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2009.06.15

日傘をさす女

1本目のお仕事が終わって、仕事場の駐車場の車のとこまで戻って来て、お仕事用の大きなバッグをひとまずボンネットの上に置いてから、肩に掛けてたバッグの中から車のキーを取り出して、運転席のドアを開けて、肩に掛けてたバッグを助手席に置いて、それから、運転席のシートの背もたれを前に倒して、ボンネットのお仕事用のバッグを後ろの座席にドサッと置いた。もっと荷物が多い時は、後ろのハッチを開けて積むんだけど、今日はバッグが1つだったから、こういう積み方をしたってワケだ。

そして、背もたれを直して、運転席に乗り込んで、勢いよくドアを閉めたら、いつもの「バン!」て音じゃなくて、「メリッ」っていうイヤな音と、ドアを持つ手にイヤな感触が走った。ハッとしてドアを見ると、出川哲朗じゃないけどオーマイガー!出川哲朗じゃないけどヤバイよヤバイよ!出川哲朗じゃないけどツクヅクだよ!‥‥ってワケで、後ろの座席に置いといた愛用の日傘が、ナゼだかドアにはさまってた!

後ろの座席に荷物を積んで、あたしが乗り込んだ時に、きっと滑って落ちて来たんだと思う。日傘は、先から20センチくらいのとこをドアにはさんじゃって、見た目からして重傷だった。恐る恐るひろげてみようとしたら、8本の骨がぜんぶ曲がっちゃってて、途中まではひらいたんだけど、それ以上ひろげると、曲がったとこから骨が折れちゃいそうな感じがした。こうなったら、もう自分じゃ直すことはできないし、修理に出したら買った時よりも高くつくだろう。

大切にしてるブランド物の日傘なら修理することも考えたんだけど、これは車に積みっ放しにしてる日傘で、定価は分からないけど、どこかのセールで2980円で買ったものだ。もう10年くらい前に買って、最初は自宅に置いて大切にしてたんだけど、別の日傘を買ったり、お友達がアナスイの紫色のステキな日傘をプレゼントしてくれたりしてるうちに、あたしの中での、この日傘のランキングがジョジョに奇妙に下がってって、2年くらい前からは、「車載日傘」としての任務を遂行してもらってた。だから、この日傘を失ったあたしは、これからは紫外線と市街戦を繰り広げなくちゃならなくなる‥‥って、これ、「お食事券の汚職事件」みたいな気がする今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?(笑)


‥‥そんなワケで、ふだん使う日用品て、その値段に関わらず、長く使ってると愛着がわいて来る。だから、あたしは、この日傘も、「車載日傘」なんていう雑な扱いをしてたけど、とっても愛着を感じてた。今は、デザインも多様になった上に、性能も優れた日傘がいろいろ出て来たから、デザイン面でも実用面でも満足の行く日傘が、すごく安く手に入るようになった。だけど、10年前は、性能の優れたものはデザインがダサくてカラーも選べなかったし、デザインの可愛いくてカラーの選べるものは性能がイマイチだった。そんな時に、ずっと欲しかった「黒で周りにレースがついてる日傘」で、UVカットも99%で、その上、セールで2980円になってたのを見つけたのだ。だから、買った時からものすごく大切にしてたし、日傘が日焼けしないように日焼け防止スプレーをかけたりもしてた。

ワリと知らない人が多いんだけど、日傘って、UVカット率だけで選んでもあんまり意味がない。たとえUVカット率が99%でも、遮光率が低かったら、紫外線以外の赤外線や可視光線を通しちゃうから、顔の周りがすごく暑くなっちゃう。一説には、遮光率が95%の日傘と100%の日傘では、たった5%の違いなのに、顔の周りの空気の温度が10度以上も違って来るそうだ。だから、ホントに実用的な日傘を選ぶのなら、UVカット率が高いものを選ぶのは当然として、この遮光率にも注目しなきゃなんない。そして、もっと実用的な日傘を選ぶのなら、雨の日にも使える「晴雨兼用タイプ」のものが役に立つ。


 まつ白な日傘に雨の落ちはじむ  名取里美

 ほろほろと雨つぶかかる日傘かな  原石鼎

 夕立に日傘さしたる女かな  正岡子規


‥‥なんてことがあるからだ。そして、「晴雨兼用タイプ」なら、雨だけじゃなくて、こんな時にも役に立つ。


 万博の噴水群に日傘さす  山口青邨

 日傘さし噴水の雨ささと受く   山口青邨


さらには、空から降って来るのは雨だけじゃない。最近は、オタマジャクシやフナも降って来るそうだし、そんなのはマレだとしても、こんなもんが降って来る。


 こぼるるや日傘の上の椎の花  正岡子規


お花が降って来るならいいじゃない♪‥‥なんて思う人がいるかもしれないけど、それは「椎の花」のことを知らない人のセリフだ。よく、ホニャニーばかりしててティッシュの消費量の多い男の人の部屋の匂いを「栗の花の匂い」って言うけど、あの独特のツンとした気持ち悪い匂いは、実は「椎の花の匂い」なのだ。夏の山とかで、林の中を歩いてて、突如、独身男性の部屋みたいなキョーレツな匂いがして来たら、周りを見てみよう。椎の木の枝に白い花がいっぱい咲いてるハズだ。

つまり、日傘をさしてなかったら、頭や肩に「椎の花」の直撃を食らっちゃうワケで、そしたら、あのキョーレツな匂いが髪やお洋服についちゃうワケで、そのあとに誰かに会ったら、「あなた、今まで誰と何してたの? ふふふふふ‥‥」なんて言われちゃうか、言われなくても心の中で思われちゃう。言ってくれれば、まだ弁解の余地はあるけど、相手が何も言わずに、心の中で思ってるだけだった場合に、こっちから先に「山に行ったら椎の花が降って来て匂いがついちゃったのよ~」なんて言うと、ヨケイに疑われそうだし、あ~メンドクサイ!‥‥ってことになっちゃう。

‥‥そんなワケで、ホントの意味で実用的な日傘を選ぶのなら、UVカット率や遮光率が高いことは当然として、雨の日にも使える「晴雨兼用タイプ」のものであれば、雨や噴水だけじゃなくて、頭上からの「椎の花」の攻撃にも対応できるってスンポ―だ。それに、これなら、「水分」にも「匂い」にも対応してるワケだから、オタマジャクシやフナが降って来ても、その水分にも生臭さにも負けないことになる。だから、もしも急に石川県に行く用事ができたとしても、ちっとも恐くない(笑)

ま、現実問題として、空からオタマジャクシが降って来ることまで想定する必要はないけど、東京の場合は、カラスのフン、ハトのフン、鳩山邦夫のフンなんかが降って来ることが多い。そんな時に、「晴雨兼用タイプ」じゃない普通の日傘だったら、自分の頭や肩が汚れることは回避できでも、大切な日傘が汚れちゃう。撥水加工が施されてる「晴雨兼用タイプ」なら、お水で流せばキレイになるけど、白のレースの日傘とかだと、完全にシミになっちゃう。だから、自分を守るって意味だけじゃなくて、大切な日傘を汚さないためにも、「晴雨兼用タイプ」のほうが望ましい。

ただし、あまりにも「晴雨」の「雨」のほうに重心を置いてる兼用タイプだと、見た目がほとんど普通の雨傘って感じになっちゃう。何よりも、傘をひらいた時の直径が大きいし、傘のカーブも雨傘そのもので、言うなれば、「UVカット機能も備えた雨傘」だ。だから、実際に晴れの日に誰かがさしてるのを見ると、「晴れの日に雨傘をさしてるバカ」ってふうに見えちゃうのだ。

日傘に対するあたしのコダワリは、日傘をさしてることが自分のファッションの一部になること、これに尽きる。もちろん、雨の日に濡れたくないから雨傘をさすのとおんなじに、晴れの日には日焼けしたくないから日傘をさすワケだけど、帽子だって、サングラスだって、「紫外線からお肌や目を守る」っていう本来の役割よりも、ファッションとしての役割のほうが大きい。これとおんなじことだ。だから、あたしは、雨傘に見えるような日傘は絶対にささない。全体的に小ぶりで、カーブがドーム型に深くなってて、周りにレースとかフリルとかがついてて、持ち手もオシャレなバンブーとかで、誰が見ても完全に日傘に見えないと気が済まない‥‥っワケで、あたしが子供のころ、おばあちゃんは、いつも、こんなことを言ってくれてた。


「きーちゃんはホントに色が白くてお人形さんみたいだね~。昔から『色の白いは七難隠す』って言ってね、きーちゃんは大きくなったら、きっとお母さんみたいに美人になるよ」


子供のころ、あたしが母さんのことを大好きだったのは、母さんがやさしかったからだけじゃなくて、母さんのことをすごく美人だと思ってたからだ。だから、おばあちゃんから「きっとお母さんみたいに美人になるよ」って言われると、ホントに嬉しかった。今、考えると、「色の白いは七難隠す」ってのは、決してホメ言葉じゃなくて、ある意味、慰めの言葉みたいなもんだ。たとえブサイクでも、スタイルが悪くても、色白だったらそうした欠点をゴマカスことができるって意味だからだ。

ただ、おばあちゃんのこの言葉は、別の意味で、あたしへの慰めの言葉だったことにあたしは気づいてた。小学校に上がるまで、ずっと入院してたあたしは、1年遅れで小学校に上がってからも、定期的に病院に検査に通ってたし、激しい運動には参加させてもらえなくて、見学させられることが多かった。お医者さまや母さんから「あまり走り回らないように」って言われてたから、休み時間にみんなが校庭に遊びに行っても、あたしだけ教室で本を読んでることも多かった。だから、あたしは、色が白いって言っても、それは「病的な青白さ」だったから、男の子たちからは、「幽霊」とか「死神」とか言われてイジメられたりしたこともあった。

それで、あたしは、いつも鏡を見て、自分の顔色が悪いことを気にしてた。それをおばあちゃんが知って、あたしを元気づけるために、「色が白いことはいいことだ」「母さんみたいに美人になる」って言ってくれてたのだ。だから、今でこそ「透き通るような美白」と「サラサラの黒髪」の美しさを追求してるあたしだけど、子供のころは、色が白いことが、吉川晃司よりも布袋寅泰よりもコンプレックスだったのだ。

‥‥そんなワケで、ハタチ前後のあたしは、レゲエにハマっちゃってて、真っ赤になりながら日サロにも通ったし、ガングロとまでは行かないけど、濃いめのベースメークをしたり、髪をドレッドにした時期もあった。でも、それは、一過性のもので、その2~3年以降は、ずっと「透き通るような美白」と「サラサラの黒髪」を追求して来た。そして、そのために必要なものと言えば、やっぱり徹底した「UV対策」なんだけど、だからって、ゴルフ場のキャディーさんや田植えをしてるおばちゃんみたいなファッションで渋谷や青山を歩くワケには行かない。「美白」のための「UV対策」だとしても、その「UV対策」自体もファッションの1つとして捉えなきゃ意味がないってワケだ。たとえば、こんな句がある。


 垂らしたる手より真直に日傘垂れ  波多野爽波


なんて美しくもセクシーな景なんだろう。ひとことも「何色」なのかを言ってないのに、スラリと伸びた真っ白な細い手から、オシャレなレースの白い日傘が垂れてる景が見えて来る。そして、この白い手と白い日傘の織りなす純白の世界には、真っ青な夏の空がBGMのように背景として広がっているのだ。客観写生に突出した爽波なればこその秀句だろう。

だけど、もしも、この句の手が真っ黒に日焼けしてたらどうだろう。この日傘が、黒だったり茶色だったりしたらどうだろう。この句の持つ世界観は完全に消滅しちゃう。そして、景として美しくなくなるだけじゃなくて、景が生み出すストーリー性までもが海のモズクで三杯酢になっちゃう。これが、あたしが、自分の「美白」だけじゃなく、手にする日傘のデザインにまでコダワリを持つ理由だ。


 傾けし日傘の中の砂丘かな  石田阿畏子

 潮風にはばたく日傘ひらきけり  西村和子


これらの句にしても、遠目に見ても日傘であることがハッキリと分かるデザインのものでなかったら、絶対に一句の世界観は立脚しない。真っ青な空が広がる夏の日に、まるで雨傘みたいなデカい傘を広げて、その向こうに砂丘が見えたって、監督だけが自己満足して作ってるような、シュール気取りの青臭い映画の1シーンにしかならない。周りがフリルになってて、カーブがドーム型のオシャレな日傘だからこそ、風の音が聞こえて来るようなリアリティーが迫って来る秀句たりえるのだ。

日傘は、「紫外線からお肌を守る」っていう目的のために開発された「道具」でありながら、それを手にした女性を美しく見せるための「ファッション」なのだ。だから、あの鈍感な虚子でさえ、こんな句を詠んでるくらいだ。


 好く化粧(けは)ひ好く着こなして日傘さし  高濱虚子


キレイにお化粧して、キレイにお着物を着ても、この夏の日には、それだけじゃ完璧なファッションとは言えない。それは、見る者に「暑さ」を感じさせちゃうからだ。ファッションは、自分が満足するだけじゃ片手落ちで、見る者も気持ち良くさせて、初めて完成される。だから、いくら自分が暑くなくても、見る者が暑苦しく感じるようなファッションはNGになる。この場合には、最後に涼しげな日傘を手にして、初めて「見る者も涼しくさせるファッション」が完成するってワケだ。だから、間違っても、暑苦しそうなコウモリ傘みたいな日傘じゃダメなのだ。

Ah6‥‥そんなワケで、あたしの場合は、アナスイの紫色の日傘を一番大切にしてるんだけど、色が色だから、白や黒の日傘のように、どんなファッションにでも合わせられるってワケじゃない。だけど、色といいデザインといい、まるで神崎すみれちゃんの持ってる日傘そのもので、あまりにも可愛くて鼻血が出ちゃいそうになる。さらには、「ANASUI」のロゴの反対側にチョウチョの刺繍がしてあるから、すみれちゃんの必殺技の「神崎風塵流 胡蝶の舞」をホーフツとさせちゃう。


 むらさきは君が日傘やくれやすき  芥川龍之介

 日傘のつくる影のむらさき胸冷やす  野澤節子


そして、黒い日傘をさせば、白い日傘よりも影が濃くて顔が分かりずらくなるから、誰かの初恋の人と間違われちゃうかもしれないし、イライラした時には叫んじゃっても顔がバレないって利点がある。


 おもざしのあなや空似の黒日傘  伊藤白潮

 叫びたきことかずかずや黒日傘  桂信子


そして、定番の白い日傘をさす時には、やっぱり、白いドレスを着て、モネの名画の「日傘をさす女」の気分に浸りたい。


 印象派の日傘の女になりすます  松原小蕾


Cm1‥‥そんなワケで、印象派を代表するクロード・モネには、3枚の「日傘をさす女」の絵がある。1枚は、1875年に描かれた「散歩、日傘をさす女性」っていう絵で、自分の奥さんのカミーユがモデルで、左に息子のジャンも描かれてる。左を向いてる白いドレスのカミーユは、顔だけこちらに向けて、白い日傘をワリと高くかざしてる。そして、あとの2枚は、それから11年後の1986年に描かれた「戸外の人物習作、右向きの日傘の女」と「戸外の人物習作、左向きの日傘の女」っていう連作だ。これは、モネの親友のオシュデ夫妻の18才の娘、ジュザンヌをモデルにしてる。

Cm22枚とも、向かって右から左へと風が吹いてることが、ジュザンヌのストールや日傘の向きから分かるんだけど、何よりも胸に迫るのが、ジュザンヌが1枚目の絵とおんなじに白いドレスを着てることと、2枚とも顔が描かれてないことだ。モネの奥さんのカミーユは、モネに描かれた4年後の1879年に、病気で亡くなったのだ。それも、モネにお金がなくて、ちゃんとした治療を受けさせてあげられなかったことが原因だった。だから、モネは、親友の娘をモデルにして、かつてのカミーユの絵とおんなじテーマの絵を描きながら、そこに亡くなったカミーユの姿を投影してたのだ。それが、顔を描かなかった理由だと思う。

Cm3そして、このあと、オシュデ夫妻のダンナのほうが亡くなり、モネは、未亡人となった夫人のアリスと再婚した。そのため、この絵のモデルのジュザンヌは、モネの娘になった‥‥って、ここはどうでもいいとこなんだけど、とにかく、単なる人物画じゃなくて、「人物を風景のように描きたい」っていう客観的なモネの理想と、モネの心の中にあった主観的なカミーユへの思いとが融合された時に生まれたのが、この3枚の「日傘をさす女」なのだ。光と影と風とが織りなす美しさは、モネの理想通りに、人物がまるで風景の一部のように自然に溶け込んでる。そして、俳句にも、印象派のモネの絵のように、人物が風景に溶け込んでる作品がある。


 土佐に入る日傘のまはりみな緑  桂信子

 漣(さざなみ)のさみしくなりし日傘かな  岡本眸

 日傘さしかけてもらひて鯊を釣る  右城暮石


‥‥そんなワケで、煩悩のカタマリみたいなあたしの場合は、たとえ白いドレスを着て白い日傘を持ったとこで、とてもこの世界観には近づくことなどできるワケがない。自分の煩悩に逆らわずに、30代は30代の顔で、40代は40代の顔で、50代は50代の顔で‥‥と、一生を「透き通るような美白」の追求のために日傘をさして歩いて行くんだと思う今日この頃なのだ。


 日傘さし三十路の貌(かほ)を持ち歩く  谷口桂子

 四十になれば日傘をさすといふ  星野麦丘人

 老いらくの髪うつくしき日傘かな  上田五千石


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