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2009.02.21

山頭火の恋

世の中には、すべてのものに、規則やルールや決まり事や法律がある。あたしたちニポン人がニポンで暮らしてくためには、ニポンの法律に従わなくちゃならない。その上で、学校へ行けば「校則」があるし、車を運転するなら「道路交通法」があるし、ゴミを出すにもルールがあるし、スポーツをするならそのスポーツのルールに従わなくちゃならない。ホームで電車を待つにも、駅前で宝クジを買うにも、先に来た人から順に並ぶっていう暗黙のルールがあるし、食事をするにも、それぞれの食事によって決まり事がある。

街の雀荘で麻雀を打つなら、まず基本的な麻雀のルールがあるし、その上で、一発や裏ドラはアリかナシか、カン裏はアリかナシか、食いタンはアリかナシか、チートイは「50符1飜」にするのか「25符2飜」にするのか、人和(レンホー)を役満にするのか、四暗刻単騎や国士無双13面待ちはダブル役満にするのか‥‥っていう細かいルールを確認しなきゃなんない。さらに、1000点いくらにするか、ウマはいくらにするかっていう風速(賭け金)も、その雀荘ごと、メンバーごとのルールとして決めなきゃなんない。

そして、ようやく麻雀が始まると、1000点50円であろうと200円であろうと、お金を賭けてるワケだから、麻雀のメンバーとの決まり事を守るってことが、この国で生きてく上での決まり事である「ニポンの法律」を破ることになる。だから、バレれば、漫画家のエビスさんみたいにパクられる。だけど、お金を賭けずに麻雀を打ってる人なんてほとんどいないし、お金を賭けずにゴルフをしてる人もほとんどいない。政治家だって、官僚だって、警察のお偉いさんだって、麻雀を打つ時にはお金を賭けてるし、ゴルフをする時は握ってる。ただ、特権階級だから、バレても捕まらないだけだ。

で、こうした特権階級の人たちのことを除けば、あたしたち一般人は、世の中の規則に従って生きなきゃなんないし、その規則に従わなかった時にはペナルティーを受けなきゃなんない。法律を破れば罰則を受けなきゃなんないし、サッカーのルールを破ればイエローカードやレッドカードを受けなきゃなんない。フランス料理のフルコースを食べに行って、食べ方のルールを知らなければ、「恥をかく」っていうペナルティーを受けることになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、俳句にも俳句の決まり事があるワケで、一般的に認識されてるのは、「五七五の定型」ってことと、「季語を入れる」ってことだ。詳しいことを言うと、この他にも「切れ」とか「俳言(はいごん)」とかの決まり事もあるし、俳句を詠む上での心構えとしての精神的な決まり事もある。だけど、ここまで説明してくと複雑になっちゃうから、今日は「五七五の定型で季語が入ってれば俳句」ってことにして話を進めてく。つまり、ちゃんとした俳句の心得のある俳人が詠んだ作品だけじゃなくて、「お~いお茶」の缶に書いてあるのも、「ちびまる子ちゃん」のおじいちゃんの友蔵が詠むのも、みんなちゃんとした「俳句」として認めた上で、話を進めてくってことだ。で、まずは、次の4つの作品を読んでみて欲しい。


1.陽へ病む 

2.おとはしぐれか

3.うごけば、寒い

4.咳をしても一人


1番目の作品は、「ひへやむ」って、たった4音しかないけど、これも立派な俳句なのだ。大橋裸木って俳人の作品で、もっとも短い俳句作品て言われてる。そして、2番目の作品は、7音しかないけど、これも立派な俳句で、有名な種田山頭火の代表句の1つだ。3番目は、橋本夢道って俳人の俳句で、「、」を入れても8音しかない。4番目は、この中じゃ最長の9音だけど、俳句の定型の17音にはぜんぜん足りない。だけど、これまた有名な尾崎放哉の代表句の1つだ。

これらは、「自由律俳句」って言って、「五七五の定型」や「季語」などのルールにとらわれず、「俳句の心」だけを内面的なルールとして詠まれてるものだ。だから、こうした極端に短い作品だけじゃなくて、30音以上もある、短歌よりも長い作品もある。それでも、作者が「これは俳句です」って宣言すれば、有無を言わさずに「俳句」ってことになっちゃう。ようするに、自己申告がすべてってワケだ。

だから、あたしが、「蚊だ」っていう2音の作品を「俳句です」って言って発表すれば、大橋裸木の「陽へ病む」の記録を塗り替えて、世界一短い俳句のギネス記録を打ち立てちゃうってことになる。ついでだから、「蛾だ」とか「木だ」とか「絵だ」とか「尾だ」とか「毛だ」とか「死だ」とか「酢だ」とか「背だ」とか「田だ」とか、考えられるすべてのパターンを「きっこ作」として、今のうちに発表しとこうかな(笑)‥‥とか言ってみつつ、こうした自己申告の自由律俳句は、やっぱり俳句としての決まり事を守ってないワケだから、公募の俳句賞とかに応募すれば、たとえどんなに優れた作品であっても、最初の予備選で落とされる。それは当然だ。

一般的な俳句の場合は、五七五の定型を守ることや季語を必ず使うことは、形式上のルールなんだから、これらを守るってことが、すべての大前提になる。そして、その上で、他の人とは違う自分なりの視点やオリジナリティーによって作品のレベルを上げてくワケで、大前提のルールを守るってことは、作品の良し悪し以前の問題なのだ。たとえば、これが野球なら、1チームのメンバーが「9人」てのが「五七五の定型」ってことで、アウトが3つでチェンジになるとかのルールが「季語」ってことになる。だから、これらの大前提を守らずに、12人で守備についたり、アウトが3つになってもチェンジしなければ、野球の試合にはならない。

‥‥そんなワケで、国が定めた法律から、こうした俳句の決まり事やスポーツのルールに至るまで、あたしたち人間は、数えきれないほどの規則に縛られて生きている。そして、1人の人の人生を見ると、一般的には、子供のころは親や先生に叱られたりして決まり事を守るようになるし、大人になってからは自分の意思で世の中の規則を守るようになる。そして、子供から大人になる過程の「反抗期」って呼ばれる一時期だけ、ムヤミヤタラにルールを破ろうとする。

「大人が決めたルールに何で従わなきゃいけないんだ!」とか思ってみたり、規則を破ることがカッコイイなんて思えたりもする。そして、校則を破ることから始まり、どんどんエスカレートして行く。だけど、たいていの場合は、ある程度の年齢になるまでに何らかの気づきがあって、ちゃんとした大人になって行く。20才を過ぎても暴走族をやってたり、汚ギャルをやってるような人なんかほとんどいないように、たいていの場合は、20才になるまでに、人としての最低限の学習をするってワケだ。

だけど、世の中には、守らなくてもいい決まり事もたくさんある。たとえば、男性はズボン、女性はスカートって決まってるけど、女性はズボンもOKなのに、男性はスカートがNGだ。だから、男性のファッションのバリエーションは、ボトムスだけを見ても、女性の半分しかない。スコットランドでバグパイプを吹いてる男性はスカートを履いてるけど、アレは民族衣装なワケで、一般的には、男性がスカートを履いて歩き回ってたら好奇の目で見られる。

だけど、男性がスカートを履いて歩き回ってても、別に法律には触れてない。ただ、世の中の暗黙のルールに反してるだけで、誰にも迷惑をかけてない。男性が下半身を露出して歩き回れば、法律にも触れるし人にも迷惑をかけるけど、ちゃんとしたファッションの1つとして男性がスカートを履くことは、あたしは別に何も問題はないと思う。

で、男性なのにスカートを履いて生活してるのが、裁判の傍聴レポなどでもオナジミ、大川興業の阿曽山大噴火さんだ。阿曽山さんは、以前はあたしのマイミクだったんだけど、知らないうちにマイミク一覧から消えてたから、きっとミクシーをやめちゃったんだと思うけど、「阿曽山大噴火のつれづれ裁判日記」っていうブログを書いてるので、あたしはチョコチョコと覗いてる。ちなみに、阿曽山さんは、本名が「阿曽道昭」なので、この本名と「阿蘇山」とをカケて「阿曽山大噴火」っていう芸名をつけてるから、タマに「阿蘇山大噴火」って間違えて書かれることがある。

‥‥そんなワケで、あまりにもインパクトのある「阿曽山大噴火」って芸名だけど、これに匹敵するのが、さっき出て来た「種田山頭火」だろう。何しろ、山の頭から火を噴くんだから、ある意味、これも「噴火」みたいなもんだ。そして、この種田山頭火も、阿曽山さんとおんなじで、本名は「種田正一」っていう、ごく普通の名前なのだ。だけど、山頭火は、こんなに激しい俳号を名のり、俳句のルールを無視した自由律俳句を実践しながらも、自身の日記である「行乞記(ぎょうこつき)」の中で、霧島を眺めながらこんなことを書いている。


「西洋人は山を征服しようとするが、東洋人は山を観照する、我々にとつては山は科学の対象でなくて芸術品である、若い人は若い力で山を踏破せよ、私はぢつと山を味ふのである。」


でも、あたしは、これは山頭火の「ソトヅラ」なんじゃないかって思ってる。あたしが山頭火を好きなのは、あまりにも人間くさい人だったからだ。2002年2月1日の日記、「うしろすがたのしぐれてゆくか」にも書いたけど、山頭火は、明治15年、山口県の代々続くとても裕福な大地主の家に生まれた。だけど、山頭火の父親は、大酒飲みの上にメカケを3人も抱えるほど女グセが悪く、先代の財産を食いつぶして行った。そして、山頭火が小学校3年生の時、疲れ果てた母親は、井戸に身を投げて自殺した。引き上げられた母の真っ白な死体は、山頭火の脳裏に焼き付いた。

そして、山頭火は、20代の半ばに父親にムリヤリ結婚させられ、一児をもうけたんだけど、妻に対しては愛のカケラも無くて、父親と同じように毎日酒に溺れていた。そしてついに、親子二代で、先祖代々の広大な土地も立派な屋敷も、すべて失ってしまったのだ。すべてを失った山頭火は、妻子を置き去りにして放浪の旅に出て、昭和15年に57才の生涯を閉じるまで、酒を飲み続け、周りに迷惑をかけ続け、反省と自虐を繰り返したのだ。

昭和6年(1931年)の「三八九(さんぱく)雑記」の中に、「私を語る~消息に代えて~」っていう短い文章があるんだけど、ここで山頭火は、50才を迎えた心境を次のように書いている。


「私は労(つか)れた。歩くことにも労れたが、それよりも行乞の矛盾を繰り返すことに労れた。袈裟のかげに隠れる、嘘の経文を読む、貰いの技巧を弄する、――応供の資格なくして供養を受ける苦脳(ママ)には堪えきれなくなったのである。」


「応供(おうぐ)」ってのは、人々から供養を受けられる徳のある人を指す言葉だ。つまり、山頭火は、表向きは厳しい行乞の旅を続けてたワケだけど、実際には、自分のことを「修行僧のフリをして施しを受ける技巧を身につけたニセモノ」って思ってたのだ。そして、山頭火の日記である「行乞記」や「其中(ごちゅう)日記」などを読むと、ほぼ毎日が朝から酒びたりで、まるで中川昭一の日記じゃないかと思えて来るほどだ。

‥‥そんなワケで、見かけは放浪の修行僧のようでいて、実際には俗人丸出しの人間くさい山頭火だったから、その句にはホッとする体温がある。あたしの好きな山頭火の句は、さっきリンクした過去ログに書き出してあるので、興味のある人は読んでみて欲しい。で、メカケを3人も持ち、自分の女房を自殺させたほどの親父の子で、自身も身上を潰して、なお、朝から酒びたりの生活を続けてたほどの山頭火なのに、残されてる日記には、女性関係についてがまったく書かれてない。そして、こんなことが書かれてる。


「私は恋といふものを知らない男である、かつて女を愛したこともなければ、女から愛されたこともない(少しも恋に似たものを感じなかつたとはいひきれないが)、(中略)女の肉体はよいと思ふことはあるが、女そのものはどうしても好きになれない」


そのため、山頭火を研究してる人たちの間では、山頭火は女嫌いだったってことが通説になってる。だけど、あたしは、これほど人間くさい上に、通りかかった町で売春婦を見つければ、その女性から施しを受けつつも、その女性の器量を値踏みするような山頭火なんだから、絶対に女好きだと思ってた。女好きってのは言い過ぎだとしても、好みの女性と出会えば、人並みに恋心を抱くくらいのことはあったと思ってた。だから、このセリフも、先に挙げた「山」に対する記述と一緒で、あとから読む者へ向けた「ソトヅラ」なんじゃないかって思ってた。

そしたら、つい先日、あまりにも素晴らしい本が出版されたのだ。俳人の古川敬さんが書かれた「山頭火の恋」(現代書館)っていう本で、未だかつて、どの研究者も解明することができなかった山頭火の恋愛について、新しく発見された山頭火の1通のハガキを手掛かりにして、その謎を解いて行く一冊だ。もちろん、ちゃんとした本だから、迷探偵キッコナンみたいなアバウトな推測なんかじゃない。現存する膨大な資料をすべて読破した上で、実際に山頭火と会ったことのあるお年寄りたちを訪ね、いろいろな話を聞き、文字通り「足を使って検証」した興味深い本だ。あたしは、夢中になって読んだんだけど、読み終わった時には、お酒だけじゃなくて、女性にも普通に恋をした山頭火を知ることができて、今まで以上に山頭火のことを好きになった。

こんなこと書くと、何だか自慢してるみたいで気が引けるんだけど、あたしは、著者の古川敬さんに、以前、俳句の指導をしたことがある。あたしよりもずっと年上の立派な人なんだけど、あたしの俳句や俳論を気に入ってくださって、あたしが運営してる座に参加してくださった。それで、しばらくの間、俳句の指導をしてたことがある。それで、この本のプロフィールにも、俳句の師として、あたしの名前を書いてくださった。とても畏れ多いことだ。

‥‥そんなワケで、世の中のルールを守ることも、俳句やスポーツのルールを守ることも、もちろん大切だ。そして、こうしたルールに縛られることを不快に思い、ルールを破ることを「カッコイイ」と思う反抗期の若者の気持ちも、あたしは理解できる。さらには、ルールに縛られることを窮屈に思いつつも、ルールに縛られてることで安心できる人間の性(さが)、これもよく分かる。つまり、あたしたちは、ルールによって守られてるだけじゃなくて、ルールに縛られてる安心感によって、もうそれだけで自分の義務を果たしちゃったような気分になって、それ以上の努力を忘れちゃう部分もあったんじゃないかって思うのだ。ルールを守ることによって、過去を振り返って反省したり、自分を向上させたりっていう、人としての基本理念をスルーしちゃってる部分もあったんじゃないかって思うのだ。「俳句の心」がまったく分かってなくても、「五七五の定型」と「季語」だけを守っていれば、俳句としてのレベルは低くても、一応は「俳句の体(てい)を成している」って見てもらえる。だけど、俳句のルールを無視した山頭火の作品には、誰にも真似できない「俳句の心」が満ちあふれてる。ルールに縛られてないからこそ、ルールのある俳句の何倍も自分自身と真摯に向き合わなかったら、本物の作品を生み出すことなどできないハズだ。だから、山頭火が、素晴らしい作品を数多く残すことができたのは、決して聖人でも何でもなく、極めて人間くさかった山頭火の生き方そのものが「俳句の心」だったからだと思う今日この頃なのだ。


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