江古田ラプソディー 後編
‥‥そんなワケで、どんなワケかって言うと、昨日の続きなワケで、とうとう「大学デビュー」することになったあたしは、ちょっとウキウキしながら水曜日を迎えた。だけど、テキトーな言葉が見つからなかったから「大学デビュー」って書いてみただけで、この場合、「大学デビュー」って言葉は妥当じゃない。「高校デビュー」とか「大学デビュー」ってのは、中学でイジメられてた男の子が、これからはイジメられないようにと、高校に進学してイジメっ子たちと離れたのを機会に、エグザイルのボーカルみたいなスジの入った坊主頭にして、田舎のヤンキー風味に方向転換するとかが「高校デビュー」で、高校で男の子たちからバカにされてた三つ編みにメガネのダサかった女の子が、これからはモテるようになろうと、大学に進学して上京したのを機会に、髪を染めて流行のヘアスタイルにして、メガネをコンタクトにして、今どきの女性へと方向転換するとかが「大学デビュー」だ。
つまり、それまでの自分に不満を持ってた子が、高校や大学に進学して、自分のことを知ってる同級生がほとんどいなくなり、周りの環境が変わることを利用して、自分のイメチェンを図ろうってのが「○○デビュー」ってワケだ。だけど、この言葉には、「遅ればせながら」って意味も含まれてるから、軽蔑‥‥ってほどじゃないけど、対象者を小バカにした意味で使われる。普通なら中学時代に経験してるようなことを高校生になってからようやく経験した‥‥とかって意味だ。本物のヤンキーなら、中学時代から悪かったワケで、中学時代は目立たなくておとなしい子だったのに、高校に進学してから突然ヤンキーになったような子は、周りのヤンキーたちから「お前、高校デビューのクセに」ってからかわれる。
だけど、まったく違う意味で使われてるのが、「公園デビュー」って言葉だ。赤ちゃんを産んだ若いママが、赤ちゃんをベビーカーに乗せて、おんなじような若いママたちが集まってるその地域の公園に初めて行くことを「公園デビュー」って言う。これは、読んで字のごとく、「公園にデビューする」って意味で使われてる。一方、「高校デビュー」や「大学デビュー」のほうは、高校や大学にデビューするワケじゃなくて、高校生や大学生になってから、遅ればせながら○○にデビューする‥‥って意味だ。だから、今回のあたしの「大学デビュー」は、本来の「大学デビュー」とは意味が違って、「公園デビュー」のほうの意味だと思って読んで欲しいと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、いよいよ憧れの「大学デビュー」の日を迎えたあたしは、午前中の専門学校が終わってから、山手線で池袋へ行き、西武池袋線で江古田へ行った。ちなみに、これは「江古田駅へ行った」ってことだから、「えごた」じゃなくて「えこだ」だ。とにかく、あたしは、生まれて初めて西武池袋線に乗り、生まれて初めて江古田駅に降り立ったワケで、完全なるアウェイの雰囲気にビビリまくってた。東京生まれの人じゃないと分かんないと思うけど、渋谷生まれ、世田谷育ちのあたしは、渋谷区、世田谷区、目黒区、港区、大田区、品川区までが安心できる範囲で、これに準じるのが、杉並区、中野区、新宿区くらいで、あとはぜんぶアウェイになる。特に、あたしの場合は、神奈川県との境に住んでるから、これ以外の区に行くよりも、神奈川県の川崎とか横浜に行ったほうが落ち着くのだ。
で、完全にアウェイの江古田駅に降り立ったあたしは、ニコタマから向かったんじゃなくて、中間地点にある専門学校から向かったから、思ってたよりも遥かに早く着いちゃって、まだA子との約束の1時まで20分もあった。それで、朝から何も食べてなかったから、お腹もペコペコだったけど、ヘタに動いてA子と会えなくなって、見知らぬアウェイの土地を彷徨うのは恐かったから、ずっと北口の改札のハシッコを動かなかった。そしたら、あたしの心配とはウラハラに、1時5分前にA子がやって来た。あたしは、言葉も通じないアラブ世界かどこかの異国で、人ゴミの中に1人のニポン人を見つけた時のように、A子の顔を見てホッとした。そして、ホッとしたら、ヨケイにお腹が空いちゃったんだけど、A子って超能力者なのか、開口一番、こう言ったのだ。
「きっこ、お腹空いてるよね?」
あたしは、そんなに腹ペコな顔をしてたのかと思って恥ずかしくなったんだけど、そうじゃなくて、A子は、あたしがお昼に専門学校が終わって、そのまま江古田に来たってことを知ってたから、きっとお昼ご飯を食べてないと思ったそうだ。それで、あたしが「ペコちゃんだよ」って言ったら、「きっこと一緒にお昼を食べようと思って、あたしも食べてないんだ。イイトコに連れてってあげる」って行って、A子はそのまま歩き出した。A子が「この辺には安くて美味しいお店が多いんだよ」って言うから、あたしは、定食屋さんみたいなとこを想像してたんだけど、連れてかれたのは、駅からすぐの「黒田武士」っていう居酒屋さんだった。ちなみに、これは、あたしのお得意の変換ミスじゃなくて、「黒田節」にカケてある店名だ。
ようするに、夜は居酒屋さんで、昼間はランチをやってるってワケで、A子に続いて中に入ると、若い男の人たちで満員だった。だけど、あたしたちが入って来たのを見てなのか、偶然なのか、カウンターのハシッコにいた2人が立ち上がったので、そこに座ることができた。で、ここからがビックル一気飲みの連続だったのだ。このお店のランチはカレーなんだけど、他の人が食べてるのを見ると、ナナナナナント! ラーメンのどんぶりに入ってるのだ! そして、目の前の壁にぶらさがってたメニューを見て、あたしは、自分の目を疑った。だって、こんなメニューになってたのだ。
「カレー 330円」
「カツカレー 330円」
あたしは、お腹が空きすぎて、幻覚でも見てるんじゃないかと思って、目をパチパチしてみたんだけど、やっぱり、カレーもカツカレーも両方とも「330円」て書いてある。これじゃあ、トンカツが嫌いな人以外は、全員がカツカレーのほうを注文するに決まってる。これが、おそば屋さんだったとしたら、「かけそば 300円」「天ぷらそば 300円」みたいなもんで、これなら、あたしは絶対に「天ぷらそば」のほうを注文する。で、あたしが驚くと同時に、あたしの心を読める超能力者のA子は、「ここはね、カレーが330円なんだけど、トンカツを乗せても330円なんだよ。他にも、コロッケ、エビフライ、白身フライがあって、どれを乗せてもらっても330円なの。すごいでしょ!」って説明してくれた。でも、こんな説明を聞いても、「どうしてなのか」ってことを説明してくれないと、あたしの疑問は解決されない。
だけど、とにかくお腹がペコちゃんだったあたしは、疑問はさておき、A子とおんなじカツカレーを食べてみることにした。まだ、お肉を普通にパクパク食べてた時代だったし、他の人の食べてるカレーを見るとすごい量だったけど、「今ならぜんぶ食べられる!」って思ったからだ。でも、出て来たカツカレーは、見た目ほどすごい量じゃなかった。普通、どんぶりでカレーって言うと、カツ丼や親子丼みたいに、どんぶりの中に平らにご飯をよそって、その上にご飯が見えなくなるようにカレーが掛かってるものを想像するだろうけど、そうじゃなかったのだ。ちゃんと、お皿で出て来るカレーみたいに、どんぶりの中にナナメにご飯がよそってあって、ご飯の少ない側にカレーが掛けてあったから、見た目よりはご飯は多くなかった。
それでも、普通のカレーの1.5倍くらいはあったから、あたしは、お腹がパンパンになったんだけど、こんなにいっぱい食べられたのは、お腹が減ってたからだけじゃなくて、何よりもバツグンに美味しかったからだ。カレーの辛さ、コク、煮込み具合、どれもサイコーな上に、カレーに埋まってるカツとのバランスが絶妙で、正直、それまでに食べたカツカレーの中でナンバーワンだった。こんなあたしでも、それなりのレストランで1000円近くするカツカレーを食べたこともあったけど、このラーメンのどんぶりに入った330円のカツカレーは、そんなのとは比べ物にならないほど美味しかった。
‥‥そんなワケで、思わぬゴチソウに大満足したあたしは、あたしが大満足したことに大満足したA子に連れられて、いよいよ日芸に向かった‥‥って言っても、目と鼻の先で、ちょっと歩いたらすぐに着いた。あたしは、大学は大学でも「芸術学部」だから、もしかしたらアバンギャルドな眞鍋かをり‥‥じゃなくて、アバンギャルドな建物かもしれないって想像してたんだけど、そんなことはなくて、古めかしくて立派なコンクリートの大きな建物だった。でも、「古めかしくて」って言うのは、正門の「日本大学藝術学部」って看板の文字がオドロオドロしかったのと、校内に大きな木が並んでて、その横のコンクリートの巨大な建物が日陰になってたので、そんな印象を受けたんだと思う。ちなみに、現在は、新しい校舎に建て替えられてるそうだから、当時とは違うと思う。
そうそう、ついでだから書いとくけど、昨日の前編で「爆笑問題の2人とか、ガレッジセールのゴリさんなんかの母校」って書いたけど、この3人は、みんな中退なので、母校は母校だけど日芸は卒業してないそうだ。で、A子に連れられて、初めて大学の講義に出席したあたしは、めでたく「大学デビュー」して「天ぷら学生」になれたってワケだ。もちろん、この時点では、あたしは「天ぷら学生」なんて言葉を知らなかったから、これは「今思えば」ってことだけど、さっきのカツカレーでお腹がパンパンだったあたしは、「天ぷら学生」ってよりも「カツカレー学生」そのもので、ゲップをしたら、向こう三軒両隣にカレーの匂いが広がっちゃいそうなイキオイだった。
で、あたしが受けた講義は、あんまり詳しくは分からないけど、「公開講義」とか「公開授業」とか言うヤツで、その学科のコースを専攻してない学生でも自由に聴講できるものだった。だから、ふだん見かけない顔の学生が混じってても、教授や他の学生にはバレないってことだった。でも、念のために、もしも誰かに聞かれたら、「○○学部で××を専攻してる△△」って言うようにって、あらかじめA子から教わってたし、隣りにA子がいるから、フォローしてもらえば大丈夫だと思ってた。その講義は、色彩と造形の理論みたいな内容で、ものすごくフランク・ザッパに言うと、おんなじ色でも、それを平面じゃなくて立体に塗った場合、光の作用によって色が変わる的なことだ。四角い箱をぜんぶおんなじ黄色に塗っても、光源の位置や見る人の位置によって、黄色の濃い面と薄い面ができる的なことだ。
あたしが勉強してたヘアメークにも関係してる内容だから、すごく興味はあったんだけど、あたしにはリトル難しかった‥‥っていうか、専門用語みたいなのが分からなくて、何度かA子に小声で「今の○○ってどういう意味?」って聞いたんだけど、A子も「う~ん?」なんて言って、たいして分かってなかった(笑) だけど、教授の講義の仕方は、A子が言ってた通りで、すごく面白かった。だから、難しい言葉の意味が分かったら、もっと面白いんだろうな~って思った。そして、あたしは、大学生ってこんなに楽しい講義をいっぱい受けられるのか~って思って、とっても羨ましくなった。それなのに、あたしは、せっかく憧れてた大学の講義を初体験してるのにも関わらず、ジョジョに奇妙に眠たくなってきちゃった。「奇妙に」って言っても、お腹がパンパンだからなのと、ゆうべも深夜までバイトしてたからなんだけど。
そして、あたしは、それからと言うもの、水曜日に本屋さんのバイトに入れなかった時で、他の用事がなかった時には、日芸に通うようになった。いくら「天ぷら学生」とは言え、江古田まで行く電車賃と、行ったら必ず「黒田武士」に寄ってカレーを食べてたから、あたしにとってはすごいゼイタクだったんだけど、なんて言うか、あの、大学のキャンパスを歩いて、本物の大学生たちに混じって講義を受けるっていう独特の雰囲気が楽しくて、一瞬だけでも大学生になれたような気分を味わいたくて、何度も通っちゃった。
‥‥そんなワケで、あたしの場合、ホントは、高校を卒業したらすぐに就職して、少しでも早く母さんをラクさせなきゃならなかったのに、どうしてもヘアメークになる夢を諦めきれずに、ワガママを言って専門学校に行かせてもらった。いくら自分のお金で通ってたとは言え、親不孝をしてるっていう引け目があったから、高校を卒業してから、さらに4年間も自分の好きなことを勉強させてもらえる大学生って、あたしにとっては雲の上の人たちだった。だから、「天ぷら学生」をやってた時のあたしは、大ゲサじゃなくて、シンデレラみたいな気分だった。そして、それから、16年もの月日が流れ、あたしは何とかヘアメークとして生活してるけど、あの懐かしいカツカレーの「黒田武士」は、去年、とうとう閉店しちゃったそうだ。今から10年くらい前に、330円から350円に値上げしたけど、その代わりにミニサラダがつくようになって、閉店するまでずっと日芸の学生たちに愛されてたって聞いて、何だか、甘酸っぱいような、切ないような、不思議な気分になった今日この頃なのだ。
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