シンメトリーな女
あたしは、お家でお酒を飲む時は、たいてい晩ご飯は食べない。晩ご飯を食べちゃうと、お腹がいっぱいになって、お酒が飲めなくなっちゃうからだ。それで、いつもは、何品かオツマミを作って、それを食べながらお酒を飲んで、結果、晩ご飯てことにしちゃってる。たとえば、何日か前には、もやしを1袋と魚肉ソーセージ1本を輪切りにしたのを塩コショウの味つけで炒めたんだけど、半分はその日の晩ご飯のオカズにして、これにご飯とお味噌汁を添えていただいた。そして、次の日の夜は、お酒を飲みたかったから、残りの半分を温めて、これをオツマミにしてお酒を飲んだ。
つまり、あたしの場合、晩ご飯の「ご飯とお味噌汁」の代わりに「お酒」を飲むのが晩酌ってワケで、そのため、「オツマミ」ってよりも「オカズ」って感じのものをつまみながら飲むことが多い。あたしのメインのオカズのメザシを始め、アジのひらき、もやし炒め、大根とチクワの煮物、水菜とあぶらあげの煮浸し‥‥って、まあ、この辺まではオツマミとしても通用するだろうけど、パッとしたものがない時に、東京タクアンをポリポリとかじりながらお酒を飲んでると、なんだか「リトル違う」って気がしてくる。
ま、もともとニポンでは、お酒はお酒だけを飲むのが一般的で、ニポンで最初に誕生したオツマミは、お塩とお味噌だった。ようするに、お酒をより美味しく飲むために、味の濃いものを口に入れて味覚に刺激を与える的な感じだったんだろう。だけど、21世紀にもなって、お塩を舐めながらお酒を飲んでるのは椿鬼奴姐さんくらいなもんで、普通の人は、ビールには枝豆や焼き鳥、ニポン酒にはお刺身やスルメ、ウイスキーにはビーフジャーキーやミックスナッツ‥‥って、それぞれのお酒に合う「オツマミらしいオツマミ」をつまんでると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、ご飯のオカズをオツマミにすることが多々あるんだけど、しばらく前のこと、晩ご飯をちゃんと食べたあとに夜更かししてて、深夜にお酒を飲みたくなっちゃったことがある。それで、いつもの業務用の赤ワインを飲み始めたら、ナニゲに小腹が空いてきちゃって、そこらを探したら、いただきもののチップスターが見つかった。短い筒のヤツだ。あたしは、性格的に、キチンと形のそろってるものが好きなので、チップスターは形状が好きだ。だけど、味的には、普通のポテトチップスのほうが好きなのと、チップスターは値段が高いので、あたしの「オヤツは100円まで」の予算じゃ買えないから、メッタに買うことはない。
で、久しぶりにチップスターをつまみながら赤ワインを飲んでたんだけど、どうも塩味が足りない。オヤツとして食べるならちょうどいいんだけど、お酒のオツマミだと、もうちょっと塩味が欲しい。それで、あたしは、お塩をかけるのも芸がないから、他に何か味の濃いものをつまもうと思って、冷蔵庫を見に行った。だけど、東京タクアンも柴漬けもキュウリのキューちゃんも切らしてて、冷蔵庫には納豆しかなかった。フリーザーにはメザシや干物が少しあったんだけど、深夜の2時にメザシを焼くのもアレだし、寝る前の軽いお酒だから、火なんか使いたくなかった。
それで、あたしは、納豆を1パック持って来て、中に付いてるタレとマスタードだけを混ぜて、チップスターを食べて赤ワイン、納豆をチョコっと食べて赤ワイン、チップスターを食べて赤ワイン‥‥ってやってたら、これがなかなかマッチした。それで、そのうち、チップスターに納豆をチョコっとトッピングしてみたら、これまた美味しい。味の濃さもちょうど良くなって、お酒のオツマミとしてはバッチリだった。それで、パクパク食べてたら、納豆がなくなっちゃったので、もう1パック持って来て、続きを食べ始めた。
そしたら、あたしの大嫌いなこと、そう、次のチップスターが割れてたのだ。さっきも言ったように、あたしは、形がそろってるものが好きなので、チップスターの最大の魅力も形がそろってることだと思ってる。だから、チップスターの銀色の包みを開けた時に、上の何枚かが割れてたりすると、それだけで頭にきちゃう。それも、大きく2つに割れてるくらいなら、まだガマンできる範囲なんだけど、細かい破片が散らばってたりすると、完全にキーッてなっちゃう。そして、一番上の1枚か2枚が割れてたくらいならいいんだけど、食べても食べても割れたのが出てくると、ヒステリーを起こすくらいイライラしちゃう。
だけど、今回は、最初からずっと割れてないチップスターだったのに、途中に割れてるのが混じってるっていう珍しいケースだったので、お酒を飲んで多少は心が広くなってることもあって、頭に来るよりも「早く割れてるのを食べちゃおう」って気持ちが先に立った。あたしの場合、割れてるチップスターを発見したら、とにかく早く食べちゃって、キチンと形のそろってる状態にしたいと思う気持ちが強いのだ。あたしは、何よりも「美しいもの」が好きなので、これは「神経質」ってことじゃなくて、あたしの美的感覚の基本になってるシンメトリーを追及する精神のなせるワザなのだ。たぶん。
‥‥そんなワケで、あたしは、ずいぶん前のことで、もうタイトルも忘れちゃったけど、英語圏のB級映画で、ものすごくグロい作品を観たことがある。ある美しい女性が、事故で片腕を失っちゃうんだけど、その女性は、あたしとおんなじように、シンメトリーこそが美の基本だと思ってる。それで、片腕しかない自分のアシンメトリーな姿にガマンができなくなって、残ってたほうの腕も自分で切り落としちゃうのだ。そして、両腕がなくなった自分の姿を鏡で見て、ようやく平穏な精神状態に戻ることができた‥‥ってストーリーの映画だった。
この映画を一緒に観たお友達は、この女性の行動を「信じられない!」って言ってて、あたしもその場では同調したけど、ホントは、あたしは、この女性の気持ちがとってもよく分かってた。もちろん、あたしがおんなじ状態になっても、サスガに、残った腕を切り落とすワケはない。だけど、自分自身がアシンメトリーな姿になったことに対する嫌悪感は、すごくよく分かった。そして、図書館に行っていろいろと調べてみたら、こうした人って意外とたくさんいるってことが分かった。つまり、映画の中だけの架空のお話じゃなくて、実際に自分の腕や足を自分で切り落とす人たちが、世界中に存在してたのだ。
それも、病院へ行って、全身麻酔をしてもらって切断するんじゃなくて、みんな自分とか同好の仲間たちでやってるのだ。これは、お医者さんは健康な肉体を切断するようなことをしない‥‥ってこともあるんだけど、それよりも、自分たちで切断することが好きなんだそうだ。ここまで来ると、あたしにもまったく理解できない世界になっちゃうけど、自分の足を自分で切断した人の手記を読んだら、まずはゴミ用の大きなポリバケツに大量の氷を入れて、そこに何時間も足を突っ込んでおいて、足の感覚がマヒしてから、ノコギリで‥‥って、ここから先は怖くて書けない。
とにかく、あたしは、ここまで病的じゃないけど、シンメトリーが美の基本て感覚は強く持ってるから、前髪をそろえたストレートボブにしてるのも、アシンメトリーに分けたくないからなのだ。細かいことを言うと、あたしの場合、前髪が伸びて自然に分かれちゃうことも多いんだけど、できる限りコマメにそろえるようにはしてる。だから、今どきの男性お笑い芸人に多いアシンメトリーのみっともないヘアスタイルを見るたびに、長いほうを切って左右対称にしちゃいたい衝動に駆られることウケアイだ。
そして、あたしが自分の車の好きな点にも、ワイパーが真ん中に1本しかついてなくて、左右にキチンと扇形に動くから‥‥って理由も含まれてる。2本のワイパーのほうが、雨の日は遥かに前が見やすいんだけど、あたしの美的感覚にかかったら、そんなことは二の次だ。車って、前から見ると、ヘッドライトもウインカーもバックミラーも何から何まで左右対称なのに、ワイパーとハンドルだけが左右対称じゃない。それが、あたしにはガマンできないのだ。もともと左右対称じゃないものなら別にいいんだけど、99%まで左右対称にできてるものが、ホンの1%だけ左右対称じゃないことが耐えられない。だから、あたしは、車の中で一番美しいと思ってるのが、ハンドルも真ん中についてて、完全に左右対称なF1マシンなのだ。
‥‥そんなワケで、こんなにもシンメトリーとか形がそろってることにコダワリを持ってるあたしだから、チップスターが割れてることに対しても尋常じゃないくらいイライラしちゃうワケで、お酒を飲んでて心が広くなってたとは言え、その割れてるチップスターをあたしの目の前から1秒でも早く消し去りたいって思ったワケだ。それで、割れてるチップスターをトットと食べちゃおうと思ったんだけど、この時は、納豆を乗せて食べることの美味しさを楽しんでたとこだったから、どうしても納豆を乗せたい。でも、小さく割れてる破片にムリして納豆を乗せると、破片を持つ指先に納豆のネバネバがついちゃう可能性が高い。あたしは、納豆は大好物なんだけど、あのネバネバが指につくのは大嫌いなのだ。
それで、あたしは、チップスターの小さな破片を指で持ちながら、どうしたもんかと考えたんだけど、正常な精神状態の時だったら、「チップスターを口に入れてから納豆を食べればいい」ってことにすぐ気づくハズなのに、この時は「割れてるチップスターをあたしの目の前から1秒でも早く消し去りたい」って気持ちが爆走してたから、こんな簡単なことにも気づかなかった。そして、割れた破片を見てるうちに、だんだんにイライラがヒートアップしてきたあたしは、ついにキーッてなっちゃって、その破片を納豆のパックの上で細かく指で潰して、納豆に振りかけちゃった。
つまり、無意識のうちに、納豆に粉末のチップスターをトッピングしちゃったワケで、この部分をお箸ですくって食べてみたら、今までチップスターの上に納豆をトッピングしてた時とは違った食感で、すごく美味しかったのだ。チップスターの上に納豆をトッピングした場合は、「食感はチップスター、味は納豆」って感じだったけど、納豆のほうに細かくしたチップスターを混ぜると、コリコリした食感の粒が混じった納豆になって、オツマミとしての1つの完成形ってだけじゃなくて、ご飯にかけても美味しいと思えるほどのイリュージョンが炸裂しちゃったのだ。その上、細かくしたチップスターが納豆に均一に混ざってるって姿は、これはこれで「そろってる感」があるので、見た目にもイライラすることがない。
それで、あたしは、今度は割れてないちゃんとしたチップスターをわざわざ細かく割って、3枚ぶんほど納豆に混ぜてみた。この、「割れてないちゃんとしたチップスターを自ら割る」って行為は、形がそろってることに美を感じてるあたし的には激しく抵抗感のある行為なんだけど、残りのチップスターをぜんぶ調べても、もう割れてるのは1枚もなかったから、仕方のない選択だった。それにしても、最初から形が不ぞろいな普通のポテトチップスなら、揚げ物のコロモにする時とかに細かく砕いても、ぜんぜん躊躇することなく気持ち良く作業できるのに、形がそろってるチップスターを細かく割るって行為は、どうしてこんなにも後ろ髪を引っぱられちゃうんだろう? やっぱ、あたしの美に対するコダワリは異常なのかもしれない。
‥‥そんなワケで、あたしは、偶然の出来事によって、とっても美味しいオツマミを発見しちゃったワケだけど、これは、独特の歯応えがある上に、塩味が軽いチップスターだからこその美味しさで、普通のポテトチップスでやっても美味しくないと思う。プリングルスやオーザックなら、歯応えだけは近いと思うけど、どっちも味が濃いからダメだと思う。やっぱり、ノーマル味のチップスターじゃないと美味しくないと思うんだけど、あたしの異常な美意識がジャマしちゃって、このためだけにちゃんとしたチップスターを細かく砕くのは精神的に厳しいものがある。だから、これは、チップスターを開けたら、偶然に3枚くらいが割れてた時に、ちょうど冷蔵庫にも納豆があった‥‥って時にしか食べることができない「神秘のオツマミ」ってことにしとこうと思う今日この頃なのだ。
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