究極の麦とろ飯
あたしは、東京生まれで東京育ちだし、母さんも父さんも東京だし、両方のおじいちゃんもおばあちゃんも東京だし、母さんのほうは三代東京、父さんのほうは五代東京なので、あたしが子供のころから食べてきた家庭料理は、完璧に「東京の味」だった。ま、おんなじ東京でも、味付けに関しては、それぞれの家庭の味付けがあるワケで、母さんよりも父さんのほうが濃い味が好きだったから、母さんの作ったお料理はちょうどいい味なのに、父さんはいつもお醤油をかけて食べたりしてた。
で、そうした味付けの好みのことじゃなくて、お料理自体の内容で言うと、東京には東京のスタイルがあるワケで、たとえば、前にもリトル書いたことがあるけど、東京の場合は、「肉じゃが」のお肉は豚肉を使う。もちろん、あたしの家だけじゃなくて、東京なら誰の家でも豚肉だし、学校の給食でも豚肉だし、街の定食屋さんや居酒屋さんでも豚肉を使った「肉じゃが」が出てくる。だから、関西の「肉じゃが」は牛肉を使うって初めて聞いた時は、とても信じられなかった。
そんなあたしが、今、驚いてるのが、疎開先のお味噌汁の内容だ。ピンポイントで地名を言えなくてキョーシュクだけど、東京から離れれば離れるほど、お味噌汁の内容はゴージャスになるみたいで、ここのお味噌汁は、最低でも具が5種類は入ってるのだ。東京のお味噌汁と言えば、ダイコンならダイコンだけ、ワカメならワカメだけって感じで、たいていは1種類の具だけだし、豪華な時でも、お豆腐とワカメとか、アブラゲとモヤシとかの2種類だ。
だけど、ここのお味噌汁は、サトイモ、ニンジン、ダイコン、ゴボウ、ネギ‥‥って、お野菜だけでも5種類は入ってる上に、この他にも、コンニャクやシイタケが入ってて、さらには、お魚の身や貝類なんかが入ってたり、イワシのツミレが入ってる時もあるし、鶏肉や豚肉が入ってる時もあるし、タマゴが落としてある時もある。あたしは、お肉を食べないから、鶏肉や豚肉の時は、お肉をよけて注いでもらってるけど、それでもゴージャスすぎるお味噌汁の連続で、毎日がお正月みたいな気分の今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、東京生まれで東京育ちのあたしの感覚だと、たとえ具の種類が多くても、それがお野菜だけなら、一応、お味噌汁だと認識できる。他の具だと、お豆腐やアブラゲとか、動物性タンパク質ならアサリやシジミとか、こういうのはお味噌汁だ。だけど、お野菜の他に、お魚の身や鶏肉なんかが入ったら、もう、お味噌汁じゃなくなる。お魚の身が入ったら、味噌仕立ての海鮮鍋みたいな感じだし、イワシのツミレが入れば味噌仕立てのツミレ汁だし、豚肉が入ればトン汁になっちゃう。百歩ゆずって、ダイコンとネギと豚肉だけなら、まだ少しはお味噌汁の雰囲気も残ってるけど、ここに、ニンジン、コンニャク、ゴボウまで入っちゃったら、どう考えたってトン汁だ。だけど、ここでは、これも「お味噌汁」と呼ぶ。
でも、ここまでは、まだいい。あたしが何よりもビックル一気飲みしちゃったのは、こんなに具だくさんなお味噌汁なのに、さらに、小麦粉で作ったお団子まで入れちゃう時があるのだ。これを主食とするならトモカクとして、これはあくまでもお味噌汁の位置づけで、ご飯、焼き魚、煮物、お漬物はちゃんとある。それなのに、お味噌汁の中にお団子が入ってる。だから、お味噌汁だけでも食べ応えがあって、ご飯はお茶碗に半分くらいしか食べられなくなる。
あたしは、この豪華絢爛なお味噌汁を体験して、お正月の「お雑煮」のことを思い出した。これも、前に書いたことがあるけど、あたしの家のお雑煮は、お餅の他にはホウレンソウしか入ってない。お鍋にお湯を沸かして、カツオブシでおダシを取って、そこにお醤油を入れて、茹でてテキトーに切っといたホウレンソウをドバッと入れて、これで終わり。あとは、焼いたお餅をお椀に入れて、そこに、このホウレンソウのお汁を注ぐだけだ。これは、あたしの家が貧乏だったからじゃなくて、お正月はおせち料理が豪華だから、お雑煮はシンプルにするっていう江戸っ子のスタイルだ。
だけど、ニポン各地のお雑煮を見ると、醤油仕立てにしても味噌仕立てにしても、それぞれに具はゴージャスで、やっぱり、最低でも5種類くらいは入ってるし、鶏肉とか魚介類とかの動物性タンパク質も入ってる。すごいのになると、イクラが入ってたり、カニが入ってたり、金箔が入ってるのまである。具がホウレンソウだけだなんて、ニポン中で東京の中の一部の地域だけだと思う。
‥‥そんなワケで、ここのお雑煮はどんなのか知らないけど、ふだんのお味噌汁でさえ、こんなにも豪華なんだから、年に一度のお雑煮の場合は、きっと、とんでもなく豪華なんだと思う。もしかしたら、1人に1匹ずつイセエビが入ってるかもしれないし、アワビやウニがマウンテンになってるかもしれない。でも、ふだんの食事の内容は、決して贅沢なものじゃない。お野菜のほとんどは自家製か他の農家からのいただきものだし、魚介類もほとんどはお野菜との物々交換で手に入れたもので、お金を払って買うのは、調味料くらいだからだ。
だけど、「贅沢じゃない」ってのは、「お金が掛かってない」って意味であって、さっき紹介したお味噌汁の様子からも分かるように、あたしにとっては毎日がお正月みたいなもんだ。たとえば、週に2~3回は出るんだけど、「琉球」っていう食べ物がある。これは、沖縄から伝わってきたから「琉球」って呼ばれてるみたいなんだけど、ようするに、お魚のお刺身の「ヅケ」のことだ。大きなタッパーに、お醤油、ショウガ、ミョウガ、白ゴマなんかを入れた漬け汁を作り、そこに、サバ、ハマチ、ブリ、タイなんかをお刺身にして漬けておく。これを炊き立てのご飯に乗せて食べたり、お茶を掛けてお茶漬けにするんだけど、たまんないほど美味しい。
で、この「琉球」も、それぞれの家庭の味があって、あたしが最初にお世話になってた、山の中腹の農家では、シャキシャキ感を出すために、ダイコンの千切りをタップリと刻んでおいて、「琉球」と一緒にご飯に乗せて食べてた。これも、ものすごく美味しいんだけど、今、お世話になってる山のふもとの農家では、漬け汁の中に、輪切りにしたタカノツメとゴマ油を入れる。だから、ちょっと中華っぽいピリ辛で、焼酎を飲む時のオツマミにもピッタリだ。あたしは、焼き海苔に大葉を乗せて、これにご飯と「琉球」を乗せて、巻いて食べるってワザを編み出した。
‥‥そんなワケで、この「琉球」は、そんなに贅沢なお料理じゃない。ここでは、物々交換やいただきもののお魚を使うから、お金はほとんど掛かってないけど、東京にいても簡単に作れる。そりゃあ、ブリやタイのお刺身は高いけど、スーパーでアジとかの安いお刺身用のお魚を探せば、1匹100円から150円くらいで買える‥‥ってことで、アジで思い出したけど、ここに来て、あたしが大感動したのが、アジのヒラキを使った「麦とろ飯」だ。これも、東京にいても簡単に作れるものなんだけど、あたしは、こんな食べ方があるなんて、ここに来るまで知らなかったし、考えたこともなかった。
普通、「麦とろ飯」ってのは、お米を2、押し麦を1の割合で炊いて、それに山芋を掛けるだけだ。山芋は、おダシで割ってから掛ける場合もあれば、わさび醤油を使う場合もあるけど、基本的には、ご飯に掛けるのは山芋だけだ。あとは、焼き海苔を散らしたり、タマゴの黄身を落としたりするくらいで、ワリとシンプルな食べ物だ。マグロの赤身のブツ切りを乗せることもあるけど、これは別のお料理になる。
だけど、ここの「麦とろ飯」は、ぜんぜん違う。お米を2、押し麦を1の割合で炊くとこまでは一緒なんだけど、炊き上がったら、ダイコンの葉っぱを干して細かく刻んである自家製の「葉っぱフリカケ」を炊飯ジャーの中にドバッと入れて、シャモジでよく混ぜたら、またフタをして、しばらく蒸しておく。ようするに、ダイコンの葉っぱを混ぜた麦ご飯を作っておくのだ。そして、漁師さんから分けてもらってきた大きなアジのヒラキを焼いて、山芋を摩り下ろしたら、準備OK!
お茶碗に、ダイコンの葉っぱを混ぜた麦ご飯をよそって、その上に、アジのヒラキの身を全体的に乗せて、その上に、山芋をタップリと掛ける。アジの身に塩味があるから、山芋はおダシで割るよりも、山芋だけをそのまま掛けて、味の足りないぶん、ちょっとだけお醤油を垂らす。これで、ご飯とアジの身と山芋を一緒に口に入れると、もう、生まれてから今までに食べたことがないほどの美味しさで、思わず天井を見上げちゃうほどの大感激!
そして、この奇跡の「麦とろ飯」の初体験から、あたしが思いついたのが、「ダイコンの葉っぱフリカケ」の代わりに、野沢菜のお漬物を細かく刻んでご飯に混ぜるってものだ。野沢菜のお漬物なら、それなりにしょっぱいから、お醤油を掛けなくても美味しいと思う。まだ、実際には作ってないけど、脳内で「麦ご飯、野沢菜、アジのヒラキ、山芋」ってシミュレーションすると、どう転んでも笑いが止まらなくなるほどの美味しさが簡単に想像できる。
‥‥そんなワケで、ここに来てから、東京にいてもそんなに贅沢じゃない食材で、いろいろと美味しい食べ方や組み合わせを初体験して嬉しい限りなんだけど、この「麦とろ飯」と並ぶ大発見が、その名も「タクアンのキンピラ」だ。あたしは、東京タクアンが大好物で、子供のころから、ずっと食べ続けてきたけど、98%は、縦半分に切って、それを7ミリくらいの厚さに切って、半月形にしたものをそのままコリコリと食べてきた。あとの2%は、細長く切って海苔巻きの具にするか、細かく刻んで和風チャーハンに入れたりするくらいで、他の食べ方をしたことがなかった。
だけど、ここに来て驚いたのは、「タクアンのキンピラ」っていうウルトラCの食べ物との出会いだった。まだ、ここに来て2~3日しか経ってない時のこと、夜も遅い時間に、ダンナさんと他の農家の人たちと5~6人で焼酎を飲んでたら、スッと台所へ行ったダンナさんが、冷蔵庫からタッパーを持って来た。そして、「ほら」って言ってフタを取ったタッパーを置くと、みんなが順番にお箸でつまみ始めた。それで、あたしも、その「何だか分からないもの」を食べてみると、コリコリとした食感のキンピラで、ものすごく美味しかった。
聞いてみると、「タクアンのキンピラ」だって言う。ここでは、ダイコンをたくさん作ってるので、干しダイコンも作るし、タクアンも漬ける。これは、売り物じゃなくて、自分の家で食べたり、近所に配ったりするために作ってるものだ。それで、タクアンが余って賞味期限が近づいてくると、ダメにしちゃうのはもったいないから、「タクアンのキンピラ」を作るそうだ。あまりにも美味しかったので、あたしは、次の日に奥さんに作り方を聞いたんだげど、ものすごく簡単だった。
タクアンを普通に食べる時よりも薄く、5ミリくらいの厚さに切り、タップリのお水を入れたお鍋で15分だけ煮る。そして、火を止めたら、そのまま放置して自然に冷ます。このあと、2回ほどお水を取り替えると、塩抜きが完了。ポイントは、最初に15分だけ煮ること。最初からお水だけで塩抜きすると、独特のコリコリした歯応えがなくなっちゃうそうだ。そして、塩抜きが終わったら、十分に絞って水気を切ってから、普通のキンピラゴボウとおんなじ要領で炒めるだけだ。
‥‥そんなワケで、あたしは、身近な食材で簡単に作れる美味しいものをいろいろとマスターしつつあるから、急激にレパートリーが増えてる最中だ。それも、さっきの「麦とろ飯」みたいに、お料理とは言えないレベルのものが多いから、いつでも簡単に作って食べることができる。わざわざ押し麦なんか買わなくても、普通のお米をちょっと固めに炊くだけでもいいし、あとは、野沢菜のお漬物、アジのヒラキ、山芋があれば食べられる。それから、タカノツメとゴマ油を加えた「琉球」をご飯に乗せて、その上から山芋を掛けるってのも美味しそうだし、もうしばらく、ここにいるので、いろんな食べ方を編み出してみようと思ってる今日この頃なのだ。
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