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2009.02.07

愛しのゴリウォーグ

2月5日付のネットニュースを流し読みしてたら、こんな記事があった。


「サッチャー元英首相の娘、差別発言でBBC番組降板」(ロイター)

英国放送協会(BBC)は4日、マーガレット・サッチャー元首相の娘でレポーターのキャロル・サッチャーさん(55)が、差別的な発言を理由に番組を降板すると明らかにした。BBCのスポークスマンによると、サッチャーさんは1月29日、出演する番組「TheOneShow」の放送終了後、テニスの全豪オープンに出場していた黒人選手について、黒人の差別用語とされる「golliwog」と発言。これを聞いた同僚やゲストらによって、上司に知らされたという。BBCでは、サッチャーさんがこの発言について「冗談だった」として謝罪を拒否したため、降板を決定。しかし、契約は解除されておらず、今後もほかの番組には出演するという。

http://news.www.infoseek.co.jp/topics/world/n_england3__20090206_2/story/05reutersJAPAN363077/


で、この記事を読んで、あたしは、「はぁ?」って思った。だって、テレビ番組の中で差別発言をしたんならともかく、キャロル・サッチャーは番組の終了後に発言したワケで、放送では流れてないのだ。それを周りにいた番組出演者たちが、ワザワザ上司にチクリに行って、こんなに大きな話にしちゃったってワケだ。あたしに置き換えれば、この「きっこの日記」に差別用語を書いたワケじゃなくて、知り合いと喫茶店かどこかでおしゃべりしてる中で、つい差別用語を言っちゃっただけなのに、そこにいた人がワザワザどこかの掲示板だの自分のブログだのに、「きっこがこんなこと言ってましたよ!」って書き込んで大騒ぎしてるような感じだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、いつものことだけど、まずは原点にあたってみるのが基本なので、あたしは、英語圏の数種類のニュースを読んでみた。それで、一番詳しく書いてあったのが「デイリーテレグラフ紙」なので、その記事を参考にして書くけど、このロイターのニポン語の記事は、ずいぶんハショッちゃってる。「デイリーテレグラフ紙」の「Carol Thatcher golliwog row (キャロル・サッチャーがゴリウォーグで降板)」て記事は、ヤタラと詳しく書いてあるし、キャロル・サッチャー側の言いぶんもBBC側の言いぶんも公平にキチンと掲載してる。

Gollyで、まずは、この問題の「golliwog (ゴリウォーグ)」について説明しとくけど、これは、黒人のお人形の名前だ。もともとは、もう1つ「g」がついて「golliwogg」って書くんだけど、今から100年以上も前に、23才のイギリスの女性、フローレンス・アプトンが絵を描いて、お母さんのバーサ・アプトンが物語を書いて、絵本として誕生した。そして、それからだんだんに人気が出て、お人形が作られるようになった。「ゴリウォーグ」とか「ゴリウォグ」とか呼ぶよりも、「ゴーリー」って愛称で呼ばれることのほうが多い。

「ゴリウォーグ」は、黒い顔にギョロっとした大きな目、赤くて分厚いクチビル、モジャモジャに膨らんだ髪の毛っていう、ようするに、黒人の特徴をデフォルメしたお人形だから、長年、子供たちに愛されて来たのに、いつのころからか、黒人を差別する時にも使われるようになっちゃった。つまり、白人が黒人に向かって「おい!ゴリウォーグ!」って言えば、これは中傷したことになっちゃうのだ。ちなみに、去年、黒人モデルのナオミ・キャンベルが、飛行機に既定外の手荷物を持ち込もうとして職員や警官と大ゲンカをしたけど、本人が言うには、「golliwog super model!」って中傷されたからブチ切れたそうだ。

‥‥そんなワケで、お人形自体はとっても可愛いのに、こうして黒人への人種差別として使われちゃうのは、とっても悲しいことだ。これって、「ちびくろサンボ」もおんなじだよね。「ちびくろサンボ」は、もともとはみんなから愛されてた楽しいお話だったし、それどころか、黒人のイメージを良くする本として、昔は学校や図書館の「推薦図書」にも指定されてたのだ。それなのに、発売から70年以上も経った1970年代に入ると、突然、黒人に対する人種差別だって言い出す人たちが現われ始めた。

その理由ってのが、サンボの来てる洋服の色がハデだからって、「黒人は服装のセンスが悪い」って言ってる本だ‥‥とか、トラが木のまわりをグルグル回ってバターになっちゃって、それでホットケーキを作って食べるのがラストシーンだけど、そこでサンボが169枚ものホットケーキを食べるからって、「黒人は大食いで野蛮だ」って言ってる本だ‥‥とか、あまりにもコジツケすぎる理由なのだ。

こうなって来ると、まるで「言葉狩り」とか「魔女狩り」みたいなノリだけど、黒人をモチーフにした可愛らしいお人形が人種差別の代名詞みたいにされちゃうのも、結局はおんなじ感覚なんだと思う。だって、今回の「ゴリウォーグ」にしたって、かつては「子供たちから愛されてる可愛らしいお人形」って意味だけだったワケで、人種差別なんて発想は1ピコグラムもなかったからだ。

で、「デイリーテレグラフ紙」の記事を読んでみると、キャロル・サッチャーは、番組が終わったあとの出演者たちとの会話の中で、テニスの全豪オープンに出場してたフランス国籍の黒人選手、ジョウィルフリード・ツォンガ(23)のことを冗談で「ゴリウォーグ」って言っちゃったそうだ。この選手は、「テニス界のモハメド・アリ」って呼ばれてて、見た目もアリに似ててゴツイ感じがするんだけど、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」ってプレースタイルから名づけられたそうだ。

どんなふうな言い方をしたのかまでは記事からは分からないけど、その場にいた番組の司会者のエイドリアン・チルズと、ゲストのジョウ・ブランドと、制作スタッフたちが、この発言は問題だとして、上層部に伝えたってんだから、キャロル本人が思ってたような「冗談」とは受け取られなかったか、もしくは、「冗談でも許されない発言」て思われたんだろう。そして、その報告を聞いた上層部は、これを「大問題」だと判断して、キャロルに全面的な謝罪を要求した。それを受けてキャロルは、「あくまでも冗談で言った言葉であって、本来の私は人種差別発言などしない」って前置きをしてからの謝罪をするって言ったら、上層部はそれを許さなかった。それで、キャロルとBBCは決裂しちゃったって流れだ。

ちなみに、キャロル側のスポークスウーマンは、放送後の個人的な会話の内容までを問題にして、それをわざわざニュースで報じたことに激怒してて、「これはキャロルの母親がマーガレット・サッチャー元首相だということを踏まえた上でのBBCによる復讐です」って言ってる。もちろん、キャロルの発言そのものが不適切だったことは認めた上での反論だけど、こんなことをワザワザ上層部にチクリに行く出演者やスタッフとか、それを大ゴトにしてニュースで伝えちゃうBBCとかの異常さを見ると、複雑な因縁みたいなものがあるんだと思う。

‥‥そんなワケで、あたしは決してキャロルの肩を持つワケじゃないし、いくら放送後とは言え、黒人に対して「ゴリウォーグ」って言うのは、やっぱり良識ある大人の態度とは思えない。逆に言えば、放送後だからこそ本音が出たとも言えるし、55才にもなって「お前は泰葉か!」って言いたい。だけど、それはそれとして、こんなことをワザワザ上層部にチクリに行くヤツラってのも、同レベルの人間のように思う。それに、こんなことで大騒ぎするくらいなら、遥かに大変な失言をしちゃった人がいる。イギリスのバーナード・フローケット大臣(61)は、去年の11月の下旬に、オバマの当選を引き合いに出して、こうノタマッたのだ。


"UK could put golliwog back on jam jars now Obama's been elected"

「オバマが大統領に選ばれたのなら、我が英国もジャムの瓶のラベルにゴリウォーグの絵が復活するだろう」


Golliwog2「ゴリウォーグ」ってキャラは、とっても可愛くて人気があったから、かつては絵本やお人形だけじゃなくて、バッジになったり、シールになったり、ジャムやマーマレードの瓶のラベルにもトレードマークとして描かれてた。これは、イギリスではオナジミの「ジェームズ・ロバートソン・アンド・サンズ」ってメーカーのジャムやマーマレードなんだけど、「ゴリウォーグ」が人種差別にあたるって風潮が強くなったために、こうしたグッズはだんだんに淘汰されてって、長年、イギリスの人たちに親しまれて来たこのジャムのラベルの絵も、自然と消えることになったのだ。

ニポンでも、昔のカルピスの瓶は、黒人がストローでカルピスを飲んでる絵が描いてあったけど、いつしか自然に消えてった。「ダッコちゃん」なんて人形もあったけど、あれもいつしか消えてった。これらとおんなじことなんだろう。あたし的には、カルピスの絵やダッコちゃんが多くの人たちから愛されてた時代のほうが、逆に、人種差別なんて意識は誰も持ってなかったように感じるんだけど、どうなんだろう?

で、話をクルリンパと戻すけど、イギリスのバーナード・フローケット大臣は、一国の閣僚って立場でありながら、アメリカで初の黒人の大統領が誕生したことを受けて、「ジャムの瓶のラベルにゴリウォーグの絵が復活するだろう」って言って、これを「British politician jokes (英国式政治ジョーク)」だって言ったのだ。これは、オバマのことを直接的に「ゴリウォーグ」って言ったワケじゃないけど、同列に並べてジョークにしたんだから、失言のレベルとしてはキャロル・サッチャーの比じゃないだろう。

ま、詳しいことは、2008年11月21日の「デイリーメール紙」の「British politician jokes 'UK could put golliwog back on jam jars now Obama's been elected' (英国式政治ジョーク「オバマが選ばれたのなら英国もジャムの瓶にゴリウォーグの絵が復活する」)」を読んでもらうとして、ここでは簡単に説明しとくけど、このフローケット大臣は、ニポンでカメムシ大臣が「女性は産む機械」って言った時とおんなじくらい、大ブーイングの嵐を巻き起こしちゃった。何しろ、キャロルみたく番組終了後にボソッと失言したんじゃなくて、フローケット大臣の場合は、ラジオで放送しちゃったからだ。

この日、フローケット大臣は、新しく造る空港に関する記者会見をひらいてた。で、空港の建設には反対派も多いから、まずは軽いジョークを言って、場の空気がなごんだとこで、カンジンの空港の話に入ろうと思ったそうだ。それで、用意しといたこのジョークを言ったんだけど、場がなごむどころか、あまりに無神経な人種差別ジョークに、会見場は凍りついちゃった。そして、この様子を放送してたラジオ局には、ものすごい数の抗議の電話が掛かって来たそうだ。そして、もはや空港の話どころじゃなくなっちゃったフローケット大臣は、大慌てでソッコー全面的に謝罪した。その上、「私は、大統領選の間も、ずっとオバマ氏を支持して来ましたし、アメリカの次期大統領に選ばれたオバマ氏に対して、これ以上はないほどの尊敬の念を持っており、彼を攻撃しようなどという気持ちはミジンもありませんでした」だなんて、歯が浮きそうなオベンチャラを連発したのだ。

結局、未だに世界中にファンやコレクターがいる「ゴリウォーグ」なのに、これが黒人への人種差別の代名詞みたいに使われるようになっちゃったから、イギリスでは、現在はテレビの画面とかに「golliwog」って文字を映し出すことすら、各テレビ局が自主規制してるそうだ。なんだか、2007年2月9日と10日の日記、「差別用語もTPO」「続・差別用語もTPO」で取り上げた「いざり」って言葉とすごく似た運命を感じる。この「いざり」って言葉も、ホントは差別用語でも何でもなかったのに、時代の流れの中で「魔女狩り」に遭い、多くの歴史や文化を消滅させることになっちゃったけど、数え切れないほどの子供たちから愛されてた「ゴリウォーグ」も、いつかは完全に消えちゃう運命にあるのかもしれない。

ちょうど100年前の1908年に、ドビュッシーが愛娘のために作曲した「Children's Corner (子供の領分)」て組曲には、「Golliwog's Cakewalk (ゴリウォーグのケークウォーク)」って曲が入ってる。「象の子守歌」とか、「人形のセレナーデ」とか、「小さな羊飼い」とか、子供が喜びそうな6つの曲から成る組曲の最後を飾るのが、この「ゴリウォーグのケークウォーク」で、「ケークウォーク」ってのは、当時流行してた黒人のダンスの名前だ。ドビュッシーの3才の愛娘が、大好きなゴリウォーグのお人形を踊らせて遊んでる景を見て、我が子への思いを曲にしたものだって言われてる。ここには、大好きなお人形で楽しく遊ぶ無邪気な子供と、その子供の様子をにこやかに見つめる父親という、純粋な「愛」しか存在してない。人種差別なんかとは、対極に位置する美しい世界だ。

Golliwogmorethanmeetsdiy2006‥‥そんなワケで、それから100年もの時が流れて、「ゴリウォーグ」が差別用語になっちゃった現代でも、音楽の力で戦ってるヤツラがいる。スロベニアのパンクバンド、その名も「Golliwog」だ。人種差別や性差別に反対し、動物愛護を訴える彼らは、人種差別主義者たちの「魔女狩り」で差別用語にされちゃった「ゴリウォーグ」をあえてバンド名にして、人種差別に反対する強いメッセージを発信してる。興味のある人は、ココで聴くことができるので、イギリスの元首相の娘のキャロル・サッチャーや、イギリスの現職の大臣のバーナード・フローケットよりも、遥かに人間的な感覚を持ち合せてる素晴らしい若者たちの音を聴いてみて欲しいと思う今日この頃なのだ。


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