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2009.12.24

セキレイ先生の教え

今朝、猫たちにご飯をあげるために駐車場に降りてったら、5~6羽のスズメが来てたので、あたしは「おおっ!」って思った。あたしのマンションの駐車場は、この地域の猫たちが集まる場所の1つだから、メッタにスズメは来ないからだ。それから、駅まで歩いてく途中で、住宅街のゴミの集積所にカラスが来てたので、あたしは「おおっ!」って思った。今日はゴミの日じゃないからだ。そして、もう少し歩いてくと、民家のお庭の木の枝に、空から2羽のウグイスが降りて来たので、あたしは「おおっ!」って思った。

この時期のウグイスは、まだ「ホーホケキョ」とは鳴けないけど、「笹鳴(ささなき)」って言って、「キョッ‥‥キョキョッ‥‥」って小さな声で鳴く。でも、身を隠してしばらく観察してたんだけど、2羽でじゃれ合いながら枝から枝へ渡ってるだけで、いっこうに鳴かないから、あたしは駅へ向かった。そしたら、人通りのない駅の高架の下の地面に、1羽のセグロセキレイが来てたので、あたしは「おおっ!」って思った。多摩川が目の前だから、ハクセキレイはタマに見かけるんだけど、セグロセキレイは珍しい。

ま、スズメとカラスに関しては、渋谷でも新宿でもどこでも見られるけど、朝からウグイスとセグロセキレイを見ちゃったから、とっても幸せな気分になれた。あたしは、小鳥の中ではスズメが一番好きなので、スズメを見られただけでも嬉しくなるんだけど、タマに鳴き声を聞けるくらいで、メッタに姿を見ることができないウグイスを見られたのは、ホントに嬉しかった。なんか、「ガリガリ君」で当たりが出たみたいな気分になれた。その上、セグロセキレイまで見られたんだから、「ガリガリ君」で当たりが出て、もう1本もらいに行ったら、それがまた当たりだったみたいな感じだった。

ウグイスは、スズメとおんなじくらいの大きさだし、体型も似てるし、まさに「うぐいす色」だし(笑)、とっても和風で可愛い小鳥だ。だけど、セキレイのほうは、スタイルもカッコイイし、白と黒のツートンの具合もカッコイイ。スズメやウグイスが1.5ボックスのファミリーカーだとすると、セキレイは小型のスポーツカーだ。だけど、セキレイもちっちゃいし、何よりも、尾を上下にパタパタさせて地面を叩く動きに愛嬌があるから、やっぱり可愛いと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、セキレイは、よく見るハクセキレイも、タマに見るセグロセキレイも、おんなじように尾を上下にパタパタさせて地面を叩く。だから、「イシタタキ(石叩き)」とか「ニワタタキ(庭叩き)」なんていう別名を持ってる。そして、セキレイには、もっとステキな別名もある。それは、「コイオシエドリ(恋教鳥)」っていう別名だ。だけど、「恋を教えてくれる鳥だなんて、なんてステキな名前なんだろう」って思ったのもトコノマ、これは、尾を上下にパタパタさせる動きが、人間のセックスの動きに似てることから付けられた呼び名なのだ(笑)

ニポンで一番古い勅撰の正史「日本書紀」は、「聖書」や「ギリシャ神話」にも負けず劣らずの一大スペクタクルファンタジーエロ小説だけど、西洋のアダムとイブにおける「禁断の果実」が、ニポンのイザナギとイザナミの場合は「セキレイ」だったのだ。「日本書紀」の第一巻「神代上」は、神様がニポンの国土を創造するってお話で、イザナギとイザナミは、「天沼矛(あめのぬぼこ)」っていう和製のロンギヌスの槍を使って、まだドロドロだった大地をかき回して、「オノゴロ島」っていう島を造った。そして、その島に降り立ったイザナギとイザナミは、兄と妹として仲良く暮らしてたんだけど、そのうち、お互いを異性として意識し始めちゃう。


イザナギ 「イザナミちゃん、ボクとキミとは体の作りが違うみたいだけど、キミの体ってどんなふうになってるの?」

イザナミ 「あたしの体はねえ、ほとんど大人の体になったんだけど、1ヶ所だけ大人になってない部分があるのよ」

イザナギ 「ボクはねえ、完全に大人の体になったんだけど、1ヶ所だけ大人になりすぎてビンビンになっちゃってる部分があるんだよ」

イザナミ 「ふ~ん」

イザナギ 「せっかくだから、キミの大人になってない部分に、ボクの大人になりすぎた部分を突きさしてみようと思うんだけど、どうだろう? きっと、新しい国を産み出すことができると思うんだ」

イザナミ 「グッド・アイディ~ア!」

イザナギ 「じゃあ、この巨大な『天の柱』の周りをキミは右から廻り、ボクは左から廻り、出会った場所で国造りの作業をしよう!」


‥‥ってなワケで、これは、女性器を「未発達なもの」、男性器を「発達しすぎたもの」と捉えて、その2つを合体ロボさせることによって、「完成された国土」を産み出すことができるっていう考え方だ。そして、まだ童貞だったイザナギは左から、まだ処女だったイザナミは右から、「天の柱」の周りを歩き始めた。で、ちょうど裏側あたりでバッタリと出会い、イザナミが「まあ、なんてイイ男なのかしら」って声をかけ、イザナギも「キミもステキだよ」なんて言って、2人はそのままセックスしちゃった。だけど、最初に生まれた「ヒルコ」も、次に生まれた「アハシマ」も、2人とも重い障害を持ってたため、海に流されちゃった。かわいそうな話だけど、ニポンで一番古い書物の「古事記」にも、公的な正史である「日本書紀」にも、そう書いてある。

そして、どうしてこんな子ばかりが生まれるのかと思った2人は、天の神様のとこに相談に行く。そしたら、「オーラの泉」とおんなじくらいウサン臭い占い師が、「それは女のイザナミのほうから先に声をかけて誘ったからじゃ。正しいセックスとは男のほうから誘うもんじゃ」なんてアドバイスしちゃう。それで、ここからは大事なとこなので、一応、「日本書紀」(岩波文庫)の原文を書いておく。


「書に曰はく、陰神(めかみ)先(ま)づ唱へて曰はく、「美哉(あなにゑや)、善少男(えおとこ)を」とのたまふ。時に、陰神の言先(ことさきだ)つるを以ての故に、不祥(さがな)しとして、更に復(また)改め巡る。則ち陽神(おかみ)先づ唱へて曰はく、「美哉、善少女(えおとめ)を」とのたまふ。遂に合交(みあはせ)せむとす。而(しか)も其の術(みち)を知らず。時に鶺鴒(にはくなぶり)有りて、飛び来たり其の首尾(かしらを)を揺(うごか)す。二の神、見(みそなは)して学(なら)ひて、即ち交(とつぎ)の道を得つ。」


で、いつもの「きっこ訳」で申し訳ないけど、こんな意味になる。


「ある書物では、次のように伝えられてる。悪い結果になっちゃったのは、女のイザナミのほうが先に「まあ、なんてイイ男なのかしら」って声をかけたことが原因だった。だから、もう一度、柱の周りを廻り直して、今度は、男のイザナギのほうから「おお、イイ女じゃん」って声をかけてみた。そして、待ちに待ったセックスをしようと思ったのもトコノマ、2人は「正しいセックス」」の仕方を知らなかったのだ。そしたら、どこからともなく1羽のセキレイが飛んで来て、2人の目の前で、頭と尾を上下にパタパタと動かし始めた。2人は、このセキレイの動きを見て学び、ようやく「正しいセックス」をすることができたのだ。」


ニポンで一番古い勅撰の正史「日本書紀」に、「ある書物では、次のように伝えられてる」なんて書いてあると、「おいおいおいおーーーーい!」ってツッコミを入れたくなっちゃうけど、これは、便宜上のことで、「日本書紀」を読んだことのある人ならご存知のように、すべての段落が「書に曰はく」で始まってる。ようするに、伝聞の形をとった上に、ソースを明記しないことで、内容の真偽の責任を誰かに転嫁しちゃう「サンケイ新聞方式」ってワケだ(笑)

ま、問題はそこじゃなくて、「セキレイ」の部分なワケで、ここでは、「鶺鴒(せきれい)」って漢字に「にはくなぶり」って読みが振ってある。これは、セキレイの昔の呼び名で、「には」は「俄(にわ)か」の「には」、「くな」は「お尻」のこと、「ぶり」は「振り」のことで、「素早くお尻を振る」って意味の名前だ。もちろん、これは、ただ単に「素早くお尻を振る」ってことだけじゃなくて、人間のセックスの時の男のお尻の動きに似てるってことを暗喩してる命名なのだ。

そして、セックスの初心者だったイザナギとイザナミは、「勉強、勉強、ホッホホ~♪」のふくろう博士‥‥じゃなくて、「セックス、セックス、クックク~♪」のセキレイ先生のオカゲで「正しいセックス」をすることができて、このあと、イザナミは、元気な子供たちを次々と産んだ。まず初めに淡路島を産み、続いて四国、隠岐島、九州、壱岐島、対馬、佐渡島と産み続け、最後にドドーンと本州を産んだってワケだ。そして、これで、北海道と沖縄を除いた「昔のニポン」が完成したってワケだ。

‥‥そんなワケで、ここまで読むと、セキレイ先生のオカゲで出来たのは、北海道と沖縄以外のニポンてことになっちゃうけど、実は、セキレイ先生は、北海道も造ってたのだ。北海道の日高地方のアイヌに伝わる神話の中にも、重要な役割を担ったセキレイ先生が登場する。

ザックリとアラスジを書くと、まだ地上がドロドロの泥だけで、人間どころか、鳥も魚も何もいなかった大昔のこと、天上にコタンカラカムイ(国造神)が現われた。そして、まず初めに、この世で最初の鳥として、セキレイを創造した。コタンカラカムイは、そのセキレイに、「地上に土地を造れ」と命じて放った。セキレイは、光の尾を引きにがら地上へと舞い降りて、尾を上下にパタパタと動かして、ドロドロの泥を固めてった。そして、海に浮く広大な大地が出来上がったのだ。

さらには、この大地に最初の人間が誕生した時にも、このセキレイは天上から舞い降りて、尾を上下にパタパタと動かして、人間にセックスの仕方を教えたことになってる。つまり、この部分は、本土の「日本書紀」とおんなじに、「セックスの先生」ってことになってる。ちなみに、セキレイのことをアイヌ語で「オチウチリ」って言うんだけど、「オ」は「尾」、「チウ」は「刺す」、「チリ」は「鳥」で、このまま直訳すると「尾を刺す鳥」ってことになる。

だけど、この「オチウ」ってのは、「尾を刺す」ように見える「交尾」を意味してる。つまり、「オチウチリ」ってのは、「交尾鳥」とか「セックス鳥」とかって意味になる。「セックス鳥」だなんて、ある意味、「アホウ鳥」よりもファンキーな命名だと思えちゃうけど、これは、人間にセックスの仕方を教え、今日の人間の繁栄のイシズエを築いたアリガタイザーな鳥って意味で、リスペクトしての命名なのだ。

でも、ここまで立派なセキレイ先生なのに、沖縄には神話がない。じゃあ、沖縄にはセキレイがいないのかって言うと、そんなこたーない。東京よりも遥かにたくさんの種類のセキレイがいるし、特に、キマユツメナガセキレイは、沖縄のどこでも見られるほど数が多い。それなのに、セキレイの神話がないってことは、沖縄の最初の人間のカップルは、セキレイ先生じゃなくてヤンバルクイナ先生からセックスの仕方を教えてもらったんだろうか?‥‥ってなワケで、沖縄には、セキレイの神話の代わりに、「クイナの人助け」っていう民話が伝承されてる。

ちなみに、クイナってのは、漢字で「水鶏」って書くように、主に水場の周辺にいる鳥で、それが「ヤンバル(山原)」にいるから「ヤンバルクイナ」って言う。だけど、この「クイナの人助け」に登場するのは、このクイナじゃないのだ。海の向こうから渡って来る白黒の小鳥のことをクイナって呼んでて、状況に照らし合わせて検証すると、どうも、セグロアジサシのことみたいなのだ。そして、このセグロアジサシってのは、パッと見た感じ、セグロセキレイによく似てるのだ。

とりあえず、どんな民話なのか説明すると、沖縄の小さな島で暮らしてたカップルが、ある日、ケンカをしちゃう。それで、女のほうが家出しちゃって、何日も帰って来ない。心配になった男のほうが、女を探しに行くんだけど、島中を探してもどこにもいない。それで、「もしや」と思って海に泳ぎ出したところ、あまりにも沖まで泳ぎすぎて、島の方角が分からなくなり、溺れかけちゃう。すると、その時、沖のほうから島に向かってクイナ(セグロアジサシ)の群れが飛んで来たので、鳥たちの向かう方向へ泳ぎ、何とか島に帰り着くことができた‥‥ってストーリーだ。

それで、この民話には、いくつかのバージョンがあるんだけど、その中の1つに、2人がケンカをした理由が、「いつまで経っても子供ができないから」ってのがある。そして、そのエンディングは、「男が無事に島に帰ると、女が家で待ってた。そして、仲直りして、めでたく子供が生まれた。」ってことになってる。だから、鳥がセックスの仕方を教えたのとは違うけど、鳥のオカゲで島へ帰ることができたんだから、結果的には、鳥のオカゲで子供を授かることができたってことになる。

‥‥そんなワケで、沖縄の民話の「クイナの人助け」まで、セキレイ先生のテガラにしちゃうのはムリがあるけど、それでも、本土と北海道が誕生したのはセキレイ先生のオカゲってワケだ。そして、何よりも、人間に「正しいセックス」の仕方を教えてくれたのがセキレイ先生なんだから、これから、どこかでセキレイを見かけて、尾を上下にパタパタさせてたら、世の中の男性諸君は、一緒になって腰をクイクイと動かしてみるべきだと思う。何故なら、「健全な魂は健全な肉体に宿る」とおんなじように、「正しいセックスは正しい腰の動きに宿る」って気がしてる今日この頃だからだ(笑)


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