8年目のナナコ
おととい、何とか引っ越しが完了した‥‥って言っても、最後に残ってた大物の家電や家具はそんなに多くなかったので、乗用車サイズのライトエースのトラックで2回で運ぶことができた。朝9時から始めたんだけど、お昼前にはぜんぶ運び終わり、手伝ってくれたお兄さんにお礼を渡して、引っ越しそばの代わりに五島列島のうどんを茹でて食べてから、用意しといた「招き猫の手ぬぐい」を持って母さんと一緒に隣り近所に挨拶まわりして、午後にはぜんぶ完了した。あとは、隣りの部屋に山積みになってるダンボールの整理があるんだけど、とりあえず寝る場所と食事する場所だけは作ったから、残りのことは少しずつやってこうと思う。
今回、東京でもそうとう荷物を減らしたし、しばらくお世話になってた農家にいる時も荷物を減らしたし、おとといまで半年間いた家でも荷物を減らしたので、最終的にはダンボールの数は40個くらいになった。このうち、夏物の洋服とか本など、すぐには必用ないものが20個くらいで、これは前もって軽トラで運んでおいた。今回の20個は、現在使用中の身のまわりのものをどんどん箱詰めしたものだから、この20個だけは数日のうちに整理するけど、あとの20個はのんびりと片づけるつもりだ。
特に、本に関しては、もともとあんまり溜め込まないようにしてたワリには、なんだかんだで結構ある。東京でもずいぶん処分して、「これだけは絶対に手放したくない!」っていう大切な大切な本だけを厳選したのに、それでもダンボール4箱になった。母さんも同じくらいなので、つまりは、すぐに必用ない20個くらいのダンボールのうち、半分近くは本てことになる。だから、すぐに必要ないクセに、すぐに必要な日用品の入った段ボールよりも遥かに重たいワケで、どうも納得が行かない。それに、これをぜんぶ本棚に並べたとこで、何ヶ月後か何年後か分からないけど、次にどこかに引っ越す時に、またおんなじようにダンボールに仕舞う時まで、きっと一度も読まない本も何冊かあるワケで、これって、ものすごく無駄な労力みたいな気がする今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、「お金がない」ってことと「本を溜め込みたくない」っていう2点の理由から、メッタに本を買わない。本は大好きだけど、ほとんど買うことはない。東京にいた時は、読みたい本は図書館で借りてきて読んでたし、図書館にない本はリクエストして入荷してもらい、それを借りて読んでた。だけど、どんなに気をつけてても、本はどうしても増えてく。何でかって言うと、図書館で借りてきて読んだ本でも、ものすごく気に入って何度も読みたくなったり、その本のことが好きになりすぎて、どうしても手元に置いておきたくなっちゃった時とかに、結局は買っちゃうからだ。
だけど、あたしは、そんな場合でも、「お金がない」ってことと「本を溜め込みたくない」っていう2点の理由から、アマゾンでユーズド品の文庫本を探すか、BOOK OFFの105円コーナーで文庫本を買う。文庫本になってない本や、105円になってない本は、200円とか300円とかのなるたけ安いハードカバーを探す。でも、刊行されたばかりで、安いユーズド品が出るまで待てないほど、文庫本になるまで待てないほど欲しい本に関しては、キヨミズの舞台からバンジージャンプしたつもりで、新品のハードカバーを買っちゃうこともある。盆と正月くらいだけど。
だから、あたしは、こんなにも本が好きって言ってるのに、作家さんにしてみたら「迷惑な人」なワケで、その作家さんたちの印税にはほとんど貢献してない。あたしの大好きな川上弘美さんや角田光代さんの作品にしても、ほぼすべてを読んでるのに、新刊が出た時に新品のハードカバーを買ったことは一度くらいしかない。たいていは、新刊が出るって情報が入ったら、真っ先に図書館に電話して、貸出の予約を入れとく。既刊であれば在庫を調べてもらい、無ければリクエストして入荷してもらう。作家さんたちには、ホントに申し訳ないと思ってるんだけど、貧乏だから仕方がない。
そして、図書館で借りてきて読んで、あまりにも感動して、「この本は絶対に何度も読み返したくなるだろうな」って感じた作品は、文庫本になるまで待って、それがユーズド品になるまで待って、安く手に入れてる。だから、あたしのダンボールの中の本は、半分くらいは文庫本だ。文庫本の何よりの利点は、やっぱりコンパクトなとこで、どこに行くにもバッグの中にポンと入れて行ける。それに、小さくて軽いから、仰向けに寝ながら読んでも、お風呂の中で読んでも、それほど腕が疲れたりしない。でも、ハードカバーの魅力である装丁や紙質やレイアウトや印刷された文字の感触はすべて省略されちゃってるから、そこんとこだけはリトル寂しい。
‥‥そんなワケで、あたしは、川上弘美さんや角田光代さんの作品が大好きなんだけど、角田光代さんなら、一番好きなのが『対岸の彼女』で、二番目が『空中庭園』だ。他にも好きな作品はいっぱいあるけど、この二作はあたしの琴線に触れまくりで、特に『対岸の彼女』に関しては、7~8年前に図書館で借りてきて読んだ時から、言葉では表現できないほどシビレまくってる。何度も何度も図書館で借りてきて、何度も何度も読んでるうちに、BOOK OFFの105円コーナーに文庫本が並ぶようになったから、2冊並んでたうちのキレイなほうを買った。
8年も前に出た本だし、直木賞も受賞したすごく有名な作品だから、ネタバレとかってあんまり気にする必要もないのかもしれないけど、万が一、これから読む人もいるかもしれないので、ここではストーリーについては触れないようにするけど、これは、楢橋葵っていう女性の物語だ。30代になった現在の葵のことと、高校時代の葵のこととが、1章ずつ交互に書かれてあるんだけど、高校時代の一時期をともに過ごした野口魚子(ナナコ)って子が、葵の対岸にいる彼女なのだ。
葵の肩くらいまでしかない背丈、ショートカットで小学生の男の子のような顔立ち、初対面なのに馴れ馴れしく話しかけてくるナナコ。そんなナナコと、複雑な心の傷を持った葵とのひと夏のストーリー。もしもこの本に、高校生の時に出会っていたら、あたしはどんなに救われただろうか。でも、この本は、あたしが30歳を過ぎてから刊行された作品だから、そんなことは物理的に無理な話だ。だから、今、中学生や高校生の女の子たちが羨ましい。こんなに素晴らしい作品を葵やナナコとおんなじ年齢で味わうことができるのだから。それでも、あたしは、ナナコのことが愛おしくて、切なくて、可愛くて、いじらしくて、読むたびに何度も号泣してしまう‥‥ってワケで、あたしは、この『対岸の彼女』が大好きなんだけど、こないだの日曜日、久しぶりの贅沢で母さんと回転寿司を食べに行った帰り、BOOK OFFに寄ったら、『対岸の彼女』のハードカバーが105円コーナーにあった。
文庫本は持ってるから買うつもりはなかったんだけど、図書館で借りるたびに「いいなあ」って思って眺めてた水色の装丁が懐かしくて、手に取ってしばらく表紙や裏表紙を眺めてた。水色と白を基調にしたラフなグラデーションぽい絵で、よく見ると手前と遠くにほんのりと薄い緑色も混じってて、川岸の感じになってる。遠くに見えるちっちゃな2人は、もちろん、葵とナナコだ。ここは、ナナコのとっておきの秘密の隠れ家、渡良瀬川の河原だ。
表紙の絵を眺めてたあたしは、ふと思い出して、裏表紙をめくってみた。このめくったとこにも、ちっちゃい葵とナナコが描かれてることを思い出したからだ。この絵を見てるだけで、活字でしか知らないはずのナナコのことが生き生きと浮かんできて、あたしの頭の中で作られたナナコ像が動き出した。愛おしくて、切なくて、可愛くて、いじらしくて、抱きしめてあげたいナナコ。そう思ったら、文庫本は持ってるのに、この本を手元に置いておきたい衝動に駆られた。それで、あたしは、すでに選んでた2冊の文庫本と一緒に、この本も買うことにした。だから、こないだの日記に、「母さんが5冊、あたしが3冊、文庫本を買った」って書いたけど、あれはわざわざ説明するのがメンドクサイヤ人だったからで、ホントは「文庫本を2冊とハードカバーを1冊」だったのだ。
‥‥そんなワケで、引っ越しも無事に終わり、今度の家のお風呂は前の家よりも湯舟が広いから、あたしは、久しぶりにお風呂で本を読もうと思ったんだけど、そのためにダンボールを開けて本を探すのも大変だ。それで、日曜日に買ってきた文庫本でも読もうかと思ったのもトコノマ、一緒に重ねてあった『対岸の彼女』の水色の装丁が目に入ったら、どうしてもまた読みたくなっちゃった‥‥って言うか、ナナコに会いたくなっちゃった。それで、『対岸の彼女』をお風呂で読もうと思い、大切な表紙の絵を濡らさないようにペロリと外した。
そしたら、ナナナナナナコ!‥‥じゃなくて、ナナナナナント! 初めて見る絵が現われた! 普通、こうしたハードカバーの本て、表紙に絵が描いてあれば、ペロリとめくった本そのものの表紙にもおんなじ絵が描いてあるか、おんなじ絵が白黒で描いてあるか、もしくは、シンプルにタイトルと作者名だけが書いてあるか、このうちのどれかだと思うんだけど、この『対岸の彼女』には、まったく別の絵が描いてあったのだ!
カバーの水色の絵の下描きみたいな感じの、ものすごくラフな線画で、渡良瀬川と思われる風景が描かれてて、真ん中に2人の女性の後ろ姿がある。もちろん、これは葵とナナコなんだろうけど、カバーの水色の絵や、裏表紙をめくったとこに描かれてるのみたいに、ちっちゃな豆粒みたいな絵じゃなくて、ちゃんとした後ろ姿だ。2人とも、ブラジャーとパンティーだけの下着姿みたいで、もしかするとビキニ姿なのかもしれないけど、よく見ると、地面にはブラウスやスカートが脱ぎ捨てられてる。
それで、あたしは、「これは2人が夏休みに海辺のペンションでアルバイトをした時の姿と、地元の渡良瀬川とをアレンジしたイメージの絵なんじゃないのかな?」って思ったのもイタノマ、さらによく見ると、背の低いナナコと思われる子のほうが、髪をポニーテールにしてた。ナナコはショートカットだから、ポニーテールにはできないはずだ。それで、さらによく見ると、ガリガリのはずのナナコもそれなりに胸があるし、葵も大人びた体のラインをしてた。だから、これは、高校時代じゃなくて、現在の2人なのかもしれないって思った。現在の葵とナナコ、これが何を意味するのかは、読んだ人なら分かるだろう。そう、あまりにも切なくて、何とも言えなくなる、これこそが葵の心象風景なのだ。
8年前、初めて図書館でこの本を借りた時も、そのあと何度も借りた時も、図書館の本はどれもカバーが表紙に透明のシールみたいなので接着してあるから、ペロリとめくってみることができなかった。そして、自分で買ったのは文庫本だったから、あたしは、カバーの下にこんな素敵な絵が隠されてたことに、今の今まで気づかなかった。8年前にこの作品と出会って、あまりにも大好きになって、何度も何度も読み返して、とうとう文庫本を持ってるのにハードカバーまで買ってみたら、こんなに感激する宝物を発見することができたってワケだ。まさに、想定外の驚きだ、装丁だけに(笑)
『対岸の彼女』の装丁の絵を描いたのは、装丁画家の根本有華さん、装丁を担当したのはデザイナーの池田進吾(67)さん。これは67歳って意味じゃなくて、これで「池田進吾ロクナナ」っていうペンネームだ。それで、どんな人なのかググってみたら、こんなインタビュー記事がヒットした。で、この記事を読み進めてくと、「池田さんのデザインの秘密、そして素顔に迫る、5つのキーワードを並べてみよう。」ってとこに、こんな記述があった。
(引用ここから)
「カバーと表紙」
白くてシンプルなカバー。外すと……
ベルベットの表紙が!
--カバーが良くても、外してみたら意外と普通の表紙だったということがよくあります。その点、池田さんの装丁は、カバーを外す時の楽しみがあるので好きです。例えば『カラフル』の単行本はシンプルな黄色いカバーですが、外すと可愛らしいタッチの教室のイラストが表紙になっています。『ショート・トリップ』の単行本は、白いカバーを外すと、なんとベルベットの生地に金色のロケットが飛んでいる! これには驚きました。
池田: カバーと表紙のデザインが同じだったりすると、ちょっとさびしくなったりしますね。僕は、カバーで表現しきれないことを、表紙や別丁扉を使って伝えられれば良いと思っています。でも、書店で本を開いてみる人はいても、カバーを外して表紙を見ている人はそんなにいないかも知れないですね。
--表紙の仕掛けは、買った後、あるいは読んだ後の楽しみですよね。得した気分になります。
池田: そういう驚きがあると、買って良かったと思います。その気持ちを大事にしたいですね。
(引用ここまで)
「突撃インタビュー いまどきクリエイターズ 第3回より引用」
http://renzaburo.jp/nasshy/003/index.html
‥‥そんなワケで、角田光代さんの『対岸の彼女』という作品に大感動したあたしは、根本有華さんの装丁画でさらに感動し、もうこれ以上の感動はないと思ってたのもチョイノマ、8年も経った今日、池田進吾(67)さんの仕掛けによって、また新たな感動を味わうことができた。これこそが、電子書籍にはない「紙の本」の魅力のひとつなのだ‥‥なんて偉そうなことを言ってみつつも、アマゾンやBOOK OFFで安いユーズド品を買ってばかりいる自分の不甲斐なさが申し訳なく思えてくる今日この頃なのだ(笑)
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