助六寿司と江戸紫
東京にいた時、あたしは、1ヶ月の食費を「1万円以内」って決めてたから、1食あたりの予算は100円を目安にしてた。ま、この辺のことは過去に何度も書いてきたし、そのころのメニューを紹介したことも何度もあったから、ここでは繰り返さないけど、こんな予算で生活してたから、当然、99%は自炊だった。お昼は、たいていはおにぎりを2個作って持参してて、中身は梅干とオカカの時が多かった。
10枚入りの一番安い海苔がさらに安くなってて、200円以下の時には買ってたけど、海苔がない時はゴマ塩にしたり、ダシをとったあとのニボシを粉にしてフライパンで煎った自家製のフリカケを使ったりもした。大好物のフジッコの佃煮「しそ昆布」は、いつもは220円以上だからガマンしてたけど、たまにセールで150円以下の時にだけ買って、おにぎりに入れてた。いつもほとんど梅干とオカカだったから、「今日は梅干としそ昆布だ!」って思うと、お昼が待ち遠しかった。
で、いつもの梅干とオカカの時、あたしは、だいたいはオカカを先に食べて、梅干をあとにしてた。何でかって言うと、梅干のほうが口がサッパリするからだ。でも、すごく疲れてる時とかは、先に酸っぱいものが食べたくて、梅干のほうを先に食べたこともあった。だから、厳密に食べる順番が決まってたワケじゃなくて、その日その日の気分や体調で、どっちを先に食べるか決めてたってワケだ。
ただし、ものすごくたまに、シャケとかタラコとかの高級なおにぎりを持ってた時には、梅干をあとにして口をサッパリさせることよりも、とにかく「楽しみはあとから」って気持ちが強かったから、先に梅干を食べて、あとからゆっくりとシャケやタラコを食べるのが定番だった。だけど、これは、何の問題もない状況下で食べてるからの話で、もしも「あと3分で巨大な隕石が地球に衝突して地球は滅びる」って状況だったとしたら、あたしは迷わずにシャケやタラコのおにぎりを先に食べてると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、お昼に2個のおにぎりを食べることになって、その2個の中身が違う場合、あたしに限らず、ほとんどの人は、「どっちから食べようか」って考えると思う。その結果、どっちを先に食べるかは人それぞれだし、その時の状況によっても変わってくると思う。毎日ずっと梅干とオカカだったとしたら、毎日ずっとおんなじ順番で食べるんじゃなくて、あたしみたく、逆の順番で食べることだってあると思う。だけど、これは、おにぎりだからなのだ。つーか、梅干のおにぎりもオカカのおにぎりもおんなじ位置づけのおにぎりだからなのだ。
これは、おにぎり以外のものでシミュレーションしてみると、よく分かる。たとえば、お昼に用意したのが、カレーパンとメロンパンだった場合、あたしなら、先にカレーパンを食べて、あとからメロンパンを食べる。たとえば、肉まんとあんまんなら、あたしは、先に肉まんを食べて、あとからあんまんを食べる。これは、甘いものをあとにすることで、メロンパンやあんまんにはデザート的な役割も演出してもらい、ちょっとリッチな気分を味わうって作戦だ。
あたしは、今はお肉を食べなくなったから、カレーパンや肉まんを食べることもなくなったけど、昔、お肉を食べてたころは、こんな感じの食べ方をしてた。マックでハンバーガーとアップルパイを買ったら、ほとんどの人は、先にハンバーガーを食べて、あとからアップルパイを食べると思うけど、アレとおんなじ方式だ。そして、この、カレーパンとメロンパンや肉まんとあんまんのケースは、あたしだけが特殊なんじゃなくて、割と多くの人たちが、あたしとおんなじに甘いほうをデザート的にあとに回すと思う。
だけど、これが、両方とも甘くないものだった場合には、人それぞれってよりも、おんなじ人でも、その日の気分で食べる順番が違ってくると思う。たとえば、カレーパンとコロッケパンだったり、肉まんとピザまんだったりした場合には、その日の気分でどっちから食べるかが違ってくると思う。つまり、これが、おにぎりのケースだってワケだ。おにぎりには、メロンパンやあんまんに該当する甘いデザート的なものがないから、カレーパンとメロンパンや肉まんとあんまんみたいに、明確な主従関係のある組み合わせはない‥‥って、う~ん、「主従関係」はちょっと違うか?(笑)
‥‥そんなワケで、カレーパンとメロンパン、肉まんとあんまんみたいに、片方が甘いものの場合は、あたしとおんなじに甘いものをあとから食べる人が多いと思う。みんながみんなとは言わないけど、10人いれば、少なくとも7~8人は甘いほうをデザート的にあとに回すと思う。一方、カレーパンとコロッケパンだったり、肉まんとピザまんだったりした場合には、どっちが好きかとか、微妙な状況があったとしても、十人十色どころか、自分1人でもその日の気分によって食べる順番が変わってくる。つまり、何の法則もなくなるってワケだ。
だけど、ここに、あるものを1つ加えると、一定の法則が生まれ、多くの人がおんなじ順番で食べるようになる。それは、「もう1つのカレーパン」や「もう1つの肉まん」だ。カレーパンとコロッケパンが1個ずつ、肉まんとピザまんが1個ずつだから、どっちから食べようか迷っちゃうワケで、これが、カレーパン2個とコロッケパン1個、肉まん2個とピザまん1個なら、ほとんど人は、「カレーパン→コロッケパン→カレーパン」、「肉まん→ピザまん→肉まん」てふうに食べるだろう。
つーか、「こんなに食べられない!」って人のほうが多いと思うし、あたしもパン3個はちょっと厳しいから、ここはクルリンパと話をおにぎりに戻そうと思う。それも、普通サイズのおにぎりだとパンとおんなじで3個は厳しいから、お弁当箱に入ってる俵型の小型のおにぎりにしよう。これなら、あたしでも5個くらいは食べられる‥‥ってワケで、小型のおにぎりが2個あって、1つが梅干で1つがオカカだった場合、どっちから食べるかは人それぞれだ。あたしなら、口がサッパリする梅干をあとに回すけど、その日の気分で逆になることもある。
だけど、これが、梅干が2個とオカカが1個だったり、梅干が1個とオカカが2個だったりすると、口がサッパリするとかしないとかよりも、その日の気分とかよりも、「おんなじ味を続けて食べたくない」ってことこそが最優先されて、「梅干→オカカ→梅干」とか「オカカ→梅干→オカカ」ってふうになる。これも、あたしだけの特殊な食べ方じゃなくて、カレーパンとメロンパン、肉まんとあんまんの時みたいに、多くの人がこうした順番で食べると思う。
つまり、梅干のおにぎりとオカカのおにぎりが1個ずつだった場合には、どっちから食べ始めるかは人それぞれだし、おんなじ人でもその日の気分によって順番が変わることになるから、言うなれば「何の法則もない状態」ってワケだ。だけど、ここにもう1つおにぎりが増えて、どっちかが2個になると、たいていは「A→B→A」っていう順番で食べることになり、「一定の法則が介在する状態」に進化するってワケだ。そして、これは、梅干のおにぎりとオカカのおにぎりが1個ずつじゃなくても、2個ずつであろうと3個ずつであろうと、両方が同数であれば「何の法則もない状態」になり、片方が1個多いと「一定の法則が介在する状態」になるってワケだ。
‥‥そんなワケで、あたしの大好きな「助六寿司」は、太巻き寿司と稲荷寿司の詰め合わせだけど、「お稲荷さんが3個と太巻きが4個」とか「お稲荷さんが4個と太巻きが5個」ってふうに、ほとんどの場合、太巻き寿司のほうが1個多く入ってる。だから、あたしは、必ず太巻き寿司のほうから食べ始めて、「太巻き→お稲荷さん→太巻き→お稲荷さん→太巻き」ってふうに、美しく食べる。
どうしてこれが「美しい」のかって言うと、あたしは、シンメトリーこそが「美」の基本だと思ってるからだ。2010年3月14日のブログ、「シンメトリーな女」に詳しく書いてあるけど、あたしは、左右対称のものを美しく感じるだけじゃなくて、左右が不ぞろいのアシンメトリーのものを見るとイライラしちゃうのだ。
だから、こうした食べ物の場合でも、「おんなじ味が続くと飽きちゃうから交互に食べる」ってことが最大の理由だけど、「美しくシンメトリーに食べ終わった」っていう精神的な満足感を得ることも重要なポイントになる。そのため、ここまで書くと「病的」って思われちゃうかもしんないけど、「助六寿司」についてる「ガリ」も、あたしは分散して平均的に食べるようにしてる。つまり、正確に書けば、こういうことになる。
「太巻き→ガリ→お稲荷さん→ガリ→太巻き→ガリ→お稲荷さん→ガリ→太巻き」
本来なら、口をサッパリさせる役目のガリなんだから、最後までヒトカケラでも残しといて、一番最後にガリを食べるのが一般的だろう。でも、あたしの場合は、それよりも「シンメトリーを完成させる」っていう美的感覚のほうを優先しちゃう。最重要課題である「おんなじ味が続くと飽きちゃうから」に対しては「交互に食べる」で対応できてるから、些細な問題である「口をサッパリ」に関しては、アブラっこいお稲荷さんのあとにガリを食べ、最後に太巻きを食べてお茶を飲むってことでOKなのだ。
で、どうしてあたしがこんなにも「美しさ」にこだわってるのかって言うと、それは、これが「助六寿司」だからだ。もちろん、他の食べ物だって「美味しさ」だけじゃなくて「美しさ」にもこだわって食べてるけど、この「助六寿司」は、もともとが「美しさの象徴」だから、より美しく食べなきゃなんないと思ってる。
‥‥そんなワケで、この「助六寿司ってのは、もともとは、歌舞伎十八番の中の1つ、「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の幕間に出されたお弁当だった。これが人気になって、歌舞伎以外でも売られるようになったんだけど、まずはこの演目の基本的なことをザクッと説明しとこうと思う。この演目は、成田屋(市川團十郎家)の十八番なので、成田屋以外が演じる時には「助六曲輪江戸桜(すけろくくるわのえどざくら)」とか「助六桜二重帯(すけろくさくらのふたえおび)」とかってふうにタイトルがビミョ~に変わり、主人公が花道から登場する時の音楽、「出端(では)の唄」も別のものを使う。だけど、物語の内容はおんなじなので、ようするにタイトルの頭に「助六」ってついてれば、みんなおんなじ演目ってことだ。
それから、今は最初に書いたように「助六由縁江戸桜」って表記するのがほとんどだけど、昔は「ゆかり」の部分が「由縁」じゃなくて「所縁」て表記してた。だから、どこかで「助六所縁江戸桜」ってタイトルを見かけても、別に書き間違いじゃないのでツッコミは入れないでほしい‥‥ってなワケで、基本的なことだけ説明したので、あとはフランク・ザッパに書いてくけど、この演目は、花のお江戸の吉原遊廓を舞台にした、めくるめくストーリーだ。
吉原でナンバーワンの花魁(おいらん)がいる三浦屋に、その花魁を目当てにストーカー並みに通い続けるエロジジイの「意休(いきゅう)」は、財力にモノを言わせて豪遊を続けてる。一方、このナンバーワンの花魁と恋仲だったのが、二枚目の上にケンカも強くて、他の遊女たちからもモテモテの色男、「助六」だった。だけど、この「助六」ってのは世を忍ぶ仮の姿で、ホントは源氏の宝刀「友切丸(ともきりまる)」を探し出すために吉原に出入りしてた「曽我五郎時致(そがのごろうときむね)」だった。そして、その「友切丸」を持ってたのが、エロジジイの「意休」だったのだ。
で、自分を目当てに通ってくる金持ちのエロジジイと、自分も思いを寄せてる色男とのハザマで、縦に揺れたり横に揺れたりと女心が揺れまくっちゃう‥‥ってことにでもなれば今どきの欲深女になっちゃうけど、この花魁は、痩せても枯れても吉原のトップスター、美しさだけじゃなくて威勢もいいお姐さんだ。エロジジイの意休がどんなに財力にモノを言わせて口説きに来ても、いつもスパッと突っぱねちゃう。そんな吉原イチのいい女ってのが、何を隠そう、その名も「揚巻(あげまき)」だった。
‥‥そんなワケで、ずいぶん遠回りしちゃったけど、あたしの大好きな「助六寿司」ってのは、「揚巻」の「揚」が「稲荷寿司」になり、「揚巻」の「巻」が「太巻き寿司」になったってワケだ。つまり、お稲荷さんと太巻きの詰め合わせは、吉原イチのいい女、揚巻姐さん、その人を表わしてるワケだ。でも、それなら、いっそのこと「助六寿司」じゃなくて「揚巻寿司」って名前にしたら良かったのに‥‥なんて意見もあるだろう。
だけど、こんなにも揚巻一色みたいなお寿司の中にも、ちゃんと助六は存在してるのだ。それが、太巻きの「海苔」だ。海苔の色は、誰が見たって「黒」だけど、誰が見たって黒い髪のことを「緑の黒髪」って言うように、海苔の場合は黒くても「紫」って表現する。賢明なる「きっこのブログ」の愛読者諸兄なら、ここで、海苔の佃煮の「江戸むらさき」のことを思い出したと思う。あれって、ご飯に乗せると微妙に紫っぽいと思わない?
で、何で「紫の海苔」が助六を表わしてるのかって言うと、助六のトレードマークの1つが、頭に巻いた紫の鉢巻だからだ。この件に関しては、あたしがプライベートで書いてた「サクラ大戦」のパロディーブログ、「スミレ大戦」でも取り上げてる。2008年6月30日のエントリー、「わたくしのお振袖ですわ」の中に書いてるので、写真や絵も含めて詳しく知りたい人は、リンク先のエントリーを読んでみてほしい。こっちには、メンドクサイヤ人のために必要な部分だけを、以下、掲載しとく。
(引用ここから)
この「江戸紫」が流行するキッカケを作ったのは、歌舞伎十八番の中の「助六由縁江戸桜」でした。大スタァの助六が大見得を切るシーンで、この「江戸紫」に染めた鉢巻をしていたのです。紫草の根には解熱や解毒の薬効がありますので、紫草で染めた鉢巻のことを「病鉢巻(やまいはちまき)」と呼び、病人が頭に巻き治療のために使っておりました。時代劇などで、お殿様が病に伏せているシーンなどを見ますと、必ず紫の鉢巻をしているでしょう。あれが病鉢巻なのですわ。歌舞伎では、若者は紫の病鉢巻、老人は黒の病鉢巻と決まっており、必ず頭の左側で結ぶことになっておりますのよ。
そして、助六の鉢巻は、逆に右側で結んでおりますので、これは「病気ではない」という意味が転じて、病気の正反対の状態を表わしているのです。元気満々で全身に力がみなぎっている状態ということなのです。喧嘩が強くて気風のよい助六は、日本一のいい男として、江戸の女性たちからモテておりましたが、それ以上に、江戸の男衆たちの憧れの存在でした。そのため、この演目が公演されるやいなや、助六の病鉢巻の色をファッションにとりいれる人々が増え始め、一気に流行色となり、この紫のことを「江戸紫」と呼ぶようになったのですわ。
(引用ここまで)
「2008年6月30日 スミレ大戦」
‥‥そんなワケで、これを読んでもらえば分かるように、今じゃどこのコンビニにもスーパーにも普通に売られてる「助六寿司」だけど、これは、江戸のスーパースターだった助六と、そんな助六が愛した吉原イチのいい女、揚巻にちなんで作られたもので、その歴史は300年にも及ぶ伝統的なお寿司だったってワケだ。だから、常に「美」を追求し続けてるあたしが、「太巻き→ガリ→お稲荷さん→ガリ→太巻き→ガリ→お稲荷さん→ガリ→太巻き」と、「美しさ」にこだわった食べ方をしてるのも分かってもらえたと思う‥‥ってなワケで、痒いとこに猫の手が届く「きっこのブログ」からのひと足早いお年玉として、最後に、昭和37年の貴重な「助六由縁江戸桜」をご紹介して幕を引こうと思う。年末年始のお時間のある時にでも、2時間たっぷりある本物の歌舞伎を楽しんでほしいと思う今日この頃なのだ♪
■助六由縁江戸桜(前半)■
http://www.youtube.com/watch?v=6woqilYcfys
■助六由縁江戸桜(後半)■
http://www.youtube.com/watch?v=ysdD0hqDD-k
| 固定リンク