1馬力の馬鹿力
今日は、中山競馬場で、第52回の「アメリカジョッキークラブカップ」、略して「AJC杯」があった。「AJC杯」と言えば、今まで何度も書いてきたように、今から35年前の1976,年、第17回のレースを父さんに連れられて府中競馬場まで観に行ったあたしは、1頭だけで白くて小さかった馬、ホワイトフォンテンをひと目で気に入り、父さんに「おのお馬さんがいい!」って言って、その馬が1着でゴールを駆け抜けるシーンを目撃した。ちっちゃかったあたしは、「はじめてのおつかい」ならぬ「はじめての予想的中」ってワケで、あたしの予想でホワイトフォンテンの単勝を特券で買った父さんは、1000円が7万円になったってワケだ。
ま、お金のことは、ちっちゃかったあたしには分からなかったけど、長い尻尾をなびかせながらゴールを駆け抜けたホワイトフォンテンの姿と、あの大歓声だけは、今でも脳裏に焼きついてる。そして、それから長い年月が過ぎた今日、当時の父さんよりも年上になっちゃったあたしは、大切な思い出のレース、「AJC杯」の馬券を買った。あたしの予想は、サンライズベガとダイワジャンヌで、この2頭の単勝と、馬連、ワイド、そして、念のためにサンライズベガの複勝をそれぞれ100円ずつ、合計500円でレースを楽しむことにした。
今回の「AJC杯」は、1番人気が実力ナンバーワンのトーセンジョーダン、2番人気がコスモファントムで、去年と一昨年、2連覇してるネヴァブションは3番人気だった。あたしは、ネヴァブションは好きな馬だけど、やっぱり横山典弘騎手とのコンビじゃないと実力を発揮できないと思ったので、後藤浩輝騎手が騎乗する今回はパスした。そして、1番人気のトーセンジョーダンは、「AJC杯では1番人気は3着までにも入らない」っていうジンクスを信じてパスした。だから、純粋に、1番好きなサンライズベガと、唯一の牝馬、ダイワジャンヌにすべてを懸けた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、レースの結果は、1番人気のトーセンジョーダンがジンクスを破って1着になり、2着には6番人気のミヤビランベリ、3着にはネヴァブションが入り、あたしの予想はカスリもしなかった。ダイワジャンヌは女の意地で5着に入賞したけど、あたしのイチオシだったサンライズベガは、お父さんでダービー馬のアドマイヤベガ譲りの末脚も、おばあちゃんでオークス馬のベガのような根性も見せずに、最下位の11位に沈んじゃった。だけど、展開としては、いい位置につけてて悪くなかったし、全体のペースは遅かったからそんなに体力を消耗したとも思えないし、ハンデも57キロだったからトーセンジョーダンの58キロよりも軽かったし、いったい何が悪かったのか?
サンライズベガは、9月26日の「産経賞オールカマー」で、4着に破れたとは言え、素晴らしい走りを見せた。そして、次の10月16日の「アイルランドT」では、6着と振るわなかったけど、ここからがポイントなのだ。サンライズベガには、ここまで何戦も松岡正海騎手が騎乗してきたけど、今回の「AJC杯」では、松岡騎手は2番人気のコスモファントムに乗るため、サンライズベガには外国人騎手のF.ベリー 騎手が騎乗することになった。
で、何がポイントなのかって言うと、サンライズベガが6着に敗れた「アイルランドT」は、トーセンジョーダンが1着になってるのだ。そして、今回、サンライズベガに乗ることになったF.ベリー騎手は、アイルランド人なのだ。つまり、「アイルランドT」でトーセンジョーダンに敗れたサンライズベガが、アイルランド人の騎手とのコンビで、トーセンジョーダンにリベンジを果たす!‥‥ってのが、あたしが描いたゼーレのシナリオだったってワケだ。
だけど、結果は、マサカの最下位。もちろん、レースの最後で5着までに入賞できないことがハッキリしたら、無理に走らせて少しでも順位を上げることよりも、力を抜いて安全に終わらせるようにするから、「最下位だから一番遅かった」ってことにはならない。だけど、サンライズベガよりも馬体重の軽いトーセンジョーダンが、サンライズベガよりも重いハンデを背負って1着になってる。さらには、トーセンジョーダンは5歳だけど、2着のミヤビランベリも3着のネヴァブションの8歳だし、10着のダンスインザモアなんて9歳なんだから、7歳のサンライズベガの敗因を年齢のセイにはできないだろう。
だって、11頭っていう少ない数の今回の「AJC杯」にしても、18頭のフルゲートのレースにしても、ひとつだけ言えることは、すべての馬の力はおんなじだってことだ。「えっ?」って思う人もいるかもしれないけど、すべての馬は、みんな「1馬力」だからだ。そして、普通のレースなら、「1馬力」の馬が何頭も並んで、みんなおんなじ重さを背負って競走する。だけど、今回の「AJC杯」みたいな別定戦の場合は、背負う重さが違ってくる。今回なら、1着になったトーセンジョーダンや3着になったネヴァブションは、58キロだったけど、2着のミヤビランベリや、あたしが応援してたサンライズベガは57キロだった。そして、4着のコスモファントムは56キロだったし、唯一の牝馬のダイワジャンヌは、もっとも軽い55キロだった。
つまり、どの馬もみんな「1馬力」だと考えれば、58キロの荷物を運んでる馬よりも、56キロとか55キロとかの荷物を運んでる馬のほうが速く走れるハズだし、57キロのサンライズベガが、58キロのトーセンジョーダンに惨敗するなんて考えられない‥‥ってワケで、今回、あたしは、この「馬力」ってものに関して、いろいろと調べてみた。そしたら、今回のサンライズベガの敗因が、ついに分かったのだ!
‥‥そんなワケで、「馬力」ってのは、その名の通り、1頭の馬の力を目安にした単位で、たとえば、あたしの原チャリ、ホンダDIOの場合なら、ノーマルで約7馬力だ。だけど、これは、規制前の2サイクルのDIOだからで、現行の4サイクルのDIOだと約4馬力しかなくて、死ぬほど遅い。普通の乗用車なら、軽自動車が60馬力、普通車が100馬力から200馬力の間で、スポーツカーになると200馬力を超える。ニポンには「乗用車の上限は280馬力にしなさい」っていう自主規制があるけど、どのメーカーもこんなのは無視しちゃってるから、たとえば、ニッサンの現行のスカイラインGTRなら、ノーマルの状態で530馬力もある。現行のF1マシンが700馬力なんだから、市販車がノーマルで500馬力を超えてるってのは凄い話で、これに勝てるのは10万馬力の鉄腕アトムくらいだろう。
で、そんな「馬力」だけど、もともとは、今から250年近くも前の1765年に、スコットランドの発明家、ジェームズ・ワットが、それまでの蒸気機関を改良した新しい蒸気機関を発明した時に、その仕事率を数値で表わす単位が必要になり、考え出したものなのだ。ワットが、当時の一般的な荷役馬に、175ポンド(約80キロ)の荷物を引かせてみたところ、1分間で188フィート(約50メートル)進むことができた。それで、ワットは、175ポンドと188フィートをカケて「33000フィートポンド」っていう仕事量を「1馬力」に決めたのだ。
つまり、実際に馬が引いたのは175ポンドの荷物だけど、分かりやすく言えば、33000ポンド(約15トン)の荷物を1分間に1フィート(約30センチ)動かす仕事量が「1馬力」ってワケだ。そして、もっと分かりやすく言えば、これを60秒で割って、550ポンド(約250キロ)の荷物を1秒間に1フィート動かす仕事率が「1馬力」ってワケだ。だから、実際の「馬力」ってのは、「最大出力」みたいな感じじゃなくて、一定の重さのものを動かし続けるっていう継続的な仕事率の単位で、ナニゲに地味なものなのだ。
‥‥そんなワケで、あたしたちニポン人は、長さは「メートル」、重さは「グラム」で生活してるから、「フィート」とか「ポンド」とか言われてもピンと来ない。ボウリングのボールで「16ポンド」って言われても、ただ単に「一番重たいやつ」って思うくらいで、何キロなのか分からない。それで、あたしは、わざわざカッコの中に分かりやすい単位を書いたんだけど、これが問題なのだ。最初に「馬力」を考え出したジェームズ・ワットは、イギリスの単位の「ヤード・ポンド法」で定義したワケだけど、これがフランスに渡ると、フランス人たちにはピンと来なかった。フランスも、あたしたちとおんなじ「メートル法」の国だからだ。
それで、フランスでは、この「1馬力」って単位を分かりやすくするために、「ヤード・ポンド法」から「メートル法」へと変換することにした。そして、「550ポンドのものを1秒間に1フィート動かす」っていうイギリス方式は、「75キロのものを1秒間に1メートル動かす」っていうフランス方式に変換されたのだ。これは、計算上、できる限りイギリスの「1馬力」に近づけたものなんだけど、それでもピッタリとおんなじにはならなかった。
現在の国際基準では、仕事率の単位は「ワット」が使われてる。これは、ジェームズ・ワットの名前から生まれた単位で、「60ワットの電球」や「500ワットの電子レンジ」などの身のまわりのものから、「何万キロワットの発電所」なんてものまで、あたしたちにもナジミのある単位だろう。そして、この「ワット」に「1馬力」を置き換えてみると、最初にジェームズ・ワットが定義したイギリスの「1馬力」が「745.700ワット」なのに対して、フランスの「1馬力」は「735.49875ワット」になっちゃうのだ。さらに言えば、ずっとあとから、この「馬力」って単位が入ってきたニポンの場合には、ものすごくアバウトに、「1馬力=750ワット」ってことにしちゃってる。
ちなみに、イギリスの馬力を「英馬力」って呼んで、「horse power」の頭文字の「hp」を単位にしてて、フランスの馬力を「仏馬力」って呼んで、ドイツ語の「馬の力」の意味の「Pferdestärke(プフェールダ・ステルカ)」の頭文字の「ps」を単位にしてる。ニポンでは、「仏馬力」のほうを使って「400ps」とかって書くことが多いけど、アメ車に乗ってる人とかは「英馬力」の「hp」を使う場合が多い。
‥‥そんなワケで、話はクルリンパと戻るけど、今回、あたしが応援してたサンライズベガは、松岡正海騎手から F.ベリー騎手に乗り変わった。あたしは、これを「アイルランドT」のリベンジだって解釈したんだけど、結果は、あたしの予想とはウラハラに、トーセンジョーダンに惨敗しちゃった。おんなじ「1馬力」の馬なのに、それも、トーセンジョーダンのほうが1キロ重たいハンデを背負ってたのに、どうしてなの?‥‥ってことだったけど、F.ベリー騎手の母国のアイルランドも、イギリスとおんなじ「ヤード・ポンド法」の国だから、馬力に関しては「英馬力」ってことになる。だけど、問題は、F.ベリー騎手の名前にあった。F.ベリー騎手の名前は「フランシス・ベリー」、そう、名前が「仏馬力」だったのだ!
どの馬も、みんな「1馬力」だけど、これは、ジェームズ・ワットが定義した「英馬力」であって、ワットで言えば「745.700ワット」ってことになる。やっぱり、競馬と言えばイギリスだからだ。だけど、今回、名前が「仏馬力」のF.ベリー騎手が騎乗したことによって、サンライズベガだけが「仏馬力」、つまり、「735.49875ワット」になっちゃったのだ。他の馬たちよりも10ワットも低いんだから、こんな仕事率で2000メートルも走れば、その差は歴然となる。だから、サンライズベガは勝てなかったのだ。もちろん、これは、単なるアトヅケのコジツケだけど、サンライズベガには思い入れがあるから、こんなに無茶苦茶な屁理屈でも、フォローしたくなっちゃう。
ま、終わったレースのことはともかくとして、この「1馬力」って単位だけど、ホントに競走馬って「1馬力」なのか?‥‥っていう新たな疑問が浮上してきた。だって、ジェームズ・ワットが測定したのは、今から250年も前の荷役馬であって、「血統の芸術」とも呼べる競走馬とは、種類も能力もぜんぜん違うと思うからだ。それで、あたしは、これまたネットで調べてみたんだけど、いろんな人たちがいろんな試算をしてて、計算方法や考え方も様々だった。だけど、総合的に見てみると、現在のニポンの競走馬は、仕事率で言うと、2馬力から3馬力くらいの力があるってことだった。
だけど、これは、あくまでも「一定の重さの荷物を引っぱる仕事率」っていう本来の馬力に関する試算だった。競走馬は、速く走るための馬だから、「ばんえい競馬」の馬のように、重いものを引っぱるようにはできてない。それで、「一定の重さの荷物を引っぱる仕事率」を「一定の距離を速く走る仕事率」に置き換えて試算してる人によれば、ニポンの競走馬は100馬力を超えると言う。3馬力と100馬力、計算方法によって、こんなに差が出るもんなんだ。
ちなみに、本来の馬力で言うと、フランスのノルマンディーを原産とする「ペルシュロン」ていう種類の馬が最強で、軽く10馬力を超えるそうだ。この馬は、首や脚も太くて、体重も1トンを超える。サラブレッドは500キロ前後だから、2倍の大きさだ。記録に残ってる最大の「ペルシュロン」は、「ドクトゥール・ル・ジェア」って名前の牡馬で、体高が211センチ、体重が1370キロだったそうだ。こうなってくると、もう完全に馬じゃない別の動物だよね。
それから、「ばんえい競馬」の「ばんえい馬」も、体重が1トン前後の大型馬だし、何よりも重たいものを引っぱるための馬だから、ジェームズ・ワットとおんなじ方式で馬力を計算してみた人がいた。その人によると、軽く15馬力は出てるそうだ。もともとは、馬1頭の仕事率を測定して単位にした「馬力」なんだから、馬1頭は「1馬力」に決まってるハズなのに、馬1頭が「15馬力」だなんて言われたら、すでに、この単位は「馬力」とは呼べなくなっちゃう。
だけど、これを人間に置き換えて考えてみると、それほどおかしくないことに気づく。たとえば、身長170センチ、体重60キロの中肉中背の平均的なおじさんに、20キロのお米の袋を2つ担がせて、1分間でどれくらいの距離を進めるか計測して、それを「1人力」とする。そして、これとおんなじことをチェ・ホンマンとかセーム・シュルトとかにやらせたら、絶対に「1人力」ってことはないだろう。「5人力」とか「10人力」とかを発揮しちゃうと思う。そして、これとおんなじことを陸上のオリンピック選手にやらせたら、よくても「2人力」か「3人力」ってとこだろう。だけど、あたしの場合は、20キロのお米の袋を2つも持つことなんてできないから、「0人力」ってことになっちゃう。でも、あたしは、ちゃんと住民税も所得税も納めてる1人の人間だ。
‥‥そんなワケで、おんなじ人間でも、これだけ体力や特性に違いがあるんだから、馬だっておんなじだ。タイヤのついた荷馬車を曳くだけの一般の馬と、1トンものソリを曳いて走る「ばんえい馬」とを比較することはできないし、速く走るための競走馬を比較することもできない。ひとつの物差しは、そのジャンルのものを計るための道具であって、他のジャンルのものを計ることはできない。だから、「1馬力」どころか「1人力」もないあたしだけど、大好きな「馬家」の石川喬司先生に追いつけるように、馬の力の他に鹿の力もプラスして、「馬鹿力」を発揮した競馬予想を展開してこうと思ってる今日この頃なのだ(笑)
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