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2010.08.31

緊急アンケートです!

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1.菅 直人
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2010.08.30

二度あることは三度ある?

「きっこさんのつぶやき」
http://twitter.com/kikko_no_blog

テイエムプリキュア、がんばれ!
3:16 PM Aug 29th webから

テイエムプリキュア、メイショウベルーガ、サンライズベガ、トウショウシロッコ、ダイワジャンヌ、好きな馬が5頭もいるからハラホロヒレハレだ!
3:21 PM Aug 29th webから

この5頭でワイド10点のみ!
3:24 PM Aug 29th webから

たぶん3-6を獲ったどぉーー!!
3:50 PM Aug 29th webから

3-6じゃなくて5-6を獲ったどぉーー!!配当はいくらだ?
3:56 PM Aug 29th webから

おおっ!2310円もついた!
3:59 PM Aug 29th webから

こないだから100%の的中率だ!すごいぞ自分!(笑)
4:11 PM Aug 29th webから


‥‥ってなワケで、発走直前に思い立って買った先週の札幌競馬場の「札幌記念」が的中しちゃったから、今週の新潟競馬場の「新潟記念」も買ってみようと思ったてたら、ナナナナナント! あのテイエムプリキュアの名前があった!その上、メイショウベルーガ、サンライズベガ、トウショウシロッコ、ダイワジャンヌって、あたしの好きな馬の名前がメジロマックイーンだったから、あたしは迷ってた。だって、5頭もいたら、いろんな買い方ができないからだ。

で、最初は、この5頭の単勝と複勝を買おうかとも思ったんだけど、それじゃ芸がない。それで、結局、前回の「札幌記念」で美味しい思いをしたワイドで買うことにした。これなら、5頭すべての組み合わせで10通りだから、単勝と複勝を買うのと一緒で、1000円で済むと思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今回の「新潟記念」は、3時45分の発走だったんだけど、ツイッターのつぶやきの時間を見れば分かるように、あたしは、3時21分の時点でも悩んでた。そして、この5頭のワイドだけで勝負することに決めたのが3時24分、それから急いで「即PAT」にアクセスして、1番、3番、5番、6番、15番のすべての組み合わせを100円ずつ買い終わったのが3時30分ころ‥‥ってワケで、まだ発走までに時間があったから、念のために5頭の複勝を買い足そうか、とか、何点かだけでも3連複を買っておこうか、とか、いろいろと欲が出てきちゃったから、思い切って「即PAT」の画面を閉じてテレビに集中した。

3時45分になってレースがスタートしたら、1番のテイエムプリキュアが飛び出して、先頭を走り始めた。だけど、ハンデのせいなのか、7歳という年のせいなのか、はたまた「抑えた逃げ」を展開してるからなのか、後ろの馬群との差を広げることができない。結局、最後まで「みんなよりちょっとだけ前」を走り続けて、必死にがんばったんだけど、ゴールの手前で馬群り中へ沈んでった。

1着でゴールを駆け抜けたのは、溜めてた力を一気に爆発させた8番のナリタクリスタルだった。だけど、あたしの買ってた3番のメイショウベルーガ、5番のサンライズベガ、6番のトウショウシロッコが、そのあとにドヤドヤと突っ込んできたから、あたしは「やったー!」って思った。すべての馬の力が均等になるようにハンデを背負わせるハンデ戦だから、ゴールがドヤドヤしちゃうのは仕方ないんだけど、あたしは3番も5番も6番もワイドで買ってたから、このうちのどの馬が2着でも3着でも当たってるのだ。

それで、ツイッターでは、最初に「たぶん3-6を獲ったどぉーー!!」って叫んじゃったけど、着順が発表になったら「8-6-5」だったので、「3-6じゃなくて5-6を獲ったどぉーー!!」って叫びなおした。今回、ワイドは、6-8が3350円、5-8が1340円、あたしが買ってた5-6が2310円で、どの組み合わせもワイドにしちゃなかなかの配当だったけど、あたしは10通りも買ってたから、10倍以上の配当でホッとした。

ギャンブルとしては、1000円の投資で2310円の配当だから、とても「儲かった」なんて言えるレベルじゃないけど、それでも、賭けた金額が2倍以上になったんだから、そんなに悪くはない。もしも1万円賭けてたら1万円以上儲かってたんだし、10万円賭けてたら‥‥って、これを言い出すとキリマンジャロだ(笑) ま、考えられる範囲としては、「もしも複勝を買ってたら?」ってのがある。実際、あたしは、複勝も買い足そうかと思ったワケで、もしも買ってたら、500円の投資で、6番が640円、5番が300円の配当だったから、あと440円儲かってたワケだ。

‥‥そんなワケで、徹底的にコジツケをして、予想の段階から楽しみまくる「エヴァンゲリオン予想」とは違って、前回の「札幌記念」も今回の「新潟記念」も、あたしは「自分の好きな馬」の馬券を買っただけで、予想らしいことは何もしてない。それなのに、前回の「札幌記念」では、あたしの選んだ3頭のうちの2頭が、2着と3着に入って的中した。そして、今回の「新潟記念」でも、あたしの選んだ5頭のうちの2頭が、2着と3着に入って的中した。

つまり、あたしは、何も考えずに「自分の好きな馬」をワイドで買ってれば、100%の確率で2着と3着に入って的中するってワケだ。さらに言えば、「自分の好きな馬」が2着と3着に入るんだから、もう1頭、実力的に1着になりそうな馬を選んで、その馬との3連単や3連複を狙うこともできる。ただ、ひとつだけ問題なのは、たった2回のレースの結果だけで、これを「100%の確率」って考えてもいいのか?‥‥ってことだ。

数学的な確率の問題はともかくとして、昔からの格言にも、「三度目の正直」って言葉があるように、どんなことも2回目までは「偶然」の結果であって、3回目にもおんなじ結果が出て、初めて「必然」に昇格できるのだ。つまり、このあと、どんな競馬場でどんなレースがあるのか分かんないけど、G1以外の気になるレースがあった場合には、あたしは「自分の好きな馬」を何頭かピックアップして、それをワイドで買えばいいってことになる。

何しろ、昔からの格言には、「三度目の正直」の他に、「二度あることは三度ある」って言葉もある。だから、次も、あたしの好きな馬が2着と3着に入る可能性が高いのだ。だけど、もしも次も的中したとしても、あんまり調子に乗ってると、「仏の顔も三度まで」ってことになっちゃって、4回目以降は的中しなくなっちゃうことも考えられる。だから、「もしも1万円賭けてたら2万円以上になってたのに」なんて欲は出さずに、これまで通り、常に1000円前後の「もしも全額負けても生活に響かない範囲」で楽しんでくことにする。

今は、札幌と新潟と小倉(こくら)で競馬を開催してるけど、あたしが急に思い立って馬券を買ったら当たったのが、前回の札幌競馬場での「札幌記念」と、今回の新潟競馬場での「新潟記念」だ。つまり、この流れで行くと、次に小倉競馬場で「小倉記念」が開催されたら、それが「三度目の正直」ってことになる。だけど、残念なことに、小倉競馬場での「小倉記念」は、8月1日に終わっちゃってるのだ。あたしはテレビで観てたけど、好きな馬はサンライズベガしか出なかったので、馬券を買おうとも思わなくて、サンライズベガを応援しながらボケ~ッと観てた。

結局、あたしの応援してたサンライズベガは7着に沈み、1着になったのはニホンピロレガーロ、2着がバトルバニヤン、3着がスマートギア、4着がナリタクリスタルだった。だから、もしも「自分の好きな馬」を買ってたら、完全に沈黙してたってワケだ。そして、今回の「新潟記念」では、この「小倉記念」で4着だったナリタクリスタルが1着になり、3着だったスマートギアは6着、2着だったバトルバニヤンは7着だった。つまり、「小倉記念」で2着と3着になった2頭が、「新潟記念」では6着と7着に下がり、その代わりに、あたしの好きなトウショウシロッコとサンライズベガが2着と3着に入り、ついでにメイショウベルーガも4着に入っちゃったのだ。

‥‥そんなワケで、「小倉記念」も「新潟記念」もハンデ戦だから、強い馬が勝つとは限らないし、弱い馬が勝つ可能性もある。ハンデのないレースなら、強い馬と弱い馬は力の差は顕著だけど、ハンデ戦は誰が勝ってもおかしくない。だから、おんなじようなメンバーで走ってるのに、「小倉記念」と「新潟記念」とでは着順が大幅に入れ替わってる。もちろん、ハンデ戦でも、その競馬場のコースによって有利な枠順もあるし、天候による馬場状態もあるし、それぞれの馬の仕上がり具合もある。でも、ハンデのないレースと比べれば、各馬の力の差はなくなってるから、意外な馬が優勝したり上位に入賞する確率が高い。そのため、自分の誕生日の数字で馬券を買ってみたり、あたしみたいに「自分の好きな馬」だけを買っても、的中する確率が高いのだ‥‥ってワケで、この流れから見れば、あたしが次に「自分の好きな馬」の馬券を買うのは、やっぱり「ハンデ戦」てことになると思う今日この頃なのだ。


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2010.08.28

夕涼み

とにかく、これでもか!これでもか!ってくらい暑い日が続いてて、全国各地で、最高気温の新記録や、連続猛暑日の新記録や、熱中症で救急搬送された人数の新記録や、ガリガリ君の生産が追いつかなくなる新記録や、いろんな新記録の更新が続いてる。「節約」と「原発反対」のために、数年前からエアコンを使わない生活を続けてるあたしとしては、今年の夏ほど、くじけそうになった年はない。だけど、「もうじき9月になる」「9月になればだんだんに涼しくなるだろう」って自分に言い聞かせて暑さに耐えてきたのもトコノマ、25日に気象庁が発表した「3ヶ月予報」を聞いて、あたしはクラクラしちゃった。だって、テレビのきれいなお天気お姉さんは、屈託のない笑顔を振りまきつつ、こんなセリフをノタマッたのだ。


「今年の夏は猛暑が続いていますが、気象庁が、今日、発表した3ヶ月予報によりますと、9月や10月になっても夏日や真夏日が続き、例年並みの気温に戻るのは11月に入ってからだそうです」


出川じゃないけどオーマイガー!!ってワケで、すでに限界ギリギリのあたしとしては、「9月になれば」って気持ちだけで今日まで耐え続けてきたのに、9月どころか10月まで暑いだなんて、もう完全にアッチョンブリケだ。つーか、「夏日や真夏日」って何なんだよ?って思ったので、さっそく調べてみた。そしたら、その日の最高気温が25度を超える日が「夏日」、30度を超える日が「真夏日」、そして、35度を超える日が「猛暑日」だってことが分かった。ついでに言えば、夜間の最低気温が25度以上のことを「熱帯夜」って言う。だけど、現実問題として、「35.1度なら猛暑日だから厳しいけど、34.7度なら1ランク下の真夏日だから、いくらか過ごしやすい」なんてこたーない。35.1度だろうと34.7度だろうと「暑いものは暑い!」って感じの今日この頃、皆さん、いかがお過ごしざんしょ?(笑)


‥‥そんなワケで、30度を超えると「真夏日」、35度を超えると「猛暑日」って言ってるのは、あくまでも日陰の「百葉箱」の中の話であって、ギラギラと太陽が照りつけてる場所に温度計を出せば、アッと言う間に50度を超えちゃう。特に地面がアスファルトやコンクリートの場所では、地面が熱く焼けてるから、地面から1メートルくらいまでの一帯は60度もあったりする。だから、前にも書いたことがあるけど、小さい子供を連れてる親、ベビーカーに赤ちゃんを乗せてる親、犬の散歩をしてる人たちは、十分に注意が必要だ。自分の顔がある高さの気温よりも、子供や赤ちゃん、犬がいる高さの気温のほうが、10度も高いからだ。自分は大丈夫でも、子供や犬が熱中症で倒れちゃうこともある。

だから、これから9月になり、10月になったら、今よりも注意が必要になるかもしれない。今は、まだ自分も倒れそうなくらいに暑いから、小さな子供を連れてる親も、それなりに子供にも注意を払ってるだろう。だけど、9月や10月の「夏日」や「真夏日」は、いくら暑いとは言え、今の暑さよりはやわらぐだろうから、ついつい子供のことまで気にしなくなる可能性がある。でも、親がそんなに暑くなくても、連れてる子供は、親よりも気温の高い場所を歩いてるのだ。たとえば、気温が25度の「夏日」なら、直射日光が当たる場所でも35度くらいだろうから、親はいいとしても、連れてる子供は45度くらいの場所を歩くことになるから、十分に注意してほしいと思う。

で、子供もいないし犬も飼ってないあたしとしては、当面、自分の心配だけしてりゃいいワケだけど、さすがのあたしも、これだけ暑い日が続いた上に、さらにあと2ヶ月も続くのかと思うと、いいかげんウンザリしてくる。だけど、ここまでエアコンを使わずにがんばってきたんだから、ここで「エアコンのスイッチを入れちゃう」っていう誘惑には負けたくない。これまでも、あたしは、室内の暑さに耐えられなくなると、水風呂に入ったり、冷たいタオルを首に巻いたり、氷枕をして横になったりして、それでもダメな時は、図書館へ行ったり高島屋へ行ったりして、なんとかシノいできた。ようするに、エアコンの効いてる涼しい場所へ避難してきたのだ。

ちなみに、夏場に涼しい場所へ行くことを普通は「避暑」って言うけど、場合によっては室温が50度を超えちゃって、テーブルの上に生タマゴを置いといたら30分で温泉タマゴになっちゃうようなあたしのお部屋から逃げ出すことは、「避暑」じゃなくて「避難」て言ったほうがピッタリだ。実際、水槽のお水も30度を超えちゃって、黒メダカやクチボソたちが煮魚になっちゃいそうなので、水槽のお水を半分ずつ頻繁に入れ替えたり、出かける時にはペットボトルにお水を入れて凍らせたやつを水槽に入れたりしてるほどだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、ふと思ったんだけど、自分のお部屋の暑さに耐えられなくなったからって、エアコンが効いてて涼しい図書館や高島屋へ避難するのは、藤木くんなんじゃないかってことだ。そう、「卑怯」ってことだ。だって、あたしのお部屋にエアコンがないならともかくとして、あたしの場合、エアコンはあるのに自分の意思で使わないことにしてるんだから、自分のお部屋のエアコンを使わない代わりに、エアコンの効いてる他の場所へ避難したら、ちょっとズルイと思うからだ。

最初にも書いたように、あたしがエアコンを使わないのは、「節約」と「原発反対」が二大理由だ。なので、「節約」に関しては、あたしが図書館へ涼みに行こうが、高島屋へ涼みに行こうが、お部屋のエアコンさえ使わなければいいんだから、まったく問題ない。それどころか、どこかへ出かけてれば、エアコンだけじゃなくて、パソコンの電源も落としてるし、テレビやラジオもつけないから、すごく節約になる。

だけど、「原発反対」に関しては、東京に住むあたしたちが涼しい思いをするために、ゼイタクな思いをするために、他県の見ず知らずの人たちに危険きわまりない原発を押しつけてることがガマンならないのだ。夜の最低限の照明とか、冷蔵庫や洗濯機とか、生活する上でどうしても必要なぶんの電気に関しては仕方ない。だけど、自分が涼しくなりたいなんていうワガママなことのために、他県の人たちに迷惑をかけてるなんて、こんなことは絶対に許されない。そして、そのために、あたしはエアコンを使わないようにしてるのに、自宅のエアコンの何十倍、何百倍も他県の人たちに大迷惑をかけてる図書館や高島屋に涼みに行ったら、あたしがやってることは無意味になっちゃう。

もちろん、図書館も高島屋もずっとエアコンを効かせてるんだから、あたしが行こうが行くまいが、消費電力は変わらない。あたしが行こうが行くまいが、他県の人たちにかけてる迷惑の量は変わらない。だけど、あたしの気持ちの問題として、やっぱり筋が通らないと思う。たとえば、読みたい本があって図書館に借りに行ったり、お買い物があって高島屋に行ったりしたのなら、ちゃんとした目的があるワケだから、本を探してる間やお買い物をしてる間にエアコンで涼しい思いをするのは副産物的なことになる。だけど、何の用事もないのに、最初から涼しくなる目的で行くなんて、やっぱり藤木くんになっちゃう。

「原発反対」だなんて偉そうなことを言ってなければ、図書館へ涼みに行こうが、高島屋へ涼みに行こうが、山手線の冷房車に乗ってグルグル回ってようが、どんな涼み方をしても自由だ。でも、あたしの場合は、この「きっこの日記」でも原発に反対する内容を何度も書いてるんだから、他県に押しつけた原発で作った電気で涼しい思いをしながら書いてたら、説得力がゼロになっちゃう。原発に反対するなら、まずは電気を使ったゼイタクをやめることから始めなかったら意味がない。

‥‥そんなワケで、あたしは、藤木くんにならずに、この暑さを乗り切る方法として、ニポンの伝統的な「夕涼み」のシステムを導入することにした。あたしのお部屋が暑いのは、コンクリートに熱がこもる古いマンションだからだけど、1日の流れをフランク・ザッパに説明すると、午前中はガマンできるレベルで、建物自体に熱が浸透してくる午後1時くらいから本格的に暑くなってくる。そして、外の気温が下がり始める夕方になっても、お日様が沈んで暗くなっても、コンクリートが熱を持ったままだから、ずっと暑い。ようするに、午前中は室内よりも外のほうが暑くて、夕方から夜にかけては外よりも室内のほうが暑くなるってワケだ。

だから、午後の灼熱タイムもつらいけど、夕方からの時間帯もなかなかつらい。午後の灼熱タイムは、外も室内も暑いから、もうどうしようもないワケで、水風呂に入ったり氷枕をしたりして乗り切るしかない。だけど、夕方から夜にかけては、暑いのは室内だけで、外は涼しくなり始めてるから、ヤマアラシのジレンマが発動しちゃう。少しでも風が通るなら、窓を開けてれば室内の温度が下がるんだけど、マンションの構造と周りの建物のセイで、すべての窓を全開にしても、ほとんど風は通らない。だから、室内の熱気を外に出すように、キッチンの換気扇を回したり、ベランダのガラス戸を開けたとこには外向きに扇風機を置いたりするんだけど、それほど効果はない。

それで、あたしは、夕方になると、駐車場に降りて、猫たちと夕涼みをしてたんだけど、ちょうどマンションの住人たちが帰ってくる時間帯なので、たくさんの人たちと顔を合わせる。だから、あまりだらしないカッコもできないし、駐車場は夜でも電灯が明るいから、スッピンてワケにも行かない。だからって、夕涼みするだけのために、熱気でムンムンしてる室内でお化粧するのもバカバカしい‥‥ってワケで、あたしが思いついたのが、「誰もいない場所へ行って夕涼みする」って作戦だった。

‥‥そんなワケで、あたしは、多摩川の河原に行って夕涼みしようと思ったんだけど、今は子供たちが夏休み中だから、駅の近くの河原は、中学生や高校生たちがタムロって大騒ぎしてて、ワビもサビもない。その上、あたしだけの秘密の場所は、東急グループの再開発でメチャクチャにされてて、立ち入ることもできない。それで、あたしは、フェラーリF2004(ママチャリ)で、ちょっと上流の静かな場所へ行ってみることにした。多摩川の土手の上にはサイクリングロードがあるから、涼しい川風を受けながらのんびりと漕いでても、10分ほどで東名高速の橋まで行ける。

東名高速の橋まで行かなくても、もっと手前に静かなポイントはたくさんあるんだけど、夕方から夜にかけて1人で夕涼みすることを考えると、何より重要なのは、変質者に襲われないようにすることだ。この辺は、変質者だけじゃなくて、スクーターに2人乗りした引ったくりも出るし、しばらく前にはホームレスのおじさんが殺される事件も起こった。だから、いくら北斗神拳の伝承者で神崎風塵流の免許皆伝のあたしでも、気をつけるに越したことはない‥‥ってワケで、東名高速の橋のとこまで来れば、河川敷には白バイの練習コースがあって、土手沿いの道には警察官が常駐してる「警視庁交通安全教育センター」がある。だから、この辺を夕涼みのポイントにすれば、変質者に襲われる確率を極限まで低くできるのだ。

まだ明るい夕方の4時半くらいに自転車で出発して、途中から土手の上のサイクリングロードに乗ってのんびり走ってると、頭上や背後には青空が広がってるけど、進行方向の西の空にお日様が沈む準備を始めてる。今の時期は、西から南の空にかけて積乱雲(入道雲)が残ってることが多いから、積乱雲の向こう側にお日様が沈みかけてて、積乱雲の面白い形がピンクに縁取られてたりする。こないだは、右を向いたゴジラにそっくりな巨大な積乱雲があって、背中のギザギザのやつまでちゃんとあって、それが夕日を受けてピンクに縁取られてたから、感動するほど美しかった。

東名高速の橋のとこに到着して、自転車を停めて、ベンチや土手のブロックに腰掛けてボーッとしてると、西の空の色が少しずつピンクから紫に変わって行ったり、オレンジとブルーに変わって行ったりして、だんだんに薄暗くなってくる。さっきまで青空だった頭上や背後が、知らないうちにしっとりしたブルーグレーに変わり、対岸のずっと先には、富士山のシルエットが小さく見える。丹沢の山々の稜線と、ところどころに見えるビルや団地の輪郭が、1枚の影絵のように溶け合っていく。お日様は、まだ雲の向こう側に残ってるから、積乱雲のずっと上に点在してる「風にちぎれた小さな雲たち」が、下のほうからの光に照らされて、薄暗い空の中でそこだけ黄金色に輝いてる。二度とおんなじ景を見ることができない、一期一会の空だ。


100828_0111


‥‥そんなワケで、昼間の暑さは変わらないけど、夕方になると、ほんの少しだけ秋を感じられるようになって来た。河川敷の木々から聞こえて来るセミの声も、やかましかったアブラゼミからツクツクボウシに変わったし、暗くなると蚊や羽虫を食べるために土手の上を乱舞してたコウモリの数も、ずいぶん少なくなって来た。そして、何よりも、川風の肌触りが変わった。あれほどねっとりとしてて、肌にまとわりつくような風だったのが、今はサラッとした絹のような肌触りの風に変わった。だから、1時間ほど夕涼みをしてから帰ると、まだ昼間の熱がこもったままの暑いお部屋でも、気持ちだけは涼しく過ごせる今日この頃なのだ。


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2010.08.26

余命という冒険

今月の5日、南米のチリ北部のコピアポ近郊にある鉱山で、作業中に地下500メートル付近で岩盤が崩れる事故が起こり、それより深い場所にいた33人の作業員が生き埋めになった‥‥って聞けば、たいていの人は「もうダメだろう」って思うハズだし、地上にいる作業員の家族たちの頭には「絶望」の二文字が浮かんだハズだ。そして、その通りに、作業員の家族たちも、鉱山会社の人たちも、みんなが諦めた17日後、22日のこと、死んだと思ってた33人全員が、1人も欠けることなく、地下700メートルにある避難用シェルターの中で生存してたことが分かったのだ。何で分かったのかって言うと、岩盤が崩れた場所を掘削した細いドリルの先端に、地下の作業員からの生存を知らせる手紙が結びつけられてたからだ。この時のニュースは、テレビでもチョコっと流れたので、あたしは、鉱山の入り口で喜んで抱き合う作業員の奥さんたちの映像を見た。

避難用シェルターの大きさは、約50平方メートル、フランク・ザッパに言えば、縦5メートル、横10メートルの広さってことで、ニポン風に言えば30畳ほどのスペースだそうだ。ようするに、1メートル×1メートルの正方形が50個ってことで、ここに33人も詰め込まれてるんだから、1人あたり1メートル×1メートルの正方形が1つとちょっと‥‥って感じだと思う。でも、このシェルターだけじゃなくて、もう1つシェルターがあって、そっちをトイレとして使ってるそうだ。そして、シェルターに通じる坑道の一部も生活スペースとして使えてるそうだから、1つのシェルターの中に完全に密閉されてるよりは、精神的にもずいぶんラクだと思う。

避難用シェルターにいる33人は、リーダー格の作業員が中心になって、備蓄してあったツナ缶やビスケットなどを2日に1回、少量ずつ食べ、地下水を飲んで生き延びて来た。そして、24日には地上との通信回線がつながり、現在は、シェルターまで掘った直径15センチの細い穴を使って、水や食料や薬を届けたり、家族との手紙のやりとりができるようになった。だから、あとは、1日も早く救出するだけになった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ここまでは「不幸中の幸い」どころか、「地獄から天国」って感じの流れだったんだけど、ここで生じたのが、救出までに4ヶ月も掛かるって問題だ。まだ岩盤が崩れる危険があるため、坑道を掘って進むことができず、結局、シェルターまで直径60センチの穴を掘って、そこから作業員を1人ずつ吊り上げるって方法を取るしかないそうだ。やわらかい土とかならともかく、硬い岩がたくさんある場所を700メートルも掘るんだから、最新の掘削機を使っても1日に数メートルしか進まないそうで、穴がシェルターに到達するのは4ヶ月も掛かるらしい。

で、ここで浮上したのが、この事実を地下の作業員たちに知らせるかどうか‥‥って問題で、チリ政府は、作業員たちには「知らせない」って選択をした。救出までに4ヶ月も掛かるなんてことを知らせちゃったら、作業員たちに精神的な悪影響を与えちゃうからだそうだ。もちろん、これは、あくまでも「現時点では」ってことなので、このまま1ヶ月、2ヶ月と経過して、作業員たちの間に「いったい、いつまで掛かるのか?」「このまま見捨てられるんじゃないのか?」っていう思いが出て来たりすれば、コロアイを見計らって伝えるんだと思う。

だから、現時点では、政府が家族たちに「手紙には絶対に4ヶ月も掛かるってことだけは書かないように」って指示してて、家族もそれに従ってる。そして、政府は、地下の作業員たちの気晴らしのために、トランプなどを送ることにしたそうだ。一方、地下の作業員たちからは、水や食料の他に、歯ブラシが欲しいっていう連絡があったそうだ。20日以上もお風呂に入れずにいたんだから、せめて歯ぐらいは磨きたいだろう。歯ブラシを欲しがってる作業員たちと、トランプを送ろうとしてる政府。このギャップは、まるで菅内閣の政策を見てるようだ。

‥‥そんなワケで、地下の作業員たちが1日も早く救出されることを祈りつつ、あたしは、もしも自分が閉じ込められてる側だったとしたら、「救出までに4ヶ月掛かる」ってことを知らされないほうがいいか、それとも、ちゃんと知らせてもらったほうがいいか、ちょっと考えてみた。そして、あたしが思ったのは、やっぱり、ちゃんと知らせてもらったほうがいい‥‥ってことだった。たとえば、救出までに1年も2年も掛かるってのなら、またリトル状況も変わってくるけど、半年以内なら、あたしの場合は、知らせてもらったほうが腹をくくって対処できると思った。

閉じ込められてる人たちにとっては、何よりも知りたいのが「いつごろ救出されるのか?」ってことに決まってる。そして、いくら地下700メートルの場所とは言え、そこまで立派な坑道を掘って、シェルターまで作っちゃうほどの技術力があるんだから、地下の人たちは、地上と連絡が取れた時点で、早ければ数日、遅くても2週間程度、最悪の場合でも1ヶ月以内には救出されるって思っちゃうだろう。それなのに、地上からの連絡は、自分たちが何よりも知りたがってる「いつごろ救出されるのか?」ってことにはまったく触れずに、トランプなんかが送られて来る始末。

こんな状況になれば、ちょっとカンのいい人なら、「こりゃあソートー時間が掛かるようだな」ってことに気づくだろう。そして、そんな状態で何日も過ぎてけば、「もしかすると、まだ救出方法が見つかってないのかな?」とか、「ヘタすると救出不可能ってことなのかな?」とか、悪いほうへ悪いほうへ考えちゃうのが人間だ。だから、あたしは、何も今すぐに知らせろとは言わないけど、ある程度、地下の人たちとやりとりして、食料や衣料品などが行き届いた時点で、せめてリーダー格の人にだけでも「4ヶ月くらい掛かる」ってことを伝えるべきだと思う。

‥‥そんなワケで、南米チリの鉱山の地下700メートルのシェルターで作業員33人の生存が確認されたのが22日だけど、地球の反対側のニポンでは、この日の夜遅く、芸能レポーターの梨元勝さんが、前日の21日に亡くなったと報じられた。梨元さんは、今年の5月に肺がんが分かり、そのまますぐに入院して、抗がん剤による治療を続けてたそうだけど、わずか3ヶ月で亡くなったことになる。

テレビ朝日の「スーパーモーニング」で、鳥越俊太郎さんは、梨元さんの訃報を受けて、「これはあくまでも推測だけど」と前置きした上で、「肺がんで緊急入院したのに手術をしないで抗がん剤治療を行なったということは、発見した時点で、すでに手遅れの状態だったのかもしれませんね」とコメントしてた。鳥越さん自身、2005年に直腸がん、2007年に肺がん、2009年に肝臓がんの手術を受けてるから、普通の人よりは詳しいだろうし、あたしみたいなシロートから見ても、鳥越さんの言う通りだったように思う。

だけど、梨元さんは、亡くなるギリギリまで、精力的に仕事を続けてた。報道によると、病室に4台ものケータイを持ち込み、ベッドで取材を続けてたそうだ。そして、亡くなる数日前に一時帰宅した時の映像を見ても、苦しそうに咳き込みながらも、笑顔で「恐縮です!」のフレーズを繰り返してた。その表情からは、「絶対に病気に打ち勝って元気になってやる!」っていう前向きな精神力が感じられたし、ツイッターでのつぶやきにも、前向きな言葉が並んでた。

こうした状況を総合的に見て、鳥越さんのコメントも合わせて考えると、梨元さんのご家族は、お医者様からホントのこと、つまり、梨元さんの肺がんがすでに手遅れだったことや、余命が3ヶ月くらいしかないことを聞かされてて、それをご本人には伝えないようにしてた‥‥ってふうに思えてくる。もちろん、これも単なる推測だけど、もしもそうだとしたら、ご家族の「告知しない」という選択は、正しかったように思う。だって、梨元さん、亡くなるまで生き生きとしてたように見えたからだ。

‥‥そんなワケで、がんに限らず、他の病気でも、もう手遅れの状態で発見されて、家族に余命が告げられた場合、家族はそれを本人に伝えるかどうか、ものすごく悩むと思う。伝えるべきか伝えざるべきか、おんなじように悩むとしても、チリの鉱山の事故のように「あと4ヶ月で救出できる」って内容と、「あと3ヶ月しか生きられない」って内容では、まるで意味が違うからだ。そして、「あと4ヶ月で救出できる」っていうポジティブな情報でも、状況を考えて「伝えない」って選択をしたくらいなんだから、「あと3ヶ月しか生きられない」っていうネガティブな情報なら、告知の選択は遥かに慎重にならざるをえない。

この場合は、本人の仕事や社会的状況、家族構成、余命の長さなど、複数の条件によっても違ってくると思う。たとえば、たくさんの社員を抱えてる会社の社長だったりしたら、余命の問題は自分だけの問題じゃなくなる。本人のことだけを考えて、余命を知らせないっていう選択肢もあるだろうけど、たくさんの社員のことを考えたら、本人に余命を知らせて、会社の引き継ぎとかをきちんとやっておく必要がある。資産を持ってる人の場合も、遺産の分与などを遺書に書いてもらわなくちゃならないから、余命を伝えたくなくても、伝えなきゃならないケースもあるだろう。家族構成にしても、子供や孫が何人もいる人の場合と、あたしみたいに母ひとり娘ひとりの2人だけの家族の場合とでは、状況が違ってくる。

そして、「余命1年」と「余命1ヶ月」とでも、大きく違ってくると思う。自分が「伝える側」だったとしたら、「余命1年」はなんとか伝えられるけど、「余命1ヶ月」はなかなか伝えられないからだ。だけど、これが「伝えられる側」だったとしたら、あたしは、1年だろうが1ヶ月だろうが1週間だろうが、分かった時点ですぐに教えてくれなくちゃ困る。たったひとりの家族である母さんを残して、あたしのほうが先に死ぬんだから、あたしがいなくなっても母さんが生きていけるように、あたしは、残された時間で、できる限りのことをやっておかなきゃならない。ノンキに気休めの治療なんか受けてる時間はない。

‥‥そんなワケで、余命の宣告については、様々な状況がある上に、個人個人の感性の違いもあるんだから、一概に「こうするべき」とは言えない。伝えたほうがいい場合もあれば、伝えないほうがいい場合もある。ただ、ひとつだけ言えることは、やっぱり「本人の意思を尊重すべき」だってことだ。あたしの場合なら、余命の長さに関係なく、分かった時点ですぐに教えてくれなくちゃ困るワケで、これがあたしの意思だ。それなのに、あたしのことを思った母さんが、お医者様から知らされてる事実をあたしに伝えずに、「きっと良くなるからがんばるのよ!」なんて言い続けてたら、あたしもその気になって、結局、死ぬ寸前まで「自分のこと」しか考えずに、残していく母さんのことを何ひとつできずに、そのまま死んでしまう。これじゃあ、悔やんでも悔やみきれない。

だから、あたしは、ずっと前から母さんに言ってる。もしも、あたしが何か大きな病気になり、もしも、お医者様から余命を告げられたら、絶対にソッコーで教えてくれって。そして、母さんも、あたしにおんなじことを言ってる。だから、あたしと母さんとの間では、この問題はすでに解決してる。だけど、世の中では、ほとんどの場合、本人の意思よりも家族側の意思が優先されてるように思う。もちろん、本人のことを思っての選択なんだから、伝えるにしろ伝えないにしろ、そこにあるのは家族の愛情だ。だけど、いくら家族とは言え、人の感性は十人十色なんだから、家族が本人のことを思って「伝えない」という選択をしても、本人は「伝えて欲しかった」「余命が分かっていれば、もっと残された時間を有効に使えたのに」って思うかもしれないのだ。

家族から余命を伝えられなかった人は、自分は治るもんだと思ってるから、何よりも治療に専念する。つらい抗がん剤治療に耐え続けてるのも、「きっと治る!」っていう希望があるからで、まさか「気休め」や「延命」だとはミジンも思ってない。そして、何も知らされないまま死んで行く。だけど、もしも自分の余命を知らされてたとしたら、残された時間で、もう一度だけ見たいと思ってた思い出の場所の夕日を見に行ったり、ずっと会いたいと思ってた昔の友人と会ったり、少しでも悔いが残らないようにできたハズだ。

‥‥そんなワケで、余命を宣告された人たちが、残された人生をどんなふうに生きて、どんなふうに死んでいったのかは、これも人それぞれだ。たとえば、黒澤明の「生きる」(1952年 日本)の場合なら、ずっとマジメに働いてきた市役所の課長が、ある日、末期の胃がんで約半年の余命だと宣告される。課長は、今までの自分の人生は何だったのかと思い、コツコツと貯めてきた貯金を下ろして、市役所を無断欠勤して、お酒を飲みに行ったり、パチンコをしてみたり、ストリップ劇場に行ってみたりする。でも、そんなことを繰り返しても虚しくなるだけだった。そんな時、市役所でかつて部下だった女性との再会をキッカケにして、課長は、また市役所へ復帰する。

そして、映画は、その5ヵ月後に課長が亡くなったシーンへとつながるんだけど、お通夜の席で、同僚や部下たちが、この5ヶ月間の課長の仕事ぶりを語り始める。課長は、地域の住民たちが要望してた公園を作るために、何度も上司にかけあって、とうとう公園を作らせたのだ。そして、課長は、雪の降る夜に、やっと完成した公園のブランコに揺られながら、満足そうに息を引き取ったのだ。ま、あまりにも有名な映画だから、観てない人のほうが少ないと思うけど、これにしたって、余命が半年だったから、最初の1ヶ月は自暴自棄になって遊び歩いたけど、残りの5ヶ月でひとつのことをやり遂げられたのだ。もしも、余命が3ヶ月だったとしたら、志なかばにして亡くなってただろうし、余命が1ヶ月だったとしたら、遊び歩いたまま亡くなってたのだ。

この「生きる」を現代版にしたような映画が、「象の背中」(2007年 日本)だ。秋元康の原作だけど、役所広司が演じた主人公は、建設会社の部長で、「生きる」とおんなじに、がんで6ヶ月の余命宣告を受ける。そして、与えられた短い時間をどんなふうに生きるのか‥‥って流れもおんなじだけど、この「象の背中」の場合は、何かを成し遂げようなんていう大きな話じゃなくて、自分が今までにお世話になった人たちひとりひとりに、お別れの挨拶をしていく。だから、後半の展開はぜんぜん違うけど、余命を宣告された者が自分自身と向かい合い、ホントに自分が望んでたことを見つけ、それを淡々と遂行していくっていう方向性も一緒だ。

一方、まったく正反対なのが、「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」(1997年 ドイツ)だ。「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」って言えば、ガンズ・アンド・ローゼスからアヴリル・ラヴィーンに至るまで、数多くのミュージシャンがカバーしてるボブ・ディランの名曲だけど、この歌のイメージから生まれたこの映画は、余命わずかと宣告された若い男、マーチンとルディーの2人が、病院の末期病室で知り合い、どんせ死ぬなら死ぬ前に海を見ようと、盗んだベンツSLで強奪の旅を続ける。だけど、このベンツはギャングのベンツで、後ろのトランクには大金が入ったアタッシュケースが‥‥ってことで、2人の男は、ギャングからも警察からも追われることになる。

海を目指す男2人は、カップルじゃないけど「俺たちに明日はない」のボニーとクライドみたいなノリで、追いかけるギャングの2人は、「ブルース・ブラザーズ」のジェイクとエルウッドみたいなノリだ。だから、完全に娯楽映画なんだけど、最後の最後にようやく海にたどり着いた2人が、砂浜に並んで座ったとこで、胸に突き刺さるラストシーンが訪れる。娯楽映画でありながら、「人生」や「命」について考えさせられる秀作だ。

そして、最近では、2年前にニポンで公開された「最高の人生の見つけ方」(2007年 アメリカ)も、余命6ヶ月を宣告された2人の男の物語だ。だけど、「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」の2人と大きく違う点は、ジャック・ニコルソンが演じたエドワードも、モーガン・フリーマンが演じたカーターも、2人とも80歳のおじいちゃんだって点だ。もしも、自分が、余命6ヶ月の宣告を受けるとしても、20代や30代で受けるのと、80歳になってから受けるのとじゃ、ショックの大きさはぜんぜん違うと思う。

だけど、両方の映画を観た人なら、「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」の若いマーチンとルディーよりも、「最高の人生の見つけ方」の80歳のエドワードとカーターのほうが、何倍も若々しいってことを知ってるだろう。ま、細かいことを言えば、マーチンとルディーは余命がほとんどなくて、数日間しか生きられないのに対して、エドワードとカーターには余命が6ヶ月もある上に、エドワードは大金持ちだ。だから、「最高の人生の見つけ方」の原題である「THE BUCKET LIST (棺おけリスト)」と名づけたリストを作って、死ぬまでにやりたいことをズラーッと書き出していき、お金の力でカタッパシから実現させていく。

「スカイダイビングをする」「世界一の美女とキスをする」「泣くほど笑う」「見ず知らずの人に親切にする」「荘厳な景色を見る」「入れ墨をする」「ピラミッドを見る」「ライオン狩りに行く」‥‥って、思いつくままに書き出した「棺おけリスト」の項目を次々と実現させていく白人と黒人のおじいちゃんのコンビ。方向性としては、「生きる」の最初の1ヶ月とおんなじだけど、内容の明るさとハデさは段違い平行棒だ。だけど、この映画は、たまたま同時に「余命6ヶ月」を宣告されたおじいちゃんのうち1人が大金持ちだったから成り立ってるストーリーなワケで、コツコツと貯めた貯金を下ろして、パチンコに行ったりストリップ劇場に行ったりする「生きる」のほうが、遥かに現実的だってことだ。

‥‥そんなワケで、今回、例として挙げたのは、どれも「余命を宣告された人がどんな生き方をするか」っていう映画だから、すべて「宣告ありき」で作られてる。だから、「もしも宣告しなかったらどうなってたか?」ってのは、想像するしかないワケだけど、「生きる」の課長や「象の背中」の部長は、倒れるまで働き続けて、そのまま病院に運ばれて亡くなってたと思う。「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」のマーチンとルディーも、「最高の人生の見つけ方」のエドワードとカーターも、余命を宣告されたからこそ人生最後の冒険に旅立ったワケで、宣告されていなければ、自分に残されたわずかな時間を病院のベッドで消費してただろう。だから、何がベストなのかは人それぞれだろうけど、少なくともあたしは、余命を宣告してもらい、残された貴重な時間を悔いの残らないように使いたいと思ってる今日この頃なのだ。


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2010.08.25

福島第1原発で作業員が被ばく

「福島第1原発で作業員が被ばく」(世田谷通信)

多くの住民の反対を押し切ってプルサーマル計画が強引に推し進められている福島第1原発3号機(福島県大熊町)で、下請け会社から派遣されていた60代の男性作業員が、23日、放射性物質を吸い込み被ばくしていたことが分かった。男性作業員は、23日の午前9時45分から午後8時までの間、原子炉建屋で排水弁の分解点検を行なっていたが、作業後の放射能測定で被ばくの疑いが見つかり、再検査によって被ばくしていたことが判明した。東京電力では「人体や環境には影響がない」というお決まりのコメントを発表したが、先月の7月30日にも核燃料再処理工場(青森県六ヶ所村)で30代の男性作業員が漏れた高レベル放射性廃液によって被ばく事故を起こしたばかりである。東京電力は、この福島第1原発の他、福島第2原発、柏崎刈羽原発(新潟県)の3カ所の原発で、80年から90年代までに起こった「ひび割れ」などのトラブルを29件も隠蔽していた前科があり、2002年にこれらの隠蔽が発覚したあとも、原子炉の部品に損傷があるまま運転を続けていた。このように30年近くも隠蔽と嘘を繰り返してきた組織が「プルサーマルありき」で進めている点検作業中に起こった被ばく事故である以上、東京電力側の発表を信用する住民はいないだろう。(2010年8月25日)


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原発利権にまみれた政府が、国民の命を危険にさらしてまで原発を推進している日本では、原発の中で起こっている事故などは「発覚したぶんだけ」しか報道されません。日本の原発については、海外の報道のほうが、日本政府による規制がないために真実を伝えています。

7年前にスペインの新聞「エル・ムンド」に掲載された「日本の原発奴隷」という記事の和訳をお読みください。これを読めば、日本の政府が電力会社と癒着して行なっている真実が分かります。

「日本の原発奴隷」
http://bit.ly/92XCZO

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2010.08.24

「妖怪大迷惑」を配信中!

あたしの大好きな春馬ゆかりさんが雪女役で出演してるお芝居「おねがい鋼鉄ビンタ」のvol.1「妖怪大迷惑」(8月22日の千秋楽)をUstreamで配信してます!

とっても面白くて、ちょっぴりホロリとしちゃう楽しいお芝居、「妖怪大迷惑」を皆さんどうぞ♪


※画面右下の拡大マークをクリックすれば大きな画面で楽しめます。

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2010.08.23

思い立ったが吉日

獲ったどぉ~~~!‥‥ってワケで、買うつもりがなかった今日の「札幌記念」だけど、発走ギリギリに、ふと思い立って買ったら、ミゴトに当たっちゃった! 1ヶ月以上もゴブサタしてた競馬だけど、こないだも書いたように、あたしは、金曜日の夜にはTOKYO FMの「杉本清のK-BAR」を聴いてるし、土曜日にはテレビ東京の「ウイニング競馬」を観てるし、日曜日にはフジテレビの「みんなのケイバ」を観てる。それで、昨日の土曜日も「ウイニング競馬」を観てたら、今日の「札幌記念」の枠順を紹介して、簡単に解説してたので、「昨日のK-BARでもやってたな」って思いつつ、テレビを眺めてた。

そしたら、16頭のうちの半分くらいの知ってる馬の中で、アクシオンだけがヤタラと気になった。アクシオンと言えば、今年の最初の競馬、「中山金杯」で、「男シンジ」こと藤田伸二騎手が、あたしの「エヴァンゲリオン予想」に今年1勝目をもたらしてくれた馬だ。だけど、それ以来、アクシオンは、あたしが予想したレースになると、ことごとく負けて来た。6月の「宝塚記念」でも、あたしの期待は裏切られた。だから、あたしは、「今回こそはアクシオンにがんばってほしい!」って思ったので、こんなことをツイッターでつぶやいた。


あたしは意地でもアクシオンを応援する!でもジャミールも捨てがたい!
3:54 PM Aug 21st webから


ちなみに、ジャミールは、今回とおんなじ安藤勝己騎手とのコンビで、4月の「春の天皇賞」でジャガーメイルやマイネルキッツに負けてるから、今回はリベンジを果たしてほしいっていう思いがあった。とにかく、今回は、「来そうな馬を予想をして馬券を買う」ってワケじゃなくて、単に「好きな馬を応援する」ってノリだったから、あたしは気軽にアクシオンとジャミールを応援しようと思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、馬券を買うつもりのなかったあたしは、今日の日曜日になってからも、競馬のことはぜんぜん考えてなかった。そして、午後2時過ぎになって、お部屋があまりにも暑くて具合が悪くなって来たから、水風呂に入ることにした。プール気分で水風呂に入って、アイス代を節約するために作った、安売りのジュースを凍らせたのを食べて、体を外からと内からとクールダウンしたら、一気に元気になった。そしたら、「競馬を楽しもう!」って気持ちが湧き上がって来た‥‥ってワケで、フジテレビの「みんなのケイバ」が始まった午後3時からのつぶやきを紹介する。


「きっこさんのつぶやき」
http://twitter.com/kikko_no_blog

ウォーターバス(水風呂)に入りつつ、製氷トレーで凍らせた「なっちゃん」のオレンジを食べつつ、TOKYO FMで山下達郎と竹内まりやの納涼夫婦放談を聴いてたら、完全復活した。さあ、競馬だ!

昨日から言ってるように、あたしはアクシオンとジャミールだ!これは「ヤケクソ」じゃなくて「チャレンジ魂」なのだ!

おおっ!井崎さんがジャミールをあげとる!

おおっ!ヒロシさんはアクシオンをあげとる!

アクシオンとジャミールの他に、脚が曲がって生まれたのにがんばってるロジユニヴァースも買った。この3頭で勝負だ!

さすがに3連単は買わなかったけど、 3連複でも「5-10-15」は入ればでかいぞ!

よっしゃーーー!!ロジユニヴァースとアクシオンのワイドと複勝、獲ったどぉーーー!!

買ってたのは、3連複で5-10-15、ワイドで5-10、5-15、10-15、複勝で5、10、15、ぜんぶで700円ぶんだから、ワイドと複勝2つの的中で絶対にプラスだな。ヒヒーン!

お正月の金杯で勝たせてくれたアクシオンが、またまたがんばってくれたことは嬉しいんだけど、金杯でアクシオンに乗ってた男シンジは、ヒルノダムールでダメだった。やっぱり男シンジはダメなのかな?

おおっ!ワイドの5-10が3590円もツイッター!複勝は5が430円、10が380円。ぜんぶで4400円の配当!投資の700円を引いて3700円の勝ちだ!

結局、エヴァにコジツケした「エヴァ予想」をするよりも、ただ単にあたしの好きな馬を買ったほうが当たるってことか?(笑)


‥‥そんなワケで、解説をすると、昨日から今回の競馬は「応援するだけ」って思ってたし、あまりの暑さでモノを考える気力もなくなってたあたしは、ぼんやりとテレビ観戦するだけのつもりでいた。だけど、水風呂に入って元気になったに、心も体も脳みそもシャキーン!とリフレッシュしちゃって、やる気マンマンになっちゃったのだ。それで、「みんなのケイバ」を観始めたら、「せっかくだから久しぶりに馬券を買おう」って気持ちになって、大急ぎでJRAの「即PAT」にアクセスした。そして、あたしが応援してるのはアクシオンとジャミールの2頭だけだから、銀行口座から1000円だけ移動した。

で、アクシオンとジャミールの馬番を確認するために、インターネットで「札幌記念」の枠順表を見てたら、ロジユニヴァースに何の印もついてないことを知った。あたしが見たのはニフティの競馬コンテンツの枠順表だったんだけど、6番のアーネストリーに◎、1番のマイネルスターリーに○、11番のシャドウゲイトに☆がついてて、あとは、ヒルノダムールが△、マイネルキッツが×、ジャミールが▲だった。アクシオンは仕方ないとしても、ロジユニヴァースは去年のダービー馬なのに、いくら今年に入ってからパッとしないからって、何の印もついてないのは寂しすぎる。

オグリキャップのように脚が曲がって生まれて、オグリキャップのようにがんばってダービーを制したロジユニヴァース。それなのに、たかだか2レース、パッとしなかったからって、G2で無印だなんて寂しすぎる。それで、あたしは、急きょ、ロジユニヴァースも応援することにした。何しろ、今回は、エヴァンゲリオン予想でもコジツケ予想でもなくて、あたしが「応援したい」と思った馬を応援するために馬券を買うんだから、すべては自分の心の動きに従うだけだ。

そして、最初から応援するつもりだったアクシオンが5番、ジャミールが15番だったとこに、ロジユニヴァースの10番が加わっちゃったから、5番、10番、15番てワケで、これは激しく覚えやすい。記憶力がニワトリ並みのあたしでも、この数字なら間違えずに買える。そして、あたしは、ポンコツパソコンの重たい動作を少しでも軽くするために、別窓でひらいてた枠順表を閉じてから、「ゴー、ジュー、ジューゴ」「ゴー、ジュー、ジューゴ」って言いながら、「即PAT」の投票窓口をひらいて、「札幌」「新潟」「小倉(こくら)」の中から「札幌」をクリックした。そしたら、赤い文字で「本日のメインレースの札幌記念は9Rです」的な案内が表示されたから、もう、発走5分前でアセリマクリスティーだったけど、できるだけ落ち着いて、ひとつひとつ確認しながらクリックした。

「9R」→「100円」→「3連複」→「5」「10」「15」→「決定」→「ワイド」→「5」「10」→「決定」→「5」「15」→「決定」→「10」「15」→「決定」→「複勝」→「5」→「決定」→「10」→「決定」→「15」→「決定」→「終了」、これで画面が切り替わったから、自分の買った馬券を確認してから、暗証番号と合計金額を半角で打ち込み、「送信」だ。今日は、どうしたワケか、いつもよりパソコンの調子が悪くて、途中で一度、ログアウトしちゃって、「ID入力からやりなおしてください」とか表示されちゃって、あたしのアタフタ具合はピークを超えちゃったけど、それでも何とか、発走1分ちょっと前には完了した。

‥‥そんなワケで、たかが700円でも、お仕事をお休みしてるあたしにとっては大切なお金だから、さっきまでは軽い気持ちで「応援しよう」って思ってたレベルだったのが、テレビの前に正座して、両手をグーにして画面を凝視するほどの気合いの入れようにパンサーチェンジ(豹変)しちゃった。そして、レースはスタートして、3番のドリームサンデーが逃げる展開で進んでった。あたしの買ってる3頭は、ロジユニヴァースが2番手、アクシオンが中団の真ん中、ジャミールがもう少し後ろだった。

あたしは、アクシオンが前後左右を囲まれてるから心配してたんだけど、岩田騎手がワンダホーに抜け出してくれて、直線の手前でスルッとマルッと外側に出てくれた!ジャミールも外に出てるし、なかなか期待できる形での直線。最後は、ヒルノダムールの男シンジが意地を見せてがんばったけど、アクシオンのほうが末脚に余裕があった。1着は3番手の好位置から差したアーネストリーだったけど、あたしとしては、2着にロジユニヴァース、3着にアクシオンが入ったことのほうが狂喜乱舞だった!

さらには、4着が男シンジのヒルノダムール、5着が安藤勝己騎手のジャミールだったから、あたしの応援してた馬は、2着、3着、5着に入ったワケだし、馬券には関係ないけど、ジャミールは、ジャガーメイルとマイネルキッツに「春の天皇賞」のリベンジを果たしたことになる。なんて素晴らしい結果なのだ!その上、配当が発表になったら、1着の6番アーネストリーは1番人気だったから、ワイドは、6-10が840円、5-6が770円だったのに、あたしり買ってた5-10は人気のない馬同士の組み合わせだったから、ナナナナナント! 3590円もついちゃったのだ!

さらには、今回は3頭とも複勝を買ってたから、5番が430円、10番が380円になって、ツイッターでもつぶやいたように、投資した700円を引いて3700円も儲かっちゃった! 100円ずつしか買ってない上に、的中したのがワイドと複勝っていう低配当の馬券だってことを考えれば、これはミラクルだ! さんざんアレコレと考えて、3連単だ3連複だ馬単だ馬複だと何十種類も買っても、ぜんぶパーになっちゃう場合だってあるんだから、わずか700円だけで、それもワイドと複勝で4000円以上の配当だなんて、これは凄いことだ!特に、今のあたしにとっては、とってもアリガタイザーな収入で、2回ぶんの病院代になる。

‥‥そんなワケで、お金のことばっかり言ってるのもアレなんて、少しは競馬のことも言わせてもらうと、今回の「札幌記念」を観戦して「おおっ!」って思ったのは、1着になったアーネストリーの走り方の美しさだ。最初のころは、毛の色の違いくらいしか分からなかったあたしも、最近は顔の違いも馬体の違いも分かるようになって来たんだけど、何よりも分かるようになったのが、走り方の違いだ。おんなじように見えるサラブレッドなのに、ドタバタと走る馬もいれば、滑らかに走る馬もいて、それぞれ走り方に特徴があることが分って来た。

そんな中で、今回のアーネストリーの走り方は、他の馬よりも数段美しかった。特に、コーナーから立ち上がるとこを正面から映した映像が素晴らしかった。気になる人は、コレを観てもらうとして、あたしは、今日の「札幌記念」を観て、このアーネストリーって馬は、もっともッと上まで行く馬だと思った。6月の「宝塚記念」の時には、パワーを無駄にするドタバタした感じの走り方に見えたのに、今回は、まるで別人‥‥じゃなくて、別馬のような走り方だった。

「たられば」の話をしてもジンジャエールだけど、もしも、アーネストリーが、「宝塚記念」の時に今回みたいな走り方をしてたら、ナカヤマフェスタにもブエナビスタにも負けなかったと思う。ナカヤマフェスタもブエナビスタも名前の最後が「スタ」だから、2頭マトメてスタスタと差し切ってたと思う。だけど、どんなに魅力的な馬でも、今回、1番人気で1着になっちゃったから、この次のレースでも、絶対に1番人気になるワケで、配当的にはぜんぜん美味しくない。競馬を楽しみつつも、できるだけ生活費の足しにしたいと考えてるあたしとしては、配当の低い1着を当てるよりも、今回みたいに、人気のない馬の2着と3着をワイドで当てたほうがラクになる。

‥‥そんなワケで、ツイッターでも「結局、エヴァにコジツケした「エヴァ予想」をするよりも、ただ単にあたしの好きな馬を買ったほうが当たるってことか?(笑) 」ってつぶやいたけど、今回、もしも「エヴァンゲリオン予想」をしてたら、あたしは、きっと、12番のサクラオリオンを選んでたと思う。「みんなのケイバ」のヒロシさんは、井崎さんをマネした「裏予想」でサクラオリオンをあげて、夏の甲子園大会で沖縄の興南高校が優勝したから、沖縄と言えばオリオンビール‥‥だなんてどうしようもないことを言ってたけど、あたしの場合は、早希ちゃんの「桜」と「エヴァンゲリオン」を合体ロボさせて「サクラゲリオン」てワケだ。そして、初号機に該当するアクシオンと、弐号機に該当するサクラオリオンから3連複をアチコチに流して、結果、完全に沈黙‥‥ってパターンになってただろう。だから、これからは、今まで通りにコジツケ予想を楽しみつつも、コジツケばかりにこだわらずに、今回みたいに「自分の好きな馬」や「自分の応援したい馬」にも目を向けてこうと思った今日この頃なのだ。


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2010.08.20

スタジオジブリの英断

今年の4月の終わりころのことだけど、夜中にお酒を飲みながら、ツイッターで、レゲエとかアフリカン・コンテンポラリーとかの好きな音楽をYOU TUBEで探してきて、DJ気分で紹介して遊んでた。その中で、あたしは、南アフリカの「マハラティーニ・アンド・ザ・マホテラクイーンズ」も紹介して、故・マハラティーニおじさんのことを「ソウェトのライオン」て書いた。「ソウェト」ってのは「South Western Townships (南西居住地区)」の略なんだけど、マハラティーニ・アンド・ザ・マホテラクイーンズのニポンでの最初のアルバム、「パリ~ソウェト」がクアトロレーベルからリリースされた時に、マハラティーニおじさんのことを「ソウェトのライオン」て紹介してたからだ。

そしたら、ある人から「本当はソウェトじゃないけどね」っていうコメントが返って来た。それで、あたしは、相手が誰なのかも確かめずに、「おおっ!マニア!」って返信をした。実は、マハラティーニおじさんは、ソウェトの出身じゃないんだけど、「アパルトヘイトで虐げられてた黒人たちの間に立ち上がったヒーロー」的なイメージ作りのためなのか、当時、「ザ・ライオン・オブ・ソウェト」っていうキャッチコピーで紹介されたのだ。だから、あたしは、そんなことまで知ってるほどのアフリカ音楽のマニアなんだと思った。

それで、返信を送信してから、ふと見てみたら、その人のIDが「masataka_ishida」だったので、あたしは「まさか?」って思いつつ、その人のホームを見に行ってみた。そしたら、思った通り、レゲエやアフリカ音楽の専門家で写真家の石田昌隆さんだったから、あたしはアセリマクリスティーになっちゃって、「石田さんとは知らずに失礼しましたー!」って追伸した。それで、Fカップの胸をホッとなでおろしてたら、石田さんとあたしとのやりとりを見てた「ソウル・フラワー・ユニオン」の中川敬さんから、「石田昌隆氏。俺が最も信頼を置いている音楽フォト・ジャーナリスト。辺野古のことなども熱心に追ってくれる数少ない音楽界の人間です。著書も素晴らしい!の一言。」っていうダイレクト・メッセージが届いた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、すぐに敬さんにダイレクト・メッセージで返信したら、敬さんもまた返信してくださった。


kikko_no_blog 石田さんのお名前はミュージックマガジンを始めいろいろなところで目にして知っていました。でもその石田さんとは気づかずに「マニア!」とレスしてしまったので、気づいてすぐに「失礼しましたー!」と追レスしました(笑)ありがとうございます☆

soulflowerunion 石田さんとはこの十年、打ち上げで頻繁に一緒に呑むのですが、「こないだの<きっこのブログ>読んだ?」と言い合える数少ない友人なのですw。彼は「読んだことがある」どころか、こまめにチェックしてますよ。ちなみに今日のDJ選曲、ばっちり!では。


そんなこんなで、あたしは、これをキッカケに石田昌隆さんをフォローさせていただいたんだけど、さすが専門家だけあって、とってもディープでマニアックなアフリカ音楽の情報とかを発信してて、ものすごくアリガタイザーだしタメニナルザーだ。で、石田さんをフォローさせていただいてから3ヶ月半が過ぎた今月の15日のこと、あたしのTL(タイムライン)に、石田さんのこんなつぶやきが表示された。


「石田昌隆さんのつぶやき」
これは酷い http://bit.ly/b8lFRj
「福島第二原子力発電所エネルギー館」には「どんぐり共和国」という施設があり「スタジオジブリ」のキャラクターグッズがいっぱいだそう http://bit.ly/cN0h6A
2:53 AM Aug 15th webから


みんなの大好きなジブリが、子供たちに夢を与えてきたジブリが、まさか原発のPRに加担してただなんて、あまりにも酷すぎる! ニワカには信じがたいことだけど、リンク先を見ると、ちゃんと福島原発の公式ホームページにも紹介してあるし、ここを訪ねたっていう人のブログには、ジブリのグッズの販売だけじゃなくて、「魔女の宅急便」の世界をイメージして作られた喫茶店までもが紹介されてる。

ちょうど夏休みで、「借り暮らしのアリエッティー」が公開中ってこともあって、石田さんが発信したこの情報は、一気にリツイートされてネット上に広まった。そして、たくさんの人たちが、この問題について、自分の意見を発信し始めた。ほんの一部を紹介すると、こんな感じだ。


「vainic さんのつぶやき」
http://twitter.com/vainic/status/21168591810
宮崎サン亡き後はこういう使い方されまくるんだろな


「ita さんのつぶやき」
http://twitter.com/itanthe3rd/status/21195332489
ジブリのファンタジーは放射能が不可欠か?なるほど、そうですか。子供には見せられませんね。


「tadzio さんのつぶやき」
http://twitter.com/tadzi0/status/21157729285
一度冷静になって問題を整理した方が良いと思います。現時点で把握できる事実だけではジブリ本体の過失は考えられません。キャラクターグッズをどこで売るか などというところまでコントロール出来ないでしょう。


「murakaka さんのつぶやき」
http://twitter.com/murakaka/status/21159133317
しかし、ジプリのキャラクターが原発はエコだという啓発に効果をあげているのは見逃せないと思う。作品本来の魅力をも奪うのでは?


「mugla さんのつぶやき」
http://twitter.com/mugla77/status/21222730875
昨夜から色々考えてるのですが、我々原発反対派はジブリキャラが原発PRに使われるなど、ありえない、と思いますが、世間一般では原発=クリーンが浸透していて、ブログにあるようにジブリと原発はピッタリと思う人が多いのかも、とか考えてしまいました。


‥‥そんなワケで、みんなジブリが大好きだから、宮崎アニメが大好きだから、いろんな意見が出たけど、ほとんどの人に共通してるのは「ガッカリした」っていう落胆の気持ちだった。だって、今の人たちが便利で快適な生活を続けるために、未来をになう子供たちに危険極まりない「負の遺産」を押しつけようとしてるのが原発なのに、そんな最低最悪な害悪のPRをジブリがやってただなんて、心の底から悲しくなる。あたしも持ってる黒猫のジジのぬいぐるみが、原発のPRのためのペテン喫茶店に飾られてただなんて、こんなに酷いことはない。

それで、この事実を知った多くの人たちが、16日から17日にかけて、直接、ジブリに電話をしたりメールを送ったりして、質問をした。そしたら、ジブリは、ものすごい速さで対応して、18日付で、次のコメントを公式サイト上で発表したのだ。


「福島第二原子力発電所エネルギー館」における「どんぐり共和国」の運営について

 首記の件につきまして、昨日まで弊社あてにメールと電話で複数お問い合わせをいただきました。この場を借りて、スタジオジブリの見解と対応について述べさせていただきます。

 「福島第二原子力発電所エネルギー館」の中に開設されている、スタジオジブリのライセンス商品を販売する「どんぐり共和国」につきましては、重大な判断ミスでした。誤解を招くものであり、弊社として、考えが足りませんでした。お詫び申し上げます。
 スタジオジブリが他の企業・団体等の広報活動にジブリ作品のキャラクターを使用させることは、新作映画のタイアップ等を除き一切行なっていません。作品とキャラクターのイメージを守るために、これまでずっとその方針を貫いて参りました。今回のケースはその事例にあたると判断し、弊社は、この施設への「どんぐり共和国」出店を即刻取り止めるよう指示しました。これから、関係者の皆様には、多大なご迷惑をおかけすることになりますが、何卒、ご理解ご了承下さいますよう、お願い申し上げます。

 今回の件につきましては、スタジオジブリとして思慮が足りなかったことが原因です。改めて、お詫び申し上げます。また、これを機に取引先やキャラクターの使用について改めて総点検し、今後このような問題が起きないよう努めてゆく所存です。

 何卒ご理解下さいますよう、重ねてお願い申し上げます。これに懲りず、これからも、スタジオジブリ作品を応援していただければ、本当に嬉しく思います。

2010年8月18日
スタジオジブリ代表取締役社長 星野康二
http://www.ghibli.jp/10info/006296.html


あたしは、この星野社長の公式コメントを読んで、決して大ゲサじゃなくて、感動して涙が止まらなくなった。公約を反故にした政権与党の政治家も、消費者を裏切った大企業の経営陣も、みんなそろって「形だけの謝罪」と「イイワケ」に終始する今日この頃なのに、ジブリは、今回の問題に対して、何のイイワケもせずに、「重大な判断ミス」だったと謝罪した上で、問題の施設への出店を「即刻取り止める」と決断したのだ。

このコメント上では、「スタジオジブリが他の企業・団体等の広報活動にジブリ作品のキャラクターを使用させることは、新作映画のタイアップ等を除き一切行なっていません。」として、あくまでも「対象が原発だったからではなく、どんな企業であっても」ってふうな表現をしてる。だけど、この素早い対応を見れば、明らかに「対象が原発だったから」ってことは一目瞭然で、他の企業だったら、もっと時間を掛けて、双方での話し合いを煮詰めてから発表してたハズだ。だけど、「これから、関係者の皆様には、多大なご迷惑をおかけすることになりますが、何卒、ご理解ご了承下さいますよう、お願い申し上げます。」っていうコメントからも分かるように、まだ原発側とは、最終的な話し合いまで到達してない時点で、何よりも先に、誤解を与えてしまった多くのファンに向けてメッセージを発したってことになる。

企業側が無断でやってたことならともかく、ちゃんと契約を結んだ上でのことなんだろうから、こうした流れで出店を取りやめれば、ジブリ側が損害賠償を請求される可能性も高い。だから、本来であれば、まずは先方と話し合い、キチンと結論が出てから公式コメントをリリースするのが普通だ。だけど、そうした大人の事情にはいっさい触れずに、自分たちがこれまで貫いてきた方針に反すると明言した上での英断。これは、今回の問題の対象が、ジブリが何よりも大切に思ってる「子供たち」を不幸にする「原発」という地球にとっての最大の害悪だからだろう。

ジブリが、「他の企業・団体等の広報活動にジブリ作品のキャラクターを使用させ」ない理由を「作品とキャラクターのイメージを守るため」としてる以上、今回のような問題が起こった場合、その企業がどんな企業だったかは大きなポイントだ。利益の一部を社会に還元してる優良な企業だった場合と、広域暴力団が資金源にしてるフロント企業だった場合では、「作品とキャラクターのイメージ」に与えるダメージは大きく違う。だから、今回、異例の速さで的確な対応を見せたのは、それだけジブリが「原発」に対して「作品とキャラクターのイメージ」に悪い影響を与える対象だと判断したからに他ならないと思う。

‥‥そんなワケで、今回の星野社長の公式コメントは、「原発に反対」というダイレクトなメッセージこそなかったけど、文脈やリリースまでの流れを見れば、ジブリが「原発に反対」であることは明白であり、その強い思いは多くの人たちにちゃんと伝わったと思う。だから、あたしは、ホントに素晴らしいコメントだと思い、心から感動した。政治家しかり、大企業の経営者しかり、世の中の大人たちなんて、とても子供たちのお手本にはできないようなペテン師や嘘つきばかりの世の中で、こんなにも純粋で、こんなにも筋を通してくれる大人がいたなんて、あたしは、オムライス党のみずほたんが罷免を覚悟で沖縄の人たちの思いを代弁した時とおんなじくらいに感動した。

あたしは、筋の通らないことが大嫌いだから、自民党も大嫌いだし、みんなの党も大嫌いだし、今の菅内閣にもヘキエキとしてる。今までずっと何年間も「沖縄のべ巣軍基地は海外へ移転すべき」とか「国民のことを考えたら消費税は絶対に引き上げるべきじゃない」って言い続けて来た菅さんが、総理大臣になったトタンに、一瞬で官僚のマリオネットに成り下がっちゃって、今までとは正反対のことを言い出したからだ。

だけど、あたしが、今の菅さん以上にムカついてるのが、その前のハトポッポだ。4月1日の日記、「わくわく原子力ランド」に詳しく書いてるけど、ハトポッポは「原子力は地球温暖化に対して優等生だ」なんてスットンキョーなことを言い出して、国民の血税を1億5200万円も無駄遣いして、子供たちを洗脳するために、小学生用の「わくわく原子力ランド」と中学生用の「チャレンジ!原子力ワールド」っていうトンデモ本を全国に配布したからだ。この中に、どれほどの大嘘が書かれてるかは、過去ログで細かく指摘してるけど、子供たちに嘘までついて「原発は安全でクリーン」だなんてデマを教え込もうだなんて、大人の風上にもおけない最低のペテン師だ。

ま、ハトポッポが最低のペテン師だってことは、沖縄の普天間飛行場のテンマツを見ただけでも分かることだ。5月までのハトポッポの動きをチェキしてみると、沖縄の県民大会の翌日に上京した代表団との面会はスルーしてるクセに、原発のセールスでは時間を惜しまずに動き回ってたってことがよく分かる。ようするに、ハトポッポにとっては、沖縄の問題なんて二の次で、何よりも重要だったのが、自分の選挙地盤の室蘭市のメイン産業である「原子炉」のセールスだったってワケだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、嘘ばかりつく政治家、嘘ばかりつく大人たちにヘキエキとしてたから、今回のジブリの決断は、ホントに胸の空くような思いがした。そして、ジブリを好きでいて、ホントに良かったって思うことができた。この気持ちは、今回の問題で心を痛めてた数え切れないほどのジブリのファンたち、全員に共通してると思う。原発利権で真っ黒に汚れた政治家どもが、いくら嘘に嘘を重ねて子供たちを騙そうとしても、「となりのトトロ」や「魔女の宅急便」、そして何よりも「風の谷のナウシカ」を有するジブリが、原発のPRに加担することをハッキリと拒否してくれたんだから、これこそが、この国の未来をになう子供たちへの最高のメッセージになったと思う今日この頃なのだ。

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2010.08.19

隠しコマンド発見!

このゲーム、たくさんの人がチャレンジしたと思いますが、ナナナナナント!隠しコマンドが存在したのです!


隠しコマンドを実行すると、通常モードよりも難度の高いハードモードで遊べちゃいます♪
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【隠しコマンドの操作方法】

(1)タイトルシーンで走行中のトラックを69回クリックするとボタンが登場。
(2)登場したボタンをクリックするとハードモードが起動します。
※トラックを70回以上クリックするとボタンがなくなります。


☆ハードモードをクリアすると、歴代マスターに栄光の鍵マークがつきます!
☆ハードモードのスペシャル演出として、プレイ中に69個目のドアを2回クリックすると、空き巣が踊りだします!

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2010.08.18

ザ・コレクション・ヴィンタートゥール

今日は、母さんとデートする約束をしてて、母さんもあたしも見たくて見たくてたまらなかった「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」を世田谷美術館に見に行くことにしてた。とにかく、ゴッホ、モネ、ルノワール、ピカソ、ルソー、クレー、ジャコメッティを始めとしたソーソーたる顔ぶれの作品、90点すべてが、ニポン初公開なのだ。本来は、スイスまで行かなきゃ見ることができない名作の数々が、家の近所の世田谷美術館で見られるんだから、こんなチャンスはない。いつもなら「高いなあ」って感じる1300円の入館料も、今回ばかりは安すぎるくらいだ。

だけど、もう1ヶ月以上もお仕事をしてない上に、病院代が掛かり続けてるあたしとしては、食費ですらギリギリまで切り詰めて生活してるんだから、自分の楽しみのためなんかに無駄遣いはできない。でも、久しぶりの母さんとのデートだから、タマにはゼイタクに楽しみたい。それで、あたしは、朝イチでパチンコ屋さんへ行って、少し稼いで来ることにした。母さんと約束してるのはお昼だから、打てる時間は2時間しかないけど、美術館の入館料とお昼ご飯代を2人ぶんだから、5000円もあれば十分だ。ゴージャスに最高級のうなぎを食べるとしても、7000円くらいあれば足りるから、確変を1回引けばOKってワケだ。

で、朝イチでパチンコ屋さんへ行って、海物語の沖縄のシマを見て回ったら、今まで一度も負けたことがない相性バッチリの台がイイ感じだったので、まずはその台で打ち始めた。そしたら、最初の1000円が無くなる前の17回転目に、沖縄の民族衣装を着たマリンちゃん、サム、ワリンちゃんが登場して踊りだして、全回転リーチになって、ジュゴンで当たった!沖縄は数え切れないほど打ってるけど、全回転は2回目だ。結局、4連チャンして、時短でノーマルを引き戻すも昇格しなかったから、次の時短を回して終わりにした。5箱だけど出玉が少なくて6750玉くらいだったから、端数はタバコ用にカードに貯めて、6000玉だけを交換して、21000円になった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、1000円の投資で21000円なので、ピッタリ20000円稼ぐことのできたあたしは、パチンコよりも激アツな気温の中、フラフラと歩いて自宅へ帰った。そして、まだ時間はタップリとあったから、シャワーを浴びて、左手で必死にお化粧して、出かける支度をした。アクティブな母さんは、きっと「自転車で行こう!」って言うと思ったので、あたしは先手を打って電話して、「今、エアコンがよく効く涼しい日産マーチを借りてるから、車で迎えに行くからね」って伝えた。母さんは、電動アシスト付きの自転車だからいいけど、あたしのフェラーリF2004(ママチャリ)じゃ、世田谷美術館までの長い急坂を上れない。それに、こんなに暑いんだから、平坦な道でも自転車なんて漕いでられない。

せっかく、ゴッホやモネやルノワールの名作を見に行くのに、到着したら汗べっちょりなんて最悪だ。だから、駐車場代が掛かっても、今日は車にしようと思った。そしたら、母さんも、意外とすんなりと「オッケー!じゃあ待ってるね!」なんて返事してたから、きっと、この暑さに閉口してたんだと思う。ちなみに、あたしの借りてる日産マーチは、いつもお世話になってる自動車工場がお盆休みなので、その間、タダで貸してもらってる。工場長が、あたしが片手しか使えないのを心配して、パンダを預かってくれて、代わりにオートマのマーチを貸してくれた。

で、あたしは、エアコンの効く涼しいマーチで母さんを迎えに行き、自転車だと30分以上はかかる上に汗だくになる道のりをわずか数分で、涼しく爽やかに世田谷美術館へ到着した。母さんは、10時ころに朝ご飯を食べたって言うし、あたしもそんなにお腹は空いてなかったので、お昼ご飯は後回しにして、先に「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」を見ることにした。駐車場に車を停めてドアを開けると、モワ~ッという熱気とセミの大合唱が出迎えてくれた。世田谷美術館は、広大で緑豊かな「砧(きぬた)公園」の一角に併設されてるから、周りは森みたいな感じなのだ。


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美術館までの木陰の道は少し涼しかったけど、木陰を出たら、もう倒れそうなほどの暑さで、今回の展覧会の目玉になってるゴッホの「郵便配達人 ジョセフ・ルーラン」のポスターや看板を眺めながら美術館の入り口に到着したら、熱中症対策なのか、単なるサービスなのか、無料で冷たいお水が飲めるように、2つのタンクと紙コップが用意されてた。展覧会を見に来た人たちは、ほとんど全員がお水を飲んでて、母さんとあたしも、もちろんご馳走になった。とっても美味しかった。


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中へ入ると、エアコンが効いてて、生き返った。あたしは一般だから1300円、母さんは65歳以上だから1100円、合計2400円払ってチケットを買い、そのまま先へと進んだ。あたし1人で来たり、母さん1人で来たりもするけど、母さんと一緒に来るのは、4年前に木版画家の吹田文明展を見に来て以来だ。やっぱり、母さんと一緒が何よりも嬉しい。


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‥‥そんなワケで、今回の「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」ってのは、「スイス発、知られざるヨーロピアン・モダンの殿堂」っていうサブタイトルがついてるんだけど、スイスのチューリッヒにヴィンタートゥールっていう小さな都市があって、そこの「ヴィンタートゥール美術館」のコレクションを公開するっていう展覧会だ。この美術館には、ヨーロッパ近現代美術の優れたコレクションがマウンテンなんだけど、これまで、数点だけを他へ貸し出すってことはあっても、すべてのコレクションをマトメて貸し出すのは今回が初めてなのだ。

だから、今回、展示されてる、ゴッホ、モネ、ルノワール、ピカソ、ルソー、クレー、ジャコメッティ、ルドン、コロー、ドラクロワ、ピサロ、ドガ、ゴーギャン、ホードラー、ドニ、ユトリロ、ヴァロットン、カンディンスキー、ブラックなどなど、あまりにもワンダホーな大芸術家たちの作品、90点は、すべてがニポン初公開なのだ‥‥って、これは最初にも書いたけど、とにかく、母さんもあたしもワクワクのドキドキだった。そして、最初の展示室、「フランス近代1/ドラクロワから印象派まで」に足を踏み入れると、「おおっ!」、あたしは、最初の1枚目の作品からぶっ飛んだ!写真でしか見たこのがない、ドラクロワの「グレーハウンド犬を伴うアルジェの女」の本物だ!‥‥つーか、こんなにちっちゃかったの? もっと大きな絵かと思ってたのに、週刊誌をひとまわり大きくしたくらいのサイズだった。

だけど、ビックル一気飲みだったのは、どの絵にも柵やロープがなくて、それこそ、絵の5cmのとこまで顔を近づけて見ることができたのだ。ちょっと進むと、今度は、モネの「乗り上げた船、フェカンの干潮」、そして、シスレーの大作、「朝日を浴びるモレ教会」がドドーンと! あたしは、ロープが張られてないことをいいことに、絵の30cmくらいのとこまで顔を近づけて、油絵の具の立体感、ブラシやペンティングナイフによって造形されたカンバス上の陰影をシッカリと瞼に刻みつけた。

まだ、最初の展示室の最初の1列を見ただけなのに、あたしは、もうコーフンの絶頂だった。母さんも、遠くから眺めたり、絵に近づいたりして、1枚の絵にタップリと時間をかけて鑑賞してる。夏休みなので、それなりにお客さんは多かったけど、それでも十分に余裕があったので、気に入った作品のとこでずっと立ち止まってても、後ろからせっつかれることもなく、ゆっくりと鑑賞できた。

で、シスレーの「朝日を浴びるモレ教会」の次は、これまた凄い! ドガのブロンズ像、「立っている馬」だ。サスガに、これは、透明なケースの中に展示してあったけど、ただ単に立ってるだけのように見える馬なのに、近づいてよく見ると、首や脚の筋肉の張り方や、少し上に上げてる尻尾とかが、出走前のサラブレッドの緊張を表現してる。高さが30cmほどの小さめのブロンズ像なのに、もの凄い迫力だ。あたしは、一瞬、「石川喬司先生にプレゼントしたら喜ぶだろうな」って思ってから、ハッ!とした。だって、この「立っている馬」の値段は知らないけど、ドガのブロンズ像と言えば、去年、有名な「踊り子」が、17億円で落札されてるからだ。だから、そこまではしないにしろ、あたしが一生かかっても、トーテー買えるワケがないことは火を見るより明らかだ。

‥‥そんなワケで、90点もある作品をひとつひとつこんな調子で書いてくワケにも行かないので、ザクザクと進んでくけど、この最初の展示室は、反対の面が「フランス近代2/印象派以後の時代」の展示で、ここの目玉は、ポスターにもなってるゴッホの「郵便配達人 ジョセフ・ルーラン」だ。サスガに目玉だから、ちょっと特別な感じに展示されてたけど、それでも、他の作品とおんなじて柵もロープもないから、絵のギリギリまで顔を近づけて、絵の具の立体感を瞼に焼きつけることができた。


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ちなみに、この絵のモデルになったジョセフ・ルーランて人は、ゴッホがアルルで暮らしてた時にすごくお世話になった人で、ぜんぶで6作も描かれてる。今回、展示されてる作品は、バックが黄色一色で、胸から上を描いた肖像画だけど、アメリカのボストン美術館にある「郵便配達人 ジョセフ・ルーラン」はイスに座ってる全身が描かれた作品だし、オランダのクレラーミュラー国立美術館にある「郵便配達人 ジョセフ・ルーラン」はバックが花柄になってる変わった作品だ。以前、「ムンク展」を見に行った時には、代表作の「叫び」が、微妙にレイアウトや色が違うものから、ペンだけで描かれたモノクロのものまで、何枚も展示されて驚いたけど、ゴッホの場合も、この「郵便配達人 ジョセフ・ルーラン」しかり、「ひまわり」しかり、おんなじテーマで何作も描かれてるんだね。

で、ゴーギャンやルドンの絵画、ロダンやマイヨールの彫刻など、これでもか!これでもか!の名作に溜め息を連発しながら次の展示室に進むと、3つめのエリア、「ドイツとスイスの近代絵画」に入る。ぜんぶで8つもあるエリアの、まだ3つめってとこがシビレちゃうけど、ここでの最初の作品が、マックス・リーバーマンの「カシーネの競馬」だった。手前に茶色のサラブレッドが2頭、奥に芦毛が1頭、ちょうど障害を飛び越えてるとこなので、障害レースだってことは一目瞭然なんだけど、面白いのはジョッキーのスタイルだ。足にはブーツを履いてるけど、頭にかぶってるのがハンチングなので、ナニゲに「ちい散歩」のノリだった(笑)

そして、コリントやホードラー、ジャコメッティやリギーニなどの大作を鑑賞して行くと、4つめのエリア、「ナビ派から20世紀へ」に入る。ちなみに、「ナビ派」ってのは、「俺たちは天使だ」でアジサンドを食べてた人が、後に他人の家を褒めまくるタイコモチへと成長する派閥ってワケじゃなくて、後期印象派のゴーギャンを師事したポール・セリュジエと、象徴主義のルドンを敬愛してたモーリス・ドニが中心になって、1888年にパリで結成されたグループだ。ヘブライ語で「予言」を意味する「ナビ」を名乗ることで、自分たちの先駆性をアピールした。

あたしは、ドニやボナールの本物を見るのも初めてだったけど、一番印象的だったのは、ヴュイヤールの「室内、夜の効果」っていう作品だった。タンスのある部屋に黒ずくめの女性がいる絵なんだけど、タイトルの通リ、独特の陰影がホラーっぽくて、なんとも言えない不思議な印象を受けた。他にも、マルケ、ユトリロ、ヴラマンクと、この時代の作品は、どこか日本人の感覚にも通じる表現や色づかいが多くて、初めて見るのに懐かしいような気持ちになった。

‥‥そんなワケで、次は「ヴァロットンとスイスの具象絵画」、その次は「20世紀1/表現主義的傾向」、その次は「20世紀2/キュビスムから抽象へ」、その次は「20世紀3/素朴派から新たなリアリズムへ」と続くんだけど、ぜんぶ説明してると長くなりすぎちゃうので、さらにザクザクと行くけど、ボルジョーの「キャバレーの中、二人の老人、眠る人」も素晴らしかったし、ヤウレンスキーの「ルネサンス風の頭部」も素晴らしかったし、ピカソの「海岸の男と女」も素晴らしかったし、ローランスの「目覚め」も素晴らしかったし、ルソーの「赤ん坊のお祝い」も素晴らしかったし、他にも、どれもこれもが素晴らしくて書ききれないほどだ。

特に、ピカソの「海岸の男と女」とルソーの「赤ん坊のお祝い」は、昔から写真で何度も見て来た大好きな作品だったから、本物を見ることができて、ただ感動したっていうだけじゃなくて、ずっと会いたかった人にやっと会えたような気持ちになれた。母さんもルソーが大好きだから、本物の「赤ん坊のお祝い」に大感激して、ずっとずっと見てた。結局、母さんとあたしは、2時間半くらい楽しんでたんだけど、それでも、後半は、疲れて来たので早めに回った。だって、ぜんぶで90点もの作品があるんだから、ひとつの作品を1分間ずつ見たって90分も掛かる。気に入った作品のとこで足を止めて、5分も10分の鑑賞してたら、軽く半日は掛かっちゃう量だ。

だから、これから見に行く人にアドバイスしとくけど、入場したら、まずは最後までザーッと見てく。どんなに好きな作品があっても、どんなに興味を引かれた作品があっても、決して長居はしないで、どんどん進んでく。そして、最後まで行ったら、また最初のとこに戻って来て、今度は、好きな作品、興味を引かれた作品だけをジックリと鑑賞してく。この方式にすれば、時間を有効に使えるし、見落としもなくなる。

で、あまりにも感動しちゃったあたしは、いつもはガマンするんだけど、どうしても図録が欲しくなっちゃって、今回はパチンコで稼いだお金があったので、2200円の図録を買った。これで、あとからも、母さんと一緒に楽しむことができる。それから、母さんが一番気に入ってたルソーの「赤ん坊のお祝い」のポストカードと、その絵の赤ちゃんの顔の「金太郎飴」のセットが400円だったから、母さんに買ってあげた。


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駐車場は、最初の2時間までが500円で、そのあと30分ごとに100円なんだけど、あたしは2時間半を超えちゃったので、700円かかった。図録を買ったり、駐車場代を払ったりで、ずいぶんお金を使っちゃったけど、パチンコで稼いだぶんがあったから、まだまだ余裕の優ちゃんだ。それで、あたしは、母さんに何が食べたいか聞いてみたら「何でもいいよ」って言うので、久しぶりに、近くの回転寿司に行くことにした。2人とも、お腹がパンパンになるまで食べたのに、母さんもあたしも好きなのは安いネタばかりなので、3000円でお釣りが来た。

毎日、節約生活を続けてるあたしは、いくらパチンコで稼いだお金とは言え、たくさんお金を使っちゃった今日は、ホントなら後ろ髪を引かれるような気分になるとこだ。だけど、ぜんぜんそんな気分にならなかったのは、一生、見ることができなかったかもしれない素晴らしい作品の数々を間近で鑑賞できたからで、本物の芸術には、お金には換算できない価値があるってことを実感できた1日だった。


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‥‥そんなワケで、世田谷美術館の「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」は、10月11日まで開催してるから、まだまだ時間はタップリある。そして、8月いっぱいは、通常は600円の小中学生が、夏休みってことで特別に無料になってる。だから、小中学生の子供がいるお父さんやお母さんは、このチャンスに、ぜひ見に行ってほしいと思う。何しろ、今回の展示を逃しちゃったら、スイスまで行かないと見られないコレクションだからだ。本物のゴッホ、本物のモネ、本物のルノワール、本物のピカソ、本物のルソー‥‥あまりにも感動的で衝撃的なラインナップだ。絵のことがまったく分からない人でも、入り口で音声ガイダンスのヘッドフォンを借りれば、ひとつひとつの作品の説明を聴きながら鑑賞してくこともできる。詳しくは、こちらの「世田谷美術館」のサイトを見て確認してほしいと思う今日この頃なのだ。


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2010.08.16

警察による言論弾圧事件

人間は、「どんな国に生まれたか」だけじゃなくて、「どんな時代に生まれたか」によっても、その人生が大きく変わっちゃうことがある。たとえば、おんなじニポンに生まれたとしても、おんなじ昭和に生まれたとしても、昭和の初めに生まれた人たちの中には、戦争の犠牲になって、若くして亡くなった人たちもたくさんいる。だけど、あたしのように戦後に生まれた人たちは、少なくとも今日までに自国の起こした戦争で亡くなった人はいない。

そして、戦前に生まれた人たちは、戦争で命を落とさなかった人たちも、家族や親類の誰かを戦争で失ったり、自宅や財産を消失したりと、辛く苦しい思いをした人たちが多い。当時のニポンは、今の北朝鮮みたいな国だったから、軍や警察による横暴がまかり通ってて、軍や警察によって苦しめられたり殺されたりした国民も多い。昭和20年8月15日に敗戦するまでのニポンは、言論の自由なんてまったくなかったから、政府や天皇を批判すれば、ソッコーで逮捕されて、拷問されて殺されるのは当たり前だった。

それどころか、直接は批判してなくても、軍や警察が「プロレタリア作家だ」って決めつければ、それだけで逮捕することができた。だから、「蟹工船」を書いた小林多喜二にしても、特高警察に逮捕されて、警視庁築地署の中で、真冬に全裸にされて、複数の特高警察官に棍棒で殴り殺された。そして、多くの俳人も、おんなじように逮捕されて、中には殺された者もいた。だけど、これが、別に政府や天皇を批判したワケでもなく、何の罪も犯してないのに、当時の警察によるデッチアゲで逮捕されてたんだからシャレにならないと思う今日この頃、皆さん、言論の自由を謳歌してますか?


‥‥そんなワケで、前にもチョコっと触れたことがあるけど、俗に「新興俳句弾圧事件」て呼ばれてる事件で、昭和15年(1940年)からの3年間、特高警察は、ちょっとでも反体制の思想を持ってそうな俳人を次々と逮捕して拷問していった。「京大俳句」に所属してた平畑静塔、石橋辰之助、渡辺白泉、西東三鬼を始め、いろんな俳誌の数多くの俳人が、無実の罪で逮捕されて、厳しい拷問を受けた。中でも酷かったのが「きりしま事件」て呼ばれてるものなんだけど、まずは、次の句を読んでみてほしい。


 われら馬肉大いに喰らひ笠沙雨(かささあめ)  散生


これは、鹿児島日報(現在の南日本新聞)の販売局員をしてた面高秀(俳号・散生)っていう俳人の句で、参加してた「きりしま」っていう鹿児島の俳誌に掲載された句だ。で、鹿児島県警の特高警察は、この句に対して、こんなことをノタマッて、面高秀を逮捕したのだ。


「馬は軍馬として戦地へ赴き、兵士とともに働く貴重な戦力である。それを大いに食らうとは不届きな思想にほかならない。しかも食料統制の策を批判している。」


誰がどう見たって、これは「言いがかり」だろう。鹿児島や熊本と言えば「馬肉」は郷土料理だし、逮捕する側の鹿児島県警の警察官たちだって馬肉を食べてたハズだ。だいたいからして、馬肉を食べてる景を詠んだ俳句で逮捕されちゃうなら、実際に馬肉を食べてる人たちもみんな逮捕しなきゃおかしいだろう。そして、この句に対する難癖だけでも呆れ返るけど、もっと酷いのは、次の句に対する難癖だ。


 熔岩に苔(こけ)古(ふ)り椿赤く咲く


溶岩地帯が苔むしてて、その周りに赤い椿が咲いてるっていう、鹿児島ならでは景を詠んだ句だ。いったいぜんたい、この句のどこが政府に対する批判なのか、普通の人には理解できないだろうけど、とにかく1人でも多くの非国民を逮捕して成績を上げたかった特高警察は、この句に、次のような難癖をつけたのだ。


「赤く咲いた花を詠むなど完全に共産主義の賛美である。」


ここまで来ると、もうメチャクチャだよね。「赤」って色が共産主義を表わしてるって言うのなら、リンゴを食べたって、ポストにハガキを出しに行ったって、転んでヒザから血を流したって、日の丸の旗を掲げてたって、みんな非国民てことになっちゃうじゃん。ま、この2句の例を見ただけでも分かると思うけど、当時の特高警察っていうキチガイ集団は、犯罪を犯した者を逮捕するんじゃなくて、逮捕したい者を犯罪者に仕立て上げてたのだ。

だから、他の俳誌に句を発表してた俳人の中には、俳人なら誰でも使う「菊枯れる」っていう秋の季語を使ってただけで、「天皇陛下の象徴である菊を枯らすとは天皇家の衰退を望んでいる非国民だ」って難癖をつけられて、逮捕されて何ヶ月も拷問された人たちもいるほどだ。

で、この「きりしま事件」では、とにかく成績を上げたかった鹿児島県警の特高課長の奥野誠亮(せいすけ)っていうオッペケペー野郎が、ふだんから気に入らなかった鹿児島日報の社会部記者の瀬戸口武則、政経部記者の大坪実夫(俳号・白夢)、販売局員の面高秀の3人が中心になって活動してた俳誌「きりしま」をターゲットにして、この3人を「治安維持法違反容疑」で逮捕するために、こんな「言いがかり」をつけたってワケだ。

そして、何よりもムカつくのが、この「きりしま事件」の首謀者で、自分の出世のために何の罪もない人たちを何人も逮捕した奥野誠亮が、敗戦後のドサクサで罪を問われずに、チャッカリと自治省(現在の総務省)の官僚になっちゃったことだ。そして、官僚の次には自民党の衆議院議員になり、田中角栄の内閣では文部大臣を、鈴木善幸の内閣では法務大臣を、竹下登の内閣では国土庁長官をつとめてるんだよね。無実の市民を何人も逮捕して、犯罪者に仕立て上げたような最低の人間が、よくもまあヌケヌケと大臣なんてやってたもんだよ。まさに自民党ならではの厚顔無恥が炸裂してる。

ま、こんな恥知らずのことは置いといて、話をクルリンパと元に戻すけど、この例を見れば分かるように、当時の特高警察は「何でもアリ」の世界だったから、ちょっとでも気に入らない人間がいれば、何の罪も犯してなくても、こうしたデッチアゲでカタッパシから逮捕してた。そして、その権力は絶大で、「朝日新聞」であろうと「中央公論」であろうと、ちょっとでも気に入らない記事を掲載したら、ソッコーで「発禁」にしてたのだ。警察が、新聞や月刊誌の発行を止める権力を持ってただなんて、想像しただけで寒気がして来る。マジで北朝鮮そのものだ。

‥‥そんなワケで、目の前の自然を見たままに詠んだだけの俳句でも、ナンダカンダと難癖をつけて作者を逮捕するような狂った警察だったから、最初から「社会風刺」のフレーバーを持ってた川柳に至っては、とうてい許されるものじゃなかった。


 手と足をもいだ丸太にしてかへし

 万歳と挙げた手を大陸においてきた

 タマ除けを産めよ殖やせよ勲章やろう

 ざん壕で読む妹を売る手紙


これは、鶴彬(つる あきら)っていう明治42年(1909年)の生まれの川柳作家の句だけど、戦争と無関係の俳句でさえ逮捕の対象にされてたんだから、こんな句を詠んだら100%逮捕されちゃうに決まってる。鶴彬は、昭和6年(1931年)、21歳の時に徴兵されたんだけど、配属された兵舎に日本共産党青年同盟の機関誌の「無産青年」を持ち込んだことで逮捕されて、軍法会議にかけられたあとに拷問を受けて、最終的には懲役1年8月を食らってる。そして、出所後4年で、今度は川柳作品が軍を批判してるとして逮捕されて、ノミやシラミだらけの不衛生な留置所に何ヶ月も拘束され、8ヶ月後の昭和13年(1938年)、留置所内で感染した赤痢が悪化して、病院に移されたけど亡くなった。まだ29歳の若さだった。

ちなみに、鶴彬の本名は「喜多一二(きた かつじ)」って言って、小林多喜二の「多喜二」に似てる。そして、小林多喜二も、明治36年(1903年)生まれだから、鶴彬と同時代の作家で、鶴彬と同じように特高警察に逮捕され、警察署内で特高警察官から暴行を受けて殺された。小林多喜二も、鶴彬と同じ29歳の若さだった。警察から息子の遺体を返されたお母様は、全身がアザだらけでボロ雑巾のように変わり果てた姿を見て泣き叫んだそうだ。

とにかく、この時代の特高警察は、完全に気が狂った人殺しの集団で、暴力団や右翼なんて目じゃなかった。何しろ、天皇陛下をバックにして、日の丸をバックにして人殺しをやってんだから、たとえ無実の人間を殺したって、警察官はオトガメ無しなのだ。日本共産党青年同盟の初代委員長だった川合義虎(本名・川江善虎)なんて、大正12年(1923年)に21歳で初代委員長に選任されたんだけど、この年の9月1日に関東大震災が起こったら、ずっと川合義虎を逮捕しようと目をつけてた特高警察は、震災後のドサクサにまぎれて逮捕したのだ。そして、亀戸警察署の留置場で朝から晩まで棍棒で殴り続け、9月4日、川合義虎は息絶えた。まだ22歳だった。

‥‥そんなワケで、これらは、誰がどう見たって「殺人」だろう。たとえば、時代が時代なんだから、ある程度の拷問はあったとしても、本来、拷問てものは、何かを白状させるために行なうものだ。だから、基本中の基本として、「殺さない程度に痛めつける」ってことになる。だけど、小林多喜二にしても、川合義虎にしても、複数の特高警察官がから、警棒の何倍もあるリンチ用の棍棒で、息絶えるまで殴り続けられたのだ。

これは、どう見たって、小林多喜二や川合義虎から何かを聞き出そうなんて姿勢じゃなくて、完全に殺そうと思ってやってるとしか思えない。ようするに、ピストルで撃ち殺したら「殺意のある殺人」になっちゃうけど、棍棒で殴り殺せば、何かを聞き出すために拷問を続けているうちに死んでしまった、つまり、「殺意のない事故死」ってことで処理できるからだ。

戦前から、特高警察によるこうした「殺人」、ようするに、暴力による「言論弾圧」がまかり通ってたのは、悪しき「治安維持法」によるものだけど、昭和16年(1941年)に新設された「予防拘禁制度」によって、特高警察の犯罪はますます過激になった。それまでは政府にたてつくような文章や俳句を書いた者だけを逮捕してたんだけど、この「予防拘禁制度」によって、まだ何も書いてないのに、まだ何もしてないのに、警察が「あいつは危険人物だ」って決めつけたら、それだけで逮捕できるようになったのだ。

だけど、昭和20年8月15日にニポンが敗戦を宣言して、9月2日に終戦が確定すると、GHQは、ニポン政府による新聞の検閲をやめさせて、悪しき「治安維持法」も廃止させた。そして、無実の罪で投獄されてた小説家や俳人たちを全員釈放させ、特高警察の警察官を全員罷免した。だから、ホントなら、「きりしま事件」の犯人である奥野誠亮も、この時に罷免されるハズだったのに、ドサクサにまぎれて自分だけ逃げちゃったのだ。マジで最低最悪の卑怯者だよね。

‥‥そんなワケで、話をクルリンパと戻すけど、最初に書いた「新興俳句弾圧事件」てのは、詳しく説明すると、ひとつの事件じゃなくて、複数の事件の総称だ。まず初めに、特高警察は、昭和15年(1940年)2月15日に「京大俳句」の幹部の8人、京都の井上白文地、中村三山、宮崎戎人、中村春雄、辻祐三、神戸の平畑静塔、波止影夫、東京の仁智栄坊をいっせいに逮捕した。続いて、5月3日の第2次の検挙で、東京の石橋辰之助、杉村聖林子、三谷昭、渡辺白泉、大阪の和田辺水楼、淡路の堀内薫を逮捕して、8月31日の第3次の検挙で、西東三鬼を逮捕した。

そして、翌16年には、「広場」の藤田初巳、中台春嶺、林三郎、細谷源二、小西兼尾、「土上」の島田青峰、東京三(後の秋元不死男)、古家榧夫、「日本俳句」の平沢英一郎、「俳句生活」の橋本夢道、栗林一石路、横山吉太郎、神代藤平、「山脈」の山崎青鐘、山崎義枝、西村正男、前田正、鶴永謙二、勝木茂夫、紀藤昇、福村信雄、宇山幹夫、和田研二を逮捕した。それで、逮捕された俳人の多くが「京大俳句」のメンバーだったことと、特高警察自体も「京大俳句」を潰すことを考えての狙い撃ちだったことから、ここまでの事件をマトメて「京大俳句事件」と呼ぶ場合が多い。

で、2年後の昭和18年(1943年)6月3日に、最初に紹介した「きりしま事件」が起こり、続いて「宇治山田鶏頭陣」の野呂六三子、「蠍座」の加才信夫、紫衣風が逮捕された。だから、「京大俳句事件」と「きりしま事件」は時間的には離れてるんだけど、同時代に起こった俳人に対する「言論弾圧」ってことで、これらを総称して「新興俳句弾圧事件」て呼んでるのだ。そして、特高警察による一連の逮捕に共通してるのは、これらの俳人たちが軍や天皇を批判するような俳句を発表したワケじゃないのに、すべてが「馬肉」の句のように、「言いがかり」や「イチャモン」による不当逮捕だったってことだ。たとえば、次の句を読んでみてほしい。


 冬空をふりかぶり鉄を打つ男  京三


これは、後の秋元不死男、当時は「東京三(ひがし きょうぞう)」って俳号だったんだけど、特高警察は彼を逮捕する理由として、こんなにもトンチンカンな「言いがかり」をつけたのだ。


「鉄とは資本主義のことで、プロレタリアがそれを叩き潰すと言う意味の反体制の句である。さらには、東京三という俳号を並び替えると京三東(きょうさんとう)と読める。」


もう、鼻から噴き出した豆乳が、鼻水の塩分と混じったことによって、空中でお豆腐になっちゃうくらいのデタラメが炸裂してる。そして、こんな「言いがかり」で逮捕された東京三は、ノミとシラミだらけの留置所に入れられて、来る日も来る日も拷問を受けて、「私は左翼俳句運動をやっていました」「私以外の俳人も、これこれこうした俳句を詠んでいる者はみんな左翼俳句運動家です」っていう手記を書かされたのだ。もちろん、これは、裁判で有罪にするために警察側が必要だからだ。

他にも、もっと酷かったのは、「日本俳句」や「俳句生活」で自由律俳句をやってた平沢英一郎、橋本夢道、栗林一石路たちの逮捕理由だ。ちなみに、「自由律俳句」ってのは、五七五で17音て言う俳句の定型にこだわらずに、たった4音でもいいし、30音でもいいし、自由な音律で詠む新興俳句のことで、種田山頭火や尾崎放哉が有名だろう。で、彼らの逮捕理由なんだけど、ナナナナナント! 特高警察はこんなことをノタマッたのだ。


「自由律俳句の自由とは、もっとも危険な思想である。」


古今東西の老若男女で、これほどの支離滅裂は前代未聞の空前絶後だろう。そして、こんな目茶苦茶な理由でも無実の一般市民を逮捕できるなんて、特高警察にとっての「治安維持法」ってのは、一石二鳥で三寒四温で五臓六腑が七転八倒してから九死に一生を得てクルリと一周しちゃったよ。とにかく、こんなデタラメがまかり通ってただなんて、開いた口からエクトプラズムが出て来て幽体離脱しちゃった上に、つのだじろうが恐怖新聞と聖教新聞を一緒に配達に来ちゃうよ、まったく(笑)

‥‥そんなワケで、不当逮捕された無実の俳人全員が、特高警察の拷問によって、警察の意図した通りの手記を書かされて、その内容を「自白」と見なしてのデタラメ裁判が行なわれたんだから、俳人たちはたまったもんじゃない。結局、この「新興俳句弾圧事件」で不当逮捕された俳人の中では、13人が起訴されて「懲役2年、執行猶予3~5年」の有罪判決を受けて、犯罪者にされちゃったのだ。そして、GHQによって「特高警察」も「治安維持法」も廃止されたあとも、足利事件に代表されるように、警察の脅しによる自白の強要によって、無実の人間を犯罪者に仕立て上げる冤罪事件はあとを絶たない。富山事件や志布志事件なんて、2003年、わずか7年前に起こってるんだから、警察はまったく反省してないってことになる。市民の安全を守るべき警察が、無実の人間を思い込みだけで不当逮捕して、有罪にするために脅して自白を強要するなんて、戦前の特高警察がやってたことと何も変わってない。だからこそ、あたしは、取調べの全面可視化は絶対に必要だと思うし、逮捕されただけで、まだ取り調べ中の「容疑者」を犯人だと決めつけたように報道するマスコミにも、少しは考えを改めてほしいと思ってる今日この頃なのだ。


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2010.08.15

心で読むということ

 終戦の夜のあけしらむ天の川  蛇笏


これは、敗戦の日の翌朝、つまり、昭和20年8月16日の明け方に、当時、ちょうど還暦だった飯田蛇笏(だこつ)が詠んだ句だ。いつも言ってるように、本来、俳句は、その句が詠まれた背景も、作者のバックボーンも、すべて排除して、17音だけで純粋に鑑賞するものだ。だけど、今回は、この句に秘められた蛇笏の思いを感じてもらうために、少しだけ解説させてもらう。

飯田蛇笏は、明治18年(1885年)に、山梨県の大きな旧家に生まれた俳人で、「雲母」という俳誌を主宰してた。そして、蛇笏は、5人の息子をもうけたんだけど、5人の息子のうち、歯科医の研修生として働いてた次男の数馬が、勤務中に急病で倒れて、そのまま28才の若さで亡くなってしまう。昭和16年、蛇笏が56才の時のことだ。この時、蛇笏が、自分よりも先に逝ってしまった息子に対して詠んだ句は、「白嶽」という句集に収められてる。

そして、それからわずか数年のうちに、蛇笏は、残った4人の息子のうち、長男、三男、五男の3人を戦場へ送り出すことになる。最初に紹介した句は、そんな状況で詠まれたものなのだ。愛する息子を3人も戦場へ送り出していて、その生死も分からぬまま、天皇陛下の玉音放送を聞いた蛇笏。そして、眠れぬままに夜明けが近づいて来て、雄大な甲斐駒ケ岳のシルエットの上に横たわる天の川を見上げた蛇笏。

長く苦しかった戦争がようやく終わったという安堵感と、息子たちの安否を気遣う焦燥感とが、地上のちっぽけな人間同士の争いなどとは無関係に輝き続ける天の川の果てへと、ゆっくり溶け合って行く。いくら言葉をつくしても、決して表現しきれない複雑な思いが、この句の向こう側には存在してる。


‥‥そんなワケで、今日は「いかがお過ごしですか?」はナシにしてくけど、蛇笏がこの句を詠んでから2年後、昭和22年の秋のこと、蛇笏のもとに1通の報が届いた。長男、聰一郎の戦死の報だ。聰一郎は「鵬生」と言う俳号の俳人で、生きていれば、蛇笏のあとを継いで「雲母」を主宰することになってた。だけど、蛇笏のもとに届いた報には、「昭和十九年十二月二十二日壮烈なる死闘に散華した」と記載されてた。蛇笏が天の川を見上げていた時には、すでに亡くなっていたのだ。


 戦死報秋の日くれてきたりけり  蛇笏


敗戦から2年も経っていたのだから、ある程度は覚悟してただろうけど、それでも、希望を失わずに待ち続けてた蛇笏にとって、これほどの悲しみがあるだろうか。聰一郎は「泉部隊(独立歩兵第十三聯隊第十一中隊)」に所属してて、激戦地だったフィリピンのレイテ島で戦死したのだ。ちなみに、聰一郎は、次の句を辞世の句として遺してる。


 たたかひのこころさだまる高嶺星  鵬生


そして、次に蛇笏のもとに届いたのは、三男の麗三が、「昭和二十一年五月六日」に、シベリアの抑留地、アモグロン収容所で死亡したという報せだった。これは、文献によって「病死」という表記と「労役中の事故死」という表記があるんだけど、どちらにしても、蛇笏が天の川を見上げた時には、まだ生きていたのだ。そして、戦争が終わってからも、ずっと辛い重労働を強いられ続け、二度と故郷の土を踏むことなく、北の果てで殺されたのだ。

結局、蛇笏は、5人の息子のうち、1人を病気で、2人を戦争で失った。そして、五男に関しても、詳しい記録は見たことがないので分からないけど、「戦争には行ったけれど内地だったので戦争では亡くなっていない」ってことと、「5人の息子のうち4人が、父親である蛇笏よりも先に旅立った」という趣旨の記述が残ってるので、五男も先に亡くなってるのだ。子を持つ親として、これほど悲しいことがあるだろうか。


 風邪の児の餅のごとくに頬ゆたか  蛇笏


この句は、5人の息子のうち、どの子を詠んだものかは分からないけど、まだ小さかったころの息子が、風邪で寝ている姿を詠んだ句だ。ここには、それこそ「目の中に入れても痛くない」というほどの愛情があふれてる。それなのに、5人の息子のうち4人が、自分よりも先に亡くなってしまうなんて。それも、そのうちの2人は、戦争などという、この世でもっとも残酷なものに巻き込まれて殺されたのだ。親として、病気でも事故でもなく、戦争で子供を失うなんて、これほど辛いことは他にないだろう。

そして、ただ1人残った四男の龍太が、蛇笏の「雲母」を継ぐことになった。そう、これが、あたしの大好きな俳人、あたしが尊敬してやまない俳人、飯田龍太だ。今日は全員を「敬称略」で書いてるので、飯田龍太も呼び捨てだけど、実際にお会いしたことがある上に、セブンスターまでもらって吸っちゃったあたしとしては、とても普段は呼び捨てになんかできない。そして、そんな飯田龍太も、3年前の2月に、86才で亡くなった。その時のことは、2007年3月2日の日記、「二月の川」に書いてるので、興味のある人は読んでみてほしい。そして、ここまでの情報を得た上で、もう一度、この句をゆっくりと、今度は声に出して読んでみてほしい。


 終戦の夜のあけしらむ天の川  蛇笏


俳句は「歌」であり「挨拶」だから、正式には、文字を黙って読むものじゃなくて、声に出して読み上げるものだ。だから、ホントの俳句の魅力ってものは、声に出して読み上げてみて、初めて感じられることが多い。この句の場合なら、文字を黙って読んだだけだと、一句の中で「終戦」て言葉に一番の重さを感じたと思う。これは、言葉の持つ重みだけじゃなくて、「終戦」という漢字の画数の多さも関係してる。「明け白む」を「あけしらむ」って平仮名で表記してるから、よけいに「終戦」て漢字の重みが際立って感じられるのだ。

だけど、声に出して読み上げてみると、まったく逆のことに気づく。「しゅうせんの よのあけしらむ あまのがわ」、頭からずっと澄んだ音だけが続いて来たのに、最後の部分に「が」という濁音が1音だけ置かれてるのだ。だから、文字を見ずに、目をつぶって、ゆっくり声に出して言ってみると、最後の部分でグッと重くなってるように感じるだろう。つまり、蛇笏は、視覚的には「終戦」に重きを置きつつも、聴覚的には「天の川」に重きを置き、海の向こうの戦地で、きっと生きていて、おんなじ天の川を見ているであろう息子たちに思いを馳せていた‥‥ってことなのだ。

ずっと前にも書いたけど、31音もある短歌は、ほとんどのことをすべて言い切れるから、とっても悲しくなる。そして、17音しかない俳句は、ほとんどのことを断片的にしか言えないから、とっても切なくなる。だから、あたしは、「悲しさ」を伝えたいのなら短歌、「切なさ」を伝えたいのなら俳句が適してると思ってる。蛇笏の「敗戦」の句を読んで、「悲しさ」よりも「切なさ」を感じられたのなら、その人は、文字と文字、言葉と言葉の間から垣間見える「17音の向こう側の世界」を感じ取れるようになったってことで、俳句の読み方を身につけたってことになる。

‥‥そんなワケで、正しい俳句の読み方が身についたとこで、今日は最後に、蛇笏の句をもう一句紹介するので、ゆっくり声に出して読んでみてほしい。これは、長男の聰一郎の戦死の報が届いたあとに詠まれた句の中の一句だ。分からない人はいないと思うけど、念のために説明しとくと、「たま」っていうのは「たましい」のことだ。この句をゆっくり読み上げて、愛する息子を戦争で殺された父親の思いを感じてほしい。そして、人間が生み出した戦争という悲劇について、頭じゃなくて、心で感じてみてほしいと思う今日この頃なのだ。


 子のたまをむかへて山河秋の風  蛇笏


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2010.08.14

昭和39年という時代

この「きっこの日記」は、日記って言いながらも日記じゃない。その日の出来事を書いてる時もあるけど、たいていは無関係なことを好き勝手に書いてる。だけど、世の中で有名な日記は、どれもちゃんと、その日の出来事を書いてる‥‥って言うか、そうした体裁を取ってる。たとえば、正岡子規の「病牀六尺(びょうしょうろくしゃく)」や「仰臥漫録(ぎょうがまんろく)」は、その日に食べたものまでキチンと書かれてるし、来客の顔ぶれや病気の具合も克明に記されてる。アンネ・フランクの「アンネの日記」にしても、「キティーに宛てた手紙」って形を取りつつも、その日その日の作者自身の思いを綴ってる。

一方、紀貫之の「土佐日記」や、ヘレン・フィールディングの「ブリジット・ジョーンズの日記」みたいに、ホントの日記じゃなくて、日記形式の創作もある。これらは、最初から読者を意識した作品として書かれてるんだから、もちろん読めば面白いし、ある意味、サービス精神にあふれてる。創作だと知った上で読んでるのに、一人称の定点観測スタイルだから感情移入しやすくて、通常の小説とは違った面白さがある。だけど、ホントに作者自身の日常を綴った日記には、こうした日記形式の創作にありがちな「大事件」が起こらない反面、不動のリアリティーがあるから、何とも言えないジンワリした面白さがある。種田山頭火の「行乞記(ぎょうこつき)」なんて、あまりにも面白くて、何度読み返したか分からないほどだ。

そして、種田山頭火の「行乞記」とおんなじくらい、あたしが何度も読み返してるのが、武田百合子の「富士日記」だ。これも有名だから細かい説明は不要だろうけど、武田泰淳の奥さんの武田百合子が、昭和39年(1964年)の7月から、昭和51年9月までの13年間、富士山の高原での生活を綴ったもので、とにかくヤタラと面白い。読んだことのない人は、タイトルから牧歌的なイメージを持ったかもしれないけど、それは、いい意味で裏切られることウケアイな今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今から46年も前って聞くと、今よりも自然が美しいって想像しがちだけど、当時は高度成長期の真っ只中だから、今は美しい富士五湖の周りも、当時は観光客の車が渋滞して排気ガスだらけだし、観光客の捨てたゴミがマウンテンだ。そんな背景の中で、武田百合子は、原稿を書く以外は何ひとつ家のことをやらないダンナに代わって、何から何までぜんぶ1人で片づけちゃう。車の運転をしたり、子供の面倒をみたり、日々の食材を買って来て食事を作ったり、ダンナの原稿を東京まで届けたり、真冬に凍った水道にお湯をかけて溶かしたり、チンピラとケンカしたりと、孤軍奮闘の毎日だ。

女性だけあって、家計簿も兼ねて日記を書いてるような部分もあるので、当時のモノの値段が分かるのも楽しい。たとえば、日記がスタートしてから数日後の昭和39年7月20日には、「富士ラマパーク」に遊びに行った時のことが記されてるんだけど、こんなことが書かれてる。


「明治スカットが1本七十円もする。」

「帰り、石がはねて車の後尾灯がわれたのを直す。四百円。ガソリン満タン、千三百円。」


調べてみたら、「富士急ハイランド」の中に「富士ラマパーク」が完成したのは昭和39年7月8日だったから、武田一家は、オープンしてすぐに遊びに行ったみたいだ。で、あたしは、車のテールレンズの400円や、ガソリン満タンの1300円はともかくとして、明治スカットの70円を「もする」って表現してることが気になったので、これまた調べてみた。ちなみに、明治スカットってのは、瓶入りの炭酸飲料で、コーラ、オレンジ、グレープ‥‥っていう定番の味が何種類かあったそうで、炭酸の入ってないコーヒー牛乳みたいなのもあったそうだ。

で、調べてみたら、明治スカットは、当時、普通のお店とかで買うと、1本30円だったそうだ。だから、「富士ラマパーク」で買うと2倍以上もしたワケで、今の感覚で言うと、120円の缶ジュースが300円で売られてるような感じなんだと思う。ちなみに、昭和39年の物価を調べてみたら、お店で食べるかけそばが50円、お店で飲むビールが115円だった。だから、この辺の感覚から言うと、ジュースが1本70円てのは、現在の500円くらいの感じだったのかもしれない。

昭和39年は、国家公務員の初任給が1万9100円、大卒の初任給の平均が2万1500円だったから、収入の面で言えば、現在の10分の1くらいだった。だから、現在、おそば屋さんで食べると500円くらいのかけそばが50円だったのはピッタリだけど、ジュースの30円は、ちょっと高かったと思う。1本12円で、今とおんなじ感覚だと思うから、1本30円てのは、もともと、ちょっと高い感じで、今の250円から300円くらいの感覚だったと思う。だから、それが2倍以上の70円で売られてれば、とんでもなく高く感じたんだろう。武田百合子が、わざわざ日記に「明治スカットが1本七十円もする。」って書きたくなったのもうなづける。

‥‥そんなワケで、武田百合子が「富士ラマパーク」で売られてた明治スカットの値段に驚いた昭和39年がどんな年だったのかって言うと、東京オリンピックが開催された年で、東海道新幹線が開通した年だ。だから、戦後、加速して来た高度成長が、ひとつのクライマックスを迎えた年でもある。さっき、昭和39年の国家公務員の初任給が1万9100円だって書いたけど、前年の38年は1万7100円、翌年の40年は2万1600円なんだから、この時代は、毎年1割以上もお給料が上がり続けてたのだ。今じゃ絶対に考えられないことだろう。

この年に発売されたお菓子は、カルビーのかっぱえびせんが50円、ロッテのガーナチョコレートが30円だった。ワンカップ大関が発売されたのもこの年で、サスガにお酒だから、当時でも85円もした。ちなみに、発売当初はそんなに売れなかったんだけど、このあとに到来するレジャーブームによって、生産も追いつかないほどの大ヒット商品になったそうだ。

雑誌では、「週刊平凡パンチ」が創刊されて、マニアに人気の月刊マンガ雑誌の「ガロ」も創刊された。「ガロ」には、白土三平の「カムイ伝」が連載されて人気を博した。「週刊少年マガジン」では森田拳次の「丸出だめ夫」が、「週刊少年サンデー」では藤子不二雄の「オバケのQ太郎」が、「週刊少年キング」では石ノ森章太郎の「サイボーグ009」が、「少年」では藤子不二雄の「忍者ハットリくん」が、それぞれ連載をスタートした。

テレビでは、NHKで「ひょっこりひょうたん島」が始まり、フジテレビではお正月に「新春スターかくし芸大会」の前身の「新春ポピュラー歌手かくし芸大会」が始まった。フジテレビでは、「拳銃は最後の武器だ」でオナジミの「忍者部隊月光」も始まり、読売テレビでは「そっくりショー」が始まった。ただ単に芸能人に似てる一般人を集めただけの番組なのに、大人気になって、13年間、つまり、武田百合子が「富士日記」を書いてる間、ずっと続いてたのだ。

でも、この年にスタートした長寿番組と言えば、なんと言っても、現在まで続いてる「題名のない音楽会」だろう。「題名のない音楽会」は、当初、この年の4月に開局した「日本科学技術振興財団テレビ局」っていう長い名前のテレビ局、現在の「テレビ東京」で、この年の8月から始まった番組で、その後、テレビ朝日へと移動した。

この年、TBSでは海外ドラマの「逃亡者」がスタートした。数年後、寺山修司さんが、ホワイトフォンテンに「白い逃亡者」ってニックネームをつけることになった元ネタのドラマだ。TBSでは他にも「日曜劇場」で橋田寿賀子作品の「愛と死をみつめて」が大ヒットして、映画にもなった。ドラマと映画の大ヒットで、青山和子が歌った「マコ、甘えてばかりでごめんね~ミコはとっても幸せなの~♪」っていう「愛と死をみつめて」がこの年のレコード大賞に輝いた。

この年の他のヒット曲は、坂本九の「明日があるさ」と「幸せなら手をたたこう」、井沢八郎の「ああ上野駅」、都はるみの「アンコ椿は恋の花」、ベギー葉山の「学生時代」、美空ひばりの「柔」、西郷輝彦の「君だけを」、越路吹雪の「サン・トワ・マミー」、ザ・ピーナッツの「ウナ・セラ・ディ東京」、村田英雄の「皆の衆」、梓みちよの「忘れな草をあなたに」、水前寺清子の「涙を抱いた渡り鳥」などなど、この年に生まれてないあたしでも知ってる曲がメジロライアンだ。

そして、この年に封切られた洋画は、オードリー・ヘップバーンの「マイ・フェア・レディー」、ジュリー・アンドリュースの「メリー・ポピンズ」、カトリーヌ・ドヌーブの「シェルブールの雨傘」、ビートルズの「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」、チャールトン・ヘストンの「エル・シド」、ピーター・セラーズの「博士の異常な愛情」、ショーン・コネリーの「007 ゴールドフィンガー」、クリント・イーストウッドの「荒野の用心棒」などなど、これまた誰でも知ってる名作がメジロマックイーンだ。ちなみに、これは、それぞれの国での封切りが昭和39年てことなので、たとえば「007 ゴールドフィンガー」なら、ニポンでは翌年の昭和40年に公開されてる。

‥‥そんなワケで、マンガやテレビ番組から、流行歌や映画に至るまで、あまりにも素晴らしいクオリティーの作品が満載な昭和39年だけど、他にも、プロ野球なら巨人、お相撲なら大鵬っていう「巨人、大鵬、玉子焼き」の時代だから、テレビではプロ野球の中継もお相撲の中継も、ものすごい視聴率だったと思う。それに、この年に東京オリンピックが開催されるのに合わせて、各メーカーでは前年からテレビの宣伝に力を入れたので、それまでは50%くらいだったテレビの普及率が、この年を境にして急激に伸び出した。だから、数字の上での視聴率だけじゃなくて、実際にテレビを観てる人の人数も一気に増え始めたんだと思う。

今みたいに娯楽の選択肢が多くなかった時代、自宅でテレビを観ること自体が贅沢な娯楽のひとつだった時代だから、お茶の間に家族が集まり、お父さんはビール、子供たちは明治スカットを飲みながら「ひょっこりひょうたん島」や「逃亡者」を観たりすることが、現代の何倍も楽しかったんだと思う。あたしが生まれた昭和47年には、ほとんどの家にテレビがあったし、テレビと言えばカラーテレビのことだったけど、昭和39年には、テレビがない家も多かったし、白黒テレビの家も多かっただろう。昭和30年代の終わりごろは、テレビが1台10万円くらいだったそうだけど、大卒の初任給の5倍だって考えれば、現在の100万円くらいの感じになる。これは大金だ。

現在の貨幣感覚で100万円もするテレビを買い、現在の貨幣感覚で300円もする明治スカットを子供たちに飲ませれば、お父さんとしての威厳は凄まじかったと思う。これで自家用車でも持ってれば、お父さんは子供たちのヒーローだったハズだ。昭和30年代は、10年間で物価が1.5倍になったけど、お父さんたちのお給料は2.5倍になった。だから、今考えると「えっ?」って思うような値段のテレビでも、当時のお父さんたちは、ちょっとがんばれば買えたんだろう。それに、毎年お給料が1割ずつアップしてくんだから、月賦で高いものを買うのも気楽にできたと思う。

だから、昭和30年代には、たくさんのお父さんたちが働くことに希望を持ってただろうし、子供たちからリスペクトされてたと思う。だけど、次々とモノを生産し続けた高度成長期には、その反動として、かけがえのない自然が破壊され続けた。光化学スモッグが発生して、小学校の子供たちが倒れたりしたのもこの時期だし、水俣病やイタイイタイ病が発生したのもこの時期だ。ようするに、企業の姿勢が、今の中国やインドみたいなノリだったワケだ。

大都市を流れる河川も、この時期に汚染が進んだ。あたしの愛する多摩川も、昭和30年代には「死の川」って呼ばれるようになり、あたしが生まれた昭和47年ころには、ほとんどのお魚が棲めなくなった。だけど、多摩川の汚染は、他の川の汚染とは違って、工場の排水によるものじゃなかった。東京都と神奈川県の境を流れる多摩川の周りには、高度成長期に団地が林立して、その生活廃水がぜんぶ多摩川へ垂れ流されたため、一気に汚染されちゃったのだ。あたしは、4才か5才のころに初めて多摩川へ連れてってもらったけど、川面には得体の知れない泡がブクブクと発生してて、臭くて近づけないほどだった。

‥‥そんなワケで、戦後のニポン人は、勤勉に働き続けて来た結果、便利で豊かな生活を手に入れたけど、その一方で、かけがえのない自然を破壊して来た。だけど、すでに「大量生産、大量消費、大量廃棄」の高度成長期は終わったんだから、これからの人や企業が向かうべき方向は、自分たちが破壊して来た自然や環境を回復させてく道だと思う。高度成長期が終わったのにも関わらず、それまでとおんなじノリで「開発」と言う名の「破壊」を続けて来たからニポンは借金大国になっちゃったワケで、これからの人や企業が向かうべきなのは、美しい海を埋め立てて原発を造ることでもなく、貴重な干潟を埋め立ててホテルを建てることでもなく、自分たちが破壊して来た自然を少しでも回復させることなのだ。多摩川だって、30年もかけて浄化して、やっとアユの帰って来る川に戻ったんだから、せめて「富士日記」の時代よりは、山や川や海をキレイにして、次世代の子供たちへ手渡すべきだと思う。あたしは、これこそが、ホントの意味での「子ども手当」だと思う今日この頃なのだ。


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2010.08.11

つぶやきの化石

あたしは、ツイッターでの自分のつぶやきを振り返ることがない。つぶやいたら、つぶやきぱなしってことだ。これは、「決して後ろを振り返らない」っていう俳句の極意をツイッターにも流用してるからなんだけど、あまりにも振り返らないと、メモ代わりに書いといたギャグのネタとかも忘れちゃうから、今日は、ここ1週間くらいにつぶやいたものの中から、自分で面白いと思ったものを「よりぬきサザエさん」しちゃおうと思う。

だけど、あたしの場合、多い日も安心‥‥じゃなくて、多い日は1日に100も200もつぶやいてるから、1週間ぶんともなると、その量が尋常じゃない。だから、サクサクとセレクトしてく上に、それぞれのつぶやきの下に表示されてる日時とかも割愛しちゃう。だけど、続けて読んで行けば、その内容から、だいたいの日時は分かると思う‥‥ってワケで、今日は「いかがお過ごしですか?」もナシにして、ドドーッ!っと行っちゃいます!


「きっこさんのつぶやき」
http://twitter.com/kikko_no_blog

好きなものを「好き」ってつぶやいても何も問題は起こらないけど、嫌いなものを「嫌い」ってつぶやくと必ず数人から文句を言われる。それがツイッター。だから波風たてたくない人は「好きなもの」のことだけをつぶやくべし。

オバマ大統領の1年間の給料が40万ドル(約3450万円)だってことを考えると、ヤワラちゃんや三原じゅん子に年間3500万円以上も払うのってどうかと思う。

「領収書をくれ!」「お名前は?」「余の顔を見忘れたか?」「余じゃと?‥‥はっ!上様!」

「旅サラダ」でニコタマを紹介してたからちょっと見たら、あえて名前は伏せるけど、何を見ても「かわいーい!」「かわいーい!」を連発する女性タレントにウンザリ。

【今日の回文】 「神田正輝!貴様、檀家?」

「神田正輝」の「正輝」って字が正しいかどうか、念のためにググッてみたら、一番上に神田正輝の「ハゲしい画像」が表示されたので思わず爆笑!

銀行にお金を預けても、たったの1%も利息がつかないのに、銀行からお金を借りると14%もの高利を取られる不思議。

ずっと第3のビールしか飲んでないあたしを気の毒に思った友人がお中元にビール券を送ってくれたんだけど、そのビール券で第3のビールを買ってきたあたし(笑)

やったーーー!!宝クジの1等が当たったーーー!!‥‥‥‥って一度でいいからつぶやいてみたいもんだ。

釣りのBGMがボンジョビ(笑)

最近、ハリセンボン春菜とカンニング竹山を一瞬、見まちがえるようになってきた。

日課のマッサージを30分もがんばったのに、右手の手首から肘までの痺れが軽くならない。それどころか左手まで疲れてだるくなった。まさに本末転倒だ。

左手でのマウスに慣れてきた。クリックする人差し指と中指が反対なのにも慣れてきた。ただ、左手だけでキーボードを打つのはぜんぜん慣れないし遅くてイライラする。浅倉みなみ、37才。

「暴れん坊将軍」のシリーズの最初のころのオープニングで、白馬に乗って海岸を走ってる足元にジュースの空缶が映り込んでて、全国のお茶の間から「江戸時代に缶ジュースがあるか!」ってツッコミを入れられたって話も有名だけど、放送前に確認しないんだろうか?

八月のペディキュア揺るる水の底 きっこ

NHKの将棋アワーの「10秒~」「15秒~」っていう時間の読み上げって、早希ちゃんがサイコロで1を出した時のスタッフの「1でーす」っていう言い方と同じで、すごく無機質な感じ。

5年前に拾ってきて愛用してた扇風機、足の親指でスイッチを入れたり切ったりしてたんだけど、さっきスイッチを入れようとしたら、スイッチごと内部へボコッと押し込んじゃって、二度と切ることができなくなった。これからはコンセントを差したり抜いたりしなきゃなんない。メンドクサイけど自業自得。

「辻元清美」を「辻本」と誤記してる人があまりにも多すぎると思う。

今朝の「おはよん」の中田有紀ちゃんは、珍しくガーリーな小花柄のチュニックブラウスで、メイクもフェミニンなイメージで、「良い家柄の箱入り娘」風味で、新鮮な萌えがありました。有紀ちゃん、引き出しが多いなあ。

バリチェロに対するシューマッハの幅寄せ、どんな処分になったのかな?鳩山さん並みの大金持ちのシューマッハに罰金なんか課しても痛くも痒くもないから「次のレースはバニーガールの衣装で走れ」とかって罰にして欲しい。

眞鍋かをりの事務所問題が片づいて現場に復帰できるようになったとしても、今までの彼女の席には、すでに優木まおみが座ってる。

「小惑星 探査機 はやぶさ」と「小学生 たんこぶ かさぶた」

「こんな時、どんな顔すればいいか分からないの」「わらエヴァいいと思うよ」

カップ焼きそばを作る時にモヤシがあったら、麺の下にモヤシを適当に入れて、それからお湯を入れる。こうすると、モヤシのシャキシャキした食感が楽しめる「プチ本格派」のカップ焼きそばになる。紅ショウガもあれば無敵。

区役所→保健所→郵便局→銀行→病院→帰宅。玄界灘、じゃなくて、限界だな。

「出会った相手、誰とでもセックスする生き物って、ちょっとうらやましいっつ一か、いや違う!オゾマしいっつーか」(空条徐倫)

今夜1時40分ころから日本テレビでトム・ハンクスの「パンチライン」を放送するけど、「パンチ・ライン」と読むか「パンチラ・イン」と読むかによってイメージが大きく変わると思う。

最近「スマートフォン」て言葉を耳にするようになったので「また新しいケータイが発売されたのかな?」って思ってたんだけど、ついさっき、iPhoneとかのことを総称して「スマートフォン」と呼ぶってことを知った。人間、自分の興味のない情報は無意識のうちに無視してるもんだと再認識。

今、駐車場の車に忘れ物を取りに行ってきたら、下弦の月に雲が流れてて、朧の具合が神秘的で素敵だった!

【今日の無駄知識】 「オロナミンC」は、大塚製薬がビタミンC飲料を開発した時に、自社の看板商品である「オロナイン軟膏」の名前に「ビタミンC」の「ミンC」を合体させてネーミングしたもの。

スイッチが壊れた扇風機、コンセントの抜き差しでON・OFFすればいいやって思ってたのに、一度コンセントを抜いたら電源もOFFになっちゃって、次にコンセントを差してもONにならない。つまり、スイッチを直さない限り使えないってこと。

左手しか使えない今の状態では、扇風機の台座を分解してスイッチを直すのは無理。仕方ないので今年の夏はパチンコ屋さんでもらってきたウチワで乗り切ります!

お茶の間で「ちい散歩」を見てる人は「ちいさん、毎日いろんな町を散歩して楽しそうだな」って思ってるかもしれないけど、1日に2本撮り、3本撮りの場合、ちいさん、最後のころはクタクタだと思う。

暑いけど気持ちいいーーー!! http://twitpic.com/2b6dph

完全に透明なのにUVカット効果と防熱効果があるカーフィルムがあることを知った。これならフロントガラスにも貼れるね。

「デフレを脱却」と「セフレと脱穀」

いろいろとRTされてくるツイートで映画評論家の今野雄二氏が自殺したことを知った。10年ぶりくらいに氏の名前を目にして、P-MODELの「今野雄二にゃ分かるまい!」という歌詞を思い出した。合掌。

今野雄二氏の自殺、なんとなく加藤和彦氏の自殺とイメージが重複する。

加藤和彦氏の「62歳」や今野雄二氏の「66歳」を「老人」と呼ぶと語弊があるが、ある世界で成功をおさめた人の、還暦を過ぎてからの自殺の報を耳にするたびに、「ジョジョの奇妙な冒険」に出てくる「老人が自殺する国は滅びる」という言葉を思い出す。

病院の帰りに多摩川の土手でケータイのFMをつけたらメガリュー。なんか得した気分。

うわっ!里見浩太郎の黄門さまだ!何度見ても違和感全開!

ある時は徳川吉宗公、ある時は貧乏旗本の三男坊の徳田新之助、そしてある時はインドの山奥で修行してダイバ・ダッタの魂を宿した戦士、その名は、アバレインボー将軍!!

扇風機が壊れてどうしようもないので、駐車場で猫たちと涼んでたら、4ヶ所も蚊に刺された!

シャワーでサッパリしようとしたらガスが点かない→朝、お味噌汁を温める時はガスが点いたから、午後に病院に行ってる間に止められたと推測→仕方ないので水シャワーで済ませる→予想以上に涼しくなった(今ここ)

家賃を作ることばかりに集中してて、2ヶ月払ってなかったガス代のことを忘れてた模様。とりあえず今夜のお味噌汁は、マグカップに水とお味噌とダシの素と乾燥ワカメを入れて電子レンジでチン。

電気は止められてないのに扇風機が壊れてて動かない。シャワーは壊れてないのにガスを止められてて使えない。あ゛ーーーー!ヤマアラシのジレンマ!(笑)

ツイッターであたしをフォローしてくださっている皆さま、暑中見舞いのカードをお送りします。 http://twitpic.com/2b96lm

昨日、猫たちと夕涼みしてて蚊に4ヶ所刺されたってつぶやいたけど、今朝になって大変なことが発覚!4ヶ所のうち1ヶ所は猫のノミだった!これ最低でも2週間くらい痒いんだよな~

全体的に白くて、背中に黒いブチがある猫の場合、ノミ取りをしてると、ノミたちは黒いブチの部分に逃げ込む。あんなにちっちゃいノミのくせに、自分の姿を目立たなくさせる場所に隠れるっていう知恵があるんだから驚く。

オナジミの話だけど、楽器の「ウクレレ」はハワイの言葉で「ノミ(ウク)が跳ねる(レレ)」が語源なので、猫の近くでウクレレを弾いたら、猫からノミがピョンピョンと出てきてくれたら助かる。

朝イチでガス料金を1ヶ月ぶんだけ振り込んできたので、もうじき元栓を開けにきてくれる。ガスが使えるようになったら、いただきもののジャガイモをまとめて茹でて、しばらくの間、お米の代わりに主食にする予定。

扇風機が壊れてウチワしかないんだけど、ソファーに寝転がって左手に文庫本を持って読んでると、右手が動かないのでウチワを使えない。それで、ついに、足の親指と人差し指の間にウチワの柄を挟んで、足首をピコピコ動かすことによって顔に風を送る方式を開発!ただし連続5分が限界(笑)

「サンシャイン深海」の図鑑イベントは素晴らしい!1つのコレクションが完成すると次のコレクションに必要なレア魚がもらえる上に、3つめくらいから莫大な経験値がもらえる。一気にレベルアップできるチャンス!

今日も激アツだけど川面に映る青空が気持ちいいー!!ちなみに川の右手の草むらにツバメたちのねぐらがあります♪ http://twitpic.com/2bgn2e

気の早いツバメが数羽、もう、ねぐらの上を飛び回ってました。それにしても、ツバメって本当に気持ち良さそうに飛びますね。

ツバメ「おいスズメさん、こっちへきて少しは涼めよ」 スズメ「ツバメさんも、立ってばかりないで座ろうよ」

あまりにも暑くて耐えられないので、扇風機の壊れたスイッチの穴をガリガリ君の棒で何度もつついてみたら、奇跡的にONになって動き出した!

ところで、「女体盛り」って、せっかくのお刺身が体温で生温かくなって不味そうな感じがする。ま、こんなことする変態オヤジは、お刺身の味なんて二の次なんだろうけど。

「みんなのおしゃれ対決」がレベル34になって、お金も500万円くらい貯まったので、200万円ほどお洋服を買いまくった。現実の生活で節約を続けてるから、ものすごいストレス発散になった。アプリも使いようだと思った。

自転車で病院に行ってきたら、あまりにも暑くて倒れそうになったので、二子新地の「岡本かの子文学碑」がある公園の木陰で休憩しました。そしたら、とっても悲しいことがありました。このあと写真で報告します。

岡本太郎が生前にお母さまのために作った文学碑、「誇り」です。 http://twitpic.com/2br0za

人の家の塀だけでなく、「岡本かの子文学碑」にまで、どこかのバカ野郎がラッカースプレーで低俗な落書きをしていました。岡本太郎がお母さまのために作ったものなのに、どうしてこんなに酷いことをするのでしょうか。本当に悲しくなりました。 http://twitpic.com/2br1q9

室内の温度が40度以上もあって脳みそが温泉タマゴになりそう。扇風機で室内の熱気を外へ出してるんだけど焼け石に芋。

ドラえもんのタケコプターも、ある意味、扇風機だよね?

よーし!こうなったらヌーブラを冷蔵庫で冷やしてからつけてみるか!

全身にシーブリーズを塗ってから扇風機にあたると、たとえ暑い室内での熱風でも、それなりにスースーするってことを発見!

「ドラクエ」の魔法使いに「ヒャダルコ」をかけてもらい、「ポケモン」のラプラスやジュゴンに「ぜったいれいど」をかけてもらい、「ガメラ」のバルゴンや「ウルトラQ」のペギラや、他にもシーグラとかギガスとかの冷凍怪獣に集合してもらって冷凍攻撃をしてもらえば、しばらくは涼しいと思う。

まだ暑い!

氷まくらを首のとこにあててたら、動脈の血液が冷やされて、全身に冷たい血液がまわって涼しくなった。車のラジエターと同じ原理だ。

それにしても1日のほとんどを「暑さ対策」に費やしてると、何のために生きてるのか疑問に思えてくる。

駐車場に涼みに行ったら、東の空に低く見える有明月がキレイでした。あと数日でお月さまは見えなくなるので、まだ起きてる人は、細くて美しい有明月と夜の雲とのコントラストを楽しんでみてくださいね。

ちなみに、有明月の醍醐味は、その名の通り、あと2時間半くらい経ってからの「明け方」です。東の空低くに細い月が残ったまま、少しずつ空が明るくなってくる過程が美しいのです。

「世紀末オカルト学院」の最新話がYOU TUBEにアップされて、まだ検索にヒットしないうちにテレビ東京が削除依頼を発信。さすがテレ東!人海戦術か?

動画サイトへのアニメのアップと局の削除依頼との戦いを俯瞰で眺めてると、ボ・ガンボスの「魚ごっこ」の替え歌の「いたちごっこ」を歌いたくなってくる。

調査開始からわずか2日で、100歳以上の高齢者の所在不明が70人を超えちゃった。誰もが予想するように、このまま調査が進めば、とんでもない人数になるだろうね。

今ごろ、全国で、お年寄りが亡くなったのに死亡届を出さずに年金をもらい続けてた人たちが焦りまくってるだろうね。

死亡届を出さないと火葬や埋葬の許可が下りません。つまり死亡届を出していないということは、死体を自宅の庭に埋めるなど、通常の方法以外で処理していることになるのです。

私は8時15分になったら1分間の黙祷をします。お時間のある人は、それまでにこちらをお読みください→ http://bit.ly/ao9nSq

黙祷!

黙祷、終わり。

おいおいNHK! 今日ぐらいゲゲゲを休みにして広島の中継を続けるか、せめて教育テレビに中継を切り替えろよ!

「ハッピーアクアリウム」に似たような形の魚が3種、ピンク(3900円)、赤(4100円)、虹色(4200円)が入荷した。つい虹色を買っちゃいそうになるけど、成長時間はピンクと赤が72時間なのに対して虹色は32時間なので、経験値を稼ぎたい人は赤かピンクを買うべし。

ルース駐日大使の「私たちは核兵器のない世界の実現を目指して今後も協力していかねばならない」ってコメントが、あたしには「これからも沖縄の基地と思いやり予算をよろしく」ってふうに聞こえた。

今日は「立秋」なので、暦の上では今日から秋になります。そのため、今日以降は「暑中見舞い」ではなく「残暑見舞い」になります。お間違えなく。

7月に全国で自殺した人は、男性1968人、女性870人、合計2838人で、去年の7月よりも2%増えている。平均すると毎日90人以上の人が自殺していることになる。全員が生活苦による自殺じゃないだろうけど、消費税や所得税が大幅に引き上げられたら、確実に自殺者の数は増えるだろうね。

広島に戻った早希ちゃんが、サイコロで6を出して6万円以上の大金を手に入れたのに、贅沢しないで、650円の尾道ラーメンを食べて5300円のビジネスホテルに泊まったことに好感度アップ♪

茹でたジャガイモを主食にして、朝と夜は2個、お昼は1個食べてきたけど、今、最後の1個を食べ終わった。連続8食、2日半の「食費0円生活」が終わったので、今夜は贅沢にご飯を炊くぞ!

サンシャイン牧場でぜんぶ同じ作物を育ててるんだけど、端から順番にトライアル肥料を与えてったら、途中でなくなったので、ショップに買いに行った。そしたら、いつの間にかトライアル肥料の販売が中止になってた!ああ、同じ作物なのに半分だけ収穫が1時間遅れになっちまった!めんどくせー!

「内山」か「山田」なら分かるけど「内山田」、「後藤」か「藤田」なら分かるけど「後藤田」、他にも「小山田」とか「金田一」とかの「一文字多い苗字」を見るたびに、プラモデルのパーツのバリを削りたくなるのと同じ感覚を覚える。

「ゲゲゲの女房」の水木宅の「ひし形のガラスが入った玄関の戸」を見るたびに「CR機動新撰組 萌えよ剣」の「天国荘モード」を思い出すあたしはマニアの中のマニアかも?

さすが立秋!昨日までの積乱雲とは違って、空全体に筋雲が流れてて美しい!暑いけど車はクーラーつけずにサンルーフ開けて走ったほうが気持ちいい!

今日の「釣りロマン」は、潮来のプレスリーと伊代ちゃんのダンナが霞水系でバス釣りです!伊代ちゃんのダンナ、最近ちょこちょことテレビに出始めたけど、やっと例の問題がフェードアウトしたのかな?もしもそうなら「干し3つです!」(笑)

「スチャダラパー」と「ホンジャマカ」、まったく違うジャンルだけど、グループ名のジャンルだけは同じみたいな感じ。

「料理研究家」って調理師の免許も衛生管理の資格も何も持ってなくても、ただの料理好きの人が勝手に名乗ることができる肩書きだったのか。

【速報】森喜朗の長男を逮捕!森喜朗の長男で石川県議員の森祐喜容疑者が飲酒運転で店舗に突っ込む大事故を起こしたため石川県警に逮捕された。

ついでに森喜朗も逮捕しちゃえ!(笑)

あたしは、飲酒運転で死亡事故を起こしたら「殺人」、飲酒運転をしたら「殺人未遂」で逮捕、起訴すべきだと思ってます。「危険運転なんたら罪」なんて甘すぎる。

石川県警は今すぐに森祐喜容疑者の尿検査をすべし!何が出るかな?何が出るかな?タララランラン~タラララン♪

MDMA→M(森喜朗の)D(ダメ息子が)M(また起こした)A(唖然とする事件)

ここはひとつニッセンのセールの4枚組で990円のブラジャーでも買うか!

森喜朗は政治家よりも相撲協会の理事のほうが似合ってると思う。見た目も知能も。

森祐喜、トットと県議を辞職しちゃったね。なんという延焼回避の速さ(笑)

すごい!テレビ東京の旅番組でダンカン親子が南国ムードたっぷりの初島に上陸したら、BGMが高中正義の「ブルーラグーン」に!まさに昭和の選曲!

右手が動かなくて料理ができないあたしのために、母さんが煮物を作って届けてくれた。喜んでタッパーを開けたらジャガイモの煮物。2日半もジャガイモを食べ続けてて、3日ぶりにご飯を炊いたのに、オカズはジャガイモの煮物ですかー!

2日半、ジャガイモを主食にしてたのは、単に貴重なお米を節約するということだけじゃなくて、戦時中にお米が食べられなかった人たちの気持ちを少しでも感じるためでした。これから3日ぶりにお米のご飯を食べます。感謝!

朝、ベランダの窓を全開にして、そのままベッドでウトウトしてたら、大きな虫がブーン!と入ってきた。ビビッてベッドから飛び起きて、カーテンにとまったその虫を見たら、シロテンハナムグリだった。写メを撮ろうと急いでケータイを取ってきたら、どこかに行っちゃった。まだ部屋のどこかにいるはず。

やっぱ、ゴセイジャーがスーパーゴセイジャーに変身する時のゴセイテンソードの振り方とポーズは、ブルーが一番クールだな。

「ウズベキスタンを訪問中の岡田外相が中央アジア5カ国への支援の強化を約束」って、そりゃあいいけどさ、あんた自分の国が借金で破綻しそうだって自覚はないの?国民に増税してヨソの国に支援かよ?って思っちゃう。

120年前に行なわれた日本初の衆院選で投票権が与えられたのは「25歳以上の男子で納税額15円以上」の国民だけ。これは当時の人口約4500万人のうちの僅か1%(45万人)。これを考えると性別や所得に関係なく投票できるようになった現代の投票率が50%というのは、あまりにも情けない。

「森元首相」って表記を見てて思ったんだけど、もしも「森本」って人が首相になったら、あとから「森本元首相」って呼ばれるんだよね。あ!辻元清美さんは「辻元元国土交通副大臣」だ!

今夜、大好きな「釣りバカ日誌」の18を放送するけど、最近の三国連太郎は怪しげな健康食品の広告塔なんかやってるから、素直な気持ちで映画を楽しめない。

日本兵が日本人を助けてくれなかったのに、アメリカ兵が日本人を助けてくけるわけがない。

広島でも長崎でも官僚の書いた作文を棒読みしただけの菅さん。それでも漢字を間違わずに読めただけ麻生よりはマシ、と言いたいところだけど、広島では「原爆」を「原発」と読み違えてた。ダメだこりゃ。

「どうしてプリウスに乗ってるヤツラって、どいつもこいつもチンタラチンタラ運転してんのかしら?プリウスの後ろを走ってるとイライラしちゃって生理が始まりそう!」ってM美が電話してきた(笑)

トヨタのディーラーの駐車場に白いプリウスが何台も並んでると、焼く前のギョーザみたいに見える。

ニコタマにお寄りの際は地元名物の「鮎ラーメン」をどうぞ!8月いっぱいは写真の「鮎涼ラーメン」がオススメです。 http://twitpic.com/2d7zk8

正常学園なのに異常な空模様! http://twitpic.com/2d9845

成城マルホランドと呼ばれてる「病院坂」、ここを時速100kmで下ったりしないように。 http://twitpic.com/2d998x

ついでに所さんの世田谷ベースを覗いてから帰ってきました。前に停まってる車の車種が分かるとまずそうなので写真はナシ。

あ、木梨サイクルを覗いてくるのを忘れた!(笑)

馬鹿野郎!俺は無実だ!背任など知らんぞ! http://twitpic.com/2dbwv0

まだ誰も指摘してないけど、全国の所在が分からない高齢者のとこにも選挙のたびに投票券が郵送され続けてたんだよね?そしたら家族や知り合いが成りすまして投票してた可能性も出てくるよね?

わっ!水戸黄門をつけたら三原じゅん子が出てやがる!(笑)

【今日の早口ことば】 シャア少佐の食道手術 × 3

朝から何度も何度も「臓器提供」って言葉を聞いてたら、日野日出志の「蔵六の奇病」を思い出した。

テレビでCMやってるモバゲーの「海賊トレジャー」って、こんな実態だったの?→ http://bit.ly/ac8kVG

ミクシーが落ちたー!

【今日の回文】 世界温暖化は寒暖を生かせ

同じ「髪切った?」の一言でも、好きな上司から言われても何でもないのに、嫌いな上司から言われると不愉快になり、場合によってはセクハラになる。そして、タモリから言われると嬉しくなる。


‥‥そんなワケで、たかがつぶやき、されどつぶやき、サザエはつぼやき‥‥ってワケで、その時その時の思いついたことをテキトーにつぶやいてるだけなのに、マトメて読むと、なかなかのボリュームだ。これが、わずか1週間ぶん、それも、約半分くらいをセレクトしたものだから、ツイッターを始めてからの全つぶやきを振り返ってみたら、ものすごい量になりそうだ。ちなみに、ツイッターの自分のホームには、今までのツイート数が表示されてて、あたしは7000とか8000とか表示されてるんだけど、このカウンターはデタラメで、いつも増えたり減ったりしてる。最初、15000くらいまでは正しくカウントされてたから、実際には、たぶん20000以上の膨大な量のつぶやきが埋もれてると思う。そして、これからも無意味なことをつぶやき続けてくつもりだから、最初のころのつぶやきから順番に、どんどん化石になってくと思う今日この頃なのだ。


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2010.08.10

乗用車廃止法案

今、競馬は、「函館」と「新潟」と「小倉(こくら)」の3ヶ所で開催されてるけど、あたしは自分が馬券を買ってないもんだから、そんなに真剣には見てなかった。金曜日の夜にTOKYO FMの「杉本清のK-BAR」を聴いてるのと、土曜日にテレビ東京の「ウイニング競馬」、日曜日にフジテレビの「みんなのケイバ」を観てるけど、やっぱり、自分が予想したり馬券を買ったりしてないと、どうしても競馬は「他人事」になっちゃう。ナシクズシ的に中継を観てて、自分の知ってる馬が出ると、何となくその馬を応援しながら観てる‥‥って感じで、馬券を買ってる時みたいな、瞳の奥に炎がメラメラと燃え上がる「星飛雄馬」的な状態にはならない。

で、日曜日のこと、夕方の6時から「ちびまる子ちゃん」を観て、そのあとに晩ご飯食べてから、「飛雄馬伝」‥‥じゃなくて、「競馬伝」‥‥じゃなくて、「龍馬伝」を観てたら、何だか右手の痺れが酷くなって来たので、ソファーに寝転がってマッサージをした。鍼灸院の先生に教えてもらった通りに、あんまり力を入れないように気をつけて、麻痺してる指先から順番にクックックックッて揉んでるうちに、エアロスミスなら「Dream On」、井上陽水なら「夢の中へ」、フェイ・ウォンなら「夢中人」てワケで、あたしは眠っちゃった。

そして、何時間後か分かんないけど、ハッと気づいたあたしは、ツケッパナシだったテレビのチャンネルを一周させてみたら、どこかの局で競馬のダイジェストをやってた。もう、日付けの変わった深夜2時半で、久しぶりにサウナ風呂状態から解放された過ごしやすい気温だったから、あたしは、知らないうちに6時間も熟睡しちゃってた。それで、ぼんやりする寝起きの頭で、ナニゲに競馬のダイジェストを観てたら、メインレースのあとに、その他のレース結果をチャチャッと流し始めた。そしたら、新潟競馬の第5レースの新馬戦で1着になった馬が、ナナナナナント!「クリーンエコロジー」っていう名前だった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、とうとう競走馬の名前にも、地球温暖化を気にしたものが登場しちゃったワケだけど、あたしは、これって一理あると思った。だって、前自民党政権と現民主党政権が揃いも揃って炸裂させてる大バカ政策の「エコカー減税」なんて、エコはエコでも「エコロジー」じゃなくて「エコノミー」のほうで、まったく地球温暖化の対策になってないことは一目瞭然だからだ。電気自動車やハイブリッドカーだけを減税するなら分かるけど、ガソリン車だろうと何だろうと、ほとんどのメーカーのほとんどの車種が「エコカー減税」の対象だなんて、こんなもん、単なる「自動車大安売り」じゃん。

それも、どこの官僚が考えたのかバレバレだけど、5000ccもの大型エンジンを積んでて、タップリと排気ガスを出すトヨタの最高級車のレクサスは100%減税されてるのに、660ccのスズキのアルトは半分の50%しか減税されてないのだ。あたしたちシロートが見たって、5000ccのセダンと660ccの軽自動車だったら、どっちが環境にやさしいか分かるだろう。燃費にしても、排気ガスにしても、道路への負担にしても、すべての面で軽自動車のほうが環境にいいハズなのに、大型の乗用車やワゴン車のほうが減税率が大きく設定されてるのだ。こんなデタラメ、聞いたことがない。ようするに、環境なんてどうでいいと思ってる政府が、環境をダシにして莫大な税金を使い、トヨタの売り上げに協力してるってだけのことだ。

だから、あたしは、「クリーンエコロジー」って名前の馬が1着になったことを知って、「おおっ!」って思った。だって、これこそが、ホントの意味での「エコ」だって思ったからだ。5000ccのレクサスよりは、660ccのアルトのほうが環境にやさしいけど、それでも、ガソリンを燃やして排気ガスを出して走ってることに変わりない。ハイブリッドカーにしたって、ガソリンも使うし、巨大な電池を作るためにレアメタルが必要で、世界のアチコチでレアメタルの発掘戦争が勃発してる。そう考えたら、たとえハイブリッドカーだろうが電気自動車だろうが、環境を破壊してることには変わりない。

だけど、馬はどうだろう? ガソリンの代わりに水を飲み、レアメタルの代わりにニンジンを食べて、排気ガスなんていっさい出さずにパカパカと走ってくれる。これほどクリーンでエコロジーな乗り物は他にない。まさに、「クリーンエコロジー」っていう名前をつけるに相応しいと思う‥‥ってワケで、あたしは、アメリカや中国みたいに広大な国はともかくとして、ニポンみたいに狭い国の場合は、自動車の代わりに馬やロバを利用したらどうだろう?‥‥って思った。

もちろん、すべての自動車を馬やロバにすることはできないから、公共のバスとか、長距離を走る大型トラックとかは、今まで通りに自動車を使うとしても、個人が所有してる乗用車を始め、タクシーみたいに乗用車ベースの営業車なんかも、ぜんぶ馬やロバに替えちゃう。ようするに、「乗用車」っていうカテゴリーのものをすべて法的に禁止にして、その代わりに、馬やロバに乗って道路を走ってもいいってことにするワケだ。

だけど、誰でも自由に馬に乗って走っていいことにしたら、収拾がつかなくなっちゃうし、事故も多発するだろう。だから、当然のことながら、免許制度にする。そのためには、まず、全国の自動車教習所を乗馬クラブに模様替えして、自家用車の代わりの自家用馬を持ちたい人は、乗馬クラブに通って、最低限の技術を身につけなきゃなんない。ちなみに、現在の道路標識や信号なんかは、そのまま流用するから、すでに自動車の免許を持ってる人は、道交法はOKってことで、乗馬の実技をマスターするだけで「普通乗馬免許」が交付される。

‥‥そんなワケで、免許を取得したら、次は自分の馬、そう、「自家用車」ならぬ「自家用馬」を買いに行くってワケだけど、お金のないあたしは、「新車」ならぬ「新馬」なんて手が届かないから、「中古車センター」ならぬ「中古馬センター」に買いに行くってワケだ。だけど、芦毛の馬が欲しかったあたしとしては、ディーラーに行って3歳や4歳の新馬を買うよりも、中古馬センターに行って8歳を超えた5年落ちの中古馬を買ったほうが、値段が安いだけじゃなくて、カラーリングも純白に近くなってるから嬉しいってワケだ。

で、環八沿いの中古馬センターに行って、8歳のホワイトフォンテンを36回払いで買ったあたしは、ウキウキしながら「納車」ならぬ「納馬」の日を待ってた。マンションの「駐車場」ならぬ「駐馬場」も、ちゃんと1区画を借りて、あたし専用の「ワラ」や「カイバ桶」もセットされてる‥‥って言うか、先に駐馬場を確保して、最寄の警察署で「駐馬場証明」を発行してもらっておかないと、自家用馬を買って自分の名義にすることはできないのだ。

とってもお天気のいい日曜日、中古馬センターの担当者が、ホワイトフォンテンの納馬にやって来た。ホワイトフォンテンは、全身をピカピカに磨かれて、新馬と見間違えそうなほどだった。長くて美しいシッポの根本には、サービスで付けてくれたオプションの赤いリボンが結ばれてた。それから、蹄鉄は、街乗りがメインのあたしのために、グリップが良くて長持ちするラジアルタイプを装着してもらった。鞍(くら)と鐙(あぶみ)はホールド性を重視してレカロで揃えて、手綱(たづな)はクイックなモモにした。少し値段が張ったけど、初めての自家用馬だから、パーツは気に入ったものにした。

ちなみに、あたしの駐馬場のお隣りさんは、マンションの3階に住んでるご家族のスペースで、中学生と小学生の子供が2人いる4人家族だから、2頭だての立派な「ワンボックス馬車」を駐馬してる。ずいぶんと高かったみたいで、とっても大切にしてて、よく駐馬場の隅の水道のとこで、「洗車」ならぬ「洗馬」をしてる‥‥ってワケで、あたしは、中古馬センターの担当者から、ひと通りの説明を受けて、任意保険の証書も受け取ったので、いよいよ初めてのドライブに出発することにした。

あたしは、純白のホワイトフォンテンに颯爽と飛び乗り、246の急坂を一気に駆け上がり、瀬田の交差点を左折して、環八を用賀方面へと向かった。用賀インターから東名高速に乗って、厚木のほうまで飛ばしてみようと思ったからだ。こんな時、新馬だと「ならし運転」が必要なんだけど、中古馬の場合は関係ない。納馬されたその日から、レッドゾーン仏血義理!ガンガンに飛ばすことができる。ただ、馬の場合は、牛みたいに「反芻(はんすう)」ができない。つまり、「食いだめ」ができないってワケで、牛なら、お腹が空いた時に、胃の中の食べ物を口の中に戻して、それをもう一度食べる「反芻」って必殺技があるけど、馬はお腹が空いたら、その場でご飯を食べさせなきゃなんない。だからって、遠出するたびにニンジンやワラを山積みにしてくワケにも行かない。

だけど、皆さん、ご安心を。2011年に「きっこ内閣」が制定した「乗用車廃止法」によって、全国のガソリンスタンドは無用の長物になっちゃったから、みんな「ニンジンスタンド」へと商売替えをした。ちなみに、「ニンジンスタンド」ってのは愛称で、ニンジンだけじゃなく、リンゴやワラを始めとした馬たちの好物が各種、取り揃えてあるし、清潔な水飲み場もあれば、ドライバーのためのコンビニも併設してある。「洗車機」ならぬ「洗馬機」もあるし、蹄鉄や鞍や鐙のメンテナンスも行なってくれる。そのスタンドの会員になれば、利用するたびにスタンプ帳にニンジンのスタンプを押してくれて、1冊ぶん貯まれば、いろんなグッズと交換してくれる。

‥‥そんなワケで、国民のほとんどが自動車の代わりに馬を利用するようになったから、全国にある「自動車教習所」は「乗馬クラブ」へ、「駐車場」は「駐馬場」へ、「ガソリンスタンド」は「ニンジンスタンド」へ、「カー用品ショップ」は「馬具ショップ」へと、それぞれ商売替えをしたワケだし、タクシーやハイヤーも小型の馬車に変わったワケだし、路線バスや小型トラックも4頭だての大型馬車に変わったワケだ。そして、法的に残された自動車は、高速道路で500キロ以上を走る長距離バスや長距離トラック、巨大な物を運搬するトレーラーくらいで、一般道を走る自動車の姿は見ることがなくなった。

そして、そうなってくると、何よりも優先して変更しなきゃならないのが、やっぱり「道路」だろう。今の道路は、自動車が走りやすいよう舗装してあるけど、こんなに硬い路面を走ったら、馬の脚には負担が掛かり過ぎる。だから、最初のうちは、裏に硬質ラバーを貼った「ラジアル蹄鉄」を履かせることで対応してたけど、自家用馬の普及にともなって、全国の道路の「土化」や「芝化」が公共事業として行なわれることになった。使用頻度の高い国道や県道を優先して、硬い路面を剥がし、良質の土を敷き詰めて、馬の脚にも環境にもやさしい道路作りが始まったのだ。

全国を縦横無尽に走ってる舗装路が、すべて土や芝の道路に変われば、これだけでも地球温暖化の対策になるし、雨が染み込む自然のままの道路は、ゲリラ豪雨の被害も軽減してくれる。そして、道路が土や芝に変われば、道路上に散乱してる馬糞の回収も効率よくできるようになる。1日に何度か、「資源再生局」の専用馬車が決まったルートを走り、道路上の馬糞を回収して行く。回収された大量の馬糞は1ヶ所に集められ、乾燥して化石燃料の代わりとして再利用される。そう、馬糞発電だ。石油や石炭のように枯渇する恐れもなく、風力や水力のように不安定でもなく、そして、原子力のように未来の子供たちに負の遺産を残すこともない、本当の意味での次世代の発電、それが馬糞発電なのだ。

口蹄疫の拡大で大打撃を受けた宮崎県の牧場は、全国的にニーズが高まった自家用馬の生産に乗り出した。気候のいい宮崎県で生産された自家用馬は、その乗りやすさと毛並みのよさから大人気になり、一気に巨大産業へと成長した。それに、馬は口蹄疫に感染しないから安心だ。そして、苦しい生活を余儀なくされていた全国の過疎地の農家も、急激に増えた自家用馬の飼料として、ワラやニンジンなどを生産するようになり、国がまとめて買い取るシステムで、生活が安定した。馬の飼料としてのニンジンは、人間が食べる野菜のように見た目を重視する必要がないため、大量の農薬を使う必要もなくなり、土地そのものが改善されて行った。

‥‥そんなワケで、「きっこ内閣」が断行した「乗用車廃止法」によって、今まで環境を破壊し続けて来た自動車メーカーは次々と倒産して、多くの失業者があふれる事態になった。しかし、それは一過性のもので、自家用車に代わって急激に拡大した自家用馬に関する産業が一気に増加したため、労働力は引く手あまたとなり、ほとんどの求職者は数ヶ月のうちに職を得ることができた。全国の道路を「土へ戻す」という公共事業も、不況続きだった建設業界に福音をもたらした。アスファルトやコンクリートでフタをされていた地面が顔を出し、地球が呼吸を始めたために、夏は熱気を土が吸い取ってくれて、冬は地熱の暖かさが感じられるようになった。そして、都会から自動車が消え、排気ガスが消えたことによって、東京でも満天の星空が見られるようになった。あたしは、マンションの駐馬場に降りて行き、愛馬のホワイトフォンテンと一緒に、夜空をまたぐ天の川を見上げながら、「きっこ改革、コンプリート!」と言って、小さくガッツポーズをするのだった‥‥って、「クリーンエコロジー」って馬が1着になったことから、こんなとこまで妄想しちゃった今日この頃なのだ(笑)


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2010.08.09

語り継いでゆくこと

突然、右手の指が動かなくなってから、もう1ヶ月が経った。お仕事ができない上に、病院代が掛かるから、このままの状況が続くと、あたしは、ニッチもサッチもどうにもブルドッグになっちゃう。今のとこは、2ヶ月前、3ヶ月前のお仕事のぶんのギャラが振り込まれてるから何とかなってるけど、あと1ヶ月くらいで収入がゼロになっちゃうからだ。だから、今のあたしにできることとして、今まで以上の節約生活を続けてる。

まずは、1日100円のオヤツ代を中止にして、3日に1回だけ、60円のガリガリ君を食べることにした。これで、1日あたりのオヤツ代は20円になり、1ヶ月のオヤツ代は5分の1になった。あとは、お酒も、絶対にお金で買うのはやめて、お中元でいただいたビール券で交換したものしか飲まないことにした。ビール券は、あと20枚くらいあるから、しばらくは何とかなりそうだ。それから、タバコに関しては、もともとお金を払って買うことはなく、必ずパチンコの出玉で交換してるから関係ないんだけど、1日5本くらい吸ってたのを「1日2本」の「留置所方式」にした。いくらタダで手に入れてるタバコだとは言え、少しでも節約することによって、そのぶんの出玉を現金に交換できるからだ。

で、こんなに楽しい節約生活の一環として、昨日までの3日間は、お米を食べるのをガマンして、ジャガイモを主食にして暮らしてみた。何でかって言うと、たまたま、いただきもののジャガイモがたくさんあったからだ。いつもは、1食100円の予算で生活してるんだけど、その100円も節約しようってワケだ。それで、一番大きなお鍋でジャガイモをマトメて13個茹でて、冷蔵後に入れといて、朝と夜は2個、お昼は1個、食べ続けた。もちろん、これだけじゃなくて、お味噌汁や、チクワとモヤシの炒め物も一緒に食べたんだけど、基本的には、何も買わずに、冷蔵庫にあるものだけで、1円もお金を使わずに過ごしてみた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、何で13個なんていう中途半端な数なのかって言うと、お鍋に13個しか入らなかったからで、別に意味はない。だけど、夜からスタートしたので、ジャガイモを2個、2個、1個、2個、2個、1個、2個、1個‥‥って食べたら、連続8食ぶんで、ちょうどピッタリだった。日付けにすると足掛け4日だけど、実質的には2日半、ジャガイモを主食にして生活した。そして、ジャガイモ生活が終わった日の夜、3日ぶりにご飯を炊いてたら、右手がダメで包丁がちゃんと使えないあたしのために、母さんが煮物を作って届けてくれた。そして、大喜びでタッパーを開けたら、ナナナナナント! ジャガイモの煮物だった!3日ぶりにジャガイモ生活から解放されて、やっとご飯を食べられると思ったのもトコノマ、おかずはジャガイモの煮物ですかーーー!!
(笑)

ま、ジャガイモの煮物って言っても、ジャガイモだけを煮てるワケじゃなくて、通称「チクジャガ」、肉ジャガの「肉」の代わりに「チクワ」を使ったものだ。だから、ジャガイモの他に、チクワ、ニンジン、タマネギ、シラタキなんかが入ってて、とっても美味しい。それに、母さんが作ってくれたんだから、さらに美味しい。だけど、3日もジャガイモを食べ続けた直後っていう、まるで狙ったみたいなタイミングだったから、あたしは、嬉しさよりも「おいおい!」って感じになっちゃった。

それでも、3日ぶりにご飯を炊いて、炊き立てのご飯と、ワカメのお味噌汁と、母さんの作ってくれたチクジャガと、「明日も晴れ」の大木晴子さんがお見舞いに送ってくださった佃煮の詰め合わせ、東京タクアン、焼き海苔での晩ご飯は、ものすごく美味しかった。炊き立てのご飯の上に、葉唐辛子の佃煮を乗せて、それを焼き海苔でクルリンパって巻いて食べたら、どんなご馳走よりも美味しかった。

実は、大木晴子さんは、あたしが困ってることを知って、ご自分のホームページなどで、あたしへのカンパを呼びかけてくださったのだ。だけど、あたしは、「カンパをしたい」「何か送りたい」という読者の皆さんからのメールに対して、「あたしは大丈夫なので、お気持ちだけありがたくちょうだいします」的なことをお伝えしてた。この辺が前後しちゃって、あたしの意思が晴子さんに伝わらずに、ちょっとヤヤコシイことになっちゃった。あたしとしては、世の中にはあたしよりも困ってる人たちがいっぱいいるのに、恵まれてるあたしなんかが見ず知らずの人からお金を受け取るワケには行かない‥‥って思ってるからだ。

それで、晴子さんに、「食べ物とかの差し入れならともかく、現金を受け取ることは抵抗がある」ってことを伝えたら、晴子さんは、集まったお金で、マスクメロンとか、お素麺とか、佃煮の詰め合わせとか、東京タクアンとか、焼き海苔とか、いろんな食べ物を買って、それを送ってくださった。そして、お金も同封されてたので、それは辺野古へカンパさせていただいた。晴子さん、そして、晴子さんを通じてあたしにカンパしてくださった皆さん、どうもありがとうございました♪

‥‥そんなワケで、あたしは、いろいろな人たちに感謝しながら、3日ぶりのご飯を食べたら、涙が出るほど美味しかった。炊き立てのご飯ほどのご馳走は、他にないって思った。そして、ずっと前に読んだ「はだしのゲン」で、いじめらっ子のお兄ちゃんが妹に向かって「竹子、米の飯はうまいのう」って言って、泣きながらご飯を食べるシーンを思い出した。そう、あたしがジャガイモ生活にチャレンジしたのは、ただ単に「節約」ってことだけじゃなくて、ちょうど広島に原爆を投下された日が近づいてたから、お米が食べられなかった戦時中の人たちの苦労を少しでも体験してみようって意味もあったのだ。

あたし自身、お米が買えなくて、500グラム100円のパスタで食いつないでた時期もあるし、小麦粉を水で溶いて焼いただけの具のないお好み焼きでしのいでた時期もある。だから、お米のありがたさは十分に分かってるつもりだったけど、お米が買えない状況で、仕方なく代用品で済ませるんじゃなくて、お家にお米がある状況で、あえてチャレンジしてみようって思い立った。原爆投下の日や敗戦の日が近づいてたから、戦時中の人たちの苦労を少しでも感じてみようと思ったのだ。

それでも、お米をジャガイモに代えただけで、朝、昼、晩とお腹いっぱいに食べてたんだし、冷蔵庫から冷たい麦茶を出して飲んだりしてたんだから、戦時中の人たちから見たら贅沢の極みだろう。それに、何と言っても、現代のあたしのマンションは、空襲もなければ原爆を投下されることもない。夜も明かりをつけて、ラジオで音楽を聴いてられるんだから、これほど平和で幸せなことはない。だから、3日間、ジャガイモを食べただけで、戦時中の人たちの苦労を分かったような気分になったら、おこがましいことウケアイだ。

だけど、あたしは、3日ぶりに食べた炊き立てのご飯の美味しさで、何か忘れてた大切なことを思い出せたような気持ちになった。今の平和があるのも、過去の戦争で国の犠牲になった数え切れないほどの人たちのお陰であり、言葉に尽くせないほどの悲劇の上に成り立ってるのが、今の平和だってことだ。だから、平和な時代に生まれたあたしがすべきことは、二度と戦争を繰り返さないために、過去の戦争の悲劇を次の世代の人たちへ伝えて行くことだって思った。

‥‥そんなワケで、敗戦から65年が経ち、戦争を体験した人たちも少なくなって来たけど、未だに沖縄はアメリカの占領下みたいな状態だし、この国の政府は政権交代してもしなくてもアメリカにシッポを振り続けて、アメリカのための政治を続けてる。このままの状態で、あと20年、30年が過ぎて、この国に戦争を体験した人が1人もいなくなれば、戦争を知らない政治家たちが、戦争を知らない官僚やマスコミと一緒になって、戦争を知らない国民たちを騙して、また「戦争」という同じ轍を踏む方向へと進んでく危険性もある。だから、何の力も持たないあたしとしては、過去の戦争の悲惨さをまずは自分がよく知り、それを次の世代へと伝えてく義務があると思ってる。それが、平和な時代に生まれた者の最低限の役割だと思ってる。

今日の「ちびまる子ちゃん」を観てたら、2本目が、まる子がたまちゃんととし子ちゃんと3人でオリジナルの「記念日」を作って遊ぶってお話だった。それで、マドレーヌが上手に焼けたたまちゃんは、その日を「マドレーヌ記念日」にしたりするんだけど、ケーキを焼くオーブンもないし、コレと言って何も思いつかないまる子は、いつもの「他力本願」と「わがまま」が炸裂して、お母さんにレストランへ連れてって欲しいとせがみ出す。レストランでご馳走を食べて、その日を「ご馳走記念日」にしようってスンポーだ。だけど、お母さんは怒り出し、「今夜は昨日の煮物の残りとメザシだよ!」って言う。そして、不満タラタラのまる子‥‥っていう、いつものパターン。

で、次の日のこと、お父さんは仕事から帰ってないし、お母さんは静岡市まで出掛けちゃったし、お姉ちゃんもお友達のとこへ出掛けちゃって、お家には、まる子とおじいちゃんとおばあちゃんだけになる。そんな時に、大きな地震が起こった。地震はすぐに終わったけど、庭の植木鉢が台から落ちて割れるほどの地震だったから、まる子は出掛けてるお母さんやお姉ちゃんのことが心配になる。あたし並みの妄想癖があるまる子だから、大きな地割れにお姉ちゃんが落ちてくとこまで想像しちゃう。それで、心配でたまらなくなって、お姉ちゃんのお友達の家に電話してみるんだけど、お話中でつながらない。

そして、まる子の心配が絶頂になったとこで、お姉ちゃん、お母さん、お父さんが順番に帰って来た。心配が安心に変わってお姉ちゃんに駆け寄るまる子。お姉ちゃんはやさしく頭をなでる。そして、家族全員が揃っての晩ご飯は、地震騒ぎのバタバタで何の支度もできなかったから、またおんなじ煮物なのに、まる子は笑顔で「みんなと一緒だから何でもご馳走だよ!」って言う。

今回のお話のポイントは、夏休みなのにどこにも連れてってもらえずに、「毎日毎日、何も特別なことがなくて、こんなふうにおんなじことをしてるうちに大人になっちゃうのかな~」って不満を言うまる子に対して、おばあちゃんが、「毎日、何も特別なことが起こらずに暮らせることが幸せなんだよ」って教えるシーンだ。「えっ?」ってケゲンな顔をするまる子に、おばあちゃんは、戦時中の話を始める。「戦争中はね、毎日食べるものにも困ってたし、次の日を無事に迎えられるかも分からなかった。だから、今みたいに毎日おんなじ日々が続くのは本当に幸せなんだよ」って教える。

‥‥そんなワケで、あたしは、東京大空襲を体験してるおばあちゃんから、戦時中のことを何度か聞かされた。他にも、いろんな人たちから話を聞いて来たし、「戦争を語り継ぐ証言集」の貴重な証言の数々も読ませていただいた。だから、二度と戦争を起こしちゃいけないってことは当然として、アメリカの戦争に加担し続けてる今のニポンの姿勢にも激しく反対し続けてる。だけど、沖縄の米軍基地やアメリカの核兵器を「抑止力」だなんて言ってハバカラない人間が、自分の思考回路の異状さを自覚しないまま平然と総理大臣をやってるのが現状だから、あたしたち一般市民が、戦争や核兵器の悲劇を後世へと伝えてかなきゃ、この国は、またおんなじ悲劇を繰り返すことになると思う今日この頃なのだ。


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「戦争を語り継ぐ証言集」
http://www.geocities.jp/shougen60/

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2010.08.07

江戸時代のカード破産

あたしは、電気やガスを止められることはあっても、クレジットカードの引き落とし口座への入金だけはキチンとやってるから、今までに残高不足で引き落とされなかったことは一度もない。それなのに、2枚持ってるクレジットカードの両方の会社から、毎月届く計算書とは別の封筒が届いた。で、開けてみたら、両方とも「年収を証明するものを送ってくれ」的なことが書かれてた。何のことか分からずに、メンドクサイヤ人だけど細かい字まで読んでみたら、6月18日から施行された「貸金業法」によって、クレジットカードでのキャッシングの上限が「年収の3分の1まで」ってことに決まったから、あたしのカードのキャッシング枠を見直さなきゃなんなくて、そのために年収を証明するものが必要だって話だった。

何でもいいけど、勝手な話だよね。だって、あたしのカードのキャッシング枠って、15年くらい前にカードを作った時には、「30万円コース」と「50万円コース」のどちらか好きなほうに○をつけろって書いてあったから、あたしは「30万円コース」のほうに○をつけた。たくさんお金が借りられたら恐いからだ。だけど、こっちからは何も言ってないのに、何年後かのカードの更新時に、「お客様のキャッシング枠は60万円になりました」っていう通知と一緒にカードが送られて来た。そして、また何年後かの更新時に、「お客様のキャッシング枠は100万円になりました」っていう通知と一緒にカードが送られて来た。

2枚のカードが両方ともこんな感じで、あたしは何も希望してないのに、ぜんぶカード会社の都合で、キャッシング枠がどんどん引き上げられてったのに、今度はキャッシング枠を見直すから年収を証明するものを送ってくれだなんて、あまりにも自分勝手すぎる。だけど、今のままだと、あたしは2枚のカードで200万円も借りられちゃうワケで、キャッシングの上限が「年収の3分の1まで」ってことなら、あたしは年収が600万円もなきゃダメなワケだ。もちろん、そんなに年収があったら、電気やガスを止められることもないワケだから、さっそく年収を証明するものを送って、法律に沿った適正な金額に変更してもらわなきゃいけない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしはともかくとして、世の中的には、今回の「貸金業法」で、テンテコマイしてる人たちが溢れ返ってる。それは、クレジットカードのキャッシング枠や複数のサラ金でお金を借りまくってる多重債務者たちだ。Aのサラ金で借りたお金をBのサラ金に返済して、Bのサラ金で借りたお金をクレジットカードの支払いに回して‥‥って、常に複数のカードを使って自転車操業してる多重債務者たちは、誰がどう見たって、絶対に年収の3分の1以上の借金をしてるだろう。だから、今回の「貸金業法」が施行された6月18日以降は、今まで借りられたお金が借りられなくなっちゃった人が続出してるハズだ。

たとえば、サラ金Aとサラ金Bのカードでキャッシング枠ギリギリまで借りてても、サラ金Cのカードに5万円ほど枠が残ってる人は、それで5万円を借りて、AとBの今月の返済に充てる予定だったハズだ。だけど、今回の改定で、この5万円の枠が消えちゃった。まだ借りられるつもりでコンビニのATMにカードを入れたら、もう借りられないとのメッセージ。オーマイガー!って感じだろう。そして、困り果てた人たちが行き着く先は、法律なんて関係ない「闇金ワールド」ってワケだ。だけど、いくらアチコチからお金を借りてる多重債務者とは言え、サスガに闇金は恐い‥‥って人たちは、新宿や池袋のガード下の怪しげなポスターに目をとめる。


「あなたのクレジットカードのお買い物枠を現金化します」


そう、クレジットカードには、お買い物枠とキャッシング枠があって、多重債務者のほとんどは、キャッシング枠はギリギリまで使ってても、お買い物枠には手をつけてない。で、このポスターに書かれてる怪しげな番号に電話すると、話はホイホイと進み、ビックカメラとかに行くように指示される。そして、相手に言われた品番のノートパソコンやデジタルビデオ、ゲーム機なんかをお買い物枠ギリギリまで買い、お店では割賦払いかリボルビング払いの手続きをする。重たい荷物を抱えて指定された場所に行くと、セドリック以上ベンツ以下の高級車がやって来て、「いかにも」って感じの人が降りて来て、買った物を買った金額の6割の現金で買い取ってくれる。

カードのお買い物枠が30万円で、30万円ぶんの家電を買ったのなら、その人は18万円の現金を手にして、30万円ぶんの支払いは毎月1万5000円ずつとか2万円ずつとかになるワケだ。だから、普通に考えたら、これほどバカバカしいことはないんだけど、今日や明日の返済にも困ってる人なら、ついつい利用しちゃうだろう。こんなアホなシステム、今までは、そんなに利用する人もいなかったみたいだけど、今回の「貸金業法」の施行で、今や大繁盛しちゃってるそうだ。そして、こんなものに手を出しちゃったら、次は完全に「闇金ワールド」だろう。

‥‥そんなワケで、複数のクレジットカードやサラ金でお金を借りて、必死に自転車操業してる多重債務者は、全国に推定で250万人くらいいるって言われてる。だから、お金儲けが好きな人たちから見れば、これも1つの巨大なマーケットってことになる。たとえば、2~3年前までは、いろんなサラ金が朝から晩までテレビでCMを流してた。可愛いペットを使ったり、人気のアイドルを起用したりして、サラ金のダークなイメージを払拭して、多重債務者の量産に拍車をかけてた。

だけど、1~2年前からは、サラ金のCMなんてほとんど目にしなくなり、その代わりに登場したのが、複数の借金を1本化してくれる新銀行のCMだった。そして、今は、サラ金に払い過ぎた金利を回収してくれる法律事務所のCMが台頭して来てる。つまり、多重債務者ってのは、いつの時代も美味しいマーケットってワケなのだ。

あたしは、2枚のカードをキチンと分けて使ってる。1枚は、ガソリンスタンドの提携カードで、これでガソリンを入れると値引きになる。あたしの場合、車はハイオク、原チャリはレギュラーを入れてるけど、たくさん使った月だと、現金で入れるよりも2000円くらいは安くなる。もう1枚は、化粧品メーカーの提携カードで、お仕事関係のお買い物をする時に使ってる。つまり、1枚はガソリン専用、もう1枚はお仕事専用ってワケで、それ以外の物はすべて現金で買ってる。ホントのことを言うと、過去には、どうしても欲しいお洋服を3回払いで買ったこともあるけど、今はまったく私物には使ってない。

こんな感じだから、あたしは、キャッシング枠は使ってない。過去には、どうしても困って1万円とか2万円とか借りたこともあったけど、今は絶対に使わないようにしてる。お金がなくて困った時には、手持ちの品物を売ったり、パチンコで稼いだりして、自力でなんとかしてる。そして、どうしてもお金を作れない時には、「そのまま困り続ける」ってことにしてる。たとえば、電気代やガス代が支払えなくて困ったら、まずはお金を作る努力をするけど、どうしてもお金を作ることができなかった場合には、安易にクレジットカードでキャッシングしたりせずに、電気やガスを止められた中で生活するほうを選択してる。だって、キャッシングってのは、「問題の解決」じゃなくて、「問題の先送り」だからだ。

‥‥そんなワケで、あたしのクレジットカードは、すべて必要経費にしか使ってないから、支払いもキチンとしてる。タマには、何万円もするお洋服や靴やバッグを買いたくなるけど、グッとこらえてガマンしてる。そして、ミクシーのアプリの「みんなのおしゃれ対決」で、架空のデパートで何十万円もお買い物して、自分のアバターに着せて、節約生活のストレスを発散してる。こないだなんか、コツコツ貯めたお金が500万円くらいあったから、一気に200万円も使っちゃったよ。架空のお買い物でも、20万円のブラウスだの、18万円のスカートだの、40万円のワンピだの、30万円のパンプスだの、45万円のバッグだの、25万円のピアスだのって買いまくったら、ものすごいストレス発散になった(笑)

だけど、もしも、これとおんなじことを現実の世界でやっちゃったら、大変なことになる。たとえば、あたしのカードのお買い物枠は、1枚のカードが50万円で、2枚合わせると100万円になる。だから、サスガに200万円のお買い物はできないけど、それでも、あたしが何年間もずっと欲しくて欲しくてたまらないパンプスやバッグなら、2個も3個も楽勝で買うことができるし、お洋服だっていっぱい買える。

だけど、これは、あくまでも「カードのお買い物枠がある」ってだけのことであって、あたしに支払い能力はない。こんなにお買い物をしたら、1回払いは当然として、3回払いでも6回払いでも、あたしは翌月から困っちゃう。だから、あたしは、クレジットカード会社に対して、キャッシング枠を見直すだけじゃなくて、お買い物枠も見直して欲しいと思ってる。今回の「貸金業法」が、多重債務者の増加を防ぐ目的だって言うのなら、新宿や池袋のガード下の怪しげなポスターに引っかかって、お買い物枠を現金化しちゃう人たちがたくさんいる以上、お買い物枠の見直しもしなかったら片手落ちだと思う。だって、あたしみたいにお金に困ってる自営業者に、100万円ものお買い物枠を与えるなんて、どう考えてもキャパを超えてるからだ。

‥‥そんなワケで、今から250年ほど前の宝暦12年(1762年)、徳川家治が江戸幕府の第10代将軍だった時代だけど、この年、肥前唐津藩の7万石の藩主だった土井利里(どい としさと)は、下総古河藩の7万石の藩主に転封になった。今で言えば、九州の佐賀県&長崎県の担当から、東京の近くの千葉県&茨城県の担当に変わったってワケで、領地の広さは両方とも7万石なんだから、雰囲気的には「栄転」て感じだろう。

だけど、これが、実際には、「栄転」どころの話じゃなかった。領地の広さはおんなじでも、その名の通りに肥よくだった肥前唐津の土地と比べると、下総古河の土地の状況は酷いものだった。痩せた下総古河の土地では、今までみたいな収穫はなく、年貢の徴収量は半分になっちゃったのだ。藩で抱えてる藩士の人数は変わらないのに、収入が半分になっちゃったんだから、これじゃ、やって行けない。それなのに、どうしても「寺社奉行」になりたかった土井利里は、江戸時代のワイロ王としてオナジミの大名、田沼意次(たぬま おきつぐ)に、莫大なワイロを送り続けてた。藩の収入が半分になっちゃったのに、支出は以前よりも多くなっちゃったんだからたまんない。

それで、何とかしなきゃって思った糸井重里‥‥じゃなくて、土井利里は、安永2年(1774年)、上級藩士だった朝倉頼母(あさくら たのも)を家老に抜擢して、藩政の改革を一手に任せたのだ。イメージ的には、係長を一気に部長に昇進させたみたいな感じだから、朝倉頼母はハリキリマクリマクリスティーになっちゃって、「支出の抑制」「藩の秩序の回復」「民意の把握」「農村の復興」と、次々に取り組んだ。そして、その中でも代表的なのが、朝倉頼母が「新法」と名づけた財政改革で、家臣たちに徹底的な倹約を義務づけた厳しい「百カ条」を交付するとともに、家臣たちの借金をぜんぶ藩が肩代わりするっていう「アメとムチの政策」だった。

危険極まりない原発を押しつける代わりに、市町村の借金を棒引きにする。人殺しのための米軍基地を押しつける代わりに、莫大な交付金をバラ撒く‥‥ってワケで、今も昔も民の口を封じるためには「アメとムチの政策」ってのが定番だ。そして、朝倉頼母が家臣たちに与えたもう1つの「アメ」が、お金がなくてもお買い物ができるクレジットカードだった。もちろん、江戸時代にクレジットカード会社なんてなかったから、藩の中に「御買物方役所」って部署を作って、そこを通せば、生活必需品を中心に何でも「ツケ」で買えるようにしたのだ。

まず、家臣1人1人に「通帳」を作って渡しておき、家臣は自分の買いたい物をそこに書き込んでおく。そして、決まった日になると、「御買物方役所」の担当の役人が通帳を集めに来て、全員の通帳を見て、書き込まれてる品物をマトメて買い、それぞれの家臣へ配る。代金のほうは、次のお給料から天引きされるんだけど、何よりもビックル一気飲みなのが、「リボルビング払い」まで導入しちゃってたのだ。

お給料は少ないけど、家族を養わなきゃいけないから、ついつい通帳で買い物をしちゃう。そうすると、お給料日になっても天引きがあるから、タダでさえ少ないお給料が、もっと少なくなっちゃう。そのため、またまた通帳で買い物をしちゃう。まさに、負の連鎖だ。そして、天引きの額がカサんで来ると、今度は支払い方法を「リボルビング払い」に切り替えちゃう。これが続いてくと、数ヶ月で行き詰っちゃう‥‥ってワケで、現代人とおんなじように、250年前の下総古河藩の藩士たちも、次々と「カード破産」ならぬ「通帳破産」をしちゃって、朝倉頼母が考え出した「御買物方役所」のシステムは、わずか4ヶ月で破綻しちゃった。

朝倉頼母が音頭を取って実施した藩政の改革は、「お金がない人たちにもツケで物を買い与える」っていう「問題の先送り」的な政策を導入したために、最初こそ家臣たちには喜ばれたけど、あっと言う間にボロが出ちゃった。そして、これが原因で、藩政の改革自体も、わずか2年で行き詰まっちゃったのだ。有り余ってるお金を家臣たちのために使ったのならともかく、年貢の徴収量が半分になって、藩の財政がガタガタな時に、借金してまで「子ども手当」なんかをバラ撒いたもんだから‥‥じゃなくて、借金してまで「御買物方役所」なんかを導入したもんだから、利用する家臣たちは次々と「通帳破産」して行き、買い物を肩代わりした藩は代金を回収できずにアッチョンブリケーッ!‥‥ってことになっちゃったのだ。

‥‥そんなワケで、250年前の下総古河藩とおんなじように、財政が破綻しかかってる現代のニポン藩では、藩主の菅さんと家老の枝野っちが、消費税を2倍、3倍にして、年貢の徴収量を大きくしようとしてる。だけど、現行の年貢にも苦しみながら、収穫の上がらない痩せた土地で必死に生活してる領民たちは、果たして、年貢を引き上げられても大丈夫なんだろうか? 「子ども手当」という「アメ」を与えた一方で、その財源を作るための「増税」という「ムチ」で叩かれる領民たちの中には、子供がいなくて「子ども手当」をもらえない人たちもたくさんいる。つまり、「アメ」をもらえずに「ムチ」で叩かれるだけの人たちが、たくさんいるってワケだ。だから、あたしは、こんなに偏った政策を続けてたら、今以上に多重債務者やカード破産者が続出しちゃうんじゃないだろうか?‥‥なんて心配になって来る今日この頃なのだ。


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2010.08.06

お知らせです。

今日、8月6日は、広島に原爆を投下された日ですね。

あたしは毎年、広島に原爆を投下された8月6日の午前8時15分と、長崎に原爆を投下された8月9日の午前11時2分に、1分間の黙祷をしています。

ふだんは原爆や戦争のことなど考えない人も、今日だけは、少し考えてみてほしいと思います。

あたしが4年前に書いた原爆に関するエントリー、「原爆の日」を読んでいただけると嬉しいです。
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http://bit.ly/ao9nSq

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2010.08.05

隣りは何をする人ぞ

あたしは、中田有紀ちゃんが大好きだから、早朝は日本テレビの「おはよん」を見るけど、そのあとはテレビ朝日に替えて「やじうまワイド」と「スーパーモーニング」を見ることが多い。で、昨日の4日もこの流れで見てたら、「スーパーモーニング」で、鳥越俊太郎さんがトンチンカンなことを言った。あたしは、鳥越さんのことは好きだし、他局の「自民党から内閣機密費をもらってたんじゃないの?」って疑いたくなるような自民党擁護キャスターの面々よりは、遥かに素晴らしい人物だと思ってる。

だから、あたしは、鳥越さんがタマにトンチンカンなことを言っても、愛情を持って「見て見ぬふり」をして来た。だけど、今回は、あたしの愛する俳句に関するトンチンカンな発言だったので、サスガに見過ごすことはできない。それで、ここでツッコミを入れさせてもらうことにしたんだけど、鳥後さんがどんなことを言ったのかっていうと、100歳以上の高齢者の所在が不明になってる問題で、こんなことを言ったのだ。


「昔から『隣りは何をする人ぞ』って言いますしね」


それまでの他の人たちの発言や流れから、これは、「今の人たちは隣り近所にどんな人が住んでいるのかも知らない」「今の人たちは隣り近所のことには無関心だ」ってことを言わんとしての発言だってことは、この場面を見てた人なら誰もが分かっただろう。そして、鳥越さんのこの発言を聞いた周りの人たちも、その意図通りに受け取り、ナニゴトもなかったかのように次へと進んだ。

だけど、俳人であるあたしとしては、松尾芭蕉と正岡子規を勝手に師としてるあたしとしては、これほどトンチンカンな発言は絶対に見過ごすことはできないし、この発言にツッコミを入れなかった周りの人たちの無知さ加減にも腹が立った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、少しでも俳句をかじったことがある人なら、この「隣りは何をする人ぞ」って言葉が、昔からある格言や諺(ことわざ)の類なんかじゃなくて、松尾芭蕉の代表的な句のひとつであることを知ってるだろう。


 秋深き隣は何をする人ぞ 芭蕉


だけど、鳥越さんの「昔から『隣りは何をする人ぞ』って言いますしね」って発言から感じられるのは、鳥越さんがこの言葉を「芭蕉の有名な句」だとは知らずに、昔からある格言や諺の類だと思い込んでるんじゃないのか?‥‥ってことだ。ま、この点に関しては、単なる知識の有無なんだから、鳥越さんが知らなかったのなら仕方ない。いくら天下の芭蕉の代表句のひとつだと言っても、俳句にまったく興味のない人なら、知らない場合もあるだろう。だから、この点に関しては、あたしは何も文句はない。ただ、物知りだと思ってた鳥越さんが、こんな有名な句も知らなかったのか‥‥ってことで、鳥越さんに対するイメージが変化しただけの話だ。

そんなことよりも、あたしがツッコミを入れたいのは、鳥越さんのトンチンカンな解釈だ。マクラにも書いたように、鳥越さんは、この「隣りは何をする人ぞ」ってフレーズを「隣り近所のことには無関心」て意味で引用してるけど、これが大きな間違いなのだ。この句は、晩秋の夜に、隣家の明かりを見て、隣家の人たちの暮らしに思いを馳せる心を詠んでる。「こんな時間になっても明かりがついているということは、隣りの人たちは夕食後の家族団らんを楽しんでいるのかな?」、こんな思いが、旅先で病床に伏せている芭蕉の心に渡来しているのだ。

この句には、さみしい晩秋の夜に、隣家の団らんに思いを馳せる芭蕉の心が詠われてるのであって、間違っても「隣り近所のことには無関心」なんて解釈は成り立たない。芭蕉は、「無関心」どころか、正反対に「興味津々」なのだ‥‥ってワケで、この句の最大のポイントは、上五が「秋深し」っていう終止形じゃなくて、「秋深き」っていう連体形になってる点だ。念のために書いとくと、別の資料には「秋深し」って記されてるものもあるんだけど、それは書いた人が誤記した可能性が高くて、信憑性が乏しい。芭蕉と旅をともにした弟子の各務支考(かがみしこう)がマトメた「笈(おい)日記」に記されてる「秋深き」のほうが正式な句とされてる。

で、この「秋深き」は連体形なんだから、続く言葉を修飾してるワケだけど、俳句は通常の文章と違って「省略」が多いから、この場合、何を修飾してるのかがハッキリしない。「隣」に掛かってるようにも読めるし、「人」に掛かってるようにも読める。ようするに、表現が曖昧で、どこに掛かってるのかが分からないのだ。でも、この謎は、最後まで読めば氷解する。この句は、句末の「ぞ」で、詠嘆を残しつつフェードアウト的に切れてるからだ。つまり、上五の「秋深き」は、連体形だけど、通常の文章のようにどれかひとつの単語を修飾してるんじゃなくて、全体の背景としてイメージを定着させてるってワケだ。

ものすごく分かりやすく言えば、画用紙の真ん中に、一軒の家の絵を描いたとする。この絵だけを見ても、季節は分からないよね。でも、その家の周りに、枯れて行く木々やくすんだ色の山などの背景を描けば、「秋の景」だってことが分かるよね。この「背景」にあたるのが、「秋深き」っていう上五の表現てワケだ。連体形にしてあるのは、その「背景」が包んでる「家」も、その家の中で暮らしてるであろう「家族」も、すべてが「深い秋の中に存在してる」ってことで、これこそが、芭蕉が「秋深し」と終止形で切らなかった理由なのだ。

‥‥そんなワケで、もうちょっと、この句の背景を語らせてもらうと、この句は、芭蕉がこの世に残した「最後から2番目の句」なのだ。元禄7年(1694年)の9月28日、51歳だった芭蕉は、大阪の長谷川畦止(けいし)の家でひらかれた句会に招かれて、翌29日は、根来芝柏(ねごろしはく)の家での句会に招かれてた。江戸から大先生である芭蕉が来てるんだから、芭蕉は引っ張りダコだったってワケだ。

だけど、体調がすぐれなかった芭蕉は、芝柏の家での句会に出ることを断念して、その代わりに、弟子に「秋深き隣は何をする人ぞ」という句を遣わせた。つまり、今で言うとこの「欠席投句」ってワケで、本人は何かの都合で出席できないけど、句だけは提出しますよ‥‥ってことだ。そして、この日から、芭蕉の容態はどんどん悪くなり、起き上がることもできなくなった。10日後の10月8日の夜には、看病していた門人の呑舟に墨をすらせて、「病中吟」として一句書かせた。


 旅に病(やん)で夢は枯野をかけめぐる 芭蕉


そして、この4日後に、芭蕉の長い旅は終わった。だから、一般的に言うと、この句が「辞世の句」ってワケで、さっきの「秋深き」の句は、芭蕉がこの世に残した「最後から2番目の句」ってことになる。でも、これまた細かいことを言うと、「旅に病で」の句は「病中吟」として書かせたもので、旅の途中で詠んだものだから、俗に言う「辞世の句」にはあたらないのだ。で、芭蕉は「旅に病で」の句を詠んでから、支考を枕元に呼んで、「なをかけめぐる夢心」ってのも詠んだんだけど、どっちがいいかな?‥‥って意見を聞いてる。この辺のやりとりも、支考がマトメた「笈日記」に記されてるんだけど、とっても興味深い内容だ。


「はた生死の転換を前にをきながら、ほつ句すべきわざにもあらねど、よのつね此道を心に籠て、年もやや半百に過たれば、いねては朝雲暮烟の闇をかけり、さめては山水野鳥の声におどろく。是を仏の妄執といましめ給へる、ただちに今の身の上におぼえ侍る也。此後はただ生前の俳諧をわすれむとのみおもふはと、かへすがへすくやみ申されし也。さばかりの叟の辞世は、などなかりけると思ふ人も世にはあるべし。」


ようするに、生きるか死ぬかの状況に置かれながらも、未だに「俳諧」という底なし沼にドップリと浸かってて、「俳諧」のことばかり考えてる自分を「仏の妄執」だって指摘して反省してるのだ。これは、完全に「迷い」であって、芭蕉も人の子だってことだ。後世の人たちは、芭蕉を「俳聖」だ何だってタテマツッちゃったけど、あたしは、こうした人間くさくて、へタレな芭蕉おじさんだから大好きなのだ。

‥‥そんなワケで、話をクルリンパと戻して、カンジンの「秋深き」の句についてだけど、芥川龍之介は、この句について、「芭蕉雑記」の中でこう書いてる。


「秋ふかき隣は何をする人ぞ/かう云ふ荘重の「調べ」を捉へ得たものは茫茫たる三百年間にたつた芭蕉一人である。芭蕉は師弟を訓(をし)へるのに「俳諧は万葉集の心なり」と云つた。この言葉は少しも大風呂敷ではない。芭蕉の俳諧を愛する人の耳の穴をあけねばならぬ所以である。」


この句に対して、あまりにも過大な評価みたいに感じるかもしれないけど、まだ「隣は何をする人ぞ」っていうフレーズが人口に膾炙してなかった時代だから、鳥越さんに「格言や諺の類」だと勘違いさせちゃったような先入観もなかったんだろう。何の先入観もないマッサラな状態で、純粋にこの句を鑑賞すれば、何とも言えない「市井の暮らし」の温かさが伝わって来るはずだ。そして、そこには、自分が旅先で病床に伏せながらも、その自分自身をも客観的に突き放して見ている「もう1人の芭蕉」、つまり、この句を読む「あたしたち」の姿が見えて来る。

これは、読み手に対する「時空を超えた挨拶」であり、芥川龍之介が引いた「俳諧は万葉集の心なり」って言葉の本質なのだ。だから、この「最後の旅」で、芭蕉は、大阪に来るまでに、こんな句も詠んでる。


 行く秋や手を広げたる栗の毬 芭蕉


これは、大阪に入る前の「伊賀」で詠まれたもので、「栗の毬(いが)」は「伊賀」に対する挨拶だ。さらに言えば、「手を広げたる栗の毬」という描写は、伊賀でお世話になった人たちへの感謝と別れを表現してる。自分の「思い」を歌に乗せて送り合った万葉の人たちの精神が、俳諧という省略形に姿を変え、作者の主観を表に出さない方向へと変化しても、底流してる「挨拶の心」は普遍だったってワケだ。そして、この流れで、「秋深き隣は何をする人ぞ」とか「旅に病で夢は枯野をかけめぐる」とかの句が詠まれてるんだから、これらの句を「病床での句」だの「辞世の句」だのっていう先入観を排除して純粋に鑑賞すれば、そこに見えて来るのは、やっぱり「挨拶の心」ってワケだ。

「秋深き隣は何をする人ぞ」は、晩秋の隣家の団らんに思いを馳せてるという体裁を取りながらも、「私は残念ながら今夜の句会には出席できませんが、あなたたちが楽しく過ごしていることを想像して、私も楽しい気持ちを共有していますよ」っていう、大阪の人たちに対する「挨拶の心」が底流してる。「旅に病で夢は枯野をかけめぐる」は、自分の俳諧に対する思いを詠んでるという体裁を取りながらも、「私は旅の途中の大阪で病に倒れてしまいましたが、私の精神は私の体を離れて、今でも自由に大自然の中を駆けめぐっていますよ」っていう、大阪の先の土地で芭蕉の到着を心待ちにしてる門人たちへの「挨拶の心」が底流してる。

‥‥そんなワケで、元禄7年の5月に江戸を旅立った芭蕉の最終目的地は、現在の福岡県の太宰府市を中心とした地域、「筑紫」だった。全国の門人たちのところに立ち寄りながら、最後には「筑紫」へ行き、九州の門人たちと句会を楽しむ予定だった。九州の門人たちも、江戸から遥々と大先生が訪ねて来てくれるんだから、これほどの喜びはない。数年に一度の大イベントだ。だから、旅の途中での芭蕉の訃報を聞かされた九州の門人たちが、どれほどの失意を感じたのかは、想像に難くない‥‥って、こんなに真面目なことを書きつつも、「筑紫」って地名から、どうしても鳥越俊太郎さんに似てた筑紫哲也さんのことを連想しちゃうあたしは、まだまだ芭蕉の足元にも及ばないことウケアイな今日この頃なのだ(笑)


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2010.08.02

六ヶ所村の再処理工場で作業員が被ばく

「六ヶ所村の再処理工場で作業員が被ばく」(世田谷通信)

日本原燃は、2日、青森県の核燃料再処理工場(六ヶ所村)で、30代の男性作業員が漏れた高レベル放射性廃液によって被ばくしたと発表した。しかし、事故が起こったのは7月30日のことであり、日本原燃が経済産業省原子力安全・保安院へ通報したのは、事故から3日も経過した8月2日の午後だった。保安院では今回の通報の遅れを重視し、日本原燃の川井吉彦社長に厳重注意し、通報体制の見直しを求めた。また、日本原燃では今回の高レベル放射性廃液の漏洩と被ばくを「基準値以下で健康に影響はなく周辺にも放射能の影響はない」とお決まりのコメントを出しているが、この施設の隣接する井戸水からは全国平均の7倍を超える放射性物質のストロンチウム90が検出されたばかりであり、コメント通りに信用することは難しいだろう。毎月のように繰り返される核燃料再処理工場の事故に、周辺住民の不安は大きくなるばかりである。(2010年8月2日)


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1日で1mm

数日前、皆さんからのお見舞いメールを読んでたら、その中の1通に、「日経ビジネス」にあたしとおんなじような症状の人の記事が掲載されてたと言って、その記事をコピーして送ってくださった人がいた。日本人の女性ギタリストのインタビュー記事だったんだけど、コンサート先のホテルに泊まって、朝、目が覚めたら、右手がまったく動かなくなってたというのだ。前日の夜まで普通だったのに、ある朝、目が覚めたら、突然、右手がぜんぜん動かなくなってたなんて、あたしとおんなじ症状だ。そして、その人が、「夢なら覚めてほしい」と思いながら病院へ行ったら、そこで告げられた病名が、まさに、あたしとおんなじ病名だったのだ。

あたしは、その記事を読んで、愕然とした。だって、その人は、ある年の10月に発症して、翌年の1月に完治して、ギタリストとして復帰したんだけど、担当のお医者さまは、「私の知る限り最短記録だ」って言ってるのだ。そのお医者さまは、最初の診察の段階でも、「何年も掛かるかもしれないし、3ヶ月で治るかもしれない」って言ってる。つまり、「3ヶ月で治ったらスーパーラッキー」ってことで、ヘタしたら「何年も掛かる」ってことなのだ。

マジですかーーー!! あたしゃそんな話ぜんぜん聞いてないよーーー!! あたしは、最初に病院に行った時に、ひと通りの検査が終わって病名を告げられてから、真っ先に聞いたのが、「1週間か2週間で治りますか?それとも1ヶ月くらい掛かっちゃいますか?」ってことだった。だって、働けなくなったら死活問題だからだ。そしたら、お医者さまは、「どれくらいで治るということは、まだハッキリとは言えないけど、絶対に治るから安心しなさい」って言ってくれた。あたしは、「どれくらいで治るか」ってこと以前に、「このままずっと右手が動かなくなったらどうしよう」とか、「右手だけが動かなくなったってことは、もしかしたら脳腫瘍かもしれない」とかって心配してたから、こうした病気でもない上に「絶対に治る」って言われたことが嬉しくて、自分で勝手に「最悪でも1ヶ月くらいで治る」って思い込んじゃってた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは、お仕事ができないことも困るけど、右手が使えないのは日常的にも不便だから、1日おきに治療に通いつつ、処方していただいたお薬を飲みつづけてる。だけど、あたしにとっては、50%の確率で手術をすることになるかもしれない婦人科の病気のほうが、どっちかって言ったらオオゴトに感じてた。何でかって言うと、お医者さまの説明の感じから、右手のほうは、このまま通院とお薬を続けてれば、そろそろ治るもんだと思ってたからだ。実際、治療を開始してから3週間が経過した今は、最初は1mmも動かなかった指が半分くらいまで曲がるようになったし、ほとんど感覚のなかった指や手のひらも、少しずつ感覚が戻って来てるからだ。

まだ、ペンを握って文字を書いたりはできないけど、それでも、左手だけで苦労してやってた日常のことが、右手のフォローでずいぶんラクになった。着替えやお料理など、左手だけだと果てしなく時間が掛かってイライラしてたけど、少しだけ指が動くようになった右手を添えると、遥かにスムーズにできる。だから、あたしの中では、「あと少しで治る」って気持ちになってた。3週間で半分くらい治った感じだったから、あと2~3週間でほとんど治ると思ってたし、どんなに長く掛かったとしても、あと1ヶ月もあれば完治するって思ってた。そして、右手が完治すれば、あたしは、お仕事にも復帰できる上に、「カンチ~! セックスしよ!」ってワケで、「東京ラブストーリー」にも復帰できるってワケだ。

だから、あたしとしては、今の治療を続けてれば、あと少しで完治すると思い込んでた右手のことよりも、経過を見ながら手術の必要があるかどうかを判断してる最中の婦人科の病気のほうが、ずっとヘビーな状況だった。だけど、「日経ビジネス」の記事を読むと、あたしの右手が完治するのは、最高にラッキーだったとしても3ヶ月、ヘタしたら何年も掛かっちゃうワケで、正直、最高にラッキーだったとしても、3ヶ月も働けなかったら生活できなくなっちゃう。そして、1年だの2年だのなんてことにでもなったら、カンチとセックスしてるどころの騒ぎじゃなくなる。

それで、心配になったあたしは、ネットでいろいろと調べてみたら、あたしとおんなじ病気になった人たちの体験談がいくつか見つかった。そして、サスガに何年も掛かった人はいなかったけど、中には、半年から1年くらい掛かった人も何人かいた。ある人の体験談では、担当のお医者さまから受けた説明として、「麻痺してる神経が再生(回復)するスピードは非常に遅くて、1日で1mm」ってことが書かれてた。つまり、麻痺してる神経の長さが、30cmなら300日、40cmなら400日も掛かるってワケだ。1日で1mmで30cmだなんて、1円ずつ貯金して10万円を貯めようとしてるみたいで、考えただけでも気が遠くなっちゃう。

もちろん、長さ30cmの神経が、左の端から毎日1mmずつ回復してって、300日目に右の端まで回復したとこで、右手が普通に動くようになる‥‥ってことじゃなくて、これは、あくまでも、治癒に掛かる時間の目安みたいなものだと思う。長さ30cmの神経が麻痺してたら、全体的に少しずつ回復してって、300日くらいで元の状態に戻る‥‥ってことなんだと思う。だけど、あたしにしてみれば、左の端から毎日1mmずつ回復してこうが、全体的に少しずつ回復してこうが、完治するまでに300日も掛かるならおんなじワケで、完全に生活できなくなっちゃう。

‥‥そんなワケで、あたしは、婦人科の病気のことで精神的にまいってるのに、さらに、右手の病気のことで追い打ちを食らっちゃった。とりあえず、1日おきに治療には通ってるけど、これは病院で紹介された鍼灸院で、病院に行って診察を受けるのは、今のお薬がなくなる1週間後だ。だから、1週間後に病院に行った時に、お医者さまに詳しいことを聞いてみるつもりだけど、これで「最低でも半年くらいは掛かります」なんて断言されちゃった日にゃあ、あたしは完全に「バンザイ」だ。もちろん、この「バンザイ」は、喜んでるんじゃなくて、「もうお手上げ」って意味だ。だから、あたしは、「もうお手上げ」の状況だけは避けるために、これからの1週間は、無理しても、毎日、鍼灸院に通おうと思った今日この頃なのだ。


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