月は有明、星は昴
先週の3月14日は、「ホワイトデー」の他に「円周率の日」でもあったから、3月14日の15時9分2秒6になった瞬間に、全国各地で「円周率―――!!」って叫んだ人がいたと思う。あたしも叫びたかったんだけど、この時間はちょうど用事があって無理だったので、残念ながら「円周率の日」は満喫できなかった。だけど、その代わりに、大きな円を描いて移動してきた金星と木星の最接近を満喫した。そう、この日は、西の空の真ん中を向って左から右へと横に移動してる金星と、南西の空の高い位置から西の低い位置へとどんどん降りてきた木星とが最接近する日でもあったのだ。
辺りが暗くなった午後6時すぎに外に出てみると、西の空の真ん中に、とっても明るい星が仲良く並んで輝いてた。向かって右の明るいほうが金星、左が木星だ。金星はマイナス4等星なので、1等星よりも遥かに明るい。地球から見える星の中では、金星は、太陽、月に続いて3番目に明るい星なのだ。そんな金星と並ぶと若干暗く見える木星だって、マイナス2等星だから、これも単品なら激しく明るい。どちらも明るいから、多少雲が掛かってても観ることができる。
3月14日の翌日以降も金星はゆっくりと右手へと移動し続けてるし、木星は右下へと下降し続けてるので、今度の日曜日の25日から27日までの3日間、今度は2つの星が縦に並ぶことになる。で、ここで面白いのが、お月さまとの位置関係だ。今月は今日22日が「新月」なので、今夜はお月さまが見えない。空にお月さまは浮かんでるんだけど、太陽の光が当たらない位置なので真っ暗で見えない。明日もほとんど見えないけど、明後日には太陽との位置関係がわずかにズレて細いお月さまが見えると思う。そんなお月さまの位置なんだけど、これまた西の空に浮かぶから、この3日間は、金星と木星とお月さまの競演が楽しめるってスンポーなのだ。
25日の日曜日の夜は、西の空の真ん中に金星、そのほぼ真下に木星が縦に並び、その木星のリトル右下に、三日月よりも細い二日月が浮かぶことになる。月齢は2.5なので、厳密に言えば二日月と三日月の間の太さなんだけど、便宜上は二日月だ。
そして、26日の月曜日は、この3日間のセブンスター‥‥じゃなくて、この3日間のショートホープ‥‥じゃなくて、この3日間のハイライトだ。お月さまと木星との位置関係が逆になるので、上を向いた細い三日月を真ん中にして、上に金星、下に木星っていう、ナニゲに割り算の「÷」ってマークを上下に伸ばしたみたいな面白い光景が観られるのだ。だから、3日間続けて夜空を見ることができない人も、26日の月曜日だけは西の夜空を見てみてほしい。
最終日、27日の火曜日は、今度は金星とお月さまの位置関係が逆になるので、金星の左上に、三日月よりちょっとだけ太くなったお月さまが浮かぶことになる。この日には、どんどん高度を下げてきた木星がそれなりに下のほうに来ちゃってるから、金星との距離がちょっと離れ気味なので、お月さまと金星が仲良くしてて、木星が少し離れてイジケてるみたいに見えると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、せっかくだから、もうちょっと説明しとくと、26日の月曜日に、細い三日月を真ん中にして3つの星が並んだ時、お天気がよかった場合には、一番上の金星のさらに上を見てみてほしい。5~7個の星がゴチャゴチャと集まったものが見えるはずだけど、それが、おうし座の右肩にあたる「プレアデス星団」、分かりやすく言えば「昴(すばる)」ってワケだ。つまり、お天気がそこそこでも、金星、お月さま、木星の縦一列が観られるけど、お天気がよければ、すばる、金星、お月さま、木星の縦一列が観られるってワケだ。
ちなみに、この「すばる」って名前は、「統(す)べる」、つまり「小さな星が集まって1つになる」って意味からの言葉で、普通の視力の人だと6つの星を確認することができるから、ニポンでは「六連星(むつらぼし)」とも呼ばれてる。自動車メーカー「富士重工」のスバルのマークも、大きな星が1つと小さな星が5つ、ぜんぶで6つの星がデザインされてるけど、アレが「六連星」だ。そして、この「すばる」の中で一番大きな星の名前が「アルキオーネ」、そう、かつての富士重工のスポーツカー「アルシオーネ」は、ここからの命名なのだ。
そんな「すばる」だけど、昔のニポンでは、普通の視力の人なら6つ見えて、目のいい人なら7つ見えるってことで、視力を調べるのにも利用してたそうだ。だけど、昔のギリシャの人たちはニポン人よりも視力が良かったのか、「ギリシャ神話」では、アトラスとプレイオネの間に生まれた「プレアデス七姉妹」ってことになってる。この「プレアデス七姉妹」は、月の女神のアルテミスに仕えているから、お月さまが近くにある今の時期は、きっとアルテミスのためにセッセと働いてることだろう。
‥‥そんなワケで、小さな星が集まってる「星団」よりは、1つの星が煌々と輝いてるシリウスみたいなほうが、あたしは好きだ。だけど、昔のニポン人は、「あわい」とか「ほのか」とかの味わいも大切にしてたから、ぼんやりとしたものにも美しさを感じることが多かった。たとえば、お月さまの場合、やっぱり一番美しいのは秋だから、昔から秋にはお月見をしたワケだし、俳句でも「月」は秋を代表する季語になってるワケだ。だけど、これとは別に、ぼんやりとした春の月を愛でる心も持ち合わせてたので、春には「朧月(おぼろづき)」「月朧(つきおぼろ)」なんて季語もある。
で、秋のハッキリとしたお月さまと、春のぼんやりとしたお月さまのどっちが好きかと問われれば、たいていの人は秋の名月を挙げると思うけど、人の感性は人それぞれなので、中には春のぼんやりとしたお月さまのほうが好きだって人もいると思う。そして、現代よりも遥かに自然に対する人々の感性が豊かだった昔のニポンでは、あわいもの、はかないもの、ぼんやりしたものが、今よりずっと高く評価されてたんだと思う。でも、タイムマシンで昔の人たちにアンケートを取りに行くことはできないから、分かってる範囲のことだけを取り上げると、清少納言は『枕草子』の中で、こんなことを書いてる。
二二八段 「月は、有明。東の山の端に、ほそうて出づるほどあはれなり。」
きっこ訳 「月と言えば有明の月が一番ですね。東の山の端に細い月が上ってくる様にこそ心を惹かれます」
二二九段 「星は、すばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて。」
きっこ訳 「星と言えばすばるが一番ですね。彦星(アルタイル)、宵の明星(金星)、流れ星なども少し趣があります。流れ星は尾さえ引かなければもっと良いのですが」
この記述から分かるように、少なくとも清少納言は、満月よりも二日月や三日月に美しさを感じてた。星ならすばるが一番だって言ってる。その次には、夏のアルタイルや金星などの明るい星を挙げてるけど、金星に関しては「宵の明星」だって時間帯を指定してるし、流れ星に関しては「尾」を嫌ってる。流れ星マニアのあたしとしては、「尾」は長ければ長いほど嬉しいのに、この辺の感覚があたしとは正反対だ。ようするに、短い尾のほうが「わび」や「さび」を感じたんだと思う。
で、「少なくとも清少納言は」って書いたけど、この『枕草子』は、当時の社会や流行などを記した書物でもあるから、この辺の「何を良しとするか」って感覚は、清少納言だけの個人的な感覚ってよりも、当時の一般的な感覚って解釈するほうが自然てことになる。つまり、タイムマシンで昔の人たちにアンケートを取りに行くことはできなかったけど、ここに書いてあることが、当時の人たちの過半数以上の感覚だったと思って間違いないワケだ。
‥‥そんなワケで、26日の月曜日は、今から1000年も前の平安時代の人々が一番美しい月だと思ってた「三日月」と、一番美しい星だと思ってた「すばる」と、その次に美しい星だと思ってた「金星」とが一直線に並ぶワケで、これほど豪華絢爛な天体ショーを見逃す手はないと思う。その上、日没後の午後6時から7時くらいにこの光景を確認したら、もうしばらく夜空を楽しむことができる。それは、この時期、夜8時から9時くらいの間に「冬の大三角」と「春の大三角」が同時に観られるからだ。
すばる、金星、三日月、木星が縦に並んだ西の空のずっと左上、南西の空を見上げると、誰でも知ってるオリオン座が浮かんでる。オリオン座を見つけたら、このオリオン座の右肩に当たる赤い星(向かって左上)のベテルギウスを起点にして、ずっと左のほうにある青白くて一番明るい星がおおいぬ座のシリウス、そして、この2つの星から上に向かっておんなじくらいの距離にある白い星がこいぬ座のプロキオン、この3つを見つければ「冬の大三角」の完成だ。
そして、「冬の大三角」を確認したら、今度は、金星や三日月が縦に並んでる方角の正反対、東の空を見てみよう。そうすると、オリオン座とおんなじくらいオナジミの北斗七星が見えるはずだ。この時期のこの時間帯なら、ヒシャクが縦になって、タツノオトシゴみたいな形に見えると思う。この北斗七星が浮かんでるのが北東の方角なので、北斗七星とおんなじくらいの高さを見ながら少しずつ右手のほうへ視点を移して行くと、赤くて目立つ星が見つかる。これが火星だ。火星を取り囲んでるのがしし座で、火星はライオンのお腹の位置にある。
しし座も北斗七星とおんなじように縦になってるので、犬がチンチンをしてるような形だと思えば分かりやすい。で、そんなライオンのシッポに当たる星がデネボラって言って、これが「春の大三角」の頂点になる。位置としては火星の左下なんだけど、この星は2等星なのでリトル分かりにくい。そのため、最初は火星を「仮の頂点」にしとくって手もある。
火星から真下へ視点を降ろしてきて、空の低い位置まできたら、視点を少し左に動かすと、青白くて明るい星とクリーム色の星が並んでる。右にある明るいほうがおとめ座のスピカで、これが「春の大三角」の1つだ。左にある
クリーム色の星は土星、望遠鏡があれば輪っかが見える。
そして、低い空を左のほうへ戻って行くと、最初に北斗七星を見つけたちょっと手前あたりに、オレンジ色の明るい星が見つかる。これがうしかい座のアルクトゥールス、「春の大三角」の1つだ。文章だけだと分かりにくいかもしれないけど、スピカもアルクトゥールスも1等星なので、東の空のも低い位置で明るい星を探せば簡単だ。そして、この2つの星が見つかったら、さっきの「仮の頂点」の火星まで視点を戻して、火星のすぐ左下にある2等星のデネボラを見つければ、これで「春の大三角」の完成だ。1つの夜空で同時に「冬の大三角」と「春の大三角」が観られるなんて、こんなに素敵なことはない。
‥‥そんなワケで、お月さまが二日月や三日月ってことは、満月の時よりも月明かりが少ないから、そのぶん他の星を探しやすくなる。平安時代の人たちは「わび」や「さび」の心で細いお月さまを愛でたけど、電気を使いまくって夜でも明るい現代では、少しでも夜空を暗くしてもらわないと都会では星を探すことも難しい。だから、都会で暮らす現代人にとっては、細いお月さまは「わび」や「さび」だけじゃなくて、「節電の象徴」でもあるワケで、夜空の星を楽しむにはウッテツケってことになる。これほど素晴らしい条件がそろったんだから、25日からの3日間は、都会で暮らしてる人たちも美しい夜空を眺めて、ほんのひとときの時間旅行を楽しんでほしいと思う今日この頃なのだ♪
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