アメニティな日々
ホテルや旅館のアメニティグッズの歯ブラシって、20年くらい前までは、歯ブラシ自体に歯ミガキが染み込んでて、お水を付けて使うタイプのほうが主流だったけど、最近は歯ブラシと歯ミガキのミニチューブがセットになってるタイプのほうが主流になってきた、と思う。「と思う」ってのは、どっちのタイプの歯ブラシのほうが多く使われてるか正確に判断できるほど、あたしはいろんなホテルに泊まってないから、あくまでも、あたしが泊まった中での話だからだ。
たとえば、20年以上前だって、あたしが泊まれるわけない一泊何万円もするような豪華なホテルなら、歯ブラシと歯ミガキが別個になった中でも一番高価なやつを置いてただろうし、最近だって、地方都市の駅の周りにある安さを売り物にしたビジネスホテルとかなら、少しでも経費を安く抑えるために、歯ミガキが染み込んでるタイプってだけじゃなく、袋にホテルの名前も入ってないチープなのを使ってるだろう。
で、あたしの場合は、昔から、ホテルに泊まるとすれば、そのエリアで一番安いホテルを選んでたし、これは今でも変わらない。一番安いホテルが満室なら下から2番目の値段のホテル、下から2番目の値段のホテルも満室なら下から3番目の値段のホテル‥‥ってふうに選んでるから、必然的に歯ミガキが染み込んでるタイプの歯ブラシを置いてるホテルが多かったのかもしれない。だけど、このホテルの選び方は今でもおんなじで、おんなじように値段の安さで選んでても、ここ20年で、歯ブラシと歯ミガキのミニチューブがセットになってるのを置いてるホテルのほうが多くなってきた感じがしてる。
ハッキリ言って、どっちのタイプの歯ブラシだろうと、あたしは自分の持ってった歯ブラシを使うから関係ない。でも、ホテルのアメニティグッズって、基本的に「お持ち帰り自由」だから、あたしの場合、歯ミガキが染み込んでるタイプの歯ブラシなら使わずに置いてくるし、歯ブラシと歯ミガキのミニチューブがセットになってるタイプなら持って帰ってくる。で、誰かが家に泊まりにきた時の「使い捨て用」にキープしてるってスンポーな今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、ホテルや旅館の部屋に常備されてる歯ブラシだの石鹸だの男性用の髭剃りだの、その他モロモロの「使い捨て」のモノをみんな何の疑いもなく「アメニティグッズ」って呼んでるけど、「アメニティ(Amenity)」って何?‥‥ってなワケで、「アメニティ」ってのは直訳すると「快適さ、心地よさが整っている環境」って意味だ。そして、それに「グッズ(Goods)」が付くんだから、お客様に「快適さ、心地よさを提供するための道具」って意味になる。つまり、使い捨ての歯ブラシや石鹸や髭剃りにとどまらず、お持ち帰りができないバスタオルやドライヤー、テレビやイス、旅館の和室なら床の間に飾られた掛け軸や活け花だって「アメニティグッズ」ってことになる。
さらには、「グッズ」を取って「アメニティ」って言葉だけにすれば、ホテルのロビーや駐車場の広さや使いやすさ、お客を待たせないエレベーター、中庭の美しさや露天風呂からの景観、そして従業員のサービスなんかも、すべてが「アメニティ」の対象になる。だから、もちろん掃除だって「アメニティ」のひとつなワケで、自分が通された部屋の灰皿に吸殻が残ってたり、湯呑やコップに口紅が付いてたり、バスタブに髪の毛が張り付いてたり、ゴミ箱に丸めたティッシュが山になってたりしたら、誰だってフロントに電話して文句を言うよね。これは、最低限の「アメニティ」すらも整備されてないってワケで、お客様が怒るのは当然だ。だって、こんな部屋で快適に心地よく過ごせるワケがないからだ。
だけど、チリひとつないほどピカピカに掃除されてて、灰皿もコップもピカピカで、床も壁も窓も天井もピカピカで、ユニットバスもベッドもピカピカで、この部屋に通されたあたしに、前日に見ず知らずの人が泊まってたなんてことを1ミリシーベルトも想像させないくらいにキレイになってれば、これは「アメニティ」が行き届いてる部屋ってことになる。で、こんなにも「アメニティ」が行き届いてる部屋に泊まっても、あたしの場合、「アメニティグッズ」はほとんど使わない。歯ブラシも歯ミガキもシャンプーもリンスもヘアブラシも、自分で持ってった愛用のものを使う。だって、こっちのほうが快適で心地よいからだ。ただし、手を洗う時の石鹸だけは「アメニティグッズ」を使うけど。
‥‥そんなワケで、ホテルや旅館の「アメニティグッズ」だけど、20年前と最近とで主流が変わったのって、歯ブラシだけじゃない。20年くらい前までは、シャンプーとリンスはミニボトルのセットを置いてるとこが多かったけど、最近はほとんどが大きなプッシュ式のボトルを置いてて、中身が減ったら継ぎ足すようになった。さらには、ユニットバスのシャワーの横あたりの壁に「ボディシャンプー」「シャンプー」「コンディショナー」のボタンがあって、それを押すとピューって出てくるとこもある。あと、洗面台のほうにある石鹸も、半数以上はプッシュ式のボトルが主流になった。これは、少しでも経費を安く抑えるための変化なんだと思う。
一方、歯ブラシは、むかしは歯ミガキが染み込んでるタイプと別々になってるタイプとの仕入れ単価の差が大きかったけど、今はそれほどでもなくなり、未だに歯ミガキが染み込んでるタイプを使ってるってことでホテルの格を安っぽくしちゃうよりも、多少は経費が掛かっても高級感を演出したほうがリピーターが増えると判断して、別々のタイプのほうが主流になってきたんじゃないか?‥‥ってのがあたしの推理だ。
で、あたしの場合、割り箸を使うのも気が引けちゃって、ふだんは「マイ箸」を持ち歩いてるほどだから、ホテルの使い捨ての歯ブラシや石鹸をずっと「もったいない」って思ってた。どっちのタイプの歯ブラシにしても、袋に入ったちっちゃな石鹸にしても、宿泊客が一度でも使ったらホテルの人が捨てるに決まってるからだ。どっちもまだまだ使えるのに、たった一度か二度使っただけで捨てちゃうなんて、割り箸の何倍も「もったいない」と思ってた。
それで、あたしは、今から20年近く前のことだけど、仕事で泊まったビジネスホテルの歯ブラシと石鹸を初めて持って帰ってきた。この時は、もともとは泊まる予定じゃなくて、仕事の予定が変更になって急きょ泊まることになったから、何の用意もしてなかった。それで、この時は、自分の歯ブラシも持ってなかったから、「アメニティグッズ」の歯ブラシと石鹸を使ったんだけど、一度使っただけで捨てられちゃうのがしのびなくて、ティッシュに包んで持って帰ってきた。
当時は、持ち帰っていいのかどうか分からなかったし、黙って持ち帰って、あとからホテルの人が部屋を掃除する時に歯ブラシや石鹸がなくなってることに気づいて「貧乏くさい客だ」と思われるのも恥ずかしかったけど、わざわざ「持ち帰ってもいいですか?」って聞くのもおんなじくらい恥ずかしかったから、結局、黙って持って帰ってきた。だけど、これは、あくまでも「あたしが使った歯ブラシと石鹸」だから「そのまま置いてきても捨てられる」っていう前提があったから持って帰ってきただけだ。その後、仕事でホテルに泊まることがあっても、自分の歯ブラシや石鹸を使って、「アメニティグッズ」を使わなかった時には、次の人が使うと思って持って帰ってこなかった。次の人が使うのなら、もったいなくはないからだ。
‥‥そんなワケで、こんな感じで何年かが過ぎたある日のこと、たまたま観てた夜のウンチク系のクイズ番組で、「ホテルのアメニティグッズは持ち帰ってもいいのか?」ってテーマが取り上げられた。なんて番組だったか、司会が誰だったのかも忘れちゃったけど、最初に回答者のタレントさんたちが順番に「持ち帰っていいと思う」とか「使用したものは持ち帰っていいけど未使用なら置いておくのがマナーだと思う」とかって、それぞれに自分の意見を述べた。それから「では正解を見てみましょう」ってことになり、スタジオ内の大きな画面に切り替わった。
画面に有名なホテルの支配人が映り、「アメニティグッズの料金は宿泊料金に含まれておりますので、すべてお持ち帰りいただいて結構です。ご自宅でお使いいただいても結構ですし、中には当ホテルに宿泊された記念としてお持ち帰りになるお客様もいらっしゃいますし、いろいろなホテルのアメニティグッズをコレクションしているお客様もいらっしゃいます」って感じのことを言った。ぜんぶで3~4軒の有名なホテルの支配人が登場して、全員が「アメニティグッズはすべてお持ち帰りいただいて結構です」って答えてた。
これで、あたしは、長年、聞くに聞けなかった答えを知った。ホテルや旅館の部屋に置いてある「アメニティグッズ」は、使用、未使用に関係なく、宿泊したお客が自由に持ち帰っていいものだったのだ。どこのどんなグレードのホテルに泊まろうとも、その部屋に置いてある歯ブラシ、石鹸、コームなどの使い捨ての「アメニティグッズ」は、どれでも好きに持ち帰っていい。そして、持ち帰っても「貧乏くさい客だ」とは思われないのだ。なんたって有名なホテルの支配人たちが口をそろえて「アメニティグッズはすべてお持ち帰りいただいて結構です」って太鼓判を押してくれたからだ。
それどころか、こうした「アメニティグッズ」の料金は、あたしが支払った宿泊料金に含まれてるんだから、泊まった時点で「あたしのもの」なのだ。あたしが持ってったあたしの歯ブラシはあたしのもの。ホテルに置いてある使い捨ての歯ブラシもあたしのもの。なんかジャイアンになったみたいな気分だけど、あたしのものをあたしが持って帰るんだから何も問題はない‥‥って言いつつも、いくらホテル側が「どうぞお持ち帰りください」って言ったからって、言われた通りに持って帰ってたら本末転倒になっちゃう。それは、あたしが一番気にしてる「もったいない」って観点からの問題だ。
‥‥そんなワケで、あたしが使った歯ブラシや石鹸なら、置いてきても捨てられちゃうんだから、持って帰ってきて使いきってあげたほうが「アメニティグッズ」的にも生涯をまっとうできると思う。歯ブラシなら、腰がなくなるまで使ったり、バスルームのタイルの目地を掃除するのに利用したり、乾燥して割れたファンデーションに水分を与えて自家製リフィルを作る時の「表面をならす」用にも使える。石鹸の場合は、洗面所に置いてそのまま使い切るだけだ。
だけど、ホテルで使わなかった歯ブラシや石鹸の場合はどうだろう?あたしが持ち帰って自宅で使えば、それはそれで無駄にはならないんだから、「もったいない」には該当しない。でも、あたしが持ち帰ったことで、ホテルでは次の宿泊客のために、新しい歯ブラシと石鹸を用意しなくちゃなんない。もしも、あたしが置いてくれば、それが次の宿泊客のぶんになるだろうから、ホテルとしては1回ぶんの歯ブラシと石鹸が浮く。歯ブラシと石鹸だけなら大した金額にはならないだろうけど、歯ブラシと石鹸だけじゃなく、小型のコームも男性用の髭剃りも室内用の使い捨てスリッパも何もかも持ち帰ってくるか置いてくるかじゃ、「たかが1回ぶん、されど1回ぶん」てワケで、それなりの金額の違いになると思う。
もちろん、あたしが言ってるのは、金額の話じゃない。あたしは、そのホテルに義理なんてないから、ホテルの儲けを少しでも増やすために「アメニティグッズ」を置いてくるべきかどうかを考えてるワケじゃない。あたしは、本来は一度使っただけで捨てられちゃう「アメニティグッズ」っていう悲しい運命の道具たちに対して、少しでも多く「道具として生まれてきた意味」を持たせてあげたいと思ってるだけだ。
だから、あたしが使わなかった「アメニティグッズ」の歯ブラシをホテルに置いてきても、次の宿泊客が一度か二度使っただけで捨てられちゃうのなら、あたしが持ち帰っていろんなことに利用したほうが「道具として生まれてきた意味」を持たせられるし、「もったいない」の精神にも貢献できる。それに、もしも歯ブラシに感情があれば、このほうが「歯ブラシ冥利に尽きる」と思う。市販の歯ブラシなら、何度も使うことを想定して作られてるから、ブラシの腰がなくなるまで歯を磨き続けられれば「歯ブラシ冥利に尽きる」と思うし、歯ブラシとしての役目が終わってからも、バスルームのタイルの目地の掃除や、ガスコンロ周りの掃除、革靴のお手入れなんかに再利用されれば、道具としての人生をまっとうできると思う。
でも、「アメニティグッズ」の歯ブラシの場合は、もともとが「使い捨て」として作られてるから、市販の歯ブラシとは比べ物にならないほど耐久性がない。ブラシの腰がすぐになくなっちゃうだけじゃなくて、柄のほうも弱い。特に、歯ミガキが染み込んでるタイプなんて、柄が薄くて弱いから、普通に歯を磨いてるだけでもパキッて折れちゃうこともある。だから、たとえ持ち帰ってきても、歯ブラシ本来の役割である「歯を磨く」ってことだけに使用してると、歯ブラシ本人が「歯ブラシ冥利に尽きる」って実感できるほどは使ってあげられない。どちらかって言うと、アクセサリー類を磨いたり、パソコンのキーボードを掃除したりするのに使ったほうが活躍してくれる。
‥‥そんなワケで、まだ「これだ!」っていう確固たる答えが見つかったワケじゃないあたしは、東京にいた時は、「必要な時だけ持ち帰る」っていう中途半端なスタイルを続けてきた。東京でのあたしのお部屋は、多くても2人までしか泊めることができなかったから、イザという時の予備の歯ブラシは2本あればいい。だから、どこかのホテルに泊まった時に、柄のシッカリした歯ブラシがあれば、それを使わずに持って帰ってきて、2本溜まった時点で、もう持って帰ってこない。そして、誰かが家に泊まって1本を使ったり、あたしが何かのために1本を使ったりした時だけ、次にホテルに泊まった時に持って帰ってくる。こんなふうにしてた。
だけど、東京にいた時は、あたしがホテルに泊まるのなんて1年に1回あるかないかって感じだったから、ハッキリ言えば、泊まるたびに歯ブラシを持ち帰ってきてたようなもんだった。それなのに、東京のお部屋を出て、もう「自分の家に誰かを泊める」なんてシチュエーションが皆無になり、それどころか、あたし自身が誰かのとこに泊めてもらう生活が始まったトタンに、ホテルに泊まる回数が爆発的に増えた。「爆発的」って言っても、去年の3月以降で合計10回くらいだけど、あたしにしてみたら10年ぶんだ。
で、このうちの半分は、母さんと泊まった愛媛の松山や福岡の小倉のビジネスホテルだから、ツインのお部屋には「アメニティグッズ」の歯ブラシが2本ずつ用意されてた。母さんもあたしも自分の歯ブラシを使ったから、1日目に使わなかった歯ブラシは2日目もそのままだったけど、帰る時に母さんが「これ、もらってってもいいのかしら?」って聞くから、あたしは、以前に見たテレビのことを話したら、母さんは嬉しそうに2本ともバッグに仕舞ってた。
‥‥そんなワケで、しばらく前に母さんが、コタツの上にバッグの中身をぜんぶあけて整理をしてたんだけど、ふと見たら、「アメニティグッズ」の歯ブラシが4本、カラーゴムでまとめてあった。あたしが「そんなにどうしたの?」って聞くと、母さんは「小倉のホテルでももらってきたから」って答えて、ゴムを外した歯ブラシを左右の手に2本ずつ持ち、「こっちが松山、こっちが小倉」って言ってニヤニヤしてた。あたしが「そんなにあっても使わないでしょ?」って言うと、「2人で旅行してホテルに泊まったのなんて久しぶりだから、記念よ記念!」「だけど2本もいらないでしょ?」「だって2人で泊まった記念だから」って、まだニヤニヤしてた。あたしは「道具は使ってこそ生きる」って考え方だから、いつも「もったいない」かどうかってことばかり気にしてきたけど、こんなふうに、記念や思い出として使わずに持ってることも、ある意味、「歯ブラシ冥利に尽きる」ことなのかな?って思えてきた。そして、テレビで見た有名なホテルの支配人が言ってた「中には当ホテルに宿泊された記念としてお持ち帰りになるお客様もいらっしゃいます」って言葉を思い出した今日この頃なのだ。
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