それゆけ、それいゆ!
「毎日新聞」のサイトで、あたしがいつも楽しみに読ませていただいてるのが、「読めば読むほど」っていう連載だ。毎日新聞社の校閲グループの人たちが順番に担当してる「読み書きに関するウンチク」のコーナーで、とっても面白いしタメになる。ちなみに、「校閲」ってのは、「校正」よりも踏み込んで原稿をチェキすることで、漢字の変換ミスや助詞の使い方などの「表記の間違い」を見つけて直すのが「校正」なのに対して、記述内容の正誤まで調べて手直しするのが「校閲」だ。
で、9月19日付で更新された「読めば読むほど」は、7月から続いてる「地名のお話」の第6回目で、前回まではニポン国内の地名についてだったけど、今回は世界の国々の地名について書かれてた。「ギアナとギニア」って言うタイトルの通り、南米北部のフランス領の「ギアナ」と西アフリカの「ギニア」、そして「ギニア」の南にある「赤道ギニア」などの混同について書かれてる。そして、この記事の中に、こんな一節があった。
「中南米やアフリカは、混同しやすい要注意の国名・地名が少なくありません。中南米ならば、どちらもカリブ海にある「ドミニカ共和国」と「ドミニカ」、アフリカでは「コンゴ共和国」と隣の「コンゴ民主共和国(旧ザイール)」が要注意です。」
ええっ!マジですかー!「ドミニカ共和国」と「ドミニカ」って2つあったの?あたしはずっと「ドミニカ」って言うのは「ドミニカ共和国」のことだと思ってたよ!「アメリカ合衆国」のことを「アメリカ」って言うみたいに、「ドミニカ共和国」のことを「ドミニカ」って言ってるだけだと思ってたよ!「ザイール」が「コンゴ民主共和国」なって、「コンゴ共和国」と間違いやすくなったのは、中村とうようさんのアフリカ音楽の本を読んで知ってたけど、「ドミニカ」も2つあっただなんて、38年と10ヶ月生きて来て、初めて知ったよ!‥‥ってなワケで、あたしは、すぐにツイッターでつぶやいた。
「あたしは今日まで「ドミニカ」と言えば「ドミニカ共和国」のことだと思ってた。まさか「ドミニカ」と「ドミニカ共和国」と言う2つの国があったとは!」
そしたら、「ええっ!そうだったんですか?」っていうリプライが何通も届いたので、知ってた人は「知ってて当たり前」のことだろうけど、あたしみたく、大人になるまでずっと知らずに生きて来た人も意外と多い感じの今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、ニポンに生まれたニポン人の場合、たいていは、小学校に上がる前にひらがなを覚えて、小学校に上がった時には、自分の名前くらいはひらがなで書けるようになってる。タマに、「し」とか「ち」とかが鏡に映したみたいに左右逆だったり、「あ」にも「お」みたいな点が付いてたりもするけど、こういうのはご愛嬌で、ひらがなの簡単な単語や文章なら、ほとんどの小学1年生が読み書きできる。
そして、算数はと言えば、「1+1=2」や「3-2=1」みたいな簡単な足し算、引き算から始まり、低学年のうちに「九九」を暗記させられる。今の小学校のことは分からないけど、あたしの時は、たしか2年生の時に暗記させられた。これは義務教育のカリキュラムだから、全国の小学校で同じように教えられるもので、結果、ほとんどのニポン人は、1ケタの掛け算ならソラで答えが言えるってワケだ。
ニポンでは、小学校と中学校が義務教育だから、小学3年生の国語で習う漢字も、小学6年生の算数で習う公式も、中学2年生の日本史で習う内容も、ほとんどの子供がおんなじ年齢の時におんなじことを習う。もちろん、ちゃんと授業を聞いててちゃんと覚える子と、最初から覚える気のない子がいるだろうけど、一番多いのは、学生時代にはテストのためにシッカリと暗記してた数々のコトガラなのに、社会人になったトタンにキレイサッパリと忘れちゃったって人だろう。
ま、あたしもそのうちの1人なんだけど、最初から覚えてなくても、一度は覚えたものを忘れちゃったとしても、おんなじ年齢の時におんなじ授業を受けることができたっていう「覚えるチャンス」だけは、小学校と中学校に通ってた全員に、分け隔てなく平等に与えられてたハズだ。だから、大人になってから、義務教育で習った漢字の読み書きができない人とか、義務教育で習った英単語の意味が分からない人とかってのは、完全に「自己責任」てことになる。
でも、小学校と中学校で教えてくれないコトガラについては、すべては偶然のタマモノとして、1人1人がバラバラに出会うことになる。たとえば、全国に数え切れないほどある「月極駐車場」、これを読める小学1年生はなかなかいないと思うけど、中学生や高校生なら少なくとも半数くらいの子が読めると思うし、車の免許がとれる18歳を過ぎれば、ほとんどの人が読めると思う。だけど、所ジョージさんみたいに、大人になるまで「げっきょく駐車場」だと思ってて、全国のどこへ行っても看板を見かけるから、全国展開してる大手の駐車場チェーンだと思ってた‥‥って人もいる。
大工道具の名前の場合、「とんかち(かなづち)」や「のこぎり」なら、ほとんどの小学1年生が知ってるだろうけど、「かんな(鉋)」や「のみ(鑿)」まで知ってる子は少ないと思う。だけど、お父さんが大工さんだったりすると、その子は小学1年生なのに、「かんな」や「のみ」どころか、「けびき(毛引)」「はたがね(端金)」「すみつぼ(墨壺)」まで知ってたりする。
「けびき」「はたがね」「すみつぼ」なんて、大人でも知らない人がいるのに、この子は幼稚園のころから知ってたワケで、これが、この子がたまたま大工さんの子供に生まれたっていう偶然のタマモノなのだ。これと同じように、八百屋さんや魚屋さんの家に生まれれば、普通のサラリーマンの家に生まれた子よりも、幼いうちから野菜や魚の名前に詳しくなるだろうし、中学校で天文部に入れば、他の同年代の子よりも星の名前に詳しくなる。こんなふうに、義務教育のカリキュラムに含まれてない知識に関しては、すべてが人それぞれ、知る時期、覚える時期がバラバラなのだ。
‥‥そんなワケで、あたしが子供のころ住んでた町の商店街に、「美容室それいゆ」ってのがあって、小学校1年生か2年生のあたしは「それいゆって何だろう?」って思ってた。そして、「それゆけ」に似てるってことだけで、勝手に「ニポン語の言葉」って思い込んでた。
ちょうど、そのころ読んだ童話に「あすなろ」のことが書いてあった。立派なヒノキに憧れた細くて頼りない木が、毎日、「明日(あす)はヒノキになろう!」「明日はヒノキになろう!」って思ってるんだけど、結局は立派なヒノキにはなれになった。それで「明日はヒノキになろう!」から「あすなろ」って名前になった‥‥って内容で、ちっちゃかったあたしは、この「あすなろ」っていう独特の響きを持った名前に、何とも言えない不思議な感覚を覚えた。
あたしは、「美容室それいゆ」の「それいゆ」にも、「あすなろ」とおんなじ感覚を覚えた。ちっちゃかった時のことだから、うまく説明できないんだけど、これは、小学校の高学年になってから「風の又三郎」を読んだ時にも感じた不思議な感覚で、初めて目にした言葉なのに、いつかどこかで見たことがあるような、もしかしたら、生まれる前の別の世界で出会ってたみたいな、そんな感覚だった。
それなのに、「美容室それいゆ」の前を通るたびに気になってたのに、あたしは、「それいゆ」って言葉の意味を母さんやおばあちゃん、学校の先生とかの「大人」に聞くことができなかった。その上、自分で調べることにもタメライを感じてた。なんか、答えを知った瞬間に、「それいゆ」って文字が粉々に砕けて消えちゃうような、取り返しのつかないことになっちゃうような、そんな感覚を漠然と感じてたからだ。
だけど、週に1~2回、商店街にお使いに行くたびに、「それいゆ」が何なのかを知らないまま「美容室それいゆ」の前を通るから、やっぱり気になって仕方がない。そこで、あたしは勝手に、お花の名前ってことに決めた。「あすなろ」が木の名前だったから、「それいゆ」もきっと植物の名前なんだろうって思ってたんだけど、美容室の名前につけるくらいだから、木よりもお花だろうって思ったのだ。
‥‥そんなワケで、「それいゆ」の意味を知らないまま中学生になったあたしは、行動半径が広くなり、時にはお友達と電車に乗って出かけるようになった。そしたら、お友達とお買い物に行った数駅先の町で、「喫茶それいゆ」ってお店を見つけちゃった。それで、あたしは、しばらく忘れてた「それいゆ」のことを思い出し、地元の「美容室それいゆ」も、この「喫茶それいゆ」も、両方ともカタカナじゃなくてひらがなで書かれてたことから、「それいゆ」がニポン語なんだっていう、ちっちゃなころからの自分の推測に自信を持った。
で、あたしは、「それいゆ」って、どんなお花なんだろう? きっと、白くて大きくてエレガントな感じのお花なんだろうな‥‥なんて思いながら乙女な日々を過ごしてたんだけど、地元の「美容室それいゆ」だけじゃなくて、よくお買い物に行く町にも「喫茶それいゆ」を見つけちゃったセイで、それまでの2倍(当社比)も気になり出しちゃった。それで、結局、ガマンできなくなり、図書室に行って調べてみた。
そしたら、ナナナナナント!「それいゆ」ってニポン語じゃなくて、フランス語だったのだ!辞書には「ソレイユ」ってカタカナで書いてあって、そのあとに「soleil」(仏語)、そして、「1.太陽 2.ひまわり」って書いてあった。あたしは、小学1年生の時からずっと、7年間も気になり続けてきた「それいゆ」の意味よりも、ニポン語じゃなかったってことのほうに驚いた。だって、美容室1軒だけならともかく、別の町にある、たぶん別のオーナーのお店であろう喫茶店までもが、「それいゆ」ってひらがなで表記してたから、あたしは、ほぼ100%、ニポン語だって確信してたからだ。
だけど、ようやく意味を知ることができた上に、「それいゆ」の2つの意味のうちの1つは「ひまわり」、あたしが想像してた「白くて大きくてエレガントな感じのお花」とはイメージが違うけど、「お花の名前」だって点は的中してたから、あたしは、意外と素直に受け入れることができた。そして、ここから先の人生では、たとえば「シルク・ドゥ・ソレイユ」なんて言葉を目にしても、すぐに「太陽のサーカス」ってふうに意味が分かるようになった。
‥‥そんなワケで、サスガに38年も生きてると、知らない言葉も少なくなってくる‥‥って思ったのもトコノマ、今年になってからは東電のセイで、「燃料棒」だの「建屋」だの「セシウム」だの「ベクレル」だの「シーベルト」だのって、本来なら死ぬまで知る必要もなかったような言葉を次から次に覚えさせられるハメになり、さらには、「リア充」だの「クラスタ」だの「危険厨」だのって、意味不明なネット用語も氾濫してるしで、あたしのキャパの少ない脳みそは休まるヒマもない。だから、競馬で大穴を当てたアカツキには、「ドミニカ共和国」にでも旅行してのんびりとバカンスを楽しみたいとこなんだけど、1週間ほど滞在してから「どうも雰囲気が違うな~」って思ったら、間違えて「ドミニカ」のほうに来てたりして!‥‥って感じの今日この頃なのだ(笑)
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