ホクロ移動説と皮膚プレート説
あたしは子どものころ、右腕の手首と肘の真ん中あたりに、小さくて薄い色のホクロが2つ並んでた。ホクロとホクロの感覚は2センチくらいで、サイコロの2みたいに見えた。文章だけで説明するのは難しいんだけど、右手に腕時計を男性のように外向きにはめてるとして、それで時間を見る形に腕を曲げた時に、手首と肘との真ん中あたりに、腕時計のベルトと並行して、上下に2つ、直径2~3ミリくらいのホクロが並んでたのだ。で、何で「並んでた」っていう過去形なのかって言うと、成長とともに、ホクロとホクロの間隔がジョジョに奇妙に離れていったからだ。
あたしは、全身をくまなく探しても、これと言って目立つホクロがない。正直に言えば、ビキニになっても見えない場所に2個あるんだけど、それ以外にはパッと見ても分からない薄い色のシミみたいなホクロがいくつかあるだけで、「THE ホクロ」って呼べるようなホクロらしいホクロは1つもない。だから、鏡とかを見なくても自分の目に入る右腕のホクロは、小さくて薄い色だけど、2個が仲良く並んでたこともあって、もの心ついた時から自覚してたし、自分ではけっこう気に入ってた。
でも、小学校の高学年のころ、どうもホクロとホクロの間隔が広くなったような気がして、母さんに言ってみた。そしたら母さんは、「ホクロが動くわけないんだから、体が成長して腕も太くなって、そのぶんだけ広がったんでしょ?」とか何とか言って、マトモに取り合ってくれなかった。
だけど、あたしがどうしても納得できなかったのは、ただ単に2センチの間隔が3センチになっただけじゃなくて、その位置関係が変化してたからだ。腕時計を見る形に腕を曲げた時、ちっちゃなころは上下にキチンと並んでたのに、このころになると、上のホクロだけがほんの少し肘のほうへ移動したのか、下のホクロだけがほんの少し手首のほうへ移動したのか、それとも両方のホクロがそれぞれの方向へ少し移動したのか、とにかく、2つのホクロの位置がビミョ~にナナメになってた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、「昨日までキチンと縦に並んでたホクロが、今朝、目が覚めたらナナメになってた」ってことなら大騒ぎしてただろうけど、何年もかけて少しずつ少しずつ移動してたワケだし、このころはまだまだ体が成長してたから、あたしは特には気にしてなかった。母さんの言ったことは鵜呑みにできなかったけど、「気のせいかもしれないし、別にどうでもいいや」って思ってた。
だけど、中学の3年間でホクロとホクロの間隔は4センチくらいなり、それもハッキリと分かるくらいにナナメになり、明らかに「ホクロが動いてる」って確信できるようになった。高校を卒業して専門学校に通ってたころには5センチくらいになり、子どものころにはあんなに仲良く並んでたホクロが、もう完全に腕の両端に移動してた。それも、上のホクロからまっすぐ下に線を引くと、下のホクロはその線よりも4センチくらい手首寄りで、完全にナナメになってたのだ。
幼稚園から小学校、小学校から中学校卒業までの過程では、身長も体重もうんと成長するから、腕のホクロとホクロの間隔が2センチから3センチ、3センチから4センチになっても、「腕も成長して長く太くなったから」ってことで、まあまあ納得できる。だけど、高校生にもなれば、もう体はほとんど成長しない。
実際、あたしの場合は、高校1年生の時に今の身長と体重になり、それから現在までの約25年間、体重はビミョ~に増えたり減ったりはしてるけど、身長はずっと変わらない。ヘタしたら5ミリくらい縮んでるかもしれない。だから、当然、高校1年生の時から、あたしは腕の太さも長さも変わってない。それなのに、高校を卒業したあとも、専門学校を卒業して社会人になってからも、あたしの腕のホクロは移動し続けた。
結局、30代前半まではおんなじくらいのスピードでホクロは移動し続けてて、30代半ばを過ぎたところで、ようやく動かなくなった。だけど、これは、完全に動かなくなったんじゃなくて、それまでよりもスピードが遅くなっただけみたいで、今でも、ものすごくちょっとずつは動いてるっぽい。ちなみに、あたしは、明日でとうとう2回目の成人式、40歳を迎えちゃうけど、現在のホクロとホクロの間隔をモノサシで測ってみたら、ちょうど8センチだった。つまり、体の成長ぶんが加味されないように「20歳の時から現在まで」ってことで考えても、20年間で3センチくらい動いてるのだ。
これが絶対に、あたしの思い違いや目の錯覚じゃないことはハッキリしてる。だって、社会人になったころまでは、子どものころと比べればずいぶん間隔が離れてたけど、それでも腕時計を見る形に腕を曲げてみれば、腕の上のほうと下のほうに2個のホクロが見えた。でも、30代を過ぎたころからは、腕時計を見る形に腕を曲げてみても、上のホクロはギリギリで腕の上のハシッコに見えるけど、下のホクロは完全に腕の横側に移動しちゃってて、腕をひねらないと見ることができなくなったからだ。子どものころは、サイコロの2みたいに仲良く並んでたのに、今じゃ2つのホクロを同時に見ることができないほど間隔が離れちゃってるのだ。これって、どう考えても「ホクロが移動した」ってことだよね?
‥‥そんなワケで、たとえば、腕の長さや太さが成長し続けてた子ども時代にだけホクロとホクロの間隔が少しずつ広がり続けてて、体の成長が止まったと同時にホクロも動かなくなったのなら、これは「成長によるもの」だって理解できる。これなら、もともと「ホクロは動かないもの」っていう大前提があっても、ホクロが動いたんじゃなくて「体が成長してホクロごと皮膚が動いた」って考えられるからだ。
これは、「ハワイが少しずつ移動してる」ってこととおんなじだ。前にも書いたことがあるけど、あたしは以前、NHKの教育テレビ(現在のEテレ)の「高校講座・地学」の伊藤孝先生から「ハワイは毎年数センチずつ日本に近づいている。これはハワイの乗っている太平洋プレートが北西の方向へ移動しているからだ」というお話を聞いた。
1年に数センチだから見ただけじゃ分からないし、ホントにハワイが日本に近づいてきて伊豆の下田あたりから肉眼で見えるようになるのは、地球に人類が生存したるかどうかも分からない遥か未来のこと。だから確認することはできないけど、少なくとも現在のハワイは少しずつ動いてるんだから、1年に3センチなら100年で3メートルだし、1年に5センチなら100年で5メートルだから、宇宙衛星からの写真を100年ごとに撮っておいて、それを重ねて行けば、ハワイが日本のほうに向かって動いてることは、人類が生存してる間に確認することができる。
で、このハワイの話のように、あたしの右腕のホクロも、数日とか数週間とかじゃ動いてることなんて分からないけど、1年、5年、10年と経過すると、どう見ても移動してるのだ。だから、「ホクロが動くわけない」っていう前提に立てば、唯一考えられるのが、このハワイの話のように、ホクロだけが単独で動いてるんじゃなくて、ホクロが下の皮膚ごと動いてるっていう推測だ。あたしの体の成長にともなって、あたしの右腕の「皮膚プレート」が少しずつ動いてて、その上に乗ってる「ホクロ島」も一緒に動いてるって理屈だ。
腕時計を見る形に腕を曲げた時、もの心ついた時にはキチンと上下に並んでたのに、体が成長するのに従って2つのホクロの間隔が広くなりつつ、上のホクロは肘のほうへと右に移動していき、下のホクロは手首のほうへと左へ移動してったんだから、もの心ついた時のホクロとホクロの間に「÷」のマークみたいにマジックで横線を引いてみたとしたら、この横線の部分から湧き上ってくるように新しい「皮膚プレート」が誕生しつつ、この線より上の「皮膚プレート」は右へ向かって移動していき、線より下の「皮膚プレート」は左へ向かって移動していってることになる。
だけど、ホントにこんなふうに新しい皮膚が誕生してるんだとしたら、このままだと、横線から上の皮膚は肘とか肩のあたりに溜まってっちゃうし、横線から下の皮膚は手首のあたりに溜まってっちゃって、ブルドッグの顔みたいにダブダブのシワシワになっちゃう。ハワイの乗ってる太平洋プレートは、少しずつ日本のほうに近づいて来てても、マリアナ海溝でフィリピン海プレートの下にもぐり込んでくから問題ないけど、あたしの肘や手首にはマリアナ海溝的なシステムはない‥‥と思う。
でも、考えてみれば1年に1ミリか2ミリの話だ。1年に何センチも移動してたら皮膚もダブダブのシワシワになっちゃうだろうけど、この程度なら皮膚の伸縮の範囲に十分に収まるから、当座は問題ない。そして、この「1年に1ミリか2ミリの話」が何十年も続いてホントにダブダブのシワシワになったころには、あたしはおばあちゃんになってるから、これもまた問題ない。つーか、これが年齢とともにシワができる原因だったりして(笑)
ただし、この「皮膚プレート」の説にも疑問が残る。それは、タトゥーだ。ホントに腕のホクロが下の皮膚ごと移動してるとしたら、腕にタトゥーを入れてる人はどうなるのか?‥‥そう!タトゥーも移動しちゃうのだ!1年や2年じゃ分からないけど、二の腕に入れたセクシーな美女の絵が、10年後、20年後にはピカソの絵みたくなっちゃう。だけど、そんな人は見たことないし、そんなことが起こるんだったら、タトゥーを入れる人はいなくなっちゃうだろう。
‥‥そんなワケで、「天動説」と「地動説」ってのは、モノゴトを主観的に見るか客観的に見るかの違いだけど、あたしの腕のホクロは現実問題として移動してることに間違いないんだから、ホクロだけが移動してる「ホクロ移動説」だったとしても、下の皮膚ごと移動してる「皮膚プレート説」だったとしても、どっちも立ち位置は客観的だ。主観が介入してないぶん、それなりに科学的でもある。だから、あたしは、明日の40歳のお誕生日を起点にして、80歳になるまでの40年間、毎年のお誕生日に腕のホクロの位置を計測して、コツコツとデータを集めていこうと思う。そして、40年後には論文を発表して、ノーベル賞は無理でもイグノーベル賞あたりを狙いたいと思う今日この頃なのだ♪
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