29日」、2007年は「2月18日」、去年は「2月7日」、今年は「1月26日」、来年の2010年は「2月14日」‥‥ってふうに、その年の暦によって3週間くらいの幅のズレがある。だから、中国の人たちの1年のスタートは、その年によってずいぶん違って来る。生まれた時からこの方式で1年のスタートをお祝いしてる中国の人たちは、もう慣れっこになってるだろうけど、あたし的には、1日か2日くらいのズレならともかく、その年によって1月の下旬だったり2月の中旬過ぎだったりと、こんなに大きく違っちゃうと、何となくヒザカックンの気分になる。それに、この方式だと、2006年から2007年までの1年間は「386日」もあるのに、去年から今年にかけての1年間は「352日」しかない。つまり、長い年と短い年とで、1ヶ月以上もの差が生じちゃう。
まあ、いくらタグイマレなる美貌とアライグマなる可愛さとダライラマなる平和の心とを兼ね備えてるとは言え、あたしみたいな小娘が中国4000年の歴史にダメ出しするワケには行かないけど、モグタンと一緒に「クルクルバビンチョパペッピポ、ヒヤヒヤドキンチョのモ~グタン!」って呪文を唱えて、4000年前の「旧正月のはじめて」を見学に行ったとしたら、たぶん中国の人たちも、このシステムが導入されたばっかでまだ慣れてなくて、「毎年毎年こんなにズレるんじゃ正月なんか落ち着いてやってらんねえよ!おっとツモった!メンピンツモドラ1でイチサンニーロク!」とかって言ってそうな気がする今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、ナニゲに麻雀をしながらのシチュエーションにしてみつつも、あたしは中国語も知らないし中国の麻雀のルールも知らないから、セリフもニポン語だし麻雀の手もニポン式になっちゃったワケだ。とにかく、ニポンの麻雀と中国の麻雀はぜんぜん違うみたいで、何よりの違いは、中国の麻雀て、捨て牌をメチャクチャに捨てる。ニポンの場合は、自分の河(ホー)にキチンと捨てるけど、中国の場合はどれが誰の捨て牌だか分かんないみたいにテキトーに捨ててる。だから、中国にはフリテンとかないのかな?‥‥とか想像しつつも、あたしには中国の麻雀のルールはまったく分からない。
で、何よりも分からないのが、ニポンのルールでは使わない4枚の「花牌」の存在だ。麻雀の牌は、すべておんなじものが4枚ずつあって、たとえば「東(トン)」「南(ナン)」「西(シャー)」「北(ぺー)」も、みんな4枚ずつある。だけど、この「花牌」ってのは、各1枚ずつしかない。2008年9月14日の日記、「中秋の名月」の中でも取り上げたけど、一番多いのは「春」「夏」「秋」「冬」が1枚ずつあるパターンで、他にも、「山」「間」「明」「月」とか、「晴」「耕」「雨」「読」とか、「江」「上」「清」「風」とかのパターンもある。ようするに、どれも四字熟語が彫られてるってワケだ。
でも、それぞれの牌が1枚ずつしかないってことは、他の牌みたいに3枚集めてコーツにすることはできない。じゃあ、並びで集めてシュンツにするかと思っても、4枚集めて初めて四字熟語になるものをそのうちの3枚だけ集めて「東」「南」「西」とか、「間」「明」「月」とかにしても、どうしても「揃った」って感じはしない。だから、4枚すべてを集めて「カン」するしかないワケだ。でも、そんなの難しい上に、せっかくのタンピンとかも消えちゃいそうだから、手が安くなっちゃいそうだ‥‥なんて推測しててもラチがあかないから、今、調べてみたら、なんのこたーない。「花牌」って「抜きドラ」なんだってさ。
ようするに、この4枚の「花牌」も混ぜて麻雀をする時は、リンシャン牌を4枚多く作っとく。で、「花牌」をツモって来たら、横に出して、そのぶんの1枚をリンシャン牌から引いて来るんだって。つまり、手の内に2枚持ってても、頭にすることはできなくて、横に出して「ドラドラ」にするワケだ。ふ~ん。15年も悩んで来ないで、トットと調べれば良かったよ。だから、ニポンでは、よりゲーム性を重視して、「花牌」の代わりに「赤牌」を入れるようになったんだと思う。「五萬」「五ピン」「五ソー」が「花牌」の代わりになれば、横に抜かなくても手の内で使えるからだ。
‥‥そんなワケで、ここまで分かったんだから、どうしておんなじ価値の「ドラ」なのに、美しい「花牌」を使わずに、わざわざ「赤牌」なんかを作ったのかってことをあたしなりに推理してみることにした。で、「推理」と来れば、せっかくだからヒサビサに登場してもらうのは、もちろん、頭脳は子供でもベッドでは大人、迷探偵キッコナンだ。ちなみに、キッコナンの得意ワザは「チートイドラドラ」だ。それも、河にトイツを3組も捨てての「チートイドラドラ」だ。もちろん、計算してのことじゃない。選択を誤っただけだ(笑)
そんなキッコナンの推理によると、これは、麻雀がギャンブルとして広まったことが最大の原因てことになる。一応、お金を賭けて麻雀を打つのはダメってことになってるけど、ハッキリ言って、お金を賭けずに麻雀を打ってる人なんて、ほとんどいないだろう。それに、今でこそ「競技麻雀」なんてものが一般的になって来たけど、もともと麻雀がギャンブルとして広まったってことを否定する人はいないだろう。
で、どんな遊びにしろ、それがギャンブルとして広まって行けば、よりギャンブル性の高いルールに変わってくのは世の常だ。一瞬で勝負がつく関西の「ブー麻雀」しかり、「焼き鳥」や「アリス」や「ワレメ」や「ビンタ」などの補充ルールしかり、すべては、ゲームとしての面白さを削っても、ギャンブルとしてのお金を動きを活発にするために発案されたルールなのだ。ジックリと手を育てることよりも、ドラを増やして何でもない手を満貫やハネ満にする。相手のリーチを避けながら打ちまわして作った美しい面前のピンフ3色よりも、汚らしく鳴き散らした白ドラ4のほうが高い麻雀。これが、どんなにキレイゴトを言おうとも、ギャンブルのギャンブルたるユエンなのだ。
だから、見た目は美しくないけど相手に見せずに手の内で使える「赤牌」が、ビジュアル的に美しい「花牌」に取って代わったのも、こうしたギャンブル性の象徴と言える‥‥ってなワケで、ギャンブルも好きだけど、できれば、より美しく勝ちたいあたしとしては、「赤牌」を廃止して「花牌」に復活して欲しいと思う。そして、単なる「抜きドラ」として使うだけじゃ美しさに欠けるから、プラスアルファのルールを作りたい。それは、1人が4枚の「花牌」を晒した時に、バラバラに「秋」「夏」「冬」「春」なんて順番だった時にはタダの「ドラ4」だけど、キチンと「春」「夏」「秋」「冬」って並んだ時には、「ドラ4」の他に「春夏秋冬」っていう2ハンの役として数えるのだ。つまり、手の内に役がなくても、これだけで「春夏秋冬ドラ4」のハネ満になるってスンポ―だ。
もちろん、使ってる「花牌」が「山間明月」だったり「晴耕雨読」だったりした時には、役の名前が変わる。これは、とっても美しいし、やっぱり四字熟語は正しく並んでこそ意味が生じるワケだから、理にかなった役だと思う。だって、おんなじ四季にしても、「秋夏冬春」と「春夏秋冬」とじゃ、美しさがぜんぜん違うからだ。「秋夏冬春」とだと、何か、UB40のCDケースの中にマライア・キャリーのCDが入ってて、マライア・キャリーのCDケースの中にドラクエ8が入ってて、ドラクエ8のケースの中にモンティバイソンのDVDが入ってて、結局、UB40のCDが見つからない‥‥みたいな?(笑)
それに比べて、「春夏秋冬」のほうは、UB40のCDケースの中にはちゃんとUB40のCDが入ってて、マライア・キャリーのCDケースの中にはちゃんとマライア・キャリーのCDが入ってて、すべてがキチンとしてて、聴きたいCDを一発で聴ける清々しさがある。その上、1年のスタートにふさわしい「春」から始まり、1年のゴールにふさわしい「冬」で終わってるっていう自然体の起承転結があって、森羅万象に秩序が感じられる。だからこそ、長かった話をクルリンパと戻すけど、1年のスタートは、今日の「立春」でなきゃダメだってワケなのだ。
で、「夏も近づく八十八夜~♪」なんて歌があるけど、この「八十八夜」ってのは、今日の「立春」から数えて「88日目」の日のことだ。それから、農家の厄日とされてる「二百十日」とか「二百二十日」とかってのも、今日の「立春」から数えて「210日目」と「220日目」のことだ。ちなみに、この「二百十日」ってのは、カレンダーで見ると9月1日くらいに当たるんだけど、ちょうどこのころは稲の開花時期で、台風が多い時期でもある。だから、稲の開花と台風がバッティングしちゃうと、稲の花粉が風で飛んじゃって、実りが悪くなるのだ。もちろん、農村だけじゃなくて、漁村だって台風が来ると困る。
そのため、この「二百十日」には、昔からニポン各地の農村や漁村で、風を鎮めるための神事や祭事が行われて来た。有名な富山県八尾町の「おわら風の盆」も、この風を鎮めるための神事で、毎年9月1日から行なわれるのは、「二百十日」に合わせてるからだ。そして、9月1日は、台風が多いってだけじゃなくて、大正12年(1923年)には関東大震災も起こってる。そんなことから、9月1日は「防災の日」に定められて、各地で防災訓練が行なわれるようになった。つまり、この「二百十日」ってのは、ホントに気をつけなきゃいけない日ってワケなのだ。そして、それは、今日をスタートとしての220日目ってことになる。
‥‥そんなワケで、可愛らしい茶摘女(ちゃつみめ)たちがお茶の葉を摘む「八十八夜」にしても、農村や漁村に災いをもたらす「二百十日」や「二百二十日」にしても、いいことも悪いこともひっくるめて、みんな今日を起点にして数えてるってワケだ。この事実こそが、「立春が1年のスタートである!」ってことと、「わしが男塾塾長、江田島平八である!」ってことを証明してるってワケだ。そして、この方式で行くと、今日の「立春」から291日目が、記念すべきあたしのお誕生日ってことになる。だから、「八十八夜」や「二百十日」と並んで、今年からは「二九一(にくい)日」ってのも記念日として加えて欲しいと思う。そして、毎年、「立春」から291日が過ぎたら、全国各地で「にくいよ、この、ど根性キッコ!」って声をかけて欲しいと思う。だって、「立春」を迎えて春になれば、青空球児好児も言ってるように、あっちでも「ゲロゲーロ!」、こっちでも「ゲロゲーロ!」って、カエルが鳴くことになる今日この頃だからなのだ(笑)
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「麻生首相、給付金を受け取る気ないと発言」(世田谷通信)
麻生太郎首相は、自身が定額給付金を受け取るかどうかについて、これまで明言を避けて来たが、2日の自民党役員会で笹川堯総務会長から「首相自身が給付金を受け取るかどうかはっきりさせた方が良い」と言われ、その場で「私は受け取る気はない」と答えていたことが分かった。麻生首相は「年収が1億円あっても、さもしく1万2000円が欲しいという人もいるかもしれない」と高額所得者が給付金を受け取ることを暗に揶揄していたが、自民党内部から「それでは景気対策にならない」「党内では足並みをそろえて欲しい」という声が多く出ると、一転して「高額所得者も受け取って欲しい」と発言を変更していた。しかし自身が受け取るかどうかについては、明言を避け曖昧な態度を続けていた。今回の発言により、麻生首相自身は給付金を景気対策として使う気持ちがないことが分かった。(2009年2月4日)
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ちょっと前に、「きっこのブログ」で、MISIAのアリーナツアーのライブチケットが当たるプレゼントの告知をしたんだけど、昨日、とっても嬉しいメールをいただいた。
Subject: MISIAのライブチケットに当選しました!
Date: Mon, 2 Feb 2009 01:02:54
きっこさん、こんばんは。
いつも楽しく拝見しています、鈴木浩恵と申します。
今回は、ご報告とお礼のメールをさせていただきます。
少し前にきっこさんのブログで、MISIAのライブチケットを、ブロガー限定でプレゼントという告知が掲載されていましたよね!
アタシはその時に何だかとってもMISIAのライブに行きたくなり、あの記事からリンク先に飛び、チケットプレゼントに応募したのです。
きっと大勢のブロガーから応募があったと思いますが、その中の当選者の一人に、ナントこのアタシが選ばれてしまいましたぁ!
正直、ビックル一気飲みです!!
これも、「きっこのブログ」を日々チェックしていたアタシへのきっこさんからのご褒美なのかな、なんて気がしています♪
家に届いた通知には、オフィシャルのライブブログにも当選者のブログをリンクしてライブを盛り上げると言うようなことが書いてあったので、責任感も増しました。
きっかけを作ってくれたきっこさんに感謝、
ありがとうございました。
これからも楽しい日記、そしてブログを楽しみにしています☆
鈴木浩恵より
http://idolphin.blog65.fc2.com/
浩恵さん、おめでとう♪‥‥ってワケで、こういうメールをいただくとホントに嬉しい。浩恵さんは、静岡県三島市にあるFM局「ボイスキュー」で、LINさんて名前で洋楽専門番組「SOUND Link」のナビゲーターをしてる人だ。だから、電波の届く範囲の人は、声を聴いたことがあるかもしれない。ちなみに、今回のMISIAのライブチケットのプレゼントは、わずか10名(ペアチケット×10)の当選枠に対してものすごい応募数があったそうで、それこそ宝クジに当たるような確率だったそうだ。それなのに、「きっこのブログ」からアクセスした人の中から当選者が出たなんて、紹介したあたしもとっても嬉しくなる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、こうしたプレゼントって言うと、あたしも、カラリオのプリンターとか、プレステ2とドラクエ8のセットとか、ニコンの双眼鏡とか、懸賞や福引でなかなかワンダホーなものを高確率で当ててるんだけど、これは決して「クジ運が強い」ってことじゃない。「クジ運が強い」ってのは、その懸賞の倍率にもよるけど、日用品が当たるみたいなレベルなら、10本の懸賞に応募して、そのうちの5本が当たるような感じだと思う。
だから、懸賞に応募することを趣味にしてて、専門誌とかを買って来て、自分の欲しいものも欲しくないものもヤミクモに応募しまくってるような人は、いくらたくさんの懸賞に当たったとしても、それは、「クジ運が強い」とは言わない。それは、ただ単に「ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる」ってヤツだ。もちろん、そうした人たちには、どの懸賞に何枚くらい応募するかっていうハガキの枚数の振り分け方とか、ハガキをカラーマーカーでフチ取りして目立つようにするとか、住所と名前だけじゃなくて必ずヒトコトは感想を書くようにするとか、対象によっては自分の子供に書かせるとか、いろんな技があるんだと思う。そして、そうした技を使うことによって、何も考えずに応募してる人たちよりは、たぶん何%かは当選率が上がってるんだと思う。
だけど、これは、あくまでも「技術によって確率を上げてる」ってことであって、天性の「クジ運の強さ」とは別のものだ。言うなれば、こうした人たちは「クジの秀才」であり、「クジ運の強さ」を持った人は「クジの天才」ってことになる。そして、あたしの場合は、このどっちでもない。高価なものが高確率で当たったりしてるけど、別に何の努力もしてない代わりに、アレやコレやと応募してカタッパシから当たってるワケでもない。あたしの場合は、たまたま欲しいものがあって、たまたまそのプレゼントがあって、それに応募すると当たる‥‥って流れが多い。浩恵さんも、「アタシはその時に何だかとってもMISIAのライブに行きたくなり、あの記事からリンク先に飛び、チケットプレゼントに応募したのです」って書いてるけど、この感覚、これなのだ。
プリンターの時だって、前に使ってたものは、ずっと前に某事務所からもらったもので、大きくて性能が悪くてすごく不便だった。それで、あたしは、新しいプリンターが欲しくて、どこかのパソコン周辺機器のプレゼントに応募したんだけど、そんなことは忘れてた。そして、お仕事で高性能のプリンターが必要になった時に、突然、最新型のカラリオが届いたのだ。プレステ2にしても、あたしはドラクエが大好きなのに、新しいドラクエ8はプレステ2になったから、あたしのスーパーファミコンじゃできない。それで、ハードもソフトも買うことなんてできないから、あきらめてた。で、たまたま商店街の福引を引いたら、1等の「プレステ2とドラクエ8のセット」が当たっちゃった。
この時は、お家に帰ってさっそくゲームを始めようとしたら、メモリーカードがついてなくて、あたしは、そんなものが必要だってことさえ知らなかったから、大慌てで高島屋に買いに行った。そしたら、すごくちっちゃいカードなのに、2000円以上もしたから、思わぬ出費をすることになっちゃった。もちろん、プレステ2とドラクエ8を2000円ちょいで買ったと思えば安いもんだけど、1食の食費を100円までにしてギリギリの節約生活をしてる時だったから、この2000円は大きかった。今なら、中古のカードが500円くらいで買えるってことも分かったんだけど、当時のあたしは何も知らなかったから、高島屋なんかで定価で買っちゃったのだ。でも、カラリオが当たった時に、古いプリンターを3000円で売ったから、ぜんぜんマイナスにはなってないんだけどね。
‥‥そんなワケで、このあとも、肉眼でのバードウォッチングに限界を感じてたあたしに、1万円以上もするニコンの双眼鏡が当たるっていう幸運が舞い降りた。これも、ずっと欲しかったものの1つだけど、たまたま見つけた懸賞に応募してたら、忘れたころに送られて来たのだ。あたしの場合は、いろんな懸賞を目にしても、ほとんど応募しない‥‥っていうか、自分の欲しいものの懸賞にだけしか目が止まらない。そして、それに応募すると当たるっていう流れなのだ。でも、ヴィトンのお財布のプレゼントとかなら普通に欲しいんだけど、そうした懸賞には応募しない。それは、自分の欲しいものなのに、直感的に「絶対に当たらない」ってことが分かるのか、自然とスルーしちゃう。
別に、あたしは、懸賞を探しながら雑誌やネットを見てるワケじゃない。そして、雑誌やネットで何かの懸賞を見つけても、なんて言うか、うまく説明できないんだけど、ピンと来るものとそうでないものがある。ま、ほとんどはピンと来ないから、たとえそれが「現金100万円」とか「ヴィトンのバック」とかが当たる懸賞でも、直感的に「絶対に当たらない」って感じて、そのままスルーしてる。そして、すごくタマに「おおっ!」って感じるものがあるので、そうしたものだけ応募してる。そうすると、ワリと高確率で当たるのだ。
ひと昔前に、日本テレビの「電波少年」で「懸賞生活」ってのをやってた。いろんな懸賞にカタッパシから応募して、当選して送られて来た賞品だけで生活してくっていうアレだ。だけど、当時は、今みたくインターネットが普及してなくて、ぜんぶハガキによる応募の懸賞だったから、1枚1枚書くのも大変だし、たとえ当選したとしても、応募してから賞品が届くまでに長い時間がかかる。だから、最初のころは大変みたいだったし、最初の賞品が届いてからも、毎回ものすごい数のハガキを書きまくってた。ようするに、さっきの「ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる」って方式だった。だから、番組の予算でハガキを用意してくれる企画だからこそ成り立ってたワケで、アレを実際に自分でやったとしたら、ハガキ代がバカにならないだろう。
ちなみに、「電波少年」と言えば、ちょっとダッフンしちゃうけど、今からちょうど14年前の1995年2月、松本明子がアラファト議長に会いに、アポ無しでガザ地区へ行ったんだよね。それも、アラファト議長と一緒に、「てんとう虫のサンバ」を替え唄にして、「アラファトわたしが~夢の国~♪」って歌うって企画で(笑) 今から思うと信じられないような企画だけど、こんなことが可能だったほど、パレスチナが安定してる時代もあったんだよね。貴重なVをYOU TUBEにアップしてくれたアリガタイザーな人がいるので、安定してたころのガザ地区を見てみたい人は、以下のリンクからどうぞ。
その1
http://www.youtube.com/watch?v=j1E1hMVAVJM
その2
http://www.youtube.com/watch?v=bFZ1bOMAa8A
で、話はクルリンパと戻るけど、あたしの場合は、「今日パチンコに行くと絶対に勝てる」とか「今日はどの台を打っても勝てない」とか「この台は出る」とか「この台はダメだ」とかってことが直感的に分かるのとおんなじで、懸賞がワリと高確率に当たるのは、決して「クジ運が強い」ってこととは違うし、かと言って何か努力をしてるワケでもない。大槻教授には大上段から完全否定されちゃいそうだけど、あたしの場合は、当たりそうな感じがする懸賞にだけ自然と目が止まって、「応募してみよう」って気持ちになっちゃうのだ。そして、その結果、3割から4割くらいの高確率で当たるってワケだ。
‥‥そんなワケで、ぜんぜん当たらないのに宝クジを買い続けてる人に、「宝クジなんて当たるワケないよ」なんて言うと、必ず「買わなきゃ当たるものも当たらない」って返される。だけど、あたしに言わせれば、当たる人は1枚しか買わなくても当たるもんだし、当たらない人は1万枚買っても当たらないんだよね。特に、欲が深い人は、その邪念が悪い方向へ作用するのか、ヨケイに当たらなくなる。だけど、浩恵さんがMISIAのライブチケットのお知らせを見た時にピンと来た感覚とか、あたしがプリンターや双眼鏡の懸賞を見た時にピンと来た感覚、なんて言うか、「巡り合わせ」とか「一期一会」みたいな感覚なんだけど、この「おおっ!」って感覚が分かる人は、こうした懸賞だけじゃなくて、他のことにも敏感なような気がする。ちなみに、あたしの場合は、お肉を食べるのをやめてヘナチョコベジタリアンになってから、さらに敏感になったみたいなので、これからが楽しみな今日この頃なのだ。
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以前、NHKで放送してたアニメの「十二国記」だけど、タマにしか観られなかったあたしには、ほとんど理解することができなかった。なかなか面白そうだったから、ちゃんと観てみたかったんだけど、原作を読んでないあたしとしては、「ケイのサイホのキリンがショクを起こしてタイカのカイキャクを連れて来た」なんて言われても、何のことだかチンプンカンプンだった。そしたら、去年の暮れから、ヤフー動画で「十二国記」の全45話が無料配信されたから、「おおっ!」って思って、それから少しずつ観て来た。常に節約を心がけてるあたしにとって、ヤフー動画やGyaOの、こうしたアニメや映画の無料配信は、ホントに嬉しいサービスだ。
それで、去年のうちは1日に1~2話ずつ観てたんだけど、今回の「十二国記」はぜんぶで45話もあるし、配信期間が今年の2月23日までだったから、がんばって観ないと間に合わないと思って、お正月には1日に何話も観たりして、1月の半ばには何とか40話までを観ることができた。それで、母さんの手術でしばらくお休みしてたけど、ゆうべ、ようやく自分の時間を持つことができたので、最後の5話を観て、ついに全45話を観終わった。とにかく、ものすごく面白かったし、感動して涙も出たし、ぜひ続きも作って欲しいと思った。
だから、今なら、「ケイのサイホのキリンがショクを起こしてタイカのカイキャクを連れて来た」なんて言われても、「慶」って国の「宰輔」って役職にある「麒麟」が、「蝕」っていう超常現象を起こして、「胎果」としてニポンに流された向こうの世界の人間を「海客」として連れ帰った‥‥ってことだってスグに分かるようになった。もちろん、観てない人には、こんなふうに書いてもチンプンカンプンだろうけど、興味のある人は、あと20日間は無料配信してるから、最後にリンクしとくので、1日に2~3話ずつ必死になって観れば最後まで観られると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、まるでチンプンカンプンのままだと申し訳ないので、ものすごくフランク・ザッパに説明すると、この「十二国記」ってのは、タイトルの通り、12の国で成り立ってる架空の世界の物語だ。古代中国をモチーフにした12の国がある世界に、現代のニポンにいた女子高生が連れてかれちゃって、そのうちの1つの国の王になるっていうストーリーだ。これは、小野不由美さんの小説のシリーズ、「十二国記」を原作にしたアニメで、原作のほうが現在も未完なので、アニメのほうも戻って来ない伏線がある。
たとえば、それぞれの国に、その王を選ぶ「麒麟」てのがいる。ふだんは人間の姿だけど、白馬に角が生えたキリンビールのキリンみたいな姿に変身しちゃう。で、この「麒麟」は、それぞれの国に1人ずつ、ぜんぶで12人いるんだけど、1人だけ全身が黒い「黒麒麟」がいる。これは、何千年に一度しか現われないものすごく珍しい麒麟で、その国に素晴らしい繁栄をもたらすって言われてる。だけど、アニメだと、この黒麒麟は、現代のニポンに行ったまま高校生として生活してて、その話はそのままになってる。
だから、全45話を観終わっても、細かい部分には未完の雰囲気も残ってる。だけど、メインストーリーはミゴトに完結してるから、ちゃんと納得することができる。「エヴァンゲリオン」のような、安倍内閣や福田内閣のような、無責任に丸投げされたような感覚には陥らない。それに、長い旅の中で、主人公の陽子を始め、それぞれの登場人物がいろんな気づきによって成長してく過程もキチンと描かれてるから、なかなか深く入り込むことができる。
あたしは、12の国の地図の左上のハシッコにある「芳(ほう)」の国の王様の娘、「祥瓊(しょうけい)」のことが大好きになった。最初は、ゴーマンで自分勝手で最悪な娘だったのに、反逆軍に両親を殺されて追放されて、自分も殺されそうになったり、いろんな経験をしてくうちに、たくさんの気づきがあって、最後には素晴らしい女性になる。ものすごく美人だし、歌は上手だし、何よりも「人の心」が分かる女性へと成長した。
それで、あたしは、この「祥瓊」の声を誰がやってるのか気になって調べてみたら、桑島法子(くわしま ほうこ)さんていう声優だった。で、「法子」って書いて「のりこ」じゃなくて「ほうこ」って読むなんて珍しいな‥‥って思いつつプロフィールを見てたら、ナナナナナント! あたしが今世紀最高のアニメだと思ってる「電脳コイル」のイサコの声をやってた人だった!
‥‥そんなワケで、「電脳コイル」は、主人公の小此木優子(おこのぎ ゆうこ)と、敵対する天沢勇子(あまさわ ゆうこ)の2人の「ゆうこ」が登場する。そして、おんなじ名前だと分かりずらいってことで、優子のほうは「優しい子」だから「ヤサコ」、勇子のほうは「勇ましい子」だから「イサコ」ってニックネームで呼ばれるようになる。あたしは、この「勇子」って名前を見た時、すぐに「機動新撰組 萌えよ剣」の「近藤勇子」のことが頭に浮かんだんだけど、こっちのほうは、新撰組の「近藤勇」に「子」をつけただけで、深い意味もなく安直につけられた名前だ。だけど、「電脳コイル」の「勇子」のほうは、主人公の「優子」と、性格としても立ち位置としても対極にいるワケで、この名前に深い意味がある。
で、ちょっと昨日の日記の内容ともリンクしちゃうけど、あたしたちニポン人の名前って、おんなじ名前でも、どんな漢字をあてるかによって、大きく意味が違って来るし、人から見たイメージも違って来る。この「優子」と「勇子」がいい例で、耳で聞けばおんなじ「ゆうこ」なのに、文字で見るとずいぶんイメージが違って来る。他にも、「友子」とか「夕子」とか「悠子」とか「裕子」とか「由布子」とか「木綿子」とか、いろんな「ゆうこ」があるけど、それぞれ文字から受けるイメージが違う。
そして、ふつうは、女の子の名前に「勇」って漢字を使うことは少ないと思う。勇ましいとか強いとかってイメージの漢字は、男の子の名前に使うもので、女の子には、優しいとか美しいとかってイメージの漢字を使うことが多い。だから、全国の「ゆうこ」さんを調べれば、「優子」さんはたくさんいるだろうけど、「勇子」さんは少ないと思う。やっぱり、一般的な名前である「ゆうこ」でも、「勇子」って書く場合は、女の子が勇ましく悪者と戦う小説やアニメの世界のほうに多いんだと思う。
‥‥そんなワケで、あたしが「電脳コイル」で「勇子」って名前を見た時に、「機動新撰組 萌えよ剣」の「近藤勇子」と一緒に頭に浮かんだのが、大好きな小説、久生十蘭(ひさお じゅうらん)の「キャラコさん」だった。あまりにも素晴らしくてカッコ良くてステキな女性、キャラコさんの本名は、「石井剛子」と書いて「つよこ」と読む。この小説が書かれた戦前の昭和初期でも、ちょっと変わった名前だ。
でも、キャラコさん本人は、この名前をとても気に入ってる。それは、お父さまである退役陸軍少将の石井長六閣下が、「これからの女性は男のいいなりになるようなヘナヘナではいかん。竹のようにしなやかで、かつ、剛健な意志をもたねばならぬ」ってことで、「質実剛健」の「剛」をとって名づけてくれたからだ。だから、昨日の日記で言えば、この「剛子」って名前は、親の愛情や願いが込められた立派な名前ってことで、その思いがちゃんと子供にも届いてるってことになる。
退役陸軍少将のお父さまは、わずかな恩給だけで質素に暮らしてて、娘のキャラコさんも、小さな時から厳しく育てられた。そして、「絹ではいかんな。木綿のような女でなくてはいかん」っていうお父さまの考えから、下着も、肌ざわりのいい絹のシュミーズじゃなくて、貧乏くさいキャラコ(木綿)のシュミーズを着せられて育った。それを見た親戚の女の子たちに、「キャラコさん」ていうアダ名をつけられてからかわれたんだけど、キャラコさん本人は何とも思わない。それどころか、「垢じみた絹の下着(シュミーズ)をひきずりまわすよりは、サッパリとして、清潔なキャラコを着ている方がよっぽどましだと思っている」のだ。
そして、厳しくて優しいお父さまによって、立派な19才の女性に成長したキャラコさんが、いろんな事件に遭遇したりしつつも、持ち前の正義感と知恵と愛情で乗り越えて行く短編集が、この久生十蘭の「キャラコさん」だ。久生十蘭と言えば、「顎十郎捕物帳」も素晴らしい作品だけど、あたしは、この「キャラコさん」が大好きだ。最終回では、まだ世田谷が東京じゃなかったころの多摩川沿いのアバラ家に、臨月を迎えてたった1人で苦しんでる親友のために、自分のパーティーを抜け出して駆けつける。そして、パーティーに集まってた人たちをみんな呼び寄せて、その親友の出産を助けちゃう。あたしは、ものすごく感動して、涙が止まらなかった。
‥‥そんなワケで、今は図書館とかで探さないと読むことができない「キャラコさん」だけど、痒いとこに猫の手が届く「きっこの日記」としては、この「キャラコさん」もちゃんと最後に「青空文庫」をリンクしとく。だけど、全45話もあるアニメの「十二国記」を紹介して、全11話の「キャラコさん」も紹介しちゃった上に、「キャラコさん」のリンク先には、これまたメチャクチャ面白い「顎十郎捕物帳」の全24話もあるから、これらをぜんぶ完食するのは、ギャル曽根ちゃんでも難しいと思う。でも、テレビで宣伝を繰り返してるバカバカしい映画なんかをお金まで払って観に行くよりは、こうした無料のコンテンツで楽しんだほうが遥かに価値があると思うので、あたしが太鼓判を押す作品をタンノーしてみて欲しいと思う今日この頃なのだ。
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「十二国記」(無料配信は2月23日まで)
http://streaming.yahoo.co.jp/p/t/00173/v05925/
「キャラコさん」(青空文庫)
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1224.html#sakuhin_list_1
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「片岡さんの主張が認められる」(世田谷通信)
高知のスクールバス事故の片岡晴彦さん(現在服役中)が、捜査の過程で警察官による証拠隠滅などが行なわれたとして、2008年3月に高知県警警察官を被告訴人不詳のまま告訴したが、告訴を受理した高知地検は同年9月、「証拠隠滅の嫌疑は全く無い」として警察官を不起訴処分にした。この不起訴処分に対し片岡さんは「不起訴不当」として高知検察審査会に不服申し立てを即日行なっていたが、高知検察審査会は厳正なる審議の結果、1月28日、片岡さんの申し立て通りに「不起訴不当」の決議をした。高知検察審査会は「検察官は衝突現場の写真撮影報告書及び実況見分調書添付の写真及びネガフィルムを鑑定、分析するなどの捜査を行う必要があると思われる」「バスの同乗者などの供述も参考にする必要があると思われる」「申立人が実施した走行実験による鑑定結果に対して、検察官は別の専門家による検証を踏まえ、反論を行う必要があるのではないか」など5項目の問題点をあげ、捜査や裁判が公正に行われなかった事実を指摘した。この事件は「停止していたスクールバスに白バイが高速でぶつかって来た」という数多くの証言をすべて採用せず、物理的にはありえないタイヤのブレーキ痕の写真が証拠として採用されるなど、当初から「警察が身内をかばうために組織的に関与した冤罪事件」として全国から注目されている。今回、片岡さんの主張が認められたことで、事件は新たな展開を見せると思われる。(2009年2月2日)
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ようやく少し落ち着いたので、1月18日の日記、「バカ親に苦しむ子供たち」に対して寄せられたメールを紹介したり、その後の「子供に変な名前をつける親をどう思いますか?」ってアンケートのマトメをやろうと思ったんだけど、たくさんのメールに目を通してたら、リトル難しいことになって来た。ま、その辺のことはあとで説明するとして、まずは1通だけメールを紹介する。
お名前:OT
コメント:きっこさん、こんにちは。三度目のメールになります。今日の日記の変な名前をつけられた子供に関してですが、きっこさんは「ポケモンみたいな名前だのアニメのキャラクターみたいな名前だのをつけられちゃった気の毒な子供たち」と書いていましたが、数年前にネットで話題になった名前で「光宙(ピカチュウ)」と「ハム太郎」という子供が実際にいるそうです。これらは「ポケモンみたい」「アニメのキャラクターみたい」ではなく「そのもの」です。子供が気の毒というか、親の顔が見てみたいというか‥‥(後略)
サスガのあたしもこれには驚いちゃったけど、ネットで検索してみたら、ホントにこんな名前をつけられちゃった子供がいるみたいだった。そして、他にも、こんな名前が寄せられた。
「芽恵照(メーテル)」「笑来星(エメラルダス)」「可愛姫亜(プリキュア)」「天空(ラピュタ)」「十十六(トトロ)」「悟空(ゴクウ)」「野菜戦士(ベジータ)」「毬王(マリオ)」「桃姫(ピーチ)」などなど‥‥。
こんな言い方したくないけど、人の親になる資格のない大バカが勢ぞろいしてるとしか思えない。ちなみに、「マリオ」はお兄さんで「ピーチ」は妹だそうだ。だから、もしもお兄さんが双子だったら、もう1人は絶対に「類似(ルイージ)」ってつけられてたと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、他にも、双子の名前で「大也(ダイヤ)」と「主人(モンド)」とか、「楽瑠琥(ラルク)」と「詩慧瑠(シエル)」ってのも送られて来た。これって、きっと親が「ラルク・アン・シエル」のファンなんだと思うけど、それを変なアテ字で子供の名前にしちゃうなんて、いったいどんな神経をしてんだろう? もしもローリングストーンズのファンだったら、「蝋輪具(ローリング)」と「諏頓図(ストーンズ)」にでもしてたんだろうか?
それにしても、この「ダイヤ」と「モンド」とか、「ラルク」と「シエル」とかっパターン、完全に、ひと昔前の漫才師の芸名だよね。「中田カウス・ボタン」みたいな。ようするに、本名って感じじゃなくて、お笑い芸人の芸名とおんなじ発想なんだよね。そして、それを本名として自分の子供につけちゃうんだから、ある意味、子供をオモチャにして遊んでるようにも思えてきちゃう。
で、こないだ行なった「子供に変な名前をつける親をどう思いますか?」ってアンケートの結果だけど、1月31日の時点で、有効投票数8633票のうち、「親の自由」が316票(3%)、「子供がかわいそう」が7351票(85%)、「どちらとも言えない」が966票(11%)だった。やっぱり、「親の自由」って思ってる人は少数派で、ほとんどの人が「子供がかわいそう」って思ってるんだね。
それから、「自分の子供にどんな名前をつけようと親の勝手だ」っていうメールを送って来た人も何人かいたんだけど、その理由は、「他人から見て変わってる名前でも、それぞれの親が愛情を持って名づけたんだから、他人がとやかく言うべきじゃない」ってこと、つまり、「どんな名前でも親の愛情がある」って前提での意見だった。だから、このアンケートで「親の自由」に投票した人も、サスガに「うんち」だの「ケツの穴」だのって名づけるのには反対なんだと思う。あくまでも常識の範囲内での命名であれば、読み方が一般的でなくても、多少変わった名前でも、そこに「親の愛情」があるんだから構わないだろう‥‥ってことなんだと思う。
確かに、マクラのとこに列記した名前の中でも、「芽恵照(メーテル)」とか「毬王(マリオ)」とかは、名前はともかくとして、あてた漢字には多少なりとも親の愛情を感じる。だけど、「天空」って書いて「ラピュタ」って読ませたり、挙句の果てには「野菜戦士」って書いて「ベジータ」だなんて、もはやマトモな神経とは思えない。自分の大切な子供にこんな名前をつけるなんて、あたしには「親の愛情」なんて1ピコグラムも感じない。
ムリヤリに理屈をこねれば、「光宙(ピカチュウ)」は「光り輝く宇宙のような大きな人間になってもらいたい」、「ハム太郎」は「みんなから愛される可愛らしい人間になって欲しい」っていう親の願いがあるのかもしれない。だけど、この「ピカチュウ」や「ハム太郎」を始め、「プリキュア」にしても「トトロ」にしても、すべて犬や猫の名前じゃなくて、人間の子供がつけられた名前なのだ。戸籍謄本にこれらの名前が記載されてて、これから一生、学生証も免許証も国民健康保険証も名刺も、すべてこの名前が記入されてくのだ。これが「親の愛情」だろうか? あたしには、まるで「児童虐待」のようにしか思えない。
だから、あたしは、アンケートで「親の自由」に投票した人たちにしても、メールで同様の意見を送って来た人たちにしても、その多くは、こうした「ピカチュウ」や「ハム太郎」みたいな非常識な名前までは容認してないと思う。あくまでも、「ちょっと変わった名前」とか「ちょっと読みにくい名前」とかの範疇のことを言ってるんだと思う。
じゃあ、どの辺までが容認できる範囲なのかって言うと、これも人それぞれの感覚なんだと思うけど、あたしの場合なら、マンガやアニメのキャラからの命名だとしたら、「レオ」とか「アトム」とかなら、森本レオや下條アトムもいることだし、マンガの神様の手塚治虫作品てこともあるし、まあギリギリかな?‥‥って感じだ。もちろん、自分の子供には絶対につけないけど、こういう名前の人がいても、現代ならそれほど違和感は感じない。
たとえば、F1のアイルトン・セナのファンだった親が、自分の子供に「世那(セナ)」とか「聖水(セナ)」とかつけることがある。正確に言えば、セナは名字で、アイルトンのほうが名前なんだから、ホントなら「愛流頓(アイルトン)」てつけるべきなんだけど、子供にしてみたら「まだセナのほうで良かった」って思うだろう。で、この「セナ」って名前は、現代ならそんなにおかしくない。あたしの感覚だと、「レオ」と同レベルだ。だけど、おんなじF1ドライバーの名前でも、「桃琉梨(トゥルーリ)」はかわいそうだ。これも実際にある名前なんだけど、いったい親は何のつもりなんだろう? こんな名前の子供まで出てきちゃうんなら、そのうちに「蹴魔波(シューマッハ)」とか「罵詈智慧呂(バリチェロ)」なんて子供も出てきそうだ。
‥‥そんなワケで、複数のメールに書かれてたんだけど、こうした変な名前を子供につける風潮を煽ってるのが、「たまごクラブ」っていう雑誌だそうだ。赤ちゃんが生まれるまでの「たまごクラブ」と、生まれてからの「ひよこクラブ」を総称して「たまひよ」って呼ぶらしいんだけど、この雑誌についてる赤ちゃんの命名事典みたいな付録に、それこそポケモンみたいなヘンテコな名前がズラーッと書いてあって、現在の珍名ブームに燃料を注いでるんだそうだ。
「子供に変な名前をつける親をどう思いますか?」ってアンケートと同時に行なった「あなたは自分の名前が気に入っていますか?」ってアンケートでは、有効投票数7672票のうち、「とても気に入っている」が2249票(29%)、「まあまあ気に入っている」が3254票(42%)、「どちらとも言えない」が1173票(15%)、「あまり気に入っていない」が854票(11%)、「すぐに改名したいほど気に入らない」が142票(2%)だった。だから、全体の7割以上の人が「とても気に入ってる」と「まあまあ気に入ってる」ってワケで、「どちらとも言えない」も入れれば、全体の86%の人が自分の名前に不満はないってことになる。
そして、「気に入らない」って人はわずかだし、その中でも「すぐに改名したいほど気に入らない」って人は2%だけだ。だけど、こうして比率で見ると「たった2%」なんだけど、人数で見ると「142人もいる」ってことになる。で、アンケートに参加してくださった人は7672人なんだから、「きっこの日記」と「きっこのブログ」の1日のアクセス数の10分の1ほどだ。てことは、「きっこの日記」か「きっこのブログ」を読んでくれてる人の中だけでも、この10倍、1400人くらいは、自分の名前を「すぐに改名したいほど気に入らない」って人がいることになる。
これは、ものすごい人数で、「たかが2%、されど2%」ってことになる。比率にしたら「たかが2%」でも、親から変な名前をつけられて、子供のころからイジメられたりバカにされたりして来て、大人になってからも苦労し続けてる人にしてみれば、ものすごいハンデをしょって生きてるようなもんなのだ。そして、そんな人たちが、あたしの日記を読んでる人の中だけでも1400人もいるなんて、この人たち1人1人の苦労を思うと、ホントに気の毒になる。
個人を特定されちゃうからお名前は伏せるけど、ちょっと変わった名前をつけられた女性から届いたメールには、その苦労のホドが書かれてた。学校の先生をしているそうで、いつも生徒たちから名前をからかわれてるそうだ。部分的に抜粋して紹介するけど、こんなことが書かれてた。
「親を本当に恨んでます。ほんとにふつーの、えりこ、とか、りえこ、とか、そういうありきたりの名前が良かったです。大人でも、いちいち「珍しいですね」とか「変わった名前ですね」とかいうんで、大変めんどーです。「素敵なお名前ですね」でも、気を使ったつもりでしょうけど、やっぱり人の名前くらいほっとかんかい!って気分です。ほんとにめんどーです。」
ようするに、日常的に、名前を名乗るたびに相手のリアクションに対応しなくちゃなんないし、たとえそれが褒め言葉であっても、どうせ気を使っての言葉に過ぎないワケで、「とにかくあたしの名前のことには触れないで!」って気持ちなんだろう。フォローするワケじゃないけど、あたしの感覚だと、この人の名前は、「レオ」とか「セナ」とかの部類に入る。だから、「プリキュア」だの「エメラルダス」だのとは比較できないほどいい名前だと思う。ただ、どちらかって言うと男性的なイメージの言葉だから、名前だけを見た人は、男性だと思い込むこともあると思うし、そうしたことが、また、ご本人にとっては「めんどー」なことなんだと思う。
‥‥そんなワケで、ヒトコトで「変な名前」って言っても、ピンからキリまであるワケで、その多くは、親が愛情を持って名づけたものだと信じたい。ただ、その愛情の方向性が、一般の人たちとは大きくズレてたワケで、自分の好きなアニメやゲームのキャラの名前をつけることが「愛情」なんだとカン違いしてるんだと思う。自分が大きくなって、みんなからからかわれる変な名前の意味を聞いた時に、親から「アニメのキャラからつけた」なんて知らされたら、あたしだったら死にたくなる。「バカにすんのもいい加減にしろ!」って怒鳴りたくなる。だから、あたしは、ゆとり教育を見直したり、子供のケータイを規制したりするのもいいけど、そんなことをするずっと以前の問題として、子供に変な名前をつけるのは法律で禁止すべきだと思う。どんなに厳しい教育をしようとも、どんなにケータイやインターネットを規制しようとも、「ピカチュウ」や「ハム太郎」なんて名前をつけられた子供が、マトモな人生を送れないことは目に見えてるからだ。そして、どうしても変な名前を容認し続けるのなら、義務教育が終わった時点で、子供は自分の好きな名前に変更できるようにすべきだと思う。「親の自由」があるのなら、「子供の自由」もあるからだ‥‥なんて思う今日この頃なのだ。
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「麻生首相、海外でも誤読を連発」(世田谷通信)
政策やリーダーシップではなく原稿の漢字の読み間違いばかりが注目されている麻生太郎首相だが、支持率回復のために現地滞在時間7時間という強行軍で臨んだスイスでの世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」でも漢字の誤読を連発した。麻生首相は、31日、スイス東部のダボスで開催された「ダボス会議」の特別講演で、「米国新大統領のオバマ氏と連携し」と連呼してオバマ人気にあやかろうとしたが、原稿の「決然」を「けんぜん」、「見地」を「かんか」、「基盤」を「きはん」と漢字の読み間違いを連発した。また講演後にダボス市内のホテルで感想を語った際には、同席したイギリスのトニー・ブレア前首相のことを「トニー・ブラウン」と3回も言い間違え、秘書官から「トニー・ブレアです」と指摘され、慌てて言い直す場面もあった。どうやら現職のゴードン・ブラウン首相と混同してしまったようだが、人名の間違いは海外プレスにも分かってしまうため一国の代表としていかがなものであろうか。(2009年2月1日)
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母さんの手術を控えた前日の夜、あたしは、ほとんど眠れなかった。ずっとこの日を夢見てがんばって来たのに、いざ現実に手術を迎えたら、不安で胸がいっぱいになった。ワリと難しい手術であること、成功の確率がそれほど高くないことなど、不安の材料はいくつかあったけど、そんなことは最初から分かってたことだ。それに、あたしの何倍も不安なのが母さんのハズなのに、あたしってホントにだらしない。そう思ってベッドに横になったけど、やっぱり不安で眠れない。
少しだけウトウトしたんだけど、手術が失敗して母さんが死んでしまった夢を見て、泣き叫びながら飛び起きた。それからは、心臓がドキドキして、ヨケイに眠れなくなった。こんな縁起でもない夢なんか見ちゃったもんだから、いくら「逆夢」だって自分に言い聞かせても、どんどん不安が大きくなってく。ベランダに出て、夜空を見上げてお祈りをしたら、少し気持ちが落ち着いた。だけど、結局、このまま朝まで眠ることはできなかった。
でも、あたしが不安な顔をしてるワケには行かないから、寝不足の顔をプロのメーク技術で修正して、病院に着くまでに精一杯のカラ元気を出して、笑顔で病室に入ってった。そしたら、母さんはニコニコしてて、母さんの笑顔を見たら、あたしの不安はスーッと消えてった。そして、今までずっと信じて来た強い心が戻って来た。母さんは、冗談みたいな調子で、「昨日から何も食べさせてもらえなくてお腹がペコペコだから、さっさと済ませて戻って来るよ」って言って、ニコニコ笑ってた。
母さんは、ホントは不安なのに、あたしを心配させないようにムリしてるのかな?‥‥とか、母さんを元気づけなきゃならない立場なのに、あたしのほうが母さんから元気づけられちゃうなんて‥‥とか思いつつ、ストレッチャーに乗せられてく母さんに「がんばってね!」って言ったら、母さんは笑顔でピースサインをしてくれた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、手術を待ってる間、自分が子宮筋腫の手術をした時のことを思い出した。あたしの時は、点滴の中に麻酔の注射を入れられて、お医者さまから「100から逆に数字を数えてください」って言われて、頭の中で「100、99、98、97‥‥」って数えてたら、「声に出して」って言われて、「そりゃそうだ」と思って、今度は声に出して「100、99、98、97‥‥」って数えたんだよね。それで、80いくつかまでは記憶があるんだけど、70いくつかとか言った記憶はないから、アッと言う間に麻酔が効いたんだと思う。
ただ、全身麻酔をしたことがない人は、麻酔が効いてる間は完全に意識も痛みもなくなってると思ってる人もいるかもしれないけど、ワリと感覚は残ってるんだよね。あたしの時は、手術してる下腹部の皮膚をギューッと引っ張られる感覚が断片的に続いてたし、その中に何度も痛みを感じた。いろんな色の巨大なペイズリー模様が、ゾウリムシみたいに動きながら襲って来るサイケデリックな映像とか、言葉じゃうまく説明できないけど、真っ暗な宇宙空間に放り出されて、目に見えない力で体が引きちぎられるような感覚とか、ふだん見る夢とは違う「実感をともなう夢」を見た。
ま、あたしのことは置いといて、母さんの場合は大きな手術だったから、無事に済んで麻酔から醒めてからも、当日の夜は強い鎮痛剤を打ってたし、酸素マスクだの心電図の線だの点滴だのにつながれてたから、目で合図して手を握るだけで、話すことはできなかった。だけど、執刀したお医者さまからの「すべてうまく行きました」って言葉で、あたしは安心して帰って来ることができた。そして、この日は、グッスリと眠ることができた。
でも、不安と緊張から解き放たれて爆睡したら、この5年間のことがダイジャスト版で流れる走馬灯みたいな夢を見た。それも、思い出したくなくて記憶から排除してたようなことばかりが、洪水みたいにドッと流れて来た。あたしは、イヤな思いをした時、屈辱的な思いをした時は、そうした記憶を心の奥の箱に仕舞って、鍵をかけて来た。イヤな思いをするたびに、いちいち悲観的になったり感傷的になったりしてたら、ちっとも前に進めないからだ。あたしには、1日も早く母さんの手術費用を貯めるっていう目的があって、そのためにガムシャラに働いてたんだから、その過程で起こるイヤな思いや屈辱的な思いなんかに、いちいち構ってるヒマなんかなかったからだ。
特に、夜のバイトをしてる時は、ホントにつらかった。本職のほうで朝から晩まで働いて、それからのバイトだったから、肉体的にもギリギリだった。それでも、笑顔でがんばって働いてたけど、酔っ払いに体を触られたり絡まれたりするたびに、泣きたいくらい悔しかった。自分自身に「母さんのため」って言い聞かせて、顔で笑って心で泣いてガマンして来たけど、何度も何度も「どうしてこんなことまでしないといけないのか‥‥」って思って、悔しかった。このころは、手術費用を貯める以前の話で、ふだんの医療費を作るだけで精一杯だったから、ヨケイに悲しかった。
だから、あたしは、こうした思いをするたびに、悔しさや悲しさを心の奥の箱の中に仕舞って、鍵をかけて、翌日に引きずらないようにして来た。本職のほうでも、何度も悔しいことがあったけど、みんな箱の中に仕舞って来た。そして、ようやく手術費用を貯められるようになったと思ったら、今度は自分が大ケガをして、8ヶ月も働けなくなった。これがトドメみたいなもんだったけど、このころは手術費用が作れそうな目安も立ってたから、あたしの意気込みも違ってた。だから、松葉杖をついてパチンコ屋さんに通うほどのパワーもあったし、どんなに苦しい生活にも耐えることができた。
そして、あたしの夢は叶った。正確に言えば、これから、元気になった母さんを近場の温泉に連れてったり、いろんなとこに旅行に連れてったり、いつかは九州の湯布院に連れてったりって、やりたいことはマウンテンで、まだ夢のスタート地点に立ったばかりだ。だけど、日々の生活と医療費だけでギリギリの生活をしてた10年前の時点では、絶対に考えられなかった手術を受けることができたんだから、これで母さんが元気になってくれれば、あたしの夢の90%は叶ったようなもんだ。
5年越しの夢だった母さんの手術もうまく行き、あたしは極度の不安と緊張から解き放たれてグッスリと眠ったら、心の奥の箱がパカッと開いて、今まで仕舞って来た悔しい思いやつらい思いが洪水のように流れ出した。お金のためにガマンしたこと、プライドをズタズタにされたこと、思い出したくなかったイヤな記憶が一気に流れ出して、瞬く間に川の水かさが危険水域まで上昇して、あたしは溺れそうになった。だけど、その時には泣きたいほどつらかった出来事だったのに、ひとつひとつのイヤな記憶に触れても、不思議なことに、それほど悔しくは感じなかった。そして、しばらくして水かさが減り、元の川に戻った時には、あたしはとっても清々しい気持ちになってた。
そして、手術の翌日、あたしが朝イチで顔を見に行ったら、母さんは酸素マスクも外れてて、ようやく話すことができた。あたし的には、この日の明け方にこんな夢を見ちゃったあとだし、5年越しの夢だった手術のあとだし、それなりに感慨深い「最初のヒトコト」を期待してたんだけど、母さんは、あたしの顔を見るなり、こう言った。
「きみこ、お腹がペコペコだよ。エビドリアが食べたいよ」
あまりの第一声に、あたしは、すぐに言葉が出て来なかった。つーか、なぜ「エビドリア」なの? 別に好物でもないのに、数ある食べ物の中から、なぜ「エビドリア」なの? それで、あたしがポカンとしてたら、母さんは、こう続けた。
「あ~エビドリア~」
あたしは、映画の「ロッキー」の「エイドリア~ン!」を連想しちゃって、プッと噴き出した。母さんは、笑いたくても、体が痛くて笑えないみたいだった。この日はお粥も食べられない状態なんだから、しばらくはエビドリアどころの騒ぎじゃない。母さんはつらそうだったので、この日はあまり話さずに、ぼんやりと母さんの顔を見てるだけにした。そして、お医者さまからの詳しい説明を聞いたり、ナースルームにアイサツに行ったりして、帰って来た。
そして、次の日も朝イチで病院に行ったんだけど、母さんは、たった1日でずいぶん回復してて、電動のリクライニングで上半身をナナメに起こせるようになってた。休み休みだけど、ほぼ普通に話すこともできたし、自分でお水を飲むこともできた。それで、あたしは、「なんでエビドリアを食べたいの?」って聞いてみた。そしたら、あたしが中学生の時、母の日に、あたしはお料理の本を見ながら、小麦粉をバターで炒めてホワイトソースを作って、生まれて初めて本格的なエビドリアを作ったんだけど、それが美味しかったことを思い出して、すごく食べたくなったんだって。あたしは完全に忘れてたんだけど、母さんに言われて思い出した。母の日のプレゼントにエビドリアを作ったら、母さんはすごく美味しいって言って喜んでくれたんだ。あたしも忘れてたこんなことを母さんは覚えててくれたんだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、母さんが退院したら、まずは近場の温泉に連れてくっていう目標があるし、母さんが元気になったら、いろんなとこに旅行に連れてって、いつかは九州の湯布院に連れてきたいっていう大きな夢があるけど、その前に、「エビドリアを作ってあげる」っていうプチ目標ができちゃった。こんな目標なら、すぐにできるから、いくらでも大歓迎だ。今まで、ずっと病気でつらい思いをして来た母さんに、やっと何でもしてあげられるようになったんだから、これからはどんなリクエストにもバッチリと応えてこうと思う今日この頃なのだ♪
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