目刺に残る海の色
あたしのご飯のおかずの基本は、メザシと納豆のローテーションなんだけど、「ローテーション」て言葉は、3つ以上のメニューを回転させてるニュアンスがあるから、メザシ、納豆、メザシ、納豆‥‥っていうあたしの場合は、「ローテーション」なんてオシャレな感じじゃなくて、単なる「繰り返し」って気もする。だけど、もっと細かいことを言うと、メザシ、納豆、メザシ、納豆‥‥っていう純粋な繰り返しじゃなくて、実際には、メザシ、メザシ、メザシ、納豆、メザシ、メザシ、メザシ、メザシ、納豆、メザシ‥‥って感じで、8割方はメザシだ。
これは、メザシなら100円で12匹だから、1食あたり4匹で約30円なのに対して、納豆はちっちゃいのが3パックで90円~100円で、1食あたり1パックで約30円だからだ。つまり、おんなじ約30円でも、メザシ4匹は十分すぎるほどのおかずになるのに対して、納豆のちっちゃいのが1パックだと、ちょっと足りないってことだ。それに、納豆の場合は、美味しく食べようとすると長ネギとかも必要だから、もっとお金が掛かっちゃう。さらには、メザシなら冷凍しておけるけど、納豆は賞味期限までに食べなきゃならないから長持ちしない。
そんなこんなで、あたしのご飯のおかずの基本は、「ローテーション」でも「繰り返し」でもなく、ホントを言うと、「メザシオンリー」って感覚なのだ。そして、基本は毎日メザシってことにしといて、タマにアクセントとして納豆がある‥‥って感じになる。もちろん、これは、あくまでも「基本」てことで、母さんの手術代を貯めるまでは、ホントにこうした食生活をずっと続けて来たけど、今は少しだけ生活がラクになったから、週に2回くらいは、晩ご飯で、アジのヒラキをおかずにしたり、魚肉ソーセージとモヤシの炒め物をおかずにしたり、ナスのピリ辛味噌炒めをおかずにしたりって、なかなかゴージャスな食生活を送ってる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、決して赤貧な食生活を送ってるワケじゃない。それどこか、誰よりも安心で健康的な食生活を送ってると自負してる。危険な添加物がマウンテンな食材や、産地偽装のデタラメ食材で作られた外食なんてメッタに口にせず、朝、昼、晩と、ほとんどが自炊だ。そして、「1食100円」ていうルールを守りつつ、美味しいものを感謝していただいてる。
だけど、3月13日の日記、「一杯のきつねそば」にも書いたように、この「1食100円」てルールは、1ヶ月の食費を1万円以内って決めたことから逆算したアバウトな金額で、実際には、「1日330円」なワケだ。そして、朝ご飯が「ご飯、お味噌汁、メザシ4匹、東京タクアン2切れ」で約80円、お昼が「梅干しとオカカのおにぎり2つ」で約50円なので、晩ご飯はって言うと、330円-80円-50円=200円てワケで、200円も予算があれば、ご飯とお味噌汁の他に、たいていのおかずなら作ることができる。
だけど、この、1ヶ月の食費が「1万円以内」てのは、何もムリしてまで1万円使い切れってことじゃなくて、「最高でも1万円を超えないようにする」ってことなので、朝も晩もメザシだけをおかずにする日も多い。だから、メザシと納豆以外のおかずを食べるのが、週に2回くらいってのも、お金がなくてそうしてるワケじゃなくて、メザシで十分だからそうしてるワケで、結果、1ヶ月の食費は、だいたい6~7000円くらいに収まってる。
あたしの場合は、お酒が好きだし、飲みたい日にはどうしても飲みたいから、お酒に関しては月にいくらまでって決めてない。ただ、お酒は腐らないから、安売りしてる時にマトメて買っておいて、それをチビチビと飲み続けるってパターンが多い。たとえば、今年の1月の半ばころに、たまたま通りかかったスーパーに寄ったら、ものすごい規模のお酒のセールをやってたんだけど、それがハンパじゃない安さだったのだ。たとえば、有名な国産メーカーのワインが各種並んでて、ぜんぶ1本150円。いつもは1本1000円以上する有名な泡盛が何種類も並んでて、ぜんぶ1本300円。他にも、焼酎やニポン酒がどれも7割引から9割引になってたのだ。
で、お店の人に聞いてみたら、3日後から店内の全面改装に入るから、在庫してたお酒をすべて捨て値で売っちゃうことにしたって言う。それで、あたしは、赤ワインを12本、泡盛を6本、麦焼酎を2本、銀嶺立山を1本買った。銀嶺立山だけは、約6割引で1000円だったけど、それでも、ふだんは2000円以上もしてなかなか飲むことのできない大好きなお酒が、一升1000円で買えるチャンスなんて他にない。それで、できたら2本くらい買っておきたかったんだけど、この日は、5000円と小銭がちょっとしか持ってなかったから、ケータイの電卓機能で計算しつつ、持ってたお金のギリギリまでお酒を買いあさった。
レジまで運ぶのも大変だったし、車まで運ぶのも大変だったし、自分のお部屋まで運ぶのも大変だったけど、とにかく、5000円ちょいで、通常の値段で2万円以上ものお酒が買えたワケだし、さらに言えば、これをぜんぶどこかのお店で飲んだら、さらに何倍もの値段になってたワケだ。そして、この時に買ったお酒は、飲みたい時に飲んでるけど、まだ赤ワインが2本と、泡盛が2本と、銀嶺立山が残ってる。
だから、記憶力のいい人のために書いとくけど、あたしは、3月22日の日記、「キンピラゴボウ狂想曲」の中で、キンピラゴボウを作ろうとしたらニポン酒もみりんも切らしてて、仕方ないから代わりに焼酎を入れたってことを書いたけど、実際には、銀嶺立山はあったのだ。ただ、こんなに大切なお酒をたかがキンピラゴボウの調味料として開けるのがイヤだったってワケだ。たとえば、すでに封を切ってて、半分くらい飲んでたんなら別だけど、最初に封を切るのが「お料理のため」だなんて、あまりにもモッタイナイと思ったってワケだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、この他にも、暖かくなって来て、どうしてビールとか缶チューハイとかが飲みたくなって、キリンの「のどごし生」の500の6本入りが800円になってるのを買ったり、タカラの「シークァーサーチューハイ」の500が150円になってるのを3本買ったりってしてるので、1月に5000円ちょい使った他にも、たぶん2000円くらいは使ってると思う。それでも、合計で7000円くらいだし、まだお酒は今月いっぱいは持つくらいは残ってるから、4ヶ月で約7000円てことになる。そうすると、1ヶ月あたり2000円以下ってワケで、食費と合わせても1万円を超えない。つまり、あたしの場合は、好きなものを食べて、好きなお酒も飲みたいだけ飲んでるのに、月に1万円ほどで、満足な性生活‥‥じゃなくて、満足な食生活を送ってるってワケだ。
もちろん、あたしは、何よりも「節約」ってことを第一に考えてるワケだけど、それにしたって、食べたいものをガマンしたり、飲みたいお酒をガマンしたり、吹いたいマリファ‥‥じゃなくて、タバコをガマンしてまで、節約する気なんかない。ただ、危険で不健康でバカみたいに高い外食をやめただけで、自然と出費が半分以下になったワケだ。そんな中で、あたしが何よりもお世話になってるのが、安くて美味しい上に、冷凍しとくと日持ちするメザシってワケだ。
12匹で100円のメザシだけど、あたしにとっては、これほど価値のある食べ物はない。3パックとか5パックとかマトメて買って来て、4匹ずつをラップに小分けして、丁寧にフリーザーに入れておけば、いつでも手軽に食べられるし、お酒のオツマミにもなる。それに、何よりもワンダホーなのが、頭も骨もワタもぜんぶ残さずに食べられるってことだ。アジとかサバとかになると、サスガに頭やワタは食べられないし、骨だって、食べるためには揚げたりしなきゃなんなくて手間が掛かる。だけど、メザシの場合は、焼いただけで、頭から丸ごと食べられる。
あたしは、たとえ小さなお魚だって、人間の都合で命をいただくワケだから、頭から尾まで残さずに食べなきゃバチが当たるって思ってる。だから、アジのヒラキとかを食べた時には、骨はもう一度焼いて、お汁に入れたりしてるけど、頭は食べられないから、細かく刻んで猫たちのご飯に混ぜてる。命をいただいたのに、頭をゴミとして捨てるのなんて、どうしてもイヤだからだ。だから、ぜんぶ残さずに食べることのできるメザシは、あたしにとって、ホントに価値のある食べ物なのだ。
殺生の目刺の藁を抜きにけり 茅舎
この川端茅舎(ぼうしゃ)の句に詠まれてるように、たとえ10センチほどの小さなお魚だって、それを殺すことは「殺生」なんだし、それも目に藁(わら)を通して干すなんて、残酷と言えば残酷な行為だと思う。だから、あたしとしては、せめて「感謝して残さずにいただく」ってことが、最低限のマナーだと思ってる。だから、そのためにも、すぐに焦げちゃうメザシを焼く時は、絶対に目を離しちゃいけない。焦がしちゃったら、せっかくのメザシが台無しになっちゃうからだ。
忽(たちま)ちに尾がしら焦ぐる目刺かな 下村槐太
ぼうぼうと燃ゆる目刺を消しとめし 中村汀女
遮莫(さもあらばあれ)焦げすぎし目刺かな 久保田万太郎
あたしは、キッチンでお料理してる時は、たいてい冷蔵庫の上のラジカセでFMを流してるんだけど、メザシを焼いてる時だけは真剣勝負だから、ラジオから流れて来る音が耳に入らなくなる。藤岡弘さんのように精神統一してから、網の上のメザシたちと対峙して、右手のお箸を構えたまま、瞬きすらガマンして、ちょっとでも黒い煙が立ち上りそうになったら、すぐにメザシの位置を変える。
目刺焼くラジオが喋る皆ひとごと 波多野爽波
多くの人は、メザシを「焼く」って言うし、あたしも「焼く」って書いてる。だけど、これは、便宜上のことで、実際には、メザシは「焼く」と「炙(あぶ)る」との中間くらいが美味しい。真ん中あたりが軽くキツネ色になり、全体に銀色の皮の色が残ってる程度に焼くと、ジューシーさもあるし、苦味もほど良くて、一番美味しい。メザシの美味しさは、焼き加減がすべてで、それは色で分かる。焼き過ぎはご法度で、「海の色」が残るように焼くのがポイントだ。
火にぬれて目刺の藍のながれけり 渡辺水巴
木がらしや目刺にのこる海のいろ 芥川龍之介
新鮮な甘塩のメザシを完璧に焼けば、アユの「うるか」を超えるほど、ニポン酒に合うオツマミになる。ご飯のおかずの場合には、多少は焦がしちゃっても、お醤油でもかければ何とかなるけど、ニポン酒のオツマミにする場合には、焼き過ぎたら終わりだ。大ゲサに言えば、少し生焼けでもいいくらいで、この軽い焼き加減による「ほどよい苦み」こそが、ニポン酒との最高の組み合わせなのだ。
失せてゆく目刺のにがみ酒ふくむ 高浜虚子
そして、何より美味しいのが、「焼きながら食べるメザシ」ってワケで、これは、ビールにピッタリなのだ。ま、あたしの場合は、ビールも発泡酒も手が届かないから「第3のビール」なんだけど、「のどごし生」をキンキンに冷やしといて、キッチンのガス台の前にイスを置いて座り、メザシを2匹焼く。そして、焼き立てを頭からかじりつつ、キンキンに冷えた「のどごし生」を飲みつつ、次の2匹を焼く。ようするに、ガス台の前で飲むってワケだけど、ナニゲにバーベキューをやってるみたいで、気持ちも楽しくなってきちゃう。この場合は、1パックの12匹をぜんぶ食べちゃうんだけど、それでも100円だから、タマには、こんなゼイタクをしてもいいだろう。とにかく、メザシは「焼き立て」が美味しいから、この方式は「究極のゼイタク」ってワケで、逆に言えば、冷めたメザシほどワビしいものはない。
冷めて固き目刺に酒を零しけり 大串章
だけど、あたしレベルのメザシマニアになると、冷たくしたほうが美味しいメザシの食べ方だって、ちゃんと開発してるのだ。それが、「メザシの南蛮漬け」だ。ボールにお酢をドバッと入れて、味見をしながら甘味を感じるまでお砂糖を混ぜてって、最後にお醤油を少しだけ入れて、甘酢を作る。これに水溶き片栗粉を入れたら、中華のミートボールとかの甘酢アンになる感じの味だ。で、ここに、タカノツメをパラパラと入れて、大きめのタッパーに移す。そして、メザシをどんどん焼いて、熱いうちにこの中に漬けて行き、冷蔵庫に入れとく。そうすると、4~5時間後には、ご飯のおかずにも、お酒のオツマミにも、どっちにもバッチリのメザシの南蛮漬けができあがるってスンポ―なのだ。
‥‥そんなワケで、あたしにとっては、お酒のオツマミとしてもなくてはならないメザシだけど、やっぱり、ご飯のおかずとしての役割のほうが高い。炊き立てのご飯、熱々のお味噌汁、焼きたてのメザシ‥‥って、これこそがニポン人の究極のメニューだろう。だから、うまく焼けたメザシの他に、ご飯とお味噌汁と大好きな東京タクアンが2切れつけば、あたしにとっては、身も心もホッとするほどのゴチソウで、とっても幸せな気分になれる今日この頃なのだ。
沢庵と目刺にこころ休めをり 鈴木鷹夫
幸せを噛みしめてをる目刺かな 阪田昭風
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