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2009.09.15

古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう

あたしは、歌謡曲の歌詞のおかしいと思った点について、9月4日の日記、「歌謡曲の功罪」で取り上げて、その中の「襟裳岬」の歌詞について寄せられたメールを9月7日の日記、「岬めぐり」で紹介させていただいた。その中で、当時の新聞に掲載されたインタビュー記事を教えてくださった旅好きオジさんからのメールも紹介したんだけど、しばらくして、また旅好きオジさんから、こんなメールをいただいた。


お名前:旅好きオジさん
コメント:きっこ様、先日、襟裳岬の歌詞についてメールを差し上げた旅好きオジさんです。メールを差し上げた後、ふと自分の記憶が間違っていないか気になったので、実家に行った際、本棚の奥に仕舞いこんであった昔読んだ北海道に関する本を引っ張り出して確認してみました。(先のメールの内容は、私が北海道ツーリングの途中、当の襟裳の民宿に泊った時、食堂の壁に貼ってあった新聞記事の切り抜きの記憶を元に書きました。)それによりますと、実際に岡本おさみさんが襟裳岬を訪れたのはずばり「春」だったそうです。(偉そうに「初秋」とお教えしてしまいまして、なんとも恥ずかしい次第です。)この事は、この本の著者がもう一方の当事者である民宿のご主人から直接聞いた話として書かれております。ですので、恐縮ながら「初秋」と書いた記述に関しましては私の記憶違いでしたので、訂正のうえお詫び申し上げます。(でも、そうなると余計に歌詞の状況が判らなくなってしまいますね…苦笑)ちなみに岡本おさみさんと民宿のご主人とのやり取りについては、先のメールの内容通りでほぼ間違いありませんでした。(参考文献:村野雅義 著「だきしめ北海道」情報センター出版局 昭和61年発行)


旅好きオジさん、ご丁寧にありがとうございました♪‥‥ってことで、前回は旅好きオジさんのメールの内容を「正解」として話をマトメちゃったんだけど、1点だけ、岡本おさみさんが襟裳岬の民宿を訪ねた季節が「初秋」じゃなくて「春」だった‥‥ってワケだ。そして、そうなって来ると、旅好きオジさんの前に紹介したHMさんの「おそらく岡本おさみさんはえりも岬に「春」訪れたのでしょう。」っていう推測がドンピシャ!ってことになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この話題は、ホントは前回で終わりのハズだったんだけど、旅好きオジさんから訂正のメールが届いたことだし、ただそれを紹介するだけじゃもったいないので、「蒸し返す」ってことじゃなくて、さらに深く掘り下げるために、もう一度、検証し直してみたい‥‥って思ってたのもトコノマ、今度は、HMさんからもメールが届いたのだ。


お名前:HM
コメント:こんばんは。度々のメールまことに失礼いたします。本日の日記を拝見いたしました。小生の稚拙なかつ薄っぺらい想像力を露呈した内容の文章が引用されており、驚きとともに恥ずかしさのあまり、一日中穴に入って汗だくです・・・。確かに「冬」ではなく「秋」の情景でしたね。ここだけ心が東京に戻ってしまいました。謹んで訂正させていただきます。あと、旅好きオジさん様の情報にはびっくりしました。こんなエピソードがあったなんて全く知りませんでした。感動しました。でも30数年来、「今の苦しみを耐え希望ある明日に向かってがんばろう」「何もない襟裳の春がきっと新しい君をを迎えてくれる」というところにこの歌の美学を感じていた自分はどうすれば?ほんとうに「何もない春」には何もなかったんですね・・・(笑)。実は以前、岡本氏が詞のかなりの部分を拓郎にいじられた旨の発言をしておりました。具体的にどこをどうしたのかはわかりませんが、きっこさんの感じる残尿感はまさにこれが原因ではないでしょうか。いきなり春に飛躍してしまうのもおそらく拓郎のせいだと想像できます。(ちなみに自分は拓郎ファンであり、拓郎ファンは普通に彼を批判します。)拓郎の作詞はフレーズのインパクト感を強調することに重きが置かれ(と自分は思ってます)、前後意味不明な詞が多々あり、「そんなことはそっちで勝手に考えろ」的ないい加減な人間なんで、半ば慣れてしまってます。と話がずれそうなのでこの辺でやめておきますが、今回の一連の文章を拝読して、自分こそ目からウロコ状態であり勉強になりました。ただ襟裳の「何もない春」は「何もないからこそ素晴らしい」という自分の考えは未だ変わっておりません。来年の4月に仕事ではありますが北海道をほぼ一週ぐるりと巡る機会があり、時間があればこの肌で感じてきたいと思ってます。まだ寒いでしょうが・・・。お忙しい中、駄文をご丁寧に読んでいただき、さらに日本一のブログに取り上げていただいたことまことに感謝いたします。ありがとうございました。それではきっこさんの今後の益々のご活躍を期待しております。


HMさん、どうもありがとうございました♪‥‥ってことで、HMさんからも、「岡本おさみの書いた詞のかなりの部分を吉田拓郎がいじった」っていう新しい情報が届いたので、そうなって来ると、「襟裳岬」の歌詞の意味が分からないのは、岡本おさみさんだけの責任てことじゃなくなって来る。これは、HMさんの推測をモトにしたあたしの推測だけど、まだ寒い春に襟裳岬を訪ねた岡本おさみさんは、民宿のおじさんから「襟裳の春は何もないよ」ってことを聞き、そこから、長い冬に入る前の秋のことを思い浮かべた。そして、早くから暖炉を燃やす襟裳の人たちは、長い冬の間、いろんな悲しさやわだかまりなどを暖炉で燃やし続けて、重たかった気持ちをリセットさせて新しい春を迎える‥‥ってふうなイメージを表現しようとしたんじゃないだろうか?

つまり、民宿のおじさんは、ホントに「何もない春」だってことをポツリとつぶやいただけなんだけど、それをそのまま歌詞にしちゃったら切なすぎる。それで、岡本おさみさんは、現実的な「何もない春」を少しでも前向きなイメージにするために、その前提として「北の町ではもう悲しみを暖炉で燃やし始めてるらしい」っていう想像の景を置いて、その結果としての「何もない春」ってことにした‥‥っていう推測だ。長い冬の間、溜まってた重たい気持ちをきれいサッパリと暖炉で燃やして、そして、新たな気持ちで迎える新しい春。これこそが、「何もない春」のポジティブな捉え方だ。

そして、ホントは、悲しみを暖炉で燃やしてる景から、自然な流れで、この「何もない春」へと移行してたのに、吉田拓郎が乱暴に歌詞をいじり倒したオカゲで、意味も本意も伝わらなくなっちゃったのだ‥‥って、岡本おさみに「さん」をつけてるのに、吉田拓郎は呼び捨てなのは、HMさんのメールの口調に感化されたからじゃなくて、昔、フジテレビの「堂本兄弟」の前身の番組、「ラブラブ愛してる」で、吉田拓郎がMAXのりっちゃんにセクハラまがいのことを繰り返してたから、それに対する報復だ(笑)

‥‥そんなワケで、HMさんからのメールで、「襟裳岬」の歌詞は、岡本おさみさんのオリジナルじゃなくて、吉田拓郎が「かなりの部分」をいじったってことが分かったから、オリジナルの歌詞が分からない限り、これ以上は検証することができなくなっちゃった。でも、旅好きオジさんからのメールで、岡本おさみさんが襟裳岬を訪ねたのは「春」だったってことだけは分かったから、岡本おさみさんが何を表現したかったのかってことだけは、何となく分かったような気がする。

とにかく、岡本おさみさんが襟裳岬を訪ねたのは「春」だったね‥‥ってワケで、吉田拓郎の「春だったね」って歌は、ボブ・ディランの「Memphis Blues Again (メンフィス・ブルーズ・アゲイン)」のパクリだ。これは、吉田拓郎自身がそう言ってるんだから、聴き比べるまでもなく間違いないだろう。そして、吉田拓郎の「イメージの詩」ってのは、ボブ・ディランの「When the Ship Comes In (船が入ってくるとき)」のパクリだろう。「イメージの詩」は、いかにも70年代のフォークの説教くささがプンプンしてる歌詞なんだけど、時代背景を考えると、こういうのがカッコイイと思われる時代だったんだから、それはそれでキャッチーだったんだと思う。そして、この「イメージの詩」の中に、こんな一節がある。


「古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう~古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう~なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る~古い水夫は知っているのさ新しい海のこわさを~」


この「イメージの詩」のモトネタ、ボブ・ディランの「When the Ship Comes In」は、1964年にリリースされた3枚目のアルバム、「The Times They Are a-Changin' (時代は変わる)」に収められてる曲だけど、「イメージの詩」の歌詞の一部は、アルバムタイトルにもなってる「時代は変わる」の冒頭の部分からインスパイアされたような感じもする。「時代は変わる」の冒頭は、「周りの水位がどんどん増して来てるから、時間をムダにしたくないヤツはすぐに泳ぎ出せ」って歌ってるんだけど、このフレーズの大意をベースにして、「When the Ship Comes In」のフレーバーで仕上げると、ちょうど、この「古い船には新しい水夫が~」のフレーズが出来上がる。

さらに、細かいことを付け加えると、「イメージの詩」の曲全体のコード進行や節回しは、「When the Ship Comes In」だけじゃなくて、1965年にリリースされた「Like a Rolling Stone」の入ってる6枚目のアルバム、「Highway 61 Revisited (追憶のハイウェイ 61)」の最後の曲、「Desolation Row (廃墟の町)」にも似てる。ま、吉田拓郎の楽曲が「タクロー節」って呼ばれてるように、ボブ・ディランの楽曲も「ディラン節」なワケで、「When the Ship Comes In」や「Desolation Row」だけじゃなくて、「Like a Rolling Stone」から「Hurricane」に至るまで、みんな節回しが似てるっちゃ似てる。だから、ボブ・ディランの曲をパクッて作った吉田拓郎の曲が、ボブ・ディランの他の曲にも似てることはジンジャエールだ。

そんなことよりも、吉田拓郎のスゴイとこは、自分で「パクリました」って白状しちゃってるような楽曲であっても、それなりのオリジナリティーがあるとこだと思う。さっきの「古い船には新しい水夫が~」のフレーズなんて、この中の「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」って部分が広島フォーク村のオムニバスアルバムのタイトルにもなってるけど、今から40年も前、1970年にリリースされた曲の歌詞とは思えない。それに、ロッド・スチュアートが大好きなあたしとしては、名曲「Sailing」が入ってる「Atlantic Crossing」がリリースされたのが1975年だってことを考えると、それより5年も前に、吉田拓郎が「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」ってフレーズを歌ってたことがビックル一気飲みだ。

‥‥そんなワケで、衆院選での自民党のボロ負けを早くから予言してた季刊誌の「SIGHT」では、今年の春の39号の「自民・民主の先が見たい」って特集で、渋谷陽一さんが田中秀征さんのインタビューを担当してるんだけど、田中秀征さんは、こんなことを言ってる。


「自民党は老朽住宅、民主党は仮設住宅、どちらかに永住しろと言われても困る。」


あたしは、思わず、「お~い山田く~ん! 田中さんに座布団一枚!」って言いそうになっちゃったほど、ホントにその通りだと思った。だからこそ、あたしは、民主党っていう頼りない仮設住宅に、オムライス党っていうちゃんとした柱を連立させて、耐震強度を高めなかったら意味がない‥‥ってことを連呼して来たワケだ。ま、その話は置いといて、この田中秀征さんの「自民党は老朽住宅」って表現は、まさしく、吉田拓郎の「古い船」とおんなじだと思った。


「古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう~古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう~なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る~古い水夫は知っているのさ新しい海のこわさを~」


だけど、自民党っていう「古い船」は、「新しい水夫」を選ばなかった。モリヨシローしかり、アベシンゾーしかり、フクダちゃんしかり、フロッピー麻生しかり、自民党が一党独裁だったころの過去の栄光から目が醒めない、化石のような思考回路の「古い水夫」ばかりが残った自民党丸は、あとは沈んでくだけだ。河野太郎あたりの「新しい水夫」が総裁になって、モリヨシローやアベシンゾーやフクダちゃんやフロッピー麻生たちを粗大ゴミとしてトットと処分しちゃえば、自民党も何とか復活できたかもしれないけど、その可能性もなくなった。あとは誰が総裁になっても、今までと何ひとつ変わらない「古い水夫」ばかりの「古い船」であり、来年の参院選で完全に海のモズクになり、三杯酢でチュルチュルとすすられちゃうだろう。

‥‥そんなワケで、吉田拓郎の「イメージの詩」より6年も前、今から43年も前にリリースされたボブ・ディランの「時代は変わる」では、時代が変わる時の民衆のパワーのすごさについて、1番でみんなに泳ぎ出すように進言し、2番でマスコミのアホどもに進言し、3番で国会議員の腰抜けどもに進言し、4番で国中の大人たちに進言してる。3番は、「国会議員たちよ、肝に銘じておけ。ドアの前には立つな。ホールの入口をふさぐな。ぐずぐずしていると大ケガをするぜ。今、外では激しい戦いが繰り広げられている。すぐに国会の窓を震わせ壁が鳴り出すだろう。時代が変わりつつあるのだから」って感じの歌詞だ。これが、政権交代を余儀なくされた民衆のパワーであり、そのパワーの源は旧政権に対する怒りなのだ。そして、これほどの怒りの原因を作っていながらも、1ピコグラムも反省しないばかりか、「悪いのは国民どもだ」とでも言いたげなフロッピー麻生のひん曲がった口を見てると、草葉の陰から「ダメだこりゃ!」っていう、いかりや長介の声が聞こえてきそうな気がする今日この頃なのだ。


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