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2010.10.27

人生の経験値/前編

あたしは、来月で38歳になるので、今のあたしは、生まれてから37年と11ヶ月も生きてるワケだけど、メンドクサイヤ人だから「38歳」ってことで話を進めてく。それで、フランク・ザッパに言えば、今、38歳のあたしは、今、76歳の人のちょうど半分、生きてきたことになる。だけど、ホントに、38歳のあたしは、76歳の人の半分、生きてきたのだろうか?‥‥って考えると、「一概にそうとも言えない」ってことに気づかない、気づこう、気づきます、気づく、気づくこと、気づけば、気づけ‥‥って、五段活用で気づいちゃったりする。

確かに、この世にオギャーと生まれてから、生命体として経過してきた時間は38年だけど、その内容にまで目を向けてみると、38年間、ずっと「現在のあたし」と同等のレベルで生きてきたワケじゃない。生まれたばかりの時は、自分が何なのかも分からないワケだし、生まれてから1年半くらいは、自力で歩くことも言葉を話すこともできなかったワケだ。もしも、この時期に、どこかに捨てられてたら、誰かに発見されない限り、間違いなく死んでた。そして、歩いたり話したりできるようになってからも、長い年月、親に面倒を見てもらってるワケで、1人で生きてくことはできなかったワケだ。つまり、1人の人間として、親の世話にならずに自分1人の力で生きていける状態になるまでは、まだホントの意味での「人生のスタート」を切ってない「半人前」の時代だったってことになる。

チョウチョの場合なら、タマゴから孵化したら、最初はイモムシで、それからサナギになって、最後にチョウチョになる。そして、最後のチョウチョを「成虫」って呼ぶことから、人間の「成人」に対応させて、成人式のお祝いのメッセージとかでは、よく「美しい蝶になって社会へ羽ばたいてください」的な言い回しをしたりもする。だけど、落ち着いて考えてみると、チョウチョの場合は、親はタマゴを産んだらどこかへ行っちゃうワケで、イモムシの時から自力で生きてるのだ。自力で葉っぱを食べ、自力で天敵から身を守り、兄弟姉妹たちが死んでく中、生き残った者だけがサナギになれる。何から何まで親が面倒を見てくれる人間とは違って、昆虫の世界は遥かに厳しい世界だと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、チョウチョを始めとした昆虫の場合は、タマゴから孵化した時点が「人生のスタート」なワケで、正確に言えば「虫生のスタート」なワケだけど、とにかく、この世に生まれた瞬間から自力で生きてかなきゃなんない。だけど、鳥の場合なら、親が巣でタマゴを温めてくれるし、タマゴから孵ってからは、親が食べ物を運んできてくれる。外敵からも親が守ってくれるし、ちゃんと飛べるようになるまで、自力でエサをとって生きていけるようになるまで、親が保護してくれる。だから、鳥の場合は、親の世話になってるうちは、まだ半人前の状態で、巣立ちの時こそが「鳥生のスタート」ってことになる。

だから、あたしの場合なら、専門学校を卒業してヘアメークの事務所に就職した20歳の時が、巣立ちの時であり、「人生のスタート」ってことになる。そして、おんなじ人間でも、中卒で就職した人なら15歳、高卒で就職した人なら18歳、大卒で就職した人なら22歳が「人生のスタート」ってことになる。もちろん、人それぞれ、いろんなケースがあるから、高校に進学したのに途中で辞めて働き始めた人もいれば、何浪もして大学に入った上に何年も落第してて、25歳をすぎても親のスネをかじってる人もいるだろう。人間の場合は、人によって、「人生のスタート」の時期は様々だ。

だから、あくまでも「あたしのケース」としてだけど、今、38歳のあたしは、社会人としてホントの意味での「人生のスタート」を切ってからは、まだ18年しか生きてない。一方、今、76歳の人は、あたしとおんなじ20歳で「人生のスタート」を切ったとして計算すると、もう56年も生きてることになる。つまり、年齢だけを比較すれば、あたしは、ちょうど半分、生きてきたことになるけど、自分の力で責任を持ってちゃんと生きてきた年月としては、あたしは、76歳の人の3分の1も生きてないってことになる。

‥‥そんなワケで、社会人になって、自分の力だけで生きていけるようになった時を「人生のスタート」にしちゃうと、人によって何年もの差が出ちゃうから、まだ親の保護下にあっても、人が社会生活を送る上での最低限の知識を身につけて、社会的な一般常識も身につけて、大人と同等の体力も身につけて、モノゴトを理論的に考えられるようになった時期を「人生のスタート」ってことにすると、ほとんどの人が中学時代の後半から高校時代の前半になると思う。だいたい15歳くらいだ。ほとんどの中学3年生や高校1年生は、大人と同レベルで会話ができるだろうし、もしも学校を辞めて社会人になったとしても、それなりに働くことはできる。

何しろ、戦争中は、15歳の少年も、大人とおんなじに戦うことを強制されたんだし、現在の法律では、男性は18歳、女性は16歳になれば結婚できる。こうした状況を総合的に踏まえれば、少なくとも精神的な面や肉体的な面では、15歳を大人と同等に扱ってもいいと思う。だから、実際には親に食わせてもらってる半人前の状態でも、今日は、15歳からを「大人」として考えてみたいと思う。

で、さっきのあたしの例だけど、15歳が「人生のスタート」なら、38歳のあたしは、23年間生きてきたことになるし、76歳の人は、61年間生きてきたことになる。だから、さっきは3倍以上の差がついちゃったけど、ちょっとだけ緩和されて、約2.65倍になる。それでも、生命体としての実際の経過年月はピッタリ2倍なんだから、38歳のあたしは、76歳の人よりも、実際の年月より30%ほど少なくしか生きてないってことになる。

もっと分かりやすい例をあげると、今、20歳の人と、40歳の人との比較だ。この世にオギャーと生まれてから、生命体として経過してきた時間だけを比較すれば、ピッタリ2倍になる。だけど、15歳からの年月を比較すると、20歳の人がたった5年しか生きてないのに対して、40歳の人は25年も生きてるワケで、その長さは5倍にもなる。これは、ものすごく大きな差で、それがそのまま人生の「経験の差」につながるのだ。

たとえば、大学を卒業して、ある企業に就職して1年目の23歳の人と、その企業でずっと働いてきた46歳の先輩がいたとしたら、生命体として経過してきた年月は2倍になるけど、15歳からの年月だと8年と31年だから4倍近くになるし、この企業に就職してからの年月だと1年と23年だから、もう比較にならないほどの差ができちゃう。そして、この23歳の人は、先輩の仕事ぶりを見て、「さすが、ボクが生まれてから今まで生きてきた年月と同じだけ働いてる人は凄いな」って思うかもしれないけど、それは違うのだ。ボクは、生命体としては23年間生きてきたけど、そのうちの半分以上は、赤ちゃんだったり、幼児だったり、小学生だったりで、23年間ずっと自分の力で生きてた「大人の年月」と同等に比較することはできないのだ。

‥‥そんなワケで、細かいことを言えば、社会人でも何も考えずにダラダラと日々を過ごしてる人もいれば、小学生でも難しいことをいろいろと考えてる子もいるワケで、単純に「大人になってからの人生のほうが濃い」とは言えない。だけど、他人と比較するんじゃなくて、その人の中だけで比較した場合には、すべての人に共通してることに気づく。さっきの23歳の人の例なら、46歳の先輩と比較するんじゃなくて、23年後の「46歳になった時の自分」と比較するってことだ。逆に言えば、今、46歳の人が、23歳の時の自分を思い出してみるってことだ。

今、46歳の人が、23歳の時の自分のこと‥‥22歳で大学を卒業して、今の会社に就職して、1年が過ぎたころの自分を思い出すと、当時はイッパシの社会人のつもりでいたってことに気づくかもしれない。いろんな困難を乗り越えてきて、自分が46歳になった今だからこそ、当時の自分のことを客観的に見てみると、「ロクに仕事もできないクセに生意気なことばかり口にしてた青二才」だったってことに気づくかもしれない。これは、現在までの23年間、つまり、46年間の人生の後半の23年間の体験によって構築された知識や精神性による「気づき」であって、その経験をしてない23年前には気づけるワケなかったのだ。

この方式で考えれば、最初のあたしの例でも、大きな発見がある。今、38歳のあたしと、どこかの76歳の誰かとを比較するんじゃなくて、38年後の自分、76歳になった時の自分とを比較すれば、ものすごく分かりやすい。今のあたしは、生命体としては38年間生きてきたけど、赤ちゃんの時代や幼児の時代を始め、ある程度の一般的な知識を身につけて、モノゴトを理論的に考えられるようになるまでの半人前の期間を引き算したら、たかだか23年間しか生きてないってことになる。だから、今のあたしは、年齢は38歳でも、23年ぶんの経験や知識しかないってことになる。

そして、何の向上心も持たずに、1冊の本も読まずに、このままダラダラと生きていけば、38年後に76歳になった時も、今とほとんど変わらないレベルの人間でしかなく、ただ単に、肉体的に衰えただけってことになる。だから、そんな生き方をしたら、76歳になったあたしが38歳のころの自分を振り返った時に、外見的な変化を憂うだけで終わっちゃう。たとえば、1週間に1冊でも本を読み続けてたら、38年で約2000冊の本を読んでるワケで、たとえそれが恋愛小説や推理小説などの娯楽本だったとしても、数え切れないほどの「気づき」があっただろう。実際、あたしは、これまでに読んだ本から、数え切れないほどの「気づき」を授かってるからだ。

‥‥そんなワケで、あたしは、どんなに悩んでも、周りの誰かに相談することはメッタにない。ほとんどの場合、自分のことは、自分で考えて、自分で結論を出すようにしてる。何でかって言うと、あたし自身が、人から悩みを相談されることが大嫌いだからだ。だって、周りから持ち込まれる相談事なんて、ほとんどはすでに自分の中で答えが出てることで、それなのに一歩を踏み出す決心がつかないから、誰かに背中を押してほしくて、メンドクサイヤ人な話を持ちかけてくるってパターンだからだ。そのため、自分から持ちかけてきた相談なのに、否定的な助言をすると逆ギレしたりする。同意だけが欲しくて、否定されたらキレるってことは、すでに自分の中で答えが出てるワケで、「それなら相談にくるな!」って思う。

で、ちょっとダッフンしちゃったけど、あたしは、どんな悩みも自分の中だけで解決するように心掛けてて、そのベースになってるのが、これまでの自分の「体験」と、いろんな本から授かった「気づき」と、写生俳句を実践してることによって自然から授かった「気づき」だ。フランク・ザッパに言えば、あたしの考え方の基本的な部分は、子供のころから変わってない。曲がったこと、筋の通らないことが大嫌いなので、どこに行っても敵を作っちゃう。子供のころは、まっすぐすぎる性格が災いして、クラスの障害を持った子がイジメられてるのを見て見ぬふりできなくて、思わず助けに入ったことで、それからずっとあたしがイジメの対象になった。

だけど、いろんな体験をしてきて、いろんな本を読んできて、中学生になってからは俳句も始めたことによって、あたしはたくさんの「気づき」を授かり、たいていのことは自分の中だけで解決できるようになった。小学生の時には、どうしていいか分からずに、泣きながら母さんに話してたようなことも、中学生になったころには、自分の中だけで解決できるようになった。中学生の時には、悩んで悩んで悩んだ果てに親友に相談してたようなことも、高校生になったころには、自分の中だけで解決できるようになった。これは、すべて、自分の「体験」の蓄積と、「気づき」の蓄積によるものだ。

だから、38年後のあたしは、少なくとも今のあたしの2.65倍は、「体験」と「気づき」、つまり、「人生の経験値」を増やしてないとおかしいワケで、そうなってれば、38年後のあたしは、少なくとも今のあたしの2.65倍の困難にも対応できる人間に成長してるってことになる。2倍の年齢を重ねたから、「人生の経験値」も2倍になるってのは、15歳以前の半人前の期間までを勘定に入れちゃってる「間違った計算方式」であって、正しくは、この方式になる。今、20歳なら、40歳になるまでに、それまでの5倍の「人生の経験値」を得てるのが普通だし、今、30歳なら、60歳になるまでに、それまでの3倍の「人生の経験値」を得てるのが普通ってことだ。

ま、モノゴトの考え方も生き方も人それぞれなんだから、この「普通」って言い方は語弊があるけど、これは、あくまでも「あたしの場合」のことだから、この「普通」も「あたしにとっての普通」ってふうに解釈してほしい。そして、この「あたしにとっての普通」は、自分で言い出したワリには、あと2年で40歳になっちゃうあたしが、20歳のころの自分のことを思い返してみると、20歳の時から今までに5倍近くもの経験値を得てるかどうだか、ナニゲに不安になってくる。こうしたものは、キチンと計測する手段がないから、自分のことを客観的に見て、雰囲気的に読み取るしかないけど、あたし自身を見てみると、20歳の時の経験値のレベルを20とすると、正直、今のあたしが5倍の100になってるとは思えない。ヒイキ目に見ても、3倍の60がいいとこだし、厳しく見れば、2倍の40くらいな気もしてくる。

‥‥そんなワケで、38年間の人生で、あたしが身につけてきた「気づき」の中に、「どんなにネガティブなことでも、できるだけポジティブに考えたほうが、結果的に傷は浅くすむ」ってのがある。だから、自分で言い出しておきながら、現在のあたしが、20歳の時のあたしの5倍の「人生の経験値」を得てない、5倍の成長をしてない‥‥ってことに関しても、どうせならポジティブにとらえて、「美味しいオカズはあとから食べる作戦」てことにしちゃおうと思う。つまり、あたしの場合は、本を読んだり俳句を詠んだりすることから「人生の経験値」のモトになる「気づき」を授かってるから、好きな本を読んだり、好きな俳句を詠んだりする楽しみは、あとに取っておいたっていう苦しい作戦だ‥‥ってワケで、今日は久しぶりに語っちゃってて、まだまだ終わりそうもないので、こんなに漠然とした話題だってのに、明日の「後編」へ続いちゃう今日この頃なのだ。


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