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2009.09.25

江古田ラプソディー 前編

今日は、ショッパナからバカバカしい「なぞなぞ」を出しちゃうけど、東京都の中で一番環境にやさしい街はど~こだ?‥‥って、あまりにもくだらない「なぞなぞ」だから、すぐに答えを書いちゃうと、それは、中野区の「江古田」、つまり、「エコだ」(笑)‥‥とかって言いつつも、あたしはずっと「えこだ」だと思ってたんだけど、正しくは「えごた」って言って、「た」が濁らなくなるぶん、「こ」のほうが濁るみたいだ。映画「釣りバカ日誌」のハマちゃんが、「ハマザキくん!」って呼ばれると、必ず「ハマザキじゃなくてハマサキです!濁らないんです!」って言うけど、アレみたいに「濁るか濁らないか」ってことなら簡単なのに、この「濁る場所が移動する」ってのは、なかなか複雑だ。ハマちゃんの場合なら、「ハマザキじゃなくてハマサギです!サは濁らなくてキが濁るんです!」ってワケで、大きくイメージが変わっちゃう。

ちなみに、あたしのパソコンだと、「えこだ」って入力しても「えごた」って入力しても、どっちでも「江古田」に変換される。それで、チョコっと調べてみたら、西武池袋線の江古田駅は「えこだ」で、中野区にある地名のほうは「えごた」だった。詳しく説明すると、西武池袋線の江古田駅って、名前は「江古田」なのに、中野区の江古田にはない。駅があるのは、中野区の江古田には近いんだけど、お隣りの練馬区なのだ。つまり、千葉県にあるのに東京ディズニーランドって言うようなもんだ。そう言えば、遊園地の「としまえん」も、豊島区じゃなくて、隣りの練馬区にあるのに「としまえん」て名前だ。練馬区って、中野区の地名を駅名にしたり、豊島区の名前を遊園地の名前にしたりって、自分の区に自信がないんだろうか?(笑)

とにかく、あたしが、「江古田」のことを「えこだ」だと思ってたのは、西武池袋線の江古田駅のホームの看板に「えこだ」って書いてあるからで、それを何度も何度も見てたから、本家本元の中野区の地名のほうも「えこだ」って言うのかと思ってたワケだ。だから、最初の「なぞなぞ」の出し方が悪かったワケで、東京都の中で一番環境にやさしい駅はど~こだ?‥‥って出題してれば良かったと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、地名や人名の場合、「田」が最初につく「田中」とか「田村」とかの場合は濁らずに「た」って読むけど、「田」が最後につく場合は、「山田」とか「竹田」みたいに濁って「だ」になる場合と、「三田」や「村田」みたいに濁らずに「た」になる場合とがある。だけど、これが「川田」になると、普通は「かわだ」って濁るけど、ガレッジセールの川ちゃんの場合は、濁らなくて「かわた」って読む。だから、おんなじ「川田」って名字でも、「田」が濁る人と濁らない人がいるワケだ。「中田」の場合も、「なかだ」って読む人と「なかた」って読む人がいるし、パッとは思い浮かばないけど、この「どっちの読みもあるパターン」は、他にもいくつかあると思う。

だから、「江古田」の場合も、「た」って読むパターンと、「だ」って読むパターンがあってもいいと思う。だけど、これは、「田」の読みに関してだけのことで、「古」は「こ」としか読まない。だから、「えこた」か「えこだ」なら分かるけど、「こ」が濁って「えごた」って読むのは、すごく特殊な例だと思う。それに、ムリヤリに「こ」を濁らせて「ご」にするなら、「た」のほうも濁らせて「えごだ」にしたほうが、ムリヤリ感はなくなると思う‥‥ってのは、あたしのエゴだ(笑)

ま、そんなことは置いといて、あたしが、どうして西武池袋線の江古田駅のホームの看板を何度も何度も見てたのかって言うと、たぶん時効だと思うし、これから時効制度がなくなっちゃうかもしれないから、今のうちに白状しとくけど、実は、あたしは、今から16年か17年前、日芸に通ってたのだ。日芸ってのは、「日本芸者クラブ」のことじゃなくて、「日本芸能人養成所」のことでもなくて、爆笑問題の2人とか、ガレッジセールのゴリさんなんかの母校、「日大芸術学部」のことだ‥‥って、ナニゲにガレッジセールの2人が、別々の話題で登場しちゃったワケだけど、それで、江古田駅が日芸の最寄り駅だったので、あたしは、山手線で池袋まで行き、西武池袋線で3つめの江古田まで通ってた。

で、なんで「たぶん時効だと思うし」なのかって言うと、あたしは、ちゃんとした学生じゃなくて、「天ぷら学生」だったからだ。「天ぷら学生」ってのは、あたしの世代でも完全に死語になってて、日芸に通ってた時には、あたしも自分が「天ぷら学生」だとは知らなかった。あとから、コッソリ通ってたことを母さんに話したら、「天ぷらをやってたの?」って驚かれて、それで初めて知った言葉だ。母さんが教えてくれたのは、ホントは学生じゃないのに、学生服を着て学生になりすますことを「天ぷら学生」って言って、そのココロは、「衣(ころも)だけ」ってことらしい。つまり、外側の制服だけは学生だけど、中身は学生じゃないって意味だそうだ。でも、天ぷらなら、衣もついてるけど、ちゃんと中身も入ってるワケで、イマイチ意味が分からない。「まわりはだけが本物」ってことなら、「チクワ学生」とかのほうが意味が通じると思うんだけど。

ま、とにかく、母さんが若かったころは、学生じゃないのに学生になりすますことを「天ぷら学生」って呼んでて、それが転じて、その学校の学生になりすまして授業を受けたりする人のことを「天ぷら学生」って呼ぶようになったそうだ。だけど、いくら「天ぷら学生」になりたくても、中学や高校に潜り込んだらバレちゃうに決まってて、唯一、何とかなるのが、大学だけってことになる。大学なら、みんな私服だし、同世代ならキャンパスを歩いてても違和感もないし、少人数の特別な講義じゃない限り、後ろのほうにコッソリと紛れ込んでればバレる確率はほとんどない。

それに、講義を受けるんじゃなくて、学食でご飯を食べるだけなら、どこの大学でも普通に入れる。あたしはニコタマだから、多摩川沿いを下流に向かってサイクリングしてくと、ちょっと行ったとこに「ムサコー」がある。「ムサコー」って言うと高校の名前みたいだけど、「武蔵工業大学」って大学だ。ちなみに、今年の春からは、ナゼだか「東京都市大学」なんていうヘンテコな名前に変わっちゃったんだけど、昔からこの辺に住んでるジモティーは、今でもみんな「ムサコー」って呼んでる。あたしは、まだお肉をパクパク食べてたころ、タマに「ムサコー」に行って、学食で「焼肉定食」を食べてた。値段は450円だったかな? そのくらいで、そんなに安くはないんだけど、子供のころにおばあちゃんが作ってくれた焼肉の味に似てて、ナニゲに懐かしい気持ちになれたのだ。

そう言えば、10年くらい前に今のパンダを買った時、最初の車検は、「ムサコー」の自動車部の学生さんに頼んで、5000円でユーザー車検をやってもらったんだ。最初、1万円て言ってたんだけど、あたしが「できるだけ安くお願いします」って言ったら、「じゃあ特別に5000円でいいですよ」って言ってくれた。でも、あたしが、ノーマルのマフラーだの足まわりだのインジェクションだのを積んでパンダを持ってったら、車を見たトタンに「うがっ!」とか言ってフリーズしちゃって、「お姉さん、どんだけいじってるんですか!これじゃあ1万円でもムリですよ~」って言われちゃった。だけど、あたしが、「そこを何とか!」ってお願いしたら、シブシブ了解してくれて、2人掛かりで3時間くらい作業して、車検に通るようにしてくれて、それから鮫洲まで行ったんだよね。もちろん、5000円じゃ申し訳ないと思ったから、チャーシューメンをゴチソウしたり、缶コーヒーをゴチソウしたり、タバコを買ってあげたりって、当時のあたしにできる限りのお礼をしたっけ。あ~懐かしい。

‥‥そんなワケで、他にも、渋谷で遊んでたころは、トコトコと歩いて、よく「青学」の学食へ行った。「青学」は、説明の必要もないと思うけど、もちろん「青山学院大学」のことで、場所が場所だけに、とってもオシャレな学食で、生ビールまで置いてるのだ。そうそう、今、思い出したけど、高相祐一がお泊りしてた渋谷警察のとこから、「青学」方面へ青山通りをカーブしながら上ってくと、坂を上りきったとこに歩道橋がある。で、この坂の名前が「金王坂(こんのうざか)」って言うので、その歩道橋には「金王坂上」って書いてあるんだけど、どっかのファンキーな誰かが、「王」って漢字に点を書いて「玉」にしちゃったのだ。つまり、「金玉坂上」ってワケだ(笑)

たぶん、黒のラッカースプレーで近距離から「シュッ!」ってやったんだと思うけど、これが、歩道橋の側面のワリと下のほうに書いてある文字だから、歩道橋の上から身を乗り出しても、手を伸ばしたくらいじゃ絶対に届かない。ラッカースプレーを持ったヤツが歩道橋の上から逆さ吊りになって、もう1人がソイツの足を持つ‥‥とかじゃないと届かない距離なのだ。普通の歩道橋なら、車の通行が少ない明け方とかに、その文字の真下にワンボックスカーを停めて、屋根に上れば、ラッカースプレーが届くと思う。

だけど、青山通りの歩道橋は、普通の歩道橋よりも高いから、バスとか大型トラックとかの屋根に乗らないとムリだと思う。だから、きっと、歩道橋の上から、逆さ吊りになってトライしたんだと思う‥‥って、ついつい連続してダッフンしちゃったけど、「ムサコー」や「青学」の話じゃなくて、「日芸」の話だった。

今から16年か17年前、あたしは高校を卒業してヘアメークの専門学校に進んだんだけど、高校の同級生で、日芸に進んだ子がいた。便宜上、A子ってことにしとくけど、卒業から半年くらいしたある日のこと、地元でA子とバッタリ再会して、駅前のミスドでチョコっとお茶することになった。あれ?もしかするとドトールかもしれない。ま、どっちでもいいんだけど、とにかく、高校を卒業してから初めて会ったので、あたしは専門学校、A子は大学、それぞれの新しい生活にも慣れて来たころだった。それで、お互いの新生活のことをペチャクチャとおしゃべりしてた。でも、話してるうちに、プロになるために必死で勉強しながら、バイトに明け暮れてたあたしと比べて、大学生の生活ってヤタラと楽しそうで、なんとなく羨ましく思えて来た。

それで、ナニゲに「あたしも大学に行ってみたかったな~」って言ったら、「じゃあ一度来てみる?」って言われたもんだから、あたしは「へっ?」ってなっちゃった。A子が言うには、日芸には変わった学生がウジャウジャといるから、どんな人が紛れ込んでもぜんぜんバレないし、後ろの席なら講義に出ても大丈夫だってことだった。あたしは、いくつかの大学の学祭とか学食とかおトイレとかには行ったことがあったけど、サスガに講義に出たことなんてなかったから、興味津々天津丼で、ぜひ行ってみたいと思った。

だけど、当時のあたしは、専門学校の学費は中学と高校でバイトして貯めたお金で払えたんだけど、卒業してからNYに留学するための資金を貯めてた上に、母さんに毎月お金を入れてたから、平日も土日も複数のバイトをカケモチしてて、自由になる時間なんてほとんどなかった。この日だって、タマタマいつもより1時間くらい早く地元に戻って来られて、A子と駅前でバッタリと会い、居酒屋さんのバイトの時間まで少し余裕があったから、チョコっとお茶することにしたワケだ。だから、この日は、「じゃあまたね♪」で別れたんだけど、それから何日かした平日の夜に、あたしのバイトしてた居酒屋さんに、A子がカレシと2人でやって来た‥‥って、あ!これも時効だよね。

とにかく、A子はまだ未成年だったけど、カレシはハタチを過ぎてて、2人は生ビールを注文した。この日は、そんなに混んでなかったから、あたしもカウンター越しに少しおしゃべりしてたら、A子は例の話を覚えてて、「すごく面白い教授がいるから、とにかく一度遊びに来てみなよ」って言い出した。でも、あたしは時間がないし‥‥って思って聞いてたら、その教授の講義は毎週水曜日だって言う。水曜日は、専門学校が午前中の1コースだけで、お昼から居酒屋さんのバイトが始まるまでの6時間は、本屋さんでバイトしてた。でも、これは、不定期だった。水曜日の6時間がもったいないから、日曜日にバイトしてた本屋さんに「水曜日のお昼から夕方6時までやらせて欲しい」ってことをお願いしてみたら、「平日のバイトが足りなかった時だけ頼む」ってことになって、毎週入れる月もあれば、月に1回しか入れない時もあった。それでも、時給700円で6時間だから、1回行けば4000円以上になるので、あたしにとっては貴重なバイトだった。

‥‥そんなワケで、その教授の講義は、水曜日の午後だって言うから、あたしは、本屋さんのバイトがなかったら行ってみようと思って、A子にそう伝えた。ただ、当時は、まだケータイなんて持ってなかったから、アバウトな約束だけで出掛けることはできない。「どこそこに何時何分」てことを事前にキッチリと決めとかないとダメだから、次の日に本屋さんに確認して、あたしのほうから電話することにした。そして、翌日、幸か不幸か、次の水曜日はバイトに入れないって言われたので、あたしはA子に電話して、「水曜日の1時に、江古田駅の北口の改札のとこね」ってことになった16年前の今日この頃、あまりにもダッフンしすぎて長くなっちゃったので、明日へ続く♪


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